krns-linkのブログ

まだ仮公開で、今後も本公開までドタバタします。コメント欄は有りません。ちなみに、拙ブログ作成者は医療関係者ではありません。拙ブログは訪問者の方々がお読みになるためのものですが、自己責任でお読み下さい(念のため記述)。

一部拙エントリの補足説明について(その1)

① 本エントリ内の医学・医療・心理学関係の様々な用語又は文章のリンク
転換性障害と解離性障害の関係例  心因性非てんかん発作  精神相互作用  行動活性化療法
重ね着症候群  心ここにあらず  鉄欠乏性貧血とうつやパニック発作との関連
気分変動*3発達障害における「時間単位の気分変動」  境界性パーソナリティ障害における「数時間単位の気分変動」  ADHDにおける「数時間単位の気分変動」
パニック症における非定型うつ病、 残遺症状、 不安抑うつ発作 及び アンガーアタック
全般不安症(ここ及びここ)、 限局性恐怖症、 虚偽性障害(作為症)(ここ及びここ
メンタライジング・アプローチの視点からの情動、 投影同一視、 心的等価モード、 ふりをするモード、 知性化、 目的論的モード、 無知の姿勢
情動の視点からの快・不快、 認知バイアスここここ*4

ご参考:他の拙エントリの「リンク集」にも、一部ですが本エントリに関連した用語のリンクがあります。

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前書き

補足説明として、次に示す拙エントリを作成したきっかけの一部となった説明を以下に試みます。例えば、他の疾患が見落とされているのではないか? という疑問です。

シックハウス症候群(又はMCS) 心身医学の見地からに関する文書について
発達障害における身体症状、その他

ちなみに、次の拙エントリは情動学習(条件付け、トラウマ化によるフラッシュバック[視点を変えると「過剰な不安」、「恐怖」及び「トラウマ」等によるもの]を含む)の見落としに関するものです*5

条件付けへの対処について

なお、見落としや誤診のリスクを減少させるための一助として、患者の方々が基礎的な医学的知識を身に着けた方が良いとの本エントリ作者の考え方を反映して、上記3つの拙エントリ及び本エントリを作成しています。

さらに疾患に関する記述として、転換性障害(又は変換症、他の拙エントリのリンク集も参照)については、本エントリで紹介した理由を含めて補足説明の後半部に、パニック症(パニック障害)における誤診、見落しに関しては≪余談1≫にそれぞれ示します。他にも余談があります。ただし、これらの余談は上記拙エントリに関連しないことがあります。

≪主な改訂の履歴≫
2016年1月9日:長文化されたこともあり、目次及びリンク集の追加を含む文章の追加・削除・訂正等の大幅な改訂をしました。
2016年1月15日、22日、2月2日さらに、文章の追加・削除・訂正等の大幅な改訂をしました。
2016年5月28日:さらに、文章の追加・削除・訂正等の大幅な改訂をしました。
2016年6月16日、7月23日、8月14日、29日、9月13日、26日、28日、12月25日、2017年1月21日、2月1日、4月30日、6月17日、25日、7月13日、17日、8月4日、10日、18日:さらに、文章の追加・削除・訂正等の改訂をしました

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補足説明

一部の化学物質過敏症(又はMCS)とされる患者の方々は、他の疾患が見落とされているのではないか? という疑問を本エントリ作者は持っています。この疑問を踏まえて、前書きにおける前者の両エントリで紹介した精神疾患は、発達凸凹、発達障害(主に、自閉スペクトラム症アスペルガータイプ]とADHD。ただし、パニック症、摂食障害うつ病、[波の速い]気分変動[ここここ及びここ参照]等の二次障害を含む)、PTSD、複雑性PTSD*6解離性障害強迫性障害*7です。これらを取り上げた理由の一部は、①これらの精神疾患の診断・治療に対する問題点が指摘されている ②日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)には、シックハウス症候群との鑑別のためのこれらの精神疾患の説明がない*8 ことです。上記①の問題に関しては【細かな説明1】を参照して下さい。a

一方、観点を変えての追加説明を次に試みます。疾患概念である化学物質過敏症(又はMCS)の主要な問題点は他の拙エントリの「MCSのシステマティック・レビュー」及び「MCSに対する世界の医学会等の見解」で示しました*9

さらに、視点を変えての説明を試みると、日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック]」(2013年発行、日本医師会推薦)によると、他の拙エントリのここにおいて引用するように、i) 「・定義された MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)の考え方を基本に化学物質による健康障害をめぐる議論が行われてきている.ただ,医学的な定義はまだ確立されておらず,社会的な関心が先行し言葉が独り歩きし,混乱が生じている.」 ii) 「・日本においては,北里研究所病院の石川哲らによって独自に化学物質過敏症の診断基準が設けられている.」 iii) 「・既往症のアレルギー疾患など,他の疾患との区別が非常に難しいため,現状では正確に診断できる検査・診断方法はない.」(注:この引用中の「診断」はシックハウス症候群化学物質過敏症の診断のことです) との記述が示されています。

これらの引用より、「よしんば日本独自の化学物質過敏症の診断基準により診断されたとしても、化学物質過敏症の医学的な定義はまだ確立されておらず、現状では正確に診断できる検査・診断方法はない」ので、誤診(本来の疾患の見落としを含む)が生じても何ら不思議ではないと本エントリ作者は考えます。

この問題を踏まえると、化学物質過敏症(又はMCS)とされる患者の方々の症状を様々な視点から再検討すると、見落とされた疾患が浮かび上がってきて、適切な治療法が見つかることがあるかもしれません。もしかすると拙ブログ(特に「はじめに」項で紹介したエントリ)がその一助になるかもしれません。

化学物質過敏症と誤診(本来の疾患の見落としを含む)した場合の本来の疾患としては、例えば、中毒、喘息や次に示す自己免疫疾患を含むアレルギー性疾患(参照)、(バセドウ病、橋本病《注:甲状腺に関する疾患名でここ参照》をはじめとする)自己免疫疾患、慢性疲労症候群線維筋痛症参照)、更年期障害参照)、(特にヒステリー又は転換性障害(変換症)[他の拙エントリのここ参照]との鑑別が必要な)てんかん[癲癇](てんかん - 脳科学辞典参照)、(うつ病やパニック症等を併発することもある)むずむず脚症候群ここここ参照]や鉄欠乏性貧血[参照]、様々な精神疾患[例えば、不安症のカテゴリー[DSM-5*10]{パニック症の残遺症状を含む}、強迫症うつ病双極性障害、複雑性PTSD、PTSD、発達障害解離性障害(解離症)、統合失調症、妄想性障害、境界性パーソナリティ障害転換性障害(変換症)]*11が候補に挙げられる可能性が有り、本来の疾患が各人で必ずしも同じではないと本エントリ作者は考えます。*12

様々な医師がいるなかで、疾患を見落とす又は誤診するヤブ医者やトンデモ医がいるかもしれません。不幸にもこれらの医師にかかっている患者の方々は適切な治療が望めないかもしれません。これに相当する患者の方々は基礎的な医学的知識を身に着けて、信頼できる医師を選定する能力を高めた方が良いかもしれません。ちなみに、精神疾患の診断・治療の問題点に関しては【細かな説明1】を参照して下さい。精神科医ですら診断が困難なことがある精神疾患に対し、臨床環境医が十分かつ適切に鑑別・除外診断できるのでしょうか?*13

ちなみに、転換性障害(変換症)*14については【細かな説明2】に示します。

さらに、線維筋痛症において併病する精神疾患を見落とすリスクについては【細かな説明3】に示します。ちなみに、化学物質過敏を訴える患者と精神疾患との関係を示す資料を他の拙エントリのここで紹介しています。

一方、鑑別診断において見落とし又は誤診が懸念される一部の精神疾患の患者の方々において、見落とし又は誤診による不利益を生じさせない又は減少させる一助にするための、患者自身が受診前にチェックした方が良いかもしれない方法例については【細かな説明4】に示します。

さらに、様々な余談については≪余談≫に示します。

[お断り]本エントリは補足説明の集合体なので、相互にまとまりを欠く傾向があるかもしれません。さらに、他の拙エントリの記述内容と重複するかもしれません。

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細かな説明

【細かな説明1】精神疾患の誤診等

発達障害、複雑性PTSD、解離性障害に関する誤診等の診断の問題点についてそれぞれ以下に引用します。これらの引用文献はいずれも近年発行・発信されたものであり、この問題は過去のものではないと本エントリ作者は考えます。

(a) 「こころの科学 177号(2014年9月)」中の、書評者である杉山登志郎著の文書、【ほんとの対話 上岡陽江、大嶋栄子『その後の不自由 「嵐」のあとを生きる人たち』】(P105)における記述の一部を次に引用します。

さて精神科臨床において、これまで十分に考慮されず、したがってきわめて誤診や医原性の憎悪があちらこちらに転がっている病態が二つある。一つは発達障害であり、もう一つは複雑性トラウマである。

注:i) 引用中の「複雑性トラウマ」は、成人の場合には「複雑性PTSD」と読みかえても良いと本エントリ作者は考えます。ちなみに、「複雑性トラウマ」について、十一元三著の本、「子供と大人のメンタルヘルスがわかる本 精神と行動の異変を理解するためのポイント40」の「コラム4 虐待・トラウマとその影響」における記述の一部(P101)を以下に引用します。 ii) 加えて、WEBページ「発達障害の薬物療法」の「内容説明」項を参照して下さい。 iii) さらに、杉山登志郎著の本「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)の 第6章 気分障害をめぐる誤診のパターン の「Ⅰ 気分障害をめぐる症例の類型,最も多いパターン」においても気分障害の文脈で上記引用と類似の記述(P72)があり、これも次に引用(『 』内)します。 『治療がうまく行かない場合とは,実は単純な診断の問題に行き着くことをこれまでにも指摘してきた。その大きな要因となるのは,これまでに繰り返し指摘したように,ひとつは発達障害の見落とし、もうひとつはトラウマの見落としである。』 iv) ちなみに、引用中の「十分に考慮されない病態」における例として、 a) 「発達の問題を抱える者」がうつ的症状に至るメンタル不調を起こした場合に、抗うつ剤を処方されるだけについては、宮尾益知、滝口のぞみ著の本、「部下がアスペルガーと思ったとき上司が読む本」(2017年発行)の 第2章 上司の理解が期待される時代 の「小学校から中学、高校へ……、そして就職」における記述の一部(P59)を以下に引用します。  b) 「複雑性PTSD」等において、精神医療を受けている間に、互いに関連のない診断を複数受けることについては、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の「第9章 なぜ愛情が重要なのか」における記述の一部(P226~P227)を以下に引用します。 c)「複雑性PTSD」等に関連して、b) 項における本を紹介するWEBページ『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』を参照して下さい。

コラム4 虐待・トラウマとその影響(中略)

PTSDの原因は主に非常災害などによる(単回性)トラウマですが、虐待のように被害が日常的に反復され、愛着形成に歪みをもたらすようなトラウマを「複雑性トラウマ」と呼びます。一般に複雑性トラウマの方が解離症状のようなより重い症状を生みやすく、人格や行動への影響も大きいため、治療は専門家が時間をかけて行う必要があります。

小学校から中学、高校へ……、そして就職(中略)

さて、成人の発達の問題は往々にしてこじれます。たとえば、部下が職務を円滑に遂行することができず、うつ的症状に至るメンタル不調を起こした場合、発達の問題にあまり詳しくない精神科や心療内科を受診し、うつ病をターゲットにした抗うつ剤を処方されるだけというケースがあります。(後略)

第9章 なぜ愛情が重要なのか(中略)

こうした患者たちは、精神医療を受けている間に、互いに関連のない診断を五つか六つ受けるのが普通だ。医師が気分変動に焦点を絞れば双極性障害とみなされ、(中略、薬の処方の話題)医師が彼らの絶望感にいちばん強い印象を受ければ、大うつ病を患っていると言われて、(中略、薬の処方の話題)医師が落ち着きのなさと注意力の欠乏に注目したら、注意欠如・多動性障害(ADHD)に分類されて、(中略、薬の処方の話題)そして、もしクリニックの職員がたまたまトラウマ歴を聴取し、患者が関連情報を自ら提供するようなことがあれば、PTSDという診断を受けるかもしれない。これらの診断のどれ一つとして、完全に的外れではないが、どれもみな、これらの患者が何者か、何を患っているのかを有意義なかたちで説明する端緒さえつかめていない。(後略)

注:境界性パーソナリティ障害におけるこれと類似したことを含む引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。

(b) 女性のアスペルガー症候群の診断の困難さについて、宮尾益知監修の本、「女性のアスペルガー症候群」(2015年発行)の「診断 内科や婦人科では心身症と言われやすい」における記述の一部(P49)を以下に引用します。

他の病気だと診断される
内科や婦人科のほかに、精神科でも、発達障害を専門的にみている医療機関でないと、別の病気だと診断される場合があります。しかし、その診断で治療を受けていても、状況はなかなか改善しません。

加えて、宮尾益知監修の本、「ASD(アスペルガ―症候群)、ADHD、LD 女性の発達障害 女性の悩みと問題行動をサポートする本」(2017年発行)の「アスペルガー症候群は、どこで診断・治療が受けられるか」における記述の一部(P41)を次に引用します。

内科や婦人科では、心身症と診断されることも

アスペルガー症候群に気がついていない女性の場合、最初はかかりつけの内科や婦人科で診てもらうことも多いようです。しかし、内科や婦人科は発達障害の専門ではありません。そのために、ストレスからきている心身症統合失調症と診断されて、状況がいつまでも改善されないこともあります。(後略)

さらに、本の「診断 女性はなかなか診断が得られない」における記述の一部(P44~P45)を次に引用します。

女性の場合、医療機関にかかっていても、アスペルガー症候群を見過ごされることがよくあります。(中略)

女性は診断が出にくい
アスペルガー症候群を含むASDは、女性よりも男性に多いといわれています。医療の現場でも、一般にも、女性のASDがあまり知られておらず、そのため女性はなかなか診断が得られないことがあります。

注:引用中の「ASD」は自閉スペクトラム症のことです。

(c) 岩波明著の本から次に複数の引用をします。
岩波明著の本、『発達障害と生きる どうしても「うまくいかない」人たち』(2014年発行)の 第三章 発達障害の多発家族 の「発達障害との区別が難しい精神疾患」項における記述の一部(P138)を次に引用します。

(前略)ASDとADHDの関連に加えて、発達障害において問題になるのは、他の精神疾患が併存する場合や、他の精神疾患との鑑別が容易でない場合である。ASD、ADHDとも、精神科に受診しても発達障害が見逃され、「うつ病」など他の精神疾患と診断されていることはよくみられる。

注:引用中の「ASD」は自閉スペクトラム症のことです。

岩波明著の本、「大人のADHD -もっとも身近な発達障害」(2015年発行)の はじめに の「成人で急増中」における記述の一部(P9~P10)を以下に引用します。

これまで児童期の「病気」とみなされていたADHDが、成人でも数多いことが認識されたのは、この10年あまりのことである。実のところ、わが国においでは、成人においても多数のADHDがみられるという事実は、今でも十分に浸透していない。これまでADHDは、大人になると多くのケースでは改善するとみなされていた。けれどもこのような考え方は、必ずしも正しくないことが次第に明らかになっている。
小児におけるADHDは、思春期以降に改善するケースもみられるが、かなりの割合で成人になってからも、何らかの症状が持続して生活上の問題が生じていることが多い。比較的軽症のケースにおいでは、学生時代までの不適応はみられないものの、就労してから問題が顕在化する例が少なくないし、実際、成人になって精神科を受診する場合は、職場での不適応がきっかけであることが多い。
このようなADHDの人たちの実生活におけるパフォーマンスの悪さやケアレスミスの多さは、周囲からは本人の問題として否定的に評価され、「真面目に取り組んでいない」「仕事にやる気がない」、あるいは「能力不足」とみなされることが多かった。このため、本人も、自己否定的になりやすい。
さらに、周囲からのストレスが続くことによって、うつ病になったり、パニック発作などの不安障害の症状を併発したりする人も数多い。残念ながら、これまで、成人期のADHDはなかなか正しく診断されていなかった。専門であるはずの精神科医においでも、ADHDに対する正しい知識が十分ではないことが多い。現状において、誤診されるケースや「よくわからない」と言われて診療を断られるケースが後を断たない。(後略)

本の 第2章 症状 の「(2)不注意」における記述の一部(P42~P43)を以下に引用します。

(前略)成人期では、注意障害が生活の中でさまざまな形となって出現するが、同時に感情面でも不安定となり、気分の浮き沈み、怒りを爆発させる、イライラ感などを示す例も少なくない。この結果、ADHDにおいては、不安障害、気分障害などの他の精神疾患が併存することが多くなる。このようなケースにおいては、本来のADHDが見逃されやすく、正しい診断がなされないため、適切な治療を受けていないことがしばしばみられる。

注:引用中の「成人期」とは、ADHDの成人期という意味です。

本の 第5章 ADHDとASD の「うつ病と紹介されてきた女性」における記述の一部(P138)を以下に引用します。

(前略)このように、成人になって対人関係の障害から不適応をきたしているADHDのケースは、アスベルガー症候群などASDと診断されやすい傾向がある。さらに本人も、自分はASDだと信じている場合も多い。このようなケースにおいでは、ADHDという正しい診断を見抜くことが治療のためには重要である。

注:i) これより幅広い引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「ASD」は自閉スペクトラム症のことです。

(d) 宮尾益知監修の本、「女性のADHD」(2015年発行)の「診断 診断基準だけでは全貌がみえてこない」における記述の一部(P42~P43)を以下に引用します。

(前略)
基準はあくまでも目安にすぎない
ADHDの診断には、DSMやICDといった診断基準が用いられます。基準があることで一定の診断が可能になるという点では、重要なことです。
ただし、基準はあくまでも目安にすぎません。「多動性」の特性は、基準で示されていること以外にも「用事をつめこみすぎる」といった悩みを引き起こします。
診断基準を参考にすることも必要ですが、基準だけにとらわれず、特性がどのような悩みを引き起こしているのかという視点で、先入観をもたずにADHDをとらえることも大切です。これはとくに女性の場合に重要になることです。(中略)

ADHDの診断基準(中略)

主に男子の特徴
ADHDは主に子どもの発達障害として研究されてきた。女子よりも男子が多いため、診断基準は男子の特徴を反映したものになっている(中略)

基準をはみ出す特徴もある
ADHDの子どもや大人には、診断基準で示されていない特徴もみられます。第1章で紹介した「女性どうしの付き合いで気配りができない」「用事をつめこみすぎる」といった悩みはADHDの女性に多くみられますが、診断基準ではふれられていません。(中略)

ADHDの女性には、多動性・衝動性というイメージからは程遠く、じっとしていて恥ずかしがり屋の人がいる(中略)

特徴は状況によっても変わるもの
ADHDの特徴は、状況によっては目立たなくなるものです。
診断基準のDSM-5では「特に興味のある活動に従事している場合」や「一貫した外的刺激がある場合」などに、特徴がみられなくなる可能性を示唆しています。
だからこそ、ADHDの診断は難しいのです。女性の場合、もともと特徴が現れにくいこともあり、診断が遅れがちです。

注:i) 引用と同じ本の同じ項目に対する他の視点からの引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「診断基準のDSM-5」については次のWEBページに示します。『注意欠如・多動性障害 - 脳科学辞典の「診断・鑑別診断」項』。 iii) 引用中の「診断が遅れがち」に関連して、同本の「COLUMN そもそも診断基準が女性に合っていない?」における記述の一部(P44)を次に引用します。

女性は苦しんでいても診断が出にくい
診断基準が男性向けになっているせいか、女性はADHDがあっても基準に該当する状態にならず、診断が出ない場合があります。治療によってよくなる可能性が高いのに、診断がないため、生活上の困難に苦しんでいます。

(e) 柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)の「診断 ていねいな問診で、解離があるとわかる」項の記述の一部(P72~P73)を次に引用します。

解離性障害は診断がむずかしい病気です。専門的に扱っている医療機関が少ないことに加え、別の精神疾患と症状が似ていることが関係しています。的確な診断には、細かく症状を聞くことが必要です。

自分から言わないことが多く、診断は困難
解離性障害は診断がむずかしいとされています。
その理由は、症状のまぎらわしさです。幻視や幻聴などの幻覚、気分の変化などの症状は、うつ病統合失調症、パーソナリティ障害といった別の病気と似ているものが多いためです。
また、診断をむずかしくしている大きな要因に、解離の症状があるにもかかわらず、医師に話していないことがあります。
本人にしてみれば、「医師に聞かれなかったから」という理由なのですが、聞かれていないところに診断のカギをにぎる重要な症状があるのです。(中略)

似た症状の病気
解離性障害とよく似た症状がある病気は多い。見きわめるには、解離性障害を専門的に診ている医師の診断を受けることがすすめられる

解離性障害とよく似た症状がある病気)
統合失調症 うつ病 境界性パーソナリティ障害 摂食障害 PTSD 不安障害 物質依存(薬物など)

注:引用中の「(解離性障害とよく似た症状がある病気)」は、引用者による追記です。

≪ご参考≫精神医療又は向精神薬に関するその他問題点
注:i) この項を読む前にツイート(これ及びこれ)及び以下に示す引用をご確認した方が良いかもしれません。

井原裕著の本、「うつの8割に薬は無意味」(2015年発行)の 第7章 うつと診断されたら――本人、家族、会社は? の『自殺防止の最大の方策は「うつは治る」と知ること』における記述の一部(P254~P255)を次に引用します。

(前略)抗うつ薬、とりわけ、SSRIなどの新型の抗うつ薬は、上手に飲まないとかえって、自殺のリスクを高めます。上手に飲むとはどういうことか。それは、決められた量以上に服用しないこと、薬剤の効果を高めるために、十分な睡眠、安定した睡眠相、断酒といった原則を徹底すること、これが大切です。繰り返しますが、薬物療法中の飲酒は厳禁です。しかし、やけ酒を岬りながら抗うつ薬を飲むような人が如何に多いことか。そういった人のなかから確実に大量服薬で救命救急センターに運び込まれる人が出てきます。抗うつ薬を飲むなとは言いません。しかし、「いやなことを忘れるためにやけ酒を飲む」ような調子で、あるいは、それこそ「やけ酒と一緒に」抗うつ薬を飲むのなら、そのようなことは絶対にやめていただきたいと思います。(後略)

[1] 次に示すWEBページの後半に、日本における「信頼に足る非常に優れた精神科医」の割合が示されています。「【1872】信用できない医者は世の中にどのくらいいますか

[2] 「自分は発達障害はわからない」という医師の診療依頼

[3] 常に"発達"の視点を持って患者さんを診ることが,広汎性発達障害の正しい診断につながる(特に「■"発達"を軸にして,診断が一転する」項)

この項の記述の一部を次に引用します。

――診断におけるポイントは,どのような点にあるのでしょうか。

広沢 例えば統合失調症の鍵概念である「プレコックス感」のように,発達上の問題を"嗅ぎとる"勘,すなわち臨床的知識や経験に基づく洞察力は,一つ求められると思います。

しかしさらに重要なのは,発達歴を詳しく聞くことです。操作的診断が普及している現在,成人対象の精神科医は特に,過去2週間,あるいは過去半年間の病態像を見て診断するよう訓練されており,発達歴までは聞かないことが多いように感じます。また,丁寧な問診をする時間がなかなか取れないという診療上の事情もあるでしょう。

"発達障害"という視点がなければ発達歴を聞こうとは思わないでしょうし,発達歴を聞かないと"発達障害"という診断には至りません。つまり常に"発達"の視点を意識して,患者さんを診ることが大切だと思います。

[4] 「こころを診る技術」の「序文」項

[5] 井原裕著の本、「うつの8割に薬は無意味」(2015年発行)の 第1章 あれもうつ病、これもうつ病 の「薬を出す以外に能がない精神科医」における記述の一部(P38~P39)を次に引用します。

(改訂作業中)この引用のみだと誤解を招く可能性が高いかもしれないので、とりあえず削除しました。誤解を招く可能性を低くするため及び問題点をより明確にするために補足説明を追加する等、大幅に改訂する予定です。リアルにおける様々な調査が必要なこともあり、改訂の手間がかかる場合には、数カ月以上を要するかもしれません。

注:ちなみに、この本に対する批評が例えば次のWEBページ、ツイートにあります。「うつの8割に薬は無意味」、「ツイート

[6] 「ひとりの精神科医の診断を鵜呑みにしない」

[7] 過去の躁/軽躁状態の有無も確認せずに「うつ病」と診断する(これに関連する ツイート

注:このツイートは、[6] 項に示すリンク先における記述の一部「最近、疑問をもつことが多い診断名はうつ病」にも関連しているかもしれません。ちなみに、i) うつ病の症状と双極性障害躁うつ病)のうつ状態の症状とはよく似ている一方、うつ病双極性障害とでは治療法は異なります。例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「双極性障害とうつ病」 ii) 一方、複雑性PTSD、発達障害及び境界性パーソナリティ障害における気分変動に関する複数の引用は長くなるので≪余談2≫にまとめて示します。加えて、精神鑑定において、双極Ⅱ型障害と診断された例で、これ以前に受けてきた医療において診断されなく、抗うつ薬中心の不適切な治療が続けられていた例について、高岡健、浅野弘毅編の本、「うつ病論――双極Ⅱ型障害とその周辺」(2009年発行)中の高田知二著の資料「精神鑑定例からみた双極Ⅱ型障害」の「5●おわりに」の 5)項における記述の一部(P131)を次に引用します。ちなみに、この資料において、著者が実施した34件の鑑定中、双極Ⅱ型障害は5件であった。その内4件についてこの資料に記述されています。

5) いずれの事例も、それまで受けてきた医療にて双極Ⅱ型障害と診断されたものはなく、抗うつ薬中心の不適切な治療が続けられてきた。それが病状の遷延化と不安定化を惹起させた可能性があり、医療側も十分な注意を払って治療を行っていくことが求められる。

注:基本的に双極Ⅱ型障害の患者の方々に対して抗うつ薬を処方しないようです(特に気分安定薬抗精神病薬を併用しない単独処方)。例えば次の資料を参照して下さい。 「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」 加えて、抗うつ薬における「アクティベーション・シンドローム(賦活症候群)」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「抗うつ薬の適切な使い方について

[8] 助けてと言えなくて~女性たちに何が~

[9] 内海健著の本、「双極Ⅱ型障害という病 改訂版 うつ病新時代」(2013年発行)の「おわりに」項における記述の一部(P234~P235)を次に引用します。

帝京大学に移って驚いたのは、過量服薬やリストカットなど、自傷行為の事例の多さであった。救命救急センターがあるためだろうが、それにしても尋常とは思えない多さであった。しかもその多くが、その頃から近辺に増え始めた精神科クリニックからの事例である。
かつて、自殺企画はもちろん、過量服薬はあってはならないことだった。医者にしてみれば決定的な治療的敗北である。それが日常茶飯事のように処理されていく。しかも、こうした痛ましい事例を出した病院やクリニックの医師から、進んで情報提供を受けたことはほとんどなかった。ひどいところになると、「そんな人はうちでは診れません」、「あとはそちらでやってください」というような応答だった。こうした事例を、まだ経験の浅い大学病院の若手医師たちが、当直や往診で対応に当たるのである。臨床教育の現場をあずかる者として、私は心を痛めた。何とかしなければならないと思った。
事例を丹念に診ていくうちに、気分障害が多数を占めるのはもちろんであるが、双極性が見落とされている場合が多いことが、次第に明らかになってきた。しかも、そのかなりの部分が、抗うつ薬による行動化であった。軽躁状態からストンと抑うつに陥ったり、病相が不安定なったりするパターンが、容易に見て取ることができた。端的にいえば、医原性だったのである。しかも、こうした行動化を引き起こしておきながら、一転してそうした症例をパーソナリティ障害と決めつけ、そればかりか、自分はもう診れぬ、と切り捨てる、そんな事例すら存在したのである。

注:i) この本の著者が帝京大学に移ったのは、1995年のようです。 ii) ちなみに、境界性パーソナリティ障害の治療法の例を次に示します。弁証法的行動療法(例えば他の拙エントリのここ参照)、メンタライゼーションに基づく治療(Mentalization based treatment、例えばここ[英語]参照*15)、スキーマ療法(例えば、他の拙エントリのここWEBサイト参照) iii) 引用中の「行動化」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「境界性パーソナリティ障害」 iv) 引用中の「抗うつ薬による行動化」に関しては、例えば次の pdfファイルにおけるキーワード「アクチベーション」の視点で参照して下さい。「SSRI/SNRI を中心とした抗うつ薬適正使用に関する提言」 v) 引用中の「気分障害」を簡単に言えば、うつ病双極性障害の両方を含む用語です。 vi) ちなみに、この本を高評価するツイートがあります。

[10] 救急外来における大量服薬の現状と対策(P140)
加えて、次のWEBページも参照して下さい。 「過量服薬で救急搬送、使用薬剤トップ10を発表 - yomiDr.*16

[11] そんなに薬が必要ですか? ――職場でよくみる精神科多剤投与の実際――(P168)

[12] うつ病の怪 「悩める健康人」が薬漬けになった理由(これに関連したWEBページは次に示します。『 「悩める健康人」は「病人」ではない』、「 患者よ、うつと闘え!」 一方、セカンドオピニオンについては次のWEBページを参照して下さい。「 うつの処方の薬が多すぎると感じたら、代替案を提案できるセカンドオピニオンへ」)

[13] 「新型うつ」と「ASDの二次障害的新型うつ」との関連については、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、「新型うつ」における誤診、「不安障害の見落とし」を含む「新型うつ」に関連するWEBページは次を参照して下さい。 「若手社員の「新型うつ」は単なるうつ病ではない! パニック障害の権威が職場の偏見と治療の誤解に警鐘」。

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【細かな説明2】転換性障害(変換症)*17について

転換性障害については、WEBページ「変換症 - 脳科学辞典」、「身体表現性障害 - 脳科学辞典」の「転換性障害」項、他の拙エントリのリンク集、両エントリ「転換性障害の現在(1)」、「最近の転換性障害の動向 投稿目前 (1)*18を参照して下さい。さらに、以下のや次の引用をそれぞれ参照して下さい。

転換性障害(変換症)の概要について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第9章 身体症状症および関連症群 の「変換症/転換性障害(機能性神経症状症) Conversion Disorder (Functional Neurological Symptom Disorder)」における記述(P144~P145)を次に引用します。

変換症/転換性障害(機能性神経症状症) Conversion Disorder (Functional Neurological Symptom Disorder)

変換症は,1つ以上の症状が突然現れて,明らかな身体的原因がないのに意識,知覚,感覚,動作に変化をきたす障害である。
変換症の人には体の動きや感覚に生じる複数の症状が出ることが多い。歩行困難,脱力や麻痺,難聴や聴覚消失,失明,嚥下困難,けいれん発作,会話困難,意識消失,無感覚などはすべてよくみられる症状である。実際
には脳内でてんかん発作が起きていない場合もあるが,実際のてんかん発作が起こり,その最中に起こる体の震えや意識消失が変換症のほうに起こることもある。変換症の症状は,唐突な片側もしくは1つの手足の麻痺や脱力のように,急激に発症することが多い。急性発症するため,変換症で救急外来やクリニックを救急受診することになる。変換症は良くなったり悪くなったりを繰り返し,長期間継続することもある。変換症が急激に発症するのは精神的なストレスへの反応だろうと考えられているが,その心理的苦痛の要因が何なのかわからないことも多い。
米国では,変換症は男性よりも2~3倍女性に多くみられる。変換症の症状は10代や成人早期に初発することが多いが,いくつになっても発症することはある。変換症の症状は急性に発症し,短期間しか続かず,深刻な身体的問題によって起きた症状ではないと医師に安心させられると,治療せずに良くなることが多い。症状は急激に起こるが,急に消失し,普通の日常生活に戻ることができる。
変換症の人たちは,パニック症などの不安症や抑うつ障害を併存していることも多い。離人感・現実感消失症をもつ人々も,突然の麻痺のような身体症状がある場合があり,それは変換症の症状であることもある。これらの疾患は同時に起こることもある。

注:i) 引用中の「パニック症」については、例えば他の拙エントリのリンク集(用語:「パニック障害」)を参照して下さい。 ii) 引用中の「抑うつ障害」に関連する「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「離人感・現実感消失症」は解離症群の一部です。ちなみに、「離人感・現実感消失症」の簡単な説明例は同本の 第8章 解離症群/解離性障害群 の「離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害 Depersonalization / Derealization Disorder」における記述の一部(P138)を次に引用(『 』内)します。 『離人感・現実感消失症をもつ人は自身やその周辺から切り離されて,外部の傍観者であるかのように感じる。この感覚が続くことで大きな苦痛を引き起こす。』

一方、2015年に発表された次に示す論文の表2において、転換性障害(Conversion Disorder)の社会人口統計学的な要因(Sociodemographic factors)が示されています。その一つに性的又は身体的虐待の履歴(History of sexual or physical abuse)があります。*19Conversion Disorder- Mind versus Body: A Review.

すなわち、転換性障害と性的又は身体的虐待の履歴には関係があるかもしれなく、転換性障害の患者様にとっては、この履歴の見落としにより適切な治療を受けられないリスクがあるかもしれません。

一方、柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)の「健忘・遁走 自分のこころと体がコントロールできない」項の記述の一部(P46~P47)を次に引用するように、失神に関する記述があります。

記憶にぽっかり空白がある
解離性障害では、時間の流れに従い、一貫性が保たれているはずの意識の状態や人格が、ある時点で急激に変化したり、断裂したりしていることがあります。
本人の自覚症状としては、記憶がぽっかり抜けている、周囲の人から指摘されることが身に覚えがないなど、生活の中でくい違いが生じています。
こうした症状がある場合に考えられるのが、健忘や遁走、意識のぼんやりした状態です。

(中略)

解離性健忘には二つの類型があります。「逃避型健忘」と「変容型健忘」です。

逃避型
症状は健忘だけのことが多く、ほかの精神症状や身体症状はあまりみられない。記憶がない期間は、数日から数カ月間にわたる。男性に多く、遁走を伴うことが多い。
●依存的な性格の人にみられる
もともと依存的な性格の人に多い。家族からの自立に不安を抱いてる反面、家族を嫌悪し、反発するが、結果的には家族に依存するという両面性がある。なんらかの問題で重責を感じたり、窮地に追い込まれたりすると発症する。

変容型
自己がしっかり確立されていない。買った覚えがない品物がある、パソコンや携帯電話に知らない送信履歴があるといったことがしばしば起こる。女性に多く、自傷や大量服薬といった自己破壊的な行為もみられる。
●さまざまな症状がある
錯乱状態、幻覚、同一性混乱、記憶の混乱、退行、フラッシュバック、対人過敏、気配過敏など数多くの精神症状がある。過呼吸、めまい、吐き気といった身体症状も伴う。

(中略)

感情が高ぶって失神する人もいる

注:解離性身体症状については、他の拙エントリのここここを参照して下さい。

さらに、転換性障害心身症状が解離性障害にも出現するとの意見もあります(ICD-10 に準拠しているようです)。その例として、柴山雅俊監修の本、「解離の病理 自己・世界・時代」(2012年発行)の「解離論の新構築」(森山公夫著、P25~P47)の 4 解離とはなにか? の「(3)病態の俯瞰――波と重症度および演技」における記述の一部(P43~P46)を次に引用します。この引用では軽解離状態及び中等度解離状態を対象としています。

(前略)それを踏まえてこれから解離の具体像を俯瞰してゆきたい。そこで肝要なのは、ただでさえ複雑・多岐にわたり、変化自在とも見える解離像を統一的に捉えるために、いくつかの補助的視点をもつことである。これが解離における「波」と「重症度」および「演技」の理解である。
第一に、解離の場合も躁うつ病に似て、興奮・高揚と抑うつとの波があり、さらにその「混合状態」があって、諸症状はみなこの波との関連で出てくる。例えば遁走は高揚を伴い、憑依は抑うつに現れやすい、など。またかつて転換ヒステリーと呼ばれた身体症状はいずれも軽い抑うつ状態の中で出現しやすいなどである。(中略)

ところでこの重篤化の過程は、よく見ると「軽度・中度・重度」というそれぞれ特徴的な三段階を経る。簡潔に言うと、軽度は「念慮」の段階、中度は「妄想」、そして重度は「夢幻様」(意識障害)の段階と特徴づけられるのである。
さて最後に問題にしないといけないのは、かつて「ヒステリー」概念につきまとった、「詐病」とか「演技」(模倣)とか言われる問題についてである。ヒステリーの継承者たる解離に、同様な問題がないとは言えない。ここでは簡潔にこれに関して問題点のみ指摘しておこう。初め解離性精神病は苦悩の極に意図を超えて生じたのだが、病気が長期化(慢性化)すると、かなりの患者は自分で病状を作ることを覚え、例えば多重人格はどんどん増えるという傾向がある。この「作る」も、単に演じる場合と、ある状況を想像的に作りその中で実際に病的状態に陥る場合とがある。したがって特に長期化(慢性化)した患者の場合、実際の病気の時と、病気を演ずる(模倣する)場合、そして演ずる中で実際に病気に陥る場合、の三種類があることを指摘しておきたい。それにしても病気を演じざるをえない状況というのもまた悲劇的である。
さて以上の前置きを踏まえて、ここでは各状態を重篤度に応じて波との関連で列記してゆくに留めておこう。

①軽解離状態:軽躁状態と軽うつ状態に分かれる。軽躁状態では患者の訴えは少なく、むしろ快調・元気と感じているため、本来は重要であるにもかかわらず病状として問題にされることは少ない。ただし、躁的混合状態ではしばしば、さまざまな逸脱行為として問題化してくることがある。
これに対し軽うつ状態は、多彩な病状の宝庫と言って過言でない。従来心身症とか転換型ヒステリーと呼ばれたものは基本的にここに属する。さらには現在、ICD-10で「運動および感覚の解離性障害」(F44.4~44.7)および「身体表現性障害」(F45)に入れられているものの多くがここに属する。いずれにせよこの軽うつ状態で患者は、比喩的に云えば右足を現実世界にのせ、左足を病的観念世界においている状態で、基本は現実世界に生きていながら、暗示的な病的観念にとらわれている。自験例を挙げてみよう。
(1) 自律神経系の異常を伴うさまざまな「心身症状」
過換気症候群:最もしばしば起きる。身体的緊張・不安との悪循環が伴う。
消化機能障害:不安・身体緊張が肥大化し、胃腸(内蔵)機能が低下し、時に重篤なイレウスに至る。
熱発:異常緊張・興奮とともに通常は三七度台の微熱程度だが、時に四〇度台に至る。
(2) 「知覚機能障害」(F44.6):特に皮膚の知覚麻痺ないし脱出は珍しくなく、これがリストカットなどと伴って出現することは周知である。時に眼の知覚障害が見られる。
(3) 「運動機能障害」(F44.4):失立・失歩・失声などがしばしば見られる。
(4) 「対人嫌悪」(怯え)や「離人症」など精神症状が主たるもの。
このうち(1)は主として身体症状として見え、(4)は主として精神症状として見える。(2)、(3)はその中間と考えられるものである。

②中等度解離状態:孤立化と生のリズム解体とが悪循環をなして進行してゆくと、患者の現実感覚は徐々に減弱してゆき、ついにある域を越えると、幻覚・妄想の世界に陥入してゆく。ここで、興奮・高揚と抑うつの両極に分かれる。高揚状態では、「願望の対象」たる人ないしその昇華形としての神などが現れ、その人ないし神との願望的関係妄想の世界が展開される(願望妄想)。それに対し抑うつ状態では、ある人物なりその昇華体を中心とした世界からの被害・憑依が展開され、被害妄想・憑依妄想の世界が拡がってゆく。そしてこれが嵩じてゆくと、両妄想世界ともに幻覚世界を発展させてゆくのである。(後略)

注:i) 一方で、転換性症状は、解離性身体症状と別に分類した方が良いとの意見があります。他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、様々な診断基準における解離症(解離性障害)と変換症(転換性障害)の間の境界については、次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典」の「診断基準」項 ii) 引用中の「それを踏まえて」について知りたいのであれば、一次情報を読んで下さい。 iii) 引用中の「遁走」については、例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「解離症 - 脳科学辞典」の「区画化」項 iv) 引用中の「離人症」については、例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「解離症 - 脳科学辞典」の「離隔」項 v) 引用中の「この重篤化」は、「重症度」としての症状の重篤化のことです。 vi) 引用中の「転換型ヒステリー」については、例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典」の「変換症とは」項 vii) 引用中の「イレウス」については、例えばイレウスを参照して下さい。 viii) 国際的診断基準である引用中の「ICD-10」の「F44」については次のWEBページを参照して下さい。 「[http://www.dis.h.u-tokyo.ac.jp/Scripts/ICD10Categories/default2_ICD.asp?CategoryID=F44:title=F44 解離性[転換性]障害]」 ix) この引用の著者は、例えばうつ病及び躁病を「軽症、中等症、重症」の三段階に分類しています。森山公夫著の本、「躁とうつ」(2014年発行)の「Ⅳ 病態の構造――躁・鬱スパイラルの形成」章を参照して下さい。

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【細かな説明3】身体疾患に併病する精神疾患を見落とすリスク

線維筋痛症*20における診療を例にして、身体疾患に併病する精神疾患を見落とすリスクについて以下に説明を試みます。特に、精神疾患の受容が困難な患者の方々にあてはまると本エントリ作者は考えます。加えて、この説明において示される「虚偽性障害」について、この項の最後に概要を紹介します。

この説明のために、次のガイドライン線維筋痛症診療ガイドライン 2013」を対象とし、ここから記述の一部を複数引用します。

先ず、このガイドラインの「4 鑑別診断 5 線維筋痛症精神疾患の鑑別」の「10 線維筋痛症と思い込む状態」項における記述の一部(P77)を次に引用します。

重要なのは「患者は精神疾患よりは身体疾患の病名を受け入れやすいが,いったん身体疾患であると告知された患者に新たに精神面の治療を実施するのは非常に難しい。診断名の告知は慎重になされねばならない」という点である。痛みの治療にあたる医師は,初期診療における診断の告知がその後の治療に及ぼす影響について十分知っておくべきである。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「2 線維筋痛症精神疾患の疫学」項における記述の一部(P111)を次に引用します。

海外の研究によると線維筋痛症においては,精神疾患の合併率が高いことが知られている。線維筋痛症の診断時点でのうつ病や不安障害の合併がそれぞれ20~35%と報告されている。また,線維筋痛症患者のうつ病や不安障害の罹患率は,それぞれ60~70%と非常に高い。また,パーソナリティー障害が10%程度認められると報告されている。
これらの海外の研究は,米国リウマチ学会の1990年の分類・診断基準に従って合併という概念で扱っているが,日本においてはそのような研究報告自体がなく,日本の線維筋痛症患者における実態はまだ不明である。自験例においては,線維筋痛症患者に精神疾患の診断を行うと95%以上の患者に精神疾患が認められ,複数の精神疾患の診断が認められる患者も多く1人あたりの平均の診断数は約1.5である。約3/4の患者に身体表現性障害が認められ,次に気分障害うつ病または気分変調性障害が半数ずつ)が3割,パーソナリティー障害が1割程度認められる。これらのデータは,海外の報告とほぼ一致するものであるが,日本においては不安障害の合併が非常に少ないことや広汎性発達障害解離性障害がそれぞれ1割程度認められること,時に統合失調症精神遅滞も認められることが特徴であると言える。線維筋痛症を診る施設が本邦では少なく,施設間において患者層に大きな違いがあるため,自験例が日本の線維筋痛症として一般化できるかという問題点が存在するが,本邦においても線維筋痛症患者の大部分に精神疾患が認められるため,精神科的な関与が必要であると思われる。

注:引用中の「広汎性発達障害」は自閉スペクトラム症に相当します。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「3 線維筋痛症における精神疾患治療の必要性」項における記述の一部(P112)を次に引用します。

ガイドラインでは、線維筋痛症は筋緊張亢進型、腱付着部炎型、うつ型の3つのクラスターに分類されるとしているが,前二者は主に整形外科の専門領域に最も近く,うつ型は精神科領域に最も近いと考えられる。(中略)

線維筋痛症患者において,これらのクラスターの重複が認められるものは非常に重症であることが知られており,このような点からも精神科医の関与が必要とされる。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「4 線維筋痛症精神疾患の合併という考え方」項における記述の一部(P113)を次に引用します。

(前略)このような現状においては、②の合併*21という考え方で治療にあたることが,最も治療構造の構築にはよいものと思われる。合併であれば,それぞれの専門家がその専門領域の知識を活かして治療を行うことができ,線維筋痛症患者が最も利益を受けることが可能であると思われる。

注:引用中の脚注は引用者による追記です。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「5 線維筋痛症における治療構造の重要性」項における記述(P113)を次に引用します。

前項にて,「合併」という考え方が最も実地臨床に即しているとしたが,そのような治療構造にしたからといって,精神科の治療導入がうまくいくとは限らない。それは,たとえば整形外科の線維筋痛症専門医が診察して線維筋痛症と診断した後に,精神科受診が必要であると判断しそのように説明しても患者が偏見のため拒否すれば受診しない。患者は精神疾患患者というレッテルを貼られることを恐れたり,それに怒りを感じたりする。また,実際にある精神疾患を認めたくないという心性が働き否認したりするなど,精神科受診を嫌がる理由は多数あり,それは個々に異なる。
そこで問題となるのは,その線維筋痛症専門医が患者に最もよい治療を行うために必要なことができないまま,診療を続けることとなり,精神科的な治療ができないために精神症状が悪化し,重症化していくことである。主治医の勧めを受け入れないこのような線維筋痛症患者は,治療構造を破壊することがしばしば認められ,自分の思い通りの治療を要求し,その結果として医原性に薬物依存となったり,初めは身体表現性障害であったものが,虚偽性障害に発展し,最終的に詐病として,生活保護などを受け生活の糧を得る手段となってしまうことがある。このように病態が進んだ後の治療は大変困難であり,そのようにならないためには,最初の治療構造の構築が最も重要であると思われる。この点を克服するためには,精神科を最初に受診するシステムが最もよいと思われる。精神科受診を線維筋痛症の診断全体における一評価部門と位置づけることで,その心理的な抵抗を軽減することができる。

注:i) 引用中の「身体表現性障害」については次のWEBページを参照して下さい。 「身体表現性障害 - 脳科学辞典」、「身体症状症(旧:身体表現性障害) - KOMPAS」 ii) 引用中の「虚偽性障害」についてはここを参照して下さい。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「6 精神科による治療の導入と概要」項における記述の一部(P114)を次に引用します。

線維筋痛症の精神医学的評価を行う診療システムにおいては,まず,初診の予約を取るときに「線維筋痛症では非常に高い率で精神疾患を合併しておりその評価が診断・治療において必要であること」を説明し,精神科の予約を最初に取る。精神科を受診したときに,またまったく同じことを説明し,全部で3回診察を行い,精神医学的評価を行う。その結果を,患者およびその家族に説明した後に,線維筋痛症の専門医の診察の予約を取る。精神科における診断を明確にカルテに記載してあるので,それを参考にしながら,線維筋痛症の専門医が診断・治療にあたる。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「11 おわりに」項における記述の一部(P118)を次に引用します。

精神科受診においては,家族の受診を勧めても本人しか受診しない場合もあり,精神医学的な評価が十分にできないことがある。パーソナリティー障害,広汎性発達障害気分障害は,典型的でない場合は本人だけの診察では確定診断が難しいことがある。つまり,家族や学校や職場の人などからの聴取がその診断に必要になる。
また正確な診断をするためには,侵襲的な問診が必要な場合があるが,必要な患者ほど侵襲的な問診は慎重に行う必要があることから,3回の診察の中で行うことは難しい。線維筋痛症の診断・治療を受けに来ており,そのために精神医学的な評価を受けるということで受診していることから,患者の受診の動機づけは低い。必要があれば精神科での診療を継続するようにしているが,実際には既に精神科にて治療を受けている場合または精神科には受診したくないので今までも受診を勧められたが受診したことのない患者が大半であるため,基本的には3回の診察で終結することが多い。すなわち、3回の診察で扱える範囲内の診察しかできなため,その診断・治療には限界があることは言及しておきたい。

最後に上記説明で示された虚偽性障害(作為症)について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第9章 身体症状症および関連症群 の 他の身体症状症および関連症群 の「作為症/虚偽性障害 Factitious Disorder」における記述の一部(P147~P148)を次に引用します。

作為症/虚偽性障害 Factitious Disorder
作為症をもつ人々は実際には病気ではなくても,身体疾患や精神疾患を捏造したり,そのふりをしたりする。症状について嘘をついたり,症状を出すために自分を傷つけたり,病気であるとみせかけるために検査結果を変えたりする。例えば 実際には起きていない最愛の人の死を取り上げて,抑うつ気分や自殺念慮を訴えることもある。時には実際の病気や外傷が存在することもあるが,その傷や痛みをわざと悪化させるようなことをする。例えば,わざと傷を細菌に曝したり,治らないように他のことをしたりすることもある。こうした行為によって,軽い病気が治るのを阻害し,より重症なものにしてしまう。そしてこうした傷や病気を悪化させている自分の行為については明かさない。
以下のような2つのタイプの作為症の診断がある。
自らに負わせる作為症 Factitious Disorder Imposed on Self
・身体的症状や精神的症状を捏造する,もしくは症状を引き起こすように自身を傷つける。
・病気である,外傷を負っていると周囲に示す。
他者に負わせる作為症 Factitious Disorder Imposed on Another
・他者(子どもや大人やペットなど)に身体的症状や精神的症状を捏造する,または症状を引き起こすように他者を傷つける。
・世話をしている誰かが病気もしくは外傷を負っていると周囲に示す。
・症状を生じさせた加害者が作為症と診断されるのであって,病気や外傷を受けた人や動物(被害者)ではない。

いずれのタイプの作為症であっても,病気があると振る舞う明確な理由はない。問題を他の人のせいにすることで金銭を得るといった,病気や外傷を偽ることで報酬を得ることもあれば,利益がないこともある。この背景には,自身が病気であったり,病者を介護したりしていると振る舞うことで,助けや注目を得られることを心地よく感じるという複雑な理由がある。作為症と診断するには,本心から病気であると信じる妄想性障害のような他の精神疾患をもたないことが必要である。
作為症の人々は自身でメンタルヘルスの治療を求めないことが多い。どの治療法が最も効果があるかを示した研究はない。精神科治療薬が役立つ証拠も示されていない。支持的精神療法やバイオフィードバックで効果があったとする報告がある。バイオフィードバックは自身の身体機能をコントロールする能力を得る方法である。筋緊張,皮膚温度,呼吸回数などの情報を計器で記録し,それを見ることで望ましい反応を学ぶ。このフィードバックによって,ある変化(例えば呼吸回数を変える)を起こせば,望ましい反応(例えば深く呼吸することで緊張を和らげられる)を作り出せるようにする。(後略)

注:引用中の「妄想性障害」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

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【細かな説明4】疾患のチェック例

上記精神疾患の診断が見落とされる又は誤診されるリスクを伴う患者様等に向け、これらの精神疾患かどうかの判別のための一助をはじめとした、セルフチェック又は理解に適切な1冊の本の提示を以下に試みます。ただし、一部の精神疾患関係に限ります。

(a) トラウマ(PTSD又は複雑性PTSD)
水島広子著の本、「対人関係療法でなおすトラウマ・PTSD」(2011年発行)を読めば、PTSD又は複雑性PTSDのセルフチェックが可能かもしれません。それどころか、この本のタイトルにもあるように、治療的でもあるかもしれません。これが上記拙エントリ *22において、この本の記述を多く引用した理由の一つです。一方、トラウマと関連する愛着については(g)項を参照して下さい。

トラウマを有する境界性パーソナリティ障害*23の患者の方々もこのセルフチェック法の適用が可能かもしれません。

加えて、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)があります。特に、この本の第5部「回復へのさまざまな道」の内容が充実しているのがこの本の一つの特徴です。*24

一方、日本人の著作では、杉山登志郎著の本「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)*25があります。

ちなみに、複雑性PTSD(又は第四の発達障害*26)と発達障害を併病している患者の方々は、上記の本を含む杉山登志郎著・編集の本等(例えば、他の拙エントリのここここ、及びここ参照)を読むことをはじめとして、杉山登志郎医師をリアルでフォローすると、適切な情報が得られる等で良いかもしれません。

(b) 解離性障害
重症な場合を除いては、柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)を読めば、解離性障害のセルフチェックが可能かもしれません。ちなみに、他の拙エントリにおける同本の引用例はここ及びここを参照して下さい。さらに、この本を評価するWEBページを次に紹介します。「【2906】私は統合失調症と診断されましたが、それは誤診で、解離性障害なんじゃないかと思っています。」(特に最下位部、[注:ホームページはここ])

ちなみに、次のWEBページに登場する相談者は実力が高く、誤診されるリスクは低いのではないか と本エントリ作者は考えます。「【3070】解離のような症状があるようですが、これが解離の症状なのか正常の範囲なのかわかりません」(注:ホームページはここ)

(c) 女性のアスペルガー症候群
宮尾益知監修の本、「女性のアスペルガー症候群」(2015年発行)を読めば、女性のアスペルガー症候群のセルフチェックが可能かもしれません。ちなみに、 i) この本の他の拙エントリにおける引用例はここを参照して下さい。加えて、その後に出版された、宮尾益知監修の本、「ASD(アスペルガ―症候群)、ADHD、LD 女性の発達障害 女性の悩みと問題行動をサポートする本」(2017年発行)があります。 ii) (女性に限らない)アスペルガー症候群又は自閉スペクトラム症アスペルガータイプ)に関する一般医学書は数多く出版されており、1冊に絞ることはできませんが、他の拙エントリで示された様々な引用元の本を参照すると良いかもしれません。

(d) 女性のADHD
宮尾益知監修の本、「女性のADHD」(2015年発行)を読めば、女性のADHDのセルフチェックが可能かもしれません。ちなみに、この本における引用を含むADHDに関する情報紹介は、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、その後に出版された、宮尾益知監修の本、「ASD(アスペルガ―症候群)、ADHD、LD 女性の発達障害 女性の悩みと問題行動をサポートする本」(2017年発行)があります。

(e) 境界性パーソナリティ障害境界例
少し古いですが、平井孝雄著の本、「境界例の治療ポイント」(2002年発行)を読めば、境界性パーソナリティ障害境界例)の理解が進むかもしれません。この本には元患者によるこの本の感想が寄稿されています(P338~P346)。この感想における言葉を借りると、「他の境界例の専門書とくらべて、とても安心して読むことができる」そうです。例えば、他の境界例の専門書とくらべて、否定的側面にはスポットがあたっていなく、淡々と書かれているようです。ちなみに、i) この本を高評価するエントリを次に紹介します。「パーソナリティ障害について」 ii) 本エントリ及び他の拙エントリにおける同本の引用例はここ及び他の拙エントリのここを参照して下さい。

一方、「見捨てられ不安」を強調したより読みやすい本を次に示します。市橋秀夫監修の本、「境界性パーソナリテイ障害は治せる! 正しい理解と治療法」(2013年発行)。他の拙エントリのここを参照すると良いかもしれません。また、境界性パーソナリティ障害から回復した方が著者の1人である本は、岡田尊司、咲セリ著、「絆の病 境界性パーソナリティの克服」(2016年発行)です。ちなみに、後者の本は愛着障害の視点からも記述されています。

(f) 統合失調症
この一冊かどうかはともかくとして、林公一著、村松太郎監修の本、「ケースファイルで知る統合失調症という事実」(2013年発行)においては、統合失調症の実例が様々な視点から豊富に示されています。この本からの引用は他の拙エントリのここで紹介されています。

(g) 愛着の問題
パーソナリティや発達の問題の理解をさらに深めるために、愛着の視点から記述した、岡田尊司著の本、「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」(2011年発行)は、本エントリ作者にとっては興味深いです。この本からの引用は他の拙エントリのここの一部において紹介されています。一方、愛着の問題に関連するトラウマについては(a)項を参照して下さい。

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余談

≪余談1≫パニック症等の不安症群の一部について

標記パニック症を中心に、全般不安症及び限局性恐怖症についても以下に紹介します。ちなみに、 a) パニック症はパニック障害とも呼ばれます。 b) パニック症やうつ病を併発することもある、むずむず脚症候群及び鉄欠乏性貧血については、ここを参照して下さい。 c) 全体的な不安症(不安症群)については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「不安症 - 脳科学辞典」 d) 社交不安症(社交不安障害)については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 e) 不安症と関係が深い身体症状の簡単な紹介について、及び全般不安症において生じる症状としての睡眠障害について、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅰ 不安症を理解する の 第4章 不安症と身体 の「Q 不安症と関係が深い身体症状にはどのようなものがありますか?」における記述の一部(P36)をそれぞれ次に引用します。

Q 不安症と関係が深い身体症状にはどのようなものがありますか?

不安症と関係が深い身体症状は、主に、自律神経の交感神経系の活動が亢進した際に認められる身体症状と関連しています。(中略)

また、さまざまなことに対する過剰な不安と心配が生じる全般不安症では、睡眠障害なども生じてきます。

注: i) この引用部の著者は吉内一浩です。 ii) 引用中の「全般不安症」についてはリンク集を、加えて「不安症」については次のWEBページを それぞれ参照して下さい。 「不安症 - 脳科学辞典

先ずパニック障害について、坪井康次監修の本、「患者のための最新医学 パニック障害 正しい知識とケア」(2015年発行)の 第1章 パニック障害ではどのようなことが起こるか の「■パニック障害の全体像を知っておきましょう」における記述の一部(P18~P19)を次に引用します。

●心と体の両方に症状が起こる病気
パニック障害の中心的な症状はパニック発作で、強い不安や恐怖といった精神症状に加えて、動悸、めまい、呼吸困難など多様な身体症状があらわれます。パニック障害は、心にも体にもトラブルが起こる病気なのです。しかし、発作がはじまった当初は、ほとんどの人が心の病気とは思わないようです。身体症状が苦しく、気がかりでもあるので、まずは体の病気を疑って内科を受診するケースが多いのですが、そこで異常が見つからない場合は、神経科、精神科、神経精神科などで専門医の診断・治療を受けてください。パニック障害は見落としや誤診が多く、正しい診断をされずに適切な治療が行われないと、こじれて慢性化していきます。(中略)

パニック発作→予期不安→広場恐怖症へと進む
パニック発作は、いったんおさまっても、再び起こります。発作をくり返すうち、発作が起こっていないときも発作のことが頭を離れず、また起こるのではないかと不安になります。これが「予期不安」で、パニック障害を特徴づける症状です。さらには、発作が起こりそうな場所や状況を避けるようになり、一人で外出するのが困難になるなど、日常生活に支障が出る「広場恐怖症」をともなうようになります。パニック障害はこのような経過をたどりますが、ポイントは、広場恐怖症を悪化させないことです。そのためには、早く適切な治療を受けることが大切です。

ただし、安易にパニック障害と診断するのは不適切であると本エントリ作者は考えます。例えば、次のWEBページを参照して下さい。「【2589】医者によってパニック障害と診断されたりてんかんと診断されたりしています。どちらが正しいのでしょうか。

パニック障害のリスク因子について、本の 第2章 パニック障害とはどのような病気か の「パニック障害の原因 脳の機能障害や、ストレス、体質の影響」における記述の一部(P52~P53)を、加えて、パニック障害に特徴的な認知の歪みについて、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅳ 不安症を治す の 第1章 不安症の心理療法①――認知行動療法 の「Q パニック症(パニック障害)に特徴的な認知の歪みとはなんですか?」における記述の一部(P125)をそれぞれ以下に引用します。

(前略)ストレスや体質は発症のリスク因子になる
●ストレス
パニック障害の発症には、ストレスも大きくかかわります。ストレスは、うつ病をはじめ、多くの精神疾患のリスク因子になることが知られていますが、ストレスは脳にダメージをあたえるのです。中でも、恐怖感を察知する大脳辺縁系扁桃体や海馬)は、強いストレス体験が重なると過敏になって、ささいなことにも恐怖感を覚えるようになります。また、ストレスが長引くと、自律神経にもダメージをあたえます。
パニック発作は、何の理由もなく突然起こりますが、実は発作の前に強いストレスを受けていたというケースが少なくありません。うつ病はストレスを耐え抜いて、ホッとしだときになりやすいのに対して、パニック障害の場合は、ストレスを受けている最中に発症するという傾向があります。
男性では、仕事で追いつめられている状況が多く、女性は、パートナーの横暴や嫁・姑の苦労など、家族関係のトラブルによるストレスが多いようです。
●体質
患者さんの家族歴を調べると、血縁者にパニック障害うつ病、恐怖症、アルコール依存症の人がいるケースがかなり見られます。
パニック障害だけでなく、うつ病アルコール依存症も、発症の根底には不安があるといわれます。もともと不安を持ちやすい素因(体質・気質)があり、それが環境による影響の受け方によって、パニック障害になったり、うつ病アルコール依存症になると考えられるのです。
パニック障害は、遺伝性の病気ではありませんが、不安を持ちやすい体質を受け継ぐことはあります。体質というのは、脳内の不安に関係する神経伝達物質の合成量や、それを感じる受容体の感度のことで、こうした生まれながらに持っている体質の違いがあると考えられるのです。
パニック障害は、こういった体質や気質を持っているだけでは発症しませんが、そこに環境やストレスなど後天的な外因が加わって発症すると考えられます。(後略)

注:i) 引用中の「ストレス」については、例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。「ストレス - 脳科学辞典」、「ストレスマネジメントとは」、「ストレス軽減ノウハウ」、「心のケアの基本」、「ストレスから脳を守れ~最新科学で迫る対処法~*27 ii) 引用中の「大脳辺縁系」については、例えば次の pdfファイルを参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 また、PTSD又は複雑性PTSDの視点より他の拙エントリのここを参照して下さい。さらに、パニック障害大脳辺縁系の関係については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) ちなみに、強迫性障害強迫症)における発病のきっかけについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 v) 引用中の「恐怖症」に関連する「不安障害(不安症)」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

Q パニック症(パニック障害)に特徴的な認知の歪みとはなんですか

パニック症の認知療法では、「身体感覚に対する破局的解釈」という認知(考え方)の歪みが問題を維持する原因となっていると考えます。すなわち、胸がどきどきするとか、息がはあはあするなどの自分の身体感覚に対して、「心臓発作で死ぬ」とか「呼吸困難で死ぬ」のような破局的解釈をして、強い恐怖を感じることが、問題を維持することにつながるというものです。
日常的なごく軽い身体反応(動悸、過呼吸、めまいなど)を「脅威(危険なもの)」と認知すると、不安になり、不安になると、生理的に身体反応が強まり、その強まった身体反応を破局的に解釈する(心臓発作、窒息、脳卒中などで死ぬ)と、さらに不安になり、不安になったので、よりいっそう身体反応が強くなるという悪循環が David M. Clark の認知モデルの図1にあるように起こります。(後略)

注:i) この引用部の著者は清水栄司です。 ii) 引用中の「David M. Clark の認知モデルの図1」の引用は省略しますが、これに関連して、資料「パニック障害:認知行動アプローチ」の「パニック障害の認知モデル(クラーク)」(P15)」シート及び資料「パニック障害(パニック症)の認知行動療法マニュアル(治療者用)の「認知行動モデルの作成(ケースフォーミュレーション) 編」(P10)及び「破局的な身体感覚イメージの再構成 編」(P12~P13)をそれぞれ参照して下さい。 iii) 引用中の「悪循環」に関連するかもしれない「精神相互作用」についてはここを参照して下さい。

iii) 引用中の「身体感覚に対する破局的解釈」に関連して、a) 疼痛における「破局的思考」については、次のWEBページを参照して下さい。 「痛みに対する破局的思考と心理社会的ストレスの関連」 b) 突発性環境不耐症における「破局的思考」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

パニック障害の慢性期に併発することがある非定型うつ病について、本の 第1章 パニック障害ではどのようなことが起こるか の『パニック障害の経過3 「うつ病」を併発するようになる』における記述の一部(P30~P32)を次に引用します。

Point
パニック障害の慢性期には、非定型うつ病を併発することがある
●非定型うつ病は、いわゆるうつ病とは症状が異なり、見落としやすい
●非定型うつ病を併発すると経過が長引くので、早く見つけることが重要
(中略)

「非定型うつ病」の症状はいわゆるうつ病とは異なる(中略)

パニック障害うつ病は、近い関係にある病気と考えられています。実際、パニック障害の人の生涯を見ると、60%の人がうつ病を併発しています。また、軽い躁状態をともなう双極性障害躁うつ病)も、約30%の人が併発します。
うつ病は、パニック障害の前駆期から急性期にかけて起こることもありますが、それほど多くありません。多くなってくるのは、パニック障害が慢性期に入ってから。回避行動や広場恐怖症のために、いろいろなことが不自由になり、生活を楽しんだり何かに打ち込むエネルギーが少なくなって、うつ病を併発しやすくなるのです。
しかし、パニック障害であらわれるうつ病は、いわゆるうつ病(定型うつ病)とは異なる「非定型うつ病」といわれるもので、症状も、一般的に考えられている”うつ病らしさ”がありません。そのため、本人も家族など周囲の人もうつ病とは思わず、症状を見落としがちです。
パニック障害は、うつ病を併発すると経過が長引きますので、早く見つけて適切な治療をすることが非常に重要です。そのためにも、非定型うつ病(パニック性不安うつ病)の症状の特徴を知っておくことが大切です。
●気分反応性
いつもうつ状態にあるわけでなく、まわりで起こる出来事に気分が左右されます。好ましいことがあると気分がよくなりますが、イヤなことがあると激しく落ち込みます。
●過剰に眠る(過眠)
過眠状態は抑うつ気分と併行しますので、気分が激しく落ち込むと眠気も強くなります。1日に10時間以上眠る日が1週間に3日以上あったり、眠っていなくても、ベッドにいるのが10時間以上なら過眠です。
●体が鉛のように重く感じる
単に疲れやすい状態を越え、まるで手足に鉛が詰まっているかのように体が重く感じられる症状です。立ち上がるのさえ大変で、自分ではどうにもなりません。
しかし、周囲からは、怠けているとか、わざとやっていると誤解されてしまいます。
●過食、体重の増加
「何かを口にしていないと気持ちが落ち着かない」という不安感から、食べることへの過剰な衝動が起こります。中でも、チョコレートなど甘いお菓子への欲求が強くなります。週に3日以上、度を越して食べるようなら「過食」です。これにともない体重もふえます。3カ月の間に、健康時の5%以上体重がふえていれば「体重増加」とみなされます。
●拒絶されることへの過敏性
他人の侮蔑的な言動や、軽視、批判に対して極度に敏感になり、ふつうでは考えられないほど激しい反応をみせます。
※なお、このような典型的な非定型うつ病の症状はないものの、軽いうつ状態になる場合があります。本人も周囲の人も、医師ですら気がつかないことがあり、注意が必要です。

パニック発作がおさまったあとの残遺症状について、本の 第1章 パニック障害ではどのようなことが起こるか の「COLUMN 発作がおさまったあとも残遺症状がつづくことがある」における記述(P33)を次に引用します。

発病後、半年くらいからじわじわとあらわれる
パニック発作の症状が少なくなる時期から、じわじわとはじまるのが、残遺症状(非発作性不定愁訴)です。発病して半年後くらいからあらわれ、数年間、あるいは10~20年ぐらいつづくこともあります。
パニック障害は、慢性的で頑固な病気なので、治療が十分にされていないと、いわば「持病」のようになって残遺症状がつづくのです。本人には、これは不快でつらいものとなります。
また、発病からかなり時間が経過してから残遺症状があらわれることもあります。20~30代で起こったパニック発作のことを忘れてしまい、50~60代になってから、心身の不調のために医療機関を受診するようなケースです。この場合、大体は「自律神経失調症」といった診断名がつき、適切な治療が行われないケースが少なくありません。

適切な治療をすれば残遺症状は予防できる
残遺症状は長い間つづきますが、それを避けるためには、パニック障害の治療を少なくとも1年以上つづけることが大切です。症状が消えたあとも、少量の薬の服用をつづけることで、残遺症状は予防できます。
また、年月が経過してからあらわれた場合も、パニック障害の治療をきちんとすれば、症状は軽くなります。

【精神面にあらわれる残遺症状】
・何となくいつも不安
・胸さわぎがする
・現実感がなく、かすみの中で生きている感じ
・雲の中を歩いている感じ
・イライラする(焦燥感)
・感情がわかない など
【身体面にあらわれる残遺症状】
・肩がこる
・頭が痛い
・首が痛い
・のどが詰まる感じ
・息苦しい
・動悸、息切れがする
・胸がチクチクする
・視野がチカチカする
・目の焦点が合わない
・じっくりと汗をかく
・熱感がある
・手が冷たい
・寒気がする など

注:引用中の「自律神経失調症」については、次の pdfファイル「自律神経失調症」、及び他の拙エントリのここを参照して下さい。

不安抑うつ発作について、貝谷久宣監修の本、「パニック症[パニック障害]の人の気持ちを考える本」(2015年発行)の「不安抑うつ発作」項における記述の一部(P64)を次に引用します。

いきなり巨大な「うつ」がやってくる
パニック性不安うつ病では、発作的に抑うつが強くなることがあり、これを「不安抑うつ発作」といいます。突然、なんの理由もなく、自分の意思に関係なく、抑うつ気分にのみこまれてしまいます。(中略)

精神症状:抑うつ感、悲哀感、自己嫌悪感、不安・焦燥感、孤独感、無力感、絶望感、空虚感など  気分落ち込みだけでなく、さまざまな陰性感情をもつ(中略)

不安や抑うつに突然襲われる感じ
激しいマイナス感情が発作的に現れる状態が「不安抑うつ発作」です。「巨大なうつがやってきた」と表現した人もいますが、大波にのみこまれる感じでしょうか。パニック症のほぼ半数が、不安抑うつ発作を経験したといいます。
理由もなく、突然涙があふれて止まらなくなり、大声で泣き叫んだりすることもあります。単に悲しいだけでなく、焦燥感や孤独感も強くあるようです。
発作中に過去のいやなことを思い出して相手の家に怒鳴り込んだ人もいます。
こうした苦しい気持ちから逃げるため、自傷行為に走ることもあるので、周囲は目が離せません。

さらに、アンガーアタックについて、本の「性格変化」における記述の一部(P70)を次に引用します。

病的な怒り発作、アンガーアタック
いわゆる「キレてしまう」状態がアンガーアタックです。ほんのささいな刺激にも、抑えきれない怒りが爆発し、相手に対して非常に攻撃的になります。その様子は病的で、パニック症の三割の患者さんにみられる特徴です。
本来、小心でこわがりな患者さんでも、怒り発作が起こると抑制することができません。そのため、本人も「これは本来の自分ではない」と困惑し、怒りをぶちまけた後には「バカなことをした」と深い自己嫌悪の念にとらわれます。
ひどい場合は、アンガーアタック後には、しばらく抑うつが強くなる人もいるほどです。(中略)

身体症状を伴うこともある
○動悸、心拍数の増加
○ほてり、赤面
○胸が締めつけられる感じ
○手足がマヒした感じ
○めまい、フラフラする感じ
○息切れ、呼吸困難
○発汗
○ふるえ(後略)

注:追記として、病気になる前*28と性格が変わり、本人も自覚があるものの、コントロールできないものとして、上記「性格変化」(P68)において以下のものが挙げられています。この他に、「過食、睡眠障害(過眠)、激しい疲労感なども現れる」との記述があります。 「依存しやすい」(人や物に頼りたがる、なみかに逃げる)、「自己が不明瞭」(自分と他人の境界がわからなくなる、他人の気分に感染しやすい)、「キレやすい」(怒りやすく、すぐ爆発するが、そのあと自己嫌悪に陥る)、「直情的」(待てない、許せない、がまんできないなど、自己中心的で、自分勝手)、「過剰関与」(おせっかい、すぐに口を出す)、「感情移入」(ものごとに熱中しやすくハマりやすい)、短絡的(早とちり、よく考えずに行動する)、感受性が高まる(激しい嫌悪感をもちやすい、いやなことは避ける)

パニック症をコントロールするためのアドバイスとして、本の「解説 病気をコントロールするためのアドバイス」項における記述の一部(P92~P93)を次に引用します。ただし、引用の順序は前後することがあります。

医師から伝えたいこと
病気の回復のために、ぜひ意識してほしいことがあります。とくに体を動かすことが大切です。また、精神的にも身体的にも無理をしないでください。(中略)

人間関係に注意しよう
周囲に気を遣いすぎ、結局自分が傷つくことが多いのです。病気が進行しているときには、複雑な人間関係に撒き込まれないで。感情移入しやすいので、同じ病気の人とのお付き合いもほどほどにしたいものです。

臆病になりすぎない
発作を恐れて外出を控えていると、いつまでたっても回復しません。臆病になりすぎず、安心グッズを持ったり、自分に言い聞かせたりして、行動範囲を広げていきましょう。

運動しよう
運動量が減って体力が落ちる傾向です。パニック症の人は運動することで不安や抑うつ症状が軽くなるという研究があります。運動には、以下のような効果があるとされています。
・疲労感がなくなる
・体力を回復させる
・気分がスッキリする

運動が無理なら部屋の掃除から
疲労感があるからと体を動かさないと、ますます疲労はたまるもの。むしろ体を動かす方が疲労はとれるのです。しかし、体力が低下して運動が無理なら、まず部屋の掃除をしましょう。
・病気でもがんばっていると周囲にも認めてもらえる
・掃除に熱中できる
・部屋がきれいなり、気分が清々しくなる

過労に注意
過労、睡眠不足、風邪はパニック症の三悪です。いずれも発作の誘因になります。体調管理に留意してください。そのためにも、生活リズムを乱さないことは大切です。

過眠しないで
パニック性不安うつ病では、過眠の傾向がみられます。また、睡眠時間が夜にずれる人も多くいます。生活リズムを崩さないように、朝は決まった時間に起きましょう。

禁酒、禁煙、禁コーヒー
治療中は節酒ではなく禁酒を。たばこは抑うつを強めるので禁煙。コーヒーで動悸がした経験がある人はカフェイン過敏性です。カフェインレスのコーヒーならOKです。(中略)

パニック症は乳酸を蓄積しやすい
乳酸は疲労物質のもと。乳酸は体を動かさないとたまりやすく、体内に乳酸が蓄積されると疲労感となります。
つまり、疲れたといって動かさないと、ますます疲れやすくなるのです。

注:i) 引用中の「医師から伝えたいこと」、「運動しよう」、「運動が無理なら部屋の掃除から」及び「パニック症は乳酸を蓄積しやすい」項の内容は互いに関連しています。 ii) 引用中の「パニック性不安うつ病」についてはここを参照して下さい。 iii) 標記「パニック症をコントロール」に関連する「パニック症と生活習慣との関係(日常生活の改善)」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「部屋の掃除から」に関連して、掃除等を話題にしたうつ病の行動活性化療法に関するWEBページを次に示します。『長引く「うつの悪循環」脱出作戦 - apital』、『うつ脱出の最初の一歩は「スモールステップ」 - apital』。ちなみに、行動活性化療法に関しては、例えば次の資料「臨床行動分析と行動活性化療法」及び「新世代の認知行動療法」を、うつ病における行動活性化療法のテクニックを応用した生活リズムを整える方法例は他の拙エントリのここをそれぞれ参照して下さい。

一方、パニック障害(パニック症)の予期不安において、 EMDR (眼球運動による脱感作と再処理法)に効用があることを報告する資料を次に紹介します。 「パニック障害に対する EMDR の効用と限界」 ちなみに、予期不安についてはここを、 EMDR については他の拙エントリのここここをそれぞれ参照して下さい。

加えて、パニック症等における予期不安(参照)までは至っていないかもしれませんが、言葉の効果と不安との関連について、熊野宏昭著の本、「実践! マインドフルネス 今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン」(2016年発行)の 第1章 マインドフルネスを正しく理解する の『「心ここにあらず」は考えることから』における記述(P010~P012)及び『「心ここにあらず」の状態から、ハッと我にかえる』における記述の一部(P015~P016)を次に引用します。

「心ここにあらず」は考えることから

では、「心ここにあらず」の状態はどうしたらなるかと言えば、考えることを始めると我々はすぐ「心ここにあらず」になってしまいます。つまり考えるということが、「心ここにあらず」の状態をつくり出す非常に大きな原動力なんですね。
ただ、我々は常に何かを考えています。これは人間の特性です。
そもそも人間は言葉を発明して、その言葉によって文明を築き上げたのですから、言葉というものは素晴らしい力を持っています。この言葉をつくり出したおかげで、すべての文化がつくり出されたわけですからね。
でも、あまりに素晴らしいので、現実との接点を失ってしまうことが容易に起こります。つまり言葉で考える、あるいは何かを読むとか何かを聞くと、その言葉で表現していることが、心の目で見えてしまうわけです。
例えば皆さん、ちょっと目を閉じてください。それで私が「レモン」と言うと、レモンが見えませんか。ツヤツヤして黄色い、ちょっと先に尖ったところがあって、切るとすっぱそうな匂いがして、かじると実際にすっぱいという味まで感じとれますよね。
それでは目を開けてください。目を開けると、レモンはどこにもありません。でも、「レモン」って聞くだけで、心の目で見えるし、あたかも口の中に入れたような感じが残るわけです。でも現実にはレモンというものはない、ということはわかりますね。

これは簡単な例ですが、我々は他にもいろんなことを考えます。例えば不安が強い方のなかには、地下鉄に乗るのが苦手な方や、飛行機に乗るのが苦手な方もいらっしゃいます。そうすると、「地下鉄に乗る」と思うだけで、もう地下鉄に乗っていて不安で凍って固まっている自分が見えるわけです。「地下鉄に乗るなんて無理、無理!」そう思いますよね。でも、実際に乗ったわけではないですし、実際に乗ったらそのようになるのかもわからないのです。でも、さっきのレモンのように、ありありとそれが感じられてしまうわけです。そして「そんなの、絶対に無理!」となって、乗らないわけです。
でも、実際に地下鉄に乗ったら、調子が悪くなる、怖くなるといったことが本当なのでしょうか。本人にとっては、本当ですよね。心の目でありありと見えますし、感じますし、ドキドキしてきます。だから、「先生、私ができないって言っているのだから、できません」と言いたくなりますよね。
でも、それは本当のことでしょうか。もし考えたことがそのまま事実だとすれば、最初のレモンの例でいえば、レモンは現実のものとして取り出せるはずです。でも、レモンは取り出せません。「絶対に地下鉄なんか乗れない」と思っているのも、それと同じことです。それでも絶対と思ってしまうぐらい、我々の言葉は、力を持っているということです。(中略)

「心ここにあらず」の状態から、ハッと我にかえる(中略)

このように言葉というのは、バーチャルな現実をつくり出すことと、現実との接点を遮断するという、二つの効果を持っています。ですから我々が何かを考え始めると、現実との接点がなくなって、言葉がつくり出すバーチャルな世界のほうに行くわけです。そうすると、「心ここにあらず」の状態になってしまいます。(後略)

注:i) 引用中の「心ここにあらず」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「バーチャルな現実をつくり出す」に関連する「バーチャルな現実によるコントロール」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、「バーチャルな世界と現実の世界の区別がつかない状況に人間を陥れることになった」については、次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスはなぜ効果を持つのか」の「マインドレスになる基盤とは?」項 iii) 引用中の「言葉というのは、バーチャルな現実をつくり出す」ことによる問題を少なくするための「コンプリヘンシブ・ディスタンシング」(言葉の世界全体から距離を取ること)については、他の拙エントリのここを、 加えて「脱フュ―ジョン」については、他の拙エントリのリンク集を それぞれ参照して下さい。

さらに、パニック症と生活習慣との関係(日常生活の改善)例については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅳ 不安症を治す の 第6章 日常生活の改善 の「Q 不安症の発症や経過に関係する生活習慣にはどのようなものがありますか?」における記述の一部(P152)を次に引用します。

不安症にはさまざまな種類がありますが、ここではパニック症を例に説明しましょう。
パニック症(パニック障害)の発症や経過に関係する生活習慣としては、①睡眠、②休養(疲れのとり方)、③飲酒、④カフェインなど興奮・覚醒作用のある物質の過剰摂取がよく知られています。これに加えて、最近は⑤運動が注目されています(中略)。また生活習慣とは若干異なりますが、⑥風邪のときもパニック発作が出やすくなることが知られています。
これらはいずれも体調と関連するものですね。①~④についていえば、睡眠不足や不規則な睡眠時間、疲労の蓄積、アルコール過剰摂取、カフェインなどの過剰摂取はいずれもパニック発作の引き金になりますし、経過にも悪い影響を与えます(体質によりますが、カフェインの場合にはたった一杯のコーヒーでパニック発作が誘発されることもあります)。
これらの悪い生活習慣がつづいていると、どのような治療をつづけていても病状はなかなか改善しません。反対に、規則的で十分な睡眠、定期的に十分な休養をとり、飲酒をやめ、カフェインの過剰摂取を控えることは発症予防と病状の安定につながります。(中略)

ここまでパニック症を例に、発症予防と病状の改善に必要な生活習慣の概要を述べましたが、これらは社交不安症(社交不安障害)、全般不安症(全般性不安障害)などパニック症以外の不安症、またうつ病など、他の精神疾患にも当てはまることと考えてよいでしょう。

注:i) この引用部の著者は佐々木司です。 ii) ちなみに、自閉スペクトラム症の視点からの健康な生活については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

次に、全般不安症について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第5章 不安症群/不安障害群 の「全般不安症/全般性不安障害 Generaclized Anxiety Disorder」における記述の一部(P86~P87)を次に引用します。

全般不安症/全般性不安障害 Generaclized Anxiety Disorder
全般不安症をもつ人たちは多くの話題や出来事,活動について過剰な不安や心配をする。頻繁で過剰な心配は,予想される出来事の現実的な影響を超えている。心配が絶えず続くことで,日常生活の機能が阻害されて,活動に集中することも難しくなる。全般不安症をもつ人たちは,こうした心配をコントロールすることは難しいと感じている。心配は仕事,家族,健康,お金といったことに次から次へと移っていく。不眠,筋肉痛,緊張,頭痛なども起こることが多い。
米国では思春期の約0.9%,成人の2.9%(680万人)に,全般不安症の症状がある。女性は男性より2倍かかりやすい。30歳前後で診断されることが多い。10代以下で発症することは稀ではあるが,発症した場合,学校での勉強やスポーツをうまくこなすことに心配が集中しがちである。
全般不安症の症状は,ゆっくりと発症することもある。一生涯を通して症状が出現したり消失したりする。心配を感じる主な症状も,文化によって表現のされかたが異なる。例えば,心配な考えや恐怖と関連する症状をたくさん訴える人もいる一方で,不眠や筋緊張に関連する身体症状を訴える人もいる。全般不安症をもつ人は,他の不安症や抑うつ障害を併発していることも多い。不眠などの中年や高齢者でよくみられる身体疾患と重複することもある。(中略)

◇ リスク因子
全般不安症の正確な原因は不明であるが,いくつかの因子が発症に役割を担っている。
・気質:不慣れな状況を避けがちな人や悲観的な考え方の人はリスクが高い。
・環境:全般不安症の人は,子ども時代に逆境体験や過保護な養育環境をもっていたかもしれない。
・遺伝:第一度親族(両親や同胞)の人が不安症や抑うつ障害であった場合,全般不安症になるリスクが高まる。

注:引用中の「抑うつ障害」に関連する「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

加えて、限局性恐怖症について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第5章 不安症群/不安障害群 の「限局性恐怖症 Specific Phobia」における記述の一部(P87~P89)を次に引用します。

限局性恐怖症 Specific Phobia
限局性恐怖症をもつ人たちは,特定の物,場所,状況に対して極端な恐怖を感じるが,それらは実際には彼らが感じるほど危険性がないことが多い。彼らの恐怖は,実際の危険性とは釣り合わないことを知っている場合もあるが,落ち着くことはできない。
恐怖の対象としては,動物,虫,高所,雷,針(もしくは注射されること),飛行機に乗ること,エレベータに乗ることなどがある。多くの人が飛行機が飛び立つ際は不安になるかもしれないが,限局性恐怖症の人は飛行機で旅行すること拒むこともある。過剰な恐怖があるため,生活習慣を変えて,特定の状況にいることや特定の物に近づくことを避けることになる。例えば,飛行機に乗ることに恐怖がある人は,飛行機での移動が必要な求人を断るかもしれない。恐怖の対象となるものを避けるために,わざと引っ越したり,長い通勤経路を使ったりする人もいる。
窒息しそうになったり,溺れ死にそうになったりといった心的外傷体験の後に限局性恐怖症になる場合もあるが,多くの場合はなぜその恐怖感が始まったのか思い出せない。限局性恐怖症は10歳以前の小児期に発症することが多い。正常な成長の一部として,子ども時代に覚えた恐怖感は消えていくことが多いが,恐怖症の過剰な恐怖は継続する。
米国では約7~9%の成人が限局性恐怖症にかかっている。男性に比べて女性に2倍多い。米国の3~5%の高齢者も限局性恐怖症にかかっており,恐怖症の対象は,身体疾患に関連した呼吸のしづらさや,息苦しさのような不安が中心となっていることが多い。こうした身体疾患に過剰な不安が組み合わさることで,生活の質(QOL)は大きく下がってしまう。限局性恐怖症の約75%の人たちは,2つ以上の物や状況(例えば,雷と飛行機で移動すること)を恐れている。
自殺は限局性恐怖症の人たちにとって大きな問題であり,障害のない人に比べると60%も多く自殺企図をしている。抑うつ障害群や他の不安症群を伴うことも多く,こうした合併した障害で自殺企図が多いことの要因の1つかもしれない。こうした事実からすると,限局性恐怖症をもつ人たちはメンタルヘルスケアに受診することが望ましい。(中略)

◇ リスク因子
限局性恐怖症の原因は知られていないが,次のような因子が発症リスクを高める。
・気質:不慣れな状況を避けがちな人,心配ばかりしている人,悲観的な考え方をする人は限局性恐怖症になることが多い。
・環境:過保護な両親による養育,死別や別離などで親を失うこと,身体的虐待,性的虐待などは発症リスクを高める。恐怖の対象となる物や状況に関する心的外傷的な出来事も,限局性恐怖症を引き起こすことがある。
・遺伝:第一度親族(親や同胞)に限局性恐怖症をもつ人がいる場合は同様にかかりやすい。

注:i) 引用中の「不安症群」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 不安症 - 脳科学辞典 ii) 引用中の「抑うつ障害」に関連する「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「心的外傷」に関連する「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iv) 引用中の「恐怖の対象」のより詳細としての、「恐怖刺激の分類」については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅱ 不安症の診断と治療 の 第5章 限局性恐怖症 の「Q 限局性恐怖症とはどういう状態か説明してください。」における記述の一部(P65)をそれぞれ以下に引用します。

Q 限局性恐怖症とはどういう状態か説明してください。(中略)

DSM-5では、恐怖刺激を、次の5つに分類しています。
①動物(犬、クモ、昆虫など)
②自然環境(嵐、高所、水、地震など)
③血液・注射・負傷(注射針、侵襲的医療行為など)
④状況(公共の交通機関、飛行機、トンネル、橋、エレベーター、自動車運転、閉所など)
⑤その他(窒息や嘔吐につながる状況、騒音、子どもでは大きな音や着ぐるみなど)
限局性恐怖症をもつ人では、平均で3つの対象または状況への恐怖がみられ、約75%の人に複数の対象または状況への恐怖がみられるといわれています。上述した対象や状況は、健康な一般の人にとっても不快で嫌悪されるものも多いのです。しかし、限局性恐怖症をもつ人の場合、その恐怖の対象に直面するときわめて強い不安が生じ、そのために恐怖をきたす対象や状況を避ける、いわゆる回避症状が生じ、日常生活に支障が出ることがしばしばみられます。(後略)

注:この引用部の著者は野呂浩史です。

一方、一種の限局性恐怖症である高所恐怖症(病的な状態)の説明については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅱ 不安症の診断と治療 の 第5章 限局性恐怖症 の『Q 「高い所が苦手だ」という人は大勢います。どのような症状があると、高所恐怖症という病的な状態と呼ぶべきでしょうか?』における記述(P72~P73)を、 加えて、高所恐怖症に対する対処・治療法の説明については、同PARTの「Q 高所恐怖症の対処法・治療法を教えてください。」における記述の一部(P73)を次に引用します。

Q 「高い所が苦手だ」という人は大勢います。どのような症状があると、高所恐怖症という病的な状態と呼ぶべきでしょうか?

崖の上や高い木の上など、足場の悪い高い所を怖いと感じるのは、危険を回避するために備わった、人間にとって本来必要な感覚かもしれません。現代でも多くの人が「高い所は怖い」と感じます。
そのなかで、高所恐怖症として精神科で治療を必要とするのは、安全が確保されている場所でも、恐怖を感じてしまう人たちです。実際の高さにはあまり関係がありません。たとえ1メートルの高さであっても、恐怖で足がすくむことがあります。その場所の下に空間があり、落ちる可能性があることが怖いのです。
高所恐怖は落ちる恐怖(墜落恐怖)と結びついていることが多く、通常は落ちないと確信できる場所(橋の上や、高層ビル)でも墜落の危険に対する恐怖にかられるのが高所恐怖症です。高所恐怖症の症状は、単に怖いと感じるだけではありません。足がすくみ、恐怖のあまり声をあげてしまうほか、動悸、冷や汗、流涙など自律神経症状とも結びついています。そして多くの場合、必要な場合にも高い所に身を置くことを回避するために、日常生活や職業生活が妨げられ、重度の場合には人づきあいが制限されることもあります。

注:この引用部の著者は赤穂理絵です。

Q 高所恐怖症の対処法・治療法を教えてください。

エクスポージャ法(暴露療法)が推奨されています。これは一定の時間以上、恐怖の対象となる“高所”に身を置きつづけると、恐怖の反応が落ち着いてくることを利用するものです。
たとえば動悸がする、冷や汗が出るなど、恐怖にさらされた際の自律神経の反応は、せいぜい10分もするとおさまってきます。高い崖の上、足場の悪いビルの工事現場など実際に危険な場所は別として、高所恐怖症の人が怖いと感じる“高所”は、通常は安全が確保されている場所です。高所恐怖症の人の頭の中で増幅されている恐怖のイメージも、その場にいつづけて慣れてくるにしたがって、通常15分程度でおさまってきます。当初の恐怖反応が落ち着くところまでその場所にいつづけ、「ここにいてもだいじょうぶだ」という体験をすることで、恐怖を乗り越えていくというのがエクスポージャ法です。
高所恐怖症の人が高い所へ出ていく場合、「ここは高い場所ではない」と自分に暗示をかけたり、「怖くない」と言い聞かせたりします。しかし、これは心理的な抑制の逆説効果(ある思考を抑制するとかえって関連する思考が増幅するもの)を生んで、余計に恐怖が増すことにつながりかねません。エクスポージャ療法では、「自分にとって怖い、高い所にいる」と、まずは恐怖と向き合うことが重要になります。
ただし、最初から強い恐怖を感じる場所に挑戦すると、圧倒的な恐怖感のために自分がエクスポージャ療法に挑戦しているという認識を保てなくなってしまいます。エクスポージャ療法は、軽い恐怖を感じる場所から克服して、徐々に強い恐怖を感じる場所に段階的に挑戦していくことがコツです(たとえばビルの下層階から始めて、1階ずつ上の階に挑戦するなど)。(後略)

注:i) この引用部の著者は赤穂理絵です。 ii) 引用中の「当初の恐怖反応が落ち着くところまでその場所にいつづけ」に関連するかもしれない、森田療法における「感情の法則」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「森田療法を理解するためのキーワード」の「感情の法則とは」項 iii) 引用中の「心理的な抑制の逆説効果」に関連する「抑制の逆説的効果の生起」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「抑制スタイルが抑制の逆説的効果の生起に及ぼす影響」、『「考えない」ことについて考える』 iv) 引用中の「心理的な抑制の逆説効果」に関連する「避けようとすればするほど強く感じてしまい」について、熊野宏昭著の本、「マインドフルネスそしてACTへ」(2011年発行)の 第四章 言葉の世界全体から距離を取る の「私的出来事を回避するとどうなるか」及び「心を閉じない、呑み込まれない」における記述の一部(P115~P118)を以下に引用します。ちなみに、この引用には上記後者の資料中の「シロクマ実験」に関連する記述を含みます。

私的出来事を回避するとどうなるか

ところで、言葉や思考の影響力の強さには、認知的フュージョン以外に、もう一つ大きな理由があるというのが、関係フレーム理論の重要な主張になっています。それは、体験の回避と呼ばれる行動傾向のことで、嫌悪的な状況だけでなく、それに対する自分の反応(嫌悪的な私的出来事)も回避する傾向と説明されています。つまり、嫌な気持ちや考えを持ちたくないために、自分の私的出来事を避けようと心を閉じてしまうわけです。
これがなぜ問題なのかというと、私的出来事は自分の中にあるものなので、避けようとすればするほど強く感じてしまい、思い浮かべる頻度も高まってしまうからです。例えば、不安になることがほんとに嫌だったとすれば、ちょっと不安になっただけで(そんなことは誰にでもあることなのですが)、ひどくビックリしてしまうことになるでしょう。そして、また不安になっているのではないかといつもチェックするようになり、その結果、不安に気づく頻度も増えてしまうわけです。
これを簡単に調べる面白い実験があるのでご紹介しましょう。それは、白熊の実験と呼ばれるもので、とても簡単ですから、皆さんも一緒にやってみてください。いいですか、それでは始めます。

今から三分間、白熊のことは絶対に考えないでください。

どうですか。しばらくは頑張れても、どうしてもチェックが入ってしまって、何度も考えていることに気づく方向に行ってしまったのではないでしょうか。ところで、過去一週間の間に白熊のことを考えたことは? ありませんよね。
認知的フュージョンと体験の回避が悪循環を作ることも容易に理解できるでしょう。(中略)

つまり、何かネガティブなことを考えたとすれば、認知的フュージョンのために現実と感じられてしまうので、強い嫌悪感をもたらします。そこで、わざわざ避けるほどのものでもないのに、「もうこんなことは考えない」とやってしまい、なおその嫌悪感の強さや思い浮かぶ頻度が高まってしまうわけです。

心を閉じない、呑み込まれない

体験の回避と認知的フュージョンから抜け出すためには、苦手で嫌悪的な状況に直面した時に色々考えたり感じたりすることに対して、「心を閉じない、呑み込まれない」というスタンスを取るように努めることが必要になります。(後略)

注:i) 引用中の「体験の回避」及び「認知的フュージョン」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「関係フレーム理論」については、次の資料を参照して下さい。 「言語行動と関係フレーム理論」 注:ちなみに、この理論に基づいて構成された認知行動療法が、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(他の拙エントリのリンク集参照)です。

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≪余談2≫複雑性PTSD、発達障害及び境界性パーソナリティ障害における気分変動

以下に複数の引用を示すように複雑性PTSD、発達障害及び境界性パーソナリティ障害においては、双極性障害とは似て非なる気分変動の症状が有るようです。ちなみに、a) 気分変動の注意点に関するツイート例はここを参照して下さい。 b) 複雑性PTSDについては他の拙エントリのリンク集を、境界性パーソナリティ障害については他の拙エントリのリンク集をそれぞれ参照して下さい。一方、発達障害については他の拙エントリを参照して下さい。

(a) 「こころの科学 181号(2015年5月)」特別企画における杉山登志郎著の文書、「発達精神病理学の力 ―― 予防のための科学」(P14~P20)より記述の一部(P19)を次に引用します。

複雑性PTSDの特徴を、臨床でよく遭遇する所見としてまとめてみたのが表2である。以下、少し解説を加える。(中略)

①気分変動に関しては、一見双極性障害Ⅱ型なのであるが、この起源は被虐待児に認められる激しい癇癪や気分変動であり、実際に気分調整薬がほとんど無効である。一方、抗精神病薬の少量処方と、フラッシュバックへの漢方薬、短時間のトラウマ処理の組み合せが治療的には有効に働く。つまり、複雑性PTSDによる気分変動を、双極性障害から分けたほうがよいのではないか、というのが発達精神病理学的視点からの指摘である。

注:この引用部を拡大した引用は、他の拙エントリのここで紹介しています。

(b) 宮岡等、内山登紀夫著の本、「大人の発達障害ってそういうことだったのか」(2013年発行)の【合併と鑑別-双極性障害】項における記述の一部(P100~P104)を次に引用します。

時間単位でバイポーラーなんておかしい 自閉症でも躁に見える人がいる

宮岡 双極性障害と診断される可能性についてはいかがでしょうか。わりあい気分変動があるのか、あるいは双極性障害と本当に鑑別しなければならないような例もありますか。
内山 双極性障害との鑑別は、ASDよりむしろADHDでしばしば議論されています。ADHDの症状は多動だったり、衝動的だったりするわけで、いわゆる躁状態に近いものがありますよね。もちろんASDとADHDは、僕らの考えでは合併率がかなり高いので、ASDもからんでくるのですが。
宮岡 双極性障害でも自閉症を背景にしたうつもあり、発達史はきちんと聞くというのが大前提ですが、躁に関しても、ADHDで非常に落ち着かない人と、自閉症でも一見躁に見える人がいますよね。
内山 反応性にはしゃぐということはありますね。
宮岡 異様にはしゃぐみたいな感じでしょうか。
内山 異様にはしゃいでしまうのは、情報処理がうまくできないからなのです。要求水準が高まって自分の能力以上のことをさせられると、急にはしゃぐ。それが躁に見えることがあるのです。
宮岡 うつと同じで、気分の高揚感というか、それ自体の言語表現が乏しいんですよね。
内山 そうです。言語表現に乏しいから行動化するのです。しかもリミッターが働かないので、いったん舞い上がると抑えがきかないし、その場もわきまえずに、どんどん舞い上がっちゃうので。
宮岡 行動だけ見ていると、躁と判断しやすいですよね。
内山 双極性障害うつ病と同じで、すごく裾野が広くなっていますしね。
宮岡 そうそう。いま、私も言おうと思っていました(笑)。バイポーラ―Ⅱ(双極Ⅱ型障害)が入って、ますますややこしくなっていますよね。
内山 それに加えて、アメリカでここ十五年ぐらい子どもの双極性障害が大変話題になっていることが原因だと思います。
僕は反対なのですが、アメリカでは一日のなかで気分変動があると双極性障害との診断をつける先生が多いのです。でも、いくら子どもでも一日のなかで変動するようなことは、そんなにないと思います。バイポーラ―なら症状の消失は何週間単位のはずですよね。
宮岡 いまは時間単位でバイポーラーなんですね(笑)。
内山 時間単位なんておかしいと僕は思うのですが。
宮岡 そうですね。「製薬会社が薬を売るために、子どもの双極性障害をつくった」と言う先生もいます。
内山 アメリカで双極性障害がはやり出したのは二十年ぐらい前ですが、そのときから急に子どもの双極性障害が増えて、ADHDとの鑑別が話題になりました。大人の精神科領域に双極Ⅱ型障害が入ったのは何年ぐらい前ですが。
宮岡 日本でよく言われるようになったのは、ここ四~五年ですね。
内山 そうですよね。双極Ⅱ型障害ADHDアスペルガーというのは、かなり悩ましい問題なのです。
宮岡 典型的な躁うつ病だったら、わりあい鑑別の議論もしやすいのですが、双極性障害のほうも裾野を広げてきています。双極Ⅱ型障害というのは、抑うつ状態はあるけれども、躁は軽度の躁という人なんですよね。単極性のうつ病にも、よく見るとちょっとした躁状態があるので、双極Ⅱ型障害ではないかと診る傾向も出てきています。
内山 抑うつと軽い躁が双極Ⅱ型障害の考え方の基本の一つですが、軽い発達障害の人は情動のコントロールが苦手ですから、ちょっといいことがあるとはしゃいでしまうので、躁状態と受け取られてしまうことがよくあるのです。
宮岡 ちょっとはしゃいで行動が亢進している人を躁状態と診る先生方は、「典型的な躁状態ではない」ということに気がつかないのでしょうね。そう考えると、本当にいまの精神医学はガタガタだね(笑)。
内山 子どもの双極Ⅱ型障害が症状の判断を難しくしています。普通の双極性障害というのは躁状態が何週間や何日間も続いて、抑うつ状態が何日間か続くという長い経過をとります。でもいまは、よく聞いたらちょっとはしゃいでいる時間があった程度で「双極Ⅱ型障害かもしれない」という話になってしまう。
宮岡 だから、うつ病で受診してきた人に、「以前、お金の使い方がちょっと荒かったとか、怒りっぽかったとか、仕事がはかどりすぎるほどはかどった時期はないですか」と聞く精神科医が増えてくるわけですよ。
そうすると、患者さんによっては、「あのころはパチンコで十万円ぐらい使った」なんて話が出てくる。そうすると双極Ⅱ型障害が頭にありすぎる精神科医は「ほら、やっぱり双極Ⅱ型障害じゃないか」となる。パチンコで十万円使ったのは最近の話ではなく、過去の記憶なのだから、双極Ⅱ型障害という診断は慎重にすべきだと思うんですけどね。
「うつは心の風邪」と言って、ごく軽いうつまで抗うつ薬の適用にしてしまったように、双極性障害の治療薬を売るためにバイポーラ―Ⅱが出てきて、今度はADHDの治療薬を売るためにADHDの範囲を広げようとしているという意見もあります。医師は概念を広げて薬を売ろうという怪しげな動きにきちんと対応しないといけないですね。やはり「薬を売るために病気をつくったり増やしたりする」という警鐘は鳴らしておきましょう。
(後略)

注:i) 引用中の「バイポーラ-」は双極性の意味です。加えて、引用中の「バイポーラ―Ⅱ」は双極Ⅱ型障害のことです。 ii) この引用部を含む部分の評価が示されている、杉山登志郎著の本、「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)の 第3章 発達障害とトラウマ の「Ⅶ 発達障害うつ病」における記述の一部(P48~P49)を次に引用します。

(前略)ASDに気分障害が多い,またその家族にもやけやたら多いという事実は,発達障害に長年接しているものには周知のことであり,ベストセラーになった『大人の発達障害ってそういうことだったのか』36)にも詳しく取り上げられている。ここで指摘されている非定型的な気分障害に対して,発達障害というキーワードを挿入すると,新しい視点と対応法が開けるという指摘はまったくその通りだと筆者も思う。だがこの本で抜けている視点がある。それがトラウマの視点である。(後略)

注:i) 引用中の「ASD」は自閉スペクトラム症又は自閉症スペクトラム障害の意味です。 ii) 引用中の文献番号「36)」はここで紹介した本です。 iii) 引用中の(非定型的な気分障害に対する)「トラウマの視点」からの説明をしている本の例は、標記本です。一方、引用中の「非定型的な気分障害」に関連する親の「双極性障害類似の気分の上下」について、杉山登志郎編集の本、「発達障害医学の進歩28 発達障害とトラウマ」(2016年発行)中の、杉山登志郎著の文書「発達障害とトラウマ 総論」の 発達障害とトラウマの複雑な関係 の「7 親の側の気分障害の存在と被虐待の既往」における記述の一部(P5)を次に引用します。

7 親の側の気分障害の存在と被虐待の既往
症例を重ねるうち,この親の側に,父親にも母親にもうつ病躁うつ病を有する者が極めて多いことに気づいた.さらに親の側にもすでに,被虐待の既往が極めて多いことにも気づいた.ASD 11) および ADHD 12) において,うつ病の併存が極めて多いことはこれまでにも指摘されていた.われわれは親の側に精神科的な問題が認められた場合には積極的に親のカルテも作成し,親子併行治療を実施してきた.われわれが相談を受け,治療を行った親の側のうつ病は少ない量の抗うつ薬の服用のみで,短期間に寛解を得られる症例もあった.しかし徐々に重症例を数多く経験するようになった.このような症例こは特徴があり,親の側の被虐待の既往と,単なるうつ病ではなく,難治性の双極性障害類似の気分の上下が認められた.
被虐待の既往がある親の場合,激しい気分の変動,希死念慮,時として多重人格など,重篤な精神科的症状をもつ者が多く,当然ながら精神科での治療をすでに受けていて,しかも治療によって寛解を得た例が非常に少ないことにも気づかざるを得なかった.すでに様々な診断を受けているが,発達障害に関しては未診断で,さらにトラウマの既往に関しても,精神科においてそのことに十分に配慮された治療がなされていた者は皆無であった.彼らは発達障害の臨床像と,慢性のトラウマから来る複雑性 PTSD心的外傷後ストレス障害;Post-Traumatic Stress Disorder)の症状とを共に有していた5).(後略)

注:i) 引用中の文献番号「11)」、「12)」はそれぞれ対の論文です。 「Depression in persons with autism: implications for research and clinical care.」、「New insights into the comorbidity between ADHD and major depression in adolescent and young adult females.」 ii) 引用中の文献番号「5)」は次の本です。 「杉山登志郎発達障害薬物療法.岩崎学術出版社,東京.2015」 iii) 引用中の「この親」は、あいち小児センターにおいて、この文書の筆者の治療を受けた患児の親のようです。

(c) そだちの科学 13号(2009年11月発行)中の三好輝著の文章、「難治例に潜む発達障害」(P32~P37)における記述の一部(P34)を次に引用します。

非定型発達者は本来彼らには馴染めない定型者中心社会に適用しようと、無理に過覚醒(過緊張)状態を保って現実に適応していることが多い(過覚醒状態を解除するのにも時間がかかる)。またトラウマ関連症状があると、過去の不快記憶が現在へと絶えず侵入してきて大脳を過度に興奮させてしまう。こうした脳の過覚醒(過緊張)状態の持続や異常興奮状態の頻発により、非定型発達者にはムードスウィング(軽いがサイクルの早い躁うつ様の気分の波)を伴うことが多い。

(d) 資料『「境界例の理解と対応」』の Ⅲ.マネジメント の 1.診断とマネジメント における記述の一部を次に引用します。

もうひとつ事前質問でいただいた「双極Ⅱ型と誤診されることが多いのでは」ということについては,双極性障害では気分変動の理由がはっきりしない。(中略)しかし、境界例では数時間単位で気分の変動があり、その原因が対人関係である。こうした違いを告げて心理教育をすることが大切である。

注:i) この資料においては、「境界例」を境界性パーソナリティ障害の意味で使用しています。 ii) ちなみに、精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害と診断するためには、例えば pdfファイル「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の「2.双極性障害の症状を知ろう」におけるリストアップされた軽躁の症状(P5)が4日間以上続く必要があります。詳細は、この pdfファイルを参照して下さい。

(e) 次のWEBページ「診察室」における記述の一部を次に引用します。

感情がひどく不安定。2、3時間から2、3日にわたって、不安・いらいら・不快感が続く。このため「躁うつ病」と思われていることもある。

注:ちなみに、精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害と診断するためには、例えば pdfファイル「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の「2.双極性障害の症状を知ろう」におけるリストアップされた軽躁の症状(P5)が4日間以上続く必要があります。詳細は、この pdfファイルを参照して下さい。

(f) 「こころの科学 185号(2016年1月)」の特別企画「パーソナリティ障害の現実」中の野間俊一著の文書「境界性パーソナリティ障害気分障害か?」(P49~P57)より二つの記述の一部(P51)をそれぞれ次に引用します。

境界性パーソナリティ障害双極性障害の関係(中略)

境界性パーソナリティ障害の気分不安定に対する気分安定薬の有効性について、十分な実証的統計研究は知られていない(3)。実際に気分安定薬が処方されているのは境界性パーソナリティ障害の約二割といわれ、気分安定薬が有効そうだというデータはあるものの結果にかなりばらつきがある。結局、境界性パーソナリティ障害に対して気分安定薬を処方することについて、米国のガイドラインでは患者の感情調節不全に対する第二選択の治療法とされ、英国のガイドラインでは推奨されていない。臨床感覚としては、気分安定薬がそれなりに有効な患者がいることは事実だが、薬物効果の根拠は乏しいようである。
境界性パーソナリティ障害双極性障害とは重なり合うのではなく似て非なるもの、一見境界性パーソナリティ障害に見えるけどじつは本質的にまったく別な双極性障害だという症例が存在する、だからこそしっかり鑑別診断を行うべし、という考え方も当然あるだろう。自己破壊的な衝動行為が目立っているが、軽微な気分変動を見極めることで隠された双極性障害を見つけ出すことさえできれば、そのような症例には気分安定薬がしっかりと効くはずだ、というわけである。

注:引用中の文献番号「(3)」は、次の論文です。PubMed では Abstract が表示されませんが。「Are mood stabilisers helpful in treatment of borderline personality disorder?

気分変動と対人関係
衝動性の亢進した状態を躁状態とみなすかどうかの判断は、このようになかなか難しいことなのだが、この点以外でも、境界性パーソナリティ障害では双極性障害のような気分変動がみられるという点も、両疾患概念の鑑別を困難にしている。ただし、境界性パーソナリティ障害の気分の波は比較的周期が短く、数週間あるいは数日で躁とうつが切り替わる傾向がある。それは、境界性パーソナリティ障害の気分が、対人関係のあり方に敏感に反応するためである。つまり、双極性障害は脳の機能不全により気分の周期的な波が生じるが、境界性パーソナリティ障害では他者との交流が密になり対人関係が揺れ動くときに一見躁的な焦燥感が現れ、対人関係を置いて孤立した状態のときに抑うつ的な引きこもり状態になることが多い。

(g) 林公一著の本、「擬態うつ病新型うつ病 実例からみる対応法」(2011年発行)の 五章 境界性パーソナリティ障害 の「Case 12 解説 境界性パーソナリティ障害」における記述の一部(P115)を次に引用します。

⑥ムードスイング(顕著な気分反応性による感情不安定性)
感情の不安定さは、境界性パーソナリティ障害の大きな特徴です。些細なことで突如としてこの不安定さが現れ、興奮したり、暴力的になったり、自己破壊的になったりします。「躁うつが激しい」と表現することもできるのですが、躁うつ病とは全く違ったものです。最も大きな違いは、気分が突然変動しているように見えても、境界性パーソナリティ障害ではそのきっかけに①の「見捨てられ不安」があるということです。

注:i) 引用中の『①の「見捨てられ不安」』については以下の引用を参照して下さい。ちなみに、「見捨てられ不安」に関しては、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。

「Case 12 解説 境界性パーソナリティ障害」における記述の一部(P111)を次に引用します。

①見捨てられ不安としがみつき(現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする、なりふりかまわない努力)
これが境界性パーソナリティ障害の最も中心的な症状であるともいえます。つまり、境界性パーソナリティ障害に見られる多くの症状は、この見捨てられ不安がもとになっていると考えられます。(後略)

(h) 岡田尊司著の本、『パーソナリティ障害がわかる本 「障害」を「個性」変えるために』(2014年発行) の 第2編 パーソナル障害のタイプ――特徴、診断、背景、対処と克服など の (1)境界性パーソナリティ障害 の「③めまぐるしい気分の起伏」における記述の一部(P114~P115)を次に引用します。

両極端で変勤しやすい傾向は、気分や感情の面でも顕著です。調子がよく希望に溢れ、すべてがすばらしく思えるときと、調子が悪く悲観的で、すべてがダメに思えるときとの差が大きく、めまぐるしく入れ替わるのが特徴です。
気分が沈むだけでなく、イライラや不安が強い状態もよく見られます。同じ気分が数日以上持続することは少なく、小さな起伏や変動が生じやすいのです。こういう気分の起伏をムード・スウィングと言います。また、基本的には気分は沈みやすい傾向が見られ、本格的なうつ状態を伴うこともあります。(後略)

注: ちなみに、精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害と診断するためには、例えば pdfファイル「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の「2.双極性障害の症状を知ろう」におけるリストアップされた軽躁の症状(P5)が4日間以上続く必要があります。詳細は、この pdfファイルを参照して下さい。

(i) 岩波明著の本、「大人のADHD -もっとも身近な発達障害」(2015年発行)の「図表6-3 ハロウエルらの診断基準」における記述の一部(P146)を次に引用します。

15. 気分が変わりやすい:2、3時間の感覚でさしたるさしたる理由もなく気分が変わりやすくなることがある。

注:i) この図表全体の引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「2、3時間の感覚で」は誤りで、「2、3時間の間隔で」が正しいのかもしれません。 iii) ADHDに対する「ハロウエルらの診断基準」は国際的な診断基準ではありません。国際的な診断基準の例は次のWEBページを参照して下さい。「注意欠如・多動性障害 - 脳科学辞典」の「診断・鑑別診断」項 iv) ちなみに、精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害と診断するためには、例えば pdfファイル「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の「2.双極性障害の症状を知ろう」におけるリストアップされた軽躁の症状(P5)が4日間以上続く必要があります。詳細は、この pdfファイルを参照して下さい。

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≪余談3≫メンタライジング・アプローチについて

メンタライジング・アプローチに関する一部分を複数の引用により以下に示します。ちなみに、メンタライジングの説明は(g)項に示します。

(a) 「よそ者的自己」と投影同一視
上地雄一郎著の本、「メンタライジング・アプローチ入門 愛着理論を生かす心理療法」(2015年発行)の 第4章 メンタライジングの発達 の「4 愛着トラウマとメンタライジングの機能不全」における記述の一部(P148~P150)を次に引用します。

安定した愛着関係がメンタライジング能力を育てるのに対して,愛着関係において生じるトラウマ(愛着トラウマ)はメンタライジング能力を台無しにしてしまいます。その最たるものは,子どもの愛着を無秩序型にしてしまう親のあり方であり,そこには不適切な養育(maltreatment),つまり虐待とネグレクトが含まれます。(中略)

親の不適切な養育は,子どもにメンタライジング能力の機能不全を含む発達的欠損をもたらします。とくに虐待を受けた子どもたちは,メンタライジングの認知的側面,例えば心の理論課題において機能障害を示すだけでなく,情動的側面にも機能障害を示します。Fonagy と共同研究者たち(Fonagy et al., 2007)によれば,虐待を受けた子どもたちには,次のような特徴があります。

①他の子どもたちの苦痛に共感的反応を示す可能性がより低い。
②より情動の調整が欠けた行動を示す。
③内的・情動的状態について語る頻度がより低い。
④情動の表出を理解することが困難である。

不適切な養育における親子の関係をより細かく検討すると,以下のようなプロセスが見えてきます。まず,不適切な養育を行う親からは,子どもが自分の精神状態を知るために重要な随伴的・有標的なミラリングは返ってきません。子どもの精神状態は,ありのままに理解されることはなく,親の投影と歪曲に基づいて理解されます(Slade, 2005)。しかも,親は,自分自身の憎しみや恐怖をそのまま子どもに表出します。子どもは,親の応答の中に自分自身の精神状態の表象を見ることはできず,親自身の精神状態を見ることになります。その結果,子どもは,このような親のイメージを自己表象の一部として内在化してしまいます。この自己部分は,本来的な自己に属さない異物であり,Fonagy はこれを「よそ者的自己」(alien self)と呼びます(Fonagy et al., 2002; Bateman & Fonagy, 2004)。この内在化は,「攻撃者との同一化」(A. Freud, 1936)に似た機制です。よそ者的自己は,虐待者の精神状態のイメージが自己表象の中にあたかも植民地のように存在することです(Bateman & Fonagy, 2004)。虐待者をよそ者的自己として内在化すると,自分自身の中に自分に対して虐待的(迫害的)な部分があることになります。よそ者的自己は,例えば自傷行為や自殺企画などとして姿を現します(Allen et al., 2012)。また,よそ者的自己は苦痛の源ですから,心はそれを投影同一視によって自己の外に出そうとします。投影同一視の対象とされた人は,投影者の苦痛を代理的に体験させられることになります。ですから,よそ者自己を抱える人には,投影同一視の受け皿になってくれる他者が必要であり,そのような他者への依存は嗜癖的なほど激しいものとなります。この依存は,不安定な愛着につきものの行動のように見えますが,実際には,投影同一視の受け皿を求める疑似愛着であると,Fonagy たちは考えています(Fonagy et al., 2012, p.33)。心理療法においては,セラピストがクライエントの投影同一視の受け皿になるわけですが,そのようなときにセラピストには,怒り・憎しみ,無力感・無価値観,恐怖・心配,恨み,患者を救いたいという衝動などが体験されます(Fonagy et al., 2012, p.33)。さらに、よそ者自己を抱えている人は,自己の中に亀裂があり,自己がまとまりを欠いているので,自己を統制している感覚が持てず,自己統制感を得ようとして他者に対して統制的・支配的になると考えられます。(後略)

注:i) 引用中の「不適切な養育(maltreatment)」に関連して、拙ブログにおいては引用部を除き、「maltreatment」の訳語として「非道処遇」を採用しています。この訳語は、フランク・W・パトナム著、中井久夫訳の本、「解離 若年期における病理と治療」(2001年発行)における訳語と同じものです。この訳語を採用したのは、「不適切な養育」では意味が弱すぎるように本エントリ作者は考えたからです。 ii) 引用中の「ミラリング」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から(f)項を参照して下さい。 v) 引用中の「愛着」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

さらに、投影同一視について、平井孝雄著の本、「境界例の治療ポイント」(2002年発行)の 第七章 境界例の主要特徴 の「●投影同一視について」項における記述の一部(P130~P134)を次に引用します。

●投影同一視について
a. 投影同一視(神秘的融即(27))について
▼次に投影同一視について説明してください。
――投影同一視は、分裂機制とセットになって作動することが多いのですが、定義では「分裂した自己のよい側面または悪い側面のいずれかを、外界の対象に投影し、その投影された自己の部分とそれを受けた外界の対象を同一視する」機制であるとされています。
▼もう少しわかりやすく説明できませんか?
――「自己の願望や衝動や怒り、絶望などを対象に投射し、それを対象の側のものとして認知し、それに対応することで自分の願望や衝動や敵意を支配しようとする」ともいえます。つまり、相手の気持ちを勝手に先取りして満たしてしまうとか、自分が敵意をもっているとき、相手が自分のほうに敵意を向けていると被害的に解釈し、その被害感を相手に向けるといったようなことです。
▼そうすると、患者の相手にたいする期待感、被害感などには、この投影同一視が入っていると考えられるのですね?
――もちろん、そういうことです。
▼この投影同一視を段階に分けて説明してくれますか?
――一応三段階に分けてみましょうか。
①自分の怒りや絶望(悪い側面)を家族(治療者など)に向ける。
②その結果、両親像や治療者像は極端に悪いものになる。
③自己と対象(両親や治療者など)を同一視するために、自分や自分のなかの怒りや絶望を放っておけないとき、自己を処罰したり自己に絶望するかわりに、対象を攻撃したり、非難する。
つまり自分で葛藤したり悩んだりできないので、それをまわりに移しかえるということです。だから、「苦の移しかえ」といってもいいかもしれません。
▼結局、自分の気持ちと他者の気持ちが区別できていないんですね?
――そういうことになります。重症の境界例になると、そもそもそういう区別が大事であるということすら理解させにくい場合があります。
▼ついでに投影と投影同一視の違いを教えてくれませんか?
――投影は、自分の心の内面を、対象(他者や物など)に投げ入れるということですが、たいていは、投影して(投げ入れて)それで終わりとはならずに、その投影したものを、気にしてしまう、つまり同一視してしまう傾向が少しはあるんです。そして、投影だけでなく、同一視の傾向が強ければ強いほど、投影同一視と呼ばれるのです。
▼そうすると、投影と投影同一視は連続的なもののような感じがしたんですが、それはどうでしょうか? それと投影ってきわめて自然に起きる現象ですよね。たとえば、ある花を見てきれいだと思ったり、ある人を見てこわいと感じたりするのも、自分の主観的気持ちを、対象に投げ入れているわけでしょ。そうすると、投影というのはごく自然な営みだと思われるのに、なぜ病的扱いされることが多いんですか?
――もっともな疑問だと思うので、例をあげて答えたいと思います。まず第一例として、ある人が相手にたいして怒りの感情をもっているとき、それが相手に投影され、相手のほうが自分に怒りを向けてきているんだと感じたとします。しかし、そのとき「怒りを向けられることがあっても、それは人間社会で生きているとありがちなことなのでまあいいだろう。自分はそんなことにとらわれずにもっと大事なことをしよう」と考えられると、それは投影ではあっても、そんなに対象にこだわっていませんから、投影同一視とはいえないわけです。それにこの程度だと自分もそう苦しまないし、まわりにもそう迷惑をかけることもないので、健康な投影といえるわけです。
次に第二例ですが、これが第一例のようにならずに「自分は相手から怒りを向けられている。こわくてしかたがない。このこわさや相手からの怒りがなくならないと、どうにもならない」と考えさせられてしまって、相手に対する恐怖感や被害感や被害妄想を訴え出したりすると、病的と呼ばれる状態になり、この場合は、投影同一視がかなり働いているといえるわけです。というのは、相手に押しつけた怒りと自分の気持ちを同一視してしまうために、相手からの怒りを放っておけなくなってしまうからです。
さらにもっとひどくなった第三例をあげると、「自分は相手から怒りを向けられ、嫌われている。自分はそれに耐えられない。相手(たとえば家族や治療者)に文句を言って謝ってもらうなり、責任を追及したいし、相手の本心を聞きたい」と、しつこく相手につきまとい、相手を追求しつづけたりすると、この投影同一視はかなり激しいということになります。境界例の投影同一視は、この三例目にあたることが多いのです。(中略)

▼こういうふうに、病的な投影や不健全な投影同一視になっていくのは、自分と他者(相手)の気持ちをそれぞれ区別して認識できていないということが原因としてあげられるようですね。
――そうだと思います。区別・認識が弱いほど、自他の感情が融合され、投影同一視と呼ばれる現象が起きてくるのでしょう。(後略)

注:引用中の「(27)」の参考・引用文献として、同本の P349 に次のように(「 」部)示されています。「もともと人類学者のレヴィ-ブリュールが言った participation mystieque のこと。神秘的関与ともいう。ユング『変容の象徴』(野村美紀子訳、筑摩書房、一九八五)を参照のこと。」

(b) メンタライジング以前の心のモード
、同章の「5 メンタライジング以前の心のモード」における記述の一部(P151~P152)を「表 4-1」を含めて次に引用します。

ある精神状態についての表象が元の精神状態から切り離されて二次的表象として使用されるようになり,さらに,その表象についての表象(メタ表象)を保持することができるようになるときに,メンタライジングが可能となります。つまり,ある精神状態を思い浮かべ,しかもその精神状態の性質,意味,原因などについて考えることがメンタライジングです。そして,メンタライジングにおいては,対象となる精神状態はある現実に向けられたものであり,その現実は現実自体ではなく,心が捉えた現実であることが前提となっています。しかし,メンタライジング能力が乏しいとか一時的に失われている場合には,上に述べたような認識が失われ,メンタライジング以前の認識モードが登場します。これが先に紹介した「心的等価モード」「ふりをするモード」「目的論的モード」です(Bateman & Fonagy, 2004; Allen & Fonagy, 2006; Fonagy, 2008)。表 4-1 に,それぞれのモードの概要を示します。

表 4-1 体験のモード
心的等価モード(psychic equivalence mode):心=外的現実。心を現実の表象からなるものとして認識することができないため,心で思ったことがそのまま外的現実でもあると体験される。例えば,夢,フラッシュバック,パラノイド的妄想にみられるように,精神状態がそのまま現実として体験される。

ふりをするモード(pretend mode):心を外的現実から分離したものとして認識しているが,現実と柔軟に結びつけることができず,空想,観念,概念,当為などの世界に入り込み,現実との接点を見失う。知性化や心理学用語濫用などとして表れる。

目的論的モード(teleological mode):メンタライズされれば欲求や感情として認識されるはずの身体的喚起状態が行為の形で表出される。言葉ではなく,行為と,その有形の効果がだけが重要である。行動化や自傷行為などにおいてみられる。

メンタライジング・モード(mentalizing mode):行為は,精神状態と関連づけられて理解される。そして,精神状態は,外的現実を反映しているが外的現実とは分離しているものとして認識され,多重的な複数の見方で捉えることができるものとなる。

注:i) 引用中の「心的等価モード」、「ふりをするモード」及び「目的論的モード」に対し、それぞれ(c)(d)及び(e)項でより詳細に示します。 ii) 引用中の「表 4-1」は本引用において表示形式を変更しています。最初にモード名を示し、次に説明を示します。 iii) 引用中の「メンタライジング」、「表象」はそれぞれ(g)項、(h)項を参照して下さい。 iv) 引用中の「フラッシュバック」に関しては他の拙エントリの「リンク集」を参照して下さい。

(c) 心的等価モード
、同章の 5 メンタライジング以前の心のモード の「(1) 心的等価モード(psychic equivalence mode)」における記述の一部(P151~P153)を次に引用します。

2~3歳の子どもは,自分の心を真に表象的なものとしては経験できず,自分の考え,感情,願望などが心の一部なのだという認識には到達していません。そのため,心で思ったことがそのまま外的現実でもあると思い込むことがありますが,これが心的等価モードです。成人においても,メンタライジング能力が低い場合やメンタライジングが失われたときに出現することがあります。心的等価モードは,対象関係論において妄想-分裂的思考や象徴的等価(Segal, 1957)と呼ばれる現象と重なります。例としては,妄想的認知やフラッシュバックがあげられます。フラッシュバックに苦しむ人がトラウマとなった経験について考えることを回避するのは,それを考えるだけでそれが再現されるように思うからです。より日常的な現象としては,根拠なしに,あるいはわずかな根拠から下した判断を絶対に正しいと確信し,代替的見方を考慮することができないような場合も心的等価です。
心的等価モードにおける認識の内容は,ネガティヴなものだけに限定されません。例えば,クライエントがセラピストに対して「先生は,今まで会った中で最高の人です。専門家としてだけでなく,家庭でも理想的な夫であり,父親だと思います」と確信を持って語り,明確な根拠をあげることができないとすれば,この過度にポジティヴな認識も心的等価モードの可能性があります。

注:i) 心的等価モードの例は、次に引用するように他の拙エントリのここに示されています。すなわち、代替的見方、例えば「隣家は育てている農産物を害虫から守るために、農薬を撒いている」が考慮できていないからです。 ii) 引用中の「メンタライジング」は、(g)項を参照して下さい。 iii) 引用中の「フラッシュバック」に関しては他の拙エントリの「リンク集」を参照して下さい。

隣家が農薬を撒いて嫌がらせをしている

(d) ふりをするモード
、同章の 5 メンタライジング以前の心のモード の「(2) ふりをするモード(pretend mode)」における記述の一部(P153~P155)を次に引用します。

幼い子どもは,空想すること(ふりをすること)と現実に関与することとを同時に行うことができません。先にあげた事例ですが,椅子を戦車に見立てて遊んでいた子どもが「これは椅子,それとも戦車」と聞かれると遊びをやめてしまったように,「椅子でありながら戦車である」と聞かれると遊びをやめてしまったように,「椅子でありながら戦車である」という体験様式が困難だということです。ですから,幼い子どもの空想(ふり)の中では外的現実とのつながりが失われます。これが「ふりをするモード」です。Bateman & Fonagy(2004, p.70)によれば, Freud(1924)が「現実の外的世界から分離された次元」と呼んだものや,Britton(1992)が「現実から保護された思考の領域……一部の人々が人生の大半をそこで費やす場所」と記述したものも,ふりをするモードと重なります。ふりをするモードを生きている人として筆者が思い浮かべるのは,セルヴァンテスの小説の主人公ドン・キホーテです。彼は騎士道小説を読むことに没頭するうちに空想と現実の区別がつかなくなり,ラマンチャの騎士キホーテ卿と名乗り,従者のサンチョ・パンザを従えて旅に出ます。(中略)

ふりをするモードの臨床的実例としては,「知性化」(intellectualization)と呼ばれてきた現象があげられます。知性化においては,人は観念や抽象的概念の世界に入り込み,外的現実との接触が失われます。例えば,心理学や精神分析の書籍をたくさん読み,そこに書かれている概念を用いて自分の経験やパーソナリティを解釈し,自分についての物語を創り上げるクライエントのことを考えてみましょう。そのような自己物語においては,過去または現在の体験が専門用語で意味づけられてしまい,他の解釈の余地が残されていません。そして,クライエントは理論整然と語るのですが,その語りには実感が伴っておらず,皮相的な感じが拭えません。セラピストが,この語りを洞察と勘違いして同じレベルで応じ続けると,二人ともふりをするモードに陥ります。そのような場合,見た目には心理療法的作業が行われているようですが,実質的な変化が起きることはありません。
知性化と似ていますが,少し異なる例として,「~しなくてはならない(してはならない)」とか「~すべきである(すべきでない)」といった行為にとらわれるために精神状態の認識が貧困化する人たちがいます(Bateman & Fonagy, 2006)。この人たちにおいては,自己と他者の精神状態は,この行為(あるべきことやなすべきこと)に沿って理解されます。例えば,すべきであることができないのは「弱いから」「努力が足らないから」「甘えているから」などのように理解され,「できない」という状態を引き起こす精神状態がありのままに認識されることはありません。
Horney(1950)は,このようなあり方を「べきの専制」(the tyranny of the should)と呼びました。Horney(1950)によれば,この傾向がみられる人は,理想化された自己を現実化できると思っており,自分の感情を見つめることよりも,自分で作り上げた完璧なイメージに注意を奪われています。そして,このような理想化された自己はまったく空想的な性質のものであると,Horney(1950)は述べています。
子どもにみられる次のような現象も,「ふりをするモード」で説明することができるでしょう。筆者が臨床の場で出会う事例ですが,知的障害や発達障害のある子どもが空想の世界に入り込み,それを現実と折り合わせることが難しくなっている場合があります。発達障害と知的障害のある小学生のA子は,空想の世界で友人や教師と関わっています。彼女は一日の大半を空想の世界で過ごしており,現実場面でも空想の世界のストーリーのままに他者に話しかけることがあり,そのようなとき,話しかけられた人は何のことかわからず,応答に困るのです。A子が置かれている現実状況を考えると,空想の世界に住むことの適応的意味を否定することはできませんが,周囲にいる者としては,現実世界との接触を有意義に感じてもらえるような働きかけをしないではいられません。

注:引用中の「メンタライジング」は、(g)項を参照して下さい。

(e) 目的論的モード
、同章の 5 メンタライジング以前の心のモード の「(3) 目的論的モード(teleological mode)」における記述の一部(P155~P156)を次に引用します。

これは,心についての目的論的理解の段階の体験様式が再出現したものです。目的論的理解の段階は言語が獲得される以前の段階であり,この段階では,人の行動には目標があるということは認識されますが,その目標は観察可能なものに限定され,精神的なものとして認識されることはありません。ですから,このモードにおいては,願望や感情のような精神状態は,精神状態として認識されず,直接的に行為として表出されます。その行為を引き起こした精神状態は,行為の後に行為から間接的に推測されるにとどまります。
従来の概念で「行動化」と呼ばれる現象は,目的論的モードの現れです。例えば,心理療法でクライエントのセラピストに対する怒りがメンタライズされず,語り合われずに終わり,その後,クライエントが家族と口論し,家族に暴力を振るったという場合に,メンタライズされていない怒りが家族への暴力として表出されているのであれば目的論的モードでの行動化ということになります。親が子どもに対して行う身体的虐待や性的虐待も,目的論的モードの行為です。虐待行為においては,それを引き起こす精神状態がメンタライズされないまま,行為の完遂のみが目的化しています。親からの目的論的モードでの衝動的行為に曝され続けた子どもは,メンタライジング能力を育てることができず,自分自身も,他者の心を変えようとする際に目的論的モードで行動しがちになります。つまり,身体的行為,脅かし,誘惑といった手段を用いるしかなくなるということです。(後略)

注:i) 引用中の「行動化」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「境界性パーソナリティ障害」 ii) 引用中の「メンタライジング」は、(g)項を参照して下さい。

(f) 情動
の 第2章 メンタライジングとは何か の 3 メンタライジングの特質と次元 の「(4) 情動のメンタライジング」における記述の一部(P35~P36)を次に引用して、情動の説明を致します。

メンタライジングと情動・感情との関わりを考える前に,まず情動と感情という用語の相違を明確にしておきます。本書では,「情動」は英語の "emotion" の訳語であり,「感情」は "affect" の訳語です。情動と感情という用語の使い分けは必ずしも統一されているわけではありませんが,日本の心理学では従来から "emotion" =「情動」, "affect" =「感情」と訳し分けられています。英語の心理学辞典で "emotion" を引いてみると,例えば "APA Dictionary of Psychology (2007)" (邦題:APA心理学大辞典)では,「人が個人的に重要な事柄や出来事を処理しようとする際に生じる複雑な反応パターンで,体験的,行動的,生理的な諸要素を含むもの」と定義されています。それに対して, "affect" は「感情(feeling)または情動についての体験」と定義されています。他の事典をみても, "emotion" は神経生理学的反応などを含む広い概念であるのに対して, "affect" については体験(experience)や表出(evacuation)の面が強調されています。Fonagy と共同研究者たち(Allen et al., 2008)も, "emotion" の体験的側面を "feeling" または "affect" と呼ぶとしており,「情動は,認知的評価,生理学的喚起,行為傾向,(例えば,姿勢や表情における)運動的表出…を伴っている」(Allen et al., 2008, pp.59-60)と述べています。そこで,本書でも,情動は神経生理的,行動的,体験的な側面を包括する用語として用い,感情は情動がより体験化・表象化された場合を指す言葉として使用することにします。

注:i) 引用中の「情動」については次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 ii) また、参考として、a) 情動学の視点からの「情動」については、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の「情動学シリーズ 刊行の言葉」における記述の一部を以下に引用します。 b) 最も基本的な情動については、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の 1.快楽と恐怖の起源 の 1.1 快楽とは何か? 恐怖とは何か? の『b.「快楽」とは』における記述の一部(P3)を以下に引用します。 c) 情動と認知バイアスの関係については、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の 1.快楽と恐怖の起源 の 1.4 快楽と恐怖から人間を考える の「b.情動と人間理解」における記述の一部(P30)を以下に引用します。 iii) ちなみに、化学物質不耐症(Chemical intolerance)における情動調整については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

情動学(Emotionology)とは「こころ」の中核をなす基本情動(喜怒哀楽の感情)の仕組みと働きを科学的に解明し,人間の崇高または残虐な「こころ」,「人間とは何か」を理解する学問であると考えられています.これを基礎として家庭や社会における人間関係や仕事の内容など様々な局面で起こる情動の適切な表出を行うための心構えや振舞いの規範を考究することを目的としています.これにより,子育て,人材育成および学校や社会への適応の仕方などについて方策を立てることが可能となります.さらに最も進化した情動をもつ人間の社会における暴力,差別,戦争,テロなどの悲惨な事件や出来事などの諸問題を回避し,共感,自制,思いやり,愛に満たされた幸福で平和な人類社会の構築に貢献するものであります.このように情動学は自然科学だけではなく,人文科学,社会科学および自然学のすべての分野を包括する総合科学です。

注:この引用部の著者は小野武年です。

b.「快楽」とは
ルネ・デカルト(Renés Descartes)の『情念論』以来,数多くの情動理論が作られた.いったい動物には何種類の基本情動があるのか,それらはお互いにどのような関係にあり,どういう構造を作っているのか? それはいまだにわからない.
しかしどのような情動理論でも必ず想定している軸,あるいは次元がある.それが「快」と「不快」である.じっさい,これらは我々の体感からしても最も基本的な情動である.(後略)

注:i) この引用部の著者は廣中直行です。 ii) 引用中の「快」と「不快」については、共に次のWEBページを参照して下さい。「快・不快 - 脳科学辞典

情動学シリーズ 刊行の言葉

(中略)いまや,情動を理性の下位に置く,ということは行われない.しかし,ときに「我々は不合理な行動をする」という言い方で,情動にとらわれた行動がいかに理知的な功利計算から逸脱したものであるかが話題になることはある.それを「認知のバイアス」などといったりするが,そのバイアスにこそ人間の人間らしい(動物らしい)特徴があらわれているのだろう.(後略)

注:i) この引用部の著者は廣中直行です。 ii) 引用中の「認知のバイアス」については、a) ウィキペディアですが、次のWEBページを参照して下さい。「認知バイアス」 b) 室内環境汚染のリスクコミュニケーションとしての認知バイアスの視点からは、マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の 9.2.1. リスク認知の特徴  の「認知バイアス」項(P173~P174)を参照して下さい。

(g) メンタライジング
先ず、同の 第2章 メンタライジングとは何か の「1 メンタライジングの定義」における 表 2-1 を含む記述の一部(P12~P13)を次に引用して、標記メンタライジングの説明を致します。

まずメンタライジングに簡便な定義を与えた後に,より詳しい解説に進みたいと思います。メンタライジングは,「メンタライズ」(mentalize)という動詞の分詞・動名詞ですが,メンタライズという言葉が初めて英語辞典(オックスフォード英語辞典〔Oxford English Dictionary: OED〕)に掲載されたのは1906年です(Allen et al., 2008)。OED によれば,この単語の使用が最初に記録された年は1807年ですが,専門用語としての使用は,アメリカの心理学者 Stanley Hall が1885年に「学校システムが子どもたちをメンタライズすることもなければ道徳的にすることもないという疑念」と書いたときに始まりました(Allen et al., 2008)。OED は,メンタライズに次の2つの意味を付与しています。第一に,「心の中で構成すること,または思い描くこと,または想像すること,または(~に)精神的性質を付与すること」です。第二に,「(~を)精神的に発展させること,または洗練させること,あるいは(~の)心に刺激を与えること」です。メンタライジング・アプローチにおいて用いられる「メンタライズ」の語義も OED の定義とほぼ一致しますが,ただし,メンタライジングの対象は「精神状態」(mental states)に限定されます。つまり,メンタライジングはあらゆる心的活動を指しているのではなく,精神状態の認識に関与する心的活動だということです。ここで言う精神状態とは,思考,感情,欲求,願望,信念,空想といった日常的精神現象に加えて,パニック発作解離状態,幻覚・妄想といった病理的過程をも含んでいます(Allen et al., 2008)。ですから,メンタライジングをより明確に定義すると,「ある行動の背後にある精神状態に注意を向け,それを認識すること」となります。実際の現象においては行動と精神状態を厳密に分離することは困難ですが,行動と精神状態があたかも分離可能であるかのようにみなして,顕在的行動の背後にある精神状態を推測することがメンタライジングなのです(Allen et al., 2008)。そして,この場合の精神状態には,自己の精神状態も他者の精神状態も含まれています。自己の精神状態と他者の精神状態を一括して扱うのは,前者に対するメンタライジングも後者に対するメンタライジングも心理学的・脳神経学的にみて同一の心的活動とみなすことができるからです。
表 2-1 は,Fonagy と共同研究者たちが提示しているメンタライジングについての簡便な定義です(Allen & Fonagy, 2006; Allen et al., 2008)。Fonagy たちは,メンタライジングの要点を説明するために「心で心を思うこと」(holding mind in mind)という言い回しを用います(Allen & Fonagy, 2006; Allen et al., 2008)。これは「(~を)思い浮かべる」(hold ~ in mind)という意味の成句に,目的語として "mind" を入れた表現であり,含意としては,心の中で自分と他者の精神状態に注意を向け,それを認識することです。また,ここで言う「心を思う」は,(知的に)「考える」ことだけでなく,(情緒的に)「感じる」ことを含んでいます。ですから,「心で心を思うこと」は,より詳しく言うと「感じ考える心で,感じ考える心を思うこと」(holding heart and mind in heart and mind)となります(Allen et al., 2008)。ちなみに,英語の "mind" も "heart" も「心」を意味する単語ですが,前者はどちらかといえば思考を意味し,後者は感情を意味する言葉です。

表 2-1 メンタライジングの簡便な定義(Allen et al., 2008)
・心で心を思うこと(holding mind in mind)
・自己と他者の精神状態に注意に向けること
・誤解を理解すること
・自分自身をその外側からながめることと,他者をその内側からながめること
・(~に)精神的性質を付与すること,あるいは,(~を)精神的に洗練させること

さらに同の 第2章 メンタライジングとは何か の「5 まとめ」における記述の一部(P56~P57)を次に引用して、上記メンタライジングの追加説明を致します。

メンタライジングの要点は,「心で心を思うこと」(holding mind in mind)です。つまり,自分の心の中で,自分と他者の心(精神状態)について考え,感じることです。そして,この「思う」の中には,その精神状態の意味や原因についての認識も含まれます(Allen, J. G., 2014, 私信)。また,メンタライジングは,心を表象的なものとして理解する認知的枠組み,つまり「心の理論」を利用する心的機能です。つまり,私たちの心は,現実をあるあり方で存在するものとして表象化するのであり(Perner, 1991),私たちの精神状態はそのような表象と結びついています。ある人の行動を理解しようとすれば,その人が現実をどのように表象化しているか,つまり現実をどう捉えているかを知らなくてはなりません。それは,自分自身についても例外ではありません。自分が体験する現実が現実自体ではなく,現実の表象であることを理解し,現実について多重的な複数の見方(multiple perspectives)を考慮できるときに,メンタライジングが可能になります。メンタライジングとは異なり,行動をその背後にある精神状態と関連させて理解することができない障害を「マインドブラインドネス」といいます。マインドブラインドネスには,先天的な脳機能障害によるものと,後天的に形成されるもの(力動的マインドブラインドネス)があります。メンタライジングにおいては,自分と他者の精神状態について認識するだけでなく,その認識についてさらに内省するプロセスが生じているのですが,このプロセスは「メタ認知」ということができます。そして,自分の精神状態に対して性急に評価したり価値判断をしたりせず,ありのままに注意を向けるという点では,メンタライジングは「マインドフルネス」と重なります。親が子どもの心をメンタライズし、そのメンタライズを言葉で表現している場合に,親のそのようなあり方は「心理-志向性」と呼ぶことができます。他者の心をメンタライズする心的行為は「共感」と重なります。そして,他者に対して深い共感を示すためには,共感の主体が自分自身の心を十分にメンタライズすることが必要な場合があります。そういう意味では,他者の心であれ,自分自身の心であれ,それを推測し認識することをメンタライジングという同一概念で理解できることには大きな利点があります。

注:i) 引用中の「表象」については、(h)項を参照して下さい。 ii) 引用中の「メタ認知」については、次のWEBページを参照して下さい。「メタ認知 - 脳科学辞典」 ちなみに、引用中の「メタ認知」、「マインドフルネス」(他の拙エントリのここ及びここ参照)を利用した治療法は、それぞれ次の資料又はエントリを参照して下さい。前者:「メタ認知療法」、後者:「マインドフルネス認知療法」、「越川房子先生の「マインドフルネス認知行動療法」講演を聴きました!

加えて、同の 第6章 境界性パーソナリティ障害への対応 の「Ⅱ 査定(アセスメント)の問題」における記述の一部(P213~P214)を次に引用して、上記メンタライジングの追加説明を致します。

(前略)それでは,患者の語りに表れる「非メンタライジングあるいは悪いメンタライゼーション」と「良いメンタライゼーション」はどのようなものなのでしょうか。まず,Bateman & Fonagy(2006, 2012)があげている非メンタライジング(non-mentalizing)または悪いメンタライゼーション(bad mentalization)の特徴を整理して述べたいと思います。これらは,自分や他者の行動をその背後にある精神状態とくに感情と関連づけて内省し説明するかどうか,その際に複数の見方を考慮できるかどうかということに関する特徴です。

①自己または他者の精神状態についての非内省的で歪曲的な自動的思い込み
②自己または他者の精神状態についての妥当とは言えない確信
③自分の見方への頑なな固執,あるいは極端に柔軟に見方を変えること
④自分の見方と他の見方を同時に考慮することができない
⑤自分と他者の外的特徴か内的特徴に過剰に関心を集中させるか,一方または両方を完全に無視する(マインドブラインドネス
⑥精神状態(考え,感情,動機など)を除外して事実だけをきわめて細かく述べる
⑦内的要因よりも外的要因(政府,学校,同僚,隣人など)に関心が集中する
⑧物理的特徴やパーソナリティ特徴への関心の集中(疲れている,怠惰な,自己破壊的,抑うつ的,短期など)
⑨規則,責任,すべきこと・すべきでないことにとらわれる
⑩問題に自分が関与していることを否認する

この中で,③の「極端に柔軟に見方を変えること」が問題なのは,本当の意味で代替的見方を考慮しているのではなく,柔軟なふりをする表面的な見方の変更,つまり疑似メンタライジング(ふりをするモード)である可能性が高いからです。⑤の「外的/内的特徴への過剰な関心の集中」は,強迫的に知的分析をしており,自分の洞察のすばらしさを確認しようとしているだけの可能性があります。⑧の「パーソナリティ特徴への関心の集中」がどうして非メンタライジングなのかと疑問に思う読者がいるかもしれませんが,人の行動の原因をパーソナリティ特徴だけに帰属させるとき,その行動を引き起こした精神状態は考慮されていません。例えば,AさんがBさんに対して怒りを爆発させた場合に,AさんはBさんの行動の中の何かに反応していると考えられるのに,怒りの理由を「Aは攻撃的だから」と片づけてしまうのは,メンタライジングではないのです。同じ理由で,人の行動をもっぱら社会的要因で説明することも,その人の精神状態が考慮されていないという点で非メンタライジングです。⑩の「問題への自分の関与を否認する」というのは,例えば,自分の行動を娘から非難された母親が「娘はいま反抗期だから」と考えて自分の側の問題を否認するといった場合です。自分の行動が娘をどのような精神状態にさせたかについての考慮が欠けている点で,この母親の態度も非メンタライジングです。

注:引用中の「表象」については、(h)項を参照して下さい。

一方、メンタライジングを内省と共感の視点より説明したものとして、岡田尊司著の本、『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(2016年発行)の 第7章 愛着障害の克服 の「メンタライジング――内省と共感の力」における記述の一部(P280~P281)を次に引用します。

たとえば、いつもはすぐメールの返事をしてくれる人が、一向に返事をくれない。そういえば、最後に返事が来たとき、いつもより短く、そっけないものだった。
こうした相手の行動から、「こちらのメールが負担になっているのではないか」と推測する。これがメンタライジングた。
ところが、返事がすぐ来ないことに腹を立てて、怒りの催促メールを出したりすれば、状況はさらに悪化することは必定だ。
振り返り力がある人は、相手の気持ちを察するだけでなく、自分の行動も振り返ることができる。そういえば、最近少し相手に甘えて、メールを頻繁に出しすぎていたかなと反省する。それによって、自分の行動にブレーキをかけ、しばらくメールするのを控えることにする。すると相手は、自分の気持ちを汲んでもらえたことで、その人に対する安心や信頼を取り戻し、人間関係が破たんすることが避けられる。
ストーカー化してしまい、関係が破たんしてしまうところまで行きつくか、それとも、そうした事態を避け、バランスの良い関係を維持できるかの違いは、行きすぎたときに、相手から出るサインを読み取り、ブレーキをかけられるかどうかにかかっている。
振り返り力、メンタライジングカとは、今の自分の思いや欲求に飲み込まれず、相手の気持ちや自分のふるまいを客観的に見る力だといえる。振り返りが可能なためには、感情の渦から、少し距離をとる能力が必要になる。同時に、相手の気持ちを汲み取り、感じ取れることも必要である。前者は内省する能力であり、後者は共感する能力である。そして、両者は背中合わせの能力と考えられている。自分を振り返る力がある人は、相手の気持ちを察する能力も高い。そして、物事を客観的に振り返ることができる。(後略)

さらに、メンタライジング的姿勢に関して、同の 第5章 メンタライジング的応答法 の「3 メンタライジング的姿勢と無知の姿勢」における記述の一部(P162~P163)及び、ナラティヴに関連して、上地雄一郎著の本、「メンタライジング・アプローチ入門 愛着理論を生かす心理療法」(2015年発行)の 第2章 メンタライジングとは何か の 3 メンタライジングの特質と次元 の「(1) ナラティヴと主体性」における記述の一部(P26~P27)をそれぞれ以下に引用して、上記メンタライジングの補足説明をします。

メンタライジング・アプローチにおいて求められているとても重要な姿勢が「メンタライジング的姿勢」(mentalizing stance)と「無知の姿勢」(not-knowing stance)です。メンタライジング的姿勢というのは,精神状態に対する,探求心と好奇心を伴う探索的態度であり,メンタライジング・アプローチが促進しようとしているものです。無知の姿勢(not-knowing stance)とは,精神状態が不明瞭なものであることを受け入れ,自分はすでに知っているという思い込みを伴わない虚心坦懐な態度であり,メンタライジング的姿勢の一側面です。この2つの姿勢は,セラピストだけではなく,クライエントにも求められるものですが,ここではセラピストに限定して述べることにします。
これらの姿勢が求められるのは,精神状態が自明のものではなく,不明瞭(opaque)であり,せいぜいその一部がわかるにすぎないからです。このように述べると,読者の中には「他者の精神状態はともかく,自分の精神状態は簡単にわかるではないか」と思う人がいるかもしれません。しかし,はたしてそうでしょうか。私たちは,「どうしてあんな行動をしてしまったんだろうか」とか「どうしてあんなふうに言ってしまったんだろうか」と,自分の動機について自問することがあります。私たちは,自分の精神状態を言葉にする際に,自分の精神状態をくまなく探索し,微細な心の動きにも目を向け,明瞭なことと不明瞭なことを区別しているかというと,必ずしもそうではありません。大雑把な把握にとどまっていたり,わかっているかのように辻褄を合わせて表明したりしていることもあります。自分の精神状態でさえ,決して完全に明瞭なものではないのです。
このように精神状態の不明瞭さ,そして自分はわかっていないのだということを受け入れ,精神状態に対する特定の理解を絶対視せず,常に探求心と好奇心を持って虚心坦懐に探索する姿勢がメンタライジング的姿勢または無知の姿勢です。(後略)

心理療法を念頭においてメンタライジングを考えるときに重要なこととして,メンタライジング,とくに言語による明示的メンタライジングは「ナラティヴ」(narrative)であるということがあります。本書でナラティヴの視点について詳述することは筆者の力量の範囲を超えますし.その紙面の余裕もありませんので,メンタライジング・アプローチの理解に必要とされる範囲でナラティヴに触れておきたいと思います。以下の説明は,心理療法におけるナラティヴの視点についての優れた解説書である McLeod(1997/下山監訳・野村訳, 2007)に依拠しています。近年.心理療法においても心理学的研究においても,ナラティヴが注目されています。この考え方の根底にあるのは,私たちが行動や経験について語るときにはそれを「物語」(story)として語るという認識です。つまり,私たちは行動や経験を語るときに,ただ事実を羅列するのではなく,それを筋の通った物語として組織化し,意味づけているということです。そして,その物語は,語られたものであれば聴き手を,書かれたものであれば読み手を想定しています。「ナラティヴ」は,そのような物語に基づく出来事の説明であり,物語るという形のコミュニケーションを含むものです(McLeod, 1997)。ナラティヴという視点の起源をたどると,世界を認識する方法には「パラダイム的認識」(paradigmatic knowing)〔=自然科学的認識〕と「物語的認識」(narrative knowing)があるとした認知心理学者 Bruner(1986, 1990)の見解に遡ります。この視点は,その後,社会構成主義(social constructivism)と結びついて「ナラティヴ・セラピー」を生み出し,精神分析においても McAdams(1993)や Schafer(1992)などがこの視点を追求しました。メンタライジングにおける精神状態についての語りもナラティヴなのだと,Fonagy と共剛研究者たちは考えています(Allen et al., 2008; Bateman & Fonagy, 2012)。メンタライジング,とくに言葉による明示的メンタライジングは,ある行動をその背後にある精神状態と関連づけて説明することですから,その精神状態についての意味づけであり物語であると考えられるのです。(後略)

さらに、同の 第5章 メンタライジング的応答法 の「1 メンタライジング・アプローチの特徴と目的」における記述の一部(P161)を次に引用して、上記メンタライジングの追加説明を致します。

(前略)もう一つ重要なこととして,メンタライジング・アプローチは,BPD に見られるような後天的理由によるメンタライジング能力の機能不全(力動的マインドブラインドネス)に対する心理療法モデルだということがあります。例えば,精神病的パーソナリティ構造(Psychotic Personality Organization: PPO)や自閉症スペクトラム障害に対して,メンタライジング・アプローチを現行のままの形で適用することには慎重でなくてはなりません。精神状態の探索が心の統合を崩御させやすい病態水準や先天的なメンタライジングの機能不全を対象にする場合には,モデル自体の修正が必要になるでしょうし,メンタライジングの促進においても一定の制約があることでしょう。

注:i) 引用中の「BPD」のフルネーム「境界性パーソネリティ障害」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「自閉症スペクトラム障害」については、次に示す他の拙エントリを参照して下さい。 「発達障害における身体症状、その他」 iii) 引用中の「力動的マインドブラインドネス」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「自閉症スペクトラム障害に対して,メンタライジング・アプローチを現行のままの形で適用することには慎重でなくてはなりません。」に関連する、「発達障害がベースにある一群において、精神分析などの内省志向型の精神療法により混乱を与えてしまう」ことについては、内海健著の本、「自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐひとたちのために」(2015年発行)の 13章 鑑別診断-統合失調症と境界性パーソンリティ障害 の BPD(境界性パーソンリティ障害)との鑑別 の「重ね着症候群」における記述の一部(P249~P250)を次に引用します。

重ね着症候群(中略)

それに対して,BPD との鑑別は,もっぱら実践的な要請に基づく.実際,多くの女性の ASD 例が BPD と誤診されている.
この間題に先鞭をつけたものとして,衣笠隆幸10の「重ね着症候群」がある.これは BPD ないし神経症と見立てて,精神療法的な関与をした事例のなかにみられる,発達障害がベースにある一群のことをいう.定義としては,次のような記載を拾い上げることができる.

・初診時 18 歳以上
・主訴は多彩であり,臨床診断も多彩である
・臨床症状に高機能型広汎性発達障害が潜伏している
・課題達成能力が高い
・これまで発達障害を疑われたことはない

「重ね着」というのは,発達障害の本体の上に,BPD などの衣装をまとっているというような意味だが,要は誤診である.さらにいうなら,医原性である.インテンシヴな精神療法が混乱を与えた結果として出現した様態である.ドナ・ウィリアムズや森口奈緒美の著作は,彼女らが,自由連想を強いられたり,自分の気持ちを問われたとき,どれほど惨めな思いをさせられるかを物語っている.
このような誤診は,もっぱら精神分析などの内省志向型の精神療法でみられるものであり,数の上ではそれほど多くはない.(後略)

注:i) 引用中の文献番号「10」は、次に示す資料です。 『衣笠隆幸境界性パーソナリティ障害発達障害:「重ね着症候群」について-治療的アプローチの違い精神医療学 19 : 693-699, 2004』 ii) 引用中の「BPD」のフルネーム「境界性パーソネリティ障害」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「ASD」のフルネーム「自閉スペクトラム症」及び引用中の「広汎性発達障害」については、共に次に示す他の拙エントリを参照して下さい。 「発達障害における身体症状、その他

(h) 表象
先ず、同の 第2章 メンタライジングとは何か の「1 メンタライジングの定義」における記述の一部(P13~P14)を次に引用して、標記表象の説明を致します。

(前略)以上のように,精神状態は,ある現実についてのもの,その現実に向けられたものであり,その現実は現実自体ではなく「現実の表象」(representaion)であるということです。表象とは,私たちの心の中で,何かを表しており,その何かの代理として用いられるものです。このような自覚を Bogdan(2005)は「表象性の感覚」(sense of representingness)と呼びますが,メンタライジングには,この表象性の感覚が不可欠です。例えば,ある対象に対する感情は,その対象に対する特有の捉え方(表象)に基づくものだという認識がなければ,自分の感情についての内省は生じません。自分が体験している現実は自分の心が作り上げた表象であるという感覚が欠如している人にとっては,自分が捉えた現実が現実そのものであり,その現実に対する別の捉え方があるとは思えないからです。表 2-1 にメンタライジングの定義として「誤解を理解すること」という項目があるのは,以上のような理由によります。例えば,他者の精神状態について絶対の確信をもってこうだと断言し,それ以外の可能性を考慮できないようなあり方は,メンタライジングとは言えません。後で詳しく説明しますが,このような心のあり方を,「心的等価モード」(psychic equivalence mode)と呼びます。自分の心にあるものをそのまま外的現実であると捉え,心と現実を区別することができないからです。(後略)

注:引用中の「表 2-1」は、この引用を参照して下さい。

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≪余談4≫神経症について

ここでは主に森田療法の視点からの神経症に関する様々な話題について以下にまとめて示します。ちなみに、これは森田療法を創始した森田正馬が提唱した神経症になりやすい性格的要因については次のWEBページを参照して下さい。 「神経症を治す~神経症(不安障害)は、何故起こるのか? 」 一方、a) 神経症性障害については次のWEBページを参照して下さい。 「神経症性障害 - 脳科学辞典」 b) 森田療法については他の拙エントリのリンク集も参照して下さい。

(a) 精神相互作用
標記について、平井孝雄著の本、「仏陀の癒しと心理療法 20の症例にみる治癒力開発」(2015年発行)の 第6章 五取蘊苦と自律神経失調症 の「第2節 自律神経失調症-事例H」における記述の一部(P142)を次に引用します。

(前略)そこでわかってきたことは、普通の人なら「異常ありません」と言われると安心して、もう症状や身体のことに注意を向けないのに、Hさんは、敏感で、悪い方悪い方に考える傾向があったので、症状や身体状態についつい注意が向いてしまい症状を増幅していたということである。彼女は、幸い以上のようなことに気付けるようになった。
ただHさんは「確かに症状を気にし過ぎていて、症状を増やしていた面はあったと思うけど、気にしないでおこうと思えばよけい気になるし症状も増える。どうしたらいいのか」と言うので、治療者は<気になるのに気にするな>と言っても無理だから<症状が気になっても、それを持ちながら、今したいこと、するべきことをすればいいんです>という話になって落ち着いた(自律神経失調症神経症では、特に「〔異常は無いが〕症状を放っとけない」→「症状を除去して欲しい」→「症状を気にする」→「症状や身体状態に注意が向く」→「症状を強く感じる」→「症状が増強したと感じられる」→「症状を除去して欲しい気持ちが一層強くなる」といった悪循環に陥る。これは森田正馬(7)の言った精神相互作用のことだが、自律神経失調症では、この悪循環に気付いてもらい、治療目標を「症状を除去する」という幻想的なものから、「症状を受け止める。症状を持ちながら生活できる」といったものに変える必要がある)。(後略)

注:i) 引用中の「(7)」の文献は、森田正馬『神経質の本態と療法』、白揚社、一九六〇年です。 ii) 引用中の「神経症」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「神経症(不安障害)とは?」 iii) 引用中の「自律神経失調症」については、次の pdfファイル「自律神経失調症」及び他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「精神相互作用」については、例えば、 a) 「心身交互作用」として次のWEBページに紹介されています。 「不安症 - 脳科学辞典」の「発症機構」項 b) 「精神交互作用」として次のWEBページに紹介されています。 「森田療法を理解するためのキーワード」 v) 引用中の「精神相互作用」及び/又は「悪循環」に関連するかもしれない、 a)「身体感覚増幅」については、次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』 b) パニック症における「悪循環」についてはここここを参照して下さい。

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≪余談5≫対人操作性について

境界性パーソナリティ障害自閉スペクトラム症アスペルガータイプ)とを区別する一視点としての対人操作性について、宮岡等、内山登紀夫著の本、「大人の発達障害ってそういうことだったのか」(2013年発行)の【合併と鑑別-境界性パーソナリティ障害】における記述の一部(P105~P109)を次に引用します。

相手を困らせる行動をとるボーダー 困らせるとわからずにやってしまうアスペルガー

宮岡 非常に衝動性が高かったり、自傷行為をしたり、薬を大量に飲んだりという人の多くは、境界性パーソナリティ障害あるいは情緒不安定性パーソナリティ障害という診断がついていますが、そのなかに発達障害の人が含まれているのではないかと思います。より難しいのは高機能の方だと思いますが、どうやって見出したら良いでしょうか。
内山 境界性パーソナリティ障害、いわゆるボーダーと言われている人のなかに発達障害はかなり多いと思います。なぜかというと、ボーダーの症状そのものは衝動のコントロールが悪いとか、並列の記述ですから。
宮岡 そうですね。症状は横断面の症状だけですものね。
内山 はい。安定した対人関係がもてない、リストカットをする。どちらも、アスペルガー、あるいは比較的高機能の重症でも十分ありうる症状なんですね。
彼らは社会的不適応を起こしたときに、知的に上手に乗り越えることができないので、結果的には、いわゆるアクティング・アウトをします。アクティング・アウトした行為だけに注目すると、ボーダーの診断基準に達する人はたくさんいるはずです。精神世界をどれだけ解明できるかによって違ってくるでしょうね。
宮岡 結局、内面をどこまで尋ねるかにかかってくるわけですね(笑)。
内山 ボーダーにはいろいろな精神療法がありますが、ぜんぜん深まっていないことがけっこう多いと思うのです。
宮岡 面接が深まっていないということですね。
内山 内面を見ないとか、ずっと自分の好きな話だけで終わってしまうとか。そういうケースはかなりの確率で発達障害が疑われると思います。
本来のボーダーの子は、対人交流はできるけど変わった行動をします。こうすれば相手が嫌がるとわかっていて、困らせる行動をとる。それがボーダーの一つの典型ですね。アスペルガーはこうすれば困るとわかっていなくて、結果的に困らせる行動をしてしまっています。
宮岡 本当は読みやすい、わりあい単純に判別できるということですよね。
内山 だから、深読みしなければアスペルガーかボーダーかはわかると思うのですが、妙に深読みする人が多くて、結果的にわからなくなっちゃうんです。
宮岡 深読みするから、かえって自閉症がボーダーに見えてしまう。なるほど。そういうことですか。
私は三~四歳までの親子関係がきちんとしている人にボーダーはほとんどいないと思っています。ですから、たとえば、親との離死別体験や家庭内離婚がなかったかを聞く。すると、親たちは仲がよく、夫婦で子育ても頑張っていたことがわかる。幼児期は良好な親子関係だったはずなのに、大人になったいま、どうして非常に衝動性が高い行動をとるのだろう。パーソナリティ障害の軸では捉えられないような気がしていたんです。だから、パーソナリティ障害の軸では捉えずに、何かほかのアプローチをすべきなんじゃないか考えていました。
内山 よい方法だと思いますね。
宮岡 そう考えると、そういう人を入れる診断の引き出しがないのです。
内山 昔はなかったですからね。
宮岡 だから発達障害という概念が出てきて、「ああ、この人はここへ入れられるかもしれない」と思いました。やっと引き出しが見つかって安心した、みたいな。
内山 おっしゃるとおりですね。ストーリーがうまくつくれないのが発達障害です。
宮岡 そうですね。ボーダーはストーリーが見えるところがありますから。だから、鑑別はそれほど難しくない気もするのですが、実際には誤診の可能性もありえます。
内山 境界性パーソナリティ障害も診断基準が多数あって、DSM的にチェックリストでやるのか、分析的にやるのか、あるいは統合失調症との境界というかたちで昔からのやり方で診断するのかによって、ずいぶん違ってくると思います。視点によって診方が違ってくるのですね。
つまり、パーソナリティという視点で見ればパーソナリティ障害なんだけど、発達という視点でみればアスペルガーで、どちらも間違いではありません。だから、誤診とも言い切れないし、合併とも言い切れないです。
ウィング先生はどちらの診断名にしたほうが治療的に実があるか、治療的な指針が立つかという視点で考えておられます。僕はアスペルガーと診断するほうが治療指針を立てやすいので、アスペルガーとの診断名をつけています。スキゾタイパルあるいは境界性パーソナリティ障害と診断しても、僕には治療指針が立てられませんから。逆に境界性パーソナリティ障害がご専門の先生方は、境界性パーソナリティ障害と診断したほうが治療指針が立てやすいだろうと思います。とても難しいところですね。
宮岡 ここは大事な点かもしれないですね。境界性パーソナリティ障害の治療をあまり専門的とはいえない、たとえば通常の外来診療のなかで行うとき、精神療法的にやろうとする立場と、当面の社会適応の最低限のアドバイスでやろうとする立場の二種類があります。ASDへの対応と似ていますよね。
内山 そうですね。リミット・セッティングして、具体的な診断をディレクティブにやるというのであれば、けっこう似ていますね。
治療技法によって経過や結果は違ってきます。たとえば、精神内界をすごくいじるような治療をすれば、おそらくアスペルガーはより悪くなる。でも、境界例と診断してプラクティカルな治療をする先生だったら、どちらの治療法でもアスペルガーにとってはそれほど違わないから、悪くはならないでしょう。むしろそのほうがよいかもしれないですね。
宮岡 境界性パーソナリティ障害の典型例について、「手首切って、薬飲んだらボーダー」と思っている先生方がけっこう多いのが気になっています。典型例は「先生、いまから死にます。でも、場所は教えません」と電話をかけてくる人だと、私はときどき講義で言っています。つまり相手を金縛り状態にさせてしまうのが「他者への操作性」の典型だと思います。本人は操作しているとは意識していないのですが、結果的に周囲を操作することになっている。発達障害の人はこういう言い方はしないですよね?
内山 絶対にしないですね。
宮岡 そういうコアのところを診ていって、両者を区別はしなければならない。たとえ治療法は同じだったとしても、区別はしなければならないだろうと思うんです。
内山 そうですね。先生がおっしゃったように、操作的なところに焦点を当てて診断すれば、ボーダーはむしろ発達障害の対極にあると考えていいかもしれません。
宮岡 そうですよね。
内山 相手を操作的に困らせる点ではボーダーはサイコパスに近いです。発達障害は、相手を困らせようと意図していないのに結果的に困らせてしまうのですが、サイコパス境界性パーソナリティ障害の人は、操作的に困らせる。そういう違いも大きいですね。
(後略)

注:i) 引用中の「アクティング・アウト」は、精神疾患を治療中の患者の心的葛藤やストレスが、主に治療場面以外の行動に現れてしまうことのようです。 ii) 引用中の「DSM的」に関しては、例えば、次のWEBページを参照して下さい。「境界性パーソナリティ障害 - 脳科学辞典」の「精神症状と診断」項 iii) 引用中の「統合失調症との境界というかたち」に関連する「境界性パーソナリティ障害統合失調症神経症の境界的状態」については、例えば、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「ASD」は「自閉スペクトラム症」のことです。 v) ただし、標記対人操作性と見紛う現象について、内海健著の本、「自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐひとたちのために」(2015年発行)の 13章 鑑別診断-統合失調症境界性パーソナリティ障害 の「操作性はない」における記述を(P256~P257)次に引用します。

BPD の臨床特性としてしばしば指摘されるのが,操作性である.治療者を,自分の意に沿うように振り回すことを指す.それに対して,ASD の場合,基本的には操作性はない.むしろ乏しいはずである.なぜなら,こころというものがわかりにくい人たちだからである.
だが,操作性と見紛うような現象は,しばしば臨床場面で起こる.それにはいくつかの要因がある.
一つは,地続き性という心性である.たとえば公私の区別がつかない.医療という枠組みがわからず,外でのふるまいが平然ともちこまれ,それに治療者が巻き込まれてしまうということがある.ASD の臨床では,枠組みが守られるか,守られないかは間一髪のところがある.いったん枠組みが認知されれば,整然とした受療態度になる.
あるいは自他未分という心性から,治療者も自分と同じような考えをもっていると思い込んでいる.それゆえ治療者との間に齟齬が起こることに耐えられないということが起こりうる.
対人相互性が欠落していると,一方的に要求しているかのようなふるまいが起こる.「与える」と「もらう」のベクトルがわからない.本人にとってみれば当然のことをしているまでなのだが,やられた方は,異様なものに診療の場を侵食されたように感じる.そして独特の抵抗しがたさがある.いったん例外的な要求が通ってしまうと,それを修正するのはむずかしい.たとえば診療時間や処方などについて,収拾がつかなくなることもある.
あるいは治療者の示した親切に対して,混乱している場合がある.治療者にしてみれば,自分の示した親切が裏切られた思いにさせられることもある.それにかぎらず,医原性に誘発されている操作性があることは,つねに念頭においておかなければならないだろう.

注:i) 引用中の「BPD」と「ASD」はそれぞれ「境界性パーソナリティ障害」と「自閉スペクトラム症」のことです。 ii) 引用中の「自他未分」とは、他者と自己、そして私と対象が未だ分節されていないことを指すようです。

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≪余談6≫精神疾患等に関する社会制度

(a) 自立支援医療(精神通院医療)
概要を次のWEBページに示します。「自立支援医療(精神通院医療)の概要 - 厚生労働省

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≪その他余談≫

(a) 心因性てんかん発作
中里信和監修の本、『「てんかん」のことがよくわかる本』(2015年発行)の「COLUMN 見分けるのがむずかしい心因性てんかん発作」における記述の一部(P80)を次に引用します。

心の悩みが無意識のうちに出てしまう
心因性てんかん発作は、「いやなことをさけられる」「やさしくしてもらえる」など、発作を起こす本人にとって利がある状況のときに起こりやすく、まわりが大騒ぎすればするほど長引き、ひどくなる傾向があります。しかし、本人が意識的に演技しているわけではありません。無意識のうちに精神的なストレスが症状として現れてしまうのです。
てんかんもある人の場合、発作の増加をすべててんかん性のものととらえると、薬の無意味な増量につながってしまいます。逆に「また心因性の発作だ」と決めつけてしまうのも問題です。(中略)

てんかんと、心因性てんかん発作を合併する人も少なくない(中略)

心因性発作でよくみられること
頭を左右にふる。「いやいや」をするような動き
意識を失う発作の途中で目を閉じる
ぼうっとしているのに目的にかなった行動をとれる(中略)

外来だけでは診断を間違えやすい。入院したうえで長時間脳波モニタリングを受けよう

注:i) 引用中の「てんかん」は漢字で書くと「癲癇」です。「転換」ではありません。 ii) 引用中の「てんかんと、心因性てんかん発作を合併する人も少なくない」と類似な表現が、次の pdfファイルにも見られます「心因性非てんかん性発作(いわゆる偽発作)に関する診断・治療ガイドライン」の「<注釈> 1)PNES にてんかん発作が並存する場合」項(P5)。ただし、心因性てんかん性発作は PNES と呼ばれています。 iii) 引用中の「長時間脳波モニタリング」については、例えば次のツイート及び pdfファイルを参照して下さい。(ここここ及びここ)、「心因性非てんかん性発作(いわゆる偽発作)に関する診断・治療ガイドライン」の「<注釈> 2)ビデオ脳波同時記録」項(P3) iv) ちなみに、a) 次のWEBページに変換症(転換性障害)や非てんかん性発作における併存症についての記述があります。 「変換症 - 脳科学辞典」の「併存症」項 b) 心理教育での介入により心因性てんかん発作が減少したことを示す論文の要旨を次に引用します。

A multicenter evaluation of a brief manualized psychoeducation intervention for psychogenic nonepileptic seizures delivered by health professionals with limited experience in psychological treatment.[拙訳]心理的治療における限定された経験の健康専門家により実行された手短なマニュアル化心理教育での介入のマルチセンター評価」

RATIONALE:
The aim of this study was to add to our understanding of the impact of psychoeducation on patients' acceptance of the diagnosis of psychogenic nonepileptic seizures (PNESs), the frequency of their seizures, and their quality of life. The study also aimed to evaluate the effectiveness of brief manualized psychoeducation interventions for PNESs, delivered by a more diverse range of clinicians and in a wider range of treatment settings.

METHOD:
The final sample consisted of 25 patients diagnosed with PNESs by a neurologist specializing in the treatment of seizure disorder and referred to the psychotherapy service. The study included patients from four centers, using a manualized psychoeducation intervention delivered over 4 sessions by specialist epilepsy nurses and assistant psychologists. All patients completed self-measure questionnaires for Seizure Frequency, Impaired Functioning (WSAS), Psychological Distress (CORE-OM), Illness Perception (BIPQ), Health-Related Quality of Life: general (ED-QOL) and epilepsy-specific (NewQOL-6D), Symptom Attribution, and patient's perception of usefulness and relevance of the intervention. All measures were collected at baseline and after the completion of the fourth session.

RESULTS:
All measures improved from baseline to postintervention, but this improvement was only significant for CORE-OM (p<.05) and BIPQ (p<.01). Out of the 25 patients who completed the intervention information, 6 out of 25 (24%) had been seizure-free for the past month, and an additional 6 out of 25 (24%) had achieved seizure frequency reduction. Consequently, upon completion of the intervention, 12 out of 25 patients (48%) were either seizure-free or experienced fewer seizures compared with the start of the intervention.

CONCLUSION:
The evidence suggests that brief manualized psychoeducation intervention can reduce PNES frequency, improve the psychological distress, and have an effect on patients' illness perceptions that should help them engage with a more extended psychotherapy program if that was necessary. The intervention was carried out successfully by staff with relatively little training in delivering psychological interventions. Further controlled studies are required to provide proof of efficacy.


[拙訳]
理論的根拠:
本研究の目的は、心因性てんかん性発作(PNESs)の診断の患者の受容、その発作の頻度、及び生活の質(QOL)に関する心理教育の影響を我々の理解に追加するものであった。本研究はまた、より多様な範囲の臨床医により、より広い範囲の治療セッティングにおいて実行される PNESs のための手短なマニュアル化心理教育の介入の有効性を評価することも目的とした。

方法:
最終のサンプル(被験者)は、発作性障害の治療が専門及び心理療法サービスに言及した神経科医によって PNESs と診断された患者25人から構成された。この研究には4つのセンターからの、専門てんかん看護師及びアシスタント心理学者により実行された4セッションのマニュアル化心理教育の介入を用いた患者を含む。発作頻度、機能障害(WSAS)、心理的苦痛(CORE-OM)、病気の知覚(BIPQ)、健康関連 QOL:一般(ED-QOL)及びてんかん特異(NewQOL-6D)、症状帰属及び介入の有効性と妥当性の患者の知覚の自己測定のアンケートを全ての患者が記入した。全ての測定はベースライン時と4セッション終了後に集められた。

結果:
全ての測定はベースラインから介入後まで改善したが、この改善は、CORE-OM(p<0.05)及び BIPQ(p<0.01)でのみ有意であった。介入情報を記入した 25人の患者のうち、6人(24%)は、前月の発作が無かった。25人の患者のうち、さらなる 6人(24%)は発作頻度の減少を達成した。その結果、介入の完了時に、25人の患者のうち 12人(48%)は、介入の開始とと比較して発作が無かった又は経験した発作は少なかった。

結論:
手短なマニュアル化心理教育での介入は、PNES の頻度を減少させることができ、心理的苦痛を改善し、必要に応じて、さらに拡張された心理療法プログラムへの参加を助けるべき患者の病気の知覚への効果を有することをこの証拠は示唆する。心理的な介入の実行において、比較的少ないトレーニングのスタッフにより成功裏に介入が行われた。有効性の証明を提供するためにさらなる対照研究が必要である。

(b) 鉄欠乏性貧血とうつやパニック発作との関連
標記関連について、井原裕著の本、「精神科医と考える 薬に頼らないこころの健康法」(2017年発行) の Ⅱ こころの健康Q&A の i 精神科医に一度訊いてみたかったこと の「うつ病だと思ったら貧血だった!?」における記述(P148~P150)を次に引用します。

うつ病だと思ったら貧血だった!?
日本人女性の鉄不足は国家的問題

Q 26歳、女性。設計事務所勤務。このところ疲れやすく、からだが重く、集中力が落ち、あたまがぼんやりし、急に動悸や息切れがすることもありました。インターネットで調べてみたら、うつ病ないしパニック障害に該当するようでしたので、総合病院の精神科で診てもらいました。採血をしてもらい、翌週告げられたのは、「うつ病ではなく、貧血です。鉄分が足りないのです」ということ。抗うつ薬ではなく、鉄剤が出されました。ほんの4ヵ月前の定期健康診断のときには何も言われませんでしたので、少々意外でした。「うつだと思ったら、実は貧血」、そんなことがあるものでしょうか。

A 鉄欠乏性貧血になると、うつ病そっくりの症状が出ます。憂うつ感、倦怠感、つかれやすさ、集中力の低下、頭痛、めまい、不安、動悸、息切れなどです。「うつ病そっくりの貧血」「パニックそっくりの貧血」については、精神科医仲間でも最近、その話でもちきりです。
日本全体で女性たちの鉄欠乏貧血の増加は、深刻な問題となっています。ほとんどが女性、それも20歳代から40歳代までの女性に多く、50歳代以上の女性や、男性にはあまりみられません。このことでお気づきでしょうけれど、この年代の女性は、「月のもの」があって毎月相当の量の鉄分を失います。失った分だけ補えればいいのですが、実際には鉄の摂取量は国民的な規模で減少しています。厚生労働省の『平成20年国民健康・栄養調査報告』によれば、1955年から75年にかけては、1日13から14ミリグラム程度であったのか、85年ごろから下がりはじめ、2001年以降は実に8ミリグラム以下まで下がっています。
国民的なレベルでの女性の鉄欠乏については、そのほかにも数々のデータがあります。日本赤十字社は、血液事業を通して国民の貧血の状態についての膨大な情報を持っています。貧血気味で献血できなかった人は、やはり20代から40代の女性に高頻度に出ています。
あなたの場合は、4ヵ月前の定期健康診断の採血では、貧血だとは言われていなかったようです。これは、おそらく採血の際のヘモグロビンの量が一定値を超えていたため、貧血とは見なされなかったのでしょう。
からだのなかの鉄については、通常の健診でチェックするヘモグロビンの値だけをみても、貧血の実態はつかめません。この点は、血糖値だけをみても糖尿病の実態をつかめないことと似ています。貧血の実態は、ヘモグロビンの値ではなく、体内に蓄えられた鉄の量をみなければなりません。現在の検査技術では、体内貯蔵鉄をもっとも反映しているのが血清フェリチン値というものです。「血清フェリチン値がこの値だと貯蔵鉄はこれぐらい」といった目安があって、それにしたがって貯蔵鉄の減り具合を推定しているのです。
最近医者たちの間でしばしば警告されているのは、「ヘモグロビンだけで判断するな」ということです。ヘモグロビン値は正常値なのに、血清フェリチン値が異常低値にある人は、珍しくありません。したがって、健診で貧血を指摘されていなくても、実は貧血という場合はあります。20-40代の女性で、うつではないかと思われる人の場合、その可能性は念頭に置く必要がありそうです。

(c) 「嗅覚過敏」についての疑問点
坂部医師が主張している「嗅覚過敏」と、自閉症の症状としての「嗅覚過敏」(共に他の拙エントリの※2参照)との医学的な違いはあるのだろうか?

(d) MCSにおける NIRS を使用した研究における確認したい事項
標記研究(他の拙エントリの①ここ及びここ参照)は、他の拙エントリの②ここの論文の要旨で示されているように情動(emotion)に対する研究なのでしょうか? ちなみに、情動については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えて、メンタライジングの視点からここを参照して下さい。

この疑問は、上記論文①の続編である次の論文③「Assessment of cerebral blood flow in patients with multiple chemical sensitivity using near-infrared spectroscopy--recovery after olfactory stimulation: a case-control study.」中には、用語「emotion」(情動)の記述が複数あり、情動に関連した研究であるようです。この論文の一部紹介は他の拙エントリのここを参照して下さい。

(e) 読書のおすすめ本
拙ブログに関するおすすめ本を以下に紹介します。これらの本の中には拙ブログにおいて未だ引用していない本も含まれます。

① 成人女性のアスペルガータイプの人(未診断、診断されるほどでは無い人を含む)向けの会話の助けになるかもしれない、司馬理英子著の本「シーン別アスペルガー会話メソッド ― 日本初! コミュニケーション力がぐんぐん身につく」(2013年発行)があります。加えて、主に成人女性のADHD向けの司馬理英子著の本、「最新版 よくわかる大人のADHD」(2017年発行)もあります。この本では、「解決編」として様々な問題の解決法が紹介されています。

発達障害の本はいろいろありますが、アスペルガー症候群かもしれない部下を持つ上司の視点からの本として、宮尾益知、滝口のぞみ著の本「部下がアスペルガーと思ったとき上司が読む本」(2017年発行)があります。

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注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日や修飾の変更等)を行うことがあります。

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*1:注:転換性障害の最新名は変換症です

*2:全般不安症、限局性恐怖症も含みます。リンク集を参照して下さい。

*3:これに関する注意点の例はツイートを参照して下さい

*4:ちなみに、これの一種である「確証バイアス」については他の拙エントリのここを参照して下さい

*5:ただし、諸事情により条件付けという用語を使用しています

*6:複雑性PTSDは、現在、国際的な診断名ではありませんが、改訂作業中の ICD-11 での採用が検討されています。他の拙エントリのここを参照して下さい。一方、拙ブログにおいては基本的に複雑性PTSDはトラウマを有する境界性パーソナリティ障害を含みます。加えて、境界性パーソナリティ障害全般も別途紹介しています

*7:ただし、強迫性障害強迫症)は他の拙エントリのここで本の記述の一部等を引用しています

*8:ちなみに、同本における精神疾患の説明は、Ⅱ.診断の手順 の 5.鑑別疾患 の「5-3 精神心理」項(P41~P44)においては、身体表現性障害、大うつ病性障害、不安障害のカテゴリとしてのパニック障害・広場恐怖・特定の恐怖症、統合失調症、妄想性障害のみ記述があります。ただし、身体表現性障害についてはあまり肯定的な記述ではないかもしれませんが。

*9:さらなる補足説明:世界の常識によると、疾患概念であるMCSの存在を証明する責任があるのはこれを提唱している臨床環境医であり、彼らが証明できるまではこの疾患概念は存在しないものと見なされる(すなわち、「MCSの存在が全否定されるまではこの疾患が存在する」と主張するのは正しくなく、詭弁である)と本エントリ作者は考えます。それどころか、MCSの存在はシステマティック・レビュー(他の拙エントリのここ参照)により否定されています。存在しない(と見なされている)疾患概念に対し、診断したり、治療するのはいかがなものかと本エントリ作者は考えます。ちなみに、MCSの存在が全否定されることは無いと本エントリ作者は考えます。存在を全否定するのはそもそも悪魔の証明ですし、最初から存在しないと見なされているものをあえて全否定する必要はないからです。

*10:アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)第5版

*11:一部の精神疾患名については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

*12:注:中毒、アレルギー性疾患(参照)、自己免疫疾患、慢性疲労症候群線維筋痛症更年期障害てんかん等の様々な身体疾患の紹介は基本的に拙ブログの守備範囲外です。これらの身体疾患に関する説明は無い又は貧弱な可能性が非常に高いです。ちなみに、てんかんに関しては、中里信和監修の本、『「てんかん」のことがよくわかる本』(2015年発行)によると、①突然不安感や恐怖感などの精神症状がわき起こってくる単純部分発作(P17)、②心因性てんかん性発作(P80)[ここ参照]、③見出し『本当にてんかん? 「難治性てんかん」の二~三割はてんかんじゃない』(P70)がある等、複雑な疾患であると本エントリ作者は考えます。また、この本の監修者に関連する次のツイートがあります。N Nakasato & bot。一方、このようなWEBページもあり、領域・診療科の枠を越えてのてんかん診療が提唱されているようです。「領域・診療科の枠を越え,てんかん診療の発展を

*13:ちなみに、発達障害においては、「発達歴を聞かないと"発達障害"という診断には至らない」ようです。ここを参照して下さい。

*14:これは他の拙エントリ「条件付けへの対処について」において、化学物質過敏症の症状とされるものを示すための引用中に記述されている「ヒステリー」を説明するために使用しはじめた用語です。この用語は身体表現化障害(身体表現性障害 - 脳科学辞典参照)の一種で、ここを参照して下さい

*15:ちなみに、メンタライジングについてはここを参照して下さい

*16:これに関連する論文を次に紹介します。 「Associations of Adverse Clinical Course and Ingested Substances among Patients with Deliberate Drug Poisoning: A Cohort Study from an Intensive Care Unit in Japan.」 、ちなみに、ベンゾジア ゼピン受容体作動薬等の「使用上の注意」改訂についての資料をを次に紹介します。 『催眠鎮静薬、抗不安薬及び抗てんかん薬の 「使用上の注意」改訂の周知について(依頼)』 加えて、この周知に元になったかもしれない報告書を次に紹介します。 「調査結果報告書

*17:ちなみに、脳の機能的障害の例については、次に示すエントリが本エントリ著者にとっては興味深いです。「機能性(心因性)不随意運動の病名と治療」、一方、安易に転換性障害と診断するのは不適切であると本エントリ作者は考えます。例えば、次のWEBページを参照して下さい。「【3110】統合失調症と診断されているが、 てんかんではないか」。さらに、転換性障害との関係は本エントリ作者には不明確ですが、非てんかん(癲癇)性発作と呼ばれる症状も存在するようです。これについては、ここ、「変換症 - 脳科学辞典」の「併存症」項を参照して下さい。

*18:後者のエントリで示された Yayla 等の論文「Psychiatric comorbidity in patients with conversion disorder and prevalence of dissociative symptoms.」によると、転換性障害を伴う患者の中で、37%は何らかの解離性障害の診断を満たしたようです。

*19:その他の要因は、農村人口(Rural population)、教育の欠如(Lack of education)、低い社会経済的な水準(Lower socioeconomic status)、女性(Female sex)、低年齢(Younger age)です。

*20:線維筋痛症の簡単な紹介例としては、次のWEBページを参照して下さい。 「線維筋痛症 全身の痛み - 今日の健康

*21:ガイドラインの P110~P111 における記述を次に引用(『 』内)します。『②合併である:どちらも原因不明で症状にて診断するため両方あると考えるべきである』 注:引用中の「合併」というのは、線維筋痛症精神疾患の合併であることを指すようです

*22:具体的には、【余談2】(b)項及び【余談3】(a)項を参照して下さい。

*23:複雑性PTSDとの区別が困難だという意見があるようです

*24:ちなみに、a) この本の紹介するWEBサイトを次に示します。 『人はどうやって「トラウマ」を克服するのか』 b) この本の杉山登志郎による解説を紹介するWEBページを次に示します。 「『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』 解説の試み by 杉山 登志郎」 c) この本の第19章で紹介されているニューロフィードバックにおけるランダム化比較試験による研究の論文例を次に示します。 「A Randomized Controlled Study of Neurofeedback for Chronic PTSD.

*25:この本の位置づけとして、次の記述(P18)を引用します(【 】内)。【この本に記した内容は筆者の臨床体験をまとめたものである。したがってエビデンスのレベルは低く,あくまでもエキスパート・オピニオンである。】 注:i) 引用中の「エビデンスのレベル」については、例えば拙エントリのここを参照してください。 ii) 引用中の「エキスパート・オピニオン」は、「専門家の意見」のことです。

*26:他の拙エントリのリンク集参照

*27:このWEBページにおけるマインドフルネスについては、他の拙エントリのここを参照して下さい

*28:発病前は、「外交的」、「几帳面」「積極的」「社交的」「協調的」と記されています(P68)