krns-linkのブログ

まだ仮公開で、今後も本公開までドタバタします。コメント欄は有りません。ちなみに、拙ブログ作成者は医療関係者ではありません。拙ブログは訪問者の方々がお読みになるためのものですが、鵜呑みにしない等、自己責任でお読み下さい(念のため記述)。

一部拙エントリの補足説明について(その4)

リンクはありません。

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前書き

本エントリは過日に公開されたエントリ「一部拙エントリの補足説明について(その3)」に続くもので、後者は主にソマティック心理学及び心的外傷後成長を含む心理学に関連する補足説明を集めているのに対し、本エントリ(前者)は精神医学と心理学以外の様々な補足説明を集めています。これらの補足説明は全体的に(補足説明についての最初の)エントリ「一部拙エントリの補足説明について(その1)」よりもはるかにバラバラ感があるかもしれません。

≪主な改訂の履歴≫
主な改訂の履歴はありません。

補足説明(その4)についての概要























以下の【1】及び【2】では、共に疲労に関連する記事を提示します。一方以下の【3】では、虐待に関連する記事を提示します。

【1】交感神経が優位な時間が多すぎることにより生じる疲労等の問題について

最初に参考として、疲労・倦怠感等に関する資料を次に紹介します。 「疲労・倦怠感および慢性疲労症候群の病態」 次に、交感神経が優位な時間を減らし、副交感神経が優位な状態を多くすれば、日常の疲労を減らすことができることについて、梶本修身著の本、「なぜあなたの疲れはとれないのか? 最新の疲労医学でわかるすっきり習慣36」(2017年発行)の「プロローグ」における記述の一部(P12~P18)を次に引用します。

プロローグ

最新科学にもとづく「どんな疲れ」も解消する方法(中略)

疲労について、これまでの常識を覆す最新の事実がわかってきました。
それは、「疲れ」は体で起きているのではなく、実は「脳」で起きているという事実です。

最新科学でわかった「疲れ」のしくみとは?

「疲れの原因が脳にある」
詳しくは第1章以降でお話ししますが、簡単に説明すると、次のようなことです。

誰しも1日が終わり家に着くと、全身がぐったりしていると思います。
そして、多くの人はこれを「からだが疲れた」と自覚していることでしょう。「からだのだるさ」以外にも、「肩がこる」、「頭が重い」、「ふらふらする」などの症状が現れているかもしれません。
しかし、最新の疲労研究では、これらの症状すべてが、実は「からだの疲労」ではなく「脳の疲労」、なかでも「自律神経中枢の疲労」であることが判明しています。

たとえば、気候のよい春先に3キロ歩くのと、真夏の炎天下に3キロ歩いた場合を比較してみてください。歩いた距離、すなわち運動量はまったく同じです。しかし、疲労は大きく異なるはずです。炎天下で歩いた場合には、大汗をかき、心拍も呼吸も上がり、へとへとになっていることでしょう。
では、炎天下で歩く場合、気候のよいときに比べてなぜ疲れるのでしょうか?
それは、炎天下という過酷な環境により「からだの恒常性」、すなわち「常にからだを安定した状態に維持する機能」を担う自律神経中枢にかかる負担の違いに原因があります。つまり、筋肉や内臓への負担が疲労を起こしているのではなく、自律神経への負担が疲労を起こしているのです。
これは炎天下の散歩だけではありません。実は、日常生活で起こる「からだが疲れた」という感覚は、運動に限らずデスクワークも、ストレスなどの心理的な要因による疲労も、すべて自律神経中枢の疲労だったのです。つまり、「自律神経」次第で、「疲労」は変わってくるのです。

疲労のカギをにざる「自律神経」とは?

自律神経とは、からだの恒常性を維持するために、脳の視床下部・前帯状回といった脳幹に当たる中枢部位から全身の内臓や筋肉に張りめぐらされた神経で、人間の意思とは無関係に動くことが特徴です。
たとえば、体温の調節は、自分の意思で上げたり下げたりしているわけではないですよね。その動きを調整しているのが自律神経です。
ほかにも、こんなことに関与しています。
「呼吸、食べ物の消化・吸収、血液の循環、心拍数、汗を出す、目の瞳孔の開閉…」
こうした生命活動のベースとなる機能を整える大事な働きを担っているのです。

自律神経は2種類の神経で成り立っているのですが、一つが交感神経、もう一つが副交感神経と呼ばれるものです。
一つめの交感神経は、別名「闘争神経」とも呼ばれ、心身が活動的なとき、緊張や興奮・ストレスがあるときなどに働きます。
たとえば、ハレの舞台でのスピーチの前に心拍数が増えて胸がドキドキしたり、汗をかく、血圧や体温が上昇するなどの体の変化は交感神経の働きによるものです。

一方、もう一つの副交感神経はリラックスモードで働きます。
たとえば、自宅のソファーで好きな音楽を聴きながらゆったりとしているときに、心拍数、血圧、体温を下げ、血管は拡張し、発汗は抑えるなどの働きをしてくれます。また、胃液・腸液の分泌を促して消化吸収をアップさせます。

この二つが私たちの体内で、1日中、体をコントロールしています。
昼間、交感神経が優位になるときは副交感神経が抑制され、夜、副交感神経優位の状態では交感神経が抑制されるというように、両者がバランス良く働いています。
では、その自律神経がいったい「疲れ」にどうかかわっているのか?

交感神経は、闘争モードのため、日中、動物なら獲物を狙っているときに優位になり、人なら仕事など緊張する場面で活動性が上がります。当然、最大のパフォーマンスを発揮できるように、脳の自律神経中枢の細胞はフル回転状態です。
一方、副交感神経が優位なときはリラックスしている状態であり、脳の神経細胞も活動性を落としています。
つまり、交感神経優位な状態が、自律神経中枢の細胞、すなわち脳を疲弊させることになるのです。逆に言えば、交感神経が支配する時間を減らし、副交感神経が優位な状態を多くすれば、日常の疲労を減らすことができるのです。
このようにして、自律神経のバランスを整えれば、「疲れ」をコントロールできます。(後略)

注:(i) 引用中の「第1章以降でお話しします」に対し、この話の引用は省略します。 (ii) 引用中の(自律神経による)「体をコントロール」に関連する「自律神経のコントロールセンター」について、梶本修身著の本、「すべての疲労は脳が原因2<超実践編>」(2016年発行)の 第一章 疲労の正体は脳にあり の「もっとも疲れているのは自律神経の中枢がある脳」における記述の一部(P18~P19)を以下に、 加えて、引用中の「疲労」に関連する『「疲労」と「疲労感」は別の現象』について、梶本修身著の本、「すべての疲労は脳が原因」(2016年発行)の 第一章 疲労の正体は脳にあり の『「疲労」と「疲労感」は別の現象』における記述の一部(P23~P24)を以下に それぞれ引用します。 (iii) 引用中の「闘争モード」に関連する、複雑性PTSDにおいて少しの情動喚起で闘争モードになってしまうことについては他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。加えてこれを含む「交感神経は、闘争モードのため、日中、動物なら獲物を狙っているときに優位になる」ことにおいて、『百獣の王・ライオンでも、「アウェー」にいるのはせいぜい1日のうち2時間で、その時間内にリスクを冒して獲物を狩る』ことについて梶本修身著の本、「疲労回復の名医が教える 誰でも簡単に疲れをスッキリとる方法」(2019年発行)の 第4章 脳を疲れさせない生活週刊 の「疲れない習慣は野生動物に学ぶ」における記述の一部(P122~P123)を以下に引用します。 (iv) 引用中の「自律神経」の機能又はトータルパワーが加齢により落ちることについて、梶本修身著の本、「疲労回復の名医が教える 誰でも簡単に疲れをスッキリとる方法」(2019年発行)の 第4章 脳を疲れさせない生活週刊 の 体の衰えを感じたら鍛えるべきは筋肉? それとも自律神経? の「◇自律神経の機能は40代で半分に」における記述の一部(P149)を以下に引用します。加えて梶本修身著の本、「すべての疲労は脳が原因3<仕事編>」(2017年発行)の 第一章 疲れない脳を作る の「加齢で疲れが増すのは自律神経のパワーが落ちるから」における記述の一部(P17)を次に引用(『 』内)します。 『自律神経のトータルパワーは10代と比べて40代では2分の1、60代では4分の1を大きく下回ります。』 (v) ちなみに息と交感神経系又は副交感神経系の関連について、他の拙エントリのここここを参照して下さい。加えて上記交感神経系、副交感神経系に関連する「人間には上半身を温めると交感神経が優位になり、下半身を温めると副交感神経が優位となる」ことについて、梶本修身著の本、「疲労回復の名医が教える 誰でも簡単に疲れをスッキリとる方法」(2019年発行)の 第2章 「1分間すっきりストレッチ」で脳から疲れをすっきり解消! の「寒い冬の夜でも靴下をはいて眠るのはNG」における記述の一部(P59)を 『また、人間には上半身を温めると交感神経が優位になり、心臓より下の下半身を温めると副交感神経が優位となるという習性があります。だから「頭寒足熱」が理想の就寝環境なのです。』 (vi) 上記以外の副交感神経系を活性化する又はリラックスするための拙ブログにおいて紹介した方法例としては、 a) 視覚コンバージェンス療法(他の拙エントリのここを参照)、 b) 漸進性筋弛緩法(例えば参照)及びリラックスするための方法(例えばWEBページ「Ⅱ ストレスへの対処」の「5.心身のリラックス」項を参照) c) マインドフルネスの活用(他の拙エントリのここ及びここを参照)があります。ちなみに、これらのための適切な生活習慣については、例えば同を参照して下さい。

もっとも疲れているのは自律神経の中枢がある脳(中略)

運動に限らず、デスクワーク、緊張するコミュニケーションの場においても、交感神経が優位になります。交感神経が優位な状態で休息や睡眠をとらずに、無理に活動を続けると、やがて自律神経の中枢、つまり、コントロールセンターが疲労を起こします。
では、その自律神経のコントロールセンターとは一体どこなのでしょうか。それは、脳の中にあります。(中略)

自律神経の中枢であるコントロールセンターとは、脳幹にある「視床下部」と「前帯状回」という部分です。我々が疲労を感じたとき、まさにここが疲れていると言えるのです。(後略)

注:i) 引用中の「視床下部」について次のWEBページを参照して下さい。 「視床下部 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「前帯状回」に関連する「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典

疲労」と「疲労感」は別の現象
疲労とは何かを科学的に理解するにあたり、もうひとつ重要な知見があります。それは、「疲労」と「疲労感」はまったく別の現象である、ということです。(中略)

では、なぜ疲労疲労感にギャップが生じるのでしょうか。
疲労を起こすのは、おもに脳内にある自律神経の中枢であることは前述したとおりです。そして、「疲労した」という情報を収集して「疲労感」として自覚させるのは大脳の前頭葉(35ページ参照)にある眼窩前頭野という部位であることがわかっています。(後略)

注:引用中の「35ページ参照」の該当部の引用は省略します。代わりに引用中の「眼窩前頭野」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典

疲れない習慣は野生動物に学ぶ

◇休息時は「ホーム」の環境が大切

「ホーム」とは縄張りの内側のこと。「アウェー」は外側のことです。

人間を含む動物は、「ホーム」では安心できる環境下でリラックスし、副交感神経が優位になります。そして「アウェー」では、緊張で交感神経が優位になります。自律神経は、この「アウェー」の環境にいるときに疲弊します。
そのために野生動物は、1日のほとんどの時間を、「ホーム」の空間で過ごしています。
百獣の王・ライオンでも、「アウェー」にいるのはせいぜい1日のうち2時間で、その時間内にリスクを冒して獲物を狩ります。

仮に2時間以上「アウェー」にいれば、狩りが成功する可能性は増えるかもしれませんが、自律神経が疲れてしまい、集中力や緊張感を失うことでほかの動物に襲われる危険性が高まります。

つまり野生動物は、1日のうちの「ホーム」と「アウェー」の区分を明確にし、自律神経を必要以上に使わないで済むように、本能的に行動しているのです。(後略)

◇自律神経の機能は40代で半分に

個人差もありますが、多くの人の場合、自律神経の機能は10代にピークを迎えます。
そこからだんだんと機能は衰えていき、男性は、40代で10代の約2分の1、50代で約3分の1になるというデータが示されています。
スポーツ選手が「体力の限界を感じたので引退する」と発表することがありますが、衰えているのは、実は筋肉ではなく自律神経です。
一般にいわれる「持久力」や「体力」という用語は、実はこの自律神経の機能そのものを意味しているのです。
自律神経は、心拍や呼吸、体温など、スポーツに欠かせない生命活動をコントロールしますので、その機能が衰えると、疲れやすくなり、パフォーマンスが落ちます。
サッカー選手、特にMF(ミッドフィールダー)は、自律神経を最も酷使するポジションといわれています。
MFの引退の年齢が比較的若いのは、そのためです。

注:引用中に記述されている「自律神経の機能の衰え」についての具体的な図は、(引用はしませんが)引用元の本の P148 を参照して下さい。

神経系を除く窓(中略)

これらの二つの神経系の働きは、簡単な方法で体感できる。深い息を吸い込むたびに、交感神経系が活性化する。アドレナリンがどっと分泌され、鼓動が速まる。運動選手が競技前に何度か急いで深く息を吸い込むのも、そのためだ。逆に、息を吐き出すと副交感神経系が活性化し、鼓動が遅くなる。ヨーガか瞑想の講座を取れば、講師はおそらく、息を吐くことに特別の注意を払うように促すだろう。なぜなら、時間をかけてすっかり息を吐き出すと、心が落ち着くからだ。(後略)

注:i)

一方、「飽きる」「疲れる」「眠くなる」が脳疲労の3大サインについて、梶本修身著の本、「すべての疲労は脳が原因2<超実践編>」(2016年発行)の 第一章 疲労の正体は脳にあり の『「飽きる」「疲れる」「眠くなる」が脳疲労の3大サイン』における記述の一部(P20~P21)を以下に引用します。加えて、疲労度を計測できる一方法について、同章の「疲労度を計測できる2つの方法」における記述の一部(P38~P40)を以下に引用します。

「飽きる」「疲れる」「眠くなる」が脳疲労の3大サイン
脳幹のほか、脳の80%ほどを占めている大脳にも疲労は溜まります。オフィスでは仕事でパソコンとにらめっこし、通勤電車での行き帰りではスマートフォンタブレット端末でゲームにふけり、帰宅後もスマートフォンで夜遅くまで連絡をとり合う……。IT化が進むいま、大脳が処理するべき情報量は、ネットが広がる前の社会に比べて格段に増えています。
先に述べた症状はすべて疲労のサインですが、中でも、「飽きる」「疲れる(効率が落ちる)」「眠くなる」は、脳疲労の3大サインと言えます。
このうち、最初に出てくるのは、「飽きる」という症状です。同じことをずっと続けていると、情報を処理するために同じ神経細胞の回路が繰り返し使われるようになります。するとそこで疲労が起こるため、防御的に違う神経細胞を使わせようとして発せられるのが「飽きる」というサインなのです。
疲労の本質は、パフォーマンスの低下です。「飽きる」というサインが出ているのに、無理をして同じことを続けると、頭がぽうっとして作業効率が落ち、疲れを自覚します。これが二つ目のサインです。「飽きる」というサインが出たら、休息をとる、別の作業を行うようにしてください。そうすることで、作業効率の低下を抑えることができます。
「飽きる」を放置し、作業効率が落ちているのにさらに続けていると、次に「眠くなる」という自覚症状が現れます。(中略)

「眠くなる」というのは、「飽きる」よりダイレクトに休息を促す脳からのメッセージなのです。

注:引用中の「脳幹」についてはここを参照して下さい。

疲労度を計測できる2つの方法(中略)

もうひとつは、自律神経疲労度センサーを用いる方法です。ひとさし指から脈波(PPG)を測定し、周波数を解析して、交感神経と副交感神経のバランスと活動量を求めることができます。
自律神経は、疲弊してくると自律神経機能そのもののパワー(トータルパワー)が衰えていきます。たとえば、自律神経が持つ本来のトータルパワーが、計100だと仮定します。そのとき、交感神経と副交感神経のパワー比50:50が、ニュートラルな安定した状態といえます。
ところが、自律神経に何らかの負荷がかかって疲弊することで、そのトータルパワーが80に下がったとします。この場合も交感神経と副交感神経のパワーの割合は40:40と釣り合うべきなのですが、安易に交感神経の働きを低下させると緊張感が低下して、動物にとって命の危険が高まります。なぜなら、動物はつねに外敵からの脅威にさらされているからです。そこで動物は緊張を維持するため、交感神経と副交感神経のパワーの割合を45:35にするなど、相対的に交感神経優位の状態を保ちます。つまり、自律神経の機能低下を、交感神経を相対的に優位にすることで補っているわけです。この状態は自律神経機能の低下、すなわち疲労が出現している時期にみられることから、この副交感神経に対する交感神経の比(LF/HF)を調べることで疲労度を客観的に測定できるのです。
しかし、疲労が慢性化し重症になると、最終的には、交感神経の緊張すらも維持できなくなり、交感神経も副交感神経も機能が低下してしまいます。外敵だけでなく体の制御の面からも生命を脅かす事態に陥ってしまうのです。この状態、すなわち交感神経と副交感神経の両方ともパワーが低下している状態は、慢性的に重度の疲労を起こしていることを示しているわけです。(後略)

注:(i) 引用中の「もうひとつ」に関連して、最初のひとつの方法は「唾液に出てきたヒトヘルペスウイルスの量を測ること」(同の P40 参照)です。 (ii) 一方引用中の「LF」及び「HF」については共に心拍変動(HRV)の視点から次の資料を参照して下さい。 「バイオフィードバックにおける心拍変動の可能性」の「2.1 HRV の主要な成分」項(P81) 加えて引用中の「LF/HF」に関連する、MCS の文脈における「HF」及び「LF/HF」の測定を含む論文は次を参照して下さい。 「In-situ Real-Time Monitoring of Volatile Organic Compound Exposure and Heart Rate Variability for Patients with Multiple Chemical Sensitivity」、「A Novel Methodology to Evaluate Health Impacts Caused by VOC Exposures Using Real-Time VOC and Holter Monitors」 (iii) また引用中の「疲労度を計測」するための「自律神経疲労度センサー」に関連するかもしれない、「疲労すると変化するものを計測する」例としての「自律神経機能計測」について、渡辺恭良、水野敬著の本、「おもしろサイエンス 疲労と回復の科学」(2018年発行)の 第2章 疲労のメカニズムとその計測 の「19 疲労すると変化すること」項における記述の一部(P59~P60)を以下に引用します。 (iv) ちなみに、 1) 慢性疲労症候群CFS)を伴う患者での座位のアイソメトリックヨガによる「HF」や「LF/HF」を含む自律神経機能を含む変化のまとめついてはタイトルを除き拙訳はありませんが次の論文(全文)を参照して下さい。 「Changes in fatigue, autonomic functions, and blood biomarkers due to sitting isometric yoga in patients with chronic fatigue syndrome[拙訳]アイソメトリックヨガは、従来の治療法に耐性のある慢性疲労症候群を伴う患者の疲労及び痛みを改善する:ランダム化比較試験」の Table 1 2) 加えて疲労は認知課題によって誘発される副交感神経洞性調節における減少と相関することの視点からは以下を参照して下さい。 3) さらに引用中の「HF」及び「LF/HF」と化学物質過敏症に関連する資料「化学物質過敏症患者の日常生活における化学物質曝露と健康影響に関する研究」(特に「③ TVOC と心拍変動の関係」項)と一部が重なるかもしれない論文(全文)「In-situ Real-Time Monitoring of Volatile Organic Compound Exposure and Heart Rate Variability for Patients with Multiple Chemical Sensitivity」中の記述に対し、拙ブログ作者が興味を持った二つの事項について以下(ここ及びここ)にそれぞれ提示します。

自律神経機能

皆さんは、疲労すると変化することについて、良く自分のこととしてわかっていると思います。疲労すると変化するものを計測すれば、疲労度の指標になります。以下に、それをまとめます。
もっとも成功しているものは、自律神経機能計測です。皆さんが疲労したり、体調が悪くなったりした時、全身調整機能である自律神経機能は確実に機能低下します。この体調調整機能の指標が自律神経機能と言い換えても過言ではありません。自律神経機能は、私たちの全身の神経免疫内分泌代謝機能を調節し、恒常性の維持を行っている中心の機能なのです。
自律神経系には、交感神経系と副交感神経系の二つの成分があり、それぞれ緊張系と癒やし・リラックス系の成分として、独立して動いているというより、お互いに関連しバランスを取って、心身の様々な活動に合わせて調整機能を発揮しています。疲労すると、特に双方のパワー値が低下し、また、副交感神経系の機能低下が強く、バランスが交感神経系優位の緊張パターンが続き、睡眠の質が悪くなり、ますます疲労を助長する負のスパイラルに入ります。
この交感神経系と副交感神経系とは、心電脈波や指先の加速度脈波を周波数解析することによりそれぞれの成分として検出できるので、低周波数成分(0・02-0・15Hz)は主に交感神経系成分、高周波数成分(0・15-0・40Hz)は主に副交感神経系成分として考えることができます。これらの年齢・性差に基づく標準パワー値やバランス比で疲労度を計測するデータベースが作られ、これに基づき、疲労度計が開発されました。(後略)

注:i) 引用中の「低周波数成分」及び「高周波数成分」については共に心拍変動(HRV)の視点から次の資料を参照して下さい。 「バイオフィードバックにおける心拍変動の可能性」の「2.1 HRV の主要な成分」項(P81) ii) 引用中の「神経免疫内分泌代謝機能」に関連するかもしれない資料は次を参照して下さい。 「疲労・倦怠感および慢性疲労症候群の病態

上記論文「Fatigue correlates with the decrease in parasympathetic sinus modulation induced by a cognitive challenge.[拙訳]疲労は認知課題によって誘発される副交感神経洞性調節における減少と相関する」(PubMed 要旨全文)に対し、全文中の「Discussion」項における記述の一部を以下に引用します。なお、 a) 引用中の「KPT」(Kana Pick-out Test、仮名拾い試験、一重課題と二重課題とがある)については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「小児慢性疲労症候群患児の脳活動状態を明らかに -注意配分時に広範囲の前頭葉を過剰活性させてしまう-」の「要旨」項 b) 補足説明のために有用かもしれない「疲労すると変化すること」の例としての「自律神経機能」についてはここを参照して下さい。

リンク元の「CFS を伴う患者は交感神経過活動と低い心臓迷走神経緊張により特徴づけられる ANS 変化」における脳科学的なディスカッションについては、論文(全文)「Fatigue correlates with the decrease in parasympathetic sinus modulation induced by a cognitive challenge[拙訳]疲労は認知課題により誘発される副交感神経洞性調節における減少と相関する」の「Discussion」項における記述の一部を以下に引用します。なお、 a) 引用中の「KPT」(Kana Pick-out Test、仮名拾い試験、一重課題と二重課題とがある)については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「小児慢性疲労症候群患児の脳活動状態を明らかに -注意配分時に広範囲の前頭葉を過剰活性させてしまう-」の「要旨」項 b) 補足説明のために有用かもしれない「疲労すると変化すること」の例としての「自律神経機能」についてはここを参照して下さい。

During the KPT dual-task session, there was a decrease in parasympathetic sinus modulation compared with pre-KPT rest with eyes open (Figure 2b) and fatigue sensation was associated with the decrease in parasympathetic sinus modulation and increase in sympathetic sinus modulation in this session (Figure 3b). This relation between the alteration of autonomic activity and fatigue sensation during the dual task may be related to interactions among the neural substrates of the KPT, fatigue and autonomic nerve function. We and another study group have used functional magnetic resonance imaging to show that the dorsolateral prefrontal cortex and cingulate cortex are activated during the KPT [25,26]. We have also used positron emission tomography to evaluate regional cerebral blood flow, and showed that the orbitofrontal cortex is associated with fatigue sensation assessed by VAS [27]. As for autonomic nerve function, a central autonomic network that controls sympathetico-vagal balance is comprised of the orbitofrontal cortex, medial prefrontal cortex, anterior cingulate cortex, insula, amygdala, bed nucleus of the stria terminalis, hypothalamus, periaqueductal gray matter, pons and medulla oblongata [28,29]. The anterior cingulate cortex plays a particularly crucial role in the central control of sympathetico-vagal balance [30]. There are anatomical and functional connections between the dorsolateral prefrontal cortex and medial prefrontal cortex, including the anterior cingulate cortex and the orbitofrontal cortex [31-34]. This indicates that there are interactions between the activities of task-dependent regions, fatigue sensation-related regions and autonomic nerve function-associated regions. Sympathoexcitatory subcortical threat circuits are normally under the inhibitory control of the medial prefrontal cortex [35-37]. During the KPT, wider prefrontal areas including the dorsolateral prefrontal cortex and part of the medial prefrontal cortex were more active in the single-task session than in the dual-task session [26]. More extension activation of prefrontal regions, which reflect mental effort, is also related to fatigue during a verbal working memory task [38]. These results suggest that fatigue which induces greater prefrontal activity corresponds to mental effort to accurately answer the questions and results in decreases in parasympathetic nerve activity and inhibitory capacity for sympathoexcitatory response.

In the present study, we focused on the difference in autonomic nerve activity between eyes open and eyes closed conditions. Previously, sympathetic hyperactivity was observed in the eyes closed condition after a fatigue-inducing task had been performed for 30 min [10] and 8 h [11]. Although sympathetic and parasympathetic sinus modulation were similar in pre-KPT rest with eyes open and pre-KPT rest with eyes closed, sympathetic nerve activity was higher and parasympathetic nerve activity was lower in post-KPT rest with eyes open than in post-KPT rest with eyes closed. Because attention level is different between eyes open and eyes closed conditions, sympathetic nerve activity is thought to be higher in eyes open condition than in the eyes closed condition [15]. However, before performing the KPT, the extent of the difference in sympathetic sinus modulation between eyes open and closed conditions was not observed because the brain network, including the prefrontal and anterior cingulate cortices, which play an important role in the regulation of autonomic nerve activity [39], was not driven; thus, control capacity by these brain regions was sufficient to inhibit the increase in sympathetic sinus modulation and decrease in parasympathetic sinus modulation in the eyes open condition. Because these brain regions are activated during the KPT [25,26], the increase in sinus sympathetic modulation and decrease in parasympathetic sinus modulation in the eyes open condition could not be adequately inhibited after the KPT. Inhibition of parasympathetic sinus modulation and the correlation between this activity and fatigue sensation was especially prevalent in this condition, suggesting that a brief mental task can be used to evaluate the change in autonomic nerve activity with fatigue if the eyes open condition is used. However, fatigue sensation was also associated with a decrease in parasympathetic sinus modulation in the post-KPT rest with eyes closed. Therefore, the extent to which parasympathetic nerve activity is inhibited in the recovery phase of the resting state in the eyes-closed condition may depend on the extent of fatigue.


[拙訳]
KPT 二重課題セッション中、開眼での KPT 前の安静と比較して副交感神経洞性調節における減少があり(Figure 2b)、そして疲労感覚はこのセッションでの副交感神経洞性調節における減少と交感神経洞性調節における増加に関連した(Figure 3b)。二重課題中の自律神経活動の変化と疲労感覚との間のこの関係は、KPT の神経基質、疲労及び自律神経機能間の相互作用に関連しているかもしれない。我々と他のもう一つの研究グループは、機能的磁気共鳴画像法を使用して、KPT 中に背外側前頭前皮質及び帯状皮質が活性化されることを示した[25,26]。我々はまた、局所脳血流を評価するための PET(ポジトロン断層撮影)を使用し、そして眼窩前頭皮質が VAS によって評価される疲労感覚に関連していることを示した[27]。自律神経機能に関しては、交感神経-迷走神経バランスを制御する中枢自律神経ネットワークは、眼窩前頭皮質、内側前頭前皮質、前帯状皮質、島、扁桃体線条体基底核視床下部、中脳水道周囲灰白質、橋および延髄で構成される[28,29]。前帯状皮質は、交感神経-迷走神経のバランスの中枢制御において特に重要な役割を果たしている[30]。背外側前頭前野と内側帯状前頭前野の間には、前帯状皮質眼窩前頭皮質を含む解剖学的及び機能的な結合がある[31-34]。このことは、課題依存領域、疲労感覚関連領域、及び自律神経機能関連領域の活動間に相互作用があることを示している。交感神経興奮性の皮質下脅威回路は通常、内側前頭前皮質の抑制・制御下にある[35-37]。 KPT の間、背外側前頭皮質及び内側前頭前皮質の一部を含むより広い前頭前野は、二重課題セッションよりも一重課題セッションでより活動的であった[26]。精神的努力を反映する前頭前野のより多くの延長活性化は、言葉の作業記憶課題中の疲労にも関連している[38]。より大きな前頭前野活動を誘発する疲労は、質問に正確に答えようとする精神的努力に対応し、そして副交感神経活動及び交感神経興奮応答の抑制能力における低下をもたらすことを、これらの結果は示唆する。

本研究では、開眼状態と閉眼状態の自律神経活動における違いに、我々は焦点をあてた。以前には、30分[10]及び8時間[11]の疲労誘発課題の実行後の、閉眼状態における交感神経の活動亢進が観察された。交感神経及び副交感神経の洞性調節は、KPT 前の開眼での安静と KPT 前の閉眼での安静で類似していたが、KPT 後の閉眼での安静よりも KPT 後の開眼での安静の方が、交感神経の活動がより高くかつ副交感神経の活動がより低かった。開眼状態と閉眼状態とでは注意レベルが異なるため、交感神経の活動は閉眼状態よりも開眼状態の方が高いと考えられた[15]。しかしながら、自律神経活動の調整において重要な役割を果たす前頭前及び前帯状皮質を含む脳ネットワークが駆動されなかったために、KPT の実行前は、眼の開閉状態間の交感神経洞性調節における違いの程度は観察されなかった[39]。従って、これらの脳領域による制御能力は、開眼状態での交感神経洞性調節における増加と副交感神経洞性調節における減少を抑制するために十分であった。これらの脳領域は KPT [25,26]中に活性化されるため、開眼状態での交感神経洞性調節における増加及び副交感神経洞性調節における減少は、KPT 後には十分に抑制できなかったのだろう。副交感神経洞性調節の阻害、及びこの活動と疲労感覚との相関は、この状態で特に一般的であり、開眼状態が使用されるならば、疲労を伴う自律神経活動における変化を評価するために、短い精神的課題が使用できることを示唆する。しかしながら、疲労感は閉眼での KPT 後の安静での副交感神経洞性調節における減少とも関連していた。従って、閉眼状態の安静状態の回復段階における副交感神経活動が抑制される程度は、疲労の程度に依存するかもしれない。

注:i) 引用中の「Figure 2b」、「Figure 3b」の引用及び引用中の様々な脳領域についての脚注は共に省略します。前者は論文(全文)をお読み下さい。 ii) 引用中の文献番号「[10]」は次の論文です。 「Autonomic nervous alterations associated with daily level of fatigue.」 iii) 引用中の文献番号「[11]」は次の論文です。 「Mental fatigue caused by prolonged cognitive load associated with sympathetic hyperactivity.」 iv) 引用中の文献番号「[15]」は次の論文です。 「Influence of sound and light on heart rate variability.」 v) 引用中の文献番号「25」は次の論文です。 「The neural substrates associated with attentional resources and difficulty of concurrent processing of the two verbal tasks.」 vi) 引用中の文献番号「26」は次の論文です。 「Activation of dorsolateral prefrontal cortex in a dual neuropsychological screening test: an fMRI approach.」 vii) 引用中の文献番号「[27]」は次の論文です。 「Medial orbitofrontal cortex is associated with fatigue sensation.」 viii) 引用中の文献番号「28」は次の本です。 「Benarroch EE. In: Clinical Autonomic Disorder. 2. Low PA, editor. Philadelphia: Lippincott-Raven; 1997. The central autonomic network; pp. 17–23.」 ix) 引用中の文献番号「29」は次の本です。 「Loewy AD. In: Central Regulation of Autonomic Functions. Loewy AD, Spyer KM, editor. New York: Oxford Univ Press; 1990. Central autonomic pathways; pp. 88–103. 」 x) 引用中の文献番号「[30]」は次の論文です。 「Human cingulate cortex and autonomic control: converging neuroimaging and clinical evidence.」 xi) 引用中の文献番号「31」は次の論文です。 「Functional connectivity of the anterior cingulate cortex within the human frontal lobe: a brain-mapping meta-analysis.」 xii) 引用中の文献番号「32」は次の論文です。 「Cortico-cortical connectivity of the human mid-dorsolateral frontal cortex and its modulation by repetitive transcranial magnetic stimulation.」 xiii) 引用中の文献番号「33」は次の論文です。 「Dorsolateral prefrontal cortex: comparative cytoarchitectonic analysis in the human and the macaque brain and corticocortical connection patterns.」 ivx) 引用中の文献番号「34」は次の論文です。 「Cingulate cortex of the rhesus monkey: II. Cortical afferents.」 vx) 引用中の文献番号「35」は次の論文です。 「Medial prefrontal cortex determines how stressor controllability affects behavior and dorsal raphe nucleus.」 vxi) 引用中の文献番号「36」は次の論文です。 「Beyond heart rate variability: vagal regulation of allostatic systems.」 vxii) 引用中の文献番号「37」は次の論文です。 「On the importance of inhibition: central and peripheral manifestations of nonlinear inhibitory processes in neural systems.」 vxiii) 引用中の文献番号「[38]」は次の論文です。 「Objective evidence of cognitive complaints in Chronic Fatigue Syndrome: a BOLD fMRI study of verbal working memory.」 ixx) 引用中の文献番号「[39]」は次の論文です。 「Central and autonomic nervous system interaction is altered by short-term meditation.※1 xx) 拙訳中の「VAS」については例えば次の資料を参照して下さい。 「疲労感VAS(Visual Analogue Scale)検査の記入方法について」 xxi) 拙訳中の「機能的磁気共鳴画像法」については例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 xxii) 拙訳中の「ポジトロン断層撮影」(又は陽電子放射断層撮影)については例えば次の資料を参照して下さい。 「PET検査Q&A」 xxiii) ポリヴェーガル理論[Polyvagal theory、他の拙エントリのここの「最初に」を参照]の視点からの、拙訳中の「迷走神経」と「副交感神経」との関連は例えば次の資料を参照して下さい。 「多重迷走神経理論による神経性過食症理解の可能性について」の「Ⅰ.多重迷走神経理論 Polyvagal theoryについて」項[P350] 加えて拙訳中の「副交感神経活動及び交感神経興奮応答の抑制能力」に関連するかもしれない、ポリヴェーガル理論における「迷走神経ブレーキ」については例えば次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項 xxiv) 拙訳中の「交感神経興奮性の皮質下脅威回路は通常、内側前頭前皮質の抑制・制御下にある」に関連する、トラウマの視点からの「もし扁桃体が脳の煙探知機なら、前頭葉(それもとくに、目のすぐ上に位置する内側前頭前皮質)は、高い場所から現場の眺めを提供してくれる監視塔と考えればいい」ことについては他の拙エントリのここにおける引用の「ストレス反応を制御する――監視塔」項を参照して下さい。 xxv) 上記「脳科学」に関連する論文例はここを参照して下さい。 xxvi) ちなみに、 a) 不安の自律神経機能評価についての次に紹介する資料もあります。 「心拍変動を用いた不安の自律神経機能評価について」 b) 慢性めまい症例への心拍変動バイオフィードバックを併用したリハビリテーションについての次に紹介する資料もあります。 「慢性めまい症例への心拍変動バイオフィードバック併用平衡リハビリテーションの臨床応用」 加えて、リハビリテーション領域で行われている心拍変動バイオフィードバックについては、次のWEBページを参照して下さい。 「バイオフィードバック/ニューロフィードバックの臨床応用」の「自律神経系への短期リハビリテーション効果を心拍変動(HRV)でみる」項 c) 拙訳はありませんが、「Heart rate variability biofeedback」(心拍変動バイオフィードバック)についての次に紹介する論文もあります。 「Heart rate variability biofeedback: how and why does it work?」(全文はここを参照して下さい) d) 同様に拙訳はありませんが、biofeedback(バイオフィードバック)により、HRV(Heart Rate Variability、心拍変動)が upregulation することについての次に紹介する論文もあります。 「Voluntary upregulation of heart rate variability through biofeedback is improved by mental contemplative training.」(全文はここを参照して下さい)

※1:上記論文よりも新しい、autonomic nervous system と Meditation に関連する論文例は次を参照して下さい。 「The Influence of Buddhist Meditation Traditions on the Autonomic System and Attention.」(全文はここを参照) ちなみに、 Meditation による扁桃体の活動における変化については例えば次の論文を参照して下さい。 「Meditation-induced neuroplastic changes in amygdala activity during negative affective processing.」(全文はここを参照)

上記「疲労すると変化すること」の例としての「自律神経機能」について、 a) 例えば次の資料があります。 「嗜好性を活かした疲労予防・回復研究」、「思春期の易疲労性と疲労回復性の定量評価法を活用した抗疲労研究」 b) 加えて、渡辺恭良、水野敬著の本、「おもしろサイエンス 疲労と回復の科学」(2018年発行)の 第2章 疲労のメカニズムとその計測 の「19 疲労すると変化すること」項における記述の一部(P59~P60)を次に引用します。

自律神経機能

皆さんは、疲労すると変化することについて、良く自分のこととしてわかっていると思います。疲労すると変化するものを計測すれば、疲労度の指標になります。以下に、それをまとめます。
もっとも成功しているものは、自律神経機能計測です。皆さんが疲労したり、体調が悪くなったりした時、全身調整機能である自律神経機能は確実に機能低下します。この体調調整機能の指標が自律神経機能と言い換えても過言ではありません。自律神経機能は、私たちの全身の神経免疫内分泌代謝機能を調節し、恒常性の維持を行っている中心の機能なのです。
自律神経系には、交感神経系と副交感神経系の二つの成分があり、それぞれ緊張系と癒やし・リラックス系の成分として、独立して動いているというより、お互いに関連しバランスを取って、心身の様々な活動に合わせて調整機能を発揮しています。疲労すると、特に双方のパワー値が低下し、また、副交感神経系の機能低下が強く、バランスが交感神経系優位の緊張パターンが続き、睡眠の質が悪くなり、ますます疲労を助長する負のスパイラルに入ります。
この交感神経系と副交感神経系とは、心電脈波や指先の加速度脈波を周波数解析することによりそれぞれの成分として検出できるので、低周波数成分(0・02-0・15Hz)は主に交感神経系成分、高周波数成分(0・15-0・40Hz)は主に副交感神経系成分として考えることができます。これらの年齢・性差に基づく標準パワー値やバランス比で疲労度を計測するデータベースが作られ、これに基づき、疲労度計が開発されました。(後略)

注:i) 引用中の「低周波数成分」及び「高周波数成分」については共に心拍変動(HRV)の視点から次の資料を参照して下さい。 「バイオフィードバックにおける心拍変動の可能性」の「2.1 HRV の主要な成分」項(P81) ii) 引用中の「神経免疫内分泌代謝機能」に関連するかもしれない資料は次を参照して下さい。 「疲労・倦怠感および慢性疲労症候群の病態

[A]上記論文の「2.4. HRV Analysis」項において、心拍変動の分析(HRV Analysis)について文献番号[20]で参照しているガイドラインHeart rate variability[拙訳]心拍変動」があります。このガイドラインの「Physiological correlates of HRV component」項における記述の一部(P365)を次に引用(『 』)します。 『Under resting conditions, vagal tone prevails[71] and variations in heart period are largely dependent on vagal modulation[72]. The vagal and sympathetic activity constantly interact. As the sinus node is rich in acetylcholinesterase, the effect of any vagal impulse is brief because the acetylcholine is rapidly hydrolysed. Parasympathetic influences exceed sympathetic effects probably via two independent mechanisms: a cholinergically induced reduction of norepinephrine released in response to sympathetic activity, and a cholinergic attenuation of the response to a adrenergic stimulus.[拙訳]安静条件下では、迷走神経の緊張が優勢であり[71]、心臓周期における変動は迷走神経の調節に大きく依存する[72]。迷走神経と交感神経の活動は常に相互作用する。洞結節にはアセチルコリンエステラーゼが豊富に存在するため、アセチルコリンは速やかに加水分解されるので、迷走神経刺激の効果は短い。副交感神経系の影響は、おそらく2つの独立したメカニズムを介して、交感神経系の影響を超える。すなわち、交感神経系の活動に応答して放出されるノルエピネフリンの減少のコリン作動性による引き起こし、そしてアドレナリン刺激への応答のコリン作動性の減弱である。』 (注:引用中の「迷走神経」は腹側迷走神経複合体の一部であると考えます。ちなみに、引用中の「副交感神経系の影響は(中略)交感神経系の影響を超える」ことに関連するかもしれない「迷走神経ブレーキ」については上記「腹側迷走神経複合体」を含めて次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項)

[B]上記論文の「4.4. Case Studies」項において、各被験者に対する予防策についての記述があり、これを次に引用(『 』)します。 『Moreover, from this information, preventive measures were proposed for each subject. There is no common MCS treatment protocol accepted across medical disciplines. Gibson et al. surveyed perceived treatment efficacy for conventional and alternative therapies reported by a person with MCS. As a result, participants rated chemical avoidance, creating a chemical-free living space, and prayer as the three most useful interventions [25]. On the other hand, cognitive therapy, such as mindfulness, are being explored as treatment option for MCS [26,27].[拙訳]さらに、この情報から、各被験者に対する予防策が提案された。医療分野を超えて受け入れられる一般的な MCS 治療プロトコルはない。Gibsonらは、MCS を伴う人から報告された従来療法及び代替療法に対する治療効果の認識を調査した。その結果、参加者は化学物質の回避、ケミカルフリーな生活空間の創出、及び祈りの3つを最も有用な介入法として評価した[25]。一方、マインドフルネス等の認知療法は、MCS の治療選択肢として探求されている[26,27]。』(注:i) 引用中の文献番号「[25]」は次の論文です。 「Perceived treatment efficacy for conventional and alternative therapies reported by persons with multiple chemical sensitivity.」 ちなみに、この論文を紹介する日本語のエントリ『メモ「自己申告ベースのMCSに効く治療法」』があります。 ii) 引用中の文献番号「26」は次の論文です。 「A controlled study of the effect of a mindfulness-based stress reduction technique in women with multiple chemical sensitivity, chronic fatigue syndrome, and fibromyalgia.」 ただし、上記「mindfulness-based stress reduction」(マインドフルネスストレス低減法[例えば参照])は認知療法には含まれないと考えます。 iii) 引用中の文献番号「27」は次の論文です。 「Mindfulness-based cognitive therapy for multiple chemical sensitivity: a study protocol for a randomized controlled trial.」 ちなみに、この論文の続きに相当する論文についての簡単な紹介は他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。)

ちなみに、脳疲労を防ぐ視点からのストレス対策の1つについて、梶本修身著の本、「すべての疲労は脳が原因3<仕事編>」(2017年発行)の 第六章 脳疲労とストレス・不調の深い関係 の「ストレスの原因を3つに分類して紙に書き出す」における記述の一部(P193~P195)をそれぞれ以下に引用します。

ストレスの原因を3つに分類して紙に書き出す
ストレス対策の1つに、原因となること、つまり、ストレッサーを紙に書き出すという方法があります。これは患者さんによく試みてもらう方法で、うつ病の予防や対策としても有効です。
まずはランダムでよいので、紙に箇条書きでストレッサーを書き出します。そしてその項目を、次の3つに分類します。

①自分で解決できること
②自分で解決できそうだが、いまはできないこと
③自分では絶対に解決できないこと

①の解決できることは、できるだけ速やかに解決に着手しましょう。③の絶対に解決できないことは171ページで述べたように、残念ですが、諦めるしかなく、また、諦めようとすることが重要なのです。その際には、解決できない自分の弱きや自責の気持ちを肯定的にとらえて評価するようにします。
しかしここで問題になるのは、②の「自分で解決できそうだが、いまはできないこと」です。この場合、疲労が溜まっていると思われる患者さんには、「いまできないのならいまは保留にしておき、その間に少しでも休息をとるのがベストでしょう」と話します。いまできるベストなことは何かと考えるとき、患者さんは積極的な行動と言える「何か」を探す傾向がありますが、選択肢に「休息」をとり入れてほしいとアドバイスをしています。
また、「いまできないことでも、近い将来なら解決できる可能性があるということを知ってほしい」と話します。精神的な疲労が強いときは、それ以上のエネルギーの消費を防ぐために、脳の神経ネットワークが、「できそうにない」という記憶を喚起し、そうした判断を下すようになります。しかしいまそう思っているだけで、疲労から回復すれば、「いまなら解決できる。解決しよう」と判断するようになり、実践できるかもしれません。
患者さんには、「いまはつらい時期なので保留にしておいて休息をとりましょう。そのうえで、1~2か月後にまたリストを見直してみましょう」と伝えます。実際には、3日ほどの休息で解決策を見出す人もたくさんいます。

注:引用中の「③の絶対に解決できないことは171ページで述べたように、残念ですが、諦めるしかなく、また、諦めようとすることが重要なのです」に関連する同本の P171 における記述を次に引用(『 』内)します。 『疲労医学と脳科学の観点から導き出した私の結論は、「コミュニケーションを通して他人を変えることは不可能であり。ただ疲れるだけ」ということです。』 ii) 引用中の「3つに分類」における「①自分で解決できること」と「③自分では絶対に解決できないこと」に関連する「平静の祈り」については他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

なお抗疲労食について、渡辺恭良、福田早苗、西澤良記、浦上浩著の本、「毎日の食事が疲れに効く! 抗疲労食」(2011年発行)の「食事で疲れをとる」における記述の一部(P9~P10)を次に引用します。

(前略)栄養素が代謝を活性化させ、元気にする
疲れを解消するには、細胞やタンパク質を傷つける活性酸素の発生を抑え、代謝を助ける栄養素をとって疲労回復システムを修復することが必要です。スムーズに稼動すれば、疲れにくくなり、過労予防にもなります。そこで注目されるのが、右の図にあるような栄養素です。

●ビタミンB1とα-リポ酸代謝のサポート役
ごはんやパンなどの炭水化物は、呼吸からとり入れた酸素を使ってエネルギーとなります。その過程で、ビタミンB1の助けが必要となります。ビタミンB1が不足すると、どんなに炭水化物だけを食べてもエネルギーに変えることができません。
α-リポ酸はビタミンの一種で、やはり炭水化物の代謝を促進させるほかに、活性酸素を防ぐ抗酸化作用があります。α-リポ酸が少なくなると、糖がエネルギーとして代謝されず、肥満の原因にもなります。抗酸化作用はビタミンCやEの数百倍もあるとされ、抗疲労の強力な助っ人です。

●脂質の分解を促すパントテン酸
桜えびやほうれん草などに含まれているパントテン酸は、ビタミンB2と協力して脂質の分解を促し、エネルギーに変える必要不可欠のビタミンです。ビタミンB2は納豆や牛乳に含まれています。

●分解物をエネルギー回路こ運ぶL-カルニチン
L-カルニチンは脂肪燃焼系アミノ酸で、エネルギー工場のミトコンドリアの膜を通過するために必要な物質です。ミトコンドリアは細胞内にある粒状のような細胞小器官で、エネルギー(ATP)をつくりだす発電所のようなものです。糖質や脂質からエネルギーを産出する器官で、分子の大きな脂肪酸はそのままでは通過できず、L-カルニチンと結合して初めて通ることができます。L-カルニチンは仔羊やかつお、赤貝などに多く含まれています。

クエン酸(TCA)回路をスムーズに動かすクエン酸
人には体を動かすためのエネルギーをつくるシステムが備わっています。TCA回路と呼ばれるもので、細胞の中にあるミトコンドリアによって酸素を使って行われ、エネルギーとなるATP(アデノシン三リン酸)がつくられます。糖質や脂質は、アセチルCoAという物質になってTCA回路にとり込まれますが、これだけでは、回路はスムーズに動きません。
TCA回路は、アセチルCoAがオキザロ酢酸やピルビン酸など8つの酸に分解される過程で、エネルギーをつくりだします。その最初の段階でアセチルCoAはオキザロ酢酸と反応します。ところが、このオキザロ酢酸は不安定で、不足しがちな酸なのです。足りなければ、回路がうまく回らず、さびついて効率よくエネルギーをつくりだせません。
そこで、強い味方になってくれるのが、クエン酸なのです。クエン酸は酢やかんきつ類に多く含まれている成分ですが、クエン酸にはオキザロ酢酸を増やす作用があり、滞った回路の動きをスムーズにする“はね車”の役割をしてくれます。

●栄養素をエネルギーに変えるコエンザイムQ10(CoQ10)
糖質、脂質、タンパク質に含まれている水素は、ミトコンドリアの電子伝達系に運ばれていき、呼吸からとり入れた酸素を使って水になります。その際に栄養素から大量のATPに変えてくれるのがCoQ10です。人の体に含まれている補酵素ですが、加齢とともに減少します。不足するとエネルギーの産出に支障が出るので、食べものから補うことが大切です。いわしやほうれん草などに多く含まれます。
またCoQ10は抗酸化作用を持ち、細胞膜の酸化を防ぎ、酸素の利用効率を高めます。

活性酸素を除去するイミダゾールジペプチド
イミダゾールジペプチドは、人や動物の骨格筋にある2つのアミノ酸総結合体で、渡り鳥が長時間翼を休めず飛び続ける原動力となっています。鶏の胸肉などにも多く含まれ、私たちの研究から強い抗酸化作用と疲労を軽減する効果を実証しました。
このほか、かんきつ類に含まれるイノシトールは、細胞膜を構成するリン脂質の大切な成分です。タンパク質からつくられるアミノ酸をエネルギーに変えるビタミンB6も、細胞を活性化するのに大切な栄養素です。神経伝達物質をつくるアミノ酸トリプトファンチロシンも欠かせません。(後略)

注:i) 引用中の「右の図にあるような栄養素」において、「右の図」の引用は省略しますが、ここで示されている栄養素は次にリストアップします。 「ビタミンB1」「α-リポ酸」「パントテン酸」「L-カルニチン」「クエン酸」「コエンザイムQ10(CoQ10)」「イミダゾールジペプチド」 ii) 引用中の「クエン酸(TCA)回路」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「D. クエン酸(TCA)回路」 iii) 引用中の(抗疲労プロジェクトにおいてもっとも効果的だというエビデンスが得られた)「イミダゾールジペプチド」[イミダペプチド]については、梶本修身著の本、「すべての疲労は脳が原因」(2016年発行)の 第四章 科学で判明した脳疲労を改善する食事成分 の『世界初のプロジェクトで判明した疲労回復成分「イミダペプチド」』における記述及び「イミダペプチドの抗酸化作用が抗疲労効果をもたらす」における記述の一部(P121~P124)をそれぞれ以下に引用します。ちなみに、本の P94~P95 には、「抗疲労プロジェクトの取り組み」について記載されています。

世界初のプロジェクトで判明した疲労回復成分「イミダペプチド
栄養ドリンクやエナジードリンクが科学的根拠がないまま疲労回復に役立つと誤解されている風潮の中、それでは、どのような成分が疲れに効くのかという科学的医学的な検証が行われています。
「はじめに」で紹介したように、2003年、大阪市立大学大阪市、食品メーカー、医薬品メーカーなど18社と総合医科学研究所が産官学連携で、「疲労定量化及び抗疲労食薬開発プロジェクト」をスタートさせました。長い名称ですが、その目的を端的に言うと、疲労を「みえる化」したうえで「疲労が軽減する食成分」を探そうという試みです。私はそのリーダーとして参加しましたので、本書で紹介している疲労に関する知見には、このプロジェクトに伴って得られた成果が少なくありません。
疲労成分を明らかにする実験は次のように行われました。96名の被験者に、エルゴメーターと呼ばれる固定式自転車を4時間漕ぎ続ける身体作業、または4時間デスクワークを続ける精神作業を行ってもらい、疲労負荷を与えます。それから4時間の回復期の間に、疲労の蓄積と回復の度合いを多角的に計測、評価していきます。
「抗疲労プロジェクト」では、この評価方法に基づいて、これまでに医薬界や一般企業、また社会的に疲労回復に効果があるとされていた23種類の食品中に含まれる成分の効果を評価しました。23種類の成分には、ビタミンC、クエン酸コエンザイムQ10、カルニチン、アップルフェノン、カフェインなどがあります。
このうち、もっとも効果的だというエビデンスが得られたのは、「イミダゾールジペプチド」(以下、イミダペプチド)という成分でした。
イミダペプチドという名称は、初めて耳にする人もいるでしょう。実は、我々が日常的に食べている食品に多く含まれている成分です。何に含まれているかというと、それは、鶏の胸肉です。
スタミナがつく食べものというと肉類が真っ先に頭に浮かぶ人も多いと思いますが、牛肉や豚肉と比べると、鶏肉は低カロリーでやや地味な存在です。その鶏肉の中でも、もも肉に比べるとあっさりした淡白な味わいの胸肉に、日本人を脳疲労から救ってくれる成分がぎっしり入っていることが、この研究で判明しました。
鶏の胸肉になぜ抗疲労成分が含まれているのかと不思議に思われるかもしれませんが、渡り鳥の行動を考えると合点がいきます。
渡り鳥は季節に応じて地上の広い範囲を飛び回っています。中でもキョクアジサシという渡り鳥は、1年の間に北極圏と南極圏を行き来しており、移動距離は3万km以上に達すると言われています。キョクアジサシを筆頭とする渡り鳥たちが、長時間疲れずに羽を動かして飛び続けることができるのは、羽を動かす筋肉である胸肉に抗疲労成分であるイミダペプチドが大量に含まれているからです。
家畜化された鶏はもちろん渡り鳥ではありませんが、野生の渡り鳥と同じように、胸肉にはイミダペプチドを含んでいます。
また、イミダペプチドを含んでいるのは鶏の胸肉だけではありません。渡り鳥と同じように海を回遊するマグロやカツオなどの大型魚にも含まれています。マグロやカツオは口とエラを通り抜ける海水を介して呼吸をしています。泳ぎを止めると窒息死するため、寝ている間も尾びれを動かしながら泳いでいます。その尾びれに近い筋肉に、イミダペプチドが豊富に含まれています。

イミダペプチドの抗酸化作用が抗疲労効果をもたらす
では、鶏の胸肉などに含まれるイミダペプチドは、どのようなメカニズムで抗疲労作用を発揮するのでしょうか。
繰り返しますが、疲労を引き起こす原因となるのは、活性酸素による酸化ストレスです。
イミダペプチドには酸化ストレスを軽減する抗酸化作用があり、そのことが疲労を軽減する効果をもたらすことが明らかになりました。(後略)

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【2】脳疲労防止の視点からのトップダウン及びボトムアップ処理について

最初に自閉スペクトラム症圏におけるトップダウン及びボトムアップ処理については、他の拙エントリのここを参照して下さい。次に脳疲労を防ぐ視点からの「トップダウン処理」について、梶本修身著の本、「すべての疲労は脳が原因3<仕事編>」(2017年発行)の 第一章 疲れない脳を作る の『脳疲労を防ぐ鍵は情報の「トップダウン処理」』、『複数の案件をさばく「マルチタスク」の力』及び『脳を楽にする「メタ認知」と「俯瞰」』における記述(P22~P31)、そして「客観的な認知力を高めるマンウォッチング」における記述の一部(P32~P33)をそれぞれ以下に引用します。

疲労を防ぐ鍵は情報の「トップダウン処理」
私たちは普段、多種多様な情報を受けとりながら生活しています。インターネットにはつねに大量の情報がアップされ、それらの情報にアクセスすることはビジネスや人との付き合いにおいて欠かせない作業です。スマートフォン(以下スマホ)が普及したのも、より早くより多くの情報へアクセスする利便性を現代人が求めたからにほかなりません。
こういった膨大な情報があふれる現代に生きていく中で、私たちはどうすれば脳を楽にできるのでしょうか。
その鍵となるものが「情報処理の方法」なのです。
日々の活動において膨大な情報と選択肢の中から、私たちはどのように1つの判断や行動をするべきでしょうか。
その答えはタスク(仕事、課題)や出来事などの情報処理の方法を効率的かつ迅速に行うことです。
認知心理学における情報処理のアプローチに、「トップダウン処理」と「ボトムアップ処理」と呼ぶ方法があります。ヒトが脳で情報を処理する仕組み、また方法として、この2つはよく比較されます。
トップダウン処理は「概念駆動型処理」とも呼ばれ、英語では、“conceptually driven processing”です。これは、すべてを包括する、より高次元の考え方から低次元の情報をみつめるという意味合いで、まず全体がどうなっているのかをあらかじめ持っている知識や経験から俯瞰して、個々の情報処理を行う方法です。
ボトムアップ処理とは「データ駆動型処理」、英語では“data driven processing”と呼ばれます。こちらはトップダウン処理とは対照的に、視覚や聴覚から集めた低次元のデータを積み上げて、高次元にまで徐々に組み立てていく情報処理の方法です。
たとえば人の顔をみるときに、まず全体の顔の雰囲気をみたうえで、どんな日や鼻をしているのかを理解するのがトップダウン処理で、目、鼻、口などをみてから顔を認識する方法がボトムアップ処理です。
アメリカの認知科学者のD・A・ノーマン博士は、「ヒトの情報処理の原理はこの2つの処理の相互作用にある」と指摘しています。
ヒトの成長過程において、情報処理はまず、ボトムアップ処理から始まります。たとえば、子どもが言葉を学習するには、ひらがなやアルファベットを覚えてから単語と文法を理解し、最終的には文章全体の意味を知るようになります。ひとたびボトムアップ処理で文章の意味をとらえることをマスターしたあとは、ひらがなやアルファベットといった低次元のレベルから情報処理を積み上げる必要はなくなり、これまでの知識と経験をいかしたトップダウン処理で高次元の文章の理解が行えるようになります。
そうしたことからわかるように、ボトムアップ処理は確実に情報を積み上げますが、いつもボトムアップ処理に頼っていると、1つの判断や行動を決定するのに多大な時間と労力を要することになり、脳には疲労が蓄積していきます。そのため、加齢によって脳の老化が進むと、必然的にボトムアップ処理の能力は下がります。
トップダウン処理の場合は、ひらがなやアルファベットの個別の情報を一覧する手間を省き、すでに獲得して蓄積した自らの知識や経験を踏まえて文章を解読するといった情報処理を進めます。これは、100%確実な結論に達する保証はありません。
しかし、トップダウン処理は知識や経験を重ねるごとに精度が上がり、時間と労力をそれほどかけなくても結論に達しやすくなります。そのため、トップダウン処理の力は加齢によっても落ちにくく、むしろ向上することもあります。年齢とともに、料理がてきぱきとできるようになる、仕事をこなす要領がよくなるなどということは一般に誰もが知っています。この理由は脳科学的には、ヒトの脳のトップダウン型の情報処理法によるのです。
初めてとりかかる仕事ではボトムアップ処理になるでしょうが、経験値が上がると過去の事例からトップダウン処理ができるようになります。若いときより自律神経のパワー(16ペ-ジ)が落ちて脳疲労が溜まっていると自覚するなら、ボトムアップ処理で確実性を求めず、トップダウン処理で要領を優先したほうが脳は楽でいられると言えます。
たとえば、仕事で何らかの資料を読まなければならない場合、資料内のすべての文言を一から理解しようとするのではなく、自分の仕事にさしあたって必要な文言だけをピックアップして理解し、あとで全体を読むといった方法です。

複数の案件をさばく「マルチタスク」の力
仕事では通常、複数の案件が同時に進行しています。顧客にメールでアポイントをとりながら、別の顧客と電話で納期を調整し、社内会議で提案する企画を考えて部下や上司と打ち合わせを繰り返し、販売を目指して営業活動を展開、トラブル処理にあたりながら次の案件を進める……。こういった複雑な作業は日常的に行われており、ビジネスパーソンには多くの業務を同時にこなす能力が求められます。
複数の案件、すなわちタスクを次々と切り替えて実行する、あるいは同時に実行する力を「マルチタスク」と表現しますが、ビジネスにおいてこのカを自然に使えるようになると、効率的に仕事を処理できます。
AさんとBさんという2人の秘書がいたとして考えてみましょう。
秘書Aさんは効率を考えて仕事をするタイプ。一方、秘書Bさんは、生真面目に細かな作業を繰り返し、すべてをこなそうとするタイプです。
上司が秘書にもっとも強く求めるものとは何でしょうか。それは自分に代わって処理すべき案件の重要度を評価してリスト化することでしょう。自分ひとりではさまざまな処理が追いつかないからこそ、秘書が必要なわけです。
要領よく仕事をする秘書Aさんの場合は、優先度が高くて本日中に処理する必要がある案件だけを上司に提出し、それ以外の婁度が低い案件はあと回しにするという見通しを立てられるため、上司もAさんもそう仕事を抱え込むことにはなりません。つまり前述のトップダウン処理で仕事をしています。
一方、秘書Bさんは重要度の評価をすることなく全ての案件を処理しようとするため、上司からすると自分の判断で処理してほしいと思うような些細な案件まで逐一、上司に指示を求めます。ボトムアップ処理で仕事をしているのです。結局、上司の判断待ちなど多くの案件を同時に抱え込むため、残業が増えてBさんも上司も疲れが溜まります。重要度の低い事柄を切り捨てることができないとあちらこちらに神経を使うことになって、やがてBさんは「疲れたなあ」と感じるはずです。この感覚は脳疲労の重要なサインですが、脳が疲れると情報の処理能力が低下するため、処理しきれない情報を次々に抱え込み、さらなる脳疲労をまねくという悪循環に陥ります。
私が脳疲労の観点から、Bさんにアドバイスをするとしたら、「手の抜き方を覚えましょう」ということです。手を抜くというのは、仕事をサボるという意味ではありません。具体的には、すべての案件を上司にそのまま伝えるのではなく、まずは、全体像を把握するために、重要度や緊急度を点数化して評価し、重要度が高いものから優先的に処理を進めるなどして仕事の効率化をはかることを指します。つまり、トップダウン処理を身につけようということです。具体的なタスクの処理方法については、第三章で述べます。

脳を楽にする「メタ認知」と「俯瞰」
トップダウン処理を行うための大切なキーワードがあります。それは、「メタ認知」です。
メタ認知とは、アメリカの心理学者ジョン・H・フラベル博士が提唱した用語であり、1970年代以降に世界中に広まりました。
「メタ(Meta)」とは「高次の」という意味の接頭語で、メタ認知とは、「高次の認知」「認知を認知する」という意味です。自分がいま行っている知覚や思考、記憶、行動などの認知を客観的に別の立場からとらえて評価し、コントロールする脳の活動を言います。
メタ認知は「大脳皮質」が発達しているヒトにおいてもっとも高度な能力であり(一部の霊長類やイルカには部分的に備わっていると考える研究者もいます)、5~6歳ごろから徐々に育成されると言われます。大脳皮質とは、大脳の表面を覆っている部分であり、2~5mmほどの厚みがあります。そこには神経細胞が密集していて、ヒトのそれはほかの動物と比べて飛び抜けて発達しており、高度な情報処理を担っています。
メタ認知の能力が高い人はよく、数学が得意と言われます。数学では通常、答えは1つでも、その正解を得るための方法は何通りかあります。その中でシンプルで容易な方法を選ぶのがセオリーですが、何通りもの方法からたった1つを選択する過程では、メタ認知が不可欠になるわけです。
囲碁や将棋で重視されている「大局観」も、メタ認知機能をいかした典型的なトップダウン処理です。大局観とは、盤面をばっとみたときに自分がいまどのような戦況に置かれているのかをみきわめる能力です。最近では「アルファ碁」というAI(人工知能)を活用したコンピュータ囲碁プログラムが世界トップレベルの棋士に勝利を重ねて、「AIにも大局観があった」と話題になりましたが、囲碁や将棋はメタ認知の力が問われるゲームです。
そう聞くと何やら高度な能力だと思われそうですが、私たちは日常の何気ない会話でもメタ認知をフルに使っています。その場に流れる目にみえない「空気」を読み、周囲の会話や雰囲気に合わせて、いま何を話すべきかを考えながら話すのは、メタ認知を使っている証拠です。
メタ認知が低い人とは、いわゆる空気が読めないと言われるタイプです。会社の宴会で、周囲が困るようなセクハラ発言を平気な顔でする、前後の会話と脈絡のない自慢話を延々とするなど、環境が理解できていない、また、自分の状態を認識していない人でしょう。
メタ認知を高めるための重要なポイントは、つねに自分と周囲を「俯瞰」しながら思考し、判断するくせを身につけておくことです。俯瞰とは、「メタ」と同じように、高いところから全体をみおろすという意味です。
たとえば、自宅周辺の風景を地図に描くとします。実際に自宅周辺を歩き回って地図に描くのではなく、近所でいちばん高いビルに上って、自宅周辺を俯瞰しながら描くのがメタ認知です。
こうしたメタ認知化、あるいは俯瞰化は、慣れるまでは意識づけが必要かもしれません。しかし、慣れてくると無意識のうちに誰でもできるようになります。1つの視点のみではなく、複数の視点から自分や自分をとり巻くものごとをみることができるようになり、素早く状況の全体像を俯瞰するトップダウン処理のスタート地点に立つ、あるいはトップダウン処理をすることが得意になります。そうすると脳の情報処理の負担が減り、疲れない環境が整っていきます。

客観的な認知力を高めるマンウォッチング
脳の機能が加齢によって総じて落ちてくるのは自然なことではありますが、メタ認知に関しては、40代、50代になっても比較的維持されやすいという特徴があります。
メタ認知を後天的に高める方法の1つに、できるだけいろいろなタイプの、男女や年代、世代、業種を超えた人たちと付き合うことがあります。(中略)

より手軽にメタ認知を高める方法として私が実践しているのは、まったく知らない人を黙って秘かに観察する「マンウォッチング」、そう、人間観察です。
たとえば、通勤電車に乗っているときに正面の座席に座っている人を観察して、その人の身なりや仕草、表情などから、どんな仕事をしていていま何を考えているのかと推察します。目の前のつり革につかまって会話している人たちがいたら、2人は同僚なのか、上司と部下なのか、どちらがどちらに好意を持っているのかなどをウォッチングしていきます。
そして、マンウォッチングに慣れてきたら、その対象人物が次にどのような行動をとるか、シミュレーションをしてみましょう。シミュレーションは、メタ認知機能を高めるうえでもっとも高等なテクニックです。いま、目の前で起きている事象を俯瞰的に把握し全体像を眺めることができるようになると、徐々に「次に何が起こるか」を推測できるようになります。ボトムアップ処理では、いま起こっている事象を理解するだけで先をみることはできませんが、メタ認知を鍛えて全体の流れがみえると、自然に次の動きがわかるようになります。

注:i) 引用中の「第三章で述べます」における、この引用は省略します。 ii) 引用中の「自律神経のパワー」については、ここを参照して下さい。  iii) 引用中の「メタ認知」については、次のWEBページを参照して下さい。 「メタ認知 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「アルファ碁」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「プロ棋士が見るアルファ碁の実力

加えて、不満や面倒くささが脳疲労を避けるきっかけになることについて、同章の「不満や面倒くささが脳疲労を避けるきっかけになる」における記述の一部(P42~P43)を、及び不要な情報はあらかじめ「断捨離」する(入らないように遮断する)ことについて、同章の『不要な情報はあらかじめ「断捨離」する』における記述の一部(P48~P49)を それぞれ以下に引用します。

不満や面倒くささが脳疲労を避けるきっかけになる
これまでみてきたように、脳を疲れさせないようにするポイントは、トップダウン処理を優先させることです。そして、そのきっかけを作るのは、「不満」や「面倒くさい」と思うことだと私は考えています。(中略)

仕事のような日々の行為でも「面倒くさいな」と思ったら、目の前の案件を何とか工夫したり簡単にできる方法を考えてみたりするものです。これがボトムアップ処理からトップダウン処理へ切り替えてみようという契機になり得るのです。
面倒くさい、サボる、手を抜くという言葉のマイナスのイメージにとらわれることなく、不満や面倒くさいという気持ちを肯定してください。(後略)

不要な情報はあらかじめ「断捨離」する
ヒトの脳はしばしばコンピュータにたとえられますが、両者には大きな違いがあります。その違いの1つであり、脳がコンピュータより優れている点は、感覚器官から入ってきた情報を脳に記憶させる前の段階で遮断する能力です。覚える能力はコンピュータのほうがヒトの脳を圧倒的に上回っていますが、情報を遮断する能力に関してはコンピュータよりも脳のほうが優れているのです。脳は脳にインプットされようとする情報の大半を無意識に選別して、記憶する前に捨てているのです。(中略)

脳がなぜ情報を遮断する能力に長けているかというと、記憶のキャパシティに限りがあるためです。情報がたくさん入力されると記憶のキャパシティはそれだけ小さくなるため、不要な情報は最初から入れないでおくほうが合理的です。いわば「情報の入力前の『断捨離』」です。記憶しないということです。
「断捨離」というと、溜まったものを捨てるというイメージが強いようですが、情報の「断捨離」のもっとも有効な方法は、溜め込むよりも前に、入らないように遮断することです。(中略)

家庭ゴミなら燃えるゴミと燃えないゴミにわけて収集日に出し、パソコンやスマホに記録したファイルは不要になれば削除すればすみます。しかし、一度脳で記憶した情報は、「これはいらないから削除しよう」と意識しても、物理的に削除することはできません。それではどうすればいいのかというと、捨てることを考える前に、初めから入力しないことが肝心です。
そして、水際で情報を遮断する「断捨離」を行うためには、必要な情報をピンポイントで引っ張ってくる力が必要になります。そのために欠かせないのが、つねに自分が関わる専門分野への問題意識を持つ習慣です。たとえば、医療従事者なら自分の専門領域の医療関連情報に、建設業従事者なら自分の専門の建築知識や建物構造の情報に注目するでしょう。そうした情報を集めるためのアンテナを意識的に張っておくと、必要な情報がスムーズに入力できます。アンテナがない場合は、やみくもに何でもインプットすることになり、情報の洪水に溺れて何も記憶することができず、やがて脳が疲れることになるでしょう。(後略)

さらに、不要な情報に惑わされないために、自分に関係ないことをスパッと切り捨てられることについて、同本の 第三章 疲れを溜めない働き方を身につける の『不要な情報に惑わされないのが真の「ポジティブ・シンキング」』における記述の一部(P102~P103)を、及び60%の力で70%の結果を出すと仕事の効率は高まることについて、同章の「60%の力で70%の結果を出すと仕事の効率は高まる」における記述の一部(P104~P105)を それぞれ以下に引用します。

不要な情報に惑わされないのが真の「ポジティブ・シンキング」(中略)

世界中でよく知られている企業のトップや政治家の中には、いつも同じパターンの服装でいる人がいます。それについて質問されたとき、「今日どんな服を着るか」という意思決定する必要がないため、と答える人が多いのです。これは複数の分野の心理学で言われることでもありますが、今日何を着て、何を食べるかといった生活上の小さな判断でも、繰り返すとエネルギーを消費し、次に仕事のタスクを判断する際に脳の働き下げる要因になるという考え方です。余計な判断を省いて脳のキャパシティを確保しているからこそ、「ここぞ」という肝心なときに迷わず正しい決断が下せるというのです。
私の知人の優秀な経営者は、周囲の人間がどう考えていようと、自分にとって不要な情報はまったく気にしません。彼らは、「気にしないように意識しているのではなく、本当に何も気にしていない」と言います。何ごとも肯定的にとらえることを一般的に「ポジティブ・シンキング」と言いますが、自分に関係ないことをスパッと切り捨てられる思考こそ、真の意味での「ポジティブ・シンキング」だと私は思います。自分にとって不要な情報は最初から眼中にないので、自然にポジティブな発想が生まれてくるのでしょう。(後略)

60%の力で70%の結果を出すと仕事の効率は高まる
日本の企業では仕事が終わると「お疲れさまでした!」という挨拶を交わします。この挨拶は海外のビジネスパーソンには意味が通じないと言います。成果はどうあれ、疲れるまで汗水垂らして100%頑張れという仕事文化が反映された日本独特の習慣であり、「今日も疲れるまでお互いよく働いたね」と満足し合っていると解釈されています。
対照的にアメリカでは、仕事が終わると「グッジョブ!(Good job!)」と声をかけます。頑張ったという過程ではなく、よい仕事をしたという結果を重視している表現でしょう。
努力や頑張り自体はよいことですが、それが原因で疲れているのなら、注いだ力と得られた結果のバランスを客観的に考えてみてください。もし疲労が溜まっていて冷静な判断が難しいと思う場合は、思い切って結果を重視するように考え方を切り替えてみましょう。
日常のビジネスシーンでは、100%の力で100%の成果を出そうと頑張るより、60%ぐらいの力で70%ほどの結果を出そうとするほうが、余力がある分、脳が疲れずに翌日につなぐことができます。
そもそも、人間に限らず動物すべて、100%の努力を続けることはできないのです。(後略)

注:引用中の「60%の力」に関連する「腹六分の生き方」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

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【3】虐待による脳における神経ネットワークへの影響について

標記について、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」(2018年発行)の「12章 癒されない傷」における記述の一部(P137~P149)を次に引用します。

1 虐待による神経回路への影響

タイチャーらは、虐待を受けて育った人と、そうでない人との、神経回路の違いを調べた。すると、身体感覚の想起にかかわる「楔前部」(ここには感覚情報をもとにした自分の身体マップがあると言われる)から伸びる神経ネットワークは、虐待を受けた人のほうが非常に密になっていた。同様に、痛み・不快・恐怖などの体験や、食べ物や薬物への衝動にも関係する「前島部」も密になっていた。つまり、こうした情報が伝わりやすい脳になっているということだろう。
一方で、意思決定や共感などの認知機能にかかわる「前帯状回」からの神経回路は、被虐待歴の無い人ではたくさん伸びているのに対し、虐待を受けた人はスカスカの状態であった。
はじめにも記したように、これらの調査は病院で行ったのではなくて、社会で普通に暮らしている人たちを対象としたものである。どの人も、18歳から25歳の調査時点ではPTSDを発症しているわけではなく、うつ病と診断されているわけでもない。大学に通ったり仕事をしていたりと、一般社会に適応している人たちである。つまり、これらの脳の変化は、疾患や障害の影響で起きた変化ではない。それなのに、トラウマの痕跡が脳に刻まれているのだ。虐待自体がもたらした変化と考えて間違いない。

2 脳の変化はなぜ起きたのか

それでは、このような脳の変化はなぜ起きたのだろうか?
解析結果を見たとき、最初は「ひどい目にあってきたから、脳がこわされてしまった!」と思った。つらい経験がこころを壊し、脳を壊してしまったのだ!
過酷な時代に適応して生き延びるためには、大きな対価を払うこととなる。生物は、その時の生命を維持することを第一優先とする。強い副作用を伴うが効果の高い薬があるとしよう。風邪を引いたときにその薬を飲むだろうか? ほとんどの人は、少々風邪が長引くとわかっていても、薬は飲まないという選択をするだろう。しかし、命の危険がある病、たとえばガンに冒された場合に使用をためらうだろうか? 副作用が伴うことがわかっていても、多くの人がまずは命の維持を最優先するであろう。
脳も同様の選択をする。非常に危険な状態におかれた場合、生存の維持を最優先し、長期的な作用は考慮しない。副作用が強くとも、薬を服用することを選択する。その薬がコルチゾルである。前の章でも述べたが、虐待などをはじめとしたストレスを受けると、そのダメージから回復するためにコルチゾルを分泌する。そして、コルチゾルは非常に優秀な働きをする。実際、人間は一度きりの過酷な体験に対しては高い回復力を持っているといわれる。しかし、虐待のような長く継続して続くストレスには、コルチゾルはむしろ毒となる。長期的に多量に分泌すれば、海馬を破壊してしまうという副作用を伴うのだ。
また、扁桃体が興奮し続けると、キンドリング現象と呼ばれるものが起きる。これは、神経細胞が何度も刺激にさらされることで、少しの刺激でも反応が起きるようになっていくしくみだ。こうして繰り返しストレスを体験することによって、ストレスに弱い脳になっていく。また、このキンドリング現象は、幼い脳ほど起こりやすい。
このような影響はとてもゆっくりで、時間が経ってから現れてくる。
10章でも紹介したが、子どものラットを生後2日から20日目まで毎日4時間、母ラットから隔離するという実験がある。母ラットから隔離されたストレスによって、ラットの海馬の発達が阻害される。しかし、その影響はすぐには出て来ず、ラットが「成人」する頃になって、初めて明らかになる。
つまり、短期的に見れば生きのびるために不可欠な反応が、長期的にはさまざまな困難や不都合を引き起こす。成人してからのアルコール・薬物依存や、うつ病摂食障害自傷、自殺企図などの精神的な問題の原因の少なくとも一部は、脳の発達段階で高い負荷がかけられたことであろう。実際、依存症でもうつ病でも、背景にトラウマがあるケースは、そうでないケースに比べて発症年齢が低く、多重の診断が多く、初期治療への反応がよくないのである。
しかし、研究を進めるにしたがって、脳の変化の理由は、このような脳への負荷による傷だけでは無いと考えるようになった。脳の変化は「過酷な状況の中でもなんとか適応して生きてきた、そのあかし」でもあるのではなかろうか。
深刻な虐待を体験した人では、恐怖をつかさどる扁桃体が過活動になる。いってみれば、常に危険に対して警戒態勢にあるということだ。
視覚、聴覚、身体感覚などにかかわる部分が過剰に活動しているのは、外界の刺激に対して敏感になっていることを示す。たとえば、周囲の人間がみんな敵だとしたら? いつ爆弾が落ちてきてもおかしくない世界だとしたら? 小さな音に反応し、少しの動きを察知し、空気の変化を敏感に肌で感じ取る… こうした敏感さは、生き残るためにもっとも重要な能力であろう。
逆に、身体的虐待を受けて育った人の「痛みの伝導路」が細くなっているのもうなずける。痛みを感じにくくすることで自分を守ろうとしたのに違いない。
人間のみならず、地球上の生物は、環境の変化に自分自身を適応させることで過酷な世界を生き抜いてきた。魚や爬虫類の中には、環境が苛酷になると生き残りのために性別が変わるものもある。平和な環境から苛酷な環境に変化した時、同じ生活をしていたらすぐに死んでしまう。生物は、今の環境にもっともふさわしい遺伝子だけが勝ち残ることによって現在の環境に適応するように進化してきた。そして、そうやって勝ち残るためには、そもそも「変化に強い」ということこそ、大きな強みである。その時その時の環境にあわせて、それに適した戦術を使うことができれば、どんな環境でも有利に生き残ることができる。(後略)

注:i) 引用中の「前帯状回」に関連する「前帯状皮質」については次のWEBページを参照して下さい。「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「前島部」に関連する「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「扁桃体」についてはトラウマの視点から他の拙エントリのここここ、そしてここを参照して下さい。 iv) 引用中の「キンドリング」については他の拙エントリのここも参照して下さい。 v) 引用中の「虐待を受けて育った人と、そうでない人との、神経回路の違い」の具体的な図については、論文における次に紹介する図を参照して下さい。 「Childhood Maltreatment: Altered Network Centrality of Cingulate, Precuneus, Temporal Pole and Insula」の Figure 1 又は 「The effects of childhood maltreatment on brain structure, function and connectivity」の Figure 6 ちなみに、a) Left anterior cingulate は 左前帯状回、Right anterior insula は右前島部、Right precuneus は右楔前部、Maltreated はマルトリートされた(これに関連する「マルトリートメント」についてはここを参照して下さい)、Unexposed は曝露されない です。 b) 後者の論文要旨について次に引用します。

The effects of childhood maltreatment on brain structure, function and connectivity.[拙訳]子ども時代のマルトリートメントが脳の構造、機能及び接続性に及ぼす影響(全文はここを参照して下さい)

Maltreatment-related childhood adversity is the leading preventable risk factor for mental illness and substance abuse. Although the association between maltreatment and psychopathology is compelling, there is a pressing need to understand how maltreatment increases the risk of psychiatric disorders. Emerging evidence suggests that maltreatment alters trajectories of brain development to affect sensory systems, network architecture and circuits involved in threat detection, emotional regulation and reward anticipation. This Review explores whether these alterations reflect toxic effects of early-life stress or potentially adaptive modifications, the relationship between psychopathology and brain changes, and the distinction between resilience, susceptibility and compensation.


[拙訳]
マルトリートメントに関連する子ども時代の逆境は、精神疾患及び薬物乱用に対する主要で予防可能なリスク因子である。マルトリートメントと精神病理との間の関連は説得力があるが、マルトリートメントが精神障害のリスクをどのように高めるのかを理解する切迫した必要がある。新たな証拠は、マルトリートメントが、脅威の検出、情動調節、報酬の予測に関与する感覚系、(神経)ネットワークアーキテクチャと回路に影響を及ぼす脳の発達の軌道を変えることを示唆する。これらの変化が、幼少期ストレス又は潜在的な適応性改変の毒性効果、そして精神病理や脳の変化と、レジリエンス、感受性や補償との間の関係を反映するかどうかを本レビューは探究する。

注:i) 拙訳中の「マルトリートメント」については次のWEBページを参照して下さい。 「マルトリートメント児の愛着不安にはオキシトシン受容体の DNA スイッチが関与している」の「(注1)」項 ii) 拙訳中の「ストレス」については次のWEBページを参照して下さい。 「ストレス - 脳科学事典」 iii) 拙訳中の「報酬」に関連する「報酬系回路」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「行動嗜癖 - 脳科学事典」の「報酬系回路」項 iv) 拙訳中の「レジリエンス」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「レジリエンス ~多様な回復を尊重する視点~

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【4】右眼窩前頭皮質の損傷により嗅覚を失った男について

標記について、ゴードン・M・ジェファード著、小松淳子訳の本、「美味しさの脳科学 NEUROGASTRONOMY においが味わいを決めている」(2014年発行)の 第25章 意識・無意識とのかかわり の「嗅覚を失った男」における記述の一部(P304~306)を次に引用します。

嗅覚を失った男

ソベルらがヒト被験者において得たこの所見は、ノースウェスタン大学のジェイ・ゴットフリートが二〇一〇年に報告した珍しい症例によって裏付けられた。患者の名前はSとしておこう。年齢は三六歳。階段から転げ落ちて右頭部を強打し、病院に運ばれた。頭を打ったせいで右前頭葉に出血があったものの、順調に回復した。ただひとつ、問題が残った。嗅覚を完全に失ってしまったのだ。「無嗅覚症」と呼ばれる嗅覚障害である。fMRIで検査したところ、損傷を受けたのは右眼窩前頭皮質だけで、他の嗅覚系の構造物は無傷だった。この患者の話を聞きつけたゴットフリートは、においの意識的知覚に右眼窩前頭皮質がどのような役割を担っているか調べられる、まれに見る機会だと気づいた。そこでSを研究室に呼んで検査したのである。
心理アセスメントでSの心理状態は正常と判定されたため、ゴットフリートらは「においスティック」を使う標準検査法で(オルソネイザル経路の)嗅知覚を調べた。においスティックというのは、においのビーズでコーティングした小さなへラのことだ。検査の結果、Sは左右どちらの鼻孔でも、高濃度のにおいでさえ、いっさい嗅ぎ取れないと分かった。損傷を受けたのは右眼窩前頭皮質だけであったため、この検査で、新皮質レベルでの意識的なにおい情報の処理は右眼窩前頭皮質がほぼ一手に引き受けているという考えが裏付けられたわけである。こうした「側性化」(脳の特定の機能が左右いずれかの脳に偏在している状態)は、感覚系では異例のことだ。
ところが、無臭の対照試料との比較検査では、S自身はにおいを意識していなかったにもかかわらず、左側(損傷していない側)に、におい検知能力があるという結果になった。ならば、右側の嗅覚路は機能していなくても、左側は正常ということではないか。この結果と重なり合うように、脳スキャンでは、左側の嗅覚路、つまり嗅皮質および眼窩前頭皮質と、においの高次処理にかかわっているとされる扁桃体の賦活が認められた。しかも、右側嗅覚路も、右眼窩前頭皮質にこそ活動は見られなかったものの、嗅皮質のレベルまでは賦活すると分かった。仕上げに行ったのが、皮膚電気反射を調べる、いわゆる「うそ発見器」による検査である。結果、左右いずれの鼻孔に刺激を与えた場合にも、情動反応が認められた。これもまた、意識して知覚していなくとも左側が応答している証拠である。
対照実験として、脳に損傷がなく、左右の鼻孔でにおいを正常に感知できる健常被験者の脳スキャンを行ったところ、右側嗅覚路にいっそう活発な活動が見られた。におい処理は右脳に側性化する傾向にあるという見方の裏付けが取れたわけだ。ご存じのとおり、右脳は論理的思考よりも芸術的創造性に優れていると言われているのだから、これは興味深い。右脳こそ、におい知覚の精緻化にふさわしい存在なのではないか。ゴットフリートらは次のように結論している。

患者Sの左側鼻孔ににおい刺激を与えるとしかるべき末梢および中枢の応答が誘発された。この所見は、左側嗅覚系はほぼ温存されていて、においの知覚・情動的内容の処理を支えられる状態にあるものの、そのにおいに意識的な気づきや感情を持たせることはできないことを示唆するものである。本研究で得られたデータを総合的に捉えるならば、上流へ向かう嗅覚メッセージの意識的知覚への変換を円滑に進めるうえで右OFC(眼窩前頭皮質)が中心的な役割を担っていることを裏付ける初めての証拠らしきものが得られたと言えよう。(後略)

注: i) 引用中の「オルソネイザル経路」(Orthonasal 経路)については、次の資料を参照して下さい。 「味とにおいの奏でる食のハーモニー(味わいの脳科学)」の図1 ii) 引用中の「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用

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【5】手綱核及びうつ病の視点からの反報酬系について

最初に標記反報酬系についての簡単な説明について、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第7章 基底核扁桃体,小脳と前頭葉-手続き的学習と認知的柔軟性 の 7.3 前頭葉扁桃体による脅威,恐怖からの学習 の「7.3.3 手綱核-負の報酬と自律神経系」項における記述の一部(P212)を以下に引用(『 』内)します。 『基底核が中脳の腹側被蓋野黒質緻密部などに分布するドーパミンという正の報酬に基づいて行われる強化学習に対して,近年ドーパミンニューロンを抑制するきわめて強力な系があることがわかってきました(Hikosaka, 2010; Baker et al., 2016; Mizumori and Baker, 2017).その一つが手綱核です(図7.8).』(注:i) 引用中の「図7.8」の引用は省略します。 ii) 引用中の「Hikosaka, 2010」は次の論文です。 「The habenula: from stress evasion to value-based decision-making.」 iii) 引用中の「Baker et al., 2016」は次の論文です。 「The Lateral Habenula Circuitry: Reward Processing and Cognitive Control.」 iv) 引用中の「Mizumori and Baker, 2017」は次の論文です。 「The Lateral Habenula and Adaptive Behaviors.」)

次に上記「Mizumori and Baker, 2017」の論文及びうつ病における外側手綱核の役割に関する複数の論文を次に紹介します。
論文「Control of behavioral flexibility by the lateral habenula.[拙訳]外側手綱核による行動の柔軟性の制御」の論文要旨(参照、全文はここを参照)を次に引用します。

The ability to rapidly switch behaviors in dynamic environments is fundamental to survival across species. Recognizing when an ongoing behavioral strategy should be replaced by an alternative one requires the integration of a diverse number of cues both internal and external to the organism including hunger, stress, or the presence of reward predictive cues. Increasingly sophisticated behavioral paradigms coupled with state of the art electrophysiological and pharmacological approaches have delineated a brain circuit involved in behavioral flexibility. However, how diverse contextual cues are integrated to influence strategy selection on a trial by trial basis remains largely unknown. One promising candidate for integration of internal and external cues to determine whether an ongoing behavioral strategy is appropriate is the lateral habenula (LHb). The LHb receives input from many brain areas that signal both internal and external environmental contexts and in turn projects to areas involved in behavioral monitoring and plasticity. This review examines how these connections, combined with recent pharmacological and electrophysiological results reveal a critical role for the LHb in behavioral flexibility in dynamic environments. This proposed role extends the known contributions of the LHb to motivated behaviors and suggests that the fundamental role of the LHb in these behaviors goes beyond signaling rewards and punishments to dopaminergic systems.


[拙訳]
動的な環境において行動を迅速に切り替える能力は、種を超えて生き残るために必須である。進行中の行動戦略をいつ代替戦略に置き換えるべきかを認識するには、飢餓、ストレス、又は報酬を予測する手がかりの存在等の生物の内外にある多種多様な手がかりを統合する必要がある。最先端の電気生理学的及び薬理学的アプローチと結びついた、ますます洗練された行動パラダイムは、行動の柔軟性に関与する脳回路の輪郭を描き出した。しかしながら、多種多様な文脈的な手がかりがどのように統合されて試行ベースによる試行の戦略的選択に影響するかは、ほとんどわかっていない。進行中の行動戦略が適切かどうかを判断するための、内外の手がかりの統合の有望な候補の1つは、外側手綱核(LHb)である。LHb は内側及び外側からの環境文脈の両方を通知する多くの脳領域から入力を受け取り、そして今度はさらに行動の監視及び可塑性に関与する領域に投射する。本レビューでは、最近の薬理学的及び電気生理学的結果と組み合わせて、動的環境での行動の柔軟性における LHb の重要な役割を、いかにしてこれらの結合があわわにする方法を調査する。LHb の既知の寄与をモチベーションのある行動にこの提唱された役割は拡張し、そしてこれらの行動における LHb の基本的な役割は、ドーパミン作動系への報酬及び罰のシグナル伝達を超えることを、この提唱された役割は示唆する。

次にうつ病における外側手綱核の役割に関する複数の論文を次に紹介します。
① 論文「A Major Role for the Lateral Habenula in Depressive Illness: Physiologic and Molecular Mechanisms.[拙訳]うつ病における外側手綱核の主要な役割:生理学的及び分子的メカニズム」の要旨(参照、全文はここを参照)を次に引用します。

Emerging preclinical and clinical evidence indicate that the lateral habenula plays a major role in the pathophysiology of depressive illness. Aberrant increases in neuronal activity in the lateral habenula, an anti-reward center, signals down-regulation of brainstem dopaminergic and serotonergic firing, leading to anhedonia, helplessness, excessive focus on negative experiences, and, hence, depressive symptomatology. The lateral habenula has distinctive regulatory adaptive role to stress regulation in part due to its bidirectional connectivity with the hypothalamic–pituitary–adrenal (HPA) axis. In addition, studies show that increased lateral habenula activity affects components of sleep regulation including slow wave activity and rapid eye movement (REM), both disrupted in depressive illness. Lack of perceived reward experienced during the adverse outcomes also precipitates lateral habenula firing, while outcomes that meet or exceed expectations decrease lateral habenula firing and, in turn, increase midbrain dopaminergic and serotonergic neurotransmission. The ability to update expectations of the environment based on rewards and aversive stimuli reflects a potentially important survival mechanism relevant to the capacity to adapt to changing circumstances. What if one lives in a continuously aversive and invalidating environment or under the conditions of chronic stress? If there is a propensity of the habenula to release many burst discharges over time, an individual could habitually come to perceive the world as perpetually disappointing. Conceivably, the lateral habenula could learn to expect an adverse outcome systematically and communicate it more easily. Thus, if the lateral habenula fires more frequently, it may lead to a state of continuous disappointment and hopelessness, akin to depression. Furthermore, postmortem studies reveal that the size of the lateral habenula and total number of neurons are decreased in patients who had depressive illness. Novel research in the field shows that ketamine induces rapid and sustained antidepressant effect. Intriguingly, recent preclinical animal models show that ketamine abolishes N-methyl-D-aspartate receptor (NMDAR)-dependent lateral habenula bursting activity, leading to rapid resolution of depressive symptoms.


[拙訳]
出現する前臨床的及び臨床的エビデンスは、うつ病の病態生理学において外側手綱核が主要な役割を果たすことを示す。反報酬中枢である外側手綱核における神経活動の異常な増加は、脳幹のドーパミン作動性及びセロトニン作動性発火のダウンレギュレーションを示し、快感消失、無力感、ネガティブな経験への過度の集中、そしてそれゆえに抑うつ症状をもたらす。外側手綱核は、視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸との双方向の結合に一部起因して、ストレス調節に対する特徴的な調節適応の役割を果たす。加えて、増加した外側手綱核の活動がうつ病において混乱した徐波活動と急速眼球運動(REM)との両方を含む睡眠調節の要素に影響を及ぼすことを、研究は示す。期待を満足する又はそれを超える転帰は、外側手綱核の発火を減少させ、逆に、中脳のドーパミン作動性及びセロトニン作動性神経伝達を増加させる一方で、有害な転帰中に経験される知覚された報酬の欠如は、外側手綱核の発火も促進する。報酬及び嫌悪刺激に基づく環境への期待を更新する能力は、変化する状況に適応する能力に関連する潜在的に重要な生存メカニズムを反映する。絶えず嫌悪的で無効な環境に住んでいる場合、又は慢性的なストレスの状況下にある場合にはどうなるであろう? もし時間の経過と共に多くのバースト放電を解放する手綱核の傾向があるならば、個人は習慣的に永続的な失望としての世界を知覚するに至り得るだろう。おそらく外側手綱核は、有害な転帰を体系的に予想し、それをより簡単に伝えることを学習することができるだろう。従って、外側手綱核がより頻繁に発火する場合には、抑うつに似た継続的な失望及び絶望の状態をもたらすかもしれない。さらに、抑うつの患者において外側手綱核のサイズ及びニューロンの総数が減少することを、死後の研究は明らかにした。ケタミンが迅速かつ持続的な抗うつ効果を引き起こすことを、この分野における新しい研究は示す。興味深いことに、最近の前臨床動物モデルは、ケタミンがN-メチル-D-アスパラギン酸受容体(NMDAR)依存性外側手綱核バースト活性を無効にし、抑うつ症状の急速な解消をもたらすことを、最近の前臨床動物モデルは示す。

注:i) 標記「外側手綱核」については例えば次の資料を参照して下さい。 「負の経験から学ぶ脳のメカニズムを発見 ~嫌なことを避ける学習のために 2 つの脳領域が役割を分担~」の「注1) 外側手綱核(がいそくたづなかく)」項 ii) 拙訳中の「視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸」に類似した「」については次のWEBページを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「ケタミン」に類似した「」については次のWEBページを参照して下さい。

② 論文「Lateral Habenula Gone Awry in Depression: Bridging Cellular Adaptations With Therapeutics.[拙訳]うつ病における外側手綱核の主要な役割:生理学的及び分子的メカニズム」の要旨(参照、全文はここを参照)を次に引用します。

Depression is a highly heterogeneous disease characterized by symptoms spanning from anhedonia and behavioral despair to social withdrawal and learning deficit. Such diversity of behavioral phenotypes suggests that discrete neural circuits may underlie precise aspects of the disease, rendering its treatment an unmet challenge for modern neuroscience. Evidence from humans and animal models indicate that the lateral habenula (LHb), an epithalamic center devoted to processing aversive stimuli, is aberrantly affected during depression. This raises the hypothesis that rescuing maladaptations within this nucleus may be a potential way to, at least partially, treat aspects of mood disorders. In this review article, we will discuss pre-clinical and clinical evidence highlighting the role of LHb and its cellular adaptations in depression. We will then describe interventional approaches aiming to rescue LHb dysfunction and ultimately ameliorate depressive symptoms. Altogether, we aim to merge the mechanistic-, circuit-, and behavioral-level knowledge obtained about LHb maladaptations in depression to build a general framework that might prove valuable for potential therapeutic interventions.


[拙訳]
うつ病は、快感消失及び行動的絶望から社会的引きこもり及び学習障害に及ぶ症状により特徴づけられる非常に不均一な疾患である。このような行動表現型の多様性は、個別の神経回路が疾患の精密な側面の根底にあるかもしれなく、その治療は現代の神経科学にとって未解決の課題となっていることを示唆する。人間と動物モデルからのエビデンスは、嫌悪刺激の処理に専念する視床上部の中心である外側手綱核(LHb)が抑うつ時に異常に影響されることを示す。これは、この核内の不適応を解除することが、少なくとも部分的に気分障害の側面を治療する潜在的な方法であるかもしれないという仮説を提起する。このレビューでは、抑うつにおける LHb とその細胞適応の役割を強調する前臨床的及び臨床的なエビデンスについて、我々は論じる。そのうえに、LHb の機能障害を救い、そして最終的に抑うつ症状を改善することを目的とした介入アプローチについて、我々は記述する。つまるところ、抑うつにおける LHb の不適応について得られた機構レベル、回路レベル、及び行動レベルの知識を統合して、ひょっとして潜在的な治療的介入に役立つかもしれない一般的なフレームワークを構築することを、我々は目指す。

③ 論文「Dysregulation of the Lateral Habenula in Major Depressive Disorder.[拙訳]うつ病における外側手綱核の調節不全」の要旨(参照、全文はここを参照)を次に引用します。

Clinical and preclinical evidence implicates hyperexcitability of the lateral habenula (LHb) in the development of psychiatric disorders including major depressive disorder (MDD). This discrete epithalamic nucleus acts as a relay hub linking forebrain limbic structures with midbrain aminergic centers. Central to reward processing, learning and goal directed behavior, the LHb has emerged as a critical regulator of the behaviors that are impaired in depression. Stress-induced activation of the LHb produces depressive- and anxiety-like behaviors, anhedonia and aversion in preclinical studies. Moreover, deep brain stimulation of the LHb in humans has been shown to alleviate chronic unremitting depression in treatment resistant depression. The diverse neurochemical processes arising in the LHb that underscore the emergence and treatment of MDD are considered in this review, including recent optogenetic studies that probe the anatomical connections of the LHb.


[拙訳]
臨床的及び前臨床的エビデンスは、うつ病(MDD)を含む精神障害の発症における外側手綱核(LHb)の過剰興奮性を含意する。この個別の視床上部の核は前脳辺縁系構造と中脳アミン作動性中心とをつなぐ中継ハブとして働く。報酬処理、学習、及び目標指向行動の中心である LHb は、抑うつにおいて障害のある行動の重要な調節器として出現する。LHb のストレス誘発性の活性化は、前臨床試験抑うつ及び不安のような行動、快感消失及び嫌悪感を引き起こす。さらに、ヒトにおける LHb の脳深部刺激は、治療抵抗性うつ病における慢性持続性抑うつの軽減が示されている。LHb の解剖学的結合を調べる最近の光遺伝学的研究を含め、MDD の出現及び治療を強調する LHb において生じる多様な神経化学プロセスは、このレビューにおいて検討される。

注:引用中の「うつ病」については、

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【6】構成主義的情動理論における「身体予算管理」について、その他

最初に構成主義的情動理論における「身体予算管理」について、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「第4章 感情の源泉」における記述の一部(P118~P126)を次に引用します。

(前略)いかなる身体の動きも、身体内の動きをともなう。ボールを捕るために自分の立つ位置をすばやく変えるためには、より深く呼吸する必要がある。毒ヘビから逃げる際には、心臓は拡張した血管を通して血液を迅速に送り出し、筋肉にグルコースを急送する。それによって心拍数は上がり、血圧が変化する28。脳は、このような体内の動きによって生じる感覚刺激を表象するのである。前述のとおり、この作用は内受容と呼ばれる29。
体内の動きや、内受容へのその影響は、生きている限りつねに生じている。スポーツをしたりヘビから逃げたりしていなくても、寝ている最中や休んでいるときにも、脳は心拍、血液循環、呼吸、グルコース代謝などの身体の活動を維持しなければならない。つまり、実際に積極的に特定の何かを見たり、何かの音に耳をそばだてたりしていなくても、視覚や聴覚のメカニズムがつねに機能しているのと同じように、内受容も持続的な活動なのである。
頭蓋内に封じ込められた脳の観点からすると、身体は説明を要する外界の一部にすぎない。心臓の鼓動、肺の呼吸、体温の変化、代謝によって、ノイズに満ちたあいまいな感覚情報が脳に送られてくる30。腹部の鈍痛などのたった一つの内受容情報が、胃の痛み、飢え、緊張、きつく締められたベルトなどの無数の原因を意味しうる。脳は、身体に由来する感覚刺激を意味あるものにして説明しなければならない。それを達成するための主な道具が予測なのだ。かくして脳は、自己の身体を持つ者の観点から世界をモデル化している。つまり頭部や手足の動きとの関係のなかで、外界から入って来た感覚刺激をもとに視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に関する予測を行なっているのと同様、体内の動きによる感覚の変化も予測しているのである31。
体内の動きによって引き起こされる小さな動揺は、普段は気づかれない(「今日は肝臓の胆汁の分泌量が多い」などと考えたことなどないはずだ)。もちろん、頭痛や満腹、あるいは心臓の鼓動をじかに感じることはある32。しかし神経系は、そのような感覚を正確に経験できるようには構築されていない。これは実に運がよい。というのも、さもなければ他のことに注意を向けられなくなるからだ33。
内受容は通常、単純な快、不快、興奮、落ち着きなどの一般的な様態でしか経験できない。しかしときに、激しい内受容感覚の生起を情動として経験することがある。これは、構成主義的情動理論の重要な要素をなす。目覚めているときはつねに、脳は感覚刺激に意味を与えている。それには内受容に関する刺激も含まれ、その結果生成される意味は、情動のインスタンスでもありうる34。
情動がどのように作られるのかを理解するためには、主要な脳領域の機能をある程度知っておく必要がある。実のところ内受容の処理には脳全体がかかわっているが、内受容にとって特に重要な役割を果たすために連携しながら貢献している脳領域がいくつかある。わが研究室は、それらの領域が、視覚、聴覚などの感覚を処理するネットワークと似たあり方で、脳に固有の「内受容ネットワーク」を形成していることを発見した35。内受容ネットワークは身体に関する予測を行ない、そのシミュレーションの結果を身体からの感覚入力と比べ、脳が持つ、世界に内在する身体のモデルを更新する36。
議論をすっきりさせるために、独自の役割を担う二つの一般的な部位から成るものとして、内受容ネットワークを考えよう。一方の部位は、心拍を速める、呼吸のペースを落とす、多量のコルチゾールを分泌する、グルコース代謝を高めるなどして、体内の環境をコントロールするために身体に予測を送る一連の脳領域である。われわれはこれを「身体予算管理領域(body-budgeting regions)」と呼んでいる*。もう一方の部位は、体内の感覚刺激を表現する「一次内受容皮質」と呼ばれる領域から成る37。
内受容ネットワークの二つの部位は、予測ループに関与している。身体予算管理領域が心拍数の高まりなどの運動の変化を予測するたびに、二つの部位は、それによってもたらされる胸の高鳴りなどの感覚の変化も予測する。このような感覚予測は「内受容予測」と呼ばれ、一次内受容皮質に入ってそこで通常どおりシミュレートされる38。一次内受容皮質はまた、所定の処理を行なうあいだ、心臓、肺、腎臓、皮膚、筋肉、血管などの器官や組織から感覚入力を受け取る。一次内受容皮質のニューロンは、シミュレーションの結果と感覚入力を比べ、予測エラーがあればそれを計算して予測ループを完結させ、最終的に内受容刺激を生み出す。
身体予算管理領域は、生存に重要な役割を果たす。脳が、内部であろうが外部であろうが身体のいかなる部位を動かすときにも、ある程度のエネルギー資源が消費される。エネルギーは、さまざまな内臓器官、代謝、免疫系の機能を維持するために使われる。身体資源は、食べる、飲む、眠ることで補給され、また身体のエネルギー消費量は、近しい人々とリラックスすることで(セックスすることでも)低減する。これらすべての消費や補給を管理するために、脳はつねに、身体の予算を立てるかのごとく、身体のエネルギー需要を予測しなければならない39。そのために、企業が会社全体の予算運用のバランスを保つべく、預金や引き出し、あるいは口座間での資金の移動を管理する経理課を設置しているように、脳は身体の予算管理の責任を負う神経回路を設置している。この神経回路は、内受容ネットワーク内に存在する。かくして身体予算管理領域は、過去の経験を指針として予測を行ない、無事に生きていくのに必要な資源の量を見積もるのだ。
なぜそれが情動と関係するのか? なぜなら、人間の情動の拠点とされている脳領域はすべて、内受容ネットワーク内の身体予算管理領域でもあるからだ40。しかしこの領域は、情動の生成という形態で反応するのではない。そもそも反応するのではなく、身体予算を調節するために予測する。視覚、聴覚、思考、記憶、想像、そしてもちろん情動に関する予測を行なうのた。情動を司る脳領域という考えは、反応する脳という時代遅れの信念に基づく幻想と見なせる。今日の神経科学者はその点をわきまえているが、そのメッセージは、心理学者、精神科医社会学者、経済学者、あるいはその他の情動の研究者の多くには伝わっていない。
朝ベッドから起き上がるときであろうが、コーヒーをすするときであろうが、脳が動きを予測する際、身体予算管理領域は予算を調節する。身体が瞬間的なエネルギーを即座に必要としていることが予測されると、この領域は腎臓のそばにある副腎に、ホルモンのコルチゾールを分泌するよう指示する。コルチゾールは俗に「ストレスホルモン」と呼ばれているが、この呼び方は間違っている。コルチゾールは、エネルギーの高まりが必要とされるときはつねに分泌される。ストレスを受けているときは、そのような状況の一つにすぎない41。そのおもな目的は、血流をグルコースで満たしてただちに細胞にエネルギーを供給し、たとえば走るために筋肉細胞が伸縮できるようにすることだ。また身体予算管理領域は、なるべく多くの酸素を血流に運ばせるために深い呼吸をさせ、動脈を拡張することで迅速に酸素を筋肉に送らせて、身体が動けるようにする。このような体内の動きはすべて、内受容刺激をともなうが、脳はそれを正確に経験できるようには配線されていない。こうして内受容ネットワークは身体をコントロールしたり、身体予算を管理したり、感覚刺激を表象したりする。そして、これらの処理はすべて同時に実行される。
実際に身体を動かさなくても、身体予算は引き出されることがある。上司があなたのほうに向かって歩いてきたとしよう。あなたは、上司があなたの発言や行動を逐一評価するはずだと思っている。いかなる身体の動きも必要とされてはいないように思えても、あなたの脳は、自分の身体がエネルギーを必要としていることを予測して予算を引き出し、コルチゾールを分泌して血流をグルコースで満たす。またあなたの内受容刺激は急に高まる。それについてよく考えてみるとよい。じっと立っているときに誰かが近づいてくるだけで、あなたの脳は「燃料が必要だ!」と予測するのである。このようにして、身体予算に大きな影響を及ぼすいかなるできごとも、その人にとって意味のあるものになる。
数年前、わが研究室は心拍を測定する携帯装置を評価していた。装着者の心拍数が正常時より一五パーセント上がると、警告音が鳴るという装置であった。私が指導していた大学院生の一人エリカ・シーゲルは、この装置を身につけて自分の机で静かに仕事をしていた。しばらくは静かだったが、博士論文の指導担当だった私が研究室に入ってきたのを見た途端、装置が高らかに警告音を鳴らした。驚いた彼女はきまりが悪そうな顔をし、他のメンバーは皆おもしろがっていた42。それから私も装置を身につけたが、エリカとミーティングをしている最中、助成機関から何度かeメールを受け取り、そのたびに私の装置が高らかに鳴った(そのようなわけで、その日最後に笑ったのはエリカであった)。
わが研究室は(他の研究室と同じように)、脳の身体予算管理を何百回となく例証してきた。身体予算管理領域の神経回路の働きを介して資源が再配分され、ときに身体予算のバランスが崩れたり再び安定したりするのを確認してきたのだ。われわれは、コンピューター画面の前に被験者をじっとすわらせ、動物、花、乳児、食べ物、お金、銃、サーファー、スカイダイバー、交通事故などのモノや場面が映った画像を見せた43。するとそれらの画像は、被験者の身体予算に影響を及ぼし、心拍数を上げ、血圧を変化させ、血管を拡張した44。しかもこのような、身体に闘争もしくは逃走を準備させる変化は、動いていなくても、また、動こうとする意識的な意図を持っていなくても生じたのである。fMRIを用いた実験では、被験者がそれらの画像を見たときに、身体予算管理領域が体内の動きをコントロールしている様子が観察された45。さらに言えば、被験者が横になって完全にじっとしているときでも、この領域は、走る、サーフィンをするなどの動作を、また筋肉や関節や腱が動くときに伝達される感覚刺激をシミュレートしていた。また画像を見ることで、内受容の変化がシミュレートされ修正されるにつれ、被験者の感情も変化した。わが研究室による実験や他の数百の実験に基づいて言えば、実際に身体が動いていないときでさえ、類似の状況のもとで、あるいは同様な物体を対象にかつて得た既存の経験に依拠しつつ、脳が身体反応を予測していることを示す、すぐれた証拠が存在する。そしてその結果は、内受容感覚として現われる。
他者やモノが実際に存在しなくても、身体予算は撹乱されることがある。たとえば上司、教師、コーチなど、自分に関係する誰かを思い浮かべてみればよい46。いかなるシミュレーションも、情動になろうがなるまいが身体予算に影響を及ぼす。人々は、目覚めている時間の少なくとも半分を、周囲の世界に注意を払うのではなく、シミュレーションの実行に費やすことが判明している。この純粋なシミュレーションが、人々の感情を強く駆り立てているのである47。
自分の脳だけが身体予算の管理に関与しているのではない。他者も、あなたの身体予算を調節する。親友、両親、子ども、恋人、チームメイト、セラピスト、あるいはその他の近しい仲間とやりとりする際、あなたとパートナーは、呼吸、心臓の鼓動などの身体作用を同期させ、それによって実質的な利益を得ている48。恋人と手をつないだり、恋人の写真を机の上に飾ったりすることで、身体予算管理領域の活動は低下し、痛みに悩まされる度合いが軽減される49。丘のふもとに親友と立っていれば、その丘は、ひとりでいるときよりなだらかで楽に登れるように見える50。身体予算の慢性的なバランスの乱れや、免疫系の活動過多をもたらしうる貧困家庭で育った人は、支えになる人がいれば、その種の問題は緩和される51。それに対し、親密な愛情関係が失われ、そのせいで身体的な病にかかったと感じられる場合、その原因の一端は、身体予算を調節してくれる近しい人を失ったことにある52。そのときあなたは、自分の一部を失ったかのように感じるはずだ。なぜなら、実際に自分の一部を失ってしまったからである。
出会う人々、自分の予測や考え、さらには視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚などに関する予期されざる感覚入力はすべて、身体予算と、対応する内受容予測に影響を及ぼす。脳は、生きていくために必要な予測に由来する、絶えず変化しながら持続する内受容刺激の流れに対処しなければならない。私たちは、それに気づいていることもあれば、気づいていないこともある。しかしそれはつねに、脳が構築した世界のモデルの一部をなし、すでに述べたように、日常生活で誰もが経験している快、不快、興奮、落ち着きなどの単純な感情の科学的な基盤をなす53。この流れは、人によって清澄な小川の細流のようなものにもなれば、逆巻く大河のようなものにもなる。感覚刺激は情動に変換されることもあるが、これから見ていくように、背景に退いているときでも行動、思考、知覚に影響を及ぼす。(後略)

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の脚注「*」の内容(P121)を次に引用(『 』内)します。 『*=「辺緑」領域、「内臓運動」領域とも呼ばれる。脳は複雑な構造だが、話をわかりやすくするために、大脳皮質に位置する身体予算管理領域に的を絞る。扁桃体の中心核など、大脳皮質以外にも関連する領域は存在する。なお「大脳皮質」の意味で「皮質」という言葉を用いる。』 (ii) 引用中の原注番号「28」に関し、身体予算(Body-budgeting)と内受容(interoception)に関連する次のWEBページを参照して下さい。 「Body-budgeting and interoception」 (iii) 引用中の原注番号「29」に関し、内受容(interoception)のオリジナルの定義については次のWEBページを参照して下さい。 「Interoception」 (iv) 引用中の原注番号「30」に関し、引用中の「内受容」(interoception)は不正確なことについては次のWEBページを参照して下さい。 「Interoceptive perception is imprecise」 一方、上記「内受容」は「現実として体験されるものの、もっとも重要な構成要素の一つ」であることについて、同における記述の一部(P142)を次に引用(【 】内)します。 【また内受容は、現実として体験されるものの、もっとも重要な構成要素の一つをなす。内受容を欠けば、世界は無意味なノイズと化すだろう。】 (v) 引用中の原注番号「31」に関連する論文は次を参照して下さい。 「Interoceptive predictions in the brain.」 (vi) 引用中の原注番号「32」に関し、身体感覚は自己報告は実際の感覚にほとんど対応しないことを含む内受容(interoception)と自己報告(self-report)とについては次のWEBページを参照して下さい。 「Interoception and self-report」 (vii) 引用中の原注番号「33」に関し、次のWEBページを参照して下さい。 「Interoceptive perception is imprecise」 (viii) 引用中の原注番号「34」の内容(P603)を次に引用(『 』内)します。 『激しい内受容刺激が身体的徴候として経験される場合もあれば、情動として経験される場合もある理由は、解明されていない。』 (ix) 引用中の原注番号「35」に関し、内受容ネットワーク(interoceptive network)の別名(すなわち、salience network と default mode network)については次のWEBページを参照して下さい。 「Other names for the interoceptive network」 (x) 引用中の原注番号「36」に関し、内受容は脳全体のプロセス(whole-brain process)であることについては次のWEBページを参照して下さい。 「Interoception is a whole-brain process」 (xi) 引用中の原注番号「37」に関し、引用中の「一次内受容皮質」(primary interoceptive cortex)については次のWEBページを参照して下さい。 「Primary interoceptive cortex」 (xii) 引用中の原注番号「38」に関し、他のあらゆる脳の内因性ネットワークは、少なくとも1つの脳領域で内受容ネットワークと重なることについては次のWEBページを参照して下さい。 「Overlapping networks」 (xiii) 引用中の原注番号「39」に関し、引用中の「脳は身体の予算管理の責任を負う」ことに関連するアロスタシス(allostasis)について、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第1章 はじめに-振動する脳のネットワーク の Key Word の「アロスタシス」項における記述(P24)を次に引用(【 】内)します。 【アロスタシスは allostasis の字訳で、“動的適応能”のように訳されることもあります.似たような言葉でホメオスタシスがあります.これは体内環境の安定性を「一定に維持する」ことを意味します.アロスタシスは,制御する対象の特性により「制御の仕方を変える」点がホメオスタシスと異なります.相手に合わせて自分を変えることは,実際には体内で起こることです.しかし,あまりストレスなどの負荷が大きいと自分が変わったまま,もとに戻れなくことがあります。これがアロスタティックロード(allostatic load)です.アロスタシスには対象を予測することが大切で,自律神経系などの脳神経系が役割を担うことがあります.脳のある部分がアロスタシスに関わることがわかってきました.】(注:引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」) 加えて、上記「allostasis」については次のWEBページを参照して下さい。 「Allostasis」 さらに、上記「アロスタティックロード」についての論文例はここを参照して下さい。 (xiv) 引用中の原注番号「40」の内容(P603)を次に引用(『 』内)します。 『これらの領域は「辺縁」と呼ばれ、それには扁桃体側坐核やその他の線条体の組織、前/中/後帯状皮質前頭前皮質腹内側部(眼窩前頭皮質の一部)、前部島皮質などが含まれる。』 (xv) 引用中の原注番号「41」に関し、引用中の「コルチゾール」については次のWEBページを参照して下さい。 「Cortisol」 (xvi) 引用中の原注番号「42」の内容(P603)を次に引用(『 』内)します。 『エリカの内分泌系や免疫系の反応を測定していたら、活動が高まっていることがわかったはずだ。たとえば身体予算管理領域の神経回路は、自律神経系に指令を出して免疫反応を調節し、動いているあいだに関節に炎症が起こらないようにする。Koopman et al. 2011 を参照。』(注:引用中の「Koopman et al. 2011」は次の論文です。 「Restoring the balance of the autonomic nervous system as an innovative approach to the treatment of rheumatoid arthritis.」 この続報かもしれない論文は次を参照して下さい。 「Balancing the autonomic nervous system to reduce inflammation in rheumatoid arthritis.」) (xvii) 引用中の原注番号「43」の内容(P603)を次に引用(『 』内)します。 『写真画像は IAPS(International Affective Picture System)を利用した(Lang et al. 1993)。』 (xvii) 引用中の原注番号「44」に関し、「皮膚コンダクタンス」(skin conductance)については次のWEBページを参照して下さい。 「Skin conductance」 (xviii) 引用中の原注番号「45」に関し、引用中の「fMRIを用いた実験」については次の論文、WEBページを参照して下さい。 「Novelty as a dimension in the affective brain.」、「Differential hemodynamic response in affective circuitry with aging: an FMRI study of novelty, valence, and arousal.」、「fMRI」 (xix) 引用中の原注番号「46」の内容(P603)の一部を次に引用(『 』内)します。 『わが研究室は、認知科学者のラリー・バーサルーとクリスティ・ウィルソン=メンデンホール(博士課程ではラリーが指導していた学生で、その後わが研究室のポスドク生になった)と協力し合いながら、それを確かめた。この実験では、われわれは被験者に、与えられたシナリオの内容を思い浮かべるよう指示し、そのあいだに fMRI を用いて脳活動を観察した(Wilson-Mendenhall et al. 2011)。』(注:a) 引用中の「Wilson-Mendenhall et al. 2011」は次の論文です。 「Grounding emotion in situated conceptualization.」 b) 加えて引用中の「fMRI」を用いた研究については次のWEBページを参照して下さい。 「Scenarios imagined during our fMRI study」) xx) 引用中の原注番号「47」に関し、引用中の「この純粋なシミュレーションが、人々の感情を強く駆り立てている」ことに関連する論文は次を参照して下さい。 「A wandering mind is an unhappy mind.」 (xxi) 引用中の原注番号「48」に関し、引用中の「あなたとパートナーは、呼吸、心臓の鼓動などの身体作用を同期させ、それによって実質的な利益を得ている」ことに関連する論文は次を参照して下さい。 「Interpersonal Autonomic Physiology: A Systematic Review of the Literature.」 (xxii) 引用中の原注番号「49」の内容(P603)を次に引用(『 』内)します。 『科学者たちは、電撃を用いた実験でそれを発見している(Coan et al. 2006; Younger et al. 2010)。論評は Eisenberger 2012; Eisenberger and Cole 2012 を参照。』(注:a) 引用中の「Coan et al. 2006」は次の論文です。 「Lending a hand: social regulation of the neural response to threat.」 b) 引用中の「Younger et al. 2010」は次の論文です。 「Viewing pictures of a romantic partner reduces experimental pain: involvement of neural reward systems.」 c) 引用中の「Eisenberger 2012」は次の論文です。 「The pain of social disconnection: examining the shared neural underpinnings of physical and social pain.」 d) 引用中の「Eisenberger and Cole 2012」は次の論文です。 「Social neuroscience and health: neurophysiological mechanisms linking social ties with physical health.」) (xxiii) 引用中の原注番号「50」に関し、引用中の「丘のふもとに親友と立っていれば、その丘は、ひとりでいるときよりなだらかで楽に登れるように見える」ことに関連する論文は次を参照して下さい。 「Social Support and the Perception of Geographical Slant.」 (xxiv) 引用中の原注番号「51」に関し、引用中の「身体予算の慢性的なバランスの乱れや、免疫系の活動過多をもたらしうる貧困家庭で育った人は、支えになる人がいれば、その種の問題は緩和される」ことに関連する論文は次を参照して下さい。 「Socioeconomic Status and Social Support: Social Support Reduces Inflammatory Reactivity for Individuals Whose Early-Life Socioeconomic Status Was Low.」 加えて「貧困家庭で育った子供たち」(children growing up in poverty)については次のWEBページも参照して下さい。 「Children growing up in poverty」 (xxv) 引用中の原注番号「52」に関し、引用中の「親密な愛情関係」に関連するかもしれない論文例は次を参照して下さい。 「Coregulation, dysregulation, self-regulation: an integrative analysis and empirical agenda for understanding adult attachment, separation, loss, and recovery.」、「Relationships as regulators: a psychobiologic perspective on bereavement.」(全文はここを参照して下さい)、「Psychobiological Roots of Early Attachment」 (xxvi) 引用中の原注番号「53」の内容(P602)を次に引用(『 』内)します。 『それを「気分」と呼ぶ人もいる。』(注:引用中の訳語「気分」については以下を参照して下さい) (xxvii) 引用中の(身体予算管理における)「予測」に関連するかもしれない「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 (xxviii) 引用中の「情動」に関連する『「構成主義的情動理論」における情動の見方』については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (xxix) 引用中の「インスタンス」については他の拙エントリのここにおける引用の「▼概念(Concept)とインスタンス(instance)」項を参照して下さい。 (xxx) 引用中の「知覚」については他の拙エントリのここにおける引用を参照して下さい。 (xxxi) 引用中の「代謝」に関連する「エネルギー代謝」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「身体活動とエネルギー代謝」 (xxxii) 引用中の「視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に関する予測」にも関連する「感覚刺激の意味を予測」をはじめとして、構成主義的情動理論における「予測」を含む身体予算に結びついていると見なせる「概念」について、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「第5章 概念、目的、言葉」における記述の一部(P182~P184)を次に引用します。

(前略)概念は、あらゆる行動や知覚に結びついている。そして前章で見たように、あらゆる行動や知覚は身体予算に結びついている。したがって、概念は身体予算に結びついていると見なせる。というより、事実結びついている。
新生児は、身体予算を自分で調節できない。だから保護者がその代わりをする。母親による授乳は新生児にとって、母親の顔を目にし、声を聞き、母親独自のにおいをかぎ、身体が触れ合うのを感じ、母乳(もしくは粉ミルク)を味わい、抱きかかえたりあやされたりすることで生じる内受容刺激を感じるなど、規則正しく起こる多感覚性のできごととして立ち現われる。新生児の脳は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、内受容感覚として、その瞬間の感覚的な文脈の全体をとらえる73。こうして、概念が形成されるようになる。つまり人間は、さまざまな感覚を動員して学習するのだ。体内の変化と、その内受容感覚への影響は、本人が気づいていようがいまいが、学習されたあらゆる概念の一部を構成する。
このような多感覚性の概念によって分類すると、同時に身体予算を調節する結果にもなる。乳児とボールで遊んでいるとき、私たちはそれを、色や形や手触り(さらには部屋のにおい、手や膝にあたる床の感覚、直前に食べたものの味覚など)ばかりでなく、その瞬間に生じた内受容刺激によっても分類している。そしてそれを通じて、ボールをたたく、あるいはくわえるなど、自己の行動の予測が可能になり、身体予算が影響を受ける。
おとなは、あるできごとが「きまりの悪さ」などの情動のインスタンスだと学ぶと、そのできごとに関連する視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、内受容感覚をまとめて概念としてとらえるようになる。また脳は、概念を用いてできごとの意味を理解するとき、状況全体を考慮に入れる。たとえば、海から浜に上がろうとしたとき、水着がずり落ちたとしよう。するとあなたの脳は、「きまりの悪さ」のインスタンスを構築するだろう。さらに概念システムは、過去に裸を見られたときに感じたきまりの悪さのインスタンスを抽出する。その種の裸体経験は、サウナから出て気分爽快になった裸体や、恋人と情熱的な午後を過ごしたあとの心地よい裸体を経験したときとは異なり、身体予算に多大を負荷をかける。あるいは脳は、そのときの状況によって、友人の誕生日を忘れたときのような個人的なきまりの悪さではなく、学校の授業中に間違った解答をした経験など、衣服を着ているときに公衆の面前で感じた「きまりの悪さ」のインスタンスを抽出するかもしれない74。このように、脳はその都度、状況に合った目的に従って、より包括的な概念システムから抽出する。かくして選ばれたインスタンスが、身体予算を適宜調節するよう促すのである。
どんな分類も、確率に依拠する。一例をあげよう。パリで休暇を過ごしているときに、地下鉄で見知らぬ人にしかめ面をされたとする。あなたは、それまでその人に出会ったことなどないし、そもそもパリを訪れるのは初めてだ。しかしあなたには、初めて訪れた場所で見知らぬ人にしかめ面をされた別の経験がある。だからあなたの脳は、過去の経験と確率に基づいて、予測に用いる概念の標本を構築できる75。その際脳は、「他に誰もいなかったか? それとも車両は混雑していたか?」「その人は男性だったのか、それとも女性だったのか?」「その人は眉を吊り上げていたのか、それとも額に皺を寄せていたのか?」など、細かな文脈に配慮することで、予測エラーが生じる可能性を最小限に抑えられる最適な概念が得られるまで確率を高めていく。この手法は、情動概念を用いた分類だ。あなたは、誰かの顔に情動を検知したり、確認したりしようとしているのではない。自己の身体に何らかの生理的なパターンを見出そうとしているわけでもない。そうではなく、あなたは確率と経験に基づいて、感覚刺激の意味を予測し説明しようとしているのだ。このような状態は、情動語を聞いたり、一連の感覚刺激に満たされたりするたびに起こることなのである。(後略)

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の原注番号「73」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Domain generality versus modality specificity: the paradox of statistical learning.」 (ii) 引用中の原注番号「74」に関し、次のWEBページを参照して下さい。 「Concepts in individuals with visual impairments」 (iii) 引用中の原注番号「75」の内容の一部(P597)を次に引用(『 』内)します。 『ベイズの蓋然性ルールを用いる(Perfors et al. 2011)[後略]』 加えて次のWEBページを参照して下さい。 「Bayes' theorem in predictive coding」 (iv) 引用中の「概念」、「情動概念」及び「インスタンス」については共に他の拙エントリのここにおける引用の「▼概念(Concept)とインスタンス(instance)」項を参照して下さい。 (v) 引用中の「知覚」については他の拙エントリのここにおける引用を参照して下さい。 (vi) 引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情

一方、引用における訳語「気分」を含む様々な訳語について同における訳語「気分」について、同本の「訳者あとがき」における記述の一部(P522)を次に引用します。一方、引用中の「身体予算管理」に関連する「バランスのとれた身体予算が維持できるよう生活様式を見直す」ことについて、同の「第9章 自己の情動を手なずける」における記述の一部(P308~P309)を以下に引用します。

(前略)▼気分(affect)――この用語は、心理学系の書物では「アフェクト」とカタカナ表記で記されるケースも多いのだが、本書は多くの一般読者を想定していること、そして出現頻度がかなり高いことに鑑みて、読みにくくならないよう「気分」という訳語を選んだ。
この訳語を採択するにあたっては、本文の「気分は内受容に依存することを覚えておいてほしい。つまり生涯を通じ、じっとしているときでも眠っているときでも、恒常的な流れとして存在し続ける」(一二七頁)などの記述を参照した。この訳語に問題を感じる読者は、本書で出現する「気分」は「アフェクト」と読み替えていただきたい。ちなみに著者に affect と feeling(感情)の違いを尋ねたところ、「ほぼ同義」という主旨の返事が戻ってきた(affect は専門的で、feeling は一般的な用語と考えているようである)。本文にも「本書における「気分」は、人が日常生活で経験している一般的な感情のことを表わす」(一二六頁)とある。(中略)

▼感情的ニッチ(affective niche)――「生態的地位」とも訳される生態学の用語「ニッチ」に類似する用語で、本書では身体予算(身体の生理的バランス)に影響を及ぼす、環境内のあらゆる事象を指す。

▼縮重(degeneracy)――本書における縮重は、同一の経験が、いくつかの異なる神経活動のパターンによって実現可能であるという、脳の働きの特殊なあり方を指す。この用語は、哲学での「多重実現可能性」、コンピュータ科学での「ポリモルフィズム」とほぼ同義だが、一般的には」「ある機能を遂行するための物質レベルでの手段には、いくつかの方法や形態ががありうる」といった意味である。(後略)

注:i) この引用部の著者は藤井洋です。 ii) 引用中の『本書における「気分」は、人が日常生活で経験している一般的な感情のことを表わす』における「感情」には「フィーリング」のルビが振られています。

(前略)それでも生活には浮き沈みがある。愛情、あいまいな社会生活、不誠実な職場、うつろいゆく友情や愛情に翻弄されることもあるだろう。もちろん年齢を重ねるごとに、身体は徐々に衰えていく。そんな状況のもとで、感情を手なづけるために何ができるだろうか?
もっとも単純なアプローチは身体を動かすことだ。いかなる動物も、動くことで身体予算を調節する。身体が必要としている以上にグルコースが供給された場合、勢いよく木に登れば、エネルギーのレベルを安定した状態に戻せる。しかし人間は、純然たる心的概念用いることで、動かずに身体予算を調節する能力を持つ点で独自である。だがこの能力を発揮できなければ、人間も動物も同じだということを忘れてはいけない。億劫でも立ち上がって動き回ろう。音楽に合わせて踊ってみよう。公園で散歩しよう49。なぜその種の実践が有効なのか? 身体を動かせば予測が変わり、それによって経験が変わるからだ。また動くことは、肯定的な概念を前面に出すよう脳のコントロールネットワークを促す。(後略)

注:i) 引用中の原注番号「49」に関し、次のWEBページ、論文を参照して下さい。 「How Walking in Nature Changes the Brain」、「Nature experience reduces rumination and subgenual prefrontal cortex activation.」 ii) 引用中の「予測」に関連するかもしれない「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情

次に、構成主義的情動理論の視点からの「他者の情動を知覚する能力を高めることで、健康を向上させる方法」について、同の「第10章 情動と疾病」における記述の一部(P328~P334)を次に引用します。

かぜをひいたときのことを思い出してみよう。鼻水、せき、熱など、さまざまな症状が現われたはずだ。たいていの人は、かぜの原因をウイルスに帰している。しかし科学者が一〇〇人の被験者の鼻からかぜウイルスを注入したところ、罹患したのは二五パーセントから四〇パーセントにすぎなかった1。したがって、かぜウイルスをかぜの本質と呼ぶことはできない。もっと複雑な何かが起こっているに違いない。つまりウイルスは、必要条件ではあっても十分条件ではない。
集合的に「かぜ」と呼ばれる種々の症状の集まりは、身体のみならず心にも関係する。たとえば内向的な人やネガティブ思考の人は、細菌にさらされるとかぜにかかりやすい2。
構成主義的情動理論に基づく新たな人間観は、疾病に関することがらを含め、心と身体の境界を解体する。それに対して従来の本質主義的思考は、はっきりとこの境界を画する。脳が問題なら神経科医に、心が問題なら精神科医に診てもらおう、というわけだ。昨今の見方は心と脳を統合し、疾病をより深く理解するための指針を提供してくれる。
たとえば、不安障害、うつ病、慢性疼痛、慢性ストレスなどの疾病に罹患すると出現するさまざまな症状は、銀の食器を収めた引き出しのように、いくつかのタイプにきっちりと区分されているわけではない。それぞれの疾病には驚くほど多くの変種がある。また、疾病間の症状の重なりも非常に多い。このような状況には、聞き覚えがあるのではないだろうか。ここまで学んできたように、幸福や悲しみなどの情動カテゴリーには本質など存在しない。情動カテゴリーは、他者の身体や脳との共存という文脈のもとで、自己の身体や脳に備わる中核システムによって作られる。私が本章で述べたいのは、明確に定義できる疾病と思われているものにも、著しく多様な生物学的パイを切り分ける人為的な手段によって構築されたものがあるということだ。
疾病の理解に構成主義的なアプローチを適用すれば、いくつかの未解明の難題に答えることができる。「なぜかくも多くの障害が、同じ症状を呈するのか?」「不安や抑うつを抱える人が非常に多いのはなぜか?」「慢性疲労症候群は明確に定義できる疾病なのか? それともうつ病が、通常とは異なる見かけによって現われただけなのか?」「いかなる組織も損傷していないのに慢性疼痛に苦しむ人は、心の病にかかっているのだろうか?」「なぜ心臓病患者の多くが、抑うつの症状を呈するのか?」などである。異なる病名をつけられたいくつかの疾病が、一連の同じ要因に由来し、疾病間の境界があいまいなのであれば、謎は謎ではなくなるだろう。
この章は、本書でも推測的な部分がもっとも多い章になるが、データによる裏づけがあり、ここに提起する考えが、刺激的で興味深いと感じてもらえることを願っている。本章では、痛みやストレスなどの現象、あるいは慢性疼痛、慢性ストレス、不安障害、うつ病などの病気は、通常考えられている以上に関連しており、情動と同様な様態で構築されるという点を見ていく。この見方を理解するカギは、予測する脳と身体予算について正しく把握することにある。

身体予算は通常、脳が身体のニーズを予期し、酸素、グルコース、塩分、水分などの資源を循環させることによって、一日を通じて変動する。食物を消化している最中は、胃や腸は筋肉から資源を「借り」、走るときには、筋肉は肝臓や腎臓から資源を借りてくる。これらのやりくりが進んでいるあいだ、身体予算は支払い可能な状態に置かれている。
身体予算のバランスは、脳の予測がひどくはずれると失われる。このような事態は普段でもよく起こる。上司やコーチと話をするとき、担任の先生がこっちに向かって来るときなど、心理的に何か意味のあるできごとが起こると、脳は、誤って燃料が必要だと予測し、それによって生存のための神経回路が活性化される。すると身体予算に影響が及ぶ。一般に、その種の短期的なバランスの乱れは、引き出した分を食事や睡眠で補える限り、心配には及ばない。
とはいえバランスの乱れが長引くと、体内の活動は悪化する。脳は、身体がエネルギーを必要としているという誤った予測を繰り返して発し、身体予算を赤字にする。身体予算の誤っ割り当てが慢性化すると健康が劇的に損なわれ、免疫系の一部である身体の「借金取り」が呼び出される。
免疫系は通常、誤ってハンマーで指を叩いたときやハチに刺されたとき、あるいは病原菌に感染した際に腫れができるように、炎症を引き起こすことで侵入者や負傷から私たちを保護し、体内の善玉の一つとして機能する。炎症は、前章で言及した炎症性サイトカインと呼ばれる小さなタンパク質によって生じる。負傷したり病気にかかったりすると、細胞はサイトカインを放出し、血液が問題のある箇所に誘導される。そのため該当箇所の温度が上がり、腫れが生じる*。誘導されたサイトカインが治癒を助けるあいだ、その人は疲労や具合の悪さを感じる。
炎症性サイトカインはまた、「借金取り」の役割を与えられると悪玉になることがある。たとえば危険な地区で暮らしていて毎晩銃声が聞こえるような状況下に置かれているために、身体予算が慢性的にバランスを欠いていると、特に悪玉と化す。そのような過酷な環境のもとで脳は、実際の身体の需要以上にエネルギーが必要とされていると恒常的に予測する。そしてこれらの予測は、必要以上に頻繁かつ大量にコルチゾールを分泌するよう身体を促す。コルチゾールは通常、炎症を抑制する(だから、ヒドロコルチゾンクリームを塗ることでかゆみが治まり、ヒドロコルチゾン注射を打つことで腫れが引くのだ)。しかし、血中のコルチゾールレベルが長期間上がったままになると、炎症は激化し、活力の喪失を感じるようになり3、発熱することもある。そのようなときに鼻からかぜウイルスを注入されれば、かぜをひくだろう。
かくして悪循環に陥る。炎症のせいで疲労を感じると、限られた(と脳が誤ってとらえている)エネルギー資源を保有するために、あまり動かなくなる。食事の量が減り、睡眠の質が低下し、運動しなくなる。すると身体予算のバランスがさらに乱れ、深刻なほどのひどい気分に陥る4。体重が増える場合もあり、そうなると問題がさらに悪化する。というのも、脂肪細胞には炎症を激化させる炎症性サイトカインを産生するものがあるからだ5。自分の身体予算の調節を助けてくれるはずの人々に会うのを避けるようになるかもしれない。そもそも社会的なつながりが少ない人は、炎症性サイトカインのレベルがそうでない人より高く、病気にかかりやすい6。
一〇年ほど前、科学者たちは驚くべきことに、炎症性サイトカインが脳に侵入できることを発見した7。また現在では、脳には、炎症性サイトカインを分泌する細胞を持つ独自の炎症システムが備わることが知られている8。ひどい気分を引き起こしうるこの小さなタンパク質は、脳を作り直す。つまり脳内の炎症は、脳の構造、とりわけ内受容ネットワークに変化をもたらし、神経結合に干渉してニューロンを殺しさえする9。慢性的な炎症は、注意の集中、記憶の想起を困難にし10、IQテストの成績を低下させる11。
たとえば、仕事仲間が突然飲みに誘ってくれなくなった、自分が送ったメールに友人が返信をくれないなど、ストレスのかかる社会的状況に置かれたとき、何が起こるかを考えてみよう。通常、あなたの脳は、実際には必要とされていない燃料を身体が必要としていると予測し、一時的に身体予算に打撃が加わる。しかし、この社会的状況がいつまでも続いたらどうだろう? 毎日、社会的拒絶を耐え忍ばなければならなくなったとしたら? あなたの身体は警戒状態を解除できず、コルチゾールやサイトカインに満たされる12。そしてあなたの脳は、身体が何かの病気にかかっている、あるいはどこかが損傷していると見なし始め、慢性的な炎症が生じる13。
脳内の炎症は大きな問題である。予測、とりわけ身体予算を管理するための予測に悪影響を及ぼし、そこから過剰に予算を引き出そうとする。身体予算を運用する神経回路は聞く耳を持たない、すなわち身体の訂正要求をほとんど受けつけないことを思い出そう。炎症は、それを「完全に聞く耳を持たない」状態へと近づける。脳の身体予算管理領域は、状況に無感覚になり、身体予算の過剰を引き出しが止まらなくなる可能性が高まる。するとその人は、疲労や不快感によって消耗する。身体予算の慢性的な乱れは、資源を枯渇させて身体を消耗させ、さらなる炎症性サイトカインの蓄積を促す。こうなると、その人はまさしく、かなり危ない状態に陥る14。
慢性的にバランスを崩した身体予算は、疾病のこやしのごとく作用する15。最近二〇年間で、糖尿病、肥満、心臓病、うつ病不眠症、記憶能力の低下、さらには早期老化や認知症に関与する「認知的な」機能の劣化など、免疫系が一般に考えられている以上に多くの疾病の要因になりやすいことがわかってきた。たとえば、すでにがんに罹患している人は、炎症によって腫瘍が悪化する。またがん細胞が、血流という危険な媒体を生き延びて他の組織に転移する可能性が高まり、死期が早まる16。
炎症は、心の病気の理解に革新的な知見をもたらしてくれる。科学者や臨床医は長年、慢性ストレス、慢性疼痛、不安障害、うつ病などの心の病に対して、古典的理論を適用してきた。それぞれの疾病には、他のあらゆる疾病と区別される独自の生物学的指標が備わると考えられてきたのだ17。これまで研究者は、「うつ病は身体にどのような影響を与えるのか?」「情動はいかに痛みに影響を及ぼすか?」「不安障害とうつ病は、なぜ併発することが多いのか?」など、それぞれの障害は別個のものであるとする前提に基づく、本質主義的な問いを発してきた。
最近になって、それらの疾病間を分かつ境界はなくなりつつある。同名の障害を診断されても、人によって症状は大幅に異なる可能性がある。変化が標準なのだ。また、障害が異なっても症状は重複しうる。同じ脳領域に萎縮が引き起こされる場合もあれば、患者は同じ情動粒度の低さを示す場合もある。また同じ薬が、有効なものとして処方されるかもしれない。
このような発見がなされた結果、研究者は、それぞれの疾病に独自の本質が備わるとする古典的理論から離れて、その代わりに遺伝的因子、不眠、内受容ネットワークや脳の主要を中枢の損傷など、さまざまな疾病に対してその人を脆弱にする一連の共通因子に着目するようになりつつある(第6章参照)。それらの領域が損傷を受けると、脳は危険な状態に陥る。うつ病パニック障害統合失調症自閉症失読症、慢性疼痛、認知症パーキンソン病、注意欠如・多動性障害(ADHD)はすべて、中枢の損傷に結びつく18。
私の見るところ、独自の「心の病」と考えられているいくつかの主要な疾病はすべて、身体予算のバランスの慢性的な乱れと、抑制のきかない炎症に起因する。しかし私たちは一般に、それぞれを異なる疾病として分類し、別の病名で呼ぶ。これは、同じ身体の変化を異なる情動として分類し、違う名称で呼ぶのと非常に似ている。私の考えが正しければ、「不安障害とうつ病は、なぜ併発することが多いのか?」などの問いは、謎ではなくなる。なぜなら、情動と同様、不安障害とうつ病は、厳然として画された境界によって分かたれているわけではないからだ。次に、ストレス、痛み、うつ病、不安障害について検討することで、この点をより明確にしよう。(後略)

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の脚注「*」の内容(P331)を次に引用(『 』内)します。 『*=あらゆるタイプの炎症にサイトカインが関与しているわけではない。またあらゆるサイトカインが炎症を引き起こすわけでもない。ここでは、炎症性サイトカインが引き起こす慢性的な炎症に焦点を絞って説明している。簡潔さのために、「サイトカイン」と述べているにすぎない。』 (ii) 引用中の原注番号「1」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Stress and infectious disease in humans.」 (iii) 引用中の原注番号「2」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Sociability and susceptibility to the common cold.」 (iv) 引用中の原注番号「3」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Cortisol exerts bi-phasic regulation of inflammation in humans.」 炎症に関しては次のWEBを参照して下さい。 「Inflammation」 (v) 引用中の原注番号「4」の内容(P588)を次に引用(『 』内)します。 『実験では、被験者に、一時的に炎症性サイトカインを増加させる腸チフスワクチンを注射すると、内受容ネットワークの活動の増大がもたらされ、疲労や強い不快感を覚えたという自己報告が得られている(Eisenberger et al. 2010; Harrison, Brydon, Walker, Gray, Steptoe, and Critchley 2009; Harrison, Brydon, Walker, Gray, Steptoe, Dolan, et al. 2009)。』(注:a) 引用中の「Eisenberger et al. 2010」は次の論文です。 「Inflammation and social experience: an inflammatory challenge induces feelings of social disconnection in addition to depressed mood.」 b) 引用中の「Harrison, Brydon, Walker, Gray, Steptoe, and Critchley 2009」は次の論文です。 「Inflammation causes mood changes through alterations in subgenual cingulate activity and mesolimbic connectivity.」 c) 引用中の「Harrison, Brydon, Walker, Gray, Steptoe, Dolan, et al. 2009」は次の論文です。 「Neural origins of human sickness in interoceptive responses to inflammation.」) (vi) 引用中の原注番号「5」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Immunometabolism: an emerging frontier.」 (vii) 引用中の原注番号「6」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Social relationships and physiological determinants of longevity across the human life span.」、「Social ties and susceptibility to the common cold.」、「Social relationships and mortality risk: a meta-analytic review.」 (viii) 引用中の原注番号「7」の内容(P588)を次に引用(『 』内)します。 『炎症性サイトカインは、血液脳関門を越境する(Dantzer et al. 2000; Wilson et al. 2002; Miller et al. 2013)。』(注:a) 引用中の「Dantze et al. 2000」は次の論文です。 「Neural and humoral pathways of communication from the immune system to the brain: parallel or convergent?」 b) 引用中の「Wilson et al. 2002」は次の論文です。 「Cytokines and cognition--the case for a head-to-toe inflammatory paradigm.」 c) 引用中の「Miller et al. 2013」は次の論文です。 「Cytokine targets in the brain: impact on neurotransmitters and neurocircuits.」) (ix) 引用中の原注番号「8」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Structural and functional features of central nervous system lymphatic vessels.」 (x) 引用中の原注番号「9」に関し、次の論文及びWEBページを参照して下さい。 「The Inflammatory Hypothesis of Depression」、「Allostasis and the human brain: Integrating models of stress from the social and life sciences.」、「Stress- and allostasis-induced brain plasticity.」、「Mechanisms of stress in the brain.」、「Inflammation changes brain structure」 (xi) 引用中の原注番号「10」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Association between erythrocyte sedimentation rate and IQ in Swedish males aged 18-20.」  (xii) 引用中の原注番号「11」の内容(P587)を次に引用(『 』内)します。 『ここには悪循環が見られる。子どもの頃に経験した逆境や貧困にしばしば結びつけられるIQの低さは、中年になってからの炎症レベルの高さを予兆する(Calvin et al. 2011)。Metti et al. 2015 も参照。』(注:a) 引用中の「Calvin et al. 2011」は次の論文です。 「Childhood intelligence and midlife inflammatory and hemostatic biomarkers: the National Child Development Study (1958) cohort.」 b) 引用中の「Metti et al. 2015」は次の論文です。 「Trajectories of peripheral interleukin-6, structure of the hippocampus, and cognitive impairment over 14 years in older adults.」) (xiii) 引用中の原注番号「12」に関し、炎症性サイトカイン(proimflammatory cytokines)とコルチゾール(cortisol)のレベルの関係については次のWEBページを参照して下さい。 「Cortisol and proimflammatory cytokines」 (xiv) 引用中の原注番号「13」に関し、次の論文を参照して下さい。 「The neuroimmune basis of fatigue.」、「Cytokine targets in the brain: impact on neurotransmitters and neurocircuits.」 加えて引用中の原注番号「13」の内容の一部(P587)を次に引用(『 』内)します。 『(前略)この状況は、その人を内受容刺激や痛覚刺激に対して敏感にする(Walker et al. 2014)。』(注:a) 引用中の「Walker et al. 2014」は次の論文です。 「Neuroinflammation and comorbidity of pain and depression.」) (xv) 引用中の原注番号「14」に関し、次の論文を参照して下さい。 「A meta-analysis of cytokines in major depression.」、「The Emerging Field of Human Social Genomics.」、「From stress to inflammation and major depressive disorder: a social signal transduction theory of depression.」、「Cytokines and their relationship to the symptoms and outcome of cancer.」 (xvi) 引用中の原注番号「15」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Reciprocal regulation of the neural and innate immune systems.」、「The Emerging Field of Human Social Genomics.」 加えて、ストレス(stress)、遺伝子(genes)、サイトカイン(cytokines)に関しては、次のWEBページを参照して下さい。 「Stress, genes, and cytokines」 また次のWEBページも参照して下さい。 「Glial cells and illness」 (xvii) 引用中の原注番号「16」の内容(P587)を次に引用(『 』内)します。 『ストレスに起因するβアドレナリン作動性交感神経系(SNS)の活動の増加は、細胞増殖の際に炎症性遺伝子の発現を促し、抗ウイルス免疫遺伝子の発現を抑える(Irwin and cole 2011)。この転写時の効果は、胸部の組織、リンパ節、脳に観察されている(Williams et al. 2009; Sloan et al. 2007; Drnevich et al. 2012)。かくして急性の生理的状態は、日、週、月、さらには年の単位でさえ、細胞の構成に影響を及ぼし(Slavich and Cole 2013)、がんに対する脆弱性を高める。また、ストレスに起因するSNSの活動の増加は、腫瘍細胞のミクロ環境に直接的な影響を及ぼして、転移を促進し、腫瘍細胞の能力を増大させ、死亡率を高める(Antoni et al. 2006; Cole and Sood 2012)。』(注:a) 引用中の「Irwin and cole 2011」は次の論文です。 「Reciprocal regulation of the neural and innate immune systems.」 b) 引用中の「Williams et al. 2009」は次の論文です。 「A model of gene-environment interaction reveals altered mammary gland gene expression and increased tumor growth following social isolation.」 c) 引用中の「Sloan et al. 2007」は次の論文です。 「Social stress enhances sympathetic innervation of primate lymph nodes: mechanisms and implications for viral pathogenesis.」 d) 引用中の「Drnevich et al. 2012」は次の論文です。 「mpact of experience-dependent and -independent factors on gene expression in songbird brain.」 e) 引用中の「Slavich and Cole 2013」は次の論文です。「The Emerging Field of Human Social Genomics.」 f) 引用中の「Slavich and Cole 2013」は次の論文です。「The influence of bio-behavioural factors on tumour biology: pathways and mechanisms.」 g) 引用中の「Cole and Sood 2012」は次の論文です。「Molecular pathways: beta-adrenergic signaling in cancer.」) (xviii) 引用中の原注番号「17」に関し、次の論文及び本を参照して下さい。 「Psychiatric disorders: a conceptual taxonomy.」、「Zachar, Peter. 2014. A Metaphsics of Psychopathology. Cambrige, MA: MIT Press.」 (xix) 引用中の原注番号「18」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Large-scale brain networks and psychopathology: a unifying triple network model.」、「The hubs of the human connectome are generally implicated in the anatomy of brain disorders.」、「Identification of a common neurobiological substrate for mental illness.」 (xx) 引用中の「身体予算管理領域」、「内受容ネットワーク」については共にここを参照して下さい。 (xxi) 引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 (xxii) 引用中の「情動粒度」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

加えて、外界からやって来るのではなく自分が作り出すストレス(特に慢性ストレス)、そして慢性疼痛について、同の「第10章 情動と疾病」における記述の一部(P335~P334)を次に引用します。

まずは、ストレスから。ストレスは、たとえば五つの仕事を同時にこなそうとしているとき、明日までに仕事を完成させるよう上司に指示されたとき、親しい人を失ったときなどに起こると、読者は考えているかもしれない。しかし、ストレスは外界からやって来るのではなく、自分が作り出すのだ。
ストレスには、学校で未知の分野を学習する難題に直面したときなどの前向きをものもあれば、親友とけんかしたときなど、後ろ向きではあっても我慢できるものもある。あるいは、長引く貧困、虐待、孤独などに起因する、慢性的で有害なストレスもある19。言い換えると、ストレスは多様なインスタンスの集合であり、「幸福」や「怖れ」と同じく一つの概念と見なすことができる。そしてこの概念は、バランスを欠いた身体予算から経験を構築する際に適用される。
ストレスのインスタンスは、情動を生成するものと同じ脳のメカニズムによって生成される。いずれの場合にも、脳は外界との関係において身体予算に関する予測を発し、意味を作り出す。予測は、内受容ネットワークによって発せられ、同じ経路を介して脳から身体へと伝えられる。また身体からの感覚入力を脳に伝える逆方向の経路も、ストレスと情動とで同じものが用いられる。そして内受容ネットワークとコントロールネットワークという二つのネットワークが、ストレスと情動に関して同一の役割を果たしている(情動の研究者もストレスの研究者も、この類似性に着目することがほとんどなく、ストレスと情動がそれぞれ独立していると考えているかのごとく、ストレスがどのように情動に影響を及ぼすのか、もしく
はその逆を問うことに専念している場合が多い20)。構成主義的情動理論の観点からすれば、生じた感覚刺激を脳がストレスとして分類しようが、情動として分類しようが、異なるのは最終的な結果だけである。
なぜ予測する脳は、状況に応じてストレスのインスタンスを生成したり、情動のインスタンスを生成したりするのか? その答えは誰にもわからない。単なる憶測にすぎないが、身体予算のバランスが崩れている時期が長くなればなるほど、「ストレス」という概念に分類される可能性が高くなるのかもしれない。
身体予算が長期にわたってバランスを失った状態に置かれていると、慢性ストレスを感じるようになるだろう(身体予算のバランスの慢性的な乱れは、ストレスとして診断される場合が多い。そのため、ストレスが疾病を引き起こすと一般に考えられている)。慢性ストレスは身体的な健康を損なう。内受容ネットワークとコントロールネットワークを文字どおり食いつぶして萎縮させる。慢性的にバランスを欠いた身体予算が、それを調節しているまさにその脳神経回路を変えてしまうのである21。ここには、心の病気と身体の病気の区別は存在しない。
現在でも科学者たちは、免疫系、ストレス、情動の謎の解明を目指しているが、いくつかのことはわかっている。たとえば、危険な地区でおびえながら暮らす、あるいは粗末な食事しか与えられない、はたまた安眠できないなどの逆境のもとで育てられることで、身体予算の乱れの影響が蓄積すると、内受容ネットワークの構造が変わり、脳が再配線されて身体予算を正確に調節する能力が損なわれる22。子どもは、とても嫌な経験を何度かするだけで、戦場で暮らしているかのように感じ始め、おとなになるまでに身体予算管理領域が縮小する。けんかが絶えない混乱した家庭や、しかられてばかりの厳格な家庭で育つことは、思春期の少女の炎症を増大させ、子どもを慢性的な病気にかかりやすくする23。そのような状況は、子どもの虐待や養育放棄と同程度に、内受容ネットワークやコントロールネットワークの発達を阻害する24。また、いじめの対象になっても同様な問題が生じる25。子どもの頃にいじめられた人は、おとなになっても持続する低レベルの炎症を抱えるため、さまざまな精神疾患や身体疾患にかかりやすくなる26。このように、バランスを失った身体予算はさまざまな様態で脳に刻印を押し、心臓病、関節炎、糖尿病、がんなどの疾病に罹患するリスクを高める27。
肯定的な側面に目を向けると、情動とストレスの結びつきは、前章で紹介したテクニックを適用すれば炎症を軽減できることを示唆する。たとえば、心の知能が高いがん患者は、炎症性サイトカインのレベルが低いらしい。いくつかの研究によれば、頻繁に自分の情動を分類する、言葉で示す、理解する、と答えた患者は、前立腺がんからの回復時28や、ストレスに満ちたできごとのあと29、サイトカインレベルの上昇があまり見られない。また、体内を循環するサイトカインのレベルがもっとも高いのは、自分自身では言葉では示せない、さまざまな気分を報告した男性においてであった30。自分の情動をはっきりと表現し理解している乳がん患者は、より健康で、がん関連の症状のために通院することが少ない31。これらの事実は、「内受容感覚を情動としてうまく分類できる人は、健康の悪化につながる慢性的な炎症に対して、しっかり保護されている32」ことを意味する。

ストレスや情動と同じく、病みは、捻挫の編み、頭のずきずきする痛み、蚊に刺されたあとの炎症、そして直径一〇センチメートルの子宮頸管から直径三五センチメートルの頭を押し出すときの激痛など、さまざまな経験の集合を表わす用語である。
負傷すると、単純に損傷した組織から脳へと情報が伝わることで、悪態をつきながらイブプロフェン〔鎮痛剤〕や絆創膏に手を伸ばしたくなるのだと思われるかもしれない。筋肉や関節が損傷したり、皮膚が過度の熱や冷たさによって傷ついたり、目に胡椒の粒が入って化学的刺激を受けたりすると、神経系を通じて脳に感覚入力が送られるのは確かだ。このプロセスは「痛覚」と呼ばれている。これまで科学者は、単純に脳が痛覚刺激を受け取り、処理することで、痛みが経験されると考えてきた。
しかし予測する脳における痛みの内的メカニズムはそれよりもっと複雑であり、痛みとは、身体が実際に損傷を負うだけでなく、損傷がさし迫っていると脳が予測するときに生じる経験でもある33。痛覚が、脳内の他のあらゆる感覚系と同様に、予測によって作用するのなら、痛みは、「痛み」という概念を用いることで、より基本的な要素からインスタンスとして生成されるはずだ。
私の見るところ、痛みは情動と同じ方法で構築される。たとえば、病院で破傷風の予防接種を受けようとしていたとする。そのとき脳は、過去の経験に基づいて皮膚を刺す針に関する予測を発することで、「痛み」のインスタンスを生成する。そのため、針が腕に触れる前から、痛みが感じられるかもしれない。そしてその予測は、注射を打たれることで身体から伝えられる実際の痛覚入力に基づいて訂正される。こうしてひとたび予測エラーが訂正されると、痛覚が分類されて意味あるものになる34。このように、注射による痛みの経験は、実際には脳内に存在する。
予測に基づく痛みの説明は、いくつかの観察結果によって裏づけられる。注射を打たれる直前などに痛みを予期していると、痛覚を処理する脳領域は活動の様態を変える35。つまり痛みをシミュレートし、感じる。この現象はノシーボ効果と呼ばれる。読者はおそらく、薬効のない偽薬を用いて痛みを緩和するプラシーボ効果ならよく知っているはずだ36。それほど痛みを感じないだろうと信じていると、その思いが予測に影響を及ぼし、痛覚入力が抑制され、ゆえに実際に痛みをあまり感じなくなるのだ。プラシーボ効果もノシーボ効果も、痛覚を処理する脳領域における化学的な変化が関与している。これらの化学物質には、モルヒネコデイン、ヘロインなどのオピエート系薬物と同じあり方で作用し、痛みを緩和するオピオイドが含まれる37。プラシーボ効果が生じるあいだ、オピオイドが増大し、痛覚を緩和する。またノシーボ効果が生じるあいだは減少する。これらの効果には、「体内の薬箱」とい
うあだ名がつけられている38。
私の娘がまだ乳児だった頃、九か月のあいだに一三回の耳感染症にかかったときに、ノシーボ効果を体験するのを観察したことがある。治療を受けに初めて小児科に行ったとき、医師が耳を覗き込むと、娘は不快感を覚えて泣き出した(医師の態度に問題があったわけではない)。二度目には、娘は待合室で泣き出した。三度目には病院のロビーで、四度目には病院の駐車場で泣き出した。その後彼女は、病院のある通りを通過すると、つねに泣き出すようになった。まさに予測する脳のおかげと言えよう。幼いソフィアでさえ、痛みをシミュレートしていたのであろう。病院の近くを通り過ぎても、「お医者さんに行くの?」と彼女が言わなくなったのは、このできごとがあってから数か月が経過し、よちよち歩きをするようになってからのことだった。
痛みは、情動やストレスと同様、脳全体による構築作業のたまものかのように思われる。それには、例によって内受容ネットワークとコントロールネットワークが関与する39。類似点はそれにとどまらない。身体に痛覚予測を送る経路と、脳に痛覚入力を送る経路は、内受容に密接に関連する(痛覚が、内受容の一形態であるという可能性も考えられる40。概して言えば、痛み、ストレス、情動として分類される身体感覚は、脳や脊髄のニューロンというレベルでさえ、基本的には同一だ*。痛み、ストレス、情動を区別することは、情動粒度の一形態だと見なせる。
内受容と痛覚が密接な関係にあることを示すのは簡単である。実験室で、あなたの腕に強熱を加えて不快な感覚を引き起こすと、あなたは実際以上に激しい痛みを感じたと報告するだろう41。これは、身体予算管理領域が、テレビの音量のように痛みの激しさを上げ下げする予測を発するために起こる42。この予測は、脳が実行する痛みのシミュレーションに影響を及ぼし、また身体に達して、脳に送られる報告を増幅あるいは抑制する43。したがって身体予算管理領域は、身体で実際に何が起こっているかにかかわらず、身体組織が損傷したと脳に信じ込ませられるのである。だから不快感を覚えているとき、関節や筋肉に必要以上に痛みを感じたり、胃が痛くなったりするのだ44。また、身体予算のバランスが乱れていると、つまり内受容予測が調整不良の状態にあると、身体組織の損傷のせいではなく、神経が会話しているために、背中が激しく痛み、頭がひどくズキズキする。これは想像上の痛みではなく、現実の痛みだ。
身体組織に何の損傷も負っていないにもかかわらず痛みを経験することを、慢性疼痛と呼ぶ。よく知られた例として、線維筋痛症片頭痛、慢性腰痛がある45。全世界で、一五億人以上が慢性疼痛に苦しんでいる。アメリカでは一億人の患者がおり、その治療に年間五〇〇〇億ドルが費やされている。生産性の損失を含めると、コストは毎年六三五〇億ドルに達する46。また、現在処方されている鎮痛剤は半数以上のケースで効き目がなく、いらだたしいほど治療が困難である47。慢性疼痛の世界的な流行は、現代医学の大きな謎の一つだ48。
かくも多くの人々が、身体が損傷を受けているようには見えないのに、痛みを感じているのはなぜか? この問いに対する答えを得るためには、脳が不必要な予測を発し、それに対して生じた予測エラーを無視した場合、何が起こるかを考えてみればよい。はっきりした理由がないにもかかわらず、まごうかたなき痛みを感じるはずだ。これは、あいまいな写真が、存在しない線を知覚するにつれてミツバチの写真に変わった例(第2章参照)とよく似ている。いずれのケースでも、脳は感覚情報を無視して、予測が現実であると主張する。こうしてミツパテの例を痛みに当てはめれば、誤った予測が訂正されないという、慢性疼痛を説明する一つのモデルを手にできる。
科学者は現在、慢性疼痛を炎症に起因する脳疾患としてとらえている49。慢性疼痛を患う人の脳は、過去に激しい痛覚入力を受け取ったことがあり、損傷が回復しても、その情報が脳に伝えられず、その後も同じように予測や分類をし続けた結果、慢性疼痛が生じた可能性が考えられる。あるいは、体内の動きに関する予測によって、痛覚入力が、身体から脳へと送られるあいだに増幅されている可能性もある。
不運にも慢性疼痛を患ってしまうと、その経験をまったく理解していない懐疑家に立ち向かわなければならなくなる。彼らは「痛みはあなたの頭の内部にある」と言って、あなたの経験を説明し去ろうとするだろう。つまり、「どこも損傷などしていない。精神科医に診てもらえ」というわけだ。だが、あなたは正気を失ったわけではない。実際にどこかが悪いのである。「頭の内部」に存在する予測する脳は、身体が治癒したあとでも正真正銘の痛みを生み続けている。この事態は、脳が予測を発し続けているために、失われた手や足を感じる幻肢症候群と似ている50。
われわれは、ある種の慢性疼痛が予測によって生じることを示す興味深い証拠をすでに手にしている。生後まもない時期にストレスを受けたり負傷したりした動物は、持続性の痛みを発現しやすい51。手術を受けた乳児は、幼児期以後になると激しい痛みを感じやすい52(信じられないことに、一九八〇年代以前は、乳児には麻酔をかけないで手術することが当たり前だった53。乳児は痛みを感じないと考えられていたからだ)。また、負傷による痛みが、未知の原因で他の身体部位に広がる、複合性局所疼痛症候群と呼ばれる疾病があるが、これはおそらく、不適切な痛覚予測に関連していると考えられる54。
つまり「ストレス」同様、「痛み」は、身体から入って来る感覚刺激をもとに意味を作り出す概念なのである。痛みやストレスを情動として、あるいは情動やストレスを一種の痛みとして特徴づけることも可能だろう。脳内では、情動と痛みのインスタンスは区別されないと言いたいのではない。だが、どちらも指標を持たない。歯痛を感じているときにスキャンした脳画像と怒っているときにスキャンした脳画像はいくぶん違って見えるはずだが55、異なるインスタンスの怒りを感じているときにスキャンした脳画像のあいだにも、いくぶん違いが認められるはずである56。異なる歯痛のインスタンスに関しても、同じことが言えるだろう。これは縮重の一例であり、変化が標準なのだ。
情動、急性疼痛、慢性疼痛、ストレスは、同じネットワーク、身体から脳への神経経路、脳から身体への神経経路、そしておそらく同一の一次感覚皮質内で構築される。したがって、情動と痛みが、概念に基づいて区別されることは十分に考えられる。言い換えると、概念を媒介として、脳が身体から入って来る感覚刺激の意味を解釈しているのである57。たとえば慢性疼痛は、脳が「痛み」の概念を誤って適用することで引き起こされるのであろう。身体組織の損傷や、それに対する脅威が存在しないにもかかわらず、脳は痛みの経験を構築するのだ58。このように慢性疼痛は、不適切を予測と、脳が身体から誤解を招くようなデータを受け取ることで生じる、悲劇的な疾病の例だと言えよう59。

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の脚注「*」の内容(P341)を次に引用(『 』内)します。 『*=議論の都合上、今後も内受容と痛覚を別物として記述する。』 (ii) 引用中の原注番号「19」の内容(P587)を次に引用(『 』内)します。 『子どもの頃の逆境と早死に関する議論はDanese and McEwen 2012 を、孤独に起因する死については Perissinotto et al. 2012 を、貧困を脳と発達の関係に関しては Hanson et al. 2013 を、(家族歴、民族、喫煙などの他の因子とは独立した)貧困家庭で育つことと早死の結びつきについては Hertzman and Boyce 2010 をそれぞれ参照。Adler et al. 1994 も参照。』(注:a) 引用中の「Danese and McEwen 2012」は次の論文です。 「Adverse childhood experiences, allostasis, allostatic load, and age-related disease.」 b) 引用中の「Perissinotto et al. 2012」は次の論文です。 「Loneliness in older persons: a predictor of functional decline and death.」 c) 引用中の「Hanson et al. 2013」は次の論文です。 「Family poverty affects the rate of human infant brain growth.」 d) 引用中の「Hertzman and Boyce 2010」は次の論文です。 「How experience gets under the skin to create gradients in developmental health.」 e) 引用中の「Adler et al. 1994」は次の論文です。 「Socioeconomic status and health. The challenge of the gradient.」) (iii) 引用中の原注番号「20」の内容(P587)を次に引用(『 』内)します。 『まれな反例に Lazarus 1998 がある。』(注:引用中の「Lazarus 1998」は次の本です。 「Lazarus, R. S. 1998. "From Psychological Stress to the Emotions: A History of Changing Outlooks." In Personality: Critical Concepts in Psychology, vol.4, edited by Cary L. Cooper and Lawrence A. Pervin, 179-200. London: Routledge.」) (iv) 引用中の原注番号「21」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Allostasis and the human brain: Integrating models of stress from the social and life sciences.」、「Stress- and allostasis-induced brain plasticity.」、「Mechanisms of stress in the brain.」 (v) 引用中の原注番号「22」に関し、例えば次の論文を参照して下さい。 「Adverse childhood experiences, allostasis, allostatic load, and age-related disease.」、「Dimensions of early experience and neural development: deprivation and threat.」、「The impact of cumulative childhood adversity on young adult mental health: measures, models, and interpretations.」、「Cumulative adversity and smaller gray matter volume in medial prefrontal, anterior cingulate, and insula regions.」、「Neuroimaging of child abuse: a critical review.」、「Annual Research Review: Enduring neurobiological effects of childhood abuse and neglect.」、「Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study.」 加えて子どもの頃の逆境体験によっていかに脳が配線されるかについては次のWEBページを参照して下さい。 「Childhood adversity wires the brain」 (vi) 引用中の原注番号「23」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Harsh family climate in early life presages the emergence of a proinflammatory phenotype in adolescence.」 (vii) 引用中の原注番号「24」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Developmental neurobiology of childhood stress and trauma.」、「The neurobiological consequences of early stress and childhood maltreatment.」、「Sticks, stones, and hurtful words: relative effects of various forms of childhood maltreatment.」、「Neuroimaging of child abuse: a critical review.」 (viii) 引用中の原注番号「25」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Developmental neurobiology of childhood stress and trauma.」、「The neurobiological consequences of early stress and childhood maltreatment.」、「Sticks, stones, and hurtful words: relative effects of various forms of childhood maltreatment.」 (ix) 引用中の原注番号「26」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Childhood bullying involvement predicts low-grade systemic inflammation into adulthood.」 (x) 引用中の原注番号「27」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Risky families: family social environments and the mental and physical health of offspring.」 加えて、子どもの頃の逆境後のストレスの悪影響については次のWEBページを参照して下さい。 「Physical consequences of childhood adversity」 (xi) 引用中の原注番号「28」と「30」に関し、共に次の論文を参照して下さい。 「Inflammatory biomarkers and emotional approach coping in men with prostate cancer.」 (xii) 引用中の原注番号「29」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Neurobiological correlates of coping through emotional approach.」 (xiii) 引用中の原注番号「31」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Emotionally expressive coping predicts psychological and physical adjustment to breast cancer.」、「The first year after breast cancer diagnosis: hope and coping strategies as predictors of adjustment.」 (xiv) 引用中の原注番号「32」の内容(P587)を次に引用(『 』内)します。 『ラベリングは、ネガティブなイメージに対する交感神経系の反応性を1週間低下させた(Tabibnia et al. 2008)。』(注:引用中の「Tabibnia et al. 2008」は次の論文です。 「The lasting effect of words on feelings: words may facilitate exposure effects to threatening images.」) (xv) 引用中の原注番号「33」の内容(P586~P587)を次に引用(『 』内)します。 『International Association for the Study of Pain 2012. IASP は現在、痛みを情動体験として定義し、「痛みはつねに主観的なものであり、各個人が子どもの頃の負傷に関連する経験を通じて得た言葉の適用を学ぶ」と書いている。言い換えると、痛みは多様な知覚の集合であり、その知覚を構築するために必要な概念は、子どもの頃に学習される。まさに構成主義的情動理論の主張そのものに聞こえるのではないか?』(注:引用中の「International Association for the Study of Pain 2012」に関連するかもしれないWEBページは次を参照して下さい。 「IASP Terminology」の「Pain」項) (xvi) 引用中の原注番号「34」の内容(P586)を次に引用(『 』内)します。 『身体予算管理領域が痛覚に関する予測エラーを処理する例は Roy et al. 2014 を参照。』(注:引用中の「Roy et al. 2014」は次の論文です。 「Representation of aversive prediction errors in the human periaqueductal gray.」) (xvii) 引用中の原注番号「35」に関し、例えば次の論文を参照して下さい。 「Anterior insula integrates information about salience into perceptual decisions about pain.」 なお、論評については次の論文を参照して下さい。 「Getting the pain you expect: mechanisms of placebo, nocebo and reappraisal effects in humans.」、「The neuroscience of placebo effects: connecting context, learning and health.」 (xviii) 引用中の原注番号「36」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Placebo analgesia: a predictive coding perspective.」、「Getting the pain you expect: mechanisms of placebo, nocebo and reappraisal effects in humans.」、「The neuroscience of placebo effects: connecting context, learning and health.」 (xix) 引用中の原注番号「37」の内容(P586)を次に引用(『 』内)します。 『プラシーボ効果に関与している神経伝達物質は、オピオイドのみではない。他には、マリファナ同様、脳内の内因性カンビナイドレセプターに作用するコレシストキニン(CCK)などがある。CCK は痛覚を強め、オピオイドは抑制する(Wager and Atras 2015)。』(注:引用中の「Wager and Atras 2015」は次の論文です。 「The neuroscience of placebo effects: connecting context, learning and health.」) (xx) 引用中の原注番号「38」に関し、次の論文を参照して下さい。 「The biochemical and neuroendocrine bases of the hyperalgesic nocebo effect.」、「Placebo effects: from the neurobiological paradigm to translational implications.」、「Getting the pain you expect: mechanisms of placebo, nocebo and reappraisal effects in humans.」、「The neuroscience of placebo effects: connecting context, learning and health.」 加えて次のWEBページを参照して下さい。 「Opioids and affect」 さらに上記原注番号「38」の内容の一部(P586)を次に引用(『 』内)します。 『(前略)多くの人々は、ドーパミンがポジティブな気分や報酬に結びつく神経化学物質であると考えている。(後略)』(注:引用中の「ドーパミン」(dopamine)と「報酬」(reward)については次のWEBページを参照して下さい。 「Dopamine and reward」) (xxi) 引用中の原注番号「39」の内容の一部(P586)を次に引用(『 』内)します。 『痛みの経験を構築するあいだ痛覚入力から意味を作り出すために、これらのネットワークがいかに構成されているかを示す別の例の woo et al. 2015 がある。(後略)』(注:引用中の「woo et al. 2015」は次の論文です。 「Distinct brain systems mediate the effects of nociceptive input and self-regulation on pain.」) 加えて、痛み(pain)と情動(emotion)の構築の類似点に関しては次のWEBページを参照して下さい。 「Pain and emotion」 (xxii) 引用中の原注番号「40」の内容の一部(P586)を次に引用(『 』内)します。 『この神経回路について誰よりもよく知る著名な神経解剖学者 A. D.(パド・)クレイグは、痛覚が内受容の一形態であると主張する(Craig 2015)。(後略)』(注:引用中の「Craig 2015」は次の本です。 「Craig, A. D. 2015. How Do You Feel? An Interoceptive Moment with Your Neurobiological Self. Princeton, NJ: Priceton University Press.」) 加えて、内受容(Interoception)と侵害受容(nociception)については次のWEBページを参照して下さい。 「Interoception and nociception」 (xxiii) 引用中の原注番号「41」に関し、例えば次の論文を参照して下さい。 「The influence of negative emotions on pain: behavioral effects and neural mechanisms.」、「Cerebral and spinal modulation of pain by emotions.」、「Cognitive and emotional control of pain and its disruption in chronic pain.」、「Placebo improves pleasure and pain through opposite modulation of sensory processing.」 (xxiv) 引用中の原注番号「42」において、関連する神経回路に関しては次の論文を参照して下さい。 「The neuroscience of placebo effects: connecting context, learning and health.」 (xxv) 引用中の原注番号「43」において、痛覚の経路に関しては次のWEBページを参照して下さい。 「Nociception and prediction」 (xxvi) 引用中の原注番号「44」に関し、例えば次の論文を参照して下さい。 「A clinically relevant animal model of temporomandibular disorder and irritable bowel syndrome comorbidity.」 (xxvii) 引用中の原注番号「45」の内容の一部(P586)を次に引用(『 』内)します。 『慢性疼痛には、神経因性、炎症性、突発性のものがある。(後略)』[注:引用中の「神経因性」(neuropathic pain)、「炎症性」(inflammatory pain)、「突発性」iIdiopathic pain)については共に次のWEBページを参照して下さい。 「Types of chronic pain」] (xxviii) 引用中の原注番号「46」の注の内容は上記原注番号「33」の注を参照して下さい。 (xxix) 引用中の原注番号「47」の内容(P586)を次に引用(『 』内)します。 『Apkarian et al. 2013 の見積もりでは、5000万のアメリカ人が痛みによって完全、もしくは部分的に身体の自由を失っている。』(注:引用中の「Apkarian et al. 2013」は次の論文です。 「Predicting transition to chronic pain.」) (xxx) 引用中の原注番号「48」の内容の一部(P586)を次に引用(『 』内)します。 『謎の1つは、痛みを緩和するために服用したオピオイド系薬物が、急性疼痛を慢性疼痛に変えることである。オピオイドによって引き起こされる痛覚過敏については Lee et al. 2011 を参照。(後略) 』(注:a) 引用中の「Lee et al. 2011」は次の論文です。 「A comprehensive review of opioid-induced hyperalgesia.」 b) 引用中の「急性疼痛を慢性疼痛に変えること」に関連するかもしれない「オピエートは予測を介して慢性疼痛を引き起こし得る(opiates can cause chronic pain via prediction)ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「Opiates can cause chronic pain via prediction」) (xxxi) 引用中の原注番号「49」の内容の一部(P586)を次に引用(『 』内)します。 『Borsook 2012; Scholz and Woolf 2007; Tsuda et al. 2013. IASP(Internatonal Association for the Study of Pain)は、慢性疼痛(彼らはそれを「神経因性疼痛」と呼んでいる)を「体性感覚システムの損傷または疾病によって引き起こされた痛み」として定義している(IASP 2012)。異常な予測は「疾病」の範疇に入る。』(注:a) 引用中の「Borsook 2012」は次の論文です。 「Neurological diseases and pain.」 b) 引用中の「Scholz and Woolf 2007」は次の論文です。 「The neuropathic pain triad: neurons, immune cells and glia.」 c) 引用中の「Scholz and Woolf 2007」は次の論文です。 「Microglia and intractable chronic pain.」 d) 引用中の「IASP 2012」については上記原注番号「33」の注を参照して下さい) (xxxii) 引用中の原注番号「50」に関し、次の論文を参照して下さい。 「The first taste is always with the eyes: a meta-analysis on the neural correlates of processing visual food cues.」 加えて「幻肢症候群」(phantom limb syndrome)については次のWEBページを参照して下さい。 「Phantom limb syndrome」 (xxxiii) 引用中の原注番号「51」に関し、次の論文を参照して下さい。 「The first taste is always with the eyes: a meta-analysis on the neural correlates of processing visual food cues.」 加えて「幻肢症候群」(phantom limb syndrome)については次のWEBページを参照して下さい。 「Phantom limb syndrome」 (xxxiii) 引用中の原注番号「51」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Priming of adult pain responses by neonatal pain experience: maintenance by central neuroimmune activity.」 (xxxiv) 引用中の原注番号「52」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Long-term alteration of pain sensitivity in school-aged children with early pain experiences.」、「Long-term impact of neonatal intensive care and surgery on somatosensory perception in children born extremely preterm.」 (xxxv) 引用中の原注番号「53」に関し、次の Wikipedia を参照して下さい。 「Pain in babies」 (xxxvi) 引用中の原注番号「54」に関し、次のWEBページを参照して下さい。 「Complex Regional Pain Syndrome Fact Sheet」 (xxxvii) 引用中の原注番号「55」の内容(P585~P586)を次に引用(『 』内)します。 『第1章で、(たとえば怒りのインスタンスと恐れのインスタンスの識別など)ことなる情動カテゴリーのインスタンスを判別するためにパターン分類を用いることについて論じた。分類因子は、各情動に対応する脳の状態ではない。情動のインスタンスを正しく判別するのに必要なパターンは、対応する情動カテゴリーのいかなるインスタンスにも存在する必要のない抽象的な統計的パターンである。情動や痛みにも同じことが当てはまる。私の同僚、トーア・D.ウェイガーは、痛覚と情動を識別するパターン分類因子を発表している(Wager et al. 2013; Chang, Gianaros et al. 2015)。またわれわれは、怒り、悲しみ、怖れ、嫌悪、幸福の分類因子を発表している(Wager et al. 2015)。これらの分類因子は、痛みや情動の神経学的な本質ではなく、各カテゴリーのきわめて多様なインスタンスの統計的な要約である。』(注:a) 引用中の「Wager et al. 2013」は次の論文です。 「An fMRI-based neurologic signature of physical pain.」 b) 引用中の「Chang, Gianaros et al. 2015」は次の論文です。 「A Sensitive and Specific Neural Signature for Picture-Induced Negative Affect.」 c) 引用中の「Wager et al. 2015」は次の論文です。 「The neuroscience of placebo effects: connecting context, learning and health.」 d) 引用中の「インスタンス」については他の拙エントリのここにおける引用の「▼概念(Concept)とインスタンス(instance)」項を参照して下さい。) (xxxvii) 引用中の原注番号「56」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Grounding emotion in situated conceptualization.」 (xxxviii) 引用中の原注番号「57」に関し、次のWEBページを参照して下さい。 「Chronic pain and the interoceptive and control networks」 (xxxix) 引用中の原注番号「58」に関し、次のWEBページを参照して下さい。 「Pain as a concept」 (xxxx) 引用中の原注番号「59」の内容の一部(P585)を次に引用(『 』内)します。 『慢性疼痛は人間の本性に関する古典的理論の見方にもの申す。』(注:引用中の「もの申す」に関して次のWEBページを参照して下さい。 「Pain and human nature」 (xxxxi) 引用中の「インスタンス」については他の拙エントリのここにおける引用の「▼概念(Concept)とインスタンス(instance)」項を参照して下さい。 (xxxxii) 引用中の「縮重」についてはここにおける引用の「▼縮重(degeneracy)」項を参照して下さい。 (xxxxiii) 引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 (xxxxiv) 引用中の「情動粒度」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

その上に、上記慢性疼痛と同様に人生に多大な悪影響を及ぼし消耗させる、うつ病について、同の「第10章 情動と疾病」における記述の一部(P343~P347)を次に引用します。

慢性ストレスと慢性疼痛に関して学んだことを念頭に置きつつ、同様に人生に多大な悪影響を及ぼし消耗させる、うつ病に目を向けよう。大うつ病性障害とも呼ばれるうつ病は、健常者が「とても憂うつだ」などとぼやくときに感じている、日常生活における落ち込みよりはるかに重い症状を呈する。ダグラス・アダムスの 『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場するうつ型アンドロイドのマーヴインは、完全に抑うつ状態にある。彼はときに、生きることにひどく落胆して、自分をシャットダウンする。それと同様、重い抑うつは、生活を送るにあたって大きな障害になる。小説家のウイリアム・スタイロンは回想録のなかで、「重い抑うつの苦しみは、それを経験したことのない人の想像をはるかに超える。人を殺すことが多々ある。その苦悩に耐えられなくなるからだ」と書いている60。
多くの科学者や医師にとって、うつ病は心の病気であり続けている61。気分障害として分類され、ネガティブを思考様式が原因とされることが多い。自分に対して厳しすぎる、あるいは自己否定的で破滅的に考えすぎると言われる。または、とりわけ脆弱性をもたらす遺伝子を親から受け継いでいる場合、トラウマを引き起こすできごとのせいで抑うつが生じたのかもしれない62。はたまた、情動をうまく調節できずに、否定的なできごとには敏感に、また肯定的なできごとには無感覚になっているという可能性もある。その手の説明はすべて、思考が感情をコントロールするという「三位一体脳」の考えを前提とする。その論理に従えば、考え方を変え、情動をうまく調節できるようになれば、抑うつは晴れる。要するに、「くよくよするな。楽しもう。それでもだめなら抗うつ薬を飲めばよい」というわけだ。
毎日二七〇〇万のアメリカ人が抗うつ薬を服用しているが、そのうちの七〇パーセント以上が症状を経験し続けている。心理療法も、万人に有効なわけではない63。思春期から成人前期にかけて発症することが多く、その後一生を通じて繰り返し発現する64。世界保健機関(WHO)は、二〇三〇年までに、うつ病が、がん、脳卒中、心臓病、戦争、事故以上に、早死にや、長引く障害の原因になると予測している65。これは、「心の病気」によってもたらされる、実に恐ろしい事態だと言えよう。
非常に多くの研究が、うつ病の遺伝的な本質や、神経学的な本質を見出そうとしてきた。しかし、うつ病をたった一つの構成要素に還元することはおそらく不可能であろう66。うつ病は多様なインスタンスの集合をなし、したがってそれに至る経路も多岐にわたる。そしてその多くは、バランスを失った身体予算から始まる。うつ病が気分の障害であり、気分が身体予算の現状を反映する統合的な要約なのであれば、うつ病とは実のところ、身体予算の管理と予測に関する障害だということになる。
ここまで学んできたように、脳はつねに、過去の経験に基づいて身体のエネルギー需要を予測している。また通常の状況下では、身体からの感覚情報に基づいて予測を訂正している67。しかし、この訂正がうまく機能しなくなったらどうだろう? その場合、経験は過去の情報をもとに築かれはするが、現在の情報をもとに訂正されることがない。概して言えば、まさにその状態が抑うつで起こっていることだと、私は考えている。脳は、つねに代謝の需要を誤って予測し、そのために身体と脳は、慢性ストレスや慢性疼痛の場合と同様、実際には起こっていない感染と闘い、存在しない損傷から回復しようとするのである。その結果、気分のコントロールが失われ、消耗性の病気や疲労など、うつ病の症状が出現する68。同時に身体は、実際には必要とされていない高いエネルギー需要を満たすために、不必要をグルコースをただちに代謝しようとする。それによって肥満の問題が生じ、糖尿病、心臓病、がんなど、抑うつと同時に発生する代謝関連の疾病にかかる危険性が増す69。
抑うつに関する従来的な見方では、ネガティブ思考が負の感情を引き起こすと考える。それでは話があべこべであり、たった今抱いている感情が、次の思考、知覚、予測を駆り立てるのだ。したがって抑うつ状態の脳は、過去における同様な身体予算の引き出しの経験に基づいて予測を行ない、同じことを執拗に行ない続ける。これは、困難で不快を状況を絶えず再体験することを意味する。そして身体予算がバランスを失い続ける悪循環に陥り、場合によってはその状況が断ち切れなくなる。なぜなら、予測エラーは無視あるいは抑制されるか、そもそも脳の必要な領域に届かなくなるからだ。こぅして、予測はいつまでも訂正されず、その人は、代謝需要が高かった過去の逆境にとらわれたままになる。
このように、抑うつに苦しむ脳は、悲惨な状態に閉じ込められている。予測エラーを無視するという点では慢性疼痛を患う脳にも似ているが、ぞれよりはるかに大規模に自己をシャットダウンする70。慢性的に身体予算を赤字にし、それゆえ支出を抑えようとする。どうしてそのような状態に陥るのか? 動くことをやめ、世界(予測エラー)に注意を払わないことによってだ。これが、抑うつによって引き起こされる、容赦のない疲労なのである。
慢性的な身体予算のバランスの乱れによって抑うつが引き起こされるのなら、それは厳密に言えば、単なる精神医学上の疾患ではないことを意味する。つまり神経、代謝、免疫の疾患でもあるのだ。抑うつは、神経系を構成する複雑に絡み合う多数の部位間のバランスの乱れによって生じる71。そしてこの事実は、人間を機械の部品の集まりのごとくとらえるのではなく、全体としてとらえるときにのみ理解が可能になる。重い抑うつの発作に至る分水嶺に達するには、さまざまな経路がある。とりわけ子どもの頃に、長期にわたってストレスや虐待を経験してきたために、有害な過去の経験から築き上げられた世界のモデルを持つようになったのかもしれない。あるいは、不適切な内受容予測を引き起こす、慢性的な心臓疾患や不眠症を患っているのかもしれない。もしくは、環境や些細なできごとに敏感に反応するよう仕向ける遺伝子を受け継いでいる可能性も考えられる73。出産可能年齢の女性に関して言えば、内受容ネットワーク内の結合度は一か月を通して変化する。その過程の特定の時点で、不快を気分や内省に対してより鋭敏になり、おそらくはうつ病心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの気分障害に罷患する危険性が高まりさえすることがある74。身体予算のバランスを回復させるためには、「ポジティブ思考」や抗うつ薬の服用では不十分な場合もある。それ以外の生活様式の変更や、体内システムの調整も必要になるだろう。
構成主義的情動理論が教えるところでは、身体予算の乱れに起因する悪循環を断ち切り、内受容予測をより環境に合ったものに変えることで、うつ病を治療できる。その正しさを裏づける科学的証拠も得られている。抗うつ薬認知行動療法などの治療が効果を発揮し始め、抑うつが軽減するにつれ、身体予算管理領域の活動は正常なレベルに戻り、内受容ネットワークの結合度も回復する75。 これらの変化は、過剰を予測を減らすべしとする考えにも合致する。また、より多くの予測エラーを受けつけるよう導くことで、あるいはポジティブを出来事を日記につけさせるなどの手段によってうつ病を治療できるだろう。これらは、身体予算の枯渇の緩和に役立つ。もちろん問題は、万人に有効な治療法などないし、いかなる治療も効果がない人もいることだ76。
私が知る限りでもっとも有望な医学的成果の一つに、神経科学者へレン・S・メイバーグ(第4章参照)による画期的な研究がある。メイバーグはこの研究で、重いうつ病の患者の脳を電気的に刺激した。すると、電流が通っているあいだしか続かなかったとはいえ、抑うつの苦しみがただちに晴れた。これは、患者の脳が、消耗につながる内省モードから外向きモードへと焦点を切り替えたために、予測、ならびに予測エラーの処理が正常に行なえるようになったからであろう。この試験段階ながら有望な実験結果をきっかけにして、効果が持続するうつ病治療法が発見されるかもしれない。いずれにせよ、この結果は少なくとも、うつ病が、単なる肯定的な思考の欠如ではなく、脳疾患であることを広く知らしめるのに役立つだろう。

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の原注番号「60」に関し、次の本を参照して下さい。 「Styron, William. 2010. Darkness Visible: A Memoir of Madness. New York: Open Road Media.」 (ii) 引用中の原注番号「61」の内容の一部(P585)を次に引用(【 】内)します。 【「神経性疾患」と「精神疾患」の比較に関して Neuroskeptic (2011) は、1990年から2011年かけて『Neurology』誌と『American Journal of Psychiatry』誌の発表された論文をトピック別に集計している。(後略)】(注:引用中の「Neuroskeptic (2011)」へのリンクを含めて、引用中の『「神経性疾患」と「精神疾患」の比較』については次のWEBページを参照して下さい。 「Neurology vs. psychiatry」) (iii) 引用中の原注番号「62」の内容の一部(P585)を次に引用(『 』内)します。 『環境に対して敏感にする遺伝子や、無感覚にする遺伝子が存在する(Ellis and Boyce 2008)。(後略)』(注:引用中の「Neuroskeptic (2011)」へのリンクを含めて、引用中の『「神経性疾患」と「精神疾患」の比較』については次の資料を参照して下さい。 「Biological Sensitivity to Context」) 加えて引用中の原注番号「62」に関し、次の動画、WEBページを参照して下さい。 「he depressed brain: sobering and hopeful lessons」、「Epigenetics」 (iv) 引用中の原注番号「63」に関し、次の論文を参照して下さい。 「National patterns in antidepressant medication treatment.」、「The Emperor's new drugs: Exploding the antidepressant myth」 うつ病治療の効能については次のWEBページを参照して下さい。 「Depression and treatment efficacy」 (v) 引用中の原注番号「64」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Recovery and recurrence following treatment for adolescent major depression.」 (vi) 引用中の原注番号「65」に関し、次のレポートを参照して下さい。 「The global burden of disease: 2004 update」 (vii) 引用中の原注番号「66」の内容(P585)を次に引用(『 』内)します。 『これはつぎのような理由による。人間に関する現象や特徴のほとんどは、多様な遺伝子の組み合わせによって引き起こされ、きわめて変化に富むので、(正確な遺伝子の特定や、遺伝子が影響を及ぼし合うメカニズムの解明などの)詳細な遺伝的説明がほとんど不可能に近い。そのことは、たとえ遺伝的な要因が高かったとしても、つまり該当する現象や特徴の観察された変化の多くが遺伝的要因に帰せられたとしても当てはまる(Turkheimer et al. 2014)。』(注:引用中の「Turkheimer et al. 2014」は次の論文です。 「A phenotypic null hypothesis for the genetics of personality.」) (viii) 引用中の原注番号「67」の内容(P585)を次に引用(『 』内)します。 『たとえば筋肉には、エネルギーの消費に関して脳にフィードバックを送るエネルギーセンサーが備わっている(Craig 2015)。』(注:引用中の「Craig 2015」は次の本です。 「Craig, A. D. 2015. How Do You Feel? An Interocetive Moment with Your Neurobiological Self. Princeton, NJ; Princeton University Press.」) (ix) 引用中の原注番号「68」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Interoceptive predictions in the brain.」 (x) 引用中の原注番号「69」の内容(P585)を次に引用(『 』内)します。 『代謝はある程度、免疫系をコントロールする。脂肪細胞は、炎症性サイトカインを分泌する(Mathis and Shoelson 2011)。よって、肥満は慢性的な炎症を悪化させる。たとえば、Spyridaki et al. 2014 を参照。』(注:a) 引用中の「Mathis and Shoelson 2011」は次の論文です。 「Immunometabolism: an emerging frontier.」 b) 引用中の「Spyridaki et al. 2014」は次の論文です。 「The association between obesity and fluid intelligence impairment is mediated by chronic low-grade inflammation.」) (xi) 引用中の原注番号「70」の内容の一部(P585)を次に引用(『 』内)します。 『Kaiser et al. 2015. 抑うつを抱えた人の脳を観察すると、この仮説を裏づける活動や結合の変化が見られる。(後略)』(注:引用中の「Kaiser et al. 2015」は次の論文です。 「Large-Scale Network Dysfunction in Major Depressive Disorder: A Meta-analysis of Resting-State Functional Connectivity.」) さらに次のWEBページを参照して下さい。 「Locked-in brain」 (xii) 引用中の原注番号「71」の内容の一部(P585)を次に引用(『 』内)します。 『抑うつでは、調節の乱れが拡大している。(後略)』 さらに次のWEBページを参照して下さい。 「Depression should be studied holistically」 (xiii) 引用中の原注番号「72」の内容(P585)を次に引用(『 』内)します。 『Ganzel et al. 2010; Dannlowski et al. 2012.(ラットを使った実験では)ひとたび若い頃にグルココルチコイド遺伝子が過剰に発現すると、脳の経路が固定し、のちにその遺伝子がオフになっても、気分障害に対する脆弱性や不安定性を生涯にわたって抱えなければならなくなる(Wei et al. 2012)。また有害な過去の経験は、児童期に長引く炎症を引き起こし、のちに抑うつや他の疾病を発症するリスクが高まる(Khandaker et al. 2014)』(注:a) 引用中の「Ganzel et al. 2010」は次の論文です。 「Allostasis and the human brain: Integrating models of stress from the social and life sciences.」 b) 引用中の「Ganzel et al. 2010」は次の論文です。 「Limbic scars: long-term consequences of childhood maltreatment revealed by functional and structural magnetic resonance imaging.」 c) 引用中の「Khandaker et al. 2014」は次の論文です。 「Association of serum interleukin 6 and C-reactive protein in childhood with depression and psychosis in young adult life: a population-based longitudinal study.」) (xiv) 引用中の原注番号「73」の内容の一部(P585)を次に引用(『 』内)します。 『「ニューロティシズム」あるいは「アフェクティブリアクティビティ」とも呼ばれる。(後略)』 加えて次のWEBページを参照して下さい。 「Depression should be studied holistically」 (xv) 引用中の原注番号「74」の内容の一部(P585)を次に引用(『 』内)します。 『卵巣ホルモンのプロゲステロンのレベルが高くなると、リスクは最大になる。これは、男性に比べ女性のほうが、気分障害に罹患する率が著しく高い理由なのかかもしれない(Lokuge et al. 2011; Soni et al. 2013)。たとえば、Bryant et al. 2011 を参照。(後略)』(注:a) 引用中の「Lokuge et al. 2011」は次の commentary です。 「Depression in women: windows of vulnerability and new insights into the link between estrogen and serotonin.」 b) 引用中の「Ganzel et al. 2010」は次の論文です。 「Identification of a narrow post-ovulatory window of vulnerability to distressing involuntary memories in healthy women.」 c) 引用中の「Bryant et al. 2011」は次の論文です。 「The association between menstrual cycle and traumatic memories.」) 加えて次のWEBページを参照して下さい。 「Depression should be studied holistically」 (xvi) 引用中の原注番号「75」の内容(P584~P585)を次に引用(『 』内)します。 『つまり前帯状皮質膝前部の活動が低下し、それと内受容ネットワークの残りの領域との結合度が増大する。また、予測エラーの信号を送る視床との結合度が高まる(Riva-Posse et al. 2014; Seminowicz et al. 2004; Mayberg 2009; Goldapple et al. 2004; Nobler 2001)。メタ分析は Fu et al. 2013 を参照。』(注:a) 引用中の「Riva-Posse et al. 2014」は次の論文です。 「Defining critical white matter pathways mediating successful subcallosal cingulate deep brain stimulation for treatment-resistant depression.」 b) 引用中の「Seminowicz et al. 2004」は次の論文です。 「Limbic-frontal circuitry in major depression: a path modeling metanalysis.」 c) 引用中の「Mayberg 2009」は次の論文です。 「Targeted electrode-based modulation of neural circuits for depression.」 d) 引用中の「Goldapple et al. 2004」は次の論文です。 「Modulation of cortical-limbic pathways in major depression: treatment-specific effects of cognitive behavior therapy.」 e) 引用中の「Nobler 2001」は次の論文です。 「Decreased regional brain metabolism after ect.」) (xvii) 引用中の原注番号「76」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Pretreatment brain states identify likely nonresponse to standard treatments for depression.」 (xviii) 引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 (xix) 引用中の「代謝」に関連する「エネルギー代謝」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「身体活動とエネルギー代謝

さらに、上記慢性疼痛や抑うつとは一線を一線を画し、予測、ならびに予測エラーの障害だと確実に言える不安障害について、同の「第10章 情動と疾病」における記述の一部(P348~P352)を次に引用します。

不安障害は、慢性疼痛や抑うつとは非常に異なるようだ。不安になると何をすべきかがわからなくなって、心配になったり気持ちが高ぶったりする。そして概してみじめな気分になる。これは、同じようにみじめな気分になるが、生きていくのが困難に感じられるなどの気の重さによって特徴づけられるうつ病や、苦痛に満ちた慢性疼痛とは一線を画する。
ここまで、情動、慢性疼痛、慢性ストレス、抑うつはすべて、内受容ネットワークとコントロールネットワークが関与していることを学んできた。これらのネットワークは、不安障害でも重要な役割を果たす77。不安障害は依然として解明されねばならない謎だが*、この障害もそれら二つのネットワークにまたがる、予測、ならびに予測エラーの障害だと確実に言える78。不安障害に関しても、情動、痛み、ストレス、抑うつに関しても、予測や予測エラーに関与している神経経路は同じものである79。
従来の不安障害の研究は、認知が情動をコントロールするという、時代遅れの「三位一体脳」モデルに基づく。情動を司る扁桃体の活動が過剰になり、理性を司る前頭前皮質がそれをうまく調節できていないと主張するこの見方は、現在でも影響力を持っている80。扁桃体はいかなる情動の拠点でもないし、前頭前皮質は認知を宿す領域ではない。さらに言えば、情動も認知も、相互に調節し合うことなどできない、脳全体による構築物だ。それにもかかわらず、現在でも時代遅れの考えが通用している。では、いかにして不安障害は作られるのか? 詳細はわかっていないが、いくつかの有望な掛かりはある。
私の推測では、不安障害を抱える脳はある意味で、抑うつを抱える脳の対極にある。抑うつでは、予測が重視され、予測エラーが軽視される。したがって過去にとらわれる。それに対し不安障害では、外界に起因する予測エラーが過剰に受け入れられ、そのせいであまりにも多くの予測が失敗に終わる。予測が不十分であれば、次の瞬間に何が起こるのかがわからなくなる。すると、生きていくのが困難に感じられるようになる。まさにこれが、典型的な不安障害だ81。
いかなる理由にしろ、不安障害を抱える人は、扁桃体を含め、内受容ネットワークのいくつかの主要な中枢のあいだの結合が弱体化している。これらの中枢には、同時にコントロールネットワークに属するものもある82。結合が弱体化しているために、予測をその瞬間の状況にうまく合わせることができず、経験から効率的に学べない、不安に駆られた脳が生み出されている可能性が考えられる83。そのような脳はむやみに脅威を予測するかもしれないし、あるいは不正確な予測をする、あるいはまったく予測しないことで不確実性を生み出すのかもしれない84。加えて内受容入力は、身体予算がしばらく赤字になると普段より多くのノイズを含むようになり、そのため脳に無視される85。このような状況は、顕著な不確実性や、大量の解決不可能な予測エラーを引き起こす86。不確実性は、明らかな損傷よりも不快感や興奮をもたらしやすい。なぜなら、未来が謎に包まれていれば、それに対する準備を整えら
れないからだ。たとえば、重病を患ってはいるが回復の見込みがかなりある人は、治らないとわかっている人より自分の生活の満足感が低い87。
証拠に基づいて言えば、不安障害は、抑うつ、情動、痛み、ストレスと同様、構築されたカテゴリーだと言える。不安障害や抑うつによる苦しい気分は、身体予算の管理に重大な問題があることを示している。脳が預金を確保しようとして不快な気分を強めているか、じっとしていることで預金の引き出しを減らそうとしているかのいずれかであろう。脳は、これらの感覚刺激を不安や抑うつ、場合によっては痛み、ストレス、情動として分類するのだ。
ここではっきりさせておくと、私は、うつ病と不安障害が、それぞれがどちらともとれる疾患だと言いたいのではない。そうではなく、いかなる心の病も多様なインスタンスの集合から成り、特定の症状の集まりは、相応の妥当性をもってうつ病にも不安障害にも等しく分類が可能だと言いたいのだ。また、重症度も関係するはずだ。緊張病性の患者など、ヘレン・メイバーグの研究で取り上げられている重度のうつ病患者の何人かは、間違いなく不安障害とは診断されないだろう。しかしそれ以外の患者には、不安障害、慢性ストレス、あるいは慢性疼痛とさえ診断されても妥当と見られる人もいる。一般に、中程度の重さのうつ病、不安障害、慢性ストレス、慢性疼痛、慢性疲労症候群は、症状がいくつか重なることがある88。
これらの観察結果は、第1章の冒頭に掲げた、「私が大学院で行なった実験の被験者は、なぜ不安と抑うつの感情を区別できなかったのか?」という問いに対する答えを与えてくれる。すでに述べた点だが、一つの理由は情動粒度に関するもので、被験者のなかには他の人々と比べ、よりきめ細かな情動を構築する能力を持つ人がいたからであろう。そして今や、もう一つの理由が明らかになった。つまり、「不安」と「抑うつ」が類似の感覚刺激を分類する二つの概念だからである。
この実験で私は、不快感を覚えた被験者に不安もしくは抑うつの評価尺度で感情を申告させた。被験者は、手渡された質問票に記されている尺度を用いて自分の感情を評価しなければならなかった。たとえば、不安の評価尺度を手渡された被験者は、不安を基準に自分の感情を評価し、報告しなければならなかった。この場合、被験者は 「不安」という言葉に誘導されて「不安」のインスタンスをシミュレートし、不安を感じ始めたのかもしれない。同様に、抑うつの評価尺度を手渡された被験者は、抑うつを基準にして自分の感情を評価し、申告しなければならず、その結果抑うつを感じるようになったのかもしれない。この見方は、私が行なった実験で得られた奇妙を結果を説明する。「不安」や「抑うつ」のような概念は、非常に変化に富み、柔軟性を持つ89。したがって、基本情動測定法が、情動語の一覧によって被験者の知覚に影響を及ぼしたのと同様、質問票に書かれた言葉が、被験者の分類に影響を及ぼしたことが考えられる。
比較的最近、私は病院で似たような状況に遭遇したことがある。その頃、疲労が蓄積し、体重が増加していた。医師が「落ち込んでいますか?」と尋ねてきたので、私は「落ち込んではいませんが、つねにひどく疲れています」と答えた。この返答に対して医師は、「落ち込んでいることに自分では気づいていないのでしょう」と言った。どうやら彼は、身体的な原因によって不快な気分が生じうることを理解していなかったらしい。私の場合、身体的な原因とは、一〇〇人のメンバーを抱える研究室を運営していることから睡眠不足に陥っていたこと、夜遅くまで本書を執筆していたこと、ティーンエイジャーの娘の母親であること、さらには更年期というちょっとした問題にまつわるものだったと考えられる(私は彼に、内受容と身体予算について説明する破目になった)。いずれにせよ、そのとき彼が実際にうつ病と診断していたら、ただちに抑うつの感情を私に引き起こしただろう。疲労が蓄積していた私は、慢性ストレスが原因で炎症を起こしていたのかもしれない。医師の言うことを素直に聞いていたら、抗うつ薬の処方箋を受け取り、私の何かが、つまり状況にうまく対処できない自分の人生の何かがひどくおかしいという信念を抱き始めたことだろう。そしてこの信念は、そもそもバランスが崩れていた身体予算の状態をさらに悪化させたにちがいない。自分の人生に何か問題を見つけようとすれば、つねに問題は見つかるものだ。しかし幸いなことに、そのような事態にはならなかった。というのも医師と私は、私の身体予算の問題を見つけ出して改善する方法を探すことにしたからだ。彼自身は気づいていなかったであろうが、彼は私の経験を、共同で構築していたのである。

外界から入ってくる情報に基づいて生じる予測エラーが予測を支配すると、不安が生じる。では、まったく予測できなくなったら何が起こるのか?
まず、身体予算をうまく維持できなくなるだろう。代謝のニーズを予測できなくなるからだ。さらには、視覚、聴覚、嗅覚、内受容感覚、痛覚などの感覚系から入って来る感覚入力を統合することが困難になる。そのために統計的な学習が損なわれ、基本的な概念を習得できなくなる。同じ人を別の角度から見ると、同一人物として認識できなくなることさえある。(後略)

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の脚注「*」の内容(P349)を次に引用(『 』内)します。 『*=本章では、基本的にすべての不安障害を一つのグループとして扱った。というのも、共通の要因があることがよく知られているからだ。何年にもわたり、さまざまな不安障害が、それぞれ生物学的に識別可能だと考えられてきた。しかし、(本書の読者にはもはや驚きではないはずだが)症状には多くの重なりがあり、他を無視して特定の形態の不安障害だけを研究することを困難にしている。』 (ii) 引用中の原注番号「77」の内容(P584)を次に引用(『 』内)します。 『不安障害における内受容ネットワークとコントロールネットワークの結合度に関しては McMenamin et al. 2014 を参照。不安障害と慢性疼痛の類似性については Zhuo 2016, and Hunter and McEwen 2013 を参照。不安障害が予測を介して痛みを激化させるという裏づける証拠は Ploghaus et al. 2001 を参照。』(注:a) 引用中の「McMenamin et al. 2014」は次の論文です。 「Network organization unfolds over time during periods of anxious anticipation.」 b) 引用中の「Zhuo 2016」は次の論文です。 「Neural Mechanisms Underlying Anxiety-Chronic Pain Interactions.」 c) 引用中の「Hunter and McEwen 2013」は次の論文です。 「Stress and anxiety across the lifespan: structural plasticity and epigenetic regulation.」 d) 引用中の「Ploghaus et al. 2001」は次の論文です。 「Exacerbation of pain by anxiety is associated with activity in a hippocampal network.」) (iii) 引用中の原注番号「78」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Interoception in anxiety and depression.」 (iv) 引用中の原注番号「79」の内容の一部(P584)を次に引用(『 』内)します。 『たとえば Menon 2011; Crossley et al. 2014 を参照。怖れや不安でさえ、かつては他の神経回路によって引き起こされると考えられていた(Tovote et al. 2015)。(後略)』(注:a) 引用中の「Menon 2011」は次の論文です。 「Large-scale brain networks and psychopathology: a unifying triple network model.」 b) 引用中の「Crossley et al. 2014」は次の論文です。 「The hubs of the human connectome are generally implicated in the anatomy of brain disorders.」 c) 引用中の「Tovote et al. 2015」は次の論文です。 「Neuronal circuits for fear and anxiety.」) (v) 引用中の原注番号「80」に関し、引用中の「「三位一体脳」モデル」と次の両論文を比較すると良いかもしれません。 「Considering PTSD from the perspective of brain processes: a psychological construction approach.」、「Functional neuroimaging of anxiety: a meta-analysis of emotional processing in PTSD, social anxiety disorder, and specific phobia.」 加えて次のWEBページを参照して下さい。 「Prefrontal cortex and the amygdala」 (vi) 引用中の原注番号「81」の内容(P584)を次に引用(『 』内)します。 『不安障害の次に抑うつを発症することは、抑うつの次に不安障害を発症するより状況的に悪いかもしれない。というのも後者のケースでは、再び予測エラーを処理し始めるからだ。』 (vii) 引用中の原注番号「82」に関し、例えば次の論文を参照して下さい。 「An anatomical substrate for integration among functional networks in human cortex.」 (viii) 引用中の原注番号「83」に関し、例えば次の論文を参照して下さい。 「Anxious individuals have difficulty learning the causal statistics of aversive environments.」 (ix) 引用中の原注番号「84」の内容の一部(P584)を次に引用(『 』内)します。 『予測エラーに満たされた脳が、つねに不安を抱えているわけではない。乳児の注意のランタン(第6章)や、新奇性や不確実性が快になるケース(新たな恋人に出会うなど)を考えてみれば良い。たとえば Wilson et al. 2013 を参照。』(注:a) 引用中の「第6章」の引用は省略します。 b) 引用中の「Wilson et al. 2013」は次の論文です。 「Still a thrill: Meaning making and the pleasures of uncertainty.」) 加えて次のWEBページを参照して下さい。 「Arousal is not always distressing」 (x) 引用中の原注番号「85」に関し、次の論文を参照して下さい。 「The nature of feelings: evolutionary and neurobiological origins.」、「Interoception in anxiety and depression.」 (xi) 引用中の原注番号「86」の内容(P584)を次に引用(『 』内)します。 『とりわけ予測エラーを「教示信号」として用いる場合(McNally et al. 2011; Fields and Margolis 2015)。』(注:a) 引用中の「McNally et al. 2011」は次の論文です。 「Placing prediction into the fear circuit.」 b) 引用中の「Fields and Margolis 2015」は次の論文です。 「Understanding opioid reward.」) (xii) 引用中の原注番号「87」の内容(P584)を次に引用(『 』内)します。 『大きな手術(結腸瘻造設術)を行った6か月後、症状が逆転する見込みが得られた患者は、治る見込みのない患者に比べて、自分の生活に満足を感じていない(Smith et al. 2009)。願望は残酷な主人になりうる。』(注:引用中の「Smith et al. 2009」は次の論文です。 「Happily hopeless: adaptation to a permanent, but not to a temporary, disability.」) (xiii) 引用中の原注番号「88」の内容(P584)を次に引用(『 』内)します。 『ここで明確にしておくと、抑うつと慢性疼痛が同一の現象だと言いたいのではない。共通の要因がいくつかあると言いたいのである。特定の慢性疼痛症候群が抑うつの現れなのか、それとも抑うつとは独立しているのかが、長いあいだ議論されてきた。この議論はかつて、「それらはすべて、頭のなかに存在する」という説をめぐる議論の一環としてなされていた。この説では、組織の損傷が見られないにもかかわらず痛みを経験することは、心の病の徴候だと見なされる。この手の議論には、抑うつが心の病にすぎないという前提が存在する。しかしこの種の従来的な区別は、最新の神経科学の知見に照らせば意味がない。抑うつも慢性疼痛も、代謝や炎症に起源を持つ、神経変性脳疾患と見なしうる。ある形態の抑うつは緩和できるが、慢性疼痛にはまったく効果がない(あるいはその逆の)薬が存在する事実は、抑うつと慢性疼痛が生物学的にはっきりと区別できるカテゴリーをなすことを意味するわけではない。というのも、抑うつには縮重によってさまざまな要因があるからだ。抑うつを抱えている誰もが(つまりそのカテゴリーに属する多様なメンバーのすべてが)、同一の薬によって効果的に治療できるわけではない(要するに変化が標準なのである)。おそらく、同じ論理は慢性疼痛のいかなるカテゴリーにも当てはまるだろう。』(注:引用中の「縮重」についてはここにおける引用の「▼縮重(degeneracy)」項を参照して下さい。) (xiv) 引用中の原注番号「89」に関し、次の論文(全文)を参照して下さい。 「Psychological Construction: The Darwinian Approach to the Science of Emotion」 (xv) 引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 (xvi) 引用中の「情動粒度」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (xvii) 引用中の「不安障害」(又は不安症、例えばWEBページ「不安症 - 脳科学事典」を参照)と内受容感覚(又は内受容過敏)との関連について、キャシー・L・ケイン、ステファン・J・テレール著、花丘ちぐさ、浅井咲子の訳の本、「レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒」(2019年発行)の 第3章 健全な発達が阻まれる時 の「内受容の機能不全」における記述の一部(P96)を次に引用します。

(前略)内受容感覚に関する大規模な研究が行われ、内受容感覚とパニック障害、不安症やトラウマの症状に関連性があることが明らかにされた。内受容過敏は社交不安と関係している(Garfinkle and Critchley, 2013)。そして、身体感覚の解釈間違いは、パニック障害や不安症と関係している。臨床的に不安症と診断された人は、内受容過敏の傾向があり、不安症が改善した後でも、高度な内受容過敏が残っている場合がある(Ehlers and Breuer, 1992: Garffinkle and Critchley, 2013; Pollatos, Matthias, and Keller, 2015)。不安症の人たちは、内受容感覚に敏感に気づいてトラッキングし、それらの感覚を増幅し、否定的な意味づけをする傾向がある(Paulus and Stein, 2010)。(後略)

注:i) 引用中の「Garfinkle and Critchley, 2013」は次の論文です。 「Interoception, emotion and brain: new insights link internal physiology to social behaviour.」 ちなみに、上記論文と著者が同じのより新しい論文は次を参照して下さい。 「Interoception and emotion.」 ii) 引用中の「Ehlers and Breuer, 1992」は次の論文です。 「Increased cardiac awareness in panic disorder.」 iii) 引用中の「Pollatos, Matthias, and Keller, 2015」は次の論文です。 「When interoception helps to overcome negative feelings caused by social exclusion.」 iv) 引用中の「Paulus and Stein, 2010」は次の論文です。 「Interoception in anxiety and depression.」 v) 引用中の「社交不安」に関連する「社交不安症」については例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 vi) 引用中の「パニック障害」(パニック症)については例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。

上記以外にも、「自閉症が予測の障害である可能性」について、同の「第10章 情動と疾病」における記述の一部(P353~P355)を次に引用します。ちなみに、拙訳はありませんが自閉症の症状(symptoms of autism)については次のWEBページを参照して下さい。 「Symptoms of autism

(前略)自閉症はきわめて複雑な障害であり、広大な研究領域をなす。したがってそれを数行の文章にまとめるのは土台不可能だ。また、自閉症には多様な症状があり、種々の複雑な病因によって引き起こされる諸症状の幅広い領域を構成する91。そのようなわけで、私がここで言いたいのは、自閉症が予測の障害である可能性についてだ。
自閉症者には、この考えに符合する経験を語る人もいる。自閉症者のなかでももっとも広く知られ、発言する機会も多いテンプル・グランディンは、自分が経験している予測の欠如と、圧倒的な予測エラーについて明確に述べている。彼女は『内側から見た自閉症(An Inside View of Autism)』で、「突然かん高い音が鳴ると、歯医者のドリルが神経に触れるかのごとく、私の耳が痛む」と記している92。また、いかに苦心して概念を形成しているかについて次のように書く。「私は子どもの頃、大きさによってイヌとネコを分類していた。わが家の周辺にいたイヌは皆大きかっだ。ダックスフントを飼う家が現われるまでは。そのとき私は小さなイヌを見て、なぜそれがネコでないのかを一生懸命考えたのを覚えている93」。『自閉症の僕が跳びはねる理由』を著した一三歳の自閉症の少年、東田直樹は、分類の努力を次のように書いている。「まず、今まで自分の経験したことのあるすべての事柄から、最も似ている場面を探してみます。それが合っていると判断すると、次に、その時自分はどういうことを言ったか思い出そうとします。思い出してもその場面に成功体験があればいいのですが、無ければつらい気持ちを思い出して話せなくなります94」。このように、東田は正常に機能する概念システムを持たないために、私たちの脳が自動的に行なっていることを、自分で努力してやらなければならないのである。
自閉症が予測の失敗だと考えている研究者は他にもいる95。おもにコントロールネットワークの機能不全に陥り、おのおのの状況に対してきわめて厳密な世界のモデルを構築してしまうので自閉症が引き起こされると主張する研究者もいれば、オキシトシンと呼ばれる神経化学物質に問題があり、それが内受容ネットワークに悪影響を及ぼしているために引き起こされると論じる研究者もいる。私の考えでは、自閉症は単に特定のネットワークの問題に還元しうるものではなく、縮重を考慮すればさまざまな可能性が考えられる。事実自閉症は、遺伝や神経生物学的構造や症状が、極端な多様さを示す神経発達障害として特徴づけられる。私の推測では、自閉症の問題は身体予算管理領域とともに始まる。そう言えるのは、この領域が誕生時から存在し、あらゆる統計的学習が身体予算の調節に依拠しているからだ(第4、5章参照)。この神経回路の変化は、脳の発達過程も変える96。フル稼働が可能な予測する脳を備えていなければ、環境のなすがままになるしかない。神経系は、効率的な代謝が可能な脳組織に最適化されているにもかかわらず、自閉症者の脳は、刺激と反応に駆り立てられているのだ。この見方は、自閉症者の経験を説明してくれるかもしれない。(後略)

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の原注番号「91」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Disentangling the heterogeneity of autism spectrum disorder through genetic findings.」 加えて次のWEBページを参照して下さい。 「Autism as a disorder of prediction」 (ii) 引用中の原注番号「92」に関し、次のWEBページを参照して下さい。 「Temple Grandin: Inside ASD」の「Auditory Problems」項 (iii) 引用中の原注番号「93」に関し、次の論文を参照して下さい。 「How does visual thinking work in the mind of a person with autism? A personal account.」 加えて、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iv) 引用中の原注番号「94」に関し、次の本を参照して下さい。 「Higashida, Naoki. 2013. The Reason i Jump: The Inner Voice of a Thirteen-Year-Old Boy eith Autism. New York: Random House.[東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』KADOKAWA、2016年」 (v) 引用中の原注番号「95」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Precise minds in uncertain worlds: predictive coding in autism.」、「Autism, oxytocin and interoception.」、「Autism as a disorder of prediction.」 (vi) 引用中の原注番号「96」に関し、次のWEBページを参照して下さい。 「Brain development in autism」 (vii) 引用中の「第4、5章参照」に対する第4、5章の引用は次を除いてありません。 (viii) 引用中の「オキシトシン」については例えば次の資料を参照して下さい。 「オキシトシンと心身の健康」 (ix) 引用中の「縮重」についてはここにおける引用の「▼縮重(degeneracy)」項を参照して下さい。 (x) 引用中の「予測」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 (xi) 引用中の「代謝」に関連する「エネルギー代謝」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「身体活動とエネルギー代謝

また、構成主義的情動理論に視点からの情動概念の処理にも関連する「アレキシサイミア」(失感情症)について、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「第5章 概念、目的、言葉」における記述の一部(P181~P182)を次に引用します。

(前略)情動概念を処理するシステムの発達が阻害された場合、情動的な生活はいかなるものになるのか? 気分だけを感じるようになるのだろうか? この問いを科学的に検証するのはむずかしい。情動経験は、それに対する答えをはじき出せる客観的な指標を、顔や身体や脳に示したりはしない。最善の手段は、被験者にどう感じているかを尋ねることだが、それに答えるためには情動概念を用いなければならず、それでは実験の目的が挫かれる。
この難題を回避する方法の一つは、情動概念を処理するシステムに先天的な障害のある人々を研究することだ。その障害とはアレキシサイミア(失感情症)のことで、世界の総人口のおよそ一〇パーセントが抱えるとも推定されている68。構成主義的情動理論によって予測されるとおり、この疾病を抱える人は、情動を経験することに困難を覚えている。正常な人が怒りを感じる状況で、アレキシサイミアを抱える人は胃の痛みを感じるのだ。身体的な症状を訴え、何らかの気分を感じていることを報告するが、それを情動的なものとして経験することがない69。また彼らは、他者の情動を知覚することにも難がある70。二人の男が怒鳴り合っているところを見れば、健常者なら心的推論のもとに、そこに怒りを見出すだろう。ところがアレキシサイミアを持つ人は、二人の男が怒鳴り合っているという知覚的な事実だけを報告する。また情動に関する語彙が少なく71、情動語を思い出すのに苦労する72。このような手がかりから、情動を経験したり知覚したりするのに、概念が必須であることがわかる。(後略)

注:[基本的にここにおいて紹介される英語の論文やWEBページには拙訳はありません] (i) 引用中の原注番号「68」の内容の一部(P597)を次に引用(『 』内)します。 『Salminen et al. 1999. 「アレキシサイミア(alexithymia)」という用語は、「欠ける(a)」「言葉(lexis)」「気分(thymos)」から成る。論評は Lindquist and Barrett 2008 を参照。(後略)』(注:a) 引用中の「Salminen et al. 1999」は次の論文です。 「Prevalence of alexithymia and its association with sociodemographic variables in the general population of Finland.」 b) 引用中の「Lindquist and Barrett 2008」は次の本です。 「Lindquist, Kristen A., and Lisa Feldman Barrett. 2008. "Emotional Complexity." In Handbook of Emotions, 3rd edition, edit by Michael Lewis, Jeannette M. Haviland-Jones, and Lisa Feldman Barrett, 513-530, New York: Guilford Press.」) 加えて、次のWEBページを参照して下さい。 「Alexithymia」 (ii) 引用中の原注番号「69」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Is alexithymia the emotional equivalent of blindsight?」、「Becoming Aware of Feelings: Integration of Cognitive-Developmental, Neuroscientific, and Psychoanalytic Perspectives.」 (iii) 引用中の原注番号「70」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Pervasive emotion recognition deficit common to alexithymia and the repressive coping style.」 加えて、次のWEBページを参照して下さい。 「Alexithymia」 (iv) 引用中の原注番号「71」に関し、次の論文を参照して下さい。 「Alexithymia and verbal elaboration of affect in adults suffering from a respiratory disorder」、「Alexithymia and interpersonal problems: A study of natural language use」 加えて、次のWEBページを参照して下さい。 「Alexithymia」 (v) 引用中の原注番号「72」に関し、次の論文を参照して下さい。 「A multimodal investigation of emotional responding in alexithymia」 (vi) 標記「構成主義的情動理論に視点からの情動」については他の拙エントリのここにおける引用の「▼情動(emotion)」項を参照して下さい。加えて引用中の「情動概念」については同引用の「▼概念(Concept)とインスタンス(instance)」項を参照して下さい。 (vii) 引用中の「アレキシサイミア」(失感情症)について、 a) コア・アフェクトとの関連について、日本感情心理学会企画、内山伊知郎監修の本、「感情心理学ハンドブック」(2019年発行)の 第2部 感情の基本要素 の 10章 感情科学の展開 の 2節 心理学的構成主義における感情の構造 の「1. 内受容感覚によりコア・アフェクトが形成される」中の脚注★4における記述の一部(P198)を次に引用(『 』内)します。 『アレキシサイミアの患者は自らの感情の認識が障害されているとされているが,表現しがたい不快感は経験するらしい。彼らは,ある種のコア・アフェクトは経験しているが,それをカテゴリー化する過程に障害をもっている可能性がある(Moriguchi & Komaki, 2013)。』(注:1] この引用部の著者は大平英樹です。 2] 引用中の「Moriguchi & Komaki, 2013」は次の論文です。 「Neuroimaging studies of alexithymia: physical, affective, and social perspectives.」 3] 引用中の「コア・アフェクト」については他の拙エントリのここを参照して下さい。) b) PTSD又は複雑性PTSDの視点からは他の拙エントリのここを、自閉スペクトラム症の視点からは他の拙エントリのここここを参照して下さい。

一方、上記「身体予算管理」への負荷に関連するかもしれない「アロスタティックロード」(allostatic load 又は「アロスタティック負荷」、なお、これ及びこれに関連する「アロスタシス」については共にここの (xiii) 項を参照)に関連して、 a)「生き残るための対価」を含むポリヴェーガル理論(他の拙エントリのここにおける「最初に」を参照)の視点からのアロスタティック負荷(アロスタティックロード)について、キャシー・L・ケイン、ステファン・J・テレール著、花丘ちぐさ、浅井咲子の訳の本、「レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒」(2019年発行)の 第4章 調整とつながりのための神経基盤 の「生き残るための対価と生理学的バランス」における記述の一部(P114~P118)を以下に引用します。 b) 2017年以降に発表された上記アロスタティックロードについての一部の論文(全文)を以下[]に引用します。 c) 資料例は次を参照して下さい。 「大学生における精神神経内分泌免疫学的反応と主観的健康感に対する eudaimonic well-being と hedonic well-being の分化的関連性

交感神経系と背側迷走神経系は、誕生の時点で生理学的にすぐに機能できる状態にまで完成している。本章のはじめに述べたが、腹側迷走神経系は有鞘化に時間がかかるため、誕生直後ではその精妙な機能はまだ使えない状態である。そのため、養育者になだめてもらったり、協働調整してもらわなければならない。
子どもがストレスを感じ、交感神経系が優位な状態になったら、養育者は子どもをなだめ、身体に触れ、安心させるような声をかけ、濡れたおしめを替えたり、肌の痒みにローションを塗ったりといった、世話をしてやらなくてはならない。もしずっと待っていても養育者が来てくれないなら、子どもは生理学的に限られた選択しか持たない。交感神経系が覚醒状態となり、かんしゃくを起こして大声で泣き続け、たとえ誰かがやってきてあやしても落ち着くことがなく、疲れて眠りに落ちるまで泣き続けるか、あるいは背側迷走神経系の生き残り反応に入り、生理学的には温存体制をとる。そうすると、子どもはおとなしく動かなくなる。これは、恐れを伴わない不動化ではなく、身体的資源を温存し、命を保つための凍りつき反応である。恐怖は未解決であり、緊張を伴う不動化が起きている。この反応は、凍りつきと擬死を引き起こす背側迷走神経系の働きによる。
いずれの場合も、子どもは生き残りをかけた生理学的状態に留まる。極端な交感神経系の覚醒状態であれ、背側迷走神経系による凍りつき状態であれ、これは、ごく短時間の危機的状況を何とか生き延びるための反応である。こうした生理学的反応は、とっさに生き延びるために、ごく短時間の防衛反応として引き起こされる。したがって、長期にわたってこのような防衛状態に入ることは想定外である。慢性的にストレスを受け、こうした防衛状態が長期にわたると、身体の内なる機能のバランスをとって健康を維持する恒常性の機能が、じわじわと損傷を受ける。
マクエワンとステラーは、これを慢性的にストレスにさらされて起こる生理学的状能であるとして、「アロスタティック負荷(Allostatic,ストレス適応負荷)」と名付けた(McEwen and Stellar, 1993)。アロスタティック負荷の良い例は、ストレスの多い職場環境に置かれた時に繰り返し起こる血圧上昇である。ストレスを受けたときに、ごく短い時間、一気に血圧をあげることでその場を切り抜けるという意味では、血圧の上昇は適応的である。短期間なら、このようなアロスタシス(ストレス適応)は、環境に適応するために役立つ。しかし、ストレスレベルが高い状況が続き、血圧の上昇が慢性的になると、生理学的変化が引き起こされアロスタティック過重負荷を生み出す(McEwen, Seeman, and Allostatic Load Working Group, 2009)。ポージェスはこの状態を、「生き残るための対価」と表現している(Porges, 2011a, 95)。
問題が起こると、人は様々な方法で対処しようとする。そのやり方は、遺伝的体質、発達性トラウマやその他のストレスの有無、レジリエンスのレベル、喫煙や過食、アルコール摂取の有無など、様々な要因の影響を受ける。しかしどんなストレスであるにせよ、アロスタシスが起きる時は代償を伴う。ストレスに対処するために繰り返し強い生理学的反応を起こしていると、心身のあちこちに支障が生じ、次第に重症化する。身体が繰り返しストレス状態に適応することを強いられ、強い生理学的な反応を起こし続けると、アロスタティック負荷は増大し、代償もまた大きくなる。
身体は、常にエネルギーを過不足なく必要な部位にバランスよく供給し、調和をもって生きようとしている。しかし生き残りをかけた生理学的状態は、夥しい量の身体資源を必要とする。そのため、理想的な恒常性を保つことができず、身体には重い負担がかかる。交感神経系が覚醒した状態が長い期間続くと、多くの酸素や栄養素が使われ、多量のストレス関連の化学物質が分泌される。交感神経系が優位になると、身体中に「今は命を懸けて戦っているのだ」という生理学的なメッセージが送られ、消化や免疫反応などが抑制される。長い年月健康に生きていくための機能は脇に追いやられ、今を生き延びるために身体的な資源が多量に使われる。
たとえて言えば、家の地下室が水浸しなので、ペンキの塗り替えのようなメンテナンス作業をやっている場合ではない、というわけだ。直ちに注意を向ける必要がある緊急事態が起きていて、それに対処するためにエネルギーを使い、日々のメンテナンス作業ができない状態である。身体においても、生き残りをかけた緊急事態への対応に全力をあげ、身体を健全に保つ生理学的な反応は棚上げされる。このように、交感神経系の覚醒が高いとアロスタティック負荷が高くなり、身体は大きな代償を払わなくてほならなくなる。家にたとえて言えば、メンテナンスを怠っているうちに、次第にあちこちが傷み始めるようなものである。
生き残りをかけた反応で、交感神経系の働きと、ある意味対極にあるのが背側迷走神経系の活性化である。それによってもたらされる不動状態は、やはり大きな代償を伴う。ただし、そのメカニズムは交感神経系の過覚醒とは少し異なる。背側迷走神経系は身体資源を温存する。もっとも極端な反応は擬死を引き起こして究極の温存状態に入ることである。潜水哺乳類の例を思い出していただきたい。背側迷走神経系による不動状態にあるということは、絶体絶命の危機にあることを意味し、身体はあらゆる資源を極限まで節約しようとする。
こちらも家のたとえで説明すれば、職を失い、全財産を使い果たしたので、ペンキの塗り替えなどをしている場合ではない、というわけである。今は、食べ物やその他の生きるための最低限の必需品を確保するために、残っている全ての資源を節約しようとする。身体資源の「余り」が出てくるまでは、メンテナンス作業は脇に追いやらねばならない。このように、背側迷走神経系が究極の節約モードに入っているときも、メンテナンスをする余裕はなく、ここでも高いアロスタティック負荷が作り出される。
生き残りをかけた生理学的な状態を維持することは、アロスタシスを増すことでもある。こうした状態で、免疫反応や消化による栄養素の摂取、休息といった生理学的なメンテナンス機能が慢性的に制限されたら、心身に重大な支障が生じることは明白である。発達性トラウマが、時を経て深刻な疾病を引き起こす理由がこれでお分かりいただけただろう。(後略)

注:i) 引用中の「本章のはじめ」における引用を省略します。 ii) 引用中の「McEwen and Stellar, 1993」は次の論文です。 「Stress and the individual. Mechanisms leading to disease.」 iii) 引用中の「McEwen, Seeman, and Allostatic Load Working Group, 2009」は次のWEBページです。 「Allostatic Load and Allostasis」 iv) 引用中の「Porges, 2011a」は次の本です。 「Porges, S. W. 2011a. The Polyvagal Theory: Neurophysiological Foundations of Emotions, Attachment, Communication, and Self-Regulation. New York: W. W. Norton.」 v) 引用中の「ポージェス」(Porges)が提唱する上記「ポリヴェーガル理論」については引用中の「交感神経系」、「背側迷走神経系」や「凍りつき」を含めて、他の拙エントリのここの「最初に」を参照して下さい。 vi) 引用中の「発達性トラウマが、時を経て深刻な疾病を引き起こす」ことに関連するかもしれない「いかに子供時代のトラウマが生涯に渡る健康に影響を与えるのか」については例えば次の動画を参照して下さい。 「いかに子供時代のトラウマが生涯に渡る健康に影響を与えるのか

① 論文「Should social disconnectedness be included in primary-care screening for cardiometabolic disease? A systematic review of the relationship between everyday stress, social connectedness, and allostatic load.[拙訳]心代謝性疾患のプライマリケアスクリーニングに社会的断絶を含めるべきか? 日常のストレス、社会的つながり、及びアロスタティックロードの関係のシステマティックレビュー」の要旨(全文はここを参照)を次に引用します。

In the present review, we argue that social disconnectedness could and should be included in primary-care screening protocols for the detection of cardiometabolic disease. Empirical evidence indicates that weak social connectedness represents a serious risk factor for chronic diseases, including cardiovascular disease, diabetes, and various cancers. Weak social connectedness, however, is largely regarded as a second-tier health-risk factor in clinical and research settings. This may be because the mechanisms by which this factor impacts on physical health are poorly understood. Budding research, however, advances the idea that social connectedness buffers against stress-related allostatic load-a known precursor for cardiovascular disease and cancer. The present paper reviews the empirical knowledge on the relationship between everyday stress, social connectedness, and allostatic load. Of 6022 articles retained in the literature search, 20 met predefined inclusion criteria. These studies overwhelmingly support the notion that social connectedness correlates negatively with allostatic load. Several moderators of this relationship were also identified, including gender, social status, and quality of social ties. More research into these factors, however, is warranted to conclusively determine their significance. The current evidence strongly indicates that the more socially connected individuals are, the less likely they are to experience chronic stress and associated allostatic load. The negative association between social connectedness and various chronic diseases can thus, at least partially, be explained by the buffering qualities of social connectedness against allostatic load. We argue that assessing social connectedness in clinical and epidemiological settings may therefore represent a considerable asset in terms of prevention and intervention.


[拙訳]
本レビューでは、心血管代謝性疾患の検出のためのプライマリケア・スクリーニング・プロトコルに社会的断絶が含まれる可能性があるだろう、そして含まれるべきであると、我々は主張する。弱い社会的つながりが、心血管疾患、糖尿病、及び様々ながんを含む慢性疾患の重大なリスク要因であることを表すことを、経験的なエビデンスは示す。しかしながら、弱い社会的つながりは、主に臨床及び研究セッティングにおける二番手の健康リスク要因と広く見なされている。このことは、この要因が身体の健康に影響を及ぼすメカニズムが十分に理解されていないためかもしれない。しかし、社会的つながりがストレス関連のアロスタティックロード(心血管疾患及び癌に対する既知の前兆)に対して緩衝するという考えを、新進の研究は促進する。日常のストレス、社会的つながり、及びアロスタティックロードの関係に関する経験的知識を、本論文はレビューする。文献検索において保有された 6022件 の論文のうち、20件が事前に定義された選択基準を満足した。これらの研究は、社会的つながりがアロスタティックロードと負の相関があるという考えを圧倒的に支持する。性別、社会的地位、社会的つながりの質等の、この関係のいくつかのモデレーターも同定された。しかしながら、これらの要因のさらなる研究は、それらの重要性を最終的に決定するために保証される。社会的につながりのある個人ほど、慢性的なストレスと関連するアロスタティックロードを経験する可能性が低いことを、現在の証拠は強く示す。したがって、社会的つながりとさまざまな慢性疾患との間の負の関連は、少なくとも部分的に、アロスタティックロードに対する社会的つながりの緩衝特性によって説明することができます。従って、臨床的及び疫学的セッティングにおける社会的つながりを評価することは、予防及び介入の観点からかなりの資産になるかもしれないと、我々は主張する。

注:i) 拙訳中の「社会的つながり」に関連する「信頼に満ちた社会的関わり」については他の拙エントリのここを参照すると良いかもしれません。

② 論文「Educational attainment and allostatic load in later life: Evidence using genetic markers.[拙訳]後期の人生における教育の達成及びアロスタティックロード:遺伝子マーカーを用いたエビデンス」の要旨(全文はここを参照)を次に引用します。

Education is strongly correlated with health outcomes in older adulthood. Whether the impact of education expansion improves health remains unclear due to a lack of clarity over the causal relationship. Previous health research within the social sciences has tended to use specific activities of daily living or self-reported health status. This study uses a broader and objective health measure - allostatic load (AL) - to take into consideration the exposures that accumulate throughout the life course. This paper applies a Mendelian Randomization (MR) approach to identify causality in relation to education on health as measured by AL. Using the Health and Retirement Study 2008 (N=3935), we adopt a polygenic score built from genetic variants associated with years of education. To test whether our analyses violate the exclusion assumption, we further run MR Egger regressions to test for bias from pleiotropy. We also explore the potential pathways between education and AL, including smoking, drinking, marital length, health insurance, etc. Using this genetic instrument, we find a 0.3 unit (19% of a standard deviation) reduction in AL per year of schooling. The effect is mainly driven by BMI and Hba1c. Smoking and marital stability are two potential pathways that also causally influenced by education. If our main and sensitivity analyses are valid, the results find support that a higher level of education is causally related to better health in older adulthood.


[拙訳]
教育は、高齢者における健康の転帰と強く相関している。教育の拡大が健康に及ぼす影響については、因果関係が明確でないため不明のままである。社会科学における以前の健康研究では、日常生活の特定の活動又は自己申告による健康状態を用いる傾向があった。この研究では、より広範で客観的な健康指標である「アロスタティックロード(AL)」を用いて、生涯を通じて蓄積する曝露を考慮する。測定される健康に関する教育に関連する因果関係を同定するために、本論文ではメンデルのランダム化(MR)アプローチを適用した。Health and Retirement Study 2008(N = 3935)を用いて、長年の教育に関連する遺伝的変異から構築された多遺伝子性スコアを、我々は採用する。我々の分析が除外仮定に違反するかどうかを調べるために、我々はさらに MR Egger 回帰を実行して多面発現性からのバイアスを分析した。また、喫煙、飲酒、夫婦関係の期間、健康保険等を含む、教育と AL との間の潜在的な経路をも我々は調査する。この遺伝的手法を用いると、学校教育の年間あたり AL の 0.3 単位(標準偏差の19%)の減少を、我々は見出した。この効果は主に BMIHba1c によるものである。喫煙と夫婦関係の安定は、教育によっても因果的な影響を受ける2つの潜在的な経路である。もし我々の主解析及び感度解析が妥当な場合、より高いレベルの教育が高齢成人期におけるより良い健康と因果関係があることの支持を、結果は見出す。

注:i) 拙訳中の「N = 3935」は人数を指します。 ii) 拙訳中の「メンデルのランダム化」については次のWEBページを参照して下さい。 「[第3話]サプリメント② 遺伝疫学への期待」 iii) 引用中の「Health and Retirement Study 2008」については拙訳はありませんが例えば次の論文(全文)を参照すると良いかもしれません。 「Mortality selection in a genetic sample and implications for association studies」の「Introduction」項 iv) 拙訳中の「BMI」については次のWEBページを参照して下さい。 「BMI」 加えて上記「BMI」と関連するかもしれない「メタボリックシンドローム」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「メタボリックシンドロームの改善」 v) 拙訳中の「Hba1c」については次の資料を参照して下さい。 「血液のHbA1cが高いと言われました」

③ 論文「Objective and subjective stress, personality, and allostatic load.[拙訳]客観的及び主観的なストレス、パーソナリティ、及びアロスタティックロード」の要旨(全文はここを参照)を次に引用します。

INTRODUCTION:
Despite the understanding of allostatic load (AL) as a consequence of ongoing adaptation to stress, studies of the stress-AL association generally focus on a narrow conceptualization of stress and have thus far overlooked potential confounding by personality. The present study examined the cross-sectional association of objective and subjective stress with AL, controlling for Big Five personality traits.

METHODS:
Participants comprised 5,512 members of the Copenhagen Aging and Midlife Biobank aged 49-63 years (69% men). AL was measured as a summary index of 14 biomarkers of the inflammatory, cardiovascular, and metabolic system. Objective stress was assessed as self-reported major life events in adult life. Subjective stress was assessed as perceived stress within the past four weeks.

RESULTS:
Both stress measures were positively associated with AL, with a slightly stronger association for objective stress. Adjusting for personality traits did not significantly change these associations.

CONCLUSIONS:
The results suggest measures of objective and subjective stress to have independent predictive validity in the context of personality. Further, it is discussed how different operationalizations of stress and AL may account for some of the differences in observed stress-AL associations.


[拙訳]
はじめに:
進行中のストレスへの適応の結果としてのアロスタティックロード(AL)の理解にもかかわらず、ストレス- AL の関連性の研究は一般的にストレスの狭い概念化に焦点を当てており、これまでパーソナリティによる潜在的な交絡を見逃してきた。本研究では、客観的ストレスおよび主観的ストレスと AL との横断的関連を調査し、ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性を統制した。

方法:
参加者は、49~63歳の Copenhagen Aging and Midlife Biobank の 5,512人のメンバーで構成された(男性69%)。ALは、炎症、心血管、及び代謝系の 14 のバイオマーカーのサマリーインデックスとして測定された。客観的ストレスは、成人生活における自己申告の主要な生活上の出来事として評価された。主観的ストレスは、過去4週間以内に知覚されるストレスとして評価された。

結果:
両方のストレス測定値は、客観的ストレスとわずかに強い関連性を持ち、ALと正に関連していた。パーソナリティ特性を調整しても、これらの関連は大きく変わらなかった。

結論:
パーソナリティの文脈において独立した予測的妥当性を有する客観的及び主観的ストレスの尺度を、この結果は示唆する。さらに、ストレス及び AL の異なる操作運用が、観察されたストレスと AL との関連性の違いの一部を、いかに説明するかもしれないことが議論される。

注:拙訳中の「ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性の年齢差と性差:大規模横断調査による検討

④ 論文「Early life predictors of midlife allostatic load: A prospective cohort study.[拙訳]中年のアロスタティックロードの早期の人生の予測因子:前向きコホート研究」の要旨(全文はここを参照)を次に引用します。

BACKGROUND:
Allostatic load has been suggested as a pathway through which experiences become biologically embedded to influence health. Research on childhood predictors of allostatic load has focused on socioeconomic and psychosocial exposures, while few studies include prospective measures of biomedical exposures. Further, findings on sex differences in the association of childhood predictors with various health outcomes related to allostatic load are ambiguous.

AIMS:
To examine the influence of early life biomedical and social factors in the first year of life on midlife allostatic load, assessing potential sex differences.

METHODS:
This prospective cohort study includes early life information collected at birth and a one year examination for 1,648 members of the Copenhagen Perinatal Cohort who also participated in the Copenhagen Aging and Midlife Biobank study (aged 49-52 years, 56% women). Allostatic load based on 14 biomarkers was selected as a measure of midlife health status. Early life factors were categorized as predominantly biomedical or social, and their associations with midlife allostatic load were examined in domain-specific and combined sex-stratified multiple regression models.

RESULTS:
The biomedical factors model explained 6.6% of the variance in midlife allostatic load in men and 6.7% in women, while the social model explained 4.1% of the variance in men and 7.3% in women. For both sexes, parental socioeconomic position at one year and maternal BMI significantly predicted midlife allostatic load in a model containing all early life factors. For women, additional significant predictors were complications at birth, birth weight and not living with parents at one year.

CONCLUSION:
The results confirm an association of lower childhood socioeconomic position with higher adult allostatic load while demonstrating the importance of other prenatal and early life exposures and highlighting potential sex differences.


[拙訳]
背景:
アロスタティックロードは、経験が健康に影響を及ぼすために生物学的に埋め込まれた経路として示唆されている。アロスタティックロードの小児期の予測因子に関する研究は、社会経済的及び心理社会的曝露に焦点​​を当てているが、とは言え生物医学的な曝露の前向き測定を含む研究はほとんどない。さらに、小児期の予測因子とアロスタティックロードに関連する様々なな健康の転帰との関連における性差に関する知見はあいまいである。

目的:
潜在的な性差を評価して、中年のアロスタティック負荷に関する人生の最初の年における初期の生活の生物医学的及び社会的要因の影響を調査する。

方法:
出生時に収集された初期の生活の情報、及び Copenhagen Aging and Midlife Biobank study(49~52歳、56%は女性)に参加した Copenhagen Perinatal Cohort(コペンハーゲン周産期コホート)の 1,648人のメンバーに対する1年間の調査が、この前向きコホート研究に含まれる。14 のバイオマーカーに基づくアロスタティックロードが、中年期の健康状態の尺度として選択された。初期の生活の要因は、主に生物医学的又は社会的にカテゴリー化され、そして中年のアロスタティックロードを伴うそれらの関連は、ドメイン固有、そして性別層別重回帰モデルにおいて調査された。

結果:
生物医学的な要因モデルは、男性の中年のアロスタティックロードにおける分散の 6.6%を、女性における 6.7%を説明した一方で、社会モデルは男性における分散の 4.1% と女性における 7.3%を説明した。男女ともに、1年時点の親の社会経済的地位及び母親の BMI は、全ての初期の生活の要因を含むモデルにおいて中年のアロスタティックロードを有意に予測した。女性に対しては、追加の有意な予測因子は、出生時の合併症、出生時体重であり、1年で両親と同居していないことであった。

結論:
他の出生前及び初期の生活への曝露の重要性を実証し、そして潜在的な性差を強調する一方で、より低い小児期の社会経済的地位とより高い成人のアロスタティックロードとの関連を、結果は確認する。

注:i拙訳中の「BMI」については次のWEBページを参照して下さい。 「BMI

⑤ 論文「Allostatic load and heart rate variability as health risk indicators.[拙訳]健康リスク指標としてのアロスタティックロードと心拍変動」の要旨(全文はここを参照)を次に引用します。

BACKGROUND:
Uncertainty often exists about the comparability of results obtained by different health risk indicator systems.

OBJECTIVES:
To compare two health risk indicator systems, i.e, allostatic load and heart rate variability (HRV). Additionally, to investigate the feasibility of inclusion of HRV indicators into allostatic load assessments and which HRV indicators are best to introduce.

METHODS:
Allostatic loads were calculated based on blood pressure, waist-to-hip ratio, BMI, cholesterol, HDL-C, LDL-C, CRP, albumin, glycosylated haemoglobin, blood glucose and cortisol excretion. Allostatic load scores were compared to HRV results obtained by frequency domain, time domain and Poincaré analyses.

RESULTS:
Negative correlations were found between allostatic loads and total HRV, for all periods and all HRV analytical techniques (r=-0.67, p=0.0001 to r=-0.435, p=0.035), and between allostatic loads and vagal measures of HRV for supine (r=-0.592, p=0.001 to r=-0.584, p=0.001) and the first 5 minutes standing (r=-0.443, p=0.021 to r=-0.407, p=0.035), with all HRV techniques. Heart rate responses declined with increases in allostatic loads.

CONCLUSION:
HRV and allostatic load scores give comparable results as health risk indicators. Baseline total HRV and vagal, rather than sympathetic, measures of HRV should be introduced into allostatic load assessments. Results are in line with the concept of vagal tone as a regulator of allostatic systems. Inclusion of heart rate responses to orthostatic stress, into allostatic load assessments, warrants further investigation.


[拙訳]
背景:
異なる健康リスク指標系によって得られた結果の比較可能性については不確実性がしばしば存在する。

目的:
2つの健康リスク指標系、すなわち、アロスタティックロードと心拍変動(HRV)を比較する。加えて、HRV 指標をアロスタティックロード評価に含めることの実現可能性、及びどの HRV 指標を導入するのが最適かを調査する。

方法:
アロスタティックロードは、血圧、ウエストヒップ比、BMIコレステロール、HDL-C、LDL-C、CRPアルブミン、グリコシル化ヘモグロビン、血糖及びコルチゾール排泄に基づいて計算された。アロスタティックロードスコアは、周波数領域、時間領域、及びポアンカレ分析によって得られた HRV 結果と比較された。

結果:
全ての期間及び全ての HRV 分析手法(r = -0.67、p = 0.0001 ~ r = -0.435、p = 0.035)に対し、アロスタティックロードと総 HRV の間で、そして全ての HRV のテクニックを伴う仰向け(r = -0.592、p = 0.001 ~ r = -0.584、p = 0.001)及び最初の5分間のの起立(r = -0.443、p = 0.021 ~ r = -0.407、p = 0.035)に対し、アロスタティックロードと HRV の迷走神経の測定との間に負の相関が見い出された。アロスタティックロードにおける増加に伴い、心拍応答は低下した。

結論:
HRV 及びアロスタティックロードスコアは、健康リスクの指標として類似の結果を与える。ベースラインのトータル HRV 、そして、交感神経というよりも迷走神経の測定の HRV はアロスタティックロードの評価に導入されるべきである。結果はアロスタティック系のレギュレーターとしての迷走神経緊張の概念と一致している。起立性ストレスに対する心拍反応をアロスタティックロードの評価に含めるには、さらなる調査が必要である。

注:i) 拙訳中の「BMI」については次のWEBページを参照して下さい。 「BMI」 加えて上記「BMI」と関連するかもしれない「メタボリックシンドローム」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「メタボリックシンドロームの改善」 ii) 拙訳中の「HDL-C」、「LDL-C」については共に例えば次の資料を参照して下さい。 「総コレステロール(TC)、HDL-C、LDL-C の検査について」 iii) 拙訳中の「CRP」については例えば次の資料を参照して下さい。 「CRP の検査について」 iv) 拙訳中の「アルブミン」については例えば次の資料を参照して下さい。 「総蛋白、アルブミンの検査について」 v) 拙訳中の「グリコシル化ヘモグロビン」に関連する「グリコヘモグロビン」については次の資料を参照して下さい。 「血液のHbA1cが高いと言われました」 vi) 拙訳中の「コルチゾール」に関連する「グルココルチコイド」については次のWEBページを参照して下さい。 「グルココルチコイド - 脳科学辞典」 加えて次のWEBページも参照して下さい。 「ストレス - 脳科学辞典」の「視床下部-下垂体-副腎系」項 vii) 拙訳中の「ベースライン」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ベースライン baseline」 viii) なお、心拍変動にも関連する「ヨガのストレス緩和作用の機序」における「アロスタティックロード」(アロスタティック負荷)については次の資料を参照して下さい。 「ストレス関連疾患に対するヨガ利用ガイド」の「2.ヨガのストレス緩和作用の機序」項 一方、MCS(Multiple Chemical Sensitivity)における拙訳中の「HRV」についての論文例は他の拙エントリのここを、加えて疲労における拙訳中の「HRV」についてはここここを参照して下さい。 

⑥ 論文「Early life trauma, post-traumatic stress disorder, and allostatic load in a sample of American Indian adults.[拙訳]アメリカインディアンの成人のサンプルにおける早期の人生のトラウマ、心的外傷後ストレス障害、及びアロスタティックロード」の要旨(全文はここを参照)を次に引用します。

OBJECTIVES:
Among American Indians, prior research has found associations between early life trauma and the development of post-traumatic stress disorder (PTSD) in adulthood. Given the physiological changes associated with PTSD, early life trauma could indirectly contribute to chronic disease risk. However, the impact of early life trauma on adult physical health in this population has not been previously investigated.

METHODS:
We evaluated associations among early life trauma, PTSD, and 13 physiological biomarkers that index cardiovascular, metabolic, neuroendocrine, anthropometric, and immune function in adulthood by conducting correlation and structural equation modeling path analyses (N = 197). Physiological systems were analyzed individually as well as in a composite measure of allostatic load.

RESULTS:
We found early life trauma was related to PTSD, which in turn was related to elevated allostatic load in adulthood. Among the various components of allostatic load, the neuroendocrine system was the only one significantly related to early life stress and subsequent PTSD development.

CONCLUSIONS:
Changes in allostatic load might reflect adaptive adjustments that maximize short-term survival by enhancing stress reactivity, but at a cost to later health. Interventions should focus on improving access to resources for children who experience early life trauma in order to avoid PTSD and other harmful sequelae.


[拙訳]
目的:
アメリカインディアンの間で、以前の研究は、早期の人生のトラウマと成人期における心的外傷後ストレス障害PTSD)の発症との関連を見出した。PTSD に関連する生理学的変化を前提とすると、早期の人生のトラウマは間接的に慢性疾患のリスクに寄与しうるだろう。しかしながら、この集団における成人の身体の健康に及ぼす早期の人生のトラウマの影響は、以前には調査されていない。

方法:
相関及び構造方程式モデリングパス分析(N = 197)を実施することにより、成人期における心臓血管、代謝、神経内分泌、身体計測、及び免疫機能を指標とする、早期の人生のトラウマ、PTSD、及び 13 の生理学的バイオマーカー間との関連を、我々は評価した。アロスタティックロードの複合測定値はもちろん生理系は個別に解析された。

結果:
早期の人生のトラウマは PTSD に関連し、次に PTSD は成人期におけるアロスタティックロードの上昇に関連していることを、我々は見出した。アロスタティックロードの様々な構成要素の中で、神経内分泌系は、早期の生活ストレスとそれに続く PTSD の発症に有意に関連する唯一のものであった。

結論:
アロスタティックロードにおける変化は、ストレス反応性を高めることにより短期的な生存を最大化する適応調整をひょっとして反映しているかもしれないが、後の健康を犠牲にする。介入は、PTSD 及びその他の有害な後遺症を回避するために、早期の人生のトラウマを経験した子どもたちのリソースへのアクセスを改善することに焦点を当てるべきである。

注:i) 拙訳中の「N = 197」は人数を指します。 ii) 拙訳中の「心的外傷後ストレス障害」については次の資料を参照して下さい。 「トラウマ体験に苦しむストレス症候群 心的外傷後ストレス障害を診る」 iii) 拙訳中の「ストレス反応性」に関連する「ストレス」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「ストレス - 脳科学辞典」 iv) 拙訳中の「神経内分泌」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「学会について - 日本神経内分泌学会」の「神経内分泌とはなにか」項 v) 拙訳中の「構造方程式モデリング」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「構造方程式モデリング ―モデル構築䛾再検討―

また、参考として「内受容感覚及びメンタルヘルスのロードマップ」について、(Khalsa 等による)論文(全文)「Interoception and Mental Health: A Roadmap[拙訳]内受容感覚及びメンタルヘルス:ロードマップ」の「Roadmap」項における記述を以下に引用します。なお、上記論文を簡単に紹介するかもしれない記述として、日本感情心理学会企画、内山伊知郎監修の本、「感情心理学ハンドブック」(2019年発行)の 第2部 感情の基本要素 の 10章 感情科学の展開 の 4節 実証的研究と計算論モデル の「4. 内受容感覚の病理」における記述の一部(P216~P217)を三分割して次に引用(それぞれ『 』内)します。 『近年、本章で紹介した予測的符号化の観点から、さまざまな感情障害や心身症を内受容感覚の病理として捉えなおそうという動きが興ってきた(Khalsa et al., 2018)。そうした研究は,単に解釈だけのレベルにとどまらず,本章で紹介したような計算論モデルを作成して感情障害が発生し維持されるメカニズムを探求し,治療の新たな方針を模索することを目指しており,計算論的精神医学(computational psychiatry: Friston et al., 2014; Montague et al., 2012)あるいは計算論的心身医学(computational psychosomatic medicine: Petzscher et al., 2017)と呼ばれている。』(注:i) 引用中の「本章で紹介した予測的符号化」についての部分的な引用は他の拙エントリのここを参照して下さい。なお次の資料も参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 一方、引用中の「本章で紹介したような計算論モデル」についての引用はありませんが、 引用中の「心身症」 に関連し、そして引用中の「内受容感覚」や「予測的符号化」(又は予測)にも関連するかもしれない、引用中の「計算論的心身医学」についてはここを参照して下さい。加えて、次のWEBページも参照すると良いかもしれません。 「予測的符号化に基づく計算論的心身医学ー過敏性腸症候群を対象とした基礎的検討ー」 ii) 引用中の「Khalsa et al., 2018」は上記で紹介される論文(全文)です。 iii) 引用中の「Friston et al., 2014」は次の論文です。 「Computational psychiatry: the brain as a phantastic organ.」 iv) 引用中の「Montague et al., 2012」は次の論文です。 「Computational psychiatry.」 v) 引用中の「Petzscher et al., 2017」は次の論文です。 「Computational Psychosomatics and Computational Psychiatry: Toward a Joint Framework for Differential Diagnosis.」 vi) 引用中の「計算論的精神医学」については次の資料を参照して下さい。 「5 .計算論的精神医学:脳の数理モデルを用いて精神疾患の病態に迫る」)、『この立場では,感情障害や心身症の本質は,何らかの原因により内受容感覚をはじめ諸感覚の予測誤差を縮小することができないことにあると考える。』、『あるいは,過敏性腸症候群の患者は腸自体には異常がないのに,慢性的な腹痛や下痢・便秘に苦しめられる。これは腸の運動の内的モデルの精度が異常に高すぎるためであり,その結果正常な腸刺激を痛みや異常として知覚するのだと考えられる(Khalsa et al., 2018)。』(注:i) 引用中の「Khalsa et al., 2018」は上記で紹介される論文(全文)です)

The Road Ahead
Beyond the issues outlined previously, progress in determining the relevance of interoception for mental health relies on emphasizing the features that distinguish it from other sensory modalities. Interoception seemingly involves a high degree of connectivity within the brain (135). It appears to be tightly linked to the self and survival through homeostatic maintenance of the body, and by helping us to represent how things are going in the present with respect to the experienced past and the anticipated future. These computations may depend on what has occurred to shape the body's internal landscape, and it is in this regard that learning, and malleability of representations over time, could play important roles.

The conceptual framework for investigating interoception may overlap with other processes, including emotion (136) and pain (137), because each is integral for maintaining bodily homeostasis. An important endeavor may involve the identification of which neural systems for interoception, emotion, cognition, and pain are overlapping, interdigitating, or even possibly identical. Additional effort is needed to define the neurophysiological nomenclature, core criteria, common features, developmental aspects, modulating factors, functional consequences, and putative pathophysiologic mechanisms of interoception in mental health disorders.

The current work offers some conceptual distinctions and some mutually agreed-on terminology, with many others still needed. Several low-hanging fruits, as well as promising emerging technologies and tools, have been mentioned. Further empirical work will be critical to delineate how interoception can be mapped to mental health measures, models, and approaches, and benchmarks for success/failure need to be established. Models of interoceptive processing that improve on the traditional stimulus, sensorimotor processing, and response function concepts have been described, but these models remain theoretical and await further testing. Therefore, the current document is best viewed as a work in progress.


[拙訳]
前方のロード
これまでに概説した問題を超えて、メンタルヘルスに対する内受容感覚の妥当性を見極める上での進歩は、他の感覚モダリティと区別する特徴を強調することにかかっている。内受容感覚には、脳内の高度な結合が関与しているようである(135)。それは体のホメオスタシス維持を介して自己及び生存に密接に関連しているようであり、そして経験された過去及び予期される未来に関して物事がいかに進むかを表象するのに役立つ。これらの計算は、身体内部の状況を形作るために何が起こったかに依存するかもしれなく、そしてこの点において、学習、及び時間の経過に伴う表象の順応性が重要な役割を果たし得るだろう。

内受容感覚を研究するための概念的枠組みは、情動(136)及び疼痛(137)を含む他のプロセスと重複するかもしれない。なぜならばそれぞれが身体のホメオスタシスを維持するために必須なのだから。内受容感覚、情動、認知、及び疼痛に対するどの神経系が重なり合っているか、互いに組み合わさっているか、又はそれどころかことによると同一であるかの同定に、重要な尽力は関与するかもしれない。メンタルヘルス障害における内受容感覚の神経生理学的命名法、核となる基準、共通の特徴、発達的側面、調節因子、機能的結果、及び推定される病態生理学的メカニズムを明瞭に示すために、さらなる努力が必要である。

他の多くの用語には依然必要であることを伴って、いくつかの概念上の違いといくつかの相互に合意した用語を、現在の研究は提供する。有望な新技術やツールはもちろん、簡単に達成できる目標もいくつか挙げられている。どのようにすれば内受容感覚をメンタルヘルスの尺度、モデル、及びアプローチにマッピングできるかを描写するためには、さらなる経験的研究が重要であり、そして成功/失敗のベンチマークを確立する必要がある。伝統的な刺激、感覚運動処理、及び応答機能概念を改善する内受容感覚処理のモデルが記述されているが、これらのモデルは理論的なままとどまっており、そしてさらなる試験が待たれる。従って、現在のドキュメントは進行中の作業として見るのが最適である。

注:i) 引用中の「(135)」は次の論文です。 「Evidence for a Large-Scale Brain System Supporting Allostasis and Interoception in Humans.」(全文はここを参照して下さい) ii) 引用中の「(136)」は次の論文です。 「A framework for studying emotions across species.」(全文はここを参照して下さい) iii) 引用中の「(137)」は次の論文です。 「The ACTTION-APS-AAPM Pain Taxonomy (AAAPT) Multidimensional Approach to Classifying Acute Pain Conditions.」(全文はここを参照して下さい) iv) 拙訳中の「体のホメオスタシス維持」(homeostatic maintenance of the body)に関連するかもしれない「身体予算管理」についてはここを、「アロスタシス」についてはここの (xiii) 項を、 そして「アロスタティックロード」についての論文例はここを それぞれ参照して下さい。 v) 拙訳中の「表象」についてはメンタライジングの視点からは他の拙エントリのここを参照して下さい。

「計算論的心身医学」について、国里愛彦、片平健太郎、沖村宰、山下祐一著の本、「計算論的精神医学 情報処理過程から読み解く精神障害」(2019年発行)の 第1部 理論編 の 第2章 計算論的アプローチ の「2.5 計算論的心身医学と計算論的臨床心理学」における記述の一部(P24~P25)を次に引用します。

(前略)まず,精神医学に関連する領域としては,心身医学がある。心身医学とは,過敏性腸症候群,神経性胃炎などのような,症状の発症や経過に心理的要因の影響が強い身体疾患について扱う医学の領域である。精神医学が精神症状を治療ターゲットにするのに対し,心身医学は身体症状を治療ターゲットとするが,どちらも心理的要因の影響が強い。そのため,計算論的アプローチを精神障害に適用したのと同様に,心身症に対して計算論的アプローチを適用することも可能と思われる。
Petzschner, Weber, Gard, & Stephan(2017)は,推論・コントロールループモデルの観点から,計算論的精神医学と計算論的心身医学について整理している(図2.3)。私たちは環境からの刺激をそのまま受け取るのではなく,事前にもっている事前知識と統合することで知覚する(詳細は,第7章のベイズ推論モデル)。その私達の事前知識は,環境や自身の身体に関するモデルから生成される。その際に,自分が環境や身体についてもっているモデルについての確信度などのメタ認知も存在する。このように,私達の脳内では,階層化された形で環境や身体についての事前知識を作り出し,それを元に予測を行っている。その予測は,実際の環境・身体からの感覚情報によって予測誤差を生む。予測誤差が生じた場合,2つの対応方法が考えられる。1つは自分の環境・身体についての自分のモデルを更新する,もう1つは環境や身体に働きかける(行動する)ことで,それぞれ誤差を小さくする。
推論・コントロールループモデルにおいて,外界の環境からの入力もしくは環境への働きかけにおいて不適応が生じると精神医学の問題になり,計算論的精神医学で扱うことになる(Petzschner et al., 2017)。一方,自身の身体からの内受容感覚もしくは身体への働きかけにおいて不適応が生じると心身医学の問題となり,計算論的心身医学で扱うことになる(Petzschner et al., 2017)。たとえば,心理社会的要因によって下痢や腹痛が生じる過敏性腸症候群の場合,腹部の内受容感覚に対して「この胃腸の具合は何か深刻な病のサインではないか」や「この胃腸の具合だと,会食中におならをしてしまうのではないか」などの破局的な解釈をしたり,腹部の内受容感覚に過度な注意を向けたりする(Toner et al., 2011)。腹部の内受容感覚の破局的解釈は.身体についてのモデルやメタ認知が偏ったものになっている可能性があり,腹部の内受容感覚への過度な注意は予測誤差を最小化するためになされる行為の可能性がある。このように,ベイズ推論モデルという観点から,精神医学と心身医学を同じ枠組みで扱うことができる。(後略)

注:(i) 引用中の「Petzschner, Weber, Gard, & Stephan(2017)」、「Petzschner et al., 2017」は共に次の論文です。 「Computational Psychosomatics and Computational Psychiatry: Toward a Joint Framework for Differential Diagnosis.」(全文はここを参照) 加えて、引用中の「図2.3」の引用は省略しますが、上記論文(全文)の Figure 1 を参照すれば良いかもしれません。ただし、上記 Figure 1 と図2.3 の表示内容は同一ではありませんが。さらに、引用中の「Petzschner」(Frederike H. Petzschner)は論文(全文)「Interoception and Mental Health: A Roadmap[拙訳]内受容感覚及びメンタルヘルス:ロードマップ」(参照)の著者でもあります。 (ii) 引用中の「Toner et al., 2011」は次の本です。 「Toner, B. B., Segal, Z. V., Emmott, S. D., & Myran, D. (1999). Cognitive-Behavioral Treatment of Irritable Bowel Syndrome: The Brain-Gut Connection. New York: Guilford. (菅谷渚・鈴木敬生・藤井靖(訳),野村忍(監訳)(2011).過敏性腸症候群認知行動療法:脳腸相関の視点から 星和書店)」 (iii) 引用中の「計算論的精神医学」については次の資料を参照して下さい。 「5 .計算論的精神医学:脳の数理モデルを用いて精神疾患の病態に迫る」 加えて、自閉スペクトラム症における「計算論的精神医学」の適応例については、他の拙エントリのここを参照して下さい。さらに、上記の書評については次の資料を参照して下さい。 「書評」 (iv) 引用中の「メタ認知」については次のWEBページを参照して下さい。 「メタ認知 - 脳科学辞典」 (v) 引用中の「破局的な解釈」に関連して、 a) 身体感覚に対する破局的解釈については他の拙エントリのここここを、 b) 破局的思考、身体感覚及び身体症状の間の関係については、他の拙エントリのここを、 c) 慢性疼痛における破局的思考については、他の拙エントリのここを、 d) 電磁場に起因する特発性環境不耐症(電磁波過敏症)における破局的思考については、他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。加えて、これに関連するスキーマ療法(参照)の視点からの(早期不適応的)スキーマの一種である「損害や疾病に対する脆弱性スキーマ」についてはここここを参照して下さい。 e) 痛みの破局的思考については例えば次の資料を参照して下さい。 「慢性治療疼痛ガイドライン」の図1-A(P19)

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【7】感情と行動との関係について

最初にアージ理論をはじめとした、感情と適応的行動に関連するなぜ認知ではなく感情なのか? について、日本感情心理学会企画、内山伊知郎監修の本、「感情心理学ハンドブック」(2019年発行)の 第1部 感情とは何か の 2章 進化と感情 の 3節 感情と適応的行動 の「2. なぜ認知ではなく感情なのか?」における記述(P34~P35)を次に引用します。

感情の機能は環境に対する適応的な反応を促進することである。しかし,手がかりを知覚し行動を起こすために,なぜ認知情報処理ではなく,あえて感情を用いるのだろうか。ここでは,この問いに対する2通りの答えを紹介する。
1つの答えはスピードである。脅威場面は瞬間的な反応を必要とすることが多い。目の前にライオンがいるときに,どのように逃げるのが効率的かと腰を据えて考えるよりも,一目散に逃げ出したほうが助かる確率は高いだろう。戸田(1992)は感情のこのような機能を「今ここ」原理と呼んだ。感情は「今ここ」に迫っている脅威に対して,迅速に対処するための情報処理のモードなのである。これは,LeDoux(1996)によって示されだ 脳における恐怖情報の二重の処理ともよく対応した考え方である。恐怖刺激が知覚されると,その情報を受け取った視床(thalamus)はそれを扁桃体(amygdala)と新皮質(neocortex)に送る。すると,扁桃体はただちに闘争・逃走のための身体反応を引き起こす。一方,皮質では詳細な認知情報処理が行われ,やや遅れて感情反応を制御する。扁桃体の反応は,認知的な情報処理を省略したスピード重視の反応といえる。
なぜ認知ではなく感情なのかという問いに対するもう1つの答えは,感情がコミットメント装置として機能するというものである(Frank, 1988)。Frankの考え方によれば 感情は長期的な自己利益(適応)につながる行動に自分自身をコミットさせるための心理的カニズムなのである。例えば 先に紹介した嫉妬により生じる配偶者保持戦術の中には,ライバルやパートナーへの攻撃が含まれていた。このため嫉妬が殺人につながることも少なくない(Daly et al., 1982)。殺人罪で長期間刑務所に入るリスクを犯すくらいなら,今のパートナーを失うほうがましではないだろうか。このように合理的に考えて,パートナーを誰かに取られても,何の反応もしないとしたらどうだろうか。このような人物が魅力的なパートナーを得たとしても,多くのライバルは躊躇せずにそのパートナーを奪おうとするだろう。しかし,嫉妬にかられて何をするかわからない人物だったらどうだろうか。このような人物のパートナーには,誰も手を出さないだろう。つまり,嫉妬にかられて我を忘れてふるまうこと(認知的な判断より感情に従って行動すること)は短期的には非合理的であるが,長期的には配偶者の保持という観点で合理的かもしれないのである。Frankによれば,感情の機能は,人を長期的にみて大きな利益をもたらす行動にコミットさせることである。もちろん,感情にかられた行動が本当に長期的にみて利益をもたらすのかどうか,行為者自身がそれを評価することは難しい。しかし,自然淘汰は最終的により繁殖成功度の高い形質を残し,低い形質を取り除くプロセスである。感情にかられた行動が長期的にみてより適応度を上昇させるのであれば,そのような感情反応が進化するはずである。

注:i) この引用部の著者は大坪庸介です。 ii) 引用中の「戸田(1992)」及び「戸田」が提唱したアージ理論について共にここを参照して下さい。 iii) 引用中の「LeDoux(1996)」は次の本です。 「LeDoux, J. (1996). The Emotional brain: The mysterious underpinnings of emotional life. New York: Touchstone. 松本元・川村光毅・小幡邦彦・湯浅茂樹・石塚典生(訳)(2003).エモーショナル・ブレイン-情動の脳科学- 東京大学出版会」 iv) 引用中の「Frank, 1988」は次の本です。 「Franck, R. H. (1996). Passions within reason: The strategic role of the emotions. New York: Norton. 山岸俊男(監訳)(1995).オデッセウスの鎖-適応プログラムとしての感情- サイエンス社」 v) 引用中の「Daly et al., 1982」は次の論文です。 「Male sexual jealousy.

なお、「戸田」が提唱したアージ理論について、同の「1節 はじめに」における記述の一部(P27~P28)を次に引用します。

(前略)一方,日本では世界に先駆けて戸田正直が,感情の適応的機能を指摘した感情のアージ理論(urge theory of emotion)を提唱している(戸田,1992)。戸田は,感情の役割を,瞬時に適応的な行動を導く,ある種の割り込み処理であると捉えている。例えばサバンナで狩りをしているときにライオンに出会った場合,恐怖(fear)により闘争・逃走反応(fight-or-flight response)が生じる。ライオンに対する恐怖は,それまでの行動(狩り)を中止して,「今ここ」で必要な行動(この例ではライオンから逃げること)を動機づける。進化心理学の考え方が受け入れられた今となっては,戸田の主張はしごく当たり前のことに思える。しかし,戸田が感情のアージ理論を提唱したのは,認知研究全盛の時代であり,感情は合理的判断を妨げるやっかいものとみなされていた。このような時期に,感情の適応的な側面を看破した戸田のアージ理論は画期的であった。(後略)

注:i) この引用部の著者は大坪庸介です。 ii) 引用中の「(戸田,1992)」次の本です。 「戸田正直(1992).感情-人を動かしている適応プログラム- 東京大学出版会

一方感情の非適応的な面について、同の「3. 感情の非適応的側面」における記述(P35~P36)を次に引用します。

ここまでにみてきたように,感情は適応であると考えられる。しかし,それではなぜ感情はしばしば非適応的なものとみなされるのだろうか。ここでは感情の非適応的な面を,どのように適応論の枠組みで説明できるのかを考える。
感情が非適応的になる状況として,手がかりとそれに対する反応が対応していない場合が考えられる。例えば,イスラエルキブツという共同体では,農業生産などの労働をコミュニティ内で平等に担うため,キブツ内の子どもたちはコミュニティの保育施設で一緒に過ごすことになる。そのようにして成長した子どもたちは,共同保育の期間が長い相手に対して性的嫌悪を催しやすい(Lieberman & Lobe, 2012)。この例にみるように,適応に関連する手がかりはあくまでも確率的なものであり,常にそれが正しいわけではない。しかし,何の手がかりも使わずにでたらめに行動することと比べれば 平均すれば適応的な結果が得られるだろう。そのため,自然淘汰によって確率的な手かかりの利用は進化するのである。
本来は適応的である手がかりへの反応が過剰であるために,その結果として非適応的な状態に陥ることもある。例えば,ヘビ恐怖症の人は 自分を襲ってくる危険がないとわかっているときにも強い恐怖を感じ,不必要な逃走行動などをとる。日常生活を送るうえで,これは不便である。しかし,過剰な恐怖や不安を引き起こす典型的な手がかり(例えば,広場,小動物,病気)は,それらの感情が進化した進化的適応環境(environment of evolutionary adaptedness:EEA)では,生存にとっての大きな脅威であったと考えられる。そして,それらの脅威に対する感情的反応は適応的であったはずである。ヘビを怖がることで毒ヘビに咬まれるリスクを大きく減少させることができるし,手洗いの習慣をつけることで感染症のリスクを下げることができる。Nesse(1990)は,火災報知機の例を出し,火事のときに鳴らない火災報知器よりも,火事ではないときにも時々誤作動するが火事のときには確実に鳴る火災報知器のほうがましであるという例をあげ,恐怖や不安などが過剰に作勤しやすいのは,より致命的な危険を避けるという意味で適応的だからであると論じる(Nesse & Williams, 1994)。もちろん,これらの反応が過剰なレベルになったときには日常生活に支障をきたし,非適応的なものとなる。しかし,平均すると,進化的適応環境での脅威に対して過剰反応しやすい傾向は,むしろ適応的なものであったと考えられる。

注:i) この引用部の著者は大坪庸介です。 ii) 引用中の「Lieberman & Lobe, 2012」は次の論文です。 「Kinship on the Kibbutz: Coresidence duration predicts altruism, personal sexual aversions and moral attitudes among communally reared peers」 iii) 引用中の「Lieberman & Lobe, 2012」次の論文です。 「Kinship on the Kibbutz: Coresidence duration predicts altruism, personal sexual aversions and moral attitudes among communally reared peers」 iv) 引用中の「Nesse(1990)」は次の論文です。 「Evolutionary explanations of emotions.」 iv) 引用中の「Nesse & Williams, 1994」は次の本です。 「Nesse, R. M., & Williams, G. C. (1994). Why we get sick? The new science of Darwinian medicine. New York: Random House. 長谷川眞理子長谷川寿一・青木千里(訳)(2001).病気はなぜ,あるのか-進化医学による新しい理解- 新曜社

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以下の【8】及び【9】項は喘息を含むアレルギー疾患に関するものです。

【8】アレルギー疾患と MCS 又は化学物質過敏症とは異なること及び喘息を含むアレルギー疾患における様々な話題について

最初に、標記「アレルギー疾患と MCS 又は化学物質過敏症とは異なる」ことに関連する、 ①「化学物質過敏症は、米国アレルギー学会雑誌が掲載したもっともエビデンスレベルが高い研究と位置づけられているシステマティックレビューにおいて、その存在が否定されている」ことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。 ②上記「米国アレルギー学会雑誌」に該当する「AAAAI(American Academy of Allergy Ashthma & Immunology)」における MCS を批判するポジションステートメントについては他の拙エントリのここを参照して下さい。

次に標記「様々な話題」としての、 a) 喘息(気管支喘息)についてはここを、 b) 重症薬疹と HLA(Human Leukocyte Antigen)の関係についてはここを、 c) 一方アレルギーは皮膚から起こることについてはここを それぞれ参照して下さい。

≪ご参考≫:様々なアレルギー性疾患における日本のガイドライン(英文)のご紹介
次のWEBページのに標記ガイドライン各種がリンクされています。 「Review Series Archive」の「Japanese Guidelines for Allergic Diseases 2017」項

上記「喘息(気管支喘息)」について、宮本昭正監修・編集、森田寛・灰田美知子・保澤総一郎・庄司俊輔著の本、「ナース・患者のための喘息マネージメント入門」(2017年発行)における複数の記述の一部の引用を中心に紹介します。もちろん、化学物質過敏症と喘息は異なります。すなわち、喘息の概略と主要な症状について同本の 1 喘息を理解する の「●喘息とアレルギー」における記述の一部(P12)及び喘息発作が起こる要因について同本の 1 喘息を理解する の 「2 喘息はどうのような疾患か?」における記述の一部(P15)を以下にそれぞれ引用します。 b) 大気汚染物質と喘息の関連については例えば次の資料を参照して下さい。 「大気汚染物質が喘息およびアレルギー症状を有する者の肺機能に与える急性影響」 c) 喘息を含むアレルギー疾患と PM2.5 との関連については例えば次の資料を参照して下さい。 「PM2.5とアレルギー疾患

●喘息とアレルギー
気管支喘息(喘息)は、炎症により気管支(気道)が狭くなることによって引き起こされる疾患です。アレルギーによる炎症が最も重要ですが、炎症は発作的に繰り返され、喘鳴(ヒューヒュー、ゼーゼー)や息切れ(呼吸困難)など苦しい症状を引き起こします。
喘息は一般に、アレルギーの代表的な疾患と考えられていますが、厳密にはアレルギーによらない喘息も存在します。(中略)ですから、喘息をアレルギー疾患と言い切るのは正確ではありませんが、多くの喘息にアレルギーが深く関わっているのは間違いありません。(後略)

2 喘息はどうのような疾患か?(中略)

なぜ、喘息発作が起こるのでしょうか? 喘息患者の気道は過敏な状態にあり、正常な人にはあまり気にならないような刺激、たとえば、におい、タバコの煙、ふとんのほこりなどに反応して気道が収縮して呼吸困難が起こるからです。(後略)

[その他特記事項]

「遅延型」食物アレルギー検査に注意 - NHK 生活情報ブログ
血中食物抗原特異的IgG抗体検査に関する注意喚起 - 日本小児アレルギー学会
〔学会見解〕血中食物抗原特異的IgG抗体検査に関する注意喚起 - 日本アレルギー学会(注:このリンクのみ2016年5月28日に追記)
IgGを使った「遅延型フードアレルギー検査」にご注意を

注:i) 引用中の「におい」に関連する「喘息と臭い」について、論文要旨を以下に引用します。 ii) 引用中の「タバコの煙」に関連する「二次喫煙曝露と喘息」について、論文要旨を以下に引用します。

Asthma and odors: the role of risk perception in asthma exacerbation.[拙訳]喘息と臭い:喘息の悪化におけるリスク知覚の役割(全文はここを参照して下さい)

OBJECTIVE:
Fragrances and strong odors have been characterized as putative triggers that may exacerbate asthma symptoms and many asthmatics readily avoid odors and fragranced products. However, the mechanism by which exposure to pure, non-irritating odorants can elicit an adverse reaction in asthmatic patients is still unclear and may involve both physiological and psychological processes. The aim of this study was to investigate how beliefs about an odor's relationship to asthmatic symptoms could affect the physiological and psychological responses of asthmatics.

METHODS:
Asthmatics classified as 'moderate-persistent', according to NIH criteria, were exposed for 15 min to a fragrance which was described either as eliciting or alleviating asthma symptoms. During exposure, participants were asked to rate odor intensity, perceived irritation and subjective annoyance while physiological parameters such as electrocardiogram, respiratory rate, and end tidal carbon dioxide (etCO2) were recorded. Before, immediately after, and at 2 and 24h post-exposure, participants were required to subjectively assess their asthma symptom status using a standardized questionnaire. We also measured asthma status at each of those time points using objective parameters of broncho-constriction (spirometry) and measures of airway inflammation (exhaled nitric oxide, FeNO).

RESULTS:
Predictably, manipulations of perceived risk altered both the quality ratings of the fragrance as well as the reported levels of asthma symptoms. Perceived risk also modulated the inflammatory airway response.

CONCLUSIONS:
Expectations elicited by smelling a perceived harmful odor may affect airway physiology and impact asthma exacerbations.


[拙訳]
目的:
芳香及び強い臭いは、喘息症状を悪化させるかもしれない推定トリガーとして特徴づけられており、そして多くの喘息患者は簡単に臭いや芳香製品を避ける。しかしながら、喘息患者において有害反応を誘発しうる、純粋で非刺激性のにおい物質への曝露によるメカニズムは依然として不明であり、生理的及び心理的プロセスの両方が関与するかもしれない。この研究の目的は、喘息症状に対する臭いの関係についての信念が、喘息患者の生理的及び心理的応答にどのように影響するかを調べることであった。

方法:
NIH 基準により「中等症持続型」として分類された喘息患者は、喘息症状の誘発又は緩和のいずれかとして記載された芳香に15分間曝露された。曝露中に心電図、呼吸数、及び呼気終末二酸化炭素(etCO2)等の生理的パラメータが記録された一方で、被験者は、臭気強度、知覚された刺激及び主観的被害を評価することを依頼された。曝露前、直後、曝露の 2及び24時間後に、標準化されたアンケートを使用して喘息症状の状態を主観的に評価することが被験者には必要とされた。気管支収縮(肺活量測定)の客観的パラメータと気道炎症(呼気中一酸化窒素、FeNO)の測定値を使用して、それぞれの時点で喘息状態を我々は測定した。

結果:
予想されるように、知覚されたリスクのマニピュレーション(心理的な操作)は、喘息症状の報告されたレベルはもちろん、芳香の品質評価も変化させた。知覚されたリスクはまた、炎症性気道応答を調節した。

結論:
知覚された有害な臭いを嗅ぐことにより誘発される予期は、気道生理に影響を及ぼし、喘息増悪に大きな影響を与えるかもしれない。

注:i) 本引用に関連するかもしれないWEBページは、例えば次を参照して下さい。 「その匂いは発作を招く 匂いとぜんそくの不思議な関係」 加えて、心身症としての気管支喘息については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「心身症 -脳科学辞典」の表1 加えて、失体感症の特徴が見られる身体疾患として気管支喘息を挙げている資料については次を参照して下さい。 「失体感症スケール開発の経緯と、身体(内受容)を重視した心身医学療法の意義と有用性について」の表1 ii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

Directly measured second hand smoke exposure and asthma health outcomes.[拙訳]直接的に測定された二次喫煙曝露及び喘息の健康アウトカム(全文はここを参照して下さい)

BACKGROUND:
Because they have chronic airway inflammation, adults with asthma could have symptomatic exacerbation after exposure to second hand smoke (SHS). Surprisingly, data on the effects of SHS exposure in adults with asthma are quite limited. Most previous epidemiological studies used self-reported SHS exposure which could be biased by inaccurate reporting. In a prospective cohort study of adult non-smokers recently admitted to hospital for asthma, the impact of SHS exposure on asthma health outcomes was examined.

METHODS:
Recent SHS exposure during the previous 7 days was directly measured using a personal nicotine badge (n = 189) and exposure during the previous 3 months was estimated using hair nicotine and cotinine levels (n = 138). Asthma severity and health status were ascertained during telephone interviews, and subsequent admission to hospital for asthma was determined from computerised utilisation databases.

RESULTS:
Most of the adults with asthma were exposed to SHS, with estimates ranging from 60% to 83% depending on the time frame and methodology. The highest level of recent SHS exposure, as measured by the personal nicotine badge, was related to greater asthma severity (mean score increment for highest tertile of nicotine level 1.56 points; 95% CI 0.18 to 2.95), controlling for sociodemographic covariates and previous smoking history. Moreover, the second and third tertiles of hair nicotine exposure during the previous month were associated with a greater baseline prospective risk of hospital admission for asthma (HR 3.73; 95% CI 1.04 to 13.30 and HR 3.61; 95% CI 1.0 to 12.9, respectively).

CONCLUSIONS:
Directly measured SHS exposure appears to be associated with poorer asthma outcomes. In public health terms, these results support efforts to prohibit smoking in public places.


[拙訳]
背景:
慢性的な気道炎症を有するため、喘息を伴う成人は二次喫煙(SHS)に曝露された後に症状が悪化するということもありうる。驚くべきことに、喘息を伴う成人における SHS 曝露の影響に関するデータはかなり限られる。以前の疫学研究のほとんどは、不正確な報告により偏るということもありうる自己報告の SHS 曝露を使用した。最近、喘息により入院した成人の非喫煙者の前向きコホート研究において、喘息の健康アウトカムに及ぼす SHS 曝露の影響が調査された。

方法:
以前の7日間での最近の SHS 曝露は、個人ニコチンバッジ(n = 189)を用いて直接測定され、そして髪のニコチン及びコチニンレベル(n = 138)を用いて、以前の3ヶ月の曝露が推定された。電話インタビュー中に喘息の重症度及び健康状態が確認され、そして、その後の喘息による入院がコンピュータ化された利用データベースから決定された。

結果:
ほとんどの喘息を伴う成人は、時間枠と方法論に依存する60%~83%の推定値を伴って SHS に曝露された。最近の SHS 曝露の最高レベルは、個人のニコチンバッジによる測定として、より大きな喘息の重症度(ニコチンレベル 1.56ポイント; 95%信頼区間(CI) 0.18~2.95 の最高の三分位値の平均スコア増加)と関連し、社会人口統計学的な共変動及び以前の喫煙履歴を統制している。さらに、前月中の髪へのニコチン曝露の第二及び第三の三分位値はより大きな喘息の入院のベースライン将来リスクに関連していた(それぞれ、HR 3.73; 95%CI 1.04~13.30 及び HR 3.61; 95%CI 1.0~12.9)。

結論:
直接的に測定された SHS 曝露は、より不良な喘息のアウトカムに関連すると思われる。公衆衛生の言い方において、これらの結果は公共の場所にける喫煙を禁止する努力を支持する。

注:i) 引用中の「n = 189」、「n = 138」は共に人数を指します。 ii) 引用中の「ニコチン」及び「コチニン」については、例えば共に次の資料を参照して下さい。 「ニコチン代謝に個人差が生じる要因」 iii) 拙訳中の「ベースライン」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ベースライン baseline

加えて、気道炎症という喘息の第3の特徴について同の 1 喘息を理解する の 「2 喘息はどうのような疾患か?」における記述の一部(P16)を次に引用します。 

2 喘息はどうのような疾患か?(中略)

喘息の特徴は、第1に気道が過敏であること(気道過敏性)と、第2に気道が狭くなること(気道狭窄=気流制限)です。
この気道狭窄は自然に、あるいは治療により速やかに改善します。そのため、喘息の気道狭窄を可逆(逆戻りする)的な気道狭窄とよんでいます。
さらに近年、喘息の病態についての研究が進み、喘息の2つの特徴に加えて、気道炎症という第3の特徴の存在がわかってきました。(後略)

次に重症薬疹と HLA(Human Leukocyte Antigen)の関係についての資料を以下に紹介します。

医薬品による重篤な皮膚障害に関するゲノム研究について *3

ちなみに、スギ花粉症と HLA の関係については、以下の記述、論文要旨及び論文をそれぞれ参照して下さい。最初に、斎藤博久著の本、「Q&Aでよくわかるアレルギーのしくみ」(2015年発行)の P68 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『日本人の約30%はスギ花粉と結合しにくいHLA型であることがわかっています』 加えて、上記論文要旨及び論文(それぞれ英語、拙訳はありません)があります。 「Japanese cedar pollinosis and HLA-DP5.」、「Structural Basis for the Specific Recognition of the Major Antigenic Peptide from the Japanese Cedar Pollen Allergen Cry j 1 by HLA-DP5

抗原提示等の上記メカニズムの一部が類似しているかもしれない、がんペプチドワクチン療法のメカニズムの概略については、例えば次のWEBページ(ここ及びここ)を参照すると良いかもしれません[注: a) がんペプチドワクチン療法は承認されておらず、標準治療ではありません。一方、治験は実施中です。 b) 臨床でみられるがんは非常にずる賢く、免疫から逃れまくっている可能性が高い(参照参照 *4参照 *5)ことをこれらのページは説明していないことをご留意下さい]。加えて、 HLA に関する説明を含む資料は次を参照すると良いかもしれません「HLA の基礎知識 1」(注:この資料で HLA のクラス分けが示されるように、がんペプチドワクチンは HLA クラス I[キラーT細胞〔CTL〕]に関係する一方、スギ花粉症では HLA クラス II[ヘルパーT細胞]〔参照〕に関係します)。

次に、アレルギーにおける経皮感作について以下に紹介します。先ず、概要について、斎藤博久著の本、「Q&Aでよくわかるアレルギーのしくみ」(2015年発行)の 第3章 アレルギーは皮膚から起こる? の『Q1 「アレルギーが皮膚から起こる」って本当なのですか?』における記述の一部(P72)を次に引用します。

(前略)これまでアレルギーは免疫の過剰反応によって起こると考えられてきましたが、そのきっかけは皮膚にあることがわかってきました。
それは、アトピー性皮膚炎ばかりではありません。食物アレルギー、花粉症、気管支ぜんそくなど、皮膚とはあまり関わりがなさそうなアレルギーも、発症のきっかけは皮膚にあることが、最近の研究で明らかになってきたのです。
原因として考えられるのは、皮膚バリアー機能の低下です。
バリアー機能がうまく働かないと、皮膚からアレルゲンが侵入し、免疫の過剰反応が起こりやすくなります。そうやってまずIgE抗体がつくられると、その情報は記憶されますから、同じアレルゲンに反応するようになります。(後略)

注:i) 引用中の「免疫の過剰反応」に関連する「アレルギー反応」については、次のWEBページを参照して下さい。 「アレルギー反応」 ii) 引用中の「IgE抗体」については、次のWEBページを参照して下さい。 「IgE抗体」 iii) 引用中の「アレルゲン」については、次のWEBページを参照して下さい。 「アレルゲン」 iv) 引用中の「皮膚からアレルゲンが侵入し、免疫の過剰反応が起こりやすくなります」に関連する「経皮感作」については、次を参照して下さい。

加えて、標記経皮感作における二重抗原曝露説については次の資料を参照して下さい。 「二重抗原曝露仮説*6 さらに、a) 標記経皮感作における抗原提示細胞としての表皮ランゲルハンス細胞、真皮樹状細胞については、次の資料を参照して下さい。 「ランゲルハンス細胞-過去、現在、未来」、「皮膚免疫における樹状細胞・マクロファージの役割」 b) 上記抗原提示細胞が抗原提示してからのアレルギー反応の概略については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「環境化学物質がアレルギーに及ぼす影響とメカニズムの解明にむけて」の「◆アレルギー反応における免疫担当細胞の役割」項

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【9】喘息を含むアレルギー疾患における心理的因子の関与について

最初に標記について、秋山一男、太田健、近藤直美著の本、「メディカルスタッフから教職員まで アレルギーのはなし -予防・治療・自己管理-」(2017年発行)の 13. 様々なアレルギー の「13.3 アレルギー疾患と心身医療-アレルギーと心の問題-」における記述の一部(P137~P141)を次に引用します。

13.3 アレルギー疾患と心身医療-アレルギーと心の問題-

アレルギー疾患に対する心理的因子の関与については古くより記載があり,すでに2000年余りも前にヒポクラテスは,喘息発作の出現に怒りや敵意などの感情が関与し得ることを指摘していた.近年では精神分析学者のアレキサンダー(Franz Alexander, 1891~1964)が心理的因子を強く受ける7つの代表的疾患をあげており,その中にアレルギー性疾患として喘息とアトピー性皮膚炎が入っている.このように以前よりアレルギー疾患に心理的因子が強く関与していることが指摘されている.
さらに,最近の疫学的および実験的臨床研究によって,心理的ストレスによって生じた不安,抑うつ,怒り,悲しみ,暗示等の情動刺激は神経系,内分泌系を介して気管支喘息アトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎等のアレルギー疾患の発症や経過に影響を及ぼしていることが明らかになっている.また,基礎的実験によって,神経線維と肥満細胞の連絡,アレルギー反応の条件付け,アレルギー反応での神経ペプチド・グルココルチコイドの役割などが 心身相関の機序として具体的に解明されてきている.

13.3.1 臨床研究
アレルギー反応の心身相関について検討した臨床研究では,バラの花粉で喘息発作が起こるという婦人が造花のバラでも発作を起こしたことから,暗示または条件付けによっても喘息発作が出現することが報告されている1).また,喘息発作のきっかけとして風邪,気象の変化に次いで心理的ストレスがあげられている.さらに,うつ病や精神的な問題があると喘息のコントロール不良や頻回の救急受診になりやすいことが報告されている.
アトピー性皮膚炎と心理的ストレスとの関係については,1/2~2/3の症例で心理的ストレスが主たる増悪因子であったとする報告がある.精神的不安はかゆみを起こす血中のヒスタミンを上昇させる.アトピー性皮膚炎では,皮膚の掻痒感などの不快感に加え顔面を含む皮膚の露出部に病変が出現するために,患者はより一層精神的に不安定となり,満足のいく社会生活や対人関係を保持していく上で重大な障害となる場合も少なくない.アトピー性皮膚炎患者は 内面に問題を抱えていることが多く,治療にあたっては,適切な身体治療に加え,患者の心理面にも配慮した治療が必要である.蕁麻疹でも同じように不安や暗示等の精神状態が.発症や経過に関係することがわかっている.
アレルギー性鼻炎についても花粉によって誘発される鼻症状が心理的な葛藤が加わると増悪することが報告されている,また.アレルギー性鼻炎の発症または再発の諸条件についてみると,風邪,疲労,睡眠不足などの身体的因子,および季節の変わり目,気温の変化などの外界的因子もあげられるが,焦燥,不満,心配,不安,緊張などの心理的条件も無視することができないといわれている.

13.3.2 アレルギー性疾患の心身医学的側面の特徴2)
アレルギー性疾患と心理学的側面については3つのカテゴリーにまとめられる.これら3つのカテゴリーは相互に無関係でなく,しばしば相互に関連し合っている.
①ストレスによりアレルギー性疾患が発症,再燃,悪化,持続する症例(狭義の心身症
心理社会的ストレスがアレルギー性疾患の悪化因子あるいは発症因子の1つとなっている場合である.この場合,生活上の変化(出産,結婚,離婚,転居,就職,転職,進学,近親者の病気や死など)や日常生活のストレス(家庭,職場,学校での対人関係の問題,持続的な勉学や仕事の負担など)が疾患の発症や再燃に先行してみられる.また心理状態(不安,緊張,怒り,抑うつなど)と症状の増減との間に密接な相関が認められる.
②アレルギー性疾患に起因する不適応を引き起こしている症例
アレルギー性疾患でも特に,気管支喘息アトピー性皮膚炎では,慢性再発性に経過し改善の見通しが立ちにくいことが少なくなく,しばしば治療にかかる肉体的,精神的,時間的,経済的負担が大きい.それらによって,患者に著しい心理的苦痛や社会的,職業的機能の障害が生じ 心身医学的な治療の対象となる場合がある.症状として,睡眠障害,対人関係障害,社会的状況の回避や引きこもり,学業や仕事の業績の低下,抑うつ気分,不安などがみられる.
③アレルギー性疾患の治療・管理への不適応を引き起こしている症例
心理社会的要因によって医師の処方や指導の遵守不良などが引き起こされ,アレルギー性疾患に対する適切な身体的治療や管理を行うことが妨げられ,治療や経過は著しい影響を受ける.症状として,ステロイド治療をはじめとした薬物や処置に対する不合理な不安・恐怖,症状のコントロールに対しての無力感,医療あるいは医療従事者に対する強い不信感などを認める.これらによって,治療の遅れや不適切な自己管理の危険がある.

13.3.3 アレルギーと心理的因子
一般にストレスをストレスとして認知せず,あたかも何事もなかったかのようにふるまうような,ストレスに対して適切に対処できていない患者に重症化・難治化がみられやすく,全身性ステロイド薬の離脱が困難になる場合が少なくない.心理的因子は,体質的基盤の上に症状を形成する因子として重要な役割を担っている.その関与の仕方としては,準備因子,誘発因子,持続増悪因子の3通りに分けられる.
準備因子: それのみではアレルギー発症には至らないが,その上に様々な誘発因子が加わることでアレルギー疾患を引き起こすような身体的条件(発症準備状態)をつくり出す因子である.準備因子としては,不安や怒りなどの情動または愛情や依存といった欲求を抑圧した状態,自分の感情に気づかなかったり,言葉で表現できない状態(失感情症),あるいは自己主張ができず周囲の期待に必要以上に応えようとする過剰適応パターンがあげられる.
誘発因子: 発症準備状態ができあがった上に加わることで,アレルギー疾患を発症させるような因子である.これには,不安,怒り,悲しみといった情動があげられる.
持続増悪因子: 不安や抑うつなどの2次的な感情を引き起こし,その感情に伴う身体的変化がアレルギー症状を悪化させるという悪循環を生み出す因子をいう.

13.3.4 アレルギー疾患の心身医学的治療3)
日本アレルギー学会からアレルギー疾患の診断・治療ガイドラインが出版されている.アレルゲンの回避,薬物療法,減感作療法,などの治療法が患者の病気の重症度に応じて組み合わせて行われるが,心身医学的治療についても以下のように述べられている.
心理的因子の関与が大きい患者の治療においては,心身医学的治療が必要である.面接を中心とした心理療法自律訓練法認知行動療法,家族療法などがなされる.
ところで面接は受容,共感,支持が基本であり,面接によって悲しみや怒りの感情が発散され,心身相関への気づきが深まり,対人関係や日常生活の問題点が明らかにされる.不安やうつを伴っている場合,抗不安薬抗うつ薬を併用すると有効な場合がある.現在,最も多く使用されているベンゾジアゼピン抗不安薬は,抗不安作用に加えて鎮静,筋弛緩作用をもっている.したがって,呼吸抑制作用と筋弛緩作用は,低換気による炭酸ガスの蓄積を助長するために,喘息の大発作や増悪時には使用しない.抗うつ薬は,選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRI:selective serotonin reuptake inhibitors)やセロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI:serotonin & norepinephrine reuptake inhibitors)などが推奨されている.これらの治療はアレルギーの治療と同時に行う必要がある.精神面の改善とともにアレルギー症状の改善がみられる.
現実のストレスが強い場合には,家庭や職場の環境調整や生活指導を行い,リラックス方法として自律訓練法などを指導し,習得してもらう.患者のパーソナリティの問題のほうが大きい場合には,心身医学を専門とする医師に紹介するか,心理療法士や精神科医とのチームアプローチを行う.

13.3.5 心理医学的治療の意義
心理(こころ)がアレルギー疾患の病態に関与していることが多くみられる.アレルキー疾患の治療においては,身体的治療に加え,不安,抑うつ,悲しみ,怒り等の精神状態に対する対処が重要である.このことについては近年のアレルギー疾患治療ガイドラインにも取り上げられている.通常の標準的治療を行っても症状が改善しないときは日常生活のあり方や対人関係についての心理的側面を考慮する必要がある.心身両面から病態を把握し,各人に応じた適切な治療を行うことにより症状の改善につながる.

注:i) この引用部の著者は久保千春です。 ii) 引用中の「1)」は次の資料です。 「Mackenzie, J.N.:The production of the so-called "rose cold" by means of an artificial rose, Am. J. Med. Sci., 91, 45-57, 1886.」 ちなみに、引用中の「暗示または条件付けによっても喘息発作が出現する」に関連するかもしれない「ブラインドテストの必要性」については、次のWEBページを参照して下さい。 「ブラインドテストの必要性」 iii) 引用中の「2)」は次の資料です。 「久保千春:第13章 アレルギー疾患と心の問題.臨床医のためのアレルギー診療ガイドブック(責任編集 西間三馨・秋山一男,一般社団法人日本アレルギー学会編), pp. 514-517, 診断と治療社, 2012.」 iv) 引用中の「3)」は次の資料です。 「久保千春:心身医学.喘息予防・管理ガイドライン2012(日本アレルギー学会喘息ガイドライン専門部会監修), pp. 246-248, 協和企画, 2012.」 v) 引用中の「造花のバラ」及び「条件付け」については共に次の資料を参照して下さい。 「アレルギー疾患の心身医学 -古典から現代へ-」の「難治性喘息・心因性喘息の心身医学的治療」項 vi) 引用中の「アレルギー疾患と心身医療」に関連する「Psychosomatic treatment for allergic diseases」(拙訳:アレルギー疾患に対する心身治療)については次の資料(英語)を参照して下さい。 「Psychosomatic treatment for allergic diseases」 vii) 引用中の「心理(こころ)がアレルギー疾患の病態に関与している」ことに関連する「近年,免疫学的にも(心理)ストレスによって喘息などのアレルギー疾患が増悪する機序が解明されつつある」ことについては次の資料を参照して下さい。 「心理ストレスが与えるアレルギー疾患への影響 ―気管支喘息を中心に―」の「はじめに」項 加えて、引用中の「ストレス」については、例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「ストレス - 脳科学辞典」、「ストレスマネジメントとは」、「ストレス軽減ノウハウ」、「心のケアの基本」、「ストレスから脳を守れ~最新科学で迫る対処法~」 viii) 引用中の「神経ペプチド」については、次のWEBページを参照して下さい。 「神経ペプチド - 脳科学辞典」 ix) 引用中の「リラックス方法」及び「自律訓練法」については、共に次のWEBページを参照して下さい。 「気軽にリラックス」 加えて、これらに関連するかもしれない「コーピング」については例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 x) 引用中の「グルココルチコイド」については、次のWEBページを参照して下さい。 「グルココルチコイド - 脳科学辞典」 xi) 引用中の「心身相関」については次のWEBページを参照して下さい。 「こころとからだ」 加えて、引用中の「心身相関」に関連する「心身症」については、次のWEBページを参照して下さい。 「心身症 - 脳科学辞典」 xii) 引用中の「失感情症」については例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 xiii) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 ivx) 引用中の「心理的ストレスによって生じた不安,抑うつ,怒り,悲しみ,暗示等の情動刺激は神経系,内分泌系を介して気管支喘息アトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎等のアレルギー疾患の発症や経過に影響を及ぼしていることが明らかになっている」ことに関連するかもしれない「精神神経内分泌免疫学」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「研究会について - 精神神経内分泌免疫学研究会」の「精神神経内分泌免疫学とは」項 vx) 引用中の「不安」に関連する「パニック症等の不安症群の一部」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 xvi) ちなみに、アレルギー疾患の心身医学的治療についての論文(PubMed要旨はここ、全文はここ、この論文についての日本語での紹介はここをそれぞれ参照して下さい)があります。

加えて、ストレスと喘息の関係について、宮本昭正監修・編集、森田寛・灰田美知子・保澤総一郎・庄司俊輔著の本、「ナース・患者のための喘息マネージメント入門」(2017年発行)の 2 喘息の予防 の 3-2. 二次予防と三次予防 の「(8)ストレスと喘息」における記述の一部(P67)を以下に引用します。

(8)ストレスと喘息
感情変化などが喘息の発症、継続、悪化要因となるときは行動要因があり、生活習慣の乱れ、睡眠不足、不規則な生活などが問題です。免疫・内分泌系を介する要因には、ストレスと感冒があります。迷走神経が気管支平滑筋に一定の緊張を与えることも喘息に影響します。

注:i) 同本におけるこの引用部の直下に、心理的ストレス及び情動ストレスについての記述があります。ただし引用はしません。加えて、過労は喘息悪化の大きなリスク因子及びストレスは喘息の大敵について、足立満監修の本、「ウルトラ図解 ぜんそく」(2016年発行)の 第4章 ぜんそく発作を起こさないための自己管理 の「生活習慣の見直し」における記述の一部(P132~P134)を以下に引用します。さらに、喘息の治療は薬物療法と体力の低下やストレス等に関連する生活の改善の両方が大事なことについては、松瀬厚人監修の本、『「ぜんそく」のことがよくわかる本』(2017年発行)の「治療は二本柱 薬物療法と生活改善の両方が大事」における記述の一部(P44)を以下に引用します。一方、「心理的なストレスと喘息の罹患率」についての論文例はここを参照して下さい。また、ストレスにも関連する、 a) 「喘息患者の死亡に至る発作の誘因」については資料「気管支喘息」の「図2-12」(P7)を、 b) 「喘息症状が発現する要因」については同資料の「喘息症状発現/症状悪化及び喘息増悪の実態」シート(P10)を それぞれ参照して下さい。 ii) 引用中の「感情変化」に関連するかもしれない「喘息症状に対する臭いの関係についての信念」についてはここを参照して下さい。 iii) 引用中の「免疫・内分泌系を介する要因」を含むかもしれない「心身相関」、「心身症」又は「心身医学」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「気管支喘息の心身相関」、「心身症としての気管支喘息の現状と今後の課題」、「次世代の呼吸器心身医学への期待」 iv) ちなみに、ストレスと喘息を含む呼吸器疾患との関連については、例えば次の資料があります。 「2. 喘息と脳機能:新たな喘息 phenotype としての精神的ストレス関連喘息」、「ストレスと呼吸器疾患」(2010年発表とやや古いことに注意) 一方、PM2.5等の大気汚染物質が喘息を有する者の肺機能に与える急性影響については、例えば次の資料を参照して下さい。 「大気汚染物質が喘息およびアレルギー症状を有する者の肺機能に与える急性影響」、「PM2.5の健康影響

生活習慣の見直し(中略)

過労は大きなリスク因子
過労そのものもぜんそく悪化の原因になるうえ、過労によって抵抗力が落ちてかぜをひきやすくなったり、ストレスを感じやすくなったりします。これらすべてが発作を引き起こす要因になります。(中略)

ストレスはぜんそくの大敵
ストレスは、過労と並んでぜんそく悪化の大きな要因となっています。
発作が起こった状況を振り返ってみると、そういえばあのときイライラしていた、プレッシャーを感じていた、などと思い当たることがあるでしょう。
また、ぜんそくそのものがストレスになっていることもあります。発作が起こるのではないかと不安で仕事や勉強に集中できない、夜中にまた発作が起こったらどうしようと思うと心配で眠れない、という人もいます。その不安が発作を呼び、ますます不安になり発作が起こりやすくなる、という悪循環に陥ります。(後略)

治療は二本柱
薬物療法と生活改善の両方が大事

薬による治療と日常生活での自己管理の、両方ができるようになってはじめて、ぜんそくの治療は軌道に乗ってきます。薬と生活上の自己管理、どちらも大切な治療なのです。(後略)

注:i) 引用中の「生活改善」について、同頁の記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『生活の中で体への負担を減らす ぜんそくの発作の誘因は生活の中に潜んでいます。また、体力の低下やストレスなどの全身状態の影響も強く受けます。日常生活に気を配ることは、ぜんそくのケアにつながるのです。』 ii) 同本の P86 によると、大きなぜんそく発作の3大誘因は「かぜ」「疲れ」「ストレス」との記載があります。加えて、この誘因のトップはかぜと気管支炎・肺炎などの下気道感染を合わせた気道感染で、他の2つの誘因よりもずば抜けて多いとの主旨の記載もあります。

一方、マインドフルネスの視点からの喘息におけるマインドフルネスストレス低減法(MBSR)の適用について、貝谷久宜、熊野宏昭、越川房子編著の本、「マインドフルネス -基礎と実践-」(2016年発行)中の榧野真美著の文書「心身医学とマインドフルネス」の 心身医学領域におけるマインドフルネスの効果 の「(3)呼吸器疾患」における記述の一部(P210~P211)を以下に引用します。

Pbert et al.(2012)は、気管支喘息患者に MBSR を施行したところ、肺機能検査上の改善は認められなかったものの、施行前と施行後1年後では、喘息症状が有意に改善しており、レスキューの使用量や知覚されるストレスも有意に減少し、QOL が向上したことを報告している。気管支喘息の治療においては、症状のコントロールはもちろんのこと、疾患に患者が適応していくことも重要な要素といわれている。以前より、喘息発作により受けるストレスが高いと、QOL が下がり、薬物療法アドヒアランスや喘息のコントロールも悪化すること、客観的指標に合致しない過剰な呼吸困難感が憎悪することなどが報告されているが(Carlson 2012)、Pbert et al. は、MBSR により、思考、感情、感覚を、別個のものとして正確に識別し、症状に対する評価の変化や反応性の低減などを介して、コーピング能力が向上したことが症状の改善に寄与した可能性を述べている。(後略)

注:引用中の論文「Pbert et al.(2012)」は他の拙エントリのここを参照して下さい。これに関連して、引用中の「QOL」は生活の質のことです。 ii) 引用中の「Carlson 2012」は次の論文です。 「Mindfulness-based interventions for physical conditions: a narrative review evaluating levels of evidence.」 iii) 引用中の「MBSR」はマインドフルネス・ストレス低減法(Mindfulness-Based Stress Reduction)のことです。 iv) 引用中の「QOL」は生活の質(Quality of Life)のことです。 v) 引用中の「レスキュー」は喘息発作時に迅速に喘息症状を鎮めるための発作治療薬のことのようです。 vi) 引用中の「アドヒアランス」については、次のWEBページを参照して下さい。 「アドヒアランス - 薬学用語解説」 vii) 引用中の「コーピング」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 viii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

一方、呼吸器疾患患者におけるアレキシサイミア(失感情症)傾向やアレキシソミア(失体感症)傾向についての資料を以下に次に紹介します。 「アレキシサイミアとアレキシソミア」 さらに喘息を含むアレルギー疾患と心理的因子とに関係するかもしれない複数の論文要旨を以下に紹介します。これらには引用で紹介された論文も含みます。

(1) 「The relationship of asthma and anxiety disorders.[拙訳]喘息と不安障害との関係」

OBJECTIVE:
This article reviewed the child and adult medical literature on the prevalence of comorbid anxiety disorders in patients with asthma. Theoretical ideas regarding the relatively high comorbidity rates are presented along with a model describing putative interactions between anxiety disorders and asthma.

METHOD:
A search of the literature from the last 2 decades using MEDLINE by pairing the word, "asthma," with the following words: "anxiety," "depression," "panic," and "psychological disorders." We located additional research by screening the bibliographies of articles retrieved in the MEDLINE search.

RESULTS:
Both adult and child/adolescent populations with asthma appear to have a high prevalence of anxiety disorders. In child/adolescent populations with asthma, up to one third may meet criteria for comorbid anxiety disorders. In adult populations with asthma, the estimated rate of panic disorder ranges from 6.5% to 24%. However, most studies are limited by small samples, nonrepresentative populations, self-reported asthma status, and lack of controlling for important potential confounders such as smoking and asthma medications. There are also limited data on the impact of anxiety comorbidity in patients with asthma on symptom burden, self-care regimens (such as monitoring peak expiratory flow, taking medication, and quitting smoking), functional status, and medical costs.

CONCLUSIONS:
There appears to be a high comorbidity of anxiety disorders in patients with asthma. The prevalence and longitudinal impact of anxiety comorbidity needs to be examined in a large population-based sample of children, adolescents, and adults with asthma. If a high prevalence of comorbid anxiety disorder is documented and if this comorbidity adversely affects the self-efficacy and self-care, symptom burden, and functioning in persons with asthma, then it will be important to develop treatment trials.


[拙訳]
目的:
この記事では、喘息を伴う患者にける併存不安障害の有病割合に関する子ども及び成人の医学文献をレビューした。比較的高い合併症割合に関する理論的アイデアは、不安障害と喘息との間の推定相互作用を記述するモデルと共に提示される。

方法:
MEDLINE を使用して過去20年間の文献を、単語「喘息」と、その後の単語「不安」、「うつ」、「パニック」及び「精神的障害」を組み合わせて検索した。我々は、MEDLINE において検索された記事の参考文献をスクリーニングすることにより、我々はさらなる研究を位置づけた。

結果:
成人及び子ども/青年の喘息を伴う両集団は、不安障害の有病割合が高いように思われる。喘息を伴う子ども/青年集団においては、最大3分の1が併存不安障害の基準を満たしているかもしれない。喘息を伴う成人集団においては、パニック障害の推定割合は6.5%~24%の範囲である。しかし、ほとんどの研究は、小さいサンプル(被験者数)、代表しない集団、自己報告された喘息状態、そして喫煙と喘息薬物治療等の重要な潜在的交絡因子の制御の欠如によって制限される。喘息を伴う患者における症状の負担、自己ケアのレジメン(ピークフローの監視、投薬治療及び禁煙等)、機能状態及び医療費に合併症が及ぼす影響に関するデータも限られている。

結論:
喘息を伴う患者の不安障害の高率の併存があるように思われる。喘息を伴う子ども、青年及び成人の大規模な集団ベースのサンプルにおいて、​​不安の併存症の有病割合及び縦断的影響が調査される必要がある。併存不安障害の有病割合が高いことが実証され、かつこの併存が喘息を伴う患者の自己効力感及び自己ケア、症状の負担、そして機能に悪影響を及ぼすならば、治療の試験を開発することが重要であるだろう。

注:引用中の「不安障害」、「パニック障害」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。ただし、「不安障害」に対する用語は「不安障害(不安症)」です。

(2) 「Psychosocial stress and asthma morbidity.[拙訳]心理的なストレス及び喘息の罹患率」(全文はここを参照して下さい)

PURPOSE OF REVIEW:
The objective of this review is to provide an overview and discussion of recent epidemiologic and mechanistic studies of stress in relation to asthma incidence and morbidity.

RECENT FINDINGS:
Recent findings suggest that stress, whether at the individual (i.e. epigenetics, perceived stress), family (i.e. prenatal maternal stress, early-life exposure, or intimate partner violence) or community (i.e. neighborhood violence; neighborhood disadvantage) level, influences asthma and asthma morbidity. Key recent findings regarding how psychosocial stress may influence asthma through Posttraumatic Stress Disorder, prenatal and postnatal maternal/caregiver stress, and community violence and deprivation are highlighted.

SUMMARY:
New research illustrates the need to further examine, characterize, and address the influence of social and environmental factors (i.e. psychological stress) on asthma. Further, research and innovative methodologies are needed to characterize the relationship and pathways associated with stress at multiple levels to more fully understand and address asthma morbidity, and to design potential interventions, especially to address persistent disparities in asthma in ethnic minorities and economically disadvantaged communities.


[拙訳]
レビューの目的:
このレビューの目的は、喘息の発生率及び罹患率に関連するストレスの最近の疫学的及びメカニズム的研究の概要及び議論を提供することである。

最近の知見:
個々(すなわち、エピジェネティクス、知覚されたストレス)、家族(すなわち、出生前の母体ストレス、人生早期の曝露、又は親密なパートナーの暴力)又はコミュニティ(すなわち、近所の暴力、近所の不利益)レベルのストレスはいずれにせよ、喘息又は喘息の罹患率に影響することが最近の知見は示唆する。心的外傷後ストレス障害、出生前及び出産後の母親/介護者のストレス、そしてコミュニティの暴力及び極貧を通して、心理社会的ストレスが喘息にどのように影響するかもしれないかに関する最近の主な知見が強調された。

概要:
喘息に及ぼす社会的及び環境的要因(すなわち、心理的ストレス)の影響をさらに調査し、特徴付けし、対処する必要性を新しい研究は示す。さらに、喘息の罹患率をより十分に理解し、対処するための複数レベルのストレスに関連する関係や経路を特徴づけ、そして可能性のある介入、特に少数民族や経済的に恵まれない地域社会の喘息における持続的な格差への対処をデザインするために、研究と革新的な方法論が必要である。

注:この要旨に関連するかもしれない喘息のストレス要因について、岡田尊司著の本、「過敏で傷つきやすい人たち HSPの真実と克服への道」(2017年発行)の 第六章 過敏性が体に表れる の「近年注目される、喘息のストレス要因」における記述(P163~P164)を次に引用します。

近年注目される、喘息のストレス要因
気管支喘息はアレルギーによって起きる疾患ですが、昔から、心理的なストレスの関与が経験的に言われてきました。ところが、それが「非科学的な俗説だ」と否定された時代もありました。しかし近年、再びストレス要因が見直されています。
その背景として、社会が二極化し中間層が崩壊するとともに、社会経済的に恵まれない人たちが増える中で、苦しく恵まれない層で喘息の罹患率が高いという事実が報告されるようになったことも与っています。ことにアメリカでは社会の二極化が著しく、貧しい階層が広がっているのですが、その階層で、人口比からは説明できない高い割合で、喘息が増えているのです。
その要因を調べていく中で、トラウマ的な体験や強いストレスを受けたことのある子どもや大人に、喘息の罹患率が高いという事実が判明したのです。虐待を受けているということだけでなく、たとえば生後数か月の頃に、親の方が何らかの困難を抱えていたりすると、六~八年後に喘息を発症するリスクが高くなったのです。もちろん、喫煙や大気汚染といった環境要因も影響しますが、それらの影響を取り除いても、トラウマ的なストレスが発症のリスクを高めていたのです。

注:i) 引用中の「トラウマ」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

(3)「Symptom Perception From a Predictive Processing Perspective[拙訳]予測処理の観点からの症状の知覚」[注:要旨及び全文です] 最初に(喘息に関連する)要旨を次に引用します。

Bodily symptoms are highly prevalent in psychopathology, and in some specific disorders, such as somatic symptom disorder, they are a central feature. In general, the mechanisms underlying these symptoms are poorly understood. However, also in well-known physical diseases there seems to be a variable relationship between physiological dysfunction and self-reported symptoms challenging traditional assumptions of a biomedical disease model. Recently, a new, predictive processing conceptualization of how the brain works has been used to understand this variable relationship. According to this predictive processing view, the experience of a symptom results from an integration of both interoceptive sensations as well as from predictions about these sensations from the brain. In the present paper, we introduce the predictive processing perspective on perception (predictive coding) and action (active inference), and apply it to asthma in order to understand when and why asthma symptoms are sometimes strongly, moderately or weakly related to physiological disease parameters. Our predictive processing view of symptom perception contributes to understanding under which conditions misperceptions and maladaptive action selection may arise. There is a variable relationship between physiological dysfunction and self-reported symptoms. We conceptualize symptom perception (and misperception) within a predictive processing perspective. In this view, symptom perception integrates sensations and predictions about these sensations. Failures of such integration can produce misperceptions and maladaptive action selection. We use the perception (and misperception) of asthma symptoms as an example. There is a variable relationship between physiological dysfunction and self-reported symptoms. We conceptualize symptom perception (and misperception) within a predictive processing perspective. In this view, symptom perception integrates sensations and predictions about these sensations. Failures of such integration can produce misperceptions and maladaptive action selection. We use the perception (and misperception) of asthma symptoms as an example.


[拙訳]
身体症状は精神病理学において高度に多く見られ、身体症状障害等の一部の特異的疾患においては、それらが中心的な特徴である。一般に、これらの症状の根底にあるメカニズムはよく理解されていない。しかしながら、よく知られている身体疾患においても、生理学的機能不全と生物医学的疾患モデルの伝統的な仮定に挑戦する自己報告症状との間には不定な関係があるように思われる。最近新しい、脳がどのように働くかの予測処理の概念化が、この不定な関係を理解するために用いられている。この予測処理の考え方によると、症状の経験は内受容感覚はもちろん、脳からのこれらの感覚についての予測の両方の統合からもたらされる。本論文では、知覚(予測的符号化)及びアクション(能動的推論)に関する予測処理の観点を、我々は導入し、そして喘息の症状が生理的疾患パラメーターに対し強く、中程度に又は弱く関連する時期と理由を理解するためにこれを喘息に適用する。症状知覚の予測処理の我々の考え方は、どの状態で誤知覚及び不適応的アクションの選択が生じるかもしれないことの理解に寄与する。生理学的機能不全と自己申告症状との間には不定な関係がある。予測処理の観点の範囲内で症状の知覚(及び誤知覚)を、我々は概念化する。このレビューでは、症状の知覚はこれらの感覚についての予測と感覚とを統合する。このような統合に失敗すると、誤知覚及び不適応なアクション選択が生じ得る。例として、喘息症状の知覚(及び誤知覚)を我々は用いる。

注:拙訳中の「予測的符号化」についてはここ、他の拙エントリのここ及び次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 加えて拙訳中の「能動的推論」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」の「2. 予測的符号化」項

加えて本文における最初の一部分を次に引用します。

New developments in the conceptualization of how the brain works have recently emerged. These conceptualizations emphasize the predictive nature of the brain, hence are known as predictive coding or predictive processing views (Clark, 2013; Friston, 2010; Hohwy, 2013). Although the basic ideas underlying this conceptualization have been developed by von Helmholtz in the late 19th century, a strong impetus in recent years has been given by the thorough study of perception, especially of visual illusions. Many perceptual phenomena can only be understood by assuming that meaningful perception is not just a matter of processing incoming information, but that it is also largely reliant on pre-existing (prior) information: often the brain unconsciously and compellingly assumes (or infers) non-given information to construct a meaningful percept. Predictive processing views and their implications are currently explored in an increasing number of scientific areas. In neuroscience, the theory of "predictive coding" (Friston, 2005; Rao & Ballard, 1999) describes how sensory (e.g., visual) hierarchies in the brain may combine prior knowledge and sensory evidence, by continuously exchanging top-down (predictions) and bottom-up (prediction error) signals. Besides, interest in creating intelligent systems enhanced the need to extend the predictive processing perspective beyond perceptual processing, to address also action and planning (aka active inference). Pioneering work towards this goal has been done by Karl Friston and colleagues (Friston et al., 2016; Friston, FitzGerald, Rigoli, Schwartenbeck, & Pezzulo, 2017; Friston et al., 2015; Friston, Samothrakis, & Montague, 2012; Pezzulo, Rigoli, & Friston, 2018). In the present paper, we will first introduce some basic concepts of the predictive processing view of perception (called "predictive coding") and its extension to the action domain (called "active inference"). Next, we will briefly describe their implications for symptom perception.(後略)


[拙訳]
脳がどのように働くかの概念化の新しい成果が最近出現している。これらの概念化は、脳の予測的性質を強調するため、予測的符号化又は予測処理ビューとして知られている(Clark, 2013; Friston, 2010; Hohwy, 2013)。この概念化の根底にある基本的なアイデアは19世紀後半にフォン・ヘルムホルツによって開発されたが、認識、特に視覚的錯覚の徹底的な研究によって、近年において大きな勢いが与えられている。意味のある知覚が単に入ってくる情報を処理するだけのことではなく、既存の(事前の)情報に大きく依存していると仮定することによってのみ、多くの知覚現象は理解し得る:しばしば、脳は無意識かつ強制的に、意味のある知覚を構築するために、与えられていない情報を仮定(又は推論)する。予測処理ビューとその含意は、現在、ますます多くの科学分野において探究されている。神経科学においては、脳における感覚(例えば視覚)の階層が事前の知識と感覚の証拠をどのように組み合わせるかを、トップダウン(予測)とボトムアップ(予測エラー)を継続的に交換することにより「予測的符号化」の理論(Friston, 2005; Rao & Ballard, 1999)は描写する。その上、インテリジェント・システムを創作することへの関心は、行動及び計画(能動的推論としても知られる)に対処するために予測処理の観点を知覚処理を超えての拡張に対する必要性を高めた。この目標に向けた先駆的な研究は、カール・フリストン(Karl Friston)とその同僚によって行われた(Friston et al., 2016; Friston, FitzGerald, Rigoli, Schwartenbeck, & Pezzulo, 2017; Friston et al., 2015; Friston, Samothrakis, & Montague, 2012; Pezzulo, Rigoli, & Friston, 2018)。本論文においては、知覚の予測処理ビュー(「予測的符号化」と呼ばれる)のいくつかの基本的なコンセプト及びアクションドメイン(「能動的推論」と呼ばれる)へのその拡張を、我々は最初に紹介する。次に、症状の知覚に対するそれらの含意を、我々は簡単に記述する。

注:i) 引用中の「Clark, 2013」は次の論文です。 「Whatever next? Predictive brains, situated agents, and the future of cognitive science.」 ii) 引用中の「Friston, 2010」は次の論文です。 「The free-energy principle: a unified brain theory?」 iii) 引用中の「Hohwy, 2013」は次の本です。 「Hohwy, J. (2013). The predictive mind. Oxford, United Kingdom: Oxford University Press.」 iv) 引用中の「Friston, 2005」は次の論文です。 「A theory of cortical responses.」 v) 引用中の「Rao & Ballard, 1999」は次の論文です。 「Predictive coding in the visual cortex: a functional interpretation of some extra-classical receptive-field effects.」 vi) 引用中の「Friston et al., 2016」は次の論文です。 「Active inference and learning.」 vii) 引用中の「Friston, FitzGerald, Rigoli, Schwartenbeck, & Pezzulo, 2017」は次の論文です。 「Active Inference: A Process Theory.」 viii) 引用中の「Friston et al., 2015」は次の論文です。 「Active inference and epistemic value.」 ix) 引用中の「 Friston, Samothrakis, & Montague, 2012」は次の論文です。 「Active inference and agency: optimal control without cost functions.」 ix) 引用中の「Pezzulo, Rigoli, & Friston, 2018」は次の論文です。 「Hierarchical Active Inference: A Theory of Motivated Control.」 x) 拙訳中の「予測的符号化」についてはここ、他の拙エントリのここ及び次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 加えて拙訳中の「能動的推論」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」の「2. 予測的符号化」項

一方、アレルギー疾患と機能性身体症候群とに関係する論文要旨を以下に紹介します。

(a)「Comorbidity in allergic asthma and allergic rhinitis: functional somatic syndromes.[拙訳]アレルギー性喘息及びアレルギー性鼻炎における併病:機能性身体症候群」

Based on the concept of central sensitisation, the present study tested the hypothesis of comorbidity in allergic asthma and allergic rhinitis with diagnoses of functional somatic syndromes (FSSs), including fibromyalgia, irritable bowel syndrome and migraine. Data were used from the population-based Västerbotten Environmental Health Study (n = 3406). The participants consisted of 164 individuals with allergic asthma and 298 individuals with allergic rhinitis as well as 2876 individuals without allergic or non-allergic asthma, allergic rhinitis or atopic dermatitis. Diagnoses were based on self-reports of having been diagnosed by a physician. Odds ratios (ORs) were calculated from binary logistic regression analysis, both crude and adjusted for age and education. The adjusted ORs (1.87-4.00) for all FSSs differed significantly from unity for both allergic asthma and rhinitis. The results provide support for the hypothesis of comorbidity in allergic asthma and rhinitis with FSSs. Since central sensitisation is likely to underlie FSSs, the present findings raises the question as to whether central sensitisation may also be involved in allergic asthma and rhinitis.


[拙訳]
中枢感作の概念に基づいて、線維筋痛症過敏性腸症候群及び片頭痛を含む機能性身体症候群(FSSs)の診断を伴うアレルギー性喘息及びアレルギー性鼻炎における合併症の仮説を本研究は検証した。集団ベースの Västerbotten Environmental Health Study(n = 3406)[訳注:環境健康研究です]からのデータを使用した。アレルギー性又は非アレルギー性の喘息、アレルギー性鼻炎又はアトピー性皮膚炎の2876人のみならず、アレルギー性喘息を伴う164人、アレルギー性鼻炎を伴う298人のこの研究の参加者で構成されていた。診断は、医師により診断されたという自己報告に基づいた。(複数の)オッズ比(ORs)は、補正前及び年齢と教育で補正後の二重ロジスティック回帰分析から算出した。全ての FSSs の補正された ORs(1.87-4.00)は、アレルギー性喘息及び鼻炎の両方に対して一致[訳注:ORs=1]とは有意に異なった。これらの結果は、FSSs に伴うアレルギー性喘息及び鼻炎における併存症の仮説を支持する。中枢感作は FSSs の基礎となる可能性が高いので、本知見は、中枢感作がアレルギー性喘息及び鼻炎にも関与し得るかどうかという問題を提起する。

注:引用中の「n = 3406」は人数を指します。

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【10】「環境とエピゲノム又はエピジェネティクスとの関連」について

(注:この記事ではエピゲノム及びエピジェネティクス以外のオキシトシンについての内容を含みます)最初に標記について、中尾光善著の本、「環境とエピゲノム」(2018年発行)の「まえがき」における記述の一部(Pii~Pv)を次に引用します。

(前略)私たちがまわりの環境から刺激を受けて,それが脳に達して生じる意識を感覚という.基本的な感覚といえば いわゆる「五感」である.「視覚」では,眼を通して光のエネルギーを受け取り,また「聴覚」では 耳を通して音の信号を受けている。いずれも物理的な因子である.「嗅覚」では 鼻を通して匂いの成分を感じて,また「味覚」では,舌を通して食物の味の情報を得ている.これらは化学的な因子といえる.「触覚」では,全身の皮膚などを通してメカニカルな圧力を感じる.これは機械的な因子である.こうした五感を担う組織が感覚器であり,それらの情報は神経を介して脳に集められる.生物が進化の過程で獲得してきた,環境刺激を感知するしくみである.
ここで注目したいことが2つあるように思う.ひとつは,五感をマクロの感覚とするならば,身体を構成するすべての細胞はミクロの感覚をもっているという点である.自分が意識する五感だけでなく,「細胞の感覚」というものがある.たとえば,少量の放射線は五感でわからないが,身体の細胞は見事に感知することができる.もうひとつは,刺激を初めて受ける場合と再び受ける場合には違いがあるという点である.つまり,刺激に対する記憶というものが存在する.いままで見たり聞いたりしたことが脳の中に保存されるように,細胞の受容体(またはセンサー)というタンパク質が刺激を感知すると,その情報は細胞核の中に保存される.すなわち,身体を構成する細胞は,環境の情報を記憶することができる.
私たちの身体は,ヒトのゲノム(設計図)に書き込まれた生命の情報に従ってつくられている.そこには,約2万5000個の遺伝子がほぼ不規則に配置されている.そのため,ゲノム上にある遺伝子を選んで使うという,遺伝子の使い方が重要なのだ.身体の中の細胞では,使う遺伝子と使わない遺伝子に別々の印がつけられている.これらONとOFFの印をつけたゲノムをエピゲノムという.それぞれの遺伝子に印がつけられることから,あたかもふせんのようなしくみである.ふせんとは,目的のところに印をつけたり外したり,書き込んだりと何かと便利なものだ.近年,エピゲノムという舞台では3つの役者が働いていることがわかった.“ライター”(書き手)は印をつける因子,“リーダー”(読み手)は印に結合する因子,“イレイサー”(消し手)は印を除去する因子である.すなわち,エピゲノムの状態は可逆的であると考えられる.
環境が主体に作用すると,刺激の種類や強さ,タイミングに応じて,ゲノム上の特定の遺伝子が働くようになる.初めての刺激を受けた後には,ある遺伝子を使ったという印がつけられる.つまり,OFFからONの印に変わることが刺激を受けたという細胞の記憶になるわけである.たとえばホルモンが細胞に初めて作用した場合,標的の遺伝子に刺激を受けたという印がつけられる.ホルモンの刺激がなくなっても,その記憶は残る.その結果,同じ刺激を再び受けると,その遺伝子はすみやかに強く応答できる.刺激を受けた細胞は,その後に同じ刺激が来ることを予測して準備しているのだ.
小さな刺激が私たちにただちに大きな影響を与えることはない.しかし,それが長年にわたり繰り返し作用すると,エピゲノムの変化が徐々に蓄積していく.生命体は環境因子にさらされると,それに適応するように,自らを変化させる性質があるからだ.たとえば,食事の内容が長い間偏っていると,印が書き加えられて,遺伝子の働き方が変わる.これが記憶として固定すると,がんや肥満などの生活習慣病,精神的なストレス障害を生じやすくなることがわかってきた.(中略)

生命体は柔軟にその性質を変える.そう考えると,いま本当に大切なのは,私たちを取り巻く環境について知ることである.そして,私たちは環境因子をどう感知して,どう応答して,それを記憶していくのか.これらの点について,エピゲノムを共通言語として読み解いてみたい.科学的に実証されていることは必ずしも多くない.しかし,これからの進展が期待できる大きな魅力がある.本書では身体を構成するすべての細胞は環境因子に対する「感知→応答→記憶」のパスウェイ(経路)をもっているとしよう.環境から受けだ情報を私たちは分子のレベルで身体の中に記憶している。これを環境の記憶とよほう.本書が“生命と環境は連続している”と実感する一助になれば,このうえない喜びである.(後略)

注:i) 標記エピゲノムについての一般的な説明は、例えば次のWEBサイトを参照して下さい。 「 一般の方へ-エピゲノム研究を病気の治療に役立てるために」 ii) 引用中の「主体」は特定の細胞を指すようです。同本の Pii に次に引用(『 』内)する記述があります。 『このように、特定の細胞を主体としても環境というものがある.私たちが気づかないところで,主体と環境はいつも相互作用している.』(注:この一例として、腫瘍や癌の幹細胞の微少環境があります。例えば次の資料を参照して下さい。 「腫瘍微小環境におけるマクロファージの役割 -病理学から見たがん治療へのアプローチ-」、「癌幹細胞が癌の根治から逃れる特殊能力について合成ポリマーを用いて解明」) iii) 標記「エピゲノム」に関連する次のWEBページがあります。 「基礎知識6 エピゲノム」 iv) 標記「エピゲノム」に関連する「エピジェネティクス」については、引用はしませんが同本の中心的なテーマとして P12~P15 に記述があります。 v) DOHaD 学説(下記参照)にも言及している次に紹介する資料もあります。 「生殖と発生異常にかかわるエピゲノム変化と環境の影響」 ちなみに、上記 DOHaD(Developmental Origin of Health and Disease)学説について、同本の P74 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『胎児だけでなく新生児(生後28日まで)・乳児(生後1年未満)を含めた出生前後における環境因子の影響をまとめて,健康と病気の発生起源説(DOHaD学説)(ドーハッド学説)とよばれている.』 vi) 標記エピゲノム(又はエピジェネティクス)に関連するかもしれない子ども時代の虐待がもたらす脳の変化(又はストレスが脳の分子レベルもしくは神経生物レベルに影響を及ぼすこと)については、例えばここ及び次の資料及びを参照して下さい。 「被虐待者の脳科学研究」、「脳科学からみた子ども虐待 ~児童虐待・ネグレクトが及ぼす神経生物学的影響~

次の自閉症の視点から、標記関連についての引用を次に紹介します。すなわち、金沢大学子どものこころの発達研究センター監修、竹内慶至編の本、「自閉症という謎に迫る 研究最前線報告」(2013年発行)の 第1章 自閉症は治るか――精神医学からのアプローチ(著者:棟居俊夫) の「落語と自閉症」における記述の一部(P49~P55)を次に引用します。

目を遺伝に転じよう。一卵性双生児が二卵性に比べてはるかに、両方が自閉的となる割合が高く、第一子が自閉症の場合第二子が自閉症になる確率が高くなることから、自閉症発現に遺伝が関与していると以前から指摘されてきた。最近ではゲノム解析がすすみ、遺伝的な多型や変異が次々発見されている。2008年段階では次のことがわかっている。自閉症に見られる一塩基多型(SNPs)、染色体異常、それに受精後の遺伝子コピー数変異が合わせて100種類を超える。自閉症遺伝子というべきものはない。個々の遺伝的多型や変異で説明できる自閉症発現は多くても2、3%にすぎない。
起きているのは、多重的な遺伝的影響と環境の影響の加算的効果または遺伝と環境の相互作用としてのエピジェネティクス(註3)と推定される。これは糖尿病などと同じだ。自閉症に関連する遺伝的多型や変異を多く持っている個体が、環境にある危険因子ないしは予防因子によって症状を発現したりしなかったりすると考えられる。
ここで威力を発揮するのは、自閉症の双生児研究やきょうだい研究だ。アメリカではそれが現在大規模に展開中だ。研究者たちの予測は、遺伝と環境の累積効果がある闇値に達した場合に自閉症が発現するというものだ。近い将来解答が出るだろう。ホットトピックの一つは、アレルギー・炎症反応・自己免疫疾患など過剰免疫問題と自閉症の関連だ。脱工業化社会でのヒトの生物的環境(土壌菌・人体菌・寄生虫)の枯渇、ビタミンD不足、運動不足やストレス過剰が自閉症を含む一連の問題の根底にあるのではという仮説も立てられている。
このように書くと、「自閉症は親の育て方のせい」という理不尽な偏見に悩まされてきた人々は困惑するだろう。自分が親として悪かったのではないかと。それは違う。そもそも子どもに遺伝的な脆弱性があることは親にはわからないし、環境の危険因子や予防因子もまだ科学的には明らかになっていない。糖尿病や癌のようにエピジェネティクスの詳しい説明がつくようになれば、対処が可能になる。危険因子と予防因子がわかれば、社会政策や家族支援、子育て支援が再調整されることになる。
これらを進めるうえで必要なのは大規模な疫学調査だ。それも子どもが生まれて成人するまで(理想的には高齢化するまで)の人生全体にまたがるものだ。遺伝の諸変数と環境の諸変数(例えば大気汚染、緑化の程度)の影響を追跡していく、ライフコース疫学が必要だ。そこでは脳のイメージング(本書第3章)、細胞レベルでの遺伝環境相互作用の研究、心理学的検査の実施などが必須だ。相当な資源の投入が求められるだろう。英米ではすでにそれが始まっている。先に述べた国や民族による発現の差をエピジェネティクスの観点から明らかにするためには、日本もこの流れに参入していくことが期待される。(中略)

註3 エピジェネティクス DNAの塩基配列の変化を伴わない細胞分裂にも継承される遺伝子発現を研究する学問領域をさす。遺伝的形質の発現が、先天的な遺伝子配列だけでなく後天的な要因によって生じる現象を追究する。

注:i) 引用中の「本書第3章」の引用は省略します。 ii) 引用中の「エビジェネティクス」については、次のWEBページを参照して下さい。「エピジェネティクス - 脳科学辞典」 iii) 以下の例外を除き、引用はしませんが類似した記述が次にそれぞれ示されています。 ①杉山登志郎著の本、「発達障害のいま」(2011年発行)の 第一章 発達障害はなぜ増えているのか (P25~P41)の一部*7 ②鷲見聡著の本、「発達障害の謎を解く」(2015年発行)の [第2章] 遺伝と環境・総論 の 遺伝要因と環境要因を考える――人間の多様性の1つとして捉える (P40~P51)*8 加えて、後者における上記「エピジェネティクス」(例えば参照)について、同章の 遺伝要因と環境要因を考える――人間の多様性の1つとして捉える の「1.生まれか育ちか」及び「2.エピジェネティクス――遺伝子分野の革命的概念」の記述又は記述の一部(P52~P56)を上記の例外として次に引用します。

1.生まれか育ちか
昔からよく使われることわざに「蛙の子は蛙」「瓜の蔓に茄子はならぬ」などがある。これらは、親と子の特徴が似ていることを示す例えであり、遺伝要因、すなわち、『生まれ』の影響の大きさを示すものである。ところが一方で、「氏より育ち」「朱に交われば赤くなる」というのも、よく言われる。こちらは、環境要因、すなわち、『育ち』が人の発達成長に大きく関わることを表している。
一見、相反する内容のことわざが、どちらかがすたれる事も無く今日まで伝わってきたのは、どうしてであろうか。古来から人々は、遺伝要因と環境要因そのどちらもが、子どもの成長発達に重要な影響を及ぼす事を感じ取っていたに違いない。
しかし、近年の学術論争を振り返ると、「遺伝か、環境か」という二者択一の中で論争が続いてきた。そこには、遺伝と環境とは、別々の相反する要因であるという大前提があった。自閉症を例にとるならば、以前は、その発症原因を「母親の育て方が悪いことで起きる」という心因論、つまり環境要因説が信じられてきた。それが、1990年代以降、「生まれつきの脳障害」という器質論、すなわち、遺伝要因を重視した説に取って代わられた。
ところが最近、そのような「遺伝か環境か」という二者択一の論議の根底を揺るがす新たなメカニズムが発見された。それは、環境要因が遺伝子に影響を与えて、その働き方を変化させる「エピジェネティクス」というものである1)。この発見は「遺伝と環境は別々の要因」「遺伝要因は変化しない」という既成の概念を覆すものであった。エピジェネクスの登場以来、病気の発症や子どもたちの発達にとって、遺伝と環境の相互作用は非常に重要であることが認識されるようになってきた。
本節では、このような新しい知見が具体的にどのようなものであるがを示し、その上で、遺伝と環境の相互作用の視点から、自閉症スペクトラム(ASD)について論じる。

2.エピジェネティクス――遺伝子分野の革命的概念
従来の遺伝学の考え方では、両親から受け継いだ遺伝子は生涯不変で、遺伝子の働きもまた生涯不変と考えられていた。そして、遺伝子は精密な設計図、それも修正不可能なインクで書かれた設計図に例えられていた。ところが、その遺伝子の働き具合を変化させる「エピジェネティクス」というメカニズムが明らかになった。ある種の遺伝子にはその働きをコントロールするスイッチに相当するもの(メチル化修飾など)があり、その切り替えによって遺伝子の働き具合が変わるのである。このスイッチの切り替えを行うのは「環境要因」で、遺伝子本体を変化させずに働き具合のみを変える。エピジェネティクスの発見は、遺伝要因と環境要因が合わさって機能するシステムが存在することと、遺伝子機能が後天的に変わりうることを、初めて証明したものである。
例えば、生後間もない時期の精神的ストレスによって、ストレス耐性遺伝子(グルココルチコイド受容体遺伝子)のスイッチが切り替わることが、ネズミでは明らかになっている2)(図2-4)。生後すぐに母ネズミから引き離された仔ネズミのストレス耐性遺伝子を調べると、その遺伝子のスイッチはOFFFの状態になっている。ストレス耐性遺伝子が働かないため、ストレスに弱くなり、精神的に不安定になる。そして、その後もOFFの状態が続くため、その仔ネズミが大人ネズミになっても、精神的に不安定な状態が続く。
一方、母ネズミの世話を受けた仔ネズミは、ストレス耐性遺伝子のスイッチがONの状態になってストレスに強くなり、精神的に安定する。そして、いったんONになったスイッチは、大人ネズミになってもONの状態が続き、精神的に安定する。すなわち、幼少期の環境要因が遺伝子の働き方を決め、その後の精神状態に影響を与え続けている。しかし、この興味深い現象は、ストレス耐性遺伝子のみ、あるいは、母ネズミの世話のみでは起こり得ない。遺伝子と環境要因(世話)の両方が合わさって初めて、仔ネズミの精神状態に作用することが可能となる。そして、「三つ子の魂百まで」ということわざのように、生後早期に獲得した特徴が生涯持続するのである。(中略)

エピジェネティクスについての研究は、人においても開始されている。例えば妊娠中の母親が低栄養状態だった場合、生まれてくる子どもが大人になった時に肥満になりやすいことが知られているが、これにもエピジェネティクスが関与している3)。母親が低栄養になると胎児も低栄養状態に陥り、それに対する防衛反応として、胎児のエネルギー節約遺伝子のスイッチがONになる。つまり、低栄養という環境要因が節約遺伝子のスイッチをONに入れ、その後もずっとONの状態が続く。エネルギー節約遺伝子がONになっていることは、低栄養(エネルギー不足)の時には体の活動にとって都合が良い。しかし、栄養が十分にある時には必要以上にエネルギー節約をすることになり、その結果、余分なエネルギーが脂肪として蓄えられる。この場合、直接働いているのはエネルギー節約遺伝子という遺伝要因であるが、その遺伝子のスイッチをONにしたのは低栄養という環境要因である。遺伝と環境、この2つの要因がエピジェネティクスによって結びついて作用し、成人期に肥満になりやすくなるのである。(後略)

注:i) 引用中の文献番号「1)」、「2)」、「3)」はそれぞれ、1) 「エピジェネティクスのオーバービュー」 2) 「Epigenetic programming by maternal behavior.」 3) 福岡 秀興、他「肥満発症にかかわる胎生期環境の影響」『日本臨床』71巻、237-243頁、2013年 です。 ii) 引用中の「図2-4」の引用は省略します。

一方、ヒトのエピジェネティクスに関する発表例として、論文の要旨(その1その2)を以下に紹介します。加えて、上記その2の論文要旨にも関連するオキシトシンについての論文を「扁桃体を考慮したオキシトシンがストレスに抵抗する力を与えること」についての本の記述を含めて以下に紹介します。これらの論文の中で、最初の論文が標記エピジェネティクスに関係します。

Persistent epigenetic differences associated with prenatal exposure to famine in humans.[拙訳]ヒトの胎児への出生前曝露に関連する持続的なエピジェネティックな差異

Extensive epidemiologic studies have suggested that adult disease risk is associated with adverse environmental conditions early in development. Although the mechanisms behind these relationships are unclear, an involvement of epigenetic dysregulation has been hypothesized. Here we show that individuals who were prenatally exposed to famine during the Dutch Hunger Winter in 1944-45 had, 6 decades later, less DNA methylation of the imprinted IGF2 gene compared with their unexposed, same-sex siblings. The association was specific for periconceptional exposure, reinforcing that very early mammalian development is a crucial period for establishing and maintaining epigenetic marks. These data are the first to contribute empirical support for the hypothesis that early-life environmental conditions can cause epigenetic changes in humans that persist throughout life.


[拙訳]
大規模な疫学的研究は、成人病のリスクが発育初期の悪い環境条件と関連していることを示唆する。これらの関係の背景にあるメカニズムは不明であるが、エピジェネティックな調節不全の関与が仮定されている。ここで、1944-45年のオランダ飢餓の冬中に胎内でこれに曝された個々人が、60年後、曝されていない同性の兄弟と比較して、インプリンティングされた IGF2 遺伝子の DNA メチル化が少なかったことを我々は示した。この関連は周産期曝露に特異的であり、非常に初期の哺乳類の発達がエピジェネティックな特徴を確立し、維持するための重要な期間であることを強化する。これらのデータは、若齢期の環境状態が生涯にわたって持続するヒトにおけるエピジェネティックな変化を引き起こし得るという仮説の経験的支持に最初に寄与した。

注:i) この論文の簡単な紹介はここと次のWEBページを参照して下さい。 「妊娠出産に関わる病気・胎児の健康とエピゲノム」の「妊娠期のエピジェネティクス変化が、子供の将来の健康状態を決める!?」項 ii) 引用中の「オランダ飢餓」と DOHaD 説との関連については次の資料を参照して下さい。「胎生期環境と生活習慣病発症機序 ―成人病(生活習慣病)胎児期発症起源説から考える―」 iii) 引用中の「DNA メチル化」については、次のWEBページを参照して下さい。「エピジェネティクス - 脳科学辞典」の「DNAメチル化」項

Methylation of the oxytocin receptor gene mediates the effect of adversity on negative schemas and depression.[拙訳]オキシトシン受容体遺伝子のメチル化は逆境がネガティブなスキーマ及びうつに及ぼす影響をメディエイトする

Building upon various lines of research, we posited that methylation of the oxytocin receptor gene (OXTR) would mediate the effect of adult adversity on increased commitment to negative schemas and in turn the development of depression. We tested our model using structural equation modeling and longitudinal data from a sample of 100 middle-aged, African American women. The results provided strong support for the model. Analysis of the 12 CpG sites available for the promoter region of the OXTR gene identified four factors. One of these factors was related to the study variables, whereas the others were not. This factor mediated the effect of adult adversity on schemas relating to pessimism and distrust, and these schemas, in turn, mediated the impact of OXTR methylation on depression. All indirect effects were statistically significant, and they remained significant after controlling for childhood trauma, age, romantic relationship status, individual differences in cell types, and average level of genome-wide methylation. These finding suggest that epigenetic regulation of the oxytocin system may be a mechanism whereby the negative cognitions central to depression become biologically embedded.


[拙訳]
様々な系列の研究に基づき、オキシトシン受容体遺伝子(OXTR)のメチル化が、ネガティブなスキーマ及びその後のうつの発症への増加したコミットメントに及ぼす大人の逆境の効果をメディエイト(仲介)するであろうと我々は仮定した。100人の中年アフリカ系アメリカ人の女性のサンプルからの構造方程式モデリングと縦断データを使用した我々のモデルを検査した。これらの結果によりこのモデルに強い支持が与えられた。OXTR 遺伝子のプロモーター領域で利用可能な 12 の CpG サイトの分析で4つの要因を同定した。これらの要因の1つは、他では関連していないのに、研究変数に関連していた。この要因は、悲観主義及び不信用に関連するスキーマ(これらのスキーマは順にうつに与える OXTR のメチル化の影響をメディエイトする)に及ぼす大人の逆境の効果をメディエイトした。全ての間接的な効果は統計的に有意であり、そして、子ども時代のトラウマ、年齢、恋愛関係の状況、細胞型における個人差、ゲノムワイドのメチル化の平均レベルでコントロール(統制)した後も有意のままであった。これらの知見は、オキシトシン系のエピジェネティック制御が、これによりうつのネガティブな認知の中核が生物学的に埋め込まれるメカニズムかもしれないことを示唆する。

注:i) 引用中の「メチル化」に関連する「DNAメチル化」及び引用中の「CpG」については、共に次のWEBページを参照して下さい。「エピジェネティクス - 脳科学辞典」の「DNAメチル化」項 ii) 上記「エビジェネティクス」及び「オキシトシン受容体」に関連する資料の例は次を参照して下さい。 「マルトリートメント児の愛着不安にはオキシトシン受容体の DNA スイッチが関与している

ここでは上記オキシトシンに関連して、 (a) 扁桃体を考慮したオキシトシンがストレスに抵抗する力を与えることについて、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第7章 基底核扁桃体,小脳と前頭葉-手続き的学習と認知的柔軟性 の 7.3 前頭葉扁桃体による脅威,恐怖からの学習 の「7.3.2 扁桃体前頭葉による恐怖反応の制御と内面化による予期的不安」における記述(P211~P212)を以下に引用します。 (b) 加えて、ストレス応答、心的外傷後ストレス障害又はマルトリートメントにおけるオキシトシン系についてかもしれない論文を以下に紹介します。論文タイトルはそれぞれ、[1] 論文要旨「Oxytocin receptor DNA methylation and alterations of brain volumes in maltreated children.[拙訳]マルトリートメントされた小児におけるオキシトシン受容体の DNA メチレーション及び変化した脳の体積」、[2] 論文要旨「Oxytocin and Stress: Neural Mechanisms, Stress-Related Disorders, and Therapeutic Approaches.[拙訳]オキシトシンとストレス:神経メカニズム、ストレス関連障害、及び治療的アプローチ」 、[3] 「Approaches Mediating Oxytocin Regulation of the Immune System.[拙訳]免疫系のオキシトシン調節をメディエイトするアプローチ」、 [4] 論文「Child Maltreatment Is Associated with a Reduction of the Oxytocin Receptor in Peripheral Blood Mononuclear Cells.[拙訳]子どものマルトリートメントは、末梢血単核細胞におけるオキシトシン受容体の減少と関連する」、[5]論文「Calming Cycle Theory and the Co-Regulation of Oxytocin.[拙訳]Calming Cycle 理論及びオキシトシンの共調節」及び[6]論文「Effects of Oxytocin on Fear Memory and Neuroinflammation in a Rodent Model of Posttraumatic Stress Disorder.[拙訳]心的外傷後ストレス障害の齧歯モデルにおける恐怖記憶と神経炎症に及ぼすオキシトシンの効果」です。上記五つの論文(要旨)のリンクはそれぞれ、[1] の論文要旨引用)、[2] の論文要旨引用)、[3] の論文要旨引用、全文はここを参照)、)[4] の論文要旨引用、全文はここを参照)、[5] の論文要旨引用)、[6] の論文要旨引用、全文はここを参照)、及び [7] の論文要旨引用、全文はここを参照)です。上記リンクのように、これらの論文要旨を以下にそれぞれ引用します。その後にそれぞれ脚注があります。なお、標記オキシトシンについては次のWEBページ及び資料を参照すると良いかもしれません。 「オキシトシン - 日医NEWS」、「オキシトシンと心身の健康

7.3.2 扁桃体前頭葉による恐怖反応の制御と内面化による予期的不安
扁桃体で獲得した恐怖条件づけは,条件刺激と無条件刺激とを無関係に提示する,または無条件刺激や電気ショックなどの嫌悪刺激を与えないと行動上フリーズや回避する運動が見られなくなり消去したように見えます.しかし,実際には大脳皮質によって抑制されていることがわかっています.
扁桃体は内側前頭前野,前帯状皮質から入力を受け調節されています.消去の過程では,その皮質からの入力によって抑制を受けることで,自律神経の応答やフリーズなどの行動が見られなくなります.しかし扁桃体シナプスの学習時の変化がまったくなくなったわけではないので,再度学習すると初回より速く学習することになります.
長期的なストレスは脳全体にさまざまな変化をもたらします(Grupe and Nitschke, 2013).扁桃体と BNST を含む拡張扁桃体の活動も高まり,これらの出力先である中脳水道灰白質,青斑核,前脳基底部などの活動が高まることになります.脅威への過敏な応答性も形成されます,前頭内側部と頭頂葉肉側部のいわゆる DMN は安静時にエピソード記憶の想起や将来の展望記憶に関わるため,慢性的なストレスが負の情動に強く影響された回想記憶や展望記憶を構成することになります.すると,安静時も気が滅入ることになります.前頭前野はこのような慢性的なストレスで,はたらき方がすっかり変容してしまうのです.
長期のストレスなどでうつ病になると,いわゆる過剰な思考反芻が起こります(Koster et al., 2011).その際に情動的にネガティブな内容のことが多く,扁桃体の活動が高いことがわかっています.それと同時に DMN が活性化しており,自分に関連した内的な注意に偏ってしまい,外界への注意や活動に向かわなくなります(Hamilton et al., 2011).
一方で,オキシトシンというホルモンがストレスに抵抗する力を与えることが知られています(Heinrichs et al., 2003; Kosfeld et al., 2005; Meyer-Lindenberg et a1., 2011; Olff et al., 2010).これは授乳時に母親でできるホルモンですが 人との信頼関係を築くことに関わる役割もあり,男性,女性関係なく分泌することが知られています.このホルモンは扁桃体と関係の深い内側前頭前野や前帯状皮質にはたらき,抗ストレスホルモンとして作用し,扁桃体のはたらさを抑えることが知られています.慢性的ストレス時に社会的な支援,対人的な支援で信頼関係を築く際には,実は支援者も被支援者もこのオキシトシンというホルモンを分泌します.ストレスを感じるときに互いに信頼性築くことができる人が周りにいることがとても大切だといえます.

注:i) 引用中の「Grupe and Nitschke, 2013」は次の論文です。 「Uncertainty and anticipation in anxiety: an integrated neurobiological and psychological perspective.」 ii) 引用中の「Koster et al., 2011」は次の論文です。 「Understanding depressive rumination from a cognitive science perspective: the impaired disengagement hypothesis.」 iii) 引用中の「Hamilton et al., 2011」は次の論文です。 「Default-mode and task-positive network activity in major depressive disorder: implications for adaptive and maladaptive rumination.」 iv) 引用中の「Heinrichs et al., 2003」は次の論文です。 「Social support and oxytocin interact to suppress cortisol and subjective responses to psychosocial stress.」 v) 引用中の「Kosfeld et al., 2005」は次の論文です。 「Oxytocin increases trust in humans.」 vi) 引用中の「Meyer-Lindenberg et a1., 2011」は次の論文です。 「Oxytocin and vasopressin in the human brain: social neuropeptides for translational medicine.」 vii) 引用中の「Olff et al., 2010」は次の論文です。 「A psychobiological rationale for oxytocin in the treatment of posttraumatic stress disorder.」 viii) 引用中の「恐怖条件づけ」については次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」 ix) 引用中の「情動」についてはメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 x) 引用中の「反芻」(反すう)については他の拙エントリのここを参照して下さい。 xi) 引用中の「フリーズ」に関連するソマティックエクスペリエンシングの視点からの「凍りつき」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 xii) 瞑想の視点からの引用中の「DMN」(デフォルトモードネットワーク)については他の拙エントリのここを参照して下さい。 viii) 引用中の「扁桃体」についてはトラウマの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて上記「扁桃体」に関連する引用中の「BNST」([扁桃体延長部の]分界条床核)については例えば次の資料を参照して下さい。 「分界条床核特定神経回路を介した不安生起機構」 ちなみに、マウスにおける上記「分界条床核」における性差についての資料は次を参照して下さい。 「不安や恐怖の感じ方に性差はあるか 分界条床核における性差」 xiv) 引用中の「内側前頭前野」に関連する「内側前頭前皮質」についてはトラウマの視点から他の拙エントリのここここにおける引用の「ストレス反応を制御する――監視塔」項を参照して下さい。 xv) 引用中の「前帯状皮質」については次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 xvi) 引用中の「中脳水道灰白質」に関連する「水道周囲灰白質」については次のWEBページを参照して下さい。 「水道周囲灰白質 - 脳科学辞典」 xvii) 引用中の「青斑核」についてはパニック症の視点からは次のWEBページを参照して下さい。 「パニック症- 脳科学辞典」の「“Stress-induced fear circuit”とPD」項

[1] の論文要旨の引用(注:この論文要旨に関連する資料は次の資料を参照して下さい。 「マルトリートメント児の愛着不安にはオキシトシン受容体の DNA スイッチが関与している」)

Although oxytocin (OXT) plays an important role in secure attachment formation with a primary caregiver, which is impaired in many children with childhood maltreatment (CM), epigenetic regulation in response to CM is a key factor in brain development during childhood. To address this issue, we first investigated differences in salivary DNA methylation of the oxytocin receptor (OXTR) between CM and Non-CM groups of Japanese children (CM: n = 44; Non-CM: n = 41) and its impact on brain structures in subgroup analysis using brain imaging and full clinical data (CM: n = 24; Non-CM: n = 31). As a result, we observed that the CM group showed higher CpG 5,6 methylation than did the Non-CM group and confirmed negative correlations of gray matter volume (GMV) in the left orbitofrontal cortex (OFC) with CpG 5,6 methylation. In addition, the CM group showed significantly lower GMV in the left OFC than did the Non-CM group. Furthermore, as a result of examining the relationship between GMV in the left OFC and psychiatric symptoms in CM, we observed a negative association with insecure attachment style and also confirmed the mediation effect of left-OFC GMV reduction on the relationship between OXTR methylation and insecure attachment style. These results suggest that any modulation of the oxytocin signaling pathway induced by OXTR hypermethylation at CpG 5,6 leads to atypical development of the left OFC, resulting in distorted attachment formation in children with CM.


[拙訳]
オキシトシンOXT)は、小児期のマルトリートメント(CM)を伴う多くの子供において損なわれた主介護者との安全な愛着形成に重要な役割を果たすが、CM に応答したエピジェネティック調節は、小児期の脳の発達における重要な要因である。この問題に対処するために、日本人の子供の CM 群と非 CM 群(CM: n = 44; Non-CM: n = 41)の間のオキシトシン受容体(OXTR)の唾液 DNA メチル化における違い、及び脳画像と完全な臨床データ(CM: n = 24; Non-CM: n = 31)を使用したサブグループ分析におけるその脳の構造に及ぼす影響を、我々は先ず調査した。その結果、CM 群は非 CM 群よりも高い CpG 5,6 メチル化を示すことを我々は観察し、そして CpG 5,6 メチル化を伴う左眼窩前頭皮質(OFC)における灰白質体積(GMV)との負の相関を、我々は確認した。加えて、CM 群は非 CM 群よりも有意に左 OFC における低い GMV を示した。さらに、CM における左 OFC での GMV と精神症状との関係を調査した結果として、不安定な愛着スタイルとの負の関連を、我々は観察し、OXTR メチル化と不安定な愛着スタイルと関係に関する左 OFC GMV 減少のメディエーション効果も、我々は確認した。CpG 5,6 での OXTR 過剰メチル化によって引き起こされるオキシトシンシグナル伝達経路の変調が、左 OFC の非定型な発達につながり、CM を伴う小児の愛着形成の歪みをもたらすことを、これらの結果は示唆する。

注:i) 引用中の「n = 44」、「n = 41」、「n = 24」、「n = 31」は共に被験者数を示します。 ii) 拙訳中の(不安定な愛着を含む)「愛着」については例えば次の資料も参照して下さい。 「アタッチメント(愛着)障害と脳科学」の「Ⅱ.アタッチメント(愛着)理論」項 iii) 引用中の「DNA メチル化」及び引用中の「CpG」については、共に次のWEBページを参照して下さい。「エピジェネティクス - 脳科学辞典」の「DNAメチル化」項 iv) 拙訳中の「左眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典

[2] の論文要旨の引用

Clinical reports show that oxytocin (OT) is related to stress-related disorders such as depression, anxiety disorder, and post-traumatic stress disorder. Two key structures in the brain should be paid special attention with regard to stress regulation, namely, the hypothalamus and the hippocampus. The former is the region for central command for most, if not all, of the major endocrine systems, and the latter takes a key position in the regulation of mood and anxiety. There are extensive neural projections between the two structures, and both are functionally intertwined. The hypothalamus projects OTergic neurons to the hippocampus, and the latter possesses high levels of OT receptors. The hippocampus also regulates the secretion of glucocorticoids, a major group of stress hormones. Excessive levels of glucocorticoids in chronic stress cause atrophy of the hippocampus, whereas OT has been shown to protect hippocampal neurons from the toxic effects of glucocorticoids. In this article, we discuss how neural and endocrine mechanisms interplay in stress regulation, with an emphasis on the role of OT, as well as its therapeutic potential in the treatment of stress-related disorders.


[拙訳]
オキシトシン(OT)がうつ病、不安症、心的外傷後ストレス障害等のストレス関連障害に関連していることを、臨床報告は示す。ストレス調節に関しては、脳の2つの重要な構造、すなわち視床下部と海馬に特に注意を払う必要がある。前者は全てではないにしても、ほとんどの主要な内分泌系の中心的な命令の領域であり、後者は気分と不安の調節において重要な位置を占めている。2つの構造の間に広範な神経突起があり、両方が機能的に絡み合っている。視床下部オキシトシン作動性ニューロンを海馬に投射し、後者は高レベルの OT 受容体を有している。海馬は、ストレスホルモンの主要なグループであるグルココルチコイドの分泌も調節する。慢性ストレスにおける過剰なレベルのグルココルチコイドは海馬の萎縮を引き起こすが、OT はグルココルチコイドの毒性作用から海馬ニューロンを保護することが示されている。この論文では、ストレスの調節における神経及び内分泌メカニズムの相互作用について、OT の役割と、ストレス関連障害の治療における治療の可能性に重点を置いて説明する。

注:i) 疼痛ならびに炎症調節作用における拙訳中の「オキシトシン」については例えば次の資料を参照して下さい。 「下垂体後葉ホルモン・オキシトシンと疼痛ならびに炎症調節作用との関連」 ii) 拙訳中の「うつ病」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 拙訳中の「不安症」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「不安症 - 脳科学辞典」 iv) 拙訳中の「心的外傷後ストレス障害」については例えば次の資料を参照して下さい。 「トラウマ体験に苦しむストレス症候群 心的外傷後ストレス障害 PTSD を診る」 v) 拙訳中の「視床下部」については次のWEBページを参照して下さい。 「視床下部 - 脳科学辞典」 vi) 拙訳中の「海馬」については次のWEBページを参照して下さい。 「海馬 - 脳科学辞典」 vii) 拙訳中の「グルココルチコイド」については次のWEBページを参照して下さい。 「グルココルチコイド - 脳科学辞典

[3] の論文要旨の引用

The hypothalamic neuroendocrine system is mainly composed of the neural structures regulating hormone secretion from the pituitary gland and has been considered as the higher regulatory center of the immune system. Recently, the hypothalamo-neurohypophysial system (HNS) emerged as an important component of neuroendocrine-immune network, wherein the oxytocin (OT)-secreting system (OSS) plays an essential role. The OSS, consisting of OT neurons in the supraoptic nucleus, paraventricular nucleus, their several accessory nuclei and associated structures, can integrate neural, endocrine, metabolic, and immune information and plays a pivotal role in the development and functions of the immune system. The OSS can promote the development of thymus and bone marrow, perform immune surveillance, strengthen immune defense, and maintain immune homeostasis. Correspondingly, OT can inhibit inflammation, exert antibiotic-like effect, promote wound healing and regeneration, and suppress stress-associated immune disorders. In this process, the OSS can release OT to act on immune system directly by activating OT receptors or through modulating activities of other hypothalamic-pituitary-immune axes and autonomic nervous system indirectly. However, our understandings of the role of the OSS in neuroendocrine regulation of immune system are largely incomplete, particularly its relationship with other hypothalamic-pituitary-immune axes and the vasopressin-secreting system that coexists with the OSS in the HNS. In addition, it remains unclear about the relationship between the OSS and peripherally produced OT in immune regulation, particularly intrathymic OT that is known to elicit central immunological self-tolerance of T-cells to hypophysial hormones. In this work, we provide a brief review of current knowledge of the features of OSS regulation of the immune system and of potential approaches that mediate OSS coordination of the activities of entire neuroendocrine-immune network.


[拙訳]
視床下部神経内分泌系は、主に下垂体からのホルモン分泌を調節する神経構造で構成されており、免疫系のより高い調節中枢と見なされている。最近、視床下部-神経下垂体系(HNS)が、神経内分泌-免疫ネットワークの重要な構成要素として浮上し、オキシトシン(OT)分泌系(OSS)が重要な役割を果たしている。OSS は、視索上核、傍室核、それらのいくつかの付属核および関連構造の OT ニューロンで構成され、神経、内分泌、代謝、及び免疫情報を統合でき、免疫系の発達と機能において極めて重要な役割を果たす。OSS は、胸腺と骨髄の発達を促進し、免疫監視を行い、免疫防御を強化し、免疫恒常性を維持する。これに対応して、OT は炎症を抑制し、抗生物質のような効果を発揮し、創傷の治癒と再生を促進し、ストレス関連の免疫障害を抑制することができる。このプロセスでは、OSS は OT 受容体を活性化するか、他の視床下部-下垂体-免疫軸及び自律神経系の活動を間接的に調節することにより、OT を放出して免疫系に直接作用する。ただし、免疫系の神経内分泌調節における OSS の役割についての我々の理解は、特に他の視床下部-下垂体-免疫軸との関係及び HNSOSS と共存するバソプレシン分泌系との関係がほとんど不完全である。さらに、OSS と免疫調節で末梢産生される OT 、特に下垂体ホルモンに対するT細胞の中枢免疫学的自己寛容を誘発することが知られている胸腺内 OT の関係については不明のままである。この研究では、免疫系の OSS 調節の特徴と、神経内分泌免疫ネットワーク全体の活動の OSS 調整をメディエイトする潜在的なアプローチの現在の知識の簡単なレビューを提供する。

注:i) 拙訳中の「視索上核」及び「傍室核」にも言及する疼痛ならびに炎症調節作用における引用中の「オキシトシン」については例えば次の資料を参照して下さい。 「下垂体後葉ホルモン・オキシトシンと疼痛ならびに炎症調節作用との関連」 ii) 拙訳中の「視床下部」については次のWEBページを参照して下さい。 「視床下部 - 脳科学辞典」 iii) 拙訳中の「神経内分泌」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「学会について - 日本神経内分泌学会」の「神経内分泌とはなにか」項 iv) 拙訳中の「下垂体ホルモン」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「脳下垂体から分泌されるホルモンとその働き」 v) 拙訳中の「胸腺」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「胸腺の医学」 vi) 拙訳中の「骨髄」については次のWEBページを参照して下さい。 「骨髄

[4] の論文要旨の引用(注:形式を変更しています)

Background: Child maltreatment (CM) and attachment experiences are closely linked to alterations in the human oxytocin (OXT) system. However, human data about oxytocin receptor (OXTR) protein levels are lacking. Therefore, we investigated oxytocin receptor (OXTR) protein levels in circulating immune cells and related them to circulating levels of OXT in peripheral blood. We hypothesized reduced OXTR protein levels, associated with both, experiences of CM and an insecure attachment representation.

Methods: OXTR protein expressions were analyzed by western blot analyses in peripheral blood mononuclear cells (PBMC) and plasma OXT levels were determined by radioimmunoassay (RIA) in 49 mothers. We used the Childhood Trauma Questionnaire (CTQ) to assess adverse childhood experiences. Attachment representations (secure vs. insecure) were classified using the Adult Attachment Projective Picture System (AAP) and levels of anxiety and depression were assessed with the German version of the Hospital Depression and Anxiety scale (HADS-D).

Results: CM-affected women showed significantly lower OXTR protein expression with significantly negative correlations between the OXTR protein expression and the CTQ sum score, whereas plasma OXT levels showed no significant differences in association with CM. Lower OXTR protein expression in PBMC were particularly pronounced in the group of insecurely attached mothers compared to the securely attached group. Anxiety levels were significantly higher in CM-affected women.

Conclusion: This study demonstrated a significant association between CM and an alteration of OXTR protein expression in human blood cells as a sign for chronic, long-lasting alterations in this attachment-related neurobiological system.


[拙訳]
背景:子供のマルトリートメント(CM)と愛着の経験は、人間のオキシトシンOXT)系の変化と密接に関連している。しかしながら、オキシトシン受容体(OXTR)タンパク質レベルに関する人間のデータが不足している。従って、循環免疫細胞におけるオキシトシン受容体(OXTR)タンパク質レベルを、我々は調査し、それらを末梢血における OXT の循環レベルに関連付けた。CM の経験と不安定な愛着表現の両方に関連する OXTR タンパク質レベルの低下を、我々は仮定した。

方法:OXTR タンパク質発現は、末梢血単核細胞(PBMC)における western blot 分析によって分析され、そして血漿 OXT レベルは49人の母親における放射免疫測定法(RIA)によって決定された。 Childhood Trauma Questionnaire(CTQ)を使用して、子ども時代の逆境的体験を評価した。愛着の表現(安定型 vs. 不安定型)は、成人愛着絵画投映法(AAP)を使用して分類され、そして不安と抑うつのレベルは、ドイツ語版の Hospital Depression and Anxiety scale (HADS-D) により評価された。

結果:OXTR タンパク質発現と CTQ 合計スコアとの間の有意な負の相関関係を伴う、OXTR タンパク質の発現が有意に低いことを、CM に影響された女性は示した。 PBMC におけるより低い OXTR タンパク質発現は、安定型の愛着グループと比較して、不安定型の愛着母親グループで特に顕著であった。不安レベルは CM に影響された女性において有意に高かった。

結論:この愛着関連の神経生物学系における慢性的で長期にわたる変化の兆候として、CM とヒト血液細胞における OXTR タンパク質発現の変化との間に有意な関連性を、この研究は実証した。

注:i) 拙訳中の「マルトリートメント」(又は不適切な養育、不適切なかかわり)については次の資料を参照して下さい。 「マルトリートメント児の愛着不安にはオキシトシン受容体の DNA スイッチが関与している」の「(注1)」」項 ii) 拙訳中の「western blot 分析」に関連する「western blotting 法」については次のWEBページを参照して下さい。 「改訂・心理学用語集」の「再生(Retrieval)」項 iii) 拙訳中の「子ども時代の逆境的体験」については次の資料を参照して下さい。 『「子ども時代の逆境的体験(ACEs)」と貧困 ─逆境的体験から子どもを救う目と耳と心』 iv) 引用中の「愛着」については v) 引用中の「Hospital Depression and Anxiety scale」については例えば次の資料を参照して下さい。 「Hospital Anxiety and Depression Scale 日本語版の信頼性と妥当性の検討 - 女性を対象とした成績ー」 vi) 標記論文の簡単な紹介について、岡田尊司著の本、「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威」(2019年発行)の 第4章 オキシトシン系の異常と、愛着関連障害 の「不安定な愛着の人では、オキシトシン受容体の数が少ない」における連続する記述の一部(P82)を二分割して次に引用(それぞれ『 』内)します。 『これまでの研究では、遺伝子レベルの異常や、RNAレベルでの発現を調べるものばかりであった。このドイツの研究グループは、世界で初めて、オキシトシン受容体をタンパク質レベルで測定した。』(注: 引用中の「RNA」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「第14回  セントラルドグマ」の「RNAとは?」項)、『その結果、不適切な養育を受けたことがある人ほど、オキシトシン受容体が、タンパク質レベルで減っていることがわかったのだ(*24)。』(注: 引用中の文献番号「(*24)」は本論文です)

[5] の論文要旨の引用

The biological functions of oxytocin in attachment and bonding between mother and infant in parturition and breastfeeding and between adults have been studied extensively. However, most current authors have proposed that infant attachment to the mother is learned through operant conditioning mechanisms via the infant's brain and central nervous system. We propose that oxytocin levels in the mother and infant are co-regulated by emotional connection or disconnection, and that the autonomic co-conditioning learning mechanism can be exploited to change a negative physiological and behavioral response between mother and infant into a positive one. Lack of efficacy and scalability of child development therapies that have come out of the attachment theoretical framework have prompted calls for new ideas. Here, we review calming cycle theory, which takes a new view of the emotional relationship of mother and infant, and predicts ways to positively intervene when problems arise. The theory builds upon the research and ideas of Pavlov and his followers and proposes that subcortical Pavlovian co-conditioning of the autonomic nervous systems of mother and infant is the key to maintaining emotional connection between the two and to shaping emotional behavior of the infant into adulthood. We review evidence in support of calming cycle theory from a randomized controlled trial of Family Nurture Intervention (FNI), which is designed to overcome adverse emotional, behavioral, and developmental outcomes in prematurely born infants. Finally, we discuss the role of visceral oxytocin and emotional behavior, and that the conditional mother-infant relationship may affect behavioral changes through anti-inflammatory gut-brain stem vagal signaling.


[拙訳]
分娩及び母乳育児中の母親と乳児との間、そして成人間の愛着と絆におけるオキシトシンの生物学的機能は広く研究されてきた。しかしながら、ほとんどの現在の著者は、母親への乳児の愛着は、乳児の脳及び中枢神経系を介したオペラント条件づけメカニズムを通じて学習されることを提案している。母親及び幼児のオキシトシンレベルは情動的なつながり又は断絶によって共調節され、そして母親と幼児の間の否定的な生理学的及び行動的応答を肯定的なものに変化させるために自律神経の共条件づけ学習メカニズムを活用し得ることを、我々は提案する。愛着理論的な枠組みから出てきた子供の発達療法の有効性及び拡張性の欠如は新しいアイデアの要求を促した。ここでは、母親と幼児との情動的な関係を新しく見渡し、そして問題が発生した時に積極的に介入する方法を予測する、calming cycle 理論を、我々はレビューする。この理論は、パブロフと彼の追随者の研究とアイデアに基づき、母親と幼児の自律神経系の、皮質下パブロフの共条件づけは、二人の間の情動的なつながりを維持し、そして幼児の情動的な行動を成人期に形成する鍵であると提案する。早産児における有害な情動的、行動的及び発達的転帰を克服するためにデザインされた家族養育介入(FNI)のランダム化比較試験から、calming cycle 理論の支持におけるエビデンスを、我々はレビューする。最後に、内臓オキシトシン及び情動的な行動の役割、そして条件づけの母親-幼児関係が抗炎症性腸脳幹迷走神経シグナル伝達を介して行動の変化に影響を与えるかもしれないことを、我々は議論する。

注:i) 拙訳中の「calming cycle 理論」については、例えば論文(全文)「Darwin's Other Dilemmas and the Theoretical Roots of Emotional Connection」中の「Calming Cycle Theory」項を参照して下さい。ただし、この論文(全文)の拙訳はありません。

[6] の論文要旨の引用

Posttraumatic stress disorder (PTSD) is a trauma-induced mental disorder characterized by fear extinction abnormalities, which involve biological dysfunctions among fear circuit areas in the brain. Oxytocin (OXT) is a neuropeptide that regulates sexual reproduction and social interaction and has recently earned specific attention due to its role in adjusting neurobiological and behavioral correlates of PTSD; however, the mechanism by which this is achieved remains unclear. The present study aimed to examine whether the effects of OXT on traumatic stress-induced abnormalities of fear extinction (specifically induced by single prolonged stress (SPS), an animal model of PTSD) are associated with pro-inflammatory cytokines. Seven days after SPS, rats received intranasal OXT 40 min before a cue-dependent Pavlovian fear conditioning-extinction test in which rats' freezing degree was used to reflect the outcome of fear extinction. We also measured mRNA expression of IL-1β, IFN-γ, and TNF-α in the medial prefrontal cortex (mPFC), hippocampus, and amygdala at the end of the study, together with plasma oxytocin, corticosterone, IL-1β, IFN-γ, and TNF-α, to reflect the central and peripheral changes of stress-related hormones and cytokines after SPS. Our results suggested that intranasal OXT effectively amends the SPS-impaired behavior of fear extinction retrieval. Moreover, it neurochemically reverses the SPS increase in pro-inflammatory cytokines; thus, IL-1β and IFN-γ can be further blocked by the OXT antagonist atosiban (ASB) in the hippocampus. Peripheral profiles revealed a similar response pattern to SPS of OXT and corticosterone (CORT), and the SPS-induced increase in plasma levels of IL-1β and TNF-α could be reduced by OXT. The present study suggests potential therapeutic effects of OXT in both behavioral and neuroinflammatory profiles of PTSD.


[拙訳]
心的外傷後ストレス障害PTSD)は、脳における恐怖回路領域における生物学的機能不全を伴う恐怖消去の異常を特徴とする心的外傷誘発性の精神障害である。オキシトシンOXT)は、有性生殖及び社会的交流を調節する神経ペプチドであり、そして PTSD の神経生物学的及び行動的な相関の調整における役割により、最近特に注目を集めている。しかしながら、これが達成されるメカニズムは不明のままである。本研究の目的は、心的外傷性ストレス誘発性の恐怖消去の異常[特に単一長期ストレス(SPS)によって誘発される異常、PTSD のモデル動物]に及ぼす OXT の影響が炎症性サイトカインと関連するかどうかを調査することであった。 SPS の7日後、ラットの凍りつき度を使用して恐怖消去のアウトカムを反映する手がかり依存のパブロフの恐怖条件づけの40分前に、ラットは鼻腔内 OXT を投与された。実験の最後に、内側前頭前皮質(mPFC)、海馬、及び扁桃体における、SPS 後のストレス関連ホルモン及びサイトカインの中枢及び末梢の変化を反映する、血漿オキシトシン、コルチコステロン、IL-1β、IFN-γ、及び TNF-α と共に、IL-1β、IFN-γ、及び TNF-αの mRNA 発現も、我々は測定した。鼻腔内の OXT が、SPS で障害された恐怖消去の再生の行動を効果的に修正することを、我々の結果は示唆した。さらに、それは炎症誘発性サイトカインにおける SPS 増加を神経化学的に逆転させる。従って、IL-1β及び IFN-γは、海馬における OXT 拮抗薬アトシバン(ASB)によってさらにブロックされ得る。末梢プロファイルは OXT 及びコルチコステロン(CORT)の SPS と同様の応答パターンを明らかにし、そして、IL-1β及び TNF-αの血漿レベルにおける SPS 誘発性増加は OXT によって減少し得るだろう。本研究は、PTSD の行動及び神経炎症プロファイルの両方における OXT潜在的な治療効果を示唆する。

注:i) 拙訳中の「再生」については次のWEBページを参照して下さい。 「改訂・心理学用語集」の「再生(Retrieval)」項 ii) 拙訳中の「恐怖条件づけ」と関連させた引用中の(心的)「外傷後ストレス障害」については次のWEBページを参照して下さい。 「外傷後ストレス障害 - 脳科学辞典」 なお、上記「恐怖条件づけ」の言及については同WEBページの「神経生理学的知見」項を参照して下さい。 iii) 拙訳中の「凍りつき」については、ソマティック・エクスペリエンシング又はポリヴェーガル理論の視点から、拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 拙訳中の「コルチコステロン」については次のWEBページを参照して下さい。 「グルココルチコイド - 脳科学辞典」の「グルココルチコイドとは」項 v) 拙訳中の「IL-1β」については次の資料を参照して下さい。 「IL-1β」 vi) 拙訳中の「TNF-α」を含むサイトカインについては例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「サイトカイン(cytokine)」 vii) 拙訳中の「内側前頭前皮質」についてはトラウマの視点から拙エントリのここここにおける引用の「ストレス反応を制御する――監視塔」項を参照して下さい。  viii) 拙訳中の「海馬」、「扁桃体」についてはトラウマの視点から共に拙エントリのここを参照して下さい。 ix) 拙訳中の「mRNA」については例えば次のWEBページを参照すれば良いかもしれません。 「第14回  セントラルドグマ」の「どうやってDNAからタンパク質が作られるのか?」項 x) 拙訳中の「モデル動物」については次のWEBページを参照して下さい。 「モデル動物 - 脳科学辞典」 xi) 拙訳中の「アトシバン」については次のWEBページを参照して下さい。 「DRUG: アトシバン

[7] の論文要旨の引用

Objectives:
Social relationships throughout lifespan are critical for health and wellbeing. Oxytocin, often called the 'hormone of attachment' has been suggested as playing an important role in early-life nurturing and resulting social bonding. The objective of this paper is to synthesize the associations between oxytocin levels and interactions between infants and parents that may trigger oxytocin release, and in turn facilitate attachments.

Methods:
A comprehensive cross-disciplinary systematic search was completed using electronic databases. The inclusion criteria included studies that focused on mother-infant and father-infant interaction and measured both baseline and post-interaction oxytocin levels.

Results:
Seventeen studies were included in the final systematic review. The reviewed studies used mother-infant and/or father-infant play and skin-to-skin contact between maternal-infant and paternal-infant dyads to examine the oxytocin role in early life bonding and parenting processes. Studies showed a positive correlation between parent-infant contact and oxytocin levels in infancy period. Increased maternal oxytocin levels were significantly related to more affectionate contact behaviors in mothers following mother-infant contact, synchrony, and engagement. Meanwhile, increased paternal oxytocin levels were found to be related to more stimulatory contact behaviors in fathers following father-infant contact. Oxytocin levels significantly increased in infants, mothers and fathers during skin-to-skin contact and parents with higher oxytocin levels exhibited more synchrony and responsiveness in their infant interactions.

Conclusion:
The review suggests that oxytocin plays an important role in the development of attachment between infants and parents through early contact and interaction. The complexities of oxytocinergic mechanisms are rooted in neurobiological, genetic, and social factors.


[拙訳]
目的:
生涯にわたる社会的関係は、健康とウェルビーイングにとって重要である。しばしば「愛着のホルモン」と呼ばれるオキシトシンは、幼少期における育成とその結果としての社会的絆において重要な役割を果たすと示唆されている。この論文の目的は、オキシトシンのレベルと、オキシトシンの放出を引き起こすかもしれなく、そして次々に愛着を促進する乳児と親との間の相互作用との間の関連を統合することである。

方法:
電子データベースを用いて、総合的な学際的な体系的検索を完了した。包含基準には、母親と乳児の及び父親と乳児の相互作用に焦点を合わせた研究が含まれ、ベースラインと相互作用後のオキシトシンレベルの両方を測定した。

結果:
17件の研究が最終的なシステマティックレビューに含まれていた。レビューされた研究では、母親と乳児及び/又は父親と乳児の遊び、そして母親と乳児と父親と乳児の二者間の肌と肌のコンタクトを用いて、初期の生活の絆及び子育てプロセスにおけるオキシトシンの役割を調査した。幼児期における親と乳児とのコンタクトとオキシトシンのレベルとの間に正の相関関係があることを、研究は示した。母体のオキシトシン濃度の増加は、母親と乳児とのコンタクト、同調、及びかかわり後の母親のより愛情深いコンタクト行動と有意に関連していた。一方、父親のオキシトシン濃度の増加は、父親と乳児とのコンタクト後の父親のより刺激的なコンタクト行動に関連していることが見出された。オキシトシンのレベルは、乳児、母親、父親における肌と肌のコンタクト中に有意に増加し、そして高いオキシトシンのレベルを伴う親は、乳児の相互作用においてより高い同調性及び応答性を示した。

結論:
オキシトシンが早期の接触と相互作用を通じて乳児と親の間の愛着の発達に重要な役割を果たすことを、このレビューは示唆する。オキシトシン作動性メカニズムの複雑さは、神経生物学的、遺伝的、及び社会的要因に根ざしている。

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注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日や修飾の変更等)を行うことがあります。

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*1:加えてストレス対策の一方法も示しています

*2:注:「アロスタティックロード」(参照)、「不安障害」(又は不安症)と内受容感覚(又は内受容過敏)との関連について(参照)、「内受容感覚及びメンタルヘルスのロードマップ」(参照)及び「計算論的心身医学」(参照)についても含みます

*3:ちなみに、日本語の他のWEBページは例えばここを、日本語のエントリは例えばここを、英語の他の資料は例えばここをそれぞれ参照して下さい。注:最後の資料は PubMed では検索されません。

*4:これは、幅広く記述されているようですが、論文ではなくただの英語のWEBページです

*5:これは、PD-1、PD-L1及びCTLA-4に限定した記述のようです

*6:ちなみに、後者の経皮感作に関連する「茶のしずく石鹸」の事例については次の資料を参照して下さい。 「加水分解コムギ含有石鹸に事例

*7:「糖尿病」と「エピジェネティクス」がキーワードになっています。ちなみに、次の pdfファイルの P7 に「大多数の発達障害は多因子モデル」、「エピジェネティックスとは」シートがあります。

*8:エピジェネティクス」がキーワードになっています