krns-linkのブログ

まだ仮公開で、今後も本公開までドタバタします。コメント欄は有りません。ちなみに、拙ブログ作者は医療関係者ではありません。拙ブログは訪問者の方々がお読みになるためのものですが、鵜呑みにしない等、自己責任でお読み下さい(念のため記述)。

シックハウス症候群(又はMCS) 心身医学の見地からに関する文書について

目次

           *1        
              

① 発達精神病理学の力 ―― 予防のための科学
② こころの発達とトラウマ・トラウマ処理 [注:トラウマ処理法として主にEMDRとホログラフィ・トークを紹介しています]
③ ASDとトラウマ ―― ASD青年へのEMDR

    

解離性障害とよく似た症状がある病気を含む様々な精神疾患におけるリンク

以下は、用語のリンク集群です。リンク先は本エントリのみならず他の拙エントリも含みます。

本エントリで使用する主な用語又は文章の本エントリ内リンク
複雑性PTSD(ここここここ及びここ)  解離(解離性障害、解離症)(ここここここここここ及びここここ)  身体化(身体症状)(ここ及びここ*5
フラッシュバック(ここここここ及びここ)  タイムスリップ現象 *6  トラウマ(ここここここ及びここ *7)  闘争-逃走反応(ここここここここここここ及びここ*8
杉山登志郎医師(ここここここここここここここここここここここここここ及びここ*9
べッセル・ヴァン・デア・コーク医師(ここここここここここここここここここここここ及びここ*10
条件付け(ここここ及びここ*11 レスポンデント学習、オペラント学習  ポリヴェーガル理論 *12  (認知療法における)スキーマ、信念、方略 
とらわれ(ここここ及びここの『「とらわれ」というワナ』を参照)  視野狭窄ここの『「とらわれ」というワナ』を参照)  リラクセーション(ここ及びここ
化学物質過敏症の診断法  IEI(本態性環境不耐症)  心理的負荷、心理社会的ストレス(ここ及びここ)  不定愁訴 *13
記憶の断裂  解離性幻覚  月経による気分変動に振り回される  (複雑性PTSD等における)慢性疼痛(ここここここ
時間感覚がずれる  テレパシーで相手に伝わっていると思い込む  生理的症状と心理的症状の相互混乱(ここ及びここ)  非現実的な救済願望
内受容感覚(ここここ及びここここ*14  失感情症(アレキシサイミア)  ストレス応答(HPA系、SAM系)
マインドフルネス関連:注意(ここの「(1)注意」項を参照)  感情制御(ここの「(2)感情制御」項を参照)[続く]
[続き]心頭を滅却すれば火もまた涼し(ここの「心頭を滅却すれば火もまた涼し――身体と意識」項を参照)[続く]
[続き]心身医学とマインドフルネスの関係  交感神経活動の抑制  最強のコーピング  自分が選択できる
境界例のイメージと具体例  境界例治療事例  擬態うつ病としての境界性パーソナリティ障害  境界性パーソナリティ障害の治療の問題点 *15
パーソナリティ障害の基本症状 *16  ストレス応答  自己愛的怒り  パーソナリティ障害の治療優先度
情動コントロールの問題  枠組みのない状況が苦手  妄想・分裂ポジション  躁的防衛(ここ及びここ
感情調節不全(ここ及びここ)  注意制御  絆の病  社会脳  トラウマと愛着の問題の併存(ここここ
アタッチメント(愛着)理論や愛着障害における不安定型(愛着)(ここここここここここ及びここ)  反応性アタッチメント障害(反応性愛着障害)、脱抑制型対人交流障害(ここ及びここ
アタッチメントと関連する大人の精神疾患や症状等の例*17不安障害、境界性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害、双極性障害、PTSD  解離症状、うつ症状
アダルト・アタッチメント・インタビュー(ここ及びここを参照)における安定自律型、アタッチメント軽視型、とらわれ型、未解決型
統合失調症ここ参照)における陽性症状、 幻聴(ここ及びここ)、 (被害)妄想(ここ及びここ)、 支離滅裂、 陰性症状、 無治療(ここここ及びここ
マインドフルネス認知療法ここ及びここ)  アクセプタンス&コミットメント・ セラピー(ここここここ及びここ)  森田療法ここここ及びここ*18  弁証法的行動療法
アクセプタンス&コミットメント・ セラピー(ACT)における 体験の回避(ここここ及びここ*19  認知的フュージョンここここここ及びここ)[続く]
[続き]アクセプタンス(ここ及びここ)  脱フュージョンここここここ及びここ)  価値  観察する(観察者としての)自己(ここここここ及びここ*20[続く]
[続き]プロセスとしての自己(ここ及びここ)  言葉の世界全体から距離を取る  ACTモデル(ここ及びここ
慢性疼痛の治療関連(ここ及びここ)  破局的思考 *21   慢性疼痛と愛着スタイル
平静の祈り(ここ及びここ)  マインドワンダリング

一部は本エントリとの関連が少ない傾向にあるが、解離(解離性障害、解離症)とよく似た症状がある病気、その他の病気の本エントリ内リンク
統合失調症  うつ病  双極性障害  境界性パーソナリティ障害
摂食障害  PTSD *22  不安障害(不安症)  パニック障害
強迫性障害(強迫症)、社交不安障害 *23  物質依存(薬物など)

他の拙エントリにおける病気又はその他の主要な用語のリンク
ただし、拙エントリ「自閉スペクトラム症における身体症状、その他」における自閉スペクトラム症、又は「ADHDについて、その他」におけるADHDに関連する多数の用語・文章を除きます。これらの用語・文章は、前者の拙エントリのリンク集の(2)(3)(4)(5)(6)(7)、そして、後者の拙エントリのリンク集の(2)(3)に それぞれリンクされています。

発達凸凹  感覚過敏と鈍麻(ここ及びここ)  嗅覚の過敏(ここここ及びここ
発達性協調運動障害  (発達障害の)二次障害  ソーシャルコミュニケ―ション障害又は社会的(語用論的)コミュニケーション症 *24
予期不安  妄想性障害  条件付けへの対処  転換性障害[変換症](ここ及びここ
化学物質過敏症又はシックハウス症候群における不定愁訴ここ及びここ)  化学物質過敏症等の診断時における鑑別  (化学物質過敏症)診断のゴールド・スタンダード
新型うつ病  精神疾患の誤診  転換性障害と解離性障害の関係例  心因性非てんかん発作
パニック症における非定型うつ病、 残遺症状、 不安抑うつ発作及びアンガーアタック
発達障害における「時間単位の気分変動」(ここ及びここ)  境界性パーソナリティ障害における「数時間単位の気分変動」
メンタライジング・アプローチの視点からの情動、 投影同一視、 心的等価モード、 ふりをするモード、 知性化、 目的論的モード
精神交互作用  嗅覚嫌悪条件づけ(ここここ及びここ)  不潔恐怖・洗浄強迫  馴化(消去学習を含む)*25ここここここここ及びここ
強迫性障害強迫症)関連:強迫性障害における分類  誰にも汚されたくない聖域を作り、必死に守ろうとする *26
井原裕医師(ここここのリンク先及びここ*27  行動活性化療法  スキーマ療法  辺縁系セラピー
自律神経失調症  お膳立て *28  睡眠時間が極端に短かったり乱れている(複雑性PTSD)  二次障害的新型うつと自閉症スペクトラム(ASD)の関係
香気物質  カビ臭  メディカル・アロマセラピー、精油の成分  プルースト現象
嗅覚の学習記憶  臭い想起記憶  PTSDと臭気との関連  ルール支配行動
固有受容感覚  内受容感覚の弁別  身体感覚増幅(ここここここここ及びここ
エコーチェンバー  信念体系  確証バイアス(ここ及びここここここここ

拙エントリ「発達障害における身体症状、その他」における上記以外の用語又は文章のリンク
≪余談2≫知的テーマの追求  ≪余談3≫少数派  パニックの謎

他のWEBページへのリンク
≪お役立ち情報≫
依存症・アディクション  うつ  虐待・DV  性暴力被害  統合失調症  発達障害

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はじめに

本エントリ非公開試作版作成の契機になったのは、次項のツイートを拝見したことです。ネット又はリアルにおける様々なことをきっかけ*29に文章を追記・改訂していくうちに公開され、さらに、その後の追記・改訂等により非常に長文化しました。

ちなみに、 a) 拙ブログにおいては、本エントリをはじめとした非常に長文化したエントリには、目次及び/又はリンク集を付けています。一方、本エントリには診断基準「DSM:アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)」の第4版(DSM-Ⅳ)と第5版(DSM-5)*30に関連した記述があります。加えて、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11、参照)に関連した記述もあります。後者では、複雑性PTSD(リンク集参照)が登録(参照)されています。 b) 本エントリには用語「ストレス」がしばしば記述されています。この用語については、例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。「ストレス - 脳科学辞典」、「ストレスマネジメントとは」、「ストレス軽減ノウハウ」、「心のケアの基本」、「ストレスから脳を守れ~最新科学で迫る対処法~」 c) 本エントリにおける「regulation」の訳語としての「調節」に関連しては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

加えて、次の改訂履歴にもあるように、本エントリのファイルサイズ(文字数にして約 27 万文字)が大きくなりすぎ、はてなへのアップロードが不可能になったため、エントリを二つに分割しました。すなわち、新エントリ「シックハウス症候群(又はMCS) 心身医学の見地からに関する文書について - 【その他余談】 」を作成し、従来の本エントリ後半部である、【その他余談】を本エントリから、新エントリに移動しました。それに伴い、一部リンクの URL も改訂しました。ただし、本エントリ内では、この新エントリを他の拙エントリ扱いにはしません。

≪主な改訂の履歴≫
2019年10月26日:文章の追記、変更及び削除を含む大幅な改訂を行いました(また本改訂日より前の主な改訂の履歴は削除しました)。
2020年5月6日、6月23日、7月14日、2022年12月31日:文章の追記、変更及び削除等の改訂を行いました。

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ツイートの拝見

化学物質過敏症電磁波過敏症 資料bot 様の次のツイートを拝見しました。https://twitter.com/MCS_and_EHS/status/611078433976627200又はここ参照。

このツイートで紹介されている資料「シックハウス症候群 心身医学の見地から*31を読んだところ、本エントリ作者は興味を持ちましたので、以下にその内容を示します。

ちなみに、余談以降はこのツイートとは特に関係はありません。

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興味

資料の「お わ り に」項における記述の一部(P41~P42)を次に引用します。

③化学物質曝露との関連が特定できるグループを限定したとしても,条件付けによる病態を除外する方法が二重盲検法以外にはない。すなわち,ある化学物質が存在する特定の環境下で条件付けが成立した場合,同一環境下で症状が誘発されるようになる可能性があるが,二重盲検法による負荷試験では症状の誘発を見ないはずである。
したがって,今後MCSの疾患概念を明らかにし,診断基準を確定していく過程では,まず発症や憎悪に関して化学物質との因果関係が明確なサブグループのみを対象にし,二重盲検法による負荷試験を行って,診察・検査所見との照合を通してより特異性が高い診断項目を絞り込んでいくことが必要であろう。その後,化学物質との因果関係が必ずしも明確でないグループの検討を進めて行くべきだと提言できるだろう。

注:i) 引用中の「条件付け」に関しては、例えば他の拙エントリ及び次のWEBページを参照して下さい。「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」、「情動系神経回路 - 脳科学辞典」の「後天的に獲得された情動系神経回路」項 加えて、化学物質過敏症と条件付けとの関係を示す資料は次を参照して下さい。 「化学物質過敏症」の P29。 ii) 一方、条件付けに関連するであろうレスポンデント学習及びオペラント学習については、ここを参照して下さい。 iii) 加えて、条件付けに関連するかもしれない、以下に示す「タイムスリップ現象」や「フラッシュバック」の再体験症状も、曝露時に原因化学物質が直接的に症状を引き起こしていないとの視点から、引用中の「条件付けによる病態」に含んでも良いのではないかと本エントリ作者は考えます*32。必要に応じて、拙エントリのパニックの謎を参照して下さい。ちなみに、タイムスリップ現象及びフラッシュバックについては共にリンク集を参照して下さい。 iv) MCSとパブロフの条件付けとの関係についての論文要旨の引用例は、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

加えて、日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)の Ⅰ.シックハウス症候群の概念 の 4-2 心理 の「②レスポンデント学習/条件付け」項における記述(P11~P12)を次に引用します。

次は条件付けであるが,こちらは,生物学的な病因は考えられなくても,臓器の機能異常までは認められるようになる病態を指す言葉である.脳機能との結びつきでいえば,大脳皮質に加えて辺縁系視床下部などの働きの関与が想定される.
条件付けのうち身体症状を引き起こす原因になるものとしてはレスポンデント条件付けが挙げられるが,そのメカニズムは有名なパブロフの犬の実験を考えてみれば容易に理解できるだろう.パブロフの犬の実験では,「音を聞かせた直後に,肉を与えると,唾液が出る」という操作を何回か繰り返すと,「音を聞かせただけで,唾液が出る」という学習が成立する.これは身体的な反応が,生物学的な要因ではなく,学習性の要因によって習慣的に引き起こされるようになるということである.
SHSの関連でいうと,例えば特定の臭いを有する化学物質がある場所で,たまたま(風邪をひいていたり,お腹をこわしていたりなどの理由で)具合が悪くなることを何回か繰り返すと,その臭いをかいだだけで,化学物質の生物学的な作用はないのに,同じように具合が悪くなることが起こるようになる可能性がある.それでも,体調がよいときに何度か同じことがあれば,次第に慣れてきて学習は消去されるはずであるが,ここでもう1つの条件付けであるオペラント学習が関与すると消去が難しくなる.その理由は,具合が悪くなるのが嫌で,問題の臭いがする状況を徹底的に避けてしまうと,レスポンデント学習が消去される機会がなくなるからである.
SHS様の症状を呈する患者の中には,上記のような条件付けの機序によって症状を呈している者も含まれているはずであるが,われわれは狭義のSHSには含めていない.

注:(i) この引用部の執筆者は熊野宏昭です。 (ii) 引用中の「SHS」はシックハウス症候群のことです。 (iii) 引用中の「狭義のSHS」については、他の拙エントリの(6)項を参照して下さい。 (iv) 引用中の「条件付け」に関連して、化学物質過敏症と条件付けとの関係を示す資料は次を参照して下さい。 「化学物質過敏症」の P29。 (v) 引用中の「レスポンデント条件付け」及び/又は「オペラント学習」に関しては、次のWEBページ、資料、YouTube を参照すると良いかもしれません。 「行動分析学との遭遇(3)」、「行動分析学との遭遇(5)」、「レスポンデント学習と行動療法」、「レスポンデント条件付け、古典的条件付け[心理]パブロフの犬の心理学」、「オペラント学習と行動療法」 加えて、上記「レスポンデント条件付け」に関連するかもしれない「脳が誤作動するような形で作用している」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『「こんな見た目の母親で申し訳ないなと思う」化学物質過敏症で外出時はガスマスク…「大人はしっかりモノを選んで」』の『■「つまり地球環境問題まで広げて考えていかなといけない、という話にもなる」』項 (vi) 一方、臭いと条件付けに関連する「嗅覚嫌悪条件づけ」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 (vii) 引用中の「学習の消去」に関連する「恐怖記憶消去」について、PTSD の病態は、しばしば「恐怖条件づけ」のメカニズムから説明されることを考慮して、奥山眞紀子、三村將編集の本、「情動とトラウマ 制御の仕組みと治療・対応」(2017年発行)の 15 トラウマに対処する薬物療法 の「15.1 トラウマの処理障害」における記述の一部(P206)を次に引用(『 』内)します。 『恐怖条件づけ記憶が,トラウマの基礎的モデルとして,ヒト,動物実験ともに用いられている.(中略)そして、恐怖条件付け学習後に,侵害刺激と条件づけられた環境刺激を,侵害刺激を与えずに暴露し続けると,恐怖条件づけ反応が減弱するという,恐怖条件づけ消去学習パラダイム10)が,PTSD に対する曝露型行動療法の治療プロセスモデルとして多く用いられている.恐怖記憶消去は,恐怖体験そのものを消去する学習過程ではなく,恐怖体験の想起に伴う恐怖感情の消去,もしくは新たな意味づけによる恐怖体験記憶の上書き学習と考えられ,曝露型行動療法の特性を忠実に再現するモデルとして広く受け入れられている.』(注:a) この引用部の著者は栗山健一です。 b) 引用中の文献番号「10)」は次の論文です。 「The contextual brain: implications for fear conditioning, extinction and psychopathology.」 c) 引用中の「条件付け」に関連する「恐怖条件づけ」については、次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」 加えて、(トラウマにおける)「条件づけられた学習」については他の拙エントリのここを参照して下さい。その上に、(コンパッション・フォーカスト・セラピーの視点からの)「人間は脅威を制御して対処しようとしてとるさまざまな方略の多くは,児童期や思春期に形成され,成人期になる頃には条件づけの過程を通して洗練・強化されていく」ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 d) 引用中の「PTSD」についてはリンク集を参照して下さい。加えて「強い恐怖記憶により日常生活に支障を来してしまう PTSD心的外傷後ストレス障害)や不安障害の患者は、恐怖記憶を消去するための学習がうまく進まない」ことについては、pdf ファイル「RIKEN NEWS No.457」中の資料「恐怖記憶の形成と消去の仕組みを探る」の特に「タイトルより上位の記述部」[P06]を参照して下さい。 e) 引用中の「曝露型行動療法」に関連する「エクスポージャーを実施する留意点」については、次の資料を参照して下さい。 「不安障害に対する認知行動療法 ――エクスポージャー法をどのように導入するか,そのコツを探る――」〔注:「不安に対して回避行動を取らないでいると,時間とともに,不安は自然に弱くなる」ことを示す図は、資料中の図1[P423]を参照して下さい。〕) (viii) 引用中の「辺縁系」に関連する「大脳辺縁系」については、例えば次の資料を参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 加えて、PTSD又は複雑性PTSDの視点より他の拙エントリのここを参照して下さい。 (ix) 引用中の「レスポンデント学習が消去される」ことに関連する「過去の学習歴によって形成された症状や問題行動を消去する」ことについて、佐渡充洋、藤澤大介編著の本、「マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本 医療者のための臨床応用入門」(2018年発行)の Ⅰ章 マインドフルネスの効果の機序 の 2 マインドフルネスの効果の機序 の ①臨床的な立場から の「5 マインドフルネスの効果機序」における記述の一部(P45)を次に引用(『 』内)します。 『マインドフルネスの効果機序について,(中略)マインドフルネス瞑想の観点からは,「今この瞬間の身体感覚・思考・感情などに気づき,いつもの反応を止め,その体験を見つめ続けることによって,ピークアウトするまで待つ」という一連の行動連鎖が,過去の学習歴によって形成された症状や問題行動を消去することによって説明できることを示した。つまり,過去の経験によって身に着けた反応パターンを消去し,目の前の現実にしたがってシンプルで無駄のない行動ができるようになることが,マインドフルネスの効果機序と言えるだろう。』(注:a) この引用部の著者は熊野宏昭です。 b) 引用中の「マインドフルネス」に関連する MCS(多種化学物質過敏状態)又は IEI(突発性環境不耐症)に対する治療法候補としてのマインドフルネス認知療法についてはここ及び他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) 引用中の「ピークアウト」についてはここを参照して下さい。) (x) 引用中の「視床下部」については、次のWEBページを参照して下さい。「視床下部 - 脳科学辞典」 (xi) ちなみに、 1) 条件付けに関連する、「マインド(Mind)君、ボディ(Body)君、ビハヴ(Behav)君*33」についての一連のツイートはここここここ及びここを参照して下さい。一方、ツイート中の「関係フレームづけ」についてはここを参照して下さい。 2) MCSとパブロフの条件付けとの関係についての論文要旨の引用例は、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。 3) 恐怖条件付けと消去学習における記憶再固定化に関連する資料例を次に紹介します。 「記憶再固定化進行中の行動的介入による恐怖記憶のアップデート」 4) 仏教思想の視点からの魚のソースにおける条件付けについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 5) 『「他者からの情報」が不安の獲得の原因となることがあり、これも言語を介した古典的条件づけとして捉えられる』ことについては、例えば次の資料を参照して下さい。 「不安障害に対するエクスポージャ法と系統的脱感作法 -基礎研究と実践研究の交流再開に向けて-」の「(3) 他者からの情報」項(P244) 6) パブロフ条件づけと予測エラー(他の拙エントリのここを参照)との関連についての論文(全文)「The conditions that promote fear learning: Prediction error and Pavlovian fear conditioning[拙訳]恐怖学習を促進する条件:予測誤差及びパブロフの恐怖条件づけ」があります。 (xii) 引用中の「徹底的に避けてしまうと,レスポンデント学習が消去される機会がなくなる」ことに関連するかもしれない、 [a] 持続(性)エクスポージャー(PE:Prolonged Exposure)療法において「回避を続けているうちは、元の条件刺激に曝露される機会がない」ことについて、「そだちの科学 2017年10月号」中の福井義一著の文書「トラウマケアの技法 ――伝統的な心理療法と新しい身体志向の心理療法」の「伝統的な心理療法」における記述の一部(P23~P24)を次に引用(『 』内)します。 『PEでは、PTSDをトラウマ記憶の想起に対する恐怖症であると定義づけて、回避条件づけの解除を試みる。回避条件づけは、一般に消去が難しい。なぜなら、回避したから不快な症状に悩まされなかったのであるという誤った学習が成立して、回避を続けているうちは、元の条件刺激に曝露される機会がないからである。』(注:1) 引用中の「PTSD」についてはリンク集を参照して下さい。 2) 引用中の「PE」に関連する「持続エクスポージャー療法」については他の拙エントリのここを参照して下さい。) [b] [強迫性障害強迫症)において]「強迫性障害の問題の根本は、その人が苦手とする感覚を避け続けた結果、その感覚に対する抵抗力が落ちてしまったということ」については他の拙エントリのここを参照して下さい。一方上記 (ix) 項に加えて、上記「レスポンデント学習が消去される」ことに関連するかもしれない、 i] 「行動分析学の研究からは、不安や恐怖反応がレスポンデント条件づけとオペラント条件づけの相互作用によって形成、維持されてしまう」ことについて、島宗理著の本、「応用行動分析学 ヒューマンサービスを改善する行動科学」(2019年発行)の Ⅳ 科学的根拠に基づいた実践プログラム の『「不安だから行動しない」から「不安でも行動する」へ ――マイナス思考も受け入れて行動(act)にコミット』における記述の一部を以下に、 ii] (感情の視点からの)「恐怖症の治療におけるエクスポージャー(曝露)法の奏功」について、ステファン・G・ホフマン著、有光興記監訳の本、「心の治療における感情 科学から臨床実践へ」*34(2018年発行)の 第5章 感情制御 の「感情の処理過程」における記述の一部(P96)を以下に それぞれ引用します。

(前略)行動分析学の研究からは、不安や恐怖反応がレスポンデント条件づけとオペラント条件づけの相互作用によって形成、維持されてしまうことが明らかにされている。
いったん強い痛みなどを伴う事件を体験すると、レスポンデント条件づけによって、そのときそこに存在した刺激が不安を生じさせるようになる。嫌悪条件づけである。そして、不安を喚起するようになった刺激を消失させるオペラント行動が自発され、強化されるようになる。その事件が起きた場所や相手を避けたり、目をそむけたりする行動である。こうなると、レスポンデント条件づけの消去が起こらず、元々の痛みとは本来無関係な様々な状況が不安を引き起こす機能を獲得したままになってしまう。(後略)

注:引用中の「嫌悪条件づけ」に関連する「嗅覚嫌悪条件づけ」については例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。

(前略)同様に,フォアとコザック(Foa & Kozak, 1986)も感情の情報処理モデルを取り入れている。彼らの治療モデルでは,感情情報は記憶の中にネットワークの形で貯蔵されていると仮定する。恐怖症の治療においては,エクスポージャー法が奏功するが,これは恐怖と結びついた既存の情報に代わり,新たな情報を取り込むことによるものである。たとえば,犬は凶暴であると信じ込み,犬を怖がっている子どもは,人懐こい犬と触れ合うことにより,新しい情報を取り込むことになる。そしてそれが,既存の恐怖ネットワークに変化をもたらすことで,「犬と触れ合うのは安全なんだ」という安心感を生み出す。これは,精神的な外傷を有する人たちの恐怖・回避行動を含め,他の不安関連の問題についても同じである。この安全の学習は,恐怖とは反対の,すなわち安全に関する情報の強力な統合とあわせて生じる,恐怖ネットワークの活性化の結果であると想定される。(後略)

注:i) 引用中の「Foa & Kozak, 1986」は次の論文です。 「Emotional processing of fear: exposure to corrective information.」(全文はここを参照して下さい) ii) 引用中の「恐怖ネットワーク」に関連する「恐怖条件づけ回路」については次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」の図2 iii) 引用中の「フォア」及び「コザック」については、共に他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「感情情報」に関連するかもしれない「情動性の条件づけにおける体感と思考の違い」について、三田村抑著の本、「はじめてまなぶ行動療法」(2017年発行)の 第二部 要素的実在主義 の Column の「情動性の条件づけにおける体感と思考の違い」項における記述(P52)を以下に引用します。ただし、引用中の「CR」、「CS」、「US」はそれぞれ「条件反応」、「条件刺激」、「中性刺激」の略です。

A・ベシャールたち [17] は情動性の条件づけに関するある興味深い研究をおこなった。彼は,脳の扁桃体(特に恐怖に関わる部位)が損傷した実験参加者と海馬(特に記憶に関わる部位)が損傷した実験参加者に対し,同様の手順で情動性の条件づけをおこなった。その結果,偏桃体の損傷した実験参加者では,CR が誘発されるようにならないものの,CS の次に US が提示されるということ自体は言葉で説明することができた。一方,海馬が損傷した実験者では,CS の単独提示で CR が誘発されたものの,CS の次に US が提示されているということには気づいていなかった。つまり,情動性のレスポンデント条件づけの成立においては,思考のレベルではなく,体感のレベルでの学習が重要であることが証明された [145,185] 。

注:i) 引用中の文献番号「[17]」は次の論文です。 「Double Dissociation of Conditioning and Declarative Knowledge Relative to the Amygdala and Hippocampus in Humans」 ii) 引用中の文献番号「145」は次の本です。 「LeDoux, J.E. (1996) The Emotional Brain : The Mysterious Underpinnings of Emotional Life. New York : Simon & Schuster.」 iii) 引用中の文献番号「185」は次の論文です。 「Conscious and Unconscious Emotional Learning in the Human Amygdala」 iv) 引用中の「体感のレベル」に関連する「無意識的なもの」の例は次が挙げられるかもしれません。 ①「ニューロセプション」(又は神経知覚、他の拙エントリのここを参照) ②「条件反射」(例えば、エントリ「化学物質過敏症に関する私の発言について - NATROMのブログ」の『「「化学物質過敏症患者が反応する対象は患者の恣意によって左右されている」というのは、たとえば、「放射能」を不安に思う人が瓦礫焼却に対して「反応」する一方で、瓦礫受け入れに賛成する人には反応しなかったりすることを指します」というツイートについて』項を参照)

一方、引用及び[ご参考1]を考慮して、仮に、「今後MCSの疾患概念を明らかにし,診断基準を確定していく過程では,二重盲検法による負荷試験を行って,診察・検査所見との照合を通してより特異性が高い診断項目を絞り込んでいくことが必要」ならば、このための精力的な「二重盲検法による負荷試験」を実行した方が良いと本エントリ作者は考えます。しかし、[ご参考3]に示すように、MCS(又は化学物質過敏症)における「二重盲検法による負荷試験」の研究は少なくとも日本では制限されていると本エントリ作者は考えます。日本のみならず世界において、この資料『特発性環境不耐症(いわゆる「化学物質過敏症」)患者に対する単盲検法による化学物質曝露負荷試験』(2012年に発表)以降に、MCSに関する誘発(負荷)試験の論文等は発表されているのでしょうか?

また、北里研究所病院は2009年にクリーンルームを廃止したので、ここでの上記二重盲検法による負荷試験はできなくなりました。廃止前にここで実施された複数の試験結果を紹介するWEBページ例を次に示します。 「本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書」 加えて、負荷試験の施行できる施設が増えることを課題とする資料を次に示します。 「化学物質過敏症

ちなみに、疾患概念であるMCSの存在は、負荷試験(誘発試験)のシステマテック・レビュー(2006年)により否定されています。

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[ご参考1] 室内空気質健康影響研究会[編集]の本、「室内空気質と健康影響 解説 シックハウス症候群」(2004年発行)中の、資料 「心療内科的知見」 P300~P317(著者は、熊野宏昭、齊藤麻里子、辻内優子、吉内一浩、辻内琢也、中尾睦宏、久保木富房、小久保奈緒美、青柳直子、大橋恭子、山本義春、篠原直秀、柳沢幸雄、坂部貢、松井孝子、宮田幹夫、石川哲)の「IV 本研究全体の結論」項における記述の一部(P315)を次に引用します。

したがって、今後、MCSの疾患概念を明らかにし、診断基準を確定していく過程では、①まずは、発症や憎悪に関して化学物質との因果関係が明確なグループのみを対象にすること、②さらにはなるべく多くのケースで二重盲検法による負荷試験を行い、それ以外の診察、検査所見との照合を行うことを通してより特異性が高い診断項目を絞り込んでいくこと、③その後、化学物質との因果関係が必ずしも明確でないグループの検討を進めることが、必要であると提言できよう。

注:この資料の著者に、坂部貢、宮田幹夫、石川哲が含まれています。

[ご参考2]化学物質過敏症の診断のゴールド・スタンダード
標記ゴールド・スタンダードは負荷(誘発)試験[又はチャレンジテストとも称する]であるとの複数の意見があります。例えば、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。加えて、(シックハウス症候群に関するようですが)WEBページ「環境が引き起こす病気 シックハウス症候群」があります。さらに、宮田幹夫著の本「化学物質過敏症 忍び寄る現在病の早期発見と治療」の「Part4 化学物質過敏症の診断」 における記述の一部(P38~P39)を次に引用します。

原因物質が増えて多種類化学物質過敏症になるケースもありますが、海外の一部の国では、次のような条件に合っている場合は多種類化学物質過敏症と診断しています。
①症状は何度も化学物質に曝露されることによって再現する。
②症状が慢性になってくる。
③以前は何も症状が出なかったような低いレベルの曝露で症状が現れるようになる。
④原因物質を取り除くと症状が消えたり軽くなったりする。
⑤化学的に無関係な多種類の化学物質に対して反応を示す。
⑥消化器系の症状とか循環器系の症状というように、多種類の器官系にまたがった症状が出る。
この基準は日常診療では非常に使い勝手が良いのですが、客観的な異常所見が入っていないのがひとつの欠点です。しかし、①の「症状は何度も化学物質に曝露されることによって再現する」という項目は、この病気を最も具体的に示しており、また、この項目が化学物質の負荷検査で確認されれば、確実な証拠になります。

注:引用中の「化学物質の負荷検査で確認されれば、確実な証拠になります」に関連する「MCS とそうでない psychogenic な患者とは完全に識別」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

[ご参考3]化学物質過敏症研究予算
標記に関しては、資料「臨床環境医学:過去、現在、そして未来に期待するものは?」(2011年発行)の「VI.本学会に今後に期待するものは」項における記述の一部を次に引用します。

日本ではSHSについては行政も関心を示し、ある程度の研究の進展が見られる。しかし、CSについては2、3の動き、例えば保険診療可能となる病名登録などがおこなわれているが、それ以外わが国では、医学界、行政共に未だ充分な関心があるとは言えず、大規模研究予算というレベルでは皆無に等しい。

注: i) 著者は石川哲、宮田幹夫、坂部貢です。 ii) 引用文中の「SHS」と「CS」は、それぞれ「シックハウス症候群」と「化学物質過敏症」のことです。 iii) ちなみに、最近の科学研究費助成事業に採択された化学物質過敏症関連の研究課題例を次に示します(注:過去のものと現在進行形のものがあります) 「化学物質過敏症患者の日常生活における化学物質曝露と健康影響に関する研究」、「化学物質過敏症の病態解明と疾患概念の確立に関する基礎的研究」、『「化学物質過敏症」を訴える集団における微量化学物質影響のリアルタイムモニタリング』、「化学物質に対する非特異的な過敏状態の解明とその改善方法に関する研究」、「化学物質過敏症の病態を免疫機能から解明する基礎研究」、「化学物質過敏症に対する漢方薬による根治療法の開発と機序の解明

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余談

【余談1】IEI に関する論文又は学会発表のご紹介

① 次の論文の要旨を次に引用します。「Review of evidence for a toxicological mechanism of idiopathic environmental intolerance.[拙訳]本態性環境不耐症(IEI)の毒物学的メカニズムに対するエビデンスのレビュー」

Idiopathic environmental intolerance (IEI) is a medically unexplained disorder characterised by a wide variety of unspecific symptoms in different organ systems and attributed to nontoxic concentrations of chemicals and other environmental factors that are tolerated by the majority of individuals. Both exposure to chemicals and behavioural conditioning are considered as possible contributors to the development of IEI. However, owing to the heterogeneity of the condition, it is difficult to separate the toxicological, physiological and psychological aspects of IEI. Here, we review the evidence for postulated toxicologically mediated mechanisms for IEI. Available data do not support either a classical receptor-mediated or an idiosyncratic toxicological mechanism. Furthermore, if there were convincing evidence for a psychological cause for many patients with IEI, then this would suggest that the priority for the future is the development of psychological treatments for IEI. Finally, we advocate genome wide screening of IEI patients to elucidate genotypic features of the condition.


[拙訳]
特発性環境不耐症(IEI)は、異なる器官系における多種多様な非特異的症状によって特徴づけられ、及び大多数の個々人によって許容される毒性のない濃度の化学物質及び他の環境要因に起因する医学的に原因不明の障害(disorder)である。化学物質への曝露と行動性の条件付けの両方が、IEI 発症の考えられる誘因として検討されている。しかし、条件の不均一性のため、IEI の毒性、生理的及び心理的側面を分離することは困難である。ここでは、IEI の毒物学的に媒介されるメカニズムを前提としたエビデンスを我々はレビューする。利用可能なデータは、古典的な受容体のメディエイト又は特異体質の毒性学的メカニズムを支持しない。さらに、もし IEI を伴う多くの患者の心理的な起因に対する説得力のあるエビデンスが存在した場合は、将来のための優先順位は IEI の心理的な治療法の開発だと示唆するであろう。最後に、この異常(the condition)の遺伝子型の特徴を解明するために、IEI 患者のゲノムワイドスクリーニングを我々は提唱する。

注:i) 引用中の「ゲノムワイドスクリーニング」に関連する「ゲノムワイド関連解析」については、次のWEBページを参照して下さい。「ゲノムワイド関連解析 - 脳科学辞典」 ii) ちなみに、現在日本において実施中の、多種化学物質過敏症に関連する遺伝要因の臨床試験については、次のWEBページを参照して下さい。 「日本人多種化学物質過敏症に関連する遺伝要因の解明

② 学会:2013 conference Environment and Health - Basel における次の発表における要旨を次に引用します(「Psychological burdens on developing process of idiopathic environmental intolerance among patients」)*35。ちなみに、この第一著者は関西労災病院の医師のようです*36

(title:) Psychological burdens on developing process of idiopathic environmental intolerance among patients

Background: So-called "multiple chemical sensitivity" may be an issue of environmental medicine. Patients with the disease complain various symptoms and limit their lives. However, WHO-IPCS applies the name of idiopathic environmental intolerance (IEI) to the disease owing to indistinctness of contribution of chemicals. In our experiences in out-patient clinic, patients with IEI are understandable through psychiatric diseases including PTSD or the results of psychological factors, but not based on toxicological standpoints.

Aim: In the present study, we aimed to clarify the correlation of psychological factors on developing of IEI among patients with IEI.

Methods: In the first medicalvisit patients of to our out-patient clinic from April 2009 to January 2013. 42 patients (7 men and 35 women) compatible with standard of "1999 Consensus of Environmental Medicine in USA" were included. Their age of the developing of IEI ranged from 23 to 76 (51.1±13.7) years. We obtained detailed medical history including exposure to chemicals (including odour levels) and psychological burden factors (PB) for the patients before the development.

Results: Eleven patients were exposed to chemicals sufficient to induce toxicologically significant symptoms (Ex), 19 patients to odour levels (Od) and 12 with unclear exposure (Un). The number of patients with PB were 31, without 8 and unclear 3. PBs were as follows: health issues of her/himself, close relative or close friend (n=11), stress in workplace (n=8), conflict with close relative (n=7), close leave or loss of relative or close friend (n=4) and others. The rate of PB (+) patients in Od (n=16) was significantly higher than that of PB (+) in Ex (n=5) [Fisher's exact test, p=0.0419], and that in Un (n=10) was more than that in Ex [p=0.0894], but not significant.

Conclusions: The results suggested that psychological burden may be an important factor in developing process of IEI.


[拙訳]
(タイトル:) 患者における IEI の発症プロセスに関する心理的負荷

背景:いわゆる「multiple chemical sensitivity」(MCS)は環境医学の問題かもしれない。この疾患を伴う患者は様々な症状を訴え、生活が制限される。しかし、WHO-IPCS は化学物質の寄与の不明瞭さにより、この疾患に IEI(本態性環境不耐症)との名称を適用した。我々の経験では、(病院の)外来において、IEI を伴う患者は、毒物学的な見地に基づくものではなく、PTSD を含む精神疾患又は心理的な要因の結果を通して理解可能である。(中略)

目的:本研究では、IEI を伴う患者における、IEI の発症に関する心理的な要因の相関を明確にすることを目的とする。

方法:2009年4月から2013年1月までに当科外来に初診した患者のうち、42人(男性7名、女性35名)が標準の「1999 Consensus of Environmental Medicine in USA」(アメリカでの1999年の環境医学コンセンサス)に合致した。彼らの IEI 発症年齢は23~76歳(51.1±13.7歳)であった。発症前の患者の臭気レベルを含む化学物質への曝露及び心理的負荷要因(PB)等の詳細な医学的履歴を我々は手に入れた。

結果:11人の患者は、毒物学的に意味のある症状を引き起こすのに十分な化学物質に曝露し(Ex)、19人の患者は臭いレベル(Od)で、12人の患者は曝露が不明確(Un)であった。PB を伴う患者は31人、伴わないのは8人、不明が3人であった。PB の内訳は次の通り:本人、近い親族又は親友の健康問題(n=11)、職場でのストレス(n=8)、近い親族との葛藤(n=7)、近い親族又は親友の喪失・別離(n=4)及びその他。Od(n=16)における PB (+) の患者の割合は、Ex(n=5)[Fisherの直接確率法,p=0.0419]における PB (+) の患者の割合よりも有意に高かった。そして、Un(n=10)においては、Ex[p=0.0894]においてよりも高かったが、有意ではなかった。

結論:これらの結果により、心理的負荷は IEI の発症プロセスの重要な要因かもしれないことが示唆された。

注:i) タイトルは引用に含めています。一方、引用の際に一部の表示形式を変更しています。ちなみに、この要旨と同一著者が作成した日本語の関連資料を次に紹介します。『特発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷』。この要旨の Methods 及び Results の詳細は、この資料の「3.発症経過での事象」を参照すれば良いかもしれません。ただし、両者において数字が一致しない部分があるようですが。ちなみに、上記資料については他の拙エントリのここも参照すれば良いかもしれません。 ii) WHO-IPCS による IEI の適用は、1996年に世界保健機関(WHO)、国連環境計画(UNEP)、国際労働機関(ILO)等の合同による国際化学物質安全性計画(IPCS)が開催され、MCS を IEI と呼ぶことを提唱したことを示しているようです。 iii) 引用中の「PTSD」については次のWEBページを参照して下さい。「みんなのメンタルヘルス総合サイト PTSD」、「外傷後ストレス障害 - 脳科学辞典」、「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」における「恐怖条件づけと心的外傷後ストレス障害」項 vi) 引用中の「PB (+)」は PB を伴うということです。 v) ちなみに、引用中の「心理的負荷」に関しては、次のWEBページを参照すると良いかもしれません。「ストレス - 脳科学辞典」 vi) 加えて、「IEI を伴う患者は、毒物学的な見地に基づくものではなく、PTSD を含む精神疾患又は心理的な要因の結果を通して理解可能である。」と一部が類似しているかもしれない化学物質過敏症についての pdfファイル「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務 報告書」の「1.概念」における記述の一部を以下に引用します。*37 vii) さらに、PTSD における二つの型に関して、十一元三著の本、「子供と大人のメンタルヘルスがわかる本 精神と行動の異変を理解するためのポイント40」(2014年発行)の 第4章 基本となる10の疾患 の「30 心的外傷後ストレス障害(PTSD)」における記述の一部(P99)を以下に引用します。

1.概念
いわゆる化学物質過敏症は、生活環境中の極めて微量な化学物質に接するとこにより多彩な不定愁訴を呈する症候群であるとされている。シカゴ大学の Cullen MR ら1) のグループの定義が一般的であり、「過去にかなり大量の化学物質に一度接触し急性中毒症状が出現した後か、または生体にとって有害な化学物質に長期にわたり接触した場合、次の機会にかなり少量の同種または同系統の化学物質に再接触した場合にみられる臨床症状群」とされ、一旦過敏性を獲得してしまうと、その後は一般的な毒性学の概念では説明できない程の極めて微量な化学物質に反応を示すようになるとされる。よって、独立した疾患概念(disease)で捉えるべきなのか、そうでないのか(病 illness)、については、現在不明のままである。
極めて微量な化学物質ばく露と多彩な不定愁訴との関連性については、未解明な点が多いが、心理社会的ストレスによる心身相関が、本症の発症・経過・転帰に強く影響している可能性が示唆されており、ライフイベントが患者にとってどれほどストレスフルなのかを客観的に評価し病態を把握する必要性が指摘されている3) 。心身医学の見地から、本症と診断された症例が詳細に検討されており、発症には、化学物質のばく露の他に心理社会的ストレスが関与している可能性が示唆されている。しかし、発症および経過に関わる特徴的なパーソナリティーやストレス対処スタイルなどの個人的要因は認められず、本症を発症している者に特別な傾向は認められないとされている。しかし、発症後には身体症状を主とする様々な自覚症状が認められ、精神疾患の合併も多いこともわかっている。即ち、発症後の病態には、身体面と心理面の間に密接な関連が認められる3) 。
これらを踏まえると、いわゆる化学物質過敏症とは1つの疾患というよりも、化学物質ばく露も含めた、いくつかの要因による身体の反応や精神的なトラウマが重なって表現される概念と考えることが、現在の時点では妥当と考えられる。

注:i) 引用中の文献番号「1)」、「3)」はそれぞれ次の論文です。「The worker with multiple chemical sensitivities: an overview.」、「Symptom profile of multiple chemical sensitivity in actual life.」 ii) 引用中の「トラウマ」についてはリンク集を参照して下さい。加えて、特発性環境不耐症(IEI)において、トラウマに言及した資料を次に示します。 『特発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷』 さらに、マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.5. 化学物質過敏症とされた患者さんに対する適切な治療とケア」項(P54)には、上記トラウマに言及した資料を参照した化学物質過敏症とされた患者さんに対する適切な治療とケアに関する記述があります。

30 心的外傷後ストレス障害(PTSD)(中略)

一般にPTSDの患者さんは、緊張感が高く、再体験症状が中心の人(「再体験/過覚醒型」)と、過覚醒症状が目立たず、現実感の低下や白昼夢状態のような解離症状が中心の人(「解離型」)に大きく分けることができます。再体験/過覚醒型の人はフラッシュバックや過敏さなどでPTSDだと分かるのに対し、解離型の人は派手な症状が少なく、周囲からみるとおとなしくみえるためPTSDと気づかれないことがあります。しかし実際は、解離型の方が病状としては根深く、PTSDが長期化し、解離性同一性障害(多重人格)などを続発しやすことが分かってきました。
以上のような症状に加え、PTSDにパニック障害(項目29)を併発し、トラウマを思いださせる状況でパニック発作を起こす人も少なくありません。(後略)

注:引用中の「解離型」に関連するエントリを次に紹介します。 「DSM-5における解離性障害 改訂版 (6)

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【余談2】恐怖、対人過敏、PTSD、複雑性PTSD

上記において(恐怖)条件付けに関連する文章を記述したことや余談1の引用においてPTSD及びトラウマに関して言及されたこともあり、MCSや化学物質過敏症の文脈とは異なるものの、恐怖、対人過敏、PTSD、複雑性PTSD等に関して本エントリ作者が興味深いことを以下に示します。

(a)強烈世界症候群*38
テンプル・グランディン、リチャード・パネク著、中尾ゆかり訳の本、「自閉症の脳を読み解く―どのように考え、感じているのか」の 4章 まわりの世界に対する感受性 における「強烈世界症候群」項の記述の一部(P126)を次に引用します。

反応過剰と反応不足は一つの状態から生じる二つの異なる反応であると考えるのは、心の理論においても重要だろう。「強烈世界」の論文は、恐怖などの情動反応をつかさどる偏桃体が過剰な感覚刺激の影響を受けるなら、反社会的に見えるある種の反応は、実際には反社会的なのではないと唱えている。「人とうまくつき合えなかったり、引きこもったりするのは、共感の欠落や、相手の立場に立って考える能力の不足、情動性の欠落の結果として生じるのではなく、その正反対で、まわりの世界を、苦痛や嫌悪感を感じるほどではないとしても、強烈に感知してしまう結果として生じるのかもしれない」。はた目から見ると反社会的な行動は、ほんとうは、恐怖の表現なのかもしれない。

注:i) 「強烈世界」の論文は次のようです。「The Intense World Syndrome - an Alternative Hypothesis for Autism」 ちなみに、次に示す論文もあります。「The Intense World Theory - A Unifying Theory of the Neurobiology of Autism」 ii) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 感覚過敏に関する他の拙エントリの該当部分は以下に示します。必要に応じてここから選択して下さい「感覚過敏と鈍麻」。 iv) この引用は自閉症に関するものです。ちなみに、発達障害に関する他の拙エントリは次の通りです。「発達障害における身体症状、その他

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(b)対人関係療法でなおすトラウマ・PTSD
水島広子著の本、「対人関係療法でなおすトラウマ・PTSD」(2011年発行)における記述の一部を以下に複数引用又は説明します(注:一部は説明のみで引用しません)。

① 同の「はじめに」における記述の一部(P013)を次に引用します。

(前略)そして、現在の対人関係の質が上がると、トラウマについての受け止め方も変わってくることが多いものです。そもそもトラウマは過去に起こった体験によって起こっているもので、過去を変えられない以上、トラウマと折り合うということはその「受け止め方」を変えることによってしかありえません。治療の中には、認知行動療法のように、トラウマ体験そのものに焦点をあてて、その「受け止め方」を変えようとするものもありますが、対人関係療法は、トラウマそのものではなく、トラウマの影響を受けた現在の対人関係に焦点をあてて、現在の生活の質を上げることによって、結果としてトラウマの受け止め方も変わる、という方向性を持つ治療法です。
本書では、対人関係療法の切り口から、トラウマと対人関係について考えていきたいと思います。(後略)

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② 同の「はじめに」における記述の一部(P014)を次に引用します。

対人関係療法は、トラウマそのものに焦点をあてる治療法が怖くて耐えられないと感じる人のための選択肢としても注目されていますし、対人関係面に現れるトラウマ症状のために、治療者との関係がうまく作れず、治療から脱落してしまいがちな人にも役に立つと考えられています。また、トラウマ体験そのものの記憶が苦しいという以上に、現在の「生きづらさ」が一番の苦しみだと感じている人にとっては、最適な治療焦点となるでしょう。

注:対人関係療法のPTSDへの適用の臨床試験に関する論文例を次に示します。 「Is Exposure Necessary? A Randomized Clinical Trial of Interpersonal Psychotherapy for PTSD 」(この論文では、持続エクスポージャー療法[他の拙エントリのここを参照]等と比較しています)*39 なお、トラウマ、PTSD又は複雑性PTSDに対する他の心理療法等は多種多様であると考えます。例えばここを参照して下さい。

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③ 同の「第1章 トラウマとは何か」の、 a) 「私たちは衝撃をどう乗り越えるか」項の記述(P016~P018)を以下に引用します。 b) 加えて、『健康に生きていくために必要な「自分、身近な人、世界への信頼感」』項の記述の一部(P020~P022)を以下に引用します。

私たちは衝撃をどう乗り越えるか

対処することができないほど大きな衝撃を受けたときにできる心の傷のことを「トラウマ(心的外傷)」と言います。「対処することができないほど大きな衝撃」と書いたのは、私たちは通常、小さな衝撃に対してはそのつど対処しながら暮らしているからです。私たちの心身には、自己防衛システムがいろいろな形で備わっています。通常はそのシステムを使い、生活の中のさまざまなできごとに適応しながら暮らしているのです。
たとえば、何かでショックを受けた場合、そのことをしばらくくよくよと考えてみたり、気分転換に何かをしてみたり、早く寝てしまったり、親しい人にぐちを言って聞いてもらったり、というやり方でそれを乗り越えている人が多いでしょう。
これらには、それぞれ、衝撃を乗り越えるうえでの意味があります。たとえば、「くよくよと考える」ということは、できごとを繰り返し思い出すことによって、その記憶に慣れるという作用があります。最初の衝撃は大きくても、何度も思い出しているうちに、慣れが進み、それほど強い感情を喚起しなくなってくるのです*。あるいは、繰り返し思い出しているうちに、いろいろな角度からそのできごとを見ることができるようになってきて、「それほどたいしたことではなかったのかもしれない」と気づいてくる場合もあります。ここでは、できごとの受け止め方の修正が起こっているということになります。
「気分転換に何かをしてみる」というのは、「ふだんの自分を思い出す」という効果があります。ショックに巻きこまれてバランスを崩してしまっているところから、ふだんの自分の感覚を取り戻すことによって、態勢を立て直すことができるのです。
「早く寝てしまう」というのも、自分の中の健康な部分を取り戻す役に立ちます。よく眠って、体力も取り戻し、すっきりした頭で目覚めることができれば、対処能力が増して感じるものです。また、一晩寝てみることによって、記憶の修正効果も期待できます。前日よりも元気な状態で振り返ってみれば、違った側面も見えて、「それほどたいしたことではなかったのかもしれない」という気持ちになりやすいものです。
「親しい人にぐちを言って聞いてもらう」というのも、ショックから立ち直るうえではとても強力なものです。こんなにひどい目に遭った、ということを話して、「それは大変だったね」などと優しくしてもらえれば、それだけで傷が癒されてしまう人が多いでしょう。自分の体験を人に話すというのは、「記憶に向き合い、慣れる」という作用もありますし、それ以上に、現在の自分を受け入れてもらっていることを実感する効果があります。
ショックに直面したときには、そのこと自体の衝撃もさることながら、「自分」というものにも目が向きます。「なぜ自分はこんな結果を引き起こしてしまったのだろうか」「なぜ自分はこの事態を防げなかったのだろうか」「人は、自業自得だと思っているのではないだろうか」「自分という人間は永遠に損なわれてしまったのではないだろうか」「どうしてこのくらいのことを乗り越えられないのだろうか」「そもそも自分にはもとから問題があったのではないだろうか」「自分の人生はもともとうまくいっていなかったのではないだろうか」など、いろいろな感じ方が出てきます。「自分」がグラグラしてしまうと、ますます態勢を立て直しにくくなります。
そんなときに身近な人から、「大変な目に遭ったね(=あなたが悪いわけではなく、ただ運が悪かっただけ)」「これはショックだよね(=同じ目に遭ったら誰もが同じように反応するだろう)」「何かできることがあったら言ってね。話ならいつでも聞くよ(=私たちの関係性は変わらないし、あなたは一人ぼっちではない)」と言ってもらえることは大きな安心につながっていきますし、身近な人が自分を気にかけて支えてくれているという感覚は力になります。具体的に何かをしてもらわなくても、ただ温かく聞いてもらうだけでもかなりの効果があるものです。

注:引用中の「*」(脚注)の内容を次に引用(『 』内)します。 『*心理学的には「馴化(じゅんか)」と呼ばれる。ある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくこと』

健康に生きていくために必要な「自分、身近な人、世界への信頼感」(中略)

先ほどお話ししたように、衝撃の度合いが小さければ、そこから「いつものやり方」で態勢を立て直していくことができます。慣れたり、自分の受け止め方を見直したりしていくことは、「起こったこと」の相対的重要度を下げて、「世界への信頼感」を取り戻すことにつながります。自分の力を思い出したり、自分の現状を受け入れたりすることは、「自分への信頼感」の回復につながります。また、人から受け入れてもらったり支えてもらったり支えてもらったりすることは、「身近な人への信頼感」を回復するとともに、人から受け入れられ支えてもらえる自分への信頼感にもつながります。
こうして「自分、身近な人、世界への信頼感」を取り戻すと、「まあ、何とかなるだろう」という感覚も回復して、またふつうに生きていくことができるようになるのです。
しかし、衝撃が強すぎると、「いつものやり方」で態勢を立て直すことができず、信頼感が失われたところに留まってしまいます。自分の感じ方も、自分の力も信じられなくなります。衝撃の内容によっては、身近な人も信じられなくなります。世界がとても危険なところに思われ、また次の瞬間に何かが起こるかも知れない、と警戒するようになります。この状態が維持されているということが、「トラウマ」の本質です。もちろん、トラウマ体験の性質によって、その警戒領域が人生全般に及ぶのか特定のテーマに限局されるのかはさまざまですが、基本的な構造は同じです。
「トラウマ」というと、まるで消せない傷がついているかのような印象を持つ人がいるかもしれませんが、そのような固定的なものではなく、「自分、身近な人、世界への信頼感」から離断されてしまった状態だと考えると実用的です。つまり、回復は可能で、それは信頼感へのつながりを取り戻すということであり、トラウマの性質によっては一生続くプロセスになりますが、常に前進していくものなのです。

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④ 同の「第2章 PTSDという病」における記述の一部(P036)を次に引用します。

「再体験症状」はトラウマ体験に特有のもので、他のタイプの病気には見られないものです。この症状の苦痛は、それ自体の激しさもありますが、それが、「望んでいないときに勝手に現れてくる」という侵入性も本当に怖いものです。自分が意図していないときに、突然、トラウマ体験の現場に引き戻される、という体験になってしまうのです。トラウマ体験を思い出すという形でなくても、においなどの感覚だけ再現されたり、身体の反応だけが再現されたり、ということもあります。
特に強烈なのは「解離性フラッシュバック」と呼ばれる症状です。これはただ「思い出す」というレベルを超えて、今まさに体験している、という状態になるものです。現実に今いるところからは意識が離れてしまい、周りから話しかけても反応せずに過去のトラウマを再体験して恐怖に圧倒されている、というようなこともあります。

注:引用中の「再体験症状」は、「フラッシュバックの症状」に相当すると本エントリ作者は考えます。

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⑤ 同の「第2章 PTSDという病」における記述の一部(P042~P043)を次に引用します。これは、項目『「複雑性PTSD」』における記述の一部でもあります。

「複雑性PTSD」
前述しましたが、現在のDSM-Ⅳ-TRのPTSDの診断基準は、主に戦闘体験やレイプによるトラウマの研究にもとづいて作られているため、すべてのトラウマ反応を代表しているわけではありません。
トラウマの中でも軽視できない深刻なものとして、家庭内で起こる虐待などによるものがあります。このタイプのトラウマ体験は、逃げられない場所において一方的な力関係のもと長期にわたって繰り返されるところに特徴があります。トラウマ体験をした人は、二度とそのような体験をしたくないと思うものですし、心身に起こるトラウマ反応は二度と傷つかないようにするための防御反応であるとも言えるのですが(52ページ参照)、そのようなトラウマ体験が日常的に繰り返されてしまうところが虐待などの問題の深刻な点です。
トラウマ研究の第一人者であるハーマン(文献5)は、そのような長期におよぶ虐待的環境で生じる病態を「複雑性PTSD」と呼ぶことを提案しています。
そのようなときに起こる症状は、通常のPTSD症状だけでなく、次のようなものが見られます。全体に、「自分、身近な人、世界への信頼感」がとても広い範囲で、深刻に損なわれた結果だと考えていただけるとわかりやすと思います。あらゆる領域に危険があるような気がして、誰を信じたらよいかわからず、自分自身のことも全く信じられない、というような状況下で起こってくる症状です。

・感情コントロールの障害
通常より低いレベルの刺激で、通常よりも激しい感情的反応が起こり、元のレベルに戻るのに時間がかかる、という傾向が見られます。強い怒りはより見られる感情で、「容易に、強く、長く怒る」という形をとります。端から見ると「些細なことでひどく怒り出し、抑えることができない」というふうに見えることも少なくありません。これは、「覚醒亢進症状」がより対人関係全般にしみ渡ったもの、と言うこともできます。(後略)

注:(i) 引用中の「文献5」は、「Herman JL. Trauma and Recovery (邦訳:中井久夫訳.心的外傷と回復.みすず書房、東京、1996.). New York: Basic Books; 1992」です。 (ii) 引用中の「複雑性PTSD」(又はComplex PTSD)は、ICD-11(参照)に登録されています。加えて、ICD-11 における複雑性PTSD(又は複雑性心的外傷後ストレス症、Complex post-traumatic stress disorder)を簡単に説明するWEBページを次に紹介します。 「6B41 Complex post traumatic stress disorder」 さらに、この説明の和訳例が示されているWEBページや資料は次を参照して下さい。 「6 Disorders specifically associated with stress 6ストレス関連症群 ICD-11」の「6.2 Complex post-traumatic stress disorder 複雑性心的外傷後ストレス症」項、「複雑性 PTSD への簡易トラウマ処理による治療」の Table 1(P221) ちなみに、 1) 本エントリ中の他の引用に上記複雑性PTSDに関するものがあります。 2) 上記複雑性PTSDの簡単な説明例として、「そだちの科学 2017年10月号」中の大江美佐里著の文書「トラウマ処理 ――STAIRを中心に」の「STAIRが示すもの ――複雑性PTSDとの関連」における記述の一部(P22)を次に引用(『 』内)します。 『具体的には、再体験・回避・過覚醒といったいわゆるPTSDの中核症状以外に、①感情調節の困難、②自分自身を弱く、挫折した、価値のないものだとする信念、③対人関係を維持することの困難、 の三症状が加わるとこの複雑性PTSDという診断となる。』(注:引用中の「PTSDの中核症状」[ICD-11]については次のWEBページを参照して下さい。 「6 Disorders specifically associated with stress 6ストレス関連症群 ICD-11」の「6.1 Post-traumatic stress disorder 心的外傷後ストレス症」項) (iii) 引用中の「覚醒亢進症状」*40の例は、 a) 不眠(寝つきが悪い、眠りが浅い) b) 苛立たしさまたは怒りの爆発 c) 集中困難 d) 過度の警戒心 e) 過剰な驚愕反応 です。

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⑥ 引用はしませんが、同の 第2章 PTSDという病 の「複雑性PTSDと境界性パーソナリティ障害」項(P47~P48)では、複雑性PTSDと境界性パーソナリティ障害との類似性に関しての記述が有ります。この類似性の関連は以下を参照して下さい。一方、虐待の経験者は境界性パーソナリティ障害を発症しやすいことについて、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」(2018年発行)の 7章 虐待の引き起こす精神疾患 の「5 境界性パーソナリティ障害」における記述の一部(P88)を次に引用(『 』内)します。『これまでの研究報告で、性的虐待、身体的虐待、DVなどの経験者は境界性パーソナリティ障害を発症しやすいことがわかっている。』 ちなみに、同章において虐待の引き起こす精神疾患として、上記境界性パーソナリティ障害を含む次の7種類がリストアップされています。 1. うつ病参照)、2. 不安障害(不安症、参照 *41)、3. 心的外傷後ストレス障害(PTSD、参照)、4. 解離性障害(解離症、参照)、5. 境界性パーソナリティ障害参照)、6. 物質関連障害および嗜好性障害群(これらの一部については例えば参照)、7. 非社会性パーソナリティ障害(簡単な紹介として、例えば次のWEBページにリストアップされています。 「パーソナリティ障害 - 脳科学辞典」の表3におけるB群を参照) 一方、 a) J・G・アレン著、上地雄一郎、神谷真由美訳の本、「愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療 素朴で古い療法のすすめ」(2017年発行)の第3章においては、愛着トラウマの寄与が比較的顕著にみられる他の障害や問題として、次の8項目が挙げられています(P106)。 ①抑うつ,②不安,③物質乱用,④健康不良,⑤摂食障害,⑥非自殺性自傷,⑦自殺念慮状態,⑧パーソナリティ障害*42 b) 発達性トラウマ障害又は複雑性PTSDにおける広い臨床像について、「こころの科学 200号(2018年7月)」中の杉山登志郎著の文書「子ども虐待によって生じる愛着障害とトラウマ」の「子ども虐待によって何が起きるか」における2つの不連続な記述の一部(P55~P57)を以下に引用(前者と後者それぞれ『 』内)します。[前者]『図1は二〇一四年子ども虐待防止世界会議においてヴァン・デア・コークが教育講演で提示した発達性トラウマ障害である。ここで重要なことは、子ども虐待の後遺症が診断カテゴリーを超えて広い臨床像をつくるということである。その一部は愛着障害によってもたらされる発達障害の臨床像であり、一部は複雑性トラウマによってもたらされる複雑性PTSDの臨床像である。』(注:i) 引用中の「図1」の引用は省略しますが、代わりに資料「複雑性 PTSD への簡易トラウマ処理による治療」の Fig. 1(P220)を参照して下さい。加えて、pdfファイル「あきた小児保健 第55号」中の杉山登志郎著の文書「発達障害と発達性トラウマ障害」(P19~P24)中の図1(P20)も参照して下さい(下記注の A) 項も参照すると良いかも)。ちなみに、上記 Fig. 1 中における DMDD は「重篤気分調節症」(例えば参照)のことです。一方上記引用中の「図1」にも関係する、引用中の(発達性トラウマ障害における)「広い臨床像」に関連するかもしれない発達性トラウマ障害(DTD)と(併病診断として)あり得る精神医学的診断との未調整の関係については拙訳はありませんが次の論文(全文)を参照して下さい。 「Psychiatric comorbidity of developmental trauma disorder and posttraumatic Stress disorder: findings from the DTD field trial replication (DTDFT-R)」の「Table 3. Unadjusted relationship of DTD and PTSD with probable psychiatric diagnoses」 ii) 引用中の「発達性トラウマ障害」については例えば次の和文の資料を参照して下さい。 「子ども虐待とケア」の「Ⅳ.子ども虐待と精神医学的課題」項 iii) 引用中の「愛着障害」についてはここを参照してください。加えて、上記「愛着障害」に関連する「愛着形成の異常」と引用中の「複雑性PTSD」との関連については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『「人をなかなか信用しない子」も「過剰になれなれしい子」も…親から虐待された子どもに表れがちな「愛着形成」の異常』 iv) 引用中の「発達障害」に関連する「自閉スペクトラム症」については他の拙エントリを、「ADHD」については他の拙エントリを それぞれ参照して下さい。 v) 引用中の「複雑性PTSD」についてはリンク集を参照してください。)、[後者]『図1に示される臨床像は“何でもあり”であり、診断カテゴリーをまたぐ。(中略)実際に、すでに精神科を受診している親に下されている診断は極めて多彩である。』(注:A) 引用中の「図1」の引用は省略しますが、上記注の i) 項を参照して下さい。加えてこの引用に類似した記述を、pdfファイル「あきた小児保健 第55号」中の杉山登志郎著の文書「発達障害と発達性トラウマ障害」(P19~P24)中の「2,発達性トラウマ障害と複雑性PTSD」項における記述の一部として次に引用(【 】内)します。 【図1に示される臨床像は何でもありであり、診断カテゴリーをまたぐ。】[注:a] 引用中の「図1」については上記注の i) 項を参照して下さい。 b] 上記引用以外にも「2,発達性トラウマ障害と複雑性PTSD」項には次に引用(≪ ≫内)する記述があります。 ≪図1は2014年国際子ども虐待防止会議においてファン・デア・コルクが教育講演で提示した発達性トラウマ障害である。ここで重要なのは子ども虐待の後遺症が診断カテゴリーを超えて広い臨床像を作るということである。その一部は愛着障害によってもたらされる発達障害の臨床像であり、一部は複雑性トラウマによってもたらされる複雑性PTSDの臨床像である。≫] B) 引用中の「親」は受診済みの他の精神科から紹介されて著者が並行治療するようになった虐待を受けた子どもの親という意味かもしれません。) なお、資料「脳科学からみた子ども虐待 ~児童虐待・ネグレクトが及ぼす神経生物学的影響~」における記述の一部(P73)を二分割して次に引用(それぞれ《 》内)します。 《うつ病患者の脳では海馬の体積減少や扁桃体の過剰反応が言われているのですが、うつ病の中でも被虐待歴を持っている患者さんたちがそのような違いが出ていました。8つの疾患(薬物乱用、アルコール中毒、反社会的人格障害双極性障害、心的外傷後ストレス、境界性人格障害解離性同一性障害精神障害)と海馬の体積減少は関連があると言われています。》、《子どもの頃に虐待を受けることによって8つの疾患の発症リスクが高まります。》 ちなみに、上記境界性パーソナリティ障害に関連して、「境界例は多彩な症状を示す」こと(「あらゆる症状を出す出すのではないか」ということと「変幻自在」を含む)については、平井孝男著の本、「境界例の治療ポイント」(2002年発行)の 第二部 境界例の治療ポイント の「3 境界例の症状」における記述の一部(P118)を次に引用(『 』内)します。 『▼境界例は多彩な症状を示すということはわかりますが、さらに具体的にはいったいどのような症状をあらわすんですか? 整理できますか? ――少しおおげさかもしれませんが、境界例はあらゆる症状を出すのではないかと思われます。統合失調症とかうつ病とか、強迫神経症、ヒステリーとみられたり、摂食障害家庭内暴力やアルコール・薬物依存といったかたちで受診することもあります。ほんとうに変幻自在という感じです。』(注:近親姦の被害経験者であって作家となったシルヴィア・フレーザが綴った引用中の「ヒステリー」に関連する「ヒステリー発作」について、J.L.ハーマン著、中井久夫訳の本、「心的外傷と回復<増補版>」(1999年発行)の「第五章 児童虐待」における記述の一部(P149)を次に引用します)

(前略)彼女は無数の精神科的症状を述べていて、その中には小児期に始まるヒステリー発作と心因性健忘、青春期における食思不振と乱交、成人期における性機能障害、親密関係における障害、抑鬱、無理心中の企画などがその中に挙げられていた。症状の幅広さ、人格の断絶、重篤な機能障害と人並み外れた強力性との共存――フレーザは、これらによって被害者の体験の代表である。(後略)

「類似性」に関連して、論文(全文)「ICD-11 complex post-traumatic stress disorder: simplifying diagnosis in trauma populations[拙訳]ICD-11の複雑性PTSD:トラウマ集団における診断の簡素化」の「CPTSD and borderline personality disorder[拙訳]複雑性PTSD境界性パーソナリティ障害」項における記述を次に引用します。

There has been debate over nearly two decades as to whether CPTSD is actually PTSD with comorbid borderline personality disorder (BPD). Several studies using various statistical techniques have demonstrated that individuals with CPTSD are distinguishable from those with BPD. There are several notable clinical differences that have treatment implications. Individuals with CPTSD experience a severe but stable negative self-concept whereas those with BPD report shifts in their self-image vacillating between highly positive and highly negative self-perceptions. CPTSD relational difficulties are characterised by a tendency to avoid and have difficulty maintaining relationships, particularly during periods of conflict or high emotion whereas BPD is associated with rapid engagement followed by ups and downs or idealisation and devaluation of relationships. Although emotion regulation difficulties are central to both CPTSD and BPD, their expression can be quite different with suicide attempts and gestures and self-injurious behaviours a core feature and a first target of treatment for BPD in contrast to CPTSD, which does not include either problem for diagnosis and preliminary data indicate rates of these problems are substantially lower in CPTSD relative to BPD.


[拙訳]
CPTSD(複雑性PTSD)は併存する境界性パーソナリティ障害 (BPD) を伴う PTSD であるかどうかについては、20年近くにわたって議論が続いている。様々な統計学的手法を用いたいくつかの研究により、CPTSD の患者は BPD の患者と区別可能であることが示されており、治療への含意を有するいくつかの注目すべき臨床的差異がある。CPTSD を伴う個々人は、重度であるが安定したネガティブな自己概念を経験するが、BPD を伴う個々人は、非常にポジティブな自己認識と非常にネガティブな自己認識との間で揺れ動く自己イメージにおける変化を報告する。CPTSD 関連の困難性は、特に葛藤又は高情動の期間中の、人間関係を維持することを回避し、そして困難にする傾向を特徴とするが、BPD は、関係の浮き沈み又は理想化とこきおろしに続く急速な関与と関係する。情動調節の困難は CPTSD と BPD の両方の中心的なものであるが、それらの表現は、診断のためには以下のどちらの問題も含まない CPTSD とは対照的に、BPD に対する核心的な特徴そして治療の最初の標的である、自殺の試みとジェスチャー及び自傷行為とは全く異なり得る。そして予備的データは、これらの問題の割合が BPD と比較して CPTSD では実質的に低いことを示す。

注:i) 拙訳中の「情動」については次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 さらにメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「情動調節」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「理想化とこきおろし」についてはここを参照して下さい。

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⑦ 同の「第3章 トラウマの自然回復を妨げるもの」における記述の一部(P054)を次に引用します。

PTSDの治療の本質は、今は「戦時下」ではなく「平時」であることを実感するということです。「平時」を実感するということは、たとえば、未曽有の災害を経験したというような場合には「自分が体験したことは本当に特殊なことであって、そういうことはめったに起こらないのだ」ということを実感するということでしょう。また、対人トラウマなど、今後も絶対に起こらないとは言えないことについては、「自分、身近な人、世界への信頼感」を取り戻すことによって、万が一また危険なことになったとしても「自分も前とは違う対応ができるだろうし、身近な人も助けてくれるだろう。まあ何とかなるだろう」という感覚を持てるようになることが目標になります。

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⑧ 同の 第4章 トラウマが対人関係におよぼす影響」 の『「対人過敏」という症状』項の記述の一部(P068~P069)を次に引用します。

PTSDに対する対人関係療法を研究しているロバートソンら(文献6)は、PTSDの症状から起こる対人機能の障害を「対人過敏」と呼んでいます。PTSD症状が対人関係に与える影響に名前をつけることによって、PTSDの「再体験症状」や「回避・麻痺症状」のように重要な症状として認識してもらうためです。「対人過敏」を病気の症状として見ることによって、それが個人的な欠陥ではなく、治療対象になるものだと認識することができます。
第3章でPTSD症状は「敵にやられないようにする」ための心身の反応しては合目的的だということをお話ししました。これが他人に対しても向けられるものが、「対人過敏」です。「相手から傷つけられないようにする」ということに全ての注意を向けていれば、少しでも怪しいものはすべて「脅威」としてセンサーが働いてしまいます。そして、脅威を排除しようとして心身がフル回転する、ということになります。これが、「脅威への過敏」と「感情コントロールの障害」として現れることになります。
トラウマのない人であれば、相手の言動に多少の違和感があったとしても「少し様子を見る」ということをするでしょう。相手に質問してみたり、いろいろな角度から考えてみたりするものです。もしも本当に怪しいことだとしても、「まあ、あまり関係が近い人ではないから気にしないようにしよう」などと相対的な位置づけを考えたりします。
しかし「対人過敏」が刺激されてしまうと、少しでも「怪しい」と思えばすぐに「脅威のセンサー」が作動してしまい、「少し様子を見る」などということができなくなってしまいます。また、センサーが作動すると、とにかく脅威を排除しようとしてしまいますので、「まあ、あまり関係が近い人ではないから気にしないようにしよう」などという客観的な考え方ができなくなるのです。これは少しでも煙を探知するとスプリンクラーが作動して水が噴射されるようなもので、その煙がどの程度危ないものなのかということもきちんと評価できていませんし、いちいち水を噴射してそのあたりをめちゃくちゃにする以外の対応法があるのではないかということも検討できていない、という状態です。そんな余裕はないのです。
そんな様子は、周りから見れば、「なぜこの程度のことで?」と思えますし、「何もそこまで怒らなくても……」というふうに感じられます。

注:i) 引用中の「文献6」は、「Robertson M, Rushton PJ, Bartrum D, Ray R. Group-based interpersonal psychotherapy for posttraumatic stress disorder: theoretical and clinical aspects. Int J Group Psychother. 2004 Apr; 54(2):145-75.」です。 ii) 引用中の『「対人過敏」が刺激されてしまうと、少しでも「怪しい」と思えばすぐに「脅威のセンサー」が作動してしまい』に関連する、「予期不安」(他の拙エントリのここを参照)や「恐怖反応」からの視点を含めた『鋭敏な感受性を持った人にはいろいろな出来事が「警告システム」発動のきっかけになる』ことについて、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の 1.快楽と恐怖の起源 の 1.3 恐怖の起源をさぐる の『a.脳の「警告系」』における記述の一部(P20)を以下に引用します。 iii) ちなみに、この引用に関連すると本エントリ作者が考える『情動の喚起と「闘争-逃走モード」』及び「危険(脅威)に対する人間の通常の反応」は参考として共に以下の≪補足説明1≫に示します。

(前略)「恐怖反応」を起こす基礎的な神経回路,すなわち脳の警告システムはマウスから人間までほとんど共通である.実際,ヒトの恐怖とは,まずもって身体反応である.たとえば「パニック発作」と呼ばれるものは,動悸や発汗,息苦しさといった反応からなり,これは静脈内に乳酸を注入するという,情動とは何の関係もない操作で容易に惹起させることができる.臨床的に問題になるような恐怖は,このパニック発作がいつどんなときに起こるかわからないという「予期不安」からくるものである。
予期不安を基礎研究の立場から考えると,それは警告システムを駆動させる出来事が多様かつ柔軟性に富んでいるという意味である.警告システムは,危険かもしれない状況で素早い対処行動(フリージングも含めて)を起こす役に立ってこそ意味がある.山道で出会った細長いものが縄なのか,ヘビなのかといった細かい分析は後回しにして,ここはとりあえず「逃げる」ことのほうが大事である.しかもその長い縄のようなものの全容が見える必要はない.「ガサッ」という音とともにウロコ風のものの一部だけが見えても警告が発せられるほうが適応的である.すなわち,感覚刺激の一部の特徴だけでも行動が起こる.また,記憶も恐怖を起こす.やっかいなことに,ヒトはこの記憶が何によって呼び起こされたのかを自覚していないことが多い.芥川龍之介が遺作『歯車』で描いてみせたように,鋭敏な感受性を持った人にはいろいろな出来事が「警告システム」発動のきっかけになる.

僕はこのホテルの外へ出ると,青ぞらの映った雪解けの道をせっせと姉の家へ歩いて行った.道に沿うた公園の樹木は皆枝や葉を黒ずませてゐた.のみならずどれも一本ごとに丁度僕等人間のやうに前や後ろを具へてゐた.それも亦僕には不快よりも恐怖に近いものを運んで来た.
(『歯車 ほか二編』岩波文庫

もっとも.『歯車』の場合は「レエン・コオト」が強力な条件刺激であることが示唆されるのだが,過敏すぎる「警告」は精神医学・薬理学的な治療の対象になる.(後略)

注:i) この引用部の著者は廣中直行です。 ii) 引用中の「フリージング」に類似する「凍りつき」については、例えばここを参照して下さい。 iii) 引用中の「パニック発作」については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の(上記「パニック発作」にも関係する)「恐怖反応」に関連するかもしれない、「パニック症」における「Stress-induced fear circuit」については、次のWEBページを参照して下さい。 「パニック症 - 脳科学辞典」の「“Stress-induced fear circuit”とPD」項

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≪補足説明1≫『情動の喚起又は過剰なストレスと「闘争-逃走モード」』と「危険(脅威)に対する人間の通常の反応」*43
最初に、前者の標題について、上地雄一郎著の本、「メンタライジング・アプローチ入門 愛着理論を生かす心理療法」(2015年発行)の 3 メンタライジングの特質と次元 の「(4) 情動のメンタライジング」における記述の一部(P35~P36)を以下に引用します。一方、標記「闘争-逃走モード」に関連する(不適応的)スキーマの活性化による「闘争-逃走反応」については拙エントリのここを参照して下さい。

(前略)ただし,情動の喚起が重要といっても,情動があまりに激しく喚起されている状態では,一般にメンタライジングは困難になります。このような状態のとき,人の心は「闘争-逃走モード」(fight-flight mode)に切り替わり,相手と闘争するか逃避するかという自動的反応パターンに陥ります。闘争-逃走モードに切り替わる際の(情動喚起レベルの)閾値は,個人によってベースラインが異なりますし,同じ個人においても内的・外的な影響によって閾値が変動することがあります。閾値が低い人は少しの情動喚起で闘争-逃走モードに入り,閾値が高い人は情動喚起レベルがかなり高くなるまでメンタライジング・モードを維持することができます。メンタライジング・アプローチが目指しているのは,この閾値を上げることです。つまり,情動が喚起されていてもメンタライジングが維持される情動喚起レベルの上限を高めることです。(後略)

注:i) 引用中の「情動の喚起が重要」というのは、情動のメンタライジングにおいては、情動がある程度喚起されている状態で行われることが有益との意味です。 ii) 引用中の「メンタライジング」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。

加えて、同本の 6 境界性パーソナリティ障害への対応 の I BPD の成因と治療 の「1 BPD の病理と成因」における記述の一部(P206)を次に引用します。

(前略)次に,人生早期にトラウマなどの過剰なストレスを経験すると,脳神経の喚起メカニズムの機能が歪み,通常よりもはるかに低いレベルの脅威を重大な脅威と判断しやすくなります。そして,わずかな脅威によって,統制された(明示的)メンタライジングから自動的(黙示的)メンタライジングへの移行が生じます。言い換えれば,わずかな脅威に対しても闘争-闘争反応への移行が起きやすくなります。(後略)

注:i) 引用中の「闘争-闘争反応」は誤記で、正しくは「闘争-逃走反応」であると引用者は考えます。 ii) 引用中の「メンタライジング」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

加えて、後者の標題について、J.L.ハーマン著、中井久夫訳の本、「心的外傷と回復<増補版>」(1999年発行)の「第二章 恐怖」における記述の一部(P47~P48)を次に引用します。

危険に対する人間の通常の反応は、心身両面を包含する反応が、複雑でありつつ統一されて一つのシステムを形づくっている。脅威をみとめると、まず交感神経系が賦活され、危険に遭遇した人間はアドレナリンの高鳴りを覚え、警戒待機状態(アラート状態)に入る。脅威はまた、直面している状況だけに注意を集中させる。さらに、脅威があると通常の知覚に変更が起こる。危険に遭遇した人間はしばしば飢えや渇き、さらには痛みさえも無視して顧みなくなる。最後に、脅威は怒りと恐怖という強烈な感情を起こさせる。この二つの感情は覚醒度を変え、注意力を変え、認知を変え、感情を変えるが、これは正常な適応反応である。この反応によって、脅威を感じた人間を断乎たる行動に向かって動員するのである。闘争しようとするか逃走しようとするか、どちらにしても――。

注:i) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 ii) これらの3つの引用中の「闘争」に関連する「戦闘」については、ここの③項を参照して下さい。

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⑨ 同の「第4章 トラウマが対人関係に及ぼす影響」における記述の一部(P079~P080)及び他の記述の一部(P081~P084)を次に引用します。

――症例
サクラさんは中学時代から過食症になり、症状を抱えながら高校を卒業して就職しました。しかしどの仕事も長くは続かず、転々としていました。
そのうちに恋人ができ、一緒に暮らすようになりました。彼は全体的に優しく温かい人で、サクラさんの過食症を受け入れてくれ、「一緒に治していこう」と言ってくれました。仕事が続かないサクラさんを経済的にも支えてくれました。
ところが、二人の生活は平穏なものにはなりませんでした。きっかけは、彼の親友でした。彼の親友はたびたび遊びに来ましたが、サクラさんはその親友をどうしても好きになれませんでした。そして親友もサクラさんのことを嫌っていて、彼をとろうとしているのではないかとも思いました。だからじゃまをしに来るのだと思ったのです。
サクラさんは恋人に「あの人を家に来させないでほしい。できればあまり親しくしないでほしい」と言いました。それに対して恋人は「彼は僕にとって大切な親友なんだよ。僕は君のことをこれだけ大切にしているじゃないか。僕の親友のことも尊重してほしい」と言いました。すると、サクラさんは爆発してしまったのです。「だいたいあの男は人間としてのたちが悪すぎる。礼儀もなっていない。目つきがおかしい。心の中では腹黒いことを考えているに違いない。あなたは騙されているんだ」などと彼の親友を徹底的に罵倒しました。もちろんそれは彼にとっては聞くに耐えないことで、「いくらなんでも言ってよいことと悪いことがある」と言いました。するとサクラさんは「つまりあなたも同類っていうことね。もうあなたとはやっていけない。出て行く。出て行かせないのなら死んでやる!」と泣きながら怒鳴りました。そして実際に行方不明になったり、自傷行為をしたりするのです。
それからも同様のパターンが続きました。恋人はサクラさんに、「君もこれからいろいろな人と関わっていくためには、考え方を直さないといけないよ」などと教え諭しましたが、そのたびにサクラさんは怒り狂ったり、これ見よがしに自傷行為をしたりするのです。ついにある日、たまりかねた恋人はサクラさんを殴ってしまいました。

サクラさんのそれらの言動は、実はトラウマ症状でした。サクラさんはDV家庭で育ち、激しいいじめも経験していました。ひどいいじめに遭ったのに、家庭はとてもそれを相談しようと思える場所ではなく、誰も味方だとは思えないまま、ここまで生きてきた人だったのです。そんな彼女にとって恋人は初めて「味方になってくれるのではないか」と思えた人でした。
ところが、その関係を乱したのが、恋人の親友でした。サクラさんから見ると、親友にはいくつもの「怪しい点」がありました。たとえば突然やってくることでした。これはサクラさんの生活を妨害しようとしているように見えました。また、サクラさんが何かを気にしていると「いいじゃん、そんなこと気にしなくて」とよく言うことも気になっていました。サクラさんの感じ方を尊重しないで自分の意見を押しつけてくるように感じられたのです。その他、喫煙者である彼はしばしばタバコに火をつけようとしてから、「そうか、ここはタバコを吸えないところだったんだ」と笑いながら言うのですが、サクラさんは融通のきかない自分をそのつど責められているかのように感じました。これらの「怪しい点」は、いずれもサクラさんの「脅威のセンサー」に引っかかりました。自分を彼の恋人として認めていないのではないか、彼と自分を別れさせようとしているのではないか、と思ったのです。そしてその脅威を排除しようとして、恋人に「あの人を家に来させないでほしい。できればあまり親しくしないでほしい」と言ったのです。
ところが、それがトラウマ症状とは知らなかった恋人は、サクラさんの考え方を変えさせようとしました。これは、サクラさんから見れば、恐怖の体験となりました。まるで、自分の目の前に殺人者がいて「殺される」と必死で訴えているのに、助けてくれないばかりか、考え方を変えて相手と仲よくするようにと強要されているようなものなのです。本人にとってはそれほど切迫している状況であるにも関わらず、周りは悠長に「考え方の問題」などとピントのはずれたことを言っているのですから、そのとらえ方には明らかにずれがあり、本人の切迫感はますます膨張していくのです。
この切迫感が、その後の爆発につながっていきます。そこで表現されているのは怒りであり相手への攻撃ですが、サクラさんにとっては恐怖から来る必死の「正当防衛」なのです。サクラさんが訴えているのは、「だいたいあの男は人間としてのたちが悪すぎる。礼儀もなっていない。目つきがおかしい。心の中では腹黒いことを考えているに違いない。あなたは騙されているんだ」というめちゃくちゃな人格攻撃ですが、こういうときの「罵倒」の内容を聞くと、あまりにも一方的だったり筋が通っていなかったりすることが多いものです。少なくとも、聞くと不快な気分になるようなものがほとんどです。しかしそれは当然のことで「意図された攻撃」ではなく、突然の事態に動揺する中での自己防衛なのですから、「相手がどう思うか」などということは全くおかまいなしになるのです。とにかくやみくもに攻撃して身を守っている、というイメージに近いものです。
そのようなやみくもな自己防衛に対して彼は「いくらなんでも言ってよいことと悪いことがある」とたしなめています。サクラさんの発言が「意図された攻撃」であればそのようにたしなめることにも意味があるかもしれませんが、やみくもな自己防衛なのですから、何の意味もないということになってしまいます。そして彼がそうしてたしなめることは、サクラさんから見れば「彼は敵側に加担した」としか感じられず、ますます恐ろしくなり爆発する、ということになります。
こうしてトラウマ症状として振り返ってみると、サクラさんのめちゃくちゃな言動もかなりの程度理解可能な話になってきます。つまり、サクラさんは彼の親友や彼を責めているわけではなく、恐怖から自分を守ろうとして必死なだけだということです。
ところが、そういう理解なくこの状況を見てしまうと、サクラさんが口汚く自分や自分の親友のことを罵っており、それが全くコントロール不能という状況なのです。彼がついに追いつめられて暴力をふるってしまったのは、心情的には理解できます。
こうして、サクラさんは初めて「味方になってくれるのではないか」と思えた優しい恋人から殴られる、という事態に至ってしまいました。つまり、新たなトラウマ体験を招いてしまったのです。もちろんそのできごとの後には、恋人のことも怖く感じるようになってしまい、「あなたのように暴力的な人とはやっていけない」と恋人の家を出てしまいました。恋人は自分が感情的になってやってしまったことを心から反省していたのですが、暴力をふるってしまったという負い目から、サクラさんを引き留めることができませんでしたし、親友とサクラさんの板挟みで苦しんでいたこともあり、実際のところ引き留めることに積極的にもなれませんでした。
このように、トラウマ症状が相手を怒らせて新たなトラウマ体験を引き起こすということは珍しくありません。本来は、二度と危険な目に遭わないように、という目的を持った症状であったはずが、かえって危険を招いてしまうのです。また、サクラさんの場合、危険を招いただけでなく、長い目で見れば自分のトラウマを癒すことにつながるであろう貴重な相手を遠ざけることにもなってしまっています。

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⑩ 同の「第4章 トラウマが対人関係に及ぼす影響」における記述の一部(P090~P091)を次に引用します。

サクラさんもウメノさんも子ども時代に虐待されていた例ですが、アメリカ精神医学会の診断基準DSM-Ⅳを作る際に行われた調査では、子ども時代に虐待されていたPTSD患者の91%に、(1)自分への批判に敏感、(2)別の見方について聞くことができない、(3)自分自身のために何かに立ち向かうことが難しい、(4)交渉せずに仕事をやめたり人との関係を絶ったりする傾向 - が見られました。いずれも、「脅威のセンサー」があらゆる領域に向けられている結果として理解することができます。(2)の「別の見方について聞くことができない」というのは、「人は多様な見方をするものであり、どれが正しいというわけでもない」という考え方ができないということです。「自分とは違う見方をする人がいるということ=自分の見方が否定されること」と感じてしまうのです。そうすると、当然「脅威のセンサー」が働くことになります。
これらの対人関係面での障害は広い領域にわたり、恋人関係、夫婦関係、子育て、仕事など、多くの生活役割にまたがっていました。
子ども時代のトラウマがある人たちのうつ病に対する対人関係療法を研究しているタルボットたちは、子ども時代のトラウマがある人たちに見られる対人関係のパターンを「対人パターン」と呼び、治療焦点にすることを提案しています(文献7)。「対人パターン」に含まれるのは、慢性的な恥の感覚、慢性的な社会的引きこもりと愛着関係を作ることの回避、親しい関係において慢性的に要求が多く安心を求める、持続する対人不信、パートナーからの暴力など深刻な不和の繰り返し、親しい関係を突然やめることの繰り返しなどです。これらのパターンは、発達段階で身につけるべきだった課題がトラウマのために妨げられた結果として認識されています。

注:i) 引用中の「文献7」は、「Talbot NL, Gamble SA. IPT for women with trauma histories in community mental health care. J Comtemp Psychother. 2008;38:35-44.」です。 ii) 引用中の「サクラさんもウメノさんも」に関連して、ここを参照することに加えて、サクラさんの症例についてはここにおける引用を、ウメノさんの症例についてはここにおける引用を それぞれ参照して下さい。 iii) 引用中の「愛着」に関してはここを参照して下さい。

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⑪ 同の「第5章 PTSDへの対人関係療法」における「対人関係療法が向いている人」項の記述(P106~P107)を次に引用します。

トラウマ体験そのものに焦点をあてるエクスポージャーとは異なり、現在の対人関係に焦点をあてる対人関係療法は、エクスポージャ―が怖くてできない人、現在の「生きづらさ」が一番の悩みである人などにとってよい選択肢となります。また、対人トラウマの場合には特に対人関係が重要なテーマとなります。特に複雑性PTSDのように反復する対人トラウマ体験があった場合、対人関係を根本から組み立てていかなければならないようなこともあり、トラウマ体験そのものよりも現在の対人関係機能に焦点をあてる治療のほうが適している場合もあります。
対人関係療法では現在の対人関係という限られた領域だけに焦点をあてて治療を進めますが、その効果はPTSD症状の全域にわたって現れることが研究結果からも示されています。また、前述したように、対人関係療法で現在の対人機能が改善し症状が軽快した人たちは、やがて、促されなくても自らトラウマを思い出させるものに向き合う(エクスポージャ―する)ようになることが観察されています。対人関係療法によって現在の対人機能が改善し、「自分への信頼感」をとり戻した人たちは、トラウマの記憶にも耐えられるという自信がついてくるのだと思います。
エクスポージャー対人関係療法はそういう意味では同じ目的に向かって二つの逆の方向からアプローチするものだと言えます。エクスポージャ―では、トラウマ記憶に耐えられるようになることで生活全般への自信をつけていきますし、対人関係療法では、生活全般への自信をつけることでトラウマ記憶にも耐えられるようになるのです。

注:引用中の「エクスポージャー」についてはここにおける脚注を参照して下さい。

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⑫ 同の『第6章 トラウマを「役割の変化」として考える』における『トラウマという「役割の変化」』項の記述の一部(P122~P123)を次に引用します。

トラウマも一つの「役割の変化」と言うことができます。明らかに、社会における自分の立ち位置や身近な人間関係の性質が変わります。たとえば何らかの事件に遭遇したのであれば、それまでの「特に危険のことなど考えずにふつうに暮らしていた役割」から、「社会の危険を知りながら暮らす役割」に変わります。人から裏切られたということであれば、それまでの「誠実につきあっていれば人をふつうに信頼できた役割」から、「人は裏切りうるということを知りながら人づきあいをする役割」に変わるでしょう。
それぞれの新しい役割である「社会の危険を知りながら暮らす役割」や「人は裏切りうるということを知りながら人づきあいをする役割」において、「まあ、何とかなるだろう」という感覚をもってやっていけるようになると「役割の変化」を乗り越えたということになりますし、トラウマからの回復ということになるのですが、実際にはその適応は簡単なことではありません。
「社会の危険を知りながら暮らす役割」「人は裏切りうるということを知りながら人づきあいする役割」に適応できないということは、つまり、安全な暮らし方、安全な人づきあいのしかたがわからないまま、緊張と不信の毎日をすごす、ということなのです。これがトラウマという現象だと言えます。
トラウマ体験は、「役割の変化」の中でもその「変化」の度合いが激しいものです。単なる遭難というよりも、ふつうに人生を歩いていたところ、突然足下が地割れして叩き落された、という感覚に近いものです。落ちた直後は、自分に何が起こったのかもよくわからないでしょう。「落ちた」ということがわかってからも、自分がどこにいるのか、どちらの方向に向かって進んだらよいのかわからず、そもそも、歩き始めてもまた足下が地割れするのではないか、と全く安全を感じられない状態になってしまうのです。トラウマ体験をするとそこから時間が止まってしまったように思う人が多いのですが、それは、突然地割れがして突き落とされて途方に暮れている様子を考えれば、理解しやすいものです。
しかし実際には、いろいろなことを整理していくと、道を見つけることができます。それも、前の道がなぜ地割れしたのか、という理由もある程度知ることができると、今度は落ちないように生きていくということも考えられます。また、落ちたとしても同じように立ち直ることができると知ることは大きな力になります。(後略)

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⑬ 同の 第6章 トラウマを「役割の変化」として考える の「変化を境に、身近な人たちの支えがなくなる」項の記述の一部(P125~P126)を次に引用します。

トラウマ体験は、基本的には孤独の体験です。トラウマ体験そのものの衝撃だけでなく、そのときに自分が全くひとりぼっちだと感じることも特徴です。(中略)

サクラさんやウメノさんなど子ども時代に虐待されていた人たちに至っては、トラウマ体験どころか、今までの人生を精神的には全く一人で生きています。

注:引用中の「サクラさんもウメノさん」に関し、サクラさんの症例についてはここにおける引用を、ウメノさんの症例についてはここにおける引用を それぞれ参照して下さい。加えて引用はしませんが、共に玉突き衝突事故に巻き込まれ、トラウマを負った夫婦スタン・ローレンスとユート・ローレンスの脳については、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第4章 命からがら逃げる――サバイバルの分析 の「トラウマを負ったスタンとユートの脳」以降(P109~P122)を参照して下さい。ちなみに、スタンにはフラッシュバックの症状が出たのに対し、ユートには麻痺状態が見られたようです。

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⑭ 同の 第6章 トラウマを「役割の変化」として考える の「変化の中で起こる感情が強すぎてコントロールできない」項の記述(P126~P128)を次に引用します。

自分の感情が強すぎてコントロールできないと感じると「自分への信頼感」を失います。自分が大丈夫だとは思えなくなり、自分はどうなってしまうのだろうと怖くなります。トラウマは強い恐怖や怒りなどを伴うことが多く、その圧倒的な感情が怖いために思い出すことを回避したりすることになります。思い出すことを回避すると、「慣れる」ということができなくなり、トラウマ体験を乗り越えることがそれだけ難しくなります。
また、「慣れる」という意味だけではなく、「役割の変化」を乗り越えるためには、自分の感情にふれることに大きな意味があります。「役割の変化」という「遭難状態」から立ち直るためには、自分の現在位置を知ることがとても大切だからです。自分の現在位置を知るとはどういうことかというと、「今起こっていることが、自分にとってどういう意味があることなのか」を知るということです。自分にとってどういう意味がある体験をしているのかを知ることができれば、そこでやっていくべきことも整理されてくるものです。
「今起こっていることが、自分にとってどういう意味があることなのか」を知るための重要な手がかりになるのが、自分の気持ちです。変化の時には本当にさまざまな気持ちが出てくるものですが、「こんなに不安なのは、これから新しいことをしようとしているからだな」「こんなに悲しいのは、今までやっていたことが懐かしいからだな」「こんなに頭に来るのは、突然こんなことが起こったからだな」ということを一つひとつ確認していけば、遭難しないで変化を前に進んでいくことができます。つまり、変化の中で起こる全ての気持ちを、「こんな時期にはあたりまえの気持ち」と肯定していくことが大切なのです。ところが、気持ちにふたをしてしまうと、自分の現在位置がわからなくなってしまい、道に迷ったままということになってしまいます。
また、人間は、気持ちを共有していくことで、他人とのつながりを作っていくものです。変化の中で起こる気持ちを他人に打ち明けていくことは、身近な人に支えてもらえるようになるという点からも、とても重要な意義があります。しかし、その感情がただ強く相手にぶつけられてしまうと相手との関係が悪化しますし、そうなることが怖くて対人関係を避けてしまうと孤立につながってしまいます。

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⑮ 同の 第6章 トラウマを「役割の変化」として考える の「変化によって難しいことを要求されるようになる」項の記述の一部(P128)を次に引用します。

変化によって生活環境がガラリと変わってしまうようなときには、それだけ対処が難しくなります。(中略)

トラウマの場合、要求される難しいことの中には「トラウマ症状と共に生きる」ということもあります。本書ですでに述べてきたように、トラウマ体験をすると、ふだんは経験しないような激しい症状が起こってきます。症状として認識し対処法を知れば何とかなる症状であっても、正体がつかめないうちはただただ圧倒的なものとして、本人をふり回してしまいます。

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⑯ 同の 第6章 トラウマを「役割の変化」として考える の『「まあ、何とかなるだろう」という感覚を取り戻す工夫』項の記述(P136~P137)を次に引用します。

職場の異動などトラウマ以外の「役割の変化」に適応していく際には、新たな役割のプラスの側面を考える、ということも有効です。自分がただ変化に翻弄されるだけの立場ではなく、変化を活用することもできるのだ、と知ることは、遭難状態から脱することにつながるからです。
しかし、トラウマ体験の場合には、新たな役割のプラスの側面と言われても、思いつかないでしょうし、そもそもそういう視点そのものが不愉快に感じられると思います。
そんなときには、「それでもコントロールできること」を探すことで、自分への信頼感を回復していくことができます。たとえば、すべてが変わってしまったように思われるときでも、一つだけでも日常の習慣を続けておくとだいぶ違います。
実際には、強烈な「役割の変化」に直面すると、人は、自分に何かができるということを忘れてしまいます。
たとえば、再体験症状も、意識してゆっくりと呼吸したり身体を動かして緊張をほぐしたりすることによってある程度コントロールできる人もいるのですが、あまりにも無力感が強くなってしまうため、そんな工夫を考えようという気も起こらなくなってしまうのです。
日常の習慣を続けてみるということは、自分の力に気づく機会にもなります。17ページで述べましたが、小さな衝撃に対して私たちが気分転換をしてみることが、これにあたります。大きな衝撃の時にはさすがに気分転換で乗り越えられるほど簡単ではありませんが、少しでも自分の力にふれることは、「役割の変化」を乗り越えるうえでの力になります。
また、小さなことでも自分で選んでみる、ということも有効です。トラウマを受けると、自分には何かを選択する力があるということも忘れてしまいます。選択という概念すら忘れてしまい、ただ無力感と絶望感、コントロール不能な恐怖にふり回されて生きていくしかない、と思ってしまいます。そんなときに、大きな選択はできないとしても、何を食べるかとか、ものをどこに置くか、ハンカチはどれを選ぶか、などという小さな選択をすると、自分の力を感じる機会が増えるという人も多いものです。

注:引用中の文章「17ページで述べましたが」に相当する引用はここを参照して下さい。

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⑰ 同の 第9章 トラウマから回復するということ の「病気の治療とトラウマからの回復」項における記述の一部(P174)を次に引用します。

トラウマからの回復の全過程に治療が必要なわけではありません。トラウマは「役割の変化」として考えるとわかりやすいということを第6章で見ましたが、「役割の変化」そのものは病的だというわけではありません。私たちは人生の中で無数の「役割の変化」を経験しながら暮らしています。トラウマ体験後の「役割の変化」も、自然回復として進むところもたくさんあります。治療が必要になるのは、病気の診断基準を満たしているようなときであり、簡単に言えば、第3章で述べたような、悪循環の構造に陥っているようなときです。治療によって目指すのはその悪循環からの脱出であり、悪循環から解放されれば、またその人のペースで回復は進んでいくものです。
トラウマ体験が深刻なものであるほど、その回復のプロセスには長くかかります。場合によっては一生が回復のプロセスということもあります。しかし、それは「長くかかる」というだけの話であり、「回復しない」ということではありません。

注:i) 引用中の『トラウマは「役割の変化」として考える』に関しては、次の引用を参照して下さい。 ii) 引用中の「悪循環の構造」に関し、その例は次の症例でも見ることができるのかもしれません。

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⑱ 同の「第9章 トラウマから回復するということ」における記述の一部(P183)を次に引用します。

トラウマからの回復で目指されるものは一般に「エンパワーメント(有力化)」と呼ばれます。エンパワーメントとは、簡単に言えば、「トラウマによって無力化された人が再び自分の力を感じられるようになること」です。
本書では、対人関係療法の考え方を中心に、トラウマと対人関係の関連を見てきましたが、トラウマを「役割の変化」として考え、症状は症状として認識し、身近な人に受け入れてもらいながら自分のプロセスを進んでいくことで、「自分、身近な人、世界への信頼感」とのつながりを取り戻していくことは、まさにエンパワーメントの過程そのものだと言えるでしょう。

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(c)「発達」からみたこころの臨床
標題は、「こころの科学 181号(2015年5月)」特別企画名です。以下の(c)及び項においては、この企画から複数の文書を引用します。

杉山登志郎著の文書、「発達精神病理学の力 ―― 予防のための科学」(P14~P20)より記述の一部(P19)を次に引用します。

複雑性PTSDの特徴を、臨床でよく遭遇する所見としてまとめてみたのが表2である。以下、少し解説を加える。まず教育的虐待とは、本人の意思や能力を無視し、体罰や激しい叱責、脅しなどをともなって勉強を強いることをいう。決して稀ではなく、ようやく最近わが国でも注目されるようになった。
①気分変動に関しては、一見双極性障害Ⅱ型なのであるが、この起源は被虐待児に認められる激しい癇癪や気分変動であり、実際に気分調整薬がほとんど無効である。一方、抗精神病薬の少量処方と、フラッシュバックへの漢方薬、短時間のトラウマ処理の組み合せが治療的には有効に働く。つまり、複雑性PTSDによる気分変動を、双極性障害から分けたほうがよいのではないか、というのが発達精神病理学的視点からの指摘である。
②記憶の断裂もその激烈さをあまり知られていない。一年以上入院を含む治療を行った正常知能の子どもに名札を隠して「この先生、誰?」と尋ねたところ、覚えていなかった被虐待児に何人も出会っている。
③時間感覚がずれるのはおそらく“戦闘モード”が続いているからであろう。眠気がない人がたくさんいる。そこで睡眠薬をたくさん飲んで死んだように眠り、薬が残るので昼寝を長時間し、眠気がなく夜更かしをして眠剤を飲んで眠るという悪循環の生活になる。
④フラッシュバックは想起ではない。上岡ら(7)によれば「どこでもドア」の再体験である。
⑤生理的症状と心理的症状の相互混乱はきわめて深刻な問題である。症状としては「頭が痛い」「腰が痛い」など慢性疼痛の形をとり、やけやたら痛み止めを用いるが効かず、心理的な問題として扱うと初めて軽減する。一方で眠い、空腹、のどが渇いたなどの生理的な体の訴えが認識できず、一方的な不機嫌や怒りの噴出、抑うつなどとして現れる。「もう死ぬしかない、すぐに死ぬ」が、食事をしてうたた寝をしたらどこかへ飛んで行ってしまったりする。
希死念慮や他者への不信に関しては説明を要さないだろう。慢性的な自傷も同様。その裏返しの非現実的な救済願望が、不毛な恋愛や愛人への要求としてしばしば生じ、さらに子どもに理不尽な要求を一方的に求め、ペット、サプリメント、お守り、新興宗教などにも拡がる。

注:(i) 引用中の文献(7)は、上岡陽江、大嶋栄子著の本『その後の不自由-「嵐」のあとを生きる人たち』医学書院、2010年 のことです。※1も参照して下さい。 (ii) ネットで入手できる杉山登志郎医師に関する資料(ASD*44及び虐待関係)の例を次に紹介します。 資料「児童青年精神医学入門 その2:発達障害 その1」、「児童青年精神医学入門 その4:子ども虐待」、「発達障害から発達凸凹へ」、「そだちの凸凹(発達障害)とそだちの不全(子ども虐待)」、「発達障害とトラウマ性発達障害の鑑別およびトラウマへの治療効果判定に関する研究」、「自我状態療法―多重人格のための精神療法」、「解離性障害を持つ児童への自我状態療法と EMDR の併用の効果判定」、「複雑性 PTSD への簡易トラウマ処理による治療」、『「発達障害と愛着障害」 杉山登志郎氏 - 【基調講演】』、pdfファイル中の資料「発達障害愛着障害尼崎市子どもの育ち支援センターシンポジウム」、エントリ『杉山登志郎先生の講演を聴きました!「発達障害への薬物療法」』及びWEBページ「心と体を救う トラウマ治療最前線」 (iii) 引用中の「生理的症状と心理的症状の相互混乱はきわめて深刻な問題である。」に関連する複雑性PTSDにおける身体化(身体症状)に関する論文の一部を以下の≪補足説明2≫において引用します。 (iv) 引用中の『「もう死ぬしかない、すぐに死ぬ」が、食事をしてうたた寝をしたらどこかへ飛んで行ってしまったりする』に関連する、 1)「死にたいという強い訴えが、軽食を食べ、うたた寝をすると飛んでいたりする」ことについて、「そだちの科学 2017年10月号」中の杉山登志郎著の文書「発達障害とトラウマ」の「難治例の臨床的特徴」における記述の一部(P12)を次に引用(『 』内)します。 『死にたいという強い訴えが、軽食を食べ、うたた寝をすると飛んでいたりする。のどが渇いてお腹が減っていただけだったのだ! こんな訴えに対して、まじめな医師がせっせと処方する結果、めちゃくちゃな多剤大量処方になるのである。』 2) 「疲れてると死にたくなる」ことについてはここここ を参照して下さい。 (v) 引用中の「一見双極性障害Ⅱ型」に関連する親の側の気分障害における「診断カテゴリーに当てはめれば双極Ⅱ型がほとんど」について、奥山眞紀子、三村將編集の本、「情動とトラウマ 制御の仕組みと治療・対応」(2017年発行)の 7 発達障害児者のトラウマと情動調節 の「7.3 発達障害児への親子並行治療」における不連続な3つの記述の一部(P102~P103)を次に引用(それぞれ『 』内)します。 『最近,発達障害を抱える児童において,その親にもカルテを作って並行治療を行う症例が増えてきた.受診した子どもの約1/3に上る.親の側のカルテを作る理由は,第1に親の側の精神医学的問題である.親の側に凸凹レベルを含めた発達障害の存在があり,現在の問題としては気分障害を生じているという症例が大変多い.第2は,親の側の被虐待の既往であり,そのような場合,親の側がトラウマを抱えており,現在は親から子どもへの加虐が生じている.子どもの治療を行うとなると,親の側のトラウマ治療も必要になる.ここに述べた発達障害気分障害と被虐待はそれぞれ無関係ではない.』、『第1に,この親の側に認められる気分障害を診断カテゴリーに当てはめれば双極Ⅱ型がほとんどである.ところが,うつ病と診断され,抗うつ薬のみが処方されていて逆に悪化したという例が多い.さらに、双極性障害と診断をされても,一般的な気分調整薬の服用による治療のみでは気分変動を止めることが非常に困難である.そのような非定型的で難治性の気分変動が多い.』、『第3に,これらの親は自身の被虐待に基づくトラウマを持っている.このためフラッシュバックが親子関係の中で頻々と噴出し,加虐を含む様々な問題を生じている.つまりトラウマへの治療が行われない限り,当然ながら親の側の気分障害を含む精神医学的問題は解決しない.気分変動そのものが,フラッシュバックを引き金として生じているものが少なくない.そうなると,フラッシュバックへの対応を行わない限りは「双極性障害」の治療が困難になることも当然であり,一般的な双極性障害の治療で著効が得られない理由はまさにここにあるのであろう.』(注:a) この引用部の著者は杉山登志郎です。 b) これらの記述に対するかもしれない「精神科診断」に関連する同項における記述の一部(P104)を次に引用[『 』内]します。 『精神科診断で言えば,前面にあるのは非定型的な双極性障害のエピソードであり,その背後に慢性のトラウマが認められる.』 c) 引用中の「凸凹レベル」に関連する「発達凸凹」については次の資料を参照して下さい。 「発達障害から発達凸凹へ」 d) 引用中の「気分障害」については、「うつ病」や「双極性障害」が代表例であることを含めて、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「気分障害」 加えて、「双極性障害の一部は、発達障害の特性をもった人の反応性の双極性障害様状態と捉えられるかもしれない」ことについては、「こころの科学 200号(2018年7月)」中の青木省三著の文書「最終講義――私の歩んだ精神科臨床の道」の「視点が変わると、異なってみえてくる」における記述の一部(P161)を次に引用[『 』内]します。 『双極性障害の一部は、発達障害の特性をもった人の反応性の双極性障害様状態(こんな言葉があるかどうかわかりませんが)と捉えられるかもしれません。』) (vi) 引用中の「慢性疼痛」についてはここここも参照した方が良いかもしれません。加えて、マインドフルネスと臨床的経験の視点からはここを参照して下さい。  (vii) 引用中の「“戦闘モード”」に関連する「闘争-逃走反応」についてはリンク集を参照して下さい。加えて、引用中の「悪循環」に関連して、規則正しい日常生活が送れないことが治療に及ぼす悪影響については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (viii) 引用中の「他者への不信」により、「なかなか医師の言うことなど聞いてくれない」ことについて、「そだちの科学 2017年10月号」中の杉山登志郎著の文書「発達障害とトラウマ」の「難治例の臨床的特徴」における記述の一部(P12~P13)を次に引用(『 』内)します。 『希死念慮は多い。その背後には、他者への恒常的不信があり、インターネットのジャンクデータを頼り、なかなか医師の言うことなど聞いてくれない。自傷も多い。』 (ix) 引用中の「さらに子どもに理不尽な要求を一方的に求め」の例示として、杉山登志郎著の本「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)の 第3章 発達障害とトラウマ の P43 において、次に引用する記述(『 』内)があります。『子どもに売春をさせ金を巻き上げるなど,子どもを自分のために利用搾取する親もしばしば認められる』 (x) 杉山登志郎医師は『「第四の発達障害」にしても、「発達性トラウマ障害」にしても、被虐待児が学童期において発達障害の臨床像を呈することを指摘している』ことについて、杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)中の杉山登志郎著の文書「トラウマ処理総論」の「はじめに」における記述の一部(P29)を次に引用します。 【筆者による第四の発達障害(7)にしても、ヴァン・デア・コーク(van der Kolk, B.)の発達性トラウマ障害(11)にしても、被虐待児が学童期において発達障害の臨床像を呈することを指摘している。】(注:a) 引用中の文献番号「7」は次の本です。 「杉山登志郎『子ども虐待という第四の発達障害』学研、二〇〇七年」 b) 引用中の文献番号「12」は次の本です。 「van der Kolk, B.: The Body Keeps the Score. Mind, Brain and Body in the Healing of Trauma. Penguin Books, 2014.(柴田裕之訳『身体はトラウマを記録する』紀伊國屋書店、二〇一六年)」 c) 引用中の「第四の発達障害」については他の拙エントリのここを参照して下さい。)

≪補足説明1≫引用中の表2を次に記述します。

表2 複雑性PTSDの特徴となる症状

身体的、心理的、性的、教育的虐待、ネグレクト、配偶者暴力の既往をもつ子ども、成人の次の症状

1.気分変動:子どもの場合には癇癪の爆発、成人女性の場合には月経前の制御困難なイライラを含む
2.記憶の断裂:1日以内の食事内容を想起できない、記憶の断片化の常在
3.時間感覚の混乱:日内リズムの慢性的混乱、眠気の消失を含む
4.フラッシュバックの常在化
5.生理的症状と心理的症状が相互に区別ができない、その結果として生じる慢性疼痛
6.希死念慮:他者への恒常的不信、自傷、その一方で非現実的な救済願望。これは対人的なものに限らない

注:引用中の「非現実的な救済願望」に関連するかもしれない「ユートピアニズムを追い求める」ことについてはここを参照して下さい。

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≪補足説明2≫複雑性PTSDにおける身体化*45
最初に、次の論文における「Somatization」([拙訳]身体化)項を以下に引用します。 「Complex PTSD:A syndrome in survivors of prolonged and repeated trauma[拙訳]複雑性PTSD:持続及び反復されたトラウマからのサバイバーの症候群」 なお上記「身体化」の簡単な紹介は次の資料を参照すると良いかもしれません。 「精神医学講義 児童思春期その6」の「“Complex PTSD: A syndrome in survivors of prolonged and repeated trauma” by Judith Lewis Herman (1992)」シート 加えて、発達性トラウマ(又は早期トラウマ)に関係する身体的症状について、キャシー・L・ケイン、ステファン・J・テレール著、花丘ちぐさ、浅井咲子の訳の本、「レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒」(2019年発行)の 第6章 逆境的小児期体験(ACE)の影響 の「一般的な身体症状と反応」における記述の一部(P178~P180)を形式を変更して以下に、解離性障害(解離症)における身体症状については、 柴山雅俊著の本、「解離の舞台」(2017年発行)の 7 時間的変容の諸相 の「6 解離性身体症状」における記述の一部(P115)を以下に、そしてフランク・W・パトナム著、中井久夫訳の本、「解離 若年期における病理と治療」(2001年発行)の 第一六章 精神薬理学 の「(七)身体型症状」項における記述の一部(P447)を以下に それぞれ引用します。その上に、PTSD又は複雑性PTSDにおける慢性疼痛に関連して、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第16章 自分の体の中に棲むことを学ぶ――ヨーガ の「内側が麻痺する」における記述の一部(P439)を以下に引用します。なお、「慢性疼痛」について、マインドフルネスと臨床的経験の視点からはここを参照して下さい。さらに、トラウマによる身体症状について、青木省三著の本、『ぼくらの中の「トラウマ」 いたみを癒すということ』(2020年発行)の 第1章 トラウマ反応で起きること の「身体が警戒態勢になる」における記述の一部(P29)を次に引用(『 』内)します。 『トラウマによって、頭痛、腹痛などの痛み、肩こり、めまい、耳鳴り、ふらつき、だるさ、吐き気、嘔吐、下痢、動悸、発汗、息苦しさ、などさまざまな身体症状、特に身体を調節する自律神経系の症状が起こりやすい。』(注:ちなみに、「不安症と関係が深い身体症状は、主に、自律神経の交感神経系の活動が亢進した際に認められる身体症状と関連している」ことについては他の拙エントリのここを参照して下さい) 加えて、上記「トラウマ」に関連する「DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)」における「児童虐待と身体症状のつながり」については次の資料を参照して下さい。 「SIDES(Structured Interview for Disorders of Extreme Stress)日本語版の標準化」の「4) 身体化」項(P11) また、WEBページ「トラウマが与える様々な影響」も参照すると良いかもしれません。一方、発達障害の「身体化」(身体症状)に関しては、他の拙エントリの「身体症状」を参照して下さい。ちなみに、 (a) 標記「身体化」に関連する、 1) 「心身症」については次のWEBページを参照して下さい。 「心身症 - 脳科学辞典」 2) 「身体症状症」や「身体表現性障害」については共にここを参照して下さい。 (b) 加えて、心身相関等について紹介している、そして心因性や心身一元論等について紹介している次のWEBページもそれぞれあります。 「こころとからだ - 日本心身医学会」、「精神科とのクロストーク 身体表現性障害 精神科の立場から」 

Somatization

Repetitive trauma appears to amplify and generalize the physiologic symptoms of PTSD. Chronically traumatized people are hypervigilant, anxious and agitated, without any recognizable baseline state of calm or comfort (Hilberman, 1980). Over time, they begin to complain, not only of insomnia, startle reactions and agitation, but also of numerous other somatic symptoms. Tension headaches, gastrointestinal disturbances, and abdominal, back, or pelvic pain are extremely common. Suvivors also frequently complain of tremors, choking sensations, or nausea. In clinical studies of survivors of the Nazi Holocaust, psychosomatic reactions were found to be practically universal (Hoppe, 1968; Krystal and Niederland, 1968; De Loos, 1990). Similar observations are now reported in refugees from the concentration camps of Southeast Asia (Kroll et al., 1989; Kinzie et al., 1990). Some suvivors may conceptualize the damage of their prolonged captivity primarily in somatic terms. Nonspecific somatic symptoms appear to be extremely durable and may in fact increase over time (van der Ploerd, 1989)
The clinical literature also suggests an association between somatization disorders and childhood trauma. Briquet's initial descriptions of the disorder which now bears his name are filled with anecdotal references to domestic violence and child abuse. In a study of 87 children under twelve with hysteria, Briquet noted that one-third had been "habitually mistreated or held constantly in fear or had been directed harshly by their parents." In another ten percent, he attributed the children's symptoms to traumatic experiences other than parental abuse (Mai and Merskey, 1980). A recent controlled study of 60 women with somatization disorder (Morrison, 1989) found that 55% had been sexually molested in childhood, usually by relatives. The study focused only on early sexual experiences; patients were not asked about physical abuse or about more general climate of violence in their families. Systematic investigation of the childhood histories of patients with somatization disorder has yet to be undertaken.


[拙訳]
身体化

反復的なトラウマ(心的外傷)はPTSDの生理学的症状を増幅し、一般化するように思われる。慢性的なトラウマを受けた人々は穏やか又は快適で認識可能なベースラインを伴わずに、用心深くなり過ぎ、不安になり及び興奮しやすくなる(Hilberman、1980)。時間が経つにつれて、彼らは不眠、驚愕反応及び興奮のみならず、多数の他の身体症状も訴え始める。緊張性頭痛、胃腸障害、腹部、背中又は骨盤の痛みは非常に一般的である。彼らはしばしば震え、窒息感又は吐き気も訴える。ナチスホロコーストからのサバイバー達の臨床研究では、心身の反応は、実質的に普遍的であることが判明した(Hoppe, 1968; Krystal and Niederland, 1968; De Loos, 1990)。同様の観察は、現在東南アジアの強制収容所からの難民で報告されている(Kroll et al., 1989; Kinzie et al., 1990)。一部のサバイバー達は主に身体用語で、長期化した捕因の身の被害を概念化するかもしれない。非特異的な身体症状は、非常に持続的であるように思われ、実際には時間の経過とともに増加するかもしれない(van der Ploerd, 1989)。
臨床文献はまた、身体化障害と児童期のトラウマとの関連を示唆している。今、彼の名がついている Briquet によるこの障害(訳注1)の最初の記述は家庭内暴力や子ども虐待の逸話(訳注2)の引用で満たされている。12人のヒステリーを伴う87人の子ども達の研究において、 Briquet は、三分の一の子ども達は、「習慣的な虐待、常に恐怖の保持又は彼らの両親による手荒い躾け」があると言及した。他の10%の子ども達においては、彼はその症状は親の虐待以外のトラウマ体験によるものとした(Mai and Merskey, 1980)。身体化障害を伴う60人の女性における最近のコントロールされた(訳注3:対照群のある)研究(Morrison, 1989)では、55%が子ども時代に通常親戚により性的にいたずらされていた。この研究では初期の性的経験にのみ焦点を当てた。患者達は家族における身体的虐待又はより一般的な暴力的風土について質問されなかった。身体化障害を伴う患者達の子ども時代の歴史の系統的な調査は依然着手されなければならない。

訳注1:身体化障害は、19世紀のフランスの内科医 Briquet(ブリケ)の名をとり、ブリケ症候群と呼ばれることもあるようです[J.L.ハーマン著、中井久夫訳の本、「心的外傷と回復<増補版>」(1999年発行)の P197 より]。
訳注2:逸話というのは、体系的ではないということのようです。
その他の注:引用中の「身体化」に関連して、トラウマを負った子供にも大人にも広く見られる、明確な原因が見当たらない身体的症状については、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第6章 体の喪失、自己の喪失 の「主体性――自分の人生を支配する」における記述の一部(P164)を次に引用(『 』内)します。 『明確な原因が見当たらない身体的症状は、トラウマを負った子供にも大人にも広く見られる。腰や首筋の慢性的な痛み、線維筋痛症、偏頭痛、消化不良、痙攣性結腸/過敏性腸症候群、慢性疲労、喘息などが起こりうる(16)。』(注:i) 引用中の原注「(16)」の引用は省略します。この本をお読み下さい。 ii) 引用中の身体的症状の一部が重なるかもしれない、PTSD を含むとされる「機能性身体症候群」や「中枢性感作症候群」についてはそれぞれ次の資料を参照して下さい。 「線維筋痛症」の特に「図2 機能性身体症候群」(P2081)、「中枢神経感作病態としての心身相関」の特に「Fig. 3 中枢性感作症候群」(P174) iii) 引用中の「腰や首筋の慢性的な痛み」及び上記引用中の『「頭が痛い」「腰が痛い」など慢性疼痛』に関連する「腰痛の訴えで痛み止めの処方と睡眠薬の増量を求められる」ものの「トラウマ処理をすると痛みが消失する」ことについて、「そだちの科学 2017年10月号」中の杉山登志郎著の文書「発達障害とトラウマ」の「難治例の臨床的特徴」における記述の一部(P12)を次に引用(『 』内)します。 『併行治療を行っている子どもの母親から、腰痛の訴えで、痛み止めの処方と睡眠薬の増量を求められる。この母親に、前回の外来受診の後で、あなたが「毒母」と呼んでいる母親の実母に会っていないか、と尋ねると、実はやむを得ない事情があって、合わざるを得なかったという。その後から痛みが出たのではないかと確認すると、その通りであることがわかる。そこでトラウマ処理の技法(後述)を用いて、もやもやと痛みを処理する。すると痛みが消失をする!』[注:引用中の「トラウマ処理の技法(後述)」の引用は省略します。])

発達性トラウマに関係する身体的症状は、症状の一部が違ったあり方に転換したり、全てが新しい症状に変化したりする。発達性トラウマに関係する身体症状の特徴の一つは、この変わりやすさである。症状はまた、心臓・肺・循環器系・神経系・免疫系といった主要な器官に起こりがちである。
臨床家として、発達性トラウマから生き延びるために起こる典型的な身体的パターンを理解すれば、クライアントに効果的で適切な処置ができるようになる。同時に、その症状や歴史の「稼働システム」についても、クライアントに教えやすくなるだろう。

一般的な症状

・診断上のどんな分類にも簡単には当てはまらない説明不能な一連の症状
・複雑で説明しがたい反応が症候群として表れ、組み合わさる。つまり、診断のための検査を一つに絞ることができず、さまざまな症候群に当てはまる特徴を示す。たとえば、線維筋病症、慢性疲労、狼瘡(エリテマトーデス)など
・処方薬や医療処置への予期しない反応。処方されるよりもずっと少ないごく小量の服薬で副作用が起きる
・光、音、触覚刺激、あるいは匂いへの極端な敏感さがある
・自身の内側の体験を追うことができない
・注意深く内面を感じようとすると、恐怖が起こる
・小さな刺激に対して、通常起こらない強い反応を起こす
・時に症状は想像上のものだと思われ、詐病や心気症と診断される。身体的原因を特定できない
・反応に関して生理機能が果たしている役割が多くなりがちである。軽い刺激で過活性状態になりやすく、深い凍りつき状態に陥りやすい。ほんの少し身体に着目するだけで強い反応が起こる
・急な反応――たとえば、ちょっとした前兆で、突然痛みが激化する
・介入に対する反応が遅い。介入をとてもうまく受け入れたように思われるが、一、二日経つと症状が逆に悪化する

ACE研究は、早期トラウマに関係する症状について、豊かな情報を提供する。クライアントが、早期トラウマというレンズを通して症状を理解するようになると、自分の身体への調整ができないという恥の感覚が緩和される。
このようにACE研究は、成人後に現れる発達性トラウマの影響を正確に分析している。(後略)

注:(i) 引用中の「ACE研究」(逆境的小児期体験研究)についてはここを参照して下さい。  (ii) 引用中の「線維筋病症」については次のWEBページを参照して下さい。 「線維筋痛症 全身の痛み」 (iii) 引用中の「発達性トラウマから生き延びる」ことの代償に関連する「生き残るための対価」又は「アロスタティック負荷」(アロスタティックロード)については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「発達性トラウマに関係する身体的症状」に関連する、 a) 「複雑性PTSDにおける身体化」についてはここを参照して下さい。 b) 「大人になってからの発達性トラウマの身体的影響」について、キャシー・L・ケイン、ステファン・J・テレール著、花丘ちぐさ、浅井咲子の訳の本、「レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒」(2019年発行)の 第6章 逆境的小児期体験(ACE)の影響 の「大人になってからの発達性トラウマの身体的影響」における記述の一部(P173~P174)を次に引用します。

マーガレットは発達性トラウマの歴史を持ち、人生のあらゆる局面でその影響を受けてきた。両親ともにアルコール依存症で、父は暴力的、虐待的で、母は受け身でひきこもり、深刻な長期の抑うつ状態にあった。マーガレットが三歳の時、父は家族を捨て、その後母は何度も自殺を試みた。そして入院し、マーガレットと二人の兄弟は子ども時代の大半を、里親の元を行き来して過ごした。里親の家庭では、家で体験したよりもっとひどい虐待があった。

大人になってからマーガレットは、パニック障害がよく起こり、様々な恐怖症、深刻な社交不安、不眠、食物や環境への過敏症、消化器官の問題、線維筋痛症を含む数多くの健康問題を抱えていた。それにもかかわらず、彼女はなんとか大学を出て、小さな会社の家計係として働いている。

今やACE研究のおかげで、マーガレットが抱えている心身の症状や苦痛は、子ども時代の影響によるものだということが容易に推測できる。(後略)

注:i) 引用中の「パニック障害」(パニック症)については一部の不安症群も含めて他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「社交不安」に関連する「社交不安症」(社交不安障害)については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「線維筋痛症」については次のWEBページを参照して下さい。 「線維筋痛症 全身の痛み

6 解離性身体症状

解離関連の身体症状は、さしあたって三つに分けられる。第一に、めまい、動悸、吐き気、腹痛、過呼吸など一般的に見られる身体症状である。第二に、精神状態とともに出現・消槌する運動・感覚症状である。これは交代人格の不全型交代と関連していることが多い。第三に、慢性的かつ単一症候的に見られる運動・感覚症状である。従来転換性症状と言われてきた症状はこれを指す。
こうした転換性症状は、病態理解および治療の観点からしても、解離性身体症状とは別に分類することが望ましいと思われる。
ここでは時間的変容と関連する上記第二の運動・感覚症状を、解離性身体症状として取り上げる。転換性症状は、病態理解および治療の観点からしても、解離性身体症状とは別に分類することが望ましい。
解離性身体症状は、運動筋肉の緊張と弛緩、感覚神経の過敏と減弱によって特徴づけられる。具体的には、四肢の強直、振戦、失立失歩、歩行困難、けいれん発作、さまざまな身体部位の疼痛、痺れ、知覚脱失、蟻走感などが多い。体幹部分ではうしろへと反り返る後弓反張(opisthotonus, arc de cercle)が代表的である。(後略)

注:(i) 引用中の「転換性症状」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典」の「症状」及び「診断基準」項 (ii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 (iii) 引用中の「時間的変容」については、同本の 7 時間的変容の諸相 の「1 時間的変容」における記述の一部(P103)を次に引用します(『 』内)。 『時間的変容とは、人格状態や意識状態などが時間軸に沿って変化したり交代したりすることで、時間的非連続性が見られることである。』 (iv) 引用中の「さまざまな身体部位の疼痛」について、 1) トラウマの視点からはここの注 iii) 項を、 2) マインドフルネスと臨床的経験の視点からはここを それぞれ参照して下さい。 (v) 引用中の「解離関連の身体症状」に関係する「身体的な症状がめだって現れるため、精神科に行かず、診断がつくまでに時間がかかる」ことについて、柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)の「体の症状 突然歩けなくなった、話せなくなった」における記述の一部(P32)を次に引用(『 』内)します。 『身体的な症状がめだって現れるため、精神科に行かず、診断がつくまでに時間がかかることもあります。体に現れる症状は多方面にわたり、そのために内科や整形外科などの複数の診療科を転々としては困っている人が多いのです。』

(七)身体型症状

身体型症状と心因性疼痛は解離性障害患者にとって特に厄介な症状であり、それに次いで外傷後障害患者でも厄介である。ふつう、これらの症状は、その底にある精神力動的過程、たとえば虐待体験の再体験の反映である(435-1992)。これらの症状への最善の対処法は精神療法的および精神療法関連の介入法である。しかし、実際に身体的成分があって、それが心理的因子によって増幅されている場合は見落とさないことが大切である。

注:i) 引用中の「(435-1992)」は、次の論文のようです。 「Somatic reenactment in the treatment of posttraumatic stress disorder.」 ii) 引用中の「慢性疼痛」について、1) トラウマの視点からはここの注 iii) 項を、 2) マインドフルネスと臨床的経験の視点からはここを それぞれ参照して下さい。

内側が麻痺する(中略)

長期にわたって怒ったりおびえたりしていると、筋肉が常に緊張状態になるために、いずれ痙攣や背中の痛み、偏頭痛、線維筋痛症といった、何らかの慢性疼痛の症状が出る。そうした人々は、さまざまな専門家に診てもらい、多様な診断検査を受け、多くの薬を処方されるかもしれない。それによって一時的に苦しみから解放されることもあるのだろうが、どれも根底にある問題は正してくれない。診断によって患者の問題が規定されてしまい、それがトラウマに対処しようとする彼らの試みの表れなのだと認識されることはない。(後略)

注:引用中の「慢性疼痛」についてはここも参照した方が良いかもしれません。加えて、マインドフルネスと臨床的経験の視点からの「慢性疼痛」についてはここを参照して下さい。

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② 吉川久史著の文書、「こころの発達とトラウマ・トラウマ処理」(P65~P70)より「トラウマ処理」項における記述(P67~P69)及び「おわりに」項における記述の一部(P70)をそれぞれ次に引用します。

トラウマ処理

本稿では、「トラウマ処理」をトラウマに関連する情動反応や身体反応を完了させ、トラウマ記憶を人生全体の記憶ネットワークに位置づけていく作業と定義する。「トラウマ治療」という場合は、トラウマ処理とその準備段階、環境調整などを含んだより広範な枠組みを指していると考えていただきたい。
トラウマ処理に先立って重要なことがいくつかある。
まず、心理教育は必須である。患者のなかには自分の身に何が起きているのかわからない人も多いため、それをまず知ってもらい、治療者と共通の言葉を使ってコミュニケーションできるようになることが必要である。筆者は、親密な雰囲気を作り出すためにプリント類を一切使用せず、会話をしながらあれこれ書いて説明する。患者からすると自分のことばかり教えてもらえると感じ、今まで言葉にできなかったことを言い当ててもらった気持ちになる。患者を観察していると、このときに眉と目が開くことが多い。心理教育がうまくいくと、患者のほうから「私の場合、○○なんですよね」と話してくれる。心理教育を通じて自発性を引き出せる。心理教育は病理と治癒についてのナラティブを患者と治療者が協力して生成する作業であると筆者は考えている。
次に、患者の自己開示についてである。患者は自分の症状について、最初からなんでも話せるわけではない。安心できる場所で自分の症状について学び、治癒の希望を治療者から何度も与えられる過程で、重要なことを少しずつ言葉にする。治療者としては「どうしてそれをもっと早く言わないの?」と思うことは多い。しかしながら、とくに複雑性PTSDの患者の場合、本当に重要なことを治療者に話すのは一種の賭けなのだ。賭けに負けると確実に傷つき、環状島*46の内斜面を転がり落ちるだろう。たとえ治療者に話を聞いてもらえたとしても、単なるぬか喜びかもしれない。患者のなかには本当の気持ちを話した後で「私の話したことは本当は嘘かもしれない」と不安に陥る人もいる。それほどのリスクをとって治療者に話す。非常にハイリスク・ローリターンの賭けである。筆者は患者に賭けに勝ってもらいたいので、患者の話を信じるほうに賭ける。信頼の問題は非常に重要である。
三つ目は、苦痛への対処法の習得である。これまで患者がどのように対処してきたかを聞き出すことから始める。自傷他害のある対処行動(リストカット、むちゃ食い、アルコール乱用、薬物乱用、過量服薬、弱い者いじめなど)を、自傷他害のない対処行動(呼吸法、漸進性筋弛緩法、イメージリラクゼーション技法、運動、ヨガ、瞑想など)に交換してもらうようにする。ポイントは、自傷他害のある対処行動を治療者がまずは受容することである。なぜなら、この対処行動には患者の人生が詰まっている。日常生活に混乱が生じている場合は、いわゆる「交通整理」を行って負荷を減らす必要がある。トラウマ的日常にあっても自立を保持できるような援助が必要だろう。このように基本的信頼、自立、自発性を活性化させるような工夫が臨床で求められる。
実際のトラウマ処理では、筆者はEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理)とホログラフィートークを併用することが多い。EMDRは、眼球運動をはじめとする両側性刺激を用いてトラウマ記憶の再処理を促し、それによってトラウマ症状を治癒に導く治療技法である(6)。
トラウマ記憶は、フラッシュバックに代表されるように断片的で冷凍保存されたものであるため、記憶ネットワーク全体から孤立した状態になってる。複雑性PTSDの患者であれば複数のトラウマ記憶が芋づる式につながってはいるが、それ以外の記憶との連合は弱い。トラウマ記憶は、なかなか出口が見つからない迷宮のようなものである。再処理とは、迷宮の出口まで囚われの患者を連れ出すことである。処理か完了すると、記憶ネットワーク全体の俯瞰の下でトラウマ記憶を位置づけることができるため、それはもはや恐ろしいものではなく、ニュートラルなものとして認識できるようになる。
ホログラフィートークは、誘導イメージによって患者の自我状態を扱い、複雑で深刻なトラウマを治療する心理療法である(7)。自我状態とは、トラウマ記憶や満たされなかった思い、身体化症状を表象するような人物イメージである。自我状態はうまく誘導すれば患者の作為を離れ自律的に動く。この自我状態とのコミュニケ―ションを通じてナラティブを変換し、トラウマを処理する。「自分の気持ちをただわかってほしかった」というタイプの愛着のトラウマ処理を扱う際に、効果の高さを実感する技法である。ホログラフィートークはEMDRと併用して解離された情動や衝動を扱うことも可能である(8)。
このようなトラウマ治療法は、人間のイマジネーションをフル活用する。ただ単に現実には起こらなかったことを想像するのではない。想像のなかで立ち現れる感情や感覚を、治療者の温かいまなざしのなかで体験するときに重要な処理が起きる。EMDRやホログラフィートークは、患者が内的作業を進める際の安全な舞台を提供する。

注:(i) 引用中の脚注は本エントリ作者によるものです。この脚注の内容は、本文書における他の記述の一部からの引用です。 (ii) 引用中の文献番号「(6)」、「(7)」及び「(8)」は、それぞれ、 Shapiro, F. : Eye Movement Desensitization and Reprocessing : basic principles, protocols, and procedures. 2nd ed. Guilford Press, 2001.(市井雅哉監訳『EMDR-外傷記憶を処理する心理療法』二瓶社、2004年、 嶺輝子「中絶のトラウマ・ケア」宮地尚子編『トラウマとジェンダー - 臨床からの声』81~100頁、金剛出版、2004年、 白川美也子「EMDRと自我状態療法」『EMDR研究』二巻、13~26頁、2010年 です。 (iii) 引用中の「EMDR」についてはここ及びここを参照して下さい。なお、EMDRを実施するための注意点、EMDRのシステマティックレビュー及び/又はメタアナリシスに関する論文紹介やパニック症における予期不安に対するEMDRの効用については共にここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「ホログラフィートーク」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (v) 引用中の「自我状態」に関連する「自我状態療法」については次の資料を参照して下さい。 「自我状態療法―多重人格のための精神療法」 (vi) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 (vii) 引用中の「愛着のトラウマ処理」に関連するかもしれない「愛着障害」については、リンク集を参照して下さい。 (viii) 引用中の「呼吸法」については、例えばここを参照して下さい。 (ix) 引用中の「漸進性筋弛緩法」(又は「漸進的筋弛緩法」)については、例えば次の資料やWEBページを参照して下さい。 「気軽にリラックス」、「睡眠障害・睡眠問題に対する支援マニュアル -保健師・対人援助職向け」の「リラクセーション法:漸進的筋弛緩法」項(P8)、「Ⅱ ストレスへの対処」 (x) 引用中の「身体化症状」についてはここを参照して下さい。 (xi) 引用中の「ヨガ」については、例えばここを参照して下さい。 (xii) 引用中の「瞑想」に関連するかもしれない「マインドフルネス」については、例えばここを参照して下さい。 (xiii) 引用中の「ナラティブ」に該当する「ナラティヴ」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (xiv) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 (xv) この引用元と同一人物による EMDR について簡単に説明している記述を杉山登志郎編集の本、「発達障害医学の進歩28 発達障害とトラウマ」(2016年発行)中の吉川久史著の文書「発達障害の子どもへのトラウマ治療」の「トラウマ処理」における記述の一部(P55)を以下に引用します。

おわりに(中略)

トラウマの治療法は、まだエビデンスが十分確かめられていないものも含めていくつも存在する。今回紹介したEMDRとホログラフィートーク以外にも、自我状態療法やブレインスポッティングなどが症状改善に役立つ。複雑性PTSDと愛着障害の啓発と、治療法の普及が今後の課題である。

注:(i) 引用中の「ブレインスポッティング」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「自我状態療法」については次の資料を参照して下さい。 「自我状態療法―多重人格のための精神療法」 加えて、EMDRを活用した自我状態療法について、サンドラ・ポールセン著、新井陽子/岡田太陽監修、黒川由美訳の本、「図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療 EMDRを活用した新しい自我状態療法」(2012年発行)があります。 (iii) 引用中の「愛着障害」についてはここを参照して下さい。 (iv) ちなみに、この引用では、様々なトラウマの治療法を紹介しています。同様に、トラウマの治療法をリストアップした別の記述を杉山登志郎編集の本、「発達障害医学の進歩28 発達障害とトラウマ」(2016年発行)から以下に複数紹介します。 a) 同本中の、杉山登志郎著の文書「発達障害とトラウマ 総論」の「発達障害へのトラウマ治療」における記述の一部(P13~P14)を、 b) 同本中の、藤江昌智著の文書「発達障害と子ども虐待の親子並行治療」の 子ども虐待への親子トラウマ治療 の「3 母親へのトラウマ治療」における記述の一部(P78)を それぞれ以下に引用します。加えて、「こころの科学 198号(2018年3月)」中の三ケ田智弘著の文書「児童心理治療施設における愛着障害への治療的アプローチ――世代間トラウマを治療する試み」の「愛着障害におけるトラウマ治療の重要性」における記述の一部(P77)を次に引用(『 』内)します。 『現在当施設では、EMDR(眼球運動による脱感作および再処理法)、TFT(思考場療法)、TF-CBT(トラウマフォーカスト認知行動療法)、SE(Somatic Experiencing)、自我状態療法、催眠、ホログラフィトーク、アドベンチャーセラピーなどの技法を用い、治療を行っている。』(注:引用中の「EMDR」については【余談4】を、「TFT」についてはここを、「SE」についてはここを、「自我状態療法」については次の資料を それぞれ参照して下さい。 「自我状態療法―多重人格のための精神療法」) (v) 一方、引用中の「複雑性PTSDと愛着障害」に関連した「トラウマの問題と愛着の問題」については、友田明美著の本、「新版 いやされない傷 児童虐待と傷ついていく脳」(2012年発行)の 第Ⅳ章 虐待を受けた子どもたちのケア,治療 の 2.ケアのための心理療法 の「②愛着(アッタチメント)に対する心理療法」における記述の一部(P113)を以下に引用します。

発達障害へのトラウマ治療(中略)

現在わが国の臨床において,トラウマをターゲットにした,ボディワークとイメージ操作をドッキングさせた新しい精神療法が次々に開発されている.それらはトラウマ処理を必ずしも伴わない催眠を加味した自我状態療法,ホログラフィートーク,ブレイン・スポッティング,思考場療法などなど,百花繚乱といった様相を呈するようになった.当然であるが,それぞれが使い勝手の良さと悪さをもっている.若い臨床家は,ぜひこの領域に注目して欲しい.これだけ発達障害もトラウマも日常的に溢れているとなると,自分は研修をしていないのでその対応ができません,ということはプロフェッショナルとしてあってはならないことである.

注:i) 引用中の「ホログラフィートーク」、「自我状態療法」については、共にここを、加えて、上記「ホログラフィートーク」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「ブレイン・スポッティング」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「思考場療法」についてはここを参照して下さい。 iv) ちなみに、野呂浩史企画・編集の本、「トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法」(2016年発行)においては、トラウマセラピーとして、①持続エクスポージャ療法(他の拙エントリのここを参照)、②EMDR(ここ及びここを参照)、③認知処理療法(ここを参照)、④感情と対人関係の調整スキル・トレーニングとナラティブ・ストーリー・テリング(STAIR&NST)(他の拙エントリのここを参照)、⑤ナラティブ・エクスポージャー・セラピー、⑥トラウマ・フォーカスト認知行動療法*47、⑦親子相互交流療法、⑧対人関係療法(主に、ここ及びここを参照)、⑨思考場療法(TFT)(ここを参照)、⑩ソマティック・エクスペリエンス(ここを参照) がそれぞれ紹介されています。

3 母親へのトラウマ治療
筆者は,トラウマ治療の技法として眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reproccessing ; EMDR),思考場療法(Thought Field Therapy ; TFT),ホログラフィートーク(HT)を用いている9).(後略)

注:i) 引用中の文献番号「9)」は次の資料です。 「福井義一,嶺輝子,森川綾女 ほか:トラウマとその周辺.明治安田こころの健康財団研修講座 2015, 名古屋」 ii) 引用中の「EMDR」については、ここ及びここを参照して下さい。 iii) 引用中の「思考場療法(Thought Field Therapy ; TFT)」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「ホログラフィートーク」についてはここを参照して下さい

トラウマ処理
1 EMDR
EMDR は Shapiro によって開発されたトラウマに対する心理療法である5).EMDR では,患者はトラウマ記憶の様々な側面(映像,認知,感情,身体感覚)に注意を向けながら,治療者から両側性刺激が加えられる.両側性刺激とは,左右交互の感覚刺激のことを指す.たとえば,眼球運動であれば,治療者が患者の目の前で指を左右にすばやく振り,患者はその指を見る.タッピングであれば,患者の手のひらや膝を治療者が左右交互にトントンと軽くたたいてあげたり,バジーという愛称で知られる NeuroTek 社製の Tac/AudioScan を用いて刺激を加える.これは,本体から伸びた線の先に碁石大の大きさのバイブレーションが付いており,スイッチを入れると左右交互に振動が切り替わるという機械である.耳の近くで左右交互に治療者が指を鳴らしてもよい.トラウマ記憶は何もしないと,まるで冷凍保存されたように,気持ちの整理が止まってしまうことがあるが 両側性刺激によって,心理的苦痛が急速に低下し気持ちの整理が進む.EMDR では,さらに,患者がもともともっている良い思い出,適応的な対処法,知識,支えになる人物などを思い出してもらい,トラウマを克服する力にする.
(後略)

注:引用中の文献番号「5)」は、「Shapiro, F. : Eye movement desensitization and reprocessing : Basic principles, protocols, and procedures. 2nd ed. Guilford Press, 2001.(市井雅哉(監訳):EMDR-外傷記憶を処理する心理療法.二瓶社,2004)」です。

②愛着(アッタチメント)に対する心理療法(中略)

被虐待児の愛着の再形成の必要性(中略)

心理療法において以外にもこの愛着の問題が軽視されていることは,青木が指摘している11).彼は,トラウマの問題と愛着の問題は併存して起こるものであると指摘しており,本稿でもその立場を強く支持するものである.(後略)

注:引用中の文献番号「11)」は、次の資料です。 「青木 豊.被虐待乳幼児に対するトラウマ治療と愛着治療.トラウマティック・ストレス 2008; 6(1), 15-23.」 ii) この引用と類似点がある引用例は、他の拙エントリのここを参照して下さい。

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③ 大羽美華、杉山登志郎著の文書、「ASDとトラウマ ―― ASD青年へのEMDR」(P76~P81)より記述の一部(P76)を次に引用します。

タイムスリップ現象(1)は、自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorder:ASD)の記憶の病理である。トラウマにおけるフラッシュバックと極似しているが、自閉症独自の要素も認められる。タイムスリップによる殺人事件まで起きているので、われわれは治療方法を模索してきたが、トラウマ処理の一技法であるEMDR(Eye movement desensitization and reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理)に出会うまで成功していなかった。
ASDのタイムスリップに対し、EMDRを用いた治療に三つのタイプがあることに気づいた(2)。第一は、小学校年代の児童に、現在進行形のトラウマ記憶の処理を短時間に行うものである。二番目は、青年期の患者に、過去の迫害体験の処理が必要となり実施した場合であり、多くはいじめの記憶である。三番目は、すでに成人になった患者に、過去の被虐待への処理が必要となり実施したものである。このグループは、タイムスリップ現象の治療というより、複雑性PTSDへの治療である。
われわれは最近、社会的に良好な適応をしていた青年期のASDに対して、EMDRを用いたトラウマ処理を実施した。広い意味で二番目の範疇に入るが、この青年に対し、家族も治療者も、多少のトラウマ的な体験の存在は知りつつもそれほど大きな問題とは考えていなかった。ところがトラウマ処理の実施によって、社会的適応が一段上がったのである。この治療過程は、われわれにあらためてASDのトラウマについて学びを与えてくれた。(後略)

注:(i) 引用中の「タイムスリップによる殺人事件」は、2004年に起きた北海道石狩市の主婦殺人事件のようです。 (ii) 引用中の文献番号「(1)」と「(2)」は、それぞれ、杉山登志郎自閉症に見られる特異な記憶想起現象 - 自閉症の time slip 現象」『精神神経学雑誌』96巻、281~297頁、1994年、 杉山登志郎「タイムスリップ現象再考」『精神科治療学』25巻、1639~1645頁、2010年 です。 (iii) 引用中の「タイムスリップ現象」のような、過去の事象の現在への侵入は、ecmnesia として古くから記載されているようです。例えば次の資料を参照して下さい。 「自閉症の精神病理」の「6.タイムスリップ現象」項(P8) (iv) 加えて「タイムスリップ現象」のさらなる説明例としては、ツイート以外にも、資料「児童青年精神医学入門 その2:発達障害 その1」の「自閉症の中核となる精神病理 その4 タイムスリップ」シートを参照して下さい。さらに本田秀夫著の本、『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』(2013年発行)の 第2章 特性から理解する自閉症スペクトラム の「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」における記述の一部(P79~P80)を以下に引用します。 (v) 引用中の「EMDR」については、ここ 及びここを参照して下さい。加えて、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 「解説の試み」における記述の一部(P605~P606)を以下に引用します。ちなみに、a) EMDRを実施するための注意点については、例えばここ及び他の拙エントリのここを、 b) EMDRのシステマティックレビュー及び/又はメタアナリシスに関する論文紹介についてはここを、 c) パニック症における予期不安に対するEMDRの効用については、他の拙エントリのここを、 d) 「EMDR が奏功した東日本大震災被災者の PTSD と複雑性悲嘆5症」については資料「EMDR が奏功した東日本大震災被災者の PTSD と複雑性悲嘆5症例の報告」を それぞれ参照して下さい。 (vi) EMDRを紹介する本として、フランシーン・シャピロ著、市井雅哉監訳の本、「過去をきちんと過去にする EMDRのテクニックでトラウマから自由になる方法」(2017年発行)があります。一方 EMDR における眼球運動のイメージは、友田明美著の本、「子どもの脳を傷つける親たち」(2017年発行)の「図3-3」(P130)を参照すると良いかもしれません。

(前略)自閉症スペクトラムの人たちは、一般の人たちにとってはほんの些細と思えるようなことでも、嫌な体験として忘れられない場合があります。そのときには特に苦痛を示さなかったのに、何年も経ってから、そのときの記憶を苦痛感とともに突然思い出し、強い不安やパニック状態を示すことがあります。この現象を、発達障害の研究で有名な杉山登志郎氏は「タイムスリップ現象」と名づけています。

解説の試み(中略)

次の章ではEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)が紹介されるが、自分が実施していたグループセッションの参加者の中に、併行してEMDRを受けた患者がいて、その回復ぶりに驚嘆したヴァン・デア・コーク自身が早速研修を受けに行き、その効果に驚くというエピソードが紹介されている。これは私自身の経験そのものでもある。(後略)

注:i) この解説の著者は杉山登志郎です。ちなみに、この引用部を含む全文は、次のWEBページで読むことができます。 「『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』 解説の試み by 杉山 登志郎」 ii) 引用中の「エピソード」の詳細について「第15章 過去を手放す――EMDR」における記述の一部(P408~P428)をそれぞれ以下に引用します。この引用部分には次の項目を含みます。 「EMDRについて学ぶ」、「EMDR――最初の体験」、「EMDRを研究する」、「EMDRは曝露療法の一種なのか?」及び「EMDRでトラウマを処理する」 なお、ヴァン・デア・コーク(van der Kolk)による EMDR に関連する論文例をダウンロードできるWEBページを次に紹介します。 「SELECTED SCIENTIFIC PUBLICATIONS​」における「NIMH Funded EMDR Study Download File」

(前略)中年の建設業者のデイヴィッドがクリニックに来たのは、彼の暴力的な憤激の発作によって家庭か生き地獄になっていたからだった。彼は最初のセッションのときに、二三歳の夏に起こった出来事について話した。看視員をしていたある午後、少年グループがプールで大騒ぎをして、ビールを飲んでいた。デイヴィッドは、アルコールは禁止だと注意した。すると少年たちが襲いかかってきて、そのうちの一人に、割れたビール瓶で左目をえぐり出された。三〇年たってもまだ彼は、その刺傷事件についての悪夢とフラッシュバックを経験していた。
デイヴィッドは、ティーンエイジャーの息子を容赦なく非難して、些細な落ち度があっただけでも怒鳴りつけることが多く、また、妻に対してひとかけらの愛情も示せなかった。片目を失明するという悲惨な経験をしたのだから、他者を虐待してもしかたがないのだと、心のどこかで思っていたが、怒りに満ちて執念深くなってしまっている自分を憎みもした。憤激をどうにかしようとするあまり、常に緊張していることに気づいていたし、抑えが利かなくなることへの恐れから、愛情も友情も育めなくなってしまったのではないかと思っていた。
私は二回目のセッションのときに、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)と呼ばれる手順を導入した。暴行されたときの詳細に立ち戻って、襲われたときに目にした光景、聞こえた音、頭をよぎった考えを思い出すようにデイヴィッドに言った。「ただ、あのときが戻ってくるのに任せてください」と指示した。
そして、私の指の動きを目で追うように言ってから、彼の右目から三〇センチメートルほどの所で人差し指を左右にゆっくりと動かした。たちまち、憤激と恐怖が次から次へと表出し、痛みや頬を流れ落ちる血の感触、目が見えないことに気づいたときの感覚が、生々しく蘇った。彼がこうした感覚を報告する間、私は時おり励ましながら、指を左右に動かし続けた。数分ごとに指の動きを止めると、深呼吸するように促した。それから、その瞬間に心に浮かんでいるものに意識を向けるように指示した。そのとき彼の頭にあったのは、学生時代にした喧嘩だった。それ意識を向け、その記憶から離れないように言った。他の記憶もいくつか、一見したところ脈絡もなく現れた。どこにいても自分を襲った少年たちを探していること、奴らを痛めつけてやりたいと思っていること、酒場で口論になったことなどだ。彼が新たな記憶や感覚を報告するたびに、心に浮かんできているものに注意を向けるように促し、人差し指をまた動かした。
その日のセッションが終わるころには、彼は前よりも穏やかで、明らかにほっとしたように見えた。刺傷事件の記憶が強烈さを失い、今ではもう、ずっと昔に起こった不愉快な出来事になっていると言った。それから、じっくり考えながら言った。「本当に最悪でした。そのために長年具合が悪かったのです。それなのに、驚きですね、けっきょく自分でこんなに素晴らしい人生を切り開くことができたわけですから」
翌週の三回目のセッションでは、トラウマの影響に取り組んだ。彼は憤激に対処するために、長年薬物やアルコールを摂取してきた。EMDRを繰り返していくうちに、さらに多くの記憶が蘇った。自分を襲って投獄されていた少年を殺させようと、知人の刑務所の看守に相談し、あとで考え直したことを思い出した。この決断を想起したことで、とても心が楽になった。自分は抑制の利かない人でなしだと思うようになっていたが、復讐をやめたのだとわかって、思慮深くて寛大な自分の一面にまた触れることができるようになったのだ。
次のセッションでデイヴィッドは、ティーンエイジャーの加害者に抱いたのと同じ気持ちで息子に接していたのだと、自分で気づいた。セッションが終わると、何があったかを息子に話して許しを求めたいから、いっしょに家族と会ってくれないかと頼んできた。五回目の最後のセッションのときには、前よりよく眠れるようになったことを報告し、生まれて初めて心の平静を感じていると述べた。一年後にデイヴィッドは電話をしてきて、夫婦仲が良くなり、いっしょにヨーガをやるようになっただけでなく、自分もよく笑うようになり、庭仕事や木工を心から楽しんでいると語った。

EMDRについて学ぶ

EMDRがトラウマのつらい再現を過去の出来事にするのに役立ったのは、デイヴィッドの治療のときだけではない。同じことがこの二〇年間に何度となくあった。EMDRに出合ったのは、マギーを通してだった。マギーは若く威勢の良い心理療法家で、性的虐待を受けた少女たちの社会復帰施設を運営していた。マギーは次から次へと人と対立し、ほとんど誰とでも衝突していたが、世話をしていた一三、四歳の少女たちとだけはうまくいっていた。彼女は薬物を摂取し、危険で暴力的な男たちとつき合い、上司たちとよく言い争いをし、ルームメイトに我慢ができないから(そして、ルームメイトも彼女に我慢できないから)という理由で転々と引っ越しをした。一流の大学院の心理学博士号をもらうだけの心の安定と集中力を、いったいどうやって引き出せたのか、私は首を傾げるばかりだった。
マギーは、同じような問題を抱える女性のために私が運営していたセラピーグループに、紹介されてやって来た。二回目のミーティングのときに、父親に二度、五歳と七歳のときにレイプされたことを私たちに話した。自分のせいなのだと彼女は思い込んでいた。父親が大好きだったし、自分が媚を売ったから父親が自制できなくなったに違いないと説明した。私はその話に耳を傾けながら、「彼女は父親を責めていないかもしれないが、どう見ても、父親以外のすべての人のことを責めているな」と思った。前のセラピストたちのことも、自分が良くなる手助けをしてくれなかったからという理由で責めているのだろう。多くのトラウマサバイバーと同じように、彼女は言葉で一つの物語を語り、行動ではまた別の物語を語り、その行動で、トラウマのさまざまな面を再演し続けていた。
ある日セラピーグループのミーティングに来たマギーは、その前の週末に受けた専門家向けのEMDR研修での驚くべき経験について熱心に語った。その時点で私がEMDRに関して知っていたのは、セラピストが患者の目の前で指を振る、人気の新手法だということだけだった。私や私の学者仲間たちにしてみれば、これもまた精神医学を繰り返し見舞ってきた疫病の一つのようなもので、マギーの失敗談がまた一つ増えるだけだろうと私は思った。
EMDRのセッション中に、七歳のときに父親にレイプされたことを鮮明に思い出した、子供だった自分の体の内側から思い出したとマギーは私たちに語った。自分がどんなに小さな子供だったのかを、マギーは体で感じることができた。のしかかってくる父親の大きな体を感じられたし、父親のアルコール臭い息を感じることもできた。それでも、その出来事を追体験していたときでさえ、二九歳の自分の観点からそれを観察することができたそうだ。彼女はわっと泣きだした。「あんなに小さな子供だったのに。大きな男が小さな女の子に、よくもあんなことができたものだわ」。彼女はしばらく泣いていた。それから言った。「でも、もうあれは済んだこと。何が起こったのか、今はわかる。私が悪いんじゃなかった。私は小さな女の子で、父に乱暴されるのを防ぎようがなかったんだから」
私は度胆を抜かれた。人が再びトラウマを負うことなしに、トラウマを引き起こした過去に立ち返るのを手助けする方法を、私はずっと探していたからだ。マギーはフラッシュバックに劣らぬほど真に迫った経験をし、それでもそれに乗っ取られることはなかったようだ。EMDRは、人をトラウマの痕跡に安全にアクセスさせられるのだろうか。そして、トラウマの痕跡を、ずっと昔に起こった出来事についての記憶に変えられるのだろうか。
マギーはEMDRのセッションをあと数回受けた。その間もグループにとどまったので、私たちは彼女の変わりぶりを目にすることができた。怒りはだいぶ治まったが、私が大好きだったあの冷ややかなユーモアのセンスは持ち続けた。数か月後に彼女は、それまで惹きつけられていた人とはまったく別のタイプの男性と親密になった。そして、トラウマを解決したと言って、グループを去った。私は、自分がEMDRの研修を受ける時だと思った。

EMDR――最初の体験

多くの科学的進歩がそうであるように、EMDRは偶然の観察結果から生まれた。一九八七年のある日、心理学者のフランシーン・シャピロは、つらい記憶で頭がいっぱいの状態で公園を歩いていたとき、素早い眼球運動によって苦しみから劇的に解放されたことに気づいた。それほど短い経鹸から、いったいどうやって優れた治療方法が生まれたのだろうか。それほど単純なプロセスに、いったいぜんたい、なぜそれまで誰も気づかなかったのだろうか。最初は自分の観察に懐疑的だったシャピロは、数年かけて自分の手法を実験・研究して、徐々に形を整え、教えたり、対照研究で試したりできる、標準化(多くの実験データにより妥当性と信頼性を持たせること)された手順にしていった(1)。
最初のEMDR研修を受けたときには、私自身が自分のトラウマを処理する必要があった。その数週間前に、マサチューセッツ総合病院の私の科を統轄していたイエズス会の司祭が、トラウマクリニックを突然閉鎖したために、私たちは患者を治療し、学生を訓練し、研究を行なうための新しい場所と資金をなんとか確保しようと必死になっていた。ほぼ同じころ、第10章で述べた、性的虐待を受けた少女たちの長期的な研究をしていた友人のフランク・パトナムが国立保健研究所を解雇され、解離に関してはアメリカ随一の専門家リチャード・クラフトがペンシルヴェニア精神科病院で担当していた部門が閉鎖された。悪いことが偶然重なっただけかもしれないが、四面楚歌のように感じられた。
トラウマクリニックにまつわる苦悩は、私がEMDRを試すのには格好の試験材料だったようだ。研修で組んだ相手の指を両目で追っている間、児童期のぼんやりとした場面が、続けざまに心に浮かんだ。夕食の席での家族の感情的な会話、休み時間に学友と衝突したこと、兄と納屋の窓に小石を投げつけたこと――それはすべて、日曜の朝遅く、まどろんでいるときに経験し、はっきりと目覚めた途端に忘れてしまう類の、生々しくてふわふわ漂っている「半醒半睡の」光景だった。
三〇分ほどしてから、私は相手の研修者と、クリニックを閉鎖すると上司に言われた場面に立ち返った。今度は、諦めがついたように感じた。「よし、過ぎたことはしかたがない。今はもう、先へ進むべき時だ」と。私は後ろを振り返らなかった。クリニックはのちに復活し、それ以来、盛況を極めている。私はEMDRのおかげだけで、怒りと苦悩を手放すことができたのだろうか。もちろん確実なことは知る由もないが、私の心の旅――無関係な児童期のさまざまな場面から、クリニック閉鎖という出来事に片をつけることまで――は、それまでにトークセラピーで経験したものとはまるで違っていた。
次に、私がEMDRを施す番になったときに起こったことは、なおさら興味深かった。私たちは相手を変え、初対面の新しいパートナーは、父親が関係する児童期の不快な出来事と取り組みたいということだったが、それらの出来事については話したがらなかった。「話」を知らずに人のトラウマに対処することはそれまでなかったし、彼がどれほど些細なことも話すのを拒むので、私は不愉快で、苛々した。両目の前で私が指を動かしている間、彼は激しく苦悩しているように見えた。そして、しくしくと泣きだし、呼吸が速く浅くなった。だが、私が手順に沿って質問をするたびに、頭に浮かんだことを話すのを拒否した。
四五分間のセッションが終わると、パートナーは開口一番、こう言った――私とのやりとりがとても不快だったので、私には患者を絶対に紹介しない、と。それを別とすれば、このEMDRセッションのおかげで、父親から受けた虐待の問題が解決したという。私はそれを信用できず、彼が私に無礼な態度をとるのは、父親に対する感情が未解決のまま持ち越されたからではないかと思ったものの、彼が前よりリラックスしたように見えることに疑問の余地はなかった。
私は困惑した気持ちをEMDR指導者のジェラルド・パクに伝えた。パートナーは私をはっきりと嫌っていたし、EMDRのセッション中はひどく苦悩しているように見えたのに、長く続いていた不幸が去ったと今は言っている。セッション中に起こったことを話そうとしないのなら、彼が何を解決したのか、あるいはしなかったのか、知りようがないではないか。
ジェラルドは微笑んで、ひょっとしたら私が、自分の個人的な問題を解決するためにメンタルヘルスの専門家になったのではないかと訊いた。私を知っている人はたいてい、そうではないかと思っていると私は認めた。すると彼は、人が自分のトラウマの話をしてくれたときには、それは意義深いと思うかと尋ねた。これにも同意せざるをえなかった。今度は彼は、「ベッセル、たぶん君は、自分の覗き見趣味的な傾向を抑えることを学ぶ必要があるようだね。トラウマの話を聞くのが君にとって重要なら、酒場にでも行って一ドル札を二、三枚テーブルに置いて、隣の人に、『あなたのトラウマの話をしてくれたら、一杯おごってあげるよ』と言うといい。でも、話を聞きたいという君の望みと、患者の心の中で起こる治癒のプロセスとは違うんだ。それを肝に銘じるべきだね」と言った。私はジェラルドの忠告を胸に刻み、それ以来、好んでそれを学生に繰り返している。
EMDRの研修を終えたときには、次の三点で頭がいっぱいだった。そして私は今日に至るまで、その三点に魅了され続けている。

・EMDRは心/脳の中で何かを解きほぐすので、人は緩やかに結びついた過去の記憶とイメージに素早く接触できるようになる。これが、トラウマ体験をより大きな前後関係や視野に収める助けになると思われる。
・人はトラウマについて話さなくても、トラウマから回復することができるのかもしれない。EMDRは、他者と言葉のやりとりをすることなしに、自分の経験を新たなかたちで観察することができるようにしてくれる。
・患者とセラピストの間に信頼関係がなくても、EMDRは手助けになりうる。これはとりわけ魅力的だった。当然のことだが、人はトラウマを経験すると、心を開いて他者を信頼し続けられることは稀だからだ。

それからの年月、私はEMDRの重要な指示である「それに意識を向けてください」という言葉しか言えない、スワヒリ語、中国語、ブルトン語母語とする患者たちにも、EMDRを施してきた(いつも通訳についてもらうが、それはおもに手順を説明するためだ)。EMDRでは、患者は耐え難いことについて話したり、ひどく気が動転しているわけをセラピストに説明したりする必要はないので、自分の内的経験にすっかり意識を集中し続けることができ、ときとして並外れた成果が得られる。

EMDRを研究する

トラウマクリニックを救ってくれたのは、子供を対象とする私たちの仕事にずっと関心を持っていた、マサチューセッツ州の精神保健局のある部長で、その人が今度は、ボストン地域のコミュニティ・トラウマ対応チームを組織する仕事を引き受けるよう、私たちに要請してきたのだった。私たちの基本的な活動は、そのチームで十分に賄えたし、私たちがしていること(新たに発見されたEMDRの効果で、以前は助けることができなかった患者の一部を治すことも含む)に共鳴した熱心なスタッフが、残りの部分に対応してくれた。
私と同僚たちはまず、PTSD患者に行なったEMDRセッションのビデオテープを、互いに見せ合った。それによって、過ごとの劇的な改善が観察できた。それから、標準的なPTSD評価尺度で患者の進歩を正式に評価し始めた。また、ニューイングランド・ディーコネス病院の若い神経画像専門家エリザベス・マシューに頼んで、一二人の患者の脳を治療の前後にスキャンしてもらうことにした。たった三回のEMDRセッションを受けたのちに、一二人のうちの八人は、PTSD評価得点が有意に下がっていた。スキャン画像を見ると、治療後に前頭前皮質の活動が急激に増加しており、さらに、前帯状皮質大脳基底核の活動が前よりもはるかに盛んになっていた。トラウマ記憶の経験の仕方が変わったのは、この変化で説明できるかもしれなかった。
ある男性は、「真に迫った記憶であるかのように思い出しますが、もっと隔たりがありました。いつもその中で溺れていましたが、今回は上に浮かんでいました。自分が主導権を握っているという気かしました」と報告した。ある女性は、「以前は、その出来事の段階を一つひとつ残らず感じていました。でも今は、断片ではなく全体になっています。だから扱いやすいです」と語った。トラウマは緊急性を失い、遠い昔に起こった出来事についての物語に変わっていたのだ。
その後私たちは国立精神保健研究所から資金を得て、EMDRの効果をフルオキセチンプロザック)の標準的な投与や偽薬の効果と比較した(2)。八八人の参加者のうち、三〇人はEMDRを受け、二八人はプロザックを、残りは砂糖の偽薬を与えられた。よくあることだが、偽薬を服用した人にも改善が見られた。八週間後、四二パーセントという彼らの改善の度合は、「科学的根拠に基づく」として奨励されている他の多くの治療法の場合よりも大きかった。
プロザックのグループは偽薬のグループよりも成績が良かったが、その差はごくわずかだった。これは薬によるPTSDの治療に関する研究の大半で表れる結果で、研究に参加しただけで約三〇~四二パーセントの改善が見られ、薬が効くと、さらに五~一五パーセントがそれに上積みされる。ところが、EMDRを受けた患者は、プロザックや偽薬の人よりも大幅に改善した。EMDRのセッションを八回行なったあとに、四人に一人は完全に回復した(PTSD評価得点が無視できるレベルにまで下がっていた)。これと比較して、プロザックのグループで回復したのほ一〇人に一人だった。だが、本当の違いは、時の経過とともに表れた。八か月後に参加者を診察したときには、EMDRを受けた人の六割の評価得点が完全な回復を示していたのだ。偉大な精神科医ミルトン・エリクソンが述べたように、いったん丸太を蹴れば流れ出す(丸太がたくさん川につかえているときに、これという丸太を一本見つけて蹴飛ばせば、丸太はみな流れていく、という意味)のだ。トラウマ記憶をいったん統合し始めた人は、自然に改善し続けた。それとは対照的に、プロザックを服用した人は、飲むのをやめると再び症状が悪化した。
この研究は重要だった。なぜなら、EMDRのような、トラウマに特化したPTSD治療のセラピーが、服薬よりもはるかに効果的になりうることを実証したからだ。他のいくつかの研究によっても裏づけられているように、患者がプロザックや、それに類するシタロプラム(セレクサ)、パロキセチンパキシル)、セルトラリンジェイゾロフト)といった抗うつ薬を飲むとPTSDの症状はしばしば改善するが、それは飲み続けている間だけだ。このために薬物療法のほうが、長期的にははるかに高価になっている(興味深いことに、プロザックは主要な抗うつ薬であるにもかかわらず、私たちの研究では、EMDRを受けた人のほうがプロザックを服用した人よりも、うつの評価得点の減少幅も大きかった)。
私たちの研究では他にも重要な発見があった。児童期にトラウマを経験した人は、大人になってトラウマを負った人とは、EMDRに対して非常に異なる反応を示したのだ。八週間のセラピーの終わりに、EMDRを受けた人のうち成人後にトラウマ体験をしたグループのほぼ半数は、完全な回復を示す評価得点を得たのに対し、児童虐待を受けたグループでそうした顕著な改善を示したのはたった九パーセントだった。八か月後には、成人後のトラウマ体験グループの回復の割合は七三パーセントで、児童虐待の被害者は二五パーセントだった。児童虐待のグループには、プロザックがわずかではあるが一貫して効果を挙げた。
こうした結果は、第9章で述べた発見を裏づけている。すなわち、長年にわたる児童虐待は、成人期にトラウマを負わせる個々の出来事とはまったく異なる精神的適応や生物学的適応を引き起こすのだ。EMDRは、頑固なトラウマ記憶に対する治療法としては有効だが、児童期の身体的虐待あるいは性的虐待に伴う裏切りや遺棄の影響を必ずしも取り除くわけではない。どのような種類のセラピーを八週間行なったところで、昔のトラウマの長年にわたる影響はめったに解決しきれるものではないのだ。
私たちのEMDRの研究は二〇一四年の時点で、大人になってトラウマを体験してPTSDを発症した人について発表された研究の中では、最も良い結果が出ている。だが、こうした結果と、他の何十もの研究結果があるにもかかわらず、私の同業者の多くはEMDRについて相変わらず懐疑的だ。あまりにも話がうま過ぎるように思えるから、あまりにも単純過ぎてそれほどの効果を持つはずがないように思えるからかもしれない。そうした懐疑心はよく理解できる。EMDRは風変わりな治療法なのだ。興味深いことに、PTSDのある戦闘帰還兵にEMDRを使った最初の本格的な科学的研究では、EMDRは効果が非常に薄いと予想されていたために、バイオフィードバックを利用したリラクセーション・セラピーとの比較のための対照条件に含められていた。ところが、EMDRの一二回のセッションのほうが、治療法として有効であることがわかって、研究者たちは仰天した(2)。EMDRはそれ以来、退役軍人省の承認を得たPTSDの治療法の一つになっている。

EMDRは曝露療法の一種なのか?

EMDRは実際にはトラウマを引き起こした素材に対して人を脱感作するのであり、したがって曝露療法と同種のものだという仮説を立てている心理学者もいる。もっと正確に言えば、EMDRはトラウマを引き起こした素材を統合するということになるのだろう。私たちの研究が示したように、人はEMDRを受けるとトラウマを首尾一貫した過去の出来事だと考えるようになり、前後関係から切り離された感覚やイメージを経験することがなくなる。
記憶は、進化して変化する。記憶はでき上がるとすぐに、統合と再解釈の長い過程を経る。その過程は、意識ある自己からの入力なしに、心/脳で自動的に起こる。それが完了すると、その経験は人生における他の出来事と統合されて、それ自体の生命を持たなくなる(4)。すでに見たように、PTSDになるとこの過程がうまく進まず、記憶は消化されずに、生のまま立ち往生する。
残念なことに、精神療法家は研修の際に、脳の記憶処理システムの働きについて教わることはほとんどない。これが抜け落ちているために、治療へ間違った取り組みをしてしまいかねない。恐怖症(クモ恐怖症のように、特定の不合理な恐れに基づいたもの)とは異なり、心的外傷後のストレスは、実際に命を脅かされる経験をしたこと(あるいは、誰かの命が奪われるのを目撃したこと)に基づく、中枢神経系の根本的な改変の結果であり、(自分は無力であるというふうに)自己の経験を変え、(この世はすべて危険な場所だというふうに)現実の解釈を変更してしまうのた。
曝露療法を受けると、患者は最初著しく動揺する。トラウマ体験に立ち返ると、心搏数と血圧とストレスホルモン値が急上昇する。だが、なんとか治療を続けてトラウマを追体験し続けると、その出来事を想起しても過敏な反応がしだいに減り、判断力を失いにくくなる。結果として、PTSD評価の得点は低くなる。だが、私たちが知るかぎり、昔のトラウマを思い出させるだけでは、その記憶を人生全体の脈絡に統合させられないし、患者はトラウマを負う前にしていたように人と楽しくかかわり、日々の営みをするところまで回復できることはめったにない。
それとは対照的に、EMDRは、あとの章で述べる治療法(内的家族システム療法、ヨーガ、ニューロフィードバック、精神運動療法、演劇)と同様に、トラウマによって活性化された強烈な記憶を調節するだけでなく、心身の所有を通じて、主体感覚や、物事に関与している、責任を持っているという感覚を回復させることにも焦点を当てている。

EMDRでトラウマを処理する

キャシーは二一歳で、地元の大学の学生だった。初めて会ったときは、おびえて恐れおののいているように見えた。それまで三年間、セラピストから精神療法を受けていた。そのセラピストを信頼していたし、理解されていると思っていたけれど、何の改善も見られなかった。三回目の自殺企図のあとに、大学の学生健康センターが、以前私から聞いた新しい技法が助けになるのではないかと期待して、彼女を紹介してきたのだった。
私のトラウマ患者の何人かと同じように、キャシーは学業に没頭することができていた。本を読んだり研究論文を書いたりするときには、人生の他のすべてのことを頭から締め出すことができた。そのおかげで有能な学生でいられたのだが、親しいパートナーとは言うまでもなく、自分自身とも、どうやって愛情深い関係を築いていいのかまったくわからなかった。
長年にわたって父親に児童売春をさせられていたとキャシーが語ったので、普通であれば私はEMDRを補助的なセラピーとしてだけ使おうと考えたところだろう。だが、やってみるとキャシーはEMDRに非常に良い反応を示し、八回のセッション後に完全に回復した。それまでの私の経験では、深刻な児童虐待を経験してきた人のうちで最短記録だった。このセッションが行なわれたのは一五年前だが、私は最近彼女に会い、三人目の子供を養子に迎えることについての長所と短所を話し合った。彼女が聡明で面白味のある人になり、家庭生活にも、児童の発達を専門とする助教授の仕事にも、楽しく取り組んでいたので、私は嬉しかった。
キャシーの四回目のEMDR治療のときに私が残した覚書を紹介しよう。これは、そうしたセッションで普通どのようなことが起こるかを示すためだけでなく、トラウマ体験を統合するときの人間の心の働きを明らかにするためでもある。脳スキャンや血液検査や評価尺度では、これを計測することはできないし、ビデオ記録さえ、EMDRが心の想像力をどのように解き放つことができるかについて、ごくわずかしか伝えられない。
キャシーと私は一・二メートルほど離れて、四五度の角度でそれぞれの椅子に座った。とりわけ不快な記憶を頭に思い浮かべるように私は求め、それが起こったときに何を聞いて、見て、考えて、体で感じたかを思い起こすように促した(その特定の記憶が何なのかを彼女が話したかどうか、記録には書かれていない。書き留めなかったということは、おそらく話さなかったのだろう)。
今「その記憶の中に」いるかどうかをキャシーに尋ね、はいという答えがあったので、それがどれだけ現実のように感じられるかを、一から一〇までの尺度で答えるように求めた。九ぐらいと彼女は答えた。それから私は、指の動きを目で追うように指示した。二五回ほどの目の動きを一区切りに、ときおり、「深呼吸をして」と言ってから、「今、何を感じますか」「今、何が頭に浮かんできますか」などと尋ねた。すると、キャシーが考えていることを話す。彼女の声の調子、顔の表情、体の動き、呼吸のパターンから、情動的に豊要なテーマだとわかったときには必ず、「それ意識を向けてください」と言って、またひとしきり眼球運動を始め、その間、彼女は何も話さなかった。私は、そうしたわずかな言葉を発する以外は、その後の四五分間、黙ったままだった。
眼球運動の最初のセットのあとに、キャシーは次のような連想をしたことを報告した。「傷跡があるのがわかります――両手を背中で縛られたときのものです。他にも、この女は自分のものだという印につけられた傷跡があります。こっちは[と指で示す]噛まれた跡です」。彼女は、当惑しているものの驚くほど冷静な様子で、次のように回想した。「ガソリンを浴びせられたのを覚えています――ポラロイド写真を撮られて――それから水に沈められて。父と、父の友人二人に集団レイプされました。テーブルに縛りつけられて。バドワイザーの瓶でレイプされたのを覚えています」
私は胃が締めつけられる思いがしたが、キャシーには、そうした記憶を心に浮かべたままにしておくようにと言うにとどめた。もう三〇回ほど指を動かしたあとに手を止めると、彼女は微笑んでいた。何を考えているのかと尋ねると、彼女は答えた。「空手の教室にいました。すごかった! 尻を蹴っ飛ばしてやったんです! あいつらが後さずリするのが見えました。『私を傷つけているのがわからないの? 私はあんたたちの女じゃないのよ』と叫びました」。私は「その場面にいてください」と言うと、次のセットを始めた。それが終わるとキャシーは言った。「二人の私の姿が見えます――この賢くて、かわいい小さな少女……そして、あの小さな売春婦です。あの女どもはみんな、自分や、私や、あの男たちを持て余して――あの男たちの面倒を見るのを私に任せたのよ」。彼女は次のセットの間に泣きじゃくりだした。私が指の動きを止めると、「私はあんなに小さかったのね――あんなに小さな女の子に暴力を振るうなんて。私が悪かったのではないわ」と言った。私はうなずき、「そのとおりですよ――その場面にとどまって」と言った。次のセットの終わりにはキャシーは、「今は自分の人生を思い描いています――大きな私が小さな私を抱き締めて――『もう大丈夫よ』と声をかけています」と言った。私は励ますようにうなずいて、続けた。
次々に光景が湧いてきた。「ブルドーザーが私の生家を壊すところが見えます。終わったのよ!」。それからキャシーの連想は、別の道筋に移った。「今、考えているのは、ジェフリー[彼女の取っている講座の一つにいる青年]がどれだけ好きかということです。そして、彼は私とつき合いたくないのかもしれない、と。私にはうまくつき合えないと思います。今まで誰かの恋人だったことはないし、どうやってなればいいのかわかりません」。私は、何を知らなければならないと思うかと彼女に訊いて、次のセットを始めた。「今、見えるのは、ただ私といっしょにいたいと思ってくれる人――単純なことですね。男の人のそばにいると、どうやってただ自分らしくしていればいいのか、わからないです。体が固まってしまって」
私の指を目で追いながら、キャシーはすすり泣き始めた。私が指を止めると、彼女は言った。「ジェフリーと私がコーヒーショップで座っているところが見えました。父がドアから入ってきて、大声を張り上げ始め、斧を振り回しています。『おまえは俺のものだと言っただろう』と言って、テーブルの上に私を載せると――私をレイプして、それからジェフリーをレイプします」。今度は激しく泣いていた。「どうやって誰かに心を開けっていうんですか、父親にレイプされて、それから二人ともレイプされているところが目に浮かんでいるときに」。私は慰めてあげたかったが、連想を続けさせることのほうが重要なのがわかっていた。そこで、体の中で感じるものに意識を集中するように求めた。「前腕と、両肩と、右胸に、それを感じます。ただ抱き締めてもらいたいです」。私たちはEMDRを続け、一区切りしたときには、キャシーはリラックスしているように見えた。「大丈夫だよ、とジェフリーが言うのが聞こえました。君の面倒を見るためにここに送り込まれたんだ、君がしたことではないし、君のためにいっしょにいたいだけなんだ、と」。私はもう一度、体の中で何を感じるかと訊いた。「本当に穏やかな気持ちです。ほんの少し震えています――今まで使ったことがない筋肉を使っているときのように。ほっとします。ジェフリーにはもう、こういうことが全部わかっているんですね。自分が生きていて、みんな終わったのだという気がします。でも、どうしましょう、父にはもう一人、小さな女の子がいるの。それを思うと、とても、とても悲しくて。その子を救ってあげたいです」
だが、セッションを続けるうちに、トラウマが、他の考えや光景といっしょに戻ってきた。「吐きそうだわ。……いろいろな臭いが入り込んでくるんです――安物のコロンや、アルコールや、吐いた物の」。数分後に、キャシーは猛烈に泣いていた。「母が、今ここに本当にいるような気がします。私に許してもらいたがっているみたいです。母も同じような目に遭ったんだと思います――何度も何度も謝っています。同じようなことをされたのだと言って――私の祖父にされたのだ、と。こうも言っています。祖母もそこにいて私を守ってあげられなかったことで、本当にすまないと思っている、と」。深く息をして、何であれ浮かんでくるものといっしょにいるようにと私は言い続けた。
次のセットのあとで、キャシーは言った。「終わったのだと思います。祖母が今の年齢の私を抱き締めているような気がしました――祖父と結婚して本当にすまないと思っている、祖母も母もここで本当に終わりにするからねと言っています」。EMDRの最後のセットが終わると、キャシーは微笑んでいた。「こんな光景が浮かんでいます。父をコーヒーショップから押し出して、ジェフリーが中から鍵をかけてしまうんです。父は外に立っています。ガラス越しに父が見えます。父はみんなにからかわれています」
EMDRの助けによって、キャシーはトラウマ記憶を統合し、想像力に助けを求めてその記憶を葬ることができた。そして、達成感と自己制御感を得たのだ。それも、私の関与は最小限で、そして、経験したことの詳細について話し合うことなしに(私は詳細が正確かどうかを問題にする必要をまったく感じなかった。彼女の経験は彼女にとって本物だったし、私の仕事は、彼女が現在においてそれを処理するのを助けることだったからだ)。その過程のおかげで、彼女の心/脳の中で何かが解放され、新しい光景や感情や思考を活性化した。あたかも彼女の生命力が湧き出して、未来のための新しい可能性を生み出したかのように(5)。
すでに見たように、トラウマ記憶はばらばらになった未改変の光景や感覚や感情として存続する。EMDRは、求めてもいない、一見したところ無関係な感覚や情動、光景、思考を、元の記憶とともに活性化する能力を持っているように見える。私が思うに、それがEMDRの最も驚くべき特徴だ。古い情報をまとめ直して新しいパッケージにするというこのやり方こそ、私たちがトラウマではない通常の日々の経験を統合する方法なのかもしれない。

注:(i) 引用中の原注「(1)」~「(5)」の紹介は省略します。この本をお読み下さい。 (ii) 引用中の「プロザック」は抗うつ薬ですが、日本においては認可されていません。 (iii) 引用中の「ヨーガ」についてはここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「演劇」についてはここを参照して下さい。 (v) 引用中の「ニューロフィードバック」に関連する「リアルタイム fMRI ニューロフィードバック」(real-time fMRI neurofeedback)については、拙訳はありませんが例えば次の論文(全文)を参照して下さい。 「Differential mechanisms of posterior cingulate cortex downregulation and symptom decreases in posttraumatic stress disorder and healthy individuals using real‐time fMRI neurofeedback」 (vi) EMDR治療の特徴として、この引用の「EMDR――最初の体験」において3項目が示されています。 (vii) 引用中の(EMDRにより)「完全に回復した」に関連して、EMDRが効果を最も発揮する場合について、野呂浩史企画・編集の本、「トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法」(2016年発行)中の井上直美著の文書「眼球運動による脱感作と再処理法」の Ⅰ.EMDR の概要 の「6.効果が現れにくいクライエント」における記述の一部(P72)を次に引用します(『 』内)。 『大前提として,EMDR はトラウマに対して開発された治療法であるため,現在抱えている不適応の問題や非機能的反応の主要な原因が,トラウマ性の病理のよって生じている場合にこそ、最も効果を発揮する。』 (viii) ちなみに、子どもの視点ではあるものの、 a) 引用中の「眼球運動」に関連する眼球交互運動例についてはここを参照して下さい。ちなみに、この方法は指の左右の動きを使用しないので、公衆の面前でも挙動不審者として見られずに、応用可能かもしれません。 b) 一方、EMDRを実施するための注意点については、例えばここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「EMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法)について」の「7. EMDRの禁忌」項 加えて、EMDRのシステマティックレビュー及び/又はメタアナリシスに関する論文紹介についてはここを参照して下さい。 c) また、EMDRに似たタッピングDR*48について、杉山登志郎著の本、「子ども虐待という第四の発達障害」(2007年発行)の 第九章 被虐待児への包括的ケア2 子ども自身へのケア の「心理治療の実際」項における記述の一部(P145~P146)を次に引用します。

(前略)被虐待児に見られるフラッシュバックへの処理の方法として、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法:Shapiro, 2001)が有効である。(中略)
子どもにはタッピングDRの有用性が高い。これは治療者が両手を差しだし、外傷記憶の想起と同時に患者に左右の手で交互に治療者の手をたたいてもらう(タッピング)という交互刺激を用いた再処理法である。
治療者の指の誘導によって眼球を左右に動かすという従来のEMDRは、攻撃的なエネルギーの発散が十分になされてないこと、治療者に操作される感覚をもつ患者がいることが難点である。しかしタッピングDRでは、攻撃的なエネルギーの発散が同時に行われ、かつ子どもの自律的な運動であることが優れた効果をもたらす理由であると考えられる。

注:(i) 引用元のこの本は 2007 年の発行です。この本の著者によるより新しいEMDRの詳細な記述は、例えば、杉山登志郎著の本「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)の「第8章 EMDRを用いた簡易精神療法」を参照して下さい(引用はしません)。一方、引用中の「タッピングDR」に関連する「バタフライハグ」(ここの (v) 項を参照)も含めて杉山登志郎編集の本、「発達障害医学の進歩28 発達障害とトラウマ」(2016年発行)中の、杉山登志郎著の文書「発達障害とトラウマ 総論」の 発達障害へのトラウマ治療 の「1 タイムスリップ現象への治療」における記述の一部(P7~P8)を以下に引用します。 (ii) 本エントリ作者の想像力を駆使すると、タッピングDRのバリエーションとしての代替交互運動の例を次に示すように考え出すことができるかもしれません。 a) サンドバッグに対して、右パンチ、左パンチを交互に繰り出す。これは、攻撃的なエネルギーの発散を行いやすいかもしれません。 b) 「歩行瞑想(参照)も、足裏への両側交互刺激である」とのツイートがあります。

1 タイムスリップ現象への治療(中略)

最初に,安全な場所のイメージ確認を行う.その後に標的となる外傷体験の映像の選定をする.(中略)

眼球運動だけでなく,左右交互刺激であればどのようなものでもそれなりの効果を示すことが確かめられている.たとえば児童の場合には,治療者の左右の手を対面する患児の右左の手のひらで交互に叩かせるというタッピングや,ものを叩かせるドラミング,患児に胸の前で手を交差させ,患児の左右の手のひらで 自分の反対側の腕の付け根をぱたぱたと交互に叩かせるバタフライハグと呼ばれる技法も効果を示す.われわれが愛用しているのはパルサーという左右交互に振動を作る機械を両手に握らせて,左右交互の振動の感覚を用いる方法である.最も効果が高く,また確実なのはやはり左右の眼球運動であると言われている.(後略)

注:(i) 引用中の「眼球運動」に関連する「眼球の左右交互運動」について、引用の一部を次に抜き出します(『 』内)。 『天井の右端と左端の角を交互に見る(要するに眼球の左右交互運動をしてもらうわけである)』 一方、上記「眼球運動」における注意点について、フランシーン・シャピロ著、市井雅哉監訳の本、「過去をきちんと過去にする EMDRのテクニックでトラウマから自由になる方法」(2017年発行)の Chapter 6 できればしたいけど、できない の『「安全/穏やかな場所」の各種テクニック』における記述の一部(P120)を次に引用(『 』内)します。 『自分をよく観察し、否定的な記憶を導かないよう注意が必要である。』 ちなみに、他の左右交互刺激においても同様にこの注意が必要かもしれません。 (ii) 引用中の「標的となる外傷体験の映像の選定」をした後に、眼球運動をするまでの一連の手順についての引用は省略しています。この文書を参照して下さい。 (iii) 引用中の「左右交互刺激」に関連する「両側性刺激」については、ここここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「安全な場所のイメージ確認」に関連してここを参照して下さい。 (v) 引用中の「バタフライハグ」については、 a) 例えばエントリ「緊張や不安を落ちつける『バタフライハグ』を精神科医が解説!」やWEBページ「簡単ためして‼バタフライハグ - トラウマ、不安、恐怖、強迫、うつ」、『心のトラウマを癒す「バタフライ・ハグ」とは?/心がザワつくときに試してみたいお守りレシピ①』の「バタフライ・ハグ」項、『ストレスと上手につき合うためのコーピング。自分で自分を安心させる「バタフライハグ」って?』の『●心を安心させる「バタフライハグ」』項を それぞれ参照して下さい。 b) 加えて友田明美著の本、「子どもの脳を傷つける親たち」(2017年発行)の 第三章 子どもの脳がもつ回復力を信じて の「トラウマ処理のための新療法」における記述の一部(P132)を次に引用(『 』内)します。 『そこで、特に子どもに対して応用した技法が「バタフライハグ(butterfly hug)」です。解消したいと感じている過去のつらいマルトリートメント体験に意識を向けながら、約二〇秒間、左右の肩を交互に、リズミカルに自分でタッピングしていきます。』(注:引用中の「マルトリートメント」については、資料「シンポジウム 子どもに対する体罰等の禁止に向けて」中の友田明美氏による基調講演「厳格な体罰や暴言などが子どもの脳の発達に与える影響」(P4~P5)を参照して下さい)  (vi) 引用中の「タイムスリップ現象」についてはリンク集を参照して下さい。

一方、EMDRを用いた治療において、「赤信号」の数が多いほど、治療者(臨床家)は、EMDRを避ける等、慎重に治療を進める必要があることについて、サンドラ・ポールセン著、新井陽子/岡田太陽監修、黒川由美訳の本、「図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療 EMDRを活用した新しい自我状態療法」(2012年発行)の 第2章 アセスメント の「3 アセスメントでは赤信号を見落とすな」における記述(P58)を以下に引用します。加えて、顕著な解離性障害がある人へのEMDR治療に必要不可欠なことの説明例として、同本の 第1章 導入と概略 の「2 自我状態療法は、程度の異なる解離症状を示す人々(解離性連続体)に効果的な EMDR 治療を施す鍵となる」における記述の一部(P27)を以下に引用します。一方で引用はしませんが、「EMDR の一般的な技法だけでは進展が困難な症例に出会った。それは解離レベルが非常に重症な症例であり,その多くは解離性同一性障害,つまり多重人格の症例であった。EMDR で容易に解離性の除反応が起き,その前後ですっかり人格が入れ替わったりするのである。当然,治療は進展しない。」ことについては次の資料を参照して下さい。 「自我状態療法」の「Ⅰ.はじめに(杉山)」項(P123~P124) その上に、EMDR の副作用については次の peing.net も参照して下さい。 「EMDR の副作用について教えて下さい。

3 アセスメントでは赤信号を見落とすな(中略)

図17/赤信号が出たらEMDRは避けること

解説 赤信号の数が多いほど、臨床家は慎重に治療を進めなければなりません。重要かつ危険な赤信号としては次のようなものがあります――低い感情耐性、“安全な場所”を確保する能力の不足、自殺企画、自傷行為摂食障害の症状発現、近時の病院搬送歴、セラピストへの非協力的な態度、正直さを欠く、など(Shapiro, 2001)。これらの赤信号が確認されたクライエントに対して“除反応”を引き起こすような治療作業を行うと、クライエントの状態をより不安定にさせたり、“行動化”や自殺、殺人などを引き起こしたりする危険があるので避けなければなりません。

注:i) 引用中の「図17」の引用は省略します。 ii) 引用中の「“除反応”」に相当する英語 "abreaction" の他の訳語「アブリアクション」については、ここを参照して下さい。 iii) 引用中の「行動化」については、例えばここの「⑤怒りや破壊的な感情にとらわれて、暴発や行動化を起こしやすい」項及び次のWEBページを参照して下さい。 「境界性パーソナリティ障害

2 自我状態療法は、程度の異なる解離症状を示す人々(解離性連続体)に効果的な EMDR 治療を施す鍵となる(中略)

また、顕著な解離性障害がある人に対しては、EMDR を行う前に充分な準備をすることも必要不可欠です。(後略)

注:i) 引用中の「自我状態療法」については次の資料を参照して下さい。 「自我状態療法―多重人格のための精神療法」 ii) 引用中の「解離性障害」についてはリンク集[用語:「解離(解離性障害、解離症)」]を参照して下さい。

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【余談3】複雑性PTSD[その2]

余談3は、余談2とは「系列」が異なる*49ので、独立した余談とします。

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(a)対人関係療法でなおすトラウマ・PTSD
水島広子著の本、「対人関係療法でなおすトラウマ・PTSD」(2011年発行)における記述の一部を以下に複数引用します。

注:i) 標記「複雑性PTSD」に関しては、【余談2】(b)項の引用を参照して下さい。 ii) 以下の複数引用における登場人物である「ウメノさん」に関連しては、【余談2】(b)項の引用(ここ及びここ)も参照して下さい。

① 同の「第4章 トラウマが対人関係に及ぼす影響」における記述の一部(P084~P090)を次に引用します

(前略)トラウマ症状が次のトラウマ体験につながる、というのは、相手の怒りを誘発することによってだけではありません。

――症例
大手企業で受付をしているウメノさんは、いつもにこにこしている美人でした。当然、いろいろな人からデートに誘われました。ふだんはにこにこして「困ります」などと断っていましたが、「デートをしてくれないと自殺する」と強く迫ってきた人のことは断りきれず、デートをすることになりました。その彼は万事を自分のペースで運びたがり、ウメノさんが少しでも応じないそぶりを見せると本当に恐ろしい怒り方をしました。それでも、ウメノさんはずるずると彼から言われるがままに交際をすることになりました。つきあうようになると、ますます彼の一方的なところはエスカレートし、ウメノさんを「ブス」「頭が悪いんじゃないか」などと言葉で虐待することも多かったですし、時には暴力をふるうこともありました。それでもウメノさんは彼と別れずに関係を続けていました。(症例終わり)

客観的に見れば、大手企業の受付をしていて、にこにこした美人であるウメノさんが男性関係に困ることなどはまず考えられず、なぜこんな相手との交際をやめられないのだろうか、ということは不思議だと思います。しかし、子ども時代に虐待を受けているウメノさんにとって、「別れたら自殺する」と言ってくれる彼は、唯一のたしかな存在と感じられるのです。
そもそも、ウメノさんがいつもにこにこしていることも、そんなトラウマを反映しています。ウメノさんは、一人でいるときにはむしろ暗く沈んでいることが多いです。人といるときにも、決して明るい気持ちでにこにこしているわけではありません。ウメノさんは、常に「周りの顔色」を指標にして生きていました。周りの顔色をうかがうことが、ウメノさんが知っている唯一の「安全に生きる道」だったのです。相手の機嫌がよいことが、唯一の「望ましい結果」でした。
ですから、自分がどう感じているのかがわからなくことが多かったのです。そして、そんな空虚な自分を見破られるのも不安で、ますますにこにこする、ということになりました。
彼が一方的なペースを押しつけてきたときに、そのまま巻きこまれてしまったのも、ウメノさんに「自分」というものがなかったからです。相手に合わせるということばかりを続けてきたウメノさんは、自分にとって有害だということを感じる力も、そこから自分を守る力も、育てることができなかったのです。そして結果として、自分を傷つける相手との関係に巻き込まれ、トラウマ体験をする、ということになっていきます。
相手に合わせてばかりいるウメノさんの場合、明確に脅威を排除しようとしているサクラさんのような人とは異なり、「脅威のセンサー」は働いていないようにも見えますが、実際は違います。「相手に合わせる」という行動は、「脅威のセンサー」が働いた結果としての自己防衛策だからです。そして、「脅威のセンサー」が過敏に働いているのは、ウメノさんの場合も同じです。ウメノさんは、どんな相手に対してもにこにこしていますが、実際はにこにこしなくても大丈夫な、危険でない相手はたくさんいるはずです。しかし、あらゆる人に「脅威のセンサー」が作動してしまうので、結果としてはいつもにこにこする、ということになってしまうのです。(中略)

「相手の問題」と「自分の問題」の区別がつかない
ウメノさんもそうなのですが、対人トラウマを持つ人の場合、「誰の問題か」という境界線がうまく引けなくなる人が多いです。特にウメノさんのように子ども時代に虐待を受けている場合、本来は百パーセント大人側の問題であるはずのことを、かなりの程度自分の問題のように思っていることが多いものです。「自分を虐待した大人が異常だっただけで、自分には何ら問題はない」と割り切れる人はなかなかいないでしょう。そして、虐待者も、「お前が俺を怒らせたのだ」「どうしてお母さんをイライラさせるの」などと、あたかもそれが子ども側の問題であるかのように言うことが多いのです。性的虐待という悲惨なケースであっても、子どもが誘ったなどということを平気で言う人がいるのが現実です。
ウメノさんは、相手の顔色を読むことで今まで生き延びてきたわけですが、これはまさに相手の問題を自分の問題として引き受けているということです。本来、人は、顔色を読んでもらわなくても、自分が不愉快に感じることがあれば自分で相手に伝えるなどして状況を改善していく責任を負っています。問題解決には人の力を借りるとしても、「自分には問題がある」ということを伝えるのは、本人しか本当のところできないことですし、本人がすべきことです。ですから、「顔色を読む」ということそのものが、本来は相手がすべきことを自分が引き受けているということになってしまうのです。
境界線がきちんと引けている人たちは、顔色を読まれることを不快に感じるものです。いちいち自分の顔色を読まれて相手が反応する、ということそのものが重苦しい束縛感をもたらすものですし、何と言ってもそこで「読まれること」は正確でない場合が多いからです。
ところが、ウメノさんの恋人のように、自分の問題を相手が引き受けるのがあたりまえだと思っている人は、ウメノさんのような人と相性が良くなってしまいます。ウメノさんの恋人は、まず「デートをしてくれなければ自殺する」と言っていますが、これは明らかに境界線を踏み外した言い方です。デートをしてもらえなければ悲しいものですが、そのうえで自殺するかどうかを決めるのは自分の問題です。「デートをしてくれなければ自殺する」と言っている時点で、自分の領域のことにまでウメノさんに責任をとらせようとしているのです。
つきあい始めてからの彼がウメノさんを虐待するのは、自分の機嫌の悪さがウメノさんの責任だと思うからです。本来は自分の問題として考えて改善策(ウメノさんに協力してもらうことも含めて)を検討すべきなのですが、「そもそも自分の機嫌を損ねた」ウメノさんが何とかすべきだと感じているのです。いかにも境界線を逸脱したものの考え方です。
境界線の問題は、「相手の問題を引き受ける」という形だけではありません。自分の領域なのに相手に踏みこませてしまう、という形でも起こってきます。トラウマの結果として「自分への信頼感」がない人は、「自分はこうしたいから」「自分はこう感じるから」と、自分の領域を守ることができなくなってしまいます。ウメノさんも、「ブス」などと言われて本当は不快なのですが、「私は不快だ」とはっきり思ったり言ったりすることができないのです。
勇気を出して「ブスなんて言われると悲しくなっちゃう」と控えめに言ったこともあるのですが、相手から「それくらいのことで気にするなんて、人間が小さいよ」と言われ、相手の言っていることのほうが正しいような気になってしまいました。本当は、「ブスと言われると不快だ」ということは、相手からとやかく言われる筋合いのない、尊重されるべき自分の感じ方です。相手が何と言おうと、自分がそう感じたことは事実だからです。そこに相手が「不適切な感じ方」と土足で踏みこむことを許してしまうところも、境界線の問題だと言えます。
他人の感じ方は自分の感じ方とは違う、ということが事実上わからなくなっている人もいます。当事者は何とも思っていないようなできごとでも、自分がひどいと思うことであれば、「あんな目に遭うなんて本当にかわいそう」と感情移入してしまうのです。その結果としての言動は、当事者から見ると「ピントはずれ」と感じられることもあります。
なお、感情移入した結果としての「かわいそうな人のために何とかする」という行動は、「自分への信頼感」の欠如とセットとなって、過剰に献身的になることにもつながります。「かわいそうな人のために何とかする」ことで自分の価値を見出そうとするのです。そうなってしまうと、本人にとっても、また、献身される相手にとっても、かなりの負担になってきてしまいます。

注:i) 引用中の「(症例終わり)」は本エントリ著者による追記です。 ii) 引用中の「サクラさんのような人」に関連する「サクラさんの症例」については、ここにおける引用を参照して下さい。

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② 同の 第7章 役割をめぐる不一致 の「自分の感じ方を尊重し、境界線を引く」項の記述の一部(P149~P150)を次に引用します

85ページでご紹介したウメノさんのような場合には、サクラさんとは異なり、相手の理解を得てトラウマを乗り越えていくことができません。ウメノさんの恋人もトラウマ体験者ですが、91ページでご紹介したクリタさん同様、まだ自分のトラウマに気づいていませんので、今その問題に取り組むことは不適切でしょう(この点については176ページで後述します)。ですから、今のウメノさんにとって必要なことは、「相手との間にきちんと境界線を引く」ということになります。

――症例
ウメノさんの治療は、まず、自分にとっての不快を感じられるようにするところから始めました。ずっと人の顔色をうかがって生きてきたウメノさんには、「自分がどう感じるか」という視点が決定的に欠けていました。「こういうことは、ふつう、不愉快に感じるものだ」「こういうことをされたら怒りを感じてよいと思う」ということを伝えながら、ウメノさんの気持ちを少しずつ育てていきました。
ウメノさんは、感情的な負荷がかかると解離(44ページ)しやすい傾向がありました。本来は動揺するような状況でも、解離する結果として、「たいしたことはない」というとらえ方になってしまうのです。そういうところも、「これだけの扱いを受けたのだから、感情的にはかなりの負荷がかかっているはず。それなのにたいしたことはない、ととらえていること自体が、解離症状かもしれない」という見方をしていくことによって、本人も、だんだんと自分の症状に気づいていきました。
特に彼がひどいことをしたときには、「それは本当にひどいことだ」という認識を共有することによって、少しずつ、「彼から離れる」という選択肢を考えるようになりました。また、「そうやって彼を見捨ててしまったらかわいそうだ」という感じ方も強かったのですが、それも、「本来は彼自身が引き受けるべき問題。ウメノさんはこうして治療の中で少しずつ自分の回復と成長を感じているのだから、彼もいずれ自分の問題をそういう形で扱えるとよいと思う」という認識をだんだんと共有していきました。ウメノさんは「たしかに、私が何でも言うことを聞くことによって、彼は自分の問題を見ないですんでいるのかもしれない」ということに気づいてきました。
彼と別れることは一筋縄ではいかず、何度も進んだり戻ったりをしましたが、その中で、ウメノさんはだんだんと自分の感じ方がわかるようになり、また、彼との関係の限界にも気づくようになってきました。そして、少しずつ、「彼と別れたあとの将来」について、希望も感じられるようになってきたのです。(症例終わり)

ウメノさんのようなケースの治療には、それなりに長い時間が必要となります。小さいころから一度も「自分への信頼感」を持てたことがなく、それを「取り戻す」というよりも、「初めて育てる」という形になるからです。時間は長くかかりますが、基本的な考え方は同じです。自分の感じ方を大切にすること、それを指標にして自分にとって少しでも快適な環境を作ること、助けてもらえる人を見つけて助けてもらうこと、トラウマが自分にどのような影響を与えているかを知ること、トラウマ症状を認識し、症状との折り合い方を学ぶこと、自分のトラウマを悪化させるような人からは距離をとること、などをこつこつと続けていく中で、ウメノさんほどの生涯にわたる問題でも、着実に前進してくものです。
人を信頼するなど、本来は発達上ふさわしい年齢で達成しておくべきであった課題でも、後から取り組むことは可能です。ただし、そのような課題を共有できる人(治療者など)は必要だと思います。「自分への信頼感」が全くない、という状態では、「この人はきちんと成長できる」ということを信じている人が近くにいないと、なかなか前進する力を得ることができないからです。だんだんと「自分への信頼感」を取り戻していけば、自分でも自分の力と可能性を感じられるようになってくるものです。

注:(i) 引用中の「(症例終わり)」は本エントリ著者による追記です。 (ii) 引用中の「サクラさんのような人」に関連する「サクラさんの症例」については、ここにおける引用を参照して下さい。 (iii) 引用中の「解離」に関連して 、 1) 次に示すWEBページ、資料があります。「解離症 - 脳科学辞典」、「【3070】解離のような症状があるようですが、これが解離の症状なのか正常の範囲なのかわかりません - Dr 林のこころと脳の相談室」、「【3448】自分と自分の記憶がわからず混乱しています(【2906】、【2990】、【3074】のその後) - Dr 林のこころと脳の相談室」、「【3922】私の症状は解離か、それとも病気のふりをしている詐病者か - Dr 林のこころと脳の相談室」(これらのサイトのホームページ)、『平島奈津子先生に「解離性障害」を訊く』、「自分が自分でなくなっちゃう!?解離性障害」、「解離性障害をいかに臨床的に扱うか」、「解離性障害とは?症状や原因は個人によって変わる」、pdfファイル「子どもの虹情報研修センター 日本虐待・思春期問題情報研修センター 紀要 No.15 (2017)」中の古田洋子著の文書『講義「解離症状の理解」』(P50~P63) 2) 加えて、他の拙エントリのここを参照して下さい。 3) また、解離に関する包括的な翻訳書例は次に示します。フランク・W・パトナム著、中井久夫訳の本、「解離 若年期における病理と治療」(2001年発行) 4) また※1の注を参照すると良いかもしれません。 5) 一方、解離性障害転換性障害の関係に関しては、例えばここ及び他の拙エントリのここを参照して下さい。 6) その上に解離性障害の診断の困難さに関して、柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)の 4 解離症状があるこころの病気は多い の「診断 ていねいな問診で、解離があるとわかる」における記述の一部(P72~P73)を以下に引用します。加えて解離性障害が「治りうる病気」であることについて同本の「まえがき」における記述の一部(P1)を以下に引用します。 7) 解離の症状としての「想像上の友人(IC: imagninary companion)」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「【3670】頭の中の友人は自分で作ったものです(【2972】のその後) - Dr 林のこころと脳の相談室」(このサイトのホームページ) 8) 解離性障害の発症の背景に関しては、同本の「発症の背景 こころに深い傷を受けたことがある」項の記述の一部(P62)及び「発症の背景 つらいときにこころを飛ばしてやりすごした」項の記述の一部(P64)をそれぞれ以下に引用します。一方、この本又はこの本の編者に関するWEBページ、引用例は次に示します。「【2906】私は統合失調症と診断されましたが、それは誤診で、解離性障害なんじゃないかと思っています。」(特に最下位部、このサイトのホームページ 一方、上記柴山雅俊医師に対し、次のような意見※1も有ります。 9) 解離性障害(又は解離症)についてのそれぞれの紹介は他の拙エントリのここを参照して下さい。 10) ポリヴェーガル理論と解離との関連については他の拙エントリのここここを参照して下さい。

診断 ていねいな問診で、解離があるとわかる
解離性障害は診断がむずかしい病気です。専門的に扱っている医療機関が少ないことに加え、別の精神疾患と症状が似ていることが関係しています。的確な診断には、細かく症状を聞くことが必要です。

自分から言わないことが多く、診断は困難
解離性障害は診断がむずかしいとされています。
その理由は、症状のまぎらわしさです。幻視や幻聴などの幻覚、気分の変化などの症状は、うつ病統合失調症、パーソナリティ障害といった別の病気と似ているものが多いためです。
また、診断をむずかしくしている大きな要因に、解離の症状があるにもかかわらず、医師に話していないことがあります。
本人にしてみれば、「医師に聞かれなかったから」という理由なのですが、聞かれていないところに診断のカギをにぎる重要な症状があるのです。(中略)

似た症状の病気
解離性障害とよく似た症状がある病気は多い。見きわめるには、解離性障害を専門的に診ている医師の診断を受けることがすすめられる

解離性障害とよく似た症状がある病気)
統合失調症 うつ病 境界性パーソナリティ障害 摂食障害 PTSD 不安障害 物質依存(薬物など)

注:i) 引用中の(解離性障害を)「専門的に扱っている医療機関が少ない」ことに関連する「わが国ではまだ解離性障害は臨床家の間でなじみがない」ことについては次の資料を参照して下さい。 「解離性障害をいかに扱うか」の「おわりに」項 ii) 引用中の「不安障害」に関連して、引用元の本の 4解離性があるこころの病気は多い には「不安障害 パニック障害強迫性障害と似ている」項(P80~P81)があります。 iii) 引用中の「(解離性障害とよく似た症状がある病気)」は、引用者による追記です。これらの病気の一部とその他の病気を紹介するリンクを次に示します。

統合失調症ここ、「統合失調症 - 脳科学辞典」、「みんなのメンタルヘルス総合サイト 統合失調症」、『岡崎祐士先生に「統合失調症」を訊く』、『「統合失調症」ってどんな病気?』、「統合失調症とは?」、「統合失調症に特異的な神経認知障害はあるか?

うつ病:「うつ病 - 脳科学辞典」、「みんなのメンタルヘルス総合サイト うつ病」、『野村総一郎先生に「うつ病」を訊く』、「日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ.うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害 2016

一方、双極性障害については次にリンクします。「日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023」、「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」、「双極性障害の理解を深める」、「仕事をしている双極性障害患者さんの手記」、「双極Ⅱ型障害の精神病理学的検討」、「みんなのメンタルヘルス総合サイト 躁うつ病(双極性障害)」、『加藤忠史先生に「双極性障害」を訊く』、『「双極性障害」ってどんな病気?』、「双極性障害とは?」、「5年間で9割近くが再発、絶好調で自覚ない双極性障害の正しい治療法」、『うつ病患者の3分の1が発症 「双極性障害」の怖さとは?』、『治療でコントロールできる!「双極性障害」を専門医が解説

境界性パーソナリティ障害:「境界性パーソナリティ障害 - 脳科学辞典」、「境界性パーソナリティ障害の診断基準と実際の診断」、「境界性パーソナリティ障害とその関連疾患」(注:以下は本エントリ内のリンクです。ただし、本エントリにおけるパーソナリティ障害をまとめた紹介はここを参照して下さい。)メンタライジング・アプローチの視点からの境界性パーソナリティ障害境界例のイメージと具体例境界例治療事例境界性パーソナリティ障害擬態うつ病としての境界性パーソナリティ障害 *50

注:これらのリンク先においては、境界例境界性パーソナリティ障害を指す場合があります。

摂食障害*51:「みんなのメンタルヘルス総合サイト 摂食障害」、「摂食障害 - 脳科学辞典」、「摂食障害ハンドブック」、摂食障害 医学的ケアのためのガイド、『井上幸紀先生に「摂食障害」を訊く』、「石川 俊男先生 - Medical Note(WEBサイト)」、「津久井 要先生 - Medical Note(WEBサイト)

・PTSD:ここ及び目次(用語:「対人関係療法でなおすトラウマ・PTSD」)を参照して下さい。加えてWEBページ「トラウマ体験における症状認知と対処行動に関する検討」からダウンロード可能な博士論文「トラウマ体験における症状認知と対処行動に関する検討」、そして次のWEBページを参照して下さい。 「PTSDトピックス - 日本トラウマティック・ストレス学会」、「PTSD

・不安障害(不安症):「不安症 - 脳科学辞典」、「不安障害を上手に診ていくために」、「不安症を解説する YouTube を紹介するツイート

ちなみに、不安障害(不安症)のカテゴリに属するパニック障害(パニック症)については次にリンクします。「パニック障害・不安障害 - こころの病気を知る 厚生労働省」、「パニック症 - 脳科学辞典」、『塩入俊樹先生に「パニック障害/パニック症」を訊く』、「〈パニック障害〉 パニック発作とは」 加えて、他の拙エントリのここ を参照して下さい。さらに、不安障害(不安症)のカテゴリに属する「全般不安症」及び「限局性恐怖症」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

さらに、以前は不安障害(不安症)のカテゴリに属していた強迫症強迫性障害、OCD)*52及び今でも不安障害(不安症)のカテゴリに属している社交不安症(社交不安障害)についてはそれぞれ次にリンクします。「強迫症 - 脳科学辞典」、『松永寿人先生に「強迫性障害」を訊く』、「強迫性障害」、『「強迫性障害」ってどんな病気?』、「強迫性障害とは?」 、「強迫症/強迫症への認知行動療法の解説動画」 、「強迫性障害の臨床像・治療・予後 ――難治例の判定,特徴,そして対応――*53、「社交不安症 - 脳科学辞典」、『永田利彦先生に「社交不安障害/社交不安症」を訊く』、「社交不安症の診療ガイドライン」、「社交不安症の診断と治療」、「社交不安症の疫学 ―その概念の変遷と歴史―」、「社交不安症の認知・行動療法 ―最近の研究動向からその本質を探る―」、「社交不安症に関する脳画像研究の最前線」 ちなみに、社交不安症における「注意の偏り(バイアス)」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

・物質依存(薬物など):「依存症 - 脳科学辞典
さらに、薬物依存症、アルコール依存症に関してそれぞれ以下にリンクします。

薬物依存症:「みんなのメンタルヘルス総合サイト 薬物依存症
アルコール依存症:「アルコール依存症 - 脳科学辞典」、「みんなのメンタルヘルス総合サイト アルコール依存症」、「松下幸生先生に「アルコール依存症」を訊く

ちなみに、身体症状症又は身体表現性障害に関して以下にリンクします。
身体症状症」、「身体症状症の患者への対応」、「心身症と身体症状症(身体表現性障害)」、『小林聡幸先生に「身体表現性障害」を訊く』、「身体症状症(旧:身体表現性障害)」、「心療内科における身体症状症の位置づけ」、『心身二元論からの脱却を図る 「とらわれ」から考えるリエゾン的身体症状症

加えて、「身体症状症において症状が増幅されるという悪循環に陥る」ことについて、松崎朝樹著の本、「教養としての精神医学」(2023年発行)の 第2章 精神医学から見た「〇〇な人たち」 の「異常がないのに体のことにとらわれ続ける人たち(身体症状症)」における記述の一部(P100)を次に引用(『 』内)します。 『身体症状症では、身体的変化に意識を向けることで、よりその症状が増幅されうる。身体に意識が向けば、さらに症状が増幅され、そしてさらに……という悪循環に陥る。』

まえがき
解離性障害というと、多重人格や健忘、遁走のようなドラマチックな症状を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、そうした病態だけが解離性障害ではありません。解離性障害の分類では、いわゆる「その他の解離性障害」が半数以上を占めており、典型的な症状を示す人のほうが、むしろ少ないのです。
都心の精神科クリニックでは、外来患者さんの一〇パーセント程度の人は解離症状をもっていると思います。しかし、実際に解離性障害と診断されるべきケースであっても、統合失調症うつ病、さらにはパニック障害、社交不安障害、境界性パーソナリティ障害などと診断され、たんなる薬物療法認知療法のみがおこなわれていたりします。それでは解離の病態が治療から切り離されてしまい、病状がなかなか改善せず、慢性化することになります。(中略)

なによりも、患者さん自身やその家族の方が解離性障害という病気について知ることは重要です。けっして希望を捨てないでください。どこかに治癒の道があるはずです。解離性障害が「治りうる病気」であることを知り、そして前向きに目標をもって生きていかれることを願っています。

注:ちなみに次に示す2つの引用は上記で記述したように解離性障害の発症の背景に関するものです。①柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)の 3 「健常」から「解離」に至る原因 の「発症の背景 こころに深い傷を受けたことがある」における記述の一部(P62)を次に引用(『 』内)します。 『解離のある人は、こころに深い傷を抱えています。原因となるできごとはさまざまで、家庭内と家庭の外で受けたものに分けることができます。本人が傷を自覚していない場合もあります。』 ②同 3 「健常」から「解離」に至る原因 の「発症の背景 つらいときにこころを飛ばしてやりすごした」における記述の一部(P64)を次に引用(『 』内)します。 『つらいことがあったとき、話を聞き、助けてくれる人がいなければどうなるでしょう? 解離のある人の多くは、自分でなんとかしなければならない状況にありました。方法の一つがこころを飛ばすことです。』

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③ 同の「第9章 トラウマから回復するということ」における記述の一部(P177~P178)を次に引用します

(前略)自らのトラウマをいつ思い出して、いつ取り組み始めるか、ということは、基本的に本人のプロセスの中、本人のペースで行う必要があります。実際に、クリタさんは、温かい家庭を持ちたいのにどの女性とも長続きしない、という悩みが蓄積されうつ病になったときに、治療を求めました。
その中で、クリタさんの生育歴からトラウマが明らかになり、クリタさんの現在の対人関係がどれほどトラウマの影響を受けているかが明らかにされていきました。クリタさんはすぐに受け入れることはできませんでしたが、いろいろなことを思い出していく中で、トラウマに取り組むことが自分にとって必要なのだということをだんだんと認めるようになっていきました。それが、彼にとっての適切なタイミングだったということになります。
自分の家族の治療に関わっている中で、自分自身こそがトラウマを抱えていて癒されていないということに気づく人もいます。そんなときも、適切なタイミングです。
では、その「適切なタイミング」に至る前の人はどうしたらよいのか、ということになります。治療前のクリタさんにしろ、ウメノさんの恋人にしろ、自分に問題があるとは思わずに相手に対して虐待的なことをしています。それがトラウマを反映した症状であるとしても、本人がトラウマを自覚して向き合う意思を持っていないのであれば、「病者の役割」(109ページ)を引き受けてもらうことはできませんので、患者さん扱いをすることは不適切です。ですから、まだ自分の問題を自覚していない人であれば、健康な人として扱い、その「健康な人の役割」の中で本人の違和感や不適切感が十分に大きくなる(仕事がうまくいかない、対人関係がうまくいかない、という悩みが大きくなる)のを待つしかないのだと思います。
健康な人として扱うということは、不適切な言動は「不適切」とみなす、ということですし、役割期待をする際にも、症状という視点を持ちこまない、ということです。トラウマ症状としての怒りの爆発を症状として見ず、単なる「不適切な怒りの爆発」として扱い、本人にそのコントロールを求める、ということになります(そして本人は少なくともプライベートな場ではそれをコントロールすることができませんので、親しい関係を維持することができない、ということになります)。(後略)

≪補足説明≫引用中の『「病者の役割」』について、「第5章 PTSDへの対人関係療法」における記述の一部(P109~P110)を次に引用します。

(前略)患者さんはただでさえ病気の症状で苦しい毎日なのですから、かぎられたエネルギーを治療に向けるために、「自分は何をすべきか」ということをよく自覚する必要があります。それは、「病気を治すこと」です。
このように、患者さんが何をすべきか、ということを明確にしたものが「病者の役割」と呼ばれる考え方です。病気であるということは、単なる状態ではなく、その人は病気を持ちながらこの世の中で生き、人と日々関わっているのです。ですから、当然、そこで果たすべき役割があります。自分が病気であると認めること、病気からはできるだけ早く治りたいと思うこと、治療を助けてくれる人に協力すること、など患者さんとしての義務が生じると同時に、病気の症状のためにうまくできないことは免除されます。たとえばうつ病であれば、意欲や気力が低下しますので「仕事に行く」という義務が免除され、休職という形になることも多いでしょう。PTSDの場合も、現在の症状のためにうまく機能できていない部分は現状として受け入れる必要があります。それが病気の症状である以上、すぐにはどうこうできないからです。(後略)

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※1:「こころの科学 177号(2014年9月)」より、書評者である杉山登志郎著の文書、【ほんとの対話 上岡陽江、大嶋栄子『その後の不自由 「嵐」のあとを生きる人たち』】(P105)における記述の一部を次に引用します。

この本はいろいろな読み方ができるが、書評子が強調したいのはおそらく内外でも初めての、複雑性トラウマに関する体験世界を扱った、精神病理学の本であることだ。(中略)

複雑性トラウマという問題があることは、一九八〇年代にはすでに知られていた。しかしその体験世界についてきちんと報告されたことはほとんどなかった。いわゆる精神病理学者による精神病理学解析を行った専門書(たとえば柴山雅俊『解離の構造』二〇一〇年)でも、体験世界への言及はきわめて乏しい。(中略)。しかし、本書には、複雑性トラウマの当事者の体験世界がこれでもかとういうほど、押し込められている。
「『寂しいと痛い』との区別がつかない」「生理的不調と心理的不調がごちゃごちゃに体験される」「月経による気分変動に振り回される」「フラッシュバックとは、ドラえもん『どこでもドア』である」「テレパシーで相手に伝わっていると思い込む」などなど。
書評子は現在、治療に訪れた子どもの、その親の側の、複雑性トラウマを抱えた成人の治療に明け暮れていて、本書を読んで実に多くの学びがあった。膝を打ちながらの読書体験は久しぶりであり、(納得できず)舌をうちながら読んだ柴山の専門書とは正反対である。体験世界を考慮しない精神病理学など不要としか言いようがない。
さて複雑性トラウマもまた、きわめて誤診や医原性の憎悪が多い問題である。一つはうつ病の誤診である。もう一つは統合失調症の誤診である。正しくは非定型的な双極Ⅱ型を示す気分変動であり、解離性の幻覚である。複雑性トラウマの症例に抗うつ薬が処方されると、気分変動が著しくなって、自殺や衝動行為の危険性が増してしまう。ついでに言うと、抗不安薬も意識状態を下げ、行動化傾向を促進するので禁忌である。そして解離性幻覚に抗精神病薬はまったく無効である。やけやたら薬に強く、あまりに薬剤抵抗性の幻覚に対しては、解離性の幻覚ではないかと疑ってみる必要がある。
発達障害は一般の精神科医にとっても珍しくなくなった。成人の発達障害の受診も、そして長期間の誤診例も。そして今、まったく同じ事情が複雑性トラウマにおいても起きている。さらに、書評子が注意を喚起したいのは、複雑性トラウマの成人例は、実は発達障害の臨床像をもち合わせていることが多い。(後略)

注:i) 引用中の「テレパシーで相手に伝わっていると思い込む」は、「こころの科学 181号(2015年5月)」特別企画中の上岡陽江著の文書、「嵐の後先 ―― 薬物依存と複雑性トラウマ」(P43~P48)においては、次の『 』内に示す文章(P44~P45)になっています*54。『「小さい頃から解離が多いと、なんとなくテレパシーで人と話をしている感じになる。テレパシーは人に通じてないからさ、ちゃんと言ってね」。この話はいつも当事者たちに感謝される。』 ii) 引用中の「複雑性トラウマ」については、他の拙エントリの引用における注を参照して下さい。 iii) 引用中の「行動化」については、例えばここの「⑤怒りや破壊的な感情にとらわれて、暴発や行動化を起こしやすい」項及び次のWEBページを参照して下さい。 「境界性パーソナリティ障害」 iv) 引用中の「解離性幻覚」についてはここを参照して下さい。

さらに、※1の余談として、杉山登志郎著の本、「発達障害のいま」(2011年発行)における「複雑性トラウマのフラッシュバック」項の記述(P108~P109)を次に引用します。ちなみに、次の資料も参考にすれば良いかもしれません。 「児童青年精神医学入門 その4:子ども虐待

さて子ども虐待のような複雑性トラウマの場合においてはどうなるのだろう。非常に広範にさまざまな形のフラッシュバックが生じるのである。少し煩雑であるが、その一部を列挙してみよう。

・言語的フラッシュバック:子どもが些細なことからキレて、急に目つきが鋭くなり低い声で「殺してやる」と言うなど。言うまでもなく自分が虐待者から言われたことのフラッシュバックなのである。
・認知・思考的フラッシュバック:「子どもは大人の奴隷だ」「自分は生きる価値がない」などの考えが繰り返し浮かぶ。これも虐待者から押しつけられた認識や考えのフラッシュバックである。
・行動的フラッシュバック:急に暴れだす、殴りかかるなど。虐待場面そっくりの再生である。
・生理的フラッシュバック:これは不思議な現象である。子どもが首を絞められたときのことを語っている。すると首の回りにうっすらと赤く、首を絞められた手の跡が浮かぶ。まさに体は記憶するのである。
・解離性幻覚:先に解離によって辛い体験を切り離すことを述べた。すると、その記憶を担っているのは切り離された人格である。実はこのようにして多重人格が育つのであるが、そこにフラッシュバックが起きると、外から聞こえたり、外に見えたりすることになる。この解離性幻覚(われわれはお化けの声、お化けの姿と呼んでいる)を聞いている、見ている被虐待児は少なくない。なぜこれがあまり知られていないかというと、周囲の大人が単に尋ねないからである。子どもは自分の体験が普遍的と思っているので、何も不思議に思わないのである。

注:i) 引用中の「複雑性トラウマ」については、他の拙エントリのここにおける引用の注を参照して下さい。 ii) 引用中の「解離性幻覚」についてはここを参照して下さい。 iii) 発達障害にも関連する引用中の「フラッシュバック」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「発達障害(10)気楽に過ごすのもノルマ

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【余談4】その他の治療・対処・養生法

上記で紹介又は言及したトラウマ、PTSD、複雑性PTSD、解離性障害等に関する非薬理的な治療・対処・養生法としては、の記述を含めて、 [i] 持続エクスポージャ―法(ここ及び下記続きとしての(o)項参照)、 [ii] EMDR(ここここ及びここ参照)、 [iii] 対人関係療法ここここ及びここ参照)、 [iv] ホログラフィートークここ、下記続きとしての(k)項を参照) 等を挙げました。この【余談4】では、その他の治療・対処・養生法に関して以下の(a)~(j)[目次における(a)~(j)項をそれぞれ参照]項にそれぞれ紹介します。ただし、これらの治療・対処・養生法にはエビデンスが不足している(例えばエビデンスレベル[WEBページの「3)エビデンス・レベル」項を参照]において、最低ランクの「患者データに基づかない、専門委員会や専門家個人の意見」)ものも含まれます。加えて、これらの紹介の続きとしての(k)項以降は他の拙エントリのここを参照して下さい。さらに、複雑性PTSDにも適用されるスキーマ療法については他の拙エントリのここを、「タッピングによる潜在意識下人格の統合法」を含む「構造的解離に対するパーツアプローチ」については、『「タッピングによる潜在意識下人格の統合法」(Unification of Subconscious Personalities by Tapping Therapy、USPT)』を含めて他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。ちなみに標記【余談4】でも、上記続きでも紹介しない、 1) リラクセーション一般についてはリンク集を参照して下さい。 2) 加えて、慢性的な自殺傾向をもつ境界性パーソナリティ障害(BPD)に対する包括的な認知行動療法として開発された弁証法的行動療法における様々な話題についてはここを、 3) 複雑性 PTSD を伴う方々等に対する「規則正しい日常生活」については他の拙エントリのここを、 4) 構成主義的情動理論における情動の健康を維持するための「概念の補強」及び情動を手なずけるために不可欠な道具としての「再分類」については他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。その上に「感情を手なづけるための方法例」については他の拙エントリのここここを参照して下さい。一方、ポリヴェーガル理論(他の拙エントリのここの「最初に」を参照)の視点からのニューラルエクササイズについては次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「4.ニューラルエクササイズとリラクセーション」項(P335) 加えて拙訳はありませんが、同視点からの「Dance/Movement Therapy」については次の資料を参照して下さい。 「Rhythm and Safety of Social Engagement:Polyvagal Theory Informed Dance/Movement Therapy」 その上に「複雑性トラウマへのポリヴェーガル理論によるアプローチ」については他の拙エントリのここにおける引用を参照して下さい。さらに「ハミング」(他の拙エントリのここを参照)を除き引用はありませんが、ここの引用元の本では上記ポリヴェーガル理論ベースのエクササイズがたくさん紹介されています。これら以外にも「DBT-PTSD」(「DBT」についてはここを参照すると良いかも)については次の論文(全文)を参照すると良いかもしれません。 「A research programme to evaluate DBT-PTSD, a modular treatment approach for Complex PTSD after childhood abuse[拙訳]子ども時代の虐待後の複雑性PTSDに対するモジュール式治療アプローチである DBT‐PTSD を評価するための研究プログラム」[ただし、この論文(全文)の拙訳はタイトルを除きありません] また、 a) 「Embedded Relational Mindfulness」をはじめとした「Sensorimotor Psychotherapy」については次の資料や video series を参照すると良いかもしれません。 「Brain to Brain, Body to Body: Teaching Embedded Relational Mindfulness in Youth, Individual and Group Psychotherapy--A Sensorimotor Psychotherapy Approach」、「Sensorimotor Psychotherapy Skills and Exercises」[ただしこれらには拙訳はありません] b) 「トラウマインフォームドケア」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) 「NARMのデモセッション」を紹介するツイートがあります。

※:「平成は発達障害の時代、令和はトラウマの時代になるのではないか」との記述を有するツイートがあります。なお、このツイートに関連して、 a) 杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)の「刊行によせて」における記述の一部(P1)を次に引用(『 』内)します。 『振り返れば平成は発達障害の時代であった。令和はトラウマの時代になるのではないか。』(注:この引用部の著者は杉山登志郎です) b) 加えて、同本の「座残会 発達性トラウマ障害のゆくえ」の P16 に友田明美氏のご発言としての記述の一部(P1)を次に引用(『 』内)します。 『杉山先生がおっしゃったように平成は発達障害の時代、そして新しい元号である令和はトラウマの時代でしょう。間違いないと思います。』 このように、2019年10月26日の本エントリの大幅改訂時においては、トラウマの時代に入ったばかりであり、上記治療・対処法のエビデンスレベルが総体的に低いのかもしれません。この視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。一方、トラウマに対する治療法は日進月歩であるかもしれないことについては、拙訳はないもの次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「The Advanced Master Program on the Treatment of Trauma

(a)マインドフルネス関連
最初に、マインドフルネス実践又はアプローチに関するWEBページ及び資料の例は次に示します。 「キラーストレス 第2回 ストレスから脳を守れ ~最新科学で迫る対処法~」の「マインドフルネスを始めてみよう!」項、『「マインドフルネス」でストレス軽く 背筋伸ばし、深く呼吸』、「[第1回]マインドフルネスとは - 連載 “Mindfulness”」、「マインドフルネスの理解と実践」、「マインドフルネスのアプローチ ―身体から心へ―」、「マインドフルネスの歴史と展望」 そして、pdfファイル中の熊野宏昭著の資料「マインドフルネス瞑想のメカニズムに脳科学はどこまで迫ったか」(P30~P37) なお、マインドフルネスで大切なのは注意の分割であることについては、次のWEBページを参照して下さい。 「省エネ人生へ通じるマインドフルネスは、不透明な時代をストレスなく生き抜く知恵でもある。 医学博士 早稲田大学人間科学学術院教授 熊野宏昭さん 後篇」の『大切なのは「注意を分割」して広角で現実を感じ続けること』項 一方、マインドフルネス瞑想のリスクについては例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、研究に対するものを含む資料例を次に紹介します。 「女子少年院におけるマインドフルネスプログラムの効果およびリスクについての質的研究」、「犯罪者処遇の効果の向上に関する一考察 ―犯罪者に対するマインドフルネス瞑想の可能性―」 その上に、マインドフルネスに関するエビデンスについては、次の資料(2014年発行)を参照して下さい。 「マインドフルネスとエビデンス」 さらに、マインドフルネスに関連した複数の論文要旨の引用はここを参照して下さい。また、マインドフルネスに基づいた治療法である、マインドフルネス認知療法に関連する「考えと事実とを区別する」(考えは事実ではない)、「思考に含まれる解釈や価値判断はそれ自体が事実ではない」、「Doing Mode」(することモード)、「Being Mode」(あることモード)、「距離をとる」、「脱中心化」*55の一部又は全部については、ここ及び次の資料をそれぞれ参照して下さい。 「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」、『認知療法,マインドフルネス,原始仏教:「思考」という諸刃の剣を賢く操るために』の「4.3 MBCT における脱中心化」項、「マインドフルネスが生活に必要な理由」 一方、「direct mode」、「buffered mode」*56については、次のエントリを参照して下さい。 『越川房子先生の「マインドフルネス認知行動療法」講演を聴きました!』 加えて、ひょっとして「buffered mode」に関連するかもしれないマインドフルネス瞑想の観点からのマインドフルネスの効果機序についてはここを参照して下さい。また、 a) (マインドフルネス)瞑想の実践には知識と理解が必要であること、その他についてはツイートを、 b) 「マインドフルネス」は安全であると感じることが必要である」ことについては他の拙エントリのここを、一方、瞑想の副作用についてはツイートを、 c) 森田療法とマインドフルネスとの関係に言及した引用はここを、加えてこれに関連しては資料「マインドフルネス、あるがまま、そして森田療法」を、 d) マインドフルネス瞑想のコツとしての「考えるのではなく、感じ、体の感覚を受け止め受容する」についてはここを、 e) マインドフルネスと関連が深い、「いま・ここ」についてはここを、加えて「いま・ここ」ではない過去や未来に関連する「反芻」や「心配」に対するマインドフルネス瞑想については他の拙エントリのここここを、その上に、マインドフルネス認知療法の視点からの上記「反芻」や「不安」にはまりこんでいる状態の時に有用かもしれない「脱中心化」については他の拙エントリのここここを、さらに「倫理の導入によるマインドフルネストレーニングのウェルビーイングへの効果の向上」については「無執着」を含めて博士論文「倫理の導入によるマインドフルネストレーニングのウェルビーイングへの効果の向上(要約)」を、それぞれ参照して下さい。 f) 「マインドフルネスとは,心理的な操作によって予測的処理の機能を調整しようとする営みであると理解することができるだろう」ことについては次の資料を参照して下さい。 「予測する脳の機能調整:マインドフルネスの効果 ―藤野,高橋・荻島,牟田・木甲斐論文へのコメント―」の「1. はじめに」項 g) 「禅からみた心、マインドフルネスからみた心」については資料「禅からみた心、マインドフルネスからみた心 ― 宗教と科学の関係を探る ―」を参照して下さい。加えて、資料「仏教学から見たマインドフルネス」、「マインドフルネスと倫理」や「マインドフルネスの深まりに向かって ~仏教的瞑想から示唆されること・倫理性の導入の必要性~」もあります。 h) また、マインドフルネス訓練と内受容感覚との関連については他の拙エントリのここを、 i) マインドフルネスの文脈における平静さについてはここここを、 j) マインドフルネスが医療現場で有用であることについてはWEBページ「マインドフルネス なぜ医療現場で有用なのか エビデンスとその効果」を、 k) ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)モデルで見るマインドフルな状態についてはここを、 l) 慢性疼痛について、マインドフルネスと臨床的経験の視点からはここを、加えて、慢性疼痛の治療のためのマインドフルネスに関する論文紹介はここを、 m) マインドフルではない状態に関連する「放逸」については、他の拙エントリのここを、 n) 「マインドフルネス瞑想の訓練が、脳と身体のシステムの特性を変容させることを示唆する傍証」については他の拙エントリのここを、 o) 「マインドフルネス研究の未来を切り開く新たな方法論」については次の資料を それぞれ参照して下さい。 「マインドフルネス研究の未来を切り開く新たな方法論

① マインドフルネスの説明
最初に、マインドフルネス瞑想の醍醐味について、貝谷久宜、熊野宏昭、越川房子編著の本、「マインドフルネス -基礎と実践-」(2016年発行)中の越川房子著の文書「マインドフルネス瞑想の効果機序」の「マインドフルネス瞑想の醍醐味」における記述の一部(P94~P95)を次に引用します。

マインドフルネス瞑想の醍醐味(中略)

筆者自身は自分の体験から、マインドフルネス瞑想の醍醐味は、自分の内外の情報を取り入れる際に、価値判断せずに、つまり頭のみで考えて課題解決に必要だと(自分が考えている)情報のみを取り入れるのではなく、自身の身体感覚を含めて、今、ここにある情報を、自分をとりまく状況・文脈ごと取り込むという心的態度を手に入れること、それによって注意の中心でではなくて辺縁で、自分と対象との関係が自分の中に創発していくのに任せることにあると感じている。
坂入(2015)の卓球の例を借りれば、スマッシュはこう打たなければならないということから離れて、球とラケットの接触面の感覚に意識を向け、その前後の状況(飛んでくる球の状況や自分が打った後の状況)と併せてただひたすらインプットしていく。このような態度でいると1球1球の勝敗に落ち込むことはない。また蓄積された球の特徴と自分の感覚との関係について広く豊かな情報が蓄積される。この情報が、次に来る球に対する最適な反応を可能としていく。これは、人事をつくして(あるがままの情報を収集して)天命(関係の創発)を待つという感じに近いかもれない。したがって、何も足さず何も引かないあるがままの情報を入力することがとても重要となる。なぜならば、それが対象との関係の創発の素材となるからである。
子どもが歩き始めるときは、このようにして地面と身体と関係が創発していくのだと思う。誰にでも備わっている能力なのである。しかし、知恵の実を食べてしまうと、自分の利害等にとらわれてそれが使えなくなっていく。知恵をもちながらその力を使うには、あらためて訓練することが必要なのであろう。マインドフルネス瞑想は、この力を効果的に訓練する方法のひとつである。その効果機序が、心理学的手法による研究だけでなく、脳生理学機能の測定機器の進歩を背景に脳神経学的な視点からも次第に明らかになっていくことに大きな期待を寄せている。

注:引用中の資料「坂入(2015)」は、『坂入洋右(2015)「東洋的行法の効果とメカニズム」日本マインドフルネス学会第2回大会基調講演より』です。

加えて、PTSD又は複雑性PTSDにおけるマインドフルネスの活用について、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第13章 トラウマからの回復――自己を支配する の 情動脳と仲良くなる の「2.マインドフルネスを活用する」における記述の一部(P340~P343)、及び主体性又は「内受容感覚」とマインドフルネスとの関係について、同本の 第6章 体の喪失、自己の喪失 の「脅威にさらされた自己」及び「主体性――自分の人生を支配する」における記述の一部(P160)をそれぞれ以下に引用します。ちなみに、化学物質過敏症(MCS)に対するマインドフルネス認知療法の適用に関してはここを参照して下さい。

2.マインドフルネスを活用する
回復の核となるのは、自己認識だ。トラウマのセラピーで最も重要な言葉は、「それに意識を向けてください」と「次にどうなりますか」だ。トラウマを負った人々は、我慢できそうにない感覚とともに生きている。胸が張り裂けるように感じ、みぞおちの耐え難い感覚や、胸が締めつけられる思いに苦しんでいる。だが、体内のこうした感覚を感じるのを避けると、その感覚にますます圧倒されやすくなる。
体を意識すれば、私たちの内部の世界、すなわち生体の状況に接するようになる。自分の苛立ちや心配、不安に気づきさえすれば、物の見方を変えやすくなり、無意識の習慣的な反応ではない、新しい選択肢が得られる。マインドフルネスによって、私たちは感情も知覚も一時的なものであることを悟る。身体的感覚に意識を集中して注意を払うと、情動が満ちたり引いたりするのを認識でき、それとともに、情動を制御しやすくなる。
トラウマを負った人は、感じるのを恐れていることが多い。今や彼らの敵は、加害者(近くにいて傷つけられることがもうなければいいのだが)ではなく、自分の身体的感覚だ。不快な感覚に乗っ取られるのではないかという不安から、体が凍りつき、心は閉ざされたままになる。トラウマは過去のものなのに、情動脳は、サバイバーがおびえたり、無力だと感じたりするような感覚を生み続ける。じつに多くのトラウマサバイバーが 強迫観念に駆られて飲み食いし、愛し合うことを恐れ、多くの社会的な活動を避けるのも驚くにはあたらない。彼らの感覚世界の大部分が、立ち入り禁止になっているのだ。
変わるためには、人は内部経験に心を開く必要がある。その第一歩は、心が感覚に注意を集中するのを許し、永遠に続くように思えるトラウマ体験とは対照的に、身体的感覚は一時的なもので、姿勢のわずかな変化や、呼吸や思考の変化に反応するのに気づくことだ。身体的感覚に注意を払ったら、次に、それを言葉で説明する。「不安に感じるときは胸が潰れるような感覚がある」というように。そのあと私は患者に、「その感覚に意識を集中し、息を深く吐いたり、鎖骨のすぐ下を軽く叩いたり、泣きたければ泣いたりすると、その感覚がどう変化するか注意してみてください」と言うこともある。マインドフルネスを実践すると交感神経系が落ち着くので、闘争/逃走反応を起こしにくくなる(11)。自分の身体的反応を観察して、それに耐えるのを学んで初めて、過去に安全に立ち返れるようになる。今現在感じていることに耐えられなければ、過去に心を開いても苦悩が深まり、なおさら深いトラウマを負うだけだ(12)。
体の混乱状態は絶えず変化するという事実を意識し続けていれば、非常に多くの不快感にも耐えることができる。ある瞬間に胸が締めつけられても、息を深く吸い込んで吐き出せば、その感覚は和らぎ、肩の筋肉の緊張といった、何か他のものに気づくかもしれない。今度は息をさらに深く吸い込むとどうなるかを探り始めて、胸郭が拡がるのに気づくことができる(13)。いったん気分が落ち着いて好奇心が増したら、先ほどの肩の感覚に戻ることもできる。その肩が何かしら関係するような記憶が自然に浮かんできても、驚いてはならない。
さらに次のステップは、思考と身体的感覚の相互作用の観察だ。特定の思考は、どのように体に認識されるだろうか(「父は私を愛している」といった思考や、「恋人に捨てられた」といった思考は、異なる感覚を生むだろうか)。体が特定の情動や記憶をどのように生み出すのかが自覚できると、かつて生き延びるために遮断していた感覚や衝動を解放する可能性が開かれる(14)。(中略)
心身医療の先駆者の一人であるジョン・カバットジンは、一九七九年にマサチューセッツ大学メディカルセンターで、「マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」のプログラムを創始した。彼の手法は、三〇年以上にわたって綿密に研究されている。彼はマインドフルネスを次のように説明している。「この変化のプロセスは、こんなふうに考えてもいい。マインドフルネスをレンズだと見なし、心の中に散らばっている受け身のエネルギーを集約し、それを生きるためや、問題解決のためや、癒やしのためのエネルギーの一貫した源にするのだ(15)」
マインドフルネスは、うつ病や慢性療病といった、数多くの精神医学的・心身医学的症状や、ストレス関連症状に有効であることが立証されている(16)。また、免疫反応、血圧、コルチゾール値の改善といった、身体的な健康に幅広い効果がある(17)。情動調節に関与する脳領域を活性化し(18)、体の認識と恐れに関連する領域に変化をもたらすことも立証されている(19)。私の研究仲間であるハーヴァード大学のブリッタ・ホルツェルとサラ・ラザーによる研究では、マインドフルネスを練習すると、脳の煙探知機である扁桃体の活性化が抑えられ、トリガーになりそうなものに対して反応しにくくなりさえすることが立証された(20)。

注:i) 引用中の原注「(11)」~「(20)」の紹介は省略します。この本をお読み下さい。 ii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「煙探知機である扁桃体」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「マインドフルネスストレス低減法」についての論文の要旨例はここここ及びここを参照して下さい。

脅威にさらされた自己

ダマンオと共同研究者たちは二〇〇〇年に、世界でも一流の科学専門誌「サイエンス」に論文を発表し、強い否定的情動を追体験すると、筋肉や消化管、皮膚から神経信号を受け取る脳領域、すなわち、基本的な身体的機能を調節するのに不可欠な領域に、重大な変化が起こることを報告した。過去の情動的な出来事を想起すると、その出来事のときに感じた内臓の感覚を現に再経験することを、ダマンオのチームの脳スキャン画像は示していた。情動は種類ごとにそれぞれ異なる特徴的パターンを生み出した。たとえば、脳幹の特定の部位は、「悲しさや怒りを感じているときに活性化するが、幸せや恐れを感じているときには活性化しない(10)」。これらの脳領域はみな、大脳辺縁系の下にある。従来、情動は大脳辺縁系に割り振られてきたが、私たちは、強い情動を体と結びつける、ありふれた言い回しを使うたびに、これらの脳領域が関与していることを認めている。「あなたはむかつく」「そのせいで背筋がぞっとした」「私はすっかり胸が詰まった」「がっかりした(英語では「My heart sank」で、直訳すると「私の心臓が沈んだ」)」「彼のせいで髪の毛が逆立つ」という具合だ。
脳幹と大脳辺縁系の基本的な自己システムは、人が生命を脅かされると著しく活性化し、強烈な生理的覚醒を伴う、圧倒的な恐れや身がすくむような思いを引き起こす。トラウマを追体験している人には、何一つ理解できない。彼らは生きるか死ぬかという状況にはまり込んでいる。それは、身動きをとれなくするような恐れや、見境のない憤激の状態だ。心も体も、まるで危機が差し迫っているかのように、しきりに覚醒させられる。ほんのかすかな音が聞こえてもはっと驚き、些細なことで苛立つ。絶えず眠りを妨げられ、食べ物は官能的な快楽をもたらさなくなることが多い。すると今度は、凍りついたり解離したりして不快な感情を抑えようとする必死の試みが引き起こされかねない(11)。
人は自分の動物脳が生存のための闘いにはまり込んでいるときに、どうやって主導権を取り戻すのか。もし、動物脳の奥深くで起こることが、私たちがどう感じるかを決めており、身体感覚が皮質下(意識下)の脳組織によって調整されているのなら、私たちは実際にはどれほどそれらを制御できるのか。

主体性――自分の人生を支配する

「主体性」とは、自分の人生を自ら取り仕切っているという感じを指す専門用語であり、自分がどこにいるかを知っていること、自分に起こることに対して発言権があるのを知っていること、自分の境遇を形作るそれなりの能力を持っているのを知っていることだ。ボストン退役軍人クリニックの壁を殴りつけた帰還兵たちは、主体性を主張して、何かを引き起こそうとしていたのだ。だが彼らは、自分には何も制御できないとますます感じる羽目になり、かつては自信に満ちあふれていた彼らの多くが、狂乱した活動と身動きがとれない状態の繰り返しにはまり込んでしまった。
主体性は、科学者が「内受容感覚」と呼ぶものから始まる。内受容感覚とは、体に基づく感情である微妙な感覚の自覚だ。その自覚が大きいほど、自分の人生を制御する潜在能力も大きくなる。自分が何を感じているかを知るのが、なぜそう感じるのかを知るための第一歩だ。自分の内外の環境における絶え間ない変化を自覚していれば、その変化を管理する態勢に入れる。だが、それが可能なのは、私たちの監視塔である内側前頭前皮質が、私たちの内部で何が起こっているかを観察することを学んだ場合に限られる。だから、内側前頭前皮質の働きを高めるマインドフルネスの練習は、トラウマからの回復に非常に重要な一要素なのだ(12)。(後略)

注:i) 引用中の原注「(10)」は次の論文です。 「Subcortical and cortical brain activity during the feeling of self-generated emotions.」 一方、引用中の原注「(11)」、「(12)」の紹介は省略します。この本をお読み下さい。 ii) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「大脳辺縁系」については、例えば次の資料を参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 また、PTSD又は複雑性PTSDの視点からは他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。 iv) 引用中の「内側前頭前皮質」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 v) 引用中の「内受容感覚」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 vi) ちなみに、化学物質過敏症に対するマインドフルネス認知療法の効果に関する説明例として、次のマニュアルの「3.4.5. 化学物質過敏症とされた患者さんに対する適切な治療とケア」項における記述の一部(P54)を以下に引用します。 「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」 なお、この引用には「精神心理的な治療を発展させることが回復のために重要」であることの記述が含まれています。

一方、近年デンマークの Hauge らから、マインドフルネス認知療法と呼ばれる、「気づき」や「注意コントロール」に基礎をおいた心理療法による治療(介入研究)が報告されています43,44)。この研究では 69 人の化学物質過敏症患者を 2 群に割付け、介入群には 2 時間半のマインドフルネス認知療法を 8 週間実施し、コントロール群はそれまでの生活を継続したのち 1 年後まで追跡を行いました。この結果、マインドフルネス認知療法による症状への効果や症状による社会的影響に対する有意の効果は得られませんでしたが、患者さんの「認知」や「感情」に対しては前向きな、よい変化が見られました。つまり、マインドフルネス認知療法によって恐怖に対する認知をかえて、病気への対応力を向上させることは可能であると北欧諸国では考えられています。また、日本でも最近、平田と吉田は、化学物質過敏症の発症過程における精神心理要因の関与について面接調査を行い、発症前の心理負荷の関わりを明らかにしています31)。この結果、化学物質過敏症の発症には心理社会ストレスが関わる可能性を示唆し、化学物質過敏症の患者さんと接する上で精神心理的な治療を発展させることが回復のために重要であると説いています31)。

注:(i) 引用中の文献番号「43」、「44)」、「31)」はそれぞれ次の論文又は資料です。 「Mindfulness-based cognitive therapy (MBCT) for multiple chemical sensitivity (MCS): Results from a randomized controlled trial with 1 year follow-up.」(「Introduction」等を含めてはここを参照、加えて他の拙エントリのここも参照すると良いかも)、「Mindfulness-based cognitive therapy for multiple chemical sensitivity: a study protocol for a randomized controlled trial.」、『特発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷』 (ii) 引用中の「マインドフルネス認知療法」については次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネス認知療法」 (iii) ちなみに、 a) 化学物質過敏症を訴える方々において、「ストレスの対象法が下手な方が多い」ことや「一番大事なのはストレス・マネージメント」については共に次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症」の P30 及び P31。加えて、マインドフルネスは最強のコーピング(ストレス対処法)についてはここを参照して下さい。 b) 他の拙エントリのここでもマインドフルネス認知療法(上記文献番号「43」)について紹介されています。 c) 過敏性への対処法としてのマインドフルネスについてはここを参照して下さい。 d) 「In-situ Real-Time Monitoring of Volatile Organic Compound Exposure and Heart Rate Variability for Patients with Multiple Chemical Sensitivity.」(全文はこちら)の「4.4. Case Studies」においても、次に引用するように認知療法としてのマインドフルネスが、探求されている MCS 治療オプションとして紹介されています。 e) 一方、「精神科病院外来におけるマインドフルネス認知療法に基づく集団プログラム」については次の資料を参照して下さい。 「精神科病院外来におけるマインドフルネス認知療法に基づく集団プログラムの実践とその評価

There is no common MCS treatment protocol accepted across medical disciplines. Gibson et al. surveyed perceived treatment efficacy for conventional and alternative therapies reported by a person with MCS. As a result, participants rated chemical avoidance, creating a chemical-free living space, and prayer as the three most useful interventions [25]. On the other hand, cognitive therapy, such as mindfulness, are being explored as treatment option for MCS [26,27].


[拙訳]
医学分野を問わず受け入れられる共通の MCS 治療プロトコルはない。Gibson らは MCS を伴う人により報告された従来及び代替療法の治療有効性を調査した。その結果、報告者は化学物質からの回避、化学物質のない居住空間の創出、及び祈りを 3 つの最も有用な介入として評価した[25]。その一方で、マインドフルネス等の認知療法が MCS 治療オプションとして探求されている[26,27]。

注:i) 引用中の文献番号「25」及び引用中の「従来及び代替療法の治療有効性」については共に他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の文献番号「26」、「27」はそれぞれ次の論文又は資料です。 「Mindfulness-based cognitive therapy (MBCT) for multiple chemical sensitivity (MCS): Results from a randomized controlled trial with 1 year follow-up.*57、「A controlled study of the effect of a mindfulness-based stress reduction technique in women with multiple chemical sensitivity, chronic fatigue syndrome, and fibromyalgia.」(注:この論文要旨の引用はここを参照して下さい。)

さらに、パーソナリティ障害におけるマインドフルネスについて、岡田尊司著の本、『パーソナリティ障害がわかる本 「障害」を「個性」に変えるために』(2014年発行)の 第3編 パーソナリティ障害の治療と克服 の (3)主な治療法 の「④マインドフルネス」における記述(P316~P317)及び愛着障害におけるマインドフルネスについて、岡田尊司著の本、『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(2016年発行)の 第7章 愛着障害の克服 の『ありのままを受け入れる修練――「マインドフルネス」の実践』における記述の一部(P291~P293)をそれぞれ以下に引用します。

④マインドフルネス

パーソナリティ障害の人の認知や行動の偏りは、単に考え方の問題というよりも、長年の体験の中で体深くまでしみついたものです。通常の認知行動療法やカウンセリングでは、その深い部分にまで到達できないのです。頭でわかるだけでは、心や体が言うことを聞かないのです。その限界を突破する方法として、有効性に注目しているのがマインドフルネスです。
マインドフルネスは、sati というサンスクリット語を英語に翻訳した言葉で、「気づき」や「悟り」という意味です。瞑想から発展した手法で、価値判断せずに、ありのままに感じることで、豊かな気づきを得ようとします。人が苦しみ、ネガティブな感情にとらわれてしまうのは、物事をありのままに受け取るのではなく、理想の状態と比べてしまい、今の状態がダメだと思ってしまうからです。パーソナリティ障害の人は、理想の状態へのこだわりが強く、今の状態を否定的にみなしてしまいがちです。
しかし、頭でわかっていてもなかなか変えられません。マインドフルネスでは、ありのままに受け止めることを頭で理解するだけでなく、体や呼吸といった身体感覚を通して身に着けていきます。カウンセリングと組み合わせることで、より深い体験が得られ、ネガティブな体験によって封じ込められていた気持ちや感覚を生き生きと味わうことで、とらわれを脱却していきます。うつや不安、自己否定にとらわれやすい人にもっとも適しますが、共感性の低下したケースや怒りのコントロールが難しいケースにも有効です。

注:引用中の「とらわれ」に関連する森田療法の視点からの「とらわれ」については例えば次のWEBページ又は資料を参照して下さい。 「森田療法とは」、「マインドフルネス、あるがまま、そして森田療法」の【森田の“とらわれとあるがまま” 】項と【高良・新福の“とらわれとあるがまま” 】項、「外来精神療法としての森田療法――その理論と技法――」の「3. とらわれとあるがまま」項

ありのままを受け入れる修練――「マインドフルネス」の実践
愛着が安定した人では、つねに肯定的に物事を受け止めようとする。ありのままを寛容に受け入れ、悪い点よりも良い点に目を向け、その物事が与えられたことを喜ぼうとする。
一方、愛着が傷を受け、不安定な人は、悪いところにばかり目が行きがちで、現状を喜ぶよりも、不満や怒りや攻撃が多くなってしまう。現状がまったく同じであったとしても、そうした受け止め方の違いがあるために、愛着が不安定な人では、自分にも他者にも、この世界にも、人生にも否定的な評価をしてしまうので、どうしても幸福度が下がってしまう。同じような境遇を生きていても、面白くない人生になってしまう。
それは、損なことである。これを変えていくためには、物事をありのままに受け止めることが大事になる。悪いところを非難したり不満に思うよりも、良いところに目を向け、そこに満足や喜びを見出せると、ずっと生きやすくなる。
ありのままに受け止める実践的修練として、今、その効果が注目されているのが「マインドフルネス」や、マインドフルネスを取り入れたカウンセリングである。
マインドフルネスとは、物事を良い、悪いで価値判断するのではなく、ありのままに感じることで、豊かな気づきを得ることである。もともとは、サンスクリット語の「sati(気づき、悟り)」を英語に訳した言葉で、とらわれを脱し、自由な境地を得ることを意味する。
マインドフルネスは、ヨガや瞑想から発展したものだが、キリスト教の文化圏でも受け入れやすいように、宗教色を取り去った純粋な心理的技法として確立されたことで、急速に普及している。科学的にその効果が立証され、医学的な治療にも採り入れられている。うつや不安やイライラ、怒りに非常に効果的であることが裏付けられており、単に認知だけでなく、身体的な反応にも働きかけることで、より深い効果を生んでいる。
愛着が不安定な人では、悪い点に目が向いてしまうことで、不完全な自分や他者を否定的に評価してしまうが、それがうつやイライラの原因にもなる。現状が七十点で、まずまず合格点だったとしても、百点の理想の状態と比べて、まったくダメだと思ってしまう。
マインドフルネスでは、認知療法のように、その受け止め方が「偏っている」といったことは問題にしない。偏った受け止め方を良い受けとめ方に直そうということもしない。なぜなら、そうすることが、また「理想の状態でなければいけない」と考えることにつながるからだ。治そうとしている状態を、また作ってしまうことになるからだ。
マインドフルネスでは、良いとか悪いといった価値判断はせず、ありのままに受け入れてそれを感じることを目指す。良いとか悪いとかいった価値判断から自由になることを目指すのだ。価値判断とは、ある意味で「とらわれ」である。今現在、うつとか不安といった症状があっても、それを「治さねばならない悪いこと」とみなさず、そのまま受け入れようとする。症状を治すことにとらわれないことで、症状から自由になる。こうした発想も、症状を治療目標にしない愛着アプローチと親近性が高いといえる。
ただ、マインドフルネスも、愛着アプローチと同様、ただ頭でわかっても実践できるわけではない。修練を積むことで「身につけて」いく必要がある。実践する中でしか、会得できないのである。しかしいったん身につくと、些細な日常も、味わい深い発見に満ちた新鮮な体験になる。不調なことやうまくいかないことがあっても、それが悪いこととはならず、「これも人生の味わいの一つだ」と、大切に感じられる。何か特別なことをしなくても、ここにあるということ、存在するということ自体を楽しめるようになる。
そうした境地にたどり着くために、どうしたらいいのか。
マインドフルネスでは、生きることの原点である「呼吸」や「体の感覚」に注意を向け、それをありのままに感じることから始める。そこを基本にしながら、不快な体験や不安な感覚もありのままに受け止め、味わうことで、乱されない心と豊かな気づきを手に入れていく。
マインドフルネス体験は、母親の腕に抱かれた子どものように、ありのままに受け止められ、包まれるような体験だともいえる。それが、不安定な愛着を抱えた人にもなじみやすく、また体得すると、自分一人でもできるようになるので、安全基地に恵まれない人にとっても、安心の拠り所を与えてくれる体験となる。

注:i) 引用中の「とらわれ」に関連する森田療法の視点からの「とらわれ」については例えば次のWEBページ又は資料を参照して下さい。 「森田療法とは」、「マインドフルネス、あるがまま、そして森田療法」の【森田の“とらわれとあるがまま” 】項と【高良・新福の“とらわれとあるがまま” 】項、「外来精神療法としての森田療法――その理論と技法――」の「3. とらわれとあるがまま」項 ii) 引用中の「不安定な愛着」に関連する「不安定型愛着」についてはリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「安全基地」に関連する「安心の基地」については、例えばここを参照して下さい。 iv) 引用中の「認知療法」についてはここを参照すると良いかもしれません。

一方、コーピング(ここ参照)の視点からのマインドフルネスについて、伊藤絵美著の本、「折れない心がメモ一枚でできる コーピングのやさしい教科書」(2017年発行)の Lesson 4 あるがままに受け止め、味わい、手放すマインドフルネス の『マインドフルネスは「最強のコーピング」』における記述の一部(P112~P113)を以下に引用します。加えて、日常生活にとり入れるマインドフルネスとして、貝谷久宜監修の本、「非定型うつ病 パニック症・社交不安症」(2014年発行)の 第6章 毎日の過ごし方に回復のポイントがある の「マインドフルネス④ 日常生活にとり入れる」における記述の一部(P156)を以下に引用します。

マインドフルネスとは、「今・ここ」で体験していることに気づき、あるがままに受け止め、味わい、そして手放すための心のエクササイズです。
「サティ」というパーリ語仏教用語を英訳したもので、日本語では「気づきを向ける」という意味でよく使われます。日本では最近注目されるようになりましたが、欧米ではストレスへの対処や、うつ病などの治療にも以前から取り入れられています。
このマインドフルネスを日々の生活に取り入れることができれば、いいことも悪いことも、あるがままに受け止められるようになります。
さまざまな出来事や感情のひとつひとつに振り回されることがなくなり、ストレスフルな環境にも、否定的な気持ちにならずにすむようになります。だからこそわたしは、マインドフルネスを「最強のコーピング」だと考えているのです。

マインドフルネスでは、すべての体験に対して一切の判断や評価をくだしません。
イライラしていたら「ふーん、自分はイライラしているんだ」、怒りの感情には「ふーん、すごく怒っているんだ」、悲しみには「ふーん、悲しいんだ」。
すべてを「ふーん、そうなんだ」と受け止めるだけです。(後略)

注:i) ちなみに、引用中の『マインドフルネスを「最強のコーピング」だと考えている』ことに関連する、「ストレスから心と体を守るマインドフルネス」については、次のWEBページを参照して下さい。 「ストレスから心と体を守るマインドフルネス」 ii) 引用中の「ふーん、そうなんだ」について、伊藤絵美著の本、「つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。」(2017年発行)の Lecture マインドフルネスとは何か の「マインドフルネスの基本原則」における記述の一部(P079)を次に引用(『 』内)します。 『*つまり自分のすべての体験に対して、いっさいのコントロールを手放し、興味関心を持って、「ふーん、そうなんだ」と受け止め、味わっていると、どんな体験もそのうちに消えていきますから(「消す」のではなく「消える」のです)、消えるにまかせてさよならをする、というのがマインドフルネスです。』(注:引用中の「どんな体験もそのうちに消えていきます」に関連する「無常の力」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの理解と実践」の「マインドフルネスと無常の力」項)

マインドフルネス④ 日常生活にとり入れる(中略)

マインドフルネスは、「いま」この瞬間の自分の状態を見つめることです。そのための時間を特別につくらなくても、朝起きる、洗顔する、着がえるといった普段行っている行動、動作のどれひとつにでも、そこに意識を向ければマインドフルネスを実践していることになります。

加えて、下記「ハッと気づくということは、その後は自分が選択できるということです」を始めとした、マインドフルネスの戦略について、熊野宏昭著の本、「実践! マインドフルネス 今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン」(2016年発行)の 第5章 マインドフルネスのルーツを知る の「マインドフルネスの戦略」における記述の一部(P126~P128)を次に引用します。

マインドフルネスの戦略

◎基本は、「自分の体験に気づいて、反応を止めることによって、いつものパターンから抜けること」である。

◎さらに微細に見れば、「今この瞬間の身体感覚・思考・感情などに気づき、それに後続する反応を止め、さらにその体験を見つめ続けることによって、自然とピークアウトするまで待つ」という一連の行動連鎖を含んでいる。

◎それが、過去の学習歴によって形成された反応パターン(症状や問題行動)を消去することを可能にする。

◎そして引き続き、「自分が目指す方向性に沿って次の行動を選択する」という「価値に基づくコミットメント」が促進されることになる。

これまでお話ししてきたように、マインドフルネスの戦略というのは、基本は自分の体験に気づいて反応を止めることです。普通だと、混乱したら逃げ出すわけですよね。怒りや、イライラしてきたら、「もう、この野郎」とやっつけに行くか、あるいは「考えるのも嫌だ」と回避するわけです。そのように我々は、自動的に落ち込んだらこうする、不安になったらこうする、といった、いつも取っている反応があるわけです。例えば、電車に乗ろうとして怖くなったら、とりあえずやめておく、とかですね。
でも、我々はそれに気づいて、「今、イライラしてきたな。いつもなら、ここでガツンといくところだけど、もうちょっと様子を見てみよう」と反応を止めることによって、いつものパターンから抜けることができるわけです。これが一番大事なポイントです。反応を止めて、いつものパターンから抜ければ、そこで自由が手に入るわけです。そこで選択が可能になるんですね。

これは、たまたまですが、実は先日、プラユキ先生が早稲田大学まで来られて、学生にいろいろとお話をしてくださいました。そのときに、「ハッと気づくということは、その後は自分が選択できるということです」とおっしゃいました。気づかなければ自動運転がずっと続いて、いつものパターンが繰り返されるだけですが、気づけばその次の瞬間からは、自分で選ぶことができるのです。
それを微細に見ると、今この瞬間の身体感覚、思考、感情などに気づいて、それに後続する反応を止めて、さらにその体験を見つめ続けることによって自然とピークアウトする(ピークに到達したあと、下がり始める)まで待つ、という流れになります。
ピークアウトしたら、選択をすることができるようになります。そのような一連の行動連鎖を含んでいることで、過去の学習歴によって形成された反応パターンである、症状や問題行動を消去することが可能になるわけです。
自分が目指す方向性にそって次の行動を選択することができると、自分の価値に基づいたコミットメントが促進されることになります。この価値というのは、自分が一番大切にしているものや、自分の生きている意味といったもののことです。(後略)

注:i) 引用中の「プラユキ先生」のツイッターは次を参照して下さい。 「プラユキ・ナラテボー(公式)」 加えて、プラユキ先生が著者の一人である本の引用例は他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。 ii) 引用中の「ハッと気づく」は、「ハッと我に返る」と言い換えることができるかもしれません。 iii) 引用中の「価値」及び「コミットメント」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「アクセプタンス&コミットメント・ セラピー」の「価値に沿った行動」及び「FEARからFEELを経てACTへ」項、「ACTとは何か」の「ACTの治療過程」項 iv) 引用中の「ピークアウト」に関連するかもしれない森田療法における「感情の法則」については、次のWEBページを参照して下さい。 「森田療法を理解するためのキーワード」の「感情の法則とは」項 加えて、「ピークアウト」するまでの時間又は経過の例についてはここ、他の拙エントリのここここ及び次の資料を参照して下さい。 「不安障害に対する認知行動療法 ――エクスポージャー法をどのように導入するか,そのコツを探る――」の特に図1

さらに、過敏性への対処法としての呼吸や身体感覚への注目に焦点をあてたマインドフルネスについて、岡田尊司著の本、「過敏で傷つきやすい人たち HSPの真実と克服への道」(2017年発行)の 第八章 過敏性を克服する の 第二節 振り返りの力を養う の「マインドフルネスはなぜ有効なのか」における記述の一部(P222~P224)を次に引用します。

マインドフルネスはなぜ有効なのか
マインドフルネスは過敏性への対処法としても、とても有効な方法です。不安や苦痛を何とかしようとして戦うのではなく、そのまま受け入れ、流すというのが基本スタンスです。苦痛や不快さ、不安感や怒り、悲しみといったネガティブな感覚や感情は、しばしば空に浮かぶ雲にたとえられます。雲を無理やり取り去ろうとしても、誰にもそんなことはできず、無力感に打ちひしがれ、よけいつらくなるだけです。そんな無駄なことにあくせくする必要はなく、放っておけば雲は勝手に流れていくのです。ただ流れるままにしておけばいいのです。
しかし、実際のところ、過敏になっている状態のときには、気になっていることばかり頭に浮かんでしまうという悪循環に陥りがちです。流そうと思っても、そこにじっと動かずにあって、その人を苦しめ続けていることが頭を離れてくれません。放っておこうとしでも、気が付いたらまた考えてしまい、堂々巡りが続いてしまうこともしばしばです。
この無間地獄のような状態から、どうしたら抜け出せるのでしょうか。そこで役に立つ強い武器が、呼吸と身体感覚への注目なのです。マインドフルネスがとても有効な方法となり得たのも、この武器があったからこそです。(中略)

呼吸に注目しながら瞑想するという作業と、身体感覚を味わうボディ・スキャンという作業を基本的なワークにすることによって、初心者の人でも比較的取り組みやすく、効果も出やすいのです。
ただ過敏な自分を苦しめている苦痛から距離をとり、流れるままにしなさいというだけでは距離をとることも流すことも難しいのですが、不安や苦痛の方に注意がそれたら呼吸や身体感覚に注意を戻しなさいと、向かうべき対象がはっきり示されることで、ぐんと取り組みやすくなるのです。

注:同本のタイトルにおける「HSP」は Highly Sensitive Person(敏感すぎる人)の略語です。

② マインドフルネスの背後にある心理神経的メカニズム
一方、標記の心理神経的メカニズムについて、貝谷久宜、熊野宏昭、越川房子編著の本、「マインドフルネス -基礎と実践-」(2016年発行)中の大平英樹著の文書「内受容感覚とマインドフルネス」における記述の一部(P34~P39)を次に引用します。この引用には「はじめに」「マインドフルネスの効果成分と神経基盤」及び「心頭を滅却すれば火もまた涼し――身体と意識」が含まれます。

はじめに

マインドフルネスとは、「評価を伴わず、今ここでの体験へ注意を向けること」と定義されている(Kabat-Zinn 1990)。瞑想の訓練を通じてこうした態度を涵養することにより、健康の増進やさまざまな疾患の治療に効果があることが実証されている(Khoury et al. 2013)。マインドフルネス瞑想がなぜ効果があるのかについてはいまだ明らかではないが、近年、心理学や認知神経科学の立場からマインドフルネスの効果メカニズムに関する研究が行われるようになってきた。本章では、とくに身体の状態と反応、およびその知覚に焦点を当てて、マインドフルネスの背後にある心理神経的メカニズムについて考えたい。

マインドフルネスの効果成分と神経基盤

マインドフルネスと呼ばれる瞑想には、多くの技法や臨床的介入法が存在する。そして、その背後には複数の心理的過程があると考えられている(Dahl et al. 2015 : Tang et al. 2015)。マインドフルネスの効果メカニズムを考えるには、そうした心理的過程や、それらを実現する神経基盤を分離して検討することが重要である。

(1)注意
マインドフルネスを支える心理的過程としてまずあげられるのは、さまざまな対象への注意(attention)を、選択し、切り替え、維持する能力である(図1)。この能力はさらに、反応すべき刺激を待ち受ける警戒(alerting)機能、多くの刺激から反応すべき刺激を選択する定位(orienting)機能、複数の処理が同時に起こった場合、それを検出して調整する葛藤モニタリング(conflict monitoring)という下位機能から成る(Petersen & Posner 2012)。こうした注意の能力が高まれば、刺激の処理を効率的かつ適切に行うことができるようになり、適応性が高まるであろうことは容易に想像できる。実際、注意の訓練がうつ病などの治療に有効であることは多くの研究で実証されており(たとえば Siegle et al. 2007)、そのために、しばしば注意の能力の亢進こそがマインドフルネスの効果の中核であるとも議論されている(杉浦 2007)。
注意の神経基盤は、機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging; fMRI)などを用いた神経画像法によって、これまでによく研究されている(図2:Tang et al. 2015)。警戒機能は脳内の青斑核(Locus Coeruleus)を中核とするノルアドレナリン神経系により担われており、定位機能は前頭眼野(Frontal Eye Field)を含む前頭領域と頭頂領域から成る注意ネットワークにより実現されている。葛藤モニタリングは、前部帯状回皮質(Anterior Cingulate Cortex)、前部島(Anterior Insula)、線条体(Striatum)を中心とする神経ネットワークにより実行される(Raz & Buhle 2006)。
数ヵ月のマインドフルネス瞑想訓練が注意の機能を向上させることが示されており(MacLean et al. 2010)、特に訓練初期には定位機能と葛藤モニタリングが、訓練が長期になると警戒機能の向上がみられることが示されている(Chiesa & Serretti 2011)。さらに、マインドフルネス瞑想訓練により、上述した前部帯状皮質(Hőlzel et al. 2007:Tang et al. 2009)、前頭前皮質(Prefrontal Cortex)の背外側(dl)(Allen et al. 2012)、頭頂領域(Parietal Lobe)(Goldin et al. 2010)などの注意に関連する脳部位の活動が高まることが報告されている。こうした知見から、注意機能の向上がマインドフルネスの効果を媒介していると考えることは妥当であろう。

(2)感情制御
マインドフルネスの心理的基盤として、次に考えられるのが感情制御(emotion regulation)である(図1)。感情制御とは、自分自身の感情の強さや持続期間を調整し、感情の体験や表出を変容させようとする認知的な努力を意味する(Gross 2014)。感情制御の方略として、感情の原因や状況に対する考え方を変えようとする認知的再評価(cognitive reappraisal : Gross 2001)、自分自身の感情から距離を取って客観視しようとする距離化(distancing : Koenigsberg et al. 2010)、別の認知的活動に従事することで感情を忘れようとする気晴らし(distraction : Smoski et al. 2014)、などがあり、これらの方略の有効性はメタ分析により詳細に検討されている(Webb et al. 2012)。感情制御の機能が高まれば抑うつ、怒り、悲しみなどの不快感情を低減させることができ、ストレスへの耐性が増すことにより、適応性が高まることが考えられる。
感情制御の神経基盤については多くの神経画像研究があり、それらの知見に関するメタ分析も行われている(図2)。どのような方略を用いる場合でも、背外側前頭前皮質、前部帯状回皮質(とくに背側)、前頭眼窩皮質(Orbitofrontal Cortex)などの複数の前頭領域の活動が高まり、前頭領域が抑制性の神経投射を有する扁桃体(Amygdala)、島(Insula)、視床下部(Hypothalamus)などの感情に関連した皮質下領域の活動が低減されることが示されている(Ohira et al. 2006 : Wager et al. 2008 : Ochsner et al. 2012)。
マインドフルネス瞑想により、不快感情による認知的活動への干渉が低下し(Ortner et al. 2007)、不快映像刺激への交感神経系反応が低減し反応の回復が促進され(Goleman et al. 1976)、感情制御が容易になる(Robins et al. 2012)ことが報告されている。これらの知見と対応して、マインドフルネス瞑想の訓練により、前頭前皮質の背外側(dl)や背内側(dm)の活動性が高まり、それと相まって扁桃体の活動は低下すること(Allen et al. 2012 : Goldin et al. 2010 : Lutz et al. 2014)が示されている。こうした知見は、感情制御もマインドフルネス効果の重要な媒介要因であることを示唆している。

心頭を滅却すれば火もまた涼し――身体と意識

注意や感情制御の能力は、脳の前頭領域が担う認知的コントロールの機能を基盤にしている。そうだとすれば、これまで検討してきた研究知見は、マィンドフルネス瞑想の訓練とは要するに、認知的コントロール機能を高める訓練である、ということを示唆している。
しかしながら、マインドフルネス瞑想の訓練では呼吸を数えて注意を集中したり、ボディスキャンの技法により身体の各部に意識を向けるなど、身体の状態や反応を媒介として用いるものが少なくない。マインドフルネスが純粋に認知的過程であるならば、その訓練において外的対象を媒介としても同様な効果が生じるはずである(実際に、認知訓練にはそうした技法も存在する : Siegle et al. 2007)。マインドフルネス瞑想において、あえて身体が重視されるのには積極的な理由はあるのだろうか?
この問題を考えるうえで、マインドフルネス瞑想の訓練による痛み知覚の変容に関する2つの研究が示唆的である。Zeidan et al.(2011)の研究では、訓練後には、痛み刺激に対する主観的な痛みの強さの評定と、その痛み刺激の不快さの評定がいずれも低下したことが報告されている。一方、Gard et al.(2011)の研究では、訓練後に、痛み刺激の評定自体は変わらないが、その痛み刺激の不快さや、痛み刺激への予期不安は顕著に低下したことが報告されている。さらに興味深いことに、瞑想訓練に伴う脳機能の変容は、2つの研究の間でまったく異なっていた。Zeidan et al.(2011)の研究では、瞑想訓練の後では痛み刺激を受けた際に、前頭前皮質の活動が克進するとともに、痛み知覚の中枢である島の活動は顕著に低下していた。これはまさに、認知的コントロールの機能により痛みの不快さを低減する機能を反映していると考えられる。ところが、Gard et al.(2011)の研究では、瞑想訓練の後では痛み刺激に対する島の反応はむしろ高まっていた。その一方で前頭前皮質の活動は低下していた。
この矛盾を説明するのは瞑想訓練の期間であった。Zeidan et al.(2011)の研究の瞑想群の参加者は数十時間程度の訓練経験であったのに対して、Gard et al.(2011)の研究の参加者は数ヵ月~数年の訓練経験があった。つまり、マインドフルネス訓練の初期には前頭前皮質を用いた意図的な感情制御が行われていることが示唆される。Zeidan et al.(2011)の研究で、痛み刺激の強さの評定も不快さの評定も一様に低下していたことは、認知的過程に主導された一種のプラセボ効果にも似た現象であった可能性が考えられる。そして、マインドフルネス瞑想に熟達するにつれて、痛みなどの身体感覚の知覚自体はむしろ鋭敏化していくが、前頭前皮質によりそれを意図的に制御しようとする態度はなくなっていくのだと推測される。これが、痛みの知覚は変わらないが、その不快さや予期不安は低減されるという効果をもたらすらしい。マインドフルネスは、その訓練の過程では認知による注意や感情の制御が必要であるように思われる。しかし、熟達段階に達すると、マインドフルネスは単なる認知的過程ではなくなる。身体の感覚は、痛みのような不快な刺激に対してでさえも、むしろ鋭敏になる。しかし、それにもかかわらず、その快不快の評価は抑制される。これはまさに、禅で言う「心頭を滅却すれば火もまた涼し」の境地であり、「評価を伴わず、今ここでの体験へ注意を向けること」というマインドフルネスの定義に即した状態であると考えられる。

注:i) 引用中の「Kabat-Zinn 1990」は次に示す本です。 「Kabat-Zinn, J. (1990), Full Catastrophe Living: Using the Wisdom of Your Body and Mind to Face Stress, Pain, and Illness, Delta (春木豊訳(2007)『マインドフルネスストレス低減法』北大路書房)」 ii) 引用中の「Khoury et al. 2013」は次に示す論文です。 「Mindfulness-based therapy: a comprehensive meta-analysis.」 iii) 引用中の「Dahl et al. 2015」は次に示す論文です。 「Reconstructing and deconstructing the self: cognitive mechanisms in meditation practice.」 iv) 引用中の「Tang et al. 2015」は次に示す論文です。 「The neuroscience of mindfulness meditation.」 v) 引用中の「Siegle et al. 2007」は次に示す資料です。 「Siegle, G. J., Ghinassi, F. & Thase, M. E. (2007), Neurobehavioral Therapies in the 21st Century: Summary of an Emerging Field and an Extended Example of Cognitive Control Training for Depression, Cognitive Therapy and Research, 31, 235-262」 vi) 引用中の「杉浦 2007)」は次に示す資料です。 【杉浦義典(2007)「治療過程におけるメタ認知の役割-距離をおいた態度と注意機能の役割」『心理学評論』50, 328-340】 vii) 引用中の「Raz & Buhle 2006」は次に示す論文です。 「Typologies of attentional networks.」 viii) 引用中の「MacLean et al. 2010」は次に示す論文です。「Intensive meditation training improves perceptual discrimination and sustained attention.」 ix) 引用中の「Chiesa & Serretti 2011」は次に示す論文です。 「Mindfulness-based stress reduction for stress management in healthy people: a review and meta-analysis」 x) 引用中の「Hőlzel et al. 2007」は次に示す論文です。 「Differential engagement of anterior cingulate and adjacent medial frontal cortex in adept meditators and non-meditators.」 xi) 引用中の「Tang et al. 2009」は次に示す論文です。 「Central and autonomic nervous system interaction is altered by short-term meditation.」 xii) 引用中の「Allen et al. 2012」は次に示す論文です。 「Cognitive-affective neural plasticity following active-controlled mindfulness intervention.」 xiii) 引用中の「Goldin et al. 2010」は次に示す論文です。 「Effects of mindfulness-based stress reduction (MBSR) on emotion regulation in social anxiety disorder.」 xiv) 引用中の「図1」の引用は省略します。一方、引用中の「図2」の引用は省略しますが、図2における記述(同本の P36)は次に示します(『 』内)。 『注意には、前頭前皮質の各部、前部帯状回皮質、線条体が関与する。感情制御には、背外側前頭前皮質、前頭眼窩皮質、前部帯状回皮質が関与する。自己意識には、島(前部)、前部帯状回皮質が関与する。なお、本文で記述した身体保持感には前部島と前部帯状回皮質が関与するが、自伝的記憶や自己概念については、内側前頭前皮質が関与する Tang et al. (2015) をもとに作成』 xv) 引用中の「Gross 2014」は次に示すハンドブックです。 「Gross, J., ed.(2014), Handbook of Emotion Regulation, Guilford」 xvi) 引用中の「Gross 2001」は次に示す資料です。 「Emotion Regulation in Adulthood: Timing Is Everything」 xvii) 引用中の「Koenigsberg et al. 2010」は次に示す論文です。 「Neural correlates of using distancing to regulate emotional responses to social situations.」 xviii) 引用中の「Smoski et al. 2014」は次に示す論文です。 「Relative effectiveness of reappraisal and distraction in regulating emotion in late-life depression.」 xix) 引用中の「Webb et al. 2012」は次に示す論文です。 「Dealing with feeling: a meta-analysis of the effectiveness of strategies derived from the process model of emotion regulation.」 xx) 引用中の「Ohira et al. 2006」は次に示す論文です。 「Association of neural and physiological responses during voluntary emotion suppression.」 xxi) 引用中の「Wager et al. 2008」は次に示す論文です。 「Prefrontal-subcortical pathways mediating successful emotion regulation.」 xxii) 引用中の「Ochsner et al. 2012」は次に示す論文です。 「Functional imaging studies of emotion regulation: a synthetic review and evolving model of the cognitive control of emotion.」 xxiii) 引用中の「Ortner et al. 2007」は次に示す資料です。 「Mindfulness meditation and reduced emotional interferance on a cognitive task.」 xxiv) 引用中の「Goleman et al. 1976」は次に示す資料です。 「Goleman, D. J. & Schwartz, G. E.(1976), Meditation as an intervention in stress reactivity, Journal of Consulting and Crinical Psychology, 44, 456-466」 xxv) 引用中の「Robins et al. 2012」は次に示す論文です。 「Effects of mindfulness-based stress reduction on emotional experience and expression: a randomized controlled trial.」 xxvi) 引用中の「Lutz et al. 2014」は次に示す論文です。 「Mindfulness and emotion regulation--an fMRI study.」 xxvii) 引用中の「Zeidan et al.(2011)」は次に示す論文です。 「Brain mechanisms supporting the modulation of pain by mindfulness meditation.」 xxviii) 引用中の「Gard et al.(2011)」は次に示す論文です。 「Pain attenuation through mindfulness is associated with decreased cognitive control and increased sensory processing in the brain.」 xxxix) 引用中の「Botvinick & Cohen 1998」は次に示す論文です。 「Rubber hands 'feel' touch that eyes see.」 xxx) 引用中の「機能的磁気共鳴画像法」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 xxxi) 引用中の「青斑核」については次のWEBページを参照して下さい。 「青斑核 - 脳科学辞典」、「パニック症 - 脳科学辞典」の「扁桃体によるストレス反応の制御」及び「“Stress-induced fear circuit”とPD」項 xxxii) 引用中の「前部帯状回皮質」に関連する「前帯状皮質」については次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 xxxiii) 引用中の「前部島」に関連する「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 xxxiv) 引用中の「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 xxxv) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 xxxvi) 引用中の「感情制御(emotion regulation)」中の用語「感情制御」は、拙ブログにおいては、基本的に「情動調節」を使用しています。ただし、引用中では「情動調整」を使用することもあります。 xxxvii) 引用中の「認知的再評価」に関連する、(認知療法における)「認知再構成法」については次の資料を参照して下さい。 「認知再構成法」 xxxviii) 引用中の「前頭眼窩皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 xxxix) 引用中の「扁桃体」については、例えばトラウマの視点から、他の拙エントリのここここを参照して下さい。 xxxx) 引用中の「視床下部」については、次のWEBページを参照して下さい。「視床下部 - 脳科学辞典」 xxxxi) 引用中の「交感神経系反応」に関連する「ストレス応答のSAM系」についてはここを参照して下さい。 xxxxii) 引用中の「予期不安」については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 xxxxiii) 引用中の「快不快」については、次のWEBページを参照して下さい。 「快・不快 - 脳科学辞典

③ 心身医学とマインドフルネスの関係について
一方、標記の心身医学とマインドフルネスの関係については、貝谷久宜、熊野宏昭、越川房子編著の本、「マインドフルネス -基礎と実践-」(2016年発行)中の榧野真美著の文書「心身医学とマインドフルネス」の マインドフルネスは身体疾患にどのように効果を及ぼしているのか? の「(4)生理学的な機序」(P216)の記述、及び「おわりに」における記述の一部(P217)を次に引用します。

(4)生理学的な機序
ストレス刺激により、交感神経優位の防御反応が生じるが、その際、心拍数上昇、血圧上昇、消化器の運動や血流の低下、血糖上昇などが引き起こされる。また、視床下部-下垂体-副腎系の活動が亢進し、コルチゾールの分泌がなされ、これが免疫力の低下や血糖上昇などを引き起こす。マインドフルネスの実践により、ノルエピネフリンや交感神経活動が抑制されること、コルチゾール値が低下することが報告されており、さまざまなストレス反応が、患者のコントロール下に入りやすくなる可能性が指摘されている(Carlson 2012 : Curiati et al. 2005 : Sullivan et al. 2009 : Lengacher et al. 2009)。さらに、近年では、さまざまな脳機能画像研究により、マインドフルネスによる前部帯状回皮質、前頭前野、側頭頭頂接合部などの変化が報告されている(大谷 2014)。これらは、注意、情動調整、身体感覚、自己体験などと関連する領域であり、マインドフルネスの効果が、科学的に証明されつつある。

おわりに(中略)

マインドフルネスが身体疾患そのものの改善をもたらすか否かについては、一貫した結果が得られていない。しかし、マインドフルネスの実践により、個々の身体症状および心理的な苦痛を適切に対処できるようになる、すなわち、コーピングのスキルが向上し、全体的な幸福やQOLがもたらされたという報告は多い。とくに、心身医学の場では、心理社会的要因が身体疾患の経過を大きく左右し得る。さまざまなストレス要因やそれに対する認知や感情をマネジメントする力を向上させ、よりよい治療のゴールに向かうための一助として、マインドフルネスが今後も幅広く活用されていくことを期待したい。

注:i) 引用中の「Carlson 2012 : Curiati et al. 2005 : Sullivan et al. 2009 : Lengacher et al. 2009」はそれぞれ次の論文です。 「Mindfulness-based interventions for physical conditions: a narrative review evaluating levels of evidence.」、「The Support, Education, and Research in Chronic Heart Failure Study (SEARCH): a mindfulness-based psychoeducational intervention improves depression and clinical symptoms in patients with chronic heart failure.」、「Randomized controlled trial of mindfulness-based stress reduction (MBSR) for survivors of breast cancer.」 ii) 視床下部-下垂体-副腎系(HPA)系の反応を含む引用中の「ストレス」については、次のWEBページを参照して下さい。 「https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9:title=ストレス - 脳科学辞典]」(HPA系の反応については、このページの「視床下部-下垂体-副腎系」項を参照) 一方、引用中の「交感神経優位」に関連するストレス応答のSAM系については、ここを参照して下さい。 iii) 引用中の「前部帯状回皮質」に関連する「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭前野 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「側頭頭頂接合部」については、次のWEBページを参照すれば良いかもしれません。 「マインドフルネスで脳が変化する?実証データによる科学的論拠とは」 v) 引用中の「コーピング」についてはここを参照して下さい。 vi) 引用は省略しますが、上記「マインドフルネスは身体疾患にどのように効果を及ぼしているのか?」には、「(4)生理学的な機序」以外にも、「(1)認知面の変化」、「(2)情動面の変化」及び「(3)行動面の変化」も含まれています。 vii) 引用中の「コーピング」についてはここを参照して下さい。 vii) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、引用中の「情動調整」に関連する「情動調節」については、他の拙エントリのちなみに、化学物質不耐症(Chemical intolerance)における情動調節については、他の拙エントリのここ[化学物質不耐症(Chemical intolerance)関連]及びここを参照して下さい。

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(b)エモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)及び思考場療法(TFT)
最初に、エモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)について紹介し、次に思考場療法(TFT)について紹介します。ちなみに、EFTはTFTに基づいて開発されました。次のWEBページを参照して下さい。 『EFTに関する「よくある質問」のご紹介』の「EFTはどこから生まれたのでしょうか?」項 ちなみに、EFTとTFTとの違いについては、同WEBページの「TFT(思考場療法)とは違うのですか?」項を参照して下さい。一方で拙訳はありませんが、2018年時点における標記EFT及びTFT等の「エネルギー心理学」(Energy Psychology:ここ参照)についての次の論文があります。 「Energy psychology: Efficacy, speed, mechanisms.」 なお、 a) 臨床的なEFTを用いたPTSDの治療に対するガイドラインの英語の論文(全文)は次を参照して下さい。 「Guidelines for the Treatment of PTSD Using Clinical EFT (Emotional Freedom Techniques)」 b) 加えて、標記EFTにおける研究参考文献が次のWEBページでリストアップされています。 「EFT Tapping Research

[A] エモーショナル・フリーダム・テクニック
標記エモーショナル・フリーダム・テクニック(Emotional Freedom Technique:EFT)について、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の「第16章 自分の体の中に棲むことを学ぶ――ヨーガ」における記述の一部(P436~P437)を次に引用します。

(前略)セラピーの最初のころのセッションでは、アニーは自分が感じていることや考えていることを少しでも話そうとすると、すぐに機能停止に陥って凍りついてしまうので、私たちは彼女の内部の生理的な混乱を鎮めることに的を絞った。長年の間に私が学んだ、あらゆる技法を使った。たとえば、吐く息に意識を集中する呼吸法で、これは人をリラックスさせる副交感神経系を活性化してくれる。体のさまざまな場所にある指圧のツボを自分の指で順にタッビングすることも教えた。これは、よく「エモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)」という呼び名で教えられている手法で、患者が耐性領域の内側にとどまる助けになることが証明されており、PTSDの症状に有効なことも多い(1)。

注:i) 引用中の「エモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)」については、例えば次の日本語WEBページを参照して下さい。 「EFT - Japan」 加えて、EFTの公式マニュアルは次のようです。 『ゲアリー・グレイグ著、ブレンダ監訳、山崎直仁訳の本、「1分間ですべての悩みを解放する! 公式EFTマニュアル」(2011年発行)』 また、EFTを行う際の注意事項について、同マニュアルの イントロダクション――ヒーリングにおける可能性の宮殿へようこそ の「●――安全なアプローチ」における記述の一部(P12~P13)を以下に引用します。ちなみに、引用中の原注「(1)」中に、EFTに関連する次の論文が記載されています。 「Psychological trauma symptom improvement in veterans using emotional freedom techniques: a randomized controlled trial.」、「The effect of emotional freedom techniques on stress biochemistry: a randomized controlled trial.」 加えて、エビデンスの視点から、EFTに関連するメタアナリシスの論文要旨 ①「Emotional Freedom Techniques for Anxiety: A Systematic Review With Meta-analysis.」及び ②「The Effectiveness of Emotional Freedom Techniques in the Treatment of Posttraumatic Stress Disorder: A Meta-Analysis.」をそれぞれ以下に引用します。

(前略)第一に、適切なトレーニングや資格を持たない状態で、深刻な心理的問題を抱えた人々にEFTを行うことは避けてください。ある人々は非常に強いトラウマや虐待を経験しており、それらは多重人格、パラノイア(偏執症、被害妄想)、統合失調症やその他の精神障害といった深刻な心理的問題を引き起こしています。EFTはそのような深刻なケースでも効果を発揮してきましたが、十分な経験と資格を持った専門家でない限り、そのような人々に対してEFTを行うべきではありません。
このルールを理解していただく理由は、強い感情を伴った過去の出来事を思い出すことで、クライアントによっては何らかの拒否反応を示す場合があるからです。そして、アブリアクション(無意識的に抑圧されている記憶や感情の意識化や再現がなされる現象)によってコントロールを失ったクライアントが自分や他の人を傷つけようとした場合、鎮静剤や入院といった措置が必要になる可能性もあります。EFTにどれほどの情熱を持っているかに関わらず、これが専門家の領域であることは明らかであり、経験がない状態でこのような領域に踏み込むのは適切ではありません。

第二に、EFTを行う過程で辛い記憶を思い出したとき、しばしば通常の反応として涙が流れたり、他のなんらかの感情的反応が現れることがあります。また、身体の痛みが一時的に「よりひどくなる」ことも稀ではありません。深い経験と熟練を重ねた専門家であればその反応を正常なものとみなし、問題の解決をより促進するため、EFTに関する自らの幅広い知識を活用していくでしょう。
しかし、こういった反応が繰り返されるようであれば、常識を持った判断を下さなければなりません。EFTer(EFTを行う人)として自分自身や他の人にEFTを行う場合、その内容が手に負えないと感じるのであれば、医師や資格を持ったメンタルヘルスの専門家の助けを求めてください。(後略)

①「Emotional Freedom Techniques for Anxiety: A Systematic Review With Meta-analysis.[拙訳]不安に対するエモーショナル・フリーダム・テクニック:メタアナリシスを伴うシステマティックレビュー」

Emotional Freedom Technique (EFT) combines elements of exposure and cognitive therapies with acupressure for the treatment of psychological distress. Randomized controlled trials retrieved by literature search were assessed for quality using the criteria developed by the American Psychological Association's Division 12 Task Force on Empirically Validated Treatments. As of December 2015, 14 studies (n = 658) met inclusion criteria. Results were analyzed using an inverse variance weighted meta-analysis. The pre-post effect size for the EFT treatment group was 1.23 (95% confidence interval, 0.82-1.64; p < 0.001), whereas the effect size for combined controls was 0.41 (95% confidence interval, 0.17-0.67; p = 0.001). Emotional freedom technique treatment demonstrated a significant decrease in anxiety scores, even when accounting for the effect size of control treatment. However, there were too few data available comparing EFT to standard-of-care treatments such as cognitive behavioral therapy, and further research is needed to establish the relative efficacy of EFT to established protocols.


[拙訳]
エモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)では、心理的苦痛の治療のための指圧を伴う暴露と認知療法の要素とを組み合わせる。文献調査によって検索されたランダム化比較試験は、実証的に検証された治療に関する米国心理学会の第12部会のタスクフォースによって開発された基準を用いて、品質が評価された。 2015年12月現在、14の研究(n = 658)が包含基準を満足した。結果は、逆分散メタアナリシスを用いて分析した。 EFT 治療グループの pre-post 効果量は 1.23(95%信頼区間、0.82-1.64; p < 0.001)であったのに対し、併用対照の効果量は 0.41(95%信頼区間、0.17-0.67; p = 0.001)であった。EFT の治療は、対照治療の効果量を考慮した時でも、不安スコアにおいて有意な減少を証明した。しかしながら、EFT認知行動療法等の標準治療法との比較に利用できるデータは少なすぎ、それで確立されたプロトコルに対する EFT の相対的有効性を確立するためのさらなる研究が必要である。

②「The Effectiveness of Emotional Freedom Techniques in the Treatment of Posttraumatic Stress Disorder: A Meta-Analysis.[拙訳]心的外傷後ストレス障害におけるエモーショナル・フリーダム・テクニックの有効性:メタアナリシス」

BACKGROUND:
Over the past two decades, growing numbers of clinicians have been utilizing emotional freedom techniques (EFT) in the treatment of posttraumatic stress disorder (PTSD), anxiety, and depression. Randomized controlled trials (RCTs) have shown encouraging outcomes for all three conditions.

OBJECTIVE:
To assess the efficacy of EFT in treating PTSD by conducting a meta-analysis of existing RCTs.

METHODS:
A systematic review of databases was undertaken to identify RCTs investigating EFT in the treatment of PTSD. The RCTs were evaluated for quality using evidence-based standards published by the American Psychological Association Division 12 Task Force on Empirically Validated Therapies. Those meeting the criteria were assessed using a meta-analysis that synthesized the data to determine effect sizes. While uncontrolled outcome studies were excluded, they were examined for clinical implications of treatment that can extend knowledge of this condition.

RESULTS:
Seven randomized controlled trials were found to meet the criteria and were included in the meta-analysis. A large treatment effect was found, with a weighted Cohen׳s d = 2.96 (95% CI: 1.96-3.97, P < .001) for the studies that compared EFT to usual care or a waitlist. No treatment effect differences were found in studies comparing EFT to other evidence-based therapies such as eye movement desensitization and reprocessing (EMDR; 1 study) and cognitive behavior therapy (CBT; 1 study).

CONCLUSIONS:
The analysis of existing studies showed that a series of 4-10 EFT sessions is an efficacious treatment for PTSD with a variety of populations. The studies examined reported no adverse effects from EFT interventions and showed that it can be used both on a self-help basis and as a primary evidence-based treatment for PTSD.


[拙訳]
背景:
過去20年間で、数が増えている臨床医は外傷後ストレス障害PTSD)、不安、うつ病の治療において、エモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)を利用している。ランダム化比較試験(RCT)は、3つの条件全てに勇気づけられるアウトカムを示している。

目的:
既存の複数の RCT のメタアナリシスを実施することにより、PTSD 治療における EFT の有効性を評価する。

方法:
PTSD の治療における EFT を調査する RCT を同定するための、データベースのシステマティックレビューが実施された。 複数の RCT は、経験的に認証された治療法に関する米国心理学会の第12部会のタスクフォースによって発表されたエビデンスに基づく基準を用いて、品質が評価された。効果量(effect sizes)を決定するためにデータを総合したメタアナリシスを使って、基準を満足するそれらは評価された。対照群を有しないアウトカムの研究は除外されたものの、この状態の知識を広げることができる治療の臨床的意義についてそれらは試験された。

結果:
7つのランダム化比較試験が基準を満たすことが見出され、メタアナリシスに含まれた。大きな治療効果が見られ、EFTを通常のケアまたは待機リストと比較した研究では、Cohen の d = 2.96(95%信頼区間:1.96-3.97、P <.001)の重み付けが認められた。眼球運動の脱感作および再処理(EMDR; 1試験)及び認知行動療法(CBT; 1試験)のような他のエビデンスに基づく治療と EFT を比較した研究では治療効果の差は見られなかった。

結論:
一連の 4-10回の EFT セッションが、様々な集団を有する PTSD のための有効な治療であることを既存の複数の研究の分析は示した。調査された試験では、EFT 介入による悪影響は報告されておらず、セルフヘルプベースと PTSD の主要な(primary)根拠に基づく治療としての両方で使用できることが示された。

注:i) ちなみに、他の医学分野においてですが、引用中の「システマティックレビュー」、「メタアナリシス」の説明に関しては、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

[B] 思考場療法
最初に標記思考場療法(TFT:Thought Field Therapy)については、次のWEBサイトを参照して下さい*58。さらに、WEBサイト「日本TFT協会」(このWEBサイト中のWEBページ「ストレスケアの手順」はここを参照)、「TFTセンター・ジャパン」もあります。次に、野呂浩史企画・編集の本、「トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法」(2016年発行)中の森川綾女著の文書「思考場療法」の「Ⅰ.総説」における記述(P307~P308)を次に引用します。

Ⅰ.総説
TFTは,Thought Field Therapy の略で,日本では「思考場療法」と称されることもある。
トラウマが想起されている間,人はその思考場に焦点を当てている状態となり,恐怖や悲しみ,怒りなどのマイナス感情や身体感覚で表出する症状に対して鍼のツボを一連の順序で軽くタッビングすることで軽減していくテクニックである。
1979年に米国の臨床心理士 Callahan が,従来の心理療法では大きな改善がなかった深刻な水恐怖症の女性に対して,目の下(経絡のツボの1つ)を指でタッピングしたところ,瞬時に恐怖が消失したことから発展が始まった1)。その後,Callahan の 20 年以上にわたる研究の間に,不安やトラウマ,身体的疼痛,うつ,強迫,パニックなどの様々な心理的問題や身体症状に対して応用が広がった13)。TFTの発展後,米国ではエネルギー心理学という新しい分野が誕生し,その臨床効果についてすでに 51 以上のピアレビュー論文が発表され6),現在では米国エビデンス登録機関(NREPP),米国心理学会にエビデンスのある治療法として認められている。
TFTは非常に短時間で行えること,手順がシンプルなこと,副作用がほぼないこと,患者がセルフケアで使えること,どのような症状にも適用できること,他の手法と組み合わせて適用できることから幅広い分野の臨床家に使われるようになった。
エネルキー心理学では,心理的な問題は,心と体のシステム内の生体エネルギーパターンの混乱(TFTでは,「パー夕べーション(心的動揺)」と呼ぶ)を反映していると考えている。過去のトラウマを想起することは,その記憶のある特定の思考場に焦点を当てること(すなわちチューニングすること)であり,そこにあるエネルギー場の混乱の源であるパー夕べーションが活性化されて動揺や身体化症状が起きる。経絡上にあるツボを一連の順序でタッビングすることで経絡を伝ってエネルギーが注ぎ込まれ,パー夕べーションの状態が解消される。その後,同じトラウマの記憶を思い出しても動揺が起きなくなり,記憶や認知に直接作用することなく脱感作が起きる。
TFTに関する研究は,ルワンダ大虐殺による子どもや大人のPTSD症状に関して3研究が発表されている。不安,抑うつ,怒り,回避,解離,侵入感,悪夢,集中力散漫,攻撃性,夜尿,引きこもりなどのPTSD症状に顕著な効果が認められ,フォローアップでも,その効果と持続性が示された3),15)。さらに,コミュニティリーダーたちがTFTで近隣の人たちの不安,抑うつ,怒り,いらいら,侵入的想起などの症状を改善させ,コミュニティでお互いを援助し合えるツールとしての有効性も報告されている2)。(後略)

注:i) 引用中の文献番号「1)」は次の本です。 「Callahan RJ : Tappping the Healer Within : Using Thought Field Therapy to Instantly Conquer Your Fears, Anxieties, and Emotional Distress. Contemporary Books, Chicago, 2001.(穂積由利子訳:TFT思考場療法入門.春秋社,東京,2001.) ii) 引用中の文献番号「6)」、「2)」は次の資料です。 「ACUPOINT STIMULATION IN TREATING PSYCHOLOGICAL DISORDERS:EVIDENCE OF EFFICACY」、「 Utilizing Community Resources to Treat PTSD: A Randomized Controlled Study Using Thought Field Therapy」 iii) 引用中の文献番号「3)」、「15)」はそれぞれ次の論文です。 「Brief trauma intervention with Rwandan genocide-survivors using thought field therapy.」、「Treatment of PTSD in Rwandan child genocide survivors using thought field therapy.」 iv) 引用中の「米国エビデンス登録機関(NREPP)」に登録されているTFTのWEBページを次に紹介します。ただし、このWEBページの引用はありません。 「Thought Field Therapy for the Treatment of Post-Traumatic Stress Symptoms」 v) 引用中の「TFT」とマインドフルネス(ここ)の関連について、杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)中の森川綾女著の文書「つぼトントン――TFT(思考場療法)による治療」の「事例」における記述の一部(P69)を次に引用(『 』内)します。 『TFTは、評価をしない。まさにマインドフルネスや自己受容である。不遇な環境で育ってきたとしても、親が悪いとか自分が情けないとかでなく、生き方にはもっと多くの選択肢があることに気づいていくことである。このように、ネガティブな感情を減らしていくと、自己理解が進み、よくなる方向へ向いていくエネルギーが増えて、レジリエンスが高まる。』 vi) 引用中の「エネルギー心理学」に対する批判的な資料については例えばここを参照して下さい。

加えて、思考場療法の視点からの「心理的逆転」の簡単な紹介について、杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)中の森川綾女著の文書「つぼトントン――TFT(思考場療法)による治療」の「エネルギーの方向性と補瀉」における記述の一部(P63~P64)を次に引用します。

TFTでは、施療を行う準備として、まずエネルギーの方向性を重視する。私たちの体は常に健康に向かいたい、回復したい、治癒に向かいたいという自然の方向性がある。それは、自己治癒の機能としても理解できるだろう。怪我でも機能不全でも体は治ろうと自己治癒の方向に向かう。これがその方向へ向いていないとき、向かおうとしてもどこかでブロックされてしまうとき、方向性を見失っているときなどの状況のことを、TFTでは心理的逆転(PR:Psychological Reversal)と呼ぶ。
発達の問題を抱える人にはこの心理的逆転が多い。多動が方向性を定まらないようにするのか、自閉傾向が同じところをグルグル回らせ、行くべき方向を見つけられないようにしているのか、さらにはトラウマや愛着などの感情的なエネルギーの混乱が方向性を見失わせるのか。自分の中の相反する気持ち(葛藤)や治療抵抗も含まれるだろう。解離がある場合は、別の自我状態の部分が横からブレーキをかけてくることもある。
心理的逆転の代表的な介入方法は、手のひら横のPRポイントを一五回ほどタッピングすることである。これは、TFTだけでなく、いつでも、どんな治療法の中でも使える。(後略)

注:i) 引用中の「PRポイント」については次のWEBページ又は資料を参照して下さい。 「ストレスケアの手順 - 日本TFT協会」、「つぼトントンで元気になってね」 ii) ホログラフィートークをはじめとした視点からの引用中の「心理的逆転」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

さらに、広場恐怖症(例えば参照)に対して標記思考場療法と認知行動療法と待機リストとを比較した論文「Thought Field Therapy Compared to Cognitive Behavioral Therapy and Wait-List for Agoraphobia: A Randomized, Controlled Study with a 12-Month Follow-up.[拙訳]広場恐怖症に対する思考場療法の認知行動療法と待機リストとの比較:12ヵ月のフォローアップを伴うランダム化比較試験」(全文はここを参照)の要旨の一部を形式を変更して次に引用します。

Background: Thought field therapy (TFT) is used for many psychiatric conditions, but its efficacy has not been sufficiently documented. Hence, there is a need for studies comparing TFT to well-established treatments. This study compares the efficacy of TFT and cognitive behavioral therapy (CBT) for patients with agoraphobia.

Methods: Seventy-two patients were randomized to CBT (N = 24), TFT (N = 24) or a wait-list condition (WLC) (N = 24) after a diagnostic procedure including the MINI PLUS that was performed before treatment or WLC. Following a 3 months waiting period, the WL patients were randomized to CBT (n = 12) or TFT (n = 12), and all patients were reassessed after treatment or waiting period and at 12 months follow-up. At first we compared the three groups CBT, TFT, and WL. After the post WL randomization, we compared CBT (N = 12 + 24 = 36) to TFT (N = 12 + 24 = 36), applying the pre-treatment scores as baseline for all patients. The primary outcome measure was a symptom score from the Anxiety Disorders Interview Scale that was performed by an interviewer blinded to the treatment condition. For statistical comparisons, we used the independent sample's t-test, the Fisher's exact test and the ANOVA and ANCOVA tests.

Results: Both CBT and TFT showed better results than the WLC (p < 0.001) at post-treatment. Post-treatment and at the 12-month follow-up, there were not significant differences between CBT and TFT (p = 0.33 and p = 0.90, respectively).

Conclusion: This paper reports the first study comparing TFT to CBT for any disorder. The study indicated that TFT may be an efficient treatment for patients with agoraphobia.(後略)


[拙訳]
背景:思考場療法(TFT)は、多くの精神疾患に使用されているが、その有効性は十分に実証されていない。従って、TFT を十分に確立された治療法と比較する研究の必要がある。本研究では、広場恐怖症を伴う患者に対する TFT認知行動療法(CBT)の有効性を比較する。

方法:治療又は待機リスト(WL)状態以前に実施された MINI(精神疾患簡易構造化面接法)PLUS を含む診断過程の後、72人の患者を CBT(N = 24)、TFT(N = 24)又は待機リスト状態(WLC)(N = 24)にランダムに割り付けた。3ヶ月の待機期間の後、WL 患者を CBT(n = 12)又は TFT(n = 12)にランダムに割り付け、そして全て患者を治療又は待機期間の後、及び12ヶ月のフォローアップ時に再評価した。最初に、CBT、TFT、WL の3つのグループを我々は比較した。WL に続くランダム化の後、全患者に対し治療前スコアをベースラインとして適用して、我々は CBT(N = 12 + 24 = 36)と TFT(N = 12 + 24 = 36)とを比較した。主要アウトカム基準は、治療条件を知らされていない面接官によって実施された Anxiety Disorders Interview Scale(不安障害面接尺度)からの症状スコアであった。統計的な比較のために、独立した標本のt検定、Fisherの正確検定、及び ANOVA と ANCOVA の検定を我々は使用した。

結果:CBT と TFT の両方が WLC よりも、治療後に良好な結果を示した(p < 0.001)。治療後及び12ヶ月のフォローアップ調査時に、CBT と TFT の間に有意差はなかった(それぞれ p = 0.33 及び p = 0.90)。

結論:あらゆる障害において TFT と CBT を比較した最初の研究を、本論文は報告する。TFT広場恐怖症を伴う患者に対する効果的な治療法であるかもしれないことを、本研究は示した。

注:i) 引用中の「t検定」については例えば次の資料を参照して下さい。 「統計検定を理解せずに使っている人のために II」 ii) 引用中の「Fisher の正確検定」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Fisherの正確検定」 iii) 引用中の「ANOVA」については例えば次の資料を参照して下さい。 「統計検定を理解せずに使っている人のために III」 iv) 引用中の「ANCOVA」については例えば次の資料を参照して下さい。 「共変量を伴う解析

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(c)ソマティック・エクスペリエンシング
(注:本項における用語「凍りつき」(又は硬直、凍結、Freeze)は基本的に下記低覚醒(又は「シャットダウン」、「擬死」[共に他の拙エントリのここを参照])に属するものであり、「防御カスケード」[WEBページ「防御カスケード -トラウマ下での生理反応-」の特に「防御反応」と「解離状態」との関連を示す図を参照]における「凍りつき」とは意味が異なると考えます。加えて、これに関連するかもしれない一連のツイートがあります。また、上記「Freeze」と自律神経系の関連は拙訳はありませんが次の資料を参照すれば良いかもしれません。 「Polyvagal Theory: Background & Criticism」の「C. The Emergence of the Social Engagement System: Insights from Evolution and Development」項における表)最初に標記ソマティック・エクスペリエンシング*59については、次のWEBサイトを参照して下さい。 「SE® Japan」 加えて、次に紹介する資料やWEBページもあります。 「ソマティック・エクスペリエンス 身体の叡智を用いたトラウマ療法」、「SE™(ソマティック・エクスペリエンシング®)療法とは」、「犯罪被害者への心理支援の実践 -リソースや身体志向の視点から-」の「ソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)」項 その上に、標記の和訳された理論的解説書の例は次に紹介する本です。 ピーター・A・ラヴィーン著、池島良子、西村もゆ子、福井義一、牧野有可里訳の本、「身体に閉じ込められたトラウマ ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケア」(2016年発行)*60 また、 a) ソマティック・エクスペリエンシングとポリヴェーガル理論の関連については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「さらに詳しいSE™療法について」 b) 標記ソマティック・エクスペリエンシング由来とされるエクササイズ「SCOPE」については次の YouTube を参照して下さい。 『ストレスが高まったとき気持ちを落ち着かせるエクササイズ「SCOPE」のやり方:5つ全部通しバージョン』(注:上記「SCOPE」を紹介するツイートもあります) さらに、標記ソマティック・エクスペリエンシングの簡単な紹介について、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第13章 トラウマからの回復――自己を支配する の「6.行動を起こす」における記述の一部(P355~P357)を次に引用します。

6.行動を起こす
体は極端な経験には、ストレスホルモンを分泌することで応じる。ストレスホルモンはしばしばその後の病気や疾患の原因だとされる。だがストレスホルモンは、尋常ではない状況に反応するための力と耐久性を人に与えるためのものだ。災難に対処するために積極的に何かをする人――家族あるいは見知らぬ人を救ったり、人を病院に運んだり、医療チームで働いたり、テントを張ったり、食事を用意したりする人――は、ストレスホルモンを適切な目的のために使っている。したがって、トラウマを被る危険がずっと小さい(とはいえ、誰にも限界があり、どれだけ準備の良い人でさえ、直面した問題の大きさに圧倒されることがある)。
無力で動けない状態だと、人は自分を守るためにストレスホルモンを利用することができない。そうなると、ホルモンは分泌され続けているものの、それが促すはずの行動は妨げられてしまう。やがて、対処を促進するはずだった活性化のパターンが、本人の体に不利に働き、今度は不適切な闘争/逃走/凍結反応を煽り続ける。適切に機能する状態に戻るためには、このいつまでも続く緊急反応を終わらせなければいけない。体は標準的な状態にまで回復し、安心してくつろぐ必要がある。そうすれば、体は本当の危険に直面したときに、行動を起こして対応できるのた。
私の友人であり師であるパット・オグデンとピーター・リヴァインは、この問題に対処するために、体に働きかける強力なセラピーをそれぞれ開発した。感覚運動心理療法(29)と、ソマティック・エクスペリエンス(30)(「ソマティック」は「身体の」と言う意味)だ。これらの治療の取り組みで重要なのは、何が起こったのかという物語ではなく、身体的感覚を探って、過去のトラウマが体に残した痕跡の場所と形態を発見することだ。患者はトラウマそのものの徹底した探究に入る前に、セラピストの力を借りながら、トラウマを負ったとき自分を圧倒した感覚と情動への安全なアクセスを助けてくれるような内部の資源を蓄積する。ピーター・リヴァインはこの過程を「振り子運動」と呼ぶ。内部感覚へのアクセスと、トラウマ記憶へのアクセスの間を、ゆっくりと行ったり来たりするのた。この方法によって患者は、耐性領域を徐々に拡げられるようになる。
患者は、トラウマが基になった身体的経験を自覚することに耐えられるようになると、トラウマを受けている間に湧き起こったものの、生き延びるために抑制された、叩きたい、押しのけたい、逃げたいといった、強烈な身体的衝動を発見しやすくなる。これらの衝動は、体をよじったり、向きを変えたり、後ずさりしたりするような体のちょっとした動きとして表れ出てくる。こうした動きを大げさにやってみて、それをどう修正するかあれこれ試すことによって、トラウマに関連した不完全な「行動傾向」を完全なものにする過程が始まり、最終的にトラウマの解決につながる。身体療法は、動いても安全だという経験によって、患者が再び現在に身を置くのを助けることができる。効果的な行動をとることの喜びを感じると、主体感覚と、自分を積極的に防御して保護できるのだという感覚を取り戻せる。
すでに一八九三年に、トラウマの最初の偉大な探究者であるピエール・ジャネは、「行動を完遂することの喜び」について書いている。私は、センサリーモーター・サイコセラピーとソマティック・エクスペリエンスを実践するときに、その喜びをいつも目にする。反撃したり逃げたりしたら経験していたであろうような感じを身体的に経験できると、患者はリラックスし、微笑み、達成感を表現するものだ。(後略)

注:i) 引用中の原注「(29)」と「(30)」はそれぞれ「P. Ogden, K. Minton, and C. Pain, Trauma and the Body (New York, Norton, 2010)[邦訳:『トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実践 マインドフルネスにもとづくトラウマセラピー』太田茂行監訳、星和出版、2012年]; P. Ogden, and J. Fisher, Sensorimotor Psychotherapy: Interventions for Trauma and attachment (New York, Norton, 2014)」、「P. Levine, In an Unspoken Voice (Berkeley, CA: North Atrantic Books)[邦訳:『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』藤原千枝子訳、雲母書房、2008年]」です。ちなみに、後者の邦訳本はソマティック心理学協会関係書籍のようです。 ii) 引用中の「感覚運動心理療法」と「センサリーモーター・サイコセラピー」は同じものです。すなわち、前者は後者に相当する英語「Sensorimotor Psychotherapy」を和訳し漢字表記にしたものです。 iii) 引用中の「闘争/逃走/凍結反応」に関連する「闘争-逃走反応」についてはリンク集を参照して下さい。 iv) 引用中の「凍結」に関連する(状況がそのどちらも許さない場合,「凍りつく」ことでその場を切り抜けようとすることとしての)「凍りつき」についてはここを参照して下さい。加えてここも参照すると良いかもしれません。 v) 引用中の「振り子運動」に相当する「ペンデュレーション」については、ここを参照して下さい。 vi) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。

一方、ソマティック・エクスペリエンシングの概要紹介として、野呂浩史企画・編集の本、「トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法」(2016年発行)中の藤原千枝子著の文書「ソマティック・エクスペリエンス」の「Ⅰ.SE 療法の概要」における記述(P325~P329)を次に引用します。

Ⅰ.SE 療法の概要
ソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing ™,以下 SE と表記)は 米国のピーター・リヴァイン(Peter Levine)博士によって開発された,身体志向のトラウマ療法である。心理学者かつロルフィングなどの身体療法のエキスパートでもあった Levine は,40年にわたりトラウマが起こるしくみとその癒しのメカニズムについての研究を行ってきた。彼はトラウマを研究するにあたって,以下の2点に注目した。
①トラウマを受けた人は,そのトラウマの種類(事故,自然災害,レイプ,暴力を目撃すること,虐待,戦争など)にかかわらず,だれもが同様の症状に苦しんでいる(不安,不眠,解離・麻痺,フラッシュバック,パニック発作など)。
②野生動物は,常に自分よりも大型の捕食動物からの攻撃にさらされているにもかかわらず,人間のようなトラウマ症状に悩まされることがない。
以上の点から,Levine は,トラウマというのは出来事や心理的・精神的な問題というよりはむしろ,生理的・神経的な問題(自律神経系の調整不全)であるという結論を導き出した。生物ば危機に直面すると交感神経が最大限に活性化してアドレナリンを含む各種ホルモンが噴出し,通常では出せないような力が出ることによって逃げたり戦ったりすることが可能になる(車のアクセルを思い切り踏んだ状態)。しかし,状況がそのどちらも許さない場合,「凍りつく」ことでその場を切り抜けようとする。この凍りつき(硬直)は,副交感神経の一部門である背側迷走神経が神経系のブレーキの役割を果たすために起こるもので,生物がトラウマの瞬間の苦痛を感じずにすむためのメカニズムであるが この時も外見上は静止しているように見えても,神経系の中ではエネルギーがフルに回転している。つまり,アクセルとブレーキが同時に踏み込まれているのである。
Levine は,この,危機に対処するため(闘争/逃避のため)に動員されたものの,凍りついて解放されないままに体内にとどまっている大量のエネルギーこそが,トラウマの症状を作り出していると考えた。野生動物は,仮に硬直したとしても,危険が去った後には自然に身ぶるいをしてその凍りついたエネルギーを振り落とし,通常の状態に戻るのでトラウマの影響を受けることはない。しかし人間がトラウマの後遺症に苦しむのは,高度に発達した脳が,動物のような自然なエネルギーの「振り落とし」を妨げるためである。「元々のトラウマに似た状況や人に引きつけられる」「頭ではわかっているのに,いつも同じ問題を繰り返してしまう」というトラウマ被害者に特有の状況は,頭では問題を理解していても,未解放のエネルギーが今も神経系の中でトラウマ状態にとどまり,フル回転しているために起きていると考えられる。
従って,トラウマの癒しには,起きた出来事を繰り返し振り返り,それにまつわる感情的な痛みを再体験するようなセラピーでは限界があるばかりか,時として再トラウマを引き起こす恐れもあるとリヴァインは警告している。トラウマ解消の鍵は,自律神経系に直接働きかけ 神経系の中に閉じ込められた未解放の過剰なエネルギーを解放することによって,神経系を元の健康な自己調整の状態に導くことである。ここで用いる手段は,私たちの身体感覚だ。自律神経系の働きをつかさどるのは主に脳の視床下部と呼ばれるところで,この部位は言語を解さないからである。自分の意識を内なる身体感覚に向けることで,私たちは自律神経系に直接アクセスし,閉じ込められていたエネルギーを解放していくことができる。SE ではこれを,「トラウマの再交渉」と呼んでいる。
また,未解放のエネルギーの解放と同様に重要なのが 未完了の体験の完了である。危機に直面したときに生じた闘争(防衛)や逃避の衝動は,凍りつきにより神経系の中に閉じ込められているだけで,消えてしまったわけではない。何かのきっかけで凍りつきが溶け,そうした衝動が急速に浮上することで,(元々のトラウマ体験から長い年月が経った後でも)自他を傷つける行為に及んでしまうトラウマ被害者は少なくない。したがって,神経系レベルでそうした未完了の衝動を完了するよう助けることも,未解放のエネルギーを解放するのと同じくらい,トラウマの再交渉の際には重要である。
以下に,SE 療法を行う際に重要ないくつかのキーワードを紹介する。

ラッキング(Tracking)
感覚を追跡することを指す。トラウマを変容させるためには,自分の内側の感覚にアクセスし,その感覚と共にいてその感覚を利用することが必要である。今この瞬間に自分が何に気づいているか,そしてその感覚は身体のどこにあるか,その感覚にはどのような特徴があるか,その感覚に気づいていると次に何が起きるか,そういったプロセスにただ自分の意識を向けていくことによって,神経系の自己調整力を理性脳に邪魔されずに最大限引き出すことが可能になる。

タイトレーション(Titration)
タイトレーション(滴定)ば元々は化学の定量分析法を指す。化学反応を促す際,ある試薬に別の試薬をいきなり混ぜると激しい反応を起こして爆発する危険がある。爆発や事故を回避するため,別の試薬を一滴ずつ垂らしてゆるやかな化学反応を促すのが滴定である。SE の文脈では,「再トラウマを予防するために,生存に基づく覚醒などの困難な感覚に注意深く最小限だけ触れること」を指す。トラウマ反応は非常に不快な感覚を伴うものだが,刺激をごく少量にとどめることによって,そこに生じる不快感も耐えられる程度のわずかなものになるため,トラウマの感覚と再交渉することが可能になる。

リソース(Resource)
リソース(資源)は,タイトレーションと並んで SE 療法の中で最も重要な概念のひとつである。トラウマ症状を解消するためには,トラウマの活性化に少しずつ働きかけ,神経系に閉じ込められた過剰なエネルギーを解放してやる必要があるが,トラウマにより作り出されたエネルギーは膨大で,強い渦を作り出している。その渦は引き込む力が非常に強いため,人はいったんトラウマを受けると,同じような状況に無意識のうちに繰り返し惹き付けられる。暴力を受けて育った人がその後の人生で暴力的なパートナーを選びがちなのはその一つの例である。そのトラウマの強力な渦と再交渉するためには,渦にまっすぐ飛び込んでいくような手法のセラピーではトラウマ反応を強化することになりかねない。SE では,強い力を持つトラウマを扱う上でまず何よりも大切なのがリソース(資源)の構築だと考える。
リソースには,外側と内側の二種類ある。内側のリソースは,「心地よい身体感覚」である。トラウマにまつわる身体感覚は非常に不快で,かつ強烈なものが多いため,それと真正面から取り組むことはできない。従って,まずは身体内に心地よいと感じられる場所を増やしていくことが必要である。ただ,深刻なトラウマを抱える人の場合,心地よい身体感覚を発達させることは容易ではないので,その場合は外側のリソース(その人を元気にしてくれる,健全で中毒性のないものすべて)を探すことから始める。

SIBAM(体験の5要素)
リヴァインは,人間のあらゆる体験は感覚(Sensation),イメージ(Image),行動・動作(Behavior),情動・感情(Affect),意味・思考(Meaning)の5要素に分けられると考え,その頭文字を取って SIBAM(サイバム)と名付けた。Somatic Experiencing は直訳すると「身体経験」なので,身体を主に扱う療法であると考えられがちであるが,セラピーの入り口としてはこの5要素のどこからでもクライアントにアプローチできるのがこの技法の優れた点だと筆者は考える。
SIBAM はまた,クライアントのアセスメントのツールとしても用いることができる。外からの刺激に対してどれほど柔軟に対応できるかがその人の健康度の指標になるが,ある特定の刺激に対して常に同じ反応が起きてしまう場合(特定のイメージを見ると身体が硬直する,怒りを感じると必ず暴力的な行動に出るなど)は,それぞれの体験の要素が過剰に結びついてしまっていることが分かる。逆に,当然起きるはずの反応が起きない場合(明らかに恐怖を覚える状況にもかかわらず,恐怖がわからずにその場にとどまり続けて被害を受けるなど)は,体験の要素間に一貫したつながりが欠けていることがわかる。このように,体験の要素が過剰に結びついたり(SE ではこれをオーバーカップリングと呼ぶ),あるいは十分な結びつきを持たなかったり(アンダーカップリングと呼ぶ)するときには,そこに何らかの活性化が存在すると見なすことができる。
SIBAM に働きかけるときに重要なのは,SIBAM のすべての要素を,最終的にはフェルトセンスを通じて感覚に結びつけることである。例えば,あるイメージや思考に気づいたときに身体では何が起きているか,ある感情を持ったときに,その感情は身体のどこで感じているか,ある動きをしたくなったときに,その動きは内側からはどのように感じられるかなどである。こうして自分の体験を身体レベルまで落とし込み,そこにある過剰な活性化を解放していくことで,SIBAM 間の自然で柔軟な関係性を徐々に取り戻していくことが可能になる。

注:(i) 引用中の「闘争/逃避」に関連する「闘争-逃走反応」についてはリンク集を、交感神経系の亢進に関連する上記反応における経路である「SAM系」についてはここを それぞれ参照して下さい。 (ii) 引用中の「視床下部」については次のWEBページを参照して下さい。 「視床下部 - 脳科学辞典」 (iii) 引用中の「交感神経」及び「背側迷走神経」については共に次の資料を参照して下さい。 「多重迷走神経理論による神経性過食症理解の可能性について」 特に前者は同資料の「2.交感神経系」項を、後者は「1.背側迷走神経系」項を参照して下さい。 (iv) 引用中の「自律神経系の調整不全」に関連する、 [A] 『自律神経が調節不全を起こすと「過覚醒/圧倒」、または「低覚醒/シャットダウン・無力感」というどちらかの状態に陥る』ことについて、ピーター・A・ラヴィーン著、ベッセル・A・ヴァン・デア・コーク序文、花丘ちぐさ翻訳の本、「トラウマと記憶 脳・身体に刻まれた過去からの回復」(2017年発行)の 第4章 情動記憶、手続き記憶およびトラウマの構造 の「再交渉」における記述の一部(P67)を以下に引用(『 』内)します。 『自律神経が調節不全を起こすと「過覚醒/圧倒」、または「低覚醒/シャットダウン・無力感」というどちらかの状態に陥る。』(注:引用中の「過覚醒」[例えば参照、又は上記「闘争-逃走反応」]及び引用中の「低覚醒」[又はシャットダウン、凍りつき(凍結、フリーズ)]に関連する、ポリヴェーガル理論(他の拙エントリのここにおける「最初に」を参照)における、 1) 「サバイバル反応」、「凍結(フリーズ)の反応」については次の資料を参照して下さい。 『親と子の「心の問題」と向き合うために ―「感情をコントロールできる力」について考える―』の「感情制御の脳機能」項 2) 「自律神経の反応」及び「耐性領域」(又は下記「Window of Tolerance」)については、上記「過覚醒」と「低覚醒」を繰り返すことを含めて次の資料を参照して下さい。 「犯罪被害者への心理支援の実践 -リソースや身体志向の視点から-」の「4) ポリヴェーガル理論」項[P114~P115]」 なお、上記『「過覚醒」(Hyperarousal)と「低覚醒」(Hypoarousal)を繰り返すこと』については拙訳はありませんが次の slideshare を参照して下さい。 「MAREN A. MASINO - SENSORIMOTOR PSYCHOTHERAPY AND DR JANINA FISHER’S MODEL OF PARTS FOR TREATING TRAUMA AND ADDICTION」の「Unfortunately, sobriety brings more challenges, not fewer」シート(P19) [B] 加えて引用はしませんが、『発達性トラウマにしばしばみられる「パターン」は、交感神経系による過覚醒と背側迷走神経系による低覚醒の間を目まぐるしく行ったり来たりする状態である』ことについては、キャシー・L・ケイン、ステファン・J・テレール著、花丘ちぐさ、浅井咲子の訳の本、「レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒」(2019年発行)の 第7章 「耐性の窓」と「偽りの耐性の窓」 の「偽りの耐性の窓」を参照して下さい。 [C] その上に、上記「耐性の窓(Window of Tolerance)」については、例えば次のWEBページ「How to Help Your Clients Understand Their Window of Tolerance - nicabm」及び次の資料も参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「4.Window of Tolerance(耐性領域・耐性の窓)について」項(P332) [D] さらに、引用中の「闘争/逃避」及び「凍りつき」(凍結、フリーズ)に関連するポリヴェーガル理論の視点からの、トラウマの機序の理解における神経系の働きに着目した説明について、杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)中の花丘ちぐさ、浅井咲子著の文書「発達トラウマとソマティック・エクスペリエンシング🄬療法」の「ソマティック・エクスペリエンシングとは」における記述の一部(P70)を以下に引用します。 [E] これら以外にも、ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)の視点からの自律神経系及び「耐性領域(耐性の窓)」について、杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)中の淵野俊二著の文書「複雑性PTSDの親子へのトラウマセラピー」の「はじめに」における記述の一部(P90)を以下に引用します。一方、引用中の「過覚醒」と「低覚醒」が同時に存在することについて、野呂浩史企画・編集の本、「トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法」(2016年発行)中の藤原千枝子著の文書「ソマティック・エクスペリエンス」の Ⅱ.SE 療法の実際 の 2.実際のケース -ショックトラウマと発達トラウマを例に- の 【症例1】主にショックトラウマを取り扱ったケース の「*セラピーの実際」における記述の一部(P333)を次に引用(【 】内)します。 【初面接時のPさんは,ショックにより交感神経が常に過剰に活性化している(緊張)と同時に,背側迷走神経がシャットダウンしている(凍りつき)状態にあった。そのために高い活性化が過緊張と希死念慮自傷の症状を,凍りつきが失感情と失感覚の症状を作り出していた。】[注:引用中の「失感情」に関連する「失感情症」についてはリンク集を、その上に引用中の「失感覚」に関連する「失体感症」については上記「失感情症」を含めて次の資料を参照して下さい。 『「失体感症」概念のなりたちと,その特徴に関する考察』] また、上記『「過覚醒」と「低覚醒」が同時に存在する』ことに関連する「過度な緊張が続くと、対極的な、警戒態勢と感覚や感情の麻痺が混じったような状態となりやすい」ことについて、青木省三著の本、『ぼくらの中の「トラウマ」 いたみを癒すということ』(2020年発行)の 第3章 トラウマ反応という心の働き の「心身が緊張した戦闘モード――警戒態勢と感覚麻痺」における記述の一部(P78~P79)を次に引用(【 】内)します。 【トラウマ反応の一つに警戒態勢が続くというものがある。何か危険なことがあっても、すぐに対応し反撃できるように自律神経系や内分泌系が常に戦闘モードになっているのだ。些細な物音にも敏感に反応し怖がる。いつも必要以上に緊張した状態が続く。(中略)しかし、いつも緊張状態を続けるには限界がある。時々、ボーっとして、周囲からの刺激に反応できなくなることがある。感覚や感情が麻痺した状態である。コンピューターがフリーズするのと同様に、脳がフリーズしたと考えたらいい。(中略)このように過度な緊張が続くと、対極的な、警戒態勢と感覚や感情の麻痺が混じったようになりやすい。】[注:引用中の「感情の麻痺」に関連する「失感情症」についてはリンク集を、その上に引用中の「感覚(中略)の麻痺」に関連する「失体感症」については上記「失感情症」を含めて次の資料を参照して下さい。 『「失体感症」概念のなりたちと,その特徴に関する考察』]) (v) 引用中の「フェルトセンス」について、 1) 次の資料を参照して下さい。 「フォーカシングと〈からだ〉」、「革新的な心理学者、哲学者 ユージン・ジェンドリン 死去 90 歳」、「交差と創造性 -新たな理解を生み出す思考方法-」 2) 久保隆司・日本ソマティック心理学協会編の本、「日本ソマティック心理学への招待 身体と心のリベラルアーツを求めて」(2015年発行)の『第6章 「心理療法としてのソマティック心理学」を概観する』 の 2.さまざまなソマティック心理療法の系譜を辿る の「8)その他のソマティック心理療法に関連する流れ」における記述の一部(P140)を以下に引用します。

(前略)さらに、ポージェスが「ポリヴェーガル理論」を発表し、トラウマの機序の理解において、神経系の働きに着目した説明が加えられるようになった(3)(4)。ポージェスは、哺乳類は系統発生学的に進化してきた三つの神経基盤を持つと論じた。最初に発生したのは、背側迷走神経系であり、これは無髄のゆっくりと働く神経系で、主に横隔膜より下の臓器を支配し、生物が安全である時には消化と休息を司り、生命の危機にさらされた時は、心拍や呼吸を一気に落としてシャットダウン(不動化)を起こさせる。次に発生したのは交感神経系で、「闘争/逃走反応」のための可動化を司る。最後に、哺乳類に特異的に発生したのが腹側迷走神経系で、これは有髄の機敏な神経系であり、社会交流システムを司るとともに、背側迷走神経系と交感神経系のバランスを取る役割も果たしているという。そして、ストレス時には、哺乳類は系統発生と逆向きの方向で反応するという。つまり、まず社交的に問題を解決しようとし、次に「闘争/逃走反応」をとり、それがうまくいかないと「凍りつき」に入る。(後略)

注:i) 引用中の文献番号「(3)」は次の論文です。 「The polyvagal theory: phylogenetic substrates of a social nervous system.」 ii) 引用中の文献番号「(4)」は次の本です。 【Porges, S, W. (2017) : The Pocket Guide to the Polyvagal Theory. the transformative power of feeling safe. Norton, 2017.(花丘ちぐさ訳『ポリヴェーガル理論入門-心身に変革をおこす「安全」と「絆」』春秋社、二〇一八年)】 iii) 加えて、引用中の「ポリヴェーガル理論」については他の拙エントリのここの「最初に」を参照して下さい。 iv) 引用中の「闘争/逃走反応」についてはリンク集を、「シャットダウン(不動化)」及び「凍りつき」については共に他の拙エントリのここを、「社会交流システム」に類似する「社会的関わりシステム」については例えば次の資料を それぞれ参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項

はじめに
ポージェス(Porges, S.R)はポリヴェーガル理論で自律神経系の交感神経と副交感神経について説明している(12)。副交感神経には腹側迷走神経と背側迷走神経があり、腹側迷走神経は社会的な関わりの神経である。交感神経は可動化の神経、背側迷走神経は不動化の神経であるが、腹側迷走神経はそれらに働きかけて神経系のバランスを保ち、最適な覚醒領域を維持している。これは安全な状況下での機能であるが、一度人間が危険を察知して危機的状態に入ると交感神経が強く活性化して活動レベルや覚醒度が急上昇して闘争・逃走反応が生じる。しかし、それでもその状況に対処できずに生命の危機に陥ると背側迷走神経が強く活性化して不動状態やシャットダウンが引き起こされる。このような状況が繰り返される親からの虐待など複雑で慢性的なトラウマを体験した人々はこれらの神経系の活性化が不安定となって乱高下する。
オグデン(Ogden P.)らは腹側迷走神経の最適な覚醒領域のことを「耐性領域(耐性の窓)」と呼ぶ(10)。この領域ではトラウマ記憶の処理がなされるが、複雑性トラウマの人々はそれが非常に狭いためそこに留まることができない。これは感情耐性やキャパシティの少なさとして表れる。そのため、彼らは慢性的に過覚醒領域にいる場合は感覚過敏、感情的反応、フラッシュバックなどを体験し、低覚醒領域の場合は無感覚、無力感、解離、シャットダウンなどを体験する。腹側迷走神経は親子の相互交流や情動調律の中で発達するため、親子の愛着関係や発達特性が神経系の基盤となる。それが十分に育っていないことで過覚醒や低覚醒の状態が生じるのであれば、神経系の調整不全は虐待以前から始まっている。要するに発達特性のある子どもが不安定な愛着関係で育ち、さらに親からの虐待が加わると発達や神経系に大きな影響を与え、より深刻で慢性的なトラウマ症状・反応を呈するようになる。(後略)

注:i) 引用中の文献番号「(10)」は次の本です。 「Ogden, P., Minton, K. & Pain, C. (2006) : Trauma and the Body: A Sensorimotor Approach to Psychotherapy. W. W. Norton & Company, New York, 2006.(太田茂行監訳『トラウマと身体』星和書店、二〇一二年)」 ii) 引用中の文献番号「(12)」は次の本です。 【Porges, S, W. (2017) : The Pocket Guide to the Polyvagal Theory. The Transformative Power of Feeling Safe. W. W. Norton & Company, New York, 2017.(花丘ちぐさ訳『ポリヴェーガル理論入門-心身に変革をおこす「安全」と「絆」』春秋社、二〇一八年)】 iii) 引用中の「フラッシュバック」についてはリンク集を参照して下さい。 iv) 引用中の「ポリヴェーガル理論」については他の拙エントリのここの「最初に」を参照して下さい。加えて、引用中の「不動状態」、「解離」及び「シャットダウン」については共に他の拙エントリのここを参照して下さい。

i) ゲシュタルト療法とフォーカシング(中略)

一方、C.ロジャース(1902-1987)のもとでカウンセリングを学んだシカゴ大学の哲学者E.ジェンドリン(1926- )はフォーカシングという体系をつくりだした。(中略)事実、フォーカシングの中核概念「フェルトセンス」(内面的から浮き上がってくる身体感覚)は、ソマティック系トラウマ心理療法のソマティック・エクスペリエンスの重要な概念にもなっている。(後略)

注:引用中の「フォーカシング」とマインドフルネスの現状と展望については「フォーカシングと Gendlin 哲学」を含めて次の資料を参照して下さい。 「フォーカシングとマインドフルネスの現状と展望

さらに、ソマティック・エクスペリエンシングにおける9つのステップについて、久保隆司・日本ソマティック心理学協会編の本、「ソマティック心理学への招待 身体と心のリベラルアーツを求めて」(2015年発行)の「第8章 ソマティック・トラウマ心理療法の展開/実際:ソマティック・エクスペリエンスの文脈から」における記述の一部(P163)を次に引用します。

(前略)次に実際の SE セラピーがどのようなものなのかを見ていきます。
リヴァイン(2010)は、SE のセラピーにおける以下の9つのステップを示しています。ここでは順番にそのステップを記述しますが、身体感覚を扱うセラピーのプロセスは直線的なものではありません。最初の3つをのぞき、ステップは前後する場合も、ステップの内容が重複する場合も、あるいは単一のセッション内ではこの9ステップをすべて経るとは限らない場合もあります。

1.比較的安全な環境を構築する
2.感覚の探求の開始と受容をサポートする
3.ペンデュレーションコンテインメントをサポートする――有機体に内在するリズムの力にアクセスする。
4.さらなる安定性、回復力、組織化のためにタイトレーションを用いる。
5.虚脱や無力感といった受動的な反応を、能動的でエンパワーされた防衛反応に置き換えることにより、修正体験を提供する。
6.条件づけられて結びついてしまった恐怖・無力感と生物学的な硬直反応(トラウマ体験の最中は必要であり時間が限定されていたが、現在は不適応状態となっている反応)とを分離させる。
7.生き延びるために動員された膨大な生存エネルギーを「解放」し、そのエネルギーをより高いレベルの脳機能をサポートするために再分配できるように穏やかに導くことにより、過覚醒状態を解消する。
8.「動的な平衡」と、リラックスした警戒状態を回復するための自己調整を引き出す。
9.今、ここに意識を向け、環境にコンタクトし、社会的つながりの能力を再構築する。(後略)

注:i) 引用中の「コンテインメント」(Containment)は、「トラウマと再交渉する前にまず外側の境界をしっかり作り、内側のスペースを広げておくこと」を指すようです(章の P163 参照)。ちなみに、「トラウマの再交渉」については、ここを参照して下さい。 ii) 引用中の「ペンデュレーション」については、章における記述の一部を次に引用します。 iii) 引用中の「今、ここに意識を向け」る方法としては、例えばマインドフルネス(ここ参照)があります。

●ペンデュレーション(Pendulation)
ペンデュレーションとは、ペンデュラム(振り子)から取った言葉で、拡大と収縮の間を行き来する、神経系に内在するリズムを指します。呼気-吸気、休息-活動などの例からも分かるように、有機体(生物)の中には必ずリズムがあります。つまり、トラウマの渦に巻き込まれてしまっても(収縮)、人には本来必ずそこから抜け出してリラックスした活力ある状態(拡大)へと向かう動きがあるのです。SE では、有機体がその自然なリズムを取り戻せるようにサポートすることに重点を置きます。

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(d)認知処理療法
トラウマセラピーとしての標記認知処理療法について、 a) 次のWEBページを参照して下さい。 「PTSDに対する認知処理療法」、「本邦のPTSDの心理療法に新たな選択肢 −認知処理療法(CPT)の実行可能性を確認−」 b) 次の研究成果報告書があります。 「心的外傷後ストレス障害に対する認知処理療法の有効性及び臨床展開」、「心的外傷後ストレス障害に対する認知処理療法と治療メカニズムの解明」 c) 野呂浩史企画・編集の本、「トラウマセラピー・ケースブック 症例にまなぶトラウマケア技法」(2016年発行)中の森田展彰著の文書「認知処理療法」の「Ⅰ.はじめに」及び Ⅱ.認知処理療法とは の「1.CPT の特徴と有効性」と「2.CPT における治療の基本的な考え方」における記述の一部(P113~P115)を次に引用します。

Ⅰ.はじめに
認知処理療法(Cognitive Processing Therapy, 以下 CPT)は,米国の Resick, P. A. らによって開発された PTSD に対する認知行動療法である。CPT では,トラウマ体験がもたらすバランスの悪い認知が,トラウマ反応の自然な改善を妨げることで PTSD が生じるとして,その修正に焦点を当てるところに特徴がある。CPT は,PE と同レベルの治療効果があることが示されている。(中略)

Ⅱ.認知処理療法とは
1.CPT の特徴と有効性
認知処理療法の特徴は以下の通りである。
エビデンスに基づく PTSD に対する短期治療である。
②疾患特異的なプロトコルを有する認知行動的治療である。
③トラウマに関連する認知を中心に扱う。
④個人療法のみでなく,集団療法およびその両方を用いた混合療法の形式で行うことができる。
トラウマ体験の曝露については,筆記による曝露を行う方法と行わない方法があり,後者が用いられることが最近増えている。トラウマに関連する感情や考えを検討することも曝露を行っていることになるが,トラウマ記憶そのものの記述や語りを行わない選択肢があるという点では,他のトラウマ焦点化治療にはない特徴といえるだろう。ただし,元々はトラウマ記憶を筆記し,これを読み上げるという形での曝露していたのが,これを行わない方法と比較で大きな効果の違いがなかったこと,曝露を行う方が脱落は生じやすいことなどはあり,認知の変容のみの方法が次第に中心になってきている。トラウマ焦点化治療の中では,PE(Prolonged Exposure:持続エクスポージャー療法)がトラウマ記憶にとにかく触れさせていき変化を促していく行動療法的な側面が強いのに対して,認知療法的な面が強いものである。

2.CPT における治療の基本的な考え方
CPT では,トラウマ体験がもたらすバランスの悪い認知(これをスタックポイントと呼ぶ)が,トラウマ反応の自然な改善を妨げ,その後の感情や対人関係の問題につながっていると考え,これを見つけ出し,変容することを目指す。社会的情報処理理論をもとに,トラウマ体験というインプットがあるとき,これを元からもっていたスキーマとの間でどのように折り合いをつけるかで3つの処理のタイプがあるとする。すなわち,1) 同化(assimilation)それまでもっていたスキーマにこだわり,これに合う形で出来事の解釈を歪めてしまう方法(例:「良いことをしていれば,良いことが起きる」(こうした考え方を「公正の信念」と呼ぶ)というスキーマをももっている人が災害に巻き込まれると,自分がしっかりでていなかったから災厄に遭うんだと自分を過度に責めるようになる,2) 過剰調節(overaccomodation)新しい現実に過度に合わせて元のスキーマを極端に否定しまうこと(例:「何をしても,災厄は防げない」と無力感に陥る),3) 調節(accomodation)入って来た情報に照らして既存のスキーマを現実的なものへと変化させること(例:「自分はいいことをしていても,悪いことが起きることもある。しかしある程度気をつけて避けることもできる」)。こうしたスキーマの歪みを,安全,信頼,力/コントロール,葛藤,親密さの5つの領域において検討され,同化や過剰調節という偏った処理を,調節に近づけていくことを考えさせる。
以上のように書くと,難しく感じるかもしれないがクライアントには上記のような同化,過剰調節などの言葉は使わずに,トラウマ体験に遭遇するとそれまでの信念が影響されることを伝え,上記の5つのテーマについて具体的に考えてもらうと,極端な信念が生じていることが比較的容易にわかってもらえる。特に過去の出来事が生じた理由づけとして,自分に責任のないことまで自分を責めてしまうスタックポイント(例えば,自分がもっとしっかりしていれば被害を防げていたはずだという考え)を見つけだし,そうした考え方を修正して,そこまで自分を責めることはないという考えを感じてもらうことが回復の大きな契機になる。こうした過去の同化による自責感が処理されると,今後の自分がうまくやっていけるかどいうことに関する過剰調節のスタックポイント(例えば「自分は誰ともうまくやっていけないだろう」「全ての男性は信用できない」)というような考え方を修正して現実的なものにしていくことができる。

注:i) 引用中の「スキーマ」に関連する「スキーマ療法」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 拙訳はありませんが認知処理療法におけるシステマティックレビュー、メタアナリシスについては、PubMed で紹介されている次の本を参照して下さい。 「Cognitive Processing Therapy for Post-Traumatic Stress Disorder: A Systematic Review and Meta-Analysis

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(e)コーピング
注:コーピングに関連するかもしれない「自傷他害のない対処行動(呼吸法、漸進性筋弛緩法、イメージリラクゼーション技法、運動、ヨガ、瞑想など)」についてはここを、加えて上記「呼吸法」及び/又は「漸進性筋弛緩法」については次の資料や YouTube も参照して下さい。 「入門!認知行動療法 呼吸法とリラックス法」、「第24回 慢性痛講座 漸進性筋弛緩法【前半】」、「第25回 慢性痛講座 漸進性筋弛緩法【後半】」 その上に『心理的危機対応プラン「PCOP」』の一環としての「コーピングレパートリーを作ろう」については次の資料を参照して下さい。 『心理的危機対応プラン 日本語版リーフレット「PCOP」』の「巻末資料 コーピングレパートリーを作ろう」項 さらに、「こころと体のセルフケア」についてはWEBページ「こころと体のセルフケア」を それぞれ参照して下さい。さらに、 a) ストレスから心と体を守ることについては次のWEBページを参照して下さい。 「ストレスから心と体を守る」 b) 「様々なストレス発散方法が記されていて便利」との記述を有するツイートがあります。 c) 「ストレス対処法を増やす」ことについては次のエントリを参照して下さい。 「シリーズ:ストレスとうまく付き合うために②-2 ~ストレス対処法を増やす~」 d) また、「マインドフルネスは最強のコーピング」についてはここを、上記「マインドフルネス」と上記ストレスの低減に関連する、「マインドフルネスストレス低減法」についての論文の要旨例はここここ及びここを、そして「マインドフルネスストレス低減法」についてのWEBページ、資料は例えば次を それぞれ参照して下さい。 「マインドフルネス なぜ医療現場で有用なのか エビデンスとその効果」の「MEMO❷ マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」項、「Mindfulness‒Based Stress Reduction(MBSR)で用いられるマインドフルネス瞑想法の本邦における実施可能性および効果」、「マインドフルネス ストレス低減法(Mindfulness-Based Stress Reduction: MBSR)のアプローチ」 e) 一方、メタ認知と自己注目がコーピングの柔軟性および抑うつに及ぼす影響については次のWEBページを参照して下さい。 「メタ認知と自己注目がコーピングの柔軟性および抑うつに及ぼす影響」 これら以外にも、ストレスコーピングをはじめとした「こころを守るためのセルフケアのヒント」については次の note を参照して下さい。 「こころを守るためのセルフケアのヒント」 なお、化学物質過敏症を訴える方々において、「ストレスの対処法が下手な方が多い」こと及び「一番大事なのはストレス・マネージメント」については、共に次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症」の P30 及び P31。

最初に、資料「ストレス・コーピングについて」、「入門!認知行動療法 ストレスに対処しよう」、『心理的危機対応プラン日本語版リーフレット「PCOP」』の「巻末資料 コーピングレパートリーを作ろう」項、加えてWEBページ『ストレスケアの基本「コーピング」って何?/「つらい私」の対処法⑥』、『コーピングとは?お金をかけず「手軽」にできるストレス対処法に注目!』、『「これ以上引きずらない」ためのストレス対処法』、「ストレスマネジメントとは」、「ストレスコーピング」、「第2回 ストレスから脳を守れ ~最新科学で迫る対処法~」の「コーピングを始めてみよう!」項、「【ストレス対策】原因、解消法と関連する病気[簡単セルフチェック]」、「ストレスで参ってしまう前に。こまめに対処するストレスコーピングって何?」 そして、note「こころを守るためのセルフケアのヒント」をそれぞれ参照して下さい。ちなみに、引用はしませんが次に紹介する本では、認知的コーピング及び行動的コーピングの例が多数示されています。 【熊野宏昭、伊藤絵美、NHKスペシャル取材班監修の本、『「キラーストレス」から心と体を守る! マインドフルネス&コーピング実践CDブック』(2017年発行)の P64~P65】 加えて、コーピングに関連するかもしれない、自律神経を乱しやすい人に対するストレス対処法の一例については次のWEBページを参照して下さい。 『心身がラクになる、「考え方のクセ」の直し方』 さらに、コーピングについての簡単な紹介は、伊藤絵美著の本、「折れない心がメモ一枚でできる コーピングのやさしい教科書」(2017年発行)*61の「はじめに」における記述の一部(P002~P004)及び「おわりに」における記述の一部(P175~P176)をそれぞれ以下に引用します。

はじめに(中略)

「コーピング」とは、アメリカの心理学者、リチャード・S・ラザルス博士が考案し、1980年代から世界中に広まっていった「ストレスへの意図的な対処」を指す心理学用語です。最近日本でもさまざまなメディアで耳にする機会が多くなったコーピングですが、アメリカではずいぶん前から多くの企業や学校などがストレスマネジメントにその理論を取り入れ、効果が実証されています。
コーピングとは、きっかけも症状もさまざまなストレスに対して、そのひとつひとつに適切な対処を行っていくことです。(中略)

コーピングの最大の目的は、ストレスに気づき、適切に対処し、「ストレスとうまく付き合う」ことなのです。(後略)

注:引用中の「ストレス」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ストレス - 脳科学辞典

おわりに(中略)

ストレスを無理に忘れようとしたり、閉じ込められようとしたりせず、きちんと感じ、観察する。ストレスから自分を助けるための方法を見つけ出し、取り組んでいく。(中略)

そしてコーピングは、「質より量」です。できるだけ多くのコーピングを見つけましょう(持ち歌が多いほうがカラオケを楽しめるのと同じです)。(後略)

注:引用中の「ストレス」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ストレス - 脳科学辞典

加えて、コーピングの例については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ストレスから脳を守れ ~最新科学で迫る対処法~」の「コーピングを始めてみよう!」項 加えて、子どもを対象としているものの、杉山登志郎著の本、「子ども虐待という第四の発達障害」(2007年発行)の 第九章 被虐待児への包括的ケア2 子ども自身へのケア の「衝動コントールと感情の把握」項における記述の一部(P143)を次に引用します。

もう一つ重要な心理教育の課題は、衝動コントロールの技術である。生活の中でパニックになりそうなとき、じっと着席できなくなったとき、攻撃的な衝動や自己破壊的な行動が噴出しそうなときに、いかに自分をクールダウンさせるのかという方法を、治療者と共に練習する。例えば次のような手順である。
靴を脱ぎ、はだしの足裏を床に付ける。深呼吸を三回繰り返す。見えるものを五つ挙げてみる。聞こえる音を同じく五つ数える。再度見えるものを五つ数える。
それでも落ちつかないときは、天井の右端と左端の角を交互に見る(要するに眼球の左右交互運動をしてもらうわけである)。それでもだめなら水を飲む。あめをしゃぶる。更にはとんぷくを服用するなど。(後略)

注:i) 引用中の「深呼吸」についてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「はだしの足裏を床に付ける」は、グラウンディングここ参照)の一種かもしれません。 iii) 引用中の「天井の右端と左端の角を交互に見る」について、このような行為をこの本を読む前も含めて10年以上行っている本エントリ作者が個人的に補うと、「天井の右端と左端の角を交互に見る」際には、「首を振らないこと」です。 iv) 引用中の「眼球の左右交互運動」に関連する「EMDR」については、ここ及びここを参照して下さい。

さらに、コーピングとレジリエンスにおける内側前頭前皮質の役割についての論文「Role of the medial prefrontal cortex in coping and resilience.[拙訳]コーピングとレジリエンスにおける内側前頭前皮質の役割」の要旨を次に引用します。

The degree of behavioral control that an organism has over an aversive event is well known to modulate the behavioral and neurochemical consequences of exposure to the event. Here we review recent research that suggests that the experience of control over a potent stressor alters how the organism responds to future aversive events as well as to the stressor being controlled. More specifically, subjects that have experienced control show blunted behavioral and neurochemical responses to subsequent stressors occurring days to months later. Indeed, these subjects respond as if a later uncontrollable stressor is actually controllable. Further, we review research indicating that the stress resistance induced by control depends on control-induced activation of ventral medial prefrontal cortical (vmPFC) inhibitory control over brainstem and limbic structures. Furthermore, there appears to be plasticity in these circuits such that the experience of control alters the vmPFC in such a way that later uncontrollable stressors now activate the vmPFC circuitry, leading to inhibition of stress-responsive limbic and brainstem structures, i.e., stressor resistance. This controllability-induced proactive stressor resistance generalizes across very different stressors and may be involved in determining individual difference in reactions to traumatic events.


[拙訳]
嫌悪的なイベントに関しての有機体が持つ行動コントロールの程度においては、イベントへの暴露の行動的及び神経化学的な結果を調整することが周知である。ここでは、コントロールされているストレッサーはもちろん有機体が将来の嫌悪的なイベントに対していかに応答するかを、有力なストレッサーに対するコントロールの体験が変えることを示唆する最近の研究を我々はレビューする。より具体的には、コントロールを体験した被験者は、数日から数ヶ月後に発生するその後のストレッサーに対して鈍い行動及び神経化学的な反応を示す。それにまた、被験者の方々は後のコントロール不能なストレッサーが実際にはコントロール可能であるかのように応答する。さらに、コントロールにより誘起されたストレス耐性は、脳幹及び辺縁構造に対するコントロール誘起の腹内側前頭前皮質(vmPFC)の活性化に依存することを示す研究を我々はレビューした。さらにまた、後のコントロール不能なストレッサーが今、ストレスに応答する脳幹及び辺縁構造の抑制、すなわちストレッサー耐性、につながる vmPFC 回路を活性化するような方法で、これらの回路において、コントロールの体験により vmPFC が変化する可塑性があるように思われる。このコントロール性が誘起する積極的なストレッサー耐性は大いに異なるストレッサー全体で一般化され、そしてトラウマ的なイベントへの反応における個体差の決定に関与するかもしれない。

注:i) 標記「内側前頭前皮質」については他の拙エントリのここここを参照して下さい。一方、これに関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「ストレス」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ストレス - 脳科学辞典」 ちなみに、 引用中の「ストレッサー」は「ストレスの原因」「ストレス環境」等の意味のようです。

ちなみに、a) (医療・介護のための)怒りへの対処法に関するWEBページ例を次に紹介します。 「怒りっぽさ解消のヒントはストレス対処 - apital」、「怒りを生じにくくするためのコツ - apital」、「感情をリセットするスイッチをつくろう - apital」、「不要な怒りに振り回されないためのコツ - apital」、「怒りは高いところから低いところへ流れる? - apital」、「冷静さを取り戻すためのテクニック - apital」、『怒りを和らげる「魔法の呪文」 - apital』、「相手への期待感が怒りの引き金になるかも - apital」 b) リラクセーションについてはリンク集を参照して下さい。

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(f)グラウンディング
①柴山雅俊著の本、「解離の舞台」(2017年発行)の 16 段階的治療論 の「4 第一段階――安全と安心の確立」における記述の一部(P244~P245)を次に引用します。

(前略)解離性障害の患者は、不安になったときに周囲環境との接触を失ってしまいがちであるため、「グラウンディング」は役に立つ。これは意識的に呼吸をしたり、光を点けたり、体を動かしたり、足を踏み鳴らしたり、唄ったり、音楽を聴いたり、匂いをかいだり、硬いものを握ったり、顔に触れたり、部屋を見回して何があるかを心のなかで言葉にしたりして、五感をフルに利用する方法である。感覚を通して「いま・ここ」での自己身体や周囲環境に意識を向け、「いま・ここ」での「私」に気づき、そこから離れないようにするのである。(中略)とりわけ面接の終わり際にはこのような「グラウンディング」が有効であるとされている。
ただし現実感の獲得は諸刃の剣である。十分に期が熟していないときに現実感を獲得しようとすると、さらなる症状を引き出す危険性もある。離隔の裏側に過敏があることを忘れてはならない。時にあえて現実感のなさにとどまることも、その保護機能ゆえに必要であろう。

注:i) 引用中の「離隔」については、次のWEBページを参照して下さい。 「解離症 - 脳科学辞典」の「離隔」項 ii) 引用中の「過敏」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

岡田尊司著の本、「境界性パーソナリティ障害」(2009年発行)の 第八章 境界性パーソナル障害からの回復 の「パニックをコントロールする方法」における記述(P242~P243)を次に引用します。

こうしたパニックに対する有効な対処法として、グラウンディング・テクニックがある。これは、他の種類のパニックにも効果がある便利な方法である。
パニック状態のとき、その人の意識は狭窄し、外的な感覚ではなく、内的な感覚に意識が集中した状態になってしまう。すると、増大する不安と恐怖にばかり注意が集まる結果、さらに不安と恐怖が増大するという悪循環に陥る。それを止めるために、グラウンディング・テクニックでは、外の世界の感覚に意識を意図的に向かわせようとする。グラウンディングとは接地という意味だが、地面にしっかりと足を踏ん張り、壁や手すりや椅子の背もたれといった固い物にしっかりと触れ、ゆっくり腹式呼吸しながら外にある物を見て、外的感覚に集中することで、内的体験に圧倒されることを防ぐのである。
最初は家族などに耳元で指示してもらい、常に話しかけてもらって外界に意識を向かわせるようにすることで、初心者でもやりやすくなる。慣れてくると、自分一人でできるようになる。
もう一つ簡単にできる有効な方法として、ブレス・トレーニングがある。ゆっくりと腹式呼吸をしながら、息を吐き出すことにだけ注意を向ける。「リラックス」と唱えながら、ゆっくり繰り返す。簡単な方法だが、恐怖のコントロールにも非常に有効である。

注:引用中の「ブレス・トレーニング」に関連する「呼吸法」についてはここを参照して下さい。

③サンドラ・ポールセン著、新井陽子/岡田太陽監修、黒川由美訳の本、「図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療 EMDRを活用した新しい自我状態療法」(2012年発行)の 第3章 封じ込めと安定化 の「21 ”グラウンディング”は初期治療において不可欠なリソース」における記述の一部(P107~P108)を次に引用します。

(前略)
解説 トラウマを抱えた状態で子とも時代を過ごした人の多くは、自分の感情をありのまま体験したり、身体感覚をみずからのものとして意識したりするのは安全なことではない、と学習してしまっているものです。虐待やネグレクトなど、トラウマとなる出来事が起きているあいだ、自身の感情や感覚を遮断することが、辛い現実を生き抜いていくための戦略だったのです。解離症状の強いクライエントは、慢性的な非現実感や空虚感、自分自身から離脱した感覚をもっています。特にそのようなクライエントは、初期のステップとして“グラウンディング”の手順を学んでおく必要があります。現実感を取り戻すグラウンディングにはさまざまな手法があり、上のイラストはその一例です。

そのほかのグラウンディング・テクニック
何種類かのグラウンディング・テクニックを試し、クライエントは自分に合うもっとも適したものを見つけるとよいでしょう。金色のひものほかに、以下のような方法があります。

●床にかかとを押しつける
●周囲にある家具に触れ、その材質を感じる
●木の幹に触れたり、手で土や小石を握る
●スギやセージやラベンダーなどの香りをかぐ
●部屋の中にある赤いものの数をかぞえる
●塩をなめる
●動物を撫でて、かわいがる(後略)

注:i) 引用中の「上のイラスト」の引用は省略します。 ii) 引用中の「金色のひも」は次に引用する(P107、『 』内)ように金色のひもをイメージすることのようです。 『私たちは金色のひもによって、頭は空に、足は地面につながっている』

④その他
上記以外として、グラウンディングについての説明があるWEBページや資料例を次に紹介します。 『平島奈津子先生に「解離性障害」を訊く』の「④周囲の人間は、どのようにサポートすれば良いのでしょうか?」項、「ストレスを感じたらやるべきこと:イラストガイド」の「パート1 グラウンディング」項(又は「セッション1:グラウンディング」項)と「ツール1:グラウンディング」項(P122)[注:この資料を紹介するツイートもあります] 加えて、グラウンディングについての YouTube やツイート(その1その2)もあります。

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(g)呼吸法
最初に呼吸と交感神経系と副交感神経系の相対的な均衡を測る心搏変動の関連について、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第16章 自分の体の中に棲むことを学ぶ――ヨーガ の「ヨーガに至る道――ボトムアップの調節」における記述の一部(P440)を以下に引用します。加えて、上記にも関連する息と交感神経系又は副交感神経系の関連について、同本の 第5章 体と脳のつながり の「神経系を除く窓」における記述の一部(P127~P128)を以下に引用します。その上に、「呼吸と自律神経は深くかかわっていて、息を吐くときに副交感神経が優位になり、筋肉も弛緩してリラックスモードに変わる」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 【「呼吸は吸うより『吐く』を重視」つらいと感じる前にやりたいリラックス法(後編)/「つらい私」の対処法③】の「副交感神経を高めると自然と心が楽になる」項

(前略)心搏変動は、交感神経系と副交感神経系の相対的な均衡を測るものだ。私たちが息を吸うと、交感神経系が刺激されて心搏数が増加する。息を吐くと副交感神経系が刺激され、心臓の鼓動は遅くなる。健康な人では、息を吸ったり吐いたりすることによって心搏の変動は一定でリズミカルになる。適切な心搏変動は、基本的な健康状態の目安だ。(後略)

神経系を除く窓(中略)

これらの二つの神経系の働きは、簡単な方法で体感できる。深い息を吸い込むたびに、交感神経系が活性化する。アドレナリンがどっと分泌され、鼓動が速まる。運動選手が競技前に何度か急いで深く息を吸い込むのも、そのためだ。逆に、息を吐き出すと副交感神経系が活性化し、鼓動が遅くなる。ヨーガか瞑想の講座を取れば、講師はおそらく、息を吐くことに特別の注意を払うように促すだろう。なぜなら、時間をかけてすっかり息を吐き出すと、心が落ち着くからだ。(後略)

注:i) 引用中の「ヨーガ」についてはここを、一方、引用中の「瞑想」に関連する「マインドフルネス」についてはここを それぞれ参照して下さい。 ii) 引用中の「深い息を吸い込むたびに、交感神経系が活性化する」と「息を吐き出すと副交感神経系が活性化し、鼓動が遅くなる」とに関連する「息を長く吐けば落ち着いていきます。息を急いで吐くような呼吸法では、不安が強化されます。」についてはここを参照して下さい。

その上に、ここにおける最初の二つの引用と関連するポリヴェーガル理論の視点からの呼吸法により落ち着く効果について、ステファン・W・ポージェス著、花丘ちぐさ訳の本、『ポリヴェーガル理論入門 心身に変革をおこす「安全」と「絆」』(2018年発行)の 第5章 安全の合図、健康および「ポリヴェーガル理論」 の「社会交流システム系を活性化させるエクササイズ」における記述の一部(P193~P195)を以下に引用します。なお上記ポリヴェーガル理論については他の拙エントリのここの「最初に」を参照して下さい。

(前略)ポージェス:(中略)一つ体験談をお話ししましょう。臨床家の友人の一人が、会議で私を紹介することになりました。彼女はとてもエネルギッシュな人だと思っていましたので、大勢の前で話すことにひどい不安を感じているなどとは思ってもみませんでした。大勢の聴衆に私を紹介することになっていた会議の前夜のパーティで、彼女は私に「実はとても不安なのだ」と告白しました。パーティで一、二杯お酒を飲んだら、途端に心の内をしゃべれるようになるのは興味深いことです。そこで私は彼女に、「心配しなくていいよ。いざとなったら私が手助けするから」と言いました。
講演は翌朝九時から予定されていました。九時一〇分前になると、彼女は言いました。「博士、今がその『いざ』というときよ。なんとかして」。そこで私は彼女が話している様子を観察しました。彼女は言葉を短く区切り、その間に急いで息を吸い込んでいました。そんなふうに話す人を見たことがあると思います。彼らは言葉を発するのと同時に息をしていて、この話し方だと、不安が募っていきます。逆に、息を長く吐けば落ち着いていきます。息を急いで吐くような呼吸法では、不安が強化されます。
私は彼女に、「ゆっくりと話して。息継ぎをする前に、もっと言葉を加えて」と言いました。彼女は、初めはうまくできませんでした。単語を一つも付け加えることができず、すぐに息継ぎしてしまいました。しかし、最終的には一回の息で長い文章を話せるようになりました。彼女の話し方も、より魅力的になりました。すると、彼女の声によって聴衆とのつながりができ、私のこともすばらしく興味をそそる内容で紹介してくれました。彼女は大勢の聴衆の前で話すことに恐怖を抱いていました。ところが、なんと今は彼女自身が臨床で、社交不安症を抱えるクライアントの治療としてこの方法を使っています。
話している間、吐く息を長くすれば、落ち着いていくというのは、生理学的な原則です。これがわかれば、クライアントを落ち着かせる方法もわかるでしょう。神経生理学的に言うと、息を吐く間に、迷走神経が心臓に働きかけ、落ち着くという効果をもたらします。ゆっくり息を吐くことは、社会交流システムに対しても影響を与えます。迷走神経が心臓をよりよく制御するようになると、喉頭咽頭への影響も増していきます。声はより滑らかになり、他者に「安全である」という「合図」を送ります。ですから、彼女は落ち着きを取り戻し、韻律に富んだ声で、九〇〇人もの大勢の人の前で話すことができたのです。(後略)

注:i) 引用中の「社交不安症」(社交不安障害)についてはリンク集[用語:「強迫性障害強迫症)、社交不安障害」を適用]を参照して下さい。 ii) 引用中の「社会交流システム」に類似する「社会的関わりシステム」については次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項 ii) 引用中の「神経生理学的に言うと、息を吐く間に、迷走神経が心臓に働きかけ、落ち着くという効果をもたらします」に関連する「歌うときには、吸う息よりも吐く息の方がより長い。これにより迷走神経の介在が起こり、落ち着いた生理学的な状態がもたらされる。」ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

さらに参考として、 a) リラクセ―ション技法としての478呼吸法について、白川美也子監修の本、「子どものトラウマがよくわかる本」(2020年発行)の COLUMN リラクセーション技法は子どもの発達段階に合わせる の リラクセーション技法 自律神経系のバランスを整えるのに役立つ方法 の「学童~思春期」における記述の一部(P84)を次に引用(『 』内)します。 『★478呼吸法(4秒かけて息を吸い、7秒息を止めてから8秒かけて吐き出す)』(注:上記「478呼吸法」については「丹田呼吸法」や「腹式深呼吸」を含めて次の資料を参照して下さい。 「まずはリラクセーション」の「4-7-8呼吸法」シート) b) パニック発作が起きたときの対処法としての腹式呼吸について、坪井康次監修の本、「患者のための最新医学 パニック障害 正しい知識とケア」(2015年発行)の 第4章 回復に近づくための日常生活のケア の「知っておきたいパニック発作の対処法」における記述の一部(P121)を次に引用します。

(前略)
腹式呼吸をする
過呼吸になったら、以下の点に注意して呼吸すると呼吸困難感が改善し、呼吸のリズムがととのいます。
●「吸う:吐く」が1:2になるくらいの割合で呼吸する(吐くことを意識して呼吸する)。
●1回の呼吸で10秒くらいかけてゆっくり吐く(息を吐く前に1~2秒息を止めるとなおい)。(後略)

一方、 a) 上記引用と類似するかもしれない、「10秒呼吸法」については次の YouTube を参照して下さい。 「第23回 慢性痛講座 10秒呼吸法」 b) 加えて、深呼吸又は腹式呼吸を含むリラックス法については、例えば次の資料、WEBページを参照して下さい。 「気軽にリラックス」、「Ⅱ ストレスへの対処」 c) その上に、「ブレス・トレーニング」についてはここを参照して下さい。

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(h)ヨーガ
① 呼吸法、マインドフルネス、内受容感覚及びポリヴェーガル理論の視点を含むヨーガの説明について
標記ヨーガの説明として、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第16章 自分の体の中に棲むことを学ぶ――ヨーガ の「ヨーガを探究する」における記述の一部(P445)及び「自分を知るようになる――内受容感覚を培う」と「ヨーガと自己認識の神経科学」における記述の一部(P449~P454)をそれぞれ以下に引用します。なお、社会交流システム(又は「社会的関わりシステム」)の視点からを含むポリヴェーガル理論(他の拙エントリのここにおける「最初に」を参照)によると、『標記ヨーガ(又は「ヨガ」)は「神経エクササイズ」(又は「ニューラルエクササイズ」)であると考えている』ことについて、ステファン・W・ポージェス著、花丘ちぐさ訳の本、『ポリヴェーガル理論入門 心身に変革をおこす「安全」と「絆」』(2018年発行)の 用語解説 の「ヨガと社会交流システム」における記述の一部(用語解説 P21)を次に引用(【 】内)します。 【ポリヴェーガル理論では、呼吸を用いたヨガは、「ヴェーガル・ブレーキ」を強化する「神経エクササイズ」であると考えている(後略)】[注:i) 引用中の「ヴェーガル・ブレーキ」の別名である「迷走神経ブレーキ」については次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項 ii) 引用中の「神経エクササイズ」の別名である「ニューラルエクササイズ」については上記資料の「4.ニューラルエクササイズとリラクセーション」項を参照して下さい。 iii) ちなみに拙訳はありませんが、上記ポリヴェーガル理論とヨガとの関連を示す論文(全文)は次を参照して下さい。 「Yoga Therapy and Polyvagal Theory: The Convergence of Traditional Wisdom and Contemporary Neuroscience for Self-Regulation and Resilience」]

ヨーガを探究する(中略)

ヨーガのプログラムはどれも、呼吸法(プラーナーヤーマ)とポーズ(アーサナ)と瞑想の組み合わせから成る。それぞれのヨーガの流派によって、こうした中心となる構成要素のどれにどれだけ重点を置いたり集中したりするかが違ってくる。たとえば、呼吸の速さや深さ、口や鼻孔や喉の使い方によって異なる結果が生まれるし、技法によっては活力に強烈な影響を与えるものもある(12)。私たちの教室では、単純な取り組み方をするように心がけている。患者の多くは自分の呼吸をほとんど自覚していないので、吸う息と吐く息に意識を集中して、呼吸が速いのか遅いのかに注意し、いくつかのポーズで呼吸を数えることを習得すれば、それは大きな成果になりうる(13)。
私たちは、少数の伝統的なポーズを徐々に取り入れる。重点を置いているのはポーズを「正しく」とることではなく、そのときどきにどの筋肉が使われているのかに、参加者が気づくのを助けることだ。ポーズの順番も工夫してあり、緊張と弛緩のリズムが生まれるようになっている――それは、日々の生活でも意識するようになってほしいリズムだ。
私たちは、瞑想そのものは教えないが、いろいろなポーズをしなから体のさまざまな部位で何が起こっているのかを観察するように参加者に促すことによって、マインドフルネスを育んでいる。研究しているときにいつも気づくのだが、トラウマを負った人にとって、体の中で完全にリラックスして身体的に安全だと感じるのは非常に難しい。たいていのクラスで最後にやるシャヴァ・アーサナというポーズのときには、私たちは参加者の腕に小さなモニターをつけて心搏変動を計測する。このポーズでは、参加者は仰向けに寝て手の平を上に向け、腕と脚をリラックスさせる。だが、参加者はリラックスできない。それどころか、筋肉活動が盛んなために、正確な信号が拾えないほどだ。参加者の筋肉は穏やかな静止状態に入らずに、目に見えない敵と闘う準備を自分にさせ続けることが多い。トラウマからの回復に残されている大きな課題の一つは、完全にリラックスして、安心して身を委ねた状態になれるようにすることだ。

注:(i) 引用中の原注番号「(13)」は次の本です。「D. Emerson and E. Hopper, Overcoming Trauma through Yoga: Reclaiming Your Body (Berkeley, CA: North Atlantic Books, 2011)[邦訳:『トラウマをヨーガで克服する』伊藤久子訳、紀伊國屋書店、2011年]. ただし、引用中の原注「(12)」の紹介は省略します。この本をお読み下さい。 ちなみに、この邦訳本で紹介されているのが「トラウマ・センシティブ・ヨーガ」であり、この邦訳本の「はじめに」(P20~P33)の著者は、べッセル・A・ヴァン・デア・コークです。加えて、引用はしませんがこの本の「第5章 トラウマを抱える皆さんへ」において、家でするプラクティスについての説明があります。さらに、「TRAUMA SENSITIVE YOGA(トラウマ・センシティブ・ヨーガ)」についてはWEBサイト「TRAUMA SENSITIVE YOGA - TRAUMA CENTER」(英文)を、 このヨーガについての論文要旨和訳例は資料「Examining Mechanisms of Change in a Yoga Intervention for Women :The Influence of Mindfulness, Psychological Flexibility, and Emotion Regulation on PTSD Symptoms」を それぞれ参照して下さい。 (ii) ちなみに、引用はしませんが次の本にもヨーガ瞑想の例が記載されています。 『長谷川洋介、貝谷明日香著の本、「知識ゼロからのマインドフルネス 心のトレーニング」(2015年発行)』の PART3(P60~P77) (iii) 引用中の「マインドフルネス」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「リラックス」に関連するかもしれない「落ち着きを取り戻す」ことについて、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「第9章 自己の情動を手なづける」における記述の一部(P295)を次に引用(【 】内)します。 【身体予算のバランスを維持する他の手段に、ヨガがある。長くヨガを実践している人は、おそらく身体活動とゆっくりとした呼吸の組み合わせのおかげで、迅速かつ効率的に落ち着きを取り戻すことができる12。ヨガはまた、体内に有害な炎症の発言を長期にわたって促す、炎症性サイトカインと呼ばれるタンパク質のレベルを低下させる13(中略)。】(注:a) 引用中の原注番号「12」の内容(P590)を次に引用(《 》内)します。 《深くゆっくりとした呼吸は、副交感神経系を活性化し、それによって鎮静効果が得られる。この方法は、身体予算管理領域の活動を自発的にコントロールするための簡単な手段になる。すばやく短い呼吸には逆の効果がある。》[注:引用中の「呼吸」についてはここも参照して下さい] b) 引用中の原注番号「13」引用中の原注番号「73」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Stress, food, and inflammation: psychoneuroimmunology and nutrition at the cutting edge」、「Yoga's impact on inflammation, mood, and fatigue in breast cancer survivors: a randomized controlled trial」 c) 引用中の「身体予算」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 d) 引用中の「炎症性サイトカイン」については他の拙エントリのここを参照して下さい。)

自分を知るようになる――内受容感覚を培う

現代の神経科学から得られる明確な教訓の一つは、自己感覚は体との重要なつながりが拠り所となっているということだ(14)。自分を本当に知るには、身体的感覚を感じて解釈できなければならない。人生を安全に歩んでいくためには、その身体的感覚を認識し、それに基づいて行動しなければならないのだ(15)。麻痺状態に陥る(あるいは埋め合わせとなる感覚を追求する)ことによって、人生は耐えられるものになるのかもしれないが、人はその代償として、体の内部で起こっている出来事に気づけなくなり、そのせいで、肉体的感覚を持ちながら思う存分生きていると感じられなくなる。
第6章で、失感情症について述べた。これは、自分の内部で起こっていることが識別できないという症状の専門用語だ(16)。失感情症の人は、身体的な不快感を抱きがちだが、何が問題なのかをはっきりと説明できない。その結果、暖味な身体的苦痛をあれこれ訴えるのだが、医師は診断名をつけられない。さらに彼らは、どのような状況に置かれても、自分が本当はどう感じているのかや、なぜ気分が良くなったり悪くなったりするのかがわからない。これは、体の通常の要求を、穏やかに、注意深く予期したり、それに応えたりできなくさせる、麻痺の結果だ。同時にこの麻痺のせいで、日々の感覚的な喜びが鈍る。人生に価値を与えてくれる音楽や触感や明るさなどを経験しても、前ほど喜びが得られないのた。内部の世界との関係を(再度)築き、それとともに、自己との思いやりにあふれた、身体的感覚を伴う関係を復活させるには、ヨーガは素晴らしい方法であることがわかった。
人は自分の体の欲求を自覚していなければ、体の面倒を見ることはできない。空腹を感じなければ、自分に栄養を与えることはできない。不安と空腹を取り違えたら、食べ過ぎてしまうかもしれない。満腹のときに、それがわからなければ、食べ続けることになる。だからこそ、感覚を自覚する力を養うことが、トラウマからの回復にとって重要なのだ。従来のセラピーの大半は、内部の感覚世界における一瞬一瞬の変化を軽視、あるいは無視している。だが、こうした変化にこそ、生体の反応の本質がある。その本質とは、体の化学的な特徴と、内臓と、顔や喉や胴や手足の横紋筋の収縮に刻まれている、情動の状態だ(17)。トラウマを負った人は、自分の感覚に耐え、内部の経験と友達になり、新たな行動パターンを培う能力が自分にはあることを学ぶ必要がある。
ヨーガでは、そのときどきの呼吸と感覚に注意を集中する。その結果情動と体のつながりに気づき始める。たとえば、あるポーズをとることに不安があると、実際にバランスを崩してしまうかもしれない。すると、今度は試しに自分の感じ方を変えにかかる。深く息をすると、肩の緊張がほぐれるだろうか。吐く息に意識を集中すると、穏やかだという感覚が生じるだろうか、というように(18)。
自分が何を感じているのかに気づくだけで、情動調節がしやすくなり、自分の内で起こっている出来事を無視しようとするのをやめる手助けになる。学生によく話すのだが、ヨーガと同じで、セラピーで重要なのは、「それに意識を向けてください」と「次にどうなりますか」という二つの言葉だ。恐れではなく好奇心を抱いて自分の体に接し始めると、すべてが変化する。
体を意識すると、時間の感覚も変わる。トラウマを負った人は、自分ではどうしようもない、恐怖に満ちた状態に永遠にはまり込んでいるかのように感じている。ヨーガでは、感覚はしだいに強まり、頂点に達し、それから弱まることを学ぶ。たとえば、人は自分にとってとりわけ難しいポーズをとるようにインストラクターに促されると、そのポーズによって引き起こされる感情に耐えられないだろうと予想して、最初は挫折感や抵抗を覚えるかもしれない。優秀なヨーガ教師は、どんなものであれ緊張にただ意識を向けるように励まし、どれだけ長い間それを感じるかを、呼吸の回数で決める。「この姿勢は、呼吸を一〇回する間、保ちます」という具合だ。こうすると、不快感がいつ終わるのか予期しやすくなるし、身体的苦しみと情動的苦しみに対処する能力が高まる。あらゆる経験が一時的なものだと気づくと、自分を見る目が変わる。
それでもやはり、内受容感覚を取り戻すと気が動転しないともかぎらない。新たにアクセスできた胸の中の感覚が、憤激や恐れや不安として経験されると、どうなるだろう。私たちが最初に行なったヨーガの研究では、半数の人が脱落した。これまでの研究のなかでも、最も高い割合だった。脱落した患者に尋ねたところ、彼らにとってプログラムがつら過ぎたことがわかった。骨盤がかかわるポーズはどれも、強烈なパニックや、性的暴行のフラッシュバックさえ突然引き起こしかねなかった。感覚を麻痺させて注意を向けないようにし、苦心して抑え込んできた過去の悪魔たちを、強烈な身体的感覚が解き放ってしまったのだ。私たちはここから、ゆっくりと、多くの場合カタツムリのようなペースで進むことを学んだ。この取り組み方はうまくいった。最新の研究では、最後まで続けられなかったのは、三四人の参加者中一人だけだった。

ヨーガと自己認識の神経科

この数年間に、私の研究仲間であるハーヴァード大学のサラ・ラザーやブリッタ・ホルツェルのような脳科学者が、集中的な瞑想は生理学的な自己調節に重要な脳領域そのものに良い影響を与えることを明らかにしてきた(19)。幼少期に深刻なトラウマ体験をした六人の女性を対象とする、私たちの最新のヨーガ研究でも、ヨーガを二〇週間実習すると、基本的な自己システムである島と内側前頭前皮質の活動が増すことを、初めて示す結果が出た(第6章参照)。多くの課題がまだ残されているものの、この研究は、体の感覚に意識を向けて、その感覚と仲良くなることを含む行為が、心と脳に大きな変化をもたらし、それがトラウマからの回復につながるという、新たな視点をもたらしてくれる。
ヨーガの研究が終わるたびに、私たちは参加者に、ヨーガ教室はどのような効果があったかを尋れた。島や内受容の話はしなかった。実際、私たちはいつも、話や説明は最小限にして、参加者が自分の内部に意識を集中することができるようにした。
彼らの回答例を挙げておこう。

・「以前よりも強く感情を感じられます。今は感情を認めることができるというだけなのかもしれませんが」
・「前より気持ちを表現できるようになりました。以前よりもよく感情を識別できるからです。体で感情を感じて、識別し、それに取り組みます」
・「今は、選択肢が、さまざまな道が見えます。自分で決断して、自分の人生を選ぶことができますし、過去の人生を繰り返したり、子供のままであるかのように人生を経験したりしなくてもいいのです」
・「安全な場所で、自分を傷つけることも自分が傷つくこともなく、自分の体を動かしたり、体の中に収まっていたりすることができました」

注:i) 引用中の原注「(14)」~「(19)」の紹介は省略します。この本をお読み下さい。 ii) 引用中の「失感情症」についてはここを参照して下さい。 iii) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「内側前頭前皮質」については他の拙エントリのここここを参照して下さい。 v) 引用中の「島」については、次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」  vi) 引用中の「内受容感覚」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 vii) ちなみに、心身相関療法としてのヨーガに関連する各種資料がリストアップされているWEBページを次に示します。 「Welcome to Dr. Takakazu Oka's Homepage - 4. ヨガ - Yoga」(注:このWEBページ中の「アイソメトリックヨガ」については資料「ヨガ」の「事例提示」項も参照して下さい)、『「統合医療」情報発信サイト ヨガ』及び「ストレス関連疾患に対する統合医療の有用性と科学的根拠の確立に関する研究(文献番号:201325024B)」 ただし、これらで紹介されているヨガは「トラウマ・センシティブ・ヨーガ」とは異なるようです。一方、トラウマを抱えた児童を対象としたヨーガの資料例を次に示します。 『トラウマを抱えた児童を対象としたヨーガの意義 マインドフルネスにおける「受容的な気づき」を重視したヨーガ実践

加えて、六つの視点からのトラウマ・センシティブ・ヨーガ及びこどもヨーガについて、杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)中の伊藤華野著の文書「トラウマを有するこどもへのヨーガの応用」の トラウマ・ケアとこどもヨーガ の「(3) トラウマ・治療とこどもヨーガ」における記述の一部(P115~P116)を次に引用します。

PTSDのクライアントの成人に共通してみられるのが「自己身体への疎外と断絶」であり、「今、ここに在ることのできる能力の低下(15)」であることが指摘されている。こうしたクライアントにヨーガを活用し、「自分に棲むことの学び」を提供し、トラウマからの回復を実現しているのが、トラウマ・ケア・センターで実施されているトラウマ・センシティブ・ヨーガである。
トラウマ・ケア・センターでは、ヨーガを二〇週間実習すると基本的な自己システムである島と内側前島皮質の活動が増すことを科学的に証明し「この研究は、体の感覚に意識を向けて、その感覚と仲良くなることを含む行為が、心と脳に大きな変化をもたらし、それがトラウマからの回復につながるという、新たな視点をもたらしてくれる(16)」と報告している。
センターの主たるヨーガ教師、ピーター・エマーソンによる実践上の留意は表2の通りである。奇しくも従来から日本で普及したヨーガ禅(ヨーガ始祖、大阪大学名誉教授・佐保田鶴治博士(17)が完成した)におけるヨーガの四原則と重複し、非常に活用しやすいものであった。PTSDのクライアントへの配慮として有効に活用できる。筆者のこどもヨーガの実践研究は、先述のヨーガ四原則に基づいたこどもヨーガの展開であったため、やはりなじみのある方法として捉えることができた。
エマーソン氏の来日(二〇一二)時(18)に氏によって直接の指導を受ける機会を得たが、そのヨーガ指導法は、呼吸への気づきをベースに感覚、感情、思考への気づきを醸し出すマインドフルネスに徹されたものであった。その際、これまで氏の著書(19)の視点に掲げられていた四つのテーマに、二つの視点が補足された。以来筆者は過去三〇有余年実践してきたこどもへのヨーガ(20)をこの六つの視点で確認しつつ、トラウマに留意が必要なこども集団へのヨーガを実践している。(後略)

注:i) 引用中の文献番号「(15)」は次の本です。「Emerson, D. et al.: Overcoming Trauma through Yoga: Reclaiming Your Body. North Atlantic Books, 2011.(デイヴィッド・エマーソン他『トラウマをヨーガで克服する』二〇-三三頁、紀伊國屋書店、二〇一一年)」 ii) 引用中の文献番号「(16)」は次の本です。「前掲書 (15) 四五二頁」 iii) 佐保田鶴治『ヨーガ入門-ココロとカラダをよみがえらせる』池田書店、一九七五年 iv) David-Emarson, 2012. 来日による研修 Clinical Applications of Trauma Sensitive Yoga(協賛 The Japan Yoga Therapy Society・The Trauma Center at JRI) v) 引用中の文献番号「(19)」は次の本です。「前掲書 (15) 二八-三三頁での前文の寄稿による」 v) 引用中の「島」、「内側前島皮質」については共に他の拙エントリのここを参照して下さい。 vi) 引用中の「マインドフルネス」についてはここを参照して下さい。 vii) 引用中の「表2」(P115)については形式を変更して次に引用します。 viii) (こどもヨーガにおける)引用中の「六つの視点」の同文書同項における項目を次に抜き出します。詳細は同項の記述内容を参照して下さい。 「①今、ここの意識をもつ」、「②選択する」、「③有効性を探求する」、「④緊張と弛緩のリズムをつくる」、「⑤空間に定位する」、「⑥動きを意識化する」

表2 トラウマ・センシティブ・ヨーガ実践上のポイント(文献(4)より伊藤が作表)
・具体的体験を活用する:今ここが体験できるようにする。想像上ではなく身体的、体こ基づくもの。
・主導権を奪わない:禁止、命令、指図は避ける。「いいなと思ったら」「準備ができれば」「きもちよければ」という言葉で主体感を導く。
・予測可能な経験を増やす:自分がより快適だと感じられることを能動的に行う機会を増やす。
・呼吸に動作をあわせる:個人内リズム、個人間リズムを見つけだす。持続時間での感覚の回復、始めがあって終わりがある安心感を提供する。

注:引用中の文献番号「(4)」は上記文献番号「(19)」と同じです。

② 論文「Yoga for Adult Women with Chronic PTSD: A Long-Term Follow-Up Study.[拙訳]慢性 PTSD を伴う大人の女性のためのヨーガ:長期間のフォローアップ研究」の要旨の紹介
標記論文の要旨を次に引用します。ちなみに、 a) 全文は ここを参照して下さい。 b) ヨーガについての他の論文(全文)のリンク集については、次のWEBページを参照して下さい。 「TCTSY Research

INTRODUCTION:
Yoga-the integrative practice of physical postures and movement, breath exercises, and mindfulness-may serve as a useful adjunctive component of trauma-focused treatment to build skills in tolerating and modulating physiologic and affective states that have become dysregulated by trauma exposure. A previous randomized controlled study was carried out among 60 women with chronic, treatment-resistant post-traumatic stress disorder (PTSD) and associated mental health problems stemming from prolonged or multiple trauma exposures. After 10 sessions of yoga, participants exhibited statistically significant decreases in PTSD symptom severity and greater likelihood of loss of PTSD diagnosis, significant decreases in engagement in negative tension reduction activities (e.g., self-injury), and greater reductions in dissociative and depressive symptoms when compared with the control (a seminar in women's health). The current study is a long-term follow-up assessment of participants who completed this randomized controlled trial.

METHODS:
Participants from the randomized controlled trial were invited to participate in long-term follow-up assessments approximately 1.5 years after study completion to assess whether the initial intervention and/or yoga practice after treatment was associated with additional changes. Forty-nine women completed the long-term follow-up interviews. Hierarchical regression analysis was used to examine whether treatment group status in the original study and frequency of yoga practice after the study predicted greater changes in symptoms and PTSD diagnosis.

RESULTS:
Group assignment in the original randomized study was not a significant predictor of longer-term outcomes. However, frequency of continuing yoga practice significantly predicted greater decreases in PTSD symptom severity and depression symptom severity, as well as a greater likelihood of a loss of PTSD diagnosis.

CONCLUSIONS:
Yoga appears to be a useful treatment modality; the greatest long-term benefits are derived from more frequent yoga practice.


[拙訳]
前書き:
ヨーガ-身体的な姿勢と運動の統合的な実践、呼吸のエクササイズ-は、トラウマの暴露によって調節不全となった生理的及び感情的な状態の許容及び調整(modulating)におけるスキルを築くための有用で補助的なトラウマにフォーカスした治療法の構成要素として役に立つ。以前のランダム化比較試験は慢性の治療抵抗性の心的外傷後ストレス障害PTSD)と持続した又は多数のトラウマ曝露に由来する関連したメンタルヘルス問題を伴う60人の女性の間で実施した。10セッションのヨーガの後に、PTSD の症状の重症度の有意な減少及び PTSD 診断の消失のより大きい見込み、否定的な緊張低下活動(例えば、自傷)における有意な減少、及び対照群(女性の健康セミナー)と比較した解離と抑うつ症状のより大きな低下を被験者は示した。現在の研究は、このランダム化比較試験を完了した参加者の長期フォローアップ評価である。

方法:
初期介入及び/又は治療後のヨーガ実践は、追加の変化に関連していたかどうかを評価するために、ランダム化比較試験からの被験者は、約 1.5 年間の研究終了後の長期フォローアップ評価に参加するように招待された。49人の女性は長期フォローアップインタビューを完了した。最初の研究における治療グループの状態及び研究後のヨーガ実践頻度が症状及び PTSD 診断におけるより大きな変化を予測するかどうかを調査するために階層的回帰分析を使用した。

結果:
元のランダム化比較試験におけるグループの割り当ては、より長期的なアウトカムの有意な予測因子ではない。しかしながら、より高い PTSD 診断の消失の見込みはもちろん、PTSD の症状の重症度及びうつ病の症状の重症度において、継続的なヨーガ実践の頻度が有意により大きな減少を予測した。

結論:
ヨーガは有用な治療法であるように思われる。最大の長期的な利益は、より頻繁なヨーガ実践に由来している。

注:i) 引用中の「PTSD 診断の消失」とは、PTSD の診断基準を満たさなくなることです。 ii) 引用中の「ランダム化比較試験」については次の資料を参照して下さい。 「データの取り扱いについて」の「ランダム化比較試験(RCT)」シート(P9)

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(i)演劇
PTSD又は複雑性PTSDにおける演劇の活用について、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の「第20章 自分の声を見つける――リズムの共有と演劇」の「演劇を通してトラウマを治療する」における記述(P559~P561)を次に引用します。

演劇を通してトラウマを治療する

集団で行なう儀式が心と脳にどう作用し、トラウマの防止や緩和にどう役立つのかについての研究は驚くほど少ない。とはいえ私はここ一〇年ほどの間に、演劇を通してトラウマを治療する三つの異なるプログラムを観察し、研究する機会に恵まれた。まず、ボストンのアーバン・インプロヴ(7)が開催するプログラムと、それに触発されて作られ、ボストンの公立学校や私たちの入所型治療施設(8)で開催されているトラウマドラマのプログラム。次に、ニューヨーク市でポール・グリフィンが率いるポシビリティ・プロジェクト(9)。そしてマサチューセッツ州レノックスのシェイクスピア&カンパニーが開催する少年犯罪者向けのシェイクスピア・イン・ザ・コーツ(10)と呼ばれるプログラムだ。本章ではこの三つのプログラムを取り上げるが、アメリカの国内外には多くの素晴らしいセラピー用演劇プログラムがあり、演劇は回復手段として広く活用されている。
これらのプログラムにはそれぞれ違いはあるものの、どれも共通の基盤を持っている。すなわち、集団での行動を通して人生のつらい現実と向き合い、象徴的な変化を遂げるという点だ。愛と憎しみ、攻撃と降伏、忠誠と裏切りは演劇の本質であると同時にトラウマの本質でもある。私たちの文化では、人は本当に自分が感じていることと自分とを切り離して考えるよう教えられている。シェイクスピア&カンパニーのカリスマ的創設者ティナ・パッカーの言葉を借りれば、こうなる。「役者を養成するには、そうした傾向に逆らうような訓練が必要です。つまり心に深く感じるだけでなく、感じたものを絶えず観客に伝えるのです。観客がその感情を遮断せずに、受け止められるように」
トラウマを負った人は深く感じることを心底恐れている。情動を経験するのを怖がっている。情動のせいで自分を制御できなくなるからだ。それとは対照的に、演劇とは情動を身体化し、それに声を与え、リズミカルに場面にかかわり、さまざまな役柄になりきり、それを体現することだ。
すでに見たように、トラウマの根底にあるのは、完全に見捨てられ、人類から切り離されたという感覚だ。演劇は、人間が置かれている現実と集団で向き合う。ポール・グリフィンは里親の下で育つ子供たちのための演劇プログラムを手掛けているが、その説明をしながら私にこう語った。「演劇における悲劇は本質的に、裏切りや暴行や破壊にどう対処するかを中心に展開します。この子たちにとって、リア王やオセロやマクベスハムレットがどういう人物かを理解するのはたやすいことなのです」。ティナ・パッカーに言わせれば、「全身を使って、他の人の体をあなたの感覚や情動、思考に共鳴させること、それに尽きます」となる。演劇はトラウマサバイバーに、万人に共通の人間性を深く体験させ、それを通して相互に結びつく機会を与えてくれる。
トラウマを負った人は、葛藤を恐れる。自分を制御できなくなり、けっきょく再び敗者の側に立たされるのが怖いのだ。葛藤(心の中の葛藤、対人関係での葛藤、家庭内での葛藤、社会的な葛藤、そして、それらの葛藤の結果)は演劇の核を成している。トラウマを負った人は物事を忘れようとし、自分がどれほどおびえているか、激怒しているか、あるいは、無力なのかを隠そうとする。一方、演劇では人は、観客にありのままを告げ、深遠な真実を伝える方法を見つけようとする。そのためには、自分自身の真実を発見するのに障害となるものを打ち破り、自分の内部経験を探り、吟味して、それを舞台の上で自分の声と体で表現できるようにしなくてはいけない。

注:i) 引用中の原注「(7)」~「(10)」の紹介は省略します。この本をお読み下さい。 ii) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。

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(j)書く
愛着障害の視点からの日記や文書を書くことについて、岡田尊司著の本、『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(2016年発行)の 第7章 愛着障害の克服 の『「書く」という行為も安全基地に』における記述の一部(P315~P316)を以下に記述します。一方、『「書き出す」ことはつらいときの助けになる』ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『「書き出す」ことはつらいときの助けになる/「つらい私」の対処法④

「書く」という行為も安全基地に
安全基地となってくれるサポート役になかなか出会えないという場合には、他の方法で安全基地の代わりを求めることも必要になる。
そうしたものとして有用なものの一つは、日記や文章を書くことである。
安全基地とは、自分が求めたときに、ありのままに受け止めてくれる存在である。「書く」という行為は、黙って話を聞いてくれる話し相手に似ている。ありのままの思いを表現し、書き留めることは、吐き出すことによるカタルシス効果とともに、自分を客観視する練習にもなる。
夏目漱石谷崎潤一郎川端康成太宰治三島由紀夫……。日本文学で見ても、名だたる作家の多くは、深刻な愛着障害を抱えていた。彼らは、愛着障害を克服するために、作品を書き続けたともいえるほどだ。書くという行為にしか、安全基地を見出せなかったのかもしれない。もちろんそれで抱えているものを完全に克服できたわけではないが、少なくとも、彼らの苦難を意味あるものにするのには役立ったに違いない。(後略)

注:i) 引用中の「安全基地」に関連する「安心の基地」については、例えばここを参照して下さい。 ii) 引用中の「日記や文章を書く」ことに関連する「肯定的なできごとの日記をつける」ことについては他の拙エントリのここにおける引用を参照して下さい。

加えて、標記に関連する書くことによる曝露療法(written exposure therapy)についての論文の要旨を次に引用します。

・「A Brief Exposure-Based Treatment vs Cognitive Processing Therapy for Posttraumatic Stress Disorder: A Randomized Noninferiority Clinical Trial.[拙訳]心的外傷後ストレス障害のための Brief Exposure-Based Treatment vs 認知処理療法:ランダム化非劣性臨床試験

IMPORTANCE:
Written exposure therapy (WET), a 5-session intervention, has been shown to efficaciously treat posttraumatic stress disorder (PTSD). However, this treatment has not yet been directly compared with a first-line PTSD treatment such as cognitive processing therapy (CPT).

OBJECTIVE:
To determine if WET is noninferior to CPT in patients with PTSD.

DESIGN, SETTING, AND PARTICIPANTS:
In this randomized clinical trial conducted at a Veterans Affairs medical facility between February 28, 2013, and November 6, 2016, 126 veteran and nonveteran adults were randomized to either WET or CPT. Inclusion criteria were a primary diagnosis of PTSD and stable medication therapy. Exclusion criteria included current psychotherapy for PTSD, high risk of suicide, diagnosis of psychosis, and unstable bipolar illness. Analysis was performed on an intent-to-treat basis.

INTERVENTIONS:
Participants assigned to CPT (n = 63) received 12 sessions and participants assigned to WET (n = 63) received 5 sessions. The CPT protocol that includes written accounts was delivered individually in 60-minute weekly sessions. The first WET session requires 60 minutes while the remaining 4 sessions require 40 minutes.

MAIN OUTCOMES AND MEASURES:
The primary outcome was the total score on the Clinician-Administered PTSD Scale for DSM-5; noninferiority was defined by a score of 10 points. Blinded evaluations were conducted at baseline and 6, 12, 24, and 36 weeks after the first treatment session. Treatment dropout was also examined.

RESULTS:
For the 126 participants (66 men and 60 women; mean [SD] age, 43.9 [14.6] years), improvements in PTSD symptoms in the WET condition were noninferior to improvements in the CPT condition at each of the assessment periods. The largest difference between treatments was observed at the 24-week assessment (mean difference, 4.31 points; 95% CI, -1.37 to 9.99). There were significantly fewer dropouts in the WET vs CPT condition (4 [6.4%] vs 25 [39.7%]; χ21 = 12.84, Cramer V = 0.40).

CONCLUSIONS AND RELEVANCE:
Although WET involves fewer sessions, it was noninferior to CPT in reducing symptoms of PTSD. The findings suggest that WET is an efficacious and efficient PTSD treatment that may reduce attrition and transcend previously observed barriers to PTSD treatment for both patients and providers.


[拙訳]
重要性:
5セッションの介入である書くことによる曝露療法(WET)は、心的外傷後ストレス障害PTSD)を効果的に治療することが示されている。しかしながら、この治療は認知処理療法(CPT)のような第一選択の PTSD 治療法とはまだ直接比較されていない。

目的:
PTSD を伴う患者において、WET が CPT に対し劣らない(非劣性である)かどうかを決定する。

デザイン、セッティング及び参加者:
2013年2月28日から2016年11月6日までの間、退役軍人医療施設で行われたこのランダム化比較臨床試験では、126人の退役軍人及び非退役軍人の成人が WET 又は CPT のいずれかにランダムに割り当てられた。選択基準は、PTSD の一次診断及び安定した薬物療法であった。除外基準には、現在の PTSD の精神療法、高い自殺リスク、精神病の診断、及び不安定な双極性障害が含まれた。分析は ITT(intent-to-treat)ベースで実施された。

介入:
CPT(n = 63)に割り当てられた参加者は12回のセッションを受け、そして WET(n = 63)に割り当てられた参加者は5回のセッションを受けた。書面による説明を含む CPT プロトコルは、毎週60分のセッションで個別に手渡された。最初の WET セッションは60分を必要とするのに対し、残りの4セッションは40分を必要とする。

主なアウトカムと測定:
一次アウトカムは DSM-5 の PTSD 臨床診断面接尺度の合計スコアであった。非劣性は10点のスコアで定義した。初回治療セッションのベースライン及びその後の6、12、24、そして36週での盲検の評価が実施された。治療における脱落も調査した。

結果:
参加者126名(男性66名、女性60名;平均年齢43.9歳[標準偏差:14.6])に対し、WET 条件での PTSD 症状における改善は、各評価期間において、CPT 条件の改善に対し非劣性であった。治療間の最大の差は、24週での評価で観察された(平均差、4.31ポイント; 95%信頼区間、-1.37~9.99)。WET vs CPT の条件では(WET は)脱落が有意に少なかった。(4 [6.4%] vs 25 [39.7%];χ21= 12.84、クラメールの連関係数 V = 0.40)。

結論と妥当性:
WET はセッション数が少ないが、PTSD 症状の軽減において CPT に対し非劣性であった。WET が効果的かつ効率的な PTSD 治療法であり、患者と治療提供者の両方に対して、消耗を軽減し、以前に観察された PTSD 治療への障壁を超えるかもしれないことを、この知見は示唆する。

注: i) 引用中の「n = 63」は人数を示します。 ii) 標記「心的外傷後ストレス障害」の省略名である「PTSD」についてはリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「認知処理療法」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「ITT」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Intention to treat(ITT) 解析の持つ意味」 v) 引用中の「クラメールの連関係数」については例えば次の資料を参照して下さい。 「行動科学への数理の応用:探索的データ解析と測度の関係の理解」の「2.7 多次元空間の変数間の関係:クラメールの連関係数」項

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注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日や修飾の変更等)を行うことがあります。

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*1:別途、虐待の引き起こす精神疾患もリストアップされています

*2:有力な治療法の一種であるEMDRについては、主にここ及びここを参照して下さい。一方、規則正しい日常生活については他の拙エントリのここを参照して下さい。

*3:注:「ソマティック・エクスペリエンシング」は「ソマティック・エクスペリエンス」と呼ばれることもあります

*4:注:【その他余談】は他のエントリですが、本エントリの後半部扱いを致します。目次はここを参照して下さい。

*5:ちなみに、解離性障害(解離症)における身体症状はここここを参照して下さい

*6:他の拙エントリのリンクはここここここ及びここを参照

*7:より直接的なリンクはここここここここここここここここここここここここ>ここここここここここここここここここここここここここここここここここここここ及びここを参照して下さい。ちなみに、これに関連する「第四の発達障害」(又は発達性トラウマ症候群、発達性トラウマ症候群障害)については他の拙エントリのここを参照して下さい。

*8:なお、上記「闘争」に関連する「戦闘モード」についてはここ及びここを参照して下さい

*9:他の拙エントリのリンク集(2)も参照して下さい

*10:ちなみに、他の拙エントリにおいてはここ及びここを参照して下さい。

*11:ちなみに、 a) 「情動性のレスポンデント条件づけの成立においては,思考のレベルではなく,体感のレベルでの学習が重要」であることについてはここを参照して下さい。 b) 他の拙エントリにおいてはここここここここここここここ及びここを参照して下さい。加えて、これに関連する「嗅覚嫌悪条件づけ」については他の拙エントリのここここ及びここを参照して下さい。さらに、仏教思想の視点からの「欲望(煩悩)による条件づけ」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

*12:詳細は他の拙エントリのここを参照して下さい

*13:他の拙エントリのここも参照して下さい

*14:他の拙エントリのここも参照して下さい

*15:これに関連する境界性パーソナリティ障害の治療法については、他の拙エントリのここを参照して下さい

*16:ここでの症状は次の5つです。 ①両極端で二分法的な認知 ②自分の視点にとらわれ、自分と周囲の境目があいまい ③心から人を信じたり、人に安心感が持てない ④高過ぎるプライドと劣等感が同居 ⑤怒りや破壊的な感情にとらわれて、暴発や行動化を起こしやすい

*17:ちなみに、上記複雑性PTSDも関連します

*18:森田療法の視点からの神経症については他の拙エントリのここを参照して下さい。

*19:ちなみに、関係フレーム理論における「体験の回避」については、他の拙エントリのここを参照して下さい

*20:「観察する(観察者としての)自己」については、他の拙エントリのここも参照して下さい

*21:突発性環境不耐症の視点からは他の拙エントリのここも参照して下さい。ちなみに、a) 「損害や疾病に対する脆弱性スキーマ」に基づく「破局的思考」については他の拙エントリのここここを参照して下さい。 b)「破局的思考」に関連する「破局的解釈」については、他の拙エントリのここここを参照して下さい。

*22:ちなみに、PTSDの解離サブタイプ(過覚醒症状が目立たず、現実感の低下や白昼夢状態のような解離症状が中心となるタイプ)についてはここここ及び資料「The Dissociative Subtype of PTSD: An Update of the Literature」を参照して下さい

*23:注:上記「社交不安障害」の最新名は「社交不安症」です

*24:「社会的(語用論的)コミュニケーション症」は、「ソーシャルコミュニケ―ション障害」の最新名です

*25:馴化の説明は本エントリのここを参照して下さい。一方、消去学習に関しては本エントリのここを参照して下さい。

*26:ちなみに、『「とらわれ」の病』については次のWEBページを参照して下さい。 『「とらわれ」の病

*27:本エントリ内のリンクはここ参照

*28:治療を実施するための「お膳立て」又は「準備」という意味です。このリンクは「スキーマ療法」に対するものですが、これ以外にも「(アーロン・ベックの)認知療法」[ここを参照]及び(持続エクスポージャー療法[ここを参照]に似た)「ナラティブ・ストーリー・テリングNST)」[ここを参照]に対するものがあります。

*29:例えば知識蓄積の段階、エントリの構想段階、記述段階のもの又はこれらが複合したものと多種多様です

*30:ちなみに、DSM-5に関するWEBページの例は次に示します。「DSM-5と精神医学的診察についての私見

*31:アレルギー・免疫 Vol.10,No.12,2003 における資料で、15年を超える昔のものです

*32:ちなみに、化学物質過敏症又は本態性環境不耐症(IEI)におけるトラウマへの言及についてはここを参照して下さい。

*33:注:ビハヴ(Behav)はBehavior(行動)の略のようです

*34:注:この本における「感情」は「emotion」の訳語です

*35:この要旨における「Methods」及び「Results」は難解かもしれませんが、この引用に対する注に示すこの要旨と同一著者が作成した日本語の関連資料において相当する日文があるようです。ただし、両者の数字が一致しない部分もあるようですが。

*36:加えて、関西労災病院シックハウス診療科診療は既に終了しています。次のWEBページを参照して下さい。「シックハウス診療科診療終了のお知らせ

*37:他の拙エントリのここも参照すると良いかもしれません

*38:この提唱された疾患概念?(又は理論?)は証明されていません

*39:タイトルと要旨結論の拙訳:タイトル「エクスポージャー(曝露)は必要? PTSDに対する対人関係療法のランダム化臨床試験」、結論:この研究はPTSDに対するゴールド・スタンダード治療法[訳注:持続エクスポージャー療法のこと]と比較した個人の対人関係療法に対する非劣性を示した。対人関係療法は(統計的に有意ではないものの)持続エクスポージャー療法に比較して低い(治療)摩擦割合と高い(治療)反応割合を有した。普及した医療信念に反して、PTSDの治療にはトラウマを想起させるものへの認知行動療法的なエクスポージャーは必要ないのかもしれない。加えて、うつ病を合併している患者は持続エクスポージャー療法を伴うものより、対人関係療法を伴うものの方がうまくいくかもしれない。[以上で拙訳終了] ちなみに、a) ゴールド・スタンダード治療法は、複数の質の高い、多人数による臨床試験によって、現時点で十分に効果が高いと評価されたもののようです。

*40:正確には、トラウマを負う以前には存在していなかった持続的な覚醒亢進症状

*41:ちなみに、不安障害の中でも特に小児期に受けた虐待と関係しているとみられている疾患について、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」(2018年発行)の 7章 虐待の引き起こす精神疾患 の「2 不安障害」における記述の一部(P79)を次に引用(『 』内)します。『不安障害の中でも特に小児期に受けた虐待と関係しているとみられているのが、パニック障害広場恐怖症社会不安障害全般性不安障害である。』

*42:ちなみに、児童虐待を受けた人が引き起こしやすい精神疾患について、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」(2018年発行)の「7章 虐待の引き起こす精神疾患」における記述の一部(P73)を次に引用(『 』内)します。 『児童虐待を受けた人が引き起こしやすい精神疾患は、大うつ病性障害や気分変調性障害を含む気分障害心的外傷後ストレス障害パニック障害を含む不安障害、解離性同一性障害境界性パーソナリティ障害などである。その他にも、拒食症、過食症を含む摂食障害、薬物依存・乱用、自傷行為などがある。』(注:引用中の「気分障害」に関連して、「被虐待の既往がある親の場合,激しい気分の変動をもつ者が多い」ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい)

*43:これらに関連して、脳科学的な説明を含む記述は、他の拙エントリのここを参照して下さい。特に、少しの情動喚起で闘争-逃走モードに入ることに関連するここの引用における「危険を突き止める――料理人と煙探知機」項を参照して下さい。

*44:Autistic Spectrum Disorderの略で、自閉症スペクトラム障害又は自閉スペクトラム症とも称されます

*45:身体化(Somatization)は、人が心の不安や心理社会的ストレスを身体症状のかたちで訴えることと言われているようです

*46:環状島とは、海に浮かぶクレーターと考えればよい。ただし、クレーターの内部にも海水が溜まっていて、外海の潮位にシンクロして内海の潮位も変化する不思議な島である。援助を求めて医療機関を訪れる人は、内海から上陸して内斜面を登っている人である。援助者は外海から上陸して外斜面を登る。ドーナッツ状の陸地部分で援助が行われる。しかし、重篤なトラウマ症状をもつ者は体験を言語化することができないため、支援者のいる陸地にすらたどり着けず、内海の中心であるゼロ地点に深く沈んでいて誰からも見えず忘れ去られていく。そして内海の底深くで、加害者の幻影におびえながら過ごす。なんとか語れるところまで這い上がった人も、いつ言葉を奪われ斜面を転がり落ちて内海に沈むかわからない。

*47:これは子どものトラウマに特化した治療法です。次の資料を参照して下さい。 「トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)実施の手引き

*48:EM(眼球運動)の代わりにタッピングを用いるので、タッピングDRとなります

*49:詳細は諸事情により非公開です

*50:ちなみに、a) 境界性パーソナリティ障害自閉スペクトラム症(ASD)との鑑別の視点からの対人操作性については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) パーソナリティ障害についてはここを参照して下さい。

*51:ちなみに、栄養失調と関連があるウェルニッケ脳症、コルサコフ症候群に関する資料例は次の通り。「3病院合同カンファレンス」、「アルコール - MSDマニュアル プロフェッショナル版」の「ウェルニッケ脳症」及び「コルサコフ精神病」項、「健忘症候群」の「ウェルニッケ-コルサコフ症候群(Wernicke-Korsakoff syndrome)」項

*52:注:DSM-Ⅳまでは強迫性障害は不安障害の一種に分類されていましたが、最新の DSM-5 では不安症とは異なる独立の精神疾患単位となりました。一方、強迫症における脳機能に関連する用語については他の拙エントリのリンク集を、強迫性障害における「不潔恐怖・洗浄強迫」に関しては他の拙エントリのここを、それぞれ参照して下さい。加えて、強迫性障害に関係する「とらわれ」(参照)については、リンク集を参照して下さい。

*53:加えて、強迫症に関する資料を以下に示します。「OCD の生物学的病態からみた難治性」、「次元評価を用いたボクセル単位形態計測による強迫性障害の多様性についての検討」、「強迫症の診断概念,そして中核病理に関するパラダイムシフト ―神経症,あるいは不安障害から強迫スペクトラムへ―」、「Salkovskisの強迫症モデル及び治療技法に関する研究の展望

*54:すなわち、ここからの引用です

*55:特にネガティブな思考や感情から「距離をとる」、「脱中心化」することについては、次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネス認知療法」、「マインドフルネスにおける身体性」の『2.4.2 「身体への気づき」から脱中心化へ』項、「マインドフルネスのメカニズムの予測符号化モデルに基づく理解」の「11.2 脱中心化」項(P307)[ちなみに、不安障害患者の対するマインドフルネス認知療法の効果については次の資料を参照して下さい。 「二次医療における不安障害患者に対するマインドフルネス認知療法の効果:無作為化比較試験」] 加えて、上記「Doing Mode」(することモード)と「Being Mode」(あることモード)を紹介するツイートがあります。また、上記「doingモード」と「beingモード」の両方が「最適なケアを提供することに不可欠であると指摘している」ことについて、貝谷久宣監訳の本、「マインドフルネス精神医学 マインドフルネスに生きるメソッド」(2019年発行)の Chapter 4: 人に説くことは自分でも実行せよ の 臨床家のマインドフルネスの課題と障壁 の「②DoingからBeingに切り替える」における記述の一部(P58)を次に引用(【 】内)します。 【McCollumとGehart(2010)は,doingモードとbeingモードの両方が最適なケアを提供することに不可欠であると指摘している。彼らは,マインドフルネスの練習そのものが,doingあるいはbeingする適切な時がいつであるかを,そしてこの知見に基づいて行動する方法が,臨床家の認識への助けとなりうることを詳細に述べている。】(注:引用中の「McCollumとGehart(2010)」は次の論文です。 「Using mindfulness meditation to teach beginning therapists therapeutic presence: a qualitative study」) その上に、言葉の世界全体から距離を取ることについてはここを参照して下さい。

*56:「direct mode」(入力情報をオンラインですぐに処理)が「Doing Mode」に、「buffered mode」(一時的に入力情報を保留して、そのあとに処理)が「Being Mode」にそれぞれ対応しているようです なお、「buffered mode」に関連する、負の感情の嵐を一定時間がまんすることについてはここを参照して下さい。

*57:ここにおける文献番号「43」と同一論文です

*58:加えて、TFT療法(思考場療法)に関連するWEBページを次に示します。 「うつ病の代替医療に注目 ツボ刺激が心に届くタッピングとは」 その上に引用はしませんが、杉山登志郎編の本、「こころの科学 発達性トラウマ障害のすべて」(2019年発行)中には森川綾女著の文書「つぼトントン――TFT(思考場療法)による治療」があります。また、この文書中に示されている参考文献は次のWEBページを参照して下さい。 「ストレスケアの手順 - 日本TFT協会

*59:注:「ソマティック・エクスペリエンシング」は「ソマティック・エクスペリエンス」と呼ばれることもあります

*60:ちなみに、引用はしませんが、ソマティック・エクスペリエンシングに関連する近年の論文を次に示します。 「A randomized controlled trial of brief Somatic Experiencing for chronic low back pain and comorbid post-traumatic stress disorder symptoms.」、「Somatic Experiencing for Posttraumatic Stress Disorder: A Randomized Controlled Outcome Study.」 加えてソマティック・エクスペリエンシングについての論文要旨「Somatic experiencing: using interoception and proprioception as core elements of trauma therapy.」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

*61:この本では、「マインドフルネス」(ここ参照)や「スキーマ」(他の拙エントリのここ参照)への対処もコーピングに位置づけられています