krns-linkのブログ

まだ仮公開で、今後も本公開までドタバタします。コメント欄は有りません。ちなみに、拙ブログ作者は医療関係者ではありません。拙ブログは訪問者の方々がお読みになるためのものですが、鵜呑みにしない等、自己責任でお読み下さい(念のため記述)。

条件付けへの対処について

本エントリ内の用語又は文章のリンクを次に示します。

化学物質過敏症等の診断時における鑑別、 化学物質過敏症又はシックハウス症候群における不定愁訴ここ及びここ*4
嗅覚嫌悪条件づけ(ここここ及びここ)、 馴化(消去学習を含む) *5、 臭い(嗅覚)における嫌悪感を伴うノセボ効果、 妄想性障害
強迫症強迫性障害関連:強迫性障害における分類、 誰にも汚されたくない聖域を作り、必死に守ろうとする *6、 放置すれば人生の大半が強迫の餌食になる[続く]
[続き]感覚が過敏となる、感覚と実際との区別が難しい(ここここ)、 悪循環のしくみ、 強迫症と発達障害との関連、 強迫症における身体症状
OCD(強迫症強迫性障害)における脳機能関連:OCDの病像又は脳機能的病態、 OCD-loop仮説 *7、 強迫症状誘発研究(ここここ
環境汚染についてのメディアの警告は、化学物質への応答に対する症状の獲得を促進する、 メディアが引き起こす恐怖の連鎖
サイバー心気症(ここここここ及びここ)、 心気症、 不確実性への不耐性、 反すう、心配と回避との関連

ちなみに、用語「条件付け」についての他の拙エントリにおけるリンクは、ここここここここ及びここを参照して下さい。加えて、 a) 化学物質過敏症におけるにおいによる条件付けについては、次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症」(特に資料中の P29) b) 仏教思想の視点からの「欲望(煩悩)による条件づけ」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

ご参考:他の拙エントリのリンク集(ここ及びここ参照)にも、一部ですが本エントリに関連した用語のリンクがあります。

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前書き

ご参考:ちなみに、 i) 本エントリ作成のプロセスは他の拙エントリのここで示すものと似ている点があります。 ii) 仏教思想における欲望(煩悩)による条件づけについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

シックハウス症候群及び化学物質不耐症を例とした化学物質に関連する条件付け(次の脚注参照)*8について以下に記述します。ちなみに、i) 本エントリにおいて、以下の記述「超微量の化学物質」は、臭わない化学物質をも意味します。他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 本エントリにおいて、 a) 用語「MCS」は Multiple chemical sensitivity[多種化学物質過敏状態]の略です。 b) 用語「IEI」は Idiopathic Environmental Intolerance[本態性環境不耐症]の略です。他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 本エントリにおいて以下に紹介するノセボ効果、強迫症状誘発及び嗅覚嫌悪条件づけ等の論文要旨又は資料を読む前に、他の拙エントリのここを読んだ方が良いかもしれません。

[ご参考1]に例を示すようなトラウマ*9を負ったことによるフラッシュバックを含む条件付け*10によりもたらされる症状と、中毒等の原因化学物質が直接的に人体に作用することにより引き起こされる症状とを鑑別する必要があると本エントリ作者は考えます。なぜならば対処法が両者では大きく異なると本エントリ作者は考えるからです。さらに、誤診により化学物質過敏症と診断されてしまうと、生活が不適切に制約されるリスクがあります(≪余談2≫参照)。本エントリでは前者の対処法(心理的治療法を含む)についての検討を本エントリの「条件付けへの対処」項以下において試みます。*11

ちなみに、MCS又は化学物質過敏症において前者の症状と後者の症状とを鑑別するには、二重盲検法による負荷(誘発)試験を行うことしか、本エントリ作者には思いつきません*12。ただし、i) 疾患概念MCSの存在を証明する証拠は蓄積されていなく、否定されていることを示す論文があります。 ii) さらに世界の医学会等によるMCSの見解があります。 iii) 一方、シックハウス症候群において次のような指摘があります。 これらについては以下に示す他の拙エントリの項目をそれぞれ参照して下さい。 「(2)」項、「(1)」項、「※2 [ご参考3]」項

さらに、電磁波過敏症においても、前者の症状と後者の症状とを鑑別するには、二重盲検法による負荷(誘発)試験を行うことしか、本エントリ作者には思いつきません。ただし、疾患概念である電磁波過敏症の存在を証明する証拠は蓄積されていなく、否定されていることを示す論文の紹介を初めとした、電磁波過敏症に否定的な資料については、次に示す他の拙エントリの項目を参照して下さい。「(12)」項

≪主な改訂の履歴≫
2019年10月26日:文章の追記、変更及び削除を含む大幅な改訂を行いました(また本改訂日より前の主な改訂の履歴は削除しました)。
2020年1月1日、2月2日、3月5日、4月4日、6月17日、23日、7月4日、12月20日、2021年9月16日、10月15日、2022年1月28日、3月23日、25日:文章の追記、変更や削除を含む改訂を行いました。

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条件付けへの対処

上記条件付け*13による症状の対処に関しては、 a) トラウマを負ったことによるフラッシュバック(再体験症状)によるもの、 b) パニック症をはじめとした不安症群*14における症状 c) 強迫症リンク集を参照)における症状 の三つに大別し、それぞれの治療法について以下に紹介します。ただし、本項ではポリヴェーガル理論(又は多重迷走神経理論、資料「多重迷走神経理論による神経性過食症理解の可能性について」の「Ⅰ.多重迷走神経理論 Polyvagal theoryについて」項を参照)を考慮していません。

上記 a) の治療法については、他の拙エントリの【余談4】を参照した方が良いかもしれません。例えば、他の拙エントリのここで紹介されている「持続エクスポージャー法」は、トラウマ記憶に対して持続的にエクスポージャ―(曝露)することによる馴化*15を目指したもののようです。一方、上記 b) の治療法について、「不安症 - 脳科学辞典」によると、薬物療法認知行動療法が挙げられています。ちなみに、不安障害に対する認知行動療法及びパニック症(パニック障害)の治療に関する資料例はそれぞれ次を参照して下さい。「不安障害に対する認知行動療法」、「パニック障害の治療ガイドライン」、「みんなのメンタルヘルス総合サイト パニック障害・不安障害」の「治療法」及び「精神療法」項、及び「パニック障害の認知行動療法」 また、上記 c) の治療法については、≪余談6≫において、薬物療法心理療法としてのERP(エクスポージャーと反応妨害又は曝露反応妨害法*16)が挙げられます。一方、エクスポージャーについてのツイートがあります。

ちなみに、≪余談3≫における引用*17によると、ICD-10 による分類において化学物質過敏症神経症性障害(参照),ストレス関連障害及び身体表現性障害のカテゴリー*18とは異なると主張しているようです。すなわちこの引用からは、症状としてのトラウマを負ったことによるフラッシュバック、過度な不安、恐怖、嫌悪による強迫観念(特に不潔恐怖・洗浄強迫に対するもの)を伴う場合には、化学物質過敏症の症状ではないと見なすことができると本エントリ作者は考えます。ただし、失感情症(又はアレキシサイミア)[他の拙エントリのここ及びここ、そしてWEBページ「心身症 - 脳科学辞典」の「アレキシサイミア」項を参照]がある場合には、これらの感情(つまり過度な不安、恐怖、嫌悪*19)をうまく把握できない可能性があります。なお、化学物質過敏症と失感情症の関連については、WEBページ「半揮発性有機化合物をはじめとした種々の化学物質曝露によるシックハウス症候群への影響に関する検討」の下部のリンクから一括ダウンロード可能なファイル 201625016A0004.pdf 中の資料「1.化学物質に対する感受性変化の要因及び半揮発性有機化合物の健康リスク評価」(P28~P42)の「C1 化学物質に対する感受性変化の要因」項(P30~P31)を参照して下さい。加えて、この項中の「TAS20」については次の資料を参照して下さい。 「Relationship between alexithymia and coping strategies in patients with somatoform disorder」(注:タイトル以外は日本語の資料です)

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余談

≪余談1≫参考集

[ご参考1] 条件付け*20の例
以下に示す①と⑦*21は引用であり、②~⑥は本エントリ作者が想定した仮想患者の例です。ただし、後者において実際にこのような患者がいるのかどうかは本エントリ作者には不明です*22

①条件付けによるもの
シックハウス症候群又は化学物質不耐症をはじめとする様々な疾患に関連するかもしれない条件付けは、前書きにおける最初の脚注にもあるようにリンク集を参照して下さい*23。以下に示す例にも条件付けが関わっている可能性があります。

②予期不安によるもの
A氏は、タバコの煙に症状が誘発されると確信している。ある時、路上のX地点でたまたまタバコを吸っている人に10mまで近づいた時に症状が生じた。これ以後、X地点に行くと症状が現れるとの過度な不安に苛まれることによりX地点に行くことができなくなった。

注:このような「過度な不安」はパニック症等においては予期不安と呼ばれます*24

加えて、「化学物質の影響を受けることに対して非常に強い不安を持っている」もあります。この文章はほぼ次の資料からの引用です。 「化学物質過敏症」の P31。ちなみに、「不安に反応するときの共通した三つのパターン」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

さらに、上記予期不安が強くなると外出が困難になることがあるかもしれません。ちなみに、パニック障害において外出が困難になることについては、例えば次のWEBページを参照して下さい。 『塩入俊樹先生に「パニック障害/パニック症」を訊く』の「③原因はわかっているのでしょうか?」項
例えば、その後もA氏には屋外の様々な地点において症状が生じた。この時にA氏はタバコの煙に関連する超微量の化学物質曝露以外の原因が考えにくいと感じた。外出すれば症状が生じるという強い予期不安によりA氏はとうとう外出が困難になった。

③トラウマによるもの
B氏は過去にある大量の臭気有機物質の曝露により酷い急性の中毒症状が生じ、これがトラウマとなった。その後、多種類の有機物質それぞれによるわずかな臭気をきっかけとして、上記状態の再体験症状(フラッシュバック)が生じて、体調不良を引き起こしている。再体験症状は持続している。

C氏は化学物質過敏症に関してネット活動をしている。過去にネット上で他者から攻撃を受け、これがトラウマとなった。その後、ネット又はリアルにおける些細なできごとをきっかけとして、上記状態の再体験症状(フラッシュバック)が生じて、体調不良を引き起こしている。再体験症状は持続している。

注:i) C氏の例は化学物質とは直接の関係はありません。 ii) 上記「トラウマ」及び「フラッシュバック」については、共に他の拙エントリにおけるリンク集を参照して下さい。

D氏は香水をつけた上司から過去にパワハラを受け、これがトラウマとなった。現在でも、この香水又はにおいが類似した香水のにおいを嗅ぐと、上記状態の再体験症状(フラッシュバック)が生じて、体調不良を引き起こしている。再体験症状は持続している。

注:i) 上記「トラウマ」及び「フラッシュバック」については、共に他の拙エントリにおけるリンク集を参照して下さい。ちなみに、他の拙エントリのここも参照した方が良いかもしれません。 ii) 上記両記述に関連する「ガソリンスタンドで給油中にガソリンの匂いを嗅いだときに、突然胸がドキドキしはじめ、激しい恐怖および逃げ出したい衝動に襲われる」ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

④恐怖を煽る本や記事に影響を受けたもの
E氏は「健康を脅かす電磁波の恐怖!」等と煽る様々な本、記事やWEBページ等の影響を受けて、電磁波が怖くなってから体調不良を引き起こした。

これは、ノセボ効果と解釈しても良いと本エントリ作者は考えます(他の拙エントリのここ及びここを参照)。

⑤上記以外の非常な不安、恐怖及び/又は嫌悪に関するもの
避けられない超微量の化学物質への曝露が非常に不安(又は恐怖、嫌悪が大)なので……

このような化学物質過敏症の文脈において、(自分自身の症状として)非常な不安[又は増強した不安]、恐怖及び/又は嫌悪*25を話題にすることは、化学物質過敏症では無い状況証拠の一つと本エントリ作者は考えます。加えて電磁波過敏症でも同様であると考えます。その理由は以下に示します。ちなみに、 i) 化学物質過敏症とされる患者は、「化学物質の影響を受けることに対して非常に強い不安を持っている」ことについては次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症」の P31 ii) 上記不安等に反応するときの共通した三つのパターンについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

宮田医師(他の拙エントリのここ参照)は化学物質過敏症は不安障害=神経症のカテゴリー(ICD-10)とは異なると主張しているようです(≪余談3≫を参照して下さい)。さらに、彼が主張する化学物質過敏症の症状とされるもの(≪余談4≫ここ参照)には、非常な不安、恐怖及び嫌悪は含まれていません*26。加えてここも参照して下さい。

一方上記に関連するかもしれない、避けられない規制下の電磁波により、私には必ず大惨事がもたらされるであろう(注:特定の周波数の電磁波だけが問題である場合を含む)等の破局的思考(参照)をする人がいるかもしれません。これは例えば、スキーマ療法の視点からの早期不適応的スキーマ参照)の一種である「損害や疾病に対する脆弱性スキーマ」(ここ及びここここを参照)の活性化によるものかもしれません。

ちなみに、≪余談4≫ここで引用した化学物質過敏症の症状とされるものは、≪余談4≫のここに示すように、「不定愁訴」、すなわち、自律神経失調症をはじめとした心身症又は身体表現性障害の症状と概ね重なる身体症状が多く、よしんば、これらの症状に当てはまるとしても化学物質過敏症であるとは判断できないと本エントリ作者は考えます。その理由はここを参照して下さい。

⑥聖域について
超微量の化学物質への曝露を減らすために、寝室等の領域を設定し、その中では置く物や持ち込む物を必要最小限とし、活性炭脱臭剤を置き、(取り付けた)換気扇を必ず回し、掃除を非常に頻繫に行い……

これは強迫性障害強迫症)の不潔恐怖における症状である「誰にも汚されたくない聖域を作り、必死に守ろうとする」(リンク集参照)であったとしても、本エントリ作者には違和感がありません。強迫性障害の治療法の一つである、ERP(エクスポージャーと反応妨害:ここ参照)では、この聖域を壊し、症状をもたらすとされる化学物質にエクスポージャー(曝露)する方向で治療が行われます。従って、上記に記述したように、化学物質過敏症なのか強迫性障害*27なのかのしっかりとした鑑別*28が重要であり、この鑑別においては、項で示した非常な不安、恐怖及び/又は嫌悪があれば、後者であると本エントリ作者は考えます。ちなみに 資料「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.4. 化学物質過敏状態が引き起こされるメカニズム」項(P53)がこの鑑別にとって参考になるかもしれません。

⑦妄想性障害
隣家が農薬を撒いて嫌がらせをしている

この文章は以下に引用する、日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)の Ⅱ.診断の手順 の 5.鑑別疾患 の 5-3 精神心理 の 5)精神病性障害 の「(2)妄想性障害」項における記述の一部(P44)です。

妄想性障害では,奇異でない,現実生活の限られた状況に関する妄想が1ヵ月以上続くことで診断されるために,統合失調症よりも鑑別は難しくなる.しかし,この場合も,注意深く話を聞くことで,現実との食い違いが明らかになることが多い.
妄想の内容が,自分が何らかの方法で悪意を持って扱われている(例えば,隣家が農薬を撒いて嫌がらせをしている)といった被害型の場合は,比較的容易に診断を疑うことはできるが,精神科への紹介も含めてその後の治療には難渋することも多い.

注:(i) この引用部の執筆者は熊野宏昭です。 (ii) 引用中の「隣家が農薬を撒いて嫌がらせをしている」に関連する『幻嗅が「毒薬をまかれている」という妄想を生んで近隣とのトラブルの原因となる』ことについて、内海健兼本浩祐編集の本、「精神科シンプトマトロジー -症候学入門- 心の形をどう捉え,どう理解するか」(2021年発行)の 各論 の 11 幻覚 の「3.幻覚の種類と主要特徴」における記述の一部(P106~P107)を次に引用(【 】内)します。 【幻視,幻聴と比べると,幻嗅,幻味は出現頻度がやや低く,そもそも感覚として曖昧である(たとえば動きや距離を感知することはできない)からか,詳しく論じられることは少ないが,決して珍しい症状ではない.幻嗅が「毒薬をまかれている」という妄想を生んで近隣とのトラブルの原因となるとか,幻嗅または幻味を機に「毒を盛られている」という妄想が抱かれ,拒薬や拒食を呈して治療に難渋するといった事態はしばしば経験されるものである.】(注:この引用部の著者は菅原誠一です) (iii) 引用中の「妄想」に関連する「心的等価モード」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「統合失調症」については拙エントリのリンク集を参照して下さい。加えて『「妄想性障害」と「統合失調症」の区別は実のところ曖昧』なことについては次のWEBページを参照して下さい。 「【4462】妄想性障害と診断された夫の今後」(注:このWEBページの HOME は「ここを参照して下さい) (v) 妄想性障害の他の説明例として、 a) WEBページ「妄想性障害[私の治療]」があります。 b) American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第2章 統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群 の「妄想性障害 Delusional Disorder」における記述の一部(P40~P41)を以下に、c) 加えて、糸川昌成監修の本、「統合失調症スペクトラムがよくわかる本」(2018年発行)の 2 統合失調症スペクトラムと周辺の病気 の『統合失調症スペクトラム④ 妄想だけが強く出る「妄想性障害」』における記述の一部(P32~P33)を以下に、 d) 一方、妄想性障害における治療について、MSD マニュアル(英語のプロフェッショナル版)におけるWEBページ「Delusional Disorder」(2018年10月フルレビュー/改訂)の「Treatment」項を以下に それぞれ引用します。

妄想性障害 Delusional Disorder

妄想性障害は,実際にはない何かに対する誤った信念(妄想)があり,統合失調症の症状に似ている。しかし,幻覚,まとまりのない思考・発語・行動,陰性症状といった他の統合失調症の症状がない点で異なっている。統合失調症と同様に奇異であったり奇異でなかったりする妄想をもっている。奇異ではない妄想とは,現実生活でも起こりうるが,実際にはほとんどあり得ない出来事に対する誤った信念である。例えば,後をつけられたり,毒を入れられたり,欺かれたり,陰謀を企てたり,見知らぬ人や有名人と恋人になっていたり,といったことを信じている。奇異な妄想とは,現実には起こる可能性がない出来事に対する誤った信念である。例えば,見知らぬ人が傷跡1つ残さずに自分の臓器を取り出して,他の誰かの臓器と取り換えてしまった,といったことである。
妄想性障害があっても,世間ではほとんど通常に機能しているようにみえる。妄想について語りだしたり,それに対処し始めるまでは,一見しただけでは他人には何らかの病気があったり,異常であったりするようにはみえない。
妄想性障害は,他の精神病性障害よりも多くない。成人の生涯罹患率は約0.2%である。誤った信念を除けば,重症な症状がないので,仕事をもっており,支援も求めないことが多い。若い人にも起きるが,多くは中年から高齢になってから起きる場合が多いようである。男女比に差はなく罹患する。(後略)

注:引用中の「統合失調症」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。
(注:ここでは、一部において形式を変えて引用しています)

統合失調症スペクトラム
妄想だけが強く出る「妄想性障害」
統合失調症スペクトラムのなかでも、妄想がメインの障害です。
幻覚があったとしても妄想に関連した内容のものが現れます。

引き金となるできごとがある
妄想性障害の場合、妄想以外の部分では理性や判断力に変わりはありません。妄想の原因となるできごとがあり、それらから自分を守るために妄想の世界を作り上げます。(中略)

妄想で自分の脳を守っている場合も考えられる
妄想性障害は、五つの症状のうち、妄想が少なくとも一ヵ月以上続いている状態です。妄想からくる不便はあるものの、それ以外の症状がほとんどないため、妄想が及ばない部分では、生活に支障が出ないのも特徴です。
妄想には、困りごとや葛藤などから自分の心を守るために本人が気づかずに作り出した“逃げ場”という側面があります。そのため、抗精神病薬などの治療と併行して、本人のストレスを減らすよう工夫したり、環境を改善したりといった対応をおこなうことで妄想が軽くなり、時には消えてしまうケースもあります。

妄想の種類
妄想の具体的な内容には個人差がありますが、基本的な筋立てにはいくつかのパターンがあります。周囲の人は、妄想の種類を知っておくと対応しやすくなります。

・自分には才能があると思い込む:誇大型
「自分には偉大な才能がある」「重大な発見を成し遂げた」といった、自分の価値を現実以上に高く評価します。

・愛されていると思い込む:被愛型
有名人や職場の上司など、自分より高い地位にある人が、自分に恋愛感情があると思い込みます。

・嫌がらせを受けていると感じる:被害型
「見張られている」「嫌がらせや中傷を受けている」など、自分が周囲から理不尽に傷つけられていると思い込みます。

・パートナーの浮気を疑う:嫉妬型
自分のパートナーが不貞を働いていると強く思い込みます。些細なことを浮気の証拠だと決めつけて相手を責めたり、行動を制限しようとしたりするため、パートナーと対立しがちです。

・自分の体の異変を主張する:身体型
「体がにおう」「寄生虫がいる」「体の形がおかしい」「健康が損なわれている」など、体の見かけや機能について否定的な妄想を抱きます。

注:引用中の「五つの症状」に相当する「統合失調症における五つの症状」を簡単に次に列挙します。 「妄想」「幻覚」「思考障害」「まとまりのない行動」「陰性症状」 加えて、引用中の「五つの症状」に関連する「統合失調症の症状の全体的な理解」については、次のWEBページを参照して下さい。 「統合失調症 - 脳科学辞典」の「全体的な理解」項

Treatment
Establishment of an effective physician-patient relationship

Management of complications

Sometimes antipsychotics

Treatment aims to establish an effective physician-patient relationship and to manage complications. Substantial lack of insight is a challenge to treatment.

If patients are assessed to be dangerous, hospitalization may be required.

Insufficient data are available to support the use of any particular drug, although antipsychotics sometimes suppress symptoms.

A long-term treatment goal of shifting the patient's major area of concern away from the delusional locus to a more constructive and gratifying area is difficult but reasonable.


[拙訳]
治療
効果的な医師-患者関係の確立

合併症の管理

時には抗精神病薬

治療は効果的な医師-患者関係を確立し、合併症を管理することを目的とする。病識の実質的な欠如は治療へのチャレンジ(難題)である。

患者が危険であると評価された場合、入院が必要かもしれない。

時には抗精神病薬が症状を抑制するが、特定の薬剤の使用を支持するにはデータが不十分である。

患者の主要な関心領域を、妄想的な部位からより建設的かつ満足できる領域に移行させる長期治療の目標は、困難ではあるが合理的である。

注:ちなみに、MSD マニュアル(日本語のプロフェッショナル版)におけるこの引用に相当する部分については、次のWEBページを参照して下さい。 「妄想性障害」の「治療」項

[ご参考2] NIRS に関する論文紹介及びパニック症における情動の特徴
NIRS as a tool for assaying emotional function in the prefrontal cortex.[拙訳]前頭前皮質における情動機能の分析ツールとしての NIRS
情動処理における前頭前皮質の役割を調査するためのツールとしての近赤外分光法(NIRS)に関する議論が次の論文に示されているようです。この論文の要旨を次に引用します。

Despite having relatively poor spatial and temporal resolution, near-infrared spectroscopy (NIRS) has several methodological advantages compared with other non-invasive measurements of neural activation. For instance, the unique characteristics of NIRS give it potential as a tool for investigating the role of the prefrontal cortex (PFC) in emotion processing. However, there are several obstacles in the application of NIRS to emotion research. In this mini-review, we discuss the findings of studies that used NIRS to assess the effects of PFC activation on emotion. Specifically, we address the methodological challenges of NIRS measurement with respect to the field of emotion research, and consider potential strategies for mitigating these problems. In addition, we show that two fields of research, investigating (i) biological predisposition influencing PFC responses to emotional stimuli and (ii) neural mechanisms underlying the bi-directional interaction between emotion and action, have much to gain from the use of NIRS. With the present article, we aim to lay the foundation for the application of NIRS to the above-mentioned fields of emotion research.


[拙訳]
比較的低い空間及び時間分解能を有するにもかかわらず、近赤外分光法(NIRS)は他の神経活性化の非侵襲的測定法に比較していくつかの方法論的な利点を有する。例えば、NIRS のユニークな特徴により、情動処理における前頭前皮質(PFC)の役割を調査するためのツールとしての可能性が有る。しかしながら、情動研究への NIRS 適用においていくつかの障害が有る。このミニレビューにおいて、情動に関する PFC 活性化の効果を評価するための NIRS を使用した研究の知見を我々は議論する。特に、我々は情動研究の分野に関する NIRS 測定の方法論的挑戦に取り組み、これらの問題を緩和する潜在的な戦略を考慮する。加えて、我々は二つの研究分野、すなわち (i) 情動刺激への PFC 応答に影響を与える生物学的素因 (ii) NIRS の使用から得ることが多い、情動と行動間の双方向の相互作用の基礎となる神経機構 を調査することを示す。本稿では、我々は情動研究の上記分野への NIRS の応用のための基礎を築くことを目指す。

注:i) 引用中の「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については次のWEBページを参照して下さい。「前頭前野 - 脳科学辞典」 ii) ちなみに、NIRS の代表的な応用例については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) さらに、引用中の「情動」、その関連用語の「情動系神経回路」に関しては、それぞれ次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」、「情動系神経回路 - 脳科学辞典」。加えて、引用中の「情動」に関しては、メンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 一方、比較対象(参考)としてパニック症における情動の特徴については、次に引用する山脇成人、西条寿夫編の本、「情動の仕組みとその異常」(2015年発行)の 11. パニック障害[著者は熊野宏昭] の「おわりに」項の記述(P200~P201)にまとめられています。

(前略)その結果,PD では,恐怖ネットワークの過活動が実際に認められ情動喚起が強まっていることが裏づけられた.そして,橋と中脳がかかわる驚愕反応の指標に関しても明らかな異常が認められ,驚愕反応の増強による感覚情報に対する過度な反応と前頭前野における情動処理の過敏性によって,PD にかかわる刺激に対する注意バイアスや解釈バイアスの原因となる認知機能異常が引き起こされる可能性が示された.
その一方で,情動制御にかかわる前頭前野の機能不全も様々な形で認められ,情動ストロープ課題を用いた研究結果では,情動が喚起される葛藤状態に対して背側前帯状回・背内側前頭前野の活動を強めることで対応するが,葛藤状況が持続すると同部位の働きが持続できなくなり,扁桃体や海馬の活動を抑制することが困難になるといった結びつきも窺われた.また,CBT によって症状が改善する際には,背内側前頭前野の機能改善が一定の役割を果たしていることも示唆された.
以上より,PD では,扁桃体など大脳辺縁系の過活動に止まらず,脳幹部まで含めた形での情動喚起の異常があり,前頭前野がそれに過大な反応を示す一方で,様々な情動が喚起される葛藤状況に対して前頭前野が正常な抑制効果を示さないといった異常もあり,両者があいまって PD の病態が維持されるものと考えられた.(後略)

注:i) 引用中の「PD」、「CBT」はそれぞれパニック症(パニック障害)、認知行動療法のことです。 ii) 引用中の「橋」は脳の部位のことです。 iii) 引用中の「背側前帯状回」に関連する「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭前野 - 脳科学辞典」 v) 引用中の「恐怖ネットワーク」については、「パニック症 - 脳科学辞典」の「病態仮説」項を参照すれば良いかもしれません。 vi) 引用中の「情動」については、WEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 vii) 引用中の「大脳辺縁系」については、例えば次の pdfファイルを参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 また、PTSD又は複雑性PTSDの視点より他の拙エントリのここを参照して下さい。 viii) ちなみに、a) 上記パニック症における刺激に対する情動と、MCS又はシックハウス症候群における嗅覚刺激に対する情動([ご参考1]における2番目の脚注を参照)とを比較すると興味深いのかもしれません。
 b) 引用中の「前頭前野が正常な抑制効果を示さない」に関連するかもしれない、「辺縁系の過剰反応性及び推論的に顕著な外部刺激の抑制不能」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

[ご参考3] 前頭前皮質又は前帯状皮質と偏桃体との機能結合に関連する論文又は資料の紹介
国立精神・神経医療研究センター・三島和夫部長らの研究グループが、睡眠不足で不安・抑うつが強まる神経基盤を解明

Impaired Functional Connectivity in the Prefrontal Cortex: A Mechanism for Chronic Stress-Induced Neuropsychiatric Disorders[拙訳]前頭前皮質における機能結合障害:慢性的なストレスが引き起こす神経精神障害のメカニズム

Chronic stress-related psychiatric diseases, such as major depression, posttraumatic stress disorder, and schizophrenia, are characterized by a maladaptive organization of behavioral responses that strongly affect the well-being of patients. Current evidence suggests that a functional impairment of the prefrontal cortex (PFC) is implicated in the pathophysiology of these diseases. Therefore, chronic stress may impair PFC functions required for the adaptive orchestration of behavioral responses. In the present review, we integrate evidence obtained from cognitive neuroscience with neurophysiological research with animal models, to put forward a hypothesis that addresses stress-induced behavioral dysfunctions observed in stress-related neuropsychiatric disorders. We propose that chronic stress impairs mechanisms involved in neuronal functional connectivity in the PFC that are required for the formation of adaptive representations for the execution of adaptive behavioral responses. These considerations could be particularly relevant for understanding the pathophysiology of chronic stress-related neuropsychiatric disorders.


[拙訳]
うつ病心的外傷後ストレス障害、及び統合失調症等の慢性ストレス関連精神疾患は、患者のウェルビーイングに強く影響する行動応答の不適応な体系化によって特徴付けられる。現在の証拠は、前頭前皮質(PFC)の機能障害がこれらの疾患の病態生理学に関与していることを示唆する。従って、慢性的なストレスは、行動応答の適応的な編成に必要な PFC 機能を損なうかもしれない。本レビューにおいては、ストレスに関連する神経精神障害において観察されるストレス誘発の行動機能不全を扱う仮説を提唱するために、認知神経科学から得られたエビデンスと動物モデルを伴う神経生理学的研究とを我々は統合する。適応的な行動応答の実行のための適応的な表象の形成が必要とされる PFC におけるニューロンの機能的結合に関与するメカニズムを慢性的なストレスが損なうことを我々は提案する。これらの考察は、慢性ストレス関連の神経精神障害の病態生理学を理解するのに特に関連し得るだろう。

注:i) 引用中の「表象」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「ウェルビーイング」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Well-being 研究」 加えて、これに関連する「主観的ウェルビーイング」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「大学病院におけるマインドフルネス認知療法の取り組み 不安障害,ウェルビーイングを中心に」 iii) 引用中の「うつ病」及び「統合失調症」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iv) 引用中の「心的外傷後ストレス障害」の別名である「PTSD」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 v) 引用中の「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 

Amygdala functional connectivity as a longitudinal biomarker of symptom changes in generalized anxiety.[拙訳]全般不安症における症状変化の縦断的バイオマーカーとしての扁桃体の機能的結合性

Generalized anxiety disorder (GAD) is characterized by excessive worry, autonomic dysregulation and functional amygdala dysconnectivity, yet these illness markers have rarely been considered together, nor their interrelationship tested longitudinally. We hypothesized that an individual's capacity for emotion regulation predicts longer-term changes in amygdala functional connectivity, supporting the modification of GAD core symptoms. Sixteen patients with GAD (14 women) and individually matched controls were studied at two time points separated by 1 year. Resting-state fMRI data and concurrent measurement of vagally mediated heart rate variability were obtained before and after the induction of perseverative cognition. A greater rise in levels of worry following the induction predicted a stronger reduction in connectivity between right amygdala and ventromedial prefrontal cortex, and enhanced coupling between left amygdala and ventral tegmental area at follow-up. Similarly, amplified physiological responses to the induction predicted increased connectivity between right amygdala and thalamus. Longitudinal shifts in a distinct set of functional connectivity scores were associated with concomitant changes in GAD symptomatology over the course of the year. Results highlight the prognostic value of indices of emotional dysregulation and emphasize the integral role of the amygdala as a critical hub in functional neural circuitry underlying the progression of GAD symptomatology.


[拙訳]
全般不安症(GAD)は、過剰な心配、自律神経調節不全及び機能的な偏桃体結合不全により特徴づけられるが、これらの病気のマーカーはほとんど連携して考慮されておらず、相互関係も縦断的に検査されていない。我々は、感情調節のための個体の能力が、扁桃体の機能的結合性の長期的変化を予測し、GAD の主症状の変容を支持すると仮定した。16人の GAD を伴う患者(14人は女性)及び個別にマッチさせた対照群は、1年間で隔てられた2つの時点で調査された。安静状態の fMRI データ及び迷走神経性にメディエイトされた心拍変動性の同時測定は、保続的な認知の誘導前後に得られた。誘導後の心配のレベルにおける大きな上昇は、右扁桃体と腹内側前頭前皮質との間の結合性における強い低下を、そしてフォローアップにおける左扁桃体腹側被蓋野の強化された連結をそれぞれ予測した。同様に、誘導に対する増幅された生理学的な応答は、右扁桃体視床との間の増加した結合性を予測した。機能的結合性スコアの異なるセットにおける縦方向のシフトは、一年を通した GAD の症候学における付随した変化に関連した。結果は情動調節不全の指標の予後値を目立たせ、GAD 症候学の進行の根底にある機能的神経回路における重要な中枢としての偏桃体の不可欠な役割を強調する。

注:i) 引用中の「全般不安症」については、例えば他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「扁桃体」については、PTSD又は複雑性PTSDの視点から他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。 iii) 引用中の「腹内側前頭前皮質」に関連する「内側前頭前皮質」ついては、PTSD又は複雑性PTSDの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、これに関連する「前頭前野」ついては次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)については、例えば次の pdfファイルを参照して下さい。 「機能的磁気共鳴機能画像法を用いた脳機能計測方法とその応用

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≪余談2≫化学物質過敏症とされる患者における生活の制約

標記の複数例を以下に引用します。これらの引用以外にも、「窓を開けるのが困難」も挙げることができるかもしれません。すなわち真夏において、エアコン嫌いの方が窓を開けないで室内にいると、熱中症が生じるリスクが高まるかもしれません。ちなみに、身体疾患と精神疾患を併病している患者の方々の中で、精神疾患を受け入れ難い患者様が身体疾患と診断されるリスクについては、線維筋痛症を例にして、他の拙エントリの【細かな説明3】に示しています。

(1) 柳沢幸雄、石川哲、宮田幹夫著の本「化学物質過敏症」(2002年発行)の 第一章 シックハウスに殺される! の「化学物質はどこからでもやってくる」項の西村さんを例にした記述の一部(P42~P43)を次に引用します。

いま一番の心配は薬品そのものが使えないことだ(化学物質過敏症の治療には現在のところ有効な薬物治療はない。したがって、ここでいう薬品とは、過敏症以外の病気を併発してしまったときに治療するための一般的な薬品という意味である)。化学物質過敏症でなくとも、特定の薬にアレルギー反応を示す人は珍しくないが、西村さんの場合は、身体に合う薬を見つけること自体が難しい。通常なら悪影響がないとされる、きわめて微量の化学物質でも、拒絶反応が出てしまうからだ。薬品ばかりかさまざまな医療機器にも化学物質が含まれているから、ことは複雑だ。「何かあっても病院という建物に入れませんし、薬剤による治療ができないことに非常に不安を感じています。これから先、交通事故や癌になったときは、いったいどうしたらいいんだろう。手術もできないし、化学療法も、放射線治療もできない。もしも病気をしたら、もう死ねしかない。私は看護婦としてICU(集中治療室)で働いた経験もあるので、患者さんの死には毎日のように直面していましたが、自分自身の死を想像したことはなかった。でも、いまは死ぬっていうことが、ものすごく身近ですね。毎日、ああ今日もまだ生きていたのか、っていう感じです」 病気にかかったときにまともな治療が受けられない恐怖は余人には測りがたい。
化学物質過敏症の患者は、食物アレルギーを併発しているケースが少なくないが、ある患者はそのために十分に食事がとれなくなり、衰弱して病院に運ばれたことがある。ところが、過敏症の知識のない医師が栄養チューブを鼻から入れたところ、ショック症状を起こしてしまった。塩化ビニル製のチューブに反応してしまったのである。点滴も受けつけない。その結果、治療の施しようがないと、家に帰されてしまったのだという。塩ビのチューブには、ブラスチックを軟らかくするために添加されるフタル酸系の可塑剤のDEHPなどが含まれている。こうした素材の脱・塩ビ化は少しずつ進んでいるが、いまも医療用として広く使用されている。

(2) エントリ「化学物質過敏症に関する私の発言について - NATROMのブログ」における記述の一部を次に引用します。

化学物質からの回避も、意外と侵襲性が高い。野菜をスーパーで買わずに無農薬のものを取り寄せる、とか、シャンプーを香料・添加物の少ないものにする、とかならまだよい(本当は良くないのだが)。Environmental Control Unit(ECU, 環境施設)といって、「化学物質」の発生を最低限に押え込んだクリーンな施設*1に入るという治療法がある。入るときは良い。問題は出るときだ。なにしろ外は「汚染社会」である。

ECUから「直接汚染社会に復帰することが難しい例(P157)」は、ECUに準じたコロニー(隔離された無味乾燥した施設)に入所する。コロニーに転地した三分の二は完治するが「残りの三分の一は、コロニーと自宅の間を行ったり来たりしています(P158)」。社会復帰ができないということである。三分の一が社会復帰できないかもしれないような侵襲性の高い治療法はなかなかない。「コロニーと自宅の間を行ったり来たり」している残りの三分の一の患者さんが、本当に超微量の化学物質の曝露によって症状が誘発されていて、社会復帰ができないのが「汚染社会」のせいであれば、まだこうした治療も容認されうる余地がある。しかし、もし化学物質の曝露は関係なかったとしたら?複数の二重盲検法による負荷テストの結果は、症状の誘発と超微量の化学物質の曝露に関係がないことを示している。

(中略)

「野菜をスーパーで買わずに無農薬のものを取り寄せる、とか、シャンプーを香料・添加物の少ないものにする、とかならまだよい(本当は良くないのだが)」という発言について、掲示板にてご質問があった(■化学物質過敏症についての掲示板 - 進化論と創造論掲示板3)。症状が出てしまう食品・製品を避けることがなぜ「本当は良くない」のか、疑問に思われるのはもっともなことである。掲示板でもお答えしたが、この場でも追記したほうが良いとのご提案を受け、確かにその通りであるのでこうして追記することにした。

MCSの特徴として、症状を引き起こす「化学物質」の種類がどんどん広がっていくという「過敏性の拡大」というものがある。臨床環境医は、しばしばコップにたとえられる「総身体負荷量」という概念によって、過敏性の拡大を説明する。「有害な化学物質」がコップに貯まりきってあふれている状態では、これまで平気であった「化学物質」に対しても反応するのだという。しかし、この臨床環境医の主張には医学的な根拠は無い(「総身体負荷量」の概念に対する簡単な批判は■臨床環境医の主張で行った)。

「過敏性の拡大」は、「総身体負荷量」のような医学的に証明されていない概念を持ち出さなくても、条件反射や学習で妥当な説明が可能である。たとえば、野菜の残留農薬に反応すると信じている化学物質過敏症患者が、スーパーで売られている野菜をさけ、特別に取り寄せた「○○農園の無農薬野菜」を食べたのちに症状が生じたとしよう。その症状の原因が野菜でなくても、患者の主観では、その「無農薬野菜」が原因だと認識しうる。「生産者がこっそり農薬を使ったのかもしれない。あるいは、○○農園は無農薬でも近隣の農家が使用した農薬が混入したのかもしれない。もうここの野菜は信用できない」。患者は次からは「○○農園の無農薬野菜」を回避するであろう。過敏性の拡大はこうして起こっている可能性がある。

こうした回避を繰り返すと、どんどん使用できる食品・製品が狭まってくる。社会生活や日常生活にも支障をきたす。症状が出てしまうのに無理にその食品・製品と使うと条件反射の強化となってしまうので難しいが、やみくもに回避するのも弊害がある。こうした病態には認知行動療法が効果がありそうに私には思われる。ただ、現時点では、有望であるとはみなされているものの、確固としたエビデンスがあるわけではない。いずれにせよ、「化学物質からの回避」が副作用を伴う治療法であることは、もっと周知されてしかるべきだと考える。

過度な化学物質からの回避への批判は複数あるが、たとえば、以下。「医師は、さまざまな低用量の化学物質への暴露を避けるように患者に勧めてはならない」「化学物質の曝露からの長期間の回避の推奨は禁忌である」とある。

注:i) 引用では一次情報にあった脚注及びリンクは外れています。 ii) 引用中の「条件反射や学習」及び「回避」に関連するかもしれないシックハウス症候群についての引用例は、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「総身体負荷量」の別名である「トータルボディロード」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

(3) Multiple chemical sensitivities: review *29の「Clinical Ecology」項における記述を次に引用します。この引用においては、主に治療費の支出に注目します。

Clinical ecology
A survey [59] of people reporting MCS in the United States reported that more than 100 types of treatment were commonly used by people reporting MCS. These included treatments as diverse as nutritional supplements, filters, saunas, special diets, as well as more intrusive procedures, such as amalgam-filling removal, colonic irrigation, gall bladder/liver flushes and the use of over-the-counter/prescription medications such as antibiotics, antifungal medications and acyclovir. The evidence base for most of these therapies is limited; in addition, some therapies have iatrogenic effects [60,61]. Survey responders admitted spending, on average, $51 000 on treatments, of which $7000 was spent in the previous year, averaging 15% of their annual household income, and had spent an average of $57 000 in attempting to make their homes safer [59]. Participants rated chemical avoidance, creating a chemical-free living space and prayer as the three most useful interventions [59].


[拙訳]
臨床環境医学
米国において、MCS を申告する人々の調査[59]では、100種類以上の治療法が一般的に MCS を申告する人々により使用されたことを報告した。これらの治療法には、より侵襲的な方法である、アマルガム充填除去、結腸洗浄、胆嚢/肝臓洗浄、及び抗生物質、抗真菌薬やアシクロビル(訳注:抗ウイルス薬)等のOTC(市販)/処方箋医薬品等はもちろん、多種多様な栄養補助食品、フィルタ、サウナ、特別な食事療法を含む。これらの治療法のほとんどは、エビデンスが限られている。加えて、いくつかの治療法は、医原性の(訳注:医師の診断、治療によって生じた)効果を持っている[60,61]。本調査への応答者は、平均 51,000 ドルを治療への支出に容認し、前年に 7,000 ドルを支出し、これは、平均して年間世帯収入の15%であり、自分の家をより安全にする試みに、平均 57,000 ドルを支出した[59]。当事者は、化学物質の回避、ケミカルフリーの生活空間、祈りを3つの最も有用な介入と格付けした[59]。

注:i) 引用文中の 「[59]」、「[60,61]」はそれぞれ文献番号です。 ii) ちなみに、[59]の文献は、治療法を中心に次の日本語のエントリで紹介されています。『メモ「自己申告ベースのMCSに効く治療法」 - 忘却からの帰還

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≪余談3≫化学物質過敏症精神疾患との境界線

標記についてWEBページ「 ピコ通信/第135号 化学物質問題市民研究会発行」 の 第1部 基調講演(概要)「Ⅱ 健康保険のこと、今後の課題 宮田幹夫先生(北里大学名誉教授) 」 の「◆精神疾患との境界線のあいまいさをどうするか」項における記述を次に引用します。

近縁疾患には、アレルギー(皮膚、呼吸器、食物)、慢性疲労症候群線維筋痛症、上気道過敏、うつ、不安障害がある。うつ、不安障害との境界線があいまいである。
一番問題なのは、不安障害=神経症で、ICD10(国際病名分類)では、神経性障害・ストレス関連障害・及び身体表現性障害の項目に分類されている。ここには、全身性不安障害、パニック障害、恐怖症性不安障害、強迫性障害解離性障害、身体表現性障害、適応障害が入っている。
化学物質過敏症の患者さんの症状だけで見ると、この分類に押し込めることができる。精神科の医師たちに化学物質過敏症を理解してもらうには、まだ時間がかかるだろう。

注:(i) 引用中の「うつ」という言葉を安易に使うと誤解を招きやすいと本エントリ作者は考えます。例えば、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、上記「うつ」に関連する「うつ病の症状(身体症状)」として「不定愁訴」(ここを参照)がリストアップされていることについては資料「かかりつけ医におけるうつ病患者へのケアの提供・うつ病患者への声掛け」の「うつ病の症状(身体症状)」シートを参照して下さい。 (ii) 引用中の「ICD10(国際病名分類)では、神経性障害・ストレス関連障害・及び身体表現性障害の項目」に関連する、 a) 上記項目に含まれる疾患のリストアップについては例えば次の資料を参照して下さい。 「ICD-10 の問題点と ICD-11 に向けての課題:F4 神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」の「表1 F4 カテゴリーに関する ICD-10,ICD-9 と DSM-Ⅳの対照表」のその1及びその2(注:ICD-10が対象です)、『いわゆる「神経症」の診断と診断のための面接』の『表1 従来「神経症」と呼ばれていた疾患の ICD-10 における分類』(P869) b) また、上記(ICD-10の)「F4(神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害)」は「主に心因によるもの」におおむね相応していることについて、山下格著、大森哲郎補訂の本、「精神医学ハンドブック 医学・保健・福祉の基礎知識 [第8版]」(2022年発行)の 0 はじめに:原因と症状と診断・治療・支援の「付記:国際診断基準(ICD-10、ICD-11、DSM-5)」における記述の一部(P9)を次に引用(『 』内)します。 『F4 および F5 が「主に心因によるもの」、におおむね相応しており、対応関係が比較的明瞭である。』(注:1) 引用中の[ICD-10]「F5」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「F5 精神及び行動の障害(F50-F59)」 2) 引用中の「心因」とは「社会・心理的要因」の略であることについて引用はありませんが同本の 1 主に心因によるもの の 1-1 心身症 -心理的影響による身体的変化- の「Ⅰ.定義と問題のありか」を参照して下さい。加えて上記「心因」とは「心理的要因」の略であることについては次の note を参照して下さい。 「積ん読3 山下格『誤診のおこるとき』みすず書房」) (iii) 引用中の「化学物質過敏症の患者さんの症状だけで見ると、この分類に押し込めることができる。」に関連するかもしれない(化学物質過敏症の)「患者の訴えが決して精神的なものでないことは明らかである」ことについては次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症について」の「Ⅱ.医学的所見」項(P71) 加えて、上記宮田幹夫先生のみならず石川哲名誉教授も「化学物質過敏症患者は精神心理的な異常ではありません。」と主張していることについては次のWEBページを参照して下さい。 「話題騒然!!人ごとと思っていては危ない、『かびんのつま』に描かれた【化学物質過敏症】の衝撃の真実!!!<後編>」の「精神的疾患ではないことを、知る!」項 (iv) 一方、引用中の「神経症」に関連する、「内科・外科の病気も、濃淡の違いはあってもしばしば心身症神経症の色どりをおびている」ことについて「予期不安、暗示、条件反射をもちやすい」ことを含めて、山下格著、大森哲郎補訂の本、「精神医学ハンドブック 医学・保健・福祉の基礎知識 [第8版]」(2022年発行)の 1 主に心因によるもの の 1-3 治療と援助 の Ⅰ.心理的な治療と援助 の「a. 内科・外科の診察」における記述の一部(P50)を次に引用(【 】内)します。 【内科・外科の病気も、濃淡の違いはあってもしばしば心身症神経症の色どりをおびている。また人間は感情の動物で、先取りをして不必要なことまで心配し、前記の予期不安、暗示、条件反射(p.19)をもちやすい。】(注:A] 引用中の「前記の予期不安、暗示、条件反射(p.19)」についての引用は省略しますが、ここを参照すると良いかもしれません。 B] 引用中の「心身症」については次のWEBページを参照して下さい。 「心身症 - 脳科学辞典」) 加えて、「複雑性PTSDの連続体は,軽度の神経症から精神病まで,また高機能から機能不全まである」ことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。その上に、「伝統的に神経症と呼ばれていた疾患群において、心理・社会的要因は発症、症状、経過に与える影響はすべての精神疾患に対し相対的に顕著であるといえる」ことについて、同「1 主に心因によるもの」 の 1-2 神経症・ストレス関連障害 の「Ⅰ.定義と問題のありか」における記述の一部(P28)を次に引用(《 》内)します。 《言うまでもなく、心理・社会的刺激は、驚き、恐れ、緊張、不安などの心理面の変化をもたらすし、刺激が強いときは脳内の神経伝達系を含む神経機能にも大きな影響を及ぼすことが知られている。そのため心理・社会的要因は、すべての精神疾患の発症、症状、経過に少なからぬ影響を与える。その影響の程度はさまざまであるが、なかでも伝統的に神経症と呼ばれていた疾患群において相対的に顕著であるといえる。》 (v) また、化学物質過敏症の主要な症状が不定愁訴であることについてはここを参照して下さい。加えて、不定愁訴と類似する又はほぼ一致するかもしれない「医学的に説明できない症状」(MUS)については、次のWEBページ参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』、「プライマリ・ケア領域の心身症再考」の特に「不定愁訴,MUS,FSS」項 ちなみに、 a) これらのWEBページや資料では共に身体症状について言及されていると本エントリ作者は考えます。 b) 不安と抑うつが身体症状と関連していることを報告する論文の要旨例を次に引用します。

・論文「The association between anxiety, depression, and somatic symptoms in a large population: the HUNT-II study.[拙訳]大きな集団における不安、抑うつと身体症状との関連: HUNT-II 研究」の要旨を次に引用します。

OBJECTIVE:
Somatic symptoms are prevalent in the community, but at least one third of the symptoms lack organic explanation. Patients with such symptoms have a tendency to overuse the health care system with frequent consultations and have a high degree of disability and sickness compensation. Studies from clinical samples have shown that anxiety and depression are prevalent in such functional conditions. The aim of this study is to examine the connection between anxiety, depression, and functional somatic symptoms in a large community sample.

METHOD:
The HUNT-II study invited all inhabitants aged 20 years and above in Nord-Trondelag County of Norway to have their health examined and sent a questionnaire asking about physical symptoms, demographic factors, lifestyle, and somatic diseases. Anxiety and depression were recorded by the Hospital Anxiety and Depression Scale. Of those invited, 62,651 participants (71.3%) filled in the questionnaire. A total of 10,492 people were excluded due to organic diseases, and 50,377 were taken into the analyses.

RESULTS:
Women reported more somatic symptoms than men (mean number of symptoms women/men: 3.8/2.9). There was a strong association between anxiety, depression, and functional somatic symptoms. The association was equally strong for anxiety and depression, and a somewhat stronger association was observed for comorbid anxiety and depression. The association of anxiety, depression, and functional somatic symptoms was equally strong in men and women (mean number of somatic symptoms men/women in anxiety: 4.5/5.9, in depression: 4.6/5.9, in comorbid anxiety and depression: 6.1/7.6, and in no anxiety or depression: 2.6/3.6) and in all age groups. The association between number of somatic symptoms and the total score on Hospital Anxiety and Depression Scale was linear.

CONCLUSION:
There was a statistically significant relationship between anxiety, depression, and functional somatic symptoms, independent of age and gender.


[拙訳]
目的:
身体症状は地域社会で広く認められるが、症状の少なくとも3分の1は器質性の説明を欠いている。このような症状を有する患者は、頻繁な診察を伴う医療制度を過度に使用する傾向があり、そして高レベルの障害及び疾病の補償を有する。臨床サンプルからの研究は、不安及び抑うつがこのような機能的状態において広く認められることを示している。本研究の目的は、大規模なコミュニティサンプルにおける不安、抑うつと機能的身体症状との間の関係を調査することである。

方法:
HUNT-II 試験では、ノルウェーの Nord-Trondelag 郡における 20 歳以上の全ての住民を健康調査のために勧誘し、身体症状、人口統計学的要因、ライフスタイル、身体疾患に関するアンケートを実施した。不安及び抑うつは、HAD 尺度(Hospital Anxiety and Depression Scale)により記録された。勧誘された人のうち、62,651人の参加者(71.3%)がアンケートに回答した。器質性疾患のため合計10,492人が除外され、50,377人が分析に取り入れられた。

結果:
女性は男性よりも身体症状が多い(女性/男性の症状の平均数:3.8/2.9)。不安、抑うつと機能的身体症状との間には強い関連があった。この関連は、不安と抑うつに対しても同様に強く、そして併存する不安と抑うつに対してはやや強い関連が観察された。不安、抑うつ、そして機能的身体症状の関連は、男性及び女性において(不安における男性/女性の身体症状の平均数:4.5/5.9、抑うつ:4.6/5.9、併存不安及び抑うつ:6.1/7.6 、不安又は抑うつなし:2.6/3.6)、そして全ての年齢層のグループで同様に強かった。身体症状の数と HAD 尺度の総スコアとの間の関連は直線的であった。

結論:
不安、うつ病と機能的身体症状との間に、年齢や性別に関係なく統計的に有意な関係があった。

注:i) 引用中の「HAD 尺度」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Hospital Anxiety and Depression Scale(HAD 尺度)は慢性疼痛に対する認知行動療法の効果判定に有用である」 ii) 引用中の「サンプル」は「分析に取り入れられたアンケートへの参加者」と言い換えることができるかもしれません。

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≪余談4≫化学物質過敏症の症状例

化学物質過敏症の症状とされるものは、以下に引用するように一般に不定愁訴*30といわれるような症状が多く、以下に理由を示すようにこれらの症状は化学物質過敏症に特異的でないと本エントリ作者は考えます。

化学物質過敏症の症状」とされるものとして、宮田幹夫著の本「化学物質過敏症 忍び寄る現在病の早期発見と治療」(2001年発行)の 「PART1 どんな症状が現れるのか?」における記述の一部(P5~P7)を以下に引用します。

化学物質過敏症」の特徴のひとつは、同じ化学物質が原因でも、ある人は頭痛がでるのにある人は下痢をする、というように、人によって現れる症状が違うということです。また、目や鼻、耳、皮膚、呼吸器、循環器、消化器、神経、内分泌など、広範囲の症状が現れるのも特徴です。
主な症状を挙げてみましょう。
【目】目がかすむ/視力が落ちる/物が二つに見える/目の前に光が走るように感じる/まぶしい/目がちかちかする/目が乾く/涙が出やすい/目がごろごろする/目がかゆい/目が疲れる/目の前が暗く感じる

【鼻】鼻水が出る/鼻が詰まる/鼻がかゆい/鼻が乾く/鼻の奥が重い/後鼻腔に何か流れる感じがする/鼻血が出る

【耳】耳鳴りがする/耳が痛い/耳がかゆい/音が聞こえにくい/音に敏感になった/耳のなかがぼうっとする感じがする/耳たぶが赤くなる/中耳炎をおこす/めまいがする

【口やのど】口やのどが乾く/よだれが出る/口のなかがただれる/食べ物の味がわかりにくい/金属の匂いがする/のどが痛い/のどが詰まる/ものが飲み込みにくい/声がかすれる/喉頭に浮腫ができる

【消化器】下痢や便秘を起こす/むかむかして吐き気がする/おなかが張る/おなかに圧迫感を感じる/おなかの痛くなったりや痙攣が起こる/空腹感がある/胸やけがする/げっぷやおならがよく出る/胃酸の分泌過多になる/小腸炎や大腸炎を起こす

【腎臓・泌尿器】トイレが近くなる/尿がうまく出ない/尿意を感じにくくなる/夜尿症になる/膀胱炎を起こす/腎臓障害が起きる/性的な衝動が低下する/インポテンツになる/性的な衝動が過剰になる

【呼吸器・循環器】せきやくしゃみが出る/呼吸がしにくい/呼吸が短くなったり呼吸回数が多くなる/胸が痛む/息遣いが荒くなる/ぜんそくを起こす/脈が速くなる/不整脈になる/血圧が変動しやすい/皮下出血を起こす/寒さに対して皮膚の血管が過敏になる/血管炎を起こす/にきびのような吹き出物が出やすい/むくみができる

【皮膚】湿疹、じんま疹、赤い斑点が出やすい/かゆい/引っ掻き傷ができやすい/汗の量が多い/皮膚が赤くなったり青白くなったりしやすい/光の刺激に対して過敏になる

【筋肉・関節】筋肉痛がある/肩や首が凝る/関節が痛む/関節が腫れる

産婦人科関連】のぼせたり、顔がほてったりする/汗が異常に多くなる/手足が冷える/おりものが増える/陰部のかゆみや痛みがある/生理不順になる/不妊症になる/生理が始まる前にいらいらしたり、頭痛、むくみなどがある/感染症にかかりやすくなる

【精神・神経】頭が痛くなったり、重くなったりする/手足がふるえたり、痙攣したりする/うつ状態躁状態になる/不眠になる/気分が動揺したり不安になったり精神的に不安定になる/記憶力や思考力が低下する/食欲が落ちる/苛立ちやすく、怒りっぽくなる

【その他】貧血を起こしやすくなる/甲状腺機能障害を起こす

(中略)

化学物質過敏症の症状は、一般に不定愁訴といわれるような症状が多いため、原因不明のまま、かぜ、自律神経失調症更年期障害、ヒステリー、ノイローゼ、過敏症、アレルギー、感受性の亢進、職場嫌いなどと診断されます。

注:ただし、i) 引用中の「ヒステリー」は他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「ノイローゼ」は、不安症(不安障害)に相当するようです。 iii) 引用中の「不定愁訴」に関連する「医学的に説明できない症状」については、次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』 iv) 引用中の『「化学物質過敏症」の特徴のひとつは、同じ化学物質が原因でも、ある人は頭痛がでるのにある人は下痢をする、というように、人によって現れる症状が違うということです。また、目や鼻、耳、皮膚、呼吸器、循環器、消化器、神経、内分泌など、広範囲の症状が現れるのも特徴です。』に関連する「非常に多彩な症状を呈しますが、1人の患者にこのような症状が全て出るわけではありません。同じ化学物質の曝露によっても症状の内容、過敏度は患者によってまちまちです。」については次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症を見落とさないために──各診療科へのお願い」の「症状は多岐にわたる」項(P20) 加えて、この資料には「表1 化学物質過敏症の症状」(P21)があります。 v) ちなみに、シックハウス症候群の症状も、資料「シックハウス症候群の発症機構」の「5. 心療内科学的側面から」項における記述の一部(P844)を次に引用するように不定愁訴であるようです。

5. 心療内科学的側面から
シックハウス症候群は,その多彩な自覚症状がいわゆる「不定愁訴」であること(後略)

注: 引用中の「不定愁訴」に関連する「医学的に説明できない症状」又はその略語の MUS については、次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』、「総合診療 Vol.32 No.11 2022年 11月号」の「Editorial」項

上記引用(ここ及びここ参照)に示すように、化学物質過敏症における一般に不定愁訴といわれるような症状は、自律神経失調症をはじめとした心身症又は身体表現性障害の症状(身体症状)*31と概ね重なると本エントリ作者は考えます。心身症、身体表現性障害、自律神経失調症については、それぞれ、例えば以下に示すWEBページ、資料及び本エントリの≪余談5≫を参照して下さい。 「心身症 - 脳科学辞典」、「身体表現性障害 - 脳科学辞典」、『小林聡幸先生に「身体表現性障害」を訊く』、「身体症状症(旧:身体表現性障害) - KOMPAS」、「自律神経失調症」。これらの身体症状は例えば複数の精神疾患(他の拙エントリのここを参照)においても見られ*32化学物質過敏症に特異的な症状ではありません。化学物質過敏症(又は MCS)に特有なものとして「超微量の化学物質により症状が誘発される」ことがあり、これを証明するための臨床環境医が考案した二重盲検法による誘発(負荷)試験もあるのですが、「超微量の化学物質により症状が誘発される」こと(すなわち、疾患概念 MCS の存在)は、システマティック・レビュー(他の拙エントリのここを参照)により否定されています。

不定愁訴といわれるような症状は化学物質過敏症に特異的では無いことを支持する記述例を以下に示します。先ず、宮田幹夫著の本「化学物質過敏症 忍び寄る現在病の早期発見と治療」(2001年発行)「Part4 化学物質過敏症の診断」における記述の一部(P37)を次に引用します。

他の病気ではないと鑑別したうえで、患者さんの症状と、これらの検査の結果により、化学物質過敏症の診断がつきます。

引用中の「他の病気」がどこまでの範囲を示すのか不明確です。中毒及びアレルギーはともかくとして、例えば、更年期障害参照)、甲状腺機能に関する疾患[①バセドウ病参照 ※1)、②橋本病(参照 ※1)]、線維筋痛症参照)、慢性疲労症候群参照)、不安症群(DSM-5)[不安障害、これにはパニック症、特定の恐怖症、広場恐怖症を含む](参照)、うつ病双極性障害境界性パーソナリティ障害摂食障害(まとめて他の拙エントリのリンク集を参照)、自閉スペクトラム症(他の拙エントリのここを参照)、PTSD(他の拙エントリのリンク集を参照)、複雑性PTSD、解離性障害(共に他の拙エントリのリンク集を参照)が含まれるのかどうか? の記述は同本にはありません。

※1:バセドウ病については、例えば伊藤公一監修の本、「新版 甲状腺の病気の治し方」(2018年発行)の「第2章 甲状腺が働きすぎる-バセドウ病とわかったら」を、 一方、橋下病については、例えば同本の「第3章 甲状腺が働かない-橋下病とわかったら」を、 それぞれ参照して下さい。

加えて、日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行)の Ⅲ.対応 の「1-1 初診時の対応」項における一部の記述(P51)を次に引用します。

シックハウス症候群(SHS)の症状は多彩で多臓器にわたるため鑑別診断が重要となる.内科学的な臨床を習得した医師にとって,本症の鑑別診断はさほど困難ではないが,症状に応じて,循環器科,呼吸器科,アレルギー科,内分泌・代謝内科,心療内科,耳鼻科,眼科への紹介を考慮する.すなわち,既存の疾患では説明できない患者の場合,本症を疑うという側面もあり,除外診断を旨とすべきである.

さらに、資料『「科学的エビデンスに基づく新シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル改訂新版」』の ⑤ シックハウス症候群といわゆる「化学物質過敏症」(本態性環境不耐症)[P39~P42] の『「化学物質過敏症」の訴えへの対応』シート(P42)における記述の一部を次に引用します。

2. しかし身体不調を化学物質のためとは決めつけず、心理社会的ストレスによる体調不良やメンタルヘルスの問題など,他の既存の考え得る疾患である可能性を「除外診断」する必要がある

上記引用中の文章「他の病気ではないと鑑別したうえで(中略)化学物質過敏症の診断がつきます」「除外診断を旨とすべき」「他の既存の考え得る疾患を除外診断する必要がある」より、不定愁訴等の化学物質過敏症及びシックハウス症候群の症状とされるものと合致したからといえども、直ちにこれらの診断ができないと本エントリ作者は考えます。一方、前2者では、どこまで「除外診断」又は「鑑別診断」を実際に行うのかが明確でないと本エントリ作者は考えます。最後の文章では、「他の既存の考え得る疾患を除外診断する必要がある」であり明確であると本エントリ作者は考えます。

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≪余談5≫自律神経失調症

最初にWEBページ「不眠、動悸、倦怠感…自律神経失調症で起こる症状は?原因はストレス?」や「どんな症状でも自律神経が関与しているということ」との記述を有するWEBページ『自律神経が狂いやすいのは、多忙すぎる“精密機器”だから人間の脳に搭載された「全自動おまかせシステム」』があります。次に平井孝雄著の本、「仏陀の癒しと心理療法 20の症例にみる治癒力開発」(2015年発行)の 第6章 五取蘊苦と自律神経失調症 の「第2項 自律神経失調症とは?」における記述又は記述の一部(P136~P137)を次に引用します。

自律神経失調症とは、身体に特別な異常(癌とか膠原病といった) がないにもかかわらず、いろいろな訴え(主に、全身倦怠感、めまい、頭痛、頭重感、動悸等)をし、背後に交感神経や副交感神経の過緊張・機能低下が関与している病態を指す。
自律神経は、それこそ身体のあらゆる臓器に影響を及ぼしているが、その主な特徴は自分の意思とは無関係(厳密にいうと少し関係するが)に、自律的に機能する内臓や内分泌器官を支配しているということである(だから自分の意思に随って動く筋肉系の随意運動神経系と区別される)。
自律神経は、また交感神経と副交感神経に分かれるわけだが、たいたいにおいて両者は、反対の作用をして、それで生体のバランスを保っている。すなわち、交感神経はどちらかと言うと闘う、逃げる、活動するといったエネルギーを出す方向(異化作用、向力動作用とも言う)に向かう。具体的に言うと交感神経が優位に働いている時は、脈拍の増加、血圧上昇、気管支の拡張、胃腸運動の抑制、頻尿、発汗といったことが起きやすくなる。
逆に副交感神経は、エネルギーを取り入れる方向(同化作用、向栄養作用とも言う)で、これが優位になり過ぎると胃腸症状(吐き気、下痢、腹痛など)、低血圧、徐脈といったことが出やすいと言える。
自律神経は、普段は二つの神経系がほどよく調和して働いているのだが、気掛かり、心配、不安、憂鬱といった精神的ストレス(精神的だけではなくあらゆるストレス)があると、バランスが崩れ、精神身体反応というような生理的変化が生じる。そして、動悸、呼吸困難、めまい、頭痛、疲労、食欲不振など多彩な症状をもたらす。
自律神経失調症には、さまざまなタイプがあり、心因がかなり関与するタイプと、そうでないタイプがある。また心理的原因が大きい場合のなかに、神経症的特徴をかなり有するタイプがあり、それはもう神経症と言っていいぐらいである。
自律神経失調症は、見た目にはひどい病気と見られないし、また特別な異常もない故、周りには「たいしたことはない。気のせいだ」ぐらいに見られがちだが、本人にしたら、辛い症状を強く感じさせられ、それこそ自分の肉体を持て余すといったぐらいに苦しんでいることが多い。

注:引用中の「自律神経失調症には、さまざまなタイプがあり、心因がかなり関与するタイプと、そうでないタイプがある」ことに関連するかもしれない「原因によって効果的な治療法が異なる」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「自律神経失調症は自力で治すことはできるの?〜自己判断すべきでない理由と、医師に指導される対策とは〜」の「原因によって効果的な治療法が異なる」項

加えて、各臓器に現れる自律神経失調症の症状例について、村上正人、則岡孝子著の本、「自律神経失調症の治し方がわかる本」(2011年発行)の 第1章 あなたは、どれだけ知っていますか? の「自律神経失調症が引き起こす体の“異常”」における記述の一部(P16~P17)を引用します。ただし、この引用元の P17 は本来イラストであるものの、引用の一部を作成するために文字を抜き出しています。

次ページのイラストのように、自律神経失調症状はあらゆるところに現れます。(中略、以下の引用元はイラストです)

各臓器に現れる自律神経失調症
いくつかの症状が一見関連のない臓器に現れることが多い

●全身
微熱、だるさ、倦怠感、不眠

●神経
片頭痛、筋緊張性頭痛、頭重感、乗り物酔い、目まい、立ちくらみ

●耳
耳鳴り、耳閉

●目
眼精疲労、まぶたのけいれん、ドライアイ(目の乾燥)

●咽喉
のどの異物感

●呼吸器
過換気症状(息を吸いすぎて呼吸が苦しい)

●循環器
高血圧、低血圧、レイノー症状(手足の冷感、蒼白)、不整脈、頻脈、胸痛

●皮膚
かゆみ、円形脱毛、多汗(汗をかきやすい)、じんましん

●筋肉
筋肉痛、肩こり、腰痛

●手
書痙(手がふるえて文字が書けない)、手のひらの汗

●消化器
慢性胃炎、神経性嘔吐、過敏性腸症状(下痢をしやすい)、おなかが張る、食欲不振、過食

●泌尿器
神経性頻尿、残尿感、尿失禁

生殖器
月経前の不調、月経痛、産後のうつ気分、更年期障害、性機能不全

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≪余談6≫不潔恐怖・洗浄強迫、強迫症等について及び発達障害複雑性PTSD等との関連

最初に、「嗅覚嫌悪条件づけ」(リンク集参照)に関連するかもしれない強迫症(又はOCD:Obsessive Compulsive Disorder、強迫性障害*33における「不潔恐怖・洗浄強迫」に関して、原井宏明監修・著、岡嶋美代著の本「図解 やさしくわかる強迫症」(2022年発行)から多くを以下に引用しています。一方、他からの引用もあります。この場合には引用元をそれぞれ記述しています。

の 1章 強迫症(OCD)を理解しよう の「▼不潔恐怖・洗浄強迫①」及び「▼不潔恐怖・洗浄強迫②」における記述の一部(P20~P22)を共に次に引用します。

▼不潔恐怖・洗浄強迫①

いくつかのタイプがあり、執拗に手洗いや入浴を続ける(中略)

誰にも汚されたくない聖域を作り、必死に守ろうとする

不潔恐怖・洗浄強迫は、自分の手や体が汚染されているという感覚に支配され、しつこく手を洗ったり、シャワーを浴び続けるといった洗浄行為を続けます。汚染はいわゆる不潔なものから化学薬品や嫌悪的イメージなど多岐にわたります。これにはいくつかタイプがあり、自分の手や身体が世の中で一番きれいでいたいから、というのが「不潔恐怖・洗浄強迫タイプ」、自分の汚れた手や身体で大事な人や世間を汚したくない、という「加害恐怖・洗浄強迫タイプ」、縁起の悪いイメージを手洗いによって払拭しようとする「縁起強迫・洗浄強迫タイプ」などがあり、恐怖の対象を見極めることが治療の上でとても重要になります。
ここでは恐怖の対象の違いを分けずに、不潔恐怖・洗浄強迫として解説します。不潔恐怖・洗浄強迫の人には、どうしても汚したくない「聖域」があります。それは家全体だったり、自分の部屋、ベッドや布団と色々で、人によって、バッグやクローゼットの中、何か思い入れのある化粧品、記憶や象徴のようなイメージということもあります。

強迫儀式に何時間も要して日常生活が立ち行かなくなる

例えば、不潔恐怖・洗浄強迫のAさんは、自分のベッドを聖域とみなし、ベッドに入るまでに次のような儀式をします。まず部屋のゴミを捨てて、次にトイレに入り、排泄のあと、多いときはトイレットペーパーを1、2ロール使って、お尻を拭きます。それが終わると、洗面所でハンドソープを泡立てて、納得できるまで手を洗い、次は入浴です。ボディソープを泡立てて、気のすむまで体を洗い続け、ようやくパジャマに着替えてベッドに入ります。この一連の行為は「ベッド」という聖域に汚れをつけたくないがゆえの必死の強迫行為(儀式)です。
Aさんの場合、入浴までの儀式で約5、6時間もかかりますが、当然、これだけ強迫儀式に時間を取られれば、日常生活が立ち行かなくなります。そうすると、自分のベッド(聖域)を汚さないようにリビングルームなどで寝ることもありますし、友達の家や交際相手の部屋を泊まり歩くこともあります。その代わり、自宅に戻って聖域に入るというときは、前にも増して強迫儀式をエスカレートさせ、大事な聖域を守ろうとします。あるいは、儀式行為に疲れると、聖域に一歩も入れなくなり、他の部屋に引きこもることもあります。(中略)

▼不潔恐怖・洗浄強迫②

恐怖の対象は、目に見えるものだけではない(中略)

不潔恐怖・洗浄強迫の人の多くで自分や他人の排泄物や生ゴミなど、実際に衛生的でないものが強迫観念を引き起こす惹起刺激(トリガー)になります。しかし、強迫行為(儀式)を繰り返し、強迫観念が肥大すると、目に見えないものまでが恐怖の対象となります。それは、自分の体から落ちる汚れだったり、ドアノブや電車のつり革、受話器、机、イス、コップや食器などについている汚れだったりします。
こうした場合、複数の人が触れるドアノブやエレベーターのボタンに触れるときに、ティッシュで覆ってから触れるような行動が見られたり、あるいは人前では平気を装うために、仕方なくつり革やドアノブなどを触り、家に帰ると洗面所に飛び込んで手を洗い続けることもあります。こうした行為は、自分自身への汚染を食い止めるためです。(後略)

注:(i) 上記「強迫症(OCD)」と「潔癖症」との違いについて、原井宏明監修の本、「強迫性障害に悩む人の気持ちがわかる本」(2013年)の 1 これは病気? やめたいのにやめられない の 本人① 不潔恐怖 いくら洗っても手の汚れがとれない の「解説 潔癖症との違いは」項における記述(P13)を以下に引用します。 (ii) 引用中の「強迫行為(儀式)を繰り返し、強迫観念が肥大すると、目に見えないものまでが恐怖の対象となります。それは、自分の体から落ちる汚れだったり、ドアノブや電車のつり革、受話器、机、イス、コップや食器などについている汚れだったりします。」に関連するかもしれない、 a) 「こころの科学 220号」(2021年11月)中の村山桂太郎、中尾智博著の文書「嫌悪と強迫症」〔P81~P85〕の「嫌悪と強迫症」において次に引用(『 』内)する「共感呪術(sympathetic magic)」を説明する記述(P83)があります。 『このような「嫌悪」と「汚染・洗浄タイプ」の強迫症との関係が調査される中で、「共感呪術(sympathetic magic)」といった現象が報告されている。「共感呪術」とは、汚染対象となっている物体1に汚染されていない物体2が接触すると、物体2に汚れが伝播し、さらにその汚れが物体2に接触した物体3に、さらに物体3に接触した物体4に、次々と伝播するように感じる現象である。』 この sympathetic magic については、拙訳はありませんが次の論文要旨を参照して下さい。 「Sympathetic magic in contamination-related OCD」 b) 「履いていた上履きを通して、汚染が拡大した不安」については次の資料を参照して下さい。 「認知行動療法の実践 ー不安障害・気分障害のCBTのコツー -久留米大CBT講義」の「強迫性障害のCBT②:不潔恐怖」シート(P35) c) 「トリガー→強迫観念→強迫行為(儀式)の連鎖が続けば続くほどトリガーの種類が増える」ことに対しての、引用中の「目に見えないものまでが恐怖の対象となります」に関連する「目に見えないものまでがトリガーになります」を含めて同の 強迫観念を引き起こすきっかけや状況とは? の「目に見えないものまでが強迫の引き金に」における記述の一部(P10)を次に引用(【 】内)します。 【トリガー→強迫観念→強迫行為(儀式)の連鎖が続けば続くほど種類は増え、例えば、最初は「血液」がトリガーだったのが、赤いシミ、汗、精液などと、どんどん増え、汚れのイメージなど、目に見えないものまでがトリガーになります。】(注:引用中の[トリガーの]「種類は増え」に関連するかもしれない「汚染恐怖は指数関数的に拡大する」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「汚染恐怖に関する研究」の「病的汚染の恐怖」項) (iii) 引用中の「不潔恐怖」(又は「汚染不安」)の対象例として、 1) 上記「解説 潔癖症との違いは」項における記述の一部(P12)を形式を変えて以下に引用します。 2) 「汚染の不安を引き起こすもの・人」について、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫症」(2017年発行)の「とらわれ ①汚染/洗浄」における記述の一部(P16)を以下に引用します。加えて、「汚染強迫症者によくみられる誘因」について、ジョン・ハーシュフィールド、トム・コールボーイ著、小平雅基、齋藤真樹子訳の本、「こだわり思考とうまく付き合うためのワークブック マインドフルネス認知行動療法で強迫観念と強迫行為を克服する」(2019年発行)の 第Ⅱ部 特定の強迫観念に対する,マインドフルネス認知行動療法 の「第6章 汚染強迫症」における記述の一部(P106)を以下に引用します。 (iv) 引用中の「不潔恐怖」(又は「汚染不安」)における「感覚と実際との区別が難しいことがあること」について、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫性障害」(2010年発行)の「疲れる病気 強迫行為はとても疲れる」における記述の一部(P28~P29)を以下に引用します。 (v) 引用中の「他人」に関連する「特定の人」の不潔については、松田慶子著、上島国利監修の本、「本人も家族もラクになる強迫症がわかる本」(2017年発行)の PART 2 強迫症のさまざまな症状 の 4【症状 汚染に対する恐怖①】における記述の一部(P049)を以下に引用します。 (vi) 引用中の「聖域」に関連する、 a)『「聖域にいれば安心」のような精神状態から、ひきこもっていくことがある』ことについて、原井宏明監修の本、「強迫性障害に悩む人の気持ちがわかる本」(2013年)の 2 底なし沼に落ちていくような日々 の「本人⑥ ひきこもり 部屋から、ベッドから、出るのはこわい」における記述の一部(P46)を次に引用(《 》内)します。 《「聖域にいれば安心。なにもこわいものはない」。そんな精神状態から、ひきこもっていくことがあります。やることがないからとベッドにいるうちに、寝てばかりいるケースもあります。》 b) 「人によって聖域はさまざま」なこと、そして「聖域がなくならないかぎり、生活への支障を避けられないどころか、良好な人間関係も築けなくなってしまう」ことについて、共に原井宏明監修の本、『図解 いちばんわかりやすい強迫性障害 強すぎる「不安」と「無意味な行動」の断ち切り方』(2021年発行)の 1章 症状の種類 の 不潔恐怖 手洗い、入浴に時間がかかってしまう の『清潔に保ちたい場所の「聖域」を作る』における記述(P40)を以下に引用します。加えて、上記「聖域」の例としての「聖域とは、不潔恐怖の人が持っているもので、絶対に汚れていないと思っている領域(場所)のこと」については次のエントリを参照して下さい。 「強迫性障害の世界:聖域を作って身を守ることが上手くいかない理由」 その上に、上記「聖域」に関連する「安全な場所(聖域)」については次のエントリを参照して下さい。 「洗浄強迫に潜むさまざまな思考」の「安全な場所(聖域)」項、「洗浄強迫に潜むさまざまな思考」の「安全な場所をつくり汚れを隔離しようとする」項 一方、上記「聖域」以外にも、 1) 「強迫観念はあるのは当たり前」なことについて、同本(上記 (vi) b) 項を参照)の 3章 環境調整と周囲の対応 の 環境調整① 強迫観念がなくなることはない の「強迫観念はあるのは当たり前 強迫行為をしないことが重要」における記述の一部(P104~P105)を以下に引用します。 2) 「頭が手持ち無沙汰になると、その分強迫観念が湧きやすくなる」ことについて、同章(上記 (vi) b) 項を参照)の 環境調整② 変化のある生活のほうがいい? の「生活の中にルールを作らず日々に変化をつけること」における記述の一部(P106~P107)を以下に引用します。 3) 『「不安」と「観念」の組み合わせが「強迫観念」である』ことについて、亀井士郎、松永寿人著の本、「強迫症を治す 不安とこだわりからの解放」(2021年発行)の 第二章 強迫症の精神病理 の「強迫観念、強迫行為、エネルギーの消耗」における記述の一部(P83)を次に引用(【 】内)します。 【まず、「不安」と「観念」の組み合わせが「強迫観念」です。圧倒的な不安を伴った観念に強く迫られる症状であり、この観念を打ち消すための行動が強いられます。しばしば「侵入的」と形容される症状ですが、その本質は不安の強烈さにあります。】 (vii) 標記「強迫症」における「暇は強迫の餌になる」ことについては、同の 便利な社会が発症の温床に の「狭い空間で不自由のない環境では、強迫的な行動を起こしやすい」における記述の一部(P14)を以下に引用します。 (viii) ちなみに、引用はありませんが強迫性障害の治療法の主な例は、薬物療法(原井宏明監修の本、『図解 いちばんわかりやすい強迫性障害 強すぎる「不安」と「無意味な行動」の断ち切り方』(2021年発行)の 2章 原因と治療 の「薬物療法 強迫性障害の治療薬の特性を知る」[P84~P85]を参照)と行動療法の一種であるERP(エクスポージャーと儀式妨害:同の「3章 ERP(エクスポージャーと儀式妨害)の実際」[P83~P137]や資料「強迫性障害(強迫症)の認知行動療法マニュアル (治療者用)」を参照、ちなみに、上記ERPは「曝露反応妨害法」とも呼ばれます)です。加えて上記ERPには確かな動機づけが必要なことについて、原井宏明監修の本「図解 やさしくわかる強迫性障害に悩む人の気持ちがわかる本」(2013年発行)の 3 大切なのは、本人の治りたい気持ち の「解説 強迫性障害の治療法は薬物療法認知行動療法」における記述の一部(P62)を次に引用(【 】内)します。 【ERPは患者さん本人が大きな恐怖に向き合い苦痛を伴う治療法です。それを知ったうえで、本人の「治りたい」という希望と「将来の目標」という確かな動機づけが必要です。患者さん本人が中途半端な気持ちでは始められない、やり遂げられないことが、治療の大きな妨げとなってきます。】*34 (viii) なお、 a) これらの治療法は数十年間で普及しつつあることについて、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫性障害」(2010年発行)の「治療の現状 薬物療法認知行動療法が行われる」における記述の一部(P56)を次に引用(《 》内)します。 《強迫性障害の治療は、この数十年間で大きく変わってきています。強迫性障害に対しての薬物療法認知行動療法が普及しつつあります。それによって、適切な治療を行えば、回復が期待できる病気になってきました。》 b) 一方、これらの治療を受けずに放置すれば、人生の大半が強迫の餌食になることについて、原井宏明、岡嶋美代著の本「図解 やさしくわかる強迫性障害」(2012年発行)の 2章 強迫性障害(OCD)を治そう! の 疲れ果ててしまう前に治療を受ける の『「もしかして…」と思ったら治療を受けることが回復の近道』における記述の一部(P64)を次に引用(【 】内)します。 【放置すれば、人生の大半を強迫の餌食になるという、とんでもない事態を招きます。】 加えてこの【 】内の引用に類似するかもしれない「放置すれば、人生の大半を強迫儀式に費やしていたという、とんでもない事態を招く」ことについて、同の 2章 強迫性症(OCD)を治そう! の 疲れ果ててしまう前に治療を受ける の『「もしかして…」と思ったら治療を受けることが回復の近道』における記述の一部(P66)を次に引用(《 》内)します。 《放置すれば、人生の大半を強迫儀式に費やしていたという、とんでもない事態を招きます。》[注:引用中の「人生の大半を強迫儀式に費やしていた」ことに関連する、 1] 強迫性障害を伴う患者の40年間のフォローアップについては拙訳はありませんが次の論文〔全文〕を参照して下さい。 「A 40-Year Follow-up of Patients With Obsessive-compulsive Disorder」 2] パニック障害において「適切な診断がされず治療が遅くなるほど慢性化し、何年も(ときには数十年も)不快な症状に悩まされてしまう」ことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。] 加えて引用はありませんが、上記「人生の大半を強迫儀式に費やしていた」ことに関連するかもしれない「Shoogらは,平均47年間の予後調査を行い,48%に改善を認め,そのうち20%は完全寛解の状態であった。一方48%の患者では,30年以上にわたりOCDの持続が認められ,予後不良には,早発,強迫観念と行為の併存,社会的機能の低さ,そして慢性的な経過が関連していたという。」ことについては次の資料を参照して下さい。 「難治性精神疾患の治療と現状 ――難治性強迫性障害の臨床像と対応――」 一方、OCD(強迫症)としての加害恐怖・確認強迫を23年間も患ってとうとう寝たきりになった方が、上記ERPにより回復した例について、同の 3章 ERP(エクスポージャーと儀式妨害)の実際 の ERP体験者からのメッセージ の「ERPは弱い筋肉を鍛えて強くする筋トレのようなもの。強迫観念がそこにいても、スルーできるようになる 加害恐怖・確認強迫(40代女性)」における記述の一部(P129)を以下に引用します。また、 1) 上記「曝露反応妨害法」を超えては次のエントリを参照して下さい。 「暴露反応妨害法を超えて:制止学習による暴露」(注:上記「制止学習による暴露」についての一連のツイートもあります) 2) 引用はありませんが「強迫症からの脱却を目指す患者と家族のための会」が同の P138 に紹介されています。 (ix)加えて、 a) 「強迫症は、身体ではなく思考で感情調節をしようとして失敗している状態」との記述を有するツイートがあります。また、上記「思考で感情調節をしようとして失敗している」ことに関連するかもしれない、「PTSD又は複雑性PTSDからの回復に必要な辺縁系セラピー」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 「強迫症の人にとって自分の心配が強迫観念なのか、普通の心配なのかを区別できるようになるって結構大事」との記述を有するツイートがあります。

解説 潔癖症との違いは
OCDは潔癖症とどう違うのか、疑問に思う人は少なくありません。常に汚れが気になり、身のまわりをきれいにしておかなければ気がすまない点では潔癖症と同じです。
OCDの場合、洗浄行為や汚れを避ける行動により、生活にまで支障がでるのが特徴です。

注:引用中の「潔癖症との違いは」に関連する「きれい好き、潔癖症強迫症の違い」についてのWEBページは次を参照して下さい。 「1-2. きれい好き、潔癖症、強迫症の違い

不潔恐怖の対象(例)
自分のものも他人のものも、汚くて気持ち悪いと感じる。

汗、血液、排泄物、唾液、ばい菌、生ごみ、毒、放射性物質

とらわれ ①汚染/洗浄
汚染が怖くて、洗わずにはいられない(中略)

○汚染の不安を引き起こす主なもの・人
・排泄物、トイレ
・つばや鼻水汗などの分泌物
・血液、生理用品の廃棄物
・ゴミ
・ウイルス、ばい菌、カビ
・土、ほこり
・虫、動物
・薬品、洗剤(漂白剤、トイレ用洗剤)
・流し残した汚れや石けん
放射線
・有害に思える物(水銀を含んだ製品、乾電池、さびた金属)
・不潔な人、病気に思える人(後略)

(前略)汚染強迫症者によくみられる誘因は以下のものがあります。

・公衆に使用されたもの(ドアノブ,照明のスイッチ,バス)
・便(や便器や体の一部など便の近くにあるもの)
・血(もしくは,血のそばにあるものや,針,絆創膏,病院など,血を見る可能性があるもの)
・他の体液(尿,汗,唾液,精液,膣分泌物)
・毒(もしくは,家庭用洗剤,薬,賞味期限切れの食料品,アスベスト,Ⅹ線,殺虫剤や化学物質などの環境汚染物質といった,毒物と考えられるもの)
・アルコールやその他のドラッグ(特に,中毒からの回復期にある人)
・病気を連想するもの(病人,ホームレス,病院)
・病気や細菌等に関する特定の不安がなく,強い嫌悪反応が起こるすべてのもの(例:ねばねばしたり,濡れているものや単に“わからない”もの)(後略)

疲れる病気
強迫行為はとても疲れる
症状の特徴(中略)

⑥感覚と実際との区別が難しいことがある
強迫症状が起きているときは、敏感に警戒しています。そのため、実際には何も起こっていないと思う反面で、何かをしてしまったような気もすることがあります。たとえば、「手が汚れにさわっていないのに、さわってしまったかもしれないような気もする」というような場合です。
また、普通の人は気にも留めないような、小さな点のようなものでも、体からの分泌物が嫌いな人には、それが分泌物かもしれないと見え、害虫が嫌いな人には、害虫のふんかもしれないというように見えてしまいます。(後略)

注:引用中の「感覚と実際との区別が難しいことがある」に関連する「緊張で感覚が敏感になり、錯覚が生じる」ことについて、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫症」(2017年発行)の「症状の特性②疲れる病気 警戒と緊張でとても疲れる」における記述の一部(P29)を以下に引用(『 』内)します。 『緊張で感覚が過敏となり、錯覚が生じる 強迫症では、気になるものに出合うと、注意がそこに集中し、緊張します。そのため、感覚の認識が実際とずれて、錯覚をもたらすことがあります。たとえば、体が汚れにさわっていないのに「さわってしまったかもしれない」とか、他人の十分に離れていたにもかかわらず「ぶつかっていたらどうしよう」と思うのです。』

4【症状 汚染に対する恐怖①】(中略)

汚いと思う物に触れることが怖くてたまらない…(中略)

トリガーは、排泄物や他人の唾液、汗、生ゴミ、虫、またそれらがついているかもしれない物に触れることなど、さまざま。食事の残りのような、汚いはずのない物を汚いと考える人、特定の人を不潔だと思う人もいて、トラブルになってしまうこともあります。(後略)

注:引用中の「トリガー」は発症のトリガーのようです。

清潔に保ちたい場所の「聖域」を作る

ここだけは絶対に汚したくないと守っている場所を「聖域」と呼びます。家、寝室のベッドや布団、大切にしている本など、人によって聖域はさまざまです。これらの聖域を守るあまり、自分のベッドを使えなくなってしまうことがあります。
ものや場所だけでなく、大切な人が聖域になることもあります。例えば、自分の子どもを大切にするあまり、抱くことや一緒に住むことができなくなってしまうケースもあるのです。
この聖域がなくならないかぎり、生活への支障を避けられないどころか、良好な人間関係も築けなくなってしまいます。

注:i) 「汚れることへの嫌悪」としての引用中の「聖域」について、原井宏明、松浦文香監修の本、「強迫症強迫性障害(OCD) 考え・行動のくり返しから抜け出す」(2023年発行)の 第1章 それは強迫症の症状かも!? の 汚れることへの嫌悪 の「汚れの種類と聖域の範囲」における記述(P12)を次に引用(『 』内)します。 『目に見えるものも見えないものも同じように「汚い」と感じ、「絶対に汚してはならない聖域」から汚れを徹底的に排除しようとし続けるのは、強迫症の典型的な現れ方のひとつです。』 ii) 「聖域を汚れから守ろうとし続けますが、その試みは成功せず、苦闘を続けることになる」ことについて同「汚れることへの嫌悪」の『「汚れは避けられないもの」とは思えない』における記述の一部(P13)を次に引用(【 】内)します。 【しかし、どんなに清潔さを保とうとしても、汚れることなく生きていくのは不可能です。それを「しかたがないことだ」と思えないのが強迫症です。「ここだけは絶対に汚したくない」という「聖域」をつくり、聖域を汚れから守ろうとし続けますが、その試みは成功せず、苦闘を続けることになるのです。】

強迫観念はあるのは当たり前
強迫行為をしないことが重要(中略)

日本人は100年前まで天災や疫病を恐れ、加持祈祷をしていました。まさしく儀式です。「もしかしたら、○○になるかもしれない」という強迫観念は、仲間や自分を守るための防衛本能。この能力を失ってしまったとしたらその種は滅びてしまうことでしょう。
危機的な状況であれば役に立つ能力も、天災や疫病を恐れる必要が減った現代では使い道を失うことになります。強迫性障害はこの能力が行き場を失い、暴走している状態。暇な時間や休息が強迫性障害を悪化させるのもそのためです。強迫観念を消そうとすればするほど、強くなり、強迫行為を何度も繰り返すことになります。まずは、「強迫観念は出てくるもの」と考え、そのままにしておきましょう。
そのためにも、強迫観念を〝なくそう〟とするのではなく、浮かんでからの行動を変えるのです。浮かんだまま生活ができるようになれば、徐々に強迫観念に振り回されることがなくなっていくでしょう。

注:i) 引用中の「強迫観念を〝なくそう〟とするのではなく」に関連する、「強迫性障害が〝治る〟ということは、強迫観念や強迫行為がなくなることではない」ことについて、原井宏明監修の本、『図解 いちばんわかりやすい強迫性障害 強すぎる「不安」と「無意味な行動」の断ち切り方』(2021年発行)の 2章 原因と治療 の 認知行動療法 あえて不安にさらすことで生活を取り戻す の「強迫観念とは戦わない!? 強迫性障害が治るということは?」における記述の一部(P97)を次に引用(『 』内)します。 『強迫性障害が〝治る〟ということは、強迫観念や強迫行為がなくなることではなく、これらがあっても日常生活が送れるようになることです。』(注:この引用に関連する「ERPは弱い筋肉を鍛えて強くする筋トレのようなもの。強迫観念がそこにいても、気にせずすごせるようになる」ことについてはここここを参照して下さい。) ii) 引用中の「強迫観念を消そうとすればするほど、強くなり、強迫行為を何度も繰り返すことになります」に関連するかもしれない、森田療法の視点からの『感情は勝手に感じてしまうもので、自分でコントロールは出来ないものなのです。それを「こんな風に感じてはいけない」「こう思わなくては」などと抵抗しようとすると、ますますその気持ちが強くなり、とらわれてしまいます。』については次のWEBページを参照して下さい。 「不快な感情と付き合うコツ」の「① 感情とは」項

生活の中にルールを作らず日々に変化をつけること(中略)

強迫行為は習慣です。無意識のうちに型にはまった生活習慣ができあがっているはず。ですから、まず毎日の生活に刺激をもたらすようにし、習慣を変えてみましょう。いつもと違う服を着る、食べたことがないメニューにチャレンジする、駅まで違ったルートで歩いてみる、普段はいかない店に行くなど、いつもと違うことをしてみます。毎日、決まりきった生活をしていると、次に何をするのかを考えなくても生活ができるようになります。家のどこにどんな部屋や物があるのか、いちいち考えずに移動していますよね。これを〝手続き記憶〟と呼び、ひと続きの行動が自動化してしまった状態です。すると、考えることがなくなってしまうので、頭が手持ち無沙汰になります、その分、強迫観念が湧きやすくなるわけです。(後略)

注:i) 引用中の「強迫行為は習慣です。無意識のうちに型にはまった生活習慣ができあがっているはず」に関連するかもしれない『自ら「家畜化」への道を歩む』ことについて、原井宏明、松浦文香監修の本、「強迫症強迫性障害(OCD) 考え・行動のくり返しから抜け出す」(2023年発行)の 第2章 なぜ、こんなことに? の よくある経過 の『自ら「家畜化」への道を歩む』における記述(P35)を次に引用(【 】内)します。 【症状のくり返しに疲れ果てた本人は、毎回同じ場所、同じ環境のなか、安全・安心で、ストレスのない生活を送ろうとします。自ら「家畜化」をはかるのです。その結果、生活はどんどん平板なものになり、1日の大半を症状のくり返しに費やすようになっていきます。】 ii) 引用中の「手続き記憶」については次のWEBページを参照して下さい。 「陳述記憶・非陳述記憶 - 脳科学辞典」の「手続き記憶」項 iii) 引用中の「頭が手持ち無沙汰になります、その分、強迫観念が湧きやすくなるわけです」に関連するかもしれない「暇は強迫の餌になる」ことの引用はここを参照して下さい。

狭い空間で不自由のない環境では、強迫的な行動を起こしやすい(中略)

また、大人の暮らしぶりにしても、昔は家族みんなで野良仕事や家事で、一日中忙しく過ごしていました。現代は、パソコンの普及や家電製品の進化で昔ほど体は動かさず、時間に余裕もできます。すると、色々なことを考える隙間ができ、これが強迫的な発想の呼び水になります。
「暇は強迫の餌になる」ということです。

注:引用中の「暇は強迫の餌になる」ことに関連する「時間が余るとかえって強迫性障害をぶり返しやすくなる」ことについて、原井宏明監修の本、『図解 いちばんわかりやすい強迫性障害 強すぎる「不安」と「無意味な行動」の断ち切り方』(2021年発行)の 3章 環境調整と周囲の対応 の 環境調整⑥ 休職と復職にはどんな注意が必要 の 職場や学校で気を付けること の「強迫性障害ではない人と同じように過ごす」における記述(P115)を次に引用(『 』内)します。 『時間が余るとかえって強迫性障害をぶり返しやすくなるため、仕事や勉強をして強迫観念の入り込む隙を作らないことが大切。』

ERPは弱い筋肉を鍛えて強くする筋トレのようなもの。強迫観念がそこにいても、スルーできるようになる 加害恐怖・確認強迫(40代女性)
私は強迫症を20歳で発症し、23年間患っていました。戸締り、火の始末、仕事のミス、買い物時にレジでお金を払ったかどうか、火のついたタバコを引き出しに入れたのではないかなど、現実にはあり得ないことに対しての強迫観念が浮かび、ずっと確認し続ければならず、とうとう寝たきりとなりました。
色々調べ、大学病院に入院して治療を受けましたが効果はなく、起きている間中恐怖感にさらされ、すべての恐怖に対して強迫儀式をやり続けるほどひどくなり、長い闘病生活に絶望して、死ぬことばかり考えていました。そんな私がERPと出会い、わずか3か月で回復の兆しが見え、半年後には症状の約8割が回復し、1年後には自分の力で生活ができるようになったのです。ERPを行うときは、まるで修行のような苦しさでしたが「自分が生きて行くための最後の治療法がこれなんだ」と賭けて、挑みました。
そしてERPを経験してわかったことは、強迫症の人が本当に恐れているものは、強迫観念の対象になっている事柄や状況ではなく、不安感や恐怖感そのものだったり、それによって起こる動悸、過呼吸、手足の震え、意識が遠のく感じなどの身体症状を味わってしまうこと。つまり、不安や恐怖感が起きなければ、同じ強迫観念がわいたとしても、それほど怖いとは思わず、それより不安感や不快感を受け止めるための心の力が弱いことが問題だったのです。その力をつけるための訓練=ERPは、弱い筋肉を鍛える筋トレのようなもの。筋トレも最初はつらいですが、鍛えられれば慣れてつらくなくなります。弱い心もあえて恐怖と直面し、それに耐える練習をすることで、鍛えられて強くなっていきます。ERPは恐怖や不安に耐える力の弱い心を鍛えるために、理にかなった治療法だと実感しました。

注:i) 引用中の「ERP」(曝露反応妨害法)については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「強迫性障害の男性に対する曝露反応妨害法による介入 ――日常生活における行動指標の測定と介入効果の検証――」 加えて、上記「ERP」等の適用による「治療への取り組み方も強迫的になりやすい」ことについて、原井宏明、松浦文香監修の本、「強迫症強迫性障害(OCD) 考え・行動のくり返しから抜け出す」(2023年発行)の COLUMN 「強迫ゼロ」を目指すと強迫になるパラドクス の「治療への取り組み方も強迫的になりやすい」における記述の一部(P98)を次に引用(『 』内)します。 『強迫症に悩む人は、本人も家族も「強迫ゼロ」を目指し、治療の取り組み方も強迫的になりやすい傾向があります。しかし、ゼロにこだわりすぎると、かえって再燃・再発が起こりやすくなります(中略)。』 ii) 引用中の「ERPは弱い筋肉を鍛えて強くする筋トレのようなもの。強迫観念がそこにいても、気にせずすごせるようになる」に関連する「ERPで嫌なことをあえてするのは、その人がもともと持っていた抵抗力を取り戻すため」なことについて、「強迫性障害の問題の根本」を含めて原井宏明監修の本、『図解 いちばんわかりやすい強迫性障害 強すぎる「不安」と「無意味な行動」の断ち切り方』(2021年発行)の 2章 原因と治療 の 認知行動療法 あえて不安にさらすことで生活を取り戻す の「エクスポージャーと儀式妨害〝嫌なことをあえてする〟意味」における記述の一部を(P91)を次に引用します。

(前略)強迫性障害の問題の根本は、その人が苦手とする感覚を避け続けた結果、その感覚に対する抵抗力が落ちてしまったということ。ERPで嫌なことをあえてするのは、その人がもともと持っていた抵抗力を取り戻すためです。
ERPは不快感を減らすが目的ではありません。これらの感覚は生きていくうえでも大事なもの。ERPを行うと不安や不快感に振り回されずにすむようになります。いろいろな種類の不快感を味わう中で、それに耐えられるだけの力を付けるのが目的です。

注:i) 引用中の「強迫性障害の問題の根本は、その人が苦手とする感覚を避け続けた結果、その感覚に対する抵抗力が落ちてしまったということ」に関連するかもしれない、「強迫行為や回避,巻き込みなどの行動的反応は,(それらの行動により危機回避がなされたという誤った認識に基づいて)きっかけとなった嫌悪(恐怖)刺激の脅威,あるいは重大性をより強く意識させ,反応閾値が下がるとともに,それらの行動が合理化され,必要性が誤って正当化されるという悪循環に陥ってしまう。」ことについては次の資料を参照して下さい。 「強迫症の診断概念,そして中核病理に関するパラダイムシフト ―神経症,あるいは不安障害から強迫スペクトラムへ―」の【DSM-IV-TRに見るOCDの典型例と不安の病気としての限界】項 ii) 引用中の「ERP」についてはここを参照して下さい。

ちなみに、発病のきっかけに関して、原井宏明監修の本、「強迫性障害に悩む人の気持ちがわかる本」(2013年)の「解説 発病のきっかけがあった人も多い」における記述の一部(P27)を次に引用します。

OCDは、強迫観念を引き起こす刺激(トリガー)によって、いてもたってもいられない強迫行為に駆り立てられていきます。
なにがトリガーになるかは、人によってさまざまですが、症状が進むほどトリガーの数が増え、強迫行為も深刻になっていくのか特徴です。
気づいたらOCDになっていたという人がほとんどですが、なかにはきっかけがあったという人もいます。進学や就職、結婚、出産などのライフイベントや環境の変化、大きな事件・失敗などのできごとを体験した後にこだわりが増えた人たちです。(中略)

こんなことがきっかけに
公衆トイレに携帯電話を落とし、とっさに拾った
中学のとき、いじめにあった。親友だと思っていた人が主犯格だった
交通事故を目撃。道路に流血していた
子どもが生まれ、ミルクを飲ませていたとき、吐いた。吐いたものを見た

注:i) 上記「発病のきっかけ」については、WEBページ「強迫症 - 脳科学辞典」の「病因」項にも次に引用(『 』内)する記述があります。 『また多くの患者では、対人関係や仕事上のストレス、妊娠・出産などのライフ・イベントが、発症契機となる。』 加えて、同様の記述が次のWEBページにもあります。 「強迫性障害」の「原因・発症の要因」項 その上に、「強迫状態の成因」としての「細菌感染の映画をみるなどの比較的簡単なきっかけから、中年以降に急におきることもある」ことについて「家族内で多発する場合もある」ことを含めて山下格著、大森哲郎補訂の本、「精神医学ハンドブック 医学・保健・福祉の基礎知識 [第8版]」(2022年発行)の 1 主に心因によるもの の 1-2 神経症・ストレス関連障害 の Ⅱ.症状:さまざまな病型 の d. 強迫症(6B20)[F42] の「[follow up]」における記述の一部(P39)を次に引用(【 】内)します。 【強迫状態の成因は,十分明らかでない。元来きれい好きで几帳面な人に多いが,まったくその傾向のない人にもおきる。家族内で多発する場合もある。青少年期に心理的に困難な生活情況におかれたときにおきることが多いが,細菌感染の映画をみるなどの比較的簡単なきっかけから,中年以降に急におきることもある。】 さらに、上記「発病のきっかけ」について、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫症」(2017年発行)の「発症の背景 大きな出来事やストレスがきっかけになることも」(P44)における記述を以下に引用します。 ii) 一方、「幼少期の体験と強迫症との関係」については次のエントリを参照すればよいかもしれません。 「強迫症とトラウマ」 iii) ちなみに、パニック障害(パニック症)発症のリスク因子としてのストレスについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

発症の背景 大きな出来事やストレスがきっかけになることも(中略)

強迫症を発症する原因はストレスだけではありません。しかし、発症した人のそれまでの生活歴を調べると、進学・進級や職場の変化など、社会生活の変化に対して適応が難しかった人や、なんらかのストレスに長時間さらされた経験を持つ人が多くいます。
また、女性では、妊娠中、出産後のように、女性ホルモンが変化する時期に強迫症を発症することがあります。(中略)

○発症に関連した人生の出来事

・生活環境の大きな変化
進級 進学 受験 不登校 ひきこもり 就職 転職 転勤 生活の困窮

・恐怖など強い感情を伴う体験
事件 事故 家庭内の暴力 いじめ 病気 障害

・女性の場合
妊娠 出産(後略)

注:形式を変更して引用しています。

一方、強迫性障害におけるピゴットの分類について、北西憲二、久保田幹子編の本、「森田療法で読む 強迫性障害 その理解と治し方」(2015年発行)の Ⅰ 森田療法で読む「強迫性障害」 の「2 強迫性障害の病理と治療選択」より複数部分を以下に引用します。最初に「強迫性障害のサブタイプ」における記述の一部(P37)を以下に引用します。ちなみに「森田療法」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

強迫性障害のサブタイプ
薬物や精神療法への反応性を見ても、強迫性障害は必ずしも均質なグループではないことが推測される。強迫性障害に共存する精神障害についての研究や強迫スペクトラム障害の提唱にも触発されて、強迫性障害にいくつかのサブタイプ(亜型)を区別しようとする議論も活発になってきた。たとえばピゴットらは、強迫性障害を以下の三つのサブタイプに分類している。①危険に対する評価の変異した群=不安や疑惑とそれを打ち消すための反復的行為を特徴とする、②不完全/習慣スペクトラム群=不全感が強迫行為の動因であり、行為を妨げられたときには緊張や不安が生じる、③精神病スペクトラム群=強迫症状の合理性について確信を有し、洞察不良であることを特徴とする。(後略)

注:i) この引用部の著者は中村敬です。 ii) 引用中の「強迫スペクトラム障害」については、WEBページ「強迫症 - 脳科学辞典」の「併発症」項を参照して下さい。

加えて、同の Ⅰ 森田療法で読む「強迫性障害」 の「症例のアセスメントと治療方針の選択」における記述の一部(P47~48)を次に引用します。

(前略)(4)強迫性障害のサブタイプ
ピゴットの分類のうち、「危険に対する評価の変異した群」は、先にも述べたように症状の自我異質性、非合理性の洞察、症状への抵抗性といった神経症的特徴をもっとも保有しており、症状は不安、恐怖が主たる動因と考えられる。またこうしたタイプの背景には神経質性格傾向やニューロティシズムといった不安感受性の高いパーソナリティの存在が推測される。このようなサブタイプにはSSRIや三環系抗うつ薬の一種であるクロミプラミンなどの薬物療法とともに、精神療法的アプローチも奏功しやすい。
次に「不完全/習慣スペクトラム群」は、「危険に対する評価の変異した群」のように不安、恐怖が症状形成の動因になるわけではなく、衝動行為に近い症状であるだけに、精神療法への動機づけがより難しい。こうしたタイプには、後にも述べるように行動の次元できめ細やかな助言が必要となる。
最後の「精神病スペクトラム群」は、もっとも難治性のサブタイプである。このタイプは非合理性の洞察や症状への抵抗性に乏しく、常同的色彩を帯びているため、洞察志向的精神療法はもちろんのこと、森田療法や行動療法であっても単独の適用は困難である。(後略)

注:i) この引用部の著者は中村敬です。 ii) 引用中の「ニューロティシズム」(neuroticism)は漢字では「神経症的傾向」と記されるようです。加えて、不安症における性格特徴の視点よりの「神経症的傾向」については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART I 不安症を理解する の 第2章 不安症と体質 の「Q 不安症になりやすい体質や性格はありますか?」における記述の一部(P24)を次に引用(『 』内)します。 『不安症に関係のある性格特徴として、「神経症的傾向(neuroticism)」――不快気分、不安、緊張、感情的反応性などを特徴とする人格傾向――があります。』 iii) 引用中の「SSRI」(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)及び「クロミプラミン」についてはWEBページ「強迫症 - 脳科学辞典」の「併発症」項を参照して下さい。

さらに、「精神病スペクトラム群」の補足説明として、上記「症例のアセスメントと治療方針の選択」における記述の一部(P47~48)を次に引用します。

(前略)③「精神病スペクトラム群」のサブタイプは、統合失調症、統合失調型パーソナリティ障害や妄想性パーソナリティ障害のような重症のパーソナリティ障害が共存することが多い。強迫症状の合理性について確信を有し、洞察不良であることが特徴なだけに、森田療法や行動療法のように非探索的な精神療法であっても適用はかなり難しい。(後略)

注:i) この引用部の著者は中村敬です。 ii) 引用中の「統合失調症」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「統合失調型パーソナリティ障害」及び「妄想性パーソナリティ障害」は次のWEBページで簡単に紹介されているので、参照すると良いかもしれません。「パーソナリティ障害 - 脳科学辞典」 加えて、「妄想性パーソナリティ障害」に関連する「妄想性障害」については、リンク集も参照して下さい。 iv) 引用中の「重症のパーソナリティ障害」に関連するかもしれない、「強迫性障害における不潔/汚染強迫等の背景に複雑性PTSDが存在する症例は少なくない」ことについて、原田誠一編の本、「複雑性PTSDの臨床 “心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう」(2021年発行)の「第Ⅰ部 複雑性PTSDの基礎知識」中の原田誠一著の文書「複雑性PTSD~軽症・複雑性PTSDの心理教育と精神療法の試み 気分障害と不安障害を例にあげて」(P105~P120)の「V 不安障害と複雑性PTSDの関連① 強迫性障害の場合」における記述の一部(P115~P116)を次に引用します。

(前略)しかるに,解離性障害以外の不安障害と複雑性PTSDの間にも深い関連が認められ(前田,2018),治療を進めるにあたって複雑性PTSDを視野に入れた対応の工夫を要する場合がある。紙幅の制限もあり,本稿では強迫性障害パニック障害,社交不安障害に絞って私見を述べる。
強迫性障害の亜型で出現頻度が高いのは不潔/汚染強迫,確認強迫,加害強迫であるが,この三亜型の背景に複雑性PTSDが存在する症例は少なくない。
不潔/汚染強迫との関連が深いタイプの中に,筆者らがその存在を指摘した接触強迫(原田,2013,2016b)がある。接触強迫では,通常の意味合いでは不潔(例:排泄物,ごみ)~危険な汚染(例:細菌やウイルス,放射能アスベスト)とはみなされない人物~物~状況~場所が強迫の対象となる。そしてこの病態の多くに,複雑性PTSDが絡んでいる。
患者が接触を避ける対象者は複雑性PTSDの原因となった人物,たとえば自分を虐待した家族,いじめやハラスメントの加害者であることが多い。患者はその対象者との直接的な接触はもとより,間接的な接触も極力避けるべく細心留意する(回避)。たとえば,相手が触った書類,座った椅子,握ったドアノブ,あるいはその人物が住んでいる地域,利用している店や駅などを回避の対象とする。そして触れてしまったと感じると,“洗う~拭く~消毒する~捨てる”などの対処行動をとる(強迫行為)。
接触強迫では,あるトリガー(例:小学校時代の教科書や写真を見る)によって生じる強迫観念(例:当該の物に触れてしまったかもしれない)が,複雑性PTSDと関わりの深い当事者~出来事(例:小学校時代のいじめの被害)にまつわる過酷な記憶~激しい情動を惹起する。つまり“トリガー~強迫観念”によって外傷性記憶が賦活化されてしまい,強烈な不安~恐怖が体験されることが多い。
こうしたメカニズムもあり多くの接触強迫症例は難治性であり,治療の進行は遅々としたものになりがちである。治療者はこの背景事情を心に留めて,治療の進展を徒に急ぎ過ぎることなくクライエントと向き合うことが望ましいと思う。(中略)

数字や文字,特定の手順などの縁起かつぎにこだわる縁起強迫も,背景に複雑性PTSDが存在することが少なくない。虐待やいじめなどの過酷な体験をした人が,「自分が恐れている状況が起こりませんように!」と縁起をかつぐ心情は理解可能であろう。(後略)

注:(i) 引用中の「前田,2018」は次の資料です。 「前田正治(2018)不安障害におけるトラウマ――その臨床的意義.臨床精神医学 47 ; 775-781.」 (ii) 引用中の(原田)「2013」、「2016b」はそれぞれ次の資料と本です。 『原田誠一(2013)「コミュニケーション強迫」と「接触強迫」に関する覚書.精神療法 39 (5) ; 714-717.』、「原田誠一(2016b)強迫性障害と社交不安障害のあまり知られていない3亜型――コミュニケーション強迫,接触強迫,醜心恐怖について.(原田誠一・森山成あきら編)外来精神科診療シリーズ:不安障害,ストレス関連障害,身体表現性障害,嗜癖症,パーソナリティ障害.中山書店.」 (iii) 引用中の「強迫性障害の亜型で出現頻度が高いのは不潔/汚染強迫,確認強迫,加害強迫であるが,この三亜型の背景に複雑性PTSDが存在する症例は少なくない」ことに関連するかもしれない、 a) (汚染に関する不安への入り口としての)「幼少期に受けた虐待やいじめに起因するトラウマ・ベース」について、亀井士郎、松永寿人著の本、「強迫症を治す 不安とこだわりからの解放」(2021年発行)の 第五章 その他の強迫症例 の「《汚染/洗浄系》への様々な入り口」における記述の一部(P211)を次に引用します。 『他に多いのは幼少期に受けた虐待やいじめに起因するトラウマ・ベースです。たとえば学校でいじめ受けた結果、その嫌な記憶がいつの間にか「学校に関連するもの(教科書や文房具など)や空間(勉強部屋、制服をしまっていたタンスなど)は汚い」という認識へとすり替わってしまう場合。こういった嫌な記憶(トラウマ)がベースとなって《汚染/洗浄系》へ至る例は珍しくありません。』 b) 「精神性汚染は、診断横断的な特徴を持っています。特にPTSDなどのトラウマとの関連が指摘されている」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「汚染恐怖に関する研究」の特に「精神性汚染」項 (iv) 引用中の「複雑性PTSD」については他の拙エントリのリンク集(用語「複雑性PTSD」)を参照して下さい。 (v) 解離性障害以外の不安障害と複雑性PTSDの間にも深い関連としての引用中の「パニック障害」については他の拙エントリのここを参照して下さい。また、引用中の「社交不安障害」についての記述の説明は省略します。 (vi) ちなみに、「強迫症の人は、自分の神経系の深いところにある過覚醒に意識的には気づいていないため、脅威の正体を確認することで気持ちを落ち着かせようとする」との記述を有するツイートがあります。また、上記「過覚醒」については次のWEBページを参照して下さい。 「過覚醒 / 覚醒亢進

ちなみに、森田療法の視点からの強迫性障害の特徴について、本の Ⅰ 森田療法で読む「強迫性障害」 の「強迫性障害に対する精神療法」における記述の一部(P43)を次に引用します。

(前略)それでは森田療法による強迫性障害の治療とはどのようなものだろうか。精神交互作用や思想の矛盾といった「とらわれ」の心理機制を打ち破ることが森田療法の基本方向であり、それは端的に「あるがまま」の心的態度を獲得することである。「あるがまま」とは、不安を排除しようとするはからいをやめて、自己の感情をそのままにおくことを意味する。それと同時に、不安の裏にある自己本来の欲望(生の欲望)を建設的な行動に発揮していくことでもある。そのような建設的な行動は結果として恐れていた状況や対象への曝露をもたらすが、森田療法では症状に関連した行動のみに焦点をおかず、生活全体の充実を目指し、症状からの脱焦点化を図るところに認知行動療法との相違がある。(後略)

注:i) 引用中の「精神交互作用」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「森田療法」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

社会参加が可能な人向けの回復期における重要な点の例としての「悪循環のしくみを知る」ことについて、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫症」(2017年発行)の「回復期 回復期は社会とのかかわりを優先させる」における記述の一部(P116)を以下に引用します。

(前略)①悪循環のしくみを知って、改善を維持

強迫症の再発や悪化を防ぐには、悪循環のしくみ(⇒26ページ)を知って、そのパターンにはまらないようにすることが第一です。(中略)

また、認知行動療法は、標準的なモデルでは15回前後行いますが、通常は、その終了後もいくらか強迫症状は残ります。その期間も、悪循環のしくみを思い出して、さらに症状が減ることを目指します。(後略)

注:i) 形式を変更して引用しています。 ii) 引用中の「悪循環のしくみ(⇒26ページ)」において、この26ページの引用はありませんが、代わりの資料として例えば次を参照して下さい。 「強迫性障害(強迫症)の認知行動療法マニュアル」の 強迫性障害強迫症)の認知行動療法(患者さんための資料) の「1-1)症状について理解すること」(P3)項を参照 iii) ちなみに、引用中の「認知行動療法」についてのWEBページは例えば次を参照して下さい。 『2-3. 認知行動療法』、「強迫症 - 脳科学辞典」の「認知行動療法」項 ただし、これらの認知行動療法は、引用元の本で紹介される認知行動療法と同じものかどうかは不明です。 iv) 引用中の「悪循環」の改善に寄与するかもしれない、強迫症の治療における「強迫症への気づきを広げる」ことについて、本の「改善へのヒント 症状を改善するためのポイント」における記述の一部(P82)を以下に引用します。

(前略)強迫症への「気づき」を広げる

特性①:強迫観念、嫌な感情(不安、嫌悪、不確かさ)が生じる⇒対処:強迫観念や嫌な感情をなくそうとしません。むしろ自分から、嫌な感情をあるがままにかかえるようにします。

特性②:どこまでが強迫観念で、どこからが現実にしていいことなのかの区別が、はっきりとわからない。⇒対処:区別をはっきりさせ、納得しようとすると、強迫行為になり、かえって強迫観念の衝動にのまれてしまいかねません。区別があいまいでも、思い切って強迫観念に逆らうほうを選ぶようにします。

特性③:実際には問題がないことでも、脳によって、「大丈夫か?」と問題があるような疑いが生じる。⇒対処:頭に浮かんだ考えが少しでも強迫観念かもしれないと思ったら、その考えに逆らって行動します。そして、迷いをかかえたまま、その行動を続けます。(後略)

注:(i) 形式を変更して引用しています。 (ii) 同の「症状の特性②疲れる病気 警戒と緊張でとても疲れる」において、引用中の「嫌な感情」の種類についての記述(P28)があり、次に引用(『 』内)します。 『強迫観念によって生じる嫌な感情は、不安、恐怖のほかに、嫌悪、不確かさ、罪悪感、怒り、落ち着かなさなどがあります。』 (iii) 加えて、引用中の「嫌悪」、そして「不安」に関連する「増大した不安」については「恐怖」も含めて資料「強迫性障害の臨床像・治療・予後 ――難治例の判定,特徴,そして対応――」(特に「1. OCD の病像」項[P967~P968])を参照して下さい。加えて、引用中の「嫌な感情」及び「嫌悪」に関連する「強迫症において人を対象とした心理的な嫌悪感情が汚染恐怖へと移行する」ことついて、「こころの科学 220号(2021年11月)」中の文書「[特別企画]嫌悪 ネガティブな感情はなぜ生じるのか」(P9)における記述の一部を次に引用(【 】内)します。 【醜形恐怖やPTSD、摂食障害など、病理の中核に嫌悪感情が存在する疾患は少なくない。編者が専門とする強迫症においても、しばしば人を対象とした心理的な嫌悪感情が汚染恐怖へと移行する症例を経験する。】(注:a) 引用中の「編者」は中尾智博を指します。 b) 引用中の「PTSD」と「摂食障害」については共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 c) 引用中の「PTSD」と「強迫症」(OCD)に関連するポリヴェーガル理論(他の拙エントリのここの「最初に」を参照)の視点からの「Mindfulness-related interventions promoted parasympathetic activity, an increased vagal tone and improvements in PTSD and OCD symptoms. According to the polyvagal theory, mindfulness-related and compassion-related meditations would be conceptualized as neural exercises expanding the capacity of the ventral vagal complex to regulate the present state and to promote resilience.[拙訳]マインドフルネスに関連する介入は副交感神経活動、迷走神経緊張の増加及び PTSD や OCD(強迫症)の症状の改善を促進した。ポリヴェーガル理論によれば、マインドフルネス関連やコンパッション関連の瞑想は、現在の状態を調節し、レジリエンスを高める腹側迷走神経複合体の能力を拡大するニューラルエクササイズとして概念化されるだろう。」ことについては論文要旨「A Systematic Review of a Polyvagal Perspective on Embodied Contemplative Practices as Promoters of Cardiorespiratory Coupling and Traumatic Stress Recovery for PTSD and OCD: Research Methodologies and State of the Art.」を参照して下さい。なお、上記「腹側迷走神経複合体」については次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項 加えて、「ニューラルエクササイズ」については同資料の「4.ニューラルエクササイズとリラクセーション」項[P335]を参照して下さい。)

一方、強迫症発達障害との関連について、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫症」(2017年発行)の「発達障害との併存 発達障害をかかえている人が併発することも」における記述の一部(P90~P91)を次に引用します。

(前略)主な発達障害の種類と特徴

自閉スペクトラム症(ASD)(中略)

強迫症に関連する点】
・もともと嫌な出来事、感覚、感情を一人で処理したり、折り合いをつけていったりすることが苦手な面があります。そのため、それらを避け、なくそうとする傾向が強く、それが強迫症にも影響します。
・自分ではどこが他の人と異なるのかが具体的にわかりにくいため、不安や警戒心が過剰になりやすいことがあります。
・独自のルールへのこだわりがあり、繰り返し行動をしやすいという特性を持っていることが、強迫行為にも影響します。(中略)

注意欠如・多動症ADHD)(中略)
強迫症に関連する点】
・不注意の特性がある人は、うっかりミスや忘れ物をしやすため、不安をいだきやすく、確認が過剰になりやすい。
・多動の人は、落ち着いて取り組むことが難しいため、強迫行為をしないでがまんすることが難しい。(中略)

複数の発達障害を併せ持つ人も少なくない
自閉スペクトラム症で、注意欠如・多動症の特性を併せもつ人は半分以上という報告もあります。(後略)

注:(i) 形式を変更して引用しています。 (ii) 引用中の「発達障害」、「自閉スペクトラム症」については、他の拙エントリを参照して下さい。 (iii) 引用中の「ADHD」については、他の拙エントリのここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「注意欠如・多動性障害 - 脳科学辞典」 (iv) 引用中の「強迫症」(OCD)と「自閉スペクトラム症」(ASD)の両疾患は「病因を部分的に共有していると考えられている」ことについて、本田秀夫監修、大島郁葉編の本、「おとなの自閉スペクトラム メンタルヘルスケアガイド」(2022年発行)の 第Ⅳ部 AS のメンタルヘルスを理解・支援する の AS と強迫 症状論・支援論 の「はじめに」項における記述の一部(P075)を次に引用(『 』内)します。 『ASD と OCD 両疾患の病態生理の研究は急速に進んでおり,大規模コホートによる神経遺伝学的研究では,OCD と診断されたものは後に ASD と診断される割合がそうでないものより 4 倍高く,ASD と診断されたものが後に OCD の診断を受ける割合は,そうでないものより 2 倍高かったと報告され,その原因として両疾患は病因を部分的に共有していると考えられるが(Meier et al., 2015),十分な解明には至っていない。』(注:a) この引用部の著者は中川彰子です。 b) 引用中の「Meier et al., 2015」は次の論文です。 「Obsessive-Compulsive Disorder and Autism Spectrum Disorders: Longitudinal and Offspring Risk」) (v) 引用中の「自閉スペクトラム症(ASD)」における「強迫症に関連する点」に関する「自閉スペクトラム症傾向を認める強迫症者への介入」については「E/RP又はERP(ここを参照)の実践において,ASD 特性が強い患児であるほど,より丁寧に実施した方がよいと考えている点」を含めて次の資料を参照して下さい。 「自閉スペクトラム症傾向を認める強迫症者への介入」 加えて、「OCD において ASD の併存例には典型例であっても ERP が適用できない,あるいは治療予後が悪い,といわれているのは,このような患者理解と配慮がなされずに技法の適用を急ぐからである」ことについては上記「AS と強迫 症状論・支援論」の「成人の ASD に併存する OCD への認知行動療法の実際」項における記述の一部(P080)を次に引用(【 】内)します。 【OCD において ASD の併存例には典型例であっても ERP が適用できない,あるいは治療予後が悪い,といわれているのは,このような患者理解と配慮がなされずに技法の適用を急ぐからであり,患者の特性に合わせた工夫をして治療を進めれば,十分な効果を示すという報告がなされてきている(Bedford et al., 2020 ; Nakagawa et al., 2019)。】(注:1) この引用部の著者は中川彰子です。 2) 引用中の「Bedford et al., 2020」は次の論文です。 「Co-occurrence, Assessment and Treatment of Obsessive Compulsive Disorder in Children and Adults With Autism Spectrum Disorder」 3) 引用中の「Nakagawa et al., 2019」は次の資料です。 「Long-term outcome of CBT in adults with OCD and comorbid ASD: A naturalistic follow-up study」) 

なお、強迫症におけるストレスによる身体症状について、上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫症」(2017年発行)の「体調の管理 自分の体質を知り、生活リズムを保つ」における記述の一部(P114)を以下に引用します。また、拙訳はありませんが強迫症の発症及び維持におけるストレスの役割については次の論文(全文)を参照して下さい。 「The Role of Stress in the Pathogenesis and Maintenance of Obsessive-Compulsive Disorder

(前略)ストレスは神経、ホルモン、免疫のバランスに影響を与えるため、強迫症が重いと、症状がストレスとなって、さらに悪影響を与える可能性があります。
ただ、それが身体症状として現れるかどうかは、個人差があります。(中略)

身体症状の例
・動悸が激しくなる
・息苦しい
・寒さや暑さを感じやすい
・汗を多くかく
・吐き気や腹部の不快感
・ふらつき、めまい感
・頭痛(後略)

注:i) 引用中の「ストレス」と「神経」に関連するかもしれない、「ストレス応答のSAM系」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

加えて、強迫症(OCD)におけるリアルタイム fMRI の適用について、以下に二つの論文を紹介します。ちなみに、うつ病に対するリアルタイム fMRI を用いた扁桃体のニューロフィードバックの論文についてのツイートは ここを参照して下さい。

Self-Regulation of Anterior Insula with Real-Time fMRI and Its Behavioral Effects in Obsessive-Compulsive Disorder: A Feasibility Study.[拙訳]リアルタイム fMRI を用いた前島部の自己調節及び強迫症におけるその行動効果:フィージビリティスタディ(全文はここを参照して下さい)

INTRODUCTION:
Obsessive-compulsive disorder (OCD) is a common and chronic condition that can have disabling effects throughout the patient's lifespan. Frequent symptoms among OCD patients include fear of contamination and washing compulsions. Several studies have shown a link between contamination fears, disgust over-reactivity, and insula activation in OCD. In concordance with the role of insula in disgust processing, new neural models based on neuroimaging studies suggest that abnormally high activations of insula could be implicated in OCD psychopathology, at least in the subgroup of patients with contamination fears and washing compulsions.

METHODS:
In the current study, we used a Brain Computer Interface (BCI) based on real-time functional magnetic resonance imaging (rtfMRI) to aid OCD patients to achieve down-regulation of the Blood Oxygenation Level Dependent (BOLD) signal in anterior insula. Our first aim was to investigate whether patients with contamination obsessions and washing compulsions can learn to volitionally decrease (down-regulate) activity in the insula in the presence of disgust/anxiety provoking stimuli. Our second aim was to evaluate the effect of down-regulation on clinical, behavioural and physiological changes pertaining to OCD symptoms. Hence, several pre- and post-training measures were performed, i.e., confronting the patient with a disgust/anxiety inducing real-world object (Ecological Disgust Test), and subjective rating and physiological responses (heart rate, skin conductance level) of disgust towards provoking pictures.

RESULTS:
Results of this pilot study, performed in 3 patients (2 females), show that OCD patients can gain self-control of the BOLD activity of insula, albeit to different degrees. In two patients positive changes in behaviour in the EDT were observed following the rtfMRI trainings. Behavioural changes were also confirmed by reductions in the negative valence and in the subjective perception of disgust towards symptom provoking images.

CONCLUSION:
Although preliminary, results of this study confirmed that insula down-regulation is possible in patients suffering from OCD, and that volitional decreases of insula activation could be used for symptom alleviation in this disorder.


[拙訳]
前書き:
強迫症(OCD)は、患者の一生を通して廃疾効果を有し得る一般的かつ慢性の状態である。 OCD 患者の間で頻繁に起こる症状には、汚染への恐れ及び洗浄強迫行為を含む。OCD における汚染への恐怖、嫌悪の過反応、そして島の活性化の間の関連を、いくつかの研究は示している。嫌悪処理における島の役割と一致して、神経画像法研究に基づく新しい神経モデルは、少なくとも汚染恐怖及び洗浄強迫行為を伴う患者のサブグループにおいて、異常に高い島の活性化が OCD の精神病学に関与し得るだろうことを示唆する。

方法:
本研究では、OCD 患者が前島における血中酸素濃度依存(BOLD)信号のダウンレギュレーションを達成するのを支援するために、リアルタイム機能的磁気共鳴画像法(rtfMRI)に基づくブレイン・マシン・インターフェース(BCI)を我々は使用した。私たちの第一の目的は、汚染強迫観念及び洗浄強迫行為を伴う患者が、嫌悪/不安を誘発する刺激の存在下で、島における活動を自発的に減少(ダウンレギュレーション)することを学習することができるかどうかを調べることであった。第二の目的は、OCD 症状に関係する臨床的、行動的及び生理学的変化に及ぼすダウンレギュレーションの効果を評価することであった。よって、いくつかのトレーニング前後の測定が実施され、すなわち実世界の対象(Ecological disgust test:EDT)を誘発する嫌悪/不安を伴う患者が直面し、そして上記測定は挑発的な画像に対する嫌悪の主観的評価及び生理学的応答(心拍数、皮膚コンダクタンスレベル)であった。

結果:
3人の患者(2人の女性)で実施されたこのパイロット研究の結果では、OCD 患者が、異なる程度ではあるが、島の BOLD 活性の自己制御を得ることができることが示された。 2人の患者において、rtfMRI訓練後に EDT の行動における正の変化が観察された。行動の変化はまた、ネガティブな感情価及び症状を誘発する画像に対する嫌悪の主観的知覚における減少によっても確認された。

結論:
予備的ではあるが、この研究の結果により、OCD に罹患している患者において島のダウンレギュレーションが可能であり、そして島の活性化の意志による減少がこの障害における症状緩和に使用できるだろうことが確認された。

注:i) 引用中の「強迫症」(強迫性障害)及び「洗浄強迫」については、共にここを参照して下さい。 ii) 引用中の「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 加えて、トラウマの視点からの「島の異常な活性化」について、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第14章 言葉――奇跡と暴虐 の「自分の体になる」における記述の一部(P406)を次に引用(『 』内)します。 『トラウマ患者の脳画像研究ではほぼ例外なく、島の異常な活性化が見つかる。脳のこの部分は、筋肉や関節やバランス(固有受容)システムといった内部器官からの入力を統合して解釈し、一つにまとまった体を持っているという感覚を生み出す。島は信号を扁桃体に伝え、闘争/逃走反応を引き起こすこともできる。』(注:引用中の「扁桃体」、「闘争/逃走反応」については、他の拙エントリのここにおける引用の「危険を突き止める――料理人と煙探知機」及び「ストレス反応を制御する――監視塔」を参照して下さい) iii) 引用中の「機能的磁気共鳴画像法」及び「血中酸素濃度依存(BOLD)信号」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 iv) 引用中の「感情価」は情動価とも称され、ネガティブ、ポジティブ又はニュートラルといった感情の方向性を示すものです。 v) 引用中の「皮膚コンダクタンス」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「右島皮質損傷によってネガティブ表情の識別に混乱を示した一例」の Ⅱ.表情認識課題 の「3.方法」項 vi) 引用中の「Ecological disgust test:EDT」については、全文の Screening の「1. Ecological disgust test (EDT)」項を参照して下さい。

Orbitofrontal cortex neurofeedback produces lasting changes in contamination anxiety and resting-state connectivity.[拙訳]眼窩前頭皮質のニューロフィードバックは、汚染の不安及び安静時の結合性に持続的な変化を引き起こす(全文はここを参照して下さい)

Anxiety is a core human emotion but can become pathologically dysregulated. We used functional magnetic resonance imaging (fMRI) neurofeedback (NF) to noninvasively alter patterns of brain connectivity, as measured by resting-state fMRI, and to reduce contamination anxiety. Activity of a region of the orbitofrontal cortex associated with contamination anxiety was measured in real time and provided to subjects with significant but subclinical anxiety as a NF signal, permitting them to learn to modulate the target brain region. NF altered network connectivity of brain regions involved in anxiety regulation: subjects exhibited reduced resting-state connectivity in limbic circuitry and increased connectivity in the dorsolateral prefrontal cortex. NF has been shown to alter brain connectivity in other contexts, but it has been unclear whether these changes persist; critically, we observed changes in connectivity several days after the completion of NF training, demonstrating that such training can lead to lasting modifications of brain functional architecture. Training also increased subjects' control over contamination anxiety several days after the completion of NF training. Changes in resting-state connectivity in the target orbitofrontal region correlated with these improvements in anxiety. Matched subjects undergoing a sham feedback control task showed neither a reorganization of resting-state functional connectivity nor an improvement in anxiety. These data suggest that NF can enable enhanced control over anxiety by persistently reorganizing relevant brain networks and thus support the potential of NF as a clinically useful therapy.


[拙訳]
不安は人間の情動の中核であるが、病理学的に調節不能になり得る。安静時の機能的磁気共鳴画像法(fMRI)によって測定される、脳の結合性のパターンを非侵襲的に変化させ、そして汚染の不安を軽減するために、fMRI ニューロフィードバック(NF)を我々は使用した。汚染の不安に関連する眼窩前頭皮質の領域の活動は、リアルタイムで測定され、そして NF シグナルとして有意であるが潜在性の不安を有する被験者に提示され、彼らが標的脳領域を調節することを学ぶことを可能にする。NF は、不安調節に関与する脳領域のネットワークの結合性を変化させた:被験者は、辺縁系回路における安静時の結合性を低下させ、そして背外側前頭前野における結合性を増加させた。 NF は他の文脈において脳の結合性を変化させることが示されているが、これらの変化が持続するかどうかは不明である;批判的に、NF 訓練の完了後数日の結合性における変化を我々は観察し、そのような訓練が脳機能構造の持続的な調整につながることを実証した。訓練はまた、NF 訓練の完了後数日の汚染の不安に関する被験者の制御を増加させた。標的眼窩前頭領域での安静時の結合性における変化は、不安におけるこれらの改善と相関していた。偽のフィードバック制御課題を経験した釣り合った被験者は、安静時の機能的結合性の再構築も、不安における改善も示さなかった。関連する脳ネットワークを持続的に再構築することによる不安に対する強化された制御を NF は可能にでき、そして、このように臨床的に有用なセラピーとしての NF の可能性を支持することを、これらのデータは示唆する。

注:i) 引用中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「大脳辺縁系」については、例えば拙エントリのここ及び次の資料を参照して下さい。 「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 iii) トラウマの視点からの引用中の「背外側前頭前野」については、他の拙エントリのここここを参照して下さい。 iv) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 v) 引用中の「汚染の不安」に関連するかもしれない「不潔恐怖・洗浄強迫」についてはここを参照して下さい。 vi) 引用中の「機能的磁気共鳴画像法」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 vii) 引用中の「ニューロフィードバック」については、例えば次の論文を参照して下さい。 「Neurofeedback with fMRI: A critical systematic review.」(全文はここを参照して下さい)

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≪余談7≫プラセボ、ノセボ、条件反射(条件付け)、サイバー心気症等に関連した論文・資料紹介

最初に、a) プラセボ、ノセボ、条件反射、MCS、化学物質過敏症に関するエントリ例を以下の①~⑥に、WEBページ・資料例を以下の⑦~⑨にそれぞれ示します。 b) 喘息における心身相関についてのWEBページをに示します。 c) 他の拙エントリへのリンクはに示します。ちなみに、引用はしませんが、化学物質過敏状態とノセボ(ノシーボ)効果との関係については、マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.4. 化学物質過敏状態が引き起こされるメカニズム」項(P53)を参照して下さい。加えて、電磁波過敏症におけるノセボ効果については他の拙エントリのここここここここ及びここを参照して下さい。さらに、「予測に基づく痛みの説明」としてのノシーボ(ノセボ)効果については他の拙エントリのここを参照して下さい。一方、上記リンクに関連するかもしれない、 i) 「条件付け」については、目次や他の拙エントリを対象としたリンク集をそれぞれ参照して下さい。 ii) 「意識」については、次のWEBページを参照して下さい。 「意識 - 脳科学辞典」 さらに、この余談の最後に、「私たちを,メディアが引き起こす恐怖の連鎖に呑み込まれやすくしている」ことについての記述を引用します。

① 『メモ「意識的な認識によらないプラセボ・ノセボの可能性」 - 忘却からの帰還
② 「実体化したノセボは容易に消せるものなのだろうか? - 忘却からの帰還*35
③ 「ノセボ... - 忘却からの帰還
④ 「プラセボ ノセボ 条件反射 MCS - 忘却からの帰還
⑤ 「化学療法の条件付けのノセボの威力には驚く他ない - 忘却からの帰還*36
⑥ 「ノセボ効果:病気のことを考えると病気になる - 食品安全情報blog
⑦ 「化学物質過敏症」(特に資料中の P29)
⑧ 「トラマドールに対する鎮痛効果への期待と副作用の不安の関係:臨床実習前の医学生を対象とした予備調査
⑨ 「吐き気の出やすい薬はプラセボでも吐き気
⑩ 「スタチンのノセボ効果が明らかに/Lancet*37
⑪ 拙訳はありませんが論文(全文)「Japanese guidelines for adult asthma 2017」の「6.10. Aspects of psychosomatic medicine」項 加えて、これに関連して他の拙エントリのここここを参照して下さい。
⑫ 精神療法からの視点を考慮した、うつ病に力点をおいたノセボ効果を含めたプラセボ効果についての論考は、例えば次の資料を参照して下さい。 「プラセボ効果の吟味と精神療法の再評価 ――うつ病に力点をおいて――
⑬ 動物における匂いの学習記憶(関連付け)については、他の拙エントリのここを、加えて、情動記憶とは一種の条件づけ記憶であることについては、他の拙エントリのここを、それぞれ参照して下さい。
⑭ 論文要旨「Nocebo Response in Attention Deficit Hyperactivity Disorder: Meta-Analysis and Meta-Regression of 105 Randomized Clinical Trials」 なお、この論文要旨の「Results」項には次に引用(『 』内)する記述があります。 『Slightly over half (55.5%) of the patients experienced adverse events (AE) while receiving placebo.[拙訳]患者の半数強(55.5%)は、プラセボ投与中に有害事象(AE)を経験した。』
⑮ 拙訳はありませんが論文(全文)「Frequency of Adverse Events in the Placebo Arms of COVID-19 Vaccine Trials A Systematic Review and Meta-analysis

加えて、条件付け、ノセボ効果、プラセボ効果及び/又はサイバー心気症(自分の健康状態が不安となり、多くのネット上の医療情報を検索し、根拠が乏しい情報であっても自分の症状に当てはめて、さらに不安に陥ってしまうような状態)に関連する複数の論文要旨を以下に紹介します。これらの論文には、メディアの環境汚染についての警告が症状に与える影響や突発性環境不耐症についての論文も含みます。ちなみに、 a) 英文ですが、プラセボについての文献集の例は次のWEBページを参照して下さい。 「Publications」 b) 電磁波過敏症におけるノセボ効果については他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) 上記「サイバー心気症」に関連するかもしれない、「総合診療科外来には、病気は軽いのに病人になっている人が多数訪れる」と不安のきっかけのとしての「インターネット情報などに由来する患者自身の偏った思い込み」とについては、pdfファイル「講演抄録」中の文書「テーマ:総合診療科外来でのメンタル疾患への対応」における記述の一部を次に引用します。

総合診療科外来には、病気は軽いのに病人になっている人が多数訪れる。人間は身体の調子が悪いと気分も落ちる。しばしば悪い方に考えて不安になってしまうものである。そこに色々と不完全な情報が加わる。現代では、インターネットを通じて多くの情報を得ることができ、患者はそこから自分の症状に関連した知見を取り出す。情報源はインターネットのみでなく、周囲の友人・知人、受診した医療機関からも発せられる。これらの情報も正しく理解されるとは限らず、聞き手の思い込みによるバイアスがかかる。
不安のきっかけは、①近親者や親しい人が類似の症状を持って死亡した経験、②インターネット情報などに由来する患者自身の偏った思い込み、③仲間の一言、④医療者の一言、などの可能性がある。それに対する反応は、①生活レベルを低下させる、②不安や欝状態になる、③医療者を恫喝する、④doctor shoppingを繰り返す、など人によって異なる。

注:引用中の「これらの情報も正しく理解されるとは限らず、聞き手の思い込みによるバイアスがかかる」ことに関連するかもしれない、MCS において「信念体系が導入される」ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

(1) 「Pavlovian conditioning and multiple chemical sensitivity.[拙訳]パブロフの条件付けと MCS」

Pavlovian conditioning processes may contribute to some symptoms of multiple chemical sensitivity (MCS). This review summarizes the potential relevance of the literature on conditional taste and olfactory aversions, conditional sensitization, and conditional immunomodulation to understanding MCS. A conditioning-based perspective on MCS suggests novel research and treatment strategies.


[拙訳]
パブロフの条件付けのプロセスは、多種化学物質過敏状態(MCS)のいくつかの症状に寄与するかもしれない。このレビューでは、MCS を理解するための、条件付けを引き起こす味と嗅覚嫌悪、条件付けの感作及び条件付けの免疫調節に関する文献の潜在的な関連性をまとめた。 MCS に関する条件付けに基づいた視点は、新規の研究と治療戦略を示唆する。

注:i) MCS 又はシックハウス症候群と条件付けとの関係についての他の引用例は、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。ちなみに、不安症状の再発としてのパブロフの条件付けについては、次の資料を参照して下さい。 「不安症状の再発 ―パヴロフ型条件づけの基礎研究と理論から―

(2) 「Multiple chemical sensitivity as a conditional response.[拙訳]条件反応としての MCS」

Pavlovian conditioning may contribute to some cases of multiple chemical sensitivity (MCS). On the basis of the conditioning analysis, environmental stimuli (especially olfactory cues) present at the time of a toxicant overdose become associated with the toxicant and elicit aversive conditional responses. Similar associations have been reported in patients receiving chemotherapy, and the literature on such 'pretreatment nausea' in cancer patients is relevant to understanding the role of conditioning in MCS. Evaluation of the contribution of conditioning to MCS has been complicated by confounding interpretations that emphasize conditional responses with interpretations which emphasize the psychiatric status of the patient. Appreciation of the contribution of Pavlovian conditioning to MCS will lead to a better understanding of this complex disorder.


[拙訳]
パブロフの条件付けは、多種化学物質過敏状態(MCS)のいくつかのケースの原因となるかもしれない。条件付け分析に基づき、毒物の過剰摂取時に存在する環境刺激(特に嗅覚)は毒物と関連づけられ、嫌悪条件反応を誘発する。化学療法を受けた患者おいて類似の関連が報告されてきた。そして、がん患者における「治療前の吐き気」に関する文献は、MCS における条件付けの役割の理解に関連する。MCS の条件付けへの寄与の評価は、患者の精神状態を強調する解釈による条件反応を強調する混乱させる解釈により複雑化している。MCS のパブロフの条件付けの寄与の理解は、この複雑な疾患のより良い理解につながる。

注:i) 拙訳中の「治療前の吐き気」は化学療法における抗がん剤投与前の吐き気のようです。ちなみに、化学療法の条件付けのノセボの威力についてのエントリはのリンク先を参照して下さい。 ii) MCS 又はシックハウス症候群と条件付けとの関係についての他の引用例は、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。ちなみに、不安症状の再発としてのパブロフの条件付けについては、次の資料を参照して下さい。 「不安症状の再発 ―パヴロフ型条件づけの基礎研究と理論から―

(3) 「A Neural Mechanism for Nonconscious Activation of Conditioned Placebo and Nocebo Responses.[拙訳]条件付けられたプラセボ及びノセボ反応の無意識活性化に対する神経メカニズム」

Fundamental aspects of human behavior operate outside of conscious awareness. Yet, theories of conditioned responses in humans, such as placebo and nocebo effects on pain, have a strong emphasis on conscious recognition of contextual cues that trigger the response. Here, we investigated the neural pathways involved in nonconscious activation of conditioned pain responses, using functional magnetic resonance imaging in healthy participants. Nonconscious compared with conscious activation of conditioned placebo analgesia was associated with increased activation of the orbitofrontal cortex, a structure with direct connections to affective brain regions and basic reward processing. During nonconscious nocebo, there was increased activation of the thalamus, amygdala, and hippocampus. In contrast to previous assumptions about conditioning in humans, our results show that conditioned pain responses can be elicited independently of conscious awareness and our results suggest a hierarchical activation of neural pathways for nonconscious and conscious conditioned responses. Demonstrating that the human brain has a nonconscious mechanism for responding to conditioned cues has major implications for the role of associative learning in behavioral medicine and psychiatry. Our results may also open up for novel approaches to translational animal-to-human research since human consciousness and animal cognition is an inherent paradox in all behavioral science.


[拙訳]
人間の行動の基本的な側面は、意識的な認識外で作動する。痛みのプラセボ及びノセボ効果等のヒトにおける条件反応の理論は依然として、反応を誘発する文脈的な手がかりの意識的な認知に関して大きく強調している。ここで、健康な被験者における機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた痛みの条件反応の無意識活性化に関わる神経路を我々は調査した。意識活性化と比較した条件プラセボ無痛覚の無意識活性化は、感情の脳領域と基本報酬処理への直接的な結合を伴う構造の、眼窩前頭皮質の増加した活性化に関連していた。無意識のノセボの間、視床扁桃体及び海馬の活性化が増加した。ヒトにおける条件付けについての従来の仮説とは対照的に、我々の結果は、痛みの条件反応は意識的な認識とは独立して誘発しうることを示し、及び無意識並びに意識条件反応の神経路の階層的な活性化を示唆する。ヒトの脳は条件刺激への反応の無意識的なメカニズムを有することの実証は、行動医学と精神医学における連合学習の役割に​​大きな影響を持つ。全ての行動科学において、ヒトの意識と動物の認識は固有のパラドックスなので、我々の結果はまた、動物からヒトへの橋渡し研究への新たなアプローチも開くかもしれない。

注:i) この引用を読む前に他の拙エントリのここを読んだ方が良いかもしれません。 ii) この論文に関連するかもしれないエントリはのリンク先を参照して下さい。 iii) 拙訳中の「意識」については、次のWEBページを参照して下さい。「意識 - 脳科学辞典」 iv) 拙訳中の「機能的磁気共鳴画像法(fMRI)」については、例えば次の資料を参照して下さい。「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用

(4) 「Emotion-specific nocebo effects: an fMRI study.[拙訳]情動に特異的なノセボ効果:機能的磁気共鳴画像法の研究」

The neurobiological mechanisms of nocebos are still poorly understood. Thirty-eight women participated in a 'smell study' using functional magnetic resonance imaging. They were presented with an odorless stimulus (distilled water) together with the verbal suggestion that this fluid has an aversive odor which enhances disgust feelings. The nocebo was presented while the participants viewed disgusting, fear-inducing, and neutral images. Participants' affective and neuronal responses during nocebo administration were compared with those in a control condition without nocebo. Twenty-nine women (76%) reported perceiving a slightly unpleasant and arousing odor. These 'nocebo responders' experienced increased disgust during the presentation of disgusting images in combination with the nocebo and showed enhanced left orbitofrontal cortex (OFC) activation. It has been suggested that the OFC is involved in the generation of placebo/nocebo-related expectations and appraisals. This region showed increased functional connectivity with areas involved in interoception (insula), autobiographical memories (hippocampus), and odor imagery (piriform cortex) during nocebo administration. The nocebo-induced change in brain activation was restricted to the disgust condition. Implications for psychotherapy are discussed.


[拙訳]ノセボの神経生物学的メカニズムはまだほとんど理解されていない。38人の女性が機能的磁気共鳴画像法を用いた「におい研究」に参加した。この液体が嫌な気持ちを高める嫌悪臭を有するという口頭での示唆を伴って、彼女らに無臭の刺激(蒸留水)が提示された。参加者が、嫌悪、恐怖を誘発する、中立的な画像を見ている間にノセボが提示された。ノセボ適用中の参加者の感情的及び神経的な応答はノセボ無しの対象条件のそれらと比較された。29人の女性(76%)はわずかに不快及び喚起する臭気を知覚することを報告した。これらの「ノセボ応答者」はノセボと併用した嫌な画像の提示中に嫌悪感の増加を経験し、そして左眼窩前頭皮質(OFC)活性化の増強を示した。OFC はプラセボ/ノセボ関連の期待と評価の生成に関与していることが示唆されている。この領域は、ノセボ適用中の内受容感覚(島)、自伝的記憶(海馬)及び臭いの心象(梨状皮質)において関与する領域との機能的結合の増加を示した。脳の活性化におけるノセボに引き起こされた変化は嫌悪状態に限られた。心理療法のための含意が議論された。

注:i) 拙訳中の「機能的磁気共鳴画像法」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 ii) 引用中の「梨状皮質」に関連する「嗅内野」については次のWEBページを参照して下さい。 「嗅内野 - 脳科学辞典」 iii) 拙訳中の「自伝的記憶」に関連する「エピソード記憶」については次のWEBページを参照して下さい。 「エピソード記憶 - 脳科学辞典」 iv) 拙訳中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 v) 拙訳中の「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 vi) 拙訳中の「内受容感覚」については他の拙エントリのここここを参照すると良いかもしれません。 vii) 標記「情動」については、WEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 viii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 ix) この要旨で記述されている「臭い(嗅覚)における嫌悪感を伴うノセボ効果」に関連する「嗅覚嫌悪条件づけ」についてはここを参照して下さい。 x) 化学物質過敏状態が引き起こされるメカニズムにおける「臭い刺激によるノシーボ効果」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 xi) ノセボに関する引用中の「嫌悪臭」に関連するかもしれない「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響」については次の資料を参照して下さい。 「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」の「4. 考察」項

(5) 「Media warnings about environmental pollution facilitate the acquisition of symptoms in response to chemical substances.[拙訳]環境汚染についてのメディアの警告は、化学物質への応答に対する症状の獲得を促進する」

OBJECTIVE:
Previous studies showed that somatic symptoms can be acquired in response to chemical substances using an associative learning paradigm, but only when the substance was foul smelling and not when it smelled pleasant. In this study, we investigated whether warnings about environmental pollution would facilitate acquiring symptoms, regardless of the pleasantness of the smell.

METHOD:
One group received prior information framing the study in the context of the rapidly increasing chemical pollution of our environment. Another group received no prior information. Conditional odor stimuli (CS) were diluted ammonia (foul-smelling) and niaouli (neutral-positive smelling); the unconditional stimulus (UCS) was 10% CO2-enriched air. Each subject breathed one odor mixed with CO2 and a control odor mixed with air in 80-sec breathing trials. The type of odor mixed with CO2 was counterbalanced across participants. Next, the same breathing trials were administered without CO2. Breathing behavior was measured during each trial; subjective symptoms were assessed after each trial.

RESULTS:
Only participants who had been given warnings about environmental pollution reported more symptoms to the odor that had previously been associated with CO2, compared with the control odor. This was so for both the foul- and the pleasant-smelling odor. Symptom learning did not occur in the group that did not receive warnings. The elevated symptom level could not be accounted for by altered respiratory behavior, nor by experimental demand effects.

CONCLUSIONS:
Raising environmental awareness through warnings about chemical pollution facilitates learning of subjective health symptoms in response to chemical substances.


[拙訳]
目的:
これまでの研究では、連合学習のパラダイムを用い、化学物質に応答して、身体症状を獲得しうることが示されたが、物質が悪臭であったかつ快適なニオイでなかった時のみであった。本研究では、ニオイの快適さに関わらず、環境汚染に関する警告が症状の獲得を促進するであろうかどうかを調査した。

方法:
片方のグループは、環境の化学物質汚染の急速な増加の文脈における研究で構成される情報を、前もって受け取った。もう片方のグループは、前もった情報を受け取らなかった。条件付けの臭い刺激(CS)は薄めたアンモニア(悪臭)及びニアウリ(中立的-快適なニオイ)で、一方、非条件刺激(UCS)は 10% CO2 の富化空気であった。それぞれの被験者は 80 秒間呼吸試験において、CO2 と混合された片方の臭気と空気と混合された対照となるもう片方の臭気を吸った。CO2 と混ぜた臭気の種類は被験者全体で釣り合わせた。次に、同じ呼吸試験を CO2 なしで実施した。呼吸行動はそれぞれの試験中に測定され、主観的な症状はそれぞれの試験後に評価された。

結果:
環境汚染についての警告を受けた参加者だけが、前もった CO2 と関連していた臭気に対し、対照となる臭気と比較してより多くの症状を報告した。これは、悪臭と快適なニオイの両方であった。症状の学習は、警告を受けていないグループでは発生しなかった。症状レベルの上昇は、呼吸行動の変化や実験的な要求効果によって説明できなかった。

結論:
化学物質の汚染についての警告を通じて環境意識を高めることは、化学物質に反応した主観的な健康症状の学習を促進する。

注:i) 拙訳中の「パラダイム」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。『10分でわかる「パラダイム」の意味と使い方』 ii) 拙訳中の「CO2」は二酸化炭素のことです。 iii) 悪臭に関する標記「環境汚染についてのメディアの警告」に関連するかもしれない「臭気公害現場において,臭気に対する評価が風評やマスコミの影響を受けやすいこと」については次の資料を参照して下さい。 「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」の「4. 考察」項 iv) 電磁波における同様な知見、すなわち、メデイア報道が電磁波過敏症の進行を促進することの報告を含む電磁波過敏症とノセボ効果の関係を示すものについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

(6) 「Cyberchondria and intolerance of uncertainty: examining when individuals experience health anxiety in response to Internet searches for medical information.[拙訳]サイバー心気症及び不確実性への不耐性:医療情報のインターネット検索に応答した健康不安を個々人が体験した時の調査」

Individuals frequently use the Internet to search for medical information. However, for some individuals, searching for medical information on the Internet is associated with an exacerbation of health anxiety. Researchers have termed this phenomenon as cyberchondria. The present research sought to shed further light onto the phenomenology of cyberchondria. In particular, the moderating effect of intolerance of uncertainty (IU) on the relationship between the frequency of Internet searches for medical information and health anxiety was examined using a large sample of medically healthy community adults located in the United States (N=512). The purported moderating effect of IU was supported. More specifically, the relationship between the frequency of Internet searches for medical information and health anxiety grew increasingly stronger as IU increased. This moderating effect of IU was not attributable to general distress. These results suggest that IU is important for better understanding the exacerbation of health anxiety in response to Internet searches for medical information. Conceptual and therapeutic implications of these results are discussed.


[拙訳]
個々人はしばしばインターネットを使用して医療情報を検索する。しかしながら、一部の個々人にとって、インターネット上で医療情報を検索することは、健康不安の悪化に関連する。研究者はこの現象をサイバー心気症と名付けた。本研究では、サイバー心気症の現象学にさらなる光を当てようと努めた。特に、不確実性への不耐性(IU)が、医療情報のインターネット検索の頻度と健康不安の関係に及ぼす効果を、米国における医学的に健全なコミュニティの大人の大規模サンプル(N = 512)を用いて調査した。 IU の調整効果と称されるものが支持された。より具体的には、IU が増加するにつれて、医療情報のインターネット検索の頻度と健康不安の関係がますます強くなった。 IU のこの適度な効果は、一般的な苦痛に起因するものではなかった。これらの結果は、医療情報のインターネット検索に応答した健康不安の悪化のより良い理解に、IU が重要であることを示唆する。これらの結果の概念的及び治療的含意が議論された。

注:i) 標記「サイバー心気症」は、自分の健康状態が不安となり、多くのネット上の医療情報を検索し、根拠が乏しい情報であっても自分の症状に当てはめて、さらに不安に陥ってしまうような状態のようです。ちなみに、「心気症」についてはここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「身体表現性障害 -脳科学辞典」の「心気症」項 ii) 引用中の「N = 512」は人数を示します。 iii) 引用中の「Intolerance of Uncertainty」については、例えば次の論文(全文)を参照して下さい。 「Intolerance of Uncertainty: A Common Factor in the Treatment of Emotional Disorders*38 加えて、論文(全文)「Conceptualizations of Cyberchondria and Relations to the Anxiety Spectrum: Systematic Review and Meta-analysis」の「Intolerance of Uncertainty」項も参照すると良いかもしれません。

(7) 「Cyberchondria: Parsing Health Anxiety From Online Behavior.[拙訳]サイバー心気症:オンライン上の行動からの健康不安の解析」

BACKGROUND:
Individuals with questions about their health often turn to the Internet for information about their symptoms, but the degree to which health anxiety is related to online checking, and clinical variables, remains unclear. The clinical profiles of highly anxious Internet checkers, and the relationship to checking behavior itself, have not previously been reported.

OBJECTIVE:
In this article, we test the hypothesis, derived from cognitive-behavioral models, that individuals with higher levels of illness anxiety would recall having experienced worsening anxiety after reassurance-seeking on the Internet.

METHOD:
Data from 731 volunteers who endorsed engaging in online symptom-searching were collected using an online questionnaire. Severity of health anxiety was assessed with the Whiteley Index, functional impairment with the Sheehan Disability Scale, and distress recall during and after searching with a modified version of the Clinician's Global Impairment scale. Multiple regression analyses were conducted to determine variables contributing to distress during and after Internet checking.

RESULTS:
Severity of illness anxiety on the Whiteley Index was the strongest predictor of increase in anxiety associated with, and consequent to, online symptom-searching. Individuals with high illness anxiety recalled feeling worse after online symptom-checking, whereas those with low illness anxiety recalled relief. Longer-duration online health-related use was associated with increased functional impairment, less education, and increased anxiety during and after checking.

CONCLUSION:
Because individuals with moderate-high levels of illness anxiety recall experiencing more anxiety during and after searching, such searching may be detrimental to their health. If replicated in controlled experimental settings, this would suggest that individuals with illness anxiety should be advised to avoid using the Internet for illness-related information.


[拙訳]
背景:
健康に対する質問を有する個々人は、しばしば症状についての情報を得るためにインターネットに向かうが、健康の不安がオンラインチェックに関連する程度、及び臨床的変数は不明なままである。非常に不安なインターネットチェッカーの臨床プロファイル、及び検査行動自体との関係は、以前には報告されていない。

目的:
この論説では、認知行動モデルから導かれた仮説、より高いレベルの病気不安を有する個々人がインターネット上で安心さがしを行った後に不安を悪化させたことを想起するだろうということ、を我々は検証する。

方法:
オンラインのアンケートを用いてオンラインの症状検索に従事することを是認した731人のボランティアからのデータを収集した。健康不安の深刻さはホワイトリー指数、機能障害は Sheehan Disability Scale、検索中及び検索後の苦痛の想起は Clinician's Global Impairment scale で評価した。インターネットチェック中及びチェック後の苦痛に寄与する変数を決定するために重回帰分析が実施された。

結果:
ホワイトリー指数上の病気不安の深刻さがオンライン症状検索に関連し、その結果として生じる不安における増加の最も強い予測因子であった。低い健康不安を有する個々人は、安堵を想起した一方、高い健康不安を有する個々人は、オンラインの症状検索後により悪いと感じることを想起した。長く続くオンラインでの健康に関する使用は、チェック中及びチェック後の機能障害の増加、より少ない教育、そして不安の増加に関連した。

結論:
中-高レベルの病気不安を有する個々人は、検索中及び検索後により大きな不安の体験を想起するので、このような検索は彼らの健康にとって有害かもしれない。制御された実験設定で繰り返された場合には、病気不安を有する個々人は、病気関連情報のためのインターネット使用を避けることをアドバイスすべきであることが示唆されるであろう。

注:i) 標記「サイバー心気症」は、自分の健康状態が不安となり、多くのネット上の医療情報を検索し、根拠が乏しい情報であっても自分の症状に当てはめて、さらに不安に陥ってしまうような状態のようです。ちなみに、「心気症」についてはここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「身体表現性障害 -脳科学辞典」の「心気症」項 加えて、引用中の「病気不安」についてはここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「安心さがし」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 『第10回 うつ症状と「安心さがし」・「ダメ出し要求」行動

(8) 「Moving toward a metacognitive conceptualization of cyberchondria: Examining the contribution of metacognitive beliefs, beliefs about rituals, and stop signals[拙訳]サイバー心気症のメタ認知的概念化への移行:メタ認知的信念、儀式についての信念、そしてストップシグナルの寄与の調査」

Cyberchondria refers to the repeated use of the Internet to search for health information that leads to negative consequences. The present set of studies examined the tenability of a proposed metacognitive conceptualization of cyberchondria that includes metacognitive beliefs about health-related thoughts, beliefs about rituals, and stop signals. The contribution of those variables to cyberchondria was examined among 330 undergraduate students from a U.S. university in Study 1 and 331 U.S. community respondents in Study 2. All participants reported using the Internet to search for health information. Across both studies, metacognitive beliefs, beliefs about rituals, and stop signals shared positive bivariate associations with cyberchondria and accounted for unique variance in cyberchondria scores in multivariate analyses. Beliefs about rituals and stop signals emerged as relatively specific to cyberchondria versus health anxiety in multivariate analyses. Results provide preliminary support for a metacognitive conceptualization of cyberchondria, with extensions of the present findings discussed.


[拙訳]
サイバー心気症とは、インターネットを繰り返し利用して健康情報を検索し、負の結果をもたらすことを指す。現在の一連の研究は、健康関連の思考についてのメタ認知的な信念、儀式についての信念、及びストップシグナルを含む、提案されたサイバー心気症のメタ認知的概念化の妥当性を調査した。研究 1 における米国の大学の330人の学部学生、そして研究 2 における米国のコミュニティの回答者の間で、サイバー心気症へのこれらの変数の寄与が調査された。全ての参加者はインターネットを利用した健康情報の検索を報告した。両方の研究に渡り、メタ認知的な信念、儀式についての信念、及びストップシグナルはサイバー心気症との二変量関連を共有し、多変量解析のサイバー心気症スコアにおけるユニークな変数を説明した。儀式についての信念及びストップシグナルは、多変量解析における比較的特異的な健康不安に対比したサイバー心気症として明らかとなった。議論した現在の知見の延長を伴うサイバー心気症のメタ認知的な概念化に対する予備的な支持が結果から与えられる。

注:i) 拙訳中の「メタ認知」については、次のWEBページを参照して下さい。「メタ認知 - 脳科学辞典」 ii) WEBページ「Moving toward a metacognitive conceptualization of cyberchondria: Examining the contribution of metacognitive beliefs, beliefs about rituals, and stop signals」における上記要旨についてのハイライトを形式を変更して次に引用します。

Highlights
•Examined a proposed metacognitive conceptualization of cyberchondria.
•Includes metacognitive beliefs about health-related thoughts.
•Beliefs about rituals and stop signals distinguish cyberchondria from health anxiety.
•Findings from two studies support the metacognitive conceptualization.


[拙訳]
ハイライト
・提案されたサイバー心気症のメタ認知的概念化を調査した。
・健康関連思考のメタ認知的信念を含む
・儀式についての信念及びストップシグナルは健康不安からサイバー心気症を弁別する
・2つの研究からの知見はメタ認知的概念化を支持する

(9) 「Self-Esteem and Cyberchondria: The Mediation Effects of Health Anxiety and Obsessive-Compulsive Symptoms in a Community Sample[拙訳]自尊心及びサイバー心気症:コミュニティサンプルにおける健康不安及び強迫症状のメディエーション効果」(注:この論文は PubMed では検索できません)

Cyberchondria refers to the excessive and repeated searching for medical information on the Internet and may be considered as health-related problematic Internet use. Previous findings indicated that cyberchondria is positively associated with health anxiety and obsessive-compulsive symptoms. Also, research suggests that excessive or problematic Internet use as well as health worries and compulsive behaviors are present among individuals with low self-esteem. This study sought to examine: (1) the association between self-esteem and cyberchondria, and (2) the mediating role of health anxiety and obsessive-compulsive symptoms in the relationship between self-esteem and cyberchondria. Participants (N = 207) from a community sample completed self-report measures assessing global self-esteem, health anxiety, obsessive-compulsive symptoms, and cyberchondria. We found that self-esteem directly predicted cyberchondria and that health anxiety and obsessive-compulsive symptoms parallelly mediated the relationship between self-esteem and cyberchondria. These findings suggest that low self-esteem, health anxiety and obsessive-compulsive symptoms can be considered vulnerability factors for cyberchondria. In addition, the reverse mediation model indicated that cyberchondria potentially predicts self-esteem both directly and through health anxiety and obsessive-compulsive symptoms. The bidirectional relationship among the analyzed variables are discussed in the context of potential psychological predictors and consequences of cyberchondria and possible mechanisms explaining cyberchondria. The current study provides further insight into the conceptualization of cyberchondria and the feasibility of specific treatment directions.


[拙訳]
サイバー心気症とはインターネット上の医療情報を過度に繰り返し検索することを指し、そして健康関連の問題のあるインターネットの使用と見なされるかもしれない。サイバー心気症が健康不安と強迫性症状とに正に関連していることを、以前の知見は示していた。また、低い自尊心を伴う個々人の間で、健康への不安及び強迫行動はもちろん、インターネットの過度又は問題な使用が存在することを、調査は示唆する。本研究では次を調査しようとした:(1) 自尊心とサイバー心気症との間の関連性、及び (2) 自尊心とサイバー心気症との間の関係における健康不安及び強迫症状がメディエイトする役割。コミュニティサンプルからの参加者(N = 207)は、包括的な自尊心、健康不安、強迫症状、及びサイバー心気症を評価する自己報告手段を完了した。自尊心がサイバー心気症を直接予測し、そして健康不安及び強迫症状が自尊心とサイバー心気症との間の関係を並行してメディエイトすることを、我々は見出した。低い自尊心、健康不安及び強迫症状がサイバー心気症の脆弱性要因と考え得ることを、これらの知見は示唆する。さらに、逆メディエーションモデルは、サイバー心気症が直接的に及びそして健康不安や強迫症状を介して、自尊心を潜在的に予測することを示した。分析された変数間の双方向の関係は、潜在的心理的予測因子、サイバー心気症の帰結及びサイバー心気症を説明する可能なメカニズムの文脈で議論される。サイバー心気症の概念化と特異的な治療方針の実現可能性に関するさらなる洞察を、本研究では提供する。

注:i) 引用中の「N = 207」は人数を指します。

(10) 「Recent Advances in the Understanding and Treatment of Health Anxiety.[拙訳]健康不安の理解と治療における最近の進歩」

PURPOSE OF REVIEW:
To examine the diagnosis of health anxiety, its prevalence in different settings, public health significance, treatment, and outcome.

RECENT FINDINGS:
Health anxiety is similar to hypochondriasis but is characterized by fear of, rather than conviction of, illness. Lifetime prevalence rates are 6% in the population and as high as 20% in hospital out-patients, leading to greater costs to health services through unnecessary medical contacts. Its prevalence may be increasing because of excessive internet browsing (cyberchondria). Drug treatment with antidepressants has some efficacy but is not well-liked, but psychological treatments, including cognitive behavior therapy, stress management, mindfulness training, and acceptance and commitment therapy, given either individually, in groups, or over the Internet, have all proved efficacious in both the short and longer term. Untreated health anxiety leads to premature mortality. Health anxiety has become an increasing clinical and public health issue at a time when people are being formally asked to take more responsibility in monitoring their own health. More attention by health services is needed.


[拙訳]
レビューの目的:
健康不安の診断、異なるセッティングにおけるその有病割合、公衆衛生上の意義、治療、及びアウトカム。

最近の知見:
健康不安は心気症に類似しているが、病気の確信よりもむしろ恐怖を特徴とする。生涯有病割合は、人口において6%、病院外来患者において20%と高く、不必要な医師への受診を通して保健サービスにかかる費用の増加をもたらす。過度のインターネットブラウジング(サイバー心気症)のためにその有病割合が増加している可能性がある。抗うつ薬を伴う薬物治療には有効性はあるものの、よく理解されていませんが、個人的、グループ又はインターネットでの認知行動療法、ストレス管理、マインドフルネストレーニング、及びアクセプタンス&コミットメント・セラピーを含む心理療法が短期的にも長期的にも効果的でることが証明されている。未治療の健康不安は、若年死亡をもたらす。自らの健康状態の監視において、人々がより多くの責任を負うように正式に求められている時に、健康不安は増加する臨床上及び公衆衛生上の問題となっている。保健サービスによりもっと注意を払う必要がある。

注:(i) 拙訳はありませんが、 a) 引用中の「未治療の健康不安は、若年死亡をもたらす」ことについては次の論文を参照して下さい。 「Health anxiety and risk of ischaemic heart disease: a prospective cohort study linking the Hordaland Health Study (HUSK) with the Cardiovascular Diseases in Norway (CVDNOR) project.」 b) 健康不安に対するマインドフルネス認知療法については次の論文を参照して下さい。 「A randomized clinical trial of mindfulness-based cognitive therapy versus unrestricted services for health anxiety (hypochondriasis).」 加えて、これに対するグループのアクセプタンス&コミットメント・セラピーについては次の論文を参照して下さい。 「Acceptance and commitment group therapy (ACT-G) for health anxiety: a randomized controlled trial.」 ちなみに、これに対する認知行動療法の論文は多くあるので紹介は省略しますが、「term="health+anxiety"+"cognitive+behavior+therapy"」を用いて PubMed 検索した結果を次に紹介します。 検索結果 (ii) 上記「マインドフルネス認知療法」については次のWEBページを参照して下さい。 「マインドフルネス認知療法」 加えて、MCS(多種化学物質過敏状態)の治療法候補としての上記「マインドフルネス認知療法」については他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。 (iii) 拙訳中の「アクセプタンス&コミットメント・セラピー」については他の拙エントリのここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「アクセプタンス&コミットメント・セラピー

(11) 「Placebo and Nocebo Effects: The Advantage of Measuring Expectations and Psychological Factors.[拙訳]プラセボ及びノセボ効果:予期及び心理的要因測定のアドバンテージ」(全文はここを参照して下さい)

Several studies have explored the predictability of placebo and nocebo individual responses by investigating personality factors and expectations of pain decreases and increases. Psychological factors such as optimism, suggestibility, empathy and neuroticism have been linked to placebo effects, while pessimism, anxiety and catastrophizing have been associated to nocebo effects. We aimed to investigate the interplay between psychological factors, expectations of low and high pain and placebo hypoalgesia and nocebo hyperalgesia. We studied 46 healthy participants using a well-validated conditioning paradigm with contact heat thermal stimulations. Visual cues were presented to alert participants about the level of intensity of an upcoming thermal pain. We delivered high, medium and low levels of pain associated with red, yellow and green cues, respectively, during the conditioning phase. During the testing phase, the level of painful stimulations was surreptitiously set at the medium control level with all the three cues to measure placebo and nocebo effects. We found both robust placebo hypoalgesic and nocebo hyperalgesic responses that were highly correlated with expectancy of low and high pain. Simple linear regression analyses showed that placebo responses were negatively correlated with anxiety severity and different aspects of fear of pain (e.g., medical pain, severe pain). Nocebo responses were positively correlated with anxiety sensitivity and physiological suggestibility with a trend toward catastrophizing. Step-wise regression analyses indicated that an aggregate score of motivation (value/utility and pressure/tense subscales) and suggestibility (physiological reactivity and persuadability subscales), accounted for the 51% of the variance in the placebo responsiveness. When considered together, anxiety severity, NEO openness-extraversion and depression accounted for the 49.1% of the variance of the nocebo responses. Psychological factors per se did not influence expectations. In fact, mediation analyses including expectations, personality factors and placebo and nocebo responses, revealed that expectations were not influenced by personality factors. These findings highlight the potential advantage of considering batteries of personality factors and measurements of expectation in predicting placebo and nocebo effects related to experimental acute pain.


[拙訳]
パーソナリティー因子及び疼痛の減少と増加の予期を調査することにより、プラセボ及びノセボの個々の応答の予測可能性をいくつかの研究は探究している。悲観主義、不安、破局化はノセボ効果と関連している一方で、楽観主義、被暗示性、共感、神経症的傾向等の心理的要因はプラセボ効果と関連している。心理的要因、弱い及び強い疼痛、そしてプラセボ鎮痛とノセボ痛覚過敏間の相互作用の調査を我々は目的とした。接触熱刺激による十分に検証された条件付けパラダイムを用いて、46人の健康な参加者に対し我々は研究した。来るべき熱痛の強度レベルについて参加者に警告するための視覚的手がかりが提示された。条件付け段階中に、赤、黄、緑の手がかりそれぞれに関連する高、中、低レベルの痛みを我々は伝えた。プラセボ及びノセボ効果の測定のために、試験段階中に、痛み刺激のレベルを3つ全ての手がかりを伴って密かに中の対照レベルに設定した。プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏応答の両方が、弱い疼痛及び強い疼痛の予期と高い相関があることを我々は見出した。単純な線形回帰分析は、プラセボ反応が不安の重症度及び痛みの恐怖の様々な様相(例えば、医学的疼痛、重症な疼痛)と負の相関を有することを示した。ノセボ反応は不安感受性及び破局化に向かう傾向を伴う生理学的被暗示性と正の相関を示した。動機の集計スコア(値/効用及びプレッシャー/緊張サブスケール)及び被暗示性(生理学的反応性及び説得性サブスケール)はプラセボ反応性における変動の51%を占めることを段階的回帰分析は示した。一緒に考えると、不安の重症度、ネオ開放性-外向性及び抑うつはノセボ応答の49.1%の変動を占めた。心理的要因それ自体は予期に影響しなかった。実際、予期、パーソナリティ因子、そしてプラセボやノセボの反応を含む媒介分析は、予期はパーソナリティ因子によって影響されないことを明らかにした。実験的な急性疼痛に関連するプラセボ及びノセボの効果の予測における一連のパーソナリティ因子及び予期の測定値を考慮する潜在的な利点を、これらの知見は強調する。

注:i) 拙訳中の「パラダイム」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 『10分でわかる「パラダイム」の意味と使い方』 ii) 拙訳中の「ネオ」については、例えば次の資料を参照すると良いかもしれません。 「主要5因子性格検査3種間の相関的資料」 加えて、拙訳中の「開放性」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「性格特性5因子モデルにおける経験への開放性の構成概念妥当性」 iii) 拙訳中の「神経症的傾向」についてはここを参照して下さい。

(12) 「Classical conditioning without verbal suggestions elicits placebo analgesia and nocebo hyperalgesia.[拙訳]言葉による示唆のない古典的条件づけは、プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏を引き起こす」(全文はここを参照して下さい)

The aim of this study was to examine the relationships among classical conditioning, expectancy, and fear in placebo analgesia and nocebo hyperalgesia. A total of 42 healthy volunteers were randomly assigned to three groups: placebo, nocebo, and control. They received 96 electrical stimuli, preceded by either orange or blue lights. A hidden conditioning procedure, in which participants were not informed about the meaning of coloured lights, was performed in the placebo and nocebo groups. Light of one colour was paired with pain stimuli of moderate intensity (control stimuli), and light of the other colour was paired with either nonpainful stimuli (in the placebo group) or painful stimuli of high intensity (in the nocebo group). In the control group, both colour lights were followed by control stimuli of moderate intensity without any conditioning procedure. Participants rated pain intensity, expectancy of pain intensity, and fear. In the testing phase, when both of the coloured lights were followed by identical moderate pain stimuli, we found a significant analgesic effect in the placebo group, and a significant hyperalgesic effect in the nocebo group. Neither expectancy nor fear ratings predicted placebo analgesia or nocebo hyperalgesia. It appears that a hidden conditioning procedure, without any explicit verbal suggestions, elicits placebo and nocebo effects, however we found no evidence that these effects are predicted by either expectancy or fear. These results suggest that classical conditioning may be a distinct mechanism for placebo and nocebo effects.


[拙訳]
本研究の目的は、プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏における古典的条件づけ、予期、及び恐怖との間の関係を調べることであった。合計42人の健常ボランティアをランダムに3群:プラセボ、ノセボ及び対照に割り当てた。彼らはオレンジ色又は青色のライトによる先立ちとして96個の電気刺激を受けた。ライトの色の意味について参加者に通知されていない隠れた条件付け手続きが、プラセボ群とノセボ群において行われた。1つの色のライトは中等度の痛み刺激(対照刺激)と一対であり、他の色のライトは無痛刺激(プラセボ群)又は苦痛刺激(ノセボ群)と一対であった。対照群において条件付け手続き無しの中等度の対照刺激後に両色のライトが続いた。参加者は痛みの強度、痛みの予期、及び恐怖を評価した。試験段階において、両色のライトが同一の中等度の痛み刺激に続いた時に、プラセボ群において有意な鎮痛効果を、そしてノセボ群において有意な痛覚過敏効果を我々は発見した。予期や恐怖の評価は、どちらもプラセボ鎮痛又はノセボ痛覚過敏を予測しなかった。明示的な言葉による示唆のない隠れた条件付け手続きが、プラセボ及びノセボ効果を引き起こしたと思える。しかしながら、これらの効果は予期又は恐怖により予測されるエビデンスは我々は見出せなかった。これらの結果は、古典的条件づけがプラセボ及びノセボ効果の明瞭なメカニズムであるかもしれないことを示唆する。

注:標記及び引用中の「古典的条件づけ」については不安の視点からは例えば次の資料を参照して下さい。 「不安と関連する障害における古典的条件づけの役割と意義 ―古典的条件づけの諸現象と連合学習理論の臨床的応用―

(13) 「Distinct neural representations of placebo and nocebo effects.[拙訳]プラセボとノセボ効果の異なる神経的な描写」(全文はここを参照して下さい)

Expectations shape the way we experience the world. In this study, we used fMRI to investigate how positive and negative expectation can change pain experiences in the same cohort of subjects. We first manipulated subjects' treatment expectation of the effectiveness of three inert creams, with one cream labeled "Lidocaine" (positive expectancy), one labeled "Capsaicin" (negative expectancy) and one labeled "Neutral" by surreptitiously decreasing, increasing, or not changing respectively, the intensity of the noxious stimuli administered following cream application. We then used fMRI to investigate the signal changes associated with administration of identical pain stimuli before and after the treatment and control creams. Twenty-four healthy adults completed the study. Results showed that expectancy significantly modulated subjective pain ratings. After controlling for changes in the neutral condition, the subjective pain rating changes evoked by positive and negative expectancies were significantly associated. fMRI results showed that the expectation of an increase in pain induced significant fMRI signal changes in the insula, orbitofrontal cortex, and periaqueductal gray, whereas the expectation of pain relief evoked significant fMRI signal changes in the striatum. No brain regions were identified as common to both "Capsaicin" and "Lidocaine" conditioning. There was also no significant association between the brain response to identical noxious stimuli in the pain matrix evoked by positive and negative expectancies. Our findings suggest that positive and negative expectancies engage different brain networks to modulate our pain experiences, but, overall, these distinct patterns of neural activation result in a correlated placebo and nocebo behavioral response.


[拙訳]
予期は我々が世界を経験する方法を決める。本研究では、同じコホートの被験者群においてポジティブ及びネガティブな予期がいかにして疼痛経験を変化させ得るのかを調査するために fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使用した。3つの不活性なクリームの有効性の被験者の治療予期を我々は最初に操作し、“リドカイン”(ポジティブな予期)、“カプサイシン”(ネガティブな予期)、“中性”とラベルされたクリームそれぞれ1個を内密に減少させる、増加させる又は不変のままにすることにより、クリームを適用した後に適用される有害な刺激の強度をそれぞれ変化させる。それから、治療及び対照クリームの前後で同じ疼痛刺激の適用に関連する信号変化を調査すために我々は fMRI を使用した。24人の健康な成人が試験を完了した。この予期が主観的疼痛評価を有意に調節したことを結果は示した。中性条件おける変化を統制した後、主観的な疼痛評価の変化はポジティブ及びネガティブな予期により引き起こされた。疼痛開放の予期は線条体における fMRI 信号の有意な変化を引き起こした一方で、島、眼窩前頭皮質、及び水道周囲灰白質において疼痛における増加の予期は有意な fMRI 信号の変化を誘発した。“カプサイシン”及び“リドカイン”の両条件付けに共通するものとしての脳の領域は同定されなかった。ポジティブ及びネガティブな予期によって引き起こされた疼痛マトリックスにおける同じ有害な刺激への脳の応答間に有意な関連もなかった。ポジティブ及びネガティブな予期は我々の疼痛経験を調節するための異なる脳のネットワークに関与することを我々の知見は示唆するが、全体的に、これらの異なる神経活性化のパターンは、相関するプラセボおよびノセボ行動応答をもたらす。

注:i) 拙訳中の医薬品「リドカイン」は例えば次の医薬品情報を参照して下さい。 「医療用医薬品 : リドカイン塩酸塩」 ii) 拙訳中の「カプサイシン」は例えば次の医薬品情報を参照して下さい。 「カプサイシンに関する情報」 iii) 拙訳中の「fMRI」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 iv) 拙訳中の「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 v) 拙訳中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 vi) 拙訳中の「水道周囲灰白質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「水道周囲灰白質 - 脳科学辞典」 vi) 拙訳中の「コホート」の意味についての記述があるWEBページは例えば次を参照して下さい。 『「たばこは有害」示したコホート研究

(14) 「Medicine-related beliefs predict attribution of symptoms to a sham medicine: A prospective study.[拙訳]薬関連の信念は偽薬に対する症状の帰因を予測する:前向き研究」(全文はここを参照して下さい)

OBJECTIVES:
To investigate a range of possible predictors of nocebo responses to medicines.

DESIGN:
Prospective cohort study.

METHODS:
In total, 203 healthy adult volunteers completed measures concerning demographics, psychological factors, medicine-related beliefs, baseline symptoms, and symptom expectations before taking a sham pill, described as 'a well-known tablet available without prescription' that was known to be associated with several side effects. Associations between these measures and subsequent attribution of symptoms to the tablet were assessed using a hurdle model consisting of a joint logistic and truncated negative binomial regression.

RESULTS:
Men had an increased odds of attributing symptoms to the tablet OR = 1.52, and older participants had decreased odds, OR = 0.97. Medicine-related beliefs were important, with modern health worries, belief that medicines cause harm and perceived sensitivity to medicines associated with increased odds of symptom attribution, OR = 1.02, 1.10, 1.09, respectively. Trust in medicines and pharmaceutical companies decreased the odds of symptom attribution, OR = 0.91, 0.88, respectively. The number of symptoms at baseline and the expected likelihood of symptoms were associated with an increased odds of attributing symptoms to the tablet, OR = 1.07, 1.06, respectively. Anxiety, previous symptom experience, symptom expectations, and modern health worries were also important in predicting the number of symptoms participants attributed to the tablet.

CONCLUSION:
It is hard to predict who is at risk of developing nocebo responses to medicines from demographic or personality characteristics. Context-specific factors such as beliefs about and trust in medicines, current symptoms and symptom expectations are more useful as predictors. More work is needed to investigate this in a patient sample. Statement of contribution What is already known on this subject? Many patients report non-specific side effects to their medication which may arise through a nocebo effect. Whether some people are particularly predisposed to experience nocebo effects remains unclear. What does this study add? Demographic and personality characteristics are poor predictors of symptom attribution to a sham medicine. Instead, context-specific factors that concern people's beliefs surrounding medicines, their current symptoms, and symptom expectations are more useful as predictors of symptom attribution.


[拙訳]
目的:
薬に対するノセボ応答の可能性のある予測因子の範囲を調査する。

設計:
前向きのコホート研究。

方法:
合計203人の健康な成人ボランティアが、いくつかの副作用に関連することが知られている「処方箋なしで入手可能なよく知られた錠剤」として記載されている偽薬を服用する前に、症状の予期、人口統計、心理的因子、薬関連の信念、ベースラインの症状の測定を終了した。これらの測定とその後の症状の錠剤への帰因との間の関連性を、ジョイント・ロジスティクス及び切り捨てた(truncated)負の二項回帰分析から構成されるハードルモデルを用いて評価した。

結果:
男性は症状を錠剤に帰因させる上昇したオッズを有し(オッズ比:OR = 1.52)、そして高齢者は低下したオッズを有した(OR = 0.97)。現代の健康上の心配、薬が害を引き起こし、そして症状帰因のオッズの上昇(それぞれ OR = 1.02、1.10、1.09)に関連した薬への知覚された感受性の信念がを伴う薬関連の信念が重要であった。薬及び製薬企業における信頼は、症状の帰因のオッズを低下させた(それぞれ、OR = 0.91、0.88)。ベースライン時の症状の数及び予期される症状の可能性は、錠剤に帰因する症状の上昇したオッズ(それぞれ、OR = 1.07、1.06)に関連した。

結論:
人口統計又はパーソナリティの特性から、薬に対するノセボ応答を発症するリスクのある人を予測することは困難である。薬における信念や信用等の文脈特有の要因、現在の症状及び症状の予期が、予測因子としてより有用である。これを患者サンプルで調査するためには、より多くの作業が必要である。

寄稿の声明(Statement of contribution)
このテーマで既知なことは何ですか? ノセボ効果によって生じるかもしれない投薬への非特異的な副作用を多くの患者は報告する。一部の人々が特にノセボ効果を体験しやすいかどうかは不明である。
この調査では何が追加されますか? 人口統計又はパーソナリティの特性は、偽薬に対する症状の帰因の不十分な予測因子である。その代わりに、症状の帰因の予測因子として、薬を取り巻く人々の信念、現在の症状、及び症状の予期に関係する文脈特有の要因がより有用である。

注:i) 都合により拙訳において、Statement of contribution を結論から独立させて、形式を変更して示しています。これについては、「全文」における要旨を参照すると良いかもしれません。 ii) 拙訳中の「オッズ」及び「オッズ比」については、共に例えば次のWEBページを参照して下さい。 「有効性・安全性に関する統計用語集」 iii) 拙訳中の「負の二項回帰分析」及び「ハードルモデル」については、共に例えば次の資料を参照して下さい。 「ゼロの多いデータの解析:負の2項回帰モデルによる傾向の過大推定」 iv) 拙訳中の「ベースライン」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ベースライン baseline

(15) 「Does Googling lead to statin intolerance?[拙訳]Google 検索はスタチン不耐症をもたらすのか?」(ちなみに、標記スタチン不耐症[又はノセボ効果]の概略についてはここを参照して下さい)

BACKGROUND:
The nocebo effect, where patients with expectations of adverse effects are more likely to experience them, may contribute to the high rate of statin intolerance found in observational studies. Information that patients read on the internet may be a precipitant of this effect. The objective of the study was to establish whether the number of websites about statin side effects found using Google is associated with the prevalence of statin intolerance.

METHODS:
The prevalence of statin intolerance in 13 countries across 5 continents was established in a recent study via a web-based survey of primary care physicians and specialists. Using the Google search engine for each country, the number of websites about statin side effects was determined, and standardized to the number of websites about statins overall. Searches were restricted to pages in the native language, and were conducted after connecting to each country using a virtual private network (VPN).

RESULTS:
English-speaking countries (Australia, Canada, UK, USA) had the highest prevalence of statin intolerance and also had the largest standardized number of websites about statin side effects. The sample Pearson correlation coefficient between these two variables was 0.868.

CONCLUSIONS:
Countries where patients using Google are more likely to find websites about statin side effects have greater levels of statin intolerance. The nocebo effect driven by online information may be contributing to statin intolerance.


[拙訳]
背景:
副作用の予期を伴う患者はこれら(訳注:ノセボ効果)を経験する可能性が高い時、観察研究において見られる高い割合のスタチン不耐症にノセボ効果は寄与するかもしれない。患者がインターネットで読む情報は、この効果の要因となるかもしれない。本研究の目的は、Google を使用して見つかったスタチン副作用に関するウェブサイトの数がスタチン不耐性の有病割合と関連しているかどうかを確認することであった。

方法:
5大陸の13ヵ国におけるスタチン不耐症の有病割合は、プライマリケア医及び専門家の Web ベースの調査を介した最近の研究で確立された。各国の Google 検索エンジンを使用して、スタチン副作用に関するウェブサイトの数が決定され、そして全体としてのスタチンについてのウェブサイトの数に標準化された。検索は母国語のページに限定され、そして仮想プライベートネットワーク(VPN)を使用して各国に接続した後に実施された。

結果:
英語圏の国々(オーストラリア、カナダ、英国、米国)は、スタチン不耐症の有病割合が最も高く、そしてスタチン副作用に関するウェブサイトの標準化された数も最も多かった。これら2つの変数間の標本ピアソン相関係数は 0.868 であった。

結論:
Google を使用している患者はスタチン副作用に関するウェブサイトを見つける傾向が強く、これらの患者の国では高レベルのスタチン不耐症を有する。オンライン情報によって推進されるノセボ効果は、スタチン不耐症に寄与しているかもしれない。

注:i) 拙訳中の「ピアソン相関係数」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「相関(correlation)

(16) 「Rewarded placebo analgesia: A new mechanism of placebo effects based on operant conditioning.[拙訳]報酬を与えられたプラセボ鎮痛:オペラント条件づけに基づくプラセボ効果の新しいメカニズム」

BACKGROUND:
Placebo analgesia is explained by two learning processes: classical conditioning and observational learning. A third learning process, operant conditioning, has not previously been investigated as a mechanism of placebo effects. We aimed to induce placebo analgesia by operant conditioning.

METHODS:
Three groups of participants received electrocutaneous pain stimuli of the same intensity, preceded by either an orange or blue stimulus. In the conditioning phase of the study, participants from the experimental group were rewarded for low pain responses following one of the colour stimuli (placebo) and for high pain responses following the other colour stimuli (non-placebo). Moreover, they were punished when their pain responses were high following placebo stimuli and low following non-placebo stimuli. To investigate the role of contingency, that is dependent relation between rewards/punishers and pain responses, the random-control group received rewards and punishers in a non-contingent manner. The colour-control group did not receive any rewards or punishers to control for nonassociative learning. Pain intensity ratings were used as an outcome measure, and verbal feedback on pain ratings was used as rewards/punishers.

RESULTS:
When rewarding and punishment were stopped, only participants from the experimental group experienced less pain following the placebo than following the non-placebo stimuli; that is, placebo analgesia was found in this group. This effect was not extinguished during the study.

CONCLUSIONS:
Placebo analgesia can be induced by operant conditioning, which should be considered a third mechanism for producing placebo effects. Moreover, the contingency between pain responses and rewards/punishers is crucial to induce placebo analgesia through operant conditioning.

SIGNIFICANCE:
According to the current placebo literature, placebo analgesia can be explained by two learning processes: classical conditioning and observational learning. A third learning process, operant conditioning, has not previously been investigated as a mechanism of placebo effects. Our study reveals that patients can learn placebo analgesia as a result of operant conditioning, suggesting that randomized controlled trials could be improved by controlling the reinforcement that might occur spontaneously when patients interact with, for example, medical personnel.


[拙訳]
背景:
プラセボ鎮痛は、古典的条件づけ及び観察学習という2つの学習過程によって説明される。第3の学習過程であるオペラント条件づけは、プラセボ効果のメカニズムとしてこれまで調査されていない。オペラント条件づけによりプラセボ鎮痛を誘導することを我々は目的とした。

方法:
参加者の3つのグループは、オレンジ色又は青色のいずれかの刺激が先行する、同じ強度の皮膚電気痛み刺激を受けた。研究の条件づけ段階において、試験グループの参加者は、一方の色刺激(プラセボ)に続く低い痛みの応答及び他方の色刺激(非プラセボ)に続く高い痛みの応答に対し報酬が与えられた。さらに、プラセボ刺激に続く痛み応答が高い時、及び非プラセボ刺激に続く痛み応答が低い時に彼らは罰を与えられた。報酬/罰と痛みの応答との間の関係に依存する随伴性の役割を調査するために、ランダムな対照グループは随伴性が無い方法で報酬及び罰を受けた。色の対照グループは非連想学習を統制するための報酬や罰を受けなかった。痛み強度評価はアウトカムの測定として使用され、そして痛み評価に関する言語的フィードバックは報酬/罰を与えるものとして使用された。

結果:
報酬及び罰が中止された時、試験グループの参加者のみ、非プラセボ刺激の後よりもプラセボ刺激の後の方が、より少ない痛みを経験した。すなわち、プラセボ鎮痛がこのグループで見られた。この効果は研究中に消滅しなかった。

結論:
プラセボ鎮痛はオペラント条件づけによって引き起こされることが可能で、これはプラセボ効果を生じるための第3のメカニズムと見なされるべきである。さらに、痛み応答と報酬/罰との間の随伴性は、オペラント条件づけを通してプラセボ鎮痛を引き起こすために極めて重要である。

意義:
現在のプラセボ文献によると、プラセボ鎮痛は古典的条件づけと観察学習という2つの学習過程によって説明し得る。第3の学習過程であるオペラント条件づけは、プラセボ効果のメカニズムとしてこれまで調査されていない。患者が例えば医療従事者と接する時にひょっとして自発的に起こるかもしれない強化を統制することによってランダム化比較試験を改善できるだろうことを示唆する、オペラント条件づけの結果としてのプラセボ鎮痛を学習し得ることを、我々の研究は明らかにする。

注:i) 拙訳中の「古典的条件づけ」及び「オペラント条件づけ」については共に次のWEBページを参照して下さい。 「報酬予測 - 脳科学辞典」 加えて、上記オペラント条件づけに関連する、シックハウス症候群における「オペラント学習」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「観察学習」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「行動療法の研究例として観察学習を知ろう!」 iii) 拙訳中の「プラセボ鎮痛」については例えばここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「プラセボ効果で痛みが和らぐのはなぜか」 iv) 上記オペラント条件づけにおける引用中の「随伴性」については例えば次の資料を参照して下さい。 「オペラント学習と行動療法」の「行動療法と条件づけ」シート iv) 拙訳中の「ランダム化比較試験」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『「ランダム化比較試験」を知っていますか?

(17) [論文(全文)] 「Symptom perception, placebo effects, and the Bayesian brain[拙訳]症状の知覚、プラセボ効果、及びベイジアン脳(脳のベイズ理論)」の「1. Introduction」項 なお、標記「脳のベイズ理論」については例えば次の資料を参照して下さい。 「The Systematicity Argument 再考-Predictive Processing の観点から」の「4.2 Predictive Processing」項

The standard and ideal biomedical model of symptom perception treats the brain largely as a passive stimulus-driven organ. It embraces the notion that the brain absorbs sensory signals from the body and converts them, directly, into conscious experience. Accordingly, biomedicine operates under the assumption that symptoms are the direct consequences of physiological dysfunction and improvement is the direct consequence of the restoration of bodily function. Despite its success, the biomedical model has failed to provide an adequate account of 2 well-demonstrated phenomena in medicine: (1) the experience of symptoms without pathophysiological disruption, and (2) the experience of relief after the administration of placebo treatments. This topical review advances the idea that "predictive processing," a Bayesian approach to perception that is rapidly taking hold in neuroscience, significantly helps accommodating these 2 phenomena. It expands on recent high-quality empirical work on predictive processing1,7,19,24 and outlines, more broadly, how Bayesian models offer an altogether different picture of how the brain perceives symptoms and relief.


[拙訳]
症状の知覚の標準的かつ理想的な生物医学モデルは、脳を主に受動的刺激駆動臓器として扱う。それは、脳が身体からの感覚信号を吸収し、それらを直接的に、意識的な経験に変換するという考えを包含する。従って、症状は生理的機能不全の直接的な結果であり、そして改善は身体機能の回復の直接的な結果であるという仮定の下で、生物医学は運用する。その成功にもかかわらず、生物医学モデルは、医学で実証された2つの現象の適切な説明を提供できなかった: (1) 病態生理学的混乱のない症状の経験、及び (2) プラセボ治療の投与後の緩和の経験。神経科学において急速に定着しつつある知覚へのベイズ(理論)のアプローチである「予測的処理」が、これら2つの現象への適応に大きく役立つという考えを、このトピックのレビューは進展させる。これは、予測的処理に関する最近の質の高い実証的な研究 1、7、19、24 を発展させたものであり、より広い意味では、脳がいかに症状及び緩和を知覚しているかについて、ベイズ理論モデルがいかに全く異なる考えを提供しているかを概説する。

注:i) 引用中の文献番号「1」は次の論文です。 「A Bayesian perspective on sensory and cognitive integration in pain perception and placebo analgesia.」 ii) 引用中の文献番号「7」は次の論文です。 「Placebo analgesia: a predictive coding perspective.」 iii) 引用中の文献番号「19」は次の論文です。 「The periaqueductal gray and Bayesian integration in placebo analgesia.」 iv) 引用中の文献番号「24」は次の論文です。 「Open-Label Placebo: Reflections on a Research Agenda.」 v) 拙訳中の「予測的処理」については他の拙エントリのここの b) 項を参照して下さい。 vi) 拙訳中の「ベイズ理論モデル」については自閉スペクトラム症の視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 vii) 拙訳中の「知覚」については例えば他の拙エントリのここ、そして次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「知覚 - 脳科学辞典」 加えて、「構成主義的情動理論」の視点からは他の拙エントリのここにおける引用を参照して下さい。

加えて、標記論文(全文)の「5. Conclusions」項

Symptoms without a physical cause and relief through placebo intervention are anomalies for the biomedical model of disease. The Bayesian approach to perception explains and accommodates these 2 phenomena. It exposes placebo and nocebo effects, not as aberrant events, but as facets of the overall modus operandi of the nervous system. It shows, also, that these act on the same inferential processes as "real" disease and "real" treatments do. The implication of this approach is that, to be truly patient-focused, medicine must attend to the predictive process that lies at the basis of symptom perception, and thereupon evaluate what efficient courses of action can lead the brain to predict the body's health.


[拙訳]
物理的原因のない症状及びプラセボ介入による緩和は、疾患の生物医学的モデルに対する異常である。知覚に対するベイズ(理論)のアプローチは、これらの2つの現象を説明し、そして適応する。プラセボおよびノセボ効果を、異常なイベントとしてではなく、神経系の全体的なやり方の一面として、これらは顕在化する。 また、これらは「本物の」病気や「本物の」治療としての同じ推論プロセスに作用することも示す。このアプローチの含意するところは、真に患者に焦点を当てるために、医療は症状の知覚の基礎にある予測的処理に注意を払う必要があり、そしてその結果、どのような効率的な行動コースが脳が身体の健康を予測することを導き得るかを評価することである。

(18) 「Association of nocebo hyperalgesia and basic somatosensory characteristics in a large cohort[拙訳]大規模コホートにおけるノセボ痛覚過敏と基本的な体性感覚特性の関連」(全文はここを参照して下さい)

Medical outcomes are strongly affected by placebo and nocebo effects. Prediction of who responds to such expectation effects has proven to be challenging. Most recent approaches to prediction have focused on placebo effects in the context of previous treatment experiences and expectancies, or personality traits. However, a recent model has suggested that basic somatosensory characteristics play an important role in expectation responses. Consequently, this study investigated not only the role of psychological variables, but also of basic somatosensory characteristics. In this study, 624 participants underwent a placebo and nocebo heat pain paradigm. Additionally, individual psychological and somatosensory characteristics were assessed. While no associations were identified for placebo responses, nocebo responses were associated with personality traits (e.g. neuroticism) and somatosensory characteristics (e.g. thermal pain threshold). Importantly, the associations between somatosensory characteristics and nocebo responses were among the strongest. This study shows that apart from personality traits, basic somatosensory characteristics play an important role in individual nocebo responses, in agreement with the novel idea that nocebo responses result from the integration of top-down expectation and bottom-up sensory information.


[拙訳]
医学的転帰プラセボ及びノセボ効果に強く影響される。このような予期効果に誰が反応するかの予測は困難であることが証明されている。予測への最近のアプローチは、過去の治療経験及び予期、又はパーソナリティ特性という文脈におけるプラセボ効果に焦点を当てている。しかしながら、最近のモデルは、基本的な体性感覚特性が予期応答において重要な役割を果たすことを示唆している。従って、心理学的変数の役割だけでなく、基本的な体性感覚特性の役割も、本研究では調査した。この研究において、624人の参加者がプラセボとノセボの熱痛パラダイムを経験した。さらに、個々の心理的及び体性感覚特性を評価した。プラセボ応答との関連は確認されなかった一方で、ノセボ応答はパーソナリティ特性(例えば神経症傾向)及び体性感覚特性(例えば、熱痛覚閾値)と関連した。重要なことに、体性感覚特性とノセボ応答との間の関連は最も強い中のひとつであった。パーソナリティ特性は別として、ノセボ応答はトップダウンの予期とボトムアップの感覚情報の統合からもたらされるいう新しい考えと一致して、基本的な体性感覚特性が個々のノセボ応答において重要な役割を果たすことを、この研究は示す。

注:i) 引用中の「予測」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「体性感覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「体性感覚 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「神経症傾向」については例えばWEBページを参照して下さい。 「テレワークで満足を得られる人、得られない人 ─個人の性格による違い―」の「表1 ビッグファイブ・パーソナリティ特性」

(20) 「The placebo effect in asthma.[拙訳]喘息におけるプラセボ効果」(全文はここを参照して下さい)

The placebo effect is a complex phenomenon occurring across a variety of clinical conditions. While much placebo research has been conducted in diseases defined by self-report such as depression, chronic pain, and irritable bowel syndrome (IBS), asthma has been proposed as a useful model because of its easily measured objective outcomes. Studies examining the placebo response in asthma have not only contributed to an understanding of the mechanisms behind the placebo response but also shed an interesting light on the current treatment and diagnosis of asthma. This paper will review current literature on placebos in general and specifically on the placebo response in asthma. It focuses on what we know about the mechanisms behind the placebo effect, whether there is a specific portion of the population who responds to placebos, which patient outcomes are influenced by the placebo effect, and whether the effect can be augmented.


[拙訳]
プラセボ効果は様々な臨床的状況にわたって発生する複雑な現象である。抑うつ、慢性疼痛、及び過敏性腸症候群IBS)等の自己報告によって定義された疾患で多くのプラセボ研究が実施されてきたと同時に、喘息は容易に測定される客観的アウトカムのため有用なモデルとして提案されている。 喘息におけるプラセボ応答を調査した研究は、プラセボ反応の背後にあるメカニズムの理解に貢献するのみならず、喘息の現在の治療と診断に興味深い光も放つ。本論文では、プラセボ一般及び特に喘息におけるプラセボ応答についての現在流通している文献をレビューする。プラセボに反応する集団の特異的な部分があるのかどうか、どの患者のアウトカムがプラセボ効果により影響されるのか、そしてこの効果が増強されうるのかどうかのプラセボ効果の背後のメカニズムについて何を我々が知っているのかの焦点をあてる。

注:i) この引用に関連するかもしれない「喘息を含むアレルギー疾患における心理的因子の関与」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) この論文の「Which Patient Outcomes Are affected by the Placebo Response?」における記述の一部を次に引用します。

In light of the conflicting evidence generated by historical studies, Wechsler et al. sought to assess whether placebo interventions in asthma can lead to objective changes in airway caliber, self-reported subjective improvements, or both, beyond the changes in lung function and symptoms that are attributable to the natural history of the disease [45]. The effects of albuterol (an active bronchodilator), sham inhaler, sham acupuncture, and a no treatment control were compared in a randomized, double-blind, crossover study.


[拙訳]
歴史的研究によりもたらされる相反する証拠を考慮して、この疾患の自然史に帰する肺機能及び症状における変化を超えて、喘息におけるプラセボ介入が気道径における客観的な変化、自己報告の主観的改善、又はその両方をもたらし得るかどうかの評価を Wechsler 等は探求した[45]。ランダム化二重盲検クロスオーバー試験において、アルブテロール(活性気管支拡張薬)、偽の薬剤吸入器、偽鍼治療、及び対照の無治療の効果を比較した。

注:引用中の文献番号「[45]」は次の論文です。 「Active albuterol or placebo, sham acupuncture, or no intervention in asthma.」 加えてこの論文の簡単な紹介について、帚木蓬生著の本、「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」(2017年発行)の 第六章 希望する脳と伝統治療師 の「二十一世紀のプラセボ効果」における記述の一部(P135~P136)を以下に引用します。この引用における一連の結果は論文の Fig. 2 に示されているようです。 ii) 引用中の「ランダム化」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『「ランダム化比較試験」を知っていますか?』 iii) 引用中の「二重盲検」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「プラセボの不思議な効果」 iv) 引用中の「クロスオーバー試験」については例えば次の資料を参照して下さい。 「クロスオーバー試験の計画および解析

(前略)二〇一一年に発表された米国の実験の対象は、喘息患者でした。喘息には気管支拡張薬のアルブテロールが有効です。そこで慢性喘息患者三十九名を四群に分け、A群はアルブテロール吸入薬投与、B群にはプラセボの吸入薬投与、C群は偽鍼治療、D群は非介入としました。結果の解析には、客観的指標としてどれだけ空気を吐けるか調べるスパイロメトリーと、主観的指標として自己報告による症状改善度記録が使われました。
すると結果は、スパイロメトリーでは、A群でのみ20%の改善があり、BCD群ではともに0%でした。ところが自己報告による症状改善度では、A群50%、B群45%、C群46%の改善度を認めました。三群間に有意差はなしです。D群ではもちろん改善はありません。
この結果から導かれた結論は、「治療を受けているという実感が、症状に改善をもたらす」でした。言い換えると、治療という「儀式」が治療上、強力な力を持つのです。(後略)

以上は医学論文ですが、加えて、医学ではなく臨床心理学の位置づけのノセボ効果についての論文要旨を以下に引用します。

(a) 「Idiopathic Environmental Intolerance: A Comprehensive Model[拙訳]突発性環境不耐症:包括的なモデル」(全文はここを参照) ちなみに、 1) これは(医学ではなく)「臨床心理学」の論文なためか、PubMed 登録されていません。加えて、上記 PubMed 登録されていないことを含めて上記論文の続報的な位置づけになるかもしれない論文「Idiopathic Environmental Intolerance: A Treatment Model][拙訳]突発性環境不耐症:治療モデル」(Highlights を含む要旨、全文は次を参照 「Idiopathic Environmental Intolerance: A treatment model」)があります。ただしこの論文の拙訳はタイトルを除きありません。 2) 上記全文の Supplemental Online Material (SOM-R) の「Table S2 Description and main findings of brain imaging studies testing the effect of real and sham environmental stimuli on neuronal processes and behavioural measures (of affective evaluation and symptom experiences) in patients suffering from environmental intolerances (IEI) compared to healthy controls」において、Azuma(東賢一)等が著者である二つの論文もリストアップされています。これらの論文についてはそれぞれ他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

Idiopathic environmental intolerance refers to a group of poorly understood health conditions characterized by heterogeneous somatic symptoms that occur in response to environmental triggers, but for which no physiological causes can be found. We focus on three varieties, namely symptoms attributed to (1) chemical substances; (2) to electromagnetic fields; and (3) to infrasound and vibroacoustic sources. As no clear link with organ pathology or dysfunction has been established so far, we review critical evidence about alternative causal mechanisms as a platform for a novel unifying model of these conditions. There is consistent evidence that expectancy and nocebo mechanisms are critically involved. Using recent predictive coding models of brain functioning, we describe a comprehensive new model to explain how symptoms come about and become linked to specific environmental cues. This new model integrates phenomenally different pathologies, suggests testable new hypotheses and specifies implications for treatment.


[拙訳]
特発性環境不耐性とは、生理学的原因を見いだすことができない環境トリガーへの応答で生じる不均一な身体症状で特徴づけられる十分に理解されていない健康状態の一グループを指す。3つの多様性、すなわち次に起因する症状 (1) 化学物質; (2) 電磁界; そして (3) 超低周波及び振動音響源 に我々は焦点を当てる。これまでに臓器の病理又は機能不全との明確な関連が確立されていないため、これらの状態の新しい統合モデルのためのプラットフォームとして、代替の因果メカニズムに関する決定的なエビデンスを我々はレビューする。予期及びノセボのメカニズムが決定的に関与している一貫したエビデンスがある。最近の脳機能の予測的符号化モデルを使用して、どのようにして症状が起こり、そして特異的な環境の手がかりに結びつくかを説明する包括的な新しいモデルを我々は記述する。この新しいモデルは、現象的に異なる病理を統合した検証可能な新しい仮説を示唆し、そして治療への含意を明示する。

注:(i) 標記論文(全文)の「Changing The Sampling Strategy For Interoceptive Input」項における記述の一部で、内受容感覚の弁別に関連する治療又は対処法の候補例については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「予測的符号化」(predictive coding、又は「予測符号化」)については標記論文(全文)の「Figure 1」(P49)、そして次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 加えて、自閉スペクトラム症の視点からは他の拙エントリのここを、構成主義的情動理論の視点からは上記「予測的符号化」に関連する「予測」を含めて他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。なお、この論文に関連する上記「内受容感覚」(interoception、又は内受容)については他の拙エントリのここの c) 項を参照して下さい。一方、標記論文の著者である「Van den Bergh O」氏は2018年発行の次の論文(全文)の著者でもあります。 「Interoception and Mental Health: A Roadmap」 また、この論文(全文)については他の拙エントリのここも参照して下さい。 (iii) 引用中の「予測」と「ノセボ」との両方に関連する論文(全文)についてはここを参照して下さい。 (iv) 標記論文(全文)の内容の簡単な紹介を含む論文(全文)「Mechanisms underlying nontoxic indoor air health problems: A review」の「6. Concluding remarks」項における記述の一部を次に引用(【 】内)します。 【Van den Bergh et al. (2017a) have proposed a model of relevance for NBRS and CI, according to which the symptoms result from a nocebo process in which precise priors about potential harm from the environmental sources, in combination with imprecise or even absent prediction errors, shape the conscious experience of symptoms. Based on a learning process, somatic experiences are triggered by the environmental stimuli as a result of their association. The experiential, verbal, and contextual information that creates symptom expectation may also interact with trait-like characteristics of the individuals (e.g. negative affectivity and absorption), making them more vulnerable to develop/perceive symptoms.[拙訳]Van den Bergh et al. (2017a) は、NBRS と CI との関連モデルを提案しており、それによると、環境要因からの潜在的な害についての精度の高い事前(予測)と、不正確な、あるいは存在しない予測誤差との組み合わせにより、症状の意識的な経験を形成するノセボプロセスによって症状が引き起こされる。学習プロセスに基づいて、それらの関連の結果としての環境刺激によって、身体経験は誘発される。症状に対する予期を生じさせる経験的、言語的、及び文脈的情報も、個々人の特性的な特徴(例えば、否定的な影響力及び没入)と相互作用し、症状の発現/知覚に対して彼らををより脆弱にするかもしれない。】[注:a) 引用中の「Van den Bergh et al. (2017a)」は標記論文(全文)です。 b) 引用中の「NBRS」、「CI」はそれぞれ「非特異的ビルディング関連症状」、「化学物質不耐症」の略です。 c) 拙訳中の「精度の高い」に関連する「精度」については自閉スペクトラム症の視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 d) 拙訳中の「没入」についてはパーソナリティ特性の視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて解離の視点からは他の拙エントリのここを参照して下さい。] 加えて、標記論文(全文)にも関連する、論文(全文)『"Symptoms associated with environmental factors" (SAEF) – Towards a paradigm shift regarding "idiopathic environmental intolerance" and related phenomena[拙訳]「環境要因に関連する症状」(SAEF)–「特発性環境不耐性」及び関連する現象に関するパラダイムシフトに向けて』(要旨、全文はここを参照)が発表されました。上記要旨を以下に引用します。ちなみに下記以外に拙訳はありませんが、この論文を参照する様々な環境不耐症についての論文(全文)「Impact of comorbidity on symptomatology in various types of environmental intolerance in a general Swedish and Finnish adult population[拙訳]一般的なスウェーデン及びフィンランドの成人集団での様々なタイプの環境不耐症における症候学に関する併存症の影響」もあります。また、上記論文(全文)の「5. Conclusions」項において次に引用(【 】内)する記述があります。 【The present results suggest a very broad symptomatology in the various EIs that disfavors the notion of a specific exposure-related mechanism.[拙訳]特異的な曝露関連メカニズムの概念に不賛成な様々な EI(環境不耐症)において非常に広範な症候学を、今回の結果は示唆する。】 なお、上記「パラダイムシフト」の例としての「天動説から地動説へ」については例えば次のWEBページや YouTube を参照して下さい。 「第15回 パラダイム」の「パラダイムの使い方を実例で教えて!」項、「第66回 慢性痛の基礎理論① - 慢性の痛み講座 北原先生の痛み塾」の 04:08~ (v) 一方、拙訳中の「超低周波及び振動音響源」に関連するポリヴェーガル理論(他の拙エントリのここにおける「最初に」を参照)の視点からの「防衛状態中では、捕食者を知らせる騒々しい低周波音はより容易に検知できるだろう」ことについてはここを参照して下さい。

Health conditions characterized by symptoms associated with chemical, physical and biological environmental factors unrelated to objectifiable pathophysiological mechanisms are often labelled by the general term "idiopathic environmental intolerances". More specific, exposure-related terms are also used, e.g. "multiple chemical sensitivities", "electromagnetic hypersensitivity" and "candidiasis hypersensitivity". The prevalence of the conditions varies from a few up to more than 50%, depending on definitions and populations. Based on evolving knowledge within this field, we provide arguments for a paradigm shift from terms focusing on exposure and intolerance/(hyper-)sensitivity towards a term more in line with the perceptual elements that seem to underlie these phenomena. Symptoms caused by established pathophysiologic mechanisms should not be included, e.g. allergic or toxicological conditions, lactose intolerance or infections. We discuss different alternatives for a new term/concept and end up proposing an open and descriptive term, "symptoms associated with environmental factors" (SAEF), including a definition. "Symptoms associated with environmental factors" both is in line with the current knowledge and acknowledge the experiences of the afflicted persons. Thus, the proposed concept is likely to facilitate therapy and communication between health professionals and afflicted persons, and to provide a base for better understanding of such phenomena in healthcare, society and science.


[拙訳]
客観化し得る病態生理学的メカニズムとは無関係の化学的、物理的及び生物学的環境要因に関連する症状を特徴とする健康状態は、一般用語「特発性環境不耐症」でラベル付けされることが多い。より具体的には曝露関連の用語、すなわち「多種化学物質過敏状態(multiple chemical sensitivities)」、「電磁波過敏症(electromagnetic hypersensitivity)」及び「カンジダ過敏症(candidiasis hypersensitivity)」も使用される。これらの状態の有病割合は、定義や母集団に応じて、数パーセントから50%以上まで変化する。この分野で進化する知識に基づいて、曝露や不耐性/(超)過敏に焦点を当てる用語から、これらの現象の根底にあると思われる知覚要素に沿った用語へのパラダイムシフトの議論を、我々は提供する。確立された病態生理学的メカニズムによって引き起こされる症状、すなわち、アレルギー又は毒物学的状態、乳糖不耐症又は感染症を含めるべきではない。我々は、新しい用語/概念のさまざまな代替案について議論し、定義を含めた「環境要因に関連する症状(symptoms associated with environmental factors)」(SAEF)というオープンで記述的な用語を提案することになった。 「環境要因に関連する症状」は、現在の知識と一致しており、しかも患者の経験を認める。従って、提案された概念は、医療専門家と患者との間の治療とコミュニケーションを促進し、医療、社会、科学におけるそのような現象のより良い理解のための基盤を提供する可能性が高い。

次に、標記論文(全文、参照)の本文の「1.1. Possible explanatory mechanisms[拙訳]あり得る説明的なメカニズム」項における記述を次に引用します。

Three sources of evidence indicate where to look for an explanation of the experienced symptoms (for reviews of this evidence: [47] and more explicitly on IEI: [46]). Firstly, there is a lack of convincing evidence for the role of any physiological dysfunction caused by exposures to the environmental factors that could explain the symptoms. Secondly, carefully blinded exposure studies have shown that afflicted persons cannot reliably distinguish real from sham exposures and that symptom reporting in these studies is critically depending on (veridical or illusionary) knowledge that exposure took place [19]. Thirdly, a large array of well controlled experimental studies has demonstrated that expectation induction, either by associative learning (i.e. Pavlovian conditioning) and/or informational manipulations can cause the symptoms, both in healthy subjects and in afflicted persons [49,53]. However, the effects are typically larger in persons with symptoms and the effects in healthy persons are modulated by individual difference and context-related variables that are characterizing afflicted persons. These arguments strongly suggest that the symptoms result from nocebo mechanisms [46]. Nocebo mechanisms have been shown to recruit interoceptive brain areas that are also activated when peripheral physiological dysfunction is causing symptoms. Nocebo mechanisms can be understood within recent models of brain functioning that emphasize the active and constructive nature of the brain in creating adaptive models of the (internal and external) world. In these models, conscious experience is thought to emerge from the joint input of two counterflowing streams of information across several hierarchical levels of the brain. One downward stream reflects prior beliefs (implicit predictions of the brain), while an upward stream represents somatic input, creating prediction errors (that is, non-predicted somatic input) at multiple levels. Prediction errors are feedback to modify the models in the brain that generate new predictions. Both predictions and prediction errors are qualified by a reliability parameter (precision). In conditions with strong (highly precise) prior beliefs and imprecise prediction errors, symptoms may emerge that predominantly reflect the prior beliefs with relatively little to no impact from somatic input [24,46,47]. In addition, the notion of central sensitization has been advanced to explain more intense responses to exposures in afflicted persons compared to healthy persons [15]. However, besides conceptual and empirical problems with this explanatory concept [48], the more intense responses of afflicted persons may simply reflect that environmental factors have become learned sources of concerns and stress causing stronger affective responses upon exposure to them. In fact, the stronger affective responses may contribute to the imprecise interoceptive prediction errors that allow prior beliefs to dominate the conscious experience of symptoms [46,47].


[拙訳]
エビデンスの3つの情報源は、経験した症状の説明をどこで探すのかを示す(このエビデンスのレビューのために:[47]、及び突発性環境不耐症(IEI)に関してより明確に:[46])。第一に、症状を説明し得るだろう環境要因への曝露によって引き起こされる生理学的機能障害の役割について、説得力のあるエビデンスが不足している。第二に、慎重に盲検化された曝露の研究は、患者が本物の曝露と偽の曝露を確実に区別できないこと、及びこれらの研究における症状報告が曝露が行われた(真実的又は幻想的)知識に決定的に依存していることを示している[19]。第三に、十分に制御された多数の実験的研究は、連合学習(すなわち、パブロフ条件付け)及び/又は情報操作による予期の誘導が、健康な被験者と患者の両者で症状を引き起こし得ることを実証した[49,53]。しかしながら、症状を伴う人においては典型的に影響がより大きく、そして健康な人における影響は、個人差及び患者を特徴付ける文脈関連の変数によって調節される。これらの議論は、症状がノセボのメカニズムに起因することを強く示唆する[46]。ノセボのメカニズムは、末梢の生理学的機能障害が症状を引き起こしている時にも活性化される内受容の脳領域をリクルートすることが示されている。ノセボのメカニズムは、(内部及び外部)世界の適応モデルを生成する脳の能動的で構成的な性質を強調する脳機能の最近のモデル内で理解しうる。これらのモデルにおいては、意識的経験は、脳のいくつかの階層レベルにわたる情報の2つの逆流する情報のストリームのジョイント入力から現れると考えられている。 1つのダウンストリームは事前の信念(脳の暗黙の予測)を反映し、一方、アップストリームは身体入力を表し、複数レベルで予測誤差(つまり、予測されていない身体入力)を生成する。予測誤差は、新しい予測を生成する脳内のモデルを修正するためのフィードバックである。予測と予測誤差の両方が、信頼性パラメーター(精度)によって修飾される。強い(非常に正確な)事前の信念及び不正確な予測誤差がある状況では、身体入力からの影響が比較的少ないか全くない、主に事前の信念を反映する症状が現れることがある[24,46,47]。加えて、健康な人と比較して、患者におけるの曝露に対するより強い反応を説明するために、中枢性感作の観念が進歩した[15]。しかしながら、この説明的概念[48]の概念的及び経験的問題に加えて、環境要因が心配及びストレスの学習源になり、それらに曝露されるとより強い感情的応答を引き起こすことを単に反映しているかもしれない。事実、より強い感情的応答は、事前の信念が症状の意識的経験を支配することを可能にする不正確で内受容的な予測誤差が一因となっているかもしれない[46,47]。

注:i) 引用中の文献番号「15」は次の論文です。 「Chemical intolerance.」 ii) 引用中の文献番号「19」は次の論文です。 「Symptom Presentation in Idiopathic Environmental Intolerance With Attribution to Electromagnetic Fields: Evidence for a Nocebo Effect Based on Data Re-Analyzed From Two Previous Provocation Studies.」 iii) 引用中の文献番号「24」は次の論文です。 「Persistent Physical Symptoms as Perceptual Dysregulation: A Neuropsychobehavioral Model and Its Clinical Implications.」 iv) 引用中の文献番号「46」は次の論文です。 「Idiopathic environmental intolerance: A comprehensive model.」(全文はここを参照して下さい。加えてここも参照して下さい。) v) 引用中の文献番号「47」は次の論文です。 「Symptoms and the body: Taking the inferential leap.」 vi) 引用中の文献番号「48」は次の論文です。 「Central Sensitization: Explanation or Phenomenon?」 vii) 引用中の文献番号「49」は次の論文です。 「Can explicit suggestions about the harmfulness of EMF exposure exacerbate a nocebo response in healthy controls?」 viii) 引用中の文献番号「53」は次の論文です。 「Are media warnings about the adverse health effects of modern life self-fulfilling? An experimental study on idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF).」 ix) 拙訳中の「予測」及び「予測誤差」に関連する「予測的符号化」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」 加えて、構成主義的情動理論の視点からは他の拙エントリのここを、自閉スペクトラム症の視点からは他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。 x) 拙訳中の「パブロフ条件付け」に類似する「古典的条件づけ」については、不安の視点から次の資料を参照して下さい。 「不安と関連する障害における古典的条件づけの役割と意義 ―古典的条件づけの諸現象と連合学習理論の臨床的応用―」 加えて、拙訳中の「パブロフ条件付け」に類似する「恐怖条件づけ」については、次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」 xi) 拙訳中の「強い(中略)事前の信念」の一例になるかもしれないトラウマを負った方の(変容した)信念例「全世界がエイリアンだらけ」については次の資料を参照して下さい。 『東日本大震災県外避難者が描く「復興曲線」から見えてくるもの ─トラウマの視点から』の「3-2 身体の芯から感じる安全・安心」項

上記「防衛状態中では、捕食者を知らせる騒々しい低周波音はより容易に検知できるだろう」ことについて上記ポリヴェーガル理論に関連する資料「The polyvagal hypothesis: common mechanisms mediating autonomic regulation, vocalizations and listening[拙訳]ポリヴェーガル仮説:自律神経の調節、発声及びリスニングをメディエイトする共通のメカニズム」の「IX. Summary[拙訳]要約」項(P263)における記述の一部を次に引用します。

(前略)According to the theory, during defensive states, when the middle ear muscles are not contracted, acoustic stimuli are prioritized by intensity and during safe social engagement states, acoustic stimuli are prioritized by frequency. During safe states, hearing of the frequencies associated with conspecific vocalizations is selectively being amplified, while other frequencies are attenuated. During social interactions, the stiffening of the ossicular chain actively changes the transfer function of the middle ear, and functionally dampens low-frequency sounds and improves the ability to extract conspecific vocalizations.(中略)

During social interactions, the stiffening of the ossicular chain actively changes the transfer function of the middle ear, and functionally dampens low-frequency sounds and improves the ability to extract conspecific vocalizations.(後略)


[拙訳]
この理論によれば、防衛状態中では、中耳の筋肉が収縮していない時、音響刺激は強度によって優先され、そして安全な社会的関わり状態中では、音響刺激は周波数によって優先される。安全な状態中では、(動物の)同種の発声に関連する周波数の聴覚は選択的に増幅される一方で、他の周波数は減衰される。防衛状態中では、捕食者を知らせる騒々しい低周波音はより容易に検知できるだろう、そして(動物の)同種の穏やかな高周波数の発声はバックグラウンド音で隠れてしまう。(中略)

社会的交流中では、耳小骨連鎖強直は能動的に中耳の伝達機能を変化させ、そして低周波音を機能的に減衰させ、及び(動物の)同種発声を抽出する能力を改善する。

注:i) 標記「ポリヴェーガル仮説」に関連する、拙訳中の「この理論」に該当する「ポリヴェーガル理論」については、他の拙エントリのここにおける「最初に」を参照して下さい。 ii) 拙訳中の「社会的関わり」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項 ちなみに拙訳中の「社会的交流」は上記「社会的関わり」と大いに関連すると考えます。 iii) 拙訳中の「耳小骨連鎖強直」〔stiffening of the ossicular chain〕は上記「中耳の筋肉の収縮」〔contracting the middle ear muscles〕によるもののようです。上記資料中の「V. Impact of middle ear structures on sensitivity to conspecific vocalizations」項における次に引用[『 』内、ただし拙訳はありません]する記述[P260]を参照して下さい。 『Although the stiffening of the ossicular chain functions as a highpass filter by contracting the middle ear muscles and dampening the influence of low-frequency sounds on the inner ear, the physical characteristics of the ossicular chain also influence the acoustic energy reaching the inner ear.』

(b) 「Psychological models of development of idiopathic environmental intolerances: Evidence from longitudinal population-based data[拙訳]特発性環境不耐性の発症の心理学的モデル:縦断的な人口ベースのデータからのエビデンス」[注:「ハイライト」(Highlights)を以下に、そして要旨(注:PubMed 要旨はここを参照)をここにそれぞれ引用します]

Highlights
•Compares and integrates theories of Idiopathic Environmental Intolerances (IEI).
•Tests competing theories in a large longitudinal study (N = 1837).
•Correlations, but no cross-lagged associations of IEIs with neighboring constructs.
•Latent variable models indicate a strong commonality of different IEIs.
•We advocate for more attention on the nomothetic span of IEIs.


[拙訳]
ハイライト
・特発性環境不耐性(IEI)の理論を比較して統合する。
・大規模な縦断研究(N = 1837)において競合する理論をテストする。
・相関関係が有るが、IEI と隣接する構成要素との交差的時間差相関は無い。
・潜在変数モデルは、様々な IEI の強い共通性を示す。
・IEI の nomothetic span にもっと注意を払うことを、我々は提唱する。

注:i) 上記「Nomothetic span」については、論文(全文)「Construct Validity: Advances in Theory and Methodologya」の「Construct Representation and Nomothetic Span」項における以下に引用する記述を参照すると良いかもしれません。 ii) 拙訳中の「交差的時間差相関」に関連する「交差的時間差相関分析」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「大学生の移転可能なスキルの発達(Ⅱ) ――メタ認知に関わる変数と先行関係――」の「(5) 交差的時間差相関分析」項 iii) 拙訳中の「潜在変数」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「共分散構造分析」の「共分散構造モデルの導入 潜在変数を導入する」シート

Nomothetic span refers to the pattern of significant relations among measures of the same or different constructs (i.e., convergent and discriminant validity). Nomothetic span is in the domain of individual differences (correlation). It is particularly relevant to research concerning expected relationships among trait measures or measures of intellectual skills, neuropsychological variables, or measures of personality constructs. For example, IQ has excellent nomothetic span because individual differences in various measures of that construct all show similar meaningful patterns of relationship with other variables as expected (Whitely 1983).


[拙訳]
Nomothetic span とは、同じ又は異なる構成物(すなわち、収束的及び弁別的妥当性)の測定間の有意な関係のパターンを指す。Nomothetic span は個人差 (相関) の領域にある。これは、特性尺度又は知的スキルの尺度、神経心理学的変数、又はパーソナリティ構成要素の尺度の間の予期される関係についての研究に特に関連する。例えば, IQ は、その構成概念の様々な尺度における個人差が全て、他の変数との関係において期待されるものと同様の意味のあるパターンを示すため、優れた nomothetic span を有する (Whitely 1983) 。

注:i) 引用中の「Whitely 1983」は次の論文(全文)です。 「Construct Validity: Construct Representation Versus Nomothetic Span」 ii) 拙訳中の「収束的及び弁別的妥当性」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「妥当性 概念の歴史的変遷と心理測定学的観点からの考察」の「妥当性の三位一体感」項

The origin of idiopathic environmental intolerances (IEIs) is an open question. According to the psychological approaches, various top-down factors play a dominant role in the development of IEIs. The general psychopathology model assumes a propensity towards mental ill-health (negative affectivity) increases the probability of developing IEIs. The attribution model emphasizes the importance of mistaken attribution of experienced somatic symptoms; thus, more symptoms should lead to more IEIs. Finally, the nocebo model highlights the role of expectations in the development of IEIs. In this case, worries about the harmful effects of environmental factors are assumed to evoke IEIs.

We estimated cross-lagged panel models with latent variables based on longitudinal data obtained at two time points (six years apart) from a large near-representative community sample to test the hypothesized associations. Indicators of chemical intolerance, electromagnetic hypersensitivity, and sound sensitivity fit well under a common latent factor of IEIs. This factor, in turn, showed considerable temporal stability. However, whereas a positive association was found between IEIs and increased somatic symptoms and modern health worries six years later, the changes therein could not be predicted as hypothesized by the three psychological models. We discuss the implications of these results, as well as methodological aspects in the measurement and prediction of change in IEIs.


[拙訳]
特発性環境不耐性(IEI)の原因は未解決の問題である。心理学的アプローチによると、様々なトップダウンの要因が IEI の発症において支配的な役割を果たす。一般的な精神病理モデルは、精神的に不健康な(負の感情)傾向が IEI を発症する可能性を高めることを仮定する。帰属モデルは、経験した身体症状の誤った帰属の重要性を強調する。従って、より多くの症状がより多くの IEI につながるはずである。最後に、ノセボモデルは、IEI の発症における予期の役割を強調する。この場合、環境要因の悪影響についての懸念が IEI を引き起こすと仮定される。

仮定された関連を検証するために、大規模でほぼ代表的なコミュニティサンプルから2つの時点(6年間隔)で取得された縦断データに基づいて、潜在変数を用いた交差遅延パネルモデルを、我々は推定した。化学物質不耐性、電磁波過敏性、及び聴覚過敏症に対する指標は、IEI の共通の潜在的要因の下にうまく適合する。この要因は、順番に、かなりの時間的安定性を示した。しかしながら IEI の間で、増加した身体症状と6年後の現代の健康不安との間には正の相関が認められたのに反し、この変化はその点で3つの心理学的モデルによって仮定されたものとして予測できなかった。IEI での変化の測定及び予測における方法論的側面はもちろん、これらの結果の含意も、我々は議論する。

注:i) 拙訳中の(特発性環境不耐性における)「ノセボ」についてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「mistaken attribution」に類似するかもしれない「misattribution」(錯誤帰属又は誤帰属)については次のWEBページを参照して下さい。 「misattribution」、「誤帰属 misattribution

さらに、「嗅覚嫌悪条件づけ」に関連した日本語のWEBページ又は資料を次に紹介します。*39
① WEBページ:「行動分析学との遭遇(5)
② 資料:「低用量の有機溶剤を条件刺激とする嗅覚嫌悪条件づけ手続き
③ WEBページ:「行動を科学する‐「行動分析学」という学問‐動物実験から作業者への行動分析学的介入実験まで」(注:このWEBページには、ごく低濃度の化学物質の「ニオイ」が、記憶・学習機能にどのような影響を与えるのかを、行動分析学的試験法を用いて動物実験で調べていることについての記述があります。)

ちなみに、 a) 引用はしませんが、ラットにおける味覚-嗅覚学習の条件付けについての複数の英語の論文又は資料(全文)があり、タイトル及びその拙訳を以下に示します。 「Higher-order conditioning of taste-odor learning in rats: Evidence for the association between emotional aspects of gustatory information and olfactory information[拙訳]ラットにおける味覚-嗅覚学習の高次条件付け:味覚情報の情動的側面と嗅覚情報との間の関連性のエビデンス」、「Examination of validity of a conditioned odor aversion (COA) procedure using low-dose of organic solvent as an applied procedure of the conditioned taste aversion.[拙訳]味覚嫌悪条件付けの応用手続きとしての低用量の有機溶媒を使用した嗅覚嫌悪条件付け(COA)手続きの妥当性の調査」 加えて、人間のにおい嫌悪条件付けを含む日本語の資料「においのトラウマ記憶に関する実態調査ならびに実験的検討」もあります。 b) 強迫性障害強迫症、OCD)[他の拙エントリのリンク集参照(用語:「強迫性障害強迫症)、社交不安障害」)]と嫌悪条件づけの関連について、資料「強迫性障害の臨床像・治療・予後 ――難治例の判定,特徴,そして対応――」の はじめに の「1.OCD の病像」における記述の一部を次に引用します。 c) 加えて、強迫症の脳病態における1つの仮説として OCD-loop 仮説があります。これについて、次のWEBページの「OCDの脳機能的病態」項における記述の一部を以下に引用します。 「強迫症 - 脳科学辞典」。ちなみに引用はしませんが、この OCD-loop 仮説についての記述が次の資料にもあります。 「強迫症のニューロイメージング研究」の【OCD-loop仮説】項等 d) 強迫症状の誘発における機能神経画像法の研究のメタアナリシスについて、論文「Provocation of obsessive-compulsive symptoms: a quantitative voxel-based meta-analysis of functional neuroimaging studies.[拙訳]強迫症状の誘発:機能的神経画像法の研究の定量的なボクセルベースのメタアナリシス」の要旨を以下に引用します。

1.OCD の病像(中略)

一方,強迫行為や回避,巻き込みなどの行動的反応(安全探求行動)は,きっかけとなった嫌悪(恐怖)刺激の脅威,あるいは重大性をより強く意識させ,反応閾値が下がるとともに,それらの行動の合理化,必要性の正当化によって,さらにくり返されるという悪循環に陥ってしまう.このように,他の不安障害と同様の病的不安の関与,認知と行動の相互作用,強固な恐怖条件付けや消去不全などが,典型的 OCD 患者では観察される25).

注:i) 引用中の文献番号「25)」は、次の論文です。「Obsessive-compulsive disorder: beyond segregated cortico-striatal pathways.」 ii) 引用中の「恐怖条件付け」については、次のWEBページを参照して下さい。「恐怖条件付け - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「恐怖条件付け」に関連するかもしれない「恐怖反応」については、例えば、次のWEBページを参照して下さい。「行動分析学との遭遇(3)

OCDの脳機能的病態(中略)

OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら[27]による前頭葉—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、眼窩前頭前皮質(OFC)を主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接経路(背側前頭前野線条体淡蒼球視床下核淡蒼球視床—皮質)と直接経路(前頭眼窩面—線条体淡蒼球視床—皮質)に振り分ける尾状核において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果視床と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつ眼窩前頭前皮質、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たす前帯状皮質 (ACC)、辺縁系前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている[26]。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている[25](図3)。

注:i) 引用中の「(図3)」の引用は省略しています。一次情報である上記WEBページを参照して下さい。 ii) 引用中の文献番号「[27]」、「[25]」はそれぞれ次の論文です。「Neuroimaging and frontal-subcortical circuitry in obsessive-compulsive disorder.」、「Obsessive-compulsive disorder: beyond segregated cortico-striatal pathways.」(ただし、「[26]」については、一次情報である上記WEBページを参照して下さい。) iii) 引用中の「OCD-loop仮説」についても記述してる資料については次を参照して下さい。 「強迫症のニューロイメージング研究

次の引用は標記メタアナリシスの要旨です。

OBJECTIVE:
Recent functional magnetic resonance imaging (fMRI) and positron emission tomography (PET) studies based on the symptom provocation paradigm have explored neural correlates of the cognitive and emotional processes associated with the emergence of obsessive-compulsive disorder (OCD) symptoms. Although most studies showed the involvement of cortico-subcortical loops originating in the orbitofrontal cortex and the anterior cingulate cortex, an increased activity within numerous other regions of the brain has inconsistently been reported across studies. To provide a quantitative estimation of the cerebral activation patterns related to the performance of the symptom provocation task by OCD patients, we conducted a voxel-based meta-analysis.

METHODS:
We searched the PubMed and MEDLINE databases for studies that used fMRI and PET and that were based on the symptom provocation paradigm. We entered data into a paradigm-driven activation likelihood estimation meta-analysis.

RESULTS:
We found significant likelihoods of activation in cortical and subcortical regions of the orbitofrontal and anterior cingulate loops. The left dorsal frontoparietal network, including the dorsolateral prefrontal cortex and precuneus, and the left superior temporal gyrus also demonstrated significant likelihoods of activation.

CONCLUSION:
Consistent results across functional neuroimaging studies suggest that the orbitofrontal and anterior cingulate cortices are involved in the mediation of obsessive-compulsive symptoms. Based on recent literature, we suggest that activations within the dorsal frontoparietal network might be related to patients' efforts to resist the obsessive processes induced by the provocation task. Further research should elucidate the specific neural correlates of the various cognitive and emotional functions altered in OCD.


[拙訳]
目的:
症状誘発パラダイムに基づく最近の機能的磁気共鳴画像法(fMRI)及び陽電子断層撮像法(PET)の研究は、強迫性障害(OCD)症状の出現に関連する認知プロセスおよび情動プロセスの神経相関を探究している。大部分の研究は、眼窩前頭皮質及び前帯状皮質を端緒とする皮質-皮質下ループの関与を示したが、脳の他の多くの領域内での活性の増加は、研究を通して一貫して報告されていない。OCD 患者による症状誘発課題の実行に関連する脳活性化パターンの定量的評価を提供するために、我々はボクセルベースのメタアナリシスを実施した。

方法:
我々は、PubMed と MEDLINE データベースを検索したを検索し、fMRI と PET を使用し、症状挑発パラダイムに基づいた研究を捜した。我々はデータをパラダイム駆動の活性化可能性評価のメタアナリシスにコンピュータ入力した。

結果:
眼窩前頭及び前帯状ループの皮質及び皮質下領域における活性化の有意な可能性を我々は見出した。背側前頭前皮質及び楔前部を含む左背側前頭頭頂ネットワーク、そして左上頭側回も活性化の有意な可能性を示した。

結論:
機能的神経画像法研究を跨いだ一貫した結果は、眼窩前頭皮質及び前帯状皮質強迫症状の媒介に関与していることを示唆する。近年の文献に基づき、背側前頭頭頂ネットワーク内の活性化は、誘発課題によって引き起こされる強迫的な過程に抵抗する患者の努力にひょっとして関連していることを我々は示唆する。さらなる研究により、OCD において変化した様々な認知機能及び情動機能の特異的な神経相関を明瞭にすべきである。

注:i) 引用中の「機能的磁気共鳴画像法」及び「ボクセル」については、例えば次の pdfファイルを参照して下さい。「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 ii) 引用中の「陽電子断層撮像法」については、次のWEBページを参照して下さい。 「陽電子断層撮像法 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 v) 引用中の「強迫性障害」に相当する「強迫症」については、次のWEBページを参照して下さい。 「強迫症 - 脳科学辞典」 vi) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。

最後に、「私たちを,メディアが引き起こす恐怖の連鎖に呑み込まれやすくしている」ことについて、スーザン・M・オルシロ、リザベス・ローマー著、仲田昭弘訳の本、「マインドフルネスで不安と向き合う」(2017年発行)の 第1章 恐れと不安を理解する の「脅威をいくらでも考えて,思い出して,鮮やかに想像できてしまう」における記述の一部(P20~P22)を次に引用します。

脅威をいくらでも考えて,思い出して,鮮やかに想像できてしまう
人間の場合,必ずしも本物の差し迫った脅威に物理的または社会的に直面していなくても,恐怖を感じられます。面白い本に完全に没頭したり映画の世界に入り込んだりすると,自分の身は安全だと知っているのにドキドキして,主人公が真っ暗な部屋に入るにつれて自分も心配になってきますし,悪党が攻撃した瞬間に恐怖が最大になります。人間の心は,年中無休の映画館にちょっと似ています。寝ても覚めても,隠れた危険や恐れる結果をあらゆる種類でいくらでも鮮やかに想像できてしまいます。過去に怖かったまたは不安だった出来事も,いくつでも際限なく思い返しては上映できます。人間の心は,そうした出来事を見事にありありとよみがえらせるのが大得意なのです。
さらに困ったことに,恥ずかしかった出来事を蒸し返す,未来の破滅を想像するといったときに,距離を置いて客観的に眺めはしません。出来事を想像したり思い出したりするだけで不安を掻き立てる思考や身体感覚が溢れ出してきて,注意を背けたり逃げ出したりしたくなるほどです。例えば 門限を2時間過ぎても戻らない息子を不安な気持ちで待ちながら車が大破する事故を想像する母親は,自分を客観的に眺めないので,実際の事故現場に立ったときに感じるのと同じ胃の苦しさ,手の汗,口の渇きに苦しみかねません。夜ベッドに潜ってからその日に学校でとても恥ずかしい発表をしてしまった出来事を思い返している高校生は,クラスで耐えなければいけなかったのと同じ鼓動の速さをまたも経験するかもしれません。
記憶して想像する力はとても価値のある人間的特徴で,そのおかげで人間社会がさまざまな意味で飛躍的に発達したと言えるでしょう。しかし同時に,恐い出来事に無制限にアクセスできるようにもなってしまいました。心の中で無数の脅威に曝され続けると,本来それだけなら基本的な生存メカニズムとしてすっきり機能するはずの恐怖反応が,ずいぶん込み入ったものになってしまいます。
もう一点,脅威を鮮やかに想像できてしまう人間の力は,想像できる脅威は本当により起きやすいと思い込ませます9)。研究からは,視覚的に思い浮かべやすい出来事は実際に起きる見込みも高いと私たちが考えていることが示されています。進化的に見ると,そうした傾向は確かに生存に有利だったと言えるでしょう。なぜなら,写真技術が開発される前は,身近で最近目にした出来事を思い浮かべやすい人々のほうが,実際に生存しやすかったからです。村の誰かが木の実を食べて病気になった出来事を鮮やかに思い出せたなら,それに似た木の実は食べないほうがよさそうです。ところが24時間ニュースと携帯電話の動画が世界中の悲劇的な出来事を一つ残らず伝え続ける現代ともなると,実際に身近で起きる見込みがたとえどれほど低くても,いとも簡単に津波地震,疫病,児童誘拐,テロリストの攻撃といったものを想像できるようになってしまいました。かつては生存に適応的だった人間の特徴が,私たちを,メディアが引き起こす恐怖の連鎖に呑み込まれやすくしているのです。

注:i) 引用中の注釈「9)」の引用は省略します。この本を参照して下さい。 ii) 引用中の「メディアが引き起こす恐怖の連鎖」に関連するかもしれない「メディアの警告がもたらすノセボ効果」等については、例えばここ、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。 iii) 引用中の「人間の場合,必ずしも本物の差し迫った脅威に物理的または社会的に直面していなくても,恐怖を感じられます」に関連する「バーチャルな現実をつくり出す」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「恥ずかしかった出来事を蒸し返す」に関連する「過去のことをいろいろと思い出して、後悔を続ける」ことについてはここを参照して下さい。 v) 引用中の「視覚的に思い浮かべやすい出来事は実際に起きる見込みも高いと私たちが考えていることが示されています」に関連するかもしれない「取り越し苦労」についてはここを参照して下さい。

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≪余談8≫反すう、心配と回避との関連について

標記について、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(他の拙エントリのリンク集を参照、注:バーチャルな現実の視点を含む)の視点より、熊野宏昭著の本、「実践! マインドフルネス 今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン」(2016年発行)の 第3章 マインドフルネスの臨床研究 の マインドフルネスとACT の「反すうと心配」における記述(P048~P052)を以下に引用します。ちなみに、上記「ACT」はアクセプタンス&コミットメント・セラピーの略です。加えて、 a) 注意のシフト及びマインドフルネス瞑想の視点からの標記「反すう」(反芻)と「不安」について、佐渡充洋、藤澤大介編著の本、「マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本 医療者のための臨床応用入門」(2018年発行)の Ⅰ章 マインドフルネスの効果の機序 の 1 マインドフルネスとは何か? なぜ求められるのか? の ①臨床活用の文脈から の 4 不快な体験との新たな関わり方 -ICSモデルの観点から の「1 注意をシフトする」における記述の一部(P8~P10)を以下に引用します。 b) マインドフルネス認知療法の視点からの標記「反すう」(反芻)や「不安」にはまりこんでいる状態の時に有用かもしれない「脱中心化」について、同本の Ⅳ章 疾患・領域別アプローチ法 の 1 うつ病・不安障害 の 「3 作用機序」における記述の一部(P137~P138)を以下に引用します。さらに、「反すうや心配といったネガティブ・アフェクトを生み出す自己関連プロセスは,病的な認知プロセスである」ことについて、ステファン・G・ホフマン著、有光興記監訳の本、「心の治療における感情 科学から臨床実践へ」(2018年発行)の 第4章 自己と自己制御 の「臨床に関連するポイントの要約」における記述の一部(P85)を以下に引用します。その上に、 1) 標記「反すう」による即時的な影響として、「ポジティブ感情が低減する」こと、「ネガティブ感情が増幅する」こと、そして「問題解決能力が低下する」ことが挙げられることについては次の資料を参照して下さい。 「持続的注意課題中の反すう思考に影響を与える要因の検討」 2) 標記「反すう」と「心配」に関する「メタ認知療法の観点からみた抑うつと反すう,心配および実行機能の関連」については次の資料を参照して下さい。 「メタ認知療法の観点からみた抑うつと反すう,心配および実行機能の関連」 3) 標記「反すう」に関連する「ぐるぐる思考」から抜け出せないときの対象法の例は次のWEBページを参照して下さい。 『ぐるぐる思考から抜け出せないときの「タンポポのイメージワーク」とは/「つらい私」の対処法⑭

「反すうと心配」

今、うつ病や不安障害など認知行動療法のターゲットになる症状において、「反すう」と「心配」が非常に注目されています。この心配とか反すうという言葉は、日常用語で使われているのでわかりにくいのですが、学術用語としても使われています。
反すうは過ぎてしまった過去のことをいろいろと思い出して、後悔を続ける思考パターンです。これはやればやるほど、落ち込みが強くなっていきます。そうですよね。過去の失敗を思い返して、何度も何度も自分の中で反すうするわけです。そうして反すうしている内容はバーチャルな現実をつくり出すわけですから、考えれば考えるほど落ち込みますよね。
心配というのは、取り越し苦労のことです。「もし、ここで失敗して、こんなことが起こったら……うわ、もうダメだ」って、心配性の人はそういうことをまた考えて、不安になるんですよね。
「こんなことになったら困るから、起こらないように前もって手を打っておかないと。いや、もしかしたら、これも起こるかもしれない。いやいや、あれが起こる可能性が……」みたいな感じで、考えれば考えるほど本人は備えているつもりですが、どんどん不安が溜まっていきます。なるべく極端なことを考えて手を打っておこうと思うのですか、それがバーチャルな現実として感じられるので、ものすごく不安が強くなっていくわけです。

では、なんでそんなことをするのかというと、反すうをしていると自分がそのときに感じているつらさを感じなくてすむからなんですね。これは、もう究極の選択です。自分が感じている寂しさとか、悲しさとか、一人ぼっちな感じとか、そういったものをとにかく感じたくない、避けたいわけです。そうしたら、後で落ち込むことがわかっていても、反すうしているほうが目先で楽と思ってしまうわけですね。
不安障害もそうです。自分が今ここにいて、いろんな不安を抱えている。寄る辺なさとか、心細さとか、そういったことを感じていたくないわけですよね。だから先のことを心配して、心配して、そっちにのめり込むことによって、今ここで感じているつらさみたいなものから逃げる。私はそれに対して「目先の楽を手に入れて、長期的な苦しみを抱え込むことですよ」とよく言っているのですが、こういうことは頻繁に起こります。

大体、生活の中でうまくいかなくなるパターンというのは、ほとんどすべてがそうです。目先の楽を手に入れて、長期的な苦しみを抱え込むんですね。先ほどお話しした例の、不安で地下鉄に乗らないのも、そうですよね。「乗ったら10分で行きたい所に行けるのに。タクシーに乗っても行ける。けど、二千円かかっちゃうんだよな」。そこに地下鉄の赤坂見附の駅があるから、乗って行けばいいのに乗らない。「今日は乗らないでタクシーにしよう。今度から地下鉄に乗ろう」って思ったら、ホッとしますよね。「まあ、仕方ないや。でも地下鉄に乗ってひどい目にあったかもしれないから、それがなかったし、いいか」ってホッとする。でもそれをやっていると、少し後にお金が二千円かかるという苦しみも起きますし、いつまでたっても乗れるようにならないという長期的な苦しみも続きますよね。だから目先の楽を手にいれて、長期的な苦しみを抱えることになるのです。
うつの人は、「今日はちょっと調子がいいから職場に行ってみようかな」と思うわけですよね。「これぐらいなら行けるかも。いや、やっぱり面倒くさいな。職場に嫌な上司がいるんだよな。またなんか言うよ、あいつ。いや、でも行けるかも……いや、やっぱり嫌だな。いや、ちょっと今、心が折れそうだからやめよう」。そうすると、たぶんすごくホッとするわけです。「仕方ないか、今日はまあいいや。天気もいいし、今日はちょっと家でゴロゴロしていよう」と、目先の楽を手に入れてしまう。そうするといつまでたってもよくならないという、長期的な苦しみが待っているわけです。

この反すうや心配は重なっていきます。反すうをしていると、とりあえずそのときのつらい感じは感じなくてすむ。心配をしていると、とりあえずそのときの心細い感じや、寄る辺ない感じを感じなくてすむ。でも、そこで怖がっているものが、どれくらいのものなのかは知らないわけです。なぜ知らないのかと言えば、それは回避しているからです。回避というのは、行動しない、体験しない、ということです。ですから、実際にやってみたら全然違うことが起こるかもしれないわけです。でも、回避をしたら、それを経験する可能性がゼロになってしまいます。そうやって、ずっと問題が続いているのが、不安とか、うつとかの正体なんですね。

だから、実際はやってみればいいわけです。やってみて結果を見る。でも、それをさせないのか認知的フュージョンです。考えてバーチャルな現実をどんどんつくり出しますので、「いや、そんなこと、できるわけないよ」と思うわけですよね。でも、実際そこでやってみたら「あれ、思っていたほど大変じゃなかった。こんなに簡単だったんだ。なんで今まで怖がっていたんだろう」ということも起こるのです。
例えば一人になると孤独感を感じて、自分は壊れてしまうかもと思っている。でも一人になって、ずっと孤独感を感じてみようとすると、どこかでちょっとホッとするような感じが出てくる。「あれ、一人でいるのも、そんなに悲劇的なことではないんだな」と気づいたりします。でも回避している限りはわかりません。そこを切り替えていこうというのがマインドフルネスです。

注:(i) 引用中の「認知的フュージョン」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。加えて、「認知的フュージョン」を脱する「脱フュージョン」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 (ii) 引用中の「マインドフルネス」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「回避をしたら、それを経験する可能性がゼロになってしまいます。」に関連する、シックハウス症候群における「具合が悪くなるのが嫌で,問題の臭いがする状況を徹底的に避けてしまうと,レスポンデント学習が消去される機会がなくなるからである.」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iv) ちなみに、 a) 引用中の「うつ病」及び「不安障害」については共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。ただし「不安障害」は、用語「不安障害(不安症)」を使用して下さい。 b) 引用中の「バーチャルな現実」に関連する「象徴性」については例えば次の資料を参照して下さい。 「言語行動と関係フレーム理論」 c) 引用中の「反すう」及び「心配」をつくり出しているかもしれない「デフォルトモードネットワーク」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

1 注意をシフトする(中略)

我々は誰でも落ち込んだり不安になったりする。そのようなとき,その注意は「今」にない。どこにあるかというと,「過去」か「未来」である(図1)。たとえば自分の不用意な発言から顧客を怒らせてしまい,上司に多大な迷惑をかけている場面を想定してみよう。もしかすると上司から叱責され,ひどく落ち込んでいるかもしれない。そのような場合,注意は「過去」に飛んでいる。そして,「なんであんなことを言ってしまったのだろうか」,「あんなことを言わなければよかった」といった考えがグルグルと頭の中を反芻し,思考の渦に飲み込まれてしまう。そして思考が反芻すると,さらに落ち込み,落ち込むのでますますネガティブな思考が反芻するという悪循環が生じる。
一方で,注意が未来に飛ぶと,今度は不安になる。「また同じ失敗をしたらどうしよう」,「今度失敗するとクビになるかもしれない」といった思考が頭の中を反芻し,不安がさらに増すことになる。
そうした場合の対応策として,注意の対象を「今この瞬間」の何か別のもの-たとえば食事をしているのであれば食事そのもの,もしくは自分の呼吸,身体の感覚など-にシフトするという方法がある。そして,そこに注意をとどめ,直接的な感覚としてこれらを体験することで反芻は収まる。なぜなら,脳のワーキングメモリーの容量には限界があるため,今注意を注いでいる対象物についての情報処理でメモリーを使ってしまうと,反芻の情報処理で使われていたメモリーがなくなってしまうためである10)。
しかし,思考の反芻が起きているときに,注意をコントロールし,自分の意図するところにそれをとどめておくことは容易ではない。だからこそ,これにはトレーニングが必要なのである。そしてそのトレーニングの方法として瞑想が使われるのである。
瞑想というと,「頭の中を空っぽにする」というイメージを抱きがちであるが,必ずしもそうではない。瞑想では,呼吸や身体,音などの感覚に注意を向けていくが,そこに注意をとどめておくのは,普段でも簡単ではない。ものの1分もしないうちに他のことを考えていることに気づく。しかし注意が彷徨うのは脳の自然な現象であり,決して失敗ではない。マインドフルネスでは瞑想中に注意が彷徨ったとしてもそれを失敗ととらえず,注意がそれてもその行き先を認識し,そして再び元の場所へと戻す。何度それてもただ戻してくる。そうすることで徐々に注意をコントロールする力が身につき,仮に思考の反芻が始まったとしても,注意を意図するところにとどめることで反芻を抑えることが可能になるのである。

注:i) この引用部の著者は佐渡充洋です。 ii) 引用中の「図1」の引用は省略します。 iii) 引用中の「そして思考が反芻すると,さらに落ち込み,落ち込むので」は「そして思考が反芻すると,さらに落ち込むので」のタイプミスかもしれません。 iv) 引用中の文献番号「10)」は次の論文です。 「How does cognitive therapy prevent depressive relapse and why should attentional control (mindfulness) training help?」 v) 引用中の「ワーキングメモリー」に関連する「中央実行系」については次のWEBページを参照して下さい。 「中央実行系 - 脳科学辞典

3 作用機序

Teasdaleらはうつ病の再発予防のための認知行動療法プログラムを模索した結果,従来の認知行動療法ではなく,MBSRを基本としたプログラムであるMBCTを開発した。この大きな方向転換の際に念頭に置いていたのが,「脱中心化」という概念をプログラムに取り入れることであった。
ここではマインドフルネスを用いた治療介入の中核である「脱中心化」がどのような概念であるか,そしていかに重要であるがを認知行動療法の視点から説明する。(中略)

1 「脱中心化」とは-認知行動療法の視点で
人は落ち込むとき,意識が過去に飛ぶ。そして,「なぜ,あんなことをしてしまったのだろう。あんなことをしなければ,今頃こんなことにならなかったのに」といった思考が反芻を始める。そうするとそのことが頭から離れなくなり,気分もどんどん沈み込んでいく。一方,不安になると,今度は意識が未来に飛んで,そこで同じような反芻が起きる。「思考や感情を,自分自身や現実を直接反映させたものとして体験したり,解釈するのではなく,それらを心の中で生じた一時的な出来事としてとらえること」4)と定義される「脱中心化」の視点が,このような反芻にはまり込んでいる状態のときに有用であることは想像に難くない。「思いを,単なる思いにすぎないと認識する,という単純なことによって,あなたはゆがめられた現実から解放され,自分の人生をよりはっきりと見つめ,管理できるようになります」5)というKabat-Zinnの言葉のように,自分の思考や感情への囚われから抜け出し,正しく現実をとらえ,その状況に応じた対応が可能となる。
実際にTeasdaleらは治療によって抑うつの再発予防ができた場合,否定的な認知が浮かんでもそれが事実ではないことを認識して距離を置けるようになること,つまり「脱中心化」した視点を持てるようになることを見出した4)。そしてこの結果はマインドフルネスでも従来の認知行動療法でも共通していた。

注:(i) この引用部の著者は二宮朗です。 (ii) 引用中の「MBSR」(Mindfulness-Based Stress Reduction、マインドフルネスストレス低減法)については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「マインドフルネス なぜ医療現場で有用なのか エビデンスとその効果」の「MEMO❷ マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」項 (iii) 引用中の「MBCT」(Mindfulness-Based Cognitive Therapy、マインドフルネス認知療法)については次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネス認知療法」 なお引用はありませんが、この資料の「MBSR(マインドフルネス・ストレス低減法)への接近」シートには、引用中の「脱中心化」についての簡単な記述があります。 (iv) 引用中の文献番号「4)」は次の論文です。 「Metacognitive awareness and prevention of relapse in depression: empirical evidence.」 (v) 引用中の文献番号「5)」は次の本です。 「J・カバットジン,著,春木豊,訳:マインドフルネスストレス低減法.北大路書房, 2007, p106.」 (vi) 引用中の「思考や感情を,自分自身や現実を直接反映させたものとして体験したり,解釈するのではなく,それらを心の中で生じた一時的な出来事としてとらえること」に関連する、 a) 「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」ことについては次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」の「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」項(P43~P44) 加えて、引用中の「反芻」(反すう)や「思いを,単なる思いにすぎないと認識する」ことに関連する「自動思考をモニターし、思考を思考として捉えられるようになるだけで、自動思考への巻き込まれや反すうから抜け出たり、マインドフルに自分を見られるようになります。その効果は計り知れません。」との記述を有するツイートがあります。また、上記「自動思考」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『「働く女性全力応援セミナー」第1回 講演② 講演録』の「●自動思考という概念」項 b) 「全ての感情や自己イメージは、心の中の一過性の出来事にすぎない」ことについては次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの理解と実践」の「心理臨床への示唆」シート

臨床に関連するポイントの要約(中略)

●反すうや心配といった,ネガティブ・アフェクトを生み出す自己関連プロセスは,病的な認知プロセスである。反すうは過去の出来事に,心配は未来の出来事に注目している。どちらの思考スタイルも,映像よりも言語的なくり返しが多く,具体性を欠いていたり,有効でない問題解決の方法にこだわっていたりすることが特徴である。(後略)

注:引用元の本における引用中の「アフェクト」の説明について、同本の P12 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『私は「アフェクト」という用語は,「ある感情状態の感情価(快-不快)を定義する,その状態の「主観的経験(subjective experience)」を表現するために使用するのを推奨する。』

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≪余談9≫心気症について

標記「心気症」*40について、American Psychiatric Association 原著、滝沢龍訳の本、「精神疾患メンタルヘルスガイドブック DSM-5から生活指針まで」(2016年発行)の 第9章 身体症状症および関連症群 の 他の身体症状症および関連症群 の「病気不安症 Illness Anxiety Disorder」における記述(P146)を次に引用します。

病気不安症の人たちは病気である,または病気にかかりつつあるという考えにとらわれている。持続する不安やストレスを引き起こすこの障害は,これまで「心気症 hypochondriasis」という用語が用いられていた。自分の健康について心配することに多くの時間と労力をかける。彼らは健康上のリスクになったり,病気の人に出会ったりする状況(例えば,旅行)を避けるようにしていることもある。ビタミンや他のサプリメント類を摂取するなど健康的な行動に集中して,多くの時間とお金をかけていることもある。身体的な診察や検査では問題がないとわかっているが,彼らは安心せず,健康であると信じられない。もし身体疾患があったとしても,そのストレスに比べれば穏やかな症状であることが多い。
以下のような場合に診断される。
・重い病気である,または重い病気にかかりつつあるという過度の心配。
・身体症状は存在しない,または存在してもごく軽度である。他の身体疾患が存在する,または発症する危険が高い場合は,それに過度にとらわれてしまっている。
・自身の健康についての過度な不安と頻回な心配。
・病気の徴候を繰り返し調べるなど,過度に健康関連行動を行う。健康上の問題を確認したり,ないと判断したりする病院や医師を避ける。
・病気へのとらわれは,少なくとも6か月は継続しており,パニック症,全般不安症,醜形恐怖症などの他の精神疾患によらない。

注:i) 引用中の「心気症 hypochondriasis」は、DSM-IV から DSM-5 への改訂時に病気不安症(身体症状が存在しない又は存在してもごく軽度)と身体症状症(ごく軽度でない身体症状が存在する)とに分かれたようです。 ii) 引用中の「パニック症」については、他の拙エントリのリンク集(用語:「パニック障害」)を参照して下さい。 iii) 引用中の「全般不安症」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iv) 引用中の「醜形恐怖症」の別名でもある、「身体醜形障害」の簡単な説明については、貝谷久宜、佐々木司、清水栄司編著の本、「不安症の辞典」(2015年発行)の PART Ⅱ 不安症の診断と治療 の 第9章 不安症の周縁疾患 の「Q 身体醜形障害とはどのような病気ですか?」における記述の一部(P89)を次に引用(『 』内)します。 『身体醜形障害は、醜形恐怖または醜貌恐怖とも呼ばれ、客観的にはほとんど存在しない、または問題にならないほどの些細な身体的欠陥について過剰にとらわれてしまう病気です。』(注:この引用部の著者は土田英人です) v) 引用中の「病気不安症」は強迫スペクトラム障害の一部として捉えられるようになっていることについて、痛みの視点を含めて、名越泰秀、西原真理編集の本、「精神科医が慢性疼痛を診ると その痛みの謎と治療法に迫る」(2019年発行)の 第2章 精神科における痛みの見立て の B. 身体症状症による疼痛の病態 の「10 精神科からみた痛みの多様性」における記述の一部(P51)を次に引用します。

(前略)身体症状に対する囚われという強迫が痛みに関連することもある.ある身体知覚に対して,悪い病気の兆候ではないかと囚われて,健康状態に不安が高じていくと病気不安症(心気症)と診断される(ただし,DSM-5 では,身体症状がある場合は身体症状症と診断される).病気不安症(心気症)は近年では,1990年頃に Hollander らが提唱した強迫症を中心とする強迫スペクトラム障害 obsessive-compulsive spectrum disorders(OCSD)21) の一部として捉えられるようになっている.痛みの場合も,痛みに対する強いとらわれが認められる場合は,強迫の病態で理解できることも多い.(後略)

注:(i) この引用部の著者は富永敏行です。 (ii) 引用中の文献番号「21)」は次の論文です(注:PubMed では検索できません)。 「Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders: An Overview」 なお、上記「obsessive-compulsive spectrum disorders」(強迫スペクトラム障害)に言及している資料は例えば次を参照して下さい。 「強迫スペクトラム障害の展望 ――DSM-5 改訂における動向を含めて――」 また上記「強迫スペクトラム障害」に関連する、 a) 「強迫症に似た他の病気」としての「病気不安症(心気症)」について、原井宏明監修・著、岡嶋美代著の本「図解 やさしくわかる強迫症」(2022年発行)の 1章 強迫症(OCD)を理解しよう の 強迫症に似た他の病気 の 強迫症に似た仕組みの病気 の「病気不安症(心気症)」における記述(P60)を以下に引用します。 b) 「強迫症または関連症群」と引用中の「心気症」については共にここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「DSM-5」については例えば次の資料を参照して下さい。 「DSM‒5 病名・用語翻訳ガイドライン(初版)

病気不安症(心気症)…体の不調で病院で診察を受けて「異常なし」と言われても「見逃されているのではないか?」という不安にとらわれ、過度に心配します。他の医師にかかって同じ診断を受けても納得できず、次々と別の医師にかかります(ドクターショッピング)。病気のために死んでしまうのではないかというほどの恐怖に苦しみ、日常生活に支障をきたします。

注:引用中の「病気不安症」についての同 P60 における脚注の内容を次に引用(『 』内)します。 『※病気不安症…DSM-5(精神疾患の国際的な診断基準)で新たに採用された病名。心気症などが含まれる。』

加えて、心身症(WEBページ「心身症 - 脳科学辞典」を参照)と上記心気症の違いについて、「病気と死の恐怖」や病気に対する「予期不安、暗示、条件反射の影響」を含めて、山下格著、大森哲郎補訂の本、「精神医学ハンドブック 医学・保健・福祉の基礎知識 [第8版]」(2022年発行)の 1 主に心因によるもの の 1-2 神経症・ストレス関連障害 の Ⅱ.症状:さまざまな病型 の「c. 心気症(疾病恐怖)」における記述の一部(P36)を次に引用します。

人間は、社会的存在であるとともに、身体的存在でもある。その存在への脅威は、病気と死の恐怖につながる。病気と死は誰にも避けられないから、この恐怖は、古今東西を問わず最も日常的にみられる。臨床医はどの診療科においても、常にこの恐怖と、それにもとづく多種多様な愁訴と取り組んでいる。
この恐怖と愁訴は、体のことを気に病むという意味で伝統的に心気症とよびならわされてきた。その定義は、あらゆる身体的検査によって異常所見がみとめられないにもかかわらず、身体的自覚症状が執拗に訴えられることである。本章の心身症の項に、病気に対する予期不安、暗示、条件反射の影響をしるしたが(p.19)、それは心気症にもあてはまる。心身症と心気症の違いは、前者が他覚的変化をきたすのに対し、後者は自覚的訴えにとどまる点にある。もちろん両者の混在や併発は常にみられるので、厳密な区別は無理である。
日本でよくもちいられる自律神経失調症という診断名は、更年期障害などのように実際に自律神経機能の変調をきたす場合のほか、身体的検査で異常所見がみられないのに訴えがつづくとき、便宜的に使用されることが多い。
ICD-11では、これまで広い意味で心気症と言われていた状態を、身体的苦痛症と狭義の心気症に区別している。(後略)

注:(i) 引用中の「本章の心身症の項に、病気に対する予期不安、暗示、条件反射の影響をしるしたが(p.19)」についての引用は省略しますが、代わりに、 a) 上記「予期不安」に関連するパニック障害(パニック症)における「予期不安」については他の拙エントリのここを、 b) 上記「暗示」に関連する「暗示とその周辺問題」については資料「暗示とその周辺問題」を、 c) 上記「条件反射」についてはここを、これに関連する「条件付け」については他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。加えて、上記「予期不安、暗示、条件反射」については pdfファイル「Trim vol.221」中の村松芳幸著の資料「心療内科医からの心と身体の話」の「心身相関で現れる心理的要因として、5つの反応」項を参照すると良いかもしれません。 (ii) 引用中の「自律神経失調症」については次の資料を参照して下さい。 「自律神経失調症」 (iii) 引用中の(ICD-11における)「身体的苦痛症」については資料「身体的苦痛症または身体的体験症群」を、「心気症」については資料「強迫症または関連症群」の「4. 心気症(6B23)」項(P363)を それぞれ参照して下さい。

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≪余談10≫パブロフの犬において条件付け操作による条件反射が消え去ったことについて

下記の操作的な「洗脳」や自発的な「改心」からの視点を含めた標記について岡田尊司著の本、「マインド・コントロール 増補改訂版」(2016年発行)の 第五章 マインド・コントロールと行動心理学 の「条件反射を消す方法」項における記述(P166~P169)を次に引用します。

条件反射を消す方法

その驚くべき発見は、まったくの予期しない出来事によってもたらされた。幸運な偶然というよりも、不幸な災害といった方がよいだろう。一九二四年、レニングラードは大洪水に見舞われたのだ。パブロフの実験室も被害を免れなかった。大量の水が流れ込み、実験用に飼われていた犬たちも、機材や飼育カゴも浸水し、犬たちは逃げることもできず、あっぷあっぷ溺れかけたのである。そこへ間一髪、助手の一人が実験室にたどり着き、犬たちを救い出すことができた。
洪水が収まって、実験を再開しようとしたとき、パブロフたちは奇妙な事態が起きていることに気づく。ベルの音を聞いても、犬たちは反応しない。何度やっても同じだった。何と一旦獲得した条件反射が消えていたのだ。水に溺れかけるという衝撃的な出来事が、条件反射を消去してしまったと考えられる。
実際、パブロフが、もう一度、条件付け操作をし、条件反射が起きるようにしてから、また同じように部屋に水を注ぎこんで、生命の危機にさらされるという状況を作ってみると、やはり、獲得されたはずの条件反射は消え去っていた。
単に学習させた条件反射が消え去るだけでなく、他にも奇妙なことが起きることに気づいた。犬の性格が、まったく正反対に変化するということが、しばしばみられたのだ。とても大人しかった犬が、乱暴で、すぐに人を噛むようになったり、逆に、乱暴だった犬が、とてもおとなしくなったりした。
心的外傷体験によって、以前の条件付けが消去されるだけでなく、それとは真逆ともいえる状態が生じる現象を、パブロフは、「超逆説的段階」と呼んだ。
パブロフの研究が、ソビエトにおける洗脳技術の発展に果たした役割を研究した精神科医ウィリアム・サーガントによると、生存にかかわるような外傷体験によって、それまで信じてきた行動様式や価値観がまったく役に立たない事態に直面する中で、それが逆転してしまうような反応が誘発されるという。
信じてきたものが壊れたとき、別人のように振る舞いだすということは、しばしば経験することであり、サーガントの説明は、臨床的な実感と一致する。
極限状態に追い詰められることが、いい意味でも悪い意味でも、振る舞い方を百八十度変えるきっかけとなるのだ。言い方を変えれば、瀬戸際まで追い詰められたとき、既成のプログラムが解除され、プログラムの書き換えが起きやすくなるということだ。
操作的な「洗脳」においても、自発的な「改心」においても、何らかの極限状態が大きなきっかけとなったというケースは非常に多い。逆に言えば、極限状態がなければ、そうした価値観の逆転は起こりえないとも言える。
洗脳を目的として発展したさまざまな方法に共通するのも、過酷な極限状況にその人を追い詰めていくという点である。短い睡眠時問、乏しい栄養、孤独で隔絶された環境、不規則で予測のつかない生活、プライバシーの剥奪、過酷で単調なルーチンワーク、非難と自己否定、罵倒や暴力による屈辱的体験、苦痛に満ちた生活、快感や娯楽を一切許されないこと、理不尽で筋の通らない扱い等々。これでもかこれでもかと、苦痛と屈辱と不安が与えられる。
たとえば、禅宗の修行でも、導師が弟子に対する接し方は、極めて理不尽で、ほとんど無意味な虐待に近いという。その理不尽さと虐げることに意味があるのだ。新しい境地にたどり着くには、もっともらしい知識や肩書など何の役にも立たず、赤子のように無力だと感じる極限状況が必要なのだ。
宗教的修行と洗脳が、紙一重の行為であり、解脱も洗脳も、そこで起きていることは、既成の価値観の消去だという点では共通するのである。

注:i) 引用中の「パブロフ」が研究した引用中の(犬の)「条件反射」又はこれに関連する「古典的条件づけ」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「古典的条件づけ研究なんてまだやってるのと思っているあなたへ」、「『パブロフの犬』の脳内の仕組み解明」 ii) 引用中の「心的外傷」に相当する「トラウマ」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「禅宗」に関連するかもしれない、(光の中のマインドフルネス[参照]を含む)「仏教3.0の視点からのマインドフルネスの訓練」は、引用中の「極めて理不尽で、ほとんど無意味な虐待に近い」とは大きく異なると拙ブログ作者は考えます。加えて、藤田一照氏が提唱する「感じて、ゆるす仏教」は、「ガンバリズム」*41や「order & control」(命令して、コントロールする)とは異なると拙ブログ作者は考えます。なお、後者の詳細については、藤田一照、魚川祐司著の本、「感じて、ゆるす仏教」(2018年発行)を参照して下さい。ちなみに、同本を書評するエントリは次を参照して下さい。 「感じて、ゆるす仏教 (藤田一照 魚川祐司):当代一の禅問答」 加えて、上記「感じて、ゆるす」に関連するかもしれない「楽しいもの」について、同本の 第三章 「感じて、ゆるす」の人生論 の「仏教では人生はもっと面白い」における記述の一部(P289~P290)を次に引用します。

(前略)魚川(中略)これは私の大切な思い出なのですが、(中略)一照さんは、「仏教というのは生死の問題に取り組むということで、厳しい修行に耐えながら、歯を食いしばり気難しい顔で行うものであるようなイメージがある。でも、自分にとっては仏教というのは何よりも楽しいものとしてあるんだ。だから、飽きっぽい僕がまだやっているんだよ」ということを言われていた。これは、いまに至るまで、私が仏教のみならず、自分の人生を生きていく上で、指針としている言葉でもあります。

藤田 そんなこと言ったっけ? 忘れましたよ。いかにも言いそうなことだけど(笑)。(後略)

注:i) 引用中の「一照さん」は、引用元の本の著者でもある藤田一照氏を指します。 ii) (引用元の本の発行後の?)より最近では、上記「ゆるす」を「起こるがままに任せておく」という表現にしていることについては、藤田一照、プラユキ・ナラテボー著の本「仏教サイコロジー 魂を癒すセラピューティックなアプローチ」(2018年発行)の 第3章 インターミッション 座禅と瞑想 の 一照師→プラユキ師 座禅の割り稽古 の「アウトサイドインとインサイドアウト」における記述の一部(P205)を次に引用します。

(前略)プラユキ 「感じて、ゆるす」は、一照さんがよく使われる言葉ですね。
藤田 はい、最近は「ゆるす」と言うのは傲慢な響きがあるので、「起こるがままに任せておく」という表現にしています。(後略)

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≪余談11≫報酬予測と意思決定の神経機構(モデルフリープロセス及びモデルベースプロセス)について

標記報酬予測と意思決定の神経機構(モデルフリープロセス及びモデルベースプロセス)について、宮田久嗣、高田孝二、池田和隆、廣中直行編著の本、「アディクションサイエンス 依存・嗜癖の科学」(2019年発行)の 第2部 基礎研究の展開 の 6 報酬予測と意思決定の神経機構 の「6.2 モデルフリープロセス」及び「6.3 モデルベースプロセス」における記述の一部(P57~P60)を以下に引用します。ちなみに、 a) 「モデルフリー方略とモデルベース方略を扱う意思決定課題」に関する研究課題の例は次のWEBページを参照して下さい。 「身体反応が意思決定を修飾する神経メカニズム」 b) (以下の引用によると)標記「モデルフリープロセス」は条件付けにも関連します。

6.2 モデルフリープロセス

6.2.1 条件付けと意思決定
刺激と反応の関係が,先天的に1対1に決まっているようなら意思決定はいらない.逆に,1対1に決まっていないのなら,程度はともかく,刺激-反応関係の形成に後天的学習が必要になる.刺激-反応関係を後天的に形成する機能としては,条件付け(conditioning)が知られている.条件付けという用語は,本来,動物の行動変化を引き起こす手続きについてのものであり,刺激に報酬(あるいは罰)を随伴させることで,報酬(あるいは罰)に関連するすでに獲得している反応の頻度を上げる(あるいは下げる)手続きを,古典的(パブロフ型)条件付け,ある環境の中で特定の反応に報酬(あるいは罰)を随伴させることでその反応の生起頻度を変化させる手続きを,オペラント(道具的)条件付けと呼ぶ.条件付けを介する新たな刺激-反応連合の強度は,随伴する報酬(あるいは罰)の程度に依存しており,報酬の程度が大きいほど,一般的には刺激-反応連合強度も大きくなる.したがって,複数の選択肢から選択が行われる場合,刺激-反応連合強度の大きい方が選択されるということになる.バナナとイチゴから1つを選択する場合,バナナに対する反応強度とイチゴに対する反応強度のうち,その程度の強い方が選ばれることになる.別の見方をすると,予測されるバナナの報酬価とイチゴの報酬価は,反応強度に反映される.刺激や反応によって予測される報酬の程度のことを,神経科学では価値と呼ぶ.

6.2.2 価値の生成と大脳基底核ドパミン回路
1990年以降,脳における価値生成の神経メカニズムの理解は飛躍的に深まった.そのきっかけは,ケンブリッジ大学のシュルツ(Schultz)による報酬予測誤差信号の発見である1).
シュルツは,1980年代からサルを被験体として,中脳の黒質緻密部(substantia nigra pars compacta:SNc)にあるドパミン細胞(ドパミンを軸索末端から放出するニューロン)の単一ニューロン活動を記録してきた.ドパミン細胞は,サルに報酬を与えるとその活動を上昇させるが,音と報酬を使って古典的条件付けを施すと,もはや報酬の提示には応じなくなる.代わって,報酬に先行する音刺激(CS:conditioned stimulus(条件刺激))に対してニューロン活動は上昇するようになる(図6.1).この現象から,シュルツはドパミン細胞は報酬予測誤差をコードしていると結論付けた1).報酬予測誤差とは,それまでの経験から予測していた報酬の量(期待値)と実際に得た報酬量の差分のことである.実際に得た報酬量の方が多いと,予測誤差はプラスになり,少ないとマイナスになる.先ほどの例では,予期しないところ(予測報酬ゼロ)に実際に報酬が来ると,報酬予測誤差はプラスになり,ドパミン細胞は活動を上昇させる.しかし,条件付け後は,音刺激提示で十分予期されているところに報酬が提示されることになり,実際の報酬量-予測報酬量はゼロになるため,報酬提示時点では,ドパミン細胞の活動上昇はみられない.しかし,いきなり提示される音刺激には 活動を上昇させる.この発見は,学習に必要な教師信号を探していた当時の理論家にとって大きな発見となり,ロボット学習のために提案された強化学習理論が,実際の脳で働いている証拠であると考えられるようになった2).実際,その後,大脳基底核線条体ニューロンは,報酬予測情報をコードしていることが実験的に確かめられ,解剖学的に実在する線条体-SNcループが,報酬予測情報と報酬予測誤差情報のやり取りを介して,報酬予測の精緻化を行っていることが明らかになった3-5).すなわち,刻々と更新されるドパミン細胞からの報酬予測誤差情報を受け取り,大脳基底核線条体は報酬予測情報を,すなわち価値を生成していることになる.

6.2.3 報酬予測とハビット形成
大脳基底核線条体細胞が 報酬の予測に関わっていることは,その後も多くの研究により示されてきた.しかし,この細胞の情報が,我々の意識にのぼる価値情報なのだろうか? カリフォルニア工科大学の下條(Shimojo)らのグループの一連の実験によれば 選択をするということとそれを意識的に感じるということは別の回路の働きのようである6,7).たとえば,キム(Kim)らのfMRI実験では,好みの顔の価値に関わる信号は先に大脳基底核線条体に現れるが,それだけでは意識的な選択にはつながらず,好みに関わる信号が前頭前野に現れて初めて,選択行動が起こることを示している7).
大脳基底核の報酬予測情報は,何に使われるのだろうか? 1つわかっていることは,ハビット形成に関わっているということである.ハビットとは,条件付けの結果,刺激-反応連合強度が増し,刺激に対する反応が自動化してくる現象である.線条体では,報酬予測情報は,刺激と反応を結び付けるボンドのような役割を果たしており,それが強いほど強いハビット,すなわち生起頻度の高いハビットが形成される8).意思決定場面では,選択肢に向かう反応のうち,強くハビット化された方が選択されるわけである(たとえば,つい好きなものに手が出る).大脳基底核とSNcを結ぶ神経回路は,「報酬系」と呼ばれることが多いが,その「報酬」情報が単独で意識上に現れるという証拠はあまりない.行動的には,「報酬」の大きさは,この回路が生成するハビットの強さに反映されているようである9).

6.3 モデルベースプロセス

6.3.1 行動主義と認知主義
意思決定は,すべてハビットの競合によって決まるのだろうか? このことは,心理学における古くからの論争であり,行動主義と認知主義の問題に関わるように思われる.行動主義者は,刺激と反応の関係が,それらに随伴する報酬(あるいは罰)によって強化され,異なる刺激-反応連合の競合の結果,選択が行われる,と考えた.これは,サットン(Sutton)とバルト(Barto)が提案した強化学習理論2)とも基本的に一致する考え方である.それに対して,トールマン(Tolman)は,その潜在学習の研究から,行動を左右する学習は,報酬によって強化された刺激-反応連合だけではなく,報酬や罰を必ずしも伴わない,刺激も反応も含む環境内の事象間の連合学習によっても起こり得ると主張した10).トールマンの潜在学習の研究では,ラットに複雑な迷路学習を行わせたが,最初からゴールに餌を置いた群と,最初餌はなく途中から餌を置くようにした群とで学習成績を比べると後者の学習の方が早かった.トールマンは,ゴールに餌がない群のラットは,餌がなかった前半の試行で迷路内の構造を学習し,認知地図をつくることができたために,その後の餌付きの学習が促進されたと考えたのである10).
このような考え方は,後に,行動主義に対して認知主義と呼ばれるようになる。

6.3.2 モデルフリーとモデルベース
心理学では,行動主義と認知主義という異なる学習に対する考え方は,どちらがより正しいかで長い間論争が行われてきたが,それらの神経科学的メカニズムの理解が進むと,同じ脳の中に両方が共存していてもいいではないかと考えられるようになってきた.ケンブリッジ大学のバレイン(Balleine)とデッキンソン(Dickinson)は,条件付けの手続きで形成される行動はハビットであり,主に大脳基底核が関わるが,大脳皮質,特に前頭前野が関わる行動学習は,目標指向的行動であると主張した11).目標指向的行動とは,報酬の獲得や罰の回避といった目標が定まると,そこに到達するためにはどのような刺激-反応連鎖を行えばいいか逆算する情報処理プロセスである.目標指向的行動をより効率的に行うためには,日頃から環境情報を十分学習しておいた方が良いし,目標にたどり着くために長い連鎖が必要な場合は,それを一部抽象化しておくことが望ましい.プリンストン大学のドー(Daw)らは,これら2つの学習に関わる神経システムを理論神経科学の観点からモデル化し,大脳基底核のプロセスをモデルフリー,前頭前野のプロセスをモデルベースと呼んだ8).モデルフリープロセスは,強化学習里論,特に temporal difference(TD)学習でモデル化でき,条件付けやハビットが報酬によって形成される学習プロセスである.ここで形成される刺激-反応連合は,随伴する報酬の大きさと確率でその強度が決まり,その生起はなかば自動化される.一方,モデルベースプロセスでは,環境内の情報が認知地図のように組織化,またモデル化されているために,目標が決まれば,そこに到達できる事象の連鎖(状態遷移)が探索される.ここで使われる環境のモデルは,シミュレーション可能であり,実際にやってみなくてもモデル内のシミュレーションで最適の事象の連鎖を検証できる.ドーらは,モデルベベースプロセスの核は状態遷移学習にあり,これには大脳新皮質,特に前頭前野が重要な役割を果たすと考えた.

6.3.3 状態遷移学習とモデルベースシステム
ドーらはこれを検証するための行動課題も開発し,その行動を調べた12).2段階マルコフ判断課題(two-stage Markov decision task)と呼ばれる課題(図6.2A)では,第1段階(上段)で左の図形を選ぶと,第2段階(下段)では70%の確率で左の選択肢に進み,30%の確率で右の選択肢に進む.第2段階での選択では,選んだ図形ごとに報酬確率が決まっている.図6.2Bは,報酬があったかなかったかによって,その次の試行の第1段階の選択で,前の試行と同じ図形をどのくらいの確率で選ぶかを予想する図である.実験協力者がモデルフリー戦略をとった場合(図6.2Bの左のパネル)には,前の試行で報酬を得ることができたならば,第2段階が70%の確率側に行こうと30%の確率側に行こうと,次の試行では,前の試行の第1段階で選択した刺激と同じ図形を選ぶと考えられる(TD強化学習).逆に,報酬がなかったならば,次の第1段階の選択は,前の試行で選んだ図形とは異なる図形を選ぶと考えられる.つまり,条件付き確率を考えない「Win stay-Lose shift戦略」といえる.しかし,モデルベース戦略をとった場合(図6.2Bの右のパネル)には,第1段階の選択は,第1段階から第2段階に移行する確率も反映することになり,その試行で報酬を得ることができても,第2段階への移行が30%の確率側であった場合は,次の試行では第1段階で選択する図形を変える確率が上がると考える.前の試行で報酬がなければ,そのときの第2段階への移行が30%側であった場合には,70%側であった場合に比べ,次の試行の第1段階で選択を変える確率は下がると考える.つまり,第1段階から第2段階への遷移確率と報酬情報を組み合わせた条件性確率を考慮した戦略である。
ドーらは,実験協力者にMRIの中でこのような課題を遂行してもらい,そのときの脳活動を調べた12,13).実験協力者がモデルフリー戦略をとる場合には,課題探索中に報酬予測誤差情報が検出され,モデルベース戦略をとる場合には,報酬予測誤差情報に加え状態遷移予測誤差情報(第1段階から第2段階への移行の確率の学習のための誤差情報)が検出されると考えられる.実際,モデルフリー戦略をとっている場合には,報酬予測誤差情報を受け取る大脳基底核線条体が強く活動し,モデルベース戦略をとっている場合には,状態遷移学習に関係する大脳新皮質,特に前頭前野が強く活動していた.このことから,モデルベース戦略の核となる環境情報の状態遷移学習に前頭前野は重要な働きをしていることが示唆された.(後略)

注:(i) この引用部の著者は坂上雅道です。 (ii) 引用中の「図6.1」の引用は省略します。 (iii) 引用中の「2段階マルコフ判断課題」に関連する「図6.2A」及び「図6.2B」の引用は省略しますが、代わりに例えば次の論文(全文)を参照して下さい。 「Model-based influences on humans' choices and striatal prediction errors」及び「Comparison of the Association Between Goal-Directed Planning and Self-reported Compulsivity vs Obsessive-Compulsive Disorder Diagnosis」の共に Figure 1 (iv) 引用中の文献番号「1)」は次の論文です。 「A neural substrate of prediction and reward.」 (v) 引用中の文献番号「2)」は次の本です。 「Sutton RS, Barto AG. Reinforcement Learning : An Introduction. MIT Press ; 1998.」 (vi) 引用中の「3-5)」に対応する、 a) 文献番号「3」は次の論文です。 「Expectation of reward modulates cognitive signals in the basal ganglia.」 b) 文献番号「4」は次の論文です。 「A cellular mechanism of reward-related learning.」 c) 文献番号「5」は次の論文です。 「Representation of action-specific reward values in the striatum.」 (vii) 引用中の文献番号「6」は次の論文です。 「Gaze bias both reflects and influences preference.」 (viii) 引用中の文献番号「7)」は次の論文です。 「Temporal isolation of neural processes underlying face preference decisions.」 (ix) 引用中の文献番号「8)」は次の論文です。 「Uncertainty-based competition between prefrontal and dorsolateral striatal systems for behavioral control.」 (x) 引用中の文献番号「9)」は次の論文です。 「The neurobiology of punishment.」 (xi) 引用中の文献番号「10)」は次の論文です。 「Cognitive maps in rats and men.」 (xii) 引用中の文献番号「11)」は次の論文です。 「Goal-directed instrumental action: contingency and incentive learning and their cortical substrates.」 (xiii) 引用中の文献番号「12)」は次の論文です。 「Model-based influences on humans' choices and striatal prediction errors.」 (xiv) 引用中の文献番号「13)」は次の論文です。 「States versus rewards: dissociable neural prediction error signals underlying model-based and model-free reinforcement learning.」 (xv) 引用中の「モデルフリー戦略」、「モデルベース戦略」にそれぞれ類似する「モデルフリー方略」、「モデルベース方略」についての研究例は次のWEBページを参照して下さい。 「身体反応が意思決定を修飾する神経メカニズム」  (xv) 引用中の「モデルフリー」、「モデルベース」及び引用中の「古典的(パブロフ型)条件付け」に関連する「モデルベース強化学習・モデルフリー強化学習のバランス」については共にここを参照して下さい。

加えて、「モデルベース強化学習・モデルフリー強化学習のバランスと精神障害」について、国里愛彦、片平健太郎、沖村宰、山下祐一著の本、「計算論的精神医学 情報処理過程から読み解く精神障害」(2019年発行)の 第3部 精神疾患への適用事例 の 第12章 強化学習モデルを用いた計算論的精神医学研究 の「12.5 モデルベース強化学習・モデルフリー強化学習のバランスと精神障害」における記述(P249~P251)を次に引用します。

本章でこれまで紹介した研究事例はモデルフリーな強化学習を想定したものであったが,モデルベース強化学習精神障害の関係を報告した研究も増えてきている(モデルベース強化学習とモデルフリー強化学習こついては第6章8節を参照)。Culbreth,Westbrook,Daw,Botvinick,& Barch(2016)は統合失調症の患者を対象に,Daw et al.(2011)の2段階マルコフ決定課題(第6章8節を参照)を実施し,モデルベース強化学習とモデルフリー強化学習のバランスが後者に偏ることを報告している。モデルフリーな学習と制御は線条体を含む大脳基底核,モデルベースな制御は背外側前頭前野(dorsolateral prefontal cortex: dlPFC)で担われていると考えられており,この Culbreth らの結果は,統合失調症における前頭前野の機能低下を反映していると考えられる。ただし,腹側線条体の活動はモデルフリー強化学習のみでなく,モデルベース強化学習によっても修飾されることも示されており(Daw,Gershman,Seymour,Dayan,& Dolan,2011),統合失調症線条体におけるドーパミン異常の影響も否定できない。
モデルフリー強化学習への偏りは他の疾患の患者でも報告されている。特に,過食性障害,覚せい剤使用障害,強迫性障害等の患者でモデルフリー強化学習の比重が高くなることが報告されている(Voon et al., 2014)。モデルフリー強化学習は過去に形成されたハビット(習慣)を繰り返す行動につながる。ハビットの影響の強い個人がこれらの精神障害につながると Voon らは考えているが,その因果関係は検討の余地がある。また,選択されていない行動の価値が減衰する忘却の効果,同じ選択肢を繰り返す固執傾向の効果等,モデルに含められていない計算論的要素がモデルフリー・モデルベースのバランスを決めるパラメータの推定値にバイアスを与えることも指摘されている(Toyama,Katahira & Ohira,投稿中)。モデルフリー強化学習への偏重の傾向も,疾患によって異なる行動特性を反映している可能性があり,これらの結果の解釈には注意が必要である。
モデルベース強化学習の機能の低下は,前述のように多くの精神障害に共通する現象であることがわかってきた。この事実は複数の疾患カテゴリーの境界があいまいであり,既存の疾患カテゴリーに基づく研究が不適切なものである可能性も示唆している(第8章参照)。そこで Gillan et al.(2016)は一般集団を対象にした大規模なオンライン実験により,強迫性障害傾向,抑うつ傾向,不安傾向,過食傾向,衝動性,統合失調型パーソナリティ傾向と,様々な疾患カテゴリーにまたがる質問項目の回答をとりながら,Daw et al.(2011)の2段階マルコフ決定課題を実施した。その結果,強迫性障害,衝動性,過食性障害,アルコール依存のスコアとモデルフリー偏重の程度の間に有意な相関が示された。
さらに Gillan らは疾患カテゴリーを取り払って全質問項目を因子分析にかげけ,3つの因子を抽出した,そのうち,衝動的行動や侵入思考(強迫観念)を反映する因子のスコアがモデルフリー強化学習への偏重と関係した。さらにその因子スコアがモデルフリー強化学習偏重の程度を,既存の疾患カテゴリーのスコアと比べてよりよく説明した。この研究は従来の診断による疾患カテゴリーにとらわれない次元的な研究方略(第8章参照)に基づく計算論的精神医学研究であるという点において画期的な試みであるといえよう。

注:i) 引用中の「第6章8節」、「第8章」の引用は省略します。ただし、引用中の「2段階マルコフ決定課題」についてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「Culbreth,Westbrook,Daw,Botvinick,& Barch(2016)」は次の論文です。 「Reduced model-based decision-making in schizophrenia.」 iii) 引用中の「Daw et al.(2011)」、「Daw,Gershman,Seymour,Dayan,& Dolan,2011」は共に次の論文です。 「Model-based influences on humans' choices and striatal prediction errors.」 iv) 引用中の「Voon et al., 2014」は次の論文です。 「Disorders of compulsivity: a common bias towards learning habits.」 v) 引用中の「Toyama,Katahira & Ohira,投稿中」は次の論文です。 「Biases in estimating the balance between model-free and model-based learning systems due to model misspecification」 vi) 引用中の「Gillan et al.(2016)」は次の論文です。 「Taking Psychiatry Research Online.」 vii) 引用中の「腹側線条体」については次のWEBページを参照して下さい。 「腹側線条体 - 脳科学辞典」 viii) 引用中の「統合失調型パーソナリティ」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「統合失調型パーソナリティと統合失調症の連続性」 ix) 引用中の「ハビット」についてはここを参照して下さい。 x) 引用中の「強迫観念」についてはここを参照して下さい。

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***** 臨時の記事 *****
スペースの関係上、ミニ情報においては書ききれない記事等をあえてここに記述します。掲載期間は数日~数年を予定していますが、状況に応じてさらに延びるかもしれません。

(1)慢性痛のサイエンスについて(2018-08-15 に公開)
半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)からの複数の引用を主に活用して、標記についての記事を以下に紹介します。ただし、上記複数の引用は、負情動、報酬系等を含む脳科学又は神経科学、非器質性の慢性痛(Dysfunctional Pain)及び人間に対する哲学等の視点[例えば「脳科学・神経科学の観点から慢性痛を解読する 書評者:高橋和久 - 慢性痛のサイエンス」も参照]から選択されています。要するに、主に「非器質性の慢性痛(Dysfunctional Pain)」を対象として紹介しています。なお、 a) 非器質性慢性痛を含む慢性痛の挑戦について次に示すWEBページがあります。 「慢性痛への挑戦 サイエンスの視点から新たな治療戦略を考える」 b) 慢性疼痛治療ガイドラインについては次の資料を参照して下さい。 「慢性疼痛治療ガイドライン」 一方、同本の著者へのインタビューについては次のWEBページを参照して下さい。 「慢性痛への挑戦 - サイエンスの視点から新たな治療戦略を考える」 また「慢性の痛み講座」としての YouTube は次を参照して下さい。 「慢性の痛み講座 北原先生の痛み塾

(a) 最初に、慢性痛の定義及び脳科学を含む非器質性の慢性痛の説明に必要な予備知識の概略について紹介します。前者について、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の 第1章 慢性痛とは何か の I 慢性痛の定義と分類 の「1. 慢性痛の定義」における記述の一部(P2)を次に引用します。

1. 慢性痛の定義
慢性痛は,IASP によって「治療に要すると期待される時間の枠組みを超えて持続する痛み,あるいは進行性の非がん性疾患に関する痛み」と定義されている1).これは 1987年に Bonica JJ によって定義された分類であるが,現在でもこの定義が用いられている.
慢性痛とは発症から何か月後からを指すのか,どういう症状が慢性痛かなど,明確な期間や症状を定めた基準はない.しかし通常は発症から3か月以上続く痛みと考えられている.痛みが強くて日常生活に支障が出るような難治性の痛みは,期間が短くても慢性痛と考えられている.

注:i) 引用中の「1)」は次の論文です。 「Importance of effective pain control.」 ii) 引用中の「慢性痛」や「IASP」に関連する「IASP慢性疼痛分類とICD-11コード」については例えば次の資料を参照して下さい。 「ICD-11時代のペインクリニック―国際疼痛学会(IASP)慢性疼痛分類に学ぶ」の特に「表1 IASP慢性疼痛分類とICD-11コード」(P92)

一方、慢性痛を発生機序のうえから3つに分類する、すなわち、①侵害受容性、②神経障害性、③非器質性に大きく分類することについて、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の 第1章 慢性痛とは何か の I 慢性痛の定義と分類 の「1. 慢性痛の定義」の図 1-1 における記述(P3)を形式を変更して次に引用します(ただし、図 1-1 そのものの引用は省略します)。

慢性痛を発生機序のうえから3つに分類する
侵害受容性の慢性痛には,変形性関節症,関節リウマチなどがあり,神経障害性の慢性痛には,腰椎椎間板ヘルニア,脊髄損傷後の痛み,中枢性脳卒中後療病などがある.非器質性の慢性痛,dysfunctional pain は新しい概念である.慢性腰痛,線維筋痛症などが代表的な例である.

注:引用中の「非器質性の慢性痛,dysfunctional pain」についてはここを参照して下さい。加えて、引用中の「器質性の慢性痛」の概略(標記における後者の一部)について、同「1. 慢性痛の定義」における記述の一部(P3)を次に引用します。

(前略)③非器質性の慢性痛は,痛み研究の長い歴史の中で「痛みの謎」と呼ばれてきた.メカニズムが不明で,解けない謎として扱われてきたからである.うつ状態,意欲の低下,睡眠障害,孤立感など負情動を反映した病像が全面にみられる.機能的脳画像法によって,ようやくこの慢性痛の脳内機構が明らかになり,それに基づいて,認知行動療法,マインドフルネスストレス軽減法,薬物療法運動療法,脳刺激法など,さまざまな治療法が開発されている.

注:i) 引用中の「マインドフルネスストレス軽減法」についてはここを参照して下さい。なお「マインドフルネスストレス軽減法」は、正式には「マインドフルネスストレス低減法」(Mindfulness-based stress reduction : MBSR)と呼ばれます。一方、認知行動療法と上記マインドフルネスストレス低減法を組み合わせて疼痛用に修正した治療抵抗性慢性疼痛に対するマインドフルネス認知療法については次の資料を参照して下さい。 「治療抵抗性慢性疼痛に対するマインドフルネス認知療法の試み」 一方、腰痛治療のためのマインドフルネスストレス低減法のシステマティック・レビュー「Mindfulness-Based Stress Reduction for Treating Low Back Pain: A Systematic Review and Meta-analysis.」の要旨を以下に引用します。 ii) 引用中の「負情動」に関連するトラウマの視点からの「情動」については他の拙エントリのここここを参照して下さい。加えて、引用中の「負情動」(特に痛み情報)について、同本の 第2章 慢性痛のメカニズム の I 痛みを伝える情報伝達系 の「5) 扁桃体:負情動形成の中心」における記述の一部(P26~P27)、 同本の 図 2-6 (P28)における記述の一部、及び同「5) 扁桃体:負情動形成の中心」における記述の一部(P28~P29)を それぞれ以下に引用します(上記図 2-6 における記述の一部は形式を変更して引用します)。

(注)次は、腰痛治療のためのマインドフルネスストレス低減法のシステマティック・レビュー「Mindfulness-Based Stress Reduction for Treating Low Back Pain: A Systematic Review and Meta-analysis.」の要旨の引用です。

BACKGROUND:
Mindfulness-based stress reduction (MBSR) is frequently used to treat pain-related conditions, but its effects on low back pain are uncertain.

PURPOSE:
To assess the efficacy and safety of MBSR in patients with low back pain.

DATA SOURCES:
Searches of MEDLINE/PubMed, Scopus, the Cochrane Library, and PsycINFO to 15 June 2016.

STUDY SELECTION:
Randomized controlled trials (RCTs) that compared MBSR with usual care or an active comparator and assessed pain intensity or pain-related disability as a primary outcome in patients with low back pain.

DATA EXTRACTION:
Two reviewers independently extracted data on study characteristics, patients, interventions, outcome measures, and results at short- and long-term follow-up. Risk of bias was assessed using the Cochrane risk-of-bias tool.

DATA SYNTHESIS:
Seven RCTs involving 864 patients with low back pain were eligible for review. Compared with usual care, MBSR was associated with short-term improvements in pain intensity (4 RCTs; mean difference [MD], -0.96 point on a numerical rating scale [95% CI, -1.64 to -0.34 point]; standardized mean difference [SMD], -0.48 point [CI, -0.82 to -0.14 point]) and physical functioning (2 RCTs; MD, 2.50 [CI, 0.90 to 4.10 point]; SMD, 0.25 [CI, 0.09 to 0.41 point]) that were not sustained in the long term. Between-group differences in disability, mental health, pain acceptance, and mindfulness were not significant at short- or long-term follow-up. Compared with an active comparator, MBSR was not associated with significant differences in short- or long-term outcomes. No serious adverse events were reported.

LIMITATION:
The number of eligible RCTs was limited; only 3 evaluated MBSR against an active comparator.

CONCLUSION:
Mindfulness-based stress reduction may be associated with short-term effects on pain intensity and physical functioning. Long-term RCTs that compare MBSR versus active treatments are needed in order to best understand the role of MBSR in the management of low back pain.


[拙訳]
背景:
マインドフルネスストレス低減法(MBSR)は、疼痛関連の異常を治療するためにしばしば用いられるが、腰痛に対するその効果は不確実である。

目的:
腰痛を伴う患者における MBSR の有効性と安全性を評価する。

データソース:
2016年6月15日までの MEDLINE/PubMed、Scopus、Cochrane Library、及び PsycINFO の検索。

研究の選択:
MBSR を通常のケア又は有効な他の方法と比較する及び腰痛患者における主要アウトカムとしての疼痛の強度又は疼痛関連障害を評価するランダム化比較試験(RCT)。

データ抽出:
短期及び長期のフォローアップで、研究の特徴、患者、介入、アウトカムの測定、そして短期及び長期のフォローアップ時の結果に関するデータを、2名のレビュー者は独立して抽出した。バイアスのリスクは、Cochrane(コクラン) risk-of-bias ツールを使用して評価された。

データ合成:
864人の腰痛を伴う患者を取り込んだ 7つの RCTs がレビューに適格であった。通常のケアと比較して、疼痛強度における短期的改善(4つの RCTs、平均差[MD]は数値評価尺度で-0.96ポイント[95%信頼区間、-1.64~-0.34ポイント]、標準化平均差[SMD]は-0.48ポイント[信頼区間、-0.82~-0.14ポイント])、及び長期的には維持されなかった身体的機能(2つの RCTs、MD、2.50 [信頼区間、0.90~4.10ポイント]、SMD、0.25 [信頼区間、0.09~0.41ポイント])に MBSR は関連した。短期又は長期のフォローアップ時では、障害、メンタルヘルス、疼痛の受容、そしてマインドフルネスにおけるグループ間の差異は有意ではなかった。有効な他の方法と比較して、MBSR は短期又は長期のアウトカムにおける有意差に関連しなかった。重大な有害事象は報告されなかった。

制限:
適格な RCT の数は限られ、有効な他の方法と比較して MBSR を評価したのは 3つだけであった。

結論:
マインドフルネスストレス低減法は、疼痛の強度及び身体機能に及ぼす短期的な影響と関連するかもしれない。腰痛の管理における MBSR の役割を最もよく理解するために、MBSR と有効な他の治療法とを比較する長期的な RCT が必要である。

注:i) 引用中の「マインドフルネスストレス低減法」については、例えば次の資料を参照して下さい。「Mindfulness‒Based Stress Reduction(MBSR)で用いられるマインドフルネス瞑想法の本邦における実施可能性および効果」 ii) 引用中の「ランダム化比較試験」については例えば次のWEBページを参照して下さい。『「ランダム化比較試験」を知っていますか? - apital』 iii) 引用中の「Cochrane(コクラン) risk-of-bias ツール」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「研究のデザインや実施における限界(risk of bias)を評価する」 iv) ちなみに、上記 MBSR を MCS 等に適用した論文要旨については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。)

5) 扁桃体:負情動形成の中心
扁桃体(Amygdala)は辺縁系 注2) の神経核で,不快感,恐怖.不安,怒りなど負の情動 注3) の発現に中心的役割を担っている8,9).(中略)

扁桃体には,生きるうえで必要な原始的感覚(嗅覚,侵害情報,触覚,内臓感覚,視覚,体温感覚、味覚、聴覚など)がすべて入力される.これらの感覚情報に対して,過去の経験や記憶に基づいて,有害=負情動か,有益=快情動かの評価を下して,記憶の固定に関わっている.(後略)

注:i) 引用中の「注2」の引用は省略します。ただし、引用中の「辺縁系」及び「扁桃体」については、共にトラウマの視点から ii) 引用中の「注3」における記述の一部を以下に引用(『 』内)します。ただし、引用中の「情動」については、トラウマの視点からは拙エントリのこことここを、メンタライジングの視点からは拙エントリのここをそれぞれ参照して下さい。 『注3:情動 emotion には精神的要素と身体的要素の2つがある.精神的要素は,情動の認知 cognition(感覚とその原因を自覚する),感情 affection,意欲 conation(行動を起こそうとする衝動)であり,身体的要素は,血圧上昇,脈拍促進,発汗などである.辺縁系視床下部は,情動の形成と表出に密接に関連している.』(注:引用中の「視床下部」は「自律神経活動の調整を担う重要な部位」であることについては、例えば次の資料を参照して下さい。 「情動を生み出す「脳・心・身体」のダイナミクス:脳画像研究と神経心理学研究からの統合的理解」の「Ⅱ.情動に関連する脳部位」項) 加えて、引用中の「有害=負情動か,有益=快情動か」に関連する「快・不快」については、次のWEBページを参照して下さい。 「快・不快 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の文献番号「8」は次の資料です。 「加藤総夫:痛み誘発負情動から考える“心”の起源.医学のあゆみ 232 : 14-20, 2010」 iv) 引用中の文献番号「9)」は次の論文です。 「The emotional brain, fear, and the amygdala.

図 2-6 扁桃体を構成する複数の亜核
扁桃体は複数の亜核で構成されている.基底外側複合体は恐怖条件づけで知られる.(後略)

注:i) 引用中の「恐怖条件づけ」については次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」(注:このWEBページ中の図2. に扁桃体内神経回路図があります) ii) 引用中の「亜核」については、例えば次の論文(英語の全文)「The amygdala between sensation and affect: a role in pain」の figure 1 を参照して下さい。ただし、拙訳はありません。

(前略)扁桃体中心核外側外包部は,驚くべき特殊性を持っており,このニューロン集団の約80%は侵害刺激に応答する.痛み情報処理に特化した機能であるがゆえに,「侵害受容性扁桃体」11)の異名で呼ばれるほどである.命を脅かす侵害情報に対して,生体がいかに緊急の情報処理機構を発達させ,本能行動を速やかに起こすように進化したかを物語っている.(中略)

侵害信号が入力されると,扁桃体中心核はただちに本能行動を起こすように,視床下部脳幹網様体などの広範の領域に向けて,出力を送る.結果として呼吸・脈拍が速く顔面が蒼白になり,ストレスホルモンが分泌され,フリージングなどの情動表出も瞬時に起きる.骨折すると冷や汗が出て顔面蒼白になるし,銃を突きつけられた瞬間,フリージングが起き,全身わなわなと震えた,というのは扁桃体の迅速な応答による9).
扁桃体は侵害情報を生命を脅かす信号として,恐怖感,不安感,拷問感を付して情動記憶の回路に送る.したがって痛みは恐怖・不安感を伴った「苦」,厭な不快情動として強烈な記憶として固定され8,9),単なる感覚ではなくなる.
扁桃体の情動的評価は,海馬,嗅内皮質,島皮質,帯状皮質視床背内側核,大脳基底核,中脳水道周囲灰白質前頭皮質などに送られる.そのため自律神経応答,表情や姿勢など運動系の変化,認知機能を含めた精神活動,負情動に関わる脳回路網などが,一斉に活動する.
野生時代,危険に満ち満ちた荒野を生きのびるために,生体は負情動を発達させた.危険を未然に察知し,注意深くそれらを回避するために,不安や恐怖感は不可欠であった.生体警告系としての急性痛も同様で痛みを検知・認知し,恐れ,不安を感じる負情動が付加されたからこそ,それ以上の身体損傷や健康悪化を防ぐことができた.
生命維持のうえで,負情動が果たしてきた役割は意義深い.しかしながら,恐怖や不安感が過剰に起きると,痛みの軽減を阻んでしまう,後述するように,dysfunctional pain を引き起こして,慢性痛に転化させてしまうのである.

注:i) 引用中の文献番号「8」は次の資料です。 「加藤総夫:痛み誘発負情動から考える“心”の起源.医学のあゆみ 232 : 14-20, 2010」 ii) 引用中の文献番号「9)」は次の論文です。 「The emotional brain, fear, and the amygdala.」 ちなみに、この論文に関連する次に紹介する論文(全文)もあります。 「RETHINKING THE EMOTIONAL BRAIN」 iii) 引用中の文献番号「11)」は次の論文です。 「The amygdala and persistent pain.」 ちなみに、この論文に関連する次に紹介する論文(全文)もあります。 「15. Amygdala pain mechanisms」、「Amygdala Plasticity and Pain」 iv) 引用中の(負情動としての)「恐怖や不安感が過剰に起きると,痛みの軽減を阻んでしまう」に関連するかもしれない、『全人的痛み治療の最終的なゴールは,この情動という「有害事象に対する優先的応答システム」である』ことについては、次の資料を参照して下さい。 「痛みを生みだす脳機構 -痛みの進化生理学試論-」 加えて、上記「全人的痛み治療の最終的なゴールは情動」に関連するかも知れない「痛みによって生じる情動がさらに痛みを増悪する」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「脊髄-腕傍核-扁桃体路による痛み情動生成機構の解明」の「4. 研究成果」項の最後の部分 v) 引用中の「扁桃体の情動的評価」の送付先に関連するかもしれない「情動系神経回路」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「情動系神経回路 - 脳科学事典」 vi) 引用中の「フリージング」は「すくみ反応」とも呼ばれます。

上記扁桃体に加えて自己意識の形成に関与する島皮質について、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の 第2章 慢性痛のメカニズム の I 痛みを伝える情報伝達系 の「8) 島皮質:自己意識の形成に関与する」における記述の一部(P32~P33)を次に引用します。

8) 島皮質:自己意識の形成に関与する
島皮質(insular cortex)(図2-4,2-7)には,痛覚,味覚,嗅覚,聴覚,視覚,触覚,温度感覚などの体性感覚,胃・腸の内臓感覚や心拍など,生命機能に関わる感覚情報が入力されるが,これらの体性感覚だけでなく,怒り,喜び 恐怖,悲しみ,など情動に関する情報も入力されている.全身から集まった感覚情報や情動に関する情報を基に,「今この瞬間における自己の意識」が常時,更新されている.したがって島皮質は,自己を意識し自己の情動に気づく場と考えられている4).(中略)

身体に感覚刺激が加わると,その情報は皮膚,筋,内臓の感覚受容器から脊髄後角に入力され,脊髄視床路,視床下部・腹内側核後部(VMpo)を経由して,対側の後部島皮質に入力される3).後部島皮質に入力された感覚情報は,中部島皮質を経て,前部島皮質に伝えられるが,その過程で,扁桃体中心核や扁桃体基底外側核から,不安・恐怖などの負情動が入力される.また前帯状皮質からもさまざまな入力が密に加わる(図2-7).
前部島皮質には,すべての感覚情報に情動性入力が加わっているが,これらを統合して表出するのも前部島皮質の役割である.われわれが不安や恐怖に襲われた時,顔面が蒼白になり,震えが起きて,拍動が速くなり,胃がキリキリ痛む.このように身体的感覚と情動体験が一致して表出されるのは,前部島皮質の働きと関係している.前部島皮質は,大脳基底核へ出力して顔面蒼白や震えとして表出し,中脳水道周囲灰白質へ出力して,拍動や呼吸数の上昇として表出している.さらに内臓に分布する自律神経系へ出力して,胃の痛みや違和感として表出している4).
これらの情報処理は無意識下で行われるため,本人がそれと気づく前に,呼吸,血圧,拍動が変動し,顔面の紅潮や蒼白,冷や汗,などの情動表出が起きる.そして同時に,恐怖や不安感などの情動をも味わうのである.(中略)

脳画像上で島皮質に賦活があっても,それがすべて痛み受容を示すものではない.島皮質は下行性疼痛抑制系の調節も行っている6).身体に痛み刺激が加わったとき,毎回,必ず賦活される特定部位が前部島皮質に発見され,この部位を詳細に調べたところ,下行性疼痛抑制系を調節して,手綱を緩めたり,引き締めたりする役割のニューロン群であることがわかってきた.その時々の取り巻く環境や情動に合わせて,痛みの刺激閾値を上げ下げして,痛覚鈍麻と痛覚過敏の状況をトップダウン的に設定しているようである6).島皮質と痛みとの関係には多くの研究があるが,本項での記述はここまでにとどめる.

注:i) 引用中の「図2-4,2-7」の引用は共に省略します。ただし、引用中の「島皮質」に関連する「島」については、次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の文献番号「3)」は次の論文です。 「How do you feel? Interoception: the sense of the physiological condition of the body.」 iii) 引用中の文献番号「4)」は次の論文です。 「How do you feel--now? The anterior insula and human awareness.」 iv) 引用中の文献番号「6)」は次の論文です。 「Analgesia and hyperalgesia from GABA-mediated modulation of the cerebral cortex.

さらに、高次精神活動の中心となっている前頭皮質について、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の 第2章 慢性痛のメカニズム の I 痛みを伝える情報伝達系 の「9) 前頭皮質:高次精神活動の中心」における記述の一部(P34~P35)を次に引用します。

9) 前頭皮質:高次精神活動の中心
前頭皮質(prefrontal cortex : PFC)(図2-4,2-5)は,脳の系統発生上,最も新しく発達した領域で 理性,思考,創造性,行動の企画,意思決定,意欲,道徳観の発達など 高次精神活動の中心となっている17).しかし最近の神経科学では,PFC は理性や認知機能だけでなく,情動にも関与することがわかっている14).
PFC は,機能的/解剖学的に3つの領域に分けられる.①外側前頭皮質(lateral prefrontal cortex : lPFC),②眼窩前頭皮質orbitofrontal cortex : OFC),③内側前頭皮質(medial prefrontal cortex : mPFC)である.
①外側前頭皮質(lPFC)は前頭葉の外側穹窿面に位置しており,背外側前頭皮質(dorsolateral prefrontal cortex : dlPFC)と,腹外側前頭皮質(ventrolateral prefrontal cortex : vlPFC)の2つがある.dlPFC は外界の情報に合わせて,多くの事柄を並行して操作し,かつそれらを統合し,監視する機能を有している.時々刻々,変化する周りの状況や環境に合わせて目標を設定したり,行動を企図して,その結果を評価して次の行動を設定する遂行機能も担っている17).
われわれの仕事や日常生活には,情報を一時的に保持し操作するワーキングメモリー(working memory:作業記憶)の機能が欠かせないが,dlPFC はワーキングメモリーの空間位置情報に,vlPFC は非空間位置情報に関与し,情報の能動的想起や選択を担うと言われている.(中略)

眼窩前頭皮質(OFC)は,前頭葉の腹側面に位置する領域である.扁桃体からの入力を大きく受けており,OFC からの出力も扁桃体に向けられている.両者は密接に相互結合しているため,OFC と扁桃体の機能的特性,電気生理学的特性は,しばしば重なっている.OFC は,認知機能と負情動を結びつける領域と考えられている14).OFC が損傷されると,社会性/自発性の低下,情動の異常,感情鈍麻,無関心,抑制能力の低下などが起きる.(中略)

③内側前頭皮質(mPFC)は Brodmann の24野,25野,32野に相当する領域で,吻側前帯状皮質と前傍帯状皮質に属するが,解剖学的にも機能的にも前頭皮質との結びつきが強いため,この項で記述する.吻側内側前頭皮質は,OFC や Amy など情動的入力と結合が大きく,情動領域と考えられる.相手の気持ちを察し,共感する.中でも 25野はうつ病回路の中心とされている.背側に位置する背内側前頭皮質(32野)は,認知領域との結合が強く,適切に注意を向けることなどに関与している,

注:i) 引用中の「図2-4,2-5」の引用は共に省略します。 ii) 引用中の文献番号「14)」は次の論文です。 「Emotion, cognition, and mental state representation in amygdala and prefrontal cortex.」 iii) 引用中の文献番号「17)」は次の論文です。 「Role of the lateral prefrontal cortex in executive behavioral control.」 iv) 引用中の「前頭皮質」に関連する「前頭前野」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「前頭葉 - 脳科学辞典」の「前頭前野」項、「前頭前野 - 脳科学辞典」 v) 引用中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 vi) 引用中の「内側前頭皮質」に関連する「内側前頭前野」については、トラウマの視点から拙エントリのここここを参照して下さい。

一方、視床と大脳皮質体性感覚野についての簡単な説明について、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の 第2章 慢性痛のメカニズム の I 痛みを伝える情報伝達系 の「10) 視床と大脳皮質体性感覚野:感覚情報の集結と修飾」における記述の一部(P35)を次に引用します。

10) 視床と大脳皮質体性感覚野:感覚情報の集結と修飾
外界からの感覚情報は視床(thalamus)に入力され,視床を中継して大脳皮質体性感覚野(somatosensory area)へ向かう(図2-4).(中略)

大脳皮質体性感覚野は,第一次体性感覚野(SⅠ)が頭頂葉中心後回にあり,第二次体性感覚野(SⅡ)が,その外側後方の外側溝に沿った頭頂弁蓋の内壁に位置している7).(後略)

注:i) 引用中の「図2-4」の引用は省略します。 ii) 引用中の文献番号「7)」は次の本です。 「Kandel ER, Schwaltz JH, Jessll TM : The Principles of Neural Science, 3rd Edition, Elsevier Science Publishing Co Inc. New York-Amsterdam-Oxford. 1991」 iii) 引用中の「第一次体性感覚野」に相当する「一次体性感覚野」については次のWEBページを参照して下さい。 「一次体性感覚野 - 脳科学辞典」 加えて、引用中の「大脳皮質体性感覚野」に関連する「体性感覚皮質」については次のWEBページを参照して下さい。 「体性感覚 - 脳科学辞典」の「体性感覚皮質」項 iv) 引用中の「外界からの感覚情報は視床(thalamus)に入力され」に関連するかもしれない『視床というのは、大脳辺縁系内にある領域で、脳の中で「料理人」の役割を果たす』ことについては、トラウマの視点から拙エントリのここここ(特に引用部の「危険を突き止める――料理人と煙探知機」項)を参照して下さい。

痛みを抑制する脳内機構について、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の 第2章 慢性痛のメカニズム の「Ⅱ 痛みを抑制する脳内機構」における記述の一部(P38~P47)を以下に引用します。ちなみに、当該引用部における略号の一部は次の通りです。中脳の腹側被蓋野(ventral tegmental area : VTA)、側坐核nucleus accumbens : NAc)、腹側淡蒼球(ventral pallidum : VP)、扁桃体(amygdala : Amy)

本項では最近の神経科学から,mesolimbic dopamine system,下行性疼痛抑制系,placebo analgesia(プラシーボ鎮痛)を紹介する.痛みを抑制して生命を護るシステムが脳の疼痛抑制機構である.この機構が破綻したり機能不全を起こすと,慢性痛に転化してしまう.慢性痛を治療し予防するために,脳の疼痛抑制機構の理解は必要である.

1. Mesolimbic dopamine system と疼痛抑制機構
脳には痛みを抑制する機能が備わっている.何千万年という途方もない進化の時をかけて,生体は疼痛抑制機構も発達させてきた.しかし,この脳内機構の全体像が明らかになったのは最近のことである.機能的脳画像法が明らかにした 中枢性疼痛抑制機構がいま注目を集めている.
Mesolimbic dopamine system(中脳辺緑ドパミン系)は,「報酬回路」,「快の情動系」注1)として教科書に記載されてきたので知っていると言う人が多い.しかし,このドパミンシステムが注目を集めている理由は,この系が「快」だけでなく「痛み」の制御も操り,慢性痛への転化機序に関係することがわかってきたからである7,9).
「快」と「痛み」とは,まったく対極の情動に思える.しかし,快情動を感じるときの神経回路網と,痛み刺激を受けたときの脳内回路網は,ぴったり重なるのである9).慢性痛患者の多くは全身の痛覚過敏に悩まされるだけでなく,生きる意欲を失い,快感喪失(anhedonia)に陥っている.これらの症状は,Mesolimbic dopamine system の機能低下に関連して生じることがわかってきた7,17).(中略)

私たちが何かを渇望したとき,恋をしたとき,試験に合格したとき,褒められたとき,名演奏を聴いてゾクゾクしたときなど VTA から NAc や VP に向けてドパミンが放出される.NAc ニューロンドパミンを受けて興奮すると,脳内のμ-オピオイドが活性化し,幸福感・高揚感・達成感に包まれる7,9).
このドパミンシステムは,生存に必要なエサ,水,交尾の対象など,報酬が期待される場合に活発化する原始的な系である.自律神経系や免疫系の活動とも直結し,根源的な生命活動として,さまざまな神経核に positive action を起こすのである.
Mesolimbic dopamine system は,生体が侵襲されて痛みを感じたときにも機能を発揮し,鎮痛をもたらす.侵害信号が脊髄後角から,脳幹の腕傍核(nucleus parabrachialis : PB)を経て,VTA に伝わると,VTA のドパミンニューロンに活動電位の群発射が起きる.そしてニューロンの軸索先端から,高濃度のドパミンが NAc や VP に向けて放出される.
ドパミンを受けて NAc ニューロンが興奮すると,NAc のμ-オピオイド受容体が活性化し,次いでμ-オピオイド受容体を介した神経伝達が,内因性オピオイドを含む多くの神経核に一斉に起こってくる9).
μ-オピオイド受容体を介した神経伝達によって活性化するのは,VP,吻側前帯状皮質(rACC),眼窩前頭皮質(OFC),前部島皮質(anterior insular cortex : AIC),視床下部(Hypo),Amy,HP,中脳水道周囲灰白質(PAG)などである.
そしてこのとき,rACC,Amy,Hypo からの興奮性入力を受けて PAG が興奮すると,下行性疼痛抑制系が活性化して,侵害信号の伝達を脊髄後角レベルで抑制・遮断する.下行性疼痛抑制系とは,中脳や脳幹から下行する抑制性投射が,脊髄後角で侵害性信号の伝達を遮断・抑制して,鎮痛をもたらす機構1,3,4)である(図2-9)(次項,p43で詳述).
戦場や交通事故で生命が危機に晒されたときには,dopamine & opioid system と下行性疼痛抑制系による疼痛抑制(図2-10)が,瞬時に,かつ過剰に機能する.交通事故の現場や戦場で 九死に一生を得た血まみれの重傷者が,痛みをまったく感じないかのように振舞い,饒舌にしゃべり続ける姿は,救急にあたった関係者からたびたび証言されている.
Dopamine & opioid system による痛みの制御は,進化の過程で 捕食者に襲われて怪我しながらも逃げて命を永らえさせる系として発達したと考えられている.命の危機という非常事態にあっては,上行する侵害性入力は瞬時に遮断されて,鎮痛と救命の方向に働く.脳内では前頭皮質大脳基底核辺縁系,中脳,橋,延髄,脊髄の神経細胞が一斉に活性化して,総がかりで命の危機に対応するのである.
このような非常事態のときばかりでなく,日常的な些細な痛みの際にも dopamine & opioid system は機能している.包丁で指先を切ったとき,転んで膝を打ったときなど,われわれが感受する痛みは,この疼痛抑制機構のおかげでかなり軽減されているのである.
ここで内因性オピオイドについて少し触れておくと,脳内には20種類ほどのオピオイド物質が含まれている4,5).メチオニンエンケファリン,ロイシンエンケファリン,エンドルフィン,ダイノルフィンなどである.これらのオピオイドを含む神経核は,Amy,NAc,VP,Hypo,PAG,延髄の傍巨大細胞網様核などである.(中略)

以上,mesolimbic dopamine system がいかに重要な役割を果たしているかについて述べてきたが,ここで mesolimbic dopamine system の中核をなしている NAc について記述を加えておきたい.急性痛の段階から慢性痛へ転化してしまうか,健常状態へ回復できるか,重要な鍵を握るのは NAc のニューロン活動であると,考えられているからである.
NAc は大脳基底核注4)の線条体の腹側に位置するので,腹側線条体とも呼ばれている.NAc は,情動系の ACC,Amy,HP と密に連絡して快情動の発現に関与し,生きる意欲や自律神経系,根源的な生命活動と関係している.しかし他方では,思考,創造,学習などの高次脳機能を担う前頭皮質とも連絡して,希望,期待,自己優越性の確立,楽観性の獲得などを確立させている.
これほど重要な役割を有する側坐核であるが 生体が苛酷なストレスを過剰に受けると,ニューロン活動が90日以上にわたって停止してしまうのである10).NAc にニューロン活動停止が起きると,ドパミンシステムは機能破綻するため,ほんの些細な刺激に対しても,「痛い,痛い」と悲鳴を上げる病的な状態に陥る7,17).同時に,生きる意欲が低下し,根源的な生命活動である睡眠,食欲,自律神経活動も障害される.このような病みは dysfunctional pain(中枢機能障害性疼痛)と呼ばれている.Dysfunctional pain については後章で記述するので,NAc の位置と機能を頭の一隅に入れておいていただきたい.

2.下行性疼痛抑制系
下行性疼痛抑制系とは,図2-11bに示した構成の神経機構である.図上部に示した PAG が,rACC や Amy,Hypo から興奮性入力を受けると,下行性疼痛抑制系が活性化し,痛み信号を脊髄後角レベルで抑制・遮断する.前項で述べた mesolimbic dopamine system が活性化すると,rACC,Amy,Hypo が興奮し,その興奮性入力が PAG に加わるのである.
PAG は軸素を,背外側橋中脳被蓋(dorsolateral ponto-mesencephalic tegmentum : DLPT)と,吻側延髄腹内側部(rostral ventromedial medulla : RVM)に伸ばしており,この DLPT と RVM を介して,侵害信号の伝達を抑制している.DLPT からはノルアドレナリン作動性の抑制性投射が,RVM からはセロトニン作動性の抑制性投射が脊髄後角(dorsal horn : DH)に向けられ,侵害信号の伝達を DH レベルで抑制して鎮痛をもたらす.この機構が下行性疼痛抑制系である1,3,4).(中略)

下行性疼痛抑制系と mesolimbic dopamine system のつながりが明らかになったのは 機能的脳画像法によって,ヒトの脳内活動が解析されるようになってからである.Eippertら3)によって,VTA から NAc,Amy,PFC,rACC までの経路と,PAG から,橋,脳幹,延髄,DH に至る経路が,一つながりの系として明らかにされた.(中略)

3.Placebo analgesia と脳内変化
本物の薬剤そっくりの形状をした錠剤を「効く」,「有効」という予測や期待の下で摂取すると,薬効成分をまったく含んでいないのに,薬物と同効果をもたらすことがある.プラシーボ注7)と呼ばれる現象で鎮痛が起きた場合は placebo analgesia(プラシーボ鎮痛)と呼ばれる.placebo analgesia の機序根幹をなすのは dopamine & opioid system である13,15,16).
placebo analgesia が起きるときは,被験者の脳内でドパミン & μ-オピオイド受容体を介した神経伝達が実際に起きており6,9,13,15),PET を用いた実験で本物の薬剤を摂取した時と同じ変化が脳内に起きることが実証されている.
Scott ら13)は被験者の咬筋に持続性の痛み刺激を加えて,pain rating が一定値を保つように調節した実験系で,被験者に対し「研究中の薬の鎮痛効果を検定するために,これから薬を静脈に注入する」と音声で予告してから,0.9% 生理食塩水 1mL を静脈内に注入した.これを数回繰り返したところ,被験者の脳内にドパミン & μ-オピオイド受容体を介した神経伝達が実際に起きたのである.
PET 脳画像法では,[11C]で標識した試薬ラクロブリド(D2/D3 receptor ligand)や,カルフェンタニル(μ-opioid receptor ligand)などが用いられる.もし placebo analgesia が起これば,ドパミン受容体の活性やμ-オピオイド受容体の活性,脳内物質の代謝変化が PET で検出されるのである.
この実験でドパミン受容体の活性が顕著であった神経核は,NAc,被殻尾状核であり,μ-オピオイド受容体の活性が著しかった神経核は,rACC,OFC,AIC,NAc,Amy,PAG,視床背内側部であっだ13,15).
被験者が「鎮痛効果のある薬」の作用を大きく期待した場合ほど,NAc におけるドパミン活性が大となり,μ-オピオイド活性も増加して鎮痛効果が大きくなっだ13).この研究は,dopamine system と opioid system が NAc において重なることを示した点でも重要であった.
さて,上述の実験を振り返ってみると,被験者脳内にドパミンやμ-オピオイド代謝変動を起こした「薬」とは,ただの生理食塩水にすぎない.脳内に劇的な変化を起こさせた鍵は,「期待すること」「希望すること」だけであった.placebo analgesia に関する一連の研究3,13,15,18)は,われわれが期待をしたり予測することが,いかに大きな脳内変化を惹起するかを明確に示した点で,いずれも画期的であった.(後略)

注:i) 引用中の「図2-9」、「図2-10」及び「図2-11」の引用は共に省略します。 ii) 上記には引用していませんが、「3.Placebo analgesia と脳内変化」において Nocebo についての次に引用(『 』内)する記述(P48)が有ります。 『期待も予測もないところに,placebo analgesia は起こらず,placebo の逆の Nocebo13) が起きるだけである.』 iii) 引用中の文献番号「1)」は次の論文です。 「Endogenous pain control mechanisms: review and hypothesis.」 iv) 引用中の文献番号「3)」は次の論文です。 「Activation of the opioidergic descending pain control system underlies placebo analgesia..」 v) 引用中の文献番号「4)」は次の本です。 「Fields HL, Basbaum AI : Endogenenous pain control machanisms. in Wall PD, Melzack R, “Textbook of Pain” (Eds) Churchill, Livingstone, 1989」 vi) 引用中の文献番号「6)」は次の資料です。 「半場道子:総説「慢性疼痛と脳」第4回.Practice of Pain Management 2 : 176-182, 2011」 vii) 引用中の文献番号「7)」は次の資料です。 「半場道子:痛みの新しい視点:Mesolimbic dopamine system. ペインクリニック 33 : 229-238, 2012」 viii) 引用中の文献番号「9)」は次の論文です。 「A common neurobiology for pain and pleasure.」 ix) 引用中の文献番号「10)」は次の論文です。 「Severe stress switches CRF action in the nucleus accumbens from appetitive to aversive.」 x) 引用中の文献番号「13)」は次の論文です。 「Placebo and nocebo effects are defined by opposite opioid and dopaminergic responses.」 xi) 引用中の文献番号「15)」は次の論文です。 「Getting the pain you expect: mechanisms of placebo, nocebo and reappraisal effects in humans.」 xii) 引用中の文献番号「16)」は次の論文です。 「The cerebral signature for pain perception and its modulation.」 xiii) 引用中の文献番号「18)」は次の論文です。 「Placebo effects mediated by endogenous opioid activity on mu-opioid receptors.」 xiv) 引用中の「ドパミン」の別名である「ドーパミン」については次のWEBページを参照して下さい。 「ドーパミン - 脳科学辞典」 xv) 引用中の「オピオイド」については次のWEBページを参照して下さい。 「オピオイド - 日本ペインクリニック学会」 xvi) 引用中の「報酬」に関連する、特に児童虐待・ネグレクトを含むマルトリートメント(資料「シンポジウム 子どもに対する体罰等の禁止に向けて」中の友田明美氏による基調講演「厳格な体罰や暴言などが子どもの脳の発達に与える影響」(P4~P5)を参照)によって高頻度に発症する反応性アタッチメント障害(RAD)群において、高額報酬課題にも低額報酬課題にも反応しなかったことについては、例えば次の資料を参照して下さい。 「被虐待者の脳科学研究」の「Ⅳ.愛着形成障害の脳科学」項 xvii) ちなみに、パーキンソン病の Wearing off に連動する痛みについて、資料「パーキンソン病治療ガイドライン2011 第4章 非運動症状の治療」の CQ4-14 感覚障害・痛みの治療はどうするか の「解説エビデンス」(P189)に次に引用(『 』内)する記述が有ります。 『パーキンソン病では off 時に痛みの閾値が低下しており、L-ドバの内服によりこの閾値は上昇して正常範囲に復する.』(注:引用中の「off」に関連する「Wearing - off 現象」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「パーキンソン病 Parkinson's Disease」の「Q5 :Wearing - off 現象とは?」項)

(b) 加えて、非器質性の慢性痛(Dysfunctional Pain:機能障害性疼痛)について、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の「第5章 非器質性の慢性痛 Dysfunctional Pain」における記述の一部(P79~P94)を次に引用します。

本章では非器質性の慢性痛を取り上げ,その脳内で何が起きているのか,最近の神経科学を紹介する.慢性痛の中には,痛みの源が末梢組織のどこにも同定されないのに,全身の多領域に拡がる痛みを訴えるタイプがある.消炎鎮痛薬や神経ブロックが奏効しない痛みであって,随伴症状は睡眠障害,意欲の低下,慢性的疲労感,うつ状態など多彩である.
この種の痛みは非器質性の慢性痛,あるいは dysfunctional pain 21)(機能障害性疼痛)と呼ばれている.例としては慢性腰痛,線維筋痛症顎関節症過敏性腸症候群などが挙げられるが,診断名のつけようのない不定愁訴の場合が多く,診断も治療も難渋する.
末梢組織のどこにも痛みの源が認められないのに,全身の多領域に痛みを訴える患者の存在は200年も昔から記録され「痛みの謎」とされてきた12).最近の機能的脳画像法によって「痛みの謎」が謎解きされ1,5,17),真の原因が脳の構造と機能の変容にあること3)がようやく明らかになった.
本章で慢性腰痛と線維筋痛症を例に挙げて,dysfunctional pain の概念を紹介する.また痛みを慢性化させる要因の1つが患者の不安心理,痛みの破局的思考にあることに焦点を当て,default mode network(安静時脳活動)と慢性痛の関係について検証する.

1. 慢性腰痛:脳内で何が起きているか?
慢性腰痛(chronic back pain : CBP)とは,腰痛が3か月以上続く場合をいう.CBP は長期にわたる苦痛の大きさもさることながら,就労できずに職場から離脱する主因をなしていること,手厚い介護を必要とすること,などの面から世界各国で大きな関心が寄せられている.医療費,社会保障費,就労できない経済的損失など,社会負担総額の膨大化を招いているからである13).
急性腰痛の生涯罹患率は,各国共通で 80%以上の高率である13).これは洋の東西を問わず,ほとんどの人が一生に1度は腰痛を経験することを示唆する数値である.大多数の人になじみのある急性腰痛であるが,ひとたび慢性化すると長期にわたって,苦しめられる.急性痛の治療法のほとんどが効を奏せず,随伴症状は,意欲の低下,慢性的疲労感,うつ状態睡眠障害,自律神経失調,孤立感など,急性痛とは別の症状を呈するようになる.
なぜ慢性腰痛では急性痛の治療法が効かなくなるのか,慢性腰痛と急性腰痛の脳内機構はどう違うか,など数々の疑問が長い歳月にわたって未解決のままであった.しかし,最近の脳画像解析によって,急性腰痛→亜急性期腰痛(subacute back pain : SBP)→ CBP に移行する数週間に,脳内で驚くような変化が起きていることがわかってきた.痛みの症状はこの数週間に変化するが,これらの症状の変化は脳内回路網の移行に一致して起きることも明らかになってきた.
CBP 患者では,特徴的な自発痛が繰り返し起きることが多い.自発痛とは外部刺激なしに,数十秒から10数分間も痛みが続くことをいうが,それが日に何回も繰り返し襲うのである.Apkarian ら 5,17) は腰痛患者の自発痛に着目して,SBP と CBP の被験者から fMRI脳画像を記録し.発症から数週間しか経っていない SBP の脳内と,10年以上腰痛が続く CBP の脳内では何が違うか.何が起きているかを解析した
まず,SBP と CBP の被験者全員から fMRI全脳スキャンを撮り,自発痛を訴えた時点の脳画像を巻き戻す手法で,脳画像解析を行った.すると,CBP群(n=59,発症から平均13.5年,痛みスコア VAS平均 69.58)における賦活部位は,SBP群(n=94,発症から平均9.14週,痛みスコア VAS平均 58.25)の賦活部位とは,著しく異なることがわかったのである5,17).

SBP群では表5-1のように,両側の視床,島皮質,前帯状皮質などが賦活している.これらは痛みの感覚/弁別(sensory/discriminative)に関わる神経核である.ところが CBP群では,扁桃体眼窩前頭皮質,内側前頭皮質などが賦活しており,これら情動/認知(emotional/cognitive)に関わる神経核である(中略).
この表から,SBP の段階までは感覚弁別系の回路網が活動しており,CBP の段階に至ると,情動・認知系回路網が活動することが明白になっている.感覚系の回路網から情動認知系の回路網へ移行したことが表から見てとれる.
注意すべきは,SBP群も CBP群も同程度の痛みを訴えている点である.両群の痛みスコアはほぼ同じである.SBP群では,末梢に何らかの痛みの源が存在して,感覚・弁別系の神経核が賦活している.この時点までは,消炎鎮痛薬,神経ブロック,リドカインパッチなどの治療が有効な痛みである.しかし,CBP段階になると,感覚・弁別系の神経核には賦活がない.すなわち痛みの源が末梢組織にもはや存在しないことを示しており,消炎鎮痛薬が効かない痛みに変化したことを物語っている.(中略)

以下の記述は,南北戦争時代に Mitchell 医師が書いた慢性痛の1節である12).Mitchell 医師は,「風とともに去りぬ」にも描かれた戦傷兵たちについて,CauSalgie や幻肢痛を医学誌に初めて報告している.痛みの信号が脳にどんな変化をもたらすかなど,知る方法がなかった時代に,慢性痛の症状変化を正確に記述している.優れた観察眼に敬服せざるを得ない.

長期にわたって持続する耐えがたい痛みが心身に及ぼす影響については,医師でなければ実感できる人はほとんどいないであろう.昔の書物にも,槍で刺された後で非常に激しい痛みと局所の痙攣が現れた症例が,数々書かれている.このような状態が数日間あるいは何週間か続くと,体の表面全体が痛覚過敏になる.
……こんな苦痛状態にあっては性格が変わってしまい,ひとづき合いのよかった人が怒りっぽくなり,勇敢であった兵士も臆病者と化す.どんなに強かった人も,最もヒステリックな少女よりずっと神経質になる.
Mitchell SW.(「痛みへの挑戦」12)より抜粋引用)

2. 腰痛を慢性化させる要因
今日,外来に来た患者の腰痛は快方に向かうだろうか,それとも今後,慢性痛に転化して治療に難儀することになるのか,予測する方法はないだろうか,臨床家のこんな疑問に応じて,Apkarian グループは亜急性期腰痛(SBP)被験者を対象に,初診時の検査データから,痛みが今後慢性化するか否か,予測要因を探る試みをしている1,5,17).
この研究では SBP被験者(n=94)を対象に,時間を遡って検査データを検証する手法が採られている.初回検査から1年経過後に,腰痛が回復していた SBPr群と,回復しなかった SBPp群について,何が両群の差を分けた要因かを検証している.そして結論として,痛みの慢性化リスクを2つ挙げている5,17).
①慢性化した SBPp群の被験者には,初診検査時にマギル疼痛質問票で,affective 要素が大という特徴が共通してみられた.マギル疼痛質問票には,患者の負情動(本能的な不安・恐怖の心理状態)を検出する設問が用意されている.痛みに対して不安や恐怖感が強い状態では,さまざまな薬物療法や手術療法に抵抗し,慢性痛に転化する確率が高いからである.
②初診検査時の fMRI画像上で 内側前頭皮質側坐核(mPFC-NAc)間の機能的結合(functional connectivity : FC)が強い場合は,慢性痛に転化する確率が 80% という高い値になる17)ことが明らかになった.
初診時検査から,痛みの慢性化を予測する2つの要因がこうして結論されたが,①は患者の心理面の要因を捉え,②は脳画像上の FC を捉えたものである.さらに fMRI画像の DTI解析(diffusion tensor magnetic resonance imaging)注1)を行った結果,背内側前頭皮質扁桃体側坐核(dmPFC-Amg-NAc)間の白質 FC が強い患者ほど,脳の疼痛抑制系が機能低下していて,痛みが慢性化しやすいこと,自発痛が強く起きることが明らかになっだ17).大脳皮質辺縁系回路(corticolimbic circuit)の個人的な特性が関係することも,報告されている.
前頭皮質扁桃体側坐核間の機能的結合の強さが 慢性化に決定的であることが結論されたが,側坐核(NAc)については,すでに第2章「痛みを抑制する脳内機構」(p38)で,重要な神経核として詳述してある.NAc は,快の情動系 mesolimbic dopamine system の中核をなす一方で,扁桃体や海馬支脚腹側部から,不安・恐怖など負情動の入力を受けている.Apkarian らの研究はこの NAc の活動が,健常状態へ回復させる脳回路網と,慢性痛に転化させる回路網の,2項対立の鍵を握ることを結論している17).
快情動の脳回路網と負情動の脳回路網の2項対立が,どちらに傾くかによって,一方は健常に復して静穏な日常に戻り,他方は慢性痛に傾いたまま長い歳月を過ごすことになってしまう.critical point を握るのが NAc のニューロン活動であるという結論が,確実性を増してきている.(中略)

5. Dysfunctional pain(機能障害性疼痛)
慢性痛の脳内で何が起きているか,慢性腰痛と線維筋痛症の例を挙げて,脳画像解析の結果を述べてきた.慢性顎関節症過敏性腸症候群,慢性頭痛についても,ほぼ共通の機序が報告されている.慢性痛とは,脳の疼痛抑制機構の破綻もしくは機能低下によって起きることが,次第に明らかになった.
Harvard大学の Woolf CJ は,脳画像解析の知見を基に,dysfunctional pain(機能障害性疼痛)という,新しい概念を米国臨床学会に提唱している21).
われわれの脳には,快の情動系 mesolimbic dopamine system が機能しており,生きる意欲や根源的な生命活動を支え,脳の疼痛抑制系を確立している.
この系は前頭皮質と結びついて,高次の精神活動(希望,期待,創造性,自己優越性の確立,楽観性の獲得など)にも関与している.このような脳機能を破綻/低下させる引き金は何か.このような疑問に対し Lemosら10) は,NAc ニューロンレベルでの解を示している.
NAc は mesolimbic dopamine system の中核をなす神経核であるが,恐怖,不安などストレス性の入力が過剰に続くと,90日以上の長期にわたってニューロン活動の停止が起きる.そのため快情動の脳回路網が停止し,負情動回路網が優勢になり,2項対立のバランスが崩れる.
Lemosらの研究は,うつ病の生物学的成因を動物を用いて検証したものであるが,dysfunctional pain が心理・社会的要因に影響される痛みであることも示唆している.すでに「腰痛を慢性化させる要因」の項で,Apkarianら17)の研究を紹介し,痛みが慢性化するか健常状態に回復するか,鍵を握るのは NAc のニューロン活動であると述べたが(p84),別グループによる研究によっても,ほぼ同じ結論が導かれたことになる.
では dysfunctional pain に対し,どのような治療法が考えられるか.ここでは恐怖,不安などの負情動,ストレスに対処する知見が求められている.負情動の統合中枢・扁桃体,痛みの破局的思考,安静時脳画像と慢性痛の関係について,次項以降で記述する.

6. 負情動と慢性痛
負情動(原始的で本能的な恐怖・不安)が大きいと,慢性痛に転化するリスクが高くなることを述べてきた.負情動と痛みとの関係を,情動と本能行動の統合中枢・扁桃体7)についてみていこう.
生体は進化の過程で快・不快情動を発達させてきた.生存を脅かす有害なもの(肉食獣,痛み)に対しては,本能的,直観的に恐怖感を抱き,これを罰(不快)として記憶し,嫌悪して忌避行動をとることで生命を維持してきた.生存に不可欠なエサ,水,交尾対象や群れの仲間に対しては,これを報酬(快)と評価して接近行動をとった.
自然界におけるサバイバルは,忌避行動と接近行動のバランスのうえに成り立っている.予定していた報酬が得られなければ,不快であり,怒りの反応となる.水やエサが期待や予測を上回れば,快や喜びの反応となり,生きる意欲の根源となる.負情動と快情動とは,個体の生存維持や種の保存を図るうえで,重要な役割を果たしてきたのである3).
恐怖,不安,嫌悪,怒りなど 負情動形成に中心的な役割を担うのは,扁桃体である7,15).激痛のときは顔面蒼白となり,わなわなと全身が震えるが,これは扁桃体からの出力を受けた負情動の表出に他ならない.視床下部では自律神経系が活動し,下垂体ではホルモンが分泌され,脳神経運動核では筋運動の調節が瞬時に行われる.扁桃体はこのような本能行動を起こすと同時に,恐怖や不安感,拷問感を付して,情報を情動記憶の回路に送る.それゆえ痛みは恐怖や不安感と一体化されて,強烈に記憶固定される7).一度でも激痛を経験すると,その苛酷さゆえに痛みを極度に怖れ,不安感を抱いてしまうのであろう.(中略)

7. 痛みの破局的思考
激痛のさなかにあって,人は奈落の底に引きずり込まれるような恐怖や不安に駆られる.誰もが感じる原始的で本能的な恐怖感である.しかし過剰に続くと,病的な不安,怯えの異常な心理状態に陥ってしまう.これを痛みの破局的思考(pain catastrophizing : PC)16)という.
破局的思考は,心理学上は3要素で説明されている.①rumination(反芻.痛みのことが脳裡に繰り返し去来し,消すことができない.痛みに囚われた状態),②helpless(痛みに支配され,自分は惨めで何もできない,無力感),③magnification(痛みはもっとひどくなり,さらに深刻なことが起きると思う,痛みの拡大視)の3つである.(中略)

患者の心理状態と外科手術後の慢性痛の関係が調査研究されている8).調査対象とされたのは,四肢切断,人工膝関節置換術,乳房切除,心臓外科手術など,英国における手術700万件(2005~06年)と,米国における手術2,200万件(1994年)である.
その結果,手術を前にして不安や怯えを強く感じていた患者ほど,術後に難治性の慢性痛に転化することが多く,術後の痛みの管理が困難であったことが報告されている.
失業,家族の病気,倒産,雇用不安などの社会環境にある時も,慢性痛は増悪化しやすく,治療の難しい負のスパイラルに入ってしまう.慢性関節炎や関節リウマチなど,長びく痛みを抱える患者は,気分障害、不安障害(PTSDパニック障害)などの精神疾患の併病率が,健常な一般人より2~3倍も高いことは既述した(p10)11).
精神科による痛みの診断や分類は特殊であるが「身体症状関連障害」注2)も難治性の慢性痛の1つであって,薬物,手術,神経ブロックなどの治療法に抵抗する.この痛みでは fMRI画像上に,扁桃体と嗅内皮質に過剰な興奮がみられ,その反面,腹内側前頭皮質(vmPFC)の活動低下がみられる.扁桃体と嗅内皮質における不安や恐怖感の増大を,vmPFC が抑制できないことを fMRI画像が示している.負情動の過剰が,痛みの慢性化に影響する例と考えられている.
われわれの脳には,本来なら恐怖や不安を抑え,精神を安定に保つ機能も備わっているはずである.前頭皮質(PFC)は,理性,思考,創造性,道徳観の形成などに関わる一方で,扁桃体や海馬支脚による負情動を抑制して,精神状態を安定化させる役割も担っている.中でも内側前頭皮質(mPFC)は,扁桃体基底内側部(BMA)に抑制をかけることが知られており,動物実験で mPFC-BMA 間の経路を活性化させると,不安行動や恐怖関連のすくみ行動が抑制されることがわかっている15).さらに腹側被蓋野(VTA)や NAc を刺激して,快情動を高める機能も有している.
しかしながら,扁桃体による負情動が過剰亢進しているときは,多くの神経核を興奮の渦に巻き込むため,鎮静化するのは容易でなくなる.古い脳器官である扁桃体からは,大脳皮質の広範な神経核へ多くの投射があるのに対し,進化的に新しい PFC からは,扁桃体を制御する神経連絡が少ないのである.この不均衡さゆえに,過剰な恐怖や不安を制御することが難しく,暴走させてしまうのかもしれない15).
怯えや怖れの心理状態は,default mode network : DMN 2) にも反映される.慢性痛の診断や治療に,fMRI による DMN 脳画像解析が多用されているので,次項で記述する.

8.Default Mode Network と慢性痛
DMN とは脳内ネットワークの1つで 安静時の脳活動をいう2).脳は何のタスク(課題)もしていない安静時でも,高い活動を維持してスタンバイし,次の瞬間に起きるかもしれないさまざまな事態に備えている.Default mode とは,タスクしていないときの基底的脳活動という意であるが,DMN には被験者の負情動や,社会認知に関わる領域の脳活動が反映されている.そのため,神経科学や臨床医学上の多分野で研究されるようになった.
被験者が何もタスクを遂行しないで,ぼんやりと自己内省的な考えや自伝的エピソードを想起しているとき,基底状態にある脳には,タスク遂行時よりも高い活動を示す領域がある.それは内側前頭皮質(mPFC),後帯状皮質/楔前部(PCC/Precuneus),後(脳梁)膨大部皮質(retrosplenial cortex : RSC),下頭頂小葉(inferior parietal lobule : IPL),外側側頭葉(lateral temporal cortex : LTC),海馬(hippocampal formation : HF)などである2)(図5-3).これらの神経核は互いに同期した活動パターンを示していることから,機能的結合によるネットワークを形成していると考えられている.
DMN 脳画像には,被験者の内心に抱えた不安や怯えの心的活動が反映されるため,心理状態と DMN の機能的結合(functional connectivity : FC)が注目されている.fMRI を用いて被験者の全脳スキャンをすると,DMN 脳画像上には,慢性痛や精神疾患の患者の場合,健常者とは異なる機能的結合パターンがみられるのである.それゆえ,脳内機序や被験者の病態を探る手法として用いられている9).線維筋痛症顎関節症,慢性腰痛などを対象に,fMRI画像で DMN を撮り,その機能的結合解析が研究されるようになった.

たとえば顎関節症では,痛みの破局化要素の1つ“rumination”(反芻)数値が高い患者ほど,mPFC-PCC/Precuneus 間の機能的結合に,異常な亢進がみられる9).恐れと怯えの心理状態が DMN における機能的結合の亢進という形で,特徴的に浮上するのである.(中略)

線維筋痛症についても fMRI画像を用いた DMN が記録され,機能的結合解析が行われている.線維筋痛症患者の場合は,1次運動野/感覚野と外側視床(M1-Th)間,外側視床と中脳水道周囲灰白質(Th-PAG)間の活動が亢進し,機能的結合値が大きい特徴がみられる.神経核間の機能的結合解析は,慢性痛の治療効果を測る指標としても役立つことから,認知行動療法,マインドフルネス,薬物,経頭蓋磁気刺激による治療効果を検証するのに用いられている.

注:i) 引用中の「表5-1」及び「図5-3」の引用は共に省略します。 ii) 引用中の「注2」(P91)を次に引用(『 』内)します。 『注2:精神科診断基準における疼痛は,DSM-5 で改訂された.身体表現性疼痛は「身体症状症および関連症群」(somatic symptoms and related disorders)として,2つのサブカテゴリー(身体症状症,病気不安症)を含む形にまとめられている.』(注:引用中の「身体症状症」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「身体症状症(旧:身体表現性障害)」 加えて上記「身体症状症」については下記 xxix) 項を参照して下さい。) iii) 引用中の文献番号「1)」は次の論文です。 「Corticostriatal functional connectivity predicts transition to chronic back pain.」 iv) 引用中の文献番号「2)」は次の論文です。 「The brain's default network: anatomy, function, and relevance to disease.」 v) 引用中の文献番号「3)」は次の資料です。 「半場道子:総説「慢性疼痛と脳」第5回.Practice of Pain Management 2 : 246-256, 2011」 vi) 引用中の文献番号「5)」は次の論文です。 「Shape shifting pain: chronification of back pain shifts brain representation from nociceptive to emotional circuits.」 vii) 引用中の文献番号「7)」は次の資料です。 「加藤総夫:痛み誘発負情動から考える“心”の起源.医学の歩み 232 : 14-20, 2010」 ちなみに、痛みに関連する加藤総夫が著者である他の日本語資料例は次を参照して下さい。 「痛みを生みだす脳機構 -痛みの進化生理学試論-」 viii) 引用中の文献番号「9)」は次の論文です。 「Mood and anxiety disorders associated with chronic pain: an examination in a nationally representative sample.」 ix) 引用中の文献番号「10)」は次の論文です。 「Severe stress switches CRF action in the nucleus accumbens from appetitive to aversive.」 x) 引用中の文献番号「11)」は次の論文です。 「Shape shifting pain: chronification of back pain shifts brain representation from nociceptive to emotional circuits.」 xi) 引用中の文献番号「12)」は次の本です。 「Melzak R, Wall PD : “The Challenge of pain” Basic Book Inc, NY, 1983. 邦題「痛みへの挑戦」誠信書房,東京,1986」 xii) 引用中の文献番号「15)」は次の論文です。 「Targeting abnormal neural circuits in mood and anxiety disorders: from the laboratory to the clinic.」 xiii) 引用中の文献番号「16)」は次の論文です。 「Corticolimbic anatomical characteristics predetermine risk for chronic pain.」 xiv) 引用中の文献番号「17)」は次の論文です。 「Corticolimbic anatomical characteristics predetermine risk for chronic pain.」 ちなみに、慢性痛への含意としてのストレスが corticolimbic 系に与える影響については、次の論文を参照して下さい。 「Effects of stress on the corticolimbic system: implications for chronic pain.」 xv) 引用中の文献番号「21)」は次の論文です。 「What is this thing called pain?」 xvi) 引用中の「マギル疼痛質問票」については例えば次の資料を参照して下さい。 「日本語版 McGill Pain Questionnaire の信頼性と妥当性の検討」 xvii) 引用中の「不定愁訴」に関連する「医学的に説明できない症状」については次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』 xviii) 心身症の視点からの引用中の「線維筋痛症」、「過敏性腸症候群」については次のWEBページを参照して下さい。 「心身症 - 脳科学辞典」 xix) 引用中の「fMRI」に相当する「機能的磁気共鳴画像法」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 xx) 引用中の「default mode network」(デフォルトモードネットワーク)に関連する、瞑想によるこの活動の減少については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 xxi) 引用中の「線維筋痛症についても fMRI画像を用いた DMN が記録され,機能的結合解析が行われている」ことに関連する、「線維筋痛症症例では,海馬体や側頭葉といった情動記憶・エピソード記憶・陳述記憶および視覚記憶や聴覚認知に関与する脳部位が含まれている DMN が,島皮質と第2次感覚野と強く連結しているという報告がある」ことについては、例えば次の資料を参照して下さい。 「線維筋痛症の心身相関と全人的アプローチのための病態メカニズムの理解」 xxii) 引用中の「中脳水道周囲灰白質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「水道周囲灰白質 - 脳科学辞典」 xxiii) 報酬系の視点からの引用中の「側坐核」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「行動嗜癖 - 脳科学辞典」の「報酬系回路」項 xxiv) 引用中の「痛みの破局的思考」に関連する「慢性の痛みに影響する因子としての痛みに対する破局化」について、貝谷久宜、熊野宏昭、越川房子編著の本、「マインドフルネス -基礎と実践-」(2016年発行)中の安野広三著の文書「慢性疼痛とマインドフルネス」の 実際の臨床的経験からの考察 の「(5)慢性疼痛におけるマインドフルネス/アクセプタンスに基づく介入の効果機序についての実証的研究」における記述(P228~P229)を次に(『 』内)引用します。 『慢性の痛みに影響する因子として、痛みに対する破局的な認知・情動的反応(破局化)の重要性が指摘されている。破局化は、痛みのことを繰り返し考える「反すう」、痛みを自分にとってより大きな脅威としてとらえる「拡大視」、痛みに対して自分は無力であるという「無力感」などが中心的な要素とされている。これまでの研究で痛みの破局化は、より強い痛み強度、より高度の機能障害や抑うつや不安との関連が示されている。また、破局化が強いほど、救急受診や治療的要求などの疼痛行動が増え、治療関係の悪化や治療介入に対する反応性も悪くなることも示唆されている。』 加えて、引用中の「破局的思考」に関連する『認知療法の視点からの「破局視」』については他の拙エントリのここを参照して下さい。 xxv) 引用中の「内側前頭皮質(mPFC)は,扁桃体基底内側部(BMA)に抑制をかける」に関連するトラウマの視点からの「ストレス反応を制御する――監視塔」については他の拙エントリのここここ(特に引用における「ストレス反応を制御する――監視塔」項)を参照して下さい。 xxvi) 痛みスコアとしての引用中の「VAS」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「痛みの基礎知識」の「A.痛みの強さ(図1)」項 xxvii) 引用中の「反芻」(又は反すう)に関係する「うつ病や不安障害等における反すう、心配と回避との関連」についてはここを参照して下さい。 xxviii) 引用中の「快情動の脳回路網と負情動の脳回路網の2項対立が,どちらに傾くかによって,一方は健常に復して静穏な日常に戻り,他方は慢性痛に傾いたまま長い歳月を過ごすことになってしまう.」ことに関連するかもしれない「プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏」に関連する論文の紹介はここを参照して下さい。 xxix) また、上記身体症状症の視点からの疼痛に対する認知(予測・注意)について、名越泰秀、西原真理編集の本、「精神科医が慢性疼痛を診ると その痛みの謎と治療法に迫る」(2019年発行)の 第4章 身体症状症の脳科学の発展 の 身体症状症のニューロイメージング の 1 身体症状症による疼痛に関する脳画像研究 の a. 身体症状症の病態に関わる脳画像研究 の「疼痛感受性」及び「疼痛に対する認知(予測・注意)」における記述(P120~P121)をそれぞれ次に引用します。

疼痛感受性
身体症状症では身体感覚を破滅的で有害なものであると認識しやすい傾向があるとされ,身体感覚よりも身体症状に対する脅威(認知面)が重要であるといわれている36).これまでのところ3報において,健常者と比較した疼痛刺激に対する脳活動の変化を調べている.例えば Gündel らは,12名の身体症状症患者と13名の健常者に対して熱刺激を用いて疼痛時の脳活動を比較した11).身体症状症患者において疼痛刺激時に健常者と比べて活動上昇がみられていた領域は,主に一次体性感覚野,ニ次体性感覚野,頭頂葉扁桃体、海馬傍回,島皮質 issular cortex(IC)であった。逆に健常者で活動上昇がみられていたのは腹内側前頭前皮質と眼窩前頭前皮質であった.Gündel らは,身体感覚に関連した脳領域の過剰な活動と,前頭前皮質などの認知に関わる脳領域の機能低下が,身体症状症の持続に影響を与えていると示唆している.

疼痛に対する認知(予測・注意)
予測に関する疼痛の脳画像研究において最も有名なものは,プラセボによる除痛反応をみたものであろう.例えば,Petrovic らは9名の健常者に対して盲検的にオピオイド薬(レミフェンタニル)またはプラセボ薬を投与し,疼痛刺激を与えたときの脳活動を測定した18).オピオイド薬のみならずプラセボ薬を内服したときにも,多くの被験者において疼痛刺激に対する強度の減少を感じており,プラセボ薬においてもオピオイド薬に比べ脳活動は少ないものの,疼痛の調整,予測機能などで重要な眼窩前頭前皮質や吻部 ACC などが活動していることがわかった.これらの結果について Petrovic らは,疼痛に対する予測の減少がプラセボ薬投与によって起きるとしている.慢性疼痛においても,同様の脳領域の活動がプラセボの反応性に関連しているという報告が最近みられている37).
他にも Woo らは健常者において,単に疼痛刺激を受けたとき,もしくは疼痛刺激を受けているときに,認知的な制御として疼痛が強く不快なものであると認識する場合,疼痛が弱く不快なものではないと認識している場合の,3条件の脳活動を調べている22).3条件において,側坐核と内側前頭前皮質の機能的結合で差がみられていた.側坐核と内側前頭前皮質の機能的結合の異常は,急性痛から慢性疼痛へ進展する際の重要な要素であることから38),これら機能的結合と関連した認知的制御が,慢性疼痛発症の病態メカニズムとして重要であると考えられる.
Kucyi らは,疼痛に対する注意の切り替え(具体的には疼痛刺激がみられたときに,注意をできるだけ疼痛に向ける条件と逸らす条件を設ける)について健常者を対象に fMRI 研究を行っている.疼痛から注意を逸らしているほうが,疼痛により引き起こされたデフォルトモードネットワーク default mode network(DMN)の活動の減少が緩和されており,DMN と PAG との機能的結合が強くなっている.また疼痛に注意を向けているときにはサリエンスネットワーク salience network(SN)の活動が上昇していることが明らかとなった16).DMN は,内側前頭前皮質,外側頭頂皮質,後帯状皮質,中側頭葉などから構成された脳内ネットワークであり,特定のことを考えない安静時にみられが39).SN は,前部島皮質や背側前頭前皮質などから構成された脳内ネットワークであり,自身の内面および外部からのあらゆる刺激(疼痛も含む)を探知する働きが
あるとされる40).PAG は脊髄に作用する下行性疼痛抑制系 descending pain modulatory system において重要な領域であり,役割として鎮痛作用がある41).よって今回の結果から,可能性として,疼痛から注意を逸らしているときは,DMN の活性化から PAG などの下行性疼痛抑制系の増幅→疼痛の減少の一連の流れが考えられ,注意を向けているときには SN 上昇に伴い,疼痛刺激への探知能力が上昇している可能性が考えられる.

注:i) この引用部の著者は吉野敦雄、岡本泰昌、岡田剛、山脇成人です。 ii) 引用中の文献番号「11)」は次の論文です。 「Altered cerebral response to noxious heat stimulation in patients with somatoform pain disorder.」 iii) 引用中の文献番号「18)」は次の論文です。 「Placebo and opioid analgesia-- imaging a shared neuronal network.」 iv) 引用中の文献番号「22)」は次の論文です。 「Distinct brain systems mediate the effects of nociceptive input and self-regulation on pain.」 v) 引用中の文献番号「37)」は次の論文です。 「Brain and psychological determinants of placebo pill response in chronic pain patients.」 vi) 引用中の文献番号「38)」は次の論文です。 「Nociception, Pain, Negative Moods, and Behavior Selection.」 vii) 引用中の文献番号「39)」は次の論文です。 「Disease and the brain's dark energy.」 viii) 引用中の文献番号「40)」は次の論文です。 「Neurocognitive aspects of pain perception.」 ix) 引用中の文献番号「41)」は次の論文です。 「Descending control of pain.」 x) 引用中の「issular cortex」(島皮質)は「insular cortex」の誤字であると拙ブログ作者が考えます。 xi) 引用中の「ACC」は前帯状皮質(WEBページ「前帯状皮質 - 脳科学辞典」を参照)の略です。加えて、引用中の「PAG」は水道周囲灰白質(WEBページ「水道周囲灰白質 - 脳科学辞典」を参照)の略です。 xii) 引用中の「一次体性感覚野」、「二次体性感覚野」及び「頭頂葉」については共に次のWEBページを参照して下さい。「頭頂葉 - 脳科学辞典」(「一次体性感覚野」及び「二次体性感覚野」については上記WEBページの「体性感覚野」項を参照) xiii) 引用中の「扁桃体」及び「海馬傍回」に関連する「海馬」についてはトラウマの視点から拙エントリのここを参照して下さい。 xiv) 引用中の「島皮質」に関連する「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 xv) 引用中の「内側前頭前皮質」、「背側前頭前皮質」及び「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については次のWEBページを参照して下さい。 「腹側線条体 - 脳科学辞典」 xvi) 引用中の「眼窩前頭前皮質」に関連する「前頭眼窩野」については次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 xvii) 引用中の「側坐核」に関連する「腹側線条体」については次のWEBページを参照して下さい。 「腹側線条体 - 脳科学辞典」 xviii) 引用中の「後帯状皮質」についてはここを参照して下さい。 「腹側線条体 - 脳科学辞典」 xix) 引用中の「中側頭葉」に関連する「外側側頭葉」についてはここを参照して下さい。 xx) 引用中の「デフォルトモードネットワーク」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 xxi) 引用中の「サリエンスネットワーク」に別名である「セイリエンス・ネットワーク」ついては他の拙エントリのここを参照して下さい。

(c) 加えて、慢性痛の治療法について、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の「第6章 慢性痛の治療法」における記述の一部(P98)を以下に引用します。さらに、この引用中の「認知行動療法・マインドフルネス」(参照)、「脳刺激法」、「筋運動」(参照)については、それぞれに分割してそれぞれ以下に引用します。なお、上記「脳刺激法」においては、「経頭蓋直流刺激(tDCS)」(参照)のみについて以下に引用します。なお、「非器質性の慢性痛に転化した場合の効果的な治療法」については、次のWEBページを参照して下さい。 「慢性痛への挑戦 サイエンスの視点から新たな治療戦略を考えるの「――非器質性の慢性痛に転化した場合は,どのような治療が効果的ですか。」項」

本章では慢性痛の治療法を,Ⅰ.薬物療法・神経ブロック,Ⅱ.認知行動療法・マインドフルネス,Ⅲ.脳刺激法,Ⅳ.筋運動の4項にわたって取り上げる.慢性痛の機序が明らかになるにつれ,痛みの治療法は大きく変化している.慢性痛の軽減は,単なる痛み止めの投与では難しい.変容した脳回路網を健常な状態に回復させる対処法が求められ,個々の症状に応じて複数の治療法の組み合わせが選択されて,効果を上げている.

上記認知行動療法・マインドフルネスにおける記述の一部(P106~P109)を以下に引用します。なお、これらを含む心理的アプローチについては、次の資料を参照して下さい。 「慢性疼痛治療ガイドライン」の「第Ⅳ章 心理的アプローチ」項(P113~P126)

認知行動療法・マインドフルネス
慢性痛の機序が明らかになるに従い,多領域の治療プログラムによる多面的アプローチ(multidisciplinary intervention)3)や,多種の治療法の組み合わせ(multimodal intervention)など,総合的な治療法が導入されている.痛みの軽減と健常な日常への復帰を求めて,数々の治療法が試みられるようになった.本項では認知行動療法(CBT),マインドフルネス・ストレス軽減法(MBCT)を紹介する.これらの治療が効を奏すると脳灰白質の体積/密度が回復することも,脳画像解析によって検証されている(後述).

1. 認知行動療法(CBT)
認知行動療法(cognitive behavioral therapy : CBT)は,慢性痛患者の負情動,ストレス,心理状態,破局的思考,認知過程に焦点を当てて,「心の持ち方」をポジティブな方向に変える手助けをする治療法である2,5).CBT は薬物療法運動療法と組み合わせて治療効果を上げており,慢性痛,うつ病パニック障害強迫性障害不眠症,薬物依存症,摂食障害統合失調症などについて,有効性が検証されている2,5).
慢性痛に苦しむ人は,心身のストレスが原因で,負情動のスパイラルから抜け出せず,抑うつ状態,怒り,不安感に陥り,孤独感に苦しむことが多い.物事の受けとり方や考え方に,個人的なこだわりがみられることもある.このような苦悩する心に対し,CBT では負情動の縺れた糸を1つずつほぐし,現実に即した内容に修正していく.患者の苦悩に対し,論理上の誤りに修正を加えながら,ものの考え方を改めている.
CBT では治療方法に一般論が存在せず,治療目標も個々の患者ごとに異なっている2,5).負情動を起こしている源が,個人の生育歴や生活環境,家族/職場内の人間関係の軋轢,経済的破綻などにあるため,それぞれの原因に対して個人ごとの対処が求められる.治療の基本は不安や恐怖を解消して,健康な脳回路網に戻していくことである.
本書では慢性痛に負情動が関与すること,それによって痛みの強さが増大したり減少することを述べてきた.慢性痛が原因で何年間も寝たきりになり,廃人同様であった人が,CBT 治療を受けて負情動の牢獄から解放され,痛みのない日常に復帰している.回復後の生き生きした姿をみると,負情動がいかに脳回路網の活動と機能を変化させ,健康な脳回路網への回復を阻んでいたかが実感される.その意味で,われわれの脳は従来考えられていたよりずっと柔軟性に富み,可塑性に富んだ器官なのである.
CBT は米国の精神科医 Beck によって,うつ病の治療対策として1960年代に始められだ Beck によるうつ病調査票(Beck Depression Inventory I : BDI-I)も開発され,臨床の場で用いられてきた.1980年代に入ると,CBT は不安障害や心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder : PTSD)の治療や,慢性痛の治療にも応用されている.
わが国ではリエゾン診療が1996年に,福島県立医科大学整形外科に初めて導入され,整形外科医と精神科医が連携して慢性痛患者の診療に当たる診療体制が組まれている.
リエゾン診療では,患者の精神医学的な問題やパーソナリティを評価する尺度として,質問票 BS-POP 6) が開発され,負情動に囚われているか否か,その程度を検出する質問が設定されている.
このような取り組みは,慢性痛の治療成績の向上に効果を上げただけでなく,2010年の厚生労働省の提言,「今後の慢性の痛み対策について」に結びつき,現在では全国19の施設に,慢性疼痛の治療に複数の診療科が連携して当たる「学際的痛み治療体制」が組まれるようになった.

2. マインドフルネス・ストレス軽減法(MBCT)
マインドフルネス・ストレス軽減法(mindfulness-based cognitive therapy : MBCT)1) は,心のエクササイズともいうべき治療法で,急速に普及している.脳の大規模回路網から,後悔,不安,恐れなど過剰な負情動を締め出し,ネガティブ思考のとめどないスパイラルを脱して,健康な脳回路網に回復させる4).その効果が最近認められている.
マインドフルネスは,もともとは禅寺で行う瞑想(medication)に起源を持つ療法であるが,宗教とは無関係で座禅を組む必要もない1,4).身体の力を抜いて姿勢正しく座り,意識を自身の呼吸や体に集中して観察するだけである.呼吸や自分の身体に意識を集中することによって,「今を生きているありのままの自分」に気づかせ,後悔,不安など過剰な負情動を締め出す狙いである.DMN(安静時脳活動)の項で先述したように(p92),われわれの意識は集中からフッと逸れて,過去や将来にさまよい出るが,それに気づいたら現在に自分を戻すことを繰り返していく.
脳の高次機能が,大規模ネットワークによって担われることは先述した.何かに注意集中している時は,ワーキングメモリー(working memory:作業記憶)ネットワークが働いており,背外側前頭皮質(dorsolateral prefrontal cortex : dlPFC)の活動が活発になる.MBCT では被験者の意識を呼吸に集中させるが,そのとき,脳内では dlPFC の活動が活発に維持されている.dlPFC がほかの神経核より優位に活動しているときは,理性,思考,創造,計算,意思決定など,「考える葦」と呼ばれる機能が発揮されており,扁桃体による過剰な負情動を制御する領域が強化されるのである4).

3. 治療で回復する慢性痛患者の脳
CBT は慢性痛患者の脳活動に,どれほど影響を与えるだろうか,CBT の治療効果を fMRI 脳画像解析で検証する試みが,Seminowiczら8) によって行われている.
慢性痛患者の脳には共通して,特定の神経核において灰白質(gray matter)の体積/密度の低下が起きている.怯え,不安,恐怖などの負情動が大きい場合,背外側前頭皮質(dlPFC),吻側前帯状皮質(rACC)/眼窩前頭皮質(OFC),後頭頂皮質(posterior parietal cortex : PPC),下前頭回(IFG),第1次/2次感覚野(S1/S2)などで灰白質体積/密度が著しく低下する.
このような慢性痛患者(n=13)に対し,MBCT(1日10分間の注意集中)を11週続けたところ,扁桃体の過剰な活動が抑えられ,不安,怯え,恐怖など負のスパイラルから解放された.結果として破局的思考スコアが減少し,痛みが軽減した.それに伴い,dlPFC,rACC,PPC,IFC,S1 の灰白質体積/密度が回復増加し,脳画像上では健常者とほぼ同じ画像になったと報告されている8).(中略)

Seminowicz らは,dlPFC と PPC における灰白質増加は,怯え,不安,恐怖からの回復に結びつくものとして,生理的意義を評価している.11週の MBCT によって,中枢性疼痛抑制系が活性化し,痛みの再評価と体性感覚の変化が起きたものと解釈されている.(後略)

注:i) 引用中の文献番号「1)」は次の論文です。 「Alterations in brain and immune function produced by mindfulness meditation.」 ii) 引用中の文献番号「2」は次の本です。 「Flor H. Turk DC : Chronic Pain : An integrated biobehavioral approach. IASP Press, 2015. 邦題「慢性痛-統合的心理行動療法-」柴田政彦,北原雅樹(監訳)」 iii) 引用中の文献番号「4)」は次の論文です。 「Attention regulation and monitoring in meditation.」 ちなみに、次に紹介するマインドフルネス瞑想と情動調節との関連ついての論文があります。 「Impact of short- and long-term mindfulness meditation training on amygdala reactivity to emotional stimuli.」 iv) 引用中の文献番号「5)」は次の本です。 「Otis JD : Managing chronic pain : A cognitive-behavioral therapy approach. Therapist guide. 伊豫雅臣・他(訳).慢性疼痛の治療:治療者向けガイド-認知行動療法によるアプローチ.東京,星和書店,2011」 v) 引用中の文献番号「6)」は次の資料です。 「佐藤勝彦,菊池臣一,増子博文・他:脊椎・脊髄疾患に対するリエゾン精神医学的アプローチ(第2報)-整形外科患者に対する精神医学的問題評価のための簡易質問票(BS-POP)の作成.臨整外 35 : 843-852, 2000 vi) 引用中の文献番号「8)」は次の論文です。 「Cognitive-behavioral therapy increases prefrontal cortex gray matter in patients with chronic pain.」 vii) 慢性痛における引用中の「認知行動療法」については次の資料を参照して下さい。 「慢性痛のマネジメントに活かす認知行動療法」、「慢性痛に対する認知行動療法」 viii) 引用中の「n=13」は被験者数を指します。 ix) 引用中の「マインドフルネスストレス軽減法」は正式には「マインドフルネスストレス低減法」(Mindfulness-based stress reduction : MBSR、例えばWEBページ「マインドフルネス なぜ医療現場で有用なのか エビデンスとその効果」の「MEMO❷ マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」を参照)と呼ばれます。加えて、「mindfulness-based cognitive therapy : MBCT」は正式には「マインドフルネス認知療法」(参照)と呼ばれます。一方、上記 MBSR と CBT を組み合わせて疼痛用に修正した治療抵抗性慢性疼痛に対するマインドフルネス認知療法については次の資料を参照して下さい。 「治療抵抗性慢性疼痛に対する マインドフルネス認知療法の試み」 加えて、引用中の「マインドフルネス」については、拙エントリのここを参照して下さい。一方、慢性疼痛難治例に対する段階的心身医学的治療の視点からの「マインドフルネスと ACT」(注:ACT はアクセプタンス&コミットメント・セラピー[参照]のことです)については、次の資料を参照して下さい。 「慢性疼痛難治例に対する段階的心身医学的治療 ―愛着・認知・情動・行動障害の観点からのアプローチ―」の「マインドフルネスと ACT」項 加えて、慢性疼痛治療における心理的アプローチとしての上記 ACT については、次の資料を参照して下さい。 「慢性疼痛治療ガイドライン」の 第Ⅳ章 心理的アプローチ の「CQ38:第三世代の認知行動療法である ACT は慢性疼痛治療に有効か?」項(P123~P125)、「慢性疼痛に対する認知行動療法 ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)によるアプローチを中心に」 x) 引用中の「破局化」に関連する「破局的思考」については資料「慢性疼痛治療ガイドライン」の「CQ3:慢性疼痛患者の症状・徴候にはどのような特徴があるか?」項における表1-3及び図1-A(P19)を参照して下さい。加えて、慢性疼痛治療へのマインドフルネスの臨床応用について、佐渡充洋、藤澤大介編著の本、「マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本 医療者のための臨床応用入門」(2018年発行)の Ⅳ章 疾患・領域別アプローチ法 の 3 慢性疼痛 の「2 慢性疼痛治療へのマインドフルネスの臨床応用」における記述の一部(P156~P158)を以下に引用します。さらに、慢性疼痛患者における破局化にマインドフルネスが及ぼす効果について、同「3 慢性疼痛」の「3 慢性疼痛患者における破局化への効果」における記述の一部(P158~P159)を以下に引用します。

2 慢性疼痛治療へのマインドフルネスの臨床応用
慢性疼痛に対するマインドフルネスに基づく介入では,マインドフルネス瞑想が様々な形で用いられる。効果を検証する介入研究においては構造化されたプログラムである MBSR,マインドフルネス認知療法(Mindfulness-Based Cognitive Therapy:MBCT),同様のコンセプトを含むアクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy:ACT)などが用いられている。中でも MBSR は慢性疼痛において最もよく研究されている。マインドフルネスに基づく介入は腰背部痛や各種関節痛などの筋骨格系の痛み,片頭痛/緊張型頭痛,過敏性腸症候群線維筋痛症など様々な病態を含む慢性疼痛に対し,痛みの強さ,身体機能,心理的苦痛,QOL 改善などの効果が示されている4,5)。現在のところ,慢性疼痛に対する心理療法はこれまでの膨大なエビデンスから,従来の認知行動療法が最も標準的な治療とされているが,マインドフルネスに基づく介入はその代替になりうる治療として認識されている。
マインドフルネスが慢性疼痛の治療として注目されはじめた背景のひとつとして,従来の認知行動療法の問題点がある(表1)。認知行動療法の有効性についての知見が蓄積されるにしたがって,当初考えられたほどその効果は高いものではなく,長期的な予後についても効果が限定的であることが指摘されるようになってきた。認知行動療法のコンセプトには痛みや気分をコントロールするという方向性が含まれている。その方略は比較的短期間に症状や気分が変化する場合はよいが,当面の間は改善しないような場合は,かえって焦りや不全感,失望をまねいたり,効果的でないコントロールのための努力に時間と労力を費やし疲弊したりすることもある。その結果,むしろ症状を悪化させることすらある。
一方,マインドフルネスはコントロールを手放し,痛みや苦痛をあるがままに受け入れることで,逆説的に悪化の悪循環から解放されるという基本スタンスに立つ。従来の認知行動療法とは違う新たなアプローチとして注目され,その効果が示されてきた。その流れの中で,近年どちらのアプローチがより有用であるがということが直接比較により検討されはじめている6)。しかし,優位性については結論が出ておらず,現時点で両者は同等の有用性があるとされている。
また,どのような背景や特性がある患者群においてマインドフルネスがより有益であるかということもまだ明らかとなっていない。経験的には,マインドフルネスのコンセプトからしても,自身の思考・感情・身体感覚への気づさの乏しい群,強迫的・徹底的でとらわれが強い群,解決志向性の強い群,嫌悪的な体験を回避する傾向が強い群などはマインドフルネスに基づく介入のほうがより核心的な変化をもたらし,有用性が大きいと感じることが多いが,今後実証的研究により明らかにされる必要がある。
ただし,マインドフルネスの有用性を考えるとき,マインドフルネスのコンセプトは痛みや機能障害の軽減は必ずしも目標としていないということに注意が必要である。通常の臨床試験ではこれらの指標の改善をもって有効性を評価しているが,既存の尺度では測定できていない別の側面への効果がある可能性を,念頭に置くべきである。また,マインドフルネスの介入後の長期効果は介入後の瞑想実践の継続が影響するとも言われているが,ここに厳密に焦点を当てた検討はいまだ少ない。今後,この点についても明らかにされることが望まれる。

注:i) 引用部の著者は安野広三です。 ii) 引用中の「表1」についての引用は省略します。 iii) 引用中の文献番号「4」、「5」はそれぞれ次の論文です。 「Acceptance-based interventions for the treatment of chronic pain: a systematic review and meta-analysis.」、「Mindfulness Meditation for Chronic Pain: Systematic Review and Meta-analysis.」 iv) 引用中の文献番号「6)」は次の論文です。 「Mindfulness-based stress reduction and cognitive behavioral therapy for chronic low back pain: similar effects on mindfulness, catastrophizing, self-efficacy, and acceptance in a randomized controlled trial.」 v) 引用中の「MBSR」はマインドフルネスストレス低減法(例えばWEBページ「マインドフルネス なぜ医療現場で有用なのか エビデンスとその効果」の「MEMO❷ マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」項を参照)の略です。 vi) 引用中の「マインドフルネス認知療法」、「アクセプタンス&コミットメント・セラピー」はそれぞれ次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネス認知療法」、「アクセプタンス&コミットメント・セラピー

3 慢性疼痛患者における破局化への効果
慢性疼痛患者の病態において痛みに対する認知行動的反応の重要性はこれまで数多く示されている。中でも,痛みに対する破局的な認知(破局化)の悪影響は最もよく検討されている。痛みの破局化とは,痛みに選択的に注意が偏り,痛みを大きな脅威として恐れ,対処が困難なものとして無力さを感じ,痛みについて反芻しつづけるような認知・情動的反応を言う。慢性疼痛患者ではこの傾向が大きいほど,痛みの強度,機能障害,抑うつなどの心理的苦痛,対人関係,治療の反応性などが悪化することが示されている。また,受診頻度や薬物使用の増加,希死念慮などの存在にも関係している7)。
破局化は慢性疼痛の病態悪化に大きな影響を与えているため,その低減が重要な治療の標的とされている。マインドフルネス瞑想により痛みの破局化が軽減することがこれまでに示されている。マインドフルネスの訓練を通じて体験に対する非反応的/非評価的な態度が育まれることで,痛みという体験に対しても破局的な評価や解釈を付け加えなくなっていく。注意の制御力向上や体験へ執着しない態度は,痛みに対するとらわれや反芻を低減させ,注意を痛みから生活の有意義な側面へ向け直すことにもつながる。また,思考や感情を意識的・俯瞰的な気づき(メタ認知的な気づき)の中で現実と区別してとらえる(脱中心化)能力は,破局的な自動思考からのネガティブな影響を低減させる。このような痛みをシンプルに体験しながら,そこに苦悩や執着を付け足さないあり様が破局化を減少させ,痛みや機能障害,心理的苦痛,QOL 改善につながると考えられている(図1)。
また,このような痛みとの関わり方は,痛みと格闘するのではなく共存するという受容的態度も促進してくれる。その結果,痛みとの格闘のために使っていた注意と労力をより有意義な方向へ注げるようになる。そのことは痛みに対処できるという自己効力感も高めてくれる。マインドフルネスは慢性疼痛患者における痛みの受容を促進することが示されており,痛みの受容は痛みの強さ,身体機能,就労状況,恐怖/回避行動,抑うつ・不安,生活満足度などの改善と関連することが報告されている8)。(後略)

注:(i) 引用部の著者は安野広三です。 (ii) 引用中の「図1」の引用は省略します。 (iii) 引用中の文献番号「7)」「8)」はそれぞれ次の論文です。 「Pain catastrophizing: a critical review.」、「Acceptance-based treatment for persons with complex, long standing chronic pain: a preliminary analysis of treatment outcome in comparison to a waiting phase.」 (iv) 引用中の「メタ認知」については次のWEBページを参照して下さい。 「メタ認知 - 脳科学辞典」 (v) 引用中の「脱中心化」については、 a) 次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」の「心理療法におけるマインドフルネスの定義」項(P42) b) 加えて、引用元の本の Ⅰ章 マインドフルネス概論 の 1 マインドフルネスとは何か? なぜ求められるのか? の ①臨床活用の文脈から の 4 不快な体験と新たな関わり方 -ICSモデルの観点から- の「3 脱中心化で対応する」における記述の一部(P12)を次に引用(【 】内)します。 【脱中心化とは,「思考を,正しい物,あるいは自分の一側面とみなす立場から,ネガティブな思考や感情は(中略),心の中を通りすぎていく出来事であると捉える立場」13)や,「意識の中身(思考そのもの)から切り離して,瞬間瞬間の体験として,明晰さと客観性をもってそれを眺めること(注:原著の筆者訳)」14)などとされている。筆者は,「思考を動かしがたい『現実』ととらえるのではなく,脳が作り上げる1つの『現象』ととらえ,これと関わる態度」などと考えている。】(注:1) この引用部の著者は佐渡充洋です。 2) 引用中の文献番号「13)」は次の本です。 「シーガル ZV, 他:マインドフルネス認知療法 うつを予防する新しいアプローチ.北大路書房,2007, p22」 3) 引用中の文献番号「14)」は次の論文です。 「Mechanisms of mindfulness.」 4) 引用中の(ネガティブな思考や感情は)「心の中を通りすぎていく出来事であると捉える」に関連する「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」ことについては次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」の「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」項[P43~P44])

上記[Ⅲ 脳刺激法においての]「経頭蓋直流刺激(tDCS)」における記述の一部(P114~P116)を次に引用します。

3.経頭蓋直流刺激(tDCS)
経頭蓋直流刺激(transcranial direct current stimulation : tDCS)は,頭皮上に,陽極と陰極の電極を置いて,1~2mAの微弱電流で10~20分程度,脳を刺激する非侵襲的な治療法である1,2,7,8)(図6-5).TMS のような大型の磁気コイル発生装置を必要としないうえに,安全性も確認されている8).そのため簡便で扱いやすい治療法として,主に米国で臨床の場に用いられ,一般にも普及している.
刺激対象:痛み治療への応用としては,慢性腰痛,線維筋痛症片頭痛,脊髄損傷後の痛み,三叉神経痛口腔顔面痛,帯状庖疹後神経痛,糖尿病性多発神経障害,薬剤抵抗性の難治性疼痛など広い臨床応用を持ち,いずれも痛みの軽減が報告されている2).痛み治療以外には,脳卒中後の運動麻痺のリハビリテーションうつ病の治療にも用いられている.
tDCS の開発と安全性:tDCS はドイツの Nitsche と Paulus によって,2000年に開発された7).開発当初からうつ病への治療効果が試験され,対照実験も行われて有効性が報告された.
生体応用への安全性は公表前から検証され,開発から14年間にわたって多数の被験者を対象にした臨床検査で確認されている7,8).tDCS は今後,薬物療法に並ぶ治療法として臨床応用されていく可能性があるので,tDCS が脳機能にどんな作用を及ぼすかを検証しておきたい.
tDCS の作用機序:tDCS では陽極を1次運動野に近い頭皮に置くのが通例である.微弱な直流で刺激すると,電極周辺のニューロンでは,細胞膜内外に電位差が生じる.陽極近くのニューロンには弱い興奮が起こるのに対し,陰極近くのニューロンでは興奮が抑制される2).
慢性痛患者では,大脳皮質下の島皮質,帯状皮質視床,脳幹などのニューロンに,異常な興奮が起きていることが多い.顎関節症線維筋痛症患者では,第5章で先述したように(p92),DMN(安静時脳活動)の fMRI画像で,特定の神経核神経核間の機能的結合(functional connectivity)が大きいという特徴がある.
線維筋痛症のような慢性痛患者に対して,1日に20~30分間の tDCS を10週間続けたところ,陰極近くの神経核間の機能的結合が減り,それに伴って疼痛が減弱することが報告されている1).
したがって頭蓋のどの位置に陽極と陰極を置くかによって,皮質下にある島皮質,帯状皮質視床,脳幹の活動に及ぼす影響は異なることになる.陽極を1次運動野(M1)近くに置き,陰極を対側の眼窩前頭皮質上(supra-orbital prefrontal cortex : OFC)に置く場合が多いが,陽陰両極を左右の背外側前頭皮質(dlPFC)に置く場合もあり,電極位置によって,脳内における電流の拡散や方向,神経核への影響がそれぞれ異なる2).
陽極を M1 に,陰極を OFC に置いた場合には,運動野ニューロンには電流拡散による弱い興奮が起こり,それに対して脳深部に位置する視床,島皮質,帯状皮質,脳幹のニューロンでは活動が抑制される.
陰陽電極を左右の dlPFC-dlPFC に置いて tDCS を行った場合は,電流の拡がりは,前頭葉上方から中央にかけてみられる.しかし皮質下の島皮質,帯状皮質,脳幹などには,電流の影響はほとんど届かない.
したがって dlPFC-dlPFC に電極をおいて刺激する場合,覚醒状態を維持し,睡眠を制限して作業を継続しなければならないような特殊環境(例えば戦闘)に,効果的であると検証されている.この場合は,ワーキングメモリー(working memory,作業記憶)を担う dlPFC に,tDCS が働きかけると解釈されている2).
慢性痛に対する tDCS の効果:慢性痛患者には共通して,DMN(安静時脳活動)の fMRI画像上で,特定の神経核神経核間の機能的結合(FC)が大きいという特徴がある.
線維筋痛症患者の場合は,DMN の fMRI画像で 1次運動野と視床間(M1-Th)に,強い機能的結合がみられ,痛みを大きく訴える患者ほど,M1-Th 間の機能的結合が強い特徴がある.そこで運動野 M1 に陽極を置き,対側の眼窩前頭皮質上に陰極をおいて,2mA で20分間の tDCS を連続5日間加えたところ,M1-Th 間の機能的結合が低下し,それに伴って痛みの訴え(VAS表示)が大きく減弱したと報告されている1).運動野-視床間における過剰な興奮が抑制されて,鎮痛がもたらされたと解釈されている.線維筋痛症以外の慢性痛に関しても,tDCS による鎮痛効果は多く報告されている.
tDCS による鎮痛作用はゆっくりと表れ,かつ効果が長く続く.tDCS で用いられる電流はごく微弱であるが,tDCS を続けるうちに,ニューロンの発火頻度が少しずつ変化し,やがて脳回路網の機能を持続的に変化させ,痛みの軽減に至るものと想定されている.8の字型磁気発生装置のような大型機器を要せず,ニューロンへの影響が試される点で,今後さらに治療法としての応用が進化する可能性がある.(後略)

注:i) 引用中の文献番号「1)」は次の論文です。 「Changes in resting state functional connectivity after repetitive transcranial direct current stimulation applied to motor cortex in fibromyalgia patients.」 ii) 引用中の文献番号「2)」は次の論文です。 「State-of-art neuroanatomical target analysis of high-definition and conventional tDCS montages used for migraine and pain control.」 iii) 引用中の文献番号「7)」及び「8)」はそれぞれ次の論文です。 「Excitability changes induced in the human motor cortex by weak transcranial direct current stimulation.」、「State-of-art neuroanatomical target analysis of high-definition and conventional tDCS montages used for migraine and pain control.」 ちなみに、tDCS のメカニズムと効果及び生理学についての論文を次に紹介します。 「Mechanisms and Effects of Transcranial Direct Current Stimulation.」、「Physiology of Transcranial Direct Current Stimulation.」 iv) 引用中の「tDCS」の臨床応用については次の資料を参照して下さい。 「経頭蓋直流電流刺激を利用した中枢神経興奮性の修飾とその臨床応用 -tDCS百話-」 一方、tDCS や rTMS を含む慢性痛に対する Non-invasive brain stimulation techniques についてのコクランレビューについては次を参照して下さい。 「Non-invasive brain stimulation techniques for chronic pain.」(本エントリ作者による注:本レビューによると非常に品質の低いエビデンスしかないようですが。) v) 引用中の「DMN」(Default Mode Network)についてはここにおける引用の「8.Default Mode Network と慢性痛」項を参照して下さい。

上記「筋運動」における記述の一部(P118~P128)を以下に引用します。なお、これを含むリハビリテーションについては、次の資料を参照して下さい。 「慢性疼痛治療ガイドライン」の「第Ⅴ章 リハビリテーション」項(P127~P145)

Ⅳ 筋運動
筋運動が慢性痛の軽減に効果的であることは,医療の現場で広く認められており,腰痛ガイドラインにも,集学的リハビリテーション認知行動療法との組み合わせで運動療法が推奨されている1,4).しかし,筋運動が不足するとなぜ慢性痛の危険因子になるのか,なぜ慢性炎症を増加させるのか,その機序はこれまで十分明らかでなかった.本項では筋運動がもたらす Super-healthy な生理的意義を,遺伝子/分子レベルで紹介する.筋運動は単なるリハビリテーション効果だけなく,生命維持のうえで重要な意義を含んでいる.

1. 筋運動による痛みの軽減
エクササイズを行うと痛みの刺激闇値が上昇することは,健常者を対象にした実験で検証されている.熱刺激と庄刺激に対する痛みの刺激闇値を計測すると,ランニング,サイクリングなどの有酸素運動の後では,痛みの刺激闇値が上昇すると報告されている15).この機序には血中濃度のうえから,内因性カンナビノイド(cannabinoid)とオピオイドの関与が検証されて,下行性疼痛抑制系の活性化が結論されている.
また神経障害性疼痛のモデル動物を用いた実験においても,筋運動(滑車を回転させる)の後に,痛みの刺激闇値が上昇することが報告され,GABA による抑制系の活性化,カンナビノイド受容体の関与と解釈されている13).
これらとは違って,微小重力の観点から筋運動の効果を探った研究が注目されている9,10).宇宙飛行士の多くは地上帰還後に,腰痛と全身の骨格筋萎縮を訴える.無重力下では,高齢の骨粗髭症患者の10倍の速さで骨量が減り,抗重力筋が萎縮してしまう.そのため帰還後に,筋組織と骨組織を元の状態に回復させるトレーニングが組まれるが,この宇宙飛行士の回復過程データが,筋力回復と慢性痛の治療に示唆を与えているのである.
がん手術などで長期入院し,臥位姿勢を続けた患者は筋組織や骨組織が萎縮する.これは臥位姿勢により受ける重力の影響が小さいことも一因である.地球上の生物は,重力の影響下で骨格筋組織や骨組織を発達させ,重力に抗して筋量と骨量を維持しているが,長期にわたって臥位姿勢を続け,身体の動きが皆無に近い状態にあると,耳石が検知する重力は微小になる.微小重力下では,筋タンパク質の分解量が合成量を上回るようになり,骨格筋肉量と骨量は低下する.
健康な壮年被験者を60日間にわたって,頭位をわずかに傾けた特殊ベッドで臥位姿勢に保った実験では,抗重力筋(多裂筋,大腰筋,胸棘筋,脊柱起立筋など)は著しく萎縮していたが,体幹屈曲筋(腰方形筋,腹直筋など)の萎縮の程度はさほど大きくはなかっだという9,10).抗重力筋と体幹屈曲筋の筋力バランスが崩れた状態にあっては,ヒトは慢性的に背腰部に痛みを訴える.
一般に慢性腰痛患者では,体幹筋力の低下と抗重力筋の萎縮が指摘されている.また,dysfunctional pain の状態にある患者では,うつ状態に陥っていることが多く,寝たきりか部屋に閉じこもりがちである.筋運動量の少ない日常が常態化して,微小重力に近い環境が続くと,姿勢保持筋の筋量は低下し,痛み刺激闇値は低下する.
このような慢性痛患者に対し,薬物療法認知行動療法と組み合わせて筋運動を促し,運動量を増加させるプログラムを組むと,痛みの軽減に効を奏する.もし本格的に筋力増強トレーニングやストレッチングを目指したい場合は,慢性腰痛や変形性膝関節症に対する療法が,図解入りで成書に記載されている14).
骨格筋を動かして痛みが少し軽減されれば,その分だけ体を動かすことが可能になる.骨格筋を動かすことは,後述するように,さまざまな生理活性物質を分泌させ,遺伝子発現を促して全身の慢性炎症を抑制し,筋萎縮を防ぐ作用に結びつく.また痛みが軽減されれば,抗うつ薬オピオイド,消炎鎮痛薬の服用量を減らすことが可能になる.
筋運動はこれまで,運動器機能を改善させるリハビリテーションと考えられてきた しかし,骨格筋を収縮させることが生命維持のうえで重要な意義を有することが最近明らかになり,従来とは違った意義が注目されている.
近年,社会の生活様式が急速に変化し,健常人であっても1日の大半を座位姿勢で過ごす“too much sitting”のライフスタイルに移行している17).腰背部筋の筋力低下や抗重力筋の萎縮が慢性痛を増加させ,慢性痛の危険因子となっていることを,最近の神経科学が指摘している.百薬の長ともいうべき筋運動の生理学的意義を,次項以降で紹介する.(中略)

3. 筋活動の生理的意義:PGC1-αの発現
骨格筋活動には「百薬の長」と言うべき生理的意義がある(図6-7).骨格筋が活動すると,複数の転写調節因子や共活性因子の活性化が起きて,その結果,慢性炎症は抑制される.その代表例が 転写調節因子 PPAR-γ(peroxisome proliferator-activated receptor-γ)と,その共活性因子 PGC1-αである3,8,11).
PGC1-αは,骨格筋を動かすと速やかに筋組織中に発現する.PGC1-αが発現するとエネルギーと ATP の不足が補われ,筋線経の萎縮を招く遺伝子の転写が抑制される.したがって日常的にこまめに身体を動かす生活をしていると,筋萎縮が防止され,高齢者のサルコペニアを抑制することができる12,19).
転写調節因子とは 遺伝子の塩基配列を変えることなく,特定の遺伝子の発現を活性化したり,あるいは不活性化し,遺伝子発現を後生的に修飾制御する因子のことである.PPAR-γはその1つで,筋関連遺伝子の発現を制御するほか.体熱産生プログラムやミトコンドリア機能をコントロールして,老化を防いでいる8).
PGC1-αにはさらに,ミトコンドリアの数を増加させ機能を向士させる作用2),活性酸素種(reactive oxygen species : ROS)による酸化ストレスを抑制して老化を防ぐ作用12,19),代謝や血管新生を盛んにする作用もある(図6-8).
PGC1-αはこのように,生体にとって重要な働きをすることが明らかになり,健康を向上させる重要な鍵を握る因子として注目されている.骨格筋を活動させることで,驚くべき効果が生まれる.われわれの体内には Super-healthy の秘薬が存在しているのである.

4. PGC1-αによる慢性炎症の抑制
PGC1-αは筋活動が始まると筋組織中に発現し,炎症性サイトカインの生成を抑制する.PGC1-αは慢性炎症と老化を防ぎ,健康と若さを保つうえで重要な役割を担っている.(中略)

生活作業のほとんどを電化製品や車に代行させている現代の生活は,筋活動が極度に少ない.全身に慢性炎症が増加し,2型糖尿病,変形性関節症,がん,アテローム動脈硬化症などが多発するのは,無理からぬことなのかもしれない.慢性炎症を起こす元凶を源まで辿って行くと,sedentary lifestyle(身体を動かさない生活様式)に至ってしまうのである3)(図6-9).
慢性炎症を基盤とする疾患は世界各国で増加している.アルツハイマー病,パーキンソン病,変形性関節症,2型糖尿病,各種のがんなどである.慢性炎症を完全に抑制する薬物がいまだ開発されていない現在,骨格筋を動かして PGC1-αを活性化することは,慢性炎症を抑制するうえで最も手短かで確実な方法といえよう.(中略)

100歳を超えて元気に生きる百寿者(centenarian)は,“super-old,Super-healthy”と呼ばれるが,全員に共通する特徴は ①体内に慢性炎症が少ないこと,②同世代の人に比してテロメアの短縮度が小さいこと,の2つである.
テロメアとは,染色体の DNA 分子の両端にあるキャップ様の構造で,染色体が外界や細胞内ストレスで損傷されるのを防ぐ装置である.テロメアは細胞が分裂するたびに短くなるので,ローソクが燃えて小さくなるように,歳をとれば誰でもテロメアが短くなる.しかし慢性炎症が起こると短縮は加速される.若くても,健康状態の悪化によってテロメアは非常に短くなる.テロメアには,慢性炎症と個人の生き方が集約されているのである.(中略)

7. 健康維持に適した筋運動は?
健康向上に好効果をもたらすのは,日常的に軽く骨格筋を動かすことであって,強い筋運動ではない.本章で言及した筋運動とは,スポーツジムで行うエクササイズを指しているのではなく,通勤時の歩行,駅の階段昇降,自転車での通学通勤,家事労働,買い物,農作業,荷物の運搬など,日常的に継続可能な有酸素運動である.
筋運動や有酸素運動というと,ランニング,水泳,スポーツジムでの筋肉トレーニングなど,特別なエクササイズを思い浮かべる方が多いが,日常的に身体を動かす習慣が必要なのである.額に汗がうっすら浮かぶ程度の,日常的な筋運動が慢性炎症の抑制と筋萎縮の防止に効果が大きい.家事労働でも庭仕事でも時間を区切って迅速に行えば 運動量が大となり十分に PGC1-αを発現させ得る.
酸素を多く取り入れながら行う有酸素運動は,乳酸が生じないので疲労が起こりにくく,長時間の筋運動が継続可能になる.これによって呼吸器や循環器が刺激され,エネルギー源として脂肪が代謝されて,身体の健康に有益な効果がもたらされる.またミトコンドリア数も増加するので,活性酸素を増加させることなく,エネルギーを得ることが可能になる.
米国では一般市民を対象に,慢性炎症を基盤とする疾患について大規模疫学調査が行われてきた.全身の慢性炎症レべルを高くし,さまざまな疾患を増加させている元凶を探って行ったところ,筋運動量の少ない Sedentary lifestyle(身体を動かさない不活発なライフスタイル)が元凶であると結論づけられだ3,7,8,11)(図6-9).(後略)

注:i) 引用中の「図6-7」、「図6-8」及び「図6-9」の引用は省略します。 ii) 引用中の文献番号「1」は次のガイドラインです。 「Chapter 4. European guidelines for the management of chronic nonspecific low back pain.」 iii) 引用中の文献番号「2)」は次の論文です。 「PGC1α and mitochondrial metabolism--emerging concepts and relevance in ageing and neurodegenerative disorders.」 iv) 引用中の文献番号「3)」は次の論文です。 「Fundamental questions about genes, inactivity, and chronic diseases.」 v) 引用中の文献番号「4)」は次の論文です。 「Quality of low back pain guidelines improved.」 vi) 引用中の文献番号「7)」は次の論文です。 「Exercise and inflammation.」 vii) 引用中の文献番号「8」は次の論文です。 「The role of exercise and PGC1alpha in inflammation and chronic disease.」 viii) 引用中の文献番号「9」は次の論文です。 「The effects of rehabilitation on the muscles of the trunk following prolonged bed rest.」 ix) 引用中の文献番号「10)」は次の論文です。 「Changes in multifidus and abdominal muscle size in response to microgravity: possible implications for low back pain research.」 x) 引用中の文献番号「11)」は次の論文です。 「Inflammation and metabolic disorders.」 xi) 引用中の文献番号「12)」は次の論文です。 「Modulation of skeletal muscle antioxidant defense by exercise: Role of redox signaling.」 xii) 引用中の文献番号「13)」は次の論文です。 「Improvements in impaired GABA and GAD65/67 production in the spinal dorsal horn contribute to exercise-induced hypoalgesia in a mouse model of neuropathic pain.」 xiv) 引用中の文献番号「14)」は次の本です。 「菊池臣一(監修),紺野愼一(編集):腰痛診療ガイド.東京,日本医事新報社,2012」 xv) 引用中の文献番号「15)」は次の論文です。 「Mechanisms of exercise-induced hypoalgesia.」 xvi) 引用中の文献番号「17)」は次の論文です。 「Too much sitting: the population health science of sedentary behavior.」 xvii) 引用中の文献番号「19)」は次の論文です。 「PGC-1alpha protects skeletal muscle from atrophy by suppressing FoxO3 action and atrophy-specific gene transcription.」 xviii) 引用中の「ミトコンドリア」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ミトコンドリア」 xix) 引用中の「内因性カンナビノイド」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ミトコンドリア」の「カンナビノイドの分類」項 xx) 引用中の「オピオイド」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「オピオイド - 日本ペインクリニック学会」 xxi) 引用中の「GABA」については次のWEBページを参照して下さい。 「GABA - 脳科学辞典」 xxii) 引用中の「サイトカイン」については例えば次の資料を参照して下さい。 「サイトカイン研究でアレルギーと感染症に立ち向かう」の「サイトカインとは」項 xxiii) 引用中の「慢性炎症」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「炎症について」 加えて、引用中の「慢性炎症を基盤とする疾患」に関連する「慢性炎症と加齢関連疾患」については次の資料を参照して下さい。 「慢性炎症と加齢関連疾患」 xxiv) 引用中の「認知行動療法」についてはここにおける引用部の「1. 認知行動療法(CBT)」項を参照して下さい。

(d) 最後に慢性痛の転帰に関連するかもしれない、人は希望によって生きるについて、半場道子著の本、「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」(2018年発行)の 終章 の「3. 人は希望によって生きる」における記述の一部(P182~P184)を次に引用します。

3. 人は希望によって生きる
誰の人生にも,災禍に見舞われたり重篤な病気に罹ったり,不幸やひどい出来事はやって来る.しかし災禍や不運にへこたれず,どん底から這い上がって人生を何倍にも大きく築き直す人,痛みを経験しながらも以前に増した創造力を発揮し,優れた作品を生む人がいる.その一方で 絶望の淵に沈んだままの人,負情動の牢獄に閉じ籠もって難治性疼痛から回復できない人がいる.両者を分ける最初の差はほんの小さいところから生まれると,前項で述べた.
最近の心理学や精神医学の研究によっても,両者の最初の分かれ道は,ごく小さな些細なところにあると考えられている.両者の最初の分かれ道は,日常的に物事をどう捉えるか,本人の意識下/無意識下の脳活動の相違にあるようだ.何事かに遭遇した瞬間,何らかの小さな希望や期待を見出して解決方法を探ろうとするか,「事態は今後,きっと悪化する」「自分はいつも運が悪い,こんなことは苦手だ,いやだ」と感じるかは,わずかな違いのように思われる,しかし長期的にみると,無意識下の脳活動に大きな影響を与えている.
ヒトの意識下/無意識下の脳活動が,脳画像法の進歩によって多様な角度から把握されるようになったことは,実に大きな進歩である.「きっとよくなる」と希望的に考えるときの脳活動パターンは,物事を好転させる方向を探っており,「事態はもっと悪化する」「自分はいつも貧乏くじ」と,否定的に予測するときの脳活動パターンとは異なる.喜びや幸せを感じている脳回路網と,不安に怯え,過剰な負情動に駆られている脳回路網とでは,関与する神経核が異なるだけでなく,長期的には脳に構造的変化をも起こすからである.(中略)

フランクル著の「夜と霧」注3)には,ナチス強制収容所で「収容所労働者」に選別され,強制労働に従事した人々が描かれている.「ガス室送り」は免れたものの,大量殺戮された同胞の遺体運搬,焼却,清掃など 凄惨きわまる労働を担わされ,挙句の果てに自身もガス室送りになることを運命づけられた人々であった.第二次世界大戦がようやく終結したおかげで 死を免れて生還できた人たちがいた.精神科医フランクルもその1人であった
アウシュビッツ強制収容所が,近くのビルケナウ収容所と合わせて,ホロコーストの象徴として語られるようになったのは,全体では800万人とも言われる犠牲者数もさることながら,10万人以上の「収容所労働者」が強制収容所を生き延びて,戦後にその実態をつぶさに伝えたからである.
生還者に対しては,戦後に結成された調査団からさまざまな質問が行われた.「地獄の極致にあって,絶望のあまり高圧線に自ら触れて死を選んだ仲間も多かっだ中で 自身の心に何を言い聞かせて生き延びたか」という問いに対し,全員に共通した答えは,「理屈抜きの,ただひたむきな希望であった」という.個別的には回答は少し異なっていて,「妻に一目会いたかった」,「執筆中の本を仕上げたかった」など,さまざまな理由があったが,全員に共通した回答が「理屈抜きの希望」であったことは注目に値する.
希望し期待すること.それこそはわれわれの祖先のホモ・サピエンスが,6万年前にアフリカを出て,未知の大陸に踏み出した原動力であったと思われる.東アフリカから中東へ,オーストラリアへ,ユーラシア大陸の横断へ,ベーリング海峡を越えて北米へ,そしてついには南米の南端にまで辿りついた堅忍不抜さの源泉,それは希望であった.(後略)

注:i) 引用中の「注3」(P183)について次に引用(『 』内)します。 『原題は“Ein Psycholog Erlebt das Konzentrationslager”.作者の Victor E. Frankl(1905-1997)は,ウィーン在住の精神科医であったが,1941年チェコのテレジェンシュタット強制収容所に連行され.次いでポーランドアウシュビッツ強制収容所へ,さらにドイツのダッハウ強制収容所へ移送された.戦争終結によりそこで1945年に解放された.』 ii) 引用中の『何事かに遭遇した瞬間,何らかの小さな希望や期待を見出して解決方法を探ろうとするか,「事態は今後,きっと悪化する」「自分はいつも運が悪い,こんなことは苦手だ,いやだ」と感じるか』に関連するかも知れない、『認知行動療法は,慢性痛患者の負情動,ストレス,心理状態,破局的思考,認知過程に焦点を当てて,「心の持ち方」をポジティブな方向に変える手助けをする治療法である』ことについてはここにおける引用部の「1. 認知行動療法(CBT)」項を参照して下さい。 iii) 引用中の「希望や期待を見出して」に関連する『「期待感」は痛みを和らげる』ことについては、次のWEBページを参照して下さい。 「「期待感」は痛みを和らげる -プラセボ効果の神経生物学的な基盤の解明-」 iv) 引用中の「誰の人生にも,災禍に見舞われたり重篤な病気に罹ったり,不幸やひどい出来事はやって来る.しかし災禍や不運にへこたれず,どん底から這い上がって人生を何倍にも大きく築き直す人,痛みを経験しながらも以前に増した創造力を発揮し,優れた作品を生む人がいる.その一方で 絶望の淵に沈んだままの人,負情動の牢獄に閉じ籠もって難治性疼痛から回復できない人がいる.両者を分ける最初の差はほんの小さいところから生まれると,前項で述べた.」に関連するかもしれない、 a)「快情動の脳回路網と負情動の脳回路網の2項対立が,どちらに傾くかによって,一方は健常に復して静穏な日常に戻り,他方は慢性痛に傾いたまま長い歳月を過ごすことになってしまう.」ことについてはここを参照して下さい。 b) 「プラセボ鎮痛(Placebo Hypoalgesia)及びノセボ痛覚過敏(Nocebo Hyperalgesia)」に関連する論文例はここを参照して下さい。加えて、論文「The Underestimated Significance of Conditioning in Placebo Hypoalgesia and Nocebo Hyperalgesia.[拙訳]プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏における条件付けの意義の過小評価」の要旨(注:全文はここを参照して下さい)については次に引用します。

Placebo and nocebo effects are intriguing phenomena in pain perception with important implications for clinical research and practice because they can alleviate or increase pain. According to current theoretical accounts, these effects can be shaped by verbal suggestions, social observational learning, and classical conditioning and are necessarily mediated by explicit expectation. In this review, we focus on the contribution of conditioning in the induction of placebo hypoalgesia and nocebo hyperalgesia and present accumulating evidence that conditioning independent from explicit expectation can cause these effects. Especially studies using subliminal stimulus presentation and implicit conditioning (i.e., without contingency awareness) that bypass the development of explicit expectation suggest that conditioning without explicit expectation can lead to placebo and nocebo effects in pain perception. Because only few studies have investigated clinical samples, the picture seems less clear when it comes to patient populations with chronic pain. However, conditioning appears to be a promising means to optimize treatment. In order to get a better insight into the mechanisms of placebo and nocebo effects in pain and the possible benefits of conditioning compared to explicit expectation, future studies should carefully distinguish both methods of induction.


[拙訳]
プラセボ及びノセボ効果は、痛みを緩和又は増大させることができるため、臨床の研究及び実践に重要な含意を伴う痛みの知覚における興味深い現象である。現在の理論的な説明によれば、これらの効果は、口頭での示唆、社会的観察学習、及び古典的条件付けによって形成することができ、そして必然的に明示的な予期によってメディエイトされる。本レビューでは、プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏の誘発における条件付けの寄与に焦点を当て、そして明示的な予期とは独立した条件付けがこれらの影響を引き起こし得る証拠の蓄積を提示する。特にサブリミナルな刺激の提示及び明示的な予期の発生を回避する暗示的条件付け(すなわち、偶発的な気づきがない)を用いる研究は、痛みの知覚におけるプラセボ及びノセボ効果をもたらし得る明示的な予期無しの条件付けを示唆する。臨床サンプルを調査した研究はごくわずかであるため、慢性的な痛みを伴う患者集団になると描写は明らかではないようである。しかしながら、条件付けは治療を最適化するための有望な手段であるように思える。痛みにおいてプラセボ及びノセボ効果のメカニズムのより良い洞察を得るために、将来の研究では誘発の両方法を注意深く区別するべきである。

注:i) 引用中の「誘発の両方法」とは、「明示的」及び「暗示的」な方法の両方を指すのでしょうか? ii) これに関連して、全文の「2. Development of Placebo and Nocebo Effects」において、痛みにおけるプラセボ効果及びノセボ効果には、次に引用する経験的なエビデンスがあるようです。

Placebo and nocebo effects can be induced by different means. Empirical evidence shows that verbal suggestion [10], classical conditioning [11–13], and observational learning [14, 15] can lead to placebo hypoalgesia and nocebo hyperalgesia.


[拙訳]
プラセボ効果及びノセボ効果は異なる手段によって誘導することができる。 実験的なエビデンスによれば、口頭での示唆[10]、古典的条件付け[11-13]、観察学習[14,15]は、プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏をもたらし得る。

注:i) 引用中の文献番号「10」は次の論文です。 「Conscious expectation and unconscious conditioning in analgesic, motor, and hormonal placebo/nocebo responses.」 ii) 引用中の文献番号「11-13」に相当する、文献番号「11」、「12」、「13」はそれぞれ次の論文です。 「Conditioned placebo responses.」、「Conditioned response models of placebo phenomena: further support.」、「The role of conditioning and verbal expectancy in the placebo response.」 iii) 引用中の文献番号「14」、「15」はそれぞれ次の論文です。 「Placebo analgesia induced by social observational learning.」、「Nocebo hyperalgesia induced by social observational learning.」 iv) 引用中の「古典的条件付け」に関連して、プラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏の条件付けの意義について、全文の「4. Evidence for the Significance of Classical Conditioning」における記述の一部を引用します。

Evidence of different research areas highlights the significance of conditioning of placebo hypoalgesia and nocebo hyperalgesia that is independent of explicit expectation. It has been shown that besides humans, animals, such as rodents, can develop conditioned placebo hypoalgesia and nocebo hyperalgesia [55–57].


[拙訳]
異なる研究分野のエビデンスは、明示的な予期とは無関係のプラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏の条件付けの意義を強調する。 ヒトのほかに、げっ歯類等の動物は、条件付けされたプラセボ鎮痛及びノセボ痛覚過敏を発生し得ることが示されている[55-57]。

注:i) 引用中の文献番号「55–57」に相当する、文献番号「55」、「56」、「57」はそれぞれ次の論文です。 「Placebo effect in the rat.」、「Conditioned drug effects to d-amphetamine- and morphine-induced motor acceleration in mice: experimental approach for placebo effect」、「Placebo-induced analgesia in an operant pain model in rats.」 ii) 拙訳中の「プラセボ」、「ノセボ」については共にここを参照して下さい。

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注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日や修飾の変更等)を行うことがあります。

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*1:注:伝統的に神経症と呼ばれていた疾患群において、心理・社会的要因は発症、症状、経過に与える影響はすべての精神疾患に対し相対的に顕著であるといえることについても含みます。ここを参照して下さい。

*2:注:最初に「プラセボ、ノセボ、条件反射(条件付け)」に関するエントリ、WEBページ・資料等を紹介しています。加えて、サイバー心気症(リンク集参照)等に関連した論文や「嗅覚嫌悪条件づけ」(リンク集参照)についてもここで紹介しています。

*3:注:「サイバー心気症」については≪余談7≫の脚注を参照して下さい

*4:他の拙エントリにおいてはここを参照して下さい

*5:馴化はある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくことです。他の拙エントリにおいては、ここここここここ及びここを参照して下さい

*6:ちなみに、『「とらわれ」の病』については次のWEBページを参照して下さい。 『「とらわれ」の病

*7:ちなみに、OCD については、他の拙エントリのリンク集(用語:「強迫性障害強迫症)、社交不安障害」)を参照して下さい。一方、≪余談6≫の不潔恐怖・洗浄強迫も、OCD に関連しています。

*8:注:本エントリでは、条件付け及びトラウマを負ったことによるフラッシュバックを含む情動学習について記述するものの、用語「条件付け」が有名であり、引用の都合(例えばここ参照)もあるので、本エントリにおいては情動学習ではなく「条件付け」を使用します。加えて、この条件付けには「嗅覚嫌悪条件づけ」(リンク集参照)を含みます。

*9:ちなみに、化学物質過敏症又は本態性環境不耐症におけるトラウマへの言及についてはここを参照して下さい。

*10:「前書き」における最初の脚注参照

*11:一方、後者の中毒やアレルギーに対する予防法の例としては、回避(注:アレルギー〔ここ参照〕の場合は、アレルゲンからの回避)が挙げれると本エントリ作者は考えます。さらに、MCS又は化学物質過敏症の一般的な対処法とされるものとしては、例えば、超微量の原因化学物質とされるものからの回避及びこれの体外への排出が挙げれるかもしれません。ただし、これらは本エントリの範囲外です。一方、自閉スペクトラム症(他の拙エントリ参照)における嗅覚過敏(他の拙エントリの「※2 [ご参考1]」項参照)への対処法について、過去に本エントリ作者は調査したものの、有効な対処法を示した資料は未だ発見できていないので、これも他の感覚過敏を含めて本エントリの範囲外です。例えば、熊谷高幸著の本、「自閉症と感覚過敏 特有な世界はなぜ生まれ、どう支援すべきか?」(2017年発行)を読んでも、嗅覚過敏に関する記述は少なく、これに対する対処法を見つけることは、本エントリ作者にはできませんでした。加えて、治療という側面からすると ASD自閉スペクトラム症)の知覚過敏性は極めて難治性の問題に関連して、鈴木國文、内海健清水光恵編著の本、「発達障害の精神病理 I」(2018年発行)の 第6章 知覚過敏性を巡る諸問題 の「I.知覚過敏性の不思議」における記述の一部(P115)を次に引用します。 『知覚過敏性は不思議な現象である。知覚の異常による疾患特異性は,大方の ASD 用の尺度の特異度を上回る2)。しかし現在までのところ,その病理仮説はいろいろ提示されているが,解明までに至っていない。治療という側面からすると知覚過敏性は極めて難治性の問題であり,臨床医を悩ませてきた。』(注:i) この引用部の著者は杉山登志郎です。 ii) 引用中の文献番号「2)」の紹介は省略します。)

*12:臨床環境医の方々も、化学物質過敏症の診断のゴールド・スタンダードは負荷(誘発)試験と考えているようです。例えば、他の拙エントリのここここここ及びここを参照して下さい。

*13:「前書き」における最初の脚注参照

*14:DSM-5(米国精神医学会(APA)の精神疾患の診断分類、改訂第5版)による分類を想定しています。「不安症 - 脳科学辞典」を参照して下さい。ちなみに、不安症(不安障害)とうつにおける反すうと心配の役割についてはここを参照して下さい。

*15:ある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくこと

*16:曝露反応妨害法については、例えば次のWEBページも参照して下さい。 「OCDの治療法」の「曝露反応妨害法の実際」項

*17:William J Rea 医師の流れを汲む臨床環境医の宮田医師のご発言だと仮定します

*18:ちなみに、このカテゴリーにおける分類については、例えばWEBページ「神経症性障害 - 脳科学辞典」の表1を参照して下さい。

*19:ちなみに、コンパッション・フォーカスト・セラピーの視点からの、身の危険と関連した感情について、佐渡充洋、藤澤大介編著の本、「マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本 医療者のための臨床応用入門」(2018年発行)の Ⅲ章 マインドフルネスと関連のある介入 の 2 コンパッション・フォーカスト・セラピー の 3 慈悲についての心理教育 の 3 感情制御の3つの円 の「脅威システム」における記述の一部(P126)を次に引用(『 』内)します。 『1つ目の円は,脅威システムと呼ばれ,我々を様々な危険から守るガードマンのような役割を持っている。そのため,身の危険と関連した不安・恐怖,怒り,嫌悪といった感情と関係しており,危険が降りかかる可能性を察知すると,即時的に感情的な反応を生じさせ,合理的な思考をすることは難しくなる。』(注:i) この引用部の著者は浅野憲一です。 ii) 引用中の「1つ目の円」は同ページの「図3 感情制御の3つの円」における1つの円のことで、この部分の引用は省略しますが、代わりに次の資料を参照して下さい。 「コンパッション・フォーカスト・セラピーを活かしたCBTの工夫」の「3つの円のモデル - 脅威システム」シート[P3])

*20:「前書き」における最初の脚注参照

*21:注:⑦で示す例は標記条件付けではなく、妄想性障害に関するものです

*22:しかしながら、上記このような患者の存在についての検討においては、他の拙エントリの※2の[ご参考2]及び[ご参考3]を参照すれば良いかもしれません。さらに、英語が堪能で興味とリソースがある方は、この[ご参考2]で紹介した論文を読めば良いかもしれません。さらに、以下に示す論文の要旨も読むと興味深いかもしれません。{1}「Brain responses to olfactory and trigeminal exposure in idiopathic environmental illness (IEI) attributed to smells -- an fMRI study.」(この論文の要旨は他の拙エントリのここを参照して下さい){2}Cortical activity during olfactory stimulation in multiple chemical sensitivity: a (18)F-FDG PET/CT study.」(ちなみに、次の pdfファイル[他の拙エントリのここ参照]の「6.臨床検査」において、この論文についての短い説明があります。この部分を次に引用します(『 』部)。『また、Chiaravalloti ら15)は、嗅覚刺激時の大脳皮質各部位におけるグルコース消費量が、いわゆる化学物質過敏症患者と健常者では異なったパターンを示すことを明らかにしている。』 、{3}「Involvement of Subcortical Brain Structures During Olfactory Stimulation in Multiple Chemical Sensitivity.」、{4}「Brain dysfunction in multiple chemical sensitivity.」、{5}「Odor processing in multiple chemical sensitivity.」、{6}「Odor annoyance of environmental chemicals: sensory and cognitive influences.」、{7}「Chemosensory perception, symptoms and autonomic responses during chemical exposure in multiple chemical sensitivity.」、{8}「The role of perceived pollution and health risk perception in annoyance and health symptoms: a population-based study of odorous air pollution.」、{9}Aversive learning increases sensory detection sensitivity.、{10}「Cognitive modulation of olfactory processing.」(注:{8}~{10}は化学物質過敏症関連では無いかもしれませんが、興味深い論文です)。ちなみに、MCS 関係ではありませんが、これに関連するかもしれない「ネガティブな情動刺激(他人の恐怖表情)に対する左扁桃体の活動が亢進」(注:扁桃体辺縁系の一部です)については、次のWEBページを参照して下さい。「睡眠不足で不安・抑うつが強まる神経基盤を解明」 さらに、[ご参考2]で紹介した最初の論文の「Introduction」において、PubMed では検索されない文献[18]を参照して、「In functional magnetic resonance imaging (fMRI) studies involving exposure to odorants, a strong signal-intensity reaction was seen in the limbic system of MCS patients[18].[拙訳]臭気物質曝露に関連した fMRI 研究では、MCS 患者の大脳辺縁系において強い信号強度の反応が見られた」との主旨の記述が有ります。一方、情動処理における前頭前皮質の役割を調査するためのツールとしての近赤外分光法(NIRS)に関する議論及びパニック症における情動の特徴については、項を、ストレスによる前頭前皮質及び大脳辺縁系への影響については、[ご参考3]をそれぞれ参照して下さい。加えて大脳辺縁系については、PTSD又は複雑性PTSDの視点より他の拙エントリのここを参照して下さい。一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項

*23:ちなみに、本エントリ内には条件付けに類似した用語「嗅覚嫌悪条件づけ」(リンク集参照)があります

*24:予期不安はパニック症を特徴づけるもので、例えば、他の拙エントリのここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「パニック症 - 脳科学辞典」の「典型例」項 ちなみに、 a) 言葉の効果と不安との関連については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 本エントリ作者が興味を持ったパニック症の予期不安に対する治療の報告例は、次の資料を参照して下さい。 「パニック障害に対するEMDRの効用と限界

*25:注:「嫌悪」は強迫性障害(OCD、強迫症)に関係するようです。上記強迫性障害に関係する感情である「増強した不安」や「恐怖」のみならず、「嫌悪」についても次の資料を参照して下さい。 「強迫性障害の臨床像・治療・予後 ――難治例の判定,特徴,そして対応――」の「1. OCD の病像」項(P967) 加えて、強迫観念によって生じる嫌な感情については、ここを参照して下さい。さらに、強迫性障害強迫症)における曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法(患者の方々のための資料)については、次を参照してください。 「強迫性障害(強迫症)の認知行動療法マニュアル」の「強迫性障害強迫症)の認知行動療法(患者さんための資料)」 ちなみに、 a) 強迫症は、DSM-5 より不安症(不安障害)のカテゴリーからは分離しました。一方、ICD-10 においては、強迫性障害強迫症)は不安障害と同じく、神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害のカテゴリーに含まれています。加えて、強迫症において適切な治療を受けない場合に、人生の大半を強迫の餌食になることについてはここを参照して下さい。 b) 嫌悪に関連して、ジョン・カバットジン著、貝谷久宜監訳、鈴木孝信訳の本、「マインドフルネスのはじめ方 今この瞬間とあなたの人生を取り戻すために」(2017発行)の P122~P124 には、「嫌悪は欲の裏返し」について示されています。この中の記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『嫌悪は,物事はこうあったらいいのに,という望みの裏返しです。』

*26:さらに、この症状とされるものにはトラウマを負ったことによるフラッシュバック(他の拙エントリのリンク集参照)、解離性障害の症状(記憶の一部がごそっと欠けている等、例えば次のWEBページ「【3070】解離のような症状があるようですが、これが解離の症状なのか正常の範囲なのかわかりません - Dr 林のこころと脳の相談室[このサイトのホームページ]参照)も含まれていません

*27:強迫スペクトラム障害(ここ参照)又は不安症(他の拙エントリのリンク集[用語:不安障害(不安症)]参照)との合併を含みます

*28:ちなみに、化学物質過敏症における他の疾患との鑑別については、ここを参照して下さい。

*29:PubMed におけるURLは http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17620903

*30:不定愁訴の辞書的な意味については、例えば次のWEBページ参照して下さい。 「不定愁訴 - コトバンク」 加えて、不定愁訴と類似する又はほぼ一致する「医学的に説明できない症状」については、次のWEBページ参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』、「不定愁訴を治療するには?

*31:WEBページ「心身症 - 脳科学辞典」における表1.の機能的疾患及び神経症性・一過性心身反応を参照して下さい

*32:精神疾患以外でも様々な身体疾患に見られます。例えば、ここや次のエントリを参照して下さい。 「自律神経失調症?〜その3〜

*33:加えて、他の拙エントリのリンク集[用語:「強迫性障害強迫症)、社交不安障害」]も参照して下さい。さらに、 (a) 強迫症についての YouTube があります。 (b) 上島国利監修、有薗正俊著の本、「よくわかる 強迫症」(2017年発行)の「主な症状 強迫観念にとらわれ、強迫行為を行う」における記述の一部(P14)を踏まえた強迫症の説明例を次に示します(【 】内)。【強迫症には強迫観念(Obsessive に相当)と強迫行為(Compulsive に相当)という2つの症状があります。多くの場合。強迫観念と強迫行為の両方があり、互いに影響し合っています。】 (c) OCD において、「強固な恐怖条件付けや消去不全などが,典型的 OCD 患者では観察される」ことについては、次の資料をそれぞれ参照して下さい。 「強迫性障害の臨床像・治療・予後 ――難治例の判定,特徴,そして対応――」の「1. OCD の病像」項(P968)、「強迫症の診断概念,そして中核病理に関するパラダイムシフト ―神経症,あるいは不安障害から強迫スペクトラムへ―」の【DSM-IV-TR に見る OCD の典型例と不安の病気としての限界】項 (d) 拙訳はありませんが、 1) OCD の「現象学、病態生理学、及び治療」におけるダイナミクスについてはWEBページ「The Dynamics of Obsessive-Compulsive disorder: A Heuristic Framework」を、2) OCD(臨床又は亜臨床)において自信の減少が見られるエビデンスについては論文(全文)「Abnormalities of confidence in psychiatry: an overview and future perspectives」を それぞれ参照して下さい。加えて、内受容感覚(Interoception、他の拙エントリのここを参照)は「OCD 研究の有望な目標である」(Interoception presents itself as a promising target for OCD research)ことについては論文(全文)「Interoception and Obsessive-Compulsive Disorder: A Review of Current Evidence and Future Directions」の「Conclusion」項を参照して下さい。 (e) 「OCD の研究領域で Thought-Action Fusion(TAF)という概念が出ていた」ことを説明する一連のツイートがあります。 (f) 強迫症への認知療法の発展形としての「推論準拠療法」(Inference-based therapy)についてのツイートがあります。加えて、YouTube強迫症を治す3つの鉄則[臨床]松永教授の認知行動療法に基づくノウハウ公開」もあります。

*34:その上に、同によるとERPを実行することは「バンジージャンプ」(なお、ツイート、WEBページ「まるで電車に乗る感覚…ベテランカウンセラーが富士急ハイランドの絶叫マシーンに10回以上乗った驚きの結果」や pdfファイル「学術通信 No.113」中の伊藤絵美著の文書「なぜ私はバンジージャンプを跳ぶのか」[P2~P4]も参照すると良いかも)又は「強迫プールに飛び込むこと」に喩えられています(前者は同の P104、P128、P133 を、後者は同の P127 をそれぞれ参照)。加えて、同 P79 には「こんな恐ろしい治療はないと思いました」との記述もあります。

*35:ちなみに、このエントリ中のリンク「日山 et al. 2011」がはずれています(2016年10月3日現在)。正しいリンク先はおそらくここでしょう。

*36:ちなみに、これに関連して次の資料があります。「がん化学療法における条件付け由来の副作用と学習性食物嫌悪に関する予備的研究

*37:スタチンのノセボ効果に関連する論文例はここを参照して下さい。加えてWEBページ「expert reaction to study looking at statins, placebo and side effects[拙訳]​スタチン、プラセボ、副作用を調べる研究に対する専門家の反応」(英語)もあります。

*38:ちなみに、この論文の要旨における最初の記述を次に引用します(『 』内)。『Intolerance of uncertainty (IU) is a characteristic predominantly associated with generalized anxiety disorder (GAD); however, emerging evidence indicates that IU may be a shared element of emotional disorders.』[拙訳]不確実性への不耐性 (IU) は、全般不安症 (GAD) [訳注:WEBページ「不安症 -脳科学辞典」の「不安症の下位診断名とその症状」項参照]に主に関連する特徴である。しかしながら、新たな証拠は、IU が情動障害の共有要素であるかもしれないことを示す。

*39:これらの資料に関係するかもしれない a) 論文の要旨は他の拙エントリのここを b) 資料は他の拙エントリのここ項とここを c) 味覚と嗅覚の連合学習における古典的条件づけを含む引用はここを それぞれ参照して下さい。ちなみに、がんの化学療法における条件付けについては、のリンク先を参照して下さい。

*40:心気症は、DSM-IV では「身体表現性障害」のカテゴリーに分類されているようです。詳細は次のWEBページを参照して下さい。 「身体表現性障害」 一方、心気症に相当する DSM-5 における最新名は「病気不安症」(Illness Anxiety Disorder)です。ここや次のWEBページを参照して下さい。 「身体症状症(旧:身体表現性障害)」 また、ICD-11 における心気症の扱いはここを参照して下さい。

*41:この脚注の次に紹介する本、「感じて、ゆるす仏教」の著者の一人である魚川祐司による「ガンバリズム」の定義について、同本の P132 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『魚川 前章で言われていた order & control、「命令して、コントロールする」モードで行われるような仏道修行のあり方。つまり、目標に向かって意識的な努力を重ねていって、そのためだったら別にいくら苦労をしてもかまわないし、何だったら死んでもかまわないくらいの徹底的な修行をして、自信を追い込んでいく。その結果として、何か「悟り」なり究極的な境地なりがあるのならば、それを得るまで倦まず弛まず己を鍛えていきましょうというのがガンバリズムだと理解しています。』