krns-linkのブログ

まだ仮公開で、今後も本公開までドタバタします。コメント欄は有りません。ちなみに、拙ブログ作成者は医療関係者ではありません。拙ブログは訪問者の方々がお読みになるためのものですが、鵜呑みにしない等、自己責任でお読み下さい(念のため記述)。

一部拙エントリの補足説明について(その1)

① 本エントリ内の医学・医療・心理学関係の様々な用語又は文章のリンク
転換性障害と解離性障害の関係例、 心因性非てんかん発作、 精神交互作用、 行動活性化療法
重ね着症候群、 「demoralization」、 鉄欠乏性貧血とうつやパニック障害との関連、 軽症うつ病
診断がくるくる変わる、 ケースフォーミュレーション(ここここ)、 トラウマになる出来事が解離され自覚されていない(ここ及びここ)、 ヒステリー *7
気分変動*8発達障害における「時間単位の気分変動」、 境界性パーソナリティ障害における「数時間単位の気分変動」、 ADHDにおける「数時間単位の気分変動」
パニック症パニック障害)関連:状況結合性パニック発作、 発作症状の持続時間、 予期不安 *9[続く]
[続き]広場恐怖症、 リスク因子、 非定型うつ病、 残遺症状[続く]
[続き]不安抑うつ発作、 アンガーアタック、 特徴的な認知の歪み、パニックの悪循環(ここここ
全般不安症(ここ及びここ)、 限局性恐怖症、 不安症における身体症状、 虚偽性障害(作為症)(ここ及びここ
「心ここにあらず」、 体験の回避、 不安に反応するときの共通した三つのパターン *10、 社交不安における注意制御
メンタライジング・アプローチの視点を含む情動(又は感情)、 投影同一視、 心的等価モード、 ふりをするモード、 知性化、 目的論的モード、 無知の姿勢
コア・アフェクト(ここここここ)、 快・不快、 認知バイアスここここ)、 Barrett の分類による情動に関する4つの考え方 *11

ご参考:他の拙エントリの「リンク集」にも、一部ですが本エントリに関連した用語のリンクがあります。

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前書き

最初に前書きとして、次に示す拙エントリを作成したきっかけの一部となった説明を以下に試みます。例えば、他の疾患が見落とされているのではないか? という疑問です。

シックハウス症候群(又はMCS) 心身医学の見地からに関する文書について
発達障害における身体症状、その他

ちなみに、次の拙エントリは情動学習(条件付け、トラウマ化によるフラッシュバック[視点を変えると「過剰な不安」、「恐怖」及び「トラウマ」等によるもの]を含む)の見落としに関するものです*12

条件付けへの対処について

なお、見落としや誤診のリスクを減少させるための一助として、患者の方々が基礎的な医学的知識を身に着けた方が良いとの本エントリ作者の考え方を反映して、上記3つの拙エントリ及び本エントリを作成しています。

さらに疾患に関する記述として、転換性障害(又は変換症、他の拙エントリのリンク集も参照)については、本エントリで紹介した理由を含めて補足説明の後半部に、パニック症(パニック障害)における誤診、見落しに関しては≪余談1≫にそれぞれ示します。他にも余談があります。ただし、これらの余談は上記拙エントリに関連しないことがあります。

一方、本エントリの続きの側面がある他の拙エントリは次を参照して下さい。 「条件付けへの対処について

≪主な改訂の履歴≫
2019年10月26日:文章の追記、変更及び削除を含む大幅な改訂を行いました(また本改訂日より前の主な改訂の履歴は削除しました)。
2019年12月6日、2020年2月2日:文章の追記、変更及び削除等の改訂を行いました。

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補足説明

一部の化学物質過敏症(又はMCS)とされる患者の方々は、他の疾患が見落とされているのではないか? という疑問を本エントリ作者は持っています。この疑問を踏まえて、前書きにおける前者の両エントリで紹介した精神疾患は、発達凸凹、発達障害(主に、自閉スペクトラム症アスペルガータイプ]とADHD。ただし、パニック症、摂食障害うつ病、[波の速い]気分変動[ここここ及びここ参照]等の二次障害を含む)、PTSD、複雑性PTSD*13解離性障害強迫性障害*14です。これらを取り上げた理由の一部は、①これらの精神疾患の診断・治療に対する問題点が指摘されている ②日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)には、シックハウス症候群との鑑別のためのこれらの精神疾患の説明がない*15 ことです。上記①の問題に関しては【細かな説明1】を参照して下さい。

一方、観点を変えての追加説明を次に試みます。疾患概念である化学物質過敏症(又はMCS)の主要な問題点は他の拙エントリの「MCSのシステマティック・レビュー」及び「MCSに対する世界の医学会等の見解」で示しました*16

さらに、視点を変えての説明を試みると、日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック]」(2013年発行、日本医師会推薦)によると、他の拙エントリのここにおいて引用するように、i) 「・定義された MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)の考え方を基本に化学物質による健康障害をめぐる議論が行われてきている.ただ,医学的な定義はまだ確立されておらず,社会的な関心が先行し言葉が独り歩きし,混乱が生じている.」 ii) 「・日本においては,北里研究所病院の石川哲らによって独自に化学物質過敏症の診断基準が設けられている.」 iii) 「・既往症のアレルギー疾患など,他の疾患との区別が非常に難しいため,現状では正確に診断できる検査・診断方法はない.」(注:この引用中の「診断」はシックハウス症候群化学物質過敏症の診断のことです) との記述がそれぞれあります。

これらの引用より、「よしんば日本独自の化学物質過敏症の診断基準により診断されたとしても、化学物質過敏症の医学的な定義はまだ確立されておらず、現状では正確に診断できる検査・診断方法はない」ので、誤診(本来の疾患の見落としを含む)が生じても何ら不思議ではないと本エントリ作者は考えます。

この問題を踏まえると、化学物質過敏症(又はMCS)とされる患者の方々の症状を様々な視点から再検討すると、見落とされた疾患が浮かび上がってきて、適切な治療法が見つかることがあるかもしれません。もしかすると拙ブログ(特に「はじめに」項で紹介したエントリ)がその一助になるかもしれません。

化学物質過敏症と誤診(本来の疾患の見落としを含む)した場合の本来の疾患としては、例えば、中毒、喘息や次に示す自己免疫疾患を含むアレルギー性疾患(参照)、(バセドウ病、橋本病《注:甲状腺に関する疾患名でここ参照》をはじめとする)自己免疫疾患、慢性疲労症候群参照)、線維筋痛症参照)、更年期障害参照)、(特にヒステリー又は転換性障害(変換症)[他の拙エントリのここを参照]との鑑別が必要な)てんかん[癲癇](てんかん - 脳科学辞典を参照)、(うつ病やパニック症又は発作等を併発することもある)むずむず脚症候群ここここ及びここ参照]や鉄欠乏性貧血[参照]、様々な精神疾患[例えば、不安症のカテゴリー[DSM-5*17]{パニック症の残遺症状を含む}、強迫症うつ病双極性障害、複雑性PTSD、PTSD、発達障害解離性障害(解離症)、統合失調症、妄想性障害、境界性パーソナリティ障害転換性障害(変換症)]*18が候補に挙げられる可能性が有り、本来の疾患が各人で必ずしも同じではないと本エントリ作者は考えます。*19

様々な医師がいるなかで、疾患を見落とす又は誤診するヤブ医やトンデモ医がいるかもしれません。不幸にもこれらの医師にかかっている患者の方々は適切な治療が望めないかもしれません。これに相当する患者の方々は基礎的な医学的知識を身に着けて、信頼できる医師を選定する能力を高めた方が良いかもしれません。ちなみに、精神疾患の診断・治療の問題点に関しては【細かな説明1】を参照して下さい。精神科医ですら診断が困難なことがある精神疾患に対し、臨床環境医が十分かつ適切に鑑別・除外診断できるのでしょうか?*20

ちなみに、転換性障害(変換症)*21については【細かな説明2】に示します。

さらに、線維筋痛症において併病する精神疾患を見落とすリスクについては【細かな説明3】に示します。ちなみに、化学物質過敏を訴える患者と精神疾患との関係を示す資料を他の拙エントリのここで紹介しています。

一方、鑑別診断において見落とし又は誤診が懸念される一部の精神疾患の患者の方々において、見落とし又は誤診による不利益を生じさせない又は減少させる一助にするための、患者自身が受診前にチェックした方が良いかもしれない方法例については【細かな説明4】に示します。

さらに、様々な余談については≪余談≫に示します。

[お断り]本エントリは補足説明の集合体なので、相互にまとまりを欠く傾向があるかもしれません。さらに、他の拙エントリの記述内容と重複するかもしれません。

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細かな説明

【細かな説明1】精神疾患の誤診等

発達障害拙エントリ参照]、トラウマ、複雑性PTSD[共に他の拙エントリのリンク集参照]、解離性障害[他の拙エントリのリンク集参照、用語:「解離(解離性障害、解離症)」]に関する見落とし、誤診等の診断の問題点についてそれぞれ以下に引用します。これらの引用文献はいずれも近年発行・発信されたものであり、この問題は過去のものではないと本エントリ作者は考えます。ちなみに、統合失調症の誤診(冤罪診断)に関連するツイートがあります。

(a) 奥山眞紀子、三村將編集の本、「情動とトラウマ 制御の仕組みと治療・対応」(2017年発行)の 7 発達障害児者のトラウマと情動調節 の「7.2 発達障害の憎悪因子としてのトラウマ」における記述の一部(P100~P101)を次に引用します。

7.2 発達障害の憎悪因子としてのトラウマ(中略)

精神医学はこれまで,2つの問題を十分に考慮せず構築されてきた.1つは発達障害であり,もう1つはトラウマである.診断を行う理由は,治療を組むためにあるので,発達障害の基盤があるか,トラウマが関与しているのかということは,臨床ではおおきな違いを生じるので,この見落としは決定的な欠落であると考えられる.(後略)

注:i) この引用における著者は杉山登志郎です。 ii) 加えて参考として、WEBページ「発達障害の薬物療法」の「内容説明」項を参照して下さい。 iii) さらに、 a) 杉山登志郎著の本「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)の 第6章 気分障害をめぐる誤診のパターン の「Ⅰ 気分障害をめぐる症例の類型,最も多いパターン」においても気分障害の文脈でこの引用と類似した記述(P72)があり、次に引用(『 』内)します。 『治療がうまく行かない場合とは,実は単純な診断の問題に行き着くことをこれまでにも指摘してきた。その大きな要因となるのは,これまでに繰り返し指摘したように,ひとつは発達障害の見落とし、もうひとつはトラウマの見落としである。』 b) 次のWEBページには親子並行治療において、「親の側は精神科未受診の症例はむしろ少数派であるのに、治療に成功した者がほとんどいなかった」のことについての記述があります。 「発達障害医学の進歩 28 発達障害とトラウマ」の「序文」項 vi) ちなみに、 a) 引用中の「十分に考慮せず構築されてきた」発達障害及びトラウマの重要性について、青木省三著の本、「こころの病を診るということ 私の伝えたい精神科診療の基本」(2017年発行)の 第14章 トラウマの影響を視野に入れる の「体験の強度や内容に関係なくトラウマ反応は起こる」における記述の一部(P201)を以下に引用します。 b) 引用中の「発達障害」の見落としに関連して、「発達の問題を抱える者」がうつ的症状に至るメンタル不調を起こした場合に、抗うつ剤を処方されるだけについては、宮尾益知、滝口のぞみ著の本、「部下がアスペルガーと思ったとき上司が読む本」(2017年発行)の 第2章 上司の理解が期待される時代 の「小学校から中学、高校へ……、そして就職」における記述の一部(P59)を以下に引用します。 c) 引用中の「トラウマ」の見落としに関連する「PTSDと合併症に対する治療が総合的に行わなければ,治療効果は不十分であることが多い」ことについて、奥山眞紀子、三村將編集の本、「情動とトラウマ 制御の仕組みと治療・対応」(2017年発行)の 16 ストレス関連障害に対する他の精神療法 の「16.4 合併症治療の意義と治療法」における記述の一部(P221~P222)を以下に引用します。加えて、これに関連する「精神症状の基盤にあるトラウマ反応は気づきにくい」ことについて、青木省三著の本、「こころの病を診るということ 私の伝えたい精神科診療の基本」(2017年発行)の 第14章 トラウマの影響を視野に入れる の「精神症状の基盤にあるトラウマ反応は気づきにくい」における記述の一部(P201~P202)を以下に引用します。 d) 上記トラウマに関連した「複雑性PTSD」等において、精神医療を受けている間に、互いに関連のない診断を複数受けることについては、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の「第9章 なぜ愛情が重要なのか」における記述の一部(P226~P227)を以下に引用します。 e) 上記「複雑性PTSD」等に関連して、上記 d) 項における本を紹介するWEBページ『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』を参照して下さい。

体験の強度や内容に関係なくトラウマ反応は起こる(中略)

診断名にかかわらず、トラウマ反応の繰り返しといった視点をもつことで、その人の症状経過や対人的な構えなどを理解しやすくなるように思われる。すべての精神疾患の発症や経過に、実はトラウマ反応的な要素が相当に関連しているのかもしれない。これからの精神医学においては、発達障害的な視点だけでなく、トラウマ反応を見る視点も重要さを増していくのではないかと筆者は考えている。(後略)

注:引用中の「発達障害的な視点」及び「トラウマ反応を見る視点」に関連する対談が次のWEBページに紹介されています。 「診断に頼らない診かた 精神科診療に欠かせない発達と生活の視点

小学校から中学、高校へ……、そして就職(中略)

さて、成人の発達の問題は往々にしてこじれます。たとえば、部下が職務を円滑に遂行することができず、うつ的症状に至るメンタル不調を起こした場合、発達の問題にあまり詳しくない精神科や心療内科を受診し、うつ病をターゲットにした抗うつ剤を処方されるだけというケースがあります。(後略)

注:引用中の「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

16.4 合併症治療の意義と治療法(中略)

PTSDには,うつ病全般性不安障害パニック障害解離性障害、身体化障害、物質依存・乱用など他の精神障害が高率に合併する.(中略)外傷体験が周囲に認識されていなくて,心的外傷に焦点を当てた治療が行われない場合も少なくない.いずれにしても,PTSDと合併症に対する治療が総合的に行わなければ,治療効果は不十分であることが多い.(後略)

注:i) この引用における著者は西川隆です。 ii) 引用中の「うつ病」、「パニック障害」及び「物質依存・乱用」については、他の拙エントリのリンク集[最後者の用語:「物質依存(薬物など)」]を参照して下さい。 iii) 引用中の「全般性不安障害」についてはリンク集(用語:「全般不安症」)を参照して下さい。 iv) 引用中の「解離性障害」については、他の拙エントリのリンク集[用語:「解離(解離性障害、解離症)」]を参照して下さい。 v) 引用中の「身体化障害」に関連する「身体症状」については他の拙エントリのここ[用語:「身体化(身体症状)」]を参照して下さい。 vi) 上記引用における「PTSDの合併症」に関連する「虐待の引き起こす精神疾患」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

精神症状の基盤にあるトラウマ反応は気づきにくい
成人期でのトラウマ反応を考える際、明らかな虐待などを受けて幼児期・学童期より精神科を受診している例もあるが、臨床的により多く出会うのは、幼児期・学童期にいくらか症状はあったかもしれないが受診歴はなく、思春期以降に既存の精神疾患を主訴に受診してくる患者さんである。こうした患者さんは、トラウマになる出来事が解離され自覚されていないことが多く、「子どものときに、特に困ったことはなかった」などと話すことが多く、現在の精神症状とトラウマを結びつけて考えることは少ない。そのため、治療者も現在の精神症状と過去の出来事との関係に気づかないことがある。(後略)

注:引用中の「トラウマ」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

第9章 なぜ愛情が重要なのか(中略)

こうした患者たちは、精神医療を受けている間に、互いに関連のない診断を五つか六つ受けるのが普通だ。医師が気分変動に焦点を絞れば双極性障害とみなされ、(中略、薬の処方の話題)医師が彼らの絶望感にいちばん強い印象を受ければ、大うつ病を患っていると言われて、(中略、薬の処方の話題)医師が落ち着きのなさと注意力の欠乏に注目したら、注意欠如・多動性障害(ADHD)に分類されて、(中略、薬の処方の話題)そして、もしクリニックの職員がたまたまトラウマ歴を聴取し、患者が関連情報を自ら提供するようなことがあれば、PTSDという診断を受けるかもしれない。これらの診断のどれ一つとして、完全に的外れではないが、どれもみな、これらの患者が何者か、何を患っているのかを有意義なかたちで説明する端緒さえつかめていない。(後略)

注:i) 引用中の「双極性障害」、「PTSD」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「大うつ病」に相当する「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「ADHD」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「トラウマ」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 v) この引用全体に関連する、PTSD診断基準以外の症状を併存疾患として独立に扱うのは不適切であることについて、奥山眞紀子、三村將編集の本、「情動とトラウマ 制御の仕組みと治療・対応」(2017年発行)の 2 複雑性トラウマと情動調節 の 2.3 複雑性トラウマにおける情動調節の症状 の「a. DESNOSおよび複雑性PTSDにおける情動調節」における記述の一部(P20~P21)を次に引用(『 』内)します。 『「児童虐待やレイプの被害者など,個人的な対人的な被害を受けた人の症状には PTSD 診断基準にある症状だけではなく,その他の症状がきわめて多い.そのような症状を単に併存疾患として独立に扱うのは不適切である」と van del Kolk は述べている12).』(注:a) この引用部の著者は小西聖子です。 b) 引用中の「12)」は文献番号であり、次の論文を指します。 「Disorders of extreme stress: The empirical foundation of a complex adaptation to trauma.」 c) 引用中の「van del Kolk」は「van der Kolk」(ヴァン・デア・コーク)の誤記で、van der Kolk 医師は、引用元[ここここを参照]の本の著者です。 d) 上記「複雑性トラウマ」は持続した繰り返すトラウマのことかもしれません[同章の P17より]。 e) 上記引用に関連する、van der Kolk 氏が提唱する発達性トラウマ障害の診断基準については次の資料を参照して下さい。 「子ども虐待とケア」の表1) 加えて、上記引用に関連する、「虐待の後遺症」としての症状について、資料『「発達障害と愛着障害」 杉山登志郎氏 - 【基調講演】』における記述の一部(P5)を次に引用(『 』内)します。 『長期にわたるトラウマによって脳が変化してしまい、多動症やかんしゃく、うつやかい離を起こしたり、気分の変調があったり薬物依存などの問題が起きてきます。例えば、多動症とかい離や気分の変調は何の関係もありません。こういう発達の流れを振り返ってみると、実は同じ原因で起きていることがわかります。これが、発達性トラウマ障害と van der Kolk は言っていますが、虐待の後遺症です。』

(b) 女性のアスペルガー症候群の診断の困難さについて、宮尾益知監修の本、「女性のアスペルガー症候群」(2015年発行)の「診断 内科や婦人科では心身症と言われやすい」における記述の一部(P49)を以下に引用します。

他の病気だと診断される
内科や婦人科のほかに、精神科でも、発達障害を専門的にみている医療機関でないと、別の病気だと診断される場合があります。しかし、その診断で治療を受けていても、状況はなかなか改善しません。

加えて、宮尾益知監修の本、「ASD(アスペルガ―症候群)、ADHD、LD 女性の発達障害 女性の悩みと問題行動をサポートする本」(2017年発行)の「アスペルガー症候群は、どこで診断・治療が受けられるか」における記述の一部(P41)を次に引用します。

内科や婦人科では、心身症と診断されることも

アスペルガー症候群に気がついていない女性の場合、最初はかかりつけの内科や婦人科で診てもらうことも多いようです。しかし、内科や婦人科は発達障害の専門ではありません。そのために、ストレスからきている心身症統合失調症と診断されて、状況がいつまでも改善されないこともあります。(後略)

さらに、本の「診断 女性はなかなか診断が得られない」における記述の一部(P44~P45)を次に引用します。

女性の場合、医療機関にかかっていても、アスペルガー症候群を見過ごされることがよくあります。(中略)

女性は診断が出にくい
アスペルガー症候群を含むASDは、女性よりも男性に多いといわれています。医療の現場でも、一般にも、女性のASDがあまり知られておらず、そのため女性はなかなか診断が得られないことがあります。

注:引用中の「ASD」は自閉スペクトラム症のことです。

(c) 発達障害(ASD[自閉スペクトラム症]及びADHD[注意欠如・多動性障害])の診断の困難さ及び「『発達障害』の問題のある患者には対応できません」と宣明する精神科医療機関があることついて岩波明著の本及び他の資料から以下に複数の引用をします。ちなみに、ASDは自閉スペクトラム症のことです。
岩波明著の本、『発達障害と生きる どうしても「うまくいかない」人たち』(2014年発行)の 第三章 発達障害の多発家族 の「発達障害との区別が難しい精神疾患」項における記述の一部(P138)を以下に引用します。加えて、宮岡等、内山登記夫著の本、「大人の発達障害ってそういうことだったのか その後」(2018年発行)の「まえがき――宮岡等」における記述の一部(Piii~Piv)を以下に引用します。さらに、岩波明著の本、「発達障害」(2017年発行)の おわりに 発達障害とどう向き合うか の『発達障害を「認識」することの大切さ』項における記述の一部(P255)を以下に引用します。ちなみに、成人のASDにおいて、背景にあるASD特性が見逃されて、一方、この特性への本人および周囲の理解がない場合は、状況が改善しにくいことについては次のWEBページを参照して下さい。 「ASDへのスキーマ療法の活用

(前略)ASDとADHDの関連に加えて、発達障害において問題になるのは、他の精神疾患が併存する場合や、他の精神疾患との鑑別が容易でない場合である。ASD、ADHDとも、精神科に受診しても発達障害が見逃され、「うつ病」など他の精神疾患と診断されていることはよくみられる。

注:i) 引用中の「うつ病」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

まえがき――宮岡等(中略)

第二に、私は企業の産業医を担当したり、地域で小・中学校教員や学校カウンセラーとの議論の場をもったりする機会が多いのですが、彼らが接する職員や学生の中に自閉スペクトラム症や注意欠如・多動性障害として、多少なりとも医療のアドバイスを受けたほうがいい方がいるのではないかという点です。しかしそれに気付かず、うつ病適応障害、単なる不登校、なまけなどとして対応されていることが少なくありません。(後略)

注:引用中の「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「適応障害」については、次のWEBページを参照して下さい。 「適応障害 - 脳科学辞典

(前略)うつ病統合失調症、あるいはパーソナリティ障害と″診断″され、発達障害を見過ごされているケースが多々ある。(後略)

注:i) 引用中の「うつ病」及び「統合失調症」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。加えて、統合失調症自閉スペクトラム症の鑑別方法については、例えば次の資料を参照して下さい。 「横断面の症状から見た統合失調症と自閉スペクトラム症の鑑別」 ii) 引用中の「パーソナリティ障害」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

岩波明著の本、「大人のADHD -もっとも身近な発達障害」(2015年発行)の はじめに の「成人で急増中」における記述の一部(P9~P10)を次に引用します。

これまで児童期の「病気」とみなされていたADHDが、成人でも数多いことが認識されたのは、この10年あまりのことである。実のところ、わが国においでは、成人においても多数のADHDがみられるという事実は、今でも十分に浸透していない。これまでADHDは、大人になると多くのケースでは改善するとみなされていた。けれどもこのような考え方は、必ずしも正しくないことが次第に明らかになっている。
小児におけるADHDは、思春期以降に改善するケースもみられるが、かなりの割合で成人になってからも、何らかの症状が持続して生活上の問題が生じていることが多い。比較的軽症のケースにおいでは、学生時代までの不適応はみられないものの、就労してから問題が顕在化する例が少なくないし、実際、成人になって精神科を受診する場合は、職場での不適応がきっかけであることが多い。
このようなADHDの人たちの実生活におけるパフォーマンスの悪さやケアレスミスの多さは、周囲からは本人の問題として否定的に評価され、「真面目に取り組んでいない」「仕事にやる気がない」、あるいは「能力不足」とみなされることが多かった。このため、本人も、自己否定的になりやすい。
さらに、周囲からのストレスが続くことによって、うつ病になったり、パニック発作などの不安障害の症状を併発したりする人も数多い。残念ながら、これまで、成人期のADHDはなかなか正しく診断されていなかった。専門であるはずの精神科医においでも、ADHDに対する正しい知識が十分ではないことが多い。現状において、誤診されるケースや「よくわからない」と言われて診療を断られるケースが後を断たない。(後略)

本の 第2章 症状 の「(2)不注意」における記述の一部(P42~P43)を次に引用します。

(前略)成人期では、注意障害が生活の中でさまざまな形となって出現するが、同時に感情面でも不安定となり、気分の浮き沈み、怒りを爆発させる、イライラ感などを示す例も少なくない。この結果、ADHDにおいては、不安障害、気分障害などの他の精神疾患が併存することが多くなる。このようなケースにおいては、本来のADHDが見逃されやすく、正しい診断がなされないため、適切な治療を受けていないことがしばしばみられる。

注:i) 引用中の「成人期」とは、ADHDの成人期という意味です。 ii) 上記引用には男女の区別はないようですが、女性のADHDを対象としているだろう類似しているかもしれない記述について、榊原洋一、高山恵子著の本、「最新図解 女性のADHDサポートブック」(2019年発行)の PART 3 女性のADHDの向き合い方と対処法 の 合併症が前面に出るケース の「専門医でも見逃すADHD」における記述の一部(P103)を次に引用します。

このように、患者さんにADHDの特徴が現れているにもかかわらず、本人や周りの人もADHDだと気づかない、場合によっては、医師もADHDと診断できないのはなぜでしょうか。
その原因の一つとして考えられるのが、前述したように、併存症や合併症のほうがADHDよりも目立つケースで、そのためにADHDが見過ごされてしまう可能性です。
もう一つは、大人の場合、特徴が気づかれにくい不注意の特性が優位であるために、子どものADHDでよくみられる、多動性や衝動性が目立つタイプのADHDとは違って見えてしまう点です。(後略)

注:引用元の本における女性のADHDの特徴の簡単な紹介については他の拙エントリのここを参照して下さい。

本の 第5章 ADHDとASD の「うつ病と紹介されてきた女性」における記述の一部(P138)を次に引用します。

(前略)このように、成人になって対人関係の障害から不適応をきたしているADHDのケースは、アスベルガー症候群などASDと診断されやすい傾向がある。さらに本人も、自分はASDだと信じている場合も多い。このようなケースにおいでは、ADHDという正しい診断を見抜くことが治療のためには重要である。

注:i) これより幅広い引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。

⑤ 加えて、資料「成人の精神医学的諸問題の背景にある発達障害特性」の「まとめにかえて」項(P57)における記述の一部を次に引用します。

現在,総合病院・大学病院で精神科外来を担当していると,発達障害関連の相談や診察依頼は引きも切らぬものがある.教師や職場関係者から「発達障害が疑われるのではないか」と診察を指示された患者が受診し,学校医・産業医・かかりつけ医からの紹介も多い.(中略)

また,「自分は発達障害ではないか」と診察を希望してくる事例も近年著増している.
このような自薦他薦の診察依頼に応じるだけで多くの総合病院・大学病院精神科外来はその対応力の限界に至っている.筆者の見聞の範囲でも,多くの施設で発達障害検査の予約待ちが数カ月になっている状況がある.
ことほど左様に,一般社会,ことに教育・産業領域の「発達障害」への関心は高いものがある.
その一方で,「『発達障害』の問題のある患者には対応できません」と宣明する精神科医療機関もあり,また精神科医療機関に通院していながら,背景の発達障害的問題に治療者が気づかないまま,統合失調症・遷延性うつ病双極性障害・気分変調症・境界性パーソナリティ障害などの診断のもとで長期間治療された後に,難治例として紹介されてくることもまれではない.そのとき,過剰で矛盾する薬物療法,あるいは洞察指向型の精神療法や行動療法が当人の考え方の癖・方向性,キャパシティへの評価が不十分なまま行われていることもある.
ここには,現在の精神医療現場における「発達障害」への対応の極端なばらつきがうかがえる.(後略)

注:引用中の「洞察指向型の精神療法」に関連する「内省志向型の精神療法」についてはここを参照して下さい。

(d) 女性のADHDの診断の困難さについて、宮尾益知監修の本、「女性のADHD」(2015年発行)の「診断 診断基準だけでは全貌がみえてこない」における記述の一部(P42~P43)を次に引用します。

(前略)
基準はあくまでも目安にすぎない
ADHDの診断には、DSMやICDといった診断基準が用いられます。基準があることで一定の診断が可能になるという点では、重要なことです。
ただし、基準はあくまでも目安にすぎません。「多動性」の特性は、基準で示されていること以外にも「用事をつめこみすぎる」といった悩みを引き起こします。
診断基準を参考にすることも必要ですが、基準だけにとらわれず、特性がどのような悩みを引き起こしているのかという視点で、先入観をもたずにADHDをとらえることも大切です。これはとくに女性の場合に重要になることです。(中略)

ADHDの診断基準(中略)

主に男子の特徴
ADHDは主に子どもの発達障害として研究されてきた。女子よりも男子が多いため、診断基準は男子の特徴を反映したものになっている(中略)

基準をはみ出す特徴もある
ADHDの子どもや大人には、診断基準で示されていない特徴もみられます。第1章で紹介した「女性どうしの付き合いで気配りができない」「用事をつめこみすぎる」といった悩みはADHDの女性に多くみられますが、診断基準ではふれられていません。(中略)

ADHDの女性には、多動性・衝動性というイメージからは程遠く、じっとしていて恥ずかしがり屋の人がいる(中略)

特徴は状況によっても変わるもの
ADHDの特徴は、状況によっては目立たなくなるものです。
診断基準のDSM-5では「特に興味のある活動に従事している場合」や「一貫した外的刺激がある場合」などに、特徴がみられなくなる可能性を示唆しています。
だからこそ、ADHDの診断は難しいのです。女性の場合、もともと特徴が現れにくいこともあり、診断が遅れがちです。

注:i) 引用と同じ本の同じ項目に対する他の視点からの引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「診断基準のDSM-5」については次のWEBページに示します。『注意欠如・多動性障害 - 脳科学辞典の「診断・鑑別診断」項』。 iii) 引用中の「診断が遅れがち」に関連して、同本の「COLUMN そもそも診断基準が女性に合っていない?」における記述の一部(P44)及び宮尾益知監修の本、「ASD(アスペルガ―症候群)、ADHD、LD 女性の発達障害 女性の悩みと問題行動をサポートする本」(2017年発行)の「女性の発達障害は、気づかれにくい!?」における記述の一部(P10~P11)を以下にそれぞれに引用します。

女性は苦しんでいても診断が出にくい
診断基準が男性向けになっているせいか、女性はADHDがあっても基準に該当する状態にならず、診断が出ない場合があります。治療によってよくなる可能性が高いのに、診断がないため、生活上の困難に苦しんでいます。

特性の一部分だけが目立ち変わった子と思われる(中略)

男性の場合、例えばADHDなら子どもの時から「授業中に席を立つ」「他の子の邪魔をする」「なくし物が極端に多い」といった特性が幅広く現れる場合が多く、ADHDだと気づかれやすいのです。
それに対して女性の場合は、「忘れ物が極端に多い」とか「おしゃべり」といったADHDの部分的な特性が目立っても他の特性が目立たず、周囲からADHDだと気づかれずに成長する場合もあります。しかし、思春期になることには、ミスが多いことや友人関係とのトラブルなど自分のせいだと悩んでいる場合も多いのです。

(e) 柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)の「診断 ていねいな問診で、解離があるとわかる」における記述の一部(P72~P73)を次に引用します。

解離性障害は診断がむずかしい病気です。専門的に扱っている医療機関が少ないことに加え、別の精神疾患と症状が似ていることが関係しています。的確な診断には、細かく症状を聞くことが必要です。

自分から言わないことが多く、診断は困難
解離性障害は診断がむずかしいとされています。
その理由は、症状のまぎらわしさです。幻視や幻聴などの幻覚、気分の変化などの症状は、うつ病統合失調症、パーソナリティ障害といった別の病気と似ているものが多いためです。
また、診断をむずかしくしている大きな要因に、解離の症状があるにもかかわらず、医師に話していないことがあります。
本人にしてみれば、「医師に聞かれなかったから」という理由なのですが、聞かれていないところに診断のカギをにぎる重要な症状があるのです。(中略)

似た症状の病気
解離性障害とよく似た症状がある病気は多い。見きわめるには、解離性障害を専門的に診ている医師の診断を受けることがすすめられる

解離性障害とよく似た症状がある病気)
統合失調症 うつ病 境界性パーソナリティ障害 摂食障害 PTSD 不安障害 物質依存(薬物など)

注:i) 引用中の「(解離性障害とよく似た症状がある病気)」は、引用者による追記です。 ii) 解離性障害(解離症)における身体症状と転換性障害(変換症)の症状も似ています。両者の区別についても様々な意見があるようです。ちなみに転換性障害(変換症)については、ここを参照して下さい。

(f) 友田明美著の本、「子どもの脳を傷つける親たち」(2017年発行)の 第四章 健やかな発育に必要な愛着形成 の「愛着障害発達障害との違い」における記述の一部(P174~P175)を次に引用します。

臨床現場で「愛着障害」と混同されがちなのが、自閉症や知的能力障害(知的発達症)などの「発達障害」です。
愛着障害は発達の遅れ、特に認知や言語習得の遅れを併発するため、症状からだけでは発達障害と区別がつきません。わたし自身も、診察に来た子どもの症状から、これは発達障害なのではないかと診断に悩んだ経験が何度もあります。
たとえば反応性愛着障害では、自分の殻に閉じこもって他人と目を合わせないなど、自閉症に似た症状が見られることがあります。脱抑制型対人交流障害では、落ち着きがなく物事に集中できないせいで、学習障害に発展するといった症状が出ることもあるため、ADHD(注意欠如・多動症)などの発達障害との区別が難しい場合があります。
愛着障害発達障害(またはその逆)と診断し、それに基づいて治療を施しても、一向に症状の改善は見られません。なぜなら、症状が似ていても、当然ながら治療法は同じではないからです。

注:i) この引用は本のタイトルにもあるように、子どもを対象にしているように本エントリ作者には見えます。 ii) 引用中の「愛着障害」と「発達障害」の区別についての同様な引用は拙エントリのここを参照して下さい。

(g) 福西勇夫、福西朱美著の本、「マンガでわかる 発達障害 特性&個性 発見ガイド」(2018年発行)の 第1章 発達障害について知ろう の 自閉症スペクトラム障害(ASD) の ASDの特性 の「⑦気分の変調を来しやすい」における記述の一部(P46)を次に引用します。

⑦気分の変調を来しやすい
急に気分が変わり、周囲を振り回すことがあります。パニックにも陥りやすく、不安障害を併発します。
なかでも対人緊張や対人不安が異常に強く、社交不安障害をかなり高い頻度で併発します。その診断のなかでASDが見過ごされてしまい、単なる社交不安障害と診断されていることも少なくありません。なかなか改善しない社交不安障害の影にASDがあるかもしれません。
ときに気分の変調の激しさから、統合失調症躁うつ病双極性障害)などと誤診されていることがあります。

注:引用中の「不安障害」については、他の拙エントリのリンク集(用語:「不安障害(不安症)」)を参照して下さい。加えて引用中の「社交不安障害」については、同リンク集(用語:「強迫性障害強迫症)、社交不安障害」)を参照して下さい。 ii) 引用中の「統合失調症」及び「双極性障害」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

≪ご参考≫精神医療又は向精神薬に関するその他問題点
注:i) この項を読む前にツイート(ここ及びここ)及び以下に示す引用をご確認した方が良いかもしれません。 ii) [9]項に示す、抗うつ薬の処方に関する問題点は複雑なので、別途他の拙エントリに記述します。さらに、精神科クリニックの選定方法についても別途他の拙エントリに記述します。

抗うつ薬を上手に飲まない時のリスクについて、井原裕著の本、「うつの8割に薬は無意味」(2015年発行)の 第7章 うつと診断されたら――本人、家族、会社は? の『自殺防止の最大の方策は「うつは治る」と知ること』における記述の一部(P254~P255)を以下に引用します。加えて、ベンゾジアゼピン系薬剤は「問題を先送りにする薬剤」であると主張する次に示すWEBページがあります。 「ベンゾジアゼピン系薬剤を悪者にしないための使い方

(前略)抗うつ薬、とりわけ、SSRIなどの新型の抗うつ薬は、上手に飲まないとかえって、自殺のリスクを高めます。上手に飲むとはどういうことか。それは、決められた量以上に服用しないこと、薬剤の効果を高めるために、十分な睡眠、安定した睡眠相、断酒といった原則を徹底すること、これが大切です。繰り返しますが、薬物療法中の飲酒は厳禁です。しかし、やけ酒を煽りながら抗うつ薬を飲むような人が如何に多いことか。そういった人のなかから確実に大量服薬で救命救急センターに運び込まれる人が出てきます。抗うつ薬を飲むなとは言いません。しかし、「いやなことを忘れるためにやけ酒を飲む」ような調子で、あるいは、それこそ「やけ酒と一緒に」抗うつ薬を飲むのなら、そのようなことは絶対にやめていただきたいと思います。(後略)

[1] 次に示すWEBページの後半に、日本における「信頼に足る非常に優れた精神科医」の割合が示されています。「【1872】信用できない医者は世の中にどのくらいいますか

[2] 「自分は発達障害はわからない」という医師の診療依頼 加えて、記述「特に大人のASDADHDの場合には、他の精神疾患のことをよほど知っていないと診断するのは難しいだろうと思います」を含む引用を有するエントリは次を参照して下さい。 『「大人の発達障害ってそういうことだったのかその後」

[3] 常に"発達"の視点を持って患者さんを診ることが,広汎性発達障害の正しい診断につながる(特に「■"発達"を軸にして,診断が一転する」項)

この項の記述の一部を次に引用します。

――診断におけるポイントは,どのような点にあるのでしょうか。

広沢 例えば統合失調症の鍵概念である「プレコックス感」のように,発達上の問題を"嗅ぎとる"勘,すなわち臨床的知識や経験に基づく洞察力は,一つ求められると思います。

しかしさらに重要なのは,発達歴を詳しく聞くことです。操作的診断が普及している現在,成人対象の精神科医は特に,過去2週間,あるいは過去半年間の病態像を見て診断するよう訓練されており,発達歴までは聞かないことが多いように感じます。また,丁寧な問診をする時間がなかなか取れないという診療上の事情もあるでしょう。

"発達障害"という視点がなければ発達歴を聞こうとは思わないでしょうし,発達歴を聞かないと"発達障害"という診断には至りません。つまり常に"発達"の視点を意識して,患者さんを診ることが大切だと思います。

[4] 「こころを診る技術」の「序文」項

[5] 「ひとりの精神科医の診断を鵜呑みにしない」

[6] 抗うつ薬の副作用及び軽度のうつ病の場合は薬物療法よりも精神療法的なアプローチのほうが重視されていることについての記述があるWEBページ 「うつ病患者の薬物治療 副作用で自殺行為に至る危険性も

[7] 過去の躁/軽躁状態の有無も確認せずに「うつ病」と診断する(これに関連する ツイート

注:このツイートは、[6] 項に示すリンク先における記述の一部「最近、疑問をもつことが多い診断名はうつ病」にも関連しているかもしれません。ちなみに、i) うつ病の症状と双極性障害躁うつ病)のうつ状態の症状とはよく似ている一方、うつ病双極性障害とでは薬物療法が異なります。例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「双極性障害とうつ病」 ii) 一方、複雑性PTSD、発達障害及び境界性パーソナリティ障害における気分変動に関する複数の引用は長くなるので≪余談2≫にまとめて示します。加えて、精神鑑定において、双極Ⅱ型障害と診断された例で、これ以前に受けてきた医療において診断されなく、抗うつ薬中心の不適切な治療が続けられていた例について、高岡健、浅野弘毅編の本、「うつ病論――双極Ⅱ型障害とその周辺」(2009年発行)中の高田知二著の資料「精神鑑定例からみた双極Ⅱ型障害」の「5●おわりに」の 5)項における記述の一部(P131)を次に引用します。ちなみに、この資料において、著者が実施した34件の鑑定中、双極Ⅱ型障害は5件であった。その内4件についてこの資料に記述されています。

5) いずれの事例も、それまで受けてきた医療にて双極Ⅱ型障害と診断されたものはなく、抗うつ薬中心の不適切な治療が続けられてきた。それが病状の遷延化と不安定化を惹起させた可能性があり、医療側も十分な注意を払って治療を行っていくことが求められる。

注:基本的に双極Ⅱ型障害の患者の方々に対して抗うつ薬を処方しないようです(特に単独処方)。例えば次の資料を参照して下さい。 「日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅰ. 双極性障害 2017」の 第2章 抑うつエピソードの治療 の「2. 抗うつ薬の使用の是非」項(P12) 加えて、抗うつ薬における「アクティベーション・シンドローム(賦活症候群)」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「抗うつ薬の適切な使い方について」 ちなみに、引用はしませんが、双極性障害うつ状態において、抗うつ薬により躁転した割合を調査するシステマティックレビューを次に紹介します。 「Incidence, prevalence and clinical correlates of antidepressant-emergent mania in bipolar depression: a systematic review and meta-analysis.

[8] 助けてと言えなくて~女性たちに何が~

[9] 内海健著の本、「双極Ⅱ型障害という病 改訂版 うつ病新時代」(2013年発行)の「おわりに」項における記述の一部(P234~P235)を次に引用します。

帝京大学に移って驚いたのは、過量服薬やリストカットなど、自傷行為の事例の多さであった。救命救急センターがあるためだろうが、それにしても尋常とは思えない多さであった。しかもその多くが、その頃から近辺に増え始めた精神科クリニックからの事例である。
かつて、自殺企画はもちろん、過量服薬はあってはならないことだった。医者にしてみれば決定的な治療的敗北である。それが日常茶飯事のように処理されていく。しかも、こうした痛ましい事例を出した病院やクリニックの医師から、進んで情報提供を受けたことはほとんどなかった。ひどいところになると、「そんな人はうちでは診れません」、「あとはそちらでやってください」というような応答だった。こうした事例を、まだ経験の浅い大学病院の若手医師たちが、当直や往診で対応に当たるのである。臨床教育の現場をあずかる者として、私は心を痛めた。何とかしなければならないと思った。
事例を丹念に診ていくうちに、気分障害が多数を占めるのはもちろんであるが、双極性が見落とされている場合が多いことが、次第に明らかになってきた。しかも、そのかなりの部分が、抗うつ薬による行動化であった。軽躁状態からストンと抑うつに陥ったり、病相が不安定なったりするパターンが、容易に見て取ることができた。端的にいえば、医原性だったのである。しかも、こうした行動化を引き起こしておきながら、一転してそうした症例をパーソナリティ障害と決めつけ、そればかりか、自分はもう診れぬ、と切り捨てる、そんな事例すら存在したのである。

注:i) この本の著者が帝京大学に移ったのは、1995年のようです。 ii) ちなみに、境界性パーソナリティ障害の治療法の例を次に示します。弁証法的行動療法(例えばここ参照)、メンタライゼーションに基づく治療(Mentalization based treatment、例えばここ[英語]参照*22)、スキーマ療法(例えば、他の拙エントリのここWEBページ参照) iii) 引用中の「行動化」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「境界性パーソナリティ障害」 iv) 引用中の「抗うつ薬による行動化」に関しては、例えば次の資料におけるキーワード「アクチベーション」の視点で参照して下さい。「SSRI/SNRI を中心とした抗うつ薬適正使用に関する提言」 v) 引用中の「気分障害」を簡単に言えば、うつ病双極性障害の両方を含む用語です。

[10] 救急外来における大量服薬の現状と対策(P140)
加えて、次のWEBページも参照して下さい。 「過量服薬で救急搬送、使用薬剤トップ10を発表 - yomiDr.*23

[11] そんなに薬が必要ですか? ――職場でよくみる精神科多剤投与の実際――(P168) 加えて、これに関連する資料を次に紹介します。 「なぜ「多剤処方」は続くのか ―医師-患者間に作用する認知バイアスの研究―

[12] 抗不安薬等のマイナートランキライザーの医原性依存症については、例えば次のWEBページを参照して下さい。  「マイナートランキライザー処方における問題」の「●医原性薬物依存症」項

[13] うつ病の怪 「悩める健康人」が薬漬けになった理由(これに関連したWEBページは次に示します。『 「悩める健康人」は「病人」ではない』、「 患者よ、うつと闘え!」 一方、セカンドオピニオンについては次のWEBページを参照して下さい。「 うつの処方の薬が多すぎると感じたら、代替案を提案できるセカンドオピニオンへ」)

[14] 「新型うつ」と「ASDの二次障害的新型うつ」との関連については、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、「新型うつ」における誤診、「不安障害の見落とし」を含む「新型うつ」に関連するWEBページは次を参照して下さい。 「若手社員の「新型うつ」は単なるうつ病ではない! パニック障害の権威が職場の偏見と治療の誤解に警鐘

[15] 複雑性PTSDでの「生理的症状と心理的症状の相互混乱」において、「死にたいという強い訴えに対して、まじめな医師がせっせと薬を処方するのが不適切」な例については他の拙エントリのここを参照して下さい。

注:[30] 以下は PubMed で検索可能な論文又は論文要旨を引用します。

[30] 論文要旨「Heterogeneity in psychiatric diagnostic classification.[拙訳]精神医学的診断分類における不均一性」を以下に引用します。ちなみに、 a) 標記論文要旨は DSM-5(例えば参照)を対象としています。 b) 標記論文要旨についてのWEBページは次を参照して下さい。 「Psychiatric diagnosis 'scientifically meaningless'」[注:このWEBページ中の研究の主な結果(main findings of the research)の記述の拙訳は※1を参照して下さい。これを除きこのWEBページの拙訳はありません]

The theory and practice of psychiatric diagnosis are central yet contentious. This paper examines the heterogeneous nature of categories within the DSM-5, how this heterogeneity is expressed across diagnostic criteria, and its consequences for clinicians, clients, and the diagnostic model. Selected chapters of the DSM-5 were thematically analysed: schizophrenia spectrum and other psychotic disorders; bipolar and related disorders; depressive disorders; anxiety disorders; and trauma- and stressor-related disorders. Themes identified heterogeneity in specific diagnostic criteria, including symptom comparators, duration of difficulties, indicators of severity, and perspective used to assess difficulties. Wider variations across diagnostic categories examined symptom overlap across categories, and the role of trauma. Pragmatic criteria and difficulties that recur across multiple diagnostic categories offer flexibility for the clinician, but undermine the model of discrete categories of disorder. This nevertheless has implications for the way cause is conceptualised, such as implying that trauma affects only a limited number of diagnoses despite increasing evidence to the contrary. Individual experiences and specific causal pathways within diagnostic categories may also be obscured. A pragmatic approach to psychiatric assessment, allowing for recognition of individual experience, may therefore be a more effective way of understanding distress than maintaining commitment to a disingenuous categorical system.


[拙訳]
精神医学的診断の理論と実践は重要であるが議論を引き起こしている。本論文では、DSM-5 内のカテゴリーの不均一な性質、この不均一性が診断基準を越えてどのように表現されるか、そして臨床医、患者及び診断モデルに対するその帰結を検討する。DSM-5 の選ばれた CHAPTER がテーマ別に分析された。すなわち、統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群、双極性障害および関連障害群、抑うつ障害群、不安障害群、心的外傷およびストレス因関連障害群である。症状の比較、困難の期間、重篤度の指標及び困難の評価に用いられる見通しを含む、特定の診断基準における不均一性を、これらのテーマは同定した。より広い診断カテゴリーを超えた変動では、カテゴリーを超えた症状の重複、及び心的外傷の役割が調査された。複数の診断カテゴリーにまたがる戻った実用的な基準及び困難は、臨床医に柔軟性を提供するが、疾患の個々のカテゴリーのモデルを損なう。そうは言っても、逆のエビデンスが増えているにもかかわらず、心的外傷(トラウマ)は限られた数の診断にしか影響しないことを含意する等の、原因が概念化される方法に対する含意を、これは有する。個々人の体験及び診断カテゴリー内の特異的な因果経路も不明瞭になるかもしれない。従って、個々人の体験の承認を可能にする精神医学的評価への実用的アプローチは、不誠実なカテゴリー体系へのコミットメントを維持するよりも、苦痛を理解するための効果的な方法であるかもしれない。

注:i) 拙訳中の「DSM-5」における拙訳中の「診断カテゴリー」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「DSM-5 診断トレーニングブック」の「目次」項 ii) 拙訳中の「心的外傷(トラウマ)は限られた数の診断にしか影響しない」とは逆の「子ども虐待の後遺症が診断カテゴリーを超えて広い臨床像をつくる」ことについては拙エントリのここを、この「広い臨床像」に関連する「発達性トラウマ障害」については例えば次の資料を参照して下さい。 「子ども虐待とケア」の「Ⅳ.子ども虐待と精神医学的課題」項 一方、(複雑性)トラウマを負った患者たちは「精神医療を受けている間に、互いに関連のない診断を五つか六つ受けるのが普通」であることについては拙エントリのここここを参照して下さい。加えて、発達障害と複雑性PTSDとの併存(参照参照)において、「基本的な精神医学の臨床がメチャクチャになっていることに驚愕した」ことについては※2を参照して下さい。 iii) 拙訳中の「精神医学的評価への実用的アプローチ」に関連するかもしれない「診断に頼らない診かた」については次のWEBページを参照して下さい。 「診断に頼らない診かた 精神科診療に欠かせない発達と生活の視点」 また、このWEBページの「非定型を非定型として認める」項には次に引用(【 】内)する二つの記述があります。 【臨床で気付くことの一つに,伝統的診断に当てはまらない非定型・非典型の病像や経過が増えてきていることがあります。】、【結局,病気は一人ひとり違います。診断基準や分類は「最初の足場」と考えて,非定型は非定型としてそのまま認めたほうが豊かな精神医療ができるのではないでしょうか。】※3 ちなみに、これらの記述を考慮すれば、「診断基準における典型例であれば、診断のメリットは大きく、デメリットは小さい一方で、典型例から外れれば外れるほど、換言すれば非典型(非定型)であればあるほど、診断のメリットはより小さく、デメリットはより大きくなる傾向があるのでは?」と拙ブログ作者は考えます。

※1:上記4つの結果の拙訳は次の通り。①精神医学的診断は全て異なる意思決定ルールを用いる ②診断と診断の間には、症状における重複が非常に多い ③ほとんど全ての診断が心的外傷及び逆境的事象の役割を覆い隠している ④診断からは、個々の患者について、そしてどのような治療が必要かについてはほとんどわからない

※2:上記驚愕について、「そだちの科学 2019年4月号」中の杉山登志郎著の文書「平成を送る」(P20~P25)の「新たな時代へ」における記述の一部(P24)を次に引用(『 』内)します。 『筆者は最近、請われて、ある伝統のある公立病院の児童青年期病棟にスーパーバイズと回診を定期的に行うようになった。そして基本的な精神医学の臨床がメチャクチャになっていることに驚愕した。入院している症例は、発達障害と複雑性PTSDとが併存しているものばかりである。逆にいうと、今日、このような症例以外に児童青年期で入院が必要になることは非常に少ないのであろう。ところが生育歴が取られていない、家族歴が取られていない、診断をきちんと下されていない、その上で薬の処方だけがなされていて、当然ながら子どもたちはあまり良くならず、若い精神科医の消耗を引き起こし、それが若手医師の精神科医療からの離脱まで生じさせている。しかし老兵の遠慮しながらのアドバイスはなかなか受け入れられない。その理由はエビデンスに欠けるというのであるが。複雑性PTSDなど、まだ診断基準がない状況の中で、エビデンスなど期待する方がおかしいと舌打ちをする。良くなっているならいざしらず、悪化していてそのままなのである。何やこんな末端の医療現場に、今日の精神医療の問題が集約して現れているようなのだ。』(注:引用中の「複雑性PTSDなど、まだ診断基準がない状況」に関連して、改訂されて複雑性PTSDを登録した ICD-11(参照)の発効についてのツイートがあります)

※3:上記引用中の「非定型は非定型としてそのまま認めたほうが豊かな精神医療ができる」に関連するかもしれない(診断において)「わからなくなることが大切」であることについて、「そだちの科学 2019年4月号」中の青木省三著の文書「そして、わからなくなった」(P72~P74)における記述の一部(P74)を次に引用(『 』内)します。 『四〇年余りの臨床を振り返ってみると、当初の一〇年は統合失調症などの従来の診断は確かなものとしてあるように感じていたが、それが次第に揺らぎ、今はわからなくなっているし、しばしば患者さんにもご家族にも、「診断はよくわからないのです。アメリカの診断基準では、○○に当てはまるのかなと思います。でも発達障害の傾向も少しあるようにも思うし。いろいろなストレスもあったようだし……。いずれにしても、当面の治療は……」などと説明する。だが、実はこのわからなくなることが大切なのだと思う。わからないので少しでもわかろうと、目の前の一人ひとりの人を見て話を聞いていると、最終的には一人ひとりの独特な悩みや苦しみが見えてくる。理解がよりきめ細やかになり、支援も一人ひとりに応じたものとなる。それがわからなくなることの価値のようにも思っている。』 加えて、外側の症状のみを診て分類する診断「diagnosis」以外にも、目の前の患者さん全体の理解という意味での診断「formulation」(定式化)があることについては次のWEBページを参照して下さい。 「診断に頼らない診かた 精神科診療に欠かせない発達と生活の視点」の「本人はどう体験しているのか」項 加えて、上記「formulation」に関連する「ケースフォーミュレーション」については他の拙エントリのここここ、そしてここここを参照して下さい。

[番外A] ちなみに、(特に、悩める健康人を対象とした)「軽症うつ病」における薬の有効性について、井原裕著の本、「精神科医と考える 薬に頼らないこころの健康法」(2017年発行)の「はじめに」における記述(P11~P12)を次に引用します。

はじめに
病んではいない、悩める健康人のために(中略)

今でも精神科を訪れると、薬を積極的に出す医師がいます。薬を求める患者さんもいます。薬を出せば治ると思う医師がいて、薬を飲めば治ると思っている患者さんがいるわけです。
しかし、その薬の効果に関して、世界中の学会がもはや「効く!」という太鼓判を取り下げています。うつの大半を占める「軽症うつ病」については、たとえば、日本うつ病学会は抗うつ薬を含め、「プラセボに対し確実に有効性を示し得る治療法はほとんど存在しない」と言っています。つまり簡単にいえば、うつの大半にとって、薬はウドン粉とかわりないということです。(後略)

注:i) 引用中の「日本うつ病学会」が2016年に発表した大うつ病性障害の治療ガイドライン参照)の 第 2 章 軽症うつ病 の「基本方針」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『本ガイドラインの基本的立場は、重症度によらず、うつ病抑うつ状態の患者には支持的態度で接するとともに、十分な心理教育(psychoeducation)を行い、 個々の患者背景に応じた適切な治療方針を取ることにある。しかしながら、中等症・重症のうつ病においては薬物療法がその中心的役割を担うのに対して、軽症以下ではどのような治療が適切なのかの判断は容易ではない。』(注:引用はしませんが、同項に「軽症うつ病」における薬の有効性に関連する記述があります) ii) 一方、参考として同の注意書きにおける記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『患者さんの一部に薬を必要とする人は確実にいます。それらの方々は、引き続き医師の指導を受けて、薬をお続けください。』

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【細かな説明2】転換性障害(変換症)*24について

転換性障害については、WEBページ「変換症 - 脳科学辞典」、「身体表現性障害 - 脳科学辞典」の「転換性障害」項、他の拙エントリのリンク集、両エントリ「転換性障害の現在(1)」、「最近の転換性障害の動向 投稿目前 (1)*25を参照して下さい。加えて、変換症を簡単に紹介する次の引用を参照して下さい。

転換性障害(変換症)の概要について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第9章 身体症状症および関連症群 の「変換症/転換性障害(機能性神経症状症) Conversion Disorder (Functional Neurological Symptom Disorder)」における記述(P144~P145)を、 加えて近藤直司田中康雄、本田秀夫編集の本、「こころの医学入門 医療・保健・福祉・心理専門職をめざす人のために」(2017年発行)の 講義08 神経症とその周辺 の 3. 身体についての症状を示す神経症 の「(1) 運動及び感覚の解離性障害(転換症)」における記述の一部(P090~P091)を それぞれ以下に引用します。

変換症/転換性障害(機能性神経症状症) Conversion Disorder (Functional Neurological Symptom Disorder)

変換症は,1つ以上の症状が突然現れて,明らかな身体的原因がないのに意識,知覚,感覚,動作に変化をきたす障害である。
変換症の人には体の動きや感覚に生じる複数の症状が出ることが多い。歩行困難,脱力や麻痺,難聴や聴覚消失,失明,嚥下困難,けいれん発作,会話困難,意識消失,無感覚などはすべてよくみられる症状である。実際には脳内でてんかん発作が起きていない場合もあるが,実際のてんかん発作が起こり,その最中に起こる体の震えや意識消失が変換症のほうに起こることもある。変換症の症状は,唐突な片側もしくは1つの手足の麻痺や脱力のように,急激に発症することが多い。急性発症するため,変換症で救急外来やクリニックを救急受診することになる。変換症は良くなったり悪くなったりを繰り返し,長期間継続することもある。変換症が急激に発症するのは精神的なストレスへの反応だろうと考えられているが,その心理的苦痛の要因が何なのかわからないことも多い。
米国では,変換症は男性よりも2~3倍女性に多くみられる。変換症の症状は10代や成人早期に初発することが多いが,いくつになっても発症することはある。変換症の症状は急性に発症し,短期間しか続かず,深刻な身体的問題によって起きた症状ではないと医師に安心させられると,治療せずに良くなることが多い。症状は急激に起こるが,急に消失し,普通の日常生活に戻ることができる。
変換症の人たちは,パニック症などの不安症や抑うつ障害を併存していることも多い。離人感・現実感消失症をもつ人々も,突然の麻痺のような身体症状がある場合があり,それは変換症の症状であることもある。これらの疾患は同時に起こることもある。

注:i) 引用中の「変換症」については、次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典」 加えて、変換症の病因の解明についての論文は以下を参照して下さい。 ii) 引用中の「パニック症」については、例えば他の拙エントリのリンク集(用語:「パニック障害」)を参照して下さい。 iii) 引用中の「不安症」については、例えば他の拙エントリのリンク集(用語:「不安障害(不安症)」)を参照して下さい。 iv) 引用中の「抑うつ障害」に関連する「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 v) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 vi) 引用中の「離人感・現実感消失症」は解離症群の一部です。ちなみに、「離人感・現実感消失症」の簡単な説明例は同本の 第8章 解離症群/解離性障害群 の「離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害 Depersonalization / Derealization Disorder」における記述の一部(P138)を次に引用(『 』内)します。 『離人感・現実感消失症をもつ人は自身やその周辺から切り離されて,外部の傍観者であるかのように感じる。この感覚が続くことで大きな苦痛を引き起こす。』

(1) 運動及び感覚の解離性障害(転換症)[中略]

転換症の症状としては,立てなくなる,歩けなくなる,声が出なくなるなど身体運動の麻痺症状や,さまざまな部分の痙攣,それに,見えない,聞こえないなどの感覚の喪失や身体のある部分の知覚が失われる知覚麻痺などがあります。
症状が示すわりに,それについての不安や苦痛の訴えが少ない傾向があります。また,人がいるときといないときで症状が変わったり,神経学的に矛盾するような症状の出方をしたりすることもあります。演技的にみえることもありますが,病気を装うために意図的に症状があるように演技している詐病虚偽性障害)と違い,患者本人は,症状を意図的に演技している自覚はありません。

注:i) この引用部の著者は生地新です。 ii) 引用中の「転換症」は上記「変換症」又は「転換性障害」を指すと本エントリ作者は考えます。 iii) 引用中の「虚偽性障害」についてはリンク集[用語:「虚偽性障害(作為症)」]を参照して下さい。 iv) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

・論文「Uncovering the etiology of conversion disorder: insights from functional neuroimaging.[拙訳]変換症の病因の解明:機能的神経イメージング(画像法)からの洞察(全文はここを参照)」の要旨を次に引用します。

Conversion disorder (CD) is a syndrome of neurological symptoms arising without organic cause, arguably in response to emotional stress, but the exact neural substrates of these symptoms and the underlying mechanisms remain poorly understood with the hunt for a biological basis afoot for centuries. In the past 15 years, novel insights have been gained with the advent of functional neuroimaging studies in patients suffering from CDs in both motor and nonmotor domains. This review summarizes recent functional neuroimaging studies including functional magnetic resonance imaging (fMRI), single photon emission computerized tomography (SPECT), and positron emission tomography (PET) to see whether they bring us closer to understanding the etiology of CD. Convergent functional neuroimaging findings suggest alterations in brain circuits that could point to different mechanisms for manifesting functional neurological symptoms, in contrast with feigning or healthy controls. Abnormalities in emotion processing and in emotion-motor processing suggest a diathesis, while differential reactions to certain stressors implicate a specific response to trauma. No comprehensive theory emerges from these clues, and all results remain preliminary, but functional neuroimaging has at least given grounds for hope that a model for CD may soon be found.


[拙訳]
変換症(CD)は、おそらく情動的ストレスに応答して、器質的な原因無しに生じる神経学的症状の症候群であるが、これらの症状の正確な神経的な基盤及び根底にあるメカニズムは、何世紀にもわたって生物学的基盤が探求されても乏しい理解のままであった。、過去15年間に、運動及び非運動ドメインの両方において CD を患う患者における機能的神経イメージング研究の出現により、新規な洞察が得られている。CD の病因の理解に近づけるかどうかを確かめるために、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、単一光子放射断層撮影[スペクト](SPECT)、及び陽電子放射断層撮影(PET)を含む最近の機能的神経イメージング研究をこのレビューでは要約する。ふりをする又は健康な対照群に対して、機能的神経学的症状を明らかにするための異なるメカニズムを指し示すことができるだろう脳回路の変化を、集中的な機能的神経イメージングの知見は示唆する。ある種のストレス要因に対する特定の反応はトラウマの特異的な反応を含意する一方で、情動処理及び情動-運動処理における異常は体質を示唆する。これらの手掛かりから包括的な理論は明らかにならなく、そして全ての結果は予備的であるが、機能的神経イメージングは​​、CD のモデルがすぐに見つかるかもしれないという希望に、少なくとも理由を与えている。

注:i) 引用中の「機能的磁気共鳴画像法」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 ii) 引用中の「陽電子放射断層撮影(PET)」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「MR画像を利用した脳PET画像解析」 iii) 引用中の「[スペクト](SPECT)」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「SPECTの定量化と標準化」 iv) 引用中の「変換症」については、次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典

さらに、2015年に発表された次に示す論文の表2において、転換性障害(Conversion Disorder)の社会人口統計学的な要因(Sociodemographic factors)が示されています。その一つに性的又は身体的虐待の履歴(History of sexual or physical abuse)があります。*26Conversion Disorder- Mind versus Body: A Review.」 すなわち、転換性障害と性的又は身体的虐待の履歴には関係があるかもしれなく、転換性障害の患者様にとっては、この履歴の見落としにより適切な治療を受けられないリスクがあるかもしれません。

一方、柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)の「健忘・遁走 自分のこころと体がコントロールできない」項の記述の一部(P46~P47)を次に引用するように、失神に関する記述があります。

記憶にぽっかり空白がある
解離性障害では、時間の流れに従い、一貫性が保たれているはずの意識の状態や人格が、ある時点で急激に変化したり、断裂したりしていることがあります。
本人の自覚症状としては、記憶がぽっかり抜けている、周囲の人から指摘されることが身に覚えがないなど、生活の中でくい違いが生じています。
こうした症状がある場合に考えられるのが、健忘や遁走、意識のぼんやりした状態です。

(中略)

解離性健忘には二つの類型があります。「逃避型健忘」と「変容型健忘」です。

逃避型
症状は健忘だけのことが多く、ほかの精神症状や身体症状はあまりみられない。記憶がない期間は、数日から数カ月間にわたる。男性に多く、遁走を伴うことが多い。
●依存的な性格の人にみられる
もともと依存的な性格の人に多い。家族からの自立に不安を抱いてる反面、家族を嫌悪し、反発するが、結果的には家族に依存するという両面性がある。なんらかの問題で重責を感じたり、窮地に追い込まれたりすると発症する。

変容型
自己がしっかり確立されていない。買った覚えがない品物がある、パソコンや携帯電話に知らない送信履歴があるといったことがしばしば起こる。女性に多く、自傷や大量服薬といった自己破壊的な行為もみられる。
●さまざまな症状がある
錯乱状態、幻覚、同一性混乱、記憶の混乱、退行、フラッシュバック、対人過敏、気配過敏など数多くの精神症状がある。過呼吸、めまい、吐き気といった身体症状も伴う。

(中略)

感情が高ぶって失神する人もいる

注:i) 引用中の「失神」については他の拙エントリのここを参照すると良いかもしれません。 ii) 解離性身体症状については他の拙エントリのここここを参照して下さい。

加えて、 a) 神経症の一種とされる「ヒステリー」概念において、「解離」と「転換」のタイプがあり、身体的な症状を伴うこと及び社会的な機能が大きく損なわれることはまれなことについて、岩波明著の本、「どこからが心の病ですか?」(2011年発行)の 第五章 ヒステリー――神経症(2) の「ヒステリー」における記述の一部(P103~P105)を以下に引用します。なお同書は、主として思春期から二十代前半の人に出現することが多い精神疾患について概説している(P188)ようです。 b) 「ヒステリー」概念に関連する転換性障害心身症状が解離性障害にも出現するとの意見もあります(ICD-10 に準拠しているようです)。その例として、柴山雅俊監修の本、「解離の病理 自己・世界・時代」(2012年発行)の「解離論の新構築」(森山公夫著、P25~P47)の 4 解離とはなにか? の「(3)病態の俯瞰――波と重症度および演技」における記述の一部(P43~P46)を次に引用します。この引用では軽解離状態及び中等度解離状態を対象としています。

ヒステリー
ヒステリーという言葉は日常用語として定着しているものですが、実は古くからある病名で、「神経症」の代表的な疾患の一つです。ヒステリーの歴史は古く、古代エジプトギリシア・ローマ時代からヒステリーに相当する症例が記載されています。
疾患としての「ヒステリー」は、身体的な異常がないにもかかわらず、さまざまな運動障害や感覚障害、あるいは精神面における機能障害が生じるものです。ただし現在の診断基準においては、ヒステリーという病名は使用されていません。(中略)

ヒステリーは、二つのタイプに分類されます。まず、運動障害、感覚障害などの身体的な症状がみられるものは、「転換」と呼ばれます。一方、精神的な機能障害を示すタイプを「解離」と呼んでいます。(中略)

現在の診断基準であるDSM-Ⅳによれば、ヒステリーは「身体表現性障害」と「解離性障害」に分類されています。前者は「転換」に、後者は「解離」にほぼ相当しています。
どのタイプのヒステリーにおいでも、身体的な検査で異常はみられません。「転換」においては、「足が動かない」「目が見えない」などの症状が出現しますが、足や目の機能は正常です。また「解離」においではしばしば「けいれん発作」が出現することがありますが、「てんかん」においてみられる脳波の異常所見は示さず、発作によって転倒しても怪我をすることはありません。(中略)

ヒステリーはありふれた疾患です。胃腸障害、身体的な疼痛、手足のしびれなどの軽微な身体症状を主訴としで病院を受診する患者の七〇%あまりは、まったく異常がみられないという報告があります。つまり、病院を受診するかなりの患者の症状は、ヒステリーの「転換」による症状なのです。(後略)

注:i) 引用中の「転換」に関連する「変換症」については次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典」 一方、引用中の「解離」及び「解離性障害」については、共に他の拙エントリのリンク集[用語:「解離(解離性障害、解離症)」]を参照して下さい。 ii) 引用中の「てんかん」は漢字にすると「癲癇」となります。 iii) 引用中の「神経症」についてはここを参照して下さい。加えて、森田療法の視点からは次のWEBページを参照して下さい。 「神経症(不安障害)とは?」 iv) 引用中の「DSM-Ⅳ」(アメリカ精神医学会が発行する精神障害の診断・統計マニュアルの第4版)は改訂されて第5版(DSM-5、ちなみに、病名・用語翻訳ガイドラインについてはここを参照)となっています。 iv) 引用中の「身体表現性障害」については次のWEBページを参照して下さい。 「身体表現性障害 - 脳科学辞典

(前略)それを踏まえてこれから解離の具体像を俯瞰してゆきたい。そこで肝要なのは、ただでさえ複雑・多岐にわたり、変化自在とも見える解離像を統一的に捉えるために、いくつかの補助的視点をもつことである。これが解離における「波」と「重症度」および「演技」の理解である。
第一に、解離の場合も躁うつ病に似て、興奮・高揚と抑うつとの波があり、さらにその「混合状態」があって、諸症状はみなこの波との関連で出てくる。例えば遁走は高揚を伴い、憑依は抑うつに現れやすい、など。またかつて転換ヒステリーと呼ばれた身体症状はいずれも軽い抑うつ状態の中で出現しやすいなどである。(中略)

ところでこの重篤化の過程は、よく見ると「軽度・中度・重度」というそれぞれ特徴的な三段階を経る。簡潔に言うと、軽度は「念慮」の段階、中度は「妄想」、そして重度は「夢幻様」(意識障害)の段階と特徴づけられるのである。
さて最後に問題にしないといけないのは、かつて「ヒステリー」概念につきまとった、「詐病」とか「演技」(模倣)とか言われる問題についてである。ヒステリーの継承者たる解離に、同様な問題がないとは言えない。ここでは簡潔にこれに関して問題点のみ指摘しておこう。初め解離性精神病は苦悩の極に意図を超えて生じたのだが、病気が長期化(慢性化)すると、かなりの患者は自分で病状を作ることを覚え、例えば多重人格はどんどん増えるという傾向がある。この「作る」も、単に演じる場合と、ある状況を想像的に作りその中で実際に病的状態に陥る場合とがある。したがって特に長期化(慢性化)した患者の場合、実際の病気の時と、病気を演ずる(模倣する)場合、そして演ずる中で実際に病気に陥る場合、の三種類があることを指摘しておきたい。それにしても病気を演じざるをえない状況というのもまた悲劇的である。
さて以上の前置きを踏まえて、ここでは各状態を重篤度に応じて波との関連で列記してゆくに留めておこう。

①軽解離状態:軽躁状態と軽うつ状態に分かれる。軽躁状態では患者の訴えは少なく、むしろ快調・元気と感じているため、本来は重要であるにもかかわらず病状として問題にされることは少ない。ただし、躁的混合状態ではしばしば、さまざまな逸脱行為として問題化してくることがある。
これに対し軽うつ状態は、多彩な病状の宝庫と言って過言でない。従来心身症とか転換型ヒステリーと呼ばれたものは基本的にここに属する。さらには現在、ICD-10で「運動および感覚の解離性障害」(F44.4~44.7)および「身体表現性障害」(F45)に入れられているものの多くがここに属する。いずれにせよこの軽うつ状態で患者は、比喩的に云えば右足を現実世界にのせ、左足を病的観念世界においている状態で、基本は現実世界に生きていながら、暗示的な病的観念にとらわれている。自験例を挙げてみよう。
(1) 自律神経系の異常を伴うさまざまな「心身症状」
過換気症候群:最もしばしば起きる。身体的緊張・不安との悪循環が伴う。
消化機能障害:不安・身体緊張が肥大化し、胃腸(内蔵)機能が低下し、時に重篤イレウスに至る。
熱発:異常緊張・興奮とともに通常は三七度台の微熱程度だが、時に四〇度台に至る。
(2) 「知覚機能障害」(F44.6):特に皮膚の知覚麻痺ないし脱出は珍しくなく、これがリストカットなどと伴って出現することは周知である。時に眼の知覚障害が見られる。
(3) 「運動機能障害」(F44.4):失立・失歩・失声などがしばしば見られる。
(4) 「対人嫌悪」(怯え)や「離人症」など精神症状が主たるもの。
このうち(1)は主として身体症状として見え、(4)は主として精神症状として見える。(2)、(3)はその中間と考えられるものである。

②中等度解離状態:孤立化と生のリズム解体とが悪循環をなして進行してゆくと、患者の現実感覚は徐々に減弱してゆき、ついにある域を越えると、幻覚・妄想の世界に陥入してゆく。ここで、興奮・高揚と抑うつの両極に分かれる。高揚状態では、「願望の対象」たる人ないしその昇華形としての神などが現れ、その人ないし神との願望的関係妄想の世界が展開される(願望妄想)。それに対し抑うつ状態では、ある人物なりその昇華体を中心とした世界からの被害・憑依が展開され、被害妄想・憑依妄想の世界が拡がってゆく。そしてこれが嵩じてゆくと、両妄想世界ともに幻覚世界を発展させてゆくのである。(後略)

注:i) なお、転換性症状は解離性身体症状と別に分類した方が良いとの意見があります。他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、様々な診断基準における解離症(解離性障害)と変換症(転換性障害)の間の境界については、次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典」の「診断基準」項 ii) 引用中の「それを踏まえて」について知りたいのであれば、一次情報を読んで下さい。 iii) 引用中の「遁走」については、例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「解離症 - 脳科学辞典」の「区画化」項 iv) 引用中の「離人症」については、例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「解離症 - 脳科学辞典」の「離隔」項 v) 引用中の「この重篤化」は、「重症度」としての症状の重篤化のことです。 vi) 引用中の「転換型ヒステリー」については、例えば、次のWEBページを参照して下さい。 「変換症 - 脳科学辞典」の「変換症とは」項 vii) 引用中の「イレウス」については、例えばイレウスを参照して下さい。 viii) 国際的診断基準である引用中の「ICD-10」の「F44」については次のWEBページを参照して下さい。 「[http://www.dis.h.u-tokyo.ac.jp/Scripts/ICD10Categories/default2_ICD.asp?CategoryID=F44:title=F44 解離性[転換性]障害]」 ix) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 x) この引用の著者は、例えばうつ病及び躁病を「軽症、中等症、重症」の三段階に分類しています。引用はしませんが、森山公夫著の本、「躁とうつ」(2014年発行)の「Ⅳ 病態の構造――躁・鬱スパイラルの形成」章を参照して下さい。

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【細かな説明3】身体疾患に併病する精神疾患を見落とすリスク

線維筋痛症*27における診療を例にして、身体疾患に併病する精神疾患を見落とすリスクについて以下に説明を試みます。特に、精神疾患の受け入れが困難な患者の方々にあてはまると本エントリ作者は考えます。加えて、この説明において示される「虚偽性障害」の概要について、及び線維筋痛症と子ども時代の逆境等、境界性パーソナリティ障害及び ADHD との関連についての複数の論文を、それぞれ本項の最後に紹介します。さらに、下記資料における「いったん身体疾患と告知された患者に新たに精神面の治療を実施することはきわめて困難である」ことについて、WEBページ「子宮頸がんワクチン接種後に生じた症状に関する治療法の確立と情報提供についての研究」のファイルリストにおけるリンク「7. 子宮頸がんワクチン接種後に生じた症状に関する精神医学的研究(信州大学 本田秀夫) 」からダウンロードできる資料「子宮頸がんワクチン接種後に生じた症状に関する精神医学的研究」の「E. 結論」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『多くの患者は精神疾患よりは身体疾患の病名を受け入れやすい。いったん身体疾患と告知された患者に新たに精神面の治療を実施することはきわめて困難である。』(注:この引用に関連するツイートもあります)

標記説明のために次のガイドライン線維筋痛症診療ガイドライン 2013」を対象とし、ここから記述の一部を以下に複数引用します。ちなみに、標記説明の記述はないものの、より新しい「線維筋痛症診療ガイドライン 2017」もあります。

先ず、このガイドラインの「4 鑑別診断 5 線維筋痛症精神疾患の鑑別」の「10 線維筋痛症と思い込む状態」項における記述の一部(P77)を次に引用します。

重要なのは「患者は精神疾患よりは身体疾患の病名を受け入れやすいが,いったん身体疾患であると告知された患者に新たに精神面の治療を実施するのは非常に難しい。診断名の告知は慎重になされねばならない」という点である。痛みの治療にあたる医師は,初期診療における診断の告知がその後の治療に及ぼす影響について十分知っておくべきである。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「2 線維筋痛症精神疾患の疫学」項における記述の一部(P111)を次に引用します。

海外の研究によると線維筋痛症においては,精神疾患の合併率が高いことが知られている。線維筋痛症の診断時点でのうつ病や不安障害の合併がそれぞれ20~35%と報告されている。また,線維筋痛症患者のうつ病や不安障害の罹患率は,それぞれ60~70%と非常に高い。また,パーソナリティー障害が10%程度認められると報告されている。
これらの海外の研究は,米国リウマチ学会の1990年の分類・診断基準に従って合併という概念で扱っているが,日本においてはそのような研究報告自体がなく,日本の線維筋痛症患者における実態はまだ不明である。自験例においては,線維筋痛症患者に精神疾患の診断を行うと95%以上の患者に精神疾患が認められ,複数の精神疾患の診断が認められる患者も多く1人あたりの平均の診断数は約1.5である。約3/4の患者に身体表現性障害が認められ,次に気分障害うつ病または気分変調性障害が半数ずつ)が3割,パーソナリティー障害が1割程度認められる。これらのデータは,海外の報告とほぼ一致するものであるが,日本においては不安障害の合併が非常に少ないことや広汎性発達障害解離性障害がそれぞれ1割程度認められること,時に統合失調症精神遅滞も認められることが特徴であると言える。線維筋痛症を診る施設が本邦では少なく,施設間において患者層に大きな違いがあるため,自験例が日本の線維筋痛症として一般化できるかという問題点が存在するが,本邦においても線維筋痛症患者の大部分に精神疾患が認められるため,精神科的な関与が必要であると思われる。

注:引用中の「広汎性発達障害」は自閉スペクトラム症に相当します。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「3 線維筋痛症における精神疾患治療の必要性」項における記述の一部(P112)を次に引用します。

ガイドラインでは、線維筋痛症は筋緊張亢進型、腱付着部炎型、うつ型の3つのクラスターに分類されるとしているが,前二者は主に整形外科の専門領域に最も近く,うつ型は精神科領域に最も近いと考えられる。(中略)

線維筋痛症患者において,これらのクラスターの重複が認められるものは非常に重症であることが知られており,このような点からも精神科医の関与が必要とされる。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「4 線維筋痛症精神疾患の合併という考え方」項における記述の一部(P113)を次に引用します。

(前略)このような現状においては、②の合併*28という考え方で治療にあたることが,最も治療構造の構築にはよいものと思われる。合併であれば,それぞれの専門家がその専門領域の知識を活かして治療を行うことができ,線維筋痛症患者が最も利益を受けることが可能であると思われる。

注:引用中の脚注は引用者による追記です。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「5 線維筋痛症における治療構造の重要性」項における記述(P113)を次に引用します。

前項にて,「合併」という考え方が最も実地臨床に即しているとしたが,そのような治療構造にしたからといって,精神科の治療導入がうまくいくとは限らない。それは,たとえば整形外科の線維筋痛症専門医が診察して線維筋痛症と診断した後に,精神科受診が必要であると判断しそのように説明しても患者が偏見のため拒否すれば受診しない。患者は精神疾患患者というレッテルを貼られることを恐れたり,それに怒りを感じたりする。また,実際にある精神疾患を認めたくないという心性が働き否認したりするなど,精神科受診を嫌がる理由は多数あり,それは個々に異なる。
そこで問題となるのは,その線維筋痛症専門医が患者に最もよい治療を行うために必要なことができないまま,診療を続けることとなり,精神科的な治療ができないために精神症状が悪化し,重症化していくことである。主治医の勧めを受け入れないこのような線維筋痛症患者は,治療構造を破壊することがしばしば認められ,自分の思い通りの治療を要求し,その結果として医原性に薬物依存となったり,初めは身体表現性障害であったものが,虚偽性障害に発展し,最終的に詐病として,生活保護などを受け生活の糧を得る手段となってしまうことがある。このように病態が進んだ後の治療は大変困難であり,そのようにならないためには,最初の治療構造の構築が最も重要であると思われる。この点を克服するためには,精神科を最初に受診するシステムが最もよいと思われる。精神科受診を線維筋痛症の診断全体における一評価部門と位置づけることで,その心理的な抵抗を軽減することができる。

注:i) 引用中の「身体表現性障害」については次のWEBページを参照して下さい。 「身体表現性障害 - 脳科学辞典」 加えて、これに関連する「身体症状症」については例えば次の資料を参照して下さい。 「身体症状症」、「心療内科における身体症状症の位置づけ」 ii) 引用中の「虚偽性障害」についてはここを参照して下さい。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「6 精神科による治療の導入と概要」項における記述の一部(P114)を次に引用します。

線維筋痛症の精神医学的評価を行う診療システムにおいては,まず,初診の予約を取るときに「線維筋痛症では非常に高い率で精神疾患を合併しておりその評価が診断・治療において必要であること」を説明し,精神科の予約を最初に取る。精神科を受診したときに,またまったく同じことを説明し,全部で3回診察を行い,精神医学的評価を行う。その結果を,患者およびその家族に説明した後に,線維筋痛症の専門医の診察の予約を取る。精神科における診断を明確にカルテに記載してあるので,それを参考にしながら,線維筋痛症の専門医が診断・治療にあたる。

次に、このガイドラインの「5 治療 3 精神科アプローチによる治療の導入」の「11 おわりに」項における記述の一部(P118)を次に引用します。

精神科受診においては,家族の受診を勧めても本人しか受診しない場合もあり,精神医学的な評価が十分にできないことがある。パーソナリティー障害,広汎性発達障害気分障害は,典型的でない場合は本人だけの診察では確定診断が難しいことがある。つまり,家族や学校や職場の人などからの聴取がその診断に必要になる。
また正確な診断をするためには,侵襲的な問診が必要な場合があるが,必要な患者ほど侵襲的な問診は慎重に行う必要があることから,3回の診察の中で行うことは難しい。線維筋痛症の診断・治療を受けに来ており,そのために精神医学的な評価を受けるということで受診していることから,患者の受診の動機づけは低い。必要があれば精神科での診療を継続するようにしているが,実際には既に精神科にて治療を受けている場合または精神科には受診したくないので今までも受診を勧められたが受診したことのない患者が大半であるため,基本的には3回の診察で終結することが多い。すなわち、3回の診察で扱える範囲内の診察しかできなため,その診断・治療には限界があることは言及しておきたい。

最後に上記説明で示された虚偽性障害(作為症)について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第9章 身体症状症および関連症群 の 他の身体症状症および関連症群 の「作為症/虚偽性障害 Factitious Disorder」における記述の一部(P147~P148)を以下に引用します。加えて、線維筋痛症と子ども時代の逆境等、境界性パーソナリティ障害及び ADHD との関連についての複数の論文を以下に示します。

作為症/虚偽性障害 Factitious Disorder
作為症をもつ人々は実際には病気ではなくても,身体疾患や精神疾患を捏造したり,そのふりをしたりする。症状について嘘をついたり,症状を出すために自分を傷つけたり,病気であるとみせかけるために検査結果を変えたりする。例えば 実際には起きていない最愛の人の死を取り上げて,抑うつ気分や自殺念慮を訴えることもある。時には実際の病気や外傷が存在することもあるが,その傷や痛みをわざと悪化させるようなことをする。例えば,わざと傷を細菌に曝したり,治らないように他のことをしたりすることもある。こうした行為によって,軽い病気が治るのを阻害し,より重症なものにしてしまう。そしてこうした傷や病気を悪化させている自分の行為については明かさない。
以下のような2つのタイプの作為症の診断がある。
自らに負わせる作為症 Factitious Disorder Imposed on Self
・身体的症状や精神的症状を捏造する,もしくは症状を引き起こすように自身を傷つける。
・病気である,外傷を負っていると周囲に示す。
他者に負わせる作為症 Factitious Disorder Imposed on Another
・他者(子どもや大人やペットなど)に身体的症状や精神的症状を捏造する,または症状を引き起こすように他者を傷つける。
・世話をしている誰かが病気もしくは外傷を負っていると周囲に示す。
・症状を生じさせた加害者が作為症と診断されるのであって,病気や外傷を受けた人や動物(被害者)ではない。

いずれのタイプの作為症であっても,病気があると振る舞う明確な理由はない。問題を他の人のせいにすることで金銭を得るといった,病気や外傷を偽ることで報酬を得ることもあれば,利益がないこともある。この背景には,自身が病気であったり,病者を介護したりしていると振る舞うことで,助けや注目を得られることを心地よく感じるという複雑な理由がある。作為症と診断するには,本心から病気であると信じる妄想性障害のような他の精神疾患をもたないことが必要である。
作為症の人々は自身でメンタルヘルスの治療を求めないことが多い。どの治療法が最も効果があるかを示した研究はない。精神科治療薬が役立つ証拠も示されていない。支持的精神療法やバイオフィードバックで効果があったとする報告がある。バイオフィードバックは自身の身体機能をコントロールする能力を得る方法である。筋緊張,皮膚温度,呼吸回数などの情報を計器で記録し,それを見ることで望ましい反応を学ぶ。このフィードバックによって,ある変化(例えば呼吸回数を変える)を起こせば,望ましい反応(例えば深く呼吸することで緊張を和らげられる)を作り出せるようにする。(後略)

注:引用中の「妄想性障害」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

標記複数の論文を次に紹介します。
Self-Reported Childhood Maltreatment and Traumatic Events among Israeli Patients Suffering from Fibromyalgia and Rheumatoid Arthritis.[拙訳]線維筋痛症及び慢性関節リウマチに罹患したイスラエル患者中の自己報告した子ども時代のマルトリートメント及びトラウマ的なイベント(全文はここを参照して下さい)

Objective. The association between Fibromyalgia Syndrome (FMS) and childhood maltreatment and adversity has frequently been proposed but limited data exists regarding the transcultural nature of this association.

Methods. 75 Israeli FMS patients and 23 Rheumatoid Arthritis (RA) patients were compared. Childhood maltreatment was assessed by the Childhood Trauma Questionnaire (CTQ) and potential depressive and anxiety disorders were assessed by the Patient Health Questionnaire-4. FMS severity was assessed by the Widespread Pain Index (WPI), the Symptom Severity Score (SSS), and the FIQ. PTSD was diagnosed according to the DSM IV. RA severity was assessed by the RA Disease Activity Index. Health status was assessed by the SF-36.

Results. Similar to reports in other countries, high levels of self-reported childhood adversity were reported by Israeli FMS patients. PTSD was significantly more common among FMS patients compared with RA patients, as well as childhood emotional abuse and physical and emotional neglect. Levels of depression and anxiety were significantly higher among FMS patients.

Conclusion. The study demonstrated the cross cultural association between FMS and childhood maltreatment, including neglect, emotional abuse, and PTSD. Significant differences were demonstrated between FMS patients and patients suffering from RA, a model of an inflammatory chronic rheumatic disease.


[拙訳]
目的。 線維筋痛症(Fibromyalgia Syndrome:FMS)と子ども時代のマルトリートメントや逆境との関連がしばしばに提案されているが、この関連の全ての文化に共通の特質に関しては限られたデータしか存在しない。

メソッド。 75人のイスラエル FMS 患者と23人の関節リウマチ(RA)患者を比較した。子ども時代のマルトリートメントは Childhood Trauma Questionnaire(CTQ)により評価され、そして、潜在的うつ病及び不安障害は Patient Health Questionnaire-4 により評価された。 FMS の重症度は、Widespread Pain Index(WPI)、Symptom Severity Score(SSS)、及び FIQ(Fibromyalgia Impact Questionnaire)によって評価された。PTSDDSM-IV に従って診断された。RA の重症度は RA Disease Activity Index によって評価された。健康状態は SF-36 によって評価された。

結果。他国における報告書と類似して、高レベルの自己報告による子供時代の逆境がイスラエルの FMS 患者によって報告された。子供時代の情動的虐待及び身体的や情動的ネグレクトと同様に、PTSD は、RA 患者と比較して FMS 患者において有意にありふれていた。抑うつ及び不安のレベルは、FMS 患者で有意に高かった。

結論。この調査は、FMS とネグレクト、情動的虐待及び PTSD を含む子ども時代のマルトリートメントとの間の比較文化における関連性を実証した。FMS 患者と炎症性慢性リウマチ疾患のモデルである RA に罹患している患者との間には有意差が実証された。

注:i) 引用中の「マルトリートメント」については資料「シンポジウム 子どもに対する体罰等の禁止に向けて」中の友田明美氏による基調講演「厳格な体罰や暴言などが子どもの脳の発達に与える影響」(P4~P5)を参照して下さい。 ii) ちなみに、a) 論文における FMS 及び RA 患者の子ども時代の逆境(adversities)を回顧報告した割合は、論文中の「Table 7」を参照して下さい。なお、マルトリートメントを回顧報告した割合は、論文中の「Table 6」を参照して下さい。 b) 加えて、引用はしませんが米国とドイツの FMS 外来患者に関する論文において、同患者が子ども時代の逆境を回顧報告した割合については、論文中の「Table IV」を参照して下さい。なお、 (potential) lifetime traumatic events を回顧報告した割合は、論文中の「Table V」を参照して下さい。 iii) 引用中の「Childhood Trauma Questionnaire」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「小児期の心的外傷と精神病:遺伝的易罹患性、精神病理、心的外傷の種類の異なる症例対照および症例同胞比較」 iv) 引用中の「Patient Health Questionnaire-4」に関連する「Patient Health Questionnaire (PHQ-9)」については例えば次の資料を参照して下さい。 「Patient Health Questionnaire (PHQ-9, PHQ-15) 日本語版および Generalized Anxiety Disorder -7 日本語版 -up to date-」 v) 引用中の「Widespread Pain Index」については例えば次の資料を参照して下さい。 「線維筋痛症の診断と治療」の「Table 1」 vi) 引用中の「Fibromyalgia Impact Questionnaire」については例えば次の資料を参照して下さい。 「日本語版 Fibromyalgia Impact Questionnaire(JFIQ)の開発:言語的妥当性を担保した翻訳版の作成」 vii) 引用中の「PTSD」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 viii) 引用中の「DSM-IV」は「(アメリカ精神医学会による)精神障害の診断と統計マニュアル第4版」のことです。 ix) 引用中の「RA Disease Activity Index」に関連する RA(関節リウマチ) における「SDAI(simplified disease activity index)」については例えば次の資料を参照して下さい。 「関節リウマチの診断と治療 ~Up-to-date~」の「2.RA寛解基準」項 x) 引用中の「SF-36」については例えば次の資料を参照して下さい。 「平成19年度新入生の健康調査結果 : 健康関連QOL尺度SF-36の導入

The association between borderline personality disorder, fibromyalgia and chronic fatigue syndrome: systematic review.[拙訳]境界性パーソナリティ障害と、線維筋痛症及び慢性疲労症候群との関連:システマティック・レビュー(全文はここを参照して下さい)

BACKGROUND:
Overlap of aetiological factors and demographic characteristics with clinical observations of comorbidity has been documented in fibromyalgia syndrome, chronic fatigue syndrome (CFS) and borderline personality disorder (BPD).

AIMS:
The purpose of this study was to assess the association of BPD with fibromyalgia syndrome and CFS. The authors reviewed literature on the prevalence of BPD in patients with fibromyalgia or CFS and vice versa.

METHODS:
A search of five databases yielded six eligible studies. A hand search and contact with experts yielded two additional studies. We extracted information pertaining to study setting and design, demographic information, diagnostic criteria and prevalence.

RESULTS:
We did not identify any studies that specifically assessed the prevalence of fibromyalgia or CFS in patients with BPD. Three studies assessed the prevalence of BPD in fibromyalgia patients and reported prevalence of 1.0, 5.25 and 16.7%. Five studies assessed BPD in CFS patients and reported prevalence of 3.03, 1.8, 2.0, 6.5 and 17%.

CONCLUSIONS:
More research is required to clarify possible associations between BPD, fibromyalgia and CFS.


[拙訳]
背景:
線維筋痛症慢性疲労症候群CFS)及び境界性パーソナリティ障害(BPD)において、併存疾患の臨床的所見を伴う病因学的要因及び人口統計学的特徴のオーバーラップが記録されている。

目標:
この研究の目的は、BPD と線維筋痛症及び CFS との関連を評価することであった。著者らは、線維筋痛症又は CFS を伴う患者における BPD の有病割合に関する文献をレビューした。

方法:
5つのデータベースの検索で6つの有効な研究が得られた。手動の検索と専門家との接触により、さらに2つの研究が得られた。研究のセッティングとデザイン、人口統計情報、診断基準及び有病割合に関係する情報を我々は抽出した。

結果:
我々は、BPD を伴う患者の線維筋痛症又は CFS の有病割合を特別に評価した研究を同定しなかった。 3つの研究で線維筋痛症患者における BPD の有病割合が評価され、そして、1.0、5.25 及び 16.7%の有病割合が報告された。5つの研究で、CFS 患者における BPD が評価され、3.03、1.8、2.0、6.5 及び 17%の有病割合が報告された。

結論:
BPD と線維筋痛症及び CFS と間の可能性のある関連を明らかにするために、より多くの研究が必要である。

注:ちなみに、BPD と子ども時代の虐待との関連について、例えばhttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5472954/論文の「Background」において、次に引用(『 』内)する記述があります。 『Several studies have shown that a diagnosis of BPD is associated with child abuse and neglect more than any other personality disorders [7, 8], with a range between 30 and 90% in BPD patients [7, 9].[拙訳]BPD の診断と子どもの虐待及びネグレクトとが他のいかなるパーソナリティ障害 [7, 8] よりも関連し、BPD 患者において30~90%の範囲にあることをいくつかの研究は示している [7, 9] 。』(注:引用中の文献番号「7」、「8」、「9」はそれぞれ次の論文です。 「Childhood maltreatment associated with adult personality disorders: findings from the Collaborative Longitudinal Personality Disorders Study.」、「Traumatic exposure and posttraumatic stress disorder in borderline, schizotypal, avoidant, and obsessive-compulsive personality disorders: findings from the collaborative longitudinal personality disorders study.」、「Prediction of the 10-year course of borderline personality disorder.

Screening for Adult ADHD in Patients with Fibromyalgia Syndrome.[拙訳]線維筋痛症を伴う患者における成人 ADHD のスクリーニング

OBJECTIVE:
Fibromyalgia syndrome (FMS) is a common chronic pain disorder associated with altered activity of neurotransmitters involved in pain sensitivity such as dopamine, serotonin, and noradrenaline. FMS may significantly impact an individual's functioning due to the presence of chronic pain, fatigue, and cognitive impairment. Dyscognition may be more disabling than the chronic pain but is mostly under-recognized. This study aimed to assess the potential co-occurrence of FMS and adult attention deficit hyperactivity disorder (ADHD), a chronic neurodevelopmental disorder also associated with impaired cognition and dopaminergic function.

METHODS:
In a cross-sectional observational study, 123 previously confirmed FMS patients were screened for adult ADHD using the World Health Organization Adult ADHD Self Report scale v1.1. The Revised Fibromyalgia Impact Questionnaire (FIQ-R) was used to assess the impact of FMS. Cognitive assessment was based on self-report in accordance with the 2011 modified American College of Rheumatology criteria and the FIQ-R, respectively.

RESULTS:
Of the 123 participants, 44.72% (N = 55) screened positive for adult ADHD. Participants with both FMS and a positive adult ADHD screening test scored higher on the FIQ-R score (64.74, SD = 17.66, vs 54.10, SD = 17.10). Self-reported cognitive impairment was rated higher in the combined group (odds ratio = 10.61, 95% confidence interval; 3.77-29.86, P < 0.01).

CONCLUSIONS:
These results indicate that the co-occurrence of adult ADHD in FMS may be highly prevalent and may also significantly impact the morbidity of FMS. Patients with FMS should be assessed for the presence of adult ADHD.


[拙訳]
目的:
線維筋痛症(FMS)は、ドーパミンセロトニン、及びノルアドレナリン等の疼痛感受性に関与する神経伝達物質の変化した活性に関連する一般的な慢性疼痛障害である。 FMS は、慢性疼痛、疲労、及び認知障害の存在により、個人の機能に著しく影響を及ぼすかもしれない。認知不全は慢性疼痛よりもより障害になるかもしれないが、ほとんどが過少認識認識されている。潜在的な FMS の併存、そして認知障害及びドーパミンo機能にも関連する慢性的な神経発達症である成人の注意欠如・多動症ADHD)を評価することを、本研究は目的とした。

方法:
断面観察研究において、123人の前もって確認された FMS 患者が、World Health Organization Adult ADHD Self Report scale v1.1(ASRS-v1.1)を用いて、成人の ADHD のスクリーニング検査をされた。FMS の影響を評価するために Revised Fibromyalgia Impact Questionnaire(FIQ-R)が用いられた。認知の評価は、2011 modified American College of Rheumatology criteria 及び FIQ-R それぞれに従った自己報告に基づいた。

結果:
123人の参加者のうち、44.72%(N = 55)が成人 ADHD 陽性とスクリーニングされた。 FMS 及び成人 ADHD スクリーニング試験陽性の両方を伴う参加者は、より高い FIQ-R スコアを取った(64.74, 標準偏差 = 17.66、vs 54.10, 標準偏差 = 17.10)。自己報告された認知障害は、合併したグループにおいてより強く評価された(オッズ比 = 10.61、95%信頼区間; 3.77-29.86、P < 0.01)。

結論:
FMS における成人 ADHD の併存が非常に広く認められるかもしれなく、そして FMS の罹患率に重大に影響を与えるかもしないことこれらの結果は示す。FMS を伴う患者は成人の ADHD の存在を評価されるべきである。

注:i) 引用中の「N = 55」は人数を示します。 ii) 引用中の「ADHD」は他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「ドーパミン」、「セロトニン」、「ノルアドレナリン」等の「神経伝達物質」に関連する「モノアミン」については次のWEBページを参照して下さい。 「モノアミン - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「ASRS-v1.1」は次の資料を参照して下さい。 「Adult ADHD Self-Report Scale-V1.1 (ASRS-V1.1) Symptoms Checklist」 v) 引用中の「Revised Fibromyalgia Impact Questionnaire」については、次の資料を参照して下さい。 「Revised Fibromyalgia Impact Questionnaire(FIQR)日本語版の開発:言語的妥当性を担保した翻訳版の作成

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【細かな説明4】疾患のチェック例

上記精神疾患の診断が見落とされる又は誤診されるリスクを伴う患者様等に向け、これらの精神疾患かどうかの判別のための一助をはじめとした、セルフチェック又は理解に適切な1冊の本の提示を以下に試みます。ただし、一部の精神疾患関係に限ります。

(a) トラウマ(PTSD又は複雑性PTSD)
水島広子著の本、「対人関係療法でなおすトラウマ・PTSD」(2011年発行)を読めば、PTSD又は複雑性PTSDのセルフチェックが可能かもしれません。それどころか、この本のタイトルにもあるように、治療的でもあるかもしれません。これが上記拙エントリ *29において、この本の記述を多く引用した理由の一つです。一方、トラウマと関連する愛着については(g)項を参照して下さい。

トラウマを有する境界性パーソナリティ障害*30の患者の方々もこのセルフチェック法の適用が可能かもしれません。

加えて、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)があります。特に、この本の第5部「回復へのさまざまな道」の内容が充実しているのがこの本の一つの特徴です。*31

一方、日本人の著作では、杉山登志郎著の本「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)*32があります。

ちなみに、複雑性PTSD(又は第四の発達障害*33)と発達障害を併病している患者の方々は、上記の本を含む杉山登志郎著・編集の本等(例えば、他の拙エントリのここここ、及びここ参照)を読むことをはじめとして、杉山登志郎医師をリアルでフォローすると、適切な情報が得られる等で良いかもしれません。

(b) 解離性障害
重症な場合を除いては、柴山雅俊監修の本、「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」(2012年発行)を読めば、解離性障害のセルフチェックが可能かもしれません。ちなみに、他の拙エントリにおける同本の引用例はここ及びここを参照して下さい。さらに、この本を評価するWEBページを次に紹介します。「【2906】私は統合失調症と診断されましたが、それは誤診で、解離性障害なんじゃないかと思っています。」(特に最下位部、[注:ホームページはここ])

ちなみに、次のWEBページに登場する相談者は実力が高く、誤診されるリスクは低いのではないか と本エントリ作者は考えます。「【3070】解離のような症状があるようですが、これが解離の症状なのか正常の範囲なのかわかりません」(注:ホームページはここ)

(c) 女性のアスペルガー症候群
宮尾益知監修の本、「女性のアスペルガー症候群」(2015年発行)を読めば、女性のアスペルガー症候群のセルフチェックが可能かもしれません。ちなみに、 i) この本の他の拙エントリにおける引用例はここを参照して下さい。加えて、その後に出版された、宮尾益知監修の本、「ASD(アスペルガ―症候群)、ADHD、LD 女性の発達障害 女性の悩みと問題行動をサポートする本」(2017年発行)があります。 ii) (女性に限らない)アスペルガー症候群又は自閉スペクトラム症アスペルガータイプ)に関する一般医学書は数多く出版されており、1冊に絞ることはできませんが、他の拙エントリで示された様々な引用元の本を参照すると良いかもしれません。

(d) 女性のADHD
宮尾益知監修の本、「女性のADHD」(2015年発行)を読めば、女性のADHDのセルフチェックが可能かもしれません。ちなみに、この本における引用を含むADHDに関する情報紹介は、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、その後に出版された、宮尾益知監修の本、「ASD(アスペルガ―症候群)、ADHD、LD 女性の発達障害 女性の悩みと問題行動をサポートする本」(2017年発行)や榊原洋一、高山恵子著の本、「最新図解 女性のADHDサポートブック」(2019年発行)があります。

(e) 境界性パーソナリティ障害境界例
少し古いですが、平井孝男著の本、「境界例の治療ポイント」(2002年発行)を読めば、境界性パーソナリティ障害境界例)の理解が進むかもしれません。この本には元患者によるこの本の感想が寄稿されています(P338~P346)。この感想における言葉を借りると、「他の境界例の専門書とくらべて、とても安心して読むことができる」そうです。例えば、他の境界例の専門書とくらべて、否定的側面にはスポットがあたっていなく、淡々と書かれているようです。ちなみに、i) この本を高評価するエントリを次に紹介します。「パーソナリティ障害について」 ii) 本エントリ及び他の拙エントリにおける同本の引用例はここ及び他の拙エントリのここを参照して下さい。

一方、「見捨てられ不安」を強調したより読みやすい本を次に示します。市橋秀夫監修の本、「境界性パーソナリテイ障害は治せる! 正しい理解と治療法」(2013年発行)。他の拙エントリのここを参照すると良いかもしれません。また、境界性パーソナリティ障害から回復した方が著者の1人である本は、岡田尊司、咲セリ著、「絆の病 境界性パーソナリティの克服」(2016年発行)です。ちなみに、後者の本は愛着障害の視点からも記述されています。

(f) 統合失調症
この一冊かどうかはともかくとして、林公一著、村松太郎監修の本、「ケースファイルで知る統合失調症という事実」(2013年発行)においては、統合失調症の実例が様々な視点から豊富に示されています。この本からの引用は他の拙エントリのここで紹介されています。

(g) 愛着の問題
パーソナリティや発達の問題の理解をさらに深めるために、愛着の視点から記述した、岡田尊司著の本、「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」(2011年発行)は、本エントリ作者にとっては興味深いです。この本からの引用は他の拙エントリのここの一部において紹介されています。一方、愛着の問題に関連するトラウマについては(a)項を参照して下さい。

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余談

≪余談1≫パニック症等の不安症群の一部について

標記パニック症を中心に、全般不安症及び限局性恐怖症についても以下に紹介します。ちなみに、 a) パニック症はパニック障害とも呼ばれます。一方、パニック症については次のWEBページやエントリも参照して下さい。 「パニック症 - 脳科学辞典」、『塩入俊樹先生に「パニック障害/パニック症」を訊く』、「パニック症(パニック障害)の治療―薬物療法と認知行動療法」、「パニック障害のこと」、「パニック障害(パニック症)の 認知行動療法マニュアル」(注:治療者用と患者さんのための資料の両方が含まれています) b) パニック症(PD)、社交不安症(SAD)及び PTSD心的外傷後ストレス障害)等は病態「Stress-induced fear circuitry disorders」に含まれると言われ、さらにこの病態は、多少違いはあるにせよ「恐怖の条件づけ」(参照)に関連した神経回路の機能不全と考えられていることについては、次のWEBページを参照して下さい。 「パニック症 - 脳科学辞典」の「Stress-induced fear circuitry disordersとは」項 c) パニック症、社交不安症、特定の恐怖症等は(情動的な学習や反応に特化している)扁桃体[拙エントリのここを参照して下さい。 e) 社交不安症(社交不安障害)については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 f) 上記不安症群と関係が深い身体症状の簡単な紹介について、及び全般不安症において生じる症状としての睡眠障害について、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅰ 不安症を理解する の 第4章 不安症と身体 の「Q 不安症と関係が深い身体症状にはどのようなものがありますか?」における記述の一部(P36)をそれぞれ次に引用します。

Q 不安症と関係が深い身体症状にはどのようなものがありますか?

不安症と関係が深い身体症状は、主に、自律神経の交感神経系の活動が亢進した際に認められる身体症状と関連しています。(中略)

また、さまざまなことに対する過剰な不安と心配が生じる全般不安症では、睡眠障害なども生じてきます。

注:i) この引用部の著者は吉内一浩です。 ii) 引用中の「全般不安症」についてはリンク集を、加えて「不安症」については次のWEBページを それぞれ参照して下さい。 「不安症 - 脳科学辞典」 さらに、全般不安症における身体に現れる症状を含む、心と身体に様々な症状が現れることについて、勝久寿著の本、『「いつもの不安」を解消するためのお守りノート』(2017年発行)の 第4章 不安にまつわるさまざまな病気を知る の ③全般不安症(全般性不安障害) いつも、ずっと、何となく不安 の「症状は心と身体に現れる」における記述の一部(P163~P164)を以下に引用します。 iii) 引用中の「不安症と関係が深い身体症状」に関連する不安に伴う具体的な身体症状については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「不安・緊張 ~気持ちが落ち着かない・どきどきして心細い~

これといった特徴的な症状がない代わりに、心と身体にさまざまな症状が現れます。

心に現れる症状(精神的症状)としては、「そわそわする」「落ち着かない」「集中できない」「記憶力がわるくなった気がする」「根気がなくなる」「刺激に対して過敏になる」「イライラして怒りっぽくなる」「人に会うのが煩わしくなる」「些細なことが気になる」「とりこし苦労が増える」「寝つきがわるくなる」「睡眠途中で目覚める」などがあります。

身体に現れる症状(身体的症状)としては、「疲れやすい」「頭痛」「頭が重い」「しびれ感」「肩こり」「筋肉の緊張」「震え」「もうろうとする」「めまい感」「自分の身体ではないような感じ」「悪寒や熱っぽさ」「動悸」「息切れ」「のどのつかえ」「吐き気」などがあります。

このように症状があまりにも多岐にわたるうえ、全般不安症そのものが広く知られていないということもあり、正しく診断されるまでは、一般内科などへの受診を繰り返し、苦しみ続けたという人も多くいます。(後略)

注:上記引用中でリストアップされている全般不安症における身体に現れる症状に関連する、 a) 「全般不安症」でよくみられる症状について、貝谷久宜監修の本、「よくわかる心のセルフケア ストレス・不安・うつに負けない」(2019年発行)の 第1章 この症状には、こんなケア・治療を の「症状6 度を越した心配や不安が続き、さまざまな体の症状もある」項において、次に二分割して引用(それぞれ『 』内)するようにリストアップ(P24)されています。 『●精神症状:不安、過敏、緊張、落ち着きのなさ、イライラ、集中が困難。』、『●身体症状:筋肉の緊張、首や肩のこり、頭痛・頭重、ふるえ、動悸、息苦しさ、めまい、頻尿、下痢、疲れやすい、不眠(寝つきが悪い、途中で目が覚める、眠りが浅い)など。』 加えて同項には次に引用(【 】内)する全般不安症の特徴についての記述(P24)があります。 【「全般不安症」には、過度な不安を中心とした精神症状に多様な身体症状が伴い、それが長く続くという特徴があります。】 b) 「全般性不安障害」で現れる症状について、福西勇夫監修の本、「ウルトラ図解 不安障害・パニック」(2019年発行)の 第1章 不安障害の成り立ちと症状 の「全般性不安障害の特徴と症状」における記述の一部(P37)を形式を変えて次に二分割して引用(それぞれ『 』内)します。 『精神的な症状:・緊張 ・集中力低下 ・焦燥感 ・非現実感 ・神経過敏 ・イライラ ・離人感 など』、『身体的な症状:・頭痛 ・震え ・息苦しさ ・不眠 ・肩こり ・倦怠感 ・めまい ・頻尿、下痢 など』

パニック障害(パニック症)の全体像について、坪井康次監修の本、「患者のための最新医学 パニック障害 正しい知識とケア」(2015年発行)の 第1章 パニック障害ではどのようなことが起こるか の「■パニック障害の全体像を知っておきましょう」における記述の一部(P18~P19)を次に引用します。

●心と体の両方に症状が起こる病気
パニック障害の中心的な症状はパニック発作で、強い不安や恐怖といった精神症状に加えて、動悸、めまい、呼吸困難など多様な身体症状があらわれます。パニック障害は、心にも体にもトラブルが起こる病気なのです。しかし、発作がはじまった当初は、ほとんどの人が心の病気とは思わないようです。身体症状が苦しく、気がかりでもあるので、まずは体の病気を疑って内科を受診するケースが多いのですが、そこで異常が見つからない場合は、神経科、精神科、神経精神科などで専門医の診断・治療を受けてください。パニック障害は見落としや誤診が多く、正しい診断をされずに適切な治療が行われないと、こじれて慢性化していきます。(中略)

パニック発作→予期不安→広場恐怖症へと進む
パニック発作は、いったんおさまっても、再び起こります。発作をくり返すうち、発作が起こっていないときも発作のことが頭を離れず、また起こるのではないかと不安になります。これが「予期不安」で、パニック障害を特徴づける症状です。さらには、発作が起こりそうな場所や状況を避けるようになり、一人で外出するのが困難になるなど、日常生活に支障が出る「広場恐怖症」をともなうようになります。パニック障害はこのような経過をたどりますが、ポイントは、広場恐怖症を悪化させないことです。そのためには、早く適切な治療を受けることが大切です。

注:i) 引用中の「パニック発作」における3タイプについて、貝谷久宜監修の本、「よくわかるパニック症・広場恐怖症・PTSD」(2018年発行)の 第1章 パニック症や広場恐怖症の症状とは? どんな経過をたどる病気? の「広場恐怖症とは、どんな病気か」における記述の一部(P13)を全体的な説明及び各タイプの説明に4分割して次に引用(それぞれ『 』内)します。 『パニック発作は、誘因(引きがねになるもの)があるかどうかで3つのタイプに分かれます。』、『1 時や場所を選ばず、不特定な状況で起こるタイプ(パニック症の発作)』、『2 特定の状況に限って起こるタイプ(恐怖をいだいている対象に直面したり、それを予期して緊張が高まったときなど、特定の状況で起こる。これを「状況結合性パニック発作」といい、恐怖症やストレス障害などに見られる)』(注:引用中の「ストレス障害」に関連する「パニック障害の発症のリスク因子としてのストレス」についてはここを参照して下さい。)、『3 1と2の中間で、特定の状況で起こりやすいが、起こらない場合もあるタイプ(状況に依存しやすいパニック発作)』(注:上記4分割の引用と同様な記述は例えば次のWEBページを参照して下さい。 「パニック症 - 脳科学辞典」の「鑑別診断」項) 加えて上記「パニック発作」の症状持続時間について、同ページにおける記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『※パニック症では、発作症状は 10 分以内にピークとなり、ほとんどの場合、30 分前後で自然におさまります。』 ii) 引用中の「予期不安」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「パニック発作と予期不安」 iii) 引用中の「広場恐怖症」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「不安症の主要変更事項 -“広場恐怖症の独立”について-」 加えて、パニック障害において広場恐怖症を持つ割合について、同の パニック障害の経過2 広場恐怖症…不安が行動を制限する の『不安な場所を避け、生活に支障が出る「広場恐怖症」』における記述の一部(P29)を次に引用(『 』内)します。 『パニック障害では、80%以上の人が多かれ少なかれ広場恐怖症を持つといわれますが、重症(高度)な人ほど病気の経過が長くなる傾向があります。それでも、薬物療法と行動療法をしっかり行うことで、見違えるほど行動範囲が広くなる人もいます。』 さらに、 a) 上記「広場恐怖症はパニック症特有のものではない」ことについて、貝谷久宜監修の本、「よくわかるパニック症・広場恐怖症・PTSD」(2018年発行)の 第1章 パニック症や広場恐怖症の症状とは? どんな経過をたどる病気? の「広場恐怖症とは、どんな病気か」における記述の一部(P20~P21)を次に引用(『 』内)します。 『ただし、広場恐怖症はパニック症特有のものではなく、現在は独立した病気と考えられています。(中略)また、パニック症以外の病気(強迫症、閉所・高所恐怖症、心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉など)でも広場恐怖症を併発します。』(注:1) 引用中の「強迫症」及び「PTSD」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。ただし、前者は用語「強迫性障害強迫症)、社交不安障害」を使用して下さい。 2) 引用中の「高所恐怖症」についてはここを参照して下さい。) b) 一方、「広場恐怖症」のレベルについて、同章の 広場恐怖症とは、どんな病気か の「広場恐怖症のレベル」における記述の一部(P21)を3つの部分に分割して次に引用(それぞれ『 』内)します。 『軽度 外出に不安があるが、どうしても必要な場所だけはひとりで行ける。』、『中等度 ひとりでの外出が困難で、行動が制限される。付き添いがあると行くことができる。』、『高度 ほとんど家から出られず、ひきこもるようになる。』 iii) 一方、「パニック障害において、診断がされず治療が遅くなるほど、パニック障害は慢性化する」ことについては、同の 第3章 パニック障害の診断・治療の進め方 の「パニック障害の受診 治療はよい医師を見つけることから」における記述の一部(P58)を次に引用(『 』内)します。  『しかし、どのような病気でもそうですが、パニック障害も、早く診断を確定し、早く治療をはじめた人ほど経過も良く、回復も早いのです。一方、適切な診断がされず治療が遅くなるほど、パニック障害は慢性化していきます。広場恐怖症うつ病を併発して治療がむずかしくなり、何年も(ときには数十年も)不快な症状に悩まされてしまうこともあります。』[注:1) 引用中の「うつ病」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 2) 引用中の「何年も(ときには数十年も)不快な症状に悩まされてしまう」に関連する、強迫性障害において「放置すれば、人生の大半が強迫の餌食になることについて」ことについては拙エントリのここを参照して下さい。]

ただし、安易にパニック障害と診断するのは不適切であると本エントリ作者は考えます。例えば、次のWEBページを参照して下さい。「【2589】医者によってパニック障害と診断されたりてんかんと診断されたりしています。どちらが正しいのでしょうか。

パニック障害のリスク因子について、本の 第2章 パニック障害とはどのような病気か の「パニック障害の原因 脳の機能障害や、ストレス、体質の影響」における記述の一部(P52~P53)を、加えて、パニック障害に特徴的な認知の歪みについて、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅳ 不安症を治す の 第1章 不安症の心理療法①――認知行動療法 の「Q パニック症(パニック障害)に特徴的な認知の歪みとはなんですか?」における記述の一部(P125)をそれぞれ以下に引用します。

(前略)ストレスや体質は発症のリスク因子になる
●ストレス
パニック障害の発症には、ストレスも大きくかかわります。ストレスは、うつ病をはじめ、多くの精神疾患のリスク因子になることが知られていますが、ストレスは脳にダメージをあたえるのです。中でも、恐怖感を察知する大脳辺縁系扁桃体や海馬)は、強いストレス体験が重なると過敏になって、ささいなことにも恐怖感を覚えるようになります。また、ストレスが長引くと、自律神経にもダメージをあたえます。
パニック発作は、何の理由もなく突然起こりますが、実は発作の前に強いストレスを受けていたというケースが少なくありません。うつ病はストレスを耐え抜いて、ホッとしだときになりやすいのに対して、パニック障害の場合は、ストレスを受けている最中に発症するという傾向があります。
男性では、仕事で追いつめられている状況が多く、女性は、パートナーの横暴や嫁・姑の苦労など、家族関係のトラブルによるストレスが多いようです。
●体質
患者さんの家族歴を調べると、血縁者にパニック障害うつ病、恐怖症、アルコール依存症の人がいるケースがかなり見られます。
パニック障害だけでなく、うつ病アルコール依存症も、発症の根底には不安があるといわれます。もともと不安を持ちやすい素因(体質・気質)があり、それが環境による影響の受け方によって、パニック障害になったり、うつ病アルコール依存症になると考えられるのです。
パニック障害は、遺伝性の病気ではありませんが、不安を持ちやすい体質を受け継ぐことはあります。体質というのは、脳内の不安に関係する神経伝達物質の合成量や、それを感じる受容体の感度のことで、こうした生まれながらに持っている体質の違いがあると考えられるのです。
パニック障害は、こういった体質や気質を持っているだけでは発症しませんが、そこに環境やストレスなど後天的な外因が加わって発症すると考えられます。(後略)

注:i) 引用中の「ストレス」については、例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。「ストレス - 脳科学辞典」、「ストレスマネジメントとは」、「ストレス軽減ノウハウ」、「心のケアの基本」、「ストレスから脳を守れ~最新科学で迫る対処法~*34 ii) 引用中の「大脳辺縁系」については、例えば次の資料を参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 また、PTSD又は複雑性PTSDの視点より他の拙エントリのここを参照して下さい。さらに、パニック障害大脳辺縁系の関係については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) ちなみに、強迫性障害強迫症)における発病のきっかけについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 v) 引用中の「恐怖症」に関連する「不安障害(不安症)」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

Q パニック症(パニック障害)に特徴的な認知の歪みとはなんですか

パニック症の認知療法では、「身体感覚に対する破局的解釈」という認知(考え方)の歪みが問題を維持する原因となっていると考えます。すなわち、胸がどきどきするとか、息がはあはあするなどの自分の身体感覚に対して、「心臓発作で死ぬ」とか「呼吸困難で死ぬ」のような破局的解釈をして、強い恐怖を感じることが、問題を維持することにつながるというものです。
日常的なごく軽い身体反応(動悸、過呼吸、めまいなど)を「脅威(危険なもの)」と認知すると、不安になり、不安になると、生理的に身体反応が強まり、その強まった身体反応を破局的に解釈する(心臓発作、窒息、脳卒中などで死ぬ)と、さらに不安になり、不安になったので、よりいっそう身体反応が強くなるという悪循環が David M. Clark の認知モデルの図1にあるように起こります。(後略)

注:i) この引用部の著者は清水栄司です。 ii) 引用中の「David M. Clark の認知モデルの図1」の引用は省略しますが、これに関連して、資料「パニック障害:認知行動アプローチ」の「パニック障害の認知モデル(クラーク)」(P15)」シート及び資料「パニック障害(パニック症)の認知行動療法マニュアル(治療者用)の「認知行動モデルの作成(ケースフォーミュレーション) 編」(P10)と「破局的な身体感覚イメージの再構成 編」(P12~P13)をそれぞれ参照して下さい。 iii) 引用中の「悪循環」に関連するかもしれない「精神交互作用」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「身体感覚に対する破局的解釈」に関連して、 a) 慢性疼痛における「破局的思考」については、他の拙エントリのここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「痛みに対する破局的思考と心理社会的ストレスの関連」 b) 突発性環境不耐症における「破局的思考」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

パニック障害の慢性期に併発することがある非定型うつ病について、本の 第1章 パニック障害ではどのようなことが起こるか の『パニック障害の経過3 「うつ病」を併発するようになる』における記述の一部(P30~P32)を次に引用します。

Point
パニック障害の慢性期には、非定型うつ病を併発することがある
●非定型うつ病は、いわゆるうつ病とは症状が異なり、見落としやすい
●非定型うつ病を併発すると経過が長引くので、早く見つけることが重要
(中略)

「非定型うつ病」の症状はいわゆるうつ病とは異なる(中略)

パニック障害うつ病は、近い関係にある病気と考えられています。実際、パニック障害の人の生涯を見ると、60%の人がうつ病を併発しています。また、軽い躁状態をともなう双極性障害躁うつ病)も、約30%の人が併発します。
うつ病は、パニック障害の前駆期から急性期にかけて起こることもありますが、それほど多くありません。多くなってくるのは、パニック障害が慢性期に入ってから。回避行動や広場恐怖症のために、いろいろなことが不自由になり、生活を楽しんだり何かに打ち込むエネルギーが少なくなって、うつ病を併発しやすくなるのです。
しかし、パニック障害であらわれるうつ病は、いわゆるうつ病(定型うつ病)とは異なる「非定型うつ病」といわれるもので、症状も、一般的に考えられている”うつ病らしさ”がありません。そのため、本人も家族など周囲の人もうつ病とは思わず、症状を見落としがちです。
パニック障害は、うつ病を併発すると経過が長引きますので、早く見つけて適切な治療をすることが非常に重要です。そのためにも、非定型うつ病(パニック性不安うつ病)の症状の特徴を知っておくことが大切です。
●気分反応性
いつもうつ状態にあるわけでなく、まわりで起こる出来事に気分が左右されます。好ましいことがあると気分がよくなりますが、イヤなことがあると激しく落ち込みます。
●過剰に眠る(過眠)
過眠状態は抑うつ気分と併行しますので、気分が激しく落ち込むと眠気も強くなります。1日に10時間以上眠る日が1週間に3日以上あったり、眠っていなくても、ベッドにいるのが10時間以上なら過眠です。
●体が鉛のように重く感じる
単に疲れやすい状態を越え、まるで手足に鉛が詰まっているかのように体が重く感じられる症状です。立ち上がるのさえ大変で、自分ではどうにもなりません。
しかし、周囲からは、怠けているとか、わざとやっていると誤解されてしまいます。
●過食、体重の増加
「何かを口にしていないと気持ちが落ち着かない」という不安感から、食べることへの過剰な衝動が起こります。中でも、チョコレートなど甘いお菓子への欲求が強くなります。週に3日以上、度を越して食べるようなら「過食」です。これにともない体重もふえます。3カ月の間に、健康時の5%以上体重がふえていれば「体重増加」とみなされます。
●拒絶されることへの過敏性
他人の侮蔑的な言動や、軽視、批判に対して極度に敏感になり、ふつうでは考えられないほど激しい反応をみせます。
※なお、このような典型的な非定型うつ病の症状はないものの、軽いうつ状態になる場合があります。本人も周囲の人も、医師ですら気がつかないことがあり、注意が必要です。

パニック発作がおさまったあとの残遺症状について、 a) 本の 第1章 パニック障害ではどのようなことが起こるか の「COLUMN 発作がおさまったあとも残遺症状がつづくことがある」における記述(P33)を以下に引用します。 b) 加えて、福西勇夫監修の本、「ウルトラ図解 不安障害・パニック」(2019年発行)の column『数年にわたって続く「残遺症状」』における記述(P46)を 以下に引用します。

発病後、半年くらいからじわじわとあらわれる
パニック発作の症状が少なくなる時期から、じわじわとはじまるのが、残遺症状(非発作性不定愁訴)です。発病して半年後くらいからあらわれ、数年間、あるいは10~20年ぐらいつづくこともあります。
パニック障害は、慢性的で頑固な病気なので、治療が十分にされていないと、いわば「持病」のようになって残遺症状がつづくのです。本人には、これは不快でつらいものとなります。
また、発病からかなり時間が経過してから残遺症状があらわれることもあります。20~30代で起こったパニック発作のことを忘れてしまい、50~60代になってから、心身の不調のために医療機関を受診するようなケースです。この場合、大体は「自律神経失調症」といった診断名がつき、適切な治療が行われないケースが少なくありません。

適切な治療をすれば残遺症状は予防できる
残遺症状は長い間つづきますが、それを避けるためには、パニック障害の治療を少なくとも1年以上つづけることが大切です。症状が消えたあとも、少量の薬の服用をつづけることで、残遺症状は予防できます。
また、年月が経過してからあらわれた場合も、パニック障害の治療をきちんとすれば、症状は軽くなります。

【精神面にあらわれる残遺症状】
・何となくいつも不安
・胸さわぎがする
・現実感がなく、かすみの中で生きている感じ
・雲の中を歩いている感じ
・イライラする(焦燥感)
・感情がわかない など
【身体面にあらわれる残遺症状】
・肩がこる
・頭が痛い
・首が痛い
・のどが詰まる感じ
・息苦しい
・動悸、息切れがする
・胸がチクチクする
・視野がチカチカする
・目の焦点が合わない
・じっくりと汗をかく
・熱感がある
・手が冷たい
・寒気がする など

注:引用中の「自律神経失調症」については資料「自律神経失調症」、及び他の拙エントリのここを参照して下さい。

数年にわたって続く「残遺症状」

病気の初期症状がおさまったあとも、いくつかの症状が長く続くものを「残遺症状」といいます。パニック障害では、パニック発作がおさまったあとに、残遺症状がじわじわと続くことがあります。
パニック障害パニック発作を引き金に発症し、その後、何度か発作をくり返します。発作がくり返し起こるのは急性期で、次第に発作の回数が減り、慢性期へと移行します。残遺症状が現れるのは、発症して半年~数年後の慢性期に入ってからです。
パニック障害の残遺症状には、頭痛や肩こり、動悸、息切れ、脈が飛ぶ、胸痛、寒気、耳鳴り、視野がチカチカする、手が冷たい、喉が詰まった感じがするなどの身体的症状のほか、気が遠くなりそうな気がする、感情が湧かない、体が浮いているように感じる、いつも胸騒ぎがする、現実感がないなど精神的症状もみられます。いくつかの症状はパニック発作に似ていますが、パニック発作ほど激しくはありません。いずれも始まりや終わりがはっきりせず、すっきりしない不快な症状がだらだらと数年間、長い人では10~20年くらい続くことがあります。
残遺症状が現れやすいのは、パニック障害の診断と治療を受けることなく、病気を放置していた場合や、治療が不十分であった場合などです。発作がおさまって年月が経ち、残遺症状だけを訴えて受診すると、「自律神経失調症」などと診断され、適切な治療を受けられないケースもあります。
パニック障害の治療を正しく続ければ 残遺症状は防ぐことができます。また、時間が経過した場合でも、パニック障害の治療を受けることで 症状を軽くすることができます。

注:引用中の「自律神経失調症」については資料「自律神経失調症」、及び他の拙エントリのここを参照して下さい。

不安抑うつ発作について、 a) 複雑性PTSD(他の拙エントリを参照)の関連については次の資料を参照して下さい。 「不安・抑うつ発作 Anxious-Depressive Attack(ADA)と複雑性心的外傷後ストレス障害 Complex Post-Traumatic Stress Disorder(CPTSD)―類似点と相違点―」、「不安・抑うつ発作と複雑性PTSDの関連についての私見 ―両者の本質的な共通点~重なりと双方の臨床研究が交流する必要性・有効性について―」 b) 加えて貝谷久宣監修の本、「パニック症[パニック障害]の人の気持ちを考える本」(2015年発行)の「不安抑うつ発作」項における記述の一部(P64)を次に引用します。

いきなり巨大な「うつ」がやってくる
パニック性不安うつ病では、発作的に抑うつが強くなることがあり、これを「不安抑うつ発作」といいます。突然、なんの理由もなく、自分の意思に関係なく、抑うつ気分にのみこまれてしまいます。(中略)

精神症状:抑うつ感、悲哀感、自己嫌悪感、不安・焦燥感、孤独感、無力感、絶望感、空虚感など 気分落ち込みだけでなく、さまざまな陰性感情をもつ(中略)

不安や抑うつに突然襲われる感じ
激しいマイナス感情が発作的に現れる状態が「不安抑うつ発作」です。「巨大なうつがやってきた」と表現した人もいますが、大波にのみこまれる感じでしょうか。パニック症のほぼ半数が、不安抑うつ発作を経験したといいます。
理由もなく、突然涙があふれて止まらなくなり、大声で泣き叫んだりすることもあります。単に悲しいだけでなく、焦燥感や孤独感も強くあるようです。
発作中に過去のいやなことを思い出して相手の家に怒鳴り込んだ人もいます。
こうした苦しい気持ちから逃げるため、自傷行為に走ることもあるので、周囲は目が離せません。

さらに、アンガーアタックについて、本の「性格変化」における記述の一部(P70)を次に引用します。

病的な怒り発作、アンガーアタック
いわゆる「キレてしまう」状態がアンガーアタックです。ほんのささいな刺激にも、抑えきれない怒りが爆発し、相手に対して非常に攻撃的になります。その様子は病的で、パニック症の三割の患者さんにみられる特徴です。
本来、小心でこわがりな患者さんでも、怒り発作が起こると抑制することができません。そのため、本人も「これは本来の自分ではない」と困惑し、怒りをぶちまけた後には「バカなことをした」と深い自己嫌悪の念にとらわれます。
ひどい場合は、アンガーアタック後には、しばらく抑うつが強くなる人もいるほどです。(中略)

身体症状を伴うこともある
○動悸、心拍数の増加
○ほてり、赤面
○胸が締めつけられる感じ
○手足がマヒした感じ
○めまい、フラフラする感じ
○息切れ、呼吸困難
○発汗
○ふるえ(後略)

注:追記として、病気になる前*35と性格が変わり、本人も自覚があるものの、コントロールできないものとして、上記「性格変化」(P68)において以下のものが挙げられています。この他に、「過食、睡眠障害(過眠)、激しい疲労感なども現れる」との記述があります。 「依存しやすい」(人や物に頼りたがる、なみかに逃げる)、「自己が不明瞭」(自分と他人の境界がわからなくなる、他人の気分に感染しやすい)、「キレやすい」(怒りやすく、すぐ爆発するが、そのあと自己嫌悪に陥る)、「直情的」(待てない、許せない、がまんできないなど、自己中心的で、自分勝手)、「過剰関与」(おせっかい、すぐに口を出す)、「感情移入」(ものごとに熱中しやすくハマりやすい)、短絡的(早とちり、よく考えずに行動する)、感受性が高まる(激しい嫌悪感をもちやすい、いやなことは避ける)

パニック症をコントロールするためのアドバイスとして、本の「解説 病気をコントロールするためのアドバイス」項における記述の一部(P92~P93)を次に引用します。ただし、引用の順序は前後することがあります。

医師から伝えたいこと
病気の回復のために、ぜひ意識してほしいことがあります。とくに体を動かすことが大切です。また、精神的にも身体的にも無理をしないでください。(中略)

人間関係に注意しよう
周囲に気を遣いすぎ、結局自分が傷つくことが多いのです。病気が進行しているときには、複雑な人間関係に撒き込まれないで。感情移入しやすいので、同じ病気の人とのお付き合いもほどほどにしたいものです。

臆病になりすぎない
発作を恐れて外出を控えていると、いつまでたっても回復しません。臆病になりすぎず、安心グッズを持ったり、自分に言い聞かせたりして、行動範囲を広げていきましょう。

運動しよう
運動量が減って体力が落ちる傾向です。パニック症の人は運動することで不安や抑うつ症状が軽くなるという研究があります。運動には、以下のような効果があるとされています。
疲労感がなくなる
・体力を回復させる
・気分がスッキリする

運動が無理なら部屋の掃除から
疲労感があるからと体を動かさないと、ますます疲労はたまるもの。むしろ体を動かす方が疲労はとれるのです。しかし、体力が低下して運動が無理なら、まず部屋の掃除をしましょう。
・病気でもがんばっていると周囲にも認めてもらえる
・掃除に熱中できる
・部屋がきれいなり、気分が清々しくなる

過労に注意
過労、睡眠不足、風邪はパニック症の三悪です。いずれも発作の誘因になります。体調管理に留意してください。そのためにも、生活リズムを乱さないことは大切です。

過眠しないで
パニック性不安うつ病では、過眠の傾向がみられます。また、睡眠時間が夜にずれる人も多くいます。生活リズムを崩さないように、朝は決まった時間に起きましょう。

禁酒、禁煙、禁コーヒー
治療中は節酒ではなく禁酒を。たばこは抑うつを強めるので禁煙。コーヒーで動悸がした経験がある人はカフェイン過敏性です。カフェインレスのコーヒーならOKです。(中略)

パニック症は乳酸を蓄積しやすい
乳酸は疲労物質のもと。乳酸は体を動かさないとたまりやすく、体内に乳酸が蓄積されると疲労感となります。
つまり、疲れたといって動かさないと、ますます疲れやすくなるのです。

注:i) 引用中の「医師から伝えたいこと」、「運動しよう」、「運動が無理なら部屋の掃除から」及び「パニック症は乳酸を蓄積しやすい」項の内容は互いに関連しています。 ii) 引用中の「パニック性不安うつ病」についてはここを参照して下さい。 iii) 標記「パニック症をコントロール」に関連する「パニック症と生活習慣との関係(日常生活の改善)」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「部屋の掃除から」に関連して、掃除等を話題にしたうつ病の行動活性化療法に関するWEBページを次に示します。『長引く「うつの悪循環」脱出作戦 - apital』、『うつ脱出の最初の一歩は「スモールステップ」 - apital』。ちなみに、行動活性化療法に関しては、例えば資料「臨床行動分析と行動活性化療法」、「入門!認知行動療法 行動を活性化しよう」、「新世代の認知行動療法」及び「行動活性化療法の理論と実際」を、うつ病における行動活性化療法のテクニックを応用した生活リズムを整える方法例は、他の拙エントリのここをそれぞれ参照して下さい。

一方、パニック障害(パニック症)の予期不安において、 EMDR (眼球運動による脱感作と再処理法)に効用があることを報告する資料を次に紹介します。 「パニック障害に対する EMDR の効用と限界」 ちなみに、予期不安についてはここを、 EMDR については他の拙エントリのここここをそれぞれ参照して下さい。

加えて、パニック症等における予期不安(参照)までは至っていないかもしれませんが、言葉の効果と不安との関連について、熊野宏昭著の本、「実践! マインドフルネス 今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン」(2016年発行)の 第1章 マインドフルネスを正しく理解する の『「心ここにあらず」は考えることから』における記述(P010~P012)及び『「心ここにあらず」の状態から、ハッと我にかえる』における記述の一部(P015~P016)を次に引用します。

「心ここにあらず」は考えることから

では、「心ここにあらず」の状態はどうしたらなるかと言えば、考えることを始めると我々はすぐ「心ここにあらず」になってしまいます。つまり考えるということが、「心ここにあらず」の状態をつくり出す非常に大きな原動力なんですね。
ただ、我々は常に何かを考えています。これは人間の特性です。
そもそも人間は言葉を発明して、その言葉によって文明を築き上げたのですから、言葉というものは素晴らしい力を持っています。この言葉をつくり出したおかげで、すべての文化がつくり出されたわけですからね。
でも、あまりに素晴らしいので、現実との接点を失ってしまうことが容易に起こります。つまり言葉で考える、あるいは何かを読むとか何かを聞くと、その言葉で表現していることが、心の目で見えてしまうわけです。
例えば皆さん、ちょっと目を閉じてください。それで私が「レモン」と言うと、レモンが見えませんか。ツヤツヤして黄色い、ちょっと先に尖ったところがあって、切るとすっぱそうな匂いがして、かじると実際にすっぱいという味まで感じとれますよね。
それでは目を開けてください。目を開けると、レモンはどこにもありません。でも、「レモン」って聞くだけで、心の目で見えるし、あたかも口の中に入れたような感じが残るわけです。でも現実にはレモンというものはない、ということはわかりますね。

これは簡単な例ですが、我々は他にもいろんなことを考えます。例えば不安が強い方のなかには、地下鉄に乗るのが苦手な方や、飛行機に乗るのが苦手な方もいらっしゃいます。そうすると、「地下鉄に乗る」と思うだけで、もう地下鉄に乗っていて不安で凍って固まっている自分が見えるわけです。「地下鉄に乗るなんて無理、無理!」そう思いますよね。でも、実際に乗ったわけではないですし、実際に乗ったらそのようになるのかもわからないのです。でも、さっきのレモンのように、ありありとそれが感じられてしまうわけです。そして「そんなの、絶対に無理!」となって、乗らないわけです。
でも、実際に地下鉄に乗ったら、調子が悪くなる、怖くなるといったことが本当なのでしょうか。本人にとっては、本当ですよね。心の目でありありと見えますし、感じますし、ドキドキしてきます。だから、「先生、私ができないって言っているのだから、できません」と言いたくなりますよね。
でも、それは本当のことでしょうか。もし考えたことがそのまま事実だとすれば、最初のレモンの例でいえば、レモンは現実のものとして取り出せるはずです。でも、レモンは取り出せません。「絶対に地下鉄なんか乗れない」と思っているのも、それと同じことです。それでも絶対と思ってしまうぐらい、我々の言葉は、力を持っているということです。(中略)

「心ここにあらず」の状態から、ハッと我にかえる(中略)

このように言葉というのは、バーチャルな現実をつくり出すことと、現実との接点を遮断するという、二つの効果を持っています。ですから我々が何かを考え始めると、現実との接点がなくなって、言葉がつくり出すバーチャルな世界のほうに行くわけです。そうすると、「心ここにあらず」の状態になってしまいます。(後略)

注:i) 引用中の「心ここにあらず」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、これに関連するかもしれない『「今」から注意がそれる』と、不安や怒りが生まれることについて、長谷川洋介、貝谷明日香著の本、「知識ゼロからのマインドフルネス 心のトレーニング」(2015年発行)の PART1 「今、ここ、私」で不安や怒りをなくす の『「今」から注意がそれると、不安や怒りが生まれる』における記述の一部(P18)を以下に引用します。 ii) 引用中の「バーチャルな現実をつくり出す」に関連する「バーチャルな現実によるコントロール」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、「バーチャルな世界と現実の世界の区別がつかない状況に人間を陥れることになった」については、次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスはなぜ効果を持つのか」の「マインドレスになる基盤とは?」項 さらに、『人はいとも簡単に「バーチャルな現実」に飲み込まれてしまう』ことについては、次のWEBページを参照して下さい。 「「心を閉じない、飲み込まれない」。マインドフルネスとは現実を等身大に感じること。 医学博士 早稲田大学人間科学学術院教授 熊野宏昭さん 前篇」の『人はいとも簡単に「バーチャルな現実」に飲み込まれてしまう』項 iii) 引用中の「言葉というのは、バーチャルな現実をつくり出す」ことによる問題を少なくするための「コンプリヘンシブ・ディスタンシング」(言葉の世界全体から距離を取ること)については、他の拙エントリのここを、 加えて「脱フュ―ジョン」については、他の拙エントリのリンク集を それぞれ参照して下さい。

●不安はどこから生まれるのか?

不安、イライラ、後悔、怒り……気持ちには色や形はありません。でも私たちの体の内側にわくように生まれます。心は、実体がないのに「ある」と感じさせ、感情だけでなく行動にまで大きな影響を与えます。不安やイライラにとらわれると、涙があふれてきたり、眠れなくなったり、食欲がなくなったり。心のあり様しだいで、生活も人生も大きくかわってしまうのです。
こうした心の変化は、ふとした瞬間、自覚できないほどのすばやさで私たちをおそいます。「ふとした瞬間」にいったい何が起こっているのでしょう。

●1日のほとんどは、過去を材料に思い、考えている

人間は1日に20回近くの思いを抱くと言われています。思いの速さは光速の数倍、そして1日の思いの98%は過去の思い出だとも……。
ほとんどの瞬間、私たちの心は「今」から離れてしまっています。働いているときも、遊んでいるときも、食事しているときも、心はいつも別のところにあります。昨日受け取ったメールを思いだしたり、明日乗る電車のことを考えたり。
不安や怒りにおそわれるのは心が「今」から離れた、こんな瞬間。過去に受け取った情報を材料に何かを考えたり、未来を思うと不安や怒りが起こるのです。

●多忙な人ほど注意散漫になり、過剰反応するようになる

心が「今」から離れていると、当然、注意は散漫になります。目の前に起こっているできごとや、自分がおこなっていることからそれてしまいます。そんな状態で、次々とやるべきことに追われると、よりいっそう集中力は低下します。
情報が次々と私たちを刺激し、新たな思いや考えを生み出します。それをくり返すうちに、わずかな刺激にも即反応。思考は連鎖し、集中できなくなります。
心は瞬間瞬間、あちこちに飛びまわります。喜怒哀楽は人間らしさをつくる大切な要素ですが、反射的に喜んだり、悲しんだり、怒ったりしつづけていると、心を自分にとどめておくことができなくなるのです。自分の心にもかかわらず、心に自分が振りまわされてしまいます。自分ではなく、心が主導権を握ってしまうのです。自動操縦の飛行機に乗るようなもの。自分が操縦席に座りながら、行く先がわからない状態です。
自動操縦で進むのは楽に思えるかもしれません。しかし予想外のトラブルには対処できません。危機に直面すると、心は一瞬で不安やイライラに包まれます。(後略)

注:引用中の『不安や怒りにおそわれるのは心が「今」から離れた、こんな瞬間。過去に受け取った情報を材料に何かを考えたり、未来を思うと不安や怒りが起こるのです。』に関連するかもしれない、「みなさんが明日のことを心配したら、それがリアルとしてみなさんの頭の中に浮かんでくる。そしてそれを客観的事実と思いこむ。客観的事実だから不安で仕方なくなる。」については、pdfファイル「マインドフルネス瞑想と日本社会 ─仏教の突破口?─」中の資料『「本来の自己」とマインドフルネス』(著者:山下良道、P72~P76)を参照して下さい。

さらに、パニック症と生活習慣との関係(日常生活の改善)例については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅳ 不安症を治す の 第6章 日常生活の改善 の「Q 不安症の発症や経過に関係する生活習慣にはどのようなものがありますか?」における記述の一部(P152)を次に引用します。

不安症にはさまざまな種類がありますが、ここではパニック症を例に説明しましょう。
パニック症(パニック障害)の発症や経過に関係する生活習慣としては、①睡眠、②休養(疲れのとり方)、③飲酒、④カフェインなど興奮・覚醒作用のある物質の過剰摂取がよく知られています。これに加えて、最近は⑤運動が注目されています(中略)。また生活習慣とは若干異なりますが、⑥風邪のときもパニック発作が出やすくなることが知られています。
これらはいずれも体調と関連するものですね。①~④についていえば、睡眠不足や不規則な睡眠時間、疲労の蓄積、アルコール過剰摂取、カフェインなどの過剰摂取はいずれもパニック発作の引き金になりますし、経過にも悪い影響を与えます(体質によりますが、カフェインの場合にはたった一杯のコーヒーでパニック発作が誘発されることもあります)。
これらの悪い生活習慣がつづいていると、どのような治療をつづけていても病状はなかなか改善しません。反対に、規則的で十分な睡眠、定期的に十分な休養をとり、飲酒をやめ、カフェインの過剰摂取を控えることは発症予防と病状の安定につながります。(中略)

ここまでパニック症を例に、発症予防と病状の改善に必要な生活習慣の概要を述べましたが、これらは社交不安症(社交不安障害)、全般不安症(全般性不安障害)などパニック症以外の不安症、またうつ病など、他の精神疾患にも当てはまることと考えてよいでしょう。

注:i) この引用部の著者は佐々木司です。 ii) ちなみに、 a) パニック症における日常生活の改善については、ここも参照して下さい。 b) 自閉スペクトラム症の視点からの健康な生活については、他の拙エントリのここを、加えて「悩める健康人」の視点からの健康な生活については、他の拙エントリのここをそれぞれ参照して下さい。

次に、全般不安症について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第5章 不安症群/不安障害群 の「全般不安症/全般性不安障害 Generaclized Anxiety Disorder」における記述の一部(P86~P87)を次に引用します。

全般不安症/全般性不安障害 Generaclized Anxiety Disorder
全般不安症をもつ人たちは多くの話題や出来事,活動について過剰な不安や心配をする。頻繁で過剰な心配は,予想される出来事の現実的な影響を超えている。心配が絶えず続くことで,日常生活の機能が阻害されて,活動に集中することも難しくなる。全般不安症をもつ人たちは,こうした心配をコントロールすることは難しいと感じている。心配は仕事,家族,健康,お金といったことに次から次へと移っていく。不眠,筋肉痛,緊張,頭痛なども起こることが多い。
米国では思春期の約0.9%,成人の2.9%(680万人)に,全般不安症の症状がある。女性は男性より2倍かかりやすい。30歳前後で診断されることが多い。10代以下で発症することは稀ではあるが,発症した場合,学校での勉強やスポーツをうまくこなすことに心配が集中しがちである。
全般不安症の症状は,ゆっくりと発症することもある。一生涯を通して症状が出現したり消失したりする。心配を感じる主な症状も,文化によって表現のされかたが異なる。例えば,心配な考えや恐怖と関連する症状をたくさん訴える人もいる一方で,不眠や筋緊張に関連する身体症状を訴える人もいる。全般不安症をもつ人は,他の不安症や抑うつ障害を併発していることも多い。不眠などの中年や高齢者でよくみられる身体疾患と重複することもある。(中略)

◇ リスク因子
全般不安症の正確な原因は不明であるが,いくつかの因子が発症に役割を担っている。
・気質:不慣れな状況を避けがちな人や悲観的な考え方の人はリスクが高い。
・環境:全般不安症の人は,子ども時代に逆境体験や過保護な養育環境をもっていたかもしれない。
・遺伝:第一度親族(両親や同胞)の人が不安症や抑うつ障害であった場合,全般不安症になるリスクが高まる。

注:i) 引用中の「全般性不安障害」について、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」(2018年発行)の 7章 虐待の引き起こす精神疾患 の「2 不安障害」における記述の一部(P80)を次に引用(『 』内)します。 『全般性不安障害の主な症状は、6ヶ月以上の長期にわたる過剰な心配と不安である。何か1つのことに不安があるというよりも、焦点の定まらないような不安が特徴である。毎日いらいらする、緊張する、気が散漫である、慢性的に疲れている、気分が消沈するなど様々な症状がある。筋肉の緊張や睡眠障害やめまい、動悸などの身体症状が伴う場合もある。』 加えて、引用中の「全般不安症」において心と身体にさまざまな症状が現れることについてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「心配は仕事,家族,健康,お金といったことに次から次へと移っていく」ことに関連する「次々と不安の対象が変わる」ことについて、福西勇夫監修の本、「ウルトラ図解 不安障害・パニック」(2019年発行)の 第1章 不安障害の成り立ちと症状 の「全般性不安障害」における記述の一部(P36)を次に引用(『 』内)します。 『しかし、全般性不安障害の場合、1つの出来事に対する不安が持続するわけではなく、その不安が終わると、別の出来事への不安が始まるといった具合に、次々と不安の対象が変わります。』 iii) 引用中の「抑うつ障害」に関連する「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

加えて、限局性恐怖症について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第5章 不安症群/不安障害群 の「限局性恐怖症 Specific Phobia」における記述の一部(P87~P89)を次に引用します。

限局性恐怖症 Specific Phobia
限局性恐怖症をもつ人たちは,特定の物,場所,状況に対して極端な恐怖を感じるが,それらは実際には彼らが感じるほど危険性がないことが多い。彼らの恐怖は,実際の危険性とは釣り合わないことを知っている場合もあるが,落ち着くことはできない。
恐怖の対象としては,動物,虫,高所,雷,針(もしくは注射されること),飛行機に乗ること,エレベータに乗ることなどがある。多くの人が飛行機が飛び立つ際は不安になるかもしれないが,限局性恐怖症の人は飛行機で旅行すること拒むこともある。過剰な恐怖があるため,生活習慣を変えて,特定の状況にいることや特定の物に近づくことを避けることになる。例えば,飛行機に乗ることに恐怖がある人は,飛行機での移動が必要な求人を断るかもしれない。恐怖の対象となるものを避けるために,わざと引っ越したり,長い通勤経路を使ったりする人もいる。
窒息しそうになったり,溺れ死にそうになったりといった心的外傷体験の後に限局性恐怖症になる場合もあるが,多くの場合はなぜその恐怖感が始まったのか思い出せない。限局性恐怖症は10歳以前の小児期に発症することが多い。正常な成長の一部として,子ども時代に覚えた恐怖感は消えていくことが多いが,恐怖症の過剰な恐怖は継続する。
米国では約7~9%の成人が限局性恐怖症にかかっている。男性に比べて女性に2倍多い。米国の3~5%の高齢者も限局性恐怖症にかかっており,恐怖症の対象は,身体疾患に関連した呼吸のしづらさや,息苦しさのような不安が中心となっていることが多い。こうした身体疾患に過剰な不安が組み合わさることで,生活の質(QOL)は大きく下がってしまう。限局性恐怖症の約75%の人たちは,2つ以上の物や状況(例えば,雷と飛行機で移動すること)を恐れている。
自殺は限局性恐怖症の人たちにとって大きな問題であり,障害のない人に比べると60%も多く自殺企図をしている。抑うつ障害群や他の不安症群を伴うことも多く,こうした合併した障害で自殺企図が多いことの要因の1つかもしれない。こうした事実からすると,限局性恐怖症をもつ人たちはメンタルヘルスケアに受診することが望ましい。(中略)

◇ リスク因子
限局性恐怖症の原因は知られていないが,次のような因子が発症リスクを高める。
・気質:不慣れな状況を避けがちな人,心配ばかりしている人,悲観的な考え方をする人は限局性恐怖症になることが多い。
・環境:過保護な両親による養育,死別や別離などで親を失うこと,身体的虐待,性的虐待などは発症リスクを高める。恐怖の対象となる物や状況に関する心的外傷的な出来事も,限局性恐怖症を引き起こすことがある。
・遺伝:第一度親族(親や同胞)に限局性恐怖症をもつ人がいる場合は同様にかかりやすい。

注:i) 引用中の「不安症群」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 不安症 - 脳科学辞典 ii) 引用中の「極端な恐怖を感じる」ことに関連する「こわがり方が尋常ではない」ことについて、上島国利監修の本、「最新図解 やさしくわかる精神医学」(2017年発行)の 第3章 抑うつ障害、不安症、強迫症など の「(不安症)限局性恐怖症」における記述の一部(P70)を次に引用(『 』内)します。 『限局性恐怖症では、こわがり方が尋常ではありません。気分が悪くなったり、吐き気やめまいが現れたり、失神してしまうこともあります。予期不安から、恐怖の対象を避けるようになります。本人も恐怖心が過剰なことはわかっていますが、どうすることもできないのです。』(注:引用中の「予期不安」には次に引用する(【 】内)脚注(P70)があります。 【一度発作が起こると、再び発作に襲われるのではないかと不安に感じること。】 加えて、パニック障害における「予期不安」ついてはここを参照して下さい。) iii) 引用中の「抑うつ障害」に関連する「うつ病」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iv) 引用中の「心的外傷」に関連する「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 v) 限局性恐怖症における引用中の「恐怖の対象」のより詳細としての「恐怖刺激の分類」については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅱ 不安症の診断と治療 の 第5章 限局性恐怖症 の「Q 限局性恐怖症とはどういう状態か説明してください。」における記述の一部(P65)をそれぞれ以下に引用します。

Q 限局性恐怖症とはどういう状態か説明してください。(中略)

DSM-5では、恐怖刺激を、次の5つに分類しています。
①動物(犬、クモ、昆虫など)
②自然環境(嵐、高所、水、地震など)
③血液・注射・負傷(注射針、侵襲的医療行為など)
④状況(公共の交通機関、飛行機、トンネル、橋、エレベーター、自動車運転、閉所など)
⑤その他(窒息や嘔吐につながる状況、騒音、子どもでは大きな音や着ぐるみなど)
限局性恐怖症をもつ人では、平均で3つの対象または状況への恐怖がみられ、約75%の人に複数の対象または状況への恐怖がみられるといわれています。上述した対象や状況は、健康な一般の人にとっても不快で嫌悪されるものも多いのです。しかし、限局性恐怖症をもつ人の場合、その恐怖の対象に直面するときわめて強い不安が生じ、そのために恐怖をきたす対象や状況を避ける、いわゆる回避症状が生じ、日常生活に支障が出ることがしばしばみられます。(後略)

注:この引用部の著者は野呂浩史です。

一方、限局性恐怖症の一種である高所恐怖症(病的な状態)の説明については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅱ 不安症の診断と治療 の 第5章 限局性恐怖症 の『Q 「高い所が苦手だ」という人は大勢います。どのような症状があると、高所恐怖症という病的な状態と呼ぶべきでしょうか?』における記述(P72~P73)を、 加えて、高所恐怖症に対する対処・治療法の説明については、同PARTの「Q 高所恐怖症の対処法・治療法を教えてください。」における記述の一部(P73)を次に引用します。

Q 「高い所が苦手だ」という人は大勢います。どのような症状があると、高所恐怖症という病的な状態と呼ぶべきでしょうか?

崖の上や高い木の上など、足場の悪い高い所を怖いと感じるのは、危険を回避するために備わった、人間にとって本来必要な感覚かもしれません。現代でも多くの人が「高い所は怖い」と感じます。
そのなかで、高所恐怖症として精神科で治療を必要とするのは、安全が確保されている場所でも、恐怖を感じてしまう人たちです。実際の高さにはあまり関係がありません。たとえ1メートルの高さであっても、恐怖で足がすくむことがあります。その場所の下に空間があり、落ちる可能性があることが怖いのです。
高所恐怖は落ちる恐怖(墜落恐怖)と結びついていることが多く、通常は落ちないと確信できる場所(橋の上や、高層ビル)でも墜落の危険に対する恐怖にかられるのが高所恐怖症です。高所恐怖症の症状は、単に怖いと感じるだけではありません。足がすくみ、恐怖のあまり声をあげてしまうほか、動悸、冷や汗、流涙など自律神経症状とも結びついています。そして多くの場合、必要な場合にも高い所に身を置くことを回避するために、日常生活や職業生活が妨げられ、重度の場合には人づきあいが制限されることもあります。

注:i) この引用部の著者は赤穂理絵です。 ii) 引用中の「自律神経症状」に関連する、a) 不安症と関係が深い身体症状は、主に、自律神経の交感神経系の活動が亢進した際に認められる身体症状と関連していることについてはここを参照して下さい。 b) 社交不安症の視点からの『不安や緊張を感じると私たちの体内では「交感神経」の働きが活発になる』ことについて、貝谷久宜監修の本、「社交不安症がよくわかる本」(2017年発行)の P19 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『不安や緊張を感じると私たちの体内では「交感神経」の働きが活発になります。交感神経はストレスに対抗するために体にいろいろな変化を起こします。「顔が赤くなる」「汗が出る」「ドキドキする」「顔がこわばる」などの症状も、交感神経の働きによるものです。社交不安症がある人はこのような症状を感じると、「変な人と思われてしまう」と緊張し、さらに不安を強め、結果的にますます体の症状が強まります。』 (注:1) 引用中の「交感神経の働き」に関連する「ストレス応答のSAM系」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 2) 加えて、これに関連する「パニック症、社交不安症、特定の恐怖症等は扁桃体の過活動を前頭前野が抑制できなくなった状態であると考えることができること」については、次のWEBページを参照して下さい。 「不安症 - 脳科学辞典」の「発症機構」項)

Q 高所恐怖症の対処法・治療法を教えてください。

エクスポージャ法(暴露療法)が推奨されています。これは一定の時間以上、恐怖の対象となる“高所”に身を置きつづけると、恐怖の反応が落ち着いてくることを利用するものです。
たとえば動悸がする、冷や汗が出るなど、恐怖にさらされた際の自律神経の反応は、せいぜい10分もするとおさまってきます。高い崖の上、足場の悪いビルの工事現場など実際に危険な場所は別として、高所恐怖症の人が怖いと感じる“高所”は、通常は安全が確保されている場所です。高所恐怖症の人の頭の中で増幅されている恐怖のイメージも、その場にいつづけて慣れてくるにしたがって、通常15分程度でおさまってきます。当初の恐怖反応が落ち着くところまでその場所にいつづけ、「ここにいてもだいじょうぶだ」という体験をすることで、恐怖を乗り越えていくというのがエクスポージャ法です。
高所恐怖症の人が高い所へ出ていく場合、「ここは高い場所ではない」と自分に暗示をかけたり、「怖くない」と言い聞かせたりします。しかし、これは心理的な抑制の逆説効果(ある思考を抑制するとかえって関連する思考が増幅するもの)を生んで、余計に恐怖が増すことにつながりかねません。エクスポージャ療法では、「自分にとって怖い、高い所にいる」と、まずは恐怖と向き合うことが重要になります。
ただし、最初から強い恐怖を感じる場所に挑戦すると、圧倒的な恐怖感のために自分がエクスポージャ療法に挑戦しているという認識を保てなくなってしまいます。エクスポージャ療法は、軽い恐怖を感じる場所から克服して、徐々に強い恐怖を感じる場所に段階的に挑戦していくことがコツです(たとえばビルの下層階から始めて、1階ずつ上の階に挑戦するなど)。(後略)

注:i) この引用部の著者は赤穂理絵です。 ii) 引用中の「当初の恐怖反応が落ち着くところまでその場所にいつづけ」に関連するかもしれない、森田療法における「感情の法則」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「森田療法を理解するためのキーワード」の「感情の法則とは」項 iii) 引用中の「心理的な抑制の逆説効果」に関連する「抑制の逆説的効果の生起」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「抑制スタイルが抑制の逆説的効果の生起に及ぼす影響」、『「考えない」ことについて考える』 iv) 引用中の「心理的な抑制の逆説効果」に関連する「避けようとすればするほど強く感じてしまい」について、熊野宏昭著の本、「マインドフルネスそしてACTへ」(2011年発行)の 第四章 言葉の世界全体から距離を取る の「私的出来事を回避するとどうなるか」及び「心を閉じない、呑み込まれない」における記述の一部(P115~P118)を以下に引用します。ちなみに、この引用には上記後者の資料中の「シロクマ実験」に関連する記述を含みます。

私的出来事を回避するとどうなるか

ところで、言葉や思考の影響力の強さには、認知的フュージョン以外に、もう一つ大きな理由があるというのが、関係フレーム理論の重要な主張になっています。それは、体験の回避と呼ばれる行動傾向のことで、嫌悪的な状況だけでなく、それに対する自分の反応(嫌悪的な私的出来事)も回避する傾向と説明されています。つまり、嫌な気持ちや考えを持ちたくないために、自分の私的出来事を避けようと心を閉じてしまうわけです。
これがなぜ問題なのかというと、私的出来事は自分の中にあるものなので、避けようとすればするほど強く感じてしまい、思い浮かべる頻度も高まってしまうからです。例えば、不安になることがほんとに嫌だったとすれば、ちょっと不安になっただけで(そんなことは誰にでもあることなのですが)、ひどくビックリしてしまうことになるでしょう。そして、また不安になっているのではないかといつもチェックするようになり、その結果、不安に気づく頻度も増えてしまうわけです。
これを簡単に調べる面白い実験があるのでご紹介しましょう。それは、白熊の実験と呼ばれるもので、とても簡単ですから、皆さんも一緒にやってみてください。いいですか、それでは始めます。

今から三分間、白熊のことは絶対に考えないでください。

どうですか。しばらくは頑張れても、どうしてもチェックが入ってしまって、何度も考えていることに気づく方向に行ってしまったのではないでしょうか。ところで、過去一週間の間に白熊のことを考えたことは? ありませんよね。
認知的フュージョンと体験の回避が悪循環を作ることも容易に理解できるでしょう。(中略)

つまり、何かネガティブなことを考えたとすれば、認知的フュージョンのために現実と感じられてしまうので、強い嫌悪感をもたらします。そこで、わざわざ避けるほどのものでもないのに、「もうこんなことは考えない」とやってしまい、なおその嫌悪感の強さや思い浮かぶ頻度が高まってしまうわけです。

心を閉じない、呑み込まれない

体験の回避と認知的フュージョンから抜け出すためには、苦手で嫌悪的な状況に直面した時に色々考えたり感じたりすることに対して、「心を閉じない、呑み込まれない」というスタンスを取るように努めることが必要になります。(後略)

i) 引用中の「今から三分間、白熊のことは絶対に考えないでください」については次のWEBページを参照して下さい。 「ストレスと距離をとり生産性向上につなげるセルフケア」 ii) 引用中の「体験の回避」及び「認知的フュージョン」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「関係フレーム理論」については、次の資料を参照して下さい。 「言語行動と関係フレーム理論」 ちなみに、この理論に基づいて構成された認知行動療法が、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(他の拙エントリのリンク集参照)です。 iv) このアクセプタンス&コミットメント・セラピーのみならず、上記「体験の回避」にも関連する不安に向き合うためのマインドフルネスについて、スーザン・M・オルシロ、リザベス・ローマー著、仲田昭弘訳の本、「マインドフルネスで不安と向き合う」(2017年発行)の「本書の使い方」における記述の一部(Pxi~Pxv)を次に引用します。

本書の使い方

まったく,恐怖と不安ときたら,用心深過ぎて困るボディーガード二人組のようです。危険かもしれないと適度に注意を促してくれるのではなく,叫び立てて警戒を求めたり,行動するようにとひっきりなしに喋り続けたりします。安全を確保してあなたが絶えず背後を気遣わなくてものびのびと生活できるようにしてくれるのではなく,あなたを部屋に閉じ込めてしまいます。気持ちを平和にしてくれるのではなく,注意を向けるように強制して,しまいには何もかもが脅威に思えてくるまで捕らえて放さず,本来一番大切に感じるものの方向へ進むのを難しくします。おまけに,一旦恐怖と不安が心で主導権を握ると,その支配を緩めるのがなかなか難しくなります。
脅威があるぞと警告されれば 逃げようと反応するのは自然です。危険が特定の場所に潜んでいると知ったのなら,そこを避けるのが賢いでしょう。でも,不安と恐怖の叫びに用心し過ぎると,気がつくと身体でも頭でも感情でも,逃げたり避けたりすることに人生の時間とエネルギーをどんどん吸い取られる状況になりかねません。視野が狭くなって,経験の広がりと奥行きが小さくなります。自己保存の本能,つまり自分の反応の性質に制限されて,その牢獄から出られなくなります。不安が人生を強く締めつけてくるのを振り切って自由になるには,新しい種類の気づきを育まなければいけません。思いやりがあって,優しく,それでいて揺らがない姿勢で自分の反応も周囲の状況も穏やかに処理して,一目散に逃げて安全な場所に駆け込みたくなる衝動を生まない種類の気づきです。それをマインドフルネスと呼びます。
マインドフルネスを身につけると,今までとは違う姿勢で心配や恐怖の感情を受け止められるようになります。不安とストレスにただ降参し続けなくてもよくなるのです。そんなの無理だ 全身の神経が叫んで,心身の警報(高鳴る心臓,締めつけられる胸,破滅が差し迫る感じ)からともかく逃げろとサイレンが鳴っているときに,マインドフルにじっと座っているなんて無謀以外の何物でもない,と思われるでしょうか。ところが そうしたマインドフルな姿勢は,不安の締めつけを解くための鍵です。何を隠そう,私たちが勇敢に不安に対抗すべく行う努力こそが 苦しさを生んでいる真犯人です。不安と戦う,ストレスを避ける,例の威張ったボディーガードたちを黙らせようとする,といった悪戦苦闘をするから,適度で役立つ反応ができなくなり,心配事を解決する方法を見つけられなくなり,注意を本来向けるべきところ(人生で一番大切に思う方向に進むこと)に向けられなくなるのです。
本書を読み進めながら,マインドフルネスを身につけると不安との悪戦苦闘から自由になれることを発見し,人生の新しい可能性を拓いていただければと思います。(中略)

私たちはまず 不安に反応するときに誰にでも共通したパターンが三つあって,それが不安に関連する問題の苦しさと不満を強めていることを突き止めました。そのパターンが 本来なら役立つはずの自己保存のメカニズムを,比喩的に言えば「用心深過ぎるボディーガード」にしてしまっているようなのです。本書を読み進めていただくうちに自然にわかるはずですが 三つのパターンを順番に展開します。まず,不安の苦しい感情があると,注意の視野が狭くなり,自己批判的になったり何かと評価したりしやすくなります。次に,不安を感じないですむように,気持ちのうえで逃げようとします。それでも苦しさが和らがないと,三つ目として,不安のきっかけとなる物事をことごとく避けようとします。日々の取り組みの中でもう一つ何度も目にしてきたのは,長年不安に苦しみ続けて心がすっかり窮屈になってしまったクライエントでも,マインドフルネスを使うと,三つのパターンが心で展開する様子を自分で観察できるようになることです。胸がドキドキする感じや心配を掻き立てる考えがあると,あっという間に注意の視野が狭まり,危険がないかを探し始めて,それ以外には注意が向かなくなる場合があります。ま
た,不安に関連する感覚,感情,思考があると,よく吟味しないですぐにそれを望ましくないもの,ひょっとしたら危険なもの,あるいは本質的な弱さを示すもの,などと解釈します。マインドフルな気づきを身につけると,不安を感じさせる思考,感情,身体感覚から注意をそらそうとしているときや,それを抑え込んで押しのけようとしているときに,自分でそうとわかるようになります。すると,不安のきっかけとなりそうな人,場所,活動を避けようとして人生でどれほどのものを失っているかが よく見えてきます。
マインドフルネスを実践していると,不安の一番微かな兆候にも気がつくので,感情の反応が強くなる前に新しいスキルを使い始められます。マインドフルネスを普段から生活にうまく取り入れていると,不安とも進んで向き合えるようになって,心で起きている悪戦苦闘から解放されます。マインドフルネスを実践すると,人生で価値に向かって意識的に行動していくときに必要な方向性がはっきりして,何も考えずにただ習慣から反応している状態が減ります。リスクを避けようとして日頃から機会を逃している様子がわかるようになりますし,どうしたら不安を避け続ける方向へではなく,もっと自分らしく充実した気持ちを目指す方向へ注意を向けられるかがわかります。(後略)

注:i) 引用中の「不安に関連する感覚,感情,思考があると,よく吟味しないですぐにそれを望ましくないもの,ひょっとしたら危険なもの,あるいは本質的な弱さを示すもの,などと解釈します」に関連するかもしれない、「みなさんが明日のことを心配したら、それがリアルとしてみなさんの頭の中に浮かんでくる。そしてそれを客観的事実と思いこむ。客観的事実だから不安で仕方なくなる。」については、pdfファイル「マインドフルネス瞑想と日本社会 ─仏教の突破口?─」中の資料『「本来の自己」とマインドフルネス』(著者:山下良道、P72~P76)を参照して下さい。 ii) 引用中の「マインドフルネス」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 注意制御に着目しての、a) 引用中の「不安との悪戦苦闘」に関連する「社交不安障害(又は社交不安症、SAD)患者の不安の維持」について、資料「社交不安と不安感受性および注意制御と抑うつ症状の関係性」の「5.考察」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『SAD 患者の不安の維持には,歪んだ予測,自分や他者に関する歪んだ信念を維持するフィードバック・ループがあるという考え方を裏付ける結果と考えられる。つまり,そのループを強固なものにするひとつの要因として,自己の内面へ注意を向けてしまうと,注意制御を行うことができず,いつまでも否定的な側面に注目し続けることで,不安症状が維持されるのではないかという認知があるといえる。』 b) 引用中の「マインドフルネスを身につけると不安との悪戦苦闘から自由になれる」ことに関連する、「マインドフルネス特性が高い者は,注意制御機能が高い傾向にあることが示唆される」ことについて、資料「マインドフルネス特性,注意制御機能,回避行動,他者からの評価に対する恐れと社交不安との関連性」の「考察」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『マインドフルネス特性が高い者は,注意制御機能が高く,他者からの評価に対する恐れ,回避行動,社交不安が低い傾向にあることが示唆される。』 c) 加えて、次のWEBページも参照して下さい。 『社交不安障害に見られる「注意制御機能」の低下と効果的な介入方法について』 iv) SAD における、精神交互作用的なものについては、次の資料を参照して下さい。 「社交不安症の疫学 ―その概念の変遷と歴史―」の【はじめに】項 ちなみに、上記「精神交互作用」についてはリンク集を参照して下さい。

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≪余談2≫複雑性PTSD、発達障害及び境界性パーソナリティ障害における気分変動

以下に複数の引用を示すように複雑性PTSD、発達障害及び境界性パーソナリティ障害においては、双極性障害(特に双極Ⅱ型障害、例えば資料「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の P5~P7 を参照)とは診断されない気分変動の症状が有るようです。ちなみに、 a) 気分変動の注意点に関するツイート例はここを参照して下さい。 b) 複雑性PTSDについては他の拙エントリのリンク集を、境界性パーソナリティ障害については他の拙エントリのリンク集をそれぞれ参照して下さい。一方、発達障害については他の拙エントリを参照して下さい。

(a) 「こころの科学 181号(2015年5月)」特別企画における杉山登志郎著の文書、「発達精神病理学の力 ―― 予防のための科学」(P14~P20)より記述の一部(P19)を次に引用します。

複雑性PTSDの特徴を、臨床でよく遭遇する所見としてまとめてみたのが表2である。以下、少し解説を加える。(中略)

①気分変動に関しては、一見双極性障害Ⅱ型なのであるが、この起源は被虐待児に認められる激しい癇癪や気分変動であり、実際に気分調整薬がほとんど無効である。一方、抗精神病薬の少量処方と、フラッシュバックへの漢方薬、短時間のトラウマ処理の組み合せが治療的には有効に働く。つまり、複雑性PTSDによる気分変動を、双極性障害から分けたほうがよいのではないか、というのが発達精神病理学的視点からの指摘である。

注:i) この引用部を拡大した引用は、他の拙エントリのここで紹介しています。 ii) 引用中の「複雑性PTSDによる気分変動を、双極性障害から分けたほうがよいのではないか」に関連する、「複雑性 PTSD に認められる双極Ⅱ型類似の気分変動は双極性障害ではないと筆者は考える」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「複雑性 PTSD への簡易トラウマ処理による治療」の「2 .トラウマ処理」項(P223)

(b) 宮岡等、内山登紀夫著の本、「大人の発達障害ってそういうことだったのか」(2013年発行)の 第3章 診断の話 の【合併と鑑別-―双極性障害】における記述の一部(P100~P104)を次に引用します。

時間単位でバイポーラーなんておかしい 自閉症でも躁に見える人がいる

宮岡 双極性障害と診断される可能性についてはいかがでしょうか。わりあい気分変動があるのか、あるいは双極性障害と本当に鑑別しなければならないような例もありますか。
内山 双極性障害との鑑別は、ASDよりむしろADHDでしばしば議論されています。ADHDの症状は多動だったり、衝動的だったりするわけで、いわゆる躁状態に近いものがありますよね。もちろんASDとADHDは、僕らの考えでは合併率がかなり高いので、ASDもからんでくるのですが。
宮岡 双極性障害でも自閉症を背景にしたうつもあり、発達史はきちんと聞くというのが大前提ですが、躁に関しても、ADHDで非常に落ち着かない人と、自閉症でも一見躁に見える人がいますよね。
内山 反応性にはしゃぐということはありますね。
宮岡 異様にはしゃぐみたいな感じでしょうか。
内山 異様にはしゃいでしまうのは、情報処理がうまくできないからなのです。要求水準が高まって自分の能力以上のことをさせられると、急にはしゃぐ。それが躁に見えることがあるのです。
宮岡 うつと同じで、気分の高揚感というか、それ自体の言語表現が乏しいんですよね。
内山 そうです。言語表現に乏しいから行動化するのです。しかもリミッターが働かないので、いったん舞い上がると抑えがきかないし、その場もわきまえずに、どんどん舞い上がっちゃうので。
宮岡 行動だけ見ていると、躁と判断しやすいですよね。
内山 双極性障害うつ病と同じで、すごく裾野が広くなっていますしね。
宮岡 そうそう。いま、私も言おうと思っていました(笑)。バイポーラ―Ⅱ(双極Ⅱ型障害)が入って、ますますややこしくなっていますよね。
内山 それに加えて、アメリカでここ十五年ぐらい子どもの双極性障害が大変話題になっていることが原因だと思います。
僕は反対なのですが、アメリカでは一日のなかで気分変動があると双極性障害との診断をつける先生が多いのです。でも、いくら子どもでも一日のなかで変動するようなことは、そんなにないと思います。バイポーラ―なら症状の消失は何週間単位のはずですよね。
宮岡 いまは時間単位でバイポーラーなんですね(笑)。
内山 時間単位なんておかしいと僕は思うのですが。
宮岡 そうですね。「製薬会社が薬を売るために、子どもの双極性障害をつくった」と言う先生もいます。
内山 アメリカで双極性障害がはやり出したのは二十年ぐらい前ですが、そのときから急に子どもの双極性障害が増えて、ADHDとの鑑別が話題になりました。大人の精神科領域に双極Ⅱ型障害が入ったのは何年ぐらい前ですが。
宮岡 日本でよく言われるようになったのは、ここ四~五年ですね。
内山 そうですよね。双極Ⅱ型障害ADHDアスペルガーというのは、かなり悩ましい問題なのです。
宮岡 典型的な躁うつ病だったら、わりあい鑑別の議論もしやすいのですが、双極性障害のほうも裾野を広げてきています。双極Ⅱ型障害というのは、抑うつ状態はあるけれども、躁は軽度の躁という人なんですよね。単極性のうつ病にも、よく見るとちょっとした躁状態があるので、双極Ⅱ型障害ではないかと診る傾向も出てきています。
内山 抑うつと軽い躁が双極Ⅱ型障害の考え方の基本の一つですが、軽い発達障害の人は情動のコントロールが苦手ですから、ちょっといいことがあるとはしゃいでしまうので、躁状態と受け取られてしまうことがよくあるのです。
宮岡 ちょっとはしゃいで行動が亢進している人を躁状態と診る先生方は、「典型的な躁状態ではない」ということに気がつかないのでしょうね。そう考えると、本当にいまの精神医学はガタガタだね(笑)。
内山 子どもの双極Ⅱ型障害が症状の判断を難しくしています。普通の双極性障害というのは躁状態が何週間や何日間も続いて、抑うつ状態が何日間か続くという長い経過をとります。でもいまは、よく聞いたらちょっとはしゃいでいる時間があった程度で「双極Ⅱ型障害かもしれない」という話になってしまう。
宮岡 だから、うつ病で受診してきた人に、「以前、お金の使い方がちょっと荒かったとか、怒りっぽかったとか、仕事がはかどりすぎるほどはかどった時期はないですか」と聞く精神科医が増えてくるわけですよ。
そうすると、患者さんによっては、「あのころはパチンコで十万円ぐらい使った」なんて話が出てくる。そうすると双極Ⅱ型障害が頭にありすぎる精神科医は「ほら、やっぱり双極Ⅱ型障害じゃないか」となる。パチンコで十万円使ったのは最近の話ではなく、過去の記憶なのだから、双極Ⅱ型障害という診断は慎重にすべきだと思うんですけどね。
「うつは心の風邪」と言って、ごく軽いうつまで抗うつ薬の適用にしてしまったように、双極性障害の治療薬を売るためにバイポーラ―Ⅱが出てきて、今度はADHDの治療薬を売るためにADHDの範囲を広げようとしているという意見もあります。医師は概念を広げて薬を売ろうという怪しげな動きにきちんと対応しないといけないですね。やはり「薬を売るために病気をつくったり増やしたりする」という警鐘は鳴らしておきましょう。
(後略)

注:i) 引用中の「バイポーラ-」は双極性の意味です。加えて、引用中の「バイポーラ―Ⅱ」は双極Ⅱ型障害(例えば資料「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の P5~P7 を参照)のことです。ちなみに精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害と診断するためには、例えば同資料の「2.双極性障害の症状を知ろう」項におけるリストアップされた軽躁の症状が4日間以上続く必要があります(P5)。詳細はこの資料を参照して下さい。 ii) この引用部を含む部分の評価が示されている、杉山登志郎著の本、「発達障害薬物療法 ASDADHD複雑性PTSDへの少量処方」(2015年発行)の 第3章 発達障害とトラウマ の「Ⅶ 発達障害うつ病」における記述の一部(P48~P49)を次に引用します。

(前略)ASDに気分障害が多い,またその家族にもやけやたら多いという事実は,発達障害に長年接しているものには周知のことであり,ベストセラーになった『大人の発達障害ってそういうことだったのか』36)にも詳しく取り上げられている。ここで指摘されている非定型的な気分障害に対して,発達障害というキーワードを挿入すると,新しい視点と対応法が開けるという指摘はまったくその通りだと筆者も思う。だがこの本で抜けている視点がある。それがトラウマの視点である。(後略)

注:i) 引用中の「ASD」は自閉スペクトラム症又は自閉症スペクトラム障害の意味です。 ii) 引用中の文献番号「36)」はここで紹介した本です。 iii) 引用中の(非定型的な気分障害に対する)「トラウマの視点」からの説明をしている本の例は、標記本 *36です。一方、引用中の「非定型的な気分障害」に関連する親の「双極性障害類似の気分の上下」について、杉山登志郎編集の本、「発達障害医学の進歩28 発達障害とトラウマ」(2016年発行)中の、杉山登志郎著の文書「発達障害とトラウマ 総論」の 発達障害とトラウマの複雑な関係 の「7 親の側の気分障害の存在と被虐待の既往」における記述の一部(P5)を次に引用します。

7 親の側の気分障害の存在と被虐待の既往
症例を重ねるうち,この親の側に,父親にも母親にもうつ病躁うつ病を有する者が極めて多いことに気づいた.さらに親の側にもすでに,被虐待の既往が極めて多いことにも気づいた.ASD 11) および ADHD 12) において,うつ病の併存が極めて多いことはこれまでにも指摘されていた.われわれは親の側に精神科的な問題が認められた場合には積極的に親のカルテも作成し,親子併行治療を実施してきた.われわれが相談を受け,治療を行った親の側のうつ病は少ない量の抗うつ薬の服用のみで,短期間に寛解を得られる症例もあった.しかし徐々に重症例を数多く経験するようになった.このような症例こは特徴があり,親の側の被虐待の既往と,単なるうつ病ではなく,難治性の双極性障害類似の気分の上下が認められた.
被虐待の既往がある親の場合,激しい気分の変動,希死念慮,時として多重人格など,重篤な精神科的症状をもつ者が多く,当然ながら精神科での治療をすでに受けていて,しかも治療によって寛解を得た例が非常に少ないことにも気づかざるを得なかった.すでに様々な診断を受けているが,発達障害に関しては未診断で,さらにトラウマの既往に関しても,精神科においてそのことに十分に配慮された治療がなされていた者は皆無であった.彼らは発達障害の臨床像と,慢性のトラウマから来る複雑性 PTSD心的外傷後ストレス障害;Post-Traumatic Stress Disorder)の症状とを共に有していた5).(後略)

注:i) 引用中の文献番号「11)」、「12)」はそれぞれ対の論文です。 「Depression in persons with autism: implications for research and clinical care.」、「New insights into the comorbidity between ADHD and major depression in adolescent and young adult females.」 ii) 引用中の文献番号「5)」は次の本です。 「杉山登志郎発達障害薬物療法岩崎学術出版社,東京.2015」 iii) 引用中の「この親」は、あいち小児センターにおいて、この文書の筆者の治療を受けた患児の親のようです。

(c) そだちの科学 13号(2009年11月発行)中の三好輝著の文章、「難治例に潜む発達障害」(P32~P37)における記述の一部(P34)を次に引用します。

非定型発達者は本来彼らには馴染めない定型者中心社会に適用しようと、無理に過覚醒(過緊張)状態を保って現実に適応していることが多い(過覚醒状態を解除するのにも時間がかかる)。またトラウマ関連症状があると、過去の不快記憶が現在へと絶えず侵入してきて大脳を過度に興奮させてしまう。こうした脳の過覚醒(過緊張)状態の持続や異常興奮状態の頻発により、非定型発達者にはムードスウィング(軽いがサイクルの早い躁うつ様の気分の波)を伴うことが多い。

注:引用中の「ムードスウィング」に関連するかもしれない、「ASDにおける気分の変調」についてはここを参照して下さい。

(d) 資料『「境界例の理解と対応」』の Ⅲ.マネジメント の 1.診断とマネジメント における記述の一部を次に引用します。

もうひとつ事前質問でいただいた「双極Ⅱ型と誤診されることが多いのでは」ということについては,双極性障害では気分変動の理由がはっきりしない。(中略)しかし、境界例では数時間単位で気分の変動があり、その原因が対人関係である。こうした違いを告げて心理教育をすることが大切である。

注:i) この資料においては、「境界例」を境界性パーソナリティ障害の意味で使用しています。 ii) ちなみに精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害(例えば資料「https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/gakkai/shiryo/data/bd_kaisetsu_ver9-20180730.pdf:title=双極性障害躁うつ病)とつきあうために]」の P5~P7 を参照)と診断するためには、例えば同資料の「2.双極性障害の症状を知ろう」項におけるリストアップされた軽躁の症状が4日間以上続く必要があります(P5)。詳細はこの資料を参照して下さい。

(e) WEBページ「診察室」における記述の一部を次に引用します。

感情がひどく不安定。2、3時間から2、3日にわたって、不安・いらいら・不快感が続く。このため「躁うつ病」と思われていることもある。

注:ちなみに精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害(例えば資料「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の P5~P7 を参照)と診断するためには、例えば同資料の「2.双極性障害の症状を知ろう」項におけるリストアップされた軽躁の症状が4日間以上続く必要があります(P5)。詳細はこの資料を参照して下さい。

(f) 「こころの科学 185号(2016年1月)」の特別企画「パーソナリティ障害の現実」中の野間俊一著の文書「境界性パーソナリティ障害気分障害か?」(P49~P57)より二つの記述の一部(P51)をそれぞれ次に引用します。

境界性パーソナリティ障害双極性障害の関係(中略)

境界性パーソナリティ障害の気分不安定に対する気分安定薬の有効性について、十分な実証的統計研究は知られていない(3)。実際に気分安定薬が処方されているのは境界性パーソナリティ障害の約二割といわれ、気分安定薬が有効そうだというデータはあるものの結果にかなりばらつきがある。結局、境界性パーソナリティ障害に対して気分安定薬を処方することについて、米国のガイドラインでは患者の感情調節不全に対する第二選択の治療法とされ、英国のガイドラインでは推奨されていない。臨床感覚としては、気分安定薬がそれなりに有効な患者がいることは事実だが、薬物効果の根拠は乏しいようである。
境界性パーソナリティ障害双極性障害とは重なり合うのではなく似て非なるもの、一見境界性パーソナリティ障害に見えるけどじつは本質的にまったく別な双極性障害だという症例が存在する、だからこそしっかり鑑別診断を行うべし、という考え方も当然あるだろう。自己破壊的な衝動行為が目立っているが、軽微な気分変動を見極めることで隠された双極性障害を見つけ出すことさえできれば、そのような症例には気分安定薬がしっかりと効くはずだ、というわけである。

注:引用中の文献番号「(3)」は、次の論文です。PubMed では Abstract が表示されませんが。「Are mood stabilisers helpful in treatment of borderline personality disorder?

気分変動と対人関係
衝動性の亢進した状態を躁状態とみなすかどうかの判断は、このようになかなか難しいことなのだが、この点以外でも、境界性パーソナリティ障害では双極性障害のような気分変動がみられるという点も、両疾患概念の鑑別を困難にしている。ただし、境界性パーソナリティ障害の気分の波は比較的周期が短く、数週間あるいは数日で躁とうつが切り替わる傾向がある。それは、境界性パーソナリティ障害の気分が、対人関係のあり方に敏感に反応するためである。つまり、双極性障害は脳の機能不全により気分の周期的な波が生じるが、境界性パーソナリティ障害では他者との交流が密になり対人関係が揺れ動くときに一見躁的な焦燥感が現れ、対人関係を置いて孤立した状態のときに抑うつ的な引きこもり状態になることが多い。

(g) 林公一著の本、「擬態うつ病新型うつ病 実例からみる対応法」(2011年発行)の 五章 境界性パーソナリティ障害 の「Case 12 解説 境界性パーソナリティ障害」における記述の一部(P115)を次に引用します。

⑥ムードスイング(顕著な気分反応性による感情不安定性)
感情の不安定さは、境界性パーソナリティ障害の大きな特徴です。些細なことで突如としてこの不安定さが現れ、興奮したり、暴力的になったり、自己破壊的になったりします。「躁うつが激しい」と表現することもできるのですが、躁うつ病とは全く違ったものです。最も大きな違いは、気分が突然変動しているように見えても、境界性パーソナリティ障害ではそのきっかけに①の「見捨てられ不安」があるということです。

注:i) 引用中の『①の「見捨てられ不安」』については以下の引用を参照して下さい。ちなみに、「見捨てられ不安」に関しては、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。

「Case 12 解説 境界性パーソナリティ障害」における記述の一部(P111)を次に引用します。

①見捨てられ不安としがみつき(現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする、なりふりかまわない努力)
これが境界性パーソナリティ障害の最も中心的な症状であるともいえます。つまり、境界性パーソナリティ障害に見られる多くの症状は、この見捨てられ不安がもとになっていると考えられます。(後略)

(h) 岡田尊司著の本、『パーソナリティ障害がわかる本 「障害」を「個性」変えるために』(2014年発行) の 第2編 パーソナル障害のタイプ――特徴、診断、背景、対処と克服など の (1)境界性パーソナリティ障害 の「③めまぐるしい気分の起伏」における記述の一部(P114~P115)を次に引用します。

両極端で変勤しやすい傾向は、気分や感情の面でも顕著です。調子がよく希望に溢れ、すべてがすばらしく思えるときと、調子が悪く悲観的で、すべてがダメに思えるときとの差が大きく、めまぐるしく入れ替わるのが特徴です。
気分が沈むだけでなく、イライラや不安が強い状態もよく見られます。同じ気分が数日以上持続することは少なく、小さな起伏や変動が生じやすいのです。こういう気分の起伏をムード・スウィングと言います。また、基本的には気分は沈みやすい傾向が見られ、本格的なうつ状態を伴うこともあります。(後略)

注:ちなみに精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害(例えば資料「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の P5~P7 を参照)と診断するためには、例えば同資料の「2.双極性障害の症状を知ろう」項におけるリストアップされた軽躁の症状が4日間以上続く必要があります(P5)。詳細はこの資料を参照して下さい。

(i) 岩波明著の本、「大人のADHD -もっとも身近な発達障害」(2015年発行)の「図表6-3 ハロウエルらの診断基準」における記述の一部(P146)を次に引用します。

15. 気分が変わりやすい:2、3時間の感覚でさしたるさしたる理由もなく気分が変わりやすくなることがある。

注:i) この図表全体の引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「2、3時間の感覚で」は誤りで、「2、3時間の間隔で」が正しいのかもしれません。 iii) ADHDに対する「ハロウエルらの診断基準」は国際的な診断基準ではありません。国際的な診断基準の例は次のWEBページを参照して下さい。「注意欠如・多動性障害 - 脳科学辞典」の「診断・鑑別診断」項 iv) ちなみに精神疾患の診断・統計マニュアル「DSM-5」によると、双極Ⅱ型障害(例えば資料「双極性障害(躁うつ病)とつきあうために」の P5~P7 を参照)と診断するためには、例えば同資料の「2.双極性障害の症状を知ろう」項におけるリストアップされた軽躁の症状が4日間以上続く必要があります(P5)。詳細はこの資料を参照して下さい。

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≪余談3≫メンタライジング・アプローチについて

メンタライジング・アプローチに関する一部分を複数の引用により以下に示します。ちなみに、a) 本余談では引用中の引用文献の注による紹介を省略する場合があります。 b) メンタライジングの説明は(g)項に示します。

(a) 「よそ者的自己」と投影同一視
上地雄一郎著の本、「メンタライジング・アプローチ入門 愛着理論を生かす心理療法」(2015年発行)の 第4章 メンタライジングの発達 の「4 愛着トラウマとメンタライジングの機能不全」における記述の一部(P148~P150)を次に引用します。

安定した愛着関係がメンタライジング能力を育てるのに対して,愛着関係において生じるトラウマ(愛着トラウマ)はメンタライジング能力を台無しにしてしまいます。その最たるものは,子どもの愛着を無秩序型にしてしまう親のあり方であり,そこには不適切な養育(maltreatment),つまり虐待とネグレクトが含まれます。(中略)

親の不適切な養育は,子どもにメンタライジング能力の機能不全を含む発達的欠損をもたらします。とくに虐待を受けた子どもたちは,メンタライジングの認知的側面,例えば心の理論課題において機能障害を示すだけでなく,情動的側面にも機能障害を示します。Fonagy と共同研究者たち(Fonagy et al., 2007)によれば,虐待を受けた子どもたちには,次のような特徴があります。

①他の子どもたちの苦痛に共感的反応を示す可能性がより低い。
②より情動の調整が欠けた行動を示す。
③内的・情動的状態について語る頻度がより低い。
④情動の表出を理解することが困難である。

不適切な養育における親子の関係をより細かく検討すると,以下のようなプロセスが見えてきます。まず,不適切な養育を行う親からは,子どもが自分の精神状態を知るために重要な随伴的・有標的なミラリングは返ってきません。子どもの精神状態は,ありのままに理解されることはなく,親の投影と歪曲に基づいて理解されます(Slade, 2005)。しかも,親は,自分自身の憎しみや恐怖をそのまま子どもに表出します。子どもは,親の応答の中に自分自身の精神状態の表象を見ることはできず,親自身の精神状態を見ることになります。その結果,子どもは,このような親のイメージを自己表象の一部として内在化してしまいます。この自己部分は,本来的な自己に属さない異物であり,Fonagy はこれを「よそ者的自己」(alien self)と呼びます(Fonagy et al., 2002; Bateman & Fonagy, 2004)。この内在化は,「攻撃者との同一化」(A. Freud, 1936)に似た機制です。よそ者的自己は,虐待者の精神状態のイメージが自己表象の中にあたかも植民地のように存在することです(Bateman & Fonagy, 2004)。虐待者をよそ者的自己として内在化すると,自分自身の中に自分に対して虐待的(迫害的)な部分があることになります。よそ者的自己は,例えば自傷行為や自殺企画などとして姿を現します(Allen et al., 2012)。また,よそ者的自己は苦痛の源ですから,心はそれを投影同一視によって自己の外に出そうとします。投影同一視の対象とされた人は,投影者の苦痛を代理的に体験させられることになります。ですから,よそ者自己を抱える人には,投影同一視の受け皿になってくれる他者が必要であり,そのような他者への依存は嗜癖的なほど激しいものとなります。この依存は,不安定な愛着につきものの行動のように見えますが,実際には,投影同一視の受け皿を求める疑似愛着であると,Fonagy たちは考えています(Fonagy et al., 2012, p.33)。心理療法においては,セラピストがクライエントの投影同一視の受け皿になるわけですが,そのようなときにセラピストには,怒り・憎しみ,無力感・無価値観,恐怖・心配,恨み,患者を救いたいという衝動などが体験されます(Fonagy et al., 2012, p.33)。さらに、よそ者自己を抱えている人は,自己の中に亀裂があり,自己がまとまりを欠いているので,自己を統制している感覚が持てず,自己統制感を得ようとして他者に対して統制的・支配的になると考えられます。(後略)

注:i) 引用中の「不適切な養育(maltreatment)」に関連する「マルトリートメント」については、資料「シンポジウム 子どもに対する体罰等の禁止に向けて」中の友田明美氏による基調講演「厳格な体罰や暴言などが子どもの脳の発達に与える影響」(P4~P5)を参照して下さい。 ii) 引用中の「ミラリング」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から(f)項を参照して下さい。 v) 引用中の「愛着」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

さらに、投影同一視について、平井孝男著の本、「境界例の治療ポイント」(2002年発行)の 第七章 境界例の主要特徴 の「●投影同一視について」項における記述の一部(P130~P134)を次に引用します。

●投影同一視について
a. 投影同一視(神秘的融即(27))について
▼次に投影同一視について説明してください。
――投影同一視は、分裂機制とセットになって作動することが多いのですが、定義では「分裂した自己のよい側面または悪い側面のいずれかを、外界の対象に投影し、その投影された自己の部分とそれを受けた外界の対象を同一視する」機制であるとされています。
▼もう少しわかりやすく説明できませんか?
――「自己の願望や衝動や怒り、絶望などを対象に投射し、それを対象の側のものとして認知し、それに対応することで自分の願望や衝動や敵意を支配しようとする」ともいえます。つまり、相手の気持ちを勝手に先取りして満たしてしまうとか、自分が敵意をもっているとき、相手が自分のほうに敵意を向けていると被害的に解釈し、その被害感を相手に向けるといったようなことです。
▼そうすると、患者の相手にたいする期待感、被害感などには、この投影同一視が入っていると考えられるのですね?
――もちろん、そういうことです。
▼この投影同一視を段階に分けて説明してくれますか?
――一応三段階に分けてみましょうか。
①自分の怒りや絶望(悪い側面)を家族(治療者など)に向ける。
②その結果、両親像や治療者像は極端に悪いものになる。
③自己と対象(両親や治療者など)を同一視するために、自分や自分のなかの怒りや絶望を放っておけないとき、自己を処罰したり自己に絶望するかわりに、対象を攻撃したり、非難する。
つまり自分で葛藤したり悩んだりできないので、それをまわりに移しかえるということです。だから、「苦の移しかえ」といってもいいかもしれません。
▼結局、自分の気持ちと他者の気持ちが区別できていないんですね?
――そういうことになります。重症の境界例になると、そもそもそういう区別が大事であるということすら理解させにくい場合があります。
▼ついでに投影と投影同一視の違いを教えてくれませんか?
――投影は、自分の心の内面を、対象(他者や物など)に投げ入れるということですが、たいていは、投影して(投げ入れて)それで終わりとはならずに、その投影したものを、気にしてしまう、つまり同一視してしまう傾向が少しはあるんです。そして、投影だけでなく、同一視の傾向が強ければ強いほど、投影同一視と呼ばれるのです。
▼そうすると、投影と投影同一視は連続的なもののような感じがしたんですが、それはどうでしょうか? それと投影ってきわめて自然に起きる現象ですよね。たとえば、ある花を見てきれいだと思ったり、ある人を見てこわいと感じたりするのも、自分の主観的気持ちを、対象に投げ入れているわけでしょ。そうすると、投影というのはごく自然な営みだと思われるのに、なぜ病的扱いされることが多いんですか?
――もっともな疑問だと思うので、例をあげて答えたいと思います。まず第一例として、ある人が相手にたいして怒りの感情をもっているとき、それが相手に投影され、相手のほうが自分に怒りを向けてきているんだと感じたとします。しかし、そのとき「怒りを向けられることがあっても、それは人間社会で生きているとありがちなことなのでまあいいだろう。自分はそんなことにとらわれずにもっと大事なことをしよう」と考えられると、それは投影ではあっても、そんなに対象にこだわっていませんから、投影同一視とはいえないわけです。それにこの程度だと自分もそう苦しまないし、まわりにもそう迷惑をかけることもないので、健康な投影といえるわけです。
次に第二例ですが、これが第一例のようにならずに「自分は相手から怒りを向けられている。こわくてしかたがない。このこわさや相手からの怒りがなくならないと、どうにもならない」と考えさせられてしまって、相手に対する恐怖感や被害感や被害妄想を訴え出したりすると、病的と呼ばれる状態になり、この場合は、投影同一視がかなり働いているといえるわけです。というのは、相手に押しつけた怒りと自分の気持ちを同一視してしまうために、相手からの怒りを放っておけなくなってしまうからです。
さらにもっとひどくなった第三例をあげると、「自分は相手から怒りを向けられ、嫌われている。自分はそれに耐えられない。相手(たとえば家族や治療者)に文句を言って謝ってもらうなり、責任を追及したいし、相手の本心を聞きたい」と、しつこく相手につきまとい、相手を追求しつづけたりすると、この投影同一視はかなり激しいということになります。境界例の投影同一視は、この三例目にあたることが多いのです。(中略)

▼こういうふうに、病的な投影や不健全な投影同一視になっていくのは、自分と他者(相手)の気持ちをそれぞれ区別して認識できていないということが原因としてあげられるようですね。
――そうだと思います。区別・認識が弱いほど、自他の感情が融合され、投影同一視と呼ばれる現象が起きてくるのでしょう。(後略)

注:引用中の「(27)」の参考・引用文献として、同本の P349 に次のように記述されています(【 】内)。【もともと人類学者のレヴィ-ブリュールが言った participation mystieque のこと。神秘的関与ともいう。ユング『変容の象徴』(野村美紀子訳、筑摩書房、一九八五)を参照のこと。】

(b) メンタライジング以前の心のモード
本、同章の「5 メンタライジング以前の心のモード」における記述の一部(P151~P152)を「表 4-1」を含めて次に引用します。

ある精神状態についての表象が元の精神状態から切り離されて二次的表象として使用されるようになり,さらに,その表象についての表象(メタ表象)を保持することができるようになるときに,メンタライジングが可能となります。つまり,ある精神状態を思い浮かべ,しかもその精神状態の性質,意味,原因などについて考えることがメンタライジングです。そして,メンタライジングにおいては,対象となる精神状態はある現実に向けられたものであり,その現実は現実自体ではなく,心が捉えた現実であることが前提となっています。しかし,メンタライジング能力が乏しいとか一時的に失われている場合には,上に述べたような認識が失われ,メンタライジング以前の認識モードが登場します。これが先に紹介した「心的等価モード」「ふりをするモード」「目的論的モード」です(Bateman & Fonagy, 2004; Allen & Fonagy, 2006; Fonagy, 2008)。表 4-1 に,それぞれのモードの概要を示します。

表 4-1 体験のモード
心的等価モード(psychic equivalence mode):心=外的現実。心を現実の表象からなるものとして認識することができないため,心で思ったことがそのまま外的現実でもあると体験される。例えば,夢,フラッシュバック,パラノイド的妄想にみられるように,精神状態がそのまま現実として体験される。

ふりをするモード(pretend mode):心を外的現実から分離したものとして認識しているが,現実と柔軟に結びつけることができず,空想,観念,概念,当為などの世界に入り込み,現実との接点を見失う。知性化や心理学用語濫用などとして表れる。

目的論的モード(teleological mode):メンタライズされれば欲求や感情として認識されるはずの身体的喚起状態が行為の形で表出される。言葉ではなく,行為と,その有形の効果がだけが重要である。行動化や自傷行為などにおいてみられる。

メンタライジング・モード(mentalizing mode):行為は,精神状態と関連づけられて理解される。そして,精神状態は,外的現実を反映しているが外的現実とは分離しているものとして認識され,多重的な複数の見方で捉えることができるものとなる。

注:i) 引用中の「心的等価モード」、「ふりをするモード」及び「目的論的モード」に対し、それぞれ(c)(d)及び(e)項でより詳細に示します。 ii) 引用中の「表 4-1」は本引用において表示形式を変更しています。最初にモード名を示し、次に説明を示します。 iii) 引用中の「メンタライジング」、「表象」はそれぞれ(g)項、(h)項を参照して下さい。 iv) 引用中の「フラッシュバック」に関しては他の拙エントリの「リンク集」を参照して下さい。

(c) 心的等価モード
本、同章の 5 メンタライジング以前の心のモード の「(1) 心的等価モード(psychic equivalence mode)」における記述の一部(P151~P153)を次に引用します。

2~3歳の子どもは,自分の心を真に表象的なものとしては経験できず,自分の考え,感情,願望などが心の一部なのだという認識には到達していません。そのため,心で思ったことがそのまま外的現実でもあると思い込むことがありますが,これが心的等価モードです。成人においても,メンタライジング能力が低い場合やメンタライジングが失われたときに出現することがあります。心的等価モードは,対象関係論において妄想-分裂的思考や象徴的等価(Segal, 1957)と呼ばれる現象と重なります。例としては,妄想的認知やフラッシュバックがあげられます。フラッシュバックに苦しむ人がトラウマとなった経験について考えることを回避するのは,それを考えるだけでそれが再現されるように思うからです。より日常的な現象としては,根拠なしに,あるいはわずかな根拠から下した判断を絶対に正しいと確信し,代替的見方を考慮することができないような場合も心的等価です。
心的等価モードにおける認識の内容は,ネガティヴなものだけに限定されません。例えば,クライエントがセラピストに対して「先生は,今まで会った中で最高の人です。専門家としてだけでなく,家庭でも理想的な夫であり,父親だと思います」と確信を持って語り,明確な根拠をあげることができないとすれば,この過度にポジティヴな認識も心的等価モードの可能性があります。

注:i) 心的等価モードの例は、次に引用するように他の拙エントリのここに示されています。すなわち、代替的見方、例えば「隣家は育てている農産物を害虫から守るために、農薬を撒いている」が考慮できていないからです。 ii) 引用中の「メンタライジング」については(g)項を参照して下さい。 iii) 引用中の「フラッシュバック」については他の拙エントリの「リンク集」を参照して下さい。 iv) 引用中の「表象」については(h)項を参照して下さい。

隣家が農薬を撒いて嫌がらせをしている

(d) ふりをするモード
本、同章の 5 メンタライジング以前の心のモード の「(2) ふりをするモード(pretend mode)」における記述の一部(P153~P155)を次に引用します。

幼い子どもは,空想すること(ふりをすること)と現実に関与することとを同時に行うことができません。先にあげた事例ですが,椅子を戦車に見立てて遊んでいた子どもが「これは椅子,それとも戦車」と聞かれると遊びをやめてしまったように,「椅子でありながら戦車である」と聞かれると遊びをやめてしまったように,「椅子でありながら戦車である」という体験様式が困難だということです。ですから,幼い子どもの空想(ふり)の中では外的現実とのつながりが失われます。これが「ふりをするモード」です。Bateman & Fonagy(2004, p.70)によれば, Freud(1924)が「現実の外的世界から分離された次元」と呼んだものや,Britton(1992)が「現実から保護された思考の領域……一部の人々が人生の大半をそこで費やす場所」と記述したものも,ふりをするモードと重なります。ふりをするモードを生きている人として筆者が思い浮かべるのは,セルヴァンテスの小説の主人公ドン・キホーテです。彼は騎士道小説を読むことに没頭するうちに空想と現実の区別がつかなくなり,ラマンチャの騎士キホーテ卿と名乗り,従者のサンチョ・パンザを従えて旅に出ます。(中略)

ふりをするモードの臨床的実例としては,「知性化」(intellectualization)と呼ばれてきた現象があげられます。知性化においては,人は観念や抽象的概念の世界に入り込み,外的現実との接触が失われます。例えば,心理学や精神分析の書籍をたくさん読み,そこに書かれている概念を用いて自分の経験やパーソナリティを解釈し,自分についての物語を創り上げるクライエントのことを考えてみましょう。そのような自己物語においては,過去または現在の体験が専門用語で意味づけられてしまい,他の解釈の余地が残されていません。そして,クライエントは理論整然と語るのですが,その語りには実感が伴っておらず,皮相的な感じが拭えません。セラピストが,この語りを洞察と勘違いして同じレベルで応じ続けると,二人ともふりをするモードに陥ります。そのような場合,見た目には心理療法的作業が行われているようですが,実質的な変化が起きることはありません。
知性化と似ていますが,少し異なる例として,「~しなくてはならない(してはならない)」とか「~すべきである(すべきでない)」といった行為にとらわれるために精神状態の認識が貧困化する人たちがいます(Bateman & Fonagy, 2006)。この人たちにおいては,自己と他者の精神状態は,この行為(あるべきことやなすべきこと)に沿って理解されます。例えば,すべきであることができないのは「弱いから」「努力が足らないから」「甘えているから」などのように理解され,「できない」という状態を引き起こす精神状態がありのままに認識されることはありません。
Horney(1950)は,このようなあり方を「べきの専制」(the tyranny of the should)と呼びました。Horney(1950)によれば,この傾向がみられる人は,理想化された自己を現実化できると思っており,自分の感情を見つめることよりも,自分で作り上げた完璧なイメージに注意を奪われています。そして,このような理想化された自己はまったく空想的な性質のものであると,Horney(1950)は述べています。
子どもにみられる次のような現象も,「ふりをするモード」で説明することができるでしょう。筆者が臨床の場で出会う事例ですが,知的障害や発達障害のある子どもが空想の世界に入り込み,それを現実と折り合わせることが難しくなっている場合があります。発達障害と知的障害のある小学生のA子は,空想の世界で友人や教師と関わっています。彼女は一日の大半を空想の世界で過ごしており,現実場面でも空想の世界のストーリーのままに他者に話しかけることがあり,そのようなとき,話しかけられた人は何のことかわからず,応答に困るのです。A子が置かれている現実状況を考えると,空想の世界に住むことの適応的意味を否定することはできませんが,周囲にいる者としては,現実世界との接触を有意義に感じてもらえるような働きかけをしないではいられません。

注:引用中の「メンタライジング」は、(g)項を参照して下さい。

(e) 目的論的モード
本、同章の 5 メンタライジング以前の心のモード の「(3) 目的論的モード(teleological mode)」における記述の一部(P155~P156)を次に引用します。

これは,心についての目的論的理解の段階の体験様式が再出現したものです。目的論的理解の段階は言語が獲得される以前の段階であり,この段階では,人の行動には目標があるということは認識されますが,その目標は観察可能なものに限定され,精神的なものとして認識されることはありません。ですから,このモードにおいては,願望や感情のような精神状態は,精神状態として認識されず,直接的に行為として表出されます。その行為を引き起こした精神状態は,行為の後に行為から間接的に推測されるにとどまります。
従来の概念で「行動化」と呼ばれる現象は,目的論的モードの現れです。例えば,心理療法でクライエントのセラピストに対する怒りがメンタライズされず,語り合われずに終わり,その後,クライエントが家族と口論し,家族に暴力を振るったという場合に,メンタライズされていない怒りが家族への暴力として表出されているのであれば目的論的モードでの行動化ということになります。親が子どもに対して行う身体的虐待や性的虐待も,目的論的モードの行為です。虐待行為においては,それを引き起こす精神状態がメンタライズされないまま,行為の完遂のみが目的化しています。親からの目的論的モードでの衝動的行為に曝され続けた子どもは,メンタライジング能力を育てることができず,自分自身も,他者の心を変えようとする際に目的論的モードで行動しがちになります。つまり,身体的行為,脅かし,誘惑といった手段を用いるしかなくなるということです。(後略)

注:i) 引用中の「行動化」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「境界性パーソナリティ障害」 ii) 引用中の「メンタライジング」は、(g)項を参照して下さい。

(f) 情動
:標記情動はここにもあるように4つの考え方があり、情動の見方も次やここ等にもあるように複数あると本エントリ作者は考えます。以下の「メンタライジングと情動・感情との関わり」についての引用や、情動学シリーズ(参照)の複数の本における引用をはじめとして、様々な本における引用も無批判にそのまま行っていますが、これらの引用に整合性がない可能性は高いと本エントリ作者は考えます。なお、(i) 情動(又は感情)の定義と用語は、各理論により異なっている例について、「心理学的構成主義」(又は「構成主義的情動理論」[他の拙エントリのここを参照])の視点から、同中の脚注★2における記述の一部(P196)を次に引用します。 『感情の定義と用語は,現在でも各理論により異なっており,合意が形成されていない。例えば Damasio(1999)の理論では,コア・アフェクトに相当する現象を情動(emotion)と呼び,それが意識化された現象を情感・情緒(feeling)と呼ぶ。』(注:a) この引用部の著者は大平英樹です。 b) 心理学的構成主義(又は上記「構成主義的情動理論」)の視点からの引用中の「コア・アフェクト」についてはここ及び他の拙エントリのここの (vii) 項を参照して下さい。 c) 引用中の「Damasio(1999)」については下記注の 2) 項を参照して下さい。) 加えて Damasio(1999)の理論の視点から上記引用と類似した感情の定義と用語に関する記述について、同の 9章 感情の脳科学 の「1節 はじめに:感情の神経科学的アプローチ」における記述の一部(P178)を次に引用(【 】内)します。 【研究者や分野によってその定義はやや異なっているが,その当人にしかわからない主観的な側面を表す場合に感情(feeling)という語を用い,外部から観察可能な反応(自律神経系の活動変化,その他の身体的変化や感情が生じている際に示す行動)の集合体を指す場合に情動(emotion)という語を用いる,とする考え方がある(Damasio, 1994, 1999; 山鳥, 2008)。】(注:1) この引用部の著者は柳澤邦昭、阿部修士です。 2) 引用中の「Damasio, 1994, 1999」はそれぞれ次の本です。 「Damasio, A. R. (1994). Descartes' error: Emotion, reason and the human brain. New York: Putnam.」、「Damasio, A. R. (1999). The feeling of what happens. New York: Harcourt.」 3) 引用中の「山鳥, 2008」は次の本です。 「山鳥重(2008).知・情・意の神経心理学 青灯社」) (ii) 引用はしませんが感情に関連する用語について、「feeling, emotion, passion, sentiment などすべてを含意する語として,英語では affective という形容詞が使われることが少なくない」ことについては、同の 1章 感情の定義と理論 の 2節 感情概念のパースペクティブ の「2. 用語の問題」項(P7)を参照して下さい。

標記情動についての資料「情動」、「情動を生み出す「脳・心・身体」のダイナミクス:脳画像研究と神経心理学研究からの統合的理解」及びWEBページ「情動 - 脳科学辞典」があります。一方、同の 第2章 メンタライジングとは何か の 3 メンタライジングの特質と次元 の「(4) 情動のメンタライジング」における記述の一部(P35~P36)を次に引用します。

メンタライジングと情動・感情との関わりを考える前に,まず情動と感情という用語の相違を明確にしておきます。本書では,「情動」は英語の "emotion" の訳語であり,「感情」は "affect" の訳語です。情動と感情という用語の使い分けは必ずしも統一されているわけではありませんが,日本の心理学では従来から "emotion" =「情動」,"affect" =「感情」と訳し分けられています。英語の心理学辞典で "emotion" を引いてみると,例えば "APA Dictionary of Psychology (2007)" (邦題:APA心理学大辞典)では,「人が個人的に重要な事柄や出来事を処理しようとする際に生じる複雑な反応パターンで,体験的,行動的,生理的な諸要素を含むもの」と定義されています。それに対して,"affect" は「感情(feeling)または情動についての体験」と定義されています。他の事典をみても,"emotion" は神経生理学的反応などを含む広い概念であるのに対して,"affect" については体験(experience)や表出(evacuation)の面が強調されています。Fonagy と共同研究者たち(Allen et al., 2008)も,"emotion" の体験的側面を "feeling" または "affect" と呼ぶとしており,「情動は,認知的評価,生理学的喚起,行為傾向,(例えば,姿勢や表情における)運動的表出…を伴っている」(Allen et al., 2008, pp.59-60)と述べています。そこで,本書でも,情動は神経生理的,行動的,体験的な側面を包括する用語として用い,感情は情動がより体験化・表象化された場合を指す言葉として使用することにします。

注:i) 引用中の「情動」については次のWEBページを参照して下さい。 「情動 - 脳科学辞典」 加えて、この「情動」に関連する概念のまとめとしては、次の資料を参照して下さい。 「情動を生み出す「脳・心・身体」のダイナミクス: 脳画像研究と神経心理学研究からの統合的理解」 ii) また、参考として、a) 情動学の視点からの「情動」については、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の「情動学シリーズ 刊行の言葉」における記述の一部を以下に引用します。 b) 最も基本的な情動については、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の 1.快楽と恐怖の起源 の 1.1 快楽とは何か? 恐怖とは何か? の『b.「快楽」とは』における記述の一部(P3)を以下に引用します。 c) 情動と認知バイアスの関係については、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の 1.快楽と恐怖の起源 の 1.4 快楽と恐怖から人間を考える の「b.情動と人間理解」における記述の一部(P30)を以下に引用します。 iii) 情動をめぐる哲学的問題の射程の大きさについては、信原幸弘著の本、「情動の哲学入門 価値・道徳・生きる意味」(2017年発行)の「あとがき」における記述の一部(P249~P250)を引用します。 iv) 認知療法の視点からの「両極端な判断」と情動の関係について、加藤忠史著の本、「臨床脳科学 心から見た脳」(2018年発行)の 第Ⅰ部 臨床心理と脳 の「第2章 認知療法と脳」における記述の一部(P11~P13)を以下に引用します。 v) ちなみに、化学物質不耐症(Chemical intolerance)における情動調節については、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、化学物質過敏症において「健康な方であればほとんど気にならない、影響を受けないような化学物質の量でも、非常に強い情動反応が出てしまう」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症」の P29 さらに、「Skovbjergらは,情動の統制能力との関連の検討から,突発性環境不耐症(IEI)の程度と負の感情反応,自己防衛意識および一体感覚の困難との強い相関を見いだして感情反応の影響を示唆した」ことについての記述が次の資料にあります。 「突発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷」の「考察」項(P112)

情動学(Emotionology)とは「こころ」の中核をなす基本情動(喜怒哀楽の感情)の仕組みと働きを科学的に解明し,人間の崇高または残虐な「こころ」,「人間とは何か」を理解する学問であると考えられています.これを基礎として家庭や社会における人間関係や仕事の内容など様々な局面で起こる情動の適切な表出を行うための心構えや振舞いの規範を考究することを目的としています.これにより,子育て,人材育成および学校や社会への適応の仕方などについて方策を立てることが可能となります.さらに最も進化した情動をもつ人間の社会における暴力,差別,戦争,テロなどの悲惨な事件や出来事などの諸問題を回避し,共感,自制,思いやり,愛に満たされた幸福で平和な人類社会の構築に貢献するものであります.このように情動学は自然科学だけではなく,人文科学,社会科学および自然学のすべての分野を包括する総合科学です。

注:この引用部の著者は小野武年です。

b.「快楽」とは
ルネ・デカルト(Renés Descartes)の『情念論』以来,数多くの情動理論が作られた.いったい動物には何種類の基本情動があるのか,それらはお互いにどのような関係にあり,どういう構造を作っているのか? それはいまだにわからない.
しかしどのような情動理論でも必ず想定している軸,あるいは次元がある.それが「快」と「不快」である.じっさい,これらは我々の体感からしても最も基本的な情動である.(後略)

注:i) この引用部の著者は廣中直行です。 ii) 引用中の「快」と「不快」については、共に次のWEBページを参照して下さい。「快・不快 - 脳科学辞典」(注:ちなみに、 a) このWEBページ中には、接近と逃避についての次に引用[『 』内]する記述があります。 『快・不快は行動を理解するための最も基本的な心的属性の1つであり、快をもたらす刺激には接近するが、不快をもたらす刺激からは遠ざかろうとする。たとえば、お腹が減っているときには食べ物を欲し(欲求が生じる)、食べ物を得るための行動(接近行動)を動機づける。そして、食べ物の摂取により欲求は満たされるが、このときに快の情動を経験する。一方、不快な情動には恐怖や不安がある。恐怖は何らかの刺激(不快刺激)に対して防御反応を示した場合の内的な状態と仮定される。一方、不安は、その情動を引き起こす対象が漠然としている場合の内的状態と定義される。』 b) 一方、引用中の「快」と「不快」における神経科学研究について、菊水健史、渡辺茂編集の本、「情動の進化 動物から人間へ」(2015年発行)の 5.情動脳の進化:さまざまな動物の脳の比較 の「5.3 ヒトの情動脳」における記述の一部(P141)を以下に引用[『 』内]します。 『神経科学研究では,特に快(喜び)については報酬系,不快(恐怖)に関しては辺縁系の仕事が多くなされてきた.』〔注:1) この引用部の著者は篠塚一貴、清水透です。 2) 引用中の「報酬系」に関連する「報酬探索」については例えば次の資料を参照して下さい。 「報酬探索の神経機構と快情動」 3) 上記情動脳及び引用中の「辺縁系」に相当する「大脳辺縁系」については他の拙エントリのここと拙エントリのここ[特にここにおける引用の「脳――下から上へ」項]を参照して下さい。〕)

情動学シリーズ 刊行の言葉

(中略)いまや,情動を理性の下位に置く,ということは行われない.しかし,ときに「我々は不合理な行動をする」という言い方で,情動にとらわれた行動がいかに理知的な功利計算から逸脱したものであるかが話題になることはある.それを「認知のバイアス」などといったりするが,そのバイアスにこそ人間の人間らしい(動物らしい)特徴があらわれているのだろう.(後略)

注:i) この引用部の著者は廣中直行です。 ii) ヘルスリテラシーの視点からの引用中の「認知のバイアス」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「意思決定での勘や経験の落とし穴」 加えて消費者のリスク認知バイアスの視点からの引用中の「認知のバイアス」については、例えば次の資料を参照して下さい。「リスクコミュニケーションのパラドックス」 その上に室内環境汚染のリスクコミュニケーションとしての認知バイアスの視点から、マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の 9.2.1. リスク認知の特徴  の「認知バイアス」項(P173~P174)を参照して下さい。さらに偽ニュースの拡散に影響する認知バイアスの視点からの認知バイアスのリストについて、笹原和俊著の本、「フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論プロパガンダのしくみ」(2018年発行)の 第2章 見たいものだけ見る私たち の「コラム3 認知バイアス・コーデックス」における記述の一部(P61)を次に引用します。

偽ニュースの拡散に特に影響する認知バイアスとして、「確証バイアス」などを取り上げました。これ以外にも数多くの認知バイアスが知られており、それらはさまざまなかたちで偽ニュースに関係すると考えられます。

企業家のバスター・ベンソンは、英語版ウィキぺディアに掲載されている約一八〇種類の認知バイアスを、機能や類似点に基づいて整理し、問題ごとに二〇種類に分類しました。さらに、これらを本文でも紹介した四つの大きな分類(情報過多、意味不足、時間不足、記憶容量不足)にまとめ、認知バイアスのリストを作成しました。

これはあくまでも便宜的な分類で、科学的には、認知バイアスの機構や機能、発達や進化を明らかにしたうえでまとめる必要があります。(後略)

注:i) 引用中の「英語版ウィキぺディアに掲載されている約一八〇種類の認知バイアス」については次の Wikipedia を参照して下さい。 「List of cognitive biases」 ii) 引用中の「確証バイアス」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 上記「認知バイアス・コーデックス」[COGNITIVE BIAS CODEX]については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Looking inward in an era of 'fake news': Addressing cognitive bias

加えて、引用中の「感情」について、トラウマの視点からピーター・A・ラヴィーン著、ベッセル・A・ヴァン・デア・コーク序文、花丘ちぐさ翻訳の本、「トラウマと記憶 脳・身体に刻まれた過去からの回復」(2017年発行)の 第2章 記憶という織物 の「感情の舵取り」における記述の一部(P36~P40)を次に引用します。

感情の舵取り

ダーウィンの詳細な観察によれば、感情は哺乳類すべてに共通する普遍的な本能である。(中略)これらの「哺乳類普遍の」感情には、驚き、恐れ、怒り、嫌悪、悲しみ、および喜びがある。私としては、好奇心、興奮、嬉しさ、および勝利感を、これら先天的に備わったフェルトセンス〔身体で感じることができる感覚〕としての感情のカテゴリーに含めることを、恐れながら提案したい。(中略)

感情は、自分と、自分の深い部分とをつないでいる可能性があり、自分が何を必要としているのかに気づかせる内的なきっかけとなる。感情はどのように自分自身と付き合うのか、どのように自分自身を知るのかの基盤となる。感情は内なる英知、内なる声、および直観、そして真の自分とのつながりに関する重要な部分である。感情は、生き生きと活力にあふれ、人生についての目的意識を持っている自分とつながる核心である。(後略)

注:i) 引用中の「フェルトセンス」については、例えば他の拙エントリのここも参照して下さい。 ii) 引用中の「感情」の作業的定義について、「恐怖症の治療におけるエクスポージャー(曝露)法の奏功」について、ステファン・G・ホフマン著、有光興記監訳の本、「心の治療における感情 -科学から臨床実践」へ-」(2018年発行)*37の 第1章 感情の性質 の「感情を定義する」における記述の一部(P2)を次に引用します。

(前略)感情とは,(1) 多次元的な経験であり,(2) 覚醒と快・不快の程度の異なる水準で特徴づけられ,(3) 主観的経験,身体感覚,動機づけ的傾向と関連し,(4) 文脈的・文化的要因によって色づけられ,(5) 個人内・個人間の過程を通してある程度制御されうるものである。

この定義が含意するのは,感情は(常に,というわけではないが)しばしば進化的適応や動機づけ的傾向と関連する生物学的システムを含み,社会的要因や文化的要因,他の文脈的要因によって形成されるということである。(後略)

注:引用中の「快・不快」については次のWEBページを参照して下さい。「快・不快 - 脳科学辞典

あとがき

情動をめぐる哲学的問題に本格的に取り組むようになったのは、およそ一〇年くらいまえからである。(中略)

情動の問題に取り組むようになってまず驚いたのは、その問題の射程の大きさである。情動の哲学だから、情動の本性が問題になるのは当然であるが、情動と価値、情動と道徳、情動と生きる意味、情動と心の病など、じつに多様なものとの関係が情動にとって問題となる。
したがって、情動を基軸にして、そのような多様なものに一貫した見通しを与えることができれば、じつに壮大な哲学的眺望が得られるのではないかという希望が湧く。本書はその希望に向けてほんのささやかな試みをなしたにすぎないが、それはなかなかやりがいのある試みであった。従来の英米圏の心の哲学では、知覚、信念、欲求、意思が主として扱われ、情動は軽視されがちであったか、心の働きを根源的かつ包括的に理解するためには、情動にこそ焦点が当てられなければならないように思われる。情動の哲学はこれまでの心の哲学を一新する可能性を秘めているのである。(後略)

注:引用中の「情動と心の病」に関連する、様々な精神疾患における情動調節については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

第2章 認知療法と脳

現在、心理療法の中で、最も幅広く用いられている技法の一つは、認知療法と行動療法を組み合わせた「認知行動療法」ではないでしょうか。認知行動療法は、保険診療としても認められ、うつ病などに対して広く行われており、少なくとも大都市圏では、比較的容易に受けられるようになってきました。その他、自習するための本、コンピューターソフトウェア、認知療法を用いたSNS、そしてスマートフォンのアプリなど、幅広いメディアを用いて行うことができるようになっています。
うつ病に対する認知療法では、すべてか無か思考、過剰な一般化などの、うつ病における特徴的な認知のゆがみがその治療対象となります。これを、コラム法などを用いて、修正していきます。
たとえば、学園祭で頑張って講演会を企画したのに、アンケートで批判されてしまった時、「この企画は完全な失敗だ」、そして「このような失敗をした自分は無能な人間だ」、などと考えてしまったとします。この場合、前者は「すべてか無か思考」、後者は「過剰な一般化」である、というふうに分類されます。そこで、より合理的な考え方としては、「少なくとも皆楽しんでやった」「友達は良かったと言ってくれた」「満点ではないが八〇点は取れた」、「自分は他に得意なこともある」「アンケート結果は、他の人が立てた企画よりも良かった」などが考えられます。そこで、こうしたより合理的な考え方ができるように練習をしていくことになります。
こうした「すべてか無か思考」、「過剰な一般化」などの考え方には、いずれも両極端な判断をしてしまっている、という共通の特徴があります。

情動とは何か

このように、両極端な結論を導き出すというのは、実は「情動」の特徴そのものなのです。
情動とは、外界の事物に対して、それが自分にとって有益か危険かという、生物学的な価値判断を与えるとともに、その状況に適応するように身体を準備させるものです。情動の特徴をとらえる言葉として、日本語では「闘争か、逃走か」、英語では「Fight or flight(闘争か恐怖か)」、というのがあります。いずれも、危険な状況になった時の恐怖という感情が、戦うか、恐怖で逃げるか、という、二律背反の反応を引き起こすことを説明しています。[中略]

恐怖に関わる脳の場所として最も重要な部位が、扁桃体です(図1)[後略]

注:i) 引用中の「図1」の引用は省略します。 ii) 引用中の「闘争か、逃走か」に関連する「反撃したり逃げ出したりする」ことについては、他の拙エントリのここここ(特に「危険を突き止める――料理人と煙探知機」項)を参照して下さい。加えて、引用中の「情動」に関連する「情動脳は、闘争/逃走反応のような、あらかじめプログラムされた避難計画を開始する」ことについては上記引用(参照)の「脳――下から上へ」項を参照して下さい。 iii) 引用中の情動の視点からの「両極端な結論」に関連するかもしれない「認知のバイアス」についてはここここを参照して下さい。 iv) 引用中の「扁桃体」については、トラウマの視点から他の拙エントリのここここ、及びここを参照して下さい。

さらに、Barrett の分類に従う情動に関する4つの考え方(情動プログラム説,認知的情動説,心理構築的情動説,社会構築的情動説)について、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第6章 眼窩前頭前野帯状皮質-内感覚とソマテイックマーカーによる情動機能 の 6.1 情動の捉え方 の「6.1.1 情動プログラム説」項における記述の一部、「6.1.2 認知的情動説」項における記述、「6.1.3 心理構築的情動説」項における記述及び「6.1.4 社会構築的情動説」項における記述(P160~P163)を以下に引用します。なお、 a) 上記章によると、Barrett の分類については次の本を参照しています。 「Barrett LF (2018) "How Emotoins Are Made: The Secret Life of the Brain - 2018", Pan Books.」(注:この本の和訳本の引用例は例えば他の拙エントリのここを参照して下さい) b) 一方、上記「情動」と「ネットワーク」に関連する「情動処理に関連する脳内ネットワーク」については例えば次の資料を参照して下さい。 「情動を生み出す脳神経基盤と自律神経機能

6.1.1 情動プログラム説
“情動プログラム説”では生得的に脳内に情動に関わる神経機構が存在すると考えます.
たとえば Pankssep は,この情動プログラム説の立場で,基本的な情動システムを7つに分けています.彼は (1) 探索 SEEKING, (2) 怒り ANGER, (3) 恐怖 FEAR, (4) 愛欲 PLEASURE/Lust, (5) 愛着 CARE (maternal devotion), (4) 愛欲 PLEASURE/Lust, (5) 愛着 CARE (maternal devotion), (6) パニック不安悲しみ PANIC or grief (sadness), (7) 喜び PLAY (social joy), に分類して皮質下に対応部位を想定しています(Panksepp, 2004).さらには,皮質下の基本情動システムから大脳皮質に向かって投射して,そこで高次の感情が生じると考えます.基本的には基本情動プログラムでは,「一つの情動と対応する脳との関係は一対一で対応する」とする考え方です(表6.2).

6.1.2 認知的情動説
“認知的情動説”は,状況を評価する結果として特定の情動が生まれるという考え方です.この説には細かく見るといくつかの異なる考え方が含まれています.生理的身体反応や覚醒反応があり,それ自体は特異的でありません.先ほどの情動プログラム説との違いは,基本プログラムによって予想されるような一対一で情動が特定化されるのでなく,その評価過程によって初めて特定されるという考え方です.
しかし,このような評価過程を含む評価説のコアな考え方では,脳の状態は一意に決まらないと考えます.非特異的な身体反応などに対して評価システムが状況から推論して現在の状況を理解することになります.評価には任意性があるため,脳の特定の領域と情動を結びつけることはできないとする考え方です.
Lazarus は,構造説の立場から1次的評価で状況を正負に分け,次に2次的評価で対応する自己のリソースが十分か否かでストレスになるかが評価され,さらにふたたび状況の再評価をしました.情動はこのような一連の評価から生まれるとします.
評価説では自動的な過程と随意的な過程に評価過程を分けたりなど,さらに多くの説に分かれるともされます.基本的には一つの状況でも評価系が異なれば異なる情動が生まれ,個人差が生じます.さらに評価系の差が情動への対処,すなわちコーピングや事態の再評価で情動に多様性が生まれます.評価次第で情動がカテゴリーのように分かれるが,連続的ではないかなども意見が分かれます.
たとえば Schachter と Singer らは,情動は身体反応とその原因を何かに帰属させる認知の両方が不可欠であるとする情動の二要因説を唱えています.大学生に興奮剤としてアドレナリンを投与すると,身体反応が同じでも状況によって喜び,怒りは異なる評価をすることを確認しました.感情は身体反応の知覚そのものではなく,身体反応の原因を説明するために評価した結果,あるいは,認知的解釈のラベルを帰属させることであると考えました.認知的解釈には当然大脳皮質の関与が深いはずで,皮質下のコアな情動システムだけでは情動を一意に決められない可能性を示唆しています(Schachter et al., 1962).

6.1.3 心理構築的情動説
“心理構築的情動説”では,いくつかの基本的な考え方がこれまでの伝統的な考え方と異なっています.Barrett らは独自に,これまでのさまざまな情動と脳の場所と関連性をメタ解析という手法で調べました.すると,怒り,恐怖,悲しみなどで,従来いわれている扁桃体,眼窩前頭前野帯状皮質との関連性もさることながら,一対一では説明できない多様な関連性が見出され,これらのメタ解析から,脳部位と情動との一対一関係に疑問を呈しました.このような所見を突破口に,さまざまな情動の考え方や疑問に挑戦して,以下のような考え方を提案しました.
(1) 情動にはさまざまな要素があり,数種にカテゴリー化され,タイプ別に分かれるとする考え方には反対です(反類型主義).また特定のタイプの情動は特定の脳部位で限局して理解できる,とする基本プログラムとしての情動説に反対です.あくまで,情動は連続分布のスペクトルを不連続に分けて色の名前をつけるのと変わりないと考えています.また大脳皮質と皮質下のほとんどを含むネットワーク全体が関わり,情動表出の結果としての身体反応も情動で一意に定まらないと考えます.
(2) 情動には情動専用の特定の本質的な回路があるわけでなく(反本質主義),コア・システムが脳にあるだけであると考えます.それはポジティブとネガティブ,活性化と不活性化など非常に基本的なものでしかありません.すべての情動はさまざまな状況認知や評価などで多次元化すると考えます.
(3) 情動はさまざまな要素から構成されたものとして創発するもので,特定の要素に還元できるという考え方に反対です(反還元主義).脳科学の現状においても,脳機能をネットワークとして捉える方向性になってきており,これまでの特定の部位,あるいは特定の回路のはたらきに知覚,認知,および行動を還元させるという基本概念そのものを見直す時代に入ってきたと考えられます.
感情や情動にラベル化すること自体が,情動の本来もつ多様性を誤解する原因になっているともいえます.

6.1.4 社会構築的情動説
“社会構築的情動説”では,感情を規定するのは他者のいるなかで,すなわち社会的文化的な状況で情動が構築されてくると考えます.心理構築的情動説のように情動の要素を基本的には一人の人間の中にとどめて説明するのと,その点で異なります.多くの情動が人の世界で同定されているは,決して一人だけの構成物ではなく他者との相互作用,社会的,文化的な背景のなかで構築されラベル化されてきているといえます.

これら4つの説は情動のある側面を強調していますが,必ずしも互いに矛盾するものではないといえます.神経生理学として情動に関して一つ大切なことは,情動には脳-身体と心理-社会の関係性が重要だと考えられる点です.情動のきっかけは脳から身体への自律神経系などを介した反応であり,それを内感覚,すなわち身体からの情報をどのように評価するかということです.身体反応は脳から自律神経や内分泌などの反応,さらには身体に起こったさまざまな状況を反映することになります.したがって,内感覚を受け取った脳の活動は,すでにある自発的な脳活動と一緒になり,複雑な感情が生まれると考えられます。
このような身体からの情報を受け取る前頭葉の場所として,眼窩前頭前野帯状皮質,さらにこれらと機能的に密接に関係のある島皮質があり,これらのはたらきを次節以降で紹介します.

注:i) 引用中の「これらのはたらきを次節以降で紹介します.」に対し、次節以降での紹介を省略します。 ii) 引用中の「表6.2」の引用を省略します。 iii) 引用中の「Panksepp, 2004」は次の本です。 「"Affective Neuroscience: The Foundations of Human and Animal Emotions", Oxford University Press.」 iv) 引用中の「Schachter et al., 1962」は次の論文です。 「COGNITIVE, SOCIAL, AND PHYSIOLOGICAL DETERMINANTS OF EMOTIONAL STATE」 v) 引用中の「眼窩前頭前野」に関連する「前頭眼窩野」については次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 vi) 引用中の「帯状皮質」に関連する「前帯状皮質」については次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 vii) 引用中の「島皮質」に関連する「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 viii) 引用中の「扁桃体」についてはトラウマの視点より例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 ix) 引用中の「コーピング」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 x) 心理構築的情動説における引用中の「知覚」を含む、引用中の「心理構築的情動説」に関連する「構成主義的情動理論」における情動の見方について、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「訳者あとがき」における記述の一部(P519~P522)を以下に引用します。加えて、構成感情理論(又は構成情動理論)におけるカテゴリー化や概念について、日本感情心理学会企画、内山伊知郎監修の本、「感情心理学ハンドブック」(2019年発行)の 第2部 感情の基本要素 の 6章 感情科学の展開 の 6節 心理学的構成主義における感情の評価・知識・経験 の「1. 経験と知識:アフェクトと感情概念」における記述(P122~P123)を以下に引用します。ただし、本引用では emotion の訳語は「感情」です。

情動、ひいては人間の本性についてのまったく新たな見方を提起する本書の性格上、ややわかりづらい用語が使用されている。もちろん読み進めれば理解できるように書かれてはいるが、その一助となるべく、重要な用語のみに絞って読解の指針を紹介する。

▼情動(emotion)――「情動」という用語は、日本だろうが英語圏であろうが、著者間で一貫性があるようには見受けられない。しかしこれまでの訳者の読書経験から言えば、主観的であるがゆえに本人の自己申告によってしか知りえない私的な経験として「感情」を、表情や、何らかの生理的な指標(たとえば心拍数など)によって客観的に(すなわち科学的に)測定可能を現象として「情動」をとらえている場合が多い。
本質主義を否定する著者がこの見方をとっていないことは本書冒頭から明らかになるが、著者本人にメールで問い合わせたところ、「慣例にしたがってそのように考えている科学者もいるが、自分はその見方をとらない」という回答があった。その内容は以下の三つに要約される。

①「情動」は、感情〔おもに自律的な内受容感覚〕とは異なり、身体と外界の相互作用をもとに構築された知覚(perception)である。
②前述の「知覚」は「意識」と同義で、無意識的であるような情動は存在しない。
③知覚の構築には、「気分の性質」「行動」「世界を経験するための手段(すなわち評価)」「自律神経系の変化」などが関与している。

ここで特筆すべきは、著者は情動に関して意識の介在を前提としており、情動の構築には「概念」(後述)が必要だという本書の記述からも、情動構築の基盤の一つとして認知作用を据えていると読み解けることである。(中略)

▼概念(Concept)とインスタンス(instance)――本書において極めて重要で、出現頻度の高いキーワードである。これら二つの用語は密接に関係しており、前者と後者は基本的に一対多の関係をなす。
インスタンス――英和辞典において instance の意味は、「事例」「実例」「場合」などと列記されている。しかしこれらの表現はいずれも、「ある普遍的な事象に属する一回一回の出現例」という instance が持つ本来の意味、そして本書で著者の用いる「個々の具体的な経験に対応する心的構築物」という意味を反映しきれていない。そのため、読者が既存の日本語の意味に引きずられないよう、「インスタンス」というカタカナ表記を採用した。
ちなみに「ある普遍的な事象に属する一回一回の出現例」とは、具体的には次のような意味である。たとえば「古代ローマにおけるヴェスヴィオ火山の噴火」や「富士山の宝永大噴火」、あるいは「雲仙岳の平成大噴火」は、「火山の噴火」という普遍的な事象に属する、特定の場所と時代において歴史的に顕現した個別的なインスタンスと見なすことができる。
概念――本書における概念は、先に説明したインスタンスが、類似性に基づいてグループ化されたものをいう。ただしそこには著者独自の意味が込められているので、当面は一般的な「概念」の意味で読み進め、徐々に著者独自の用法を理解していけばよいだろう。
なお著者は、自己の情動の経験や他者の情動の知覚を可能にする概念を特に情動概念(emotion concept)と呼ぶ。したがって著者の見解では、情動概念を持たない限り、自己の情動を経験することも、他者の情動を知覚することもできない。
また、著者のいう概念とインスタンスの関係は、哲学でいうところの普遍と個別の関係とは合致しないという点にも注意しておきたい。著者のいう概念とは、イデアのような普遍的(先天的)をものではなく、インスタンスと同様、神経活動を通じて動的に構築されるものである。それに関して、著者は次のように述べている。

構成主義的情動理論は、「情動は生得的なものではない。普遍的であるのなら、それは概念の共有によってである」と主張する。つまり普遍的なのは、(……)身体由来の感覚刺激を意味あるものにする、概念を形作る能力である。(七六頁)

普遍的、言い換えれば先天的なのは、概念を構築する能力であって、個々の概念ではない。言い換えると、人間はまったく白紙の状態で生まれてくるのでもなければ、特定の概念、ましてや情動を先天的に備えているわけでもない。(後略)

注:引用中の「概念」についてはここおける引用も参照して下さい。ただし、本引用では emotion の訳語は「感情」です。

構成感情理論は心理学的構成主義だけではなく,感情の社会構成主義(social construction(ism):社会・文化が感情を構成するという考え方)や神経構成主義(neuroconstruction:脳発達において経験が感情の脳神経を配線するという考え方)も統合した理論である(Barrett, 2016, 2017a)。構成感情理論では,脳を五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)と内受容感覚(interoception:身体の臓器や組織,ホルモン,免疫系などからの感覚の脳の表象)の入力を絶えず予測しシミュレーションしカテゴリー化するための概念発生装置(concept generator:Barrett, 2017b)とみなす。内受容感覚の予測はアフェクト(感情価と覚醒度の円環モデル上の点として記述できる単純な主観的情感,すなわちコア・アフェクト)として経験され,五感の知覚や行為に常に影響を与えているが,内受容感覚やアフェクトの経験だけでは個別の感情経験は説明できない。そこで,構成感情理論では,脳が概念として組織化した過去の経験を用いて,目覚めている間の行為を導き感覚入力に意味を与えると考える。そして,ある状況下で「恐れ」や「怒り」などの感情概念が関与したときに,脳が感情の事例を構成すると仮定する(Barrett, 2016, 2017a)。
ここで,Barrett の理論における「カテゴリー化(categorization)」や「概念(Concept)」は,他の感情理論における「カテゴリー化」や「概念」と比べて独特のニュアンスがあり,脳が主語になっているようなところがあることに注意されたい。すなわち,ここでのカテゴリー化とは,脳が概念を用いて感覚入力やアフェクトに意味を与えるプロセスのことを指す。カテゴリー化は感情だけでなく,知覚や思考,記憶など,人が経験するあらゆる心的出来事で生じており,色知覚や人物知覚と同様のカテゴリー化のプロセスが感情経験にも当てはまる。例えば,もともと光の連続的なスペクトラムである虹が「赤」や「青」といった概念が用いられることで(さらには特定の言語圏によって6色にも7色にも)カテゴリー化されるように,もともと感情価と覚醒度の組み合わせという次元的なアフェクトの経験も「恐れ」や「怒り」といった概念が用いられることで初めて個別感情経験としてカテゴリー化される(Barrett, 2006b, 2017a)。
また,Barrett の理論における「概念」とは,次に何が起こり,その出来事に対処するためにはどのような行動をとるのが最良であり,結果として自身のアロスタシス(allostasis:外界の変化に応じて身体内部環境を調整すること)にどのような影響があるのかということを予測する,身体化された脳全体の表象の一群のことである(Barrett, 2017a, 2017b)。Barrett の「概念」は Barsalou の「状況に応じた概念化(状況的概念化:situated conceptualization)」(e.g., Barsalou, 2003, 2009; Wilson-Mendenhall & Barsalou, 2016)という考え方に大きく影響を受けている。つまり,ここでの「概念」はプロトタイプや最頻値をもつものではなく,その時々の状況の目標に応じて柔軟に概念化され,適切な行動を導くきわめて動的なものである(例えば,スリッパや新聞紙も状況次第で「ハエたたき」になる)。この意味で,「感情概念(emotion concepts)」は目標基盤的概念(goal-based concepts)であり,感情の行為・表出や生理的変化は事例ごとにさまざまに変動する(例えば,幸福(happiness)の事例では,状況次第で笑うことも泣き叫ぶことも,呼吸が速くなることも遅くなることもありうる:Barrett, 2017a)。(後略)

注:i) この引用部の著者は武藤世良です。 ii) 引用中の「Barrett, 2006b」は次の論文です。 「Solving the emotion paradox: categorization and the experience of emotion.」 iii) 引用中の「Barrett, 2016」、「Barrett, 2017a」はそれぞれ次の本です。 「Barrett, L. F. (2016). Navigating the science of emotion. In H. L. Meiselman (Ed.), Emotion measurement (pp. 31-63). Cambridge, MA: Woodhead Publishing. 」、「How emotions are made: The secret life of the brain. New York: Houghton Mifflin Harcourt.」(注:この本の和訳本の引用例は例えば他の拙エントリのここを参照して下さい) iv) 引用中の「Barrett, 2017b」は次の論文です。 「The theory of constructed emotion: an active inference account of interoception and categorization.」 v) 引用中の「Barsalou, 2003, 2009」における「Barsalou, 2003」及び「Barsalou, 2009」はそれぞれ次の論文です。 「Situated simulation in the human conceptual system」、「Simulation, situated conceptualization, and prediction.」 vi) 引用中の「Wilson-Mendenhall & Barsalou, 2016」は次の本です。 「Wilson-Mendenhall, C. D., & Barsalou, L. W. (2016). A fundamental role for conceptual processing in emotion In L. F. Barrett, M. Lewis, & J. M. Haviland-Jones (Eds.), Handbook of emotions (4th ed., pp. 547-563), New York: Guilford Press.」(注:次の資料も参照して下さい。 「A FUNDAMENTAL ROLE FOR CONCEPTUAL PROCESSING IN EMOTION」) v) 引用中の『Barrett の理論における「概念」』についてはここを参照して下さい。 vi) 引用中の「内受容感覚」及び引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については共に次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 vii) 引用中の「コア・アフェクト」についてはここを参照して下さい。 viii) 引用中の「アロスタシス」については他の拙エントリのここの (xiii) 項を参照して下さい。

(g) メンタライジン
先ず、同の 第2章 メンタライジングとは何か の「1 メンタライジングの定義」における 表 2-1 を含む記述の一部(P12~P13)を次に引用して、標記メンタライジングの説明を致します。

まずメンタライジングに簡便な定義を与えた後に,より詳しい解説に進みたいと思います。メンタライジングは,「メンタライズ」(mentalize)という動詞の分詞・動名詞ですが,メンタライズという言葉が初めて英語辞典(オックスフォード英語辞典〔Oxford English Dictionary: OED〕)に掲載されたのは1906年です(Allen et al., 2008)。OED によれば,この単語の使用が最初に記録された年は1807年ですが,専門用語としての使用は,アメリカの心理学者 Stanley Hall が1885年に「学校システムが子どもたちをメンタライズすることもなければ道徳的にすることもないという疑念」と書いたときに始まりました(Allen et al., 2008)。OED は,メンタライズに次の2つの意味を付与しています。第一に,「心の中で構成すること,または思い描くこと,または想像すること,または(~に)精神的性質を付与すること」です。第二に,「(~を)精神的に発展させること,または洗練させること,あるいは(~の)心に刺激を与えること」です。メンタライジング・アプローチにおいて用いられる「メンタライズ」の語義も OED の定義とほぼ一致しますが,ただし,メンタライジングの対象は「精神状態」(mental states)に限定されます。つまり,メンタライジングはあらゆる心的活動を指しているのではなく,精神状態の認識に関与する心的活動だということです。ここで言う精神状態とは,思考,感情,欲求,願望,信念,空想といった日常的精神現象に加えて,パニック発作解離状態,幻覚・妄想といった病理的過程をも含んでいます(Allen et al., 2008)。ですから,メンタライジングをより明確に定義すると,「ある行動の背後にある精神状態に注意を向け,それを認識すること」となります。実際の現象においては行動と精神状態を厳密に分離することは困難ですが,行動と精神状態があたかも分離可能であるかのようにみなして,顕在的行動の背後にある精神状態を推測することがメンタライジングなのです(Allen et al., 2008)。そして,この場合の精神状態には,自己の精神状態も他者の精神状態も含まれています。自己の精神状態と他者の精神状態を一括して扱うのは,前者に対するメンタライジングも後者に対するメンタライジングも心理学的・脳神経学的にみて同一の心的活動とみなすことができるからです。
表 2-1 は,Fonagy と共同研究者たちが提示しているメンタライジングについての簡便な定義です(Allen & Fonagy, 2006; Allen et al., 2008)。Fonagy たちは,メンタライジングの要点を説明するために「心で心を思うこと」(holding mind in mind)という言い回しを用います(Allen & Fonagy, 2006; Allen et al., 2008)。これは「(~を)思い浮かべる」(hold ~ in mind)という意味の成句に,目的語として "mind" を入れた表現であり,含意としては,心の中で自分と他者の精神状態に注意を向け,それを認識することです。また,ここで言う「心を思う」は,(知的に)「考える」ことだけでなく,(情緒的に)「感じる」ことを含んでいます。ですから,「心で心を思うこと」は,より詳しく言うと「感じ考える心で,感じ考える心を思うこと」(holding heart and mind in heart and mind)となります(Allen et al., 2008)。ちなみに,英語の "mind" も "heart" も「心」を意味する単語ですが,前者はどちらかといえば思考を意味し,後者は感情を意味する言葉です。

表 2-1 メンタライジングの簡便な定義(Allen et al., 2008)
・心で心を思うこと(holding mind in mind)
・自己と他者の精神状態に注意に向けること
・誤解を理解すること
・自分自身をその外側からながめることと,他者をその内側からながめること
・(~に)精神的性質を付与すること,あるいは,(~を)精神的に洗練させること

さらに同の 第2章 メンタライジングとは何か の「5 まとめ」における記述の一部(P56~P57)を次に引用して、上記メンタライジングの追加説明を致します。

メンタライジングの要点は,「心で心を思うこと」(holding mind in mind)です。つまり,自分の心の中で,自分と他者の心(精神状態)について考え,感じることです。そして,この「思う」の中には,その精神状態の意味や原因についての認識も含まれます(Allen, J. G., 2014, 私信)。また,メンタライジングは,心を表象的なものとして理解する認知的枠組み,つまり「心の理論」を利用する心的機能です。つまり,私たちの心は,現実をあるあり方で存在するものとして表象化するのであり(Perner, 1991),私たちの精神状態はそのような表象と結びついています。ある人の行動を理解しようとすれば,その人が現実をどのように表象化しているか,つまり現実をどう捉えているかを知らなくてはなりません。それは,自分自身についても例外ではありません。自分が体験する現実が現実自体ではなく,現実の表象であることを理解し,現実について多重的な複数の見方(multiple perspectives)を考慮できるときに,メンタライジングが可能になります。メンタライジングとは異なり,行動をその背後にある精神状態と関連させて理解することができない障害を「マインドブラインドネス」といいます。マインドブラインドネスには,先天的な脳機能障害によるものと,後天的に形成されるもの(力動的マインドブラインドネス)があります。メンタライジングにおいては,自分と他者の精神状態について認識するだけでなく,その認識についてさらに内省するプロセスが生じているのですが,このプロセスは「メタ認知」ということができます。そして,自分の精神状態に対して性急に評価したり価値判断をしたりせず,ありのままに注意を向けるという点では,メンタライジングは「マインドフルネス」と重なります。親が子どもの心をメンタライズし、そのメンタライズを言葉で表現している場合に,親のそのようなあり方は「心理-志向性」と呼ぶことができます。他者の心をメンタライズする心的行為は「共感」と重なります。そして,他者に対して深い共感を示すためには,共感の主体が自分自身の心を十分にメンタライズすることが必要な場合があります。そういう意味では,他者の心であれ,自分自身の心であれ,それを推測し認識することをメンタライジングという同一概念で理解できることには大きな利点があります。

注:i) 引用中の「表象」については、(h)項を参照して下さい。 ii) 引用中の「メタ認知」については、次のWEBページを参照して下さい。「メタ認知 - 脳科学辞典」 ちなみに、引用中の「メタ認知」、「マインドフルネス」(他の拙エントリのここ及びここ参照)を利用した治療法は、それぞれ次の資料又はエントリを参照して下さい。前者:「メタ認知療法」、後者:「マインドフルネス認知療法」、「越川房子先生の「マインドフルネス認知行動療法」講演を聴きました!

加えて、同の 第6章 境界性パーソナリティ障害への対応 の「Ⅱ 査定(アセスメント)の問題」における記述の一部(P213~P214)を次に引用して、上記メンタライジングの追加説明を致します。

(前略)それでは,患者の語りに表れる「非メンタライジングあるいは悪いメンタライゼーション」と「良いメンタライゼーション」はどのようなものなのでしょうか。まず,Bateman & Fonagy(2006, 2012)があげている非メンタライジング(non-mentalizing)または悪いメンタライゼーション(bad mentalization)の特徴を整理して述べたいと思います。これらは,自分や他者の行動をその背後にある精神状態とくに感情と関連づけて内省し説明するかどうか,その際に複数の見方を考慮できるかどうかということに関する特徴です。

①自己または他者の精神状態についての非内省的で歪曲的な自動的思い込み
②自己または他者の精神状態についての妥当とは言えない確信
③自分の見方への頑なな固執,あるいは極端に柔軟に見方を変えること
④自分の見方と他の見方を同時に考慮することができない
⑤自分と他者の外的特徴か内的特徴に過剰に関心を集中させるか,一方または両方を完全に無視する(マインドブラインドネス
⑥精神状態(考え,感情,動機など)を除外して事実だけをきわめて細かく述べる
⑦内的要因よりも外的要因(政府,学校,同僚,隣人など)に関心が集中する
⑧物理的特徴やパーソナリティ特徴への関心の集中(疲れている,怠惰な,自己破壊的,抑うつ的,短期など)
⑨規則,責任,すべきこと・すべきでないことにとらわれる
⑩問題に自分が関与していることを否認する

この中で,③の「極端に柔軟に見方を変えること」が問題なのは,本当の意味で代替的見方を考慮しているのではなく,柔軟なふりをする表面的な見方の変更,つまり疑似メンタライジング(ふりをするモード)である可能性が高いからです。⑤の「外的/内的特徴への過剰な関心の集中」は,強迫的に知的分析をしており,自分の洞察のすばらしさを確認しようとしているだけの可能性があります。⑧の「パーソナリティ特徴への関心の集中」がどうして非メンタライジングなのかと疑問に思う読者がいるかもしれませんが,人の行動の原因をパーソナリティ特徴だけに帰属させるとき,その行動を引き起こした精神状態は考慮されていません。例えば,AさんがBさんに対して怒りを爆発させた場合に,AさんはBさんの行動の中の何かに反応していると考えられるのに,怒りの理由を「Aは攻撃的だから」と片づけてしまうのは,メンタライジングではないのです。同じ理由で,人の行動をもっぱら社会的要因で説明することも,その人の精神状態が考慮されていないという点で非メンタライジングです。⑩の「問題への自分の関与を否認する」というのは,例えば,自分の行動を娘から非難された母親が「娘はいま反抗期だから」と考えて自分の側の問題を否認するといった場合です。自分の行動が娘をどのような精神状態にさせたかについての考慮が欠けている点で,この母親の態度も非メンタライジングです。

注:引用中の「表象」については、(h)項を参照して下さい。

一方、メンタライジングを内省と共感の視点より説明したものとして、岡田尊司著の本、『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(2016年発行)の 第7章 愛着障害の克服 の「メンタライジング――内省と共感の力」における記述の一部(P280~P281)を次に引用します。

たとえば、いつもはすぐメールの返事をしてくれる人が、一向に返事をくれない。そういえば、最後に返事が来たとき、いつもより短く、そっけないものだった。
こうした相手の行動から、「こちらのメールが負担になっているのではないか」と推測する。これがメンタライジングた。
ところが、返事がすぐ来ないことに腹を立てて、怒りの催促メールを出したりすれば、状況はさらに悪化することは必定だ。
振り返り力がある人は、相手の気持ちを察するだけでなく、自分の行動も振り返ることができる。そういえば、最近少し相手に甘えて、メールを頻繁に出しすぎていたかなと反省する。それによって、自分の行動にブレーキをかけ、しばらくメールするのを控えることにする。すると相手は、自分の気持ちを汲んでもらえたことで、その人に対する安心や信頼を取り戻し、人間関係が破たんすることが避けられる。
ストーカー化してしまい、関係が破たんしてしまうところまで行きつくか、それとも、そうした事態を避け、バランスの良い関係を維持できるかの違いは、行きすぎたときに、相手から出るサインを読み取り、ブレーキをかけられるかどうかにかかっている。
振り返り力、メンタライジングカとは、今の自分の思いや欲求に飲み込まれず、相手の気持ちや自分のふるまいを客観的に見る力だといえる。振り返りが可能なためには、感情の渦から、少し距離をとる能力が必要になる。同時に、相手の気持ちを汲み取り、感じ取れることも必要である。前者は内省する能力であり、後者は共感する能力である。そして、両者は背中合わせの能力と考えられている。自分を振り返る力がある人は、相手の気持ちを察する能力も高い。そして、物事を客観的に振り返ることができる。(後略)

さらに、メンタライジング的姿勢に関して、同の 第5章 メンタライジング的応答法 の「3 メンタライジング的姿勢と無知の姿勢」における記述の一部(P162~P163)及び、ナラティヴに関連して、上地雄一郎著の本、「メンタライジング・アプローチ入門 愛着理論を生かす心理療法」(2015年発行)の 第2章 メンタライジングとは何か の 3 メンタライジングの特質と次元 の「(1) ナラティヴと主体性」における記述の一部(P26~P27)をそれぞれ以下に引用して、上記メンタライジングの補足説明をします。

メンタライジング・アプローチにおいて求められているとても重要な姿勢が「メンタライジング的姿勢」(mentalizing stance)と「無知の姿勢」(not-knowing stance)です。メンタライジング的姿勢というのは,精神状態に対する,探求心と好奇心を伴う探索的態度であり,メンタライジング・アプローチが促進しようとしているものです。無知の姿勢(not-knowing stance)とは,精神状態が不明瞭なものであることを受け入れ,自分はすでに知っているという思い込みを伴わない虚心坦懐な態度であり,メンタライジング的姿勢の一側面です。この2つの姿勢は,セラピストだけではなく,クライエントにも求められるものですが,ここではセラピストに限定して述べることにします。
これらの姿勢が求められるのは,精神状態が自明のものではなく,不明瞭(opaque)であり,せいぜいその一部がわかるにすぎないからです。このように述べると,読者の中には「他者の精神状態はともかく,自分の精神状態は簡単にわかるではないか」と思う人がいるかもしれません。しかし,はたしてそうでしょうか。私たちは,「どうしてあんな行動をしてしまったんだろうか」とか「どうしてあんなふうに言ってしまったんだろうか」と,自分の動機について自問することがあります。私たちは,自分の精神状態を言葉にする際に,自分の精神状態をくまなく探索し,微細な心の動きにも目を向け,明瞭なことと不明瞭なことを区別しているかというと,必ずしもそうではありません。大雑把な把握にとどまっていたり,わかっているかのように辻褄を合わせて表明したりしていることもあります。自分の精神状態でさえ,決して完全に明瞭なものではないのです。
このように精神状態の不明瞭さ,そして自分はわかっていないのだということを受け入れ,精神状態に対する特定の理解を絶対視せず,常に探求心と好奇心を持って虚心坦懐に探索する姿勢がメンタライジング的姿勢または無知の姿勢です。(後略)

心理療法を念頭においてメンタライジングを考えるときに重要なこととして,メンタライジング,とくに言語による明示的メンタライジングは「ナラティヴ」(narrative)であるということがあります。本書でナラティヴの視点について詳述することは筆者の力量の範囲を超えますし.その紙面の余裕もありませんので,メンタライジング・アプローチの理解に必要とされる範囲でナラティヴに触れておきたいと思います。以下の説明は,心理療法におけるナラティヴの視点についての優れた解説書である McLeod(1997/下山監訳・野村訳, 2007)に依拠しています。近年.心理療法においても心理学的研究においても,ナラティヴが注目されています。この考え方の根底にあるのは,私たちが行動や経験について語るときにはそれを「物語」(story)として語るという認識です。つまり,私たちは行動や経験を語るときに,ただ事実を羅列するのではなく,それを筋の通った物語として組織化し,意味づけているということです。そして,その物語は,語られたものであれば聴き手を,書かれたものであれば読み手を想定しています。「ナラティヴ」は,そのような物語に基づく出来事の説明であり,物語るという形のコミュニケーションを含むものです(McLeod, 1997)。ナラティヴという視点の起源をたどると,世界を認識する方法には「パラダイム的認識」(paradigmatic knowing)〔=自然科学的認識〕と「物語的認識」(narrative knowing)があるとした認知心理学者 Bruner(1986, 1990)の見解に遡ります。この視点は,その後,社会構成主義(social constructivism)と結びついて「ナラティヴ・セラピー」を生み出し,精神分析においても McAdams(1993)や Schafer(1992)などがこの視点を追求しました。メンタライジングにおける精神状態についての語りもナラティヴなのだと,Fonagy と共剛研究者たちは考えています(Allen et al., 2008; Bateman & Fonagy, 2012)。メンタライジング,とくに言葉による明示的メンタライジングは,ある行動をその背後にある精神状態と関連づけて説明することですから,その精神状態についての意味づけであり物語であると考えられるのです。(後略)

さらに、同の 第5章 メンタライジング的応答法 の「1 メンタライジング・アプローチの特徴と目的」における記述の一部(P161)を次に引用して、上記メンタライジングの追加説明を致します。

(前略)もう一つ重要なこととして,メンタライジング・アプローチは,BPD に見られるような後天的理由によるメンタライジング能力の機能不全(力動的マインドブラインドネス)に対する心理療法モデルだということがあります。例えば,精神病的パーソナリティ構造(Psychotic Personality Organization: PPO)や自閉症スペクトラム障害に対して,メンタライジング・アプローチを現行のままの形で適用することには慎重でなくてはなりません。精神状態の探索が心の統合を崩御させやすい病態水準や先天的なメンタライジングの機能不全を対象にする場合には,モデル自体の修正が必要になるでしょうし,メンタライジングの促進においても一定の制約があることでしょう。

注:i) 引用中の「BPD」のフルネーム「境界性パーソネリティ障害」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「自閉症スペクトラム障害」については、次に示す他の拙エントリを参照して下さい。 「発達障害における身体症状、その他」 iii) 引用中の「力動的マインドブラインドネス」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「自閉症スペクトラム障害に対して,メンタライジング・アプローチを現行のままの形で適用することには慎重でなくてはなりません。」に関連する、「発達障害がベースにある一群において、精神分析などの内省志向型の精神療法により混乱を与えてしまう」ことについては、内海健著の本、「自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐひとたちのために」(2015年発行)の 13章 鑑別診断-統合失調症と境界性パーソンリティ障害 の BPD(境界性パーソンリティ障害)との鑑別 の「重ね着症候群」における記述の一部(P249~P250)を次に引用します。

重ね着症候群(中略)

それに対して,BPD との鑑別は,もっぱら実践的な要請に基づく.実際,多くの女性の ASD 例が BPD と誤診されている.
この間題に先鞭をつけたものとして,衣笠隆幸10の「重ね着症候群」がある.これは BPD ないし神経症と見立てて,精神療法的な関与をした事例のなかにみられる,発達障害がベースにある一群のことをいう.定義としては,次のような記載を拾い上げることができる.

・初診時 18 歳以上
・主訴は多彩であり,臨床診断も多彩である
・臨床症状に高機能型広汎性発達障害が潜伏している
・課題達成能力が高い
・これまで発達障害を疑われたことはない

「重ね着」というのは,発達障害の本体の上に,BPD などの衣装をまとっているというような意味だが,要は誤診である.さらにいうなら,医原性である.インテンシヴな精神療法が混乱を与えた結果として出現した様態である.ドナ・ウィリアムズや森口奈緒美の著作は,彼女らが,自由連想を強いられたり,自分の気持ちを問われたとき,どれほど惨めな思いをさせられるかを物語っている.
このような誤診は,もっぱら精神分析などの内省志向型の精神療法でみられるものであり,数の上ではそれほど多くはない.(後略)

注:i) 引用中の文献番号「10」は、次に示す資料です。 『衣笠隆幸境界性パーソナリティ障害発達障害:「重ね着症候群」について-治療的アプローチの違い精神医療学 19 : 693-699, 2004』 ii) 引用中の「BPD」のフルネーム「境界性パーソネリティ障害」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「ASD」のフルネーム「自閉スペクトラム症」及び引用中の「広汎性発達障害」については、共に次に示す他の拙エントリを参照して下さい。 「発達障害における身体症状、その他

(h) 表象
最初に標記表象について、同の 第2章 メンタライジングとは何か の「1 メンタライジングの定義」における記述の一部(P13~P14)を次に引用します。

(前略)以上のように,精神状態は,ある現実についてのもの,その現実に向けられたものであり,その現実は現実自体ではなく「現実の表象」(representaion)であるということです。表象とは,私たちの心の中で,何かを表しており,その何かの代理として用いられるものです。このような自覚を Bogdan(2005)は「表象性の感覚」(sense of representingness)と呼びますが,メンタライジングには,この表象性の感覚が不可欠です。例えば,ある対象に対する感情は,その対象に対する特有の捉え方(表象)に基づくものだという認識がなければ,自分の感情についての内省は生じません。自分が体験している現実は自分の心が作り上げた表象であるという感覚が欠如している人にとっては,自分が捉えた現実が現実そのものであり,その現実に対する別の捉え方があるとは思えないからです。表 2-1 にメンタライジングの定義として「誤解を理解すること」という項目があるのは,以上のような理由によります。例えば,他者の精神状態について絶対の確信をもってこうだと断言し,それ以外の可能性を考慮できないようなあり方は,メンタライジングとは言えません。後で詳しく説明しますが,このような心のあり方を,「心的等価モード」(psychic equivalence mode)と呼びます。自分の心にあるものをそのまま外的現実であると捉え,心と現実を区別することができないからです。(後略)

注:i) 引用中の「表 2-1」は引用を参照して下さい。 ii) 引用中の「心的等価モード」についてはここを参照して下さい。 iii) 標記「表象」に関連するかもしれない「解釈や価値判断はそれ自体が事実というわけではない」については次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」の「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」項

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≪余談4≫神経症について

ここでは主に森田療法の視点からの神経症に関する様々な話題について以下にまとめて示します。ちなみに、これは森田療法を創始した森田正馬が提唱した神経症になりやすい性格的要因については次のWEBページを参照して下さい。 「神経症を治す~神経症(不安障害)は、何故起こるのか? 」 一方、a) 神経症性障害については次のWEBページを参照して下さい。 「神経症性障害 - 脳科学辞典」 b) 森田療法については他の拙エントリのリンク集も参照して下さい。

(a) 精神交互作用及び身体症状や身体症状症等
最初に標記「精神交互作用」については例えば、 a) 「心身交互作用」として次のWEBページに紹介されています。 「不安症 - 脳科学辞典」の「発症機構」項 b) 「精神交互作用」として次のWEBページに紹介されています。 「森田療法を理解するためのキーワード」 一方、標記「精神交互作用」及び/又は下記引用における「悪循環」に関連するかもしれない、 a)「身体感覚増幅」については、他の拙エントリのリンク集及び次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』、「感情制御にかかわる身体感覚研究の概観」 b) パニック症における「悪循環」についてはここここを参照して下さい。

加えて標記「精神交互作用」について、青木省三著の本、「こころの病を診るということ 私の伝えたい精神科診療の基本」(2017年発行)の 第17章 精神療法 の「助言のバリエーションを増やす」における記述の一部(P255)を次に引用します。

(前略)森田療法的な助言
森田療法森田正馬(1874~1938年)によって始められた精神療法で、神経症(心気症や不安症など)の精神症状について、症状に注意を向けると、その症状を鋭敏に感じとるようになり、そのためますます症状に注意が向かい、結果としてますます症状を鋭敏に感じとるようになる、という悪循環(「精神交互作用」)に注目した。つまり症状に注意を向ければ向けるほど、症状は強まると考えた。そのため、症状をなんとかしようとするのではなく、症状をそのまま(「あるがまま」)に受けとめ、本来自分がしなければならないことをすることを勧め(「なすべきことをなせ」)、それが、症状が改善する道であるとした。マインドフルネスも、不安や症状をそのまま受けとめるという点で、よく似たところがある。(後略)

注:i) 引用中の「森田療法」については他の拙エントリのリンク集及び次の資料を参照して下さい。 「森田療法への導入の実際」 加えて引用中の「精神交互作用」については同資料の『3 .「精神交互作用」と「思想の矛盾」』項を参照して下さい。 ii) 引用中の「神経症」については、次のWEBページを参照して下さい。 「神経症を治す~神経症(不安障害)の治療方法」 iii) 引用中の「心気症」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「不安症」については、次のWEBページを参照して下さい。 「不安症 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「マインドフルネス」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

さらに「精神相互作用」として平井孝男著の本、「仏陀の癒しと心理療法 20の症例にみる治癒力開発」(2015年発行)の 第6章 五取蘊苦と自律神経失調症 の「第2節 自律神経失調症-事例H」における記述の一部(P142)を次に引用します。

(前略)そこでわかってきたことは、普通の人なら「異常ありません」と言われると安心して、もう症状や身体のことに注意を向けないのに、Hさんは、敏感で、悪い方悪い方に考える傾向があったので、症状や身体状態についつい注意が向いてしまい症状を増幅していたということである。彼女は、幸い以上のようなことに気付けるようになった。
ただHさんは「確かに症状を気にし過ぎていて、症状を増やしていた面はあったと思うけど、気にしないでおこうと思えばよけい気になるし症状も増える。どうしたらいいのか」と言うので、治療者は<気になるのに気にするな>と言っても無理だから<症状が気になっても、それを持ちながら、今したいこと、するべきことをすればいいんです>という話になって落ち着いた(自律神経失調症神経症では、特に「〔異常は無いが〕症状を放っとけない」→「症状を除去して欲しい」→「症状を気にする」→「症状や身体状態に注意が向く」→「症状を強く感じる」→「症状が増強したと感じられる」→「症状を除去して欲しい気持ちが一層強くなる」といった悪循環に陥る。これは森田正馬(7)の言った精神相互作用のことだが、自律神経失調症では、この悪循環に気付いてもらい、治療目標を「症状を除去する」という幻想的なものから、「症状を受け止める。症状を持ちながら生活できる」といったものに変える必要がある)。(後略)

注:i) 引用中の「(7)」の文献は、森田正馬『神経質の本態と療法』、白揚社、一九六〇年です。 ii) 引用中の「神経症」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。「神経症(不安障害)とは?」 iii) 引用中の「自律神経失調症」については、次の資料「自律神経失調症」及び他の拙エントリのここを参照して下さい。

次に標記「精神交互作用」に関連する疼痛を含む「身体症状」(又は身体愁訴)や「身体症状症」(又は身体表現性障害)について、先ず上記「身体症状」に対する精神科の位置づけ例として、平井孝男著の本、「仏陀の癒しと心理療法 20の症例にみる治癒力開発」(2015年発行)の 第5章 求不得苦とうつ病・ヒステリー の 第2節 ヒステリーと求不得苦-事例G の「第2項 身体が麻痺してしまった主婦-事例G」における記述の一部(P129~P130)を次に引用します。

(前略)さて、Gさんは実母に連れられて私の元を受診したが、明らかに精神科に連れて来られたことに不満そうであった。そこで私は〈病院にかかるだけでも辛いのにましてや精神科に、しかも自分の意志ではないのに連れてこられたら、それは辛いですよね〉と言うと、「そうなんです」と少しうなずいてくれた。
これは行けると思い〈ここは名前は精神科・神経科心療内科となっていますが、悩み事のよろず相談所と考えたらいい。ここは援助するところで、精神科医は悩み事相談のプロですから〉と説明すると、また少し心を開いてくれたようであった。そして〈とりあえず事情を聞かせてくれませんか〉と言うと、少しずつ応じてくれた。そこでなるべく本人の身体症状や現在の生活や対人関係に焦点を合わせて詳しく聞いていくと、本人は堰を切ったように喋り始めた。(後略)

加えて、悩み事のよろず相談所的な例としての、身体表現性障害において現実生活が少しでも生きやすいものとなるように応援していくことについて、青木省三著の本、「精神科治療の進め方」(2014年発行)の「はじめに」、「症例2」及び「おわりに」を含む「第12章 身体表現性障害」における記述の一部(P142~P150)を次に引用します。

はじめに――生活背景の幅広い理解が必要

器質的な原因がなく、ストレスなどの心因(心理社会的な要因)によって身体症状が現れる病気は身体表現性障害、なかでも、多彩な身体症状が現れるものは身体化障害と呼ばれている。心因としては、個人の心の悩みや葛藤などを考えやすいが、実際には、現実生活の悩みや苦労が大きく影響していると考えられる場合が少なくない。そのため、その人の心理だけでなく、家族や職場などの生活背景を幅広く理解することが不可欠となる。また、対応も個人精神療法だけは不充分で、生活支援やリハビリテーションなど、幅広い支援が必要となる。本章では、三つの症例を提示し、診かた、対応の仕方について考えてみたい。(中略)

2 生活基盤の不安定さが症状を生み出すことがある

〔症例2〕30代前半の女性、Bさん
Bさんは、20歳前半、結婚した頃に、眩暈(めまい)で倒れ、近医を受診し、メニエール病と診断された。なかなか症状が改善せず、耳鼻科を転々と受診したが、最終的に異常はないと言われたということであった。1年後に、精神科外来を受診し、自律神経失調症といわれ、内服を開始したが、症状はあまり変わらなかった。そのため、数ヵ所の精神科クリニックを転々と受診し、4年後に別の精神科外来を受診した。倦怠感、眩暈、ふわふわ感、ふらつき、肩・首が凝り、嘔気、食欲不振、頭痛などの訴えが続き、これまでの身体精査で異常がないことから、身体表現性障害と診断され、通院治療となった。

母親は統合失調症で長期入院中、Bさんは単身であり、客観的な情報を提供する親族がなく、家族背景、生活背景の正確な情報は得られなかった。Bさんの話によると、「20代前半で結婚し、2子をもうけたが、夫婦関係や子育てがストレスとなり、30歳頃に離婚となった。夫は、うつ病アルコール依存症で入院歴あり、またBさんに言葉の暴力もあった。離婚後は、Bさんは家事・育児ができず、子育ても夫に任せて、一人暮らしをしている」ということであった。

どのように考え、どうしたか
この3年間、Bさんは主治医との診察と並行して、心理士による心理面接を受けていた。また、主治医は、身体症状のために仕事につけず、家に閉じこもりがちとなるBさんに、作業所への通所を勧め、不定期ながら作業所に通所していた。心理面接を担当していた心理士は、いくつかの点で、Bさんの理解と対応に迷うことがあった。

① 身体愁訴について
面接では、さまざまな身体的な不定愁訴を訴える。たとえば、「この3日間だるくて1日中横になっている、動けない。食欲もなく、無理やり食べている。原因がわからなくてすごく不安」などと訴える。また、日々の身体的不調をメモしてきて、それを見ながら話す。これはBさんが、実際に困っていることで、これがなければ病院で話すことがないという意味で、まさにカナーの言う「入場券としての症状」である。
だが、この身体症状の訴えに対して、どのように対応するかはなかなか難しい。身体症状に面接の焦点を当てると、Bさんは身体症状を話すことが人と繋がる手段となってしまう。しかし、逆に身体症状の訴えを聞かないと、Bさんは聞いてくれないと不満をつのらせるだけでなく、身体症状が悪化してしまう。聞きすぎてもいけないし、聞かなくてもいけないのである。
Bさんの身体の不調の訴えについては「今はとても苦しい時期。しんどいけど頑張っていきましょう」と、できる限りさらっと受け止めていくようにした。

② 背景にある心理について
Bさんは「子どもの運動会に行こうと思っていたが、体調が良くならないから行けない」とか、「お正月にも会いたかったけど、元夫があまり快く思っていなくて会えない」などと、子どもとの交流のできないことを話すことがあり、身体症状の背景には、母親役割の喪失感、自身に対する無力感、居場所のなさなどがあると感じられた。
だが、このような心理的な問題を面接で取り上げていくかどうかについては迷った。Bさんの日常生活を見ていると、子どもについて心配はしているが、まだまだ子どもに関わる力があるとは言えない。また、それを言葉で話し合うことが、Bさんを混乱させ、よけいに不安や抑うつを強めるのではないかと考えた。そのため、子どもの話題は避け、話し合う時機が来るのを待つことにした。

③ 現実生活での対処法に焦点を当てる
日常生活の困り事、たとえば作業所での人間関係など、いろいろと溜め込んで疲れ、思い悩んでいることが多く、それを一人で繰り返し終わりなく考え込んでしまうことが多かったので、それについて、具体的にどうするかについて話し合った。
たとえば、「作業所で苦手な人がいる。(声の大きい年配の女性を)避けていたけどよく話しかけられる。気になってしまう。その人の声を聞くたびにしんどいと思う。作業中は話しかけられることはないが、休憩時間に話しかけられる」というような訴えに対して、「休憩時間に少し距離をとって過ごすことと、悪い人ではないし言われたことを気にしないようにしよう」などと具体的に助言した。
それだけでなく、Bさんが普段しんどくなった時にしていること、たとえばホットミルクを飲むことやしょうが湯を飲むこと、友だちに電話相談したりすることなどを大切にし、現実に少しでも気持ちが楽に過ごせるように配慮した。    
Bさんのように、複雑な家族的、経済的な問題を持ち、そのうえで身体症状を訴えてくる場合、身体症状は治療や援助を受けるための「入場券」(カナー)という役割をもつ。だが、身体症状への対応は、前述したように難しい。聞きすぎても聞かなくてもよくない。面接の焦点を身体症状から、現実生活での困っていることに移していくことが大切になる。そして、現実生活が少しでも生きやすいものとなるように応援していくことが大切になるのである。

★生活の基盤が不安定な場合は、まずは生活を安定させていくケースワークが大切となる。(中略)

おわりに――身体症状への対応と、人間関係や日常生活への対応と

身体表現性障害の患者は、身体症状でSOS信号を送っている。だが、当初は真剣に対応していた周囲の人たちも、検査をしても異常がなく「悪いところはないから、大丈夫です」と言われることが続くにつれて、対応が変化し「しっかりしなさい」「もっと頑張れ」とプレッシャーをかけるようになる。そのため、周囲の人との関係が悪くなりやすい。それだけではなく、長引く身体症状は、仕事を失うなどの経済的な問題も生み出しかねない。人間関係においても経済的にも不利をもたらしかねないのである。だから、身体表現性障害の患者への対応に際しては、身体症状への対応も大切なのだが、同時に、患者の人間関係や日常生活に目を配り、それらが悪い方向に向かないように、少しでもよい方向に向かうように配慮することがとても大切になると考えている。

注:引用中の「身体表現性障害」については、次のWEBページをそれぞれ参照して下さい。 「身体表現性障害 - 脳科学辞典」 加えてこれに関連する「身体症状症」については例えば次の資料を参照して下さい。 「身体症状症」 ii) 引用中の「三つの症例」において、この引用では「〔症例2〕」のみを採用し、他の二つの症例の引用は省略しています。 iii) 引用中の『「入場券」(カナー)』については、例えば次の資料を参照して下さい。 「小児の心身症」の 2)小児の心身症の理解 の「① 入場券としての症状」項 iv) ちなみに、上記「身体症状症」の危険要因と予後要因について、名越泰秀、西原真理編集の本、「精神科医が慢性疼痛を診ると その痛みの謎と治療法に迫る」(2019年発行)の 第2章 精神科における痛みの見立て の B. 身体症状症による疼痛の病態 の「3 身体症状症の危険要因と予後要因」における記述(P44~P45)を次に引用します。加えて、痛みが維持されてしまうメカニズムについて、同章 B. の「12 痛みが維持されてしまうメカニズム」における記述の一部(P54)を以下に引用します。

3 身体症状症の危険要因と予後要因
遺伝的要因が身体化を助長させやすくすることも指摘されており9),脳機能などの生物学的因子,家族との関係性や経済状況といった社会環境因子なども要因となる.教育歴が低い人,社会経済的地位が低い人に多く現れる2).
病気や健康に関して過剰に心配する傾向や,否定的感情が生じやすいパーソナリティ特性(神経症的特質)も要因となる.また.失感情症 alexithymia の傾向があることが多い.失感情症とは,自分がどのような感情を抱いているのかを認識することや,感情を言語化して表現すること,さらに自分の内面と周囲の状況を把握して自らの内面を洞察することが困難であるといった点を特徴とする.失感情症傾向のある身体症状症患者は,ストレスコーピングを状況に合わせて適切に用いることができていないといわれている10).
発症の誘因は,対人葛藤が29%で最多,身体疾患の罹患16%,心身の過労14%だという報告があるが11),誘因が必ず存在するわけでなく,明らかでないこともある.

注:i) この引用部の著者は富永敏行です。 ii) 引用中の文献番号「2)」は次の論文です。 「Chronic Pain in the Japanese Community--Prevalence, Characteristics and Impact on Quality of Life.」 iii) 引用中の文献番号「9)」は次の論文です。 「The genetic aetiology of somatic distress.」 iv) 引用中の文献番号「10)」は次の論文です。 「Relationship between alexithymia and coping strategies in patients with somatoform disorder.」 v) 引用中の文献番号「11)」は次の資料です。 「心療内科外来を受診した身体表現性障害患者の臨床的特徴」 vi) 引用中の「身体症状症」については例えば次の資料を参照して下さい。 「身体症状症」、「心療内科における身体症状症の位置づけ」 vii)上記身体症状症における引用中の「失感情症」(アレキシサイミア)と「身体感覚増幅」(例えば資料「身体症状症および関連症群の認知行動療法」の「Somatosensory amplification(身体感覚増幅)について」項を参照)との関連については例えば次の資料を参照して下さい。 「身体感覚増幅傾向と感覚モダリティ・身体部位イメージの特徴 アレキシサイミア特性との関連から」 viii) DSM-Ⅳの「身体表現性障害」(参照)から、引用中の「身体症状症」に関連する DSM-5 の「身体症状症および関連症群」に変更となって、前者の「医学的に説明ができない」ことよりも、「苦痛を伴う身体症状と、それに対する異常な思考・感情・行動」に主眼が置かれたことについては次の資料を参照して下さい。 「精神科とのクロストーク 身体表現性障害 精神科の立場から」の「Ⅰ.身体表現性障害という疾患の変遷について」項 なお、引用中の「身体症状症」の診断基準については例えば次の資料を参照して下さい。 「「多様な症状」を生じた症例の診療の実際 -本日の事例概要-」の「身体症状症(Somatic Sympton Disorder)」シート ix) 上記「身体症状症および関連症群」の病態は、「薬物療法の観点では、強迫、不安・恐怖、怒りに分類される」ことについては次の資料を参照して下さい。 「身体症状症および関連症群(身体表現性障害)の薬物療法はどこまで可能になったのか?

12 痛みが維持されてしまうメカニズム
では,次に,心理・社会的疼痛,身体症状症による疼痛はなぜ生じ,いつまでも持続してしまうにかについて述べる.慢性疼痛では,例えば,何らかのきっかけで生じた器質的な疼痛を知覚し続けると,痛みや他の身体感覚(些細な痛み,拍動,微かな手足の痺れなど)がさらに鋭敏となり,その痛みはどんどん悪くなるといった過度の予測,ただごとではないことが身体に起こっているといった破局的な認知が活性化されてしまう.
それによって不安,恐怖などの感情が湧き上がると,「再びあの強烈な痛みの波に襲われるのではないか」という,パニック症の予期不安に近い不安が生じる.極端な場合には発作的な強い痛みが一人のときに生じたらどうしようという不安,人前で倒れこんだらどうしようという不安が生じ,広場恐怖と同様の状態になることもある.
そうなると,痛みが悪化するリスクを未然に防ぐために,自宅で安静にしたり,例えば腰痛の場合ならば,腰に振動を与えないようにソロソロと歩いたりする.ベンゾジアゼピン抗不安薬や NSAIDs などを,好ましくない多い量まで朋したりすることもある.かつては楽しみであったショッピングやウォーキングは,痛みを予防するという理由でしなくなり,自宅に籠るようになる.
あるいは,別の人は,痛みの原因を突き止めようと躍起になって,あちこちの医療機関を受診したり,Web の神経難病の記事に掲載されているチェックリストで該当する項目を数えるであろう.
こういった安全行動があると,身体に関心が向き,さらに痛みの感覚が研ぎ澄まされ,ちょっとした痛みに過敏になり,痛みを維持させてしまう悪循環(とらわれ)が形成されてしまう(図2-16).
特に,最近ではテレビなどの情報媒体で健康番組がひっきりなしに流れ,web でも容易に医学情報を検索できる環境にある.国民の健康への関心は高まっており,裏を返せば健康不安に絶えず晒されている状況にあり,このような悪循環が生じやすくなっているといえる.

注:(i) この引用部の著者は富永敏行です。 (ii) 引用中の「図2-16」についての引用は省略します。ちなみに、 a) 引用中の「破局的な認知」に関連する「痛みの破局的な思考」を含む「痛みの破局的思考」についての図は次のガイドラインを参照して下さい。 「慢性疼痛治療ガイドライン」の図1-A(P19) b) 一方引用中の「破局的な認知が活性化されてしまう」ことに関連する、(不適応的)スキーマの一種である「損害や疾病に対する脆弱性スキーマ」が活性化することについてはここここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「パニック症の予期不安」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「NSAIDs」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「NSAIDsを理解するためにするために : NSAIDsとは」 (v) 慢性疼痛の症状維持モデルに基づく認知行動療法の効果についての研究例は次のWEBページを参照して下さい。 「慢性疼痛の症状維持モデルに基づく認知行動療法の効果:主観的評価と脳機能の観点から」 (vi) 加えて「慢性痛に対する認知行動療法」については次の資料を参照して下さい。 「慢性痛に対する認知行動療法」 さらに、引用中の「身体症状症」に関連する、 a)「身体症状症および関連症群の認知行動療法」については次の資料を参照して下さい。 「身体症状症および関連症群の認知行動療法」 b) 「身体症状症の対人関係療法における心理教育」については次の資料を参照して下さい。 「身体症状症の対人関係療法における心理教育」 (vii) 一方、「web でも容易に医学情報を検索できる環境にある」ことに関連するかもしれないサイバー心気症については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 (viii) 引用中の「痛みの原因を突き止めようと躍起になって」に関連する身体症状症の痛みに対する態度としての「一刻も早く痛みを取り去りたい」ことについて、同(B. 身体症状症による疼痛の病態)の 9 身体症状症とうつ病との鑑別 の「●痛みに対する態度」項における記述の一部(P50)を次に引用(『 』内)します。 『身体症状症の患者は,痛みの原因に対する原因検索を執拗に求めることが多い.また「一刻も早く痛みを取り去りたい」,「このまま悪化の一途をたどらないか」といった治療に対する要求も強く,痛みの除去に躍起になっていて,即時的な痛みの完全消失を希望することも多い.』

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≪余談5≫MUS又はパニック症等における内受容感覚、心拍知覚、身体感覚増幅、破局的思考等について、その他

注:標記MUSは、Medically Unexplained Symptom の略で、「医学的に説明できない症状」と和訳されます。以下に示す「身体感覚増幅」を含めて、例えば次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』、「感情制御にかかわる身体感覚研究の概観」、「感情制御にかかわる身体感覚研究の概観」 加えて、標記内受容感覚については例えば次の資料を参照して下さい。 「内受容感覚の概要と研究」、「予測的符号化・内受容感覚・感情」 また、ポリヴェーガル理論の視点からは他の拙エントリのここを、マインドフルネスの視点からは他の拙エントリのここここを、ヨーガの視点からは他の拙エントリのここここを、及び辺縁系セラピーの視点からは他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。その上に、一部が標記以外ですが失感情症(アレキシサイミア)と内受容感覚との関連については次の資料を参照して下さい。 「アレキシサイミアにおける、自己意識・メタ認知に関する統合的脳機能画像研究」 さらに、一部が標記以外ですがアレキシサイミア(感情失認)又はアレキシソミアと内受容感覚との関連については、身体感覚の増幅を含めて次の資料を参照して下さい。 「身体を通して感情を知る ―内受容感覚からの感情・臨床心理学―」 一方、標記「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学」 加えて、本項においてしばしば登場する「マインドフルネス」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

本項では主に内受容感覚、心拍知覚、身体感覚増幅、破局的思考等についての本、資料や論文の要旨を紹介します。最初に、内受容感覚の説明について、貝谷久宜、熊野宏昭、越川房子編著の本、「マインドフルネス -基礎と実践-」(2016年発行)中の大平英樹著の文書「内受容感覚とマインドフルネス」の 身体と自己意識 の「(2)内受容感覚」における記述の一部(P40~P41)を次に引用します。

内受容感覚(interoception)とは、身体の生理的状態に関する感覚であり、皮膚、筋、関節、内臓などから脳へ伝えられる信号によって構成されている(Craig 2002 : 2009)。身体からの信号は、体液性経路、脊髄経路、そして求心性迷走神経経路によって脳にもたらされる。身体信号は、中継点である視床を経由し、前部帯状回皮質、後部島、体性感覚野などの上位の皮質に到達する。さらに、こうした個々の皮質脳部位において知覚された身体の信号は、最終的に右側の前部島において束ねられ(図3)1)、身体の統合的な表象が形成されると考えられており、これを内受容感覚と呼ぶ(Damasio 1994 : Craig 2002 : 2009)。これに対して、上述した視覚、触覚、痛みなどの外的な刺激に由来する感覚を外受容感覚(exteroception)と呼ぶ。(後略)

注:i) 引用中の「図3」の引用は省略します。 ii) 引用中の文献「Craig 2002 : 2009」はそれぞれ次の論文です。 「How do you feel? Interoception: the sense of the physiological condition of the body.」、「How do you feel--now? The anterior insula and human awareness.」 加えて、これらの論文について次のWEBページで言及されています。 「心身症 - 脳科学辞典」の「身体から脳へ」項 iii) 引用中の本「Damasio 1994」に関連する「ソマティック・マーカー仮説」については、次のWEBページを参照して下さい。 「ソマティック・マーカー仮説 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「中継点である視床」については、次のWEBページを参照して下さい。 「体性感覚 - 脳科学辞典」の「中枢機構」項 v) 引用中の「前部帯状回皮質」に関連する「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 vi) 引用中の「後部島」及び「前部島」に関連する「島」については、次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 vii) 引用中の「体性感覚野」に関連する「体性感覚」については、次のWEBページを参照して下さい。 「体性感覚 - 脳科学辞典」 viii) 標記「内受容感覚」について、タイトルを除き拙訳はないものの、次の論文(全文)も参照した方が良いかもしれません。 「On the Origin of Interoception[拙訳]内受容感覚の起源について」、「Interoception and Mental Health: A Roadmap[拙訳]内受容感覚及びメンタルヘルス:ロードマップ」(他の拙エントリのここを参照) 加えて、資料「マインドフルネスと内受容感覚」をはじめとして、次のWEBページ及び資料にも、内受容感覚についての記述があり、参考になるかもしれません。 「内受容感覚の概要と研究」、「予測的符号化・内受容感覚・感情」、「文化的自己観と感情認識の明瞭性とを結ぶ内受容感覚」、「身体を通して感情を知る ―内受容感覚からの感情・臨床心理学―」、「内受容感覚の予測的符号化 ―福島論文へのコメント―」、「心身症 - 脳科学辞典」の「心身症の背景となる心理・性格的要因」項、「情動の気づき,身体の気づきと自律神経による恒常性調整プロセスの関係」 ix) 引用中の「内受容感覚」に加えて、「アレキシサイミア(失感情症)」及び「アレキシソミア(失体感症)」に関連した資料は次を参照して下さい。 「ストレス反応と心身の気づき」 一方、引用中の「内受容感覚」に加えて、「失感情症」、「失体感症」、「ストレス反応」、「自律神経機能」、「気づき」及び「身体感覚増幅」に関連した資料は次を参照して下さい。 「情動の気づき、身体の気づきと自律神経による恒常性調整プロセスの関係」 さらに、引用中の「内受容感覚」と不安との関連については、次の資料を参照して下さい。 「内受容感覚から考える不安の認知神経メカニズム」 x) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 xi) 引用中の脚注「1)」(P41)については、次に引用します。

1) 内受容感覚は前部島だけで機能局在的に実現されているわけではない。前部島は、前部帯状皮質などとともに、覚醒ネットワーク(salience network)と呼ばれる脳内の大規模神経ネットワークの重要なハブを形成している。内受容感覚も、こうした大規模なネットワークの活動から創発されると考えるのが妥当であろう(Feldman-Barrett & Simmoms 2015)。しかし、そのネットワーク中でも、前部島が特に重要な役割を果たしていることは事実であり、そのため本稿では前部島を中心に記述することとする。

注:i) 引用中の文献「Feldman-Barrett & Simmoms 2015」は次の論文です。 「Interoceptive predictions in the brain.」 ii) 引用中の「前部島」に関連する「島」については、次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典

加えて、マインドフルネス訓練と内受容感覚との関連について、同文書の「おわりに――マインドフルネス訓練の目的」における記述(P47)を以下に引用します。ちなみに、これに関連する論文はここを参照して下さい。

おわりに――マインドフルネス訓練の目的

本稿で述べてきた理論的枠組みは、前頭領域などの高次な脳部位に存在する意識がトップダウン的に身体を制御するという発想とは相いれない。本章の理論的枠組みは、脳と身体には、内的モデルにもとづいて、大量の、ノイズを含み、常に揺れ動くような、外界と身体内部からの信号を処理し、生きていくための動的均衡を実現するシステムが実現されており、その動作が自己意識を創発すると主張する。
身体への注意は、この脳と身体のシステムに影響を与える手段のひとつであり、マインドフルネス瞑想訓練で身体が重要視されることには、ここに根拠があるのではないだろうか。このような視点からは、マインドフルネス訓練の目的は、「脳と身体に実現されている内受容感覚と外受容感覚のシステムの動きを洗練させ柔軟かつ強靭にすること」であるといえるだろう(もちろん、現時点では、こうした主張はほとんど仮説の域を出ない。今後、実証的知見の蓄積により、この仮説が検証されるべきである。また、本稿で記述した外受容感覚と内受容感覚の脳と身体のモデルについても、計算論モデルを構築することにより、その動作を具体的に記述することが望まれる)。それにより、われわれは、自己の内外からのさまざまな刺激に対して、常に変化しつつも安定性を保ち、適応的に生きていくことが可能になるのかもしれない。

注:(i) 引用中の「外受容感覚」及び「内受容感覚」については、共にここを参照して下さい。 (ii) 標記「マインドフルネス訓練」に関連する「マインドフルネス」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「前頭領域」に関連する「前頭葉」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭葉 - 脳科学辞典」 (iv) ちなみに、マインドフルネスは内受容感覚が問題の中心となる疾患に対して、有効性がより高いかもしれないことについては、貝谷久宜/不安・抑うつ臨床研究会編の本「社交不安症の臨床 評価と治療の最前線」(2017年発行)中の竹林(兼子)唯、野口恭子、貝谷久宜著の資料「社交不安症の薬物療法心理療法」の SADに対する心理療法の効果 の「4 マインドフルネスの効果」における記述の一部(P104)を次に引用(『 』内)します。 『マインドフルネスは内受容感覚が問題の中心となる疾患や身体疾患に対して有効性がより高いかもしれない』(注:a) 引用中の「SAD」は社交不安症の略です。 b) 引用中の「身体疾患」は、次の論文を踏まえているようです。 「Efficacy of psychosocial interventions for psychological and pregnancy outcomes in infertile women and men: a systematic review and meta-analysis.」) (v) 加えて、突発性環境不耐症における、内受容感覚の弁別に関連する治療又は対処法の候補例について、他の拙エントリのここで紹介する論文(全文)「Idiopathic Environmental Intolerance: A comprehensive model」の「Changing The Sampling Strategy For Interoceptive Input」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『Other interventions, such as Mindfulness training and/or Acceptance and Commitment Therapy, which include a non-judgemental perception of bodily activity may also produce similar effects on interoceptive differentiation.[拙訳]マインドフルネス訓練及び/又はアクセプタンス&コミットメント・セラピー等の身体活動の非判断の知覚を含む他の介入法も、内受容感覚の弁別に対して同様な効果を生じるかもしれない』(注:1) 拙訳中の「マインドフルネス訓練」については他の拙エントリのここを、「アクセプタンス&コミットメント・セラピー」については他の拙エントリのリンク集を、マインドフルネスストレス低減法のボディスキャンにより内受容感覚プロセスが改善することについてはここをそれぞれ参照して下さい。 2) 拙訳中の「内受容感覚」にも関連する上記「Idiopathic Environmental Intolerance:IEI、突発性環境不耐症)の症状を生じるかもしれないプロセスについては、他の拙エントリのここの c) 項を参照して下さい。 3) 拙訳中の「内受容感覚の弁別」に関連する「内受容感覚の認知の鋭敏さが不安を増大させる影響」については、次の資料を参照して下さい。 「アレキシサイミアにおける、自己意識・メタ認知に関する統合的脳機能画像研究」の「4. 研究成果」項 4)拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」) (vi) ちなみに、引用中の「内受容感覚」から考える不安の認知神経メカニズムについては、次の資料を参照して下さい。 「内受容感覚から考える不安の認知神経メカニズム

その上に、「内受容の機能不全」は、「自身の内的な体験と、周囲の人が感じていることの間に深刻な不一致をもたらすかもしれない」ことについて、キャシー・L・ケイン、ステファン・J・テレール著、花丘ちぐさ、浅井咲子の訳の本、「レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒」(2019年発行)の 第3章 健全な発達が阻まれる時 の「内受容の機能不全」における記述の一部(P91~P92)を次に引用します。

内受容は、自身とつながるシステムであるとも言え、周囲との関わりの中で発達する。安全ではない環境で、周囲の社会的つながりのある人たちから信頼できるフィードバックを受けることなしに内受容が発達したら、自身との会話は、特に身体に関しては正確性を欠くこととなる。健全な感覚や反応であるのに、それを誤って解釈し、真実とはかけ離れたゆがんだ意味づけをするかもしれない。しかも、その過ちには気づかないだろう。自身の内的な体験と、周囲の人が感じていることの間に深刻な不一致が起こるかもしれない。そうすると、認知を誤って用いたりする。つまり彼らは世間知らずで、世界はどれだけ危険に満ちているのかを知らないのだ、といったナラティブを作り出したりしてしまうのだ。(後略)

さらに、感情心理学の視点からの「内受容感覚は領域一般的か領域特異的か」について、日本感情心理学会企画、内山伊知郎監修の本、「感情心理学ハンドブック」(2019年発行)の 第2部 感情の基本要素 の 10章 感情科学の展開 の 5節 結語:今後の研究における課題 の「1. 内受容感覚は領域一般的か領域特異的か」における記述(P219)を以下に引用します。なお、同本においては基本的に「emotion」の訳語としては「感情」を使用しているようです。

内受容感覚は,内臓,血管,自律神経系,内分泌系,免疫系など身体内部のきわめて多次元で大量の情報を伝える信号により構成されている。すると,島,OFC,ACC などの脳領域に存在する限られた数のニューロンにより,どのように内受容感覚の内的モデルとその制御が実現されているのかが問題となる。まず,内受容感覚の内的モデルとその制御が実現されているのかが問題になる。まず,内受容感覚の内的モデルは,各々の臓器や血圧,心拍,発汗などの生理的機能ごとに構築されているのか(領域特異的:domain specific),覚醒、鎮静,疲労など生理的状態のある程度大きなまとまりとして構築されているのか(領域一般的:domain general)という問題がある。福島(2019)はこの点について,下位のレベルにおいて各臓器などの個別・局所的な内受容感覚が形成され,それを束ねる形で上位の統合的・大域的な内受容感覚が形成されるというモデルを提案している。その妥当性は今後検討されなければならない。

注:i) この引用部の著者は大平英樹です。 ii) 引用中の「島」、「OFC」、「ACC」(注:これらは全てある脳領域を指します)については共にここを参照して下さい。 iii) 引用中の「覚醒」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「福島」についてのツイッターアカウントがあります。

また「予測的符号化における感情」について、同の 3節 内受容感覚の予測的符号化 の「5. 予測的符号化における感情」における記述(P207~P209)を次に引用します。なお、上記「内受容感覚の予測的符号化」については以下の vi) 項を参照して下さい。

Barrettら(Barrett, 2017a, 2017b; Barrett & Simmons, 2015; Barrett et al., 2016)はさらに,内受容感覚が外受容感覚や固有感覚と統合され,知覚や行動を制御して整合的な状態を維持していると主張する。視覚野や体性感覚野において知覚が形成されると共に,それに付随する身体状態の変化の知覚,すなわち内受容感覚が島において形成される。このため,外受容感覚や固有感覚は,常に何らかの内受容感覚を伴うことになる。言い換えれば,私たちが経験する意識は,内受容感覚を軸にして諸感覚を予測的符号化の原理により束ねることで成立すると考えられる。このように考えると,内受容感覚は感情だけに伴うものではなく,私たちが経験するすべての意識の基盤である。そして私たちは,これらの内受容感覚,外受容感覚,固有感覚における予測誤差の和を最小化するように,反応や行動を変化させると予測される。
例えば,通い慣れた道で突然蛇に出くわしたとしよう。その瞬間,視覚野において大きな予測誤差が生じる。するとその対象を視覚的に知覚すると共に,運動野や ACC や OFC などの内臓運動皮質に予測誤差信号が送られ,それらの内的モデルが更新される。その結果,運動プログラムが発動され骨格筋や循環器の作動が変化する。そうした反応の予測的符号化によって,体性感覚野では筋のこわばりが知覚され,島では心拍や血圧の上昇などが知覚される。それら一連の処理と平行して,扁桃体(amygdala)では事象の重要性に関する評価が進行し,線条体(striatum)では価値の計算が進行する。また,OFC では事象の置かれた文脈(同じ蛇でも,いつもの道で出会う場合と,初めて行った山中で出会う場合では文脈が異なる)が評価され,現在の状況の価値(きわめて危険度が高いのか,そうでもないのか)が計算される(Wilson et al., 2014)。さらに,こうした処理における予測誤差を縮小するための能動的推論として,飛び上がる,逃げる,などの行動が ACC などの働きにより選択される。島はこうした一連の処理において,神経ネットワークのハブとして脳と身体の働きを調整し,予測誤差を最小化するように働く。図10-4は,こうした過程の神経メカニズムを表現している(大平, 2017b)。
こうした内受容感覚を基盤として予測的符号化の原理により脳に表象された知覚が,上述したコア・アフェクトだと言うことができよう。コア・アフェクトは,私たちが経験するすべての事象に常に随伴しており,多次元的かつ連続的に変化しながら常に生じている。そうした過程は物理的・生物学的な実体であり,哲学でいう自然種(natural kind)であると考えられる。ここで重要なのは,予測誤差が小さく諸感覚のシステムに動きがない場合(通い慣れた道を歩く状態)には,コア・アフェクトの計算・処理は自動的に進行し,ほとんど意識されない,ということである。何らかの原因(上記例の蛇の出現)により予測誤差が大となると,それを縮小するために諸感覚システムに動きが生じて予測が更新され,私たちはコア・アフェクトの変化に気づくことになる(Gu et al., 2013)。つまり感情の最も基礎的な経験とは予測の更新によりもたらされるコア・アフェクトの変化である。それを契機として,例えば快-不快,覚醒-鎮静というような次元の概念を用いてコア・アフェクトがカテゴリー化され,感情が意識化されると考えられる。その際,覚醒-鎮静次元のカテゴリー化では扁桃体が,快-不快次元のカテゴリー化では OFC の一部である腹内側前頭前皮質の内側部が強く関与していることが示されており(Wilson-Mendenhall et al., 2013),カテゴリー化という過程を実現するのも,予測的符号化を支える神経ネットワークであることが示唆される。

注:(i) この引用部の著者は大平英樹です。 (ii) 引用中の「Barrett, 2017a」、「Barrett,(中略)2017b」はそれぞれ次の本、論文(全文)です。 「Barrett, L. F. (2017a). How emotions are made: The secret life of the brain. New York, NY: Houghton Mifflin Harcourt.」、「The theory of constructed emotion: an active inference account of interoception and categorization」 (iii) 引用中の「Barrett & Simmons, 2015」は次の論文です。 「Interoceptive predictions in the brain.」 (iv) 引用中の「Barrett et al., 2016」は次の論文(全文)です。 「An active inference theory of allostasis and interoception in depression」 (v) 引用中の「Wilson et al., 2014」は次の論文です。 「Orbitofrontal cortex as a cognitive map of task space.」 (vi) 引用中の「大平, 2017b」は次の資料です。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 加えて、引用中の「図10-4」の引用は省略しますが、代わりに同資料の Figure 4.[P7]を参照して下さい。 その上に、引用中の「視覚野」、「体性感覚野」、「島」、「扁桃体」、「線条体」、「ACC」(前部帯状皮質)、「OFC」(前頭眼窩皮質)については同資料を参照すると良いかもしれません。 さらに、「腹内側前頭前皮質」に関連する「内側前頭前皮質」についても同資料を参照すると良いかもしれません。一方、引用中の「内受容感覚」、「島」、「予測誤差」に関連する動画については次を参照して下さい。 「Part 2: 内受容感覚に左右される意思決定」 (vii) 引用中の「Gu et al., 2013」は次の論文です。 「Anterior insular cortex and emotional awareness.」 (viii) 引用中の「Wilson-Mendenhall et al., 2013」は次の論文です。 「Neural evidence that human emotions share core affective properties.」 (ix) 引用中の「コア・アフェクト」について、同の 2節 心理学的構成主義における感情の構造 の「1. 内受容感覚によりコア・アフェクトが形成される」における連続する記述の一部(P198)を二分割して次に引用(それぞれ『 』内)します。 『心理学的構成主義では,このような内受容感覚を基にして,感情現象の基盤となるコア・アフェクトが形成されると主張される。コア・アフェクトは身体と脳の機能により成立する神経生物学的な実体であり,常に連続的に生じていると考えられている。』、『心理学的構成主義では,当初,コア・アフェクトは,快-不快,覚醒-鎮静という2つの次元で表現され,経験されると考えられていた(Russell & Barrett, 1999)。しかし,近年,Barrett(2017b)はこの考え方を修正し,コア・アフェクトはそうした少数の次元に還元できるものではないと主張する。身体内部の信号はきわめて多次元的であり,またノイズに満ちた複雑なものである。その信号が,脳の神経ネットワークの活動として表象されたものが内受容感覚である。それゆえ内受容感覚も,本来多次元的で複雑なものであると考えられる。すると快-不快,覚醒-鎮静という次元は,そうした神経ネットワーク活動が言語により記述された概念によって解釈されたものであると考えることができるだろう。』(注:a) 引用中の「Russell & Barrett, 1999」は次の論文[全文]です。 「Core Affect and the Psychological Construction of Emotion」 b) 引用中の「Barrett(2017b)」についてはここの (ii) 項を参照して下さい。 c) 引用中の「快-不快」については次のWEBページを参照して下さい。 「快・不快 - 脳科学辞典」 d) 引用中のコア・アフェクト) 加えて、引用中の「コア・アフェクト」にも関連する「テキストマイニング」については例えば次の資料を参照して下さい。 「認知科学・人文学・情報学の統合的研究とテキストマイニング」 (ix) 引用中の「覚醒」に関連する「過覚醒」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「過覚醒」 (x) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 (xi) 引用中の「表象」についてはメンタライジングの視点からここを参照して下さい。 (xii) 引用中の「カテゴリー化」に関連するかもしれない、「カテゴリー的な内受容(感覚)」に関する論文要旨「Categorical interoception and the role of threat.[拙訳]カテゴリー的な内受容及び脅威の役割」を次に引用します。

Interoceptive fears and biased interoception are important characteristics of somatic symptom disorders. Categorization of interoceptive sensations impacts perception of their intensity and unpleasantness. In this study we investigated whether making interoceptive categories threat-relevant further biases interoception of individual sensations compared to safe categories. Either a category containing low- or high-intensity stimuli was made threat-relevant by instructing (and occasionally experiencing) that interoceptive sensations could be followed by an unpredictable electrocutaneous stimulus. We replicated that categorization had a profound impact on perceived interoceptive sensations, with stimuli within categories being perceived as more similar than equidistant stimuli at the category border. We found some evidence for the impact of threat on perceived characteristics of stimuli (with the direction of these effects depending on whether interoceptive stimuli of low or high intensity were threat-relevant), but not for altered categorical choice behaviour. These results imply that the perception of respiratory stimuli is influenced strongly by top-down processes such as categorization, and suggest that interoceptive processing may flexibly adapt to contextual factors such as threat in healthy individuals. However, inflexible responding to repeated and/or severe threat to the internal body may compromise accurate interoception and may result in interoceptive illusions contributing to medically unexplained symptoms and syndromes.


[拙訳]
内受容的な恐怖及び偏った(バイアスがかかった)内受容は、身体症状障害の重要な特徴である。内受容感覚のカテゴリー化は、その強度と不快さの知覚に影響を及ぼす。内受容のカテゴリーを脅威関連にすることが、安全なカテゴリーと比較して個々の感覚の内受容を偏らせるかどうかを、この研究において我々は調査した。低強度又は高強度の刺激を含むカテゴリーは、予測不可能な皮膚電気刺激が内受容感覚に続いて起こり得るだろうことを指示することにより(そして時には経験することにより)脅威に関連したものになった。カテゴリー化は、カテゴリー境界での等距離刺激よりも類似していると知覚されているカテゴリー内の刺激を伴い、知覚された内受容感覚に深遠な影響を及ぼすことを、我々は再現した。刺激の知覚特性(これらの効果の方向は、低強度又は高強度の内受容刺激が脅威に関連していたかどうかに依存することを伴う)に及ぼす脅威の影響に関するいくつかの証拠を、我々は見出したが、カテゴリー選択の行動の変化に対してはそうではなかった。これらの結果は、呼吸刺激の知覚がカテゴリー化等のトップダウン処理によって強く影響されることを含意し、そして内受容の処理が健康な個々人における脅威等の文脈の要因に柔軟に適応するかもしれないことを示唆する。しかしながら、内的身体に対する繰り返される及び/又は重大な脅威への柔軟でない応答は、正確な内受容を損うかもしれなく、そして医学的に説明できない症状や症候群に寄与する内受容の錯覚をもたらすかもしれない。

注:i) 拙訳中の「内受容」(感覚)についてはここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「医学的に説明できない症状」については次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?

以上に加えて、内受容感覚に関連した標記MUS、パニック症、内受容感覚のカテゴリー化、内受容感覚とストレス、PTSDにおける内受容感覚、内受容感覚と自閉スペクトラム症及び内受容感覚とソマティック・エクスペリエンスについての論文要旨をそれぞれ以下に紹介します。加えて、内受容感覚とアレキシサイミア(失感情症)の関係についての論文要旨例は、他の拙エントリのここを参照して下さい。

Improving heartbeat perception in patients with medically unexplained symptoms reduces symptom distress.[拙訳]医学的に説明できない症状を伴う患者における心拍知覚の改善は、症状の苦痛を軽減する。

Distortions in interoceptive accuracy have been linked to somatoform disorders. In line with cognitive theories of symptom formation in somatoform disorders, decreases in interoceptive accuracy have recently been observed to co-occur with more severe symptom reports. The current study tested the hypothesis that experimentally increasing interoceptive accuracy should decrease symptom severity in somatoform disorders. Twenty-nine patients with somatoform disorders were instructed in a newly developed heartbeat perception training procedure. Heartbeat perception, as a proxy for interoceptive accuracy, was assessed with a mental tracking task. Although there were no significant differences between the training group and a waiting control group (n=23) regarding increases in heartbeat perception, health anxiety served as a moderator and significant reductions in state symptom reports were observed after training. These findings suggest a relation between lower interoceptive accuracy and the perception of bodily symptoms in somatoform disorders.


[拙訳]
内受容感覚の正確さの歪みは、身体表現性障害に関連している。身体表現性障害における症状形成の認知理論に沿って、より重度の症状の報告とともに、内受容感覚の正確さの低下が併発することが、最近観察されている。本研究において、実験的に向上する内受容感覚の正確さが、身体表現性障害における症状の重症度を低下させるだろうという仮説を試験した。身体表現性障害を伴う患者 29人が、新たに開発された心拍知覚訓練方法を指導された。内受容感覚の正確さの代理としての心拍知覚は、精神的な追跡課題で評価された。訓練群と待機対照群(n = 23)との間に心拍知覚の増加に関する有意差はなかったが、健康不安はモデレータとして働き、そして訓練後に状態症状における有意な減少が観察された。身体表現性障害における低い内受容感覚の正確さと身体的症状の知覚との間の関係を、これらの知見は示唆する。

注:i) 拙訳中の「モデレータ」は調整役のような意味かもしれません。 ii) 拙訳中の「身体表現性障害」については、次のWEBページをそれぞれ参照して下さい。 「身体表現性障害 - 脳科学辞典」 加えてこれに関連する「身体症状症」については例えば次の資料を参照して下さい。 「身体症状症」、「心療内科における身体症状症の位置づけ」 iii) 引用中の「n = 23」は人数を指します。 iv) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

Interoceptive fear learning to mild breathlessness as a laboratory model for unexpected panic attacks.[拙訳]予期しないパニック発作に対する実験室モデルとしての軽い呼吸困難の内受容感覚恐怖学習

Fear learning is thought to play an important role in panic disorder. Benign interoceptive sensations can become predictors (conditioned stimuli - CSs) of massive fear when experienced in the context of an initial panic attack (unconditioned stimulus - US). The mere encounter of these CSs on a later moment can induce anxiety and fear, and precipitate a new panic attack. It has been suggested that fear learning to interoceptive cues would result in unpredictable panic. The present study aimed to investigate whether fear learning to an interoceptive CS is possible without declarative knowledge of the CS-US contingency. The CS consisted of mild breathlessness (or: dyspnea), the US was a suffocation experience. During acquisition, the experimental group received six presentations of mild breathlessness immediately followed by suffocation; for the control group both experiences were always separated by an intertrial interval. In the subsequent extinction phase, participants received six unreinforced presentations of the CS. Expectancy of the US was rated continuously and startle eyeblink electromyographic, skin conductance, and respiration were measured. Declarative knowledge of the CS-US relationship was also assessed with a post-experimental questionnaire. At the end of acquisition, both groups displayed the same levels of US expectancy and skin conductance in response to the CS, but the experimental group showed a fear potentiated startle eyeblink and a different respiratory response to the CS compared to the control group. Further analyses on a subgroup of CS-US unaware participants confirmed the presence of startle eyeblink conditioning in the experimental group but not in the control group. Our findings suggest that interoceptive fear learning is not dependent on declarative knowledge of the CS-US relationship. The present interoceptive fear conditioning paradigm may serve as an ecologically valid laboratory model for unexpected panic attacks.


[拙訳]
恐怖学習はパニック症に重要な役割を果たすと考えられる。良性の内受容感覚は、初期のパニック発作(非条件刺激 - US)の文脈で体験した時の大恐怖の予測因子(条件刺激 - CSs)になり得る。これら CS の単なる遭遇により、後に不安と恐怖を誘発し、そして新しいパニック発作を突然引き起こす可能性がある。内受容感覚の手がかりへの恐怖学習は、予測できないパニックをもたらすだろうことが示唆されている。本研究は、CS-US 偶発の宣言的知識なしに、内受容感覚 CS の恐怖学習が可能かどうかを調査することを目的とした。 CS は軽度の息切れ(又は呼吸困難)で構成され、US は窒息体験であった。習得(acquisition)中、実験グループは、6回の軽度の息切れの実演を受け、その直後に窒息を受けた。対照グループは試験間の休憩時間により両体験は常に分離された。その後の消去フェーズにおいて、被験者は6回の無強化の CS 実演を受けた。US の予期は連続的に評価され、驚愕性瞬目の筋電図、皮膚コンダクタンス、呼吸が測定された。CS-US 関係の宣言的知識も、実験後のアンケートで評価した。習得の終わりに、両グループは CS に応答した同等レベルの US 予期及び皮膚コンダクタンスを示したが、実験グループは、対照グループと比較して、恐怖が増強した驚愕性瞬目及び CS に応答した異なる呼吸を示した。CS-US に気づかない被験者のサブグループのさらなる解析は、驚愕性瞬目条件付けの存在を、実験グループにおいては確認されたが、対照グループにおいては確認されなかった。我々の知見は、内受容感覚恐怖学習は CS-US 関係の宣言的知識には依存しないことを示唆する。本内受容感覚恐怖学習パラダイムは予期しないパニック発作生態学的に有効な実験室モデルとして役立つかもしれない。

注:i) 拙訳中の「宣言的知識」は、言葉で説明できるような知識のようです。 ii) 拙訳中の「驚愕性瞬目条件付け」に関連する「瞬目反射条件づけ」については次のWEBページを参照して下さい。 「瞬目反射条件づけ - 脳科学

Categorical interoception: perceptual organization of sensations from inside.[拙訳]カテゴリー別の内受容感覚:内部からの感覚の知覚的な体系

Adequate perception of bodily sensations is essential to protect health. However, misinterpretation of signals from within the body is common and can be fatal, for example, in asthma or cardiovascular disease. We suggest that placing interoceptive stimuli into interoceptive categories (e.g., the category of symptoms vs. the category of benign sensations) leads to perceptual generalization effects that may underlie misinterpretation. In two studies, we presented stimuli inducing respiratory effort (respiratory loads) either organized into categories or located on a continuous dimension. We found pervasive effects of categorization on magnitude estimations, affective stimulus evaluations, stimulus recognition, and breathing behavior. These findings indicate the need for broadening perspectives on interoception to include basal processes of stimulus organization, in order for interoceptive bias to be understood. The results are relevant to a wide range of interoception-related phenomena, from emotion to symptom perception.


[拙訳]
身体感覚の適切な知覚は、健康を守るために不可欠である。しかしながら、体内からの信号の誤解は一般的であり、例えば、喘息又は心臓血管疾患においては致死的であり得る。内受容感覚性の刺激を内受容感覚のカテゴリー(例えば、症状のカテゴリー vs. 良性感覚のカテゴリー)に配置することは、誤解の根底にあるかもしれない知覚の一般化効果につながることを我々は示唆する。2つの研究において、カテゴリーへと体系化された又は連続次元に位置付けられた刺激を誘導する呼吸効果(呼吸負荷)を我々は提示した。規模推定、感情刺激評価、刺激認識、及び呼吸行動に関してカテゴリー化することの広範な影響を我々は見出した。内受容感覚のバイアスが理解されるためには、刺激体系の基礎的なプロセスを含めるための、内受容感覚に関する視点を広げる必要があることをこれらの知見は示す。結果は、情動から症状の知覚まで、内受容感覚に関係した現象の広範囲に関連している。

注:i) 拙訳中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。 「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点からここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

Interoception and stress.[拙訳]内受容感覚とストレス(全文はここを参照して下さい)

Afferent neural signals are continuously transmitted from visceral organs to the brain. Interoception refers to the processing of visceral-afferent neural signals by the central nervous system, which can finally result in the conscious perception of bodily processes. Interoception can, therefore, be described as a prominent example of information processing on the ascending branch of the brain-body axis. Stress responses involve a complex neuro-behavioral cascade, which is elicited when the organism is confronted with a potentially harmful stimulus. As this stress cascade comprises a range of neural and endocrine pathways, stress can be conceptualized as a communication process on the descending branch of the brain-body axis. Interoception and stress are, therefore, associated via the bi-directional transmission of information on the brain-body axis. It could be argued that excessive and/or enduring activation (e.g., by acute or chronic stress) of neural circuits, which are responsible for successful communication on the brain-body axis, induces malfunction and dysregulation of these information processes. As a consequence, interoceptive signal processing may be altered, resulting in physical symptoms contributing to the development and/or maintenance of body-related mental disorders, which are associated with stress. In the current paper, we summarize findings on psychobiological processes underlying acute and chronic stress and their interaction with interoception. While focusing on the role of the physiological stress axes (hypothalamic-pituitary-adrenocortical axis and autonomic nervous system), psychological factors in acute and chronic stress are also discussed. We propose a positive feedback model involving stress (in particular early life or chronic stress, as well as major adverse events), the dysregulation of physiological stress axes, altered perception of bodily sensations, and the generation of physical symptoms, which may in turn facilitate stress.


[拙訳]
求心性神経信号は内臓から脳に連続的に伝達される。内受容感覚は、最終的には身体的な作用の意識的知覚をもたらすことができる中枢神経系による内臓-求心性神経信号の処理を意味する。従って内受容感覚は、脳-身体軸の上向き分岐における情報処理の顕著な例として記述することができる。ストレス応答に有機体が潜在的に有害な刺激に直面したときに誘発される複雑な神経行動カスケードが関与する。このストレスカスケードは、一連の神経及び内分泌系経路を含むので、ストレスは、脳-身体軸の下向き分岐上の通信プロセスとして概念化することができる。従って、内受容感覚とストレスは、脳-身体軸上の情報の双方向伝達を通して関連づけられる。脳-身体軸上の通信を成功させる要因となる神経回路の過度及び/又は持続的な活性化(例えば、急性又は慢性ストレスによる)が、これらの情報プロセスの機能不全及び調節不全を誘発すると主張することができる。結果として、ストレスに関連する身体関連の精神障害の発症及び/又は維持に寄与する身体的症状がもたらされる内受容感覚の信号処理が変更されるかもしれない。本論文では、急性及び慢性ストレス、そして内受容感覚を伴うこれらの相互作用の基礎となる精神生物学的プロセスについての知見を我々は要約する。生理学的ストレス軸(視床下部-下垂体-副腎皮質軸及び自律神経系)の役割に焦点を当てながら、急性及び慢性ストレスにおける心理的要因についても論議する。ストレス(重大な有害事象はもちろん、特に早期の生活におけるもの又は慢性ストレス)、次々にストレスを助長するかもしれない、生理学的ストレス軸の調節不全、身体感覚の変化した知覚、そして身体症状の発生に関与する正のフィードバックモデルを我々は提案する。

注:i) ちなみに、慢性疼痛患者における交感神経変動と内受容感覚の関係性については、例えば次の資料を参照して下さい。 「慢性疼痛患者における交感神経変動と内受容感覚の関係性」 ii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

Clinical implications of neuroscience research in PTSD.[拙訳]PTSD における神経科学研究の臨床的な含意(全文はここを参照して下さい)

The research showing how exposure to extreme stress affects brain function is making important contributions to understanding the nature of traumatic stress. This includes the notion that traumatized individuals are vulnerable to react to sensory information with subcortically initiated responses that are irrelevant, and often harmful, in the present. Reminders of traumatic experiences activate brain regions that support intense emotions, and decrease activation in the central nervous system (CNS) regions involved in (a) the integration of sensory input with motor output, (b) the modulation of physiological arousal, and (c) the capacity to communicate experience in words. Failures of attention and memory in posttraumatic stress disorder (PTSD) interfere with the capacity to engage in the present: traumatized individuals "lose their way in the world." This article discusses the implications of this research by suggesting that effective treatment needs to involve (a) learning to tolerate feelings and sensations by increasing the capacity for interoception, (b) learning to modulate arousal, and (c) learning that after confrontation with physical helplessness it is essential to engage in taking effective action.


[拙訳]
極度のストレスへの曝露が脳機能にどのように影響するかを示す研究は、トラウマ性ストレスの性質を理解するために重要な貢献をしている。これには、トラウマを負った個々人が、現在において、不適切及びしばしば有害な大脳皮質下で起こす応答を伴う感覚情報への反応に脆弱である考えを含む。トラウマ性の体験のリマインダー(思い出させるもの)は強烈な情動を支える脳領域を活性化させ、そして、 (a) 動作出力を伴う感覚入力の統合、 (b) 生理的覚醒の調整、及び (c) 言葉におけるコミュニケーション体験の能力 に関与する中枢神経系(CNS)領域における活性化を減少させる。心的外傷後ストレス障害PTSD)における注意及び記憶の機能不全は、現在を営む能力に支障をきたす:トラウマを負った個々人の「世界において道に迷う」。(a) 内受容感覚の能力を増加させることにより感覚(フィーリング及びセンセーション)に耐える学習、(b) 覚醒を調整する学習、そして (c) 身体的な無力を伴う直面後に有効な行動をとることは必要不可欠であることの学習 に関与する有効な治療の必要性の示唆によるこの研究の含意をこの論文で議論する。

注:i) 拙訳中の「強烈な情動を支える脳領域を活性化させ」と「中枢神経系(CNS)領域における活性化を減少させる」に関連する「情動に関与する大脳皮質下の脳領域をより活性化させ、前頭葉のさまざまな領域、とくに内側前頭前皮質の活動を大幅に低下させる。」を含む引用は他の拙エントリのここここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「心的外傷後ストレス障害」に相当する「外傷後ストレス障害」については次のWEBページを参照して下さい。 「外傷後ストレス障害 - 脳科学事典」 iii) 拙訳中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。 「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点からここを参照して下さい。

Alexithymia, not autism, is associated with impaired interoception.[拙訳]自閉症ではなくアレキシサイミアが障害された内受容感覚に関連する(全文はここを参照して下さい)

It has been proposed that Autism Spectrum Disorder (ASD) is associated with difficulties perceiving the internal state of one's body (i.e., impaired interoception), causing the socio-emotional deficits which are a diagnostic feature of the condition. However, research indicates that alexithymia - characterized by difficulties in recognizing emotions from internal bodily sensations - is also linked to atypical interoception. Elevated rates of alexithymia in the autistic population have been shown to underpin several socio-emotional impairments thought to be symptomatic of ASD, raising the possibility that interoceptive difficulties in ASD are also due to co-occurring alexithymia. Following this line of inquiry, the present study examined the relative impact of alexithymia and autism on interoceptive accuracy (IA). Across two experiments, it was found that alexithymia, not autism, was associated with atypical interoception. Results indicate that interoceptive impairments should not be considered a feature of ASD, but instead due to co-occurring alexithymia.


[拙訳]
自閉スペクトラム症ASD)は、この状態の診断的特徴である社会-情動欠陥を引き起こす自分の身体の内部状態を知覚することの困難(すなわち、障害された内受容感覚)に関連することが提唱されている。しかしながら、内部の身体感覚からの情動の認識における困難により特徴づけられるアレキシサイミアは、非定型な内受容感覚にも関連することを研究は示した。自閉症集団におけるアレキシサイミアの高い割合は、ASD の症状と考えられているいくつかの社会-情動障害を裏付けることを示し、ASD における内受容感覚の困難は併発するアレキシサイミアによるものでもある可能性が高くなっている。この方向の調査の後、本研究はアレキシサイミアと自閉症が内受容感覚精度(IA)に及ぼす相対的な影響を検査した。 2つの実験にわたり、自閉症ではなくアレキシサイミアが非定型な内受容感覚に関連していることが判明した。これらの結果は、内受容感覚の障害が ASD の特徴であると考えるべきではなく、代わりに併発するアレキシサイミアによることを示す。

注:i) 拙訳中の「自閉スペクトラム症」については、例えば他の拙エントリを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。 「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点からここを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

Somatic experiencing: using interoception and proprioception as core elements of trauma therapy.[拙訳]ソマティック・エクスペリエンシング:トラウマセラピーの中核要素としての内受容感覚及び固有受容感覚の使用

Here we present a theory of human trauma and chronic stress, based on the practice of Somatic Experiencing(®) (SE), a form of trauma therapy that emphasizes guiding the client's attention to interoceptive, kinesthetic, and proprioceptive experience. SE™ claims that this style of inner attention, in addition to the use of kinesthetic and interoceptive imagery, can lead to the resolution of symptoms resulting from chronic and traumatic stress. This is accomplished through the completion of thwarted, biologically based, self-protective and defensive responses, and the discharge and regulation of excess autonomic arousal. We present this theory through a composite case study of SE treatment; based on this example, we offer a possible neurophysiological rationale for the mechanisms involved, including a theory of trauma and chronic stress as a functional dysregulation of the complex dynamical system formed by the subcortical autonomic, limbic, motor and arousal systems, which we term the core response network (CRN). We demonstrate how the methods of SE help restore functionality to the CRN, and we emphasize the importance of taking into account the instinctive, bodily based protective reactions when dealing with stress and trauma, as well as the effectiveness of using attention to interoceptive, proprioceptive and kinesthetic sensation as a therapeutic tool. Finally, we point out that SE and similar somatic approaches offer a supplement to cognitive and exposure therapies, and that mechanisms similar to those discussed in the paper may also be involved in the benefits of meditation and other somatic practices.


[拙訳]
ここでは、クライアントの注意を内受容感覚、運動感覚、及び固有受容感覚の経験に導くことを強調するトラウマセラピーの一種である、ソマティック・エクスペリエンシング(SE™)の実践に基づいたヒトのトラウマ及び慢性ストレスの理論を、我々は提示する。内部の注意、加えて運動感覚及び内受容感覚イメージの使用のこのスタイルは慢性及びトラウマティックストレスからもたらされる症状の分解をもたらしうることを SE は主張する。妨害の完了、生物学的に基づく、自己保護的及び防御的な応答、そして自律神経の過覚醒の開放及び調節を通してこれは達成される。SE 治療法の合成されたケーススタディを通して、我々はこの理論を提供する。この例に基づき、我々が中枢応答ネットワーク(CRN)と名づけた皮質下の自律神経系、辺縁系、運動系及び覚醒系により形成される複雑な動的システムの機能調節不全としてのトラウマ及び慢性ストレスの理論を含む、メカニズムに関与する可能性のある神経生理学的な理論的な解釈を我々は提供する。CRN への機能性の復活を SE の方法がいかにして助けるかを我々は実証し、そして、治療ツールとしての内受容感覚、固有受容感覚及び運動感覚への注意の使用の効力はもちろん、ストレス及びトラウマに対処する時の直観的で身体に基づく保護的な反応を考慮する重要性を我々は強調する。最後に、SE 及び類似した身体アプローチは、認知及び曝露療法を補足し、そして本論文において論じられているものと類似したメカニズムが瞑想及び他の身体的な実践の利益にも関与するかもしれないことも、我々は指摘する。

注:i) 拙訳中の「ソマティック・エクスペリエンシング」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「固有受容感覚」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「自立活動便り」 iii) 拙訳中の「トラウマ」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iv) トラウマの文脈における拙訳中の「辺縁系」については、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

Improvement of Interoceptive Processes after an 8-Week Body Scan Intervention.[拙訳]8週間のボディスキャン介入後の内受容プロセスの改善(注:全文は ここを参照して下さい)

Objective:
Interoceptive processes are defined as ability to detect sensations arising within the body. There is a growing body of research investigating ways of improving interoceptive processes. One promising approach increasing the attention to bodily sensations is the body scan (BS), a method stemming from mindfulness-based stress reduction. Research so far revealed only heterogenous findings of meditational practice and mindfulness-based stress reduction on interoceptive processes. Even more importantly, there is no study considering the effect of an 8-week BS intervention on interoceptive processes and the distinguishable subdomains of interoception. Therefore, the main objective of this research is to examine the effects of a BS intervention on different interoceptive subdomains over 8 weeks of training in two different samples.

Methods:
In study 1, healthy participants executed a 20 min standardized audiotaped BS in the BS intervention group (n = 25) each day over 8 weeks. The control group (n = 24) listened to an audio book for the same amount of time. In study 2, the BS group (n = 18) was compared to an inactive control group (n = 18). In both studies, three measurement points were realized and interoceptive accuracy (IAc) - using a heartbeat perception task - as well as interoceptive sensibility (IS) - using confidence ratings for the heartbeat perception task and the subscale 'interoceptive awareness' of the Eating Disorder Inventory-2 (EDI-2) - were assessed.

Results:
In study 1, we found, as a descriptive trend, IAc and confidence ratings to be increased irrespective of the condition. However, post hoc analysis revealed a significant improvement of IAc between T1 and T3 in the BS intervention only. IS revealed to be unaffected by the interventions. In study 2, we observed a significant positive effect of the BS intervention on IAc and confidence ratings compared to the inactive controls. As in study 1, IS (EDI-2) was unaffected by the intervention.

Discussion:
The results highlight the fact that interoception can be improved by long-term interventions focusing on bodily signals. Further studies might focus on clinical samples showing deficits in interoceptive processes and could use other bodily systems for measurement (e.g., respiratory signals) as well methods manipulating body ownership.


[拙訳]
目的:
内受容プロセスは、身体内で生じる感覚を検出する能力として定義される。内受容プロセスを改善する方法を研究する研究が増加している。身体感覚への注意を高める有望なアプローチの1つは、ボディスキャン(BS)、つまりマインドフルネスストレス低減法に由来する方法である。研究ではこれまでのところ、瞑想的実践及び内受容プロセスに関するマインドフルネスストレス低減法の不均一な知見しか明らかになっていなかった。いっそう重要なことは、8週間の BS 介入が内受容プロセスに及ぼす影響を考慮した研究がないということである。従って、この研究の主な目的は、二つの異なるサンプルにおいて、8週間の訓練にわたって BS 介入の異なる内受容サブドメインに及ぼす影響を調査することである。

方法:
研究1では、BS 介入群(n = 25)において、健康な参加者は毎日8週間にわたって、20分間標準化されたオーディオテープを用いた BS を実施した。対照群(n = 24)は、同じ時間のオーディオブックを聴いた。試験2では、BS 介入群(n = 18)を(特別な課題無しの)不活性対照群(n = 18)と比較した。両研究において3つの測定点が実現し、そして、心拍知覚課題(heartbeat perception task)に対する自信評価及び Eating Disorder Inventory-2 (EDI-2) のサブ尺度の「内受容感覚の気づき(interoceptive awareness)」を使用した内受容感覚の鋭敏さ(interoceptive sensibility、IS)はもちろん、心拍知覚課題を使用する内受容感覚の正確さ(interoceptive accuracy、IAc)を評価した。

結果:
研究1では、記述的傾向として、IAc 及び自信評価が条件とは無関係に増加することを我々は見出した。しかしながら、BS 介入のみにおいて T1 と T3 との間の IAc が有意に改善することを、事後解析は明らかにした。 IS は介入によって影響を受けないことが明らかにされた。研究2では、BS 介入の IAc 及び不活性対照群と比較した自信評価に及ぼす有意な正の効果を我々は観察した。研究1と同様に、IS(EDI-2)は介入により影響しなかった。

討論:
身体的信号に焦点を当てた長期介入により、内受容感覚が改善され得るという事実をこれらの結果は強調する。さらなる研究では、ひょっとして内受容感覚プロセスにおける欠損を示している臨床サンプルに焦点を当てるかもしれなく、身体のオーナーシップを操作する他の方法として、測定(例えば、呼吸信号)のために他の身体システムを使用することができるだろう。

注:i) 引用中の「n = 25」、「n = 24」、「n = 18」は共に人数を指します。 ii) 拙訳中の「心拍知覚課題」については例えば次の資料を参照して下さい。 「内受容感覚と感情の複雑な関係」 iii) 拙訳中の「EDI-2」については例えば次の資料を参照して下さい。 「摂食障害における完全主義傾向の意義について」の「II. 対象および方法」項 iv) 拙訳中の「内受容感覚の鋭敏さ」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「内受容感覚から考える不安の認知神経メカニズム」の「【内受容感覚の分類と不安傾向】」項 v) 拙訳中の「T1」は試験開始直後を、「T3」は試験開始から 8 又は 9 週間後をそれぞれ指すようです。詳細は 全文の「Procedures and Materials」項を参照して下さい。

さらに、身体感覚増幅及び破局的思考に関する論文要旨を以下に紹介します。なお、身体感覚増幅については他の拙エントリのここ及びここ、そして次のWEBページや資料を参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』、「身体症状症および関連症群の認知行動療法」の「Somatosensory amplification (身体感覚増幅)について」項、「身体を通して感情を知る ―内受容感覚からの感情・臨床心理学―」の「身体感覚の増幅」項(P312)、「感情制御にかかわる身体感覚研究の概観

Somatosensory amplification - An old construct from a new perspective.[拙訳]身体感覚増幅 - 新しい視点からの旧来の構成

The paper reviews and summarizes the history and the development of somatosensory amplification, a construct that plays a substantial role in symptom reports. Although the association with negative affect has been supported by empirical findings, another key elements of the original concept (i.e. body hypervigilance and the tendency of focusing on mild body sensations) have never been appropriately addressed. Recent findings indicate that somatosensory amplification is connected with phenomena that do not necessarily include symptoms (e.g. modern health worries, or expectations of symptoms and medication side effects), and also with the perception of external threats. In conclusion, somatosensory amplification appears to refer to the intensification of perceived external and internal threats to the integrity of the body ("somatic threat amplification") rather than amplification of perceived or actual bodily events only. Practical implications of this new approach are also discussed.


[拙訳]
本論文では、症状報告において重要な役割を果たす構成体である身体感覚増幅の歴史と発展をレビューし、要約する。ネガティブな感情との関連は、経験的な知見によって支持されているが、オリジナル概念のもう一つの重要な要素(すなわち、身体の過覚醒及び軽度の身体感覚に焦点を当てる傾向)は、決して適切に位置づけられていない。身体感覚増幅は、症状(例えば、現代の健康の心配、又は症状や薬物副作用の予期)を必ずしも含まない現象、そして外部脅威の知覚とも結びつくことを、最近の知見は示す。 結論として、身体感覚増幅は、知覚された、又は実際の身体的事象のみの増幅というよりも、身体の健全性への知覚された外部又は内部の猛威の増大を指すようである。 この新しいアプローチの実際的な含意も論議される。

注:引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 ii) 身体表現性障害(somatoform disorder)における身体感覚増幅を含む論文の要旨を参考として以下に引用します。ちなみに、身体表現性障害については次のWEBページを参照して下さい。 「身体表現性障害 - 脳科学辞典

A neural circuit framework for somatosensory amplification in somatoform disorders.[拙訳]身体表現性障害における身体感覚増幅に対する神経回路フレームワーク

Although somatosensory amplification is theorized to serve a critical role in somatization, it remains poorly understood neurobiologically. In this perspective article, convergent visceral-somatic processing is highlighted, and neuroimaging studies in somatoform disorders are reviewed. Neural correlates of cognitive-affective amplifiers are integrated into a neurocircuit framework for somatosensory amplification. The anterior cingulate cortex, insula, amygdala, hippocampal formation, and striatum are some of the identified regions. Clinical symptomatology in a given patient or group may represent dysfunction in one or more of these neurobehavioral nodes. Somatosensory amplification may, in part, develop through stress-mediated aberrant neuroplastic changes and the neuromodulatory effects of inflammation.


[拙訳]
身体感覚増幅は身体化において重要な役割を果たすと理論立てされているが、神経生物学的にはあまり理解されていないままである。この展望記事では、収束性の内臓-身体処理が強調され、そして身体表現性障害における神経イメージング研究がレビューされた。認知-感情増幅器の神経相関は、身体感覚増幅に対する神経回路フレームワークに統合された。前帯状皮質、島、扁桃体、海馬体、及び線条体は、同定された領域の一部である。与えられた患者又はグループにおける臨床的な症候学は、これらの神経行動学的結節の1つ又は複数において機能不全を意味するかもしれない。ストレスにメディエイトされた異常な神経可塑的な変化及び炎症の神経調節効果を通して、身体感覚増幅が部分的に発症するかもしれない。

注:i) 拙訳中の「身体表現性障害」については次のWEBページを参照して下さい。「身体表現性障害 - 脳科学辞典」 ii) 拙訳中の「身体感覚増幅」については次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』 ちなみに、化学物質過敏症と身体感覚増幅(尺度)の関連についてはここを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「前帯状皮質」については次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 iv) 拙訳中の「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 v) 拙訳中の「扁桃体」及び「海馬体」については共に例えば拙エントリのここを参照して下さい。 vi) 拙訳中の「線条体」について、 1) これを含む大脳基底核の神経解剖学的な紹介は例えば次の資料を参照して下さい。 「神経解剖学 第11回 大脳基底核」 2) 愛着障害における報酬系の視点からは例えば次の資料を参照して下さい。 「被虐待者の脳科学研究」の「Ⅳ.愛着形成障害の脳科学」項)

Relationships between catastrophic thought, bodily sensations and physical symptoms.[拙訳]破局的思考、身体感覚及び身体症状の間の関係(全文はここを参照して下さい)

BACKGROUND:
Researchers have recently begun to seek cognitive explanations for physical symptoms with no obvious biological cause. Concepts such as somatization, somatosensory amplification, and somatosensory catastrophizing have been invoked to explain these phenomena. Somatosensory amplification occurs when these bodily sensations become stronger and more painful. Somatosensory catastrophizing is the tendency to attribute these bodily sensations to unbearable functional modulation or as signs of serious illness. This causes the sufferer to pay excessive attention to these physical sensations. However, there is no scale for evaluating somatosensory catastrophizing, and there are no standard diagnostic criteria. There were two objectives for this study: to develop a scale for evaluating somatosensory catastrophizing and to investigate relationships between somatosensory amplification, somatosensory catastrophizing, and physical symptoms.

METHODS:
In the first part of this study, in which we developed the scale, there were 231 student participants with an average age of 20.1 years. Of these, 57% of the participants were female. In the second part of the study, there were two groups of participants. The first group consisted of 158 non-patient subjects, 56% of whom were female, with an average age of 20.2 years. There were 33 outpatients receiving treatment for somatoform disorders in the second group. The average age of these participants, of whom 67% were female, was 48.8 years. The second part of the study was conducted using standardized self-rating questionnaires to assess somatosensory amplification and catastrophizing.

RESULTS:
We developed a 27-item scale, which we have called the Somatosensory catastrophizing scale (SSCS). The SSCS assesses five key areas, and our analysis confirmed it to be valid and highly reliable. The scale identified that the patient group from the second part of the study scored more highly than the control group for both somatosensory amplification and catastrophizing. Additionally, the results of covariance structure analyses revealed a significant causal relationship of the form "somatosensory amplifcation" via "somatosensory catastrophizing" to "physical symptoms". This relationship held in both groups of participants. The key difference between the patient and non-patient groups was that somatosensory catastrophizing had a greater impact on the physical symptoms of the participants in the patient group.

CONCLUSIONS:
In this study, we developed the SSCS, which enables us to measure somatosensory catastrophizing empirically. We then clarified the relationship between somatosensory amplification, somatosensory catastrophizing, and physical symptoms. In the future, we expect to be able to apply our new understanding to developing intervention techniques to mitigate the physical symptoms caused by somatosensory catastrophizing.


[拙訳]
背景:
最近、明らかな生物学的原因を伴わない身体症状に対する認知的説明を研究者の方々は追究し始めている。これらの現象を説明するために、身体化、身体感覚増幅及び身体感覚の破局化(身体感覚に対する破局的思考)等の概念を呼び出している。身体感覚増幅は、これらの身体感覚がより強くなり、より痛みを伴うときに生じる。身体感覚の破局化は、これらの身体感覚を耐え難い機能調節または重篤な病気の徴候に帰する傾向がある。これにより罹患者はこれらの身体感覚に過度の注意を払うことになる。しかしながら、身体感覚の破局化を評価する尺度はなく、そして標準的な診断基準もない。この研究のための2つの目的は、身体感覚の破局化を評価するための尺度を開発し、そして身体感覚増幅、身体感覚の破局化及び身体症状との間の関係を調査することである。

方法:
この研究の第一の部分では、我々は尺度を開発した。平均年齢20.1歳の学生参加者は231人であった。このうち、参加者の57%が女性であった。研究の第二の部分では、2つのグループの参加者がいた。最初のグループは患者ではない非被験者158名で構成され、そのうちの56%が女性で、平均年齢は20.2歳であった。第二のグループでは身体表現性障害の治療を受けている外来患者33人がいた。これらの参加者の67%が女性で、平均年齢は48.8歳であった。この研究の第二の部分は、身体感覚増幅及び身体感覚の破局化を評価するための標準化された自己評価アンケートを用いて実施された。

結果:
身体感覚に対する破局的思考尺度(SSCS)と呼ばれる27項目の尺度を我々は開発した。SSCS は5つの主要な分野を評価し、そしてその分析により、それが有効で信頼性が高いことが確認された。この尺度により、研究の第二の部分からの患者グループが、身体感覚増幅及び身体感覚の破局化の両方で対照クループよりも高いスコアであることを同定した。さらに、形態「身体感覚増幅」は「身体感覚の破局化」を経由し「身体症状」に至る有意な因果関係を、共分散構造分析の結果は明確にした。この関係は両方の参加者グループで保持された。患者クループと非患者クループとの間の主要な相違点は、患者クループにおいて身体感覚の破局化が参加者の身体症状に及ぼすより大きな影響があったことであった。

結論:
本研究では、身体感覚の破局化の経験的な測定を可能にする SSCS を我々は開発した。それから身体感覚増幅、身体感覚の破局化、及び身体症状との間の関係を我々は明確にした。将来的には、身体感覚の破局化により引き起こされる身体症状を軽減するための介入テクニックの開発を行うための新しい理解を適用することができることを我々は期待する。

注:i) 拙訳中の「SSCS」については、全文の他に例えば次の資料を参照して下さい。 「難治性末梢性めまいの重症度に影響する心理社会的要因の検討」 ii) 拙訳中の「共分散構造分析」については、全文の他に例えば次の資料を参照して下さい。 「共分散構造分析の基礎と実際

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≪余談6≫対人操作性について

境界性パーソナリティ障害自閉スペクトラム症アスペルガータイプ)とを鑑別する一視点としての対人操作性について、宮岡等、内山登紀夫著の本、「大人の発達障害ってそういうことだったのか」(2013年発行)の 第3章 診断の話 の【合併と鑑別――境界性パーソナリティ障害】における記述の一部(P105~P109)を次に引用します。

相手を困らせる行動をとるボーダー 困らせるとわからずにやってしまうアスペルガー

宮岡 非常に衝動性が高かったり、自傷行為をしたり、薬を大量に飲んだりという人の多くは、境界性パーソナリティ障害あるいは情緒不安定性パーソナリティ障害という診断がついていますが、そのなかに発達障害の人が含まれているのではないかと思います。より難しいのは高機能の方だと思いますが、どうやって見出したら良いでしょうか。
内山 境界性パーソナリティ障害、いわゆるボーダーと言われている人のなかに発達障害はかなり多いと思います。なぜかというと、ボーダーの症状そのものは衝動のコントロールが悪いとか、並列の記述ですから。
宮岡 そうですね。症状は横断面の症状だけですものね。
内山 はい。安定した対人関係がもてない、リストカットをする。どちらも、アスペルガー、あるいは比較的高機能の重症でも十分ありうる症状なんですね。
彼らは社会的不適応を起こしたときに、知的に上手に乗り越えることができないので、結果的には、いわゆるアクティング・アウトをします。アクティング・アウトした行為だけに注目すると、ボーダーの診断基準に達する人はたくさんいるはずです。精神世界をどれだけ解明できるかによって違ってくるでしょうね。
宮岡 結局、内面をどこまで尋ねるかにかかってくるわけですね(笑)。
内山 ボーダーにはいろいろな精神療法がありますが、ぜんぜん深まっていないことがけっこう多いと思うのです。
宮岡 面接が深まっていないということですね。
内山 内面を見ないとか、ずっと自分の好きな話だけで終わってしまうとか。そういうケースはかなりの確率で発達障害が疑われると思います。
本来のボーダーの子は、対人交流はできるけど変わった行動をします。こうすれば相手が嫌がるとわかっていて、困らせる行動をとる。それがボーダーの一つの典型ですね。アスペルガーはこうすれば困るとわかっていなくて、結果的に困らせる行動をしてしまっています。
宮岡 本当は読みやすい、わりあい単純に判別できるということですよね。
内山 だから、深読みしなければアスペルガーかボーダーかはわかると思うのですが、妙に深読みする人が多くて、結果的にわからなくなっちゃうんです。
宮岡 深読みするから、かえって自閉症がボーダーに見えてしまう。なるほど。そういうことですか。
私は三~四歳までの親子関係がきちんとしている人にボーダーはほとんどいないと思っています。ですから、たとえば、親との離死別体験や家庭内離婚がなかったかを聞く。すると、親たちは仲がよく、夫婦で子育ても頑張っていたことがわかる。幼児期は良好な親子関係だったはずなのに、大人になったいま、どうして非常に衝動性が高い行動をとるのだろう。パーソナリティ障害の軸では捉えられないような気がしていたんです。だから、パーソナリティ障害の軸では捉えずに、何かほかのアプローチをすべきなんじゃないか考えていました。
内山 よい方法だと思いますね。
宮岡 そう考えると、そういう人を入れる診断の引き出しがないのです。
内山 昔はなかったですからね。
宮岡 だから発達障害という概念が出てきて、「ああ、この人はここへ入れられるかもしれない」と思いました。やっと引き出しが見つかって安心した、みたいな。
内山 おっしゃるとおりですね。ストーリーがうまくつくれないのが発達障害です。
宮岡 そうですね。ボーダーはストーリーが見えるところがありますから。だから、鑑別はそれほど難しくない気もするのですが、実際には誤診の可能性もありえます。
内山 境界性パーソナリティ障害も診断基準が多数あって、DSM的にチェックリストでやるのか、分析的にやるのか、あるいは統合失調症との境界というかたちで昔からのやり方で診断するのかによって、ずいぶん違ってくると思います。視点によって診方が違ってくるのですね。
つまり、パーソナリティという視点で見ればパーソナリティ障害なんだけど、発達という視点でみればアスペルガーで、どちらも間違いではありません。だから、誤診とも言い切れないし、合併とも言い切れないです。
ウィング先生はどちらの診断名にしたほうが治療的に実があるか、治療的な指針が立つかという視点で考えておられます。僕はアスペルガーと診断するほうが治療指針を立てやすいので、アスペルガーとの診断名をつけています。スキゾタイパルあるいは境界性パーソナリティ障害と診断しても、僕には治療指針が立てられませんから。逆に境界性パーソナリティ障害がご専門の先生方は、境界性パーソナリティ障害と診断したほうが治療指針が立てやすいだろうと思います。とても難しいところですね。
宮岡 ここは大事な点かもしれないですね。境界性パーソナリティ障害の治療をあまり専門的とはいえない、たとえば通常の外来診療のなかで行うとき、精神療法的にやろうとする立場と、当面の社会適応の最低限のアドバイスでやろうとする立場の二種類があります。ASDへの対応と似ていますよね。
内山 そうですね。リミット・セッティングして、具体的な診断をディレクティブにやるというのであれば、けっこう似ていますね。
治療技法によって経過や結果は違ってきます。たとえば、精神内界をすごくいじるような治療をすれば、おそらくアスペルガーはより悪くなる。でも、境界例と診断してプラクティカルな治療をする先生だったら、どちらの治療法でもアスペルガーにとってはそれほど違わないから、悪くはならないでしょう。むしろそのほうがよいかもしれないですね。
宮岡 境界性パーソナリティ障害の典型例について、「手首切って、薬飲んだらボーダー」と思っている先生方がけっこう多いのが気になっています。典型例は「先生、いまから死にます。でも、場所は教えません」と電話をかけてくる人だと、私はときどき講義で言っています。つまり相手を金縛り状態にさせてしまうのが「他者への操作性」の典型だと思います。本人は操作しているとは意識していないのですが、結果的に周囲を操作することになっている。発達障害の人はこういう言い方はしないですよね?
内山 絶対にしないですね。
宮岡 そういうコアのところを診ていって、両者を区別はしなければならない。たとえ治療法は同じだったとしても、区別はしなければならないだろうと思うんです。
内山 そうですね。先生がおっしゃったように、操作的なところに焦点を当てて診断すれば、ボーダーはむしろ発達障害の対極にあると考えていいかもしれません。
宮岡 そうですよね。
内山 相手を操作的に困らせる点ではボーダーはサイコパスに近いです。発達障害は、相手を困らせようと意図していないのに結果的に困らせてしまうのですが、サイコパス境界性パーソナリティ障害の人は、操作的に困らせる。そういう違いも大きいですね。
(後略)

注:i) 引用中の「アクティング・アウト」は、精神疾患を治療中の患者の心的葛藤やストレスが、主に治療場面以外の行動に現れてしまうことのようです。 ii) 引用中の「DSM的」に関しては、例えば、次のWEBページを参照して下さい。「境界性パーソナリティ障害 - 脳科学辞典」の「精神症状と診断」項 iii) 引用中の「統合失調症との境界というかたち」に関連する「境界性パーソナリティ障害統合失調症神経症の境界的状態」については、例えば、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「ASD」は「自閉スペクトラム症」のことです。 v) 引用中の「他者への操作性」に関連する「意図的な操作性」及び引用中の「ストーリーがうまくつくれないのが発達障害です」と「ボーダーはストーリーが見える」については、共に次の資料を参照して下さい。 「成人の精神医学的諸問題の背景にある発達障害特性」の「8 .境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder)」項 vi) 一方、標記対人操作性と見紛う現象について、内海健著の本、「自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐひとたちのために」(2015年発行)の 13章 鑑別診断-統合失調症境界性パーソナリティ障害 の「操作性はない」における記述を(P256~P257)次に引用します。

BPD の臨床特性としてしばしば指摘されるのが,操作性である.治療者を,自分の意に沿うように振り回すことを指す.それに対して,ASD の場合,基本的には操作性はない.むしろ乏しいはずである.なぜなら,こころというものがわかりにくい人たちだからである.
だが,操作性と見紛うような現象は,しばしば臨床場面で起こる.それにはいくつかの要因がある.
一つは,地続き性という心性である.たとえば公私の区別がつかない.医療という枠組みがわからず,外でのふるまいが平然ともちこまれ,それに治療者が巻き込まれてしまうということがある.ASD の臨床では,枠組みが守られるか,守られないかは間一髪のところがある.いったん枠組みが認知されれば,整然とした受療態度になる.
あるいは自他未分という心性から,治療者も自分と同じような考えをもっていると思い込んでいる.それゆえ治療者との間に齟齬が起こることに耐えられないということが起こりうる.
対人相互性が欠落していると,一方的に要求しているかのようなふるまいが起こる.「与える」と「もらう」のベクトルがわからない.本人にとってみれば当然のことをしているまでなのだが,やられた方は,異様なものに診療の場を侵食されたように感じる.そして独特の抵抗しがたさがある.いったん例外的な要求が通ってしまうと,それを修正するのはむずかしい.たとえば診療時間や処方などについて,収拾がつかなくなることもある.
あるいは治療者の示した親切に対して,混乱している場合がある.治療者にしてみれば,自分の示した親切が裏切られた思いにさせられることもある.それにかぎらず,医原性に誘発されている操作性があることは,つねに念頭においておかなければならないだろう.

注:i) 引用中の「BPD」と「ASD」はそれぞれ「境界性パーソナリティ障害」と「自閉スペクトラム症」のことです。 ii) 引用中の「自他未分」とは、他者と自己、そして私と対象が未だ分節されていないことを指すようです。

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≪余談7≫「双極Ⅱ型障害」を「境界例」あるいは「境界性パーソナリティ障害」と誤診することについて

最初に標記について、岩波明著の本、「どこからが心の病気ですか?」(2011年発行)の 第三章 躁うつ病 の「躁うつ病の分類」における記述の一部(P53)を次に引用します。

躁うつ病の分類(中略)

双極Ⅱ型障害で見られる軽度の躁状態は、診断することが難しい場合が多く、しばしば「性格」とみなされています。精神科医でもこの疾患を「境界例」あるいは「境界性パーソナリティ障害」と誤診することがあります。双極Ⅱ型障害においては、感情面の変化に伴って、大量服薬、リストカットなど、さまざまな問題行動を伴うことがよく見られるためです。(後略)

注:i) 引用中の「双極Ⅱ型障害」に関連する「双極性障害」(躁うつ病)については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「境界性パーソナリティ障害」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「問題行動を伴う」ようになることに関連する「demoralization」について、双極Ⅱ型障害境界性パーソナリティ障害との鑑別も含めて、内海健著の本、「双極Ⅱ型障害という病 改訂版 うつ病新時代」(2013年発行)の 第三章 臨床プロフィール の「Demoralization(士気低下)」における記述の一部及び「境界性パーソナリティ障害との鑑別」における記述(P071~P075)を次に引用します。*38

Demoralization(士気低下)
この章のはじめに提示した症例Bで目立つのは、いわゆる人格水準の低下である。いともたやすく嘘をつき、異性関係にだらしがなく、自己本位となり、そして就労するなど社会的に機能することなく、それにむけての努力もみられない。だが、振り返ってみると、そもそもこの事例は、病前においては活発であり、気働きができ、几帳面で、身辺の整理整頓を欠かさず、そして他人には愛想がよく、魅力的な女性であった。治療の初期には、そうしたことの片鱗が随所にうかがわれたが、今は見る影もない。
「人格水準の低下」とは、いかにも蔑称の響きがあり、あまり使いたくない用語であるが、残念なことに、臨床的にはそういわざるをえない状態が起こりえる。これは疾患の自然経過であるとする立場もあるが、筆者は、「重篤な病に対する闘病の結果として生ずる一つの様態」として考えたほうがよいと思う。気分障害でも一定の割合で起こるが、そう頻度の高いものではなく、多く見積っても一、二割と言われる。
ただ、双極Ⅱ型障害の場合はそう少なくはない。むしろ起こりやすい病態であると考えておいた方がよい。とくにBPⅡの人格水準の低下に対しては、demoralization という用語が、しばしば用いられる。この場合、moral=モラルとは「土気」のことであるが、同時に、いわゆるモラル(=道徳)も含意されている。
気分障害において起こる「人格水準の低下」の代表的なものは、躁うつの病相を繰り返すうちに起こってくるものと、うつ病の遷延化である。双極Ⅱ型障害の demoralization は、後者を参照するとわかりやすい。
先に、異なる点を挙げると、遷延うつ病とはスピードが違う。すでに述べたことだが、BPⅡの場合、その進行は急速である。場合によっては、数ヶ月もしないうちに、人格の変容がおこる。
そして様態が激しい。おそらくは軽躁成分のなせるわざであろうが、遷延うつ病よりもはるかに華々しい。たとえば、性的に乱脈になったり、リストカットや適量服薬などの自傷をしたり、アルコールや物質依存に走ったりなど、例外的な事態が頻発する。
似ている点は、「人格と病気の混交」とでもいうべき状態が起こることである。病気なのか、性格なのか、病前を知らない者には判別ができないような様態となる。BPⅡではその進行は、一旦始まると、驚くほど速い。人格が病気の侵食をうけ、ないまぜとなったような状態に、見る間に陥っていく。回復を図る主体であるはずの人格と、治療の対象である病気が混合すると、はなはだやっかいな病態となる。(中略)

境界性パーソナリティ障害との鑑別
こうしたBPⅡ特有の人格水準の低下は、一旦発動すると、楽観できない様態となる。場合によっては、可逆的とはいえなくなることもある。こうなると、いわゆるパーソナリティ障害、それも境界性パーソナリティ障害(BPD)との異同が問題となる。
この問題は後にも触れるが、重要な鑑別点を挙げておく。もっとも大切なことは、内因的な気分変調を捉えることである。ただ、BPⅡの抑うつには、この章でふれたような特性があることを考慮しないと見逃されやすいことは注意しなければならない。気分変調があれば、BPDはとりあえず除外してよい。少なくとも治療において優先される課題は、まず気分変調のコントロールになる。
ただ、BPDでも、内因性ではないにせよ、抑うつ的な症状がある。それゆえ他にも鑑別のポイントを知っておくことが望まれる。当たり前のことだが、双極Ⅱ型障害境界性パーソナリティ障害は、疾患が違う。前者は気分障害であり、後者は人格障害である。いわゆる state(状態)と trait (特性)の違いがある。それゆえBPⅡの場合には、状態依存的であり、気分障害が治れば消失する。ただ、すでに述べたように、一旦 demoralization が発動すると、病気と人格が強く結びつき、容易には回復しない様態となる。
その場合には、病歴を遡り、現在の患者のBPD的な特徴が、一定の傾向をもって、はるか以前から持続しているのかどうかを検証してみればよい。あるいは病相にともなって、変動しているかどうかを確認すればよいだろう。
いま一つの鑑別点としては、社会的な機能や仕事の能力が上げられる。BPDの場合、人をひきつける魅力をもった外見に反して、生産性が意外なほど貧困であることが特徴的である。それに対して、BPⅡでは病前や病間期は社会的に機能しており、場合によっては高い能力を発揮して、成果を挙げていることがある。
経験的にみると、BPⅡがBPDと誤診されるのは、demoralization に伴う行動化によることが多い。
つまりリストカットや過量服薬、あるいは薬物の乱用や性的な乱脈、さらには治療の枠を侵犯したり、揺るがしたりするような行為が見られるとき、ついBPDと安易に診断される傾向にある。
対象関係の質も異なる。BPDの場合、いわゆる同一対象に対する理想化と価値下げのスプリッティングを基調とした対象関係が特徴的である。それに対して、後に述べるように、BPⅡでは対象関係はもっと安定したものである。
いずれにしても、BPⅡをBPDと誤診するのは、あまりよい臨床的な徴候ではない。しばしば治療関係がうまくいっていないことを物語っている。そして対象とすべき気分変調が看過され、患者はいつまでも回復の糸口を見出せない状態に留め置かれることになる。

注:i) 引用中の「BPⅡ」は双極Ⅱ型障害のことです。 ii) 引用中の「境界性パーソナリティ障害」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「理想化と価値下げ」に相当する「理想化とこきおろし」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

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≪その他余談≫

(a) 心因性てんかん発作
標記「心因性てんかん発作」については、 a) 次の資料を参照して下さい。 「第14章 心因性非てんかん発作の診断 - てんかん診療ガイドライン2018」 b) 加えて中里信和監修の本、『「てんかん」のことがよくわかる本』(2015年発行)の「COLUMN 見分けるのがむずかしい心因性てんかん発作」における記述の一部(P80)を次に引用します。

心の悩みが無意識のうちに出てしまう
心因性てんかん発作は、「いやなことをさけられる」「やさしくしてもらえる」など、発作を起こす本人にとって利がある状況のときに起こりやすく、まわりが大騒ぎすればするほど長引き、ひどくなる傾向があります。しかし、本人が意識的に演技しているわけではありません。無意識のうちに精神的なストレスが症状として現れてしまうのです。
てんかんもある人の場合、発作の増加をすべててんかん性のものととらえると、薬の無意味な増量につながってしまいます。逆に「また心因性の発作だ」と決めつけてしまうのも問題です。(中略)

てんかんと、心因性てんかん発作を合併する人も少なくない(中略)

心因性発作でよくみられること
頭を左右にふる。「いやいや」をするような動き
意識を失う発作の途中で目を閉じる
ぼうっとしているのに目的にかなった行動をとれる(中略)

外来だけでは診断を間違えやすい。入院したうえで長時間脳波モニタリングを受けよう

注:i) 引用中の「てんかん」は漢字で書くと「癲癇」です。「転換」ではありません。 ii) 引用中の「てんかんと、心因性てんかん発作を合併する人も少なくない」と類似な表現が、次の pdfファイルにも見られます「心因性非てんかん性発作(いわゆる偽発作)に関する診断・治療ガイドライン」の「<注釈> 1)PNES にてんかん発作が並存する場合」項(P5)。ただし、心因性てんかん性発作は PNES と呼ばれています。 iii) 引用中の「長時間脳波モニタリング」については、例えば次のツイート及び資料を参照して下さい。(ここここ及びここ)、「心因性非てんかん性発作(いわゆる偽発作)に関する診断・治療ガイドライン」の「<注釈> 2)ビデオ脳波同時記録」項(P3) iv) ちなみに、a) 次のWEBページに変換症(転換性障害)や非てんかん性発作における併存症についての記述があります。 「変換症 - 脳科学辞典」の「併存症」項 b) 心理教育での介入により心因性てんかん発作が減少したことを示す論文の要旨を次に引用します。

A multicenter evaluation of a brief manualized psychoeducation intervention for psychogenic nonepileptic seizures delivered by health professionals with limited experience in psychological treatment.[拙訳]心理的治療における限定された経験の健康専門家により実行された手短なマニュアル化心理教育での介入のマルチセンター評価」

RATIONALE:
The aim of this study was to add to our understanding of the impact of psychoeducation on patients' acceptance of the diagnosis of psychogenic nonepileptic seizures (PNESs), the frequency of their seizures, and their quality of life. The study also aimed to evaluate the effectiveness of brief manualized psychoeducation interventions for PNESs, delivered by a more diverse range of clinicians and in a wider range of treatment settings.

METHOD:
The final sample consisted of 25 patients diagnosed with PNESs by a neurologist specializing in the treatment of seizure disorder and referred to the psychotherapy service. The study included patients from four centers, using a manualized psychoeducation intervention delivered over 4 sessions by specialist epilepsy nurses and assistant psychologists. All patients completed self-measure questionnaires for Seizure Frequency, Impaired Functioning (WSAS), Psychological Distress (CORE-OM), Illness Perception (BIPQ), Health-Related Quality of Life: general (ED-QOL) and epilepsy-specific (NewQOL-6D), Symptom Attribution, and patient's perception of usefulness and relevance of the intervention. All measures were collected at baseline and after the completion of the fourth session.

RESULTS:
All measures improved from baseline to postintervention, but this improvement was only significant for CORE-OM (p<.05) and BIPQ (p<.01). Out of the 25 patients who completed the intervention information, 6 out of 25 (24%) had been seizure-free for the past month, and an additional 6 out of 25 (24%) had achieved seizure frequency reduction. Consequently, upon completion of the intervention, 12 out of 25 patients (48%) were either seizure-free or experienced fewer seizures compared with the start of the intervention.

CONCLUSION:
The evidence suggests that brief manualized psychoeducation intervention can reduce PNES frequency, improve the psychological distress, and have an effect on patients' illness perceptions that should help them engage with a more extended psychotherapy program if that was necessary. The intervention was carried out successfully by staff with relatively little training in delivering psychological interventions. Further controlled studies are required to provide proof of efficacy.


[拙訳]
理論的根拠:
本研究の目的は、心因性てんかん性発作(PNESs)の診断の患者の受容、その発作の頻度、及び生活の質(QOL)に関する心理教育の影響を我々の理解に追加するものであった。本研究はまた、より多様な範囲の臨床医により、より広い範囲の治療セッティングにおいて実行される PNESs のための手短なマニュアル化心理教育の介入の有効性を評価することも目的とした。

方法:
最終のサンプル(被験者)は、発作性障害の治療が専門及び心理療法サービスに言及した神経科医によって PNESs と診断された患者25人から構成された。この研究には4つのセンターからの、専門てんかん看護師及びアシスタント心理学者により実行された4セッションのマニュアル化心理教育の介入を用いた患者を含む。発作頻度、機能障害(WSAS)、心理的苦痛(CORE-OM)、病気の知覚(BIPQ)、健康関連 QOL:一般(ED-QOL)及びてんかん特異(NewQOL-6D)、症状帰属及び介入の有効性と妥当性の患者の知覚の自己測定のアンケートを全ての患者が記入した。全ての測定はベースライン時と4セッション終了後に集められた。

結果:
全ての測定はベースラインから介入後まで改善したが、この改善は、CORE-OM(p<0.05)及び BIPQ(p<0.01)でのみ有意であった。介入情報を記入した 25人の患者のうち、6人(24%)は、前月の発作が無かった。25人の患者のうち、さらなる 6人(24%)は発作頻度の減少を達成した。その結果、介入の完了時に、25人の患者のうち 12人(48%)は、介入の開始とと比較して発作が無かった又は経験した発作は少なかった。

結論:
手短なマニュアル化心理教育での介入は、PNES の頻度を減少させることができ、心理的苦痛を改善し、必要に応じて、さらに拡張された心理療法プログラムへの参加を助けるべき患者の病気の知覚への効果を有することをこの証拠は示唆する。心理的な介入の実行において、比較的少ないトレーニングのスタッフにより成功裏に介入が行われた。有効性の証明を提供するためにさらなる対照研究が必要である。

注:拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 ii) 拙訳中の「ベースライン」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ベースライン baseline

(b) 鉄欠乏性貧血とうつやパニック障害との関連
標記関連について、井原裕著の本、「精神科医と考える 薬に頼らないこころの健康法」(2017年発行)の Ⅱ こころの健康Q&A の i 精神科医に一度訊いてみたかったこと の「うつ病だと思ったら貧血だった!?」における記述(P148~P150)を次に引用します。

うつ病だと思ったら貧血だった!?
日本人女性の鉄不足は国家的問題

Q 26歳、女性。設計事務所勤務。このところ疲れやすく、からだが重く、集中力が落ち、あたまがぼんやりし、急に動悸や息切れがすることもありました。インターネットで調べてみたら、うつ病ないしパニック障害に該当するようでしたので、総合病院の精神科で診てもらいました。採血をしてもらい、翌週告げられたのは、「うつ病ではなく、貧血です。鉄分が足りないのです」ということ。抗うつ薬ではなく、鉄剤が出されました。ほんの4ヵ月前の定期健康診断のときには何も言われませんでしたので、少々意外でした。「うつだと思ったら、実は貧血」、そんなことがあるものでしょうか。

A 鉄欠乏性貧血になると、うつ病そっくりの症状が出ます。憂うつ感、倦怠感、つかれやすさ、集中力の低下、頭痛、めまい、不安、動悸、息切れなどです。「うつ病そっくりの貧血」「パニックそっくりの貧血」については、精神科医仲間でも最近、その話でもちきりです。
日本全体で女性たちの鉄欠乏貧血の増加は、深刻な問題となっています。ほとんどが女性、それも20歳代から40歳代までの女性に多く、50歳代以上の女性や、男性にはあまりみられません。このことでお気づきでしょうけれど、この年代の女性は、「月のもの」があって毎月相当の量の鉄分を失います。失った分だけ補えればいいのですが、実際には鉄の摂取量は国民的な規模で減少しています。厚生労働省の『平成20年国民健康・栄養調査報告』によれば、1955年から75年にかけては、1日13から14ミリグラム程度であったのか、85年ごろから下がりはじめ、2001年以降は実に8ミリグラム以下まで下がっています。
国民的なレベルでの女性の鉄欠乏については、そのほかにも数々のデータがあります。日本赤十字社は、血液事業を通して国民の貧血の状態についての膨大な情報を持っています。貧血気味で献血できなかった人は、やはり20代から40代の女性に高頻度に出ています。
あなたの場合は、4ヵ月前の定期健康診断の採血では、貧血だとは言われていなかったようです。これは、おそらく採血の際のヘモグロビンの量が一定値を超えていたため、貧血とは見なされなかったのでしょう。
からだのなかの鉄については、通常の健診でチェックするヘモグロビンの値だけをみても、貧血の実態はつかめません。この点は、血糖値だけをみても糖尿病の実態をつかめないことと似ています。貧血の実態は、ヘモグロビンの値ではなく、体内に蓄えられた鉄の量をみなければなりません。現在の検査技術では、体内貯蔵鉄をもっとも反映しているのが血清フェリチン値というものです。「血清フェリチン値がこの値だと貯蔵鉄はこれぐらい」といった目安があって、それにしたがって貯蔵鉄の減り具合を推定しているのです。
最近医者たちの間でしばしば警告されているのは、「ヘモグロビンだけで判断するな」ということです。ヘモグロビン値は正常値なのに、血清フェリチン値が異常低値にある人は、珍しくありません。したがって、健診で貧血を指摘されていなくても、実は貧血という場合はあります。20-40代の女性で、うつではないかと思われる人の場合、その可能性は念頭に置く必要がありそうです。

注:i) 標記に関連するWEBページは次を参照して下さい。 『「うつ病」だと思ったら貧血だった!?』、「うつ病?妻31歳を襲ったひどい疲労感の正体」 ii) 引用中の「うつ病」及び「パニック障害」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

(c) 「診断がくるくる変わる」ことについて
標記診断がくるくる変わる又は精神医学の診断には限界があることについて、井原裕著の本、「精神科医と考える 薬に頼らないこころの健康法」(2017年発行)の Ⅱ こころの健康Q&A の i 精神科医に一度訊いてみたかったこと の「診断がくるくる変わる」における記述(P127~P129)を以下に引用します。加えて、「複数の診断を聞いて、混乱して受診する方もいる」ことについて、スキーマ療法の RCT(ランダム化比較試験)における被験者の募集法に端を発するかもしれない、ケースフォーミュレーションは診断とは全然別の切り口であることを含めて、林直樹、下山晴彦、「精神療法」編集部編の本、「精神療法増刊第6号 ケースフォーミュレーションと精神療法の展開」(2019年発行)の 座談会 ケースフォーミュレーションと精神療法の進展 の「XIV わが国における発展の可能性」における伊藤絵美氏及び平林直次氏のご発言としての記述の一部(P259)を以下に引用します。

診断がくるくる変わる
どれも間違いとはいえないが…

Q 吉村絵美(仮名)、現在、27歳で、埼玉県内の実家から都内の会社に通っています。職場近くのメンタルクリニックに3年ほど通って、薬をもらっていますが、あまりよくならないので、どこかに移ろうと思っています。診断は「双極性障害」と言われています。でも、私の一番の疑問は、病院を変わるたびに診断がくるくる変わることです。
私は、小学生のときに小児精神科の先生に 「ADHD注意欠陥多動性障害)」と言われていました。それが女子高時代は、近くの開業暁の先生に「うつ病」と言われて、そこで精神科を紹介されて、そしたら今度は「境界性パーソナリティ」と言われました。都内の大学にはいって、学生相談所の紹介で行ったクリニックでは、「気分変調症」と言われました。地元に戻って就職して、それが今は「双極性障害」です。なんですか、これって。ADHDは治ったんですか。うつ病は治ったんですか。境界性はどうしたんですか。気分変調症は、どうなっちゃったんですか。いったいどういうことでしょうか。どうしてこうも精神科の診断というものはいい加減なのでしょうか。

A ドイツの文豪ゲーテは、その多彩な才能を「どの方角にも繕った色を反射してみせる多面的なダイアモンド」(J・P・エッカーマンゲーテとの対話』)に喩えられました。絵美さんの診断にも、多分にそんなところがあるのだと思います。
これはあくまで私の推測ですが、絵美さんは、小学校のころは大人たちを困らせるくらいにとても活発で、そのわりにそそっかしいところもあったので、「ADHD]といわれたのでしょう。そして、高校時代にお友達のことで悩んで、沈み込んでいるので、開業医の先生は「うつ病」と判断したのでしょう。その後絵美さんの会った精神科医が、絵美さんの繊細な感受性と、それと裏腹の激しい情念に畏怖の感情を抱いて、「境界性パーソナリティ」と診断したのでしょう。大学生のころ、何となく憂うつな気分が続くのを見て、ドクターは「気分変調症」と診断したのでしょう。そして、就職して激務と闘うさなかに、睡眠を削って頑張ってみたり、その後精根尽きてこんこんと眠り続けたりする姿をみて、「双極性障害」と考えたのでしょう。つまり、絵美さんはドクターの見る角度によって、まるで別の姿を見せる多面性を持つ人だと言えます。
どの診断も正しい。しかし、どれひとつとっても「吉村絵美さん」という一人の女性を包含できるものではありません。絵美さんには、どの診断すら本当のところベストフィットしないでしょう。精神医学の診断には限界があります。絵美さんは、すでに精神医学の限界を超えた人であり、精神医学など頼りにしないで、たくましく自分の力で歩いていく方がいいかもしれません。(後略)

注:(i) 引用中の「ADHD」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「うつ病」及び「双極性障害」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 (iii) 引用中の「境界性パーソナリティ」に関連する「境界性パーソナリティ障害」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 (iv) 標記「診断がくるくる変わる」に関連するかもしれない、 a) 「今までいろいろに診断されてきたが、はっきりとした診断名を知りたい。自分は自閉症スペクトラムではないかと思う」ことについては他の拙エントリのここここを参照して下さい。加えて後者における引用の続きとしての、「既成の診断基準では捉え切れない病状や病像を呈する」ことについて、青木省三著の本、「精神科治療の進め方」(2014発行)の 第14章 成人期の自閉症スペクトラム の 5 既存の精神障害の基底に認められる自閉症スペクトラム の「(4) 横断的にも病像が非定型・非典型である」項における記述の一部(P175)を次に引用(『 』内)します。 『われわれはこれまでの既成の診断基準では捉え切れない病状や病像を呈するものに対応する、適切な言葉をまだもっていないということではないか、と思う。(中略)そして、求められるのは明確な診断というよりは、まずは適切な支援と対応でないかと考える。』(注:上記項における他の引用については他の拙エントリのここを参照して下さい) b) PTSDや複雑性PTSD等において、精神医療を受けている間に、互いに関連のない診断を複数受けることについてはここここ、及びここここを参照して下さい。加えて上記複雑性PTSDの臨床像は“何でもあり”なことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。要約すれば、精神医学の限界を超えた人、発達障害又は発達凸凹(発達障害のグレーゾーン)における二次障害又は複雑性PTSD(グレーゾーン又はトラウマを負ったことを含む)等において、「診断がくるくる変わる」ことがあるかもしれません。

(前略)伊藤:だから診断とはもう全然別の切り口のケースフォーミュレーションになりますかね。
平林:操作的診断だから,例えばA基準3項目を2週間満たした場合,うつ病エピソード,それを反復すれば反復性うつ病と診断します。対人場面で緊張感が強くなりパニックアタックを起こして繰り返せば,パニック障害と診断されることもあります。やはり現在主流の操作的診断は状態像に近い面があります。さらに解離状態を示せば解離性障害と診断されることもあります。また,過量服薬や自傷行為を繰り返してパーソナリティ障害と診断が変更されることもあります。その頃には,医療機関を転々として,気分障害パニック障害解離性障害適応障害,パーソナリティ障害と診断が複数つけられていることもあります。どの診断が正しいのかと診断基準を厳密に当てはめようとしても病態が断片化されてしまいます。この複数の診断を一つにまとめて見立てるのがケースフォーミュレーションだと思います。はじめに下山先生がおっしゃっていた beyond diagnosis まさに診断の上にケースフォーミュレーションがあって,高い個別性を理解するために有効だろうと思います。また,複数の診断を聞いて,「私はうつ病ですか? パーソナリティ障害ですか?」などと混乱して受診する方もいます。自己理解を助け回復するためにはケースフォーミュレーションを作成し共有することはきわめて有効です。(後略)

注:i) 引用中の「下山先生」は上記下山晴彦氏を指します。 ii) 引用中の「気分障害」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「気分障害とは?症状や具体的なエピソード、発症メカニズムまで」 iii) 引用中の「パニック障害」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『塩入俊樹先生に「パニック障害/パニック症」を訊く』 iv) 引用中の「解離性障害」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『平島奈津子先生に「解離性障害」を訊く』 v) 引用中の「適応障害」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「適応障害とは─原因の多くはストレス」 vi) 引用中の「パーソナリティ障害」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『林直樹先生に「パーソナリティ障害」を訊く』 vii) 引用中の「診断」及び「ケースフォーミュレーション」に関連して、外側の症状のみを診て分類する診断「diagnosis」以外にも、目の前の患者さん全体の理解という意味での診断「formulation」(定式化)があることについては次のWEBページを参照して下さい。 「診断に頼らない診かた 精神科診療に欠かせない発達と生活の視点」の「本人はどう体験しているのか」項 加えて、上記「formulation」(定式化)が認知療法にとっても非常に重要なことについて、ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美佐藤美奈子訳の本、「認知療法実践ガイド:困難事例編 続ジュディス・ベックの認知療法テキスト」(2007年発行) の 第1章 治療中に生じる諸問題を同定する の V 治療上の問題を回避する の「1 診断と定式化」における記述の一部(P20)を次に引用(『 』内)します。 『正確な事例定式化を行うこともまた,非常に重要である。』

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注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日や修飾の変更等)を行うことがあります。

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*1:注:転換性障害の最新名は変換症です

*2:全般不安症、限局性恐怖症等も含みます。リンク集を参照して下さい。

*3:情動についての紹介を含みます

*4:上記「MUS」は「医学的に説明できない症状」(又は Medically Unexplained Symptom の略)のことです

*5:境界性パーソナリティ障害自閉スペクトラム症アスペルガータイプ)との鑑別についても含みます

*6:「demoralization」の説明についても含みます

*7:ちなみに、化学物質過敏症の症状としての「ヒステリー」は他の拙エントリのここを参照して下さい

*8:これに関する注意点の例はツイートを参照して下さい

*9:ちなみに、限局性恐怖症における「予期不安」についてはここを参照して下さい

*10:三つのパターンは、①不安の苦しい感情があると,注意の視野が狭くなり,自己批判的になったり何かと評価したりしやすくなる ②不安を感じないですむように,気持ちのうえで逃げようとする ③それでも苦しさが和らがないと,不安のきっかけとなる物事をことごとく避けようとする です。

*11:ちなみに、これに関連するかもしれない「確証バイアス」については他の拙エントリのここを参照して下さい

*12:ただし、諸事情により条件付けという用語を使用しています

*13:複雑性PTSDは、現在、国際的な診断名ではありませんが、改訂作業中の ICD-11 での採用が検討されています。他の拙エントリのここを参照して下さい。一方、拙ブログにおいては基本的に複雑性PTSDはトラウマを有する境界性パーソナリティ障害を含みます。加えて、境界性パーソナリティ障害全般も別途紹介しています

*14:ただし、強迫性障害強迫症)は他の拙エントリのここで本の記述の一部等を引用しています

*15:ちなみに、同本における精神疾患の説明は、Ⅱ.診断の手順 の 5.鑑別疾患 の「5-3 精神心理」項(P41~P44)においては、身体表現性障害、大うつ病性障害、不安障害のカテゴリとしてのパニック障害・広場恐怖・特定の恐怖症、統合失調症、妄想性障害のみ記述があります。ただし、身体表現性障害についてはあまり肯定的な記述ではないかもしれませんが。

*16:さらなる補足説明:世界の常識によると、疾患概念であるMCSの存在を証明する責任があるのはこれを提唱している臨床環境医であり、彼らが証明できるまではこの疾患概念は存在しないものと見なされる(すなわち、「MCSの存在が全否定されるまではこの疾患が存在する」と主張するのは正しくなく、詭弁である)と本エントリ作者は考えます。それどころか、MCSの存在はシステマティック・レビュー(他の拙エントリのここ参照)により否定されています。存在しない(と見なされている)疾患概念に対し、診断したり、治療するのはいかがなものかと本エントリ作者は考えます。ちなみに、MCSの存在が全否定されることは無いと本エントリ作者は考えます。存在を全否定するのはそもそも悪魔の証明ですし、最初から存在しないと見なされているものをあえて全否定する必要はないからです。

*17:アメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)第5版

*18:一部の精神疾患名については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

*19:注:中毒、アレルギー性疾患(参照)、自己免疫疾患、慢性疲労症候群線維筋痛症更年期障害てんかん等の様々な身体疾患の紹介は基本的に拙ブログの守備範囲外です。これらの身体疾患に関する説明は無い又は貧弱な可能性が非常に高いです。ちなみに、てんかんに関しては、中里信和監修の本、『「てんかん」のことがよくわかる本』(2015年発行)によると、①突然不安感や恐怖感などの精神症状がわき起こってくる単純部分発作(P17)、②心因性てんかん性発作(P80)[ここ参照]、③見出し『本当にてんかん? 「難治性てんかん」の二~三割はてんかんじゃない』(P70)がある等、複雑な疾患であると本エントリ作者は考えます。また、この本の監修者に関連する次のツイートがあります。N Nakasato & bot。一方、このようなWEBページもあり、領域・診療科の枠を越えてのてんかん診療が提唱されているようです。「領域・診療科の枠を越え,てんかん診療の発展を

*20:ちなみに、発達障害においては、「発達歴を聞かないと"発達障害"という診断には至らない」ようです。ここを参照して下さい。

*21:これは他の拙エントリ「条件付けへの対処について」において、化学物質過敏症の症状とされるものを示すための引用中に記述されている「ヒステリー」(リンク集を参照)を説明するために使用しはじめた用語です。この用語は身体表現化障害(身体表現性障害 - 脳科学辞典参照)の一種で、ここを参照して下さい

*22:ちなみに、メンタライジングについてはここを参照して下さい

*23:これに関連する論文を次に紹介します。 「Associations of Adverse Clinical Course and Ingested Substances among Patients with Deliberate Drug Poisoning: A Cohort Study from an Intensive Care Unit in Japan.」 、ちなみに、ベンゾジア ゼピン受容体作動薬等の「使用上の注意」改訂についての資料をを次に紹介します。 『催眠鎮静薬、抗不安薬及び抗てんかん薬の 「使用上の注意」改訂の周知について(依頼)』 加えて、この周知に元になったかもしれない報告書を次に紹介します。 「調査結果報告書

*24:ちなみに、脳の機能的障害の例については、次に示すエントリが本エントリ著者にとっては興味深いです。「機能性(心因性)不随意運動の病名と治療」、一方、安易に転換性障害と診断するのは不適切であると本エントリ作者は考えます。例えば、次のWEBページを参照して下さい。「【3110】統合失調症と診断されているが、 てんかんではないか」。さらに、転換性障害との関係は本エントリ作者には不明確ですが、非てんかん(癲癇)性発作と呼ばれる症状も存在するようです。これについては、ここ、「変換症 - 脳科学辞典」の「併存症」項を参照して下さい。

*25:後者のエントリで示された Yayla 等の論文「Psychiatric comorbidity in patients with conversion disorder and prevalence of dissociative symptoms.」によると、転換性障害を伴う患者の中で、37%は何らかの解離性障害の診断を満たしたようです。

*26:その他の要因は、農村人口(Rural population)、教育の欠如(Lack of education)、低い社会経済的な水準(Lower socioeconomic status)、女性(Female sex)、低年齢(Younger age)です。

*27:線維筋痛症の簡単な紹介例としては、次のWEBページを参照して下さい。 「線維筋痛症 全身の痛み - 今日の健康

*28:ガイドラインの P110~P111 における記述を次に引用(『 』内)します。『②合併である:どちらも原因不明で症状にて診断するため両方あると考えるべきである』 注:引用中の「合併」というのは、線維筋痛症精神疾患の合併であることを指すようです

*29:具体的には、【余談2】(b)項及び【余談3】(a)項を参照して下さい。

*30:複雑性PTSDとの区別が困難だという意見があるようです

*31:ちなみに、a) この本の紹介するWEBサイトを次に示します。 『人はどうやって「トラウマ」を克服するのか』 b) この本の杉山登志郎による解説を紹介するWEBページを次に示します。 「『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』 解説の試み by 杉山 登志郎」 c) この本の第19章で紹介されているニューロフィードバックにおけるランダム化比較試験による研究の論文例を次に示します。 「A Randomized Controlled Study of Neurofeedback for Chronic PTSD.

*32:この本の位置づけとして、次の記述(P18)を引用します(【 】内)。【この本に記した内容は筆者の臨床体験をまとめたものである。したがってエビデンスのレベルは低く,あくまでもエキスパート・オピニオンである。】 注:i) 引用中の「エビデンスのレベル」については、例えば拙エントリのここを参照してください。 ii) 引用中の「エキスパート・オピニオン」は、「専門家の意見」のことです。

*33:他の拙エントリのリンク集参照

*34:このWEBページにおけるマインドフルネスについては、他の拙エントリのここを参照して下さい

*35:発病前は、「外交的」、「几帳面」「積極的」「社交的」「協調的」と記されています(P68)

*36:この本の第5章が「気分障害をめぐる混乱」であり、第6章が「気分障害をめぐる誤診のパターン」であります

*37:この本においては、「感情」は「emotion」(参照)の訳語です

*38:ちなみに、この「双極Ⅱ型障害」は上記本「双極Ⅱ型障害という病 改訂版 うつ病新時代」により独自に定義されたもので、診断基準 DSM-5 による定義(例えば資料「https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/gakkai/shiryo/data/bd_kaisetsu_ver9-20180730.pdf:title=双極性障害躁うつ病)とつきあうために]」の「2.双極性障害の症状を知ろう」項を参照)とは異なると拙ブログ作者は考えます。前者は後者よりも適用範囲は広いようです。詳細は上記本をお読み下さい。