krns-linkのブログ

まだ仮公開で、今後も本公開までドタバタします。コメント欄は有りません。ちなみに、拙ブログ作者は医療関係者ではありません。拙ブログは訪問者の方々がお読みになるためのものですが、鵜呑みにしない等、自己責任でお読み下さい(念のため記述)。

化学物質過敏症における原因物質の曝露濃度について

① 本エントリ内の医学、脳科学及び仏教思想関係の様々な用語のリンク
(化学物質過敏症)診断のゴールド・スタンダード  Clinical Ecologists(和訳:臨床環境医)の定義  嗅覚の過敏(※2[ご参考1][ご参考2]及び[ご参考3]参照)*1
扁桃体と前頭前野の結合性 *2  馴化(消去学習を含む)*3ここここここ及びここ)  プラセボ及びノセボ反応の無意識活性化  ストレス反応
記憶(ここここここここここここここここ及びここ)  嗅覚の生理・心理学  精神神経内分泌免疫学  各種疾患・障害における脳科学 *4
知覚(ここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここ及びここ
脳幹、視床下部、扁桃体、海馬、大脳辺縁系、前頭葉、前頭前皮質、内側前頭前皮質 *5  情動と理性 *6  闘争/逃走モード(ここの「ストレス反応を制御する――監視塔」項参照)
「危険と知覚される」  「人の知覚は、事実よりも重要」  機能性身体症候群、中枢性感作症候群  予測符号化(予測的符号化)
マインドフルネス瞑想、ヨーガ(ここの「ストレス反応を制御する――監視塔」項参照)  神経生理学(ここここ及びここ)  PTSD と臭気との関連 *7
香気物質 *8  カビ臭  人体から発生するにおい物質  森林浴・森林セラピー
メディカル・アロマセラピー、精油の成分  アロマセラピーにおけるシステマティック・レビュー(ここここここ及びここ)  においの快不快(ここ及びここ
プルースト現象 *9  嗅覚の学習記憶  味覚と嗅覚の連合学習  臭い想起記憶
におい物質の嗅覚閾値ここ及びここ)  低濃度と高濃度で匂いの質の異なる香気物質(分子)があること
日常生活で嗅いでいるにおいは低濃度多成分の混合体  香気物質の揮発性と分子量の小ささとの関係  ニューロ・ガストロノミー  悪臭苦情件数
一つ一つの現象をありのままに見て、イメージを作らない(ここここ)  瞑想における「ラべリング技法」の問題点(「たかが言葉」、「されど言葉」)  放逸
欲望(煩悩)によって条件づけられた現象の認知の仕方から身を離す  ありのままの現象を認知する  如実知見  「状態と意味に対する微細な囚われ」が瞑想の罠
ルール支配行動  匂いは嗅覚受容体と結合した匂い物質によって形成されているものに過ぎない
雑音過敏  MCS と雑音過敏及び聴覚過敏との関連  聴覚過敏

② 他の拙エントリにおける仏教思想関係用語のリンク
「言葉の世界全体から距離を取る」  「音は現実ですが、言葉と意味は私たちが作り出したもの」

ご参考:他の拙エントリのリンク集(ここ及びここ参照)にも、一部ですが本エントリに関連した用語のリンクがあります。

はじめに

ご参考:ちなみに、本エントリ作成のプロセスは他の拙エントリのここで示すものと似ている点があります。

化学物質過敏症における原因物質(以下原因物質と略する)の曝露濃度については、yutanpo1984様による次のツイートも考慮して、本エントリを作成しました。又はここ参照。ただし、「香料」ではなく、原因物質*10の「臭い」についてですが。ちなみに、i) 1ppm=1000ppb、1%=10000ppm です。 ii) 本エントリにおいて、 a) 用語「MCS」は Multiple chemical sensitivity[多種化学物質過敏状態]の略です。 b) 用語「IEI」は Idiopathic Environmental Intolerance[突発性環境不耐症又は本態性環境不耐症]の略です。他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 本エントリに関連する「嗅覚」についての動画がツイートに紹介されています。

≪主な改訂の履歴≫
2019年10月26日:文章の追記、変更及び削除を含む大幅な改訂を行いました(また本改訂日より前の主な改訂の履歴は削除しました)。
2019年12月20日、2021年12月7日:文章の追記を含めてさらに改訂しました。

背景

William J Rea 医師をはじめとする Clinical Ecologists(和訳:臨床環境医、以下臨床環境医と称する※1)は、MCS、CS、化学物質過敏症(以下まとめて化学物質過敏症と称する)を提唱しました。疾患概念である化学物質過敏症の存在を立証する責任は臨床環境医側にあります。そこで彼らは立証のための盲検法による誘発試験(負荷試験、チャレンジテストとも称する、例えば、次の複数の引用参照)を考案し、複数実践しましたが、誘発試験のシステマテック・レビューにより化学物質過敏症の存在を否定されています。

原因物質の曝露濃度

臨床環境医が考案した上記誘発試験で適用した代表的な原因物質(ホルムアルデヒド及びトルエン参照])の曝露濃度等*11を以下の引用等で示し、次にまとめました。加えて、原因物質の曝露濃度のレベルについての考察を以下に試みます。

曝露濃度のまとめと結論

(ア)ホルムアルデヒド

嗅覚や刺激閾値0.5ppm (500ppb)又は200~300ppb
室内濃度指針値:80ppb
誘発試験での曝露濃度:8ppb、40ppb、80ppb又は40ppb、80ppb *12

(イ)トルエン

嗅覚や刺激閾値0.9ppm (900ppb)又は0.33ppm (330ppb)
室内濃度指針値:70ppb
誘発試験での曝露濃度:5ppb、10ppb、25ppb又は35ppb、70ppb

(ウ)結論

これらのまとめより、化学物質過敏症における上記代表的な原因物質の曝露濃度は、嗅覚や刺激閾値よりさらに低い室内濃度指針値以下の濃度*13であると本エントリ作者は考えます。これに従うならば、臭う※2 *14原因物質に反応するのは(臨床環境医が提唱した)化学物質過敏症とは同じでないと本エントリ作者は考えます*15

ちなみに、日本臨床環境医学会編の本「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」からの引用由来のもので、次に示す記述があります。MCS及び化学物質過敏症「医学的な定義はまだ確立されておらず,社会的な関心が先行し言葉が独り歩きし,混乱が生じている.」

(エ) 引用等

一方、臨床環境医が提唱した原因物質の曝露濃度及びその関連情報については上記コメントと一部重なるかもしれませんが、以下に引用等により説明します。

(1) 一般論
a) 柳沢幸雄、石川哲、宮田幹夫著の本「化学物質過敏症」(2002年発行)の 第二章 化学物質過敏症の症状 (この章は石川氏と宮田氏が解説)の 「在来型の中毒とは違う」項の記述の一部(P128~P129)を次に引用します。

ところがいまや、内分泌攪乱物質=環境ホルモンにしても、化学物質過敏症にしても、またアレルギーにしても、体重1キログラム当たり1ナノグラム(10億分の1グラム)から10ナノグラム、あるいはさらに微量の化学物質の刺激に反応することが問題になっている。古典的な中毒はミリグラム、つまり1000分の1グラムの世界である。現在の問題は、それからさらに低い100万分の1以下の世界なのである。

b) 宮田幹夫著の本「化学物質過敏症 忍び寄る現在病の早期発見と治療」(2001年発行)の「Part3 発症のしくみ」 における記述の一部(P21)を次に引用します。

化学物質過敏症の場合、ppb、つまり約1ミリリットル当たり1ナノグラム(10億分の1グラム)から、ppt、つまり約1ミリリットル当たり1ピコグラム(1兆分の1グラム)という、日常生活で使う単位とはかけ離れたごくわずかな量でも発症するようになってしまうのです。

c) 米山啓一郎*16著の文書「シックハウス症候群・化学物質過敏症・シックスクール症候群の現況」の「医学的考察」項における記述の一部(P160)を次に引用します。

2. 化学物質過敏症
化学物質過敏症厚生労働省の室内濃度指針の1/10から1/20など,通常の人なら適応できるような極めて微量でも症状が出てきてしまう場合で,したがって居住空間だけでなくあらゆる場所や,日常品に対して症状がでるため,社会生活になんらかの制限を持つもの.」と定義している.

d) 公的なWEBページ「シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会 中間報告書-第1回~第3回のまとめについて」の「シックハウス(室内空気汚染)問題に関連する用語の理解について」項における記述の一部を次に引用します。

化学物質過敏症

「快適で健康的な住宅に関する検討会議」報告書(平成11年1月)、厚生科学研究「化学物質過敏症に関する研究(主任研究者 石川 哲)」(平成8年度)によれば、下記のとおり。
最初にある程度の量の化学物質に暴露されるか、あるいは低濃度の化学物質に長期間反復暴露されて、一旦過敏状態になると、その後極めて微量の同系統の化学物質に対しても過敏症状を来す者があり、化学物質過敏症と呼ばれている。化学物質との因果関係や発生機序については未解明な部分が多く、今後の研究の進展が期待される。

(2) 有力な原因物質とその室内濃度指針値
a) 有力な原因物質
柳沢幸雄、石川哲、宮田幹夫著の本「化学物質過敏症」(2002年発行)の 第四章 誰もが化学物質過敏症になりうる (この章は石川氏、宮田氏及び柳沢氏の議論)の「まず空気から汚れをとる」項の記述の一部(P186)

柳沢 患者がこれ以上増えないようにするには、いま、一番、何が必要ですか。(中略)
宮田 一番大事なのは、やはり空気の汚れの除去ですね。
柳沢 具体的に、物質として言うと何でしょう。
石川 ホルムアルデヒドが一、有機リンが二、トルエンが三、その他が四、総量規制でVOC(揮発性有機化学物質類)を抑えるというのが五、という順番ですね。

注:本エントリでは主に有力な原因物質であるホルムアルデヒドトルエンについて以下に言及します。

b) 化学物質の室内濃度指針値
シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会(検討会)」(座長:林裕造元国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター長)の中間報告書に基づき、策定した化学物質の室内濃度指針値は、ホルムアルデヒドトルエンでそれぞれ 0.08ppm (80ppb)、0.07ppm (70ppb) です。例えばマニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「巻末資料 表-2」(P239)を参照して下さい。ちなみにより簡単には、WEBページ「シックハウス対策」におけるリンク「室内濃度指針値一覧表」を利用して下さい。

(3) ホルムアルデヒドの曝露濃度
a) 柳沢幸雄、石川哲、宮田幹夫著の本「化学物質過敏症」(2002年発行)の 第四章 誰もが化学物質過敏症になりうる (この章は石川氏、宮田氏及び柳沢氏の議論)の「どのようにして病気を知るか」項の記述の一部(P176~P177)を次に引用します。

石川 (中略)宮田先生たちが大変な努力をして調べたところ、ホルムアルデヒド濃度が八〇ppb以下でも反応する患者がいる。四〇ppbでも反応する。さらに、八ppbでも反応する患者がいました。ホルムアルデヒドの臭いは、通常の人間の臭覚では、二〇〇ppbから三〇〇ppbにならないと感じません。

注:i) 引用中の「八ppb」は、資料「特発性環境不耐症(いわゆる「化学物質過敏症」)患者に対する単盲検法による化学物質曝露負荷試験」でも次に引用するように話題となっています。 ii) さらに、この資料におけるホルムアルデヒドの嗅覚や刺激閾値の記述について次に引用します。

一方,宮田らは,環境省研究班の 2001 年度分データの大部分を用いた論文において,8ppb という「極めて微量のホルムアルデヒド曝露で自律神経機能が変動する」結果を得たとし,「多種化学物質過敏症患者は極めて微量な化学物質に反応することを,客観的に明らかとなし得た」と結論づけている.

(中略)

FAの嗅覚や刺激閾値は0.5ppmと言われている(中略)

注:i) 引用中の「FA」はホルムアルデヒドのことです。 ii) 引用中の文献番号の表示は省略しています。上記資料を参照して下さい。 iii) 引用中の「FAの嗅覚や刺激閾値は0.5ppm」についてはここを参照して下さい。

(4) トルエンの曝露濃度
a) 日本化学工業協会 研究支援自主活動 Annual Report 2006 (P79) の表題「化学物質過敏症診断体系確立の試み:問診票、匂い認知・情動検査、脳画像検査を用いた総合的診断」の研究概要*17(注:現在リンク不能になっています)の【方法】項の一部を次に引用します。

MCSと診断された患者13名(男性7名、女性6名)と対照群11名(男性5名、女性6名)の合計24名に対して、微量発生装置で発生させた低濃度トルエン(5ppb、10ppb、25ppb)と純空気、フェニルエチルアルコール(PEA)10ppmを、被験者がfMRIに臥した状態で鼻部に送気した。曝露は各濃度につき5回繰り返して行った。

注:i) フェニルエチルアルコールは芳香物質として臭いを知覚させるためにこの濃度を採用したようです。ちなみに、上記「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)については、例えば次の資料を参照して下さい。「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用

b) 資料「特発性環境不耐症(いわゆる「化学物質過敏症」)患者に対する単盲検法による化学物質曝露負荷試験*18では、次に曝露濃度を引用するように、トルエン負荷試験ついて報告されています。

曝露濃度は,先行研究を参考にして,厚労省の室内環境汚染物質の指針値,その半量,および空気曝露,すなわちプラセボとした.したがって,FA濃度は0・40・80ppb,T濃度は 0・35・70ppb であった.Tのヒトにおける嗅覚閾値濃度は3,343μg/m3(0.9ppm),FAの嗅覚や刺激閾値は 0.5ppmと言われていることから,これらの曝露濃度はいずれも臭いや刺激を感じない程度の濃度である.

注:i) 引用中の「FA」と「T」は、それぞれホルムアルデヒドトルエンのことです。 ii) 引用中の「厚労省の室内環境汚染物質の指針値」は、「室内濃度指針値」のことです。 iii) 都合によりホルムアルデヒドの引用も含めています。 iv) 引用中の文献番号の表示は省略しています。 v) 引用中の「T のヒトにおける嗅覚閾値濃度は3,343μg/m3(0.9ppm)」に関連して、これとは異なるトルエンのヒトにおける嗅覚閾値濃度(0.33ppm)はここを参照して下さい。 vi) 引用中の「FAの嗅覚や刺激閾値は0.5ppm」についてはここを参照して下さい。

(5) 他の誘発試験における曝露濃度(参考)
a) 資料「化学物質過敏症」の「MCS診断と検査の実際」項における記述の一部を次に引用します。

たとえば、Rea によると、①都市ガス、②エチルアルコール、③フェノール、④塩素ガス、⑤フォルマリン、⑥有機塩素系殺虫剤(たとえばBHC等)、⑦フェノキシ系除草剤(2,4-Dなど)、⑧水蒸気(都市水道、井戸水、ミネラルウォーター)、などの物質と接触させて患者の反応を外から見る。その量はたとえば農薬では、0.003ppm以下で、他は0.025ppm前後でチャレンジを行っている。このテストにより MCS とそうでない psychogenic な患者とは完全に識別され、診断を設定し治療が行われることとなる。

注:(i) 引用中の「Rea」は、William J Rea 医師(参照)のことです。 (ii) 引用中の「チャレンジを行っている」は、「チャレンジテストを行っている」という意味であると考えます。ちなみに、上記チャレンジテストは「確定診断の一つとして必須である」ことや「負荷試験」(負荷テスト)又は「誘発試験」の別名である[下記 (v) c) 項も参照]ことを含めて次の資料を参照して下さい。 「シックハウス症候群・化学物質過敏症の現況:医学の立場から」の「(7) チャレンジテスト」項(P21) (iii) 引用中の「psychogenic な」は、「心因性の」と訳すようです。 (iv) 文献番号の引用は省略しています。 (v) 引用中の「MCS とそうでない psychogenic な患者とは完全に識別」に関連する、 a) 「化学物質の負荷検査で確認されれば、確実な証拠になる」ことについては、他の拙エントリのここを、 b) 「推定される原因化学物質を微量負荷し生体の反応をみる誘発試験(チャレンジテスト)も本症の診断をより確実なものにするためにきわめて有用な情報を与えてくれる」ことについては、資料「化学物質過敏症:臨床面からの最新知見」の「1)神経学的検査」項(P248)を、 c) 「確認のためクリーンルーム内で考えられる化学物質を微量負荷し生体の反応を観察する。この誘発試験(チャレンジテスト・負荷テスト)により本症の診断がより確実なものになる。」については、資料「シックハウス症候群・化学物質過敏症の現況:医学の立場から」の「3.2 臨床検査所見」項(P19)を、 d) 加えて「原因物質を特定するために誘発試験は必須である」ことについては、同資料の「5)誘発試験」項(P249)を、 f) 一方、「条件付けによる病態を除外する方法が二重盲検法以外にはない」ことについては、他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。また、 1) 「石川哲先生や宮田幹夫先生は、複数の著作で負荷テストの重要性を強調しておられますね。」との記述を有する一連のツイートがあります。 2) 「化学物質負荷試験は,化学物質と症状との関連性を確認できる誘発試験なので,シックハウス症候群化学物質過敏症診断の根拠になると期待されている」ことについては、資料「化学物質負荷試験に用いるクリーンルームにおける化学物質濃度とその負荷濃度の安定性に関する検討」の「目的」項を参照して下さい*19。加えて、『化学物質過敏症の症状と低濃度の化学物質ばく露との因果関係を検証する目的で実施される研究で、その因果関係証明に一番説得力がある研究とされているのは「二重盲検(ダブルブラインド)法」で割りつけた疫学研究である』ことについては、次の資料を参照して下さい。 「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.2. どのような化学物質のばく露に起因するのか?を調べるために」項(P51)

b) 資料「化学物質過敏症の診断 -化学物質負荷試験51症例のまとめ*20の抄録を次に引用します。

【背景・目的】化学物質過敏症は診断の決め手となるような客観的な検査所見が無く,病歴,QEESI点数、臨床検査(他疾患の除外)等から総合判断として診断している.診断のゴールド・スタンダードは負荷試験であるが,これも自覚症状の変化を判定の目安として使わざるを得ない.そういう制約はあるが,我々の施設ではこれまで化学物質負荷試験を,確定診断の目的で施行してきた.
【方法】当院内の負荷ブースを用い,ホルムアルデヒド,あるいはトルエンを負荷した.負荷濃度は最高でも居住環境指針値とした.また負荷方法は従前はオープン試験によったが,最近はシングル・ブラインド試験を施行している.
【結果】これまで51名の患者に延べ59回の負荷試験を行った.オープン試験を行った40名のうち,陽性例は18名,陰性例は22名であった.陰性判定理由は症状が誘発されなかった例が11名,実際の負荷が始まる前に(モニター上負荷物質濃度上昇が検出される前に)症状が出た例が11名であった.ブラインド試験は11名に施行し,陽性が4名,陰性が7名であった.
【結語】化学物質負荷試験は現時点でもっとも有力な化学物質過敏症の診断法であり,共通のプロトコールを作成し行われるべきである.

注:i) 引用中の「居住環境指針値」は「室内濃度指針値」のことです。 ii) 引用中の「オープン試験」は、「ブラインド試験」とは異なり盲検化していない試験のようです。 iii) 引用中の「ゴールド・スタンダード」は、診断の精度が高いものとして広く容認された手法のようです。

※1:本エントリにおける Clinical Ecologists(和訳:臨床環境医) の定義について
1994年の報告書、正確には資料「Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals」の「Questions That May Be Asked」項[P20~P21]において、clinical ecologists に関する、次に引用する記述があります。

Who are "clinical ecologists"?

"Clinical ecology", while not a recognized conventional medical specialty, has drawn the attention of health care professionals as well as laypersons. The organization of clinical ecologists-physicians who treat individuals believed to be suffering from "total allergy" or "multiple chemical sensitivity" -- was founded as the Society for Clinical Ecology and is now known as the American Academy of Environmental Medicine. Its ranks have attracted allergists and physicians from other traditional medical specialties.


[拙訳]
”臨床環境医”("clinical ecologists")は誰か?

”臨床環境医学”("Clinical ecology")は、主流医学の専門分野とは認識されていないが、非専門家はもちろんヘルスケア専門家の注目を引いている。"total allergy" 又は”MCS”("multiple chemical sensitivity")を患っていると信じられている個人を治療する臨床環境医-医師[訳注]の組織が臨床環境医学会(Society for Clinical Ecology)として設立され、現在では、米国環境医学アカデミー(American Academy of Environmental Medicine)として知られる。そのランクにより、他の伝統医学の専門分野から、アレルギー医や医師[訳注]を引きつけてきた。

訳注:特に内科医を指すこともあるようです。

すなわち、この報告書によれば、clinical ecologists とは、米国環境医学アカデミー(American Academy of Environmental Medicine)に所属している方々です。ただし、本エントリにおいては、このアカデミーの元 President(1978年)であった William J Rea 医師の流れを汲む石川医師宮田医師を含めて(参照)Clinical Ecologists(和訳:臨床環境医)と呼ぶこととします。

一方、William J Rea 医師と石川医師、宮田医師との関係を示す例は、他の拙エントリのここを参照して下さい。

ちなみに、冗長かもしれませんが、日本における「臨床環境医」の区別に関しては、他の拙エントリの【余談1】【余談2】【余談3】【余談4】及び【余談5】を参照して下さい。

※2:ここは次の脳機能の説明、調節と調整との使い分け[ご参考1][ご参考2]及び[ご参考3]から構成されています。

脳機能の説明
以下の[ご参考1]~[ご参考3]においては、脳科学に関連する様々な論文の一部又は要旨を引用しています。これらの論文をよりよく理解するための参考として、脳科学における様々な説明を以下に紹介します。*21 ストレスによる前頭前皮質及び大脳辺縁系への影響については、例えば拙エントリのここを参照して下さい。 ADHDにおける臨床症状と脳内神経回路の関連については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 愛着障害の視点からの報酬系についてについては、例えば次の資料を参照して下さい。 『研究成果「愛着障害児における報酬系機能の低下を解明」』 パニック症(パニック障害)又は「Stress-induced fear circuitry disorders」における Stress-induced fear circuit については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「パニック症 - 脳科学辞典」の「病態仮説」項 加えて、パニック症における情動の特徴については他の拙エントリのここを参照して下さい。 さらに、パニック障害のリスク因子としてのストレスについてついては他の拙エントリのここを参照して下さい。 社交不安症における脳活動に関する研究についてはここを、加えて、「パニック症、社交不安症、特定の恐怖症等は扁桃体の過活動を前頭前野が抑制できなくなった状態であると考えることができること」については他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。 強迫症強迫性障害)における OCD-loop については、他の拙エントリのここここを参照して下さい。加えて、強迫症状の誘発における機能神経画像法の研究のメタアナリシスについては、他の拙エントリのここここを参照して下さい。 PTSD又は複雑性PTSDの視点からの大脳辺縁系前頭葉との関連等について、 a) べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第4章 命からがら逃げる――サバイバルの分析 の「脳――下から上へ」、「互いを真似る――対人関係の神経生物学」、「危険を突き止める――料理人と煙探知機」、「ストレス反応を制御する――監視塔」、「騎手と馬」における記述の一部(P093~P122)を以下に、 b) 加えて、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」及び友田明美著の本、「子どもの親を傷つける親たち」からの記述(詳細はここ参照)を以下に それぞれ引用します。さらに、PTSD と臭気との関連については、ここを参照して下さい。 プラセボ及びノセボ反応における無意識活性化又は信号の変化、及び脳科学については、それぞれ他の拙エントリのここここ及びここ(注:ここで紹介した論文の一部は嫌悪を伴う臭いのノセボ効果に関するものです)を参照して下さい。加えて、マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.4. 化学物質過敏状態が引き起こされるメカニズム」項(P53)を参照して下さい。さらに、条件付けに関しては、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 嗅覚の生理・心理学に関しては、例えば資料「五感情報通信技術に関する調査研究会 報 告 書」の 2-5 嗅覚 の「2-5-1 生理学・心理学」(P60~P65)を参照して下さい。 ストレス反応における重要な脳部位については、例えばWEBページ「ストレス - 脳科学辞典」の「ストレス神経系」項を参照して下さい。 シックハウス症候群と見紛うような条件付けについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 化学物質過敏症(本態性環境不耐症)又は MCS における、脳科学と関連する化学物質が刺激となって生じる感覚モデルの注目点について、マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「11.3. MCS における臭いに対する脳の反応と症状の出現」項における記述の一部(P205~P206)を以下に引用します。 治療・対処法の視点からは、a) 心身医学でのマインドフルネスにおける前部帯状回皮質、前頭前野、側頭頭頂接合部の役割に関しては、他の拙エントリのここを参照して下さい。*22 b) コーピングにおける内側前頭前皮質の役割に関しては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) ヨーガにおける内側前頭前皮質と島の役割に関しては、他の拙エントリのここここを参照して下さい。 ちなみに、においによって誘発される頭痛については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「においによって誘発される頭痛は片頭痛と片頭痛以外の一次性頭痛の鑑別要因になるか?
[注:ここ項で紹介された次の引用の内容に関連するかもしれない、心理学的構成主義の視点からの「情動」や「いかに思考が感情を調節するか」の視点からの『爬虫類脳、情動脳、理性脳から構成される「三位一体脳」(triune brain)はフィクションである』との主張があります。例えば次のWEBページ「Barb Finlay on the triune brain」中には次に引用(【 】)する記述があります。 【it's silly to map emotion onto just the middle part of the brain and reason and logic onto the cortex.[拙訳]情動を単に脳の中間部に、そして理性や論理を皮質にマッピングするのはばかげている。】 なお「情動」についての上記注の補足として他の拙エントリのここも参照して下さい。]

脳――下から上へ

脳の最重要課題は、最も悲惨な状況下にあってさえ、生存を確保することだ。それ以外はすべて二の次となる。脳は生存を確保するために、以下のことをする必要がある。(1)食物、休養、保護、生殖、住みかといった、体が必要とするものを示す内部信号を生み出す。(2)そうした必要性を満たすためにどこへ行くべきかを示す、周りの世界の地図を制作する。(3)そこへ行き着くために必要なエネルギーと行動を生じさせる。(4)途中で遭遇する危険や好機について注意を促す。(5)その時々の必要に応じて行動を調節する(4)。私たち人間は哺乳動物、つまり、集団でしか生存も繁栄もできない生き物なので、これらの必要のどれを満たすのにも、協調と協働が欠かせない。精神的な問題は、内部信号がうまく働かないときや、自分の地図をたどっても行くべき場所に行き着けないとき、体が麻痺してしまって動けないとき、行動が必要性と一致しないとき、あるいは、人間関係が破綻したときに起こる。私が論じる脳組織はどれも、こうした不可欠の機能の実行に果たす役割があり、これから見るように、トラウマはそれらのどれをも妨害しうる。
私たちの理性的で認知的な脳は、じつは脳の最も新しい部位で、頭蓋骨内の領域の三割程度しか占めていない。理性脳はおもに私たちの外の世界とかかわっており、物事や人々がどのように機能するかを理解したり、自分の目標の達成法や、時間の管理法、行動の順序立ての仕方を考え出したりする。この理性脳の下には、進化上もっと古く、ある意味で別個の脳が二つあり、それ以外のことをすべて受け持っている。そのときそのときの体の生理的作用を認識したり管理したり、快適さや安全、脅威、空腹、疲労、欲望、熱望、興奮、喜び、痛みなどを識別したりする。
脳は下から上へと構築されている。進化の間に起こったのとちょうど同じように、どの子供でも、子宮の中で一層ずつ発達していく。最も原始的な部分、すなわち私たちが生まれたときにはすでに稼働している部分は、古い動物脳で、しばしば「爬虫類脳」と呼ばれる。脳幹にあり、脊髄が頭蓋骨に入る場所のすぐ上に位置する。新生児ができること――食べ、眠り、目覚め、泣き、呼吸をすることも、温度や空腹、おむつの湿り気、痛みを感じることも、排尿や排便で毒素を体外に出すことも――は、すべてこの爬虫類脳が受け持っている。脳幹とそのすぐ上にある視床下部は、いっしょに体のエネルギー水準を制御する。両者は心臓と肺の機能を協調させ、また内分泌系と免疫系の機能も協調させ、これらの基本的な生命維持システムが、「ホメオスタシス」と呼ばれる比較的安定した体内の均衡の範囲に確実に維持されるようにする。
呼吸、食事、睡眠、排便、排尿はあまりにも根本的なので、私たちは心と行動の複雑さについて考えているときにその重要性をあっさり無視してしまう。だが、睡眠が妨げられたり、腸が機能しなかったり、つねに空腹感があったり、(トラウマを負った子供や大人がしばしばそうであるように)触れられただけで思わず悲鳴を上げたくなったりすると、生体全体が平衡を失う。精神の問題のじつに多くが、睡眠や食欲、接触、消化、覚醒の困難を伴うのには驚かされる。トラウマの効果的な治療法はどんなものであれ、こうした体の基本的な「維持管理業務」に取り組む必要がある。
爬虫類脳のすぐ上には、大脳辺縁系が位置している。大脳辺縁系は「哺乳類脳」とも呼ばれる。集団で生活し、子供を養育する動物は、すべて大脳辺縁系を持っているからだ。脳のこの部位の発達は、私たちが生まれたあとに本格化する。そこは情動の座であり、危険の監視装置であり、何が楽しくて何が恐ろしいかの判断者であり、生命の維持にとって何が重要で何が重要でないかの裁定者だ。また、複雑な社会的ネットワークの中で生きていくうえで生じる難題に対処するための中央指令所でもある。
大脳辺縁系は、私たち自身の遺伝的構成と持って生まれた気質と協働しなから、経験に応じて形作られる(複数の子供を持つ親なら誰もがたちまち気づくように、赤ん坊は誕生時から、同じような出来事に対する反応の度合いと性質が異なる)。赤ん坊の身に起こることは何であれ、発達中の脳が生み出す、周りの世界の情動的・知覚的地図に反映される。私の同業者のブルース・ペリーが説明しているように、脳は「使用依存(使用するほど発達する)様式」で形成される(5)。これは神経可塑性の言い換えに等しい。神経可塑性は比較的新しい発見で、「いっしょに発火する」ニューロンは「つながる」というものだ。ある回路が繰り返し発火すると、それがデフォルト設定、すなわち、最も起こりそうな反応になりうる。もしあなたが安全で愛されていると感じれば、あなたの脳は探検や遊び、協力が得意になるが、あなたがおびえていて、望まれていないと感じれば、脳は恐れや遺棄されたという感情を管理するのが専門になる。
私たちは赤ん坊や幼児のころ、動いたり、つかんだり、這ったりすることで、また、泣いたり、微笑んだり、抗議したりすると何が起こるかを発見することで、周りの世界について学ぶ。私たちは絶えず環境を相手に実験している。環境と私たちの相互作用によって、体の感じ方がどう変わるか。二歳児の誕生会に出席すれば、嫌でも気づくだろう。その幼い子は、言葉などまったく必要とせずに、あなたの注意を惹き、あなたと遊び、戯れる。幼いころのこうした探検によって、情動と記憶を専門とする大脳辺縁系が形作られるが、この部位は、のちの経験によっても大幅に改変されうる。たとえば、緊密な交友関係あるいは美しい初恋によって良い方へ、また、暴行、容赦のないいじめ、あるいはネグレクトによって悪い方へ、という具合に。
爬虫類脳と大脳辺縁系とがいっしょになって、本書を通して私が「情動脳」と呼ぶものを形成している(6)。情動脳は中枢神経系の核心にあり、その主要な任務は、人が健康で快適な暮らしを送れるように気を配ることだ。情動脳は、危険、あるいは特別な機会(たとえば、伴侶の候補)を感知すると、ホルモンを放出して知らせる。その結果生じる、内臓感覚(軽いむかつきから、胸に湧き起こる逃れようのないパニックまで)のせいで、何であれ今あなたの心が注意を集中していることに差し障りが出て、身体的にも精神的にも、異なる方向にあなたを向かわせる。そのような感覚は、たとえどれほどかすかであっても、私たちが人生を通して下す大小の決定に対してじつに大きな影響力を持っており、たとえば、何を食べることにするか、どこで誰と寝たいか、どんな音楽を好むか、庭仕事をしたいか、それとも合唱隊で歌いたいか、誰と友達になり、誰を嫌うか、などを左右する。
私たちの理性脳である新皮質と比べると、情動脳は分子的構成と生化学的作用が単純で、入ってくる情報をより全体的なかたちで評価する。そのため、理性脳とは対照的に、情動脳はおおまかな類似性に基づいて速断するが、理性脳は多種多様な選択肢を篩にかけるように構成されている(ヘビを目にして恐怖で飛びのいたら、ロープがとぐろのように巻いてあるだけだったというのが典型的な例だ)。情動脳は、闘争/逃走反応のような、あらかじめプログラムされた避難計画を開始する。そのような筋肉の反応や生理的な反応は自動的で、私たちが何も考えたり計画したりしなくても始動し、意識ある理性的な能力はあとから追い着くかたちになり、そのころにはとうの昔に脅威が過ぎ去っていることも多い。
ここでようやく私たちは脳の最上層である新皮質にたどり着く。他の哺乳動物もこの脳の外側の層を持っているが、私たち人間の新皮質のほうがはるかに厚い。人間は生まれて二年目になると、新皮質のかなりの部分を占める前頭葉が急速に発達し始める。古代の哲学者たちは七歳を、善悪をわきまえる時期としている。私たちにとって小学校の第一学年は、来るべきもの、すなわち、前頭葉の能力を中心に構成された生活の準備期間にあたる。じっと座っている、括約筋の動きを調節する、行動に訴える代わりに言葉を使えるようになる、抽象的な考えや象徴的な考えを理解する、明日に備えて計画を立てる、教師やクラスメイトと協調するといったことをこの間に学ぶのた。
私たちが動物界で唯一無二の存在であるのは、この前頭葉が与えてくれる資質のおかげだ(7)。前頭葉があるから私たちは言語が使えるし、抽象的な思考ができる。また、厖大な量の情報を吸収・統合し、それに意味を与えることも可能になる。チンパンジーアカゲザルが言語を使って成し遂げる偉業に私たちは胸を躍らせているとはいえ、私たちの生活を形作る、共同社会の状況や、精神的状況、歴史的背景を生み出すのに必要な単語や記号を使いこなせるのは、人間だけだ。
前頭葉のおかげで私たちは計画を立てたり、反省したり、未来のシナリオを思い描いてたどったりできる。また、ある行動をとったり(たとえば、新たに求人に応募する)、とるのを怠ったり(たとえば、家賃を払わない)すればどうなるかを予想しやすくもなる。前頭葉は選択を可能にし、私たちの驚異的な創造力の基礎となる。幾世代もの前頭葉が緊密に協働することで、文化が生み出され、私たちは丸木舟や馬車、手紙から、ジェット機ハイブリッド車、電子メールへと行き着いた。(中略)

互いを真似る――対人関係の神経生物学(中略)

脳に損傷を負った人を相手にしたり、認知症の親の世話をしたりした経験のある人なら誰もが思い知らされたことだろうが、人間どうしが仲良くやっていくためには、前頭葉が正常に機能していることが決定的に重要だ。他者は自分とは違う考え方や感じ方をしうるのに気づくことが、二歳児や三歳児にとって発達上の大きな進歩となる。彼らは他者の動機を理解することを学び、さまざまな認識や期待、価値観を持つ集団に適応し、その中で安全でいられるようになる。人は、柔軟で活発な前頭葉がなければ、惰性で動く生き物と化し、人間関係が皮相的で型にはまったものになる。そこには、発明やイノベーション、発見や驚異が、すべて欠けている。
私たちの前頭葉はまた、きまり悪い思いをするようなことや他者を傷つけるようなことを私たちがするのを(いつもではないがときおり)、止めてくれる。私たちは、空腹を覚えたときにいつでも食べたり、欲望を掻き立てる人なら誰にでもキスしたり、腹が立ったときにいつでも怒りを爆発させたりする必要はない。だが、厄介事のほとんどは、衝動と許容できる行動との間の、まさにこの境界で始まる。内臓で経験する情動脳からの感覚入力が強烈であればあるほど、それに水を差す理性脳の能力が弱まる。

危険を突き止める――料理人と煙探知機

危険は人生にはつきもので、その危険を感知して反応を構成する役割は脳が担当している。外の世界についての感覚情報は、目や鼻、耳、肌を通して入ってくる。こうした感覚は視床に集まる。視床というのは、大脳辺縁系内にある領域で、脳の中で「料理人」の役割を果たす。視床は知覚からの入力をすべて掻き回して、すっかり混ざり合った自伝的スープ、すなわち「これが私に起こっていることだ」という、統合され、首尾一貫した経験に変える(10)。次に感覚は二手に分かれ、一方は下に向かって、大脳辺縁系の無意識の脳の奥深くにある、扁桃体(アーモンド形をした二つの小さな組織)へ伝えられ、もう一方は上へ向かって前頭葉へ伝えられ、そこで私たちの意識的自覚に達する。神経科学者のジョセフ・ルドゥーは、扁桃体への道筋を「低い道」、前頭皮質への道筋を「高い道」と呼んでいる。前者は非常に速く、後者は圧倒的な脅威を与える体験のさなかで、数ミリ秒長くかかる。だが、視床での処理は破綻を来しうる。その場合、光景や音、声、匂い、触感は、それぞれ孤立し、解離した断片としてコード化され、正常な記憶処理が崩壊する。時間が凍りつくので、現在の危険が永遠に続くように感じられる。
扁桃体の中心的な機能は、入ってくる情報が生命の維持に関係があるかどうかを識別することで(11)、私は扁桃体を脳の「煙探知機」と呼んでいる。この識別は、迅速かつ自動的に行なわれ、それを助けるのが海馬からのフィードバックだ。海馬は扁桃体の近くにある組織で、新しい情報を過去の経験と関連づける。扁桃体は、迫ってくる自動車との衝突の可能性や、恐ろしげな通りがかりの人といった脅威を感知すると、視床下部と脳幹へただちにメッセージを送り、ストレスホルモン系と自律神経系を動員して、全身の反応をまとめ上げる。扁桃体前頭葉よりも速く視床からの情報を処理するので、私たちが危険について意識的に自覚しないうちに、入ってくる情報が生命の維持にとって脅威になるかどうかを判断する。何が起こっているかに私たちが気づいたときには、体がすでに動きだしている場合がある。
扁桃体が危険信号を発すると、コルチゾールやアドレナリンなど、強力なストレスホルモンの分泌が引き起こされ、それによって心搏数と呼吸数が増え、血圧が上がり、反撃したり逃げ出したりする準備が整う。危険が過ぎ去ると、体はかなり素早く通常の状態に戻る。だが、この回復が妨げられると、そのせいで体は自らを防御する態勢に入り、人は興奮や覚醒を感じる。
煙探知機は普通、危険の手掛かりを捉えるのが非常に得意だが、トラウマを負うと、状況が危険か安全かの解釈を誤る可能性が増す。人は、相手の意図が親切なものか危険なものかを正確に判断できて初めて、他者と仲良くやっていける。少しでも解釈を誤れば、家庭や職場の人間関係における不快な誤解につながりうる。複雑な職場環境ややんちゃな子供だらけの家庭でてきぱきと物事を処理するには、人がどのように感じているかを素早く評価し、それに即して絶えず自分の行動を調節する能力が必要とされる。だが、警報システムに欠陥があると、何でもない言葉や表情に反応して感情を爆発させたり、機能停止に陥ったりしてしまう。

ストレス反応を制御する――監視塔

もし扁桃体が脳の煙探知機なら、前頭葉(それもとくに、目のすぐ上に位置する内側前頭前皮質(12))は、高い場所から現場の眺めを提供してくれる監視塔と考えればいい。あなたが嗅ぎつけたあの煙は、家が火事になってさっさと逃げ出す必要があるという合図なのか、それとも、コンロの火が強過ぎてステーキが焦げているのか。扁桃体はそのような判断は下さず、前頭葉が自らの評価を引っ提げて関与してくる間もないうちに、あなたに反撃したり逃げ出したりする準備をさせる。だが、あまりに気が動転していないかぎり、前頭葉の助けで、あなたは誤警報に反応していることに気づき、ストレス反応を中止し、均衡を取り戻せる。
通常、人は前頭前皮質の実行能力のおかげで、何が起こっているかを観察し、ある行動をとれば何が起こるかを予想し、意識的な選択ができる。思考や感情や情動を冷静かつ客観的に観察し(この能力のことを、私は本書を通じて「マインドフルネス」と呼ぶ)、それからじっくり反応できれば、実行脳は、情動脳にあらかじめプログラムされていて行動様式を固定する自動的な反応を、抑制したり、まとめたり、調節したりすることが可能になる。この能力は、他人との関係を維持するうえできわめて重要だ。私たちは前頭葉が適切に機能しているかぎり、ウェイターがなかなか注文した品を持ってこないときや、保険会社の代理人に電話で待たされたときに、毎回腹を立てる可能性は低い(私たちの監視塔は、他者の怒りや脅威も、彼らの情動の状態の結果であることを教えてくれもする)。そのシステムが故障すると、私たちは条件付けされた動物のようになり、危険を感知した途端に、自動的に闘争/逃走モードに入る。
PTSDでは、扁桃体(煙探知機)と内側前頭前皮質(監視塔)との間のきわめて重要な均衡が根本的に変化し、その結果、情動と衝動の制御がはるかに難しくなる。非常に情動的な状態にある人間の神経画像研究からわかったのだが、強烈な恐れや悲しみ、怒りはみな、情動に関与する大脳皮質下の脳領域をより活性化させ、前頭葉のさまざまな領域、とくに内側前頭前皮質の活動を大幅に低下させる。そうなると、前頭葉の抑制能力が損なわれ、人は正気を失う。何であれ大きな音に反応して驚いたり、些細な欲求不満で激怒したり、誰かに触れられると凍りついたりする(13)。
ストレスに効果的に対処するためには、煙探知器と監視塔との間の均衡を達成する必要がある。自分の情動をもっとうまく管理したければ、脳は二つの選択肢を与えてくれる。トップダウンあるいはボトムアップで情動を調節する方法を学習することができるのだ。
トップダウンボトムアップの調節の違いを知ることは、トラウマ性ストレスの理解と治療の要だ。トップダウンの調節を行なうには、体の感覚を監視する監視塔の能力を強化しなくてはならない。マインドフルネス瞑想やヨーガはその役に立つ。ボトムアップの調節を行なうには、自律神経系(すでに見たとおり、脳幹に端を発する)の再調整を必要とする。自律神経系には、呼吸や動き、接触を通してアクセスできる。呼吸は、意識的な制御と自律神経系の制御の両方の支配下にある、数少ない身体機能の一つだ。(中略)

騎手と馬

さしあたりは、情動と理性が対立するものではないことを強調しておきたい。情動は経験に価値を割り当てるので、理性の土台と言える。自己の経験は、理性脳と情動脳の均衡から生まれる。これら二つのシステムが均衡していると、私たちは「本来の自分である気がする」。だが、生命がかかっているときには、両システムはかなり独立して機能しうる。
たとえば、友人とおしゃべりをしながら自動車を運転しているとき、突然トラックが迫ってくるのを目の隅で捉えたら、あなたはただちに話をやめ、急ブレーキを踏み、ハンドルを切って危地を脱しようとする。もし本能的な行動で衝突を免れられたら、中断した会話を再開するかもしれない。そうできるかどうかは、脅威に対して内臓の反応がどれだけ速く治まるか次第だ。
私が本書で採用した、脳の三層構造の説明を考え出した神経科学者のポール・マクリーンは、理性脳と情動脳の関係を、おおむね有能な騎手と荒馬の関係になぞらえている(14)。天気が穏やかで道が平坦であるかぎり、騎手は見事に馬を御していると感じられる。だが、予想もしていなかった音がしたり、他の動物に脅かされたりしたら、馬が駆けだし、騎手は必死でしがみつく羽目になる。同様に、人は自分の生命がかかっていると感じたり、憤激や熱望、恐れ、性的欲望などの虜となったりしたときには、理性の声に耳を傾けるのをやめるので、そういう人と議論をしても無駄だ。何かが生死の問題であると大脳辺縁系が判断したときにはいつも、前頭葉大脳辺縁系の間の経路ははなはだか細くなってしまう。
精神療法家はたいてい、人が洞察と理解に頼って自分の行動を管理するのを手伝おうとする。だが、神経科学の研究で明らかになっているように、理解の不足から生じる精神的問題はほとんどない。問題の大半は、知覚と注意を司る、脳のもっと奥の領域からのプレッシャーに端を発する。危険な状態にあることを知らせる情動脳の警報ベルが鳴り続けると、どれほどの洞察をもってしてもそれを黙らせることはできない。こんなコメディが頭に浮かぶ。怒りの管理プログラムに七度も参加した人が、自分の習った技法を絶賛する。「見事といったらない。素晴らしい効き目がある――本当に頭にきていないかぎりは」
情動脳と理性脳が対立しているとき(たとえば、愛する人に激怒しているときや、養ってくれている人に怖い思いをさせられたり、手を出してはならない人に対する欲情に駆られたりしたとき)には、激しい主導権争いが起こる。この争いはおもに、消化管や心臓、肺など、内臓を舞台に行なわれ、身体的な不快感や精神的な苦悩につながる。脳と内臓が、安全なときや危険なときにどう相互作用するかについては、第6章で論じる。この相互作用は、トラウマの身体的な表れの多くを理解するうえでカギを握っている。(後略)

注:(i) 引用中の原注「(5)」~「(12)」及び「(14)」の紹介及び「第6章で論じる」における「第6章」の引用は共に省略します。この本をご利用下さい。ただし、 a) 引用中の「内側前頭前皮質」についての、原注 (12) における説明(P669)は次に引用(『 』内)します。 『内側前頭前皮質は脳の中央の部位だ(神経科学者は、「正中線構造」と呼ぶ)。脳のこの領域は、眼窩前頭皮質や下内側前頭前皮質、背内側前頭前皮質、前帯状皮質と呼ばれる大きな構造という、関連した組織の集合体から成り、これらの組織はすべて、生体の内部状態を監視し、適切な反応を選ぶことに関与している。』(注:1] 引用中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 2] 引用中の「下内側前頭前皮質」、「背内側前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 3] 引用中の「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。「前帯状皮質 - 脳科学辞典」) b) 引用中の原注「(13)」に示された論文については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「視床下部」については、次のWEBページを参照して下さい。「視床下部 - 脳科学辞典」 (iii) 引用中の「煙探知機」と「監視塔」の関係について、より簡単に説明するWEBページは次に紹介します。 『人はどうやって「トラウマ」を克服するのか]』の(P2)及び(P3)の『「煙探知機」と「監視塔」の均衡』項 加えて、引用中の「PTSDでは、扁桃体(煙探知機)と内側前頭前皮質(監視塔)との間のきわめて重要な均衡が根本的に変化」することに関連する、「PTSDにおける扁桃体と内側前頭前野との活性の相反関係」について、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」(2018年発行)の 9章 精神疾患と脳の画像診断 の「2 PTSD患者の脳画像解析」における記述の一部(P104)を次に引用(【 】内)します。 【2000年以降のPTSD成人患者を対象とした研究では、内側前頭前野扁桃体は、一方の活性が高いと他方の活性が低いという相反関係にあることが示唆されている。扁桃体は恐怖条件付け反応を司っており、内側前頭前野は恐怖の消去に関与する。】 (iv) 引用中の「扁桃体」についてはここを参照して下さい。 (v) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 (vi) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 (vii) 脅威監視システムを変える方法としての引用中の「トップダウン」及び「ボトムアップ」について、引用元の本の図4-6(P106)における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『脅威監視システムを変える方法は2つある。(単に前頭前皮質ではなく)内側前頭前皮質からのメッセージの調節を通しての、トップダウンの方法、そして、呼吸や動き、触感による、爬虫類脳を通しての、ボトムアップの方法だ。』 加えて上記「トップダウン」に関しては、例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「“感じる脳”のメカニズムを解明 -皮膚感覚を司る神経回路の発見-」の「背景」項 (viii) 引用中の「低い道」には「ロー・ロード」と、「高い道」には「ハイ・ロード」とそれぞれルビが振られていますが、本引用では省略しています。加えて、拙訳はありませんが引用中の『神経科学者のジョセフ・ルドゥーは、扁桃体への道筋を「低い道」、前頭皮質への道筋を「高い道」と呼んでいる』ことに対応する論文(全文)は次を参照して下さい。 「EMOTION CIRCUITS IN THE BRAIN」 その上に拙訳はありませんが上記「低い道」(low road)に関連する次の論文(全文)があります。 「A human colliculus-pulvinar-amygdala pathway encodes negative emotion」 さらに、引用中の「低い道」に相当する「低位回路」についてはここを参照して下さい。 (ix) 一方、参考及び比較対象としてのパニック症の関連については「脳機能の説明」における③項を参照して下さい。 (x) 引用中の「洞察」に関連するかもしれない「メタ認知」については、次のWEBページを参照して下さい。 「メタ認知 - 脳科学辞典*23 加えて、学習の視点からの「メタ認知」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「メタ認知の概要」 (xi) 引用中の「記憶」に関連する「記憶の分類」等についてはここの v) 項を参照して下さい。 (xii) 引用中の「煙探知機は普通、危険の手掛かりを捉えるのが非常に得意だが、トラウマを負うと、状況が危険か安全かの解釈を誤る可能性が増す」に関連するかもしれない、 a) 『「対人過敏」が刺激されてしまうと、少しでも「怪しい」と思えばすぐに「脅威のセンサー」が作動してしまい、「少し様子を見る」などということができなくなってしまう』ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 『鋭敏な感受性を持った人にはいろいろな出来事が「警告システム」発動のきっかけになる』ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) 「扁桃体(煙探知機)は、深刻なマルトリートメントを経験したほど過活動になる」ことについて、友田明美著の本、「子どもの脳を傷つける親たち」(2017年発行)の 第二章 マルトリートメントによる脳へのダメージとその影響 の「マルトリートメント経験のあるなしによる脳の違い」における記述の一部(P105)を次に引用(『 』内)します。 『たとえば恐怖をつかさどる扁桃体は、深刻なマルトリートメントを経験した人ほど過活動になりますが、これは、常に警戒して危険に備えておくための措置、防衛本能といえるでしょう。』(注: 1) 引用中の「マルトリートメント」については、資料「シンポジウム 子どもに対する体罰等の禁止に向けて」中の友田明美氏による基調講演「厳格な体罰や暴言などが子どもの脳の発達に与える影響」(P4~P5)を参照して下さい。 2) この引用に類似した記述は次の資料を参照して下さい。 「被虐待者の脳科学研究」の「Ⅲ.児童虐待による局所脳の感受性期」項) (xiii) 引用中の「視床」が無関係な情報をうまく除外できないことについて、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第19章 脳を配線し直す――ニューロフィードバック の「トラウマは脳波をどう変えるか」における記述の一部(P540)を次に引用(【 】内)します。 【また、音と光に過剰反応する人もいる。これは無関係な情報を視床がうまく除外できていないしるしだ。】 (xiv) 引用中の「危険な状態にあることを知らせる情動脳の警報ベルが鳴り続けると、どれほどの洞察をもってしてもそれを黙らせることはできない」ことに関連する「制御を失った扁桃体の興奮は強烈で、普段は冷静な人も激しい不安と恐怖の渦に飲み込まれてしまい、どうすることもできない」ことについて、岡田尊司著の本、「過敏で傷つきやすい人たち HSPの真実と克服への道」(2017年発行)の 第三章 過敏性のメカニズムと特性を知る の「過敏状態のスイッチを切るには」における記述の一部(P80)を次に引用(『 』内)します。 『コントロールできない不安や恐怖といったものに圧倒され、パニックになってしまうのは、些細な刺激で扁桃体が勝手に興奮し、暴走を始めるのです。制御を失った扁桃体の興奮は強烈で、普段は冷静な人も激しい不安と恐怖の渦に飲み込まれてしまい、どうすることもできません。』 (xv) 引用中の「情動脳の警報ベルが鳴り続ける」のを変えるための「辺縁系セラピー」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (xvi) 引用中の(神経科学者のポール・マクリーンが考え出した)「脳の三層構造の説明」、すなわち「三位一体脳(triune brain)」についての批判は次の資料を参照して下さい。 「比較神経科学からみた進化にまつわる誤解と解説」の「Q. 私たち人間の脳は,爬虫類の脳,下等な哺乳類の脳,そして高等な哺乳類の脳の三つからできているって本当ですか?」項(P19) (xvii) 引用中の「ストレス反応を制御する」に関連するかもしれないトラウマの視点からの〈引き金〉について、デイヴィッド・エマーソン、エリザベス・ホッパー著、伊藤久子訳の本、「トラウマをヨーガで克服する」(2011年発行)の「はじめに」における記述の一部(P27)を次に引用します。

(前略)トラウマを負うことでもっとも難しいと思われるのは、内に住み着いている〈引き金〉をどうするかということである。トラウマは過去のものであるのに、体が、あたかも切迫した危険の中にいるかのように反応し続ける。こうした内なる〈引き金〉は、内面世界を地雷原へと変えてしまう。少なくともトラウマそのものには、始まりと、途中と、終わりがある。しかしこれらの〈引き金〉は、いつでも、こっそりと、一番間の悪いときに現れるのだ。「こんな風に感じるべきではない」と分かっているのに、体が乗っ取られ、耐え難い感覚・感情に陥ってしまう。そして気持ちが滅茶苦茶になる。あるレベルでは「危機は過ぎ去った」と認識しているのに、内側にあるもの、すなわち体中で沸き立つ感覚が、″破局が差し迫っている″と警鐘を鳴らし続けるのだ。そして、またしても罠にはまり、恐怖と怒りと無力感をもって反応してしまうことになるのである。(後略)

注:この引用部の著者はベッセル・A・ヴァン・デア・コークです。

注:次の引用はここ項で紹介したものです。

11.3. MCS における臭いに対する脳の反応と症状の出現(中略)

MCS を呈する患者は、特に、臭いに対する反応が過敏であるのが特徴です。MCS が化学物質のばく露強度の高さなどの特性では評価できないとする報告もありますが、臭い負荷(臭いの閾値以上の濃度の化学物質を嗅覚にばく露)による脳機能イメージング評価が近年行われてきました。Orriols らは臭いの閾値以上の濃度の塗料、香水、ガソリン、グルタルアルデヒドをチャンバー室内で MCS 患者が症状を訴えるまで全身ばく露させ、MCS 患者の症状が持続している間に脳機能イメージング評価を行ったところ、神経認知の問題がとりわけ脳の臭いの処理領域で観察されており、MCS では病因には脳神経が関与している可能性が示唆されました。Hillert らはバニリン、アセトン、ブタノールと植物油の混合物、Azuma らは香水、ヒノキやメントールによる臭い負荷試験を行い、MCS を呈する患者の前帯状皮質前頭前皮質における神経の活性化を観察しました。前帯状皮質は、前頭前皮質等と接続して刺激のトップダウンボトムアップの処理や他の脳領域への適切な制御の役割を担っています。従って、過去の臭い刺激による記憶が前頭前皮質や前帯状皮質等に認識され、その後の臭い負荷では、そこからのトップダウン制御が中枢神経系等に作用し化学物質過敏症患者でさまざまな症状を引き起こしているのではないかと推測されています。このような臭い処理プロセスでの反応は、脳における認識や記憶にも関連しており、臭いを嗅いだときに作用する物質とそうでない物質の違いを区別できると生じると考えられています。このことは、このような反応の作用機序が何らかの化学物質そのものに特有なものというよりも、化学物質ばく露などの過去の出来事などに基づくものに関連しており、多種類の化学物質に反応することも、このような作用機序が関係しているかもしれないと考えられています。このことに関連して、近年、Nordin らのスウェーデン等の北欧と日本の Azuma らは、化学物質が刺激となって生じる感覚モデルに注目しています。このモデルでは、有害と認識された物質に対する大脳辺縁系を介した作用機序に着目しています。

注:(i) 引用部の著者は東賢一(Azuma K)です。加えて引用中の「Azuma ら」による「化学物質が刺激となって生じる感覚モデル」についての、 a) 嗅覚刺激試験における論文はここ及びここを、 b) 文献調査における論文はここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 (iii) 引用中の「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 (iv) 引用中の「大脳辺縁系」については、PTSD又は複雑性PTSDの視点からここ及びここの引用を参照して下さい。ちなみに、化学物質過敏症と精神的なトラウマの関係については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (v) 引用中の「過去の臭い刺激による記憶が前頭前皮質や前帯状皮質等に認識され、その後の臭い負荷では、そこからのトップダウン制御が中枢神経系等に作用し化学物質過敏症患者でさまざまな症状を引き起こしているのではないかと推測されています。」に関連する、「嗅覚嫌悪条件づけ」(注:これは仮説ですがラットによる実験では成立するようです)については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい*24。 (vi) 引用中の「多種類の化学物質に反応することも」に関連するかもしれない、強迫性障害強迫症)における「目に見えないものまでが恐怖の対象となります」(注:対象が拡大することが共通しています)については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (vii) 引用中の「記憶」に関連する「記憶の分類」等についてはここの v) 項を参照して下さい。ちなみに、WEBページ「情動的記憶 - 脳科学辞典」中には、記憶されやすさについての次に引用(『 』内)する記述があります。『情動的記憶とは情動的な出来事に関する記憶のことであり、情動を伴わない出来事よりも情動を伴う出来事のほうが記憶されやすいことが知られている。』 一方、上記「情動的記憶」は、非陳述記憶(参照)に含まれますが、陳述記憶(参照)に属する日常の出来事の記憶(エピソード記憶)が、どのようにして海馬から大脳新皮質へ転送され、固定化されるのかの仕組みについてのWEBページを次に紹介します。 「海馬から大脳皮質への記憶の転送の新しい仕組みの発見」加えて、記憶を関連づける神経細胞集団の仕組みについてのWEBページを次に紹介します。 「記憶を関連づける神経細胞集団の仕組みを解明」 このように、記憶に関する研究は進展しているようです。 (viii) さらに、化学物質過敏症と情動反応との関連を示す資料を次に紹介します。 「化学物質過敏症」の P29

トラウマの視点からの大脳辺縁系について、友田明美、藤澤玲子著の本、「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」(2018年発行)の 8章 脳の役割と発達 の「1 主な脳領域の役割」における記述の一部(P97~P98)を次に引用します。

(前略)大脳辺縁系は、側頭葉の内側に存在する。大脳辺縁系の中で、特に重要な領域が、基本的な欲求や動機の調節に特化している視床下部、記憶に特化している海馬、情動的な学習や反応に特化している扁桃体である。相互に連結した細胞核の集まりで、個体の生命維持と種族維持に関する重要な中核として働き、情動や記憶をコントロールしている。生き延びるために、外界がいかに安全か? または危険か? などを判断する役割をになうため、行動や感情に深く関与している。(中略)

海馬は、言語記憶や情動記憶を作成し、思い出すことに関与すると考えられている。特に強い情動のバイアスがかかっている出来事の記憶に重要な領域と言われる。視覚、聴覚、体性感覚、味覚などといった情報は、大脳皮質連合野で処理された後、海馬の傍にある海馬傍回、嗅内野といった皮質領域を経由して海馬に入ってくる。
扁桃体は記憶の情動成分(例えば恐怖条件付けや攻撃反応に関係する感情)を作り出すことに関わっており、外からの情報に快・不快などの本能的な感情での価値判断をすると言われている。目から入った情報の通り道である視床のすぐ下に位置し、視床を通って流れてくる未処理の情報の中から、危険と結びついたパターンに反応する。以前に恐怖を感じたパターンを見つけると、体に非常警報を発令する。自律神経にも関与し、心臓血管、呼吸、消化器系の動きを修飾していることが動物実験で示されている。だから、ホラー映画で犯人が近づいて来るシーンを見ていたら、作り物とわかっているのに冷や汗が出て、心臓がばくばく言い始めるのた。また、扁桃体神経細胞が異常発火すると脳波異常に結びつきやすいといわれている。強い精神的ストレスにより扁桃体の細胞レベルでの異常興奮が一度起こると、小さな電気的刺激を長時間受け続けるような電気発火という現象が起こり、実際の行動や脳波上でもてんかん性反応が起こりやすくなるといわれている。

注:(i) 引用中の「電気発火」に関連する「キンドリング」について、同の 12章 癒されない傷 の「2 脳の変化はなぜ起きたのか」における記述の一部(P139)を次に引用(『 』内)します。 『また、扁桃体が興奮し続けると、キンドリング現象と呼ばれるものが起きる。これは、神経細胞が何度も刺激にさらされることで、少しの刺激でも反応が起きるようになっていくしくみだ。こうして繰り返しストレスを体験することによって、ストレスに弱い脳になっていく。また、このキンドリング現象は、幼い脳ほど起こりやすい。』[注:a) 引用中の「キンドリング」(Kindling)についての論文要旨は次を参照して下さい。 「Kindling versus quenching. Implications for the evolution and treatment of posttraumatic stress disorder.」 加えて、この要旨に関連する論文「Kindling: separate vs. shared mechanisms in affective disorders and epilepsy.」があります(全文はここを参照して下さい)。 b) 引用中の「キンドリング」の他の説明例は、次の資料を参照して下さい。 「被虐待者の脳科学研究」の「Ⅲ.児童虐待による局所脳の感受性期」項 加えて簡単な上記説明例としての「This capacity of triggers with diminishing strength to produce the same response over time is called kindling.[拙訳]時間の経過とともに同じ応答を引き起こすための力が弱まるこのトリガーの能力は、キンドリングと呼ばれる。」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「Posttraumatic stress disorder and the nature of trauma」の「Conditional responses to specific stimuli - kindling」項 c) ちなみに、MCS の視点からの、Bell らが提唱するキンドリング(kindling)についてはここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「情動記憶」に相当する「情動的記憶」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動的記憶 - 脳科学辞典」 加えて、引用中の「記憶」に関連する「記憶の分類」等についてはここの v) 項を、引用中の「情動」については次のWEBページを それぞれ参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 さらにメンタライジングの視点からの情動については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「恐怖条件づけ」については、次のWEBページを参照して下さい。「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」 (iv) 引用中の「快・不快」については、次のWEBページを参照して下さい。「快・不快 - 脳科学辞典」  (v) 引用中の「視床下部」については、次のWEBページを参照して下さい。「視床下部 - 脳科学辞典」 (vi) 標記「扁桃体」と「ストレスホルモンなどの分泌」や「戦うか回避か又はすくみ,失神などの反応」との関連について、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第7章 基底核扁桃体,小脳と前頭葉-手続き的学習と認知的柔軟性 の「7.3 前頭葉扁桃体による脅威,恐怖からの学習」における記述の一部(P208)を以下に引用します。 (vii) 標記「海馬」及び「扁桃体」について、前頭前野との関連を含めて友田明美著の本、「子どもの脳を傷つける親たち」(2017年発行)の 第二章 マルトリートメントによる脳へのダメージとその影響 の「体罰によって委縮する前頭前野」における記述の一部(P73~P76)を以下に引用します。

(前略)神経結合としては扁桃体から視床下部室傍核への出力があり,いわゆるストレスホルモンなどの分泌,さらに交感神経系の活性化に関わります.また脳幹の中脳中心灰白質に出力して,いわゆる“fight or flight”response(戦うか回避か)または“freeze or faint”というすくみ,失神などの反応が起こります.前者は交感神経系がおもに関わり,後者では副交感神経系が関わります.(後略)

注:i) 引用中の「視床下部室傍核」に関連する「視床下部」については次のWEBページを参照して下さい。 「視床下部 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「中脳中心灰白質」と同義である「水道周囲灰白質」については、次のWEBページを参照して下さい。「水道周囲灰白質 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「ストレスホルモンなどの分泌」に関連する「視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)を介した内分泌反応」については次のWEBページを参照して下さい。 「ストレス - 脳科学辞典」の「視床下部-下垂体-副腎系」項 iv) 引用中の「戦うか回避か」、「すくみ,失神」に関連する「闘争/逃避」、「凍りつき(硬直)」については、ソマティック・エクスペリエンシングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 v) 引用中の「交感神経系」については例えば資料「多重迷走神経理論による神経性過食症理解の可能性について」の「2.交感神経系」項[P350~P351]を参照して下さい。加えて引用中の「交感神経系の活性化」のために働く「SAM系」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 vi) 引用中の「副交感神経系」はより正確には「背側迷走神経系」(例えば資料「多重迷走神経理論による神経性過食症理解の可能性について」の「1.背側迷走神経系」項[P350]や他の拙エントリのここを参照)であると考えます

体罰によって委縮する前頭前野(中略)

マルトリートメントにかかわらず、脳に関する従来の研究では、ストレスの影響を受けやすい場所として、「海馬」(図2-1)や「扁桃体」(図2-1)、「前頭葉」(図2-2)という部位が注目されています。(中略)

「海馬」は、わたしたちの両耳のずっと奥に入ったあたりにある左右一対の器官で、断面の細長い形がタツノオトシゴのようにも見えることから、「海馬(タツノオトシゴの別名)」という名がついたといわれています。大脳から送られてくるさまざ
まな情報を処理し、それらをもとに記憶をつくり上げるほか、その保管にもかかわっています。特に、感動や興奮がもたらされるときなど、強い情動が関係する出来事の記憶と深く関連した領域です。
扁桃体」は、側頭部の内側にある一対のアーモンド(扁桃)のような形をした、情動に関する器官です。わかりやすく言うと、過去の体験や記憶をもとにした好き嫌いや、目の前にいる相手が敵か味方かなどの価値判断に関与し、特に危険と結びつく情報に対して敏感に反応します。「前頭葉」は文字どおり大脳の前部に位置し、特に、「前頭前野」(図2-2)は学びや記憶にかかわっています。この前頭前野は、海馬や扁桃体の働きをコントロールするという重要な役目も担っています。危険や恐怖をつかさどる扁桃体が過剰に反応しないよう、適度にブレーキをかけて制御しているのもこの部分です。(後略)

注:i) 引用中の「図2-1」及び「図2-1」の引用は省略します。 ii) 引用中の「マルトリートメント」については、資料「シンポジウム 子どもに対する体罰等の禁止に向けて」中の友田明美氏による基調講演「厳格な体罰や暴言などが子どもの脳の発達に与える影響」(P4~P5)を参照して下さい。 iii) 引用中の「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典

脳が脅威を感じることにおける「低位回路」について、ウェンディ・ビヘイリー著、伊藤絵美、吉村由未監訳の本、「病的な自己愛者を身近にもつ人のために あなたを困らせるナルシシストとのつき合い方」(2018年発行)の 第4章 障壁を乗り越える の「低位回路」における記述の一部(P123)を次に引用します。

低位回路
ダニエル・シーゲルは、脳が脅威を感じると、皮質下の下部領域の一部(脳幹と辺縁系の領域)が活性化することを私に教えてくれました。これらの皮質下領域が「脅威」の判断を受け取ると(この領域には扁桃体として知られる部分が含まれています)、人はストレスを感じ、脅威に対する行動を準備させるためのメッセージが身体に送られます。それには、アドレナリンのような興奮作用のあるホルモンの分泌も含まれます。これらの反応は非常に素早く生じます。その仕組みは脳にしっかりと組み込まれており、それが「闘争-逃走-麻痺」の反応を引き起こします。これは、人間を含むほとんどの動物がもつ、真の危険や致命的な状況に直面した際に活性化される、生存のための重要な戦略なのです。
シーゲルによれば、脅威を感じる状況においては、脳は時に前頭前野の高次機能を遮断することがあり、彼はこれを脳の機能の「低位回路(low road)」と名づけました。前頭前野は、人間の脳のいわば「最高経営責任者」のような部分で、私たちが自らの心を落ち着かせたり、身体の動きを調整したり、推論を行ったり、外部の状況をモニターしたり理解したりすることと深く関わっています。脳の低位回路が機能するということは、これらの高次機能を失うことを意味します。前頭前野の機能が遮断されてしまうと、夜中に聞こえた物音が、侵入者がコソコソと階段を上る音ではなく、水道管の中を単にお湯が流れている音であるということを判断できなくなってしまいます。シーゲルの研究は、生活の中で見られる低位回路の働きを理解したり制御したりする方法に関する知見を提供してくれています(Siegel, 2001, 2007; Siegel & Hartzel, 2004)。(後略)

注:(i) 引用中の「Siegel, 2001」は次の本です。 「Siegel, D. J. 2001. The Developing Mind: How Relationships and the Brain Interact to Shape Who We Are. New York: Guilford Press.」 (ii) 引用中の「Siegel, (中略)2007」は次の本です。 「Siegel, D. J. 2007. The Mindful Brain: Reflection and Attunement in the Cultivation of Well-Being. New York: W. W. Norton.」 (iii) 引用中の「Siegel & Hartzel, 2004)」は次の本です。 「Siegel, D. J., and M. Hartzell. 2004. Parenting from the Inside Out. New York: Jeremy. P. Tarcher.」 (iv) 引用中の「扁桃体」については、扁桃体を含む引用中の「辺縁系」と類似した「大脳辺縁系」及び引用中の「前頭前野」に関連する「内側前頭前皮質」を含めて、トラウマの視点から拙エントリのここここを参照して下さい(特に後者における引用の「ストレス反応を制御する――監視塔」項)。加えて、引用中の「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 (v) 引用中の「低位回路(low road)」に相当する「低い道」については他の拙エントリの拙エントリのここここを参照して下さい(特に後者における引用の「危険を突き止める――料理人と煙探知機」項)。加えて、次のエントリも参照して下さい。 「刻印 推敲の推敲 1」 加えて、タイトルを除き拙訳はありませんが上記「low road」については次の論文(全文)を参照して下さい。 「A human colliculus-pulvinar-amygdala pathway encodes negative emotion[拙訳]ヒトの上丘-視床枕-扁桃体経路はネガティブな情動を符号化する」 (vi) 引用中の『「闘争-逃走-麻痺」の反応』に関連する、 a) 「闘争/逃走/凍結反応」については他の拙エントリのここを、 b) 「闘争-逃走反応」については他の拙エントリのリンク集を それぞれ参照して下さい。 (vii) 引用中の「アドレナリン」については上記「闘争-逃走反応」の視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 (viii) 引用中の「脳が脅威を感じる」ことに関連する「脅威に直面する」ことについてはここを参照して下さい。 (ix) 引用中の「脅威を感じる状況においては、脳は時に前頭前野の高次機能を遮断することがあり」に関連するトラウマの再発における「前頭葉が機能停止に陥る」及び「海馬や視床など他の脳領域との接続も断たれる」ことについて、べッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説の本、「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(2016年発行)の 第11章 秘密を暴く――トラウマ記憶を巡る問題 の「通常の記憶とトラウマ記憶の違い」における記述の一部(P291)を次に引用します。

(前略)もちろん、トラウマ体験の最中に何が起こるのか監視することはできないが、(中略)研究室でトラウマを再発させることはできる。もともとの音や声、光景、感覚の記憶の痕跡が再活性化すると、すでに見たように、感情を言葉に表すのに必要な領域(4)や、時間の感覚にかかわる領域、入ってくる感覚の生データを統合する視床を含め、前頭葉が機能停止に陥る。そして、意識的な制御が効かず、言葉での意思疎通が不可能な情動脳が、この時点で主導権を握る。情動脳(大脳辺縁系領域と脳幹)は、情動的覚醒や、体の生理的作用、筋肉の活動の変化を通じて、活性化の変化を表現する。通常の条件下では、理性的なものと情動的なものという、この二つの記憶のシステムは協働し、統合された反応を生み出す。だが、覚醒の度合いが高まれば、両システム間の均衡が変化するだけでなく、入ってくる情報を適切に保存したり統合したりするのに必要な、海馬や視床など他の脳領域との接続も断たれる(5)。その結果、トラウマ体験の痕跡は、筋の通った、一貫した物語としてではなく、断片化された感覚的痕跡や情動的痕跡、すなわち光景、音、声、身体的感覚として構成される(6)。(後略)

注:i) 引用中の原注「(4)」、「(5)」、「(6)」の引用は省略します。 ii) 引用中の「前頭葉」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭葉 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「情動」、「情動脳」、「視床」、「海馬」については、共にここここを参照して下さい。加えて、引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 さらに、メンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。

調節と調整との使い分け
以下の脳科学に関連する論文、論文の要旨、本等の拙訳を含む引用による紹介をはじめとした、拙ブログのエントリにおける脳科学に関連する紹介では「regulation」の訳語として基本的に「調節」を使用します。一方「regulate」の訳語は基本的に「調節する」を使用します。例えば「emotion regulation」、「dysregulation」の訳語としてそれぞれ「情動調節」、「調節不全」を使用します。ただし、引用においては原文を優先します。例えば、一部の引用においては、「情動調節」ではなく「情動調整」が用いられています。

[ご参考1]臭いに反応するアンケート結果例及び本、資料、論文の紹介について
先ず、資料「アスペルガー症候群・高機能自閉症における「感覚過敏・鈍麻」の実態と支援に関する研究 ── 本人へのニーズ調査から ──」中の 図7 嗅覚の過敏・鈍麻の結果 (P291)及び 図18 嗅覚面の理解・支援 (P293)において嗅覚に関するアンケート結果が示されています。

ちなみに、自閉スペクトラム症*25DSM-5 による診断基準の和訳例は次の資料「発達障害から発達凸凹へ」の表2を参照して下さい。表2の B 4. 項には以下に引用する記述があります。一方、自閉スペクトラム症(ASD)における嗅覚過敏については他の拙エントリのここを参照して下さい。

感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性,あるいは感覚に関する環境に対する普通以上の関心

加えて、自閉スペクトラム症を伴う子どもにおける嗅覚過敏に関する次の論文が発表されています。「Assessment of olfactory detection thresholds in children with autism spectrum disorders using a pulse ejection system.[拙訳]自閉スペクトラム症を伴う子どもにおけるパルス射出システムを使用した嗅覚検知閾値の評価」(全文はここを参照して下さい)。この論文の要旨を次に引用します。この分野の発展が本エントリ作者には楽しみです*26。この論文の要旨をカバーするかもしれない日本語の資料については次を参照して下さい。 「自閉スペクトラム症児の香料過敏についての調査」 加えて、これに関連する次の資料もあります。 「自閉スペクトラム症の嗅覚特性

BACKGROUND:
Atypical responsiveness to olfactory stimuli has been reported as the strongest predictor of social impairment in children with autism spectrum disorders (ASD). However, previous laboratory-based sensory psychophysical studies that have aimed to investigate olfactory sensitivity in children with ASD have produced inconsistent results. The methodology of these studies is limited by several factors, and more sophisticated approaches are required to produce consistent results.

METHODS:
We measured olfactory detection thresholds in children with ASD and typical development (TD) using a pulse ejection system - a newly developed methodology designed to resolve problems encountered in previous studies. The two odorants used as stimuli were isoamyl acetate and allyl caproate.

RESULTS:
Forty-three participants took part in this study: 23 (6 females, 17 males) children with ASD and 20 with TD (6 females, 14 males). Olfactory detection thresholds of children with ASD were significantly higher than those of TD children with both isoamyl acetate (2.85 ± 0.28 vs 1.57 ± 0.15; p < 0.001) and allyl caproate ( 3.30 ± 0.23 vs 1.17 ± 0.08; p < 0.001).

CONCLUSIONS:
We found impaired olfactory detection thresholds in children with ASD. Our results contribute to a better understanding of the olfactory abnormalities that children with ASD experience. Considering the role and effect that odors play in our daily lives, insensitivity to some odorants might have a tremendous impact on children with ASD. Future studies of olfactory processing in ASD may reveal important links between brain function, clinically relevant behavior, and treatment.


[拙訳]
背景:
嗅覚刺激に対する非定型応答性は、自閉スペクトラム症ASD)を伴う子どもにおける社会的障害の最強の予測因子として報告されている。しかし、ASD を伴う子どもにおける嗅覚感度の調査を目的とした、以前の実験室ベースの感覚の精神物理学的研究では、一貫性のない結果を生んできた。これらの研究の方法論は、いくつかの要因によって制限され、そして、より洗練されたアプローチは、一貫性のある結果を生むために必要とされる。

方法:
以前の研究で直面した問題を解決するために設計された新開発の方法論、パルス噴射システムを使用して、ASD を伴う子ども及び定型発達(TD)の子どもにおける嗅覚検知閾値を我々は測定した。刺激として使用した2つの臭気物質は、酢酸イソアミルとカプロン酸アリルであった。

結果:
この研究に43人の被験者が参加した:このうち、23人が ASD を伴う子ども(女性6人、男性17人)、20人が TD の子ども(女性6人、男性14人)であった。両臭気物質において、ASD を伴う子どもの嗅覚検出閾値は TD の子どもの閾値よりも有意に高かった。酢酸イソアミル (2.85 ± 0.28 vs 1.57 ± 0.15; p < 0.001)、カプロン酸アリル (3.30 ± 0.23 vs 1.17 ± 0.08; p < 0.001)

結論:
我々は、ASD を伴う子どもにおいて、障害された嗅覚検出閾値を発見した。ASD を伴う子どもが経験する嗅覚異常のより良い理解に我々の結果は寄与する。臭いが日常生活に果たす役割及び与える効果を考慮すれば、いくつかの臭気物質に対する非感受性は、ひょっとすると、ASD を伴う子どもに多大な影響があるかもしれない。 ASD における嗅覚処理の今後の研究は、脳機能、臨床的に関連する行動及び治療間の重要な関連を明らかにするかもしれない。

加えて、大人の自閉スペクトラム症における臭い処理に関する次の論文が発表されています。「Olfactory processing in adults with autism spectrum disorders.[拙訳]自閉スペクトラム症を伴う大人の臭い処理」。この論文の要旨を次に引用します。

BACKGROUND:
As evidenced in the DSM-V, autism spectrum disorders (ASD) are often characterized by atypical sensory behavior (hyper- or hypo-reactivity), but very few studies have evaluated olfactory abilities in individuals with ASD.

METHODS:
Fifteen adults with ASD and 15 typically developing participants underwent olfactory tests focused on superficial (suprathreshold detection task), perceptual (intensity and pleasantness judgment tasks), and semantic (identification task) odor processing.

RESULTS:
In terms of suprathreshold detection performance, decreased discrimination scores and increased bias scores were observed in the ASD group. Furthermore, the participants with ASD exhibited increased intensity judgment scores and impaired scores for pleasantness judgments of unpleasant odorants. Decreased identification performance was also observed in the participants with ASD compared with the typically developing participants. This decrease was partly attributed to a higher number of near misses (a category close to veridical labels) among the participants with ASD than was observed among the typically developing participants.

CONCLUSIONS:
The changes in discrimination and bias scores were the result of a high number of false alarms among the participants with ASD, which suggests the adoption of a liberal attitude in their responses. Atypical intensity and pleasantness ratings were associated with hyperresponsiveness and flattened emotional reactions, respectively, which are typical of participants with ASD. The high number of near misses as non-veridical labels suggested that categorical processing is functional in individuals with ASD and could be explained by attention-deficit/hyperactivity disorder. These findings are discussed in terms of dysfunction of the olfactory system.


[拙訳]
背景:
DSM-V において明らかなように、自閉スペクトラム症ASD)は、しばしば非定型感覚行動(過大又は過少反応性)を特徴とするが、ASD を伴う個々人において嗅覚能力を評価する研究は非常に少ない。

方法:
15人の ASD を伴う大人と、15人の定型発達者は、表面的(閾値上の検知タスク)、知覚的(強度と快度判定タスク)及び意味的(識別タスク)臭い処理に焦点をあてた嗅覚試験を受けた。

結果:
閾値上の検知能力の見地から、減少した識別スコア及び増加したバイアススコアが ASD グループで観察された。さらに、ASD を伴う参加者は不快な臭いの快度判定のための増加した強度の判定スコア及び障害があるスコアを示した。定型発達の参加者に比較して ASD を伴う参加者において、減少した同定実績も観察された。この減少は定型発達の参加者の中で観察されたよりもむしろ、ASD を伴う参加者の中で多くのニアミス(真実のラベルに近いカテゴリー)に部分的に起因した。

結論:
識別及びバイアススコアの変化は、ASD を伴う参加者中の多くの誤警報の結果であり、これはそれらの応答における寛容な態度の採用を示唆する。非定型強度と快度評価は、それぞれ過敏性と情動反応の平板化に関連し、これらは ASD を伴う参加者の典型的である。ASD を伴う個々人において、非真実のラベルとしてのニアミスの大きい数は、カテゴリー処理が実用的であること及び ADHD(注意欠如・多動症)により説明できるだろうことを示唆する。これらの知見は嗅覚系の機能不全の見地より議論された。

注:i) 引用中の「真実のラベル」、「ニアミス」に関連して、芳香のラベリングおける成績は次の3種類に分類できるようです。真実のラベル(芳香の真の名前[例:サクランボに対しサクランボと識別する])、ニアミス(真の名前とかなり近い名前[例:いちごに対しサクランボと識別する])、ファーミス(真の名前と非常に遠い名前[例:コーヒーに対しサクランボと識別する])。 ii) 引用中の「DSM-V」については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「ADHD」については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

ちなみに、嗅覚過敏ではありませんが、自閉スペクトラム症を伴う青年の触覚と聴覚過敏に関する次の論文が発表されています。 「Neurobiology of Sensory Overresponsivity in Youth With Autism Spectrum Disorders[拙訳]自閉スペクトラム症を伴う青年における感覚過敏の神経生物学」。この論文の要旨を次に引用します。

IMPORTANCE:
More than half of youth with autism spectrum disorders (ASDs) have sensory overresponsivity (SOR), an extreme negative reaction to sensory stimuli. However, little is known about the neurobiological basis of SOR, and there are few effective treatments. Understanding whether SOR is due to an initial heightened sensory response or to deficits in regulating emotional reactions to stimuli has important implications for intervention.

OBJECTIVE:
To determine differences in brain responses, habituation, and connectivity during exposure to mildly aversive sensory stimuli in youth with ASDs and SOR compared with youth with ASDs without SOR and compared with typically developing control subjects.

DESIGN, SETTING, AND PARTICIPANTS:
Functional magnetic resonance imaging was used to examine brain responses and habituation to mildly aversive auditory and tactile stimuli in 19 high-functioning youths with ASDs and 19 age- and IQ-matched, typically developing youths (age range, 9-17 years). Brain activity was related to parents' ratings of children's SOR symptoms. Functional connectivity between the amygdala and orbitofrontal cortex was compared between ASDs subgroups with and without SOR and typically developing controls without SOR. The study dates were March 2012 through February 2014.

MAIN OUTCOMES AND MEASURES:
Relative increases in blood oxygen level-dependent signal response across the whole brain and within the amygdala during exposure to sensory stimuli compared with fixation, as well as correlation between blood oxygen level-dependent signal change in the amygdala and orbitofrontal cortex.

RESULTS:
The mean age in both groups was 14 years and the majority in both groups (16 of 19 each) were male. Compared with neurotypical control participants, participants with ASDs displayed stronger activation in primary sensory cortices and the amygdala (P < .05, corrected). This activity was positively correlated with SOR symptoms after controlling for anxiety. The ASDs with SOR subgroup had decreased neural habituation to stimuli in sensory cortices and the amygdala compared with groups without SOR. Youth with ASDs without SOR showed a pattern of amygdala downregulation, with negative connectivity between the amygdala and orbitofrontal cortex (thresholded at z > 1.70, P < .05).

CONCLUSIONS AND RELEVANCE:
Results demonstrate that youth with ASDs and SOR show sensorilimbic hyperresponsivity to mildly aversive tactile and auditory stimuli, particularly to multiple modalities presented simultaneously, and show that this hyperresponsivity is due to failure to habituate. In addition, findings suggest that a subset of youth with ASDs can regulate their responses through prefrontal downregulation of amygdala activity. Implications for intervention include minimizing exposure to multiple sensory modalities and building coping strategies for regulating emotional response to stimuli.


[拙訳]
重要性:
自閉スペクトラム症ASD)を伴う青年の半分以上は、感覚過度応答性(SOR)、感覚刺激への極端な負の反応を有する。しかし、SOR の神経生物学的基礎についてはほとんど知られていなく、有効な治療法が少ししかない。SOR が最初に高められた感覚の応答、又は刺激への情動反応の調節の欠陥によるものかどうかの理解は、介入のための重要な意味を持つ。

目的:
SOR を伴わないが ASD を伴う青年、及び対照被験者としての定型発達者と比較した、SOR と ASD を伴う青年において、穏やかな嫌悪感覚刺激曝露中の脳の応答、馴化及び結合性における差を決定する。

デザイン、設定、被験者:
19人の ASD を伴う高機能な青年、19人の年齢と IQ をマッチさせた定型発達者の青年(年齢幅:9-17歳)において、穏やかな嫌悪聴覚刺激及び触覚刺激への脳の応答及び馴化を調査するために機能的磁気共鳴画像法が使用された。脳活動は子どもたちの SOR 症状の両親の評価に関連していた。扁桃体眼窩前頭皮質との間の機能的結合性は、SOR を伴う、伴わない ASD のサブグループ及び SOR を伴わない定型発達者間で比較された。研究の日付けは2012年3月から2014年2月であった。

主なアウトカム及び測定:
BOLD(blood oxygen level-dependent)信号における相対的な増加は、扁桃体眼窩前頭皮質における BOLD 信号の変化の相関はもちろん、fixation(注:固視点を注視すること)と比較した感覚刺激の曝露中の全脳に渡って及び扁桃体内で応答する。

結果:
両群の平均年齢は14歳で、両グループの大多数(19人中の16人)が男性だった。定型発達の対照被験者に比較して、ASD を伴う被験者は一次感覚皮質及び扁桃体においてより強い活性化を示した(P < .05, 補正後)。この活動は不安を制御後の SOR 症状と正に相関していた。SOR を伴う ASD サブグループは、SOR を伴わないグループと比較して、一次感覚皮質及び扁桃体において刺激への神経的馴化が減少した。SOR を伴わないが ASD を伴う青年は、扁​​桃体と眼窩前頭皮質の間の負の結合性を伴う扁桃体のダウンレギュレーションのパターンを示した(閾値:z> 1.70、P <0.05)。

結論と関連性:
これらの結果により、SOR と ASD を伴う青年は、穏やかな嫌悪触覚刺激及び聴覚刺激、特に同時に存在する複数のモダリティへの感覚大脳辺縁系の過剰応答が示され、そして、この過剰応答は馴化の失敗によることが示された。加えて、ASD を伴う若者のサブセットは、扁桃体の活動の前頭前野によるダウンレギュレーションを通して、応答を調節可能なことを示唆した。介入のための意味付けは、複数のモダリティへの曝露の最小化及び刺激への情動応答を調節するための対処戦略の構築を含む。

注:i) 引用中の「BOLD」信号は血中酸素濃度依存信号のことです。ちなみに、神経細胞が活動すると、その細胞に酸素を運ぶために血流が増加します。酸素を運んでいる血液が流れ込んだ部位では、BOLD 信号が増加します。 ii) 引用中の「モダリティ」は特定の感覚のことのようです。 iii) 引用中の「ダウンレギュレーション」は機能の下向き調節のことのようです。 iv) 引用中の「馴化」はある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくことです。  v) 引用中の「大脳辺縁系」については、例えば次の資料を参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 vi) ちなみに、引用中の「情動応答を調節する」に関連する「情動調節」について、ADHDにおける「情動調節」に関連する論文例は他の拙エントリのここに示します。

一方、自閉スペクトラム症関係でも、感覚過敏でもありませんが、馴化及び/又は消去学習に関連して、 a) 社交不安症(SAD)における脳活動に関する研究を紹介する次の資料における記述の一部を以下に引用します。「社交不安症に関する脳画像研究の最前線」 b) 加えて、PTSD における恐怖消去に関する研究の論文の要旨を以下に引用します。 c) さらに、境界性及び回避性パーソナリティ障害の患者における馴化に関する研究の論文の要旨を以下に引用します。

4.馴化と消去学習
Sladky et al. (2012)は,実験パラダイムに おいて,顔写真を呈示し続けた後に(恐怖条件づけ),風景画を呈示し続ける手続きを行い(馴化と消去学習),馴化と消去学習に関わる SAD 患者の脳活動を検討した。その結果,顔写真が呈示されているときには,健常群と比べて SAD 群の扁桃体視床,OFC 領域の賦活量が大きかった。しかしながら,SAD 群は,風景画が呈示され続けるにつれて,これらの領域の賦活量が次第に減少して,消失した。つまり,馴化と消去学習に扁桃体を中心とした辺縁系領域と OFC が関与する。この結果は,健常者を対象とした消去学習に関する先行研究の結果と一致している(Morgan et al., 1993; Phelps et al., 2004)。この結果を踏まえると,SAD に対する認知行動療法(cognitive behavioral therapy; CBT)で用いられるエクスポージャー技法は辺縁系領域と OFC の機能に変化を生じさせると推察できる。

注:i) 引用中の「OFC」は眼窩前頭皮質のことです。眼窩前頭皮質に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「Sladky et al. (2012)」、「Morgan et al., 1993」及び「Phelps et al., 2004」はそれぞれ「Increased neural habituation in the amygdala and orbitofrontal cortex in social anxiety disorder revealed by FMRI.*27、「Extinction of emotional learning: contribution of medial prefrontal cortex.」及び「Extinction learning in humans: role of the amygdala and vmPFC.」のことです。 iii) 引用中の「馴化」はある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくことです。 iv) 引用中の「辺縁系領域」に関連する「大脳辺縁系」については、例えば次の資料を参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 iv) ちなみに、上記「OFC」に関連するかもしれない、OCD(強迫性障害又は強迫症)における生物学的病態については、例えば次の資料を参照して下さい。「OCDの生物学的病態からみた難治性」、「次元評価を用いたボクセル単位形態計測による強迫性障害の多様性についての検討

上記論文「Avoidant symptoms in PTSD predict fear circuit activation during multimodal fear extinction.[拙訳]PTSD における回避症状はマルチモーダルの恐怖消去中の恐怖回路の活性を予測する」の要旨を次に引用します。

Convergent evidence suggests that individuals with posttraumatic stress disorder (PTSD) exhibit exaggerated avoidance behaviors as well as abnormalities in Pavlonian fear conditioning. However, the link between the two features of this disorder is not well understood. In order to probe the brain basis of aberrant extinction learning in PTSD, we administered a multimodal classical fear conditioning/extinction paradigm that incorporated affectively relevant information from two sensory channels (visual and tactile) while participants underwent fMRI scanning. The sample consisted of fifteen OEF/OIF veterans with PTSD. In response to conditioned cues and contextual information, greater avoidance symptomatology was associated with greater activation in amygdala, hippocampus, vmPFC, dmPFC, and insula, during both fear acquisition and fear extinction. Heightened responses to previously conditioned stimuli in individuals with more severe PTSD could indicate a deficiency in safety learning, consistent with PTSD symptomatology. The close link between avoidance symptoms and fear circuit activation suggests that this symptom cluster may be a key component of fear extinction deficits in PTSD and/or may be particularly amenable to change through extinction-based therapies.


[拙訳]
心的外傷後ストレス障害PTSD)を伴う個々人はパブロフの恐怖条件付けにおける異常はもちろん、際立った回避行動を示すことを収束するエビデンスは示唆する。しかし、この障害の2つの特徴間の関連が十分に理解されていない。 PTSD における異常な消去学習の脳の基礎を探査するために、被験者が fMRI スキャンを受けている間に、2つの感覚チャンネル(視覚及び触覚)からの感情的な関連情報を組み入れたマルチモーダルの古典的な恐怖条件付け/消去パラダイムを我々は実施した。サンプル(被験者)は、15人の ​PTSD を伴う OEF/OIF 退役軍人から構成された。恐怖の獲得及び消去中に、条件付けられた手がかり及び文脈的な情報に応答して、より大きな回避の症候学は扁桃体、海馬、腹内側前頭前皮質、背内側前頭前皮質及び島におけるより大きな活性化と関連した。より重い PTSD を伴う個々人において、前もって条件付けられた刺激への高応答は PTSD の症候学と一致して安全学習における不足を示すことができるだろう。この症状群は ​PTSD における恐怖消去の不足の主要な要素である、及び/又は特に消去に基づいた治療法を通した変化に従うかもしれないことを回避症状と恐怖回路の活性化との間の密接な関連は示唆する。

注:i) 引用中の「心的外傷後ストレス障害」については次のWEBページを参照して下さい。 「外傷後ストレス障害 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「恐怖条件付け」については次のWEBページを参照して下さい。「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」、「情動系神経回路 - 脳科学辞典」の「後天的に獲得された情動系神経回路」項 iii) 引用中の「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 iv) 引用中の「マルチモーダル」に関連する「マルチモーダル情報処理」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「マルチモーダル情報処理」の「マルチモーダル情報処理とは?」項 v) 引用中の「OEF」及び「OIF」はそれぞれ「Operation Enduring Freedom」(不朽の自由作戦)、「Operation Iraqi Freedom」(イラクの自由作戦)の略です。 vi) 引用中の「扁桃体」「海馬」に関連する「大脳辺縁系」については、例えばここ及び次の資料を参照して下さい。 「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 vii) 引用中の「腹内側前頭前皮質」「背内側前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 viii) 引用中の「島」については、次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 加えて、引用中の「島におけるより大きな活性化」については、他の拙エントリのここを参照すると良いかもしれません。

上記論文「The neural correlates of anomalous habituation to negative emotional pictures in borderline and avoidant personality disorder patients.[拙訳]境界性及び回避性パーソナリティ障害の患者におけるネガティブな情動の画像への異常な馴化の神経的な相関」の要旨を次に引用します。

OBJECTIVE:
Extreme emotional reactivity is a defining feature of borderline personality disorder, yet the neural-behavioral mechanisms underlying this affective instability are poorly understood. One possible contributor is diminished ability to engage the mechanism of emotional habituation. The authors tested this hypothesis by examining behavioral and neural correlates of habituation in borderline patients, healthy comparison subjects, and a psychopathological comparison group of patients with avoidant personality disorder.

METHOD:
During fMRI scanning, borderline patients, healthy subjects, and avoidant personality disorder patients viewed novel and repeated pictures, providing valence ratings at each presentation. Statistical parametric maps of the contrasts of activation during repeated versus novel negative picture viewing were compared between groups. Psychophysiological interaction analysis was employed to examine functional connectivity differences between groups.

RESULTS:
Unlike healthy subjects, neither borderline nor avoidant personality disorder patients exhibited increased activity in the dorsal anterior cingulate cortex when viewing repeated versus novel pictures. This lack of an increase in dorsal anterior cingulate activity was associated with greater affective instability in borderline patients. In addition, borderline and avoidant patients exhibited smaller increases in insula-amygdala functional connectivity than healthy subjects and, unlike healthy subjects, did not show habituation in ratings of the emotional intensity of the images. Borderline patients differed from avoidant patients in insula-ventral anterior cingulate functional connectivity during habituation.

CONCLUSIONS:
Unlike healthy subjects, borderline patients fail to habituate to negative pictures, and they differ from both healthy subjects and avoidant patients in neural activity during habituation. A failure to effectively engage emotional habituation processes may contribute to affective instability in borderline patients.


[拙訳]
目的:
極端な情動的反応性は、境界性パーソナリティ障害の決定的な特徴であり、未だこの感情不安定の根底にある神経行動的なメカニズムはよく理解されていない。可能​​性のある一因は、情動的な馴化のメカニズムを関与させる能力の減少である。境界性パーソナリティ障害の患者、健康な比較対照者及び回避性パーソナリティ障害を伴う患者の精神病理学的な比較グループにおける馴化の行動及び神経的な相関の調査により、この仮説を著者らは試してみた。

方法:
fMRI スキャン中に、境界性パーソナリティ障害の患者、健常者及び回避性パーソナリティ障害の患者は新たな及び繰り返しの画像を見て、各々の提示で価値の評価を提供した。繰り返しの対新たなネガティブな画像を見ている時の活性化の対比の統計的パラメトリックマップはそれぞれのグループ間で比較された。グループ間の機能的結合性の差異を調査するために精神心理学的な相互作用分析が採用された。

結果:
繰り返し対新たな画像を見た時に、健常者とは異なり、背側前帯状皮質において、境界性パーソナリティ障害の患者も回避性パーソナリティ障害の患者も増加した活性を示さなかった。背側前帯状皮質の活性における増加の欠如は、境界性パーソナリティ障害の患者においてより大きな感情の不安定に関連した。加えて、島-扁桃体の機能的結合性において、境界性パーソナリティ障害の患者及び回避性パーソナリティ障害の患者は健常者と比較してより小さな増加を示し、そして、画像の情動強度の評価において馴化を示さなかった。馴化中の島-腹側前帯状回の機能的結合性において境界性パーソナリティ障害は回避性パーソナリティ障害の患者とは異なった。

結論:
健常者とは異なり、境界性パーソナリティ障害の患者はネガティブな画像の馴化に失敗し、そして、彼らは馴化の神経活動において健常者及び回避性パーソナリティ障害の患者の両方とは異なる。効果的に情動の馴化処理に従事することへの失敗は、境界性パーソナリティ障害の患者において、感情の不安定に寄与するかもしれない。

注:i) 引用中の「極端な情動的反応性」に関しては、他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「insula-amygdala functional connectivity」(島-扁桃体機能的結合性)については、次の論文の要旨を参照して下さい。 「Insula-amygdala functional connectivity is correlated with habituation to repeated negative images.」 iii) 引用中の「背側前帯状皮質」に関連する「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「島」については、次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 v) 引用中の「馴化」はある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくことです。 vi) 引用中の「境界性パーソナリティ障害」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

また、感覚過敏([ご参考1]の上部参照)に関連する強烈世界症候群については、他の拙エントリの(a)項を参照して下さい。

ご参考1におけるご参考:ちなみに、i) 嗅覚過敏についての疑問点は他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用における扁桃体眼窩前頭皮質の結合性*28に関しては、感覚過敏以外の視点(例えばノセボ効果、不安)から、ここ及び他の拙エントリのここここを参照すると良いかもしれません。

[ご参考2]MCS を伴う患者の脳科学的アプローチ
ここでは、主に MCS を伴う患者と対照群における嗅覚刺激中の NIRS イメージングに関連する以下の日本の著者の方々による4つの論文の要旨(参照参照参照参照)をはじめとして、fMRI イメージングに関連する他の1つの論文の要旨(参照)を加えて標記アプローチを中心として紹介します。ちなみに、これらの論文は全て全文が公開されており、一部の論文を除いては、(ほんの一部分ですが)全文を部分的に、加えてこれら全ての論文要旨を 上記参照でリンクされているようにそれぞれ以下に紹介しています。*29

①論文要旨「Changes in Cerebral Blood Flow during Olfactory Stimulation in Patients with Multiple Chemical Sensitivity: A Multi-Channel Near-Infrared Spectroscopic Study[拙訳]MCSを伴う患者における嗅覚刺激中の脳血流の変化:多チャンネル近赤外分光法による研究」(注:全文はここを参照して下さい)

この論文(2013年発表)の要旨を次に引用します。

Multiple chemical sensitivity (MCS) is characterized by somatic distress upon exposure to odors. Patients with MCS process odors differently from controls. This odor-processing may be associated with activation in the prefrontal area connecting to the anterior cingulate cortex, which has been suggested as an area of odorant-related activation in MCS patients. In this study, activation was defined as a significant increase in regional cerebral blood flow (rCBF) because of odorant stimulation. Using the well-designed card-type olfactory test kit, changes in rCBF in the prefrontal cortex (PFC) were investigated after olfactory stimulation with several different odorants. Near-infrared spectroscopic (NIRS) imaging was performed in 12 MCS patients and 11 controls. The olfactory stimulation test was continuously repeated 10 times. The study also included subjective assessment of physical and psychological status and the perception of irritating and hedonic odors. Significant changes in rCBF were observed in the PFC of MCS patients on both the right and left sides, as distinct from the center of the PFC, compared with controls. MCS patients adequately distinguished the non-odorant in 10 odor repetitions during the early stage of the olfactory stimulation test, but not in the late stage. In comparison to controls, autonomic perception and negative affectivity were poorer in MCS patients. These results suggest that prefrontal information processing associated with odor-processing neuronal circuits and memory and cognition processes from past experience of chemical exposure play significant roles in the pathology of this disorder.


[拙訳]
多種化学物質過敏状態(MCS)は、臭気への曝露による身体の苦痛で特徴づけられる。MCS を伴う患者は対照群と異なった臭気処理を行う。この臭気処理は、MCS 患者における臭気物質に関連する活性化の領域として示唆されている前帯状皮質に結合する前頭前野における活性化と関連づけられるかもしれない。この研究において活性化は臭気物質刺激による局所的な脳血流量(rCBF)の有意な増加と定義した。よく設計されたカード型嗅覚検査キットを使用して、いくつかの異なる臭気物質刺激後の前頭前皮質(PFC)における rCBF 変化を調査した。12人の MCS 患者と11人の対照群において近赤外分光法(NIRS)イメージングが行われた。臭気物質刺激試験は連続的に10回繰り返した。被験者の身体的、心理的状態及び匂いの刺激度と快・不快度の知覚の評価もこの研究に含まれた。対照群と比較して、MCS 患者において PFC の中心ではなく、左右両側において rCBF の有意な変化が観察された。MCS 患者は嗅覚刺激試験の10回繰り返しにおいて、後期ではなく早期の段階で非臭気物質を十分に区別した。MCS 患者における自律的な知覚及びネガティブな感情は対照群と比較して劣っていた。これらの結果により、化学物質暴露の過去の体験からの臭気処理神経回路、記憶及び認知処理に関連する前頭前野の情報処理が、この障害(disorder)の病理に重要な役割を果たしていることを示唆する。

注:i) 拙訳中の「前頭前野」については次のWEBページを参照して下さい。「前頭前野 - 脳科学辞典」 ii) 拙訳中の「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 iii) 拙訳中の「快・不快」については次のWEBページを参照して下さい。「快・不快 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「NIRS」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 v) 拙訳中の「記憶」に関連する「記憶の分類」については次のWEBページを参照して下さい。 「記憶の分類 - 脳科学辞典」 加えて、これに関連する「陳述記憶・非陳述記憶」「情動的記憶」及び「手続き記憶」については、それぞれ次のWEBページを参照して下さい。「陳述記憶・非陳述記憶 - 脳科学辞典」[注:加えてWEBページ「陳述記憶,非陳述記憶」には、非陳述記憶についての次に引用(『 』内)する記述があります。『非陳述記憶には,手続き記憶や情動記憶がある.「手続き記憶」というのは,技巧や運動技能などに関する記憶であり,大脳皮質・基底核・小脳などがかかわる.情動記憶はパブロフ型の条件付けに代表されるような,特定のキューや文脈と情動を結びつけるタイプの記憶である.』]、「情動的記憶 - 脳科学辞典」[注:情動記憶についてはここも参照して下さい]、「手続き記憶 - 脳科学辞典」 ちなみに、化学物質過敏症と精神的なトラウマの関連については次の資料を参照して下さい。「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務 報告書」の「1.概念」項 加えて、不適応な手続き記憶や情動記憶とトラウマとの関連について、ピーター・A・ラヴィーン著、ベッセル・A・ヴァン・デア・コーク序文、花丘ちぐさ翻訳の本、「トラウマと記憶 脳・身体に刻まれた過去からの回復」(2017年発行)の「第4章 情動記憶、手続き記憶およびトラウマの構造」における記述の一部(P60)を次に引用(『 』内)します。『不適応な手続き記憶と情動記憶が長期にわたって存続することが、社会的な、あるいは人間関係の問題の根幹となっており、すべてのトラウマのもとにある中心的な作用機序を形成しているといってよいだろう。』 一方、「トラウマの痕跡は手続きの形をとって密かに私たちを支配している」ことについては、ここを参照して下さい。 vi) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 加えて、上記「知覚」に関連する(化学物質不耐症における)「危険と知覚される」ことについてはここを参照して下さい。 vii) 臭気(ニオイ)に関する拙訳中の「化学物質暴露の過去の体験からの臭気処理神経回路、記憶及び認知処理に関連する前頭前野の情報処理」に関連するかもしれない「ニオイの感覚は経験・学習等に依存する」については次の資料を参照して下さい。 「ニオイの感覚研究の最近の展開 -ニオイの感覚は経験・学習に依存する-」の「2.3 ニオイの感覚」項、「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」の「4. 考察」項 さらに、においの文脈における拙訳中の「記憶」に関連する「プルースト現象」についてはここを、「イソ吉草酸のにおいに対する日本人とイヌイットとの好みの違い」についてはここを それぞれ参照して下さい。 viii) 加えて、上記全文 *30の「Introduction」において、fMRI を用いた日本の化学物質過敏症の研究に言及しています。この部分を以下に引用します。 ix) 拙訳中の「近赤外分光法(NIRS)」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 x) 一方、上記大脳辺縁系に関連して、上記論文(全文)の「Introduction」項及びこの後報との位置づけの論文(全文)の「Discussion」項における記述の一部をそれぞれ以下に引用します。

In functional magnetic resonance imaging (fMRI) studies involving exposure to odorants, a strong signal-intensity reaction was seen in the limbic system of MCS patients [18].


[拙訳]
臭気物質の曝露に関係した機能的磁気共鳴画像法(fMRI)の研究において、強い信号強度の反応が MCS 患者の大脳辺縁系で見られた[18]。

注:i) 引用中の文献番号「[18]」は次の資料です。ただし、PubMed では検索されません。 「Enhanced brain images in the limbic system by functional magnetic resonance imaging (fMRI) during chemical exposures to patients with multiple chemical sensitivities」 ii) 引用中の「機能的磁気共鳴画像法(fMRI)」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 iii) 拙訳中の「大脳辺縁系」についてはトラウマの視点からここを参照して下さい。加えて次の資料を参照して下さい。 「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項

Andersson et al furthermore suggested the involvement of a limbic hyperreactivity and speculatively described the sensitivity with MCS as an inability to inhibit salient external stimuli in MCS [46].(中略)

Further research regarding the mode of action of chemical sensitivity through the cerebral limbic system due to chemicals that were recognized as harmful or hazardous during the past exposure event is needed.


[拙訳]
Andersson らはさらに、辺縁系の過剰反応性の関与を示唆し、MCS におけるサリエント(顕著)な外部刺激の抑制不能としての MCS を伴う過敏性を推論的に記述した[46]。(中略)

過去の曝露イベント中に有害又は危険と認識された化学物質による大脳辺縁系を通した化学物質過敏の作用機序に関するさらなる研究が必要である。

注:i) 引用中の文献番号「[46]」の論文要旨はここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「大脳辺縁系」についてはトラウマの視点からここを参照して下さい。加えて次の資料を参照して下さい。 「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項

②論文要旨「Assessment of cerebral blood flow in patients with multiple chemical sensitivity using near-infrared spectroscopy--recovery after olfactory stimulation: a case-control study.[拙訳]近赤外分光法を使用した MCS を伴う患者の脳血流量の評価 - 嗅覚刺激後の回復:症例対照研究」(注:全文はここを参照して下さい)

この論文(2015年発表)の要旨を以下に引用します。これは上記論文の続報です。*31 

OBJECTIVES:
Multiple chemical sensitivity (MCS) is a chronic acquired disorder characterized by non-specific symptoms in multiple organ systems associated with exposure to odorous chemicals. We previously observed significant activations in the prefrontal cortex (PFC) during olfactory stimulation using several different odorants in patients with MCS by near-infrared spectroscopy (NIRS) imaging. We also observed that the patients with MCS did not adequately distinguish non-odorant in the late stage of the repeated olfactory stimulation test. The sensory recovery of the olfactory system in the patients with MCS may process odors differently from healthy subjects after olfactory stimulation.

METHODS:
We examined the recovery process of regional cerebral blood flow (rCBF) after olfactory stimulation in patients with MCS. NIRS imaging was performed in 6 patients with MCS and in 6 controls. The olfactory stimulation test was continuously repeated 10 times. The study also included a subjective assessment of the physical and psychological status and of the perception of irritating and hedonic odors.

RESULTS:
After olfactory stimulation, significant activations were observed in the PFC of patients with MCS on both the right and left sides compared with controls. The activations were specifically strong in the orbitofrontal cortex (OFC). Compared with controls, autonomic perception and feelings identification were poorer in patients with MCS. OFC is associated with stimuli response and the representation of preferences.

CONCLUSIONS:
These results suggest that a past strong exposure to hazardous chemicals activates the PFC during olfactory stimuli in patients with MCS, and a strong activation in the OFC remains after the stimuli.


[拙訳]
目的:
多種化学物質過敏状態(MCS)は、臭気化学物質への曝露に関連する複数の器官系における非特異的な症状を特徴とする後天性の慢性障害(disorder)である。以前に我々は近赤外分光(NIRS)イメージングにより、MCS を伴う患者において、いくつかの異なる臭気物質を使用した嗅覚刺激中の前頭前皮質(PFC)における有意な活性化を観察した。MCS を伴う患者は繰り返した嗅覚刺激試験の後期段階において非臭気物質を十分に区別していなかったことも我々は観察した。MCS を伴う患者における嗅覚刺激後の嗅覚系の感覚の回復は、健常な被験者とは異なる臭気の処理を行っているかもしれない。

方法:
我々は、MCS を伴う患者における嗅覚刺激後の局所脳血流量(rCBF)の回復過程を調べた。NIRS イメージングは MCS を伴う患者6人及び対照群6人で実施した。嗅覚刺激試験は連続的に 10 回繰り返した。本研究には身体的及び心理的状態、及び臭いの刺激性と快・不快の知覚の主観的な評価が含まれていた。

結果:
嗅覚刺激後、対照群と比較して、MCS を伴う患者の PFC の左右両側で有意な活性化が観察された。この活性化は特に眼窩前頭皮質(OFC)おいて特異的に強かった。対照群と比較して MCS を伴う患者では、自律的な知覚と感情の弁別はより貧弱であった。OFC は刺激応答や好みの表現に関連している。

結論:
有害な化学物質への過去の強い曝露により、MCS を伴う患者の嗅覚刺激中の PFC が活性化され、そして OFC において刺激後に強い活性化が残存することを、これらの結果は示唆する。

注:i) 拙訳中の「近赤外分光(NIRS)」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) この論文が発表されたジャーナル「Environmental Health and Preventive Medicine」のインパクトファクターについては、次のWEBを参照して下さい。「Environmental Health and Preventive Medicine」の「EHPMのWeb of Scienceへの掲載決定!」項。 iii) さらに、引用中の「NIRS」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 一方、この論文(全文)における脳の領域について記述した二つの部分、すなわち前者の「Introduction」項における記述の一部を以下に引用します。加えて、後者の「Discussion」項における記述の一部を以下に引用します。ちなみに、この引用における「ACC」、「PFC」、「OFC」はそれぞれ、「前帯状皮質」(Anterior Cingulate Cortex)、「前頭前皮質」(Prefrontal Cortex)、「眼窩前頭皮質」(Orbitofrontal Cortex)のことです。 v) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 加えて、上記「知覚」に関連する(化学物質不耐症における)「危険と知覚される」ことについてはここを参照して下さい。 vi) 拙訳中の「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭前野 - 脳科学辞典」 vii) 拙訳中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 一方、上記「眼窩前頭皮質」に関連する用語「前頭連合野眼窩部」については、意思決定に及ぼす影響の視点より、渡邊正孝、船橋新太郎編の本、「情動と意思決定 -感情と理性の統合-」(2015年発行)の 6 意思決定に及ぼす情動の影響 -前頭連合野眼窩部の機能を中心に-[著者は船橋新太郎] の「おわりに」項に示されており、この部分の記述(P192)を以下に引用します。

We previously conducted a near-infrared spectroscopy (NIRS) activation study on olfactory stimulation in patients with MCS [14]. Activation was defined as a significant increase in the regional cerebral blood flow (rCBF) following odorant stimulation. Changes in the blood flow and oxygenation to the brain are closely linked to neural activity [15]. NIRS has been commonly applied in studies of prefrontal activity [16, 17] and is suitable for detecting oxygenation changes in higher cortical regions. Our previous study identified acute activation in the prefrontal cortex (PFC) during olfactory stimulation with several different odorants in patients with MCS [14]. The prefrontal area connects to the anterior cingulate cortex (ACC), an area of odorant-related activation in patients with MCS [18]. The results of challenge tests by exposure to odorous chemicals indicated a neuro-cognitive impairment in patients with MCS, and using single photon-emission computed tomography, brain dysfunction was found particularly in odor-processing areas, thereby suggesting a neurogenic origin of MCS [19]. One possibility is that patients with MCS may have an enhanced top–down regulation of odor response via the cingulate cortex. These findings also suggest that prefrontal information processing associated with the odor-processing neuronal circuits and memory from a past experience of chemical exposure may play significant roles in the pathology of this disorder.

Our previous study also showed that the patients with MCS adequately distinguished non-odorant in 10 odor repetitions during the early stage but not in the late stage of the olfactory stimulation test when the olfactory stimulation test was continuously repeated 10 times. Repeated or prolonged exposure to an odorant typically leads to a stimulus-specific decrease in olfactory sensitivity to that odorant, but sensitivity recovers over time in the absence of further exposure [20]. Thus, we postulate that prefrontal information processing in patients with MCS is activated by an emotional response to a repeated olfactory stimulation in the late stage of the test, and that the processing system in the PFC cannot respond adequately. Further, the sensory recovery of the olfactory system in patients with MCS may process odors differently from healthy subjects after olfactory stimulation. Although recovery is generally evident after short olfactory stimulation on the several tens of second time scale [21, 22], the recovery process of patients with MCS may differ from that of healthy subjects. In this study, we examined the recovery process after short olfactory stimulation in patients with MCS, using NIRS imaging.


[拙訳]
MCS を伴う患者における嗅覚刺激に関する近赤外分光法(NIRS)による活性化の研究を我々は以前に実施した[14]。活性化は臭気物質刺激に続く局所脳血流量(rCBF)の有意な増加として定義された。脳への血流と酸素化における変化は神経活動と密接に関連する[15]。 NIRS は、一般的に前頭前野の活動の研究に適用され[16, 17]、より高い皮質領域における酸素化の変化の検出に適している。我々の以前の研究では、MCS を伴う患者において、いくつかの異なる臭気物質を伴った嗅覚刺激中に前頭前皮質(PFC)における急激な活性化が同定された[14] 。前頭前野領域は前帯状皮質(ACC)、MCS を伴う患者における臭気物質関連の活性化領域と結合する[18]。臭気化学物質への曝露による負荷試験の結果は、MCS を伴う患者における神経認知障害を示し、そして単一光子放射型コンピュータ断層撮影法を使用した、脳の機能障害は臭い処理領域で発見され、それにより、MCS の神経原性の起源を示唆する[19]。一つの可能​​性は、MCS を伴う患者は、帯状皮質を介して増強された臭気応答のトップダウン調節を有するかもしれない。これらの知見は、臭気処理神経回路に関連した前頭前野の情報処理及び化学物質曝露の過去の体験からの記憶はこの障害(disorder)の病理に重要な役割を果たすかもしれないことを示唆する。

嗅覚刺激試験を連続して10回繰り返した時、この10回繰り返しの初期には、MCS を伴う患者は非臭気物質を見分けられたが、後期には見分けられなかったことも我々の前の研究で示した。臭気物質への反復した又は延長した曝露は典型的に、この刺激への臭気感度における刺激特異的な減少をもたらすが、さらなる曝露の欠如において感度は経時的に回復する[20]。このように、MCS を伴う患者における前頭前野の情報処理は後期の試験における反復した嗅覚刺激への情動の応答により活性化され、そして PFC における処理システムは適切に応答できないことを我々は前提とする。さらに、MCS を伴う患者における嗅覚システムの感覚回復は、嗅覚刺激後の健康な被験者と異なる臭いの処理をしているかもしれない。数十秒の時間スケールでの短い嗅覚刺激後の回復は一般的に明白である[21, 22]が、MCS を伴う患者の回復過程は健常な被験者と異なるかもしれない。本研究では、NIRS イメージングを使用して、MCS を伴う患者の短い嗅覚刺激後の回復過程を我々は調査した。

注:i) これは上記「Introduction」項における記述の一部の引用です。 ii) 引用中の文献番号「[14]」、「[15]」、「 [16, 17] 」、「[18]」はそれぞれ次の論文です。「Changes in cerebral blood flow during olfactory stimulation in patients with multiple chemical sensitivity: a multi-channel near-infrared spectroscopic study.*32、「Age dependency of changes in cerebral hemoglobin oxygenation during brain activation: a near-infrared spectroscopy study.」、「Beyond the visible--imaging the human brain with light.」、「Prefrontal activity during taste encoding: an fNIRS study.」、「Odor processing in multiple chemical sensitivity.」 iii) 引用中の文献番号「[19]」、「[20]」はそれぞれ次の論文です。「Brain dysfunction in multiple chemical sensitivity.」、「Psychophysical and behavioral characteristics of olfactory adaptation.」 iv) 拙訳中の「近赤外分光法(NIRS)」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 v) 拙訳中の「記憶」に関連する「記憶の分類」等についてはここの v) 項を参照して下さい。加えて拙訳中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 さらにメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 vi) 拙訳中の「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭前野 - 脳科学辞典」 vii) 拙訳中の「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 viii) 拙訳中の「トップダウン」に関しては、例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「“感じる脳”のメカニズムを解明 -皮膚感覚を司る神経回路の発見-」の「背景」項 ix) 臭気(ニオイ)に関する引用中の「化学物質曝露の過去の体験からの記憶」に関連するかもしれない「ニオイの感覚は経験・学習等に依存する」については次の資料を参照して下さい。 「ニオイの感覚研究の最近の展開 -ニオイの感覚は経験・学習に依存する-」の「2.3 ニオイの感覚」項、「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」の「4. 考察」項 さらに、においの文脈における引用中の「記憶」に関連する「プルースト現象」についてはここを、「イソ吉草酸のにおいに対する日本人とイヌイットとの好みの違い」についてはここを それぞれ参照して下さい。

An odorant-related increase in activation in the ACC has been observed in patients with MCS [18]. The ACC is involved in adequate control of top–down or bottom–up modulation of stimuli and is connected to the PFC. Past exposures to hazardous chemicals are stored as memories in the PFC through olfactory nerve circuits, causing various physical or psychological responses such as emotional, visceral, or autonomic responses during the processing of top–down stimuli when exposed to odorants later in life [14]. In the present study, we found that recovery from activation in the PFC after an olfactory stimulation is delayed in patients with MCS compared with controls. These findings support the current understanding of the pathology of this disorder: compared to healthy subjects, patients with MCS strongly respond to odorants that they encounter in daily life, the repeated daily exposure to the odorants keeps them in a reactive state. Due to their physical and psychological intolerance to odorants, the patients try to avoid exposure to the odorants. In this study, 4 patients with MCS had episodes of initial exposure to chemicals that triggered the first symptoms. These included organic solvents or incense at the workplace, exhaust gas from diesel machines in the neighborhood, odors from pesticides, or fragrance from a neighbor. Two patients had episodes of repeated exposure to solvents emitted from a neighboring industrial plant or a neighboring paint store, respectively. Patients with MCS complained about a chemical-sensitive condition thereafter. The psychological evaluations in our study support the theory of a strong response in patients with MCS.

In the recovery stage after the stimulation, the activation was especially strong in the OFC. The olfactory neuroanatomy is intertwined, via extensive reciprocal axonal connections, with primary emotion areas including the amygdala, hippocampus, and OFC [39, 40]. Olfactory stimulation directly activates amygdala neurons, innervating a region in the OFC. The olfactory sense has a unique intimacy with the emotion system, and the perception of smell is known to be dominated by emotion [41]. Strong activation in the OFC might remain as potent affective experiences following olfactory stimuli in patients with MCS compared with controls. In this study, lateral orbitofrontal regions were specifically activated in the patients with MCS. The valence of odors is represented in particular in the OFC [42]. Nearly all odors were evaluated as unpleasant by the MCS patients in the subjective evaluation after the stimulation. Pleasant odors preferentially activate medial orbitofrontal regions, whereas unpleasant odors activate more lateral regions [43–46]. The strong activations of the lateral OFC in the patients with MCS suggest that these odors were extremely unpleasant for the MCS patients.

Both the ACC and OFC are implicated in decision-making, emotion, and social behavior. Recent evidence suggests that the ACC and OFC make distinct contributions to each of these aspects of decision-making [47]. The OFC is involved in the cognitive processing of stimuli and the representation of preferences. The ACC may mediate the relationship between a past experience and the choice of the next action. Thus, our results suggest that a past strong exposure to hazardous chemicals activates the ACC (and the connected PFC) during olfactory stimuli in the patients with MCS, and a strong activation in the OFC remains after the stimuli. In particular, the lateral OFC is specifically activated when the odor is unpleasant for the patients with MCS. However, the OFC and ACC are anatomically interconnected, and their interaction stimulates decision-making. Their individual function independent of each other remains unclear. Further research is required to understand the recovery process in MCS and the pathology of this disorder.


[拙訳]
ACC での活性化における臭気物質関連の増加は、MCS を伴う患者において観察されている[18]。 ACC は、刺激のトップダウン又はボトムアップ調節の適切な制御に関与し、PFC に結合されている。危険な化学物質への過去の曝露は、嗅覚神経回路を介して、PFC において記憶として貯蔵され、その後の人生において臭気物質に曝露された時に、トップダウンの刺激処理中に、情動的、直感的又は自律的な応答を引き起こす[14]。本研究においては、対照群と比較して MCS を伴う患者は、PFC において嗅覚刺激後の回復が遅れることを我々は発見した。これらの知見はこの障害(disorder)の病理の現在の理解を支持する:健康な被験者と比較して MCS を伴う患者は日常生活で遭遇する臭気物質に強く応答し、毎日の臭気物質への反復曝露により、反応状態を維持する。臭気物質への身体的及び心理的不耐により、患者の方々は臭気物質への曝露を回避するように試みる。この研究において、4人の患者には最初の症状のきっかけとなった初期の化学物質曝露のエピソードがあった。これらには、職場における有機溶剤又は香料、近隣におけるディーゼル機械からの排気ガス、殺虫剤の臭い、又は近隣からの芳香を含んでいた。2人の患者は近隣の工業プラント又は塗料店から放出される溶剤にそれぞれ反復曝露していた。その後、MCS を伴う患者は化学物質に過敏な状況を訴えた。我々の研究における心理的な評価は、MCS を伴う患者の強い応答の理論を支持する。

刺激後の回復ステージにおいて、OFC における活性化は特に強かった。嗅覚の神経解剖学は扁桃体、海馬及び OFC [39, 40]を含む一次的な情動領域を伴う広範囲で相互的な軸索結合を通して絡みあう。嗅覚刺激は直接的に扁桃体神経を活性化し、OFC を神経支配する。嗅覚は情動システムと独自の密接さを有し、そして匂いの知覚は情動により支配されることが知られている[41]。対照群と比較した MCS を伴う患者において、嗅覚刺激後の潜在的な感情体験として、ひょっとすると、OFC における強い活性化が残っているかもしれない。本研究では、MCS を伴う患者において外側眼窩前頭領域が特に活性化した。臭いの感情価(valence)は特に眼窩前頭皮質において表象される[42]。刺激後の主観的評価において、MCS を伴う患者によりほぼ全ての臭いは不快と評価された。不快な臭いは外側領域をより活性化する[43–46]のに対し、快な臭いは優先的に内側眼窩前頭領域を活性化する。MCS を伴う患者における外側 OFC の強い活性化は、これらの臭いが MCS 患者にとって極めて不快であることを示唆する。

ACC と OFC の両方は、意思決定、情動及び社会行動に関係する。ACC と OFC は意思決定のこれらの側面の各々に明確に寄与することを最近のエビデンスは示唆する[47]。 OFC は刺激の認知処理及び好みの表象に関係する。ACC は過去の経験と次の選択との間をメディエイトするかもしれない。このように、MCS を伴う患者における嗅覚刺激中に、危険な化学物質への過去の強い曝露は ACC(及び結合された PFC)を活性化する、そして刺激後に OFC において強い活性化が残る。特に、臭いが MCS を伴う患者にとって不快な時は、特に外側 OFC が活性化される。しかし、OFC と ACC は自律的に相互結合し、そしてこれらの相互作用は意思決定を刺激する。お互いに独立したこれらの各々の機能は不明確のままである。MCS における回復過程及びこの障害(disorder)の病理を理解するためのさらなる研究が要求される。

注:(i) これは上記「Discussion」項における記述の一部の引用です。 (ii) 引用中の文献番号「[14]」、「[18]」はそれぞれ次の論文です。「Changes in cerebral blood flow during olfactory stimulation in patients with multiple chemical sensitivity: a multi-channel near-infrared spectroscopic study.*33、「Odor processing in multiple chemical sensitivity.」 (iii) 引用中の文献番号「[39]」、「[40]」、「[41]」、「[42]」は次の論文です。「Parallel-distributed processing in olfactory cortex: new insights from morphological and physiological analysis of neuronal circuitry.」、「Central mechanisms of odour object perception.」、「When the sense of smell meets emotion: anxiety-state-dependent olfactory processing and neural circuitry adaptation.」、「Cognitive modulation of olfactory processing.」 (iv) 引用中の文献番号「[43]」、「[44]」、「[45]」、「[46]」は次の論文です。「Dissociated neural representations of intensity and valence in human olfaction.」、「The nose smells what the eye sees: crossmodal visual facilitation of human olfactory perception.」、「Different representations of pleasant and unpleasant odours in the human brain.」、「Emotion, olfaction, and the human amygdala: amygdala activation during aversive olfactory stimulation.」 (v) 引用中の文献番号「[47]」は次の論文です。「Contrasting roles for cingulate and orbitofrontal cortex in decisions and social behaviour.」 (vi) 拙訳中の「記憶」に関連する「記憶の分類」等についてはここの v) 項を参照して下さい。加えて拙訳中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 さらにメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 (vii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 加えて、上記「知覚」に関連する(化学物質不耐症における)「危険と知覚される」ことについてはここを参照して下さい。 (viii) 拙訳中の「前頭前皮質」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭前野 - 脳科学辞典」 (ix) 拙訳中の「不快な臭いは外側領域をより活性化する[43–46]のに対し、快な臭いは優先的に内側眼窩前頭領域を活性化する」に関連して、ゴードン・M・ジェファード著、小松淳子訳の本、「美味しさの脳科学 NEUROGASTRONOMY においが味わいを決めている」(2014年発行)の 第12章 嗅覚と風味 の「においの創出」における記述の一部(P351)を次に引用(『 』内)します。 『好ましいにおいと不快なにおいに選択的に応答する細胞がそれぞれ存在する。神経細胞活動電位記録とfMRIによって示されているところによると、好ましいにおいに応答する細胞は眼窩前頭皮質の内側に、不快なにおいに応答するそれは外側に位置している傾向がある。』(注:a) 引用中の「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 b) 引用中の「好ましいにおいに応答する細胞は眼窩前頭皮質の内側に、不快なにおいに応答するそれは外側に位置している傾向がある」に関連するにおいの報酬価値について、同本の P165 における記述の一部を次に引用[『 』内]します。 『眼窩前頭皮質とACC(前部帯状回)が表象するのは、両領域の活性化がにおいの主観的快感覚と相関することから考えて、においの報酬価値である』) (x) 拙訳中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 xi) 引用中の「感情価」は情動価とも称され、ネガティブ、ポジティブ又はニュートラルといった感情の方向性を示すものです。 (xii) 拙訳中の「表象」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (xiii) 拙訳中の「意思決定」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (ivx) 引用中の「トップダウン」及び「ボトムアップ」に関しては、例えば次のWEBページを参照して下さい。「“感じる脳”のメカニズムを解明 -皮膚感覚を司る神経回路の発見-」の「背景」項

おわりに
われわれがふだん行う意思決定には,様々な情報を利用した論理的な推論が重要な役割を演じている.その情報の一つは,意思決定によって得られた結果の評価に関する情報である.それによる意思決定ではいくつかの選択肢のなかからある選択をしたときにどのような結果が得られるか,あるいは,どの程度の有益な結果が得られるかを,過去の経験をもとに論理的に評価し,一番評価の高い選択肢を選択する.そして,その選択で得られた結果が,期待どおりの好ましいものであれば評価を高め,期待に反して好ましくないものであれば評価を下げる.そして,この評価を次の意思決定のための情報として使用する.しかし,どの選択肢をとるかの意思決定は,選択によって得られると期待される結果の評価ばかりではなく,その選択にどれだけのコストが必要か,そして,コストに見合った結果を得ることができるかにも依存する.
選択によって得られると期待される結果の評価や,その選択に必要なコスト,さらに,選択で被るかもしれないリスクなどの情報をもとにした論理的な推論で意思決定が行われるだけではなく,その方向に大きな影響を与える感情という要因が加わる.感情は,ダマシオらが唱えるソマティック・マーカーという形で,いくつかの選択肢のなかからある選択肢をポジティブにもネガティブにも際立たせ,その結果,その選択肢を選択しやすくさせたり,選択しにくくさせたりする一種のバイアス装置として,多くの場合は無意識下で機能する.そして,感情のこのような働きにより,意思決定を個体にとって有利な方向に向かわせることができると考えられている.そして,われわれの意思決定が感情によって影轡されるような場面で,前頭連合野の一部分である前頭連合野眼窩部が重要な役割を演じていることが明らかにされてきている.

注:i) 上記項目タイトル中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えて、メンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「ソマティック・マーカー」については、次のWEBページを参照して下さい。「ソマティック・マーカー仮説 - 脳科学辞典

③論文要旨「Association of Odor Thresholds and Responses in Cerebral Blood Flow of the Prefrontal Area during Olfactory Stimulation in Patients with Multiple Chemical Sensitivity.[拙訳]MCS を伴う患者における臭気閾値と嗅覚刺激中の前頭葉の脳血流量での応答との関連」(注:全文はここを参照して下さい)

この論文(2016年発表)の要旨を以下に引用します。これは上記論文(全文)の続報です。

Multiple chemical sensitivity (MCS) is a disorder characterized by nonspecific and recurrent symptoms from various organ systems associated with exposure to low levels of chemicals. Patients with MCS process odors differently than controls do. Previously, we suggested that this odor processing was associated with increased regional cerebral blood flow (rCBF) in the prefrontal area during olfactory stimulation using near-infrared spectroscopic (NIRS) imaging. The aim of this study was to investigate the association of odor thresholds and changes in rCBF during olfactory stimulation at odor threshold levels in patients with MCS. We investigated changes in the prefrontal area using NIRS imaging and a T&T olfactometer during olfactory stimulation with two different odorants (sweet and fecal) at three concentrations (zero, odor recognition threshold, and normal perceived odor level) in 10 patients with MCS and six controls. The T&T olfactometer threshold test and subjective assessment of irritating and hedonic odors were also performed. The results indicated that the scores for both unpleasant and pungent odors were significantly higher for those for sweet odors at the normal perceived level in patients with MCS than in controls. The brain responses at the recognition threshold (fecal odor) and normal perceived levels (sweet and fecal odors) were stronger in patients with MCS than in controls. However, significant differences in the odor detection and recognition thresholds and odor intensity score between the two groups were not observed. These brain responses may involve cognitive and memory processing systems during past exposure to chemicals. Further research regarding the cognitive features of sensory perception and memory due to past exposure to chemicals and their associations with MCS symptoms is needed.


[拙訳]
多種化学物質過敏状態(MCS)は低レベルの化学物質の曝露に関連する様々な臓器系からの非特異的かつ再発する症状により特徴づけられる障害(disorder)である。MCS を伴う患者は対照群と異なる臭気処理をする。以前に、近赤外線分光法(NIRS)イメージングを使用した嗅覚刺激中の前頭前野における増加した局所脳血流(rCBF)に関連したことを、我々は示唆した。この研究の目的は、臭気閾値と MCS を伴う患者における臭気閾値レベルの嗅覚刺激中の rCBF における変化との関連を調査することである。10人の MCS を伴う患者と 6人の対照群において、2つの異なるニオイ物質(あまいニオイ、糞臭)を用いた、3種類の濃度(ゼロ、臭気認知閾値、普通に知覚される臭気レベル)での嗅覚刺激中の NIRS イメージングとT&Tオルファクトメーターを使用した前頭前野における変化を調査した。T&Tオルファクトメーター閾値試験及び刺激性及び快なニオイの主観的な評価も実施された。これらの結果では、不快かつ刺激の強い臭いのスコアは普通に知覚されたレベルで、対照群よりも MCS を伴う患者において、あまいニオイのスコアよりも有意に高かったことが示された。臭気認知閾値(糞臭)及び普通に知覚されるレベル(あまいニオイ、糞臭)での脳の応答は、対照群よりも MCS を伴う患者の方が強かった。しかしながら、臭いの検知と認知の閾値及び臭い強度スコアにおける 2つのグループ間での有意な差は観察されなかった。これらの脳の応答には、過去の化学物質曝露中の認知及び記憶処理系が関与しているかもしれない。過去の化学物質曝露による感覚の知覚と記憶及び MCS の症状に関連する認知的な特徴に関する、さらなる研究が必要である。

注:(i) 参考として、拙訳中の「T&Tオルファクトメーター」を紹介する資料を次に示します。 「T&Tオルファクトメーター」 (ii) 拙訳中の「検知と認知の閾値」に関連する、「検知閾値」、「認知閾値」については、共に次の資料を参照して下さい。 「T&Tオルファクトメーター」 (iii) 拙訳中の「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 (iv) 拙訳中の「近赤外線分光法(NIRS)」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (v) ちなみに、嗅覚閾値に関連する論文は、 a) 自閉スペクトラム症を伴う子どもを症例群としたものはここの v) 項を参照して下さい。 (vii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 加えて、上記「知覚」に関連する(化学物質不耐症における)「危険と知覚される」ことについてはここを参照して下さい。 (viii) 引用中の「以前に、近赤外線分光法(NIRS)イメージングを使用した嗅覚刺激中の前頭前野における増加した局所脳血流(rCBF)に関連したことを、我々は示唆した」に該当する論文要旨はここを参照して下さい。 (ix) 拙訳中の「臭いの検知と認知の閾値及び臭い強度スコアにおける 2つのグループ間での有意な差は観察されなかった」ことに関連するかもしれない「化学物質不耐性は、より高い感覚感受性ではなく、応答バイアスの変化に関連する」ことについては、拙訳はありませんが次の論文(全文)を参照して下さい。 「Chemical Intolerance Is Associated With Altered Response Bias, not Greater Sensory Sensitivity」 (x) 臭気(ニオイ)に関する拙訳中の「過去の化学物質曝露による感覚の知覚と記憶」に関連するかもしれない「ニオイの感覚は経験・学習等に依存する」については次の資料を参照して下さい。 「ニオイの感覚研究の最近の展開 -ニオイの感覚は経験・学習に依存する-」の「2.3 ニオイの感覚」項、「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」の「4. 考察」項 さらに、においの文脈における引用中の「記憶」に関連する「プルースト現象」については、ここを参照して下さい。 (xi) これら以外にも、この論文の「Discussion」における記述の一部を以下に引用します。ちなみに、この引用における「PFC」、「OFC」はそれぞれ「前頭前皮質」(Prefrontal Cortex)、「眼窩前頭皮質」(Orbitofrontal Cortex)のことです。

The dorsal part of the anterior cingulate cortex (ACC) is connected to the PFC, and it plays an important role in processing top-down and bottom-up stimuli and assigning appropriate control to other areas in the brain [45]. Thus, the past exposure event was stored as memories in these cortices through olfactory nerve circuits, the processing of top-down stimuli from these cortices involves the central system related to emotional and autonomic nervous system, and various physical or psychological symptoms would be induced in patients with MCS. The psychological evaluations in the present study indicated that scores in MCS patients were significantly higher than those in controls on the APQ and TAS-20 DIF scales. These results also may support the theory of response regulation by memory in the PFC. Andersson et al furthermore suggested the involvement of a limbic hyperreactivity and speculatively described the sensitivity with MCS as an inability to inhibit salient external stimuli in MCS [46].
Near-infrared rays sent out from the NIRS device can provide visual access to the cerebral cortex within approximately 20 mm from the scalp, but cannot access the deep portion of a cerebral limbic system. The NIRS has the advantage of a high time resolution and the feasibility of being performed under natural conditions compared with other functional neuroimaging methodologies such as fMRI, PET, and SPECT, which can access the cerebral limbic system. However, the connections between the cerebral cortex and cerebral limbic system, their odor information processing, and their associations with MCS symptoms are important to clarify the pathology of this disorder. Further research is necessary regarding these connections and their associations with the symptoms using the NIRS and these other methodologies during olfactory stimulation.
Our study had some limitations. First, the small sample size makes the results vulnerable to selection bias. This could be alleviated by including a larger study population. However, differences between the patients with MCS and the controls regarding the NIRS imaging data were evident and supported by similar findings in the ACC [13], PFC [16], and OFC [17] in previous studies. Second, to the best of our knowledge, this is the first case-control study investigating the association of odor thresholds and changes in rCBF in prefrontal areas during olfactory stimulation at the odor threshold level in patients with MCS using NIRS imaging. Further evaluation using several odorants associated with a wide range of levels of comfort/discomfort or weak/strong irritation for MCS would provide valuable information for understanding the pathology of this disorder. A third limitation was the lack of standardized objective measures to identify and define MCS. Most definitions of MCS are entirely qualitative, relying on subjective reports of distressing symptoms and environmental exposure from patients and physicians. Therefore, several participants were excluded on the basis of QEESI scores, hematological data, and the discretion of the clinic physician due to conditions such as mental or chronic disorders.
In conclusion, despite the small sample size, this experimental case-control study demonstrated that significant differences between patients with MCS and controls regarding odor thresholds were not observed, and larger increases in rCBF in the PFC and OFC were observed in patients with MCS than in controls in response to the olfactory stimuli at the odor recognition threshold or normally perceived odor level. These brain responses may involve cognitive and memory processing systems during past exposure to hazardous chemicals. Further research regarding the mode of action of chemical sensitivity through the cerebral limbic system due to chemicals that were recognized as harmful or hazardous during the past exposure event is needed.


[拙訳]
帯状皮質(ACC)の背面部は PFC に結合され、トップダウンボトムアップの刺激処理及び脳内の他の領域に適切な制御の割り当ての重要な役割を果たす[45]。従って、過去の曝露イベントは、嗅神経回路を介してこれらの皮質に記憶として貯蔵され、これらの皮質からのトップダウン刺激の処理には、情動及び自律神経系に関連する中枢系が関与し、そして、MCS を伴う患者において、様々な身体的又は心理的な症状が引き起こされるのであろう。本研究における心理的な評価では、APQ 及び TAS-20 DIF 尺度に関して、対照群よりも MCS 患者の方が有意により高いスコアであることを示した。これらの結果は PFC における記憶による応答調節の理論も支持するかもしれない。Andersson らはさらに、辺縁系の過剰反応性の関与を示唆し、MCS における顕著な外部刺激の抑制不能としての MCS を伴う過敏性を推論的に記述した[46]。
NIRS 装置から放たれた近赤外線は頭皮から約20mm以内の大脳皮質まで視覚的アクセスを提供する。しかし、大脳辺縁系の深い部分までアクセスできない。NIRS は高い時間解像及び fMRI、PET 及び SPECT、これらは大脳辺縁系までアクセス可能、等の他の機能イメージング方法論と比較して、自然な状態での実行の可能性の利点を有する。しかしながら、大脳皮質と大脳辺縁系の結合、臭気情報処理及び MCS 症状との関連はこの障害(disorder)の病理の明確化に重要である。これらの結合及び症状との関連に関した、NIRS 及び他の方法論を使用した嗅覚刺激中のさらなる研究が必要である。
我々の研究にはいくつかの限界がある。第一に、小さなサンプルサイズ(被験者数)により選択バイアスに対し脆弱となる。これはより大きな被験者数を含めることにより緩和しうる。しかしながら、NIRS イメージングデータに関して、MCS を伴う患者と対照群の差は明確であり、以前の研究、ACC [13], PFC [16] 及び OFC [17] における類似した知見により支持される。第二に、我々の知る限り、これが NIRS イメージングを使用した MCS を伴う患者における臭気閾値レベルでの嗅覚刺激中の前頭前野での臭気閾値と rCBF における変化との関連を調査する最初の症例-対照研究である。MCS にとって幅広い範囲の快/不快又は弱い/強い刺激に関連したいくつかの臭気物質を使用したさらなる評価は、この障害の病理の理解に向けた貴重な情報を提供するだろう。第三の限界は、MCS を同定及び定義する標準化された客観的な基準の欠如である。ほとんどの MCS の定義はもっぱら定性的であり、患者及び医師からの苦痛の症状及び環境曝露の主観的な報告に頼っている。従って、数人の被験者は、問診票(QEESI)のスコア、血液検査のデータ及び精神又は慢性の障害等の状態により臨床医の裁量に基づき除外した。
結論として、小さなサンプルサイズにもかかわらず、この実験的な症例-対照研究は、臭気閾値に関する MCS を伴う患者と対照群との有意な差は観察されなかった、そして、臭気認識閾値又は普通に知覚される臭気レベルでの嗅覚刺激に応じて、対照群よりも MCS を伴う患者で、PFC 及び OFC における rCBF のより大きな増加が観察されたことを実証した。これらの脳の応答は、過去の危険な化学物質への曝露中の認知及び記憶処理システムが関与するかもしれない。過去の曝露イベント中に有害又は危険と認識された化学物質による大脳辺縁系を介した化学物質過敏の作用機序に関するさらなる研究が必要である。

注:i) 引用中の文献番号「[45]」は次に示す論文です。 「Emotional processing in anterior cingulate and medial prefrontal cortex」 ii) 引用中の文献番号「[13]」、「[16]」はそれぞれ次に示す論文です。 「Functional Neuroimaging of Anxiety: A Meta-Analysis of Emotional Processing in PTSD, Social Anxiety Disorder, and Specific Phobia」、「On the relationship between emotion and cognition. 一方、引用中の文献番号「[17]」の論文は紹介しません。論文をご参照下さい。 iii) 引用中の「PFC」に関連する「前頭前野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「OFC」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 v) 引用中の「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 vi) 引用中の「NIRS」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 vii) 拙訳中の「大脳辺縁系」についてはトラウマの視点からここを参照して下さい。加えて次の資料を参照して下さい。 「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 viii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 加えて、上記「知覚」に関連する(化学物質不耐症における)「危険と知覚される」ことについてはここを参照して下さい。 ix) 引用中の「APQ」、「TAS-20 DIF」は、それぞれ「Autonomic Perception Questionnaire」[拙訳:自律知覚アンケート]、「トロント・アレキサイミア尺度(TAS-20)とその下位尺度の感情同定の困難さ (DIF:difficulty in identifying feelings)」のようです。ちなみに、a) 上記 TAS-20 については例えば次の資料を参照して下さい。 「日本語版 The 20-item Toronto Alexithymia Scale(TAS-20)の信頼性,因子的妥当性の検討」 b) 化学物質過敏症と TAS-20 を含む失感情症の関連については拙エントリのここを参照して下さい。 x) 拙訳中の「記憶」に関連する「記憶の分類」等についてはここの v) 項を参照して下さい。加えて、これに関連する臭気の文脈における「プルースト現象」については、ここを参照して下さい。 xi) 拙訳中の「NIRS」(近赤外線分光法)については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 xii) 拙訳中の「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 xiii) 引用中の「PET」(陽電子放射断層撮影)については、例えば次の資料を参照して下さい。 「MR画像を利用した脳PET画像解析」 ivx) 引用中の「SPECT」(スペクト又は単一光子放射断層撮影)については、例えば次の資料を参照して下さい。 「SPECTの定量化と標準化」 vx) 引用中の文献番号「[46]」の論文の要旨は次に紹介します。

論文要旨「Brain responses to olfactory and trigeminal exposure in idiopathic environmental illness (IEI) attributed to smells -- an fMRI study.[拙訳]特発性環境不耐症(IEI)における嗅覚及び三叉神経の匂いによる曝露への脳の応答-機能的磁気共鳴画像法の研究」(注:全文はここを参照して下さい)を次に引用します。

OBJECTIVE:
Idiopathic environmental intolerance (IEI) to smells is a prevalent medically unexplained illness. Sufferers attribute severe symptoms to low doses of non-toxic chemicals. Despite the label, IEI is not characterized by acute chemical senses. Theoretical models suggest that sensitized responses in the limbic system of the brain constitute an important mechanism behind the symptoms. The aim was to investigate whether and how brain reactions to low-levels of olfactory and trigeminal stimuli differ in individuals with and without IEI.

METHODS:
Brain responses to intranasally delivered isoamyl acetate and carbon dioxide were assessed in 25 women with IEI and 26 non-ill controls using functional magnetic resonance imaging.

RESULTS:
The IEI group had higher blood-oxygenated-level-dependent (BOLD) signal than controls in the thalamus and a number of, mainly, parietal areas, and lower BOLD signal in the superior frontal gyrus. The IEI group did not rate the exposures as more intense than the control group did, and there were no BOLD signal differences between groups in the piriform cortex or olfactory regions of the orbitofrontal cortex.

CONCLUSIONS:
The IEI reactions were not characterized by hyper-responsiveness in sensory areas. The results can be interpreted as a limbic hyperreactivity and speculatively as an inability to inhibit salient external stimuli.


[拙訳]
目的:
匂いに対する特発性環境不耐症(IEI)は、一般的な医学的に説明できない病気である。罹患者は重篤な症状を低用量の非毒性化学物質に帰する。ラベリングにもかかわらず、IEI は、急性の化学感覚により特徴づけれない。理論モデルは、脳の大脳辺縁系で感作された応答は、症状の背後にある重要な機構を構成することを示唆する。本研究の目的は、IEI を伴う個々人と伴わない個々人で低レベルの嗅覚及び三叉神経刺激への脳の反応が異なるのかどうか、そしてどのように異なるのかを調査することであった。

方法:
25人の IEI を伴う女性(IEI グループ)及び26人の病気でない対照群において、鼻腔内に送達した酢酸イソアミル及び二酸化炭素への脳の反応を、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて評価した。

結果:
IEI グループは、視床野及びいくつかの主に頭頂野において、対照群よりも高い血中酸素濃度依存(BOLD)シグナルを有し、上前頭回において低い BOLD シグナルを有した。IEI グループは、これらの曝露が対照群よりもより強烈であると評価しなく、梨状皮質又は眼窩前頭皮質の嗅覚領域において BOLD シグナルの差はなかった。

結論:
IEI 反応は感覚野における過剰応答によって特徴づけれなかった。これらの結果は大脳辺縁系の過剰反応性及び推論的にサリエント(顕著)な外部刺激の抑制不能として解釈することができる。

注:i) 拙訳中の「大脳辺縁系」についてはトラウマの視点からここを参照して下さい。加えて次の資料を参照して下さい。 「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 ii) 引用中の「辺縁系の過剰反応性」に対するセラピーに関連するかもしれない「辺縁系セラピー」についてはリンク集を参照して下さい。ただし、MCS 又は化学物質過敏症の文脈ではありませんが。加えて引用中の「辺縁系の過剰反応性」に関連するかもしれない、ストレスの影響の視点からの辺縁系の一部である「扁桃体が過剰に反応しない」よう、適度にブレーキをかけて制御する前頭前野についてはここを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「機能的磁気共鳴画像法」及び「血中酸素濃度依存(BOLD)シグナル」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 iv) 拙訳中の「サリエント」に関連する「セイリエンス」又は「サリエンシー」について、 (a) 情動及び/又はセイリエンス・ネットワークの視点からは、 ①資料「情動を生み出す脳神経基盤と自律神経機能」の「4.情動における身体の関与とセイリエンスネットワーク」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『セイリエンスネットワークに含まれる帯状回前部および島皮質前部は,しばしばカップリングして活動することが知られている.これらの部位は,身体の恒常状態であるホメオスタシスを乱し,内臓を含む身体に大きな変化が生じた場合に活動するとされており,身体における顕著な(異常な)状態の認識にかかわるという意味から,「セイリエンス」と用語が用いられている.』(注:引用中の「帯状回前部」、「島皮質前部」については次の②項も参照して下さい) ②貝谷久宜、熊野宏昭、越川房子編著の本、「マインドフルネス -基礎と実践-」(2016年発行)中の古賀美恵、金山祐介、灰谷知純、杉山風輝子、熊野宏昭著の文書「マインドフルネス瞑想の構成要素としての注意訓練による脳内変化」の マインドフルネス瞑想と関連する脳内ネットワーク の「(3)セイリエンス・ネットワーク(SN)」における記述の一部(P9)を次に引用(『 』内)します。 『セイリエンス・ネットワークは、島(Insula)、とくに前島部(Anterior Insula; AI)と ACC からなり、個人内部(自己関連認知、身体感覚など)および外界の刺激のなかから、適切な行動に導くために最も関連性の高い刺激を識別する役割を担っている。』(注:i) 引用中の「島」については次のWEBページを参照して下さい。 「島 - 脳科学辞典」 ii) 引用中の「ACC」は前部帯状回皮質[Anterior Cingulate Cortex]のことです。) ③上記セイリエンス・ネットワーク(Salience Network)のより詳細については、次の英文又は和文の資料をそれぞれ参照して下さい。 「Salience Network」、「Anticipation process of the human brain measured by stimulus-preceding negativity (SPN)」の「Insular cortex is a key region of salience network」項、「情動を生み出す脳神経基盤と自律神経機能」の「4.情動における身体の関与とセイリエンスネットワーク」項 なお、引用はしませんが、pdfファイル中の熊野宏昭著の文書「マインドフルネス瞑想のメカニズムに脳科学はどこまで迫ったか」(P30~P37)の「マインドフルネス瞑想と脳の変化」項も参照して下さい。 (b) 一方、後者については次のWEBページを参照して下さい。 「サリエンシー - 脳科学辞典」 v) ちなみに、この論文に関連するかもしれない嗅覚と化学物質不耐症との関連についての論文の要旨を次に紹介します。

論文要旨「Short-term olfactory sensitization involves brain networks relevant for pain, and indicates chemical intolerance.[拙訳]短期間の嗅覚感作は、痛みに関連する脳ネットワークが関与し、そして化学物質不耐症を示す」を次に引用します。

Chemical intolerance is a medically unexplained affliction that implies deleterious reactions to non-toxic everyday chemical exposure. Sensitization (i.e. increased reactivity to repeated, invariant stimulation) to odorous stimulation is an important component in theoretical explanations of chemical intolerance, but empirical evidence is scarce. We hypothesized that (1) individuals who sensitize to repeated olfactory stimulation, compared with those who habituate, would express a lower blood oxygenated level dependent (BOLD) response in key inhibitory areas such as the rACC, and higher signal in pain/saliency detection regions, as well as primary and/or secondary olfactory projection areas; and (2) olfactory sensitization, compared with habituation, would be associated with greater self-reported chemical intolerance. Moreover, we assessed whether olfactory sensitization was paralleled by comparable trigeminal processing - in terms of perceptual ratings and BOLD responses. We grouped women from a previous functional magnetic imaging study based on intensity ratings of repeated amyl acetate exposure over time. Fourteen women sensitized to the exposure, 15 habituated, and 20 were considered "intermediate" (i.e. neither sensitizers nor habituaters). Olfactory sensitizers, compared with habituaters, displayed a BOLD-pattern in line with the hypothesis, and reported greater problems with odours in everyday life. They also expressed greater reactions to CO2 in terms of both perceived intensity and BOLD signal. The similarities with pain are discussed.


[拙訳]
化学物質不耐症は、非毒性のありふれた化学物質の暴露に対する有害な反応を含意する医学的に解明されていない苦痛である。悪臭刺激に対する感作(すなわち、反復不変刺激に対する反応性の増大)は、化学物質不耐症の理論的説明において重要な要素であるが、経験的なエビデンスはほとんどない。我々は次を仮定した。(1)馴化された人と比較して、反復嗅覚刺激に対する感作を示す個体は、吻側前帯状皮質等の重要な阻害領域において低い酸素レベル依存性(BOLD)応答を示し、そして一次及び/又は二次嗅覚投影領域はもちろん、痛み/サリエンシー検出領域において、高い信号を示すだろう そして、(2)馴化と比較した嗅覚感作は、より大きな自己報告された化学物質不耐症に関連する。さらに、知覚評価および BOLD 応答の観点から、嗅覚感作が同程度の三叉神経処理と並行しているかどうかを評価した。時間の経過とともに酢酸アミルの反復暴露の強度評価に基づいた、以前の機能的磁気イメージング研究から女性を我々はグループ化した。14人の女性が暴露に対して感作し、15人は馴化し、そして20人を「中間」(すなわち、感作も馴化もない)と思われた。嗅覚感作した人は、馴化した人と比較して、この仮説に沿った BOLD パターンを示し、そして日常生活におけるより大きな悪臭の問題を報告した。知覚強度と BOLD 信号の両方の観点から、CO2 に対するより大きな反応も彼女らは示した。痛みとの類似点が議論された。

注:i) 引用中の「BOLD」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 ii) 拙訳中の「吻側前帯状皮質」に関連する「前帯状皮質」については、次のWEBページを参照して下さい。 「前帯状皮質 - 脳科学辞典」 iii) 拙訳中の「サリエンシー」については、次のWEBページを参照して下さい。 「サリエンシー - 脳科学辞典」 加えて、上記「サリエンシー」に関連するかもしれない「セイリエンスネットワーク」についてはここを参照して下さい。 iv) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 加えて、上記「知覚」に関連する(化学物質不耐症における)「危険と知覚される」ことについてはここを参照して下さい。 v) 引用中の「CO2」は、二酸化炭素のことです。 vi) 拙訳中の「痛み」に関連する、受容ベースのセラピーの文脈における「痛みの定義」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 vii) 拙訳中の「馴化」とは、ある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくことです。 viii) この論文では、感作(sensitization)と馴化(habituation)とで対比しているのが、本エントリ作者にとっては興味深いです。

④論文「Chemical intolerance: involvement of brain function and networks after exposure to extrinsic stimuli perceived as hazardous.[拙訳]化学物質不耐症:危険と知覚される外因性刺激への曝露後の脳機能及びネットワークの関与」(注:全文はここを参照して下さい)

この論文(2019年発表)の要旨を以下に引用します。ちなみに、 (a) 上記「危険と知覚される」(perceived as hazardous)ことに関連するかもしれない、 1) 『訓練を受けたセラピストは、トラウマ・セラピーにおいては、「人の知覚は、事実よりも重要だ」ということを十分理解している』ことについて、デブ・デイナ著、ステファン・W・ポージェス序文、花丘ちぐさ訳の本、「セラピーのためのポリヴェーガル理論 調整のリズムとあそぶ」(2021年発行)の「第Ⅰ部 神経系と友達になる」における記述の一部(P7)を次に引用(【 】内)します。 【トラウマ・セラピーの訓練を受けたセラピストは、トラウマ・セラピーにおいては、「人の知覚は、事実よりも重要だ」ということを十分理解しています。「事実」ではなく、人がそれをどう知覚したかによって、トラウマが生じます。】(注:引用中の「人の知覚は、事実よりも重要だ」に関連するかもしれない、この論文の短い紹介としての「このような反応の作用機序が何らかの化学物質そのものに特有なことというよりも、化学物質曝露などの過去の出来事などに基づくことに関連しており」についてはここを参照して下さい) 加えて、上記「ポリヴェーガル理論」と functional somatic syndrome としての化学物質過敏症との関連については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「青年期において被虐待経験と不安定愛着が心身の健康に及ぼす影響の回顧的研究 ―解離性障害や心身症の予防と効果的介入に向けて―」の「新たな疑問点とその説明モデルとしての自律神経系の調整不全」項(注:上記 functional somatic syndrome[機能性身体症候群]としての化学物質過敏症については次の資料も参照すると良いかもしれません。 「プライマリ・ケア領域の心身症再考」の「Table 2 各専門診療科の機能性身体症候群」[P120]、「線維筋痛症」の「図2 機能性身体症候群(functional somatic syndrome)」[P2081]、「疼痛性障害の合併症」の「Table 1 機能性身体症候群(functional somatic syndromes)の主な疾患」[P39] また、「PTSD」[例えばWEBページ「PTSD」を参照]を含む中枢性感作症候群の一種としての化学物質過敏症については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「中枢神経感作病態としての心身相関」の「Fig. 3 中枢性感作症候群」[P174]) 2) 「Affected individuals perceive odours as a threat to their health.[拙訳]影響を受けた個々人は、臭いを自分の健康に対する脅威として知覚する。」との記述は次のWEBページを参照して下さい。 「Multiple chemical sensitivity syndrome, an integrative approach to identifying the pathophysiological mechanisms[拙訳]多種化学物質過敏状態、統合的アプローチによる病態生理メカニズムの見極め」 3) 「The results from this RCT suggest that MBCT does not improve the overall illness status in individuals with MCS, but MBCT positively changes cognitive and emotional representations of MCS and hence reduces the degree to which MCS is perceived as threatening.[拙訳]この RCT(ランダム化比較試験)からの結果は、MBCT(マインドフルネス認知療法)は MCS(多種化学物質過敏状態)を伴う個々人の全体的な病的状態を改善しないが、MBCT は MCS の認知及び情動表象をポジティブに変化させ、ゆえに MCS が脅威であると知覚される程度を減少させることを示唆する。」ことについては次の論文を参照して下さい。 「Mindfulness-based cognitive therapy (MBCT) for multiple chemical sensitivity (MCS): Results from a randomized controlled trial with 1 year follow-up」の「Conclusion」項 (b) 予測符号化又は予測的符号化(他の拙エントリのここを参照すると良いかも)にも関連する『「知覚」は感覚入力によって更新される信念である』ことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、論文(全文)「Idiopathic Environmental Intolerance: A Comprehensive Model」の「Figure 1: A simplified illustration of a perception-as-inference approach to IEI.」(P49、注:上記「知覚」は「posterior」に相当すると考えます。他の拙エントリのここも参照すると良いかもしれません)、そして資料「予測的符号化・内受容感覚・感情」の「Figure 1. 予測的符号化の原理」(P3、注:上記「知覚」は「事後分布」に相当すると考えます)も参照すると良いかもしれません。

BACKGROUND:
Chemical intolerance (CI) is a chronic condition characterized by recurring and severe symptoms triggered by exposure to low levels of odorous or pungent substances. The etiology of CI has been a controversial subject for a long time. The aim of this review is to summarize findings on the neurological processing of sensory information during and after exposure to low levels of odorous or pungent substances in individuals with CI, focusing on the brain function and networks.

METHODS:
Scientific studies on CI published between 2000 and 2019 in academic peer-reviewed journals were systematically searched using medical and scientific literature databases. Only peer-reviewed articles reporting original research from experimental human studies directly associated with CI, and involving related neurological responses or brain imaging after exposure to odorous or pungent substances (i.e., in chemical provocation tests), were considered.

RESULTS:
Forty-seven studies were found to be eligible for a full-text review. Twenty-three studies met the selection criteria and were included in this review. Evidence indicated that differences between subjects with CI and healthy controls were observed by brain imaging during and after exposure to odorous or pungent substances. Differences in brain imaging were also observed between initial exposure and after exposure to these substances. Neurological processing of sensory information after exposure to extrinsic stimuli in the limbic system and related cortices were altered in subjects with CI. A previous documentable exposure event was likely to be involved in this alteration.

CONCLUSIONS:
This review documents consistent evidence for the altered neurological processing of sensory information in individuals with CI. Further neurophysiological research exploring the processing of extrinsic stimuli and cognition of sensation through the limbic system and related cortices in CI, and the appearance of symptoms in individuals with CI, are required.


[拙訳]
背景:
化学物質不耐症(CI)は、低レベルの臭気物質又は刺激物質への曝露によって誘発される、再発及び重度の症状を特徴とする慢性疾患である。 CI の病因は長い間物議を醸す主題であった。このレビューの目的は、脳機能及びネットワークに焦点を当てて、CI を伴う個々人の低レベルの臭気物質又は刺激物質への曝露中及び曝露後の感覚情報の神経学的処理に関する調査結果を要約することである。

方法:
2000年から2019年の間で学術的に査読された(peer-reviewed)ジャーナルに発表された CI に関する科学研究は、医学及び科学文献データベースを使用して体系的に検索された。CI に直接関連し、及び臭気物質又は刺激性物質への曝露後(すなわち、化学的刺激試験において)に関連する神経学的応答又は脳のイメージングを伴う実験的ヒト研究からのオリジナルの研究を報告する査読付き論文のみが考慮された。

結果:
全文レビューの対象となる47件の研究が見出された。23件の研究が選択基準を満たし、このレビューに含まれた。臭気物質又は刺激物質への曝露中及び曝露後の脳のイメージングにより、CI と健常対照の被験者間の違いが観察されたことを、エビデンスは示した。脳のイメージングにおける違いは、これらの物質への最初の曝露及び曝露後でも観察された。大脳辺縁系及び関連皮質における外因性刺激への曝露後の感覚情報の神経学的処理は、CI を伴う被験者において変化した。以前の文書化可能な曝露事象は、この変化において関与しそうである。

結論:
CI を伴う個々人における感覚情報の神経学的処理の変化に関する一貫したエビデンスを、このレビューは文書化する。CI における大脳辺縁系及び関連皮質を介した外因性刺激の処理及び感覚の認知、そして CI を伴う個々人における症状の出現を探究するさらなる神経生理学的研究が必要である。

注:(i) 拙訳中の「大脳辺縁系」についてはここを参照して下さい。 (ii) 拙訳中の「大脳辺縁系及び関連皮質における外因性刺激への曝露後の感覚情報の神経学的処理は、CI を伴う被験者において変化した」ことにもしかして関連するかもしれない、トラウマの視点からの、 a) 「トラウマを負ったあと、周りの世界は、危険と安全の知覚が改変された、異なる神経系によって経験される」ことについては他の拙エントリのここを、 b) 「トラウマを負った人々は、自分の体の内部で絶えず危険に感じている」ことについては他の拙エントリのここここを、 c) (トラウマを負った人々は)「危険な状態にあることを知らせる情動脳の警報ベルが鳴り続けると、どれほどの洞察をもってしてもそれを黙らせることはできない」ことについてはここ及びここ(特に後者における引用の「騎手と馬」項)を、 d) (脅威を感じる状況において、脳が前頭前野の高次機能を遮断する)低位回路の状態では、「前頭前野の機能が遮断されてしまうと、夜中に聞こえた物音が、侵入者がコソコソと階段を上る音ではなく、水道管の中を単にお湯が流れている音であるということを判断できなくなってしまう」ことについてはここを それぞれ参照して下さい。 (iii) 拙訳中の「神経生理学」についてはここを参照して下さい。加えて、MCS におけるこれに関連する引用中の「神経生理学的研究」の例については他の拙エントリのここを参照して下さい。さらに後者にも関連する論文(本文)中の「Conclusions」項における記述を次に引用します。なお、引用中の「CI」は化学物質不耐症の略です。 (iv) 上記論文の簡単な紹介はここも参照して下さい。

This review highlights evidence from studies conducted during the past two decades on our understanding of brain function and networks after exposure to extrinsic stimuli and how these relate to CI status. As the review indicates, our understanding of the mechanisms of CI has gradually increased by using chemical provocation tests along with brain imaging techniques, and these studies have made multiple contributions to elucidate the mode of CI. There is consistent evidence that altered neurological processing of sensory information contributes to CI status. However, neurophysiological research exploring the processing of extrinsic stimuli and cognition of sensation through the limbic system and related cortices in the onset of CI is required. Future research elucidating the mechanisms of CI will impact clinical practice and thus contribute to a decreased prevalence of CI in society.


[拙訳]
外因性刺激への曝露後の脳機能及びネットワークの理解に関して、過去20年間に行われた研究からの証拠を、そしてこれらが CI の状態にどのように関連するかを、このレビューは強調する。レビューが示すように、脳のイメージング技術を伴う化学的誘発試験を使用することにより、CI のメカニズムの我々の理解は徐々に増加し、そしてこれらの研究は CI の様態を解明するために複数の寄与をした。感覚情報の神経学的処理の変化が CI の状態に寄与するという一貫した証拠がある。しかしながら、CI の発病における外因性刺激の処理、そして大脳辺縁系及び関連皮質を介した感覚の認知を探究する神経生理学的研究が必要である。CI のメカニズムを解明する将来の研究は、臨床診療に影響を及ぼすだろう、従って、社会における CI の有病率の低下に寄与する。

注:(i) 拙訳中の「大脳辺縁系」についてはトラウマの視点からここを参照して下さい。加えて次の資料を参照して下さい。 「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 (ii) 拙訳中の「神経生理学」についてはここ及びここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「cognition」(認知)に関連するかもしれない「Our approach offers the basis for a coherent, neurobiologically-inspired research program that attempts to explain how a variety of mental and physical events emerge from the same biological mechanisms and therefore has the potential to unify our understanding of various psychological and physical phenomena under a common explanatory framework that can be used to develop shared vocabulary for theory building and knowledge accumulation. This approach collapses the artificial boundaries between cognitive, affective, and social neuroscience, and provides a common framework for understanding what goes wrong in psychiatric disorders, neurological disorders, and possibly even physical disorders.[拙訳]様々な精神的及び身体的事象が同じ生物学的メカニズムからどのように出現するかを説明することを試みる神経生物学に触発された首尾一貫した研究プログラムの基礎を、我々のアプローチは提供する。従って、共通の説明的枠組みの下での理論構築や知識蓄積のための共通の語彙を開発するのに使用し得る、様々な心理学的及び身体的現象の理解を統一する可能性を有する。このアプローチは、認知神経科学、感情神経科学、社会神経科学の間の人工的な境界を崩し、そして精神疾患、神経疾患、もしかすると身体疾患でさえ何が問題なのかを理解するための共通の枠組みを提供する。」については次の Preprint(全文)を参照して下さい。 「Situating allostasis and interoception at the core of human brain function」の「Conclusions」項(P10) (iv) 拙訳中の「大脳辺縁系及び関連皮質」に関連するかもしれない「大脳皮質-扁桃体ループ」について、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第7章 基底核扁桃体,小脳と前頭葉-手続き的学習と認知的柔軟性 の「7.3 前頭葉扁桃体による脅威,恐怖からの学習」項における記述の一部(P209)を以下に引用(『 』内)します。 『扁桃体の基底外側複合体は感覚系から入力を受け,扁桃体基底核と中心核,内側核に送ります.前頭葉などの大脳皮質にも出力しており,大脳皮質-扁桃体ループを形成して,さまざまな感覚刺激を情動的な出来事に関連づけ,情動的意味を付与して,刺激やイベントの記憶の形成に関わります.情動的意義は脅威と報酬の両方に関わります.恐怖条件づけの際,感覚情報は扁桃体の基底外側複合体,とくに外側核へと送られ,そこで刺激の記憶と関連づけられます.嫌悪的な出来事の連合は,持続的な興奮性シナプス後電位によりシナプス応答性を上げる長期増幅を介して行われます.』(注:a) 引用中の「情動」については次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 さらにメンタライジング等の視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 引用中の「恐怖条件づけ」については次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖条件づけ - 脳科学辞典」 c) 引用中の「脅威」に相当する用語「Threat」が、上記論文(全文)の Fig. 2 中に記述されています。ここを参照して下さい。)

これら以外にも、上記論文の筆頭著者である東賢一氏が著者である資料「職域におけるオフィスビルの室内環境に関連する症状とそのリスク要因:いわゆるシックビルディング症候群」の「Ⅵ-2.化学物質過敏状態の作用機序について」項における上記論文についての記述の一部(P273~P274)を次に引用します。

(前略)このような臭い処理プロセスでの反応は、脳における認識や記憶にも関連しており、臭いを嗅いだときに作用する物質とそうでない物質の違いを区別できると生じると考えられる。このことは、このような反応の作用機序が何らかの化学物質そのものに特有なことというよりも、化学物質曝露などの過去の出来事などに基づくことに関連しており、多種類の化学物質に反応することも、このような作用機序が関係しているかもしれないと考えられる40)。
このようなことから、化学物質過敏状態の作用機序としては以下の仮説が考えられる40)。化学物質曝露によって強い刺激を受ける、あるいはそれが繰り返された際に、大脳辺縁系を介して前頭前皮質等の領域でそれが強く認識・記憶されて一般化される。いったん一般化されると、その後はより弱い刺激物質への曝露でも強く刺激を感じ、大脳辺縁系を介して自律神経症状、免疫反応、内分泌症状、情動性症状などの多彩な症状を生じるというものである。(後略)

注:(i) 引用中の文献番号「40)」は上記論文です。 (ii) 引用中の「記憶」に関連する、 a) 「記憶の分類」等についてはここの v) 項を参照して下さい。一方、上記「記憶」を支える身体反応についてはWEBページ「記憶を支える身体反応 - 慶應義塾大学学術リポジトリ(KOARA)」よりダウンロード可能な資料「記憶を支える身体反応」を参照して下さい。 b) (構成主義的情動理論の視点からの) 『「情動」「情動の調節」「自己統制」「記憶」「想像力」「知覚」(ここを参照)などのさまざまな心的カテゴリーをそれぞれ別物として扱うものの、これらすべては、内受容(注:これに類似する「内受容感覚」については他の拙エントリのここを参照)と外界からの感覚入力から生じ、コントロールネットワーク(注:又は Control network、拙訳ありませんがWEBページ「Control network」を参照)の支援のもとに分類によって意味を与えられたものとして、説明できる』ことについて、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「第13章 脳から心へ――新たなフロンティア」における記述の一部(P472)を次に引用(【 】内)します。 【また、「情動」「情動の調節」「自己統制」「記憶」「想像力」「知覚」などのさまざまな心的カテゴリーをそれぞれ別物として扱う。しかしすべては、内受容と外界からの感覚入力から生じ、コントロールネットワークの支援のもとに分類によって意味を与えられたものとして、説明できる。】[注:引用中の(「知覚」などのさまざまな心的カテゴリーは)「内受容と外界からの感覚入力から生じ」に関連するかもしれない『「知覚」は感覚入力によって更新される信念である』ことについてはここを参照して下さい] c) 要旨に「There is increasing evidence that the brain actively constructs action and perception using past experience.[拙訳]脳が過去の経験を利用して能動的に行動及び知覚を構築するというエビデンスが増えている。」との記述を有する論文(全文)は次を参照して下さい。 「Redefining the role of limbic areas in cortical processing[拙訳]皮質処理における辺縁系の役割の再定義」 (iii) 引用中の「このような反応の作用機序が何らかの化学物質そのものに特有なことというよりも」に関連するかもしれない「本症(化学物質過敏症)は、化学物質の毒性学的影響というよりも」(「臭い刺激」が契機となる、心身相関を主体とした状態である)ことについては次の研究成果報告書を参照して下さい。 『「化学物質過敏症」を訴える集団における微量化学物質影響のリアルタイムモニタリング』の「研究成果の概要(和文)」項 (iv) 引用中の「多種類の化学物質に反応する」(より詳細な記述としての「化学物質過敏症[CS]は重症化してくると日常的に接するありふれた種々の化学物質曝露に過敏に反応する」、資料「化学物質過敏症の難治化要因」の「はじめに」項[P118]を参照)ことに関連するかもしれない、強迫性障害(又は強迫症)における、 1) 「強迫行為(儀式)を繰り返し、強迫観念が肥大すると、目に見えないものまでが恐怖の対象となります。それは、自分の体から落ちる汚れだったり、ドアノブや電車のつり革、受話器、机、イス、コップや食器などについている汚れだったりします」については他の拙エントリのここを、 2) 「共感呪術(sympathetic magic)」については他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。 

一方引用はしませんが、論文(全文)中には「Fig. 2 Sensory and cognition model of the interrelationships among stimulus factors, limbic system, cortices, symptoms, and responses.」があり、この図中には次の用語が有ります。すなわち、Limbic system(大脳辺縁系、ちなみにトラウマの視点からここを参照)の Symptoms/responces(症状/応答)としての Threat(脅威)※1、Autonomic(自律神経、ちなみにソマティック・エクスペリエンシング又はポリヴェーガル理論(他の拙エントリのここの「最初に」を参照)の視点からの「闘争-逃走反応」と「凍りつき」については共に他の拙エントリのここを参照)、Endocrine(内分泌、ちなみにストレス応答[反応]におけるSAM系、HPA系については共に他の拙エントリのここを参照)、Attention(注意、ちなみに認知行動療法の視点からの「注意の偏り」については他の拙エントリのここを参照)です。一方、 a) この図中には Sensory Disruption(感覚障害)の対象となる、 Chemicals(化学物質)、Noise(音)、Vibration(振動)、EMF(電磁波)、Light(光)、Heat/cold(暑さ/寒さ)が挙げられていることは本エントリ作者にとって興味深いです。ところで、上記感覚に関連する「外受容感覚・固有感覚・内受容感覚を統合するメカニズム」については次の資料を参照して下さい。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」の特に Figure 3.(P6) 加えて同資料の Figure 4.(P7)では様々な脳領域を含む「予測的符号化の神経メカニズム」について示されています。 さらに上記「外受容感覚・固有感覚・内受容感覚を統合するメカニズム」に関連するかもしれない「内受容感覚の内的モデルとその制御」や「予測的符号化」については他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。なお、論文(全文)中の「Neurological responses to chemical exposure」項において脳領域として、「ACC」、「amygdala」(扁桃体)、「orbitofrontal cortex」(OFC)、「insular cortex」(島皮質)等が言及されています。これに対し感情心理学の視点からの「コア・アフェクト」又は「内受容感覚」に関連して、他の拙エントリのここにおける引用では脳領域として、「島」、「ACC」、「OFC」が言及されています。加えて、他の拙エントリのここにおける引用では脳領域として、「扁桃体」が言及されています。さらに、「感情の変化は脳の電気化学的な変化と直接的に関連することを示唆する」ことについては※2を参照して下さい。一方、「脳は多くのネットワークでさまざまな部分が結び合わされている」ことについては次の資料を参照して下さい。 「まえがき」の「ネットワークとしての前頭葉」項 なお、上記ネットワークに関する「情動処理に関連する脳内ネットワーク」については例えば資料「情動を生み出す脳神経基盤と自律神経機能」を、 加えて「共感にかかわる神経ネットワーク」については例えば資料「共感の理論と脳内メカニズム」を それぞれ参照して下さい。 b) また、論文(全文)「Emotion regulation in patients with somatic symptom and related disorders: A systematic review[拙訳]身体症状症および関連症群を伴う患者の情動調節:システマティック・レビュー」の「Discussion」項において次に引用する二つ(それぞれ『 』内)の記述があります。 『Currently, increasing findings converge to show that disintegrated processing of emotions between higher-order and subcortical structures play a role in dysregulated autonomic, immune, and HPA functioning and contribute to chronic somatic symptom [36,60,146].[拙訳]高次構造と皮質下構造との間の情動の崩壊した処理が、自律神経、免疫、及び HPA 機能の調節不全において役割を担い、そして慢性の身体症状に寄与することを、目下の増加する知見の収束は示す。』(注:i) 引用中の文献番号の紹介は省略します。 ii) 引用中の「HPA」は上記「HPA系」を参照して下さい。)、『The findings of this review, supported by the recent developments in neuroscience, contribute to current progress in science by moving beyond body–mind separation for understanding SSD.[拙訳]神経科学における最近の進展により支持される本レビューの知見は、身体症状症および関連症群(SSD)を理解するための心身分離を超える動きによる科学における現在の進歩に寄与する。』(注:1) 引用中の「SSD」は上記「somatic symptom and related disorders」[身体症状症および関連症群、参照]の略です。文献番号の紹介は省略します。 2) 拙訳中の「神経科学」は「心理学」との垣根が低くなりつつあることについては、例えば次の資料を参照して下さい。 「神経科学からの人間理解」の「14.神経科学からの人間理解について」項) ところで引用はしませんが、上記論文(全文)の「Discussion and outlook」項において、「odors」(臭気)に関連する「emotional memories」(情動的記憶)について言及されていますが、これに相当する脳科学の視点からの「情動的記憶」についてはここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「情動的記憶 - 脳科学辞典

※1:上記「脅威」に関連するトラウマの視点からの「脅威感」について、白川美也子監修の本、「トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること」(2019年発行)の 第1章 生きづらさをまねくトラウマの症状 の「脅威感 眠れない、食べられない、過剰に緊張・警戒する」項における記述の一部(P16)を次に引用(『 』内)します。『危機に面したときに眠気が吹き飛び、「過覚醒」といわれる状態になるのはごく自然な変化です。問題は、危機が去っても脅威感が消えず、その状態が続くこと。長引くほど体のバランスを崩しがちです。』(注:引用中の「危機が去っても脅威感が消えず、その状態が続くこと」に関連するかもしれない、トラウマを負った後の様々な状態についてはここを参照して下さい)

※2:上記「示唆」について、ステファン・G・ホフマン著、有光興記監訳の本、「心の治療における感情 -科学から臨床実践へ-」(2018年発行)*34の 第8章 感情の神経生物学 の「まとめ」における記述の一部(P160)を次に引用(『 』内)します。『認知や感情に関する神経科学の文献は,感情の変化は脳の電気化学的な変化と直接的に関連することを示唆している。感情と重要な関連性を持つ神経生物学的部位には,扁桃体,PFC の腹側部や背側部,ACC の背側部,内側 PFC の背側部,島がある。』[注:a) 引用中の「PFC」は「前頭前皮質」の、「ACC」は「前帯状皮質」のそれぞれ略です。以下も参照して下さい。 b) 同章の P157 には図「Figure 8.1 恐怖及び不安の認知-神経生物学モデル(Hofmann, Ellard, and Siegle 2012 より)」があり、この図の引用は省略しますが、代わりに論文〔全文、(上記 Hofmann, Ellard, and Siegle 2012)「Neurobiological Correlates of Cognitions in Fear and Anxiety: A Cognitive-Neurobiological Information Processing Model」〕における Figure 1 を参照して下さい。この図の拙訳はありませんが、この図には脳領域として「Amygdala」(扁桃体)、「Hippocampus」(海馬)、「Insular Cortex」(島皮質)、PFC(prefrontal cortex、前頭前皮質)、ACC(anterior cingulate cortex、前帯状皮質)が挙げられています。(これらとの関連性は本エントリ作者にとって不明ですが)より最新の上記資料「予測的符号化・内受容感覚・感情」の Figure 3.(P6)も参照すると良いかもしれません。 c) 突発性環境不耐症(IEI: Idiopathic Environmental Intolerance)に対する論文(全文)「Idiopathic Environmental Intolerance: A comprehensive model」の「Sources of Symptoms in IEI」項において、上記「内受容感覚」(又は内受容、interoception)に関連する次に引用〔【 】内〕する記述があります。 【Building on this framework, we suggest that the symptoms of IEI result from two main processes (Figure 1): (i) benign physiological disturbances that produce imprecise sensory signals, which are then amplified and shaped by high precision priors within the system; and (ii) pairing of the resulting symptoms with environmental stimuli that eventually enables those stimuli to elicit symptoms in the absence of physiological disturbance or distinctive interoceptive input, via a process of interoceptive conditioning.《拙訳》このフレームワークに基づいて、IEI の症状は 2 つの主なプロセスに起因することを、我々は示唆する(Figure 1):(i) 不正確な感覚信号を生成する良性の生理学的障害であり、その後、システム内で高精度の事前(priors)によって増幅及び形成される。;そして、 (ii) 内受容条件づけのプロセスを介する、生理学的障害又は特有の内受容入力の非存在下において、最終的にそれらの刺激が症状を引き出すことを可能にする環境刺激を伴ってもたらされる症状の組み合わせ。】[注:1) 引用中の「Figure 1」は、上記「論文(全文)中の「Figure 1」〔P49〕を参照して下さい。 2) 拙訳中の「事前(priors)」は上記資料「予測的符号化・内受容感覚・感情」の Figure 1. 〔P3〕における「事前分布」を参照して下さい。] なお上記突発性環境不耐症に対する論文(全文)の要旨については他の拙エントリのここを参照して下さい。

また、上記「脅威」、「自律神経」及び「神経生理学」とポリヴェーガル理論との関係については他の拙エントリのここここここここここ及びここをはじめとして、他の拙エントリのここも参照して下さい。加えて、「ポリヴェーガル理論は進化論と神経生理学に基づく自律神経系の適応反応に関する新しい理論である」ことについては次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の要約 その上に、ポリヴェーガル理論に関連して「トラウマの研究者と神経生理学者が手を組んで研究を進展できるといいなと思う」ことについて、花丘ちぐさ編著の本、「なぜ私は凍りついたのか ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し」(2021年発行)の 第Ⅰ部 性暴力被害の真実――刑法改正に向けて の 第3章 性暴力被害とトラウマ の「6 ポリヴェーガル理論の可能性と課題」における記述の一部(P79)を次に引用(『 』内)します。 『ポリヴェーガル理論が広がっていくのは非常によいことだと思います。理論としては複雑なものをはらんでいるので、詳しく勉強すればするほどわからなくなっていくところもあります。医学系ではあまり注目されていないので、トラウマの研究者と神経生理学者が手を組んで研究を進展できるといいなと思っています。』(注:1) この引用部の著者は宮地尚子です。 2) 同本を紹介する上記「神経生理学」にも関連するWEBページ「神経生理学で読み解く 性暴力被害の“凍りつき”<解説>」もあります。) さらに、上記「神経生理学」に関連する「神経生物学」とポリヴェーガル理論との関係については他の拙エントリのここも参照して下さい。これら以外にも、ポリヴェーガル理論(「生き残るための対価」)の視点からのアロスタティック負荷(アロスタティックロード)についてはここを参照して下さい。また、ポリヴェーガル理論にも関連する「光、音、触覚刺激、あるいは匂いへの極端な敏感さがある」ことを含む「発達性トラウマ(又は早期トラウマ)に関係する身体的症状について」は他の拙エントリのここここを、「食物や環境への過敏症」を含む「大人になってからの発達性トラウマの身体的影響」については他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。一方、 a) (スキーマ療法[他の拙エントリのここを参照]における)『スキーマモードは,「その人が現在体験している,感情、認知,行動,そして神経生理学的な状態」と定義されている』ことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 他の拙エントリのここにおける引用において、上記「神経生物学」に言及した上記コア・アフェクトを簡単に説明する次の記述(【 】内)があります。 【コア・アフェクトは身体と脳の機能により成立する神経生物学的な実体であり,常に連続的に生じていると考えられている。】 c) マインドフルネスにも関連する情動制御における神経生理学的基盤の研究例は次の資料を参照して下さい。 「情動制御における神経生理学的基盤の解明」 そして、機能性身体症候群における精神生理学的評価の研究例は次の資料を参照して下さい。 「機能性身体症候群における精神生理学的評価と心理的評価を用いた病態の検討」 その上に、中枢性疲労の神経生理学的評価の研究例は次の資料を参照して下さい。 「看護師の夜勤勤務および仮眠・断眠中のHRVにおける中枢性疲労の神経生理学的評価」 d) 学会誌「臨床神経生理学」で発表されたラベンダー精油の吸入についての資料例は次を参照して下さい。 「ラベンダーの吸入が脊髄神経運動ニューロンに与える影響」、「アロマテラピーが上肢での脊髄神経機能の興奮性に与える影響について」 加えて、共感の神経基盤についての資料例は次を参照して下さい。 「他者の表情観察を通した認知的共感と情動的共感の神経基盤 -成人女性を対象として-」 その上に、小児てんかんにおける臨床神経生理学についての資料例は次を参照して下さい。 「小児てんかんにおける臨床神経生理学,  特にMEGによる焦点検索について」 さらに、認知症疾患への臨床神経生理学の応用についての資料例は次を参照して下さい。 「認知症疾患への臨床神経生理学の応用」 e) 「神経生理学とリハビリテーション」についての資料例は次を参照して下さい。 「神経生理学とリハビリテーション概論」 また、上記リハビリテーションにおいて運動機能回復に貢献するかもしれない、「心と身体の関係を神経生理学で解明」したことについては次のWEBページを参照して下さい。 「やる気がリハビリテーションでの運動機能回復に貢献 心と身体の関係を神経生理学で解明」 ところで、上記「リハビリテーション」に関連する「自律神経系への短期リハビリテーション効果を心拍変動(HRV)でみる」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「バイオフィードバック/ニューロフィードバックの臨床応用」の「自律神経系への短期リハビリテーション効果を心拍変動(HRV)でみる」項 f) 「アタッチメント」に関する「安全な避難所」や「安心の基地」としての機能と「神経生理学」の関連については他の拙エントリのここを参照して下さい。 g) また、「PTSDに対する認知行動療法の神経生理学的基盤に関する研究」についての資料例は次を参照して下さい。 pdfファイル「心的トラウマ研究 第12号 平成28年11月」中の資料「PTSDに対する認知行動療法の神経生理学的基盤に関する文献研究」(P41~P49) h) 「自閉スペクトラム症における感覚の特徴」における「神経生理学的アセスメント」については次の資料を参照して下さい。 「自閉スペクトラム症における感覚の特徴」の「2. 神経生理学的アセスメント」項 i) 情動に関して神経生理学として一つ大切なことについては他の拙エントリのここにおける引用の「6.1.4 社会構築的情動説」項を参照して下さい。 j) 上記学会誌に関連するかもしれない「神経生理学」に関係する学会については次のWEBページを参照して下さい。 「日本生理心理学会」、「設立の目的・沿革 - 日本臨床神経生理学会」 加えて、後者の「日本臨床神経生理学会」に関連する(臨床神経生理グループは)「てんかん患者においては皮膚電気活動が低下していることを証明した」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「臨床神経生理グループ」 k) また、「環境感受性の指標として、神経生理的な反応性を参照する場合もある」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「環境感受性の考え方を知る」の「2.神経生理システム」項 l) 内受容感覚のロードマップに関する論文(他の拙エントリのここを参照)は「神経生理学」にも関連しているかもしれません。 m) 上記「神経生理学」の一方で、上記「Fig. 2」中の記述である Autonomic(自律神経)、Endocrine(内分泌)、Immunological(免疫学)に関連する「精神神経内分泌免疫学」については次のWEBページを参照して下さい。 「研究会について - 精神神経内分泌免疫学研究会」の「精神神経内分泌免疫学とは」項 加えて、次の資料を参照すると良いかもしれません。 「大学生における精神神経内分泌免疫学的反応と主観的健康感に対する eudaimonic well-being と hedonic well-being の分化的関連性」 また、これらに関連する資料「ストレスによる情動変容の誘導における炎症の役割」や論文(全文)「Evidence for a Large-Scale Brain System Supporting Allostasis and Interoception in Humans」[注:特に「Discussion」項、なお本項には「perceiving」(参照)、「autonomic nervous system」、「immune system」及び「endocrine system」(共に上記を参照)に関する記述もあります]もあります。後者の論文(全文)のタイトル中の「Allostasis」(他の拙エントリのここの (xiii) 項を参照)に関連する(視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚などの感覚入力についての記述も含む)「身体予算管理」については他の拙エントリのここを、加えてこれに関連する「アロスタティックロード」(allostatic load)についての論文例は他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。

※:上記「PTSD」やトラウマと化学物質過敏症又は突発性環境不耐症との関連について、①「化学物質過敏症」において、「これらを踏まえると、いわゆる化学物質過敏症とは1つの疾患というよりも、化学物質ばく露も含めた、いくつかの要因による身体の反応や精神的なトラウマが重なって表現される概念と考えることが、現在の時点では妥当と考えられる。」ことについては次の資料を参照して下さい。 「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務 報告書」の「1.概念」項[注:本資料は環境省のWEBページ「環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究(「本態性多種化学物質過敏状態」に関する研究を含む)」の「環境中の微量な化学物質による健康影響」項においてリンクされています] ②「特発性環境不耐症」において、「この患者は,中毒学的なものではなく,心的外傷後ストレス障害 PTSD を含む精神疾患あるいは心理負荷要因で了解可能であった」ことについては次の資料を参照して下さい。 『特発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷』の要旨

加えて、論文と大まかな方向性が類似しているかもしれない(例:共に大脳辺縁系及び関連皮質における変化が関与すること)論文(システマティック・レビュー)を次に紹介します。
・論文要旨「Perspectives on multisensory perception disruption in idiopathic environmental intolerance: a systematic review.[拙訳]突発性環境不耐症における多感覚の知覚の障害の視点:システマティック・レビュー」(注:全文はここを参照して下さい)

PURPOSE:
Multiple chemical sensitivity (MCS) also known as idiopathic environmental intolerance/illness (IEI) encompasses a cohort of subjective symptoms characterized by susceptibility to a wide spectrum of environmental compounds, causing symptoms involving various organs and a decrease in quality of life. The aim of this systematic review is to summarize evidence about MCS, with focus on indexed studies analyzing sensory pathway-related disorders.

METHODS:
Medical databases were searched for English language articles related to the topic, published between 1965 and 2017 in academic, peer-reviewed journals. Particular focus was concentrated on articles depicting disturbances involving sensory organs. References of the relevant articles were examined to identify additional significant documents.

RESULTS:
Fifty-eight studies were eligible for full text review. Of these, 34 studies met the selection criteria and were included in this analysis. Many variables, such as different diagnostic criteria, lack of homogeneous symptom questionnaires and the general incidence of personality traits in control subjects, biased studies as confounding factors. However, moderate evidences show that sensory pathways are somewhat altered, especially with respect to information processing in the limbic system and related cortical areas. Recent studies suggested the presence, in MCS cohorts, of attention bias, sensitization and limbic kindling, as well as recently revealed subclinical organic alterations along sensory pathways.

CONCLUSIONS:
Evidences are consistent with MCS/IEI to be the result of a neural altered processing of sensorial ascending pathways, which combined with peculiar personality traits constitutes the underpinning of a multisensory condition needing multidisciplinary clinical approach.


[拙訳]
目的:
多種化学物質過敏状態(MCS)は特発性環境不耐症/病[illness](IEI)としても知られ、広範囲の環境化合物に対する感受性を特徴とする主観的な症状のコホートを包含し、様々な臓器に関与する症状及び生活の質における低下を引き起こす。このシステマティック・レビューの目的は、感覚経路関連障害を分析するインデックス付き研究に焦点を合わせて、MCS に関するエビデンスを要約することである。

方法:
1965年から2017年の間に学術的に査読された(peer-reviewed)ジャーナルで発行された、本トピックに関連する英語の論文を医学データベースで検索した。特定の焦点は、感覚器官を含む障害を描写する論文に集中した。関連する論文の参照を調べて、追加の重要な文書を特定した。

結果:
58件の研究が全文レビューの対象として適切であった。これらのうち34件の研究が選択基準を満足し、この分析に含まれた。異なる診断基準、均質な症状アンケートの欠如、及び対照被験者におけるパーソナリティ特性の一般的な発生率等の多くの変数は、交絡因子として研究にバイアスをかけた。しかしながら、特に大脳辺縁系及び関連する皮質領域における情報処理に関して、感覚経路が多少変化していることを、中程度のエビデンスは示す。MCS コホートにおいて、最近明らかとなった感覚経路に沿った準臨床的な器質的な変化はもちろん、注意バイアス、感作及び辺縁系キンドリングの存在を、最近の研究は示唆する。

結論:
感覚上行経路神経の変化した処理の結果であるというエビデンスは MCS/IEI と一致しており、これと特異的なパーソナリティ特性と組み合わせて、集学的臨床アプローチを必要とする多感覚状態の基盤を構成する。

注:i) 拙訳中の「注意バイアス」については主に社交不安症の視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「大脳辺縁系」についてはトラウマの視点からここを参照して下さい。 iii) 引用中の「辺縁系キンドリング」に関連するトラウマの視点からの「扁桃体のキンドリング」についてはここを参照して下さい。一方 MCS の視点からの、Bell らが提唱するキンドリング(kindling)は、例えば資料「化学物質過敏症 ―歴史,疫学と機序―」の「1)神経学的機序」項において簡単な説明と共に、次の論文(全文)が参照されています。 「Testing the neural sensitization and kindling hypothesis for illness from low levels of environmental chemicals.」(PubMed 要旨はここを参照) また、用語「term=Bell+IR[Author]++kindling」で PubMed 検索した結果をここに示す(注:なお、論文要旨「Neural sensitization model for multiple chemical sensitivity: overview of theory and empirical evidence.」の全文はここを参照して下さい)ように、上記 Bell らが提唱するキンドリングの研究は本エントリの大幅改訂日である2019年10月26日において、PubMed 検索可能な論文ベースでは約20年間進展していないと考えます。加えて、Gilbert ME が提唱しているかもしれない mcs(multiple chemical sensitivity)におけるキンドリングの研究(論文要旨「Does the kindling model of epilepsy contribute to our understanding of multiple chemical sensitivity?」を参照)は、用語「term=Gilbert+ME[Author]+kindling」で PubMed 検索した結果をここに示すように、本エントリの大幅改訂日である2019年10月26日において、PubMed 検索可能な論文ベースでは20年以上も進展していないと考えます。ただし、これらは主流の医学におけるキンドリングの研究(例えばここを参照)を否定するものではないと考えます。

上記①~④の論文(ここここここ及びここ参照)、並びに(論文参照)では、嗅覚過敏に関して記述されている一方で、次の論文要旨 [A1] はアロマセラピーの耐容性に関して記述されています。その下に、アロマセラピーや芳香等に関する複数の論文を紹介します。なおアロマセラピー系の論文は [A] 系列で、これ以外の論文は [O] 系列でそれぞれ表示します。また、アロマセラピーアロマテラピーとも称されますが、本エントリでは引用を除きアロマセラピーで統一しています。

[A1] 論文要旨「The feasibility of aromatherapy massage to reduce symptoms of Idiopathic Environmental Intolerance: a pilot study.[拙訳]特発性環境不耐症(IEI)の症状を減少させるためのアロマセラピーマッサージの実現可能性:パイロット研究」の要旨を次に引用します。ちなみに、この要旨において本エントリ作者が強調するのは、「特発性環境不耐症を伴う被験者に対し、アロマセラピーは十分に耐容性があること」です。

OBJECTIVES:
Idiopathic Environmental Intolerance (IEI) is an acquired disorder with multiple recurrent symptoms, which is associated with diverse environmental factors that are tolerated by the majority of people. IEI is an illness of uncertain aetiology, making it difficult to treat using conventional medicine. Therefore, there is a need for novel therapies to control the symptoms of IEI. The objective of this study was to evaluate the feasibility and impact of aromatherapy massage for individuals with IEI.

DESIGN:
Non-blinded crossover trial.

SETTING:
IEI patients who attended a clinic in Sapporo city were recruited, and sixteen patients were enrolled. Participants were clinically examined by an experienced medical doctor and met the criteria included in the working definition of IEI disorder.

INTERVENTIONS:
During the active period, participants received four one-hour aromatherapy massage sessions every two weeks. During the control period, the participants did not receive any massages.

MAIN OUTCOME MEASUREMENTS:
Scores on the IEI-scales trigger checklist, symptoms, life impact, and the State Anxiety Inventory were assessed before and after each period. Short-term mood enhancement was evaluated using the Profiles of Mood Status (POMS) before and after sessions.

RESULTS:
Due to period effects, evaluation of the results had to be restricted to the first period, and the result showed no effect of intervention. All six sub-scales of the POMS improved after each session (mean score differences: 4.89-1.33, P<0.05).

CONCLUSIONS:
Aromatherapy was well tolerated by subjects with IEI; however, aromatherapy, as applied in this study, did not suggest any specific effects on IEI condition.


[拙訳]
目的:
特発性環境不耐性(IEI)は、多数の再発症状を有する後天性障害(disorder)であり、これは大多数の人々が許容する多様な環境要因に関連する。 IEI は不確実な病因の病気であり、従来の薬を使用して治療することを困難にしている。従って、IEI の症状を制御するための新規治療法が必要である。この研究の目的は、IEI を伴う個々人のアロマセラピーマッサージの実現可能性と影響を評価することであった。

設計:
非盲検のクロスオーバー試験。

設定:
札幌市内の診療所に通院した IEI 患者を募集し、16人の患者が登録された。参加者は、経験豊富な医師によって臨床的に検査され、IEI 障害の作業定義に含まれる基準を満たした。

介入:
活動期間中、被験者は 2 週間ごとに 1 回 4 時間のアロマセラピーマッサージを受けた。対照期間中、被験者はマッサージを受けなかった。

主なアウトカム測定:
IEI 尺度トリガーのチェックリスト、症状、生活への影響、及び状態不安インベントリのスコアは、各期間の前後で評価された。短期間の気分の改善は、セッション前後の気分状況のプロファイル(POMS)を用いて評価した。

結果:
期間効果のため、結果の評価は最初の期間に制限されなければならず、その結果は介入の効果を示さなかった。 POMS の 6 つのサブスケールは全て、各セッション後に改善した(平均スコアの差:4.89-1.33、P <0.05)。

結論:
アロマセラピーは IEI を伴う被験者には十分に耐容性を示した。しかしながら、この研究で適用されたアロマセラピーは、IEI 状態に特異的な効果を示唆しなかった。

注:i) 標記「パイロット研究」は、研究の初期段階で、研究計画が適切かどうかを確かめたり、修正の必要がないかを調べるために行なう、小人数の被験者を対象とした研究のことです。

論文要旨に関連して、「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.4. 化学物質過敏状態が引き起こされるメカニズム」項における記述の一部(P53)を次に引用します。

興味深いことに、Araki らが行った介入研究では、 多くの化学物質過敏症の患者さんは香水や芳香剤の臭いを不快としているにもかかわらず、天然の植物から得られる精油の香りには寛容でした39)。精油が受け入れられたのは、天然(自然)な香りであるという受け止めがその背景にあったからではないかと考えられます40)。

注:(i) 引用中の文献番号「39)」、「40)」はそれぞれ上記論文(ここを参照)、次の資料です。 「荒木敦子、岸玲子, いわゆる化学物質過敏症 その国際的動向とアロマテラピーを使った症状緩和研究. Aroma Research, 2013. 14(2): 111-115. 」 (ii) この引用に関連して化学物質過敏症における「臭い刺激によるノシーボ効果で身体症状を呈する可能性」についての記述があります。引用はしませんが一次情報である同を参照して下さい。ちなみに、a) 「ノシーボ効果」は「ノセボ効果」とも称されます。 b) 上記「臭い刺激によるノセボ効果」に関連する「におい研究におけるノセボ効果」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) メディカル・アロマセラピーに関連する様々な日本語の資料の紹介及びアロマセラピー精油分析例については、共にここを参照して下さい。 (iii) 一方、 引用中の「天然の植物から得られる精油の香りには寛容でした」(アロマセラピーにおける寛容さ)に関連したアロマセラピーに関するシステマティックレビューの一例(2011年発行)及び標記「アロマセラピーは十分に耐容性があること」に関連する「室内空気中の豊富な芳香剤の吸入による影響」についての論文要旨をそれぞれ以下に引用します。

[A2] 論文要旨「The Effects of Aromatherapy on Postpartum Women: A Systematic Review.[拙訳]産後の女性に関するアロマセラピーの効果:システマティックレビュー」(2019年発行)

BACKGROUND:
The postpartum period is the most crucial but also the most fragile stage of most pregnancies. The health benefits of aromatherapy have recently become more widely accepted among medical experts. Although a number of studies have examined these health benefits, no systematic reviews have been conducted to assess the effects of aromatherapy on the psycho-physiological health of postpartum women.

PURPOSE:
This systematic review was conducted to evaluate the effectiveness of aromatherapy interventions on the psycho-physiological health of postpartum women, to determine the methods that were used to measure intervention effectiveness, and to identify the types of interventions that were used.

METHODS:
We searched for studies that evaluated the effects of aromatherapy on postpartum women published in the Chinese or English languages before March 2018. We used online databases such as the Taiwan Journal Index, Centre for European Policy Studies, Cumulative Index for Nursing and Allied Health Literature, Cochrane Library, PubMed, and Social Sciences Citation Index. The search keywords used were "women," AND "postpartum," OR "postnatal" AND "aromatherapy," OR "aroma," OR "essential oils." Only randomized controlled trials including humans as study participants were included. The methodological quality of the trials was assessed using the modified Jadad scale. The quality of the full-text studies was assessed by three reviewers.

RESULTS:
The 15 studies that were included in this systematic review were performed in Iran, England, and the United States and included 2,131 participants in total. The numbers of participants in each study ranged between 35 and 635. The review found that the effective duration of aromatherapy varied according to the essential oils that were selected. The visual analog scale was the most frequently used measure of postpartum pain. Most of the studies found that the aromatherapy intervention improved postpartum physiological and psychological health, with positive effects shown on anxiety, depression, distress, fatigue, mood, nipple fissure pain, physical pain, post-cesarean-delivery pain, post-cesarean-delivery nausea, postepisiotomy pain, postepisiotomy recovery, sleep quality, and stress. Most of the studies reported no serious intervention-related side effects.

CONCLUSIONS:
This systematic review may serve as a reference for healthcare workers in caring for postpartum women. Aromatherapy may be applied as a noninvasive complementary intervention to promote physio-psychological comfort in postpartum women.


[拙訳]
背景:
産後の期間は最も重要ですが、ほとんどの妊娠の中でも最も脆弱な段階である。アロマセラピーの健康上の利点は、最近、医療専門家の間でより広く受け入れられるようになっている。多くの研究がこれらの健康上の利点を検討しているが、産後の女性の心理生理学的健康に関するアロマセラピーの効果を評価するためのシステマティックレビューは実施されていなかった。

目的:
このシステマティックレビューは、産後の女性の心理生理学的健康に関するアロマセラピー介入の有効性を評価し、介入の有効性を測定するために使用された方法を決定し、そして使用された介入の種類を同定するために実施された。

方法:
2018年3月までに中国語又は英語で出版された産後の女性に対するアロマセラピーの効果を評価した研究を、我々は検索した。Taiwan Journal Index、Centre for European Policy Studies、Cumulative Index for Nursing and Allied Health Literature、Cochrane Library、PubMed、及び Social Sciences Citation Index 等のオンラインデータベースを我々は使用した。使用された検索キーワードは、"women," AND "postpartum," OR "postnatal" AND "aromatherapy," OR "aroma," OR "essential oils." であった。研究参加者としてのヒトを含むランダム化比較試験のみが含まれていた。試験の方法論的な質は、修正された Jadad スケールを使用して評価された。全文研究の質は、3人のレビュー担当者によって評価された。

結果:
このシステマティックレビューに含まれていた15の研究は、イラン、イギリス、及び米国で実施され、合計2,131人の参加者が含まれていた。各研究の参加者の数は35~635の範囲であった。選択された精油(essential oils)によってアロマセラピーの有効期間が異なることが、本レビューで見出された。ビジュアルアナログスケールは、分娩後疼痛の最も頻繁に使用される尺度であった。ほとんどの研究ではアロマセラピーの介入により、不安、抑うつ、苦痛、疲労、気分、乳頭亀裂の痛み、身体の痛み、帝王切開後の痛み、帝王切開後の吐き気、会陰切開後の痛み、会陰切開後の回復、睡眠の質、及びストレスに関するポジティブな効果を伴う分娩後の生理的及び心理的健康が改善した。ほとんどの研究では、深刻な介入関連の副作用は報告されていない。

結論:
このシステマティックレビューは、産後の女性のケアをする医療従事者の参考になるかもしれない。アロマセラピーは、産後の女性の生理心理的な快適さを促進するための非侵襲的な補完的介入として適用されるかもしれない。

注:i) ちなみに、メディカル・アロマセラピーに関連する様々な日本語の資料の紹介及びアロマセラピー精油分析例については、共にここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「ランダム化比較試験」については例えば次の資料を参照して下さい。 「データの取り扱いについて」の「ランダム化比較試験(RCT)」シート(P9) iii) 拙訳中の「ビジュアルアナログスケール」については例えば次の資料を参照して下さい。

[A3] 論文要旨「Aromatherapy for Managing Pain in Primary Dysmenorrhea: A Systematic Review of Randomized Placebo-Controlled Trials.[拙訳]原発性月経困難症における痛み管理のためのアロマセラピープラセボ対照ランダム化比較試験のシステマティックレビュー」(2018年発行、全文はここを参照)

Aromatherapy, the therapeutic use of essential oils, is often used to reduce pain in primary dysmenorrhea. Eleven databases, including four English (PubMed, AMED, EMBASE, and the Cochrane Library) and seven Korean medical databases, were searched from inception through August 2018 without restrictions on publication language. Randomized controlled trials (RCTs) testing aromatherapy for pain reduction in primary dysmenorrhea were considered. Data extraction and risk-of-bias assessments were performed by two independent reviewers. All of the trials reported superior effects of aromatherapy for pain reduction compared to placebo (n = 1787, standard mean difference (SMD): -0.91, 95% CI: -1.17 to -0.64, p < 0.00001) with high heterogeneity (I² = 88%). A sub-analysis for inhalational aromatherapy for the alleviation of pain also showed superior effects compared to placebo (n = 704, SMD: -1.02, 95% CI: -1.59 to -0.44, p = 0.0001, I² = 95%). With regard to aromatherapy massage, the pooled results of 11 studies showed favorable effects of aromatherapy massage on pain reduction compared to placebo aromatherapy massage (n = 793, SMD: -0.87, 95% CI: -1.14 to -0.60, p < 0.00001, I² = 70%). Oral aromatherapy had superior effects compared to placebo (n = 290, SMD: -0.61, 95% CI: -0.91 to -0.30, p < 0.0001, I² = 0%). In conclusion, our systemic review provides a moderate level of evidence on the superiority of aromatherapy (inhalational, massage, or oral use) for pain reduction over placebo in primary dysmenorrhea.


[拙訳]
アロマセラピー精油の治療的使用は、しばしば原発性月経困難症における痛みを軽減するために使用される。 4つの英語(PubMed、AMED、EMBASE、Cochrane Library)と7つの韓国語の医療データベースを含む11のデータベースが、出版言語の制限なしで、最初から2018年8月まで検索された。原発性月経困難症の痛み緩和のためのアロマセラピーを試験するランダム化比較試験(RCT)が考慮された。データ抽出及びバイアスのリスク評価は、2人の独立したレビュー担当者によって実施された。


全ての試験でプラセボと比較した痛み緩和に対する高い異質性(I² = 88%)を伴うアロマセラピーの優れた効果が報告された(n = 1787、標準化平均差(SMD):-0.91、95%信頼区間:-1.17~-0.64、p <0.00001)。痛み緩和のための吸入アロマセラピーのサブ分析も、プラセボと比較して優れた効果を示した(n = 704、SMD:-1.02、95%信頼区間:-1.59~-0.44、p = 0.0001、I²= 95%)。アロマセラピーマッサージに関して、11の研究のプールされた結果は、プラセボアロマセラピーマッサージと比較して痛みの軽減に対するアロマセラピーマッサージの好ましい効果を示した(n = 793、SMD:-0.87、95%信頼区間:-1.14~-0.60、p < 0.00001、I²= 70%)。経口アロマセラピーは、プラセボと比較して優れた効果があった(n = 290、SMD:-0.61、95%信頼区間:-0.91~-0.30、p < 0.0001、I²= 0%)。結論として、原発性月経困難症におけるプラセボよりも痛みを軽減するためのアロマセラピー(吸入、マッサージ、又は経口の利用)の優越性に関する中程度のレベルのエビデンスを、我々のシステマティックレビューは提供する。

注:i) 引用中の「n = 1787」、「n = 793」、「n = 290」は共に人数を指します。 ii) 拙訳中の「ランダム化比較試験」については例えば次の資料を参照して下さい。 「データの取り扱いについて」の「ランダム化比較試験(RCT)」シート(P9) iii) なおアロマセラピーの「副作用」について上記全文の「4. Discussion」項における記述の一部を次に引用します。 『Most of the studies reported no serious intervention-related side effects.[拙訳]ほとんどの研究では、介入に関連した重大な副作用は報告されなかった。』

[A4] 論文「The Effectiveness of Aromatherapy for Depressive Symptoms: A Systematic Review.[拙訳]抑うつ症状に対するアロマセラピーの有効性:システマティック・レビュー」(2017年発行、全文はここを参照)

Background. Depression is one of the greatest health concerns affecting 350 million people globally. Aromatherapy is a popular CAM intervention chosen by people with depression. Due to the growing popularity of aromatherapy for alleviating depressive symptoms, in-depth evaluation of the evidence-based clinical efficacy of aromatherapy is urgently needed.

Purpose. This systematic review aims to provide an analysis of the clinical evidence on the efficacy of aromatherapy for depressive symptoms on any type of patients.

Methods. A systematic database search was carried out using predefined search terms in 5 databases: AMED, CINHAL, CCRCT, MEDLINE, and PsycINFO. Outcome measures included scales measuring depressive symptoms levels.

Results. Twelve randomized controlled trials were included and two administration methods for the aromatherapy intervention including inhaled aromatherapy (5 studies) and massage aromatherapy (7 studies) were identified. Seven studies showed improvement in depressive symptoms.

Limitations. The quality of half of the studies included is low, and the administration protocols among the studies varied considerably. Different assessment tools were also employed among the studies.

Conclusions. Aromatherapy showed potential to be used as an effective therapeutic option for the relief of depressive symptoms in a wide variety of subjects. Particularly, aromatherapy massage showed to have more beneficial effects than inhalation aromatherapy.


[拙訳]
背景。抑うつは世界的に3億5千万の人々に影響を及ぼす最大の健康関心事の1つである。アロマセラピーは、抑うつを伴う人々によって選択される人気のある CAM(補完代替療法)の介入である。抑うつ症状を緩和するためのアロマセラピーの人気が高まっているため、アロマセラピーエビデンスに基づく臨床効果の詳細な評価が急務である。

目的。このシステマティック・レビューは、あらゆるタイプの患者にもたらす抑うつ症状に対するアロマセラピーの効果に関する臨床的エビデンスの分析を提供することを目的とする。

方法。AMED、CINHAL、CCRCT、MEDLINE 及び PsycINFO の5つのデータベースにおいて、あらかじめ定義された検索用語を使用して、体系的なデータベース検索を実施した。アウトカム基準には、抑うつ症状のレベルを測定する尺度が含まれた。

結果。12のランダム化比較試験が含まれ、吸入アロマセラピー(5試験)及びマッサージアロマセラピー(7試験)を含むアロマセラピー介入の2つの投与方法が同定された。 7件の研究が抑うつ症状における改善を示した。

制限。含まれた試験の半分の質は低く、そして試験間の投与プロトコールはかなり異なった。これらの研究の中で、異なる評価ツールも採用された。

結論。アロマセラピーは、幅広い種類の被験者において抑うつ症状の軽減のための有効な治療選択肢として使用される可能性を示した。特に、アロマセラピーマッサージは、吸入アロマセラピーよりも有益な効果を有することが示された。

注:i) 表示形式を変更して引用しています。 ii) 拙訳中の「ランダム化比較試験」については例えば次の資料を参照して下さい。 「データの取り扱いについて」の「ランダム化比較試験(RCT)」シート(P9) iii) ちなみに、アロマセラピーの抗不安効果についてはここを参照して下さい。

[A5] 論文要旨「A systematic review on the anxiolytic effects of aromatherapy in people with anxiety symptoms.[拙訳]不安症状を伴う人々におけるアロマセラピーの抗不安効果についてのシステマティックレビュー」(2011年発行)

PURPOSE:
We reviewed studies from 1990 to 2010 on using aromatherapy for people with anxiety or anxiety symptoms and examined their clinical effects.

METHODS:
The review was conducted on available electronic databases to extract journal articles that evaluated the anxiolytic effects of aromatherapy for people with anxiety symptoms.

RESULTS:
The results were based on 16 randomized controlled trials examining the anxiolytic effects of aromatherapy among people with anxiety symptoms. Most of the studies indicated positive effects to quell anxiety. No adverse events were reported.

CONCLUSIONS:
It is recommended that aromatherapy could be applied as a complementary therapy for people with anxiety symptoms. Further studies with better quality on methodology should be conducted to identify its clinical effects and the underlying biologic mechanisms.


[拙訳]
目的:
不安又は不安症状を伴う人々にアロマセラピーを使用することについての 1990年から 2010年までの研究を我々はレビューし、その臨床効果を調査した。

方法:
本レビューは、不安症状を伴う人々へのアロマセラピーの抗不安効果を評価するジャーナル記事を抽出するための利用可能な電子データベース上で実施された。

結果:
不安症状を伴う人々の間でのアロマセラピーの抗不安効果を調査する 16 のランダム化比較試験に結果は基づいた。ほとんどの研究は、不安を抑えるポジティブな効果を示した。有害事象は報告されなかった。

結論:
アロマセラピーは、不安症状を伴う人々のための補完的な治療として適用できるだろうことが推奨される。その臨床効果とその基礎となる生物学的メカニズムの明確化のために、方法論に関するより良い品質のさらなる研究が実施されるべきである。

注:i) ちなみに、メディカル・アロマセラピーに関連する様々な日本語の資料の紹介及びアロマセラピー精油分析例については共にここを参照して下さい。加えて、抑うつ症状に対するアロマセラピーの有効性については次項を参照して下さい。 ii) 拙訳中の「ランダム化比較試験」については例えば次の資料を参照して下さい。 「データの取り扱いについて」の「ランダム化比較試験(RCT)」シート(P9) iii) ちなみに、抑うつ症状に対するアロマセラピーの有効性についてはここを参照して下さい。

[A6] 論文要旨「Adverse effects of aromatherapy: a systematic review of case reports and case series.[拙訳]アロマセラピーの有害効果:症例報告と症例シリーズのシステマティックレビュー」(2012年発行)

AIM:
This systematic review was aimed at critically evaluating the evidence regarding the adverse effects associated with aromatherapy.

METHOD:
Five electronic databases were searched to identify all relevant case reports and case series.

RESULTS:
Forty two primary reports met our inclusion criteria. In total, 71 patients experienced adverse effects of aromatherapy. Adverse effects ranged from mild to severe and included one fatality. The most common adverse effect was dermatitis. Lavender, peppermint, tea tree oil and ylang-ylang were the most common essential oils responsible for adverse effects.

CONCLUSION:
Aromatherapy has the potential to cause adverse effects some of which are serious. Their frequency remains unknown. Lack of sufficiently convincing evidence regarding the effectiveness of aromatherapy combined with its potential to cause adverse effects questions the usefulness of this modality in any condition.


[拙訳]
目的:
このシステマティックレビューは、アロマセラピーに関連する有害効果に関するエビデンスを批判的に評価することを目的とする。

方法:
5つの電子データベースを検索して、関連するすべての症例報告と症例シリーズを同定した。

結果:
42の主要な報告が選択基準を満たした。合計で、71人の患者がアロマセラピーの有害効果を経験した。有害効果は軽度から重度までの範囲で、1人の死亡者が含まれていた。最も一般的な有害効果は皮膚炎であった。ラベンダー、ペパーミント、ティーツリーオイル、及びイランイランは、有害効果の原因となる最も一般的な精油であった。

結論:
アロマセラピーは、その一部が深刻な有害効果を引き起こす可能性を有する。それらの頻度は不明のままである。有害効果を引き起こす可能性と兼ね備えるアロマセラピーの有効性に関する十分に説得力のあるエビデンスの欠如は、いかなる状態においてもこの方法の有用性に疑問を投げかける。

注:ちなみに、拙訳中の「有害効果」に関連する一部の精油には「光毒性」があることについて、佐々木薫監修の本、「最新4訂版 アロマテラピー図鑑」(2019年発行)の PART 1 アロマテラピーの基礎知識と利用方法 の 精油の扱い方 の 精油を使うときの約束 の「光毒性の精油には注意」における記述(P023)を次に引用します。

光毒性とは、特定の精油にあり、肌につくと紫外線と反応して、しみや赤くはれるなどのトラブルを起こす性質のこと。トリートメントオイル、化粧品、入浴剤、湿布を作るとき、使用するときには注意しましょう。光毒性をもつ精油は希釈した場合でも、肌につけた直後、紫外線にさらされないように注意します。肌についてしまったら、必ず丁寧に洗浄を。柑橘系果実類の果皮から圧搾法で採った精油に多く、ベルガモットに含まれるベルカプテンなどの成分が代表的ですが、柑橘系精油がすべて光毒性をもつわけではありません。

注:i) この引用部の直下にある「光毒性があるおもな精油」のリストを次に形式を変更して次に引用(『 』内)します。 『●アンジェリカルート ●ブラッドオレンジ ●クミン ●ベルガモット ●グレープフルーツ ●レモン』 ii) また、「精油を飲んではいけない」ことについて、同精油を使うときの約束の「精油を飲んではいけません」における記述(P023)を次に引用(【 】内)します。 【精油を飲んだり口に入れたりすることは大変危険です。海外では専門家の指導下での内服療法もありますが、決して飲用しないでください。口、唇、粘膜にも、希釈したものであっても使用を避けてください。】

[O1] 論文「Recognizing odors associated with meaningful places.[拙訳]意味のある場所に関連した臭いの認識」 ちなみに、全文はここを参照して下さい。

Thirty-two undergraduates inhaled odors while outlining episodes, set in 8 living rooms, involving either themselves or the actual inhabitants. They rated odors, rooms, and episodes on 7-point scales and were tested for odor recognition. Episodes were content analyzed, and the frequency of categories was assessed. Separate factor analyses determined relationships between rating scales and content analysis categories. Regression analysis showed greater odor recognition when participants judged the odor to fit the imagined episode but less recognition when an unpleasant odor was incongruously paired with a warm episode. Odor recognition also was greater when the narrative outlines described familiar characters figuring out the scenes. Results supported the congruity hypothesis, whereby odors become markers for meaningful scenes with which they fit.


[拙訳]
自分自身又は実際の住民が関与する 8 つのエピソードを概説しながら、リビングルームにセットされた臭いを 32人の学部生が吸入した。彼らは臭い、部屋、及びエピソードを 7 点スケールで評価し、そして臭気の認識を調査された。エピソードは内容が分析され、カテゴリーの頻度が評価された。評価スケールと内容分析カテゴリーとの間の関係を分離された要因の分析は決定した。想像したエピソードに合う臭いを彼らが判定した時により大きな臭いの認識を、しかし、不快な臭いが心温まるエピソードと不釣り合いで対になった時により小さい認識を回帰分析は示した。ナラティブの輪郭でありふれた人物が場面に登場すると説明した時に臭いの認識がより大きくなった。これらの結果は適合性仮説を支持し、これにより、臭いが彼らが合う有意義な場面のマーカーとなる。

注:i) 引用中の「ナラティブ」(物語)に該当する「ナラティヴ」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) この論文の解説について、渡邉映理著の本、『「香り」の文化と癒やし -いのる、くらす、あそぶ。古代から現代まで-』(2016年発行)の 第7章 高齢化社会と「香り」 の『7.2 「香り」と感情、記憶の結びつき』における記述の一部(P093~P094)を次に引用します。

(前略)嗅覚というのは、他の感覚と情報の伝達経路が異なっている。私たちが鼻で香りを受け取ると、鼻腔の奥にある嗅細胞に存在する「嗅覚レセプター(受容体)」が信号を受け取り、香り物質は、電気信号に変換される。その後、嗅球を通って、直接、感情を司る扁桃体、記憶を司る海馬など、大脳辺縁系に到達することが分かっている。
この、大脳にある「大脳辺縁系(海馬・扁桃体など)」は、“情動脳”とも呼ばれ、記憶や感情を司る脳として知られている。つまり、においの情報を処理する場所と、感情を司る場所が同じ「大脳辺縁系」なので、「においによって記憶や感情が呼び覚まされる」ということが起こるのである。
最近、実際に、32名の大学生が試験対象者になり、実際に居住者がいる 8 つのリビングのにおいをかぎながら、ある物語を聞くという実験がカナダで行われている15)。対象者はにおい、物語、リビングルームに、快、不快などの感情に関する評価をつけたあと、もう一度同じにおいをかいだ。その結果、においが物語から想像される出来事と合っている場合は、対象者は後でそのにおいを区別することができたが、「不愉快なにおい」が「心温まるような出来事」の話とセットになっていて、生じる感情と合っていない場合は、対象者はにおいを区別することができなかった。例えば、私たちは、おいしそうなパンのにおいが漂っている部屋で、「この部屋に住んでいる若い奥様はパン作りが上手である」というような話を聞いた場合は、そのパンのにおいを話の内容とともに記憶することができるが、不快な、かびのにおいがするような部屋で同じ話を聞いても、そのにおいと話の内容が結びつかないので、そのにおいを記憶することが難しいのである。
また、対象者らは、聞いた物語の内容が「その場面を理解しやすいような、ありふれた場面の描写」である場合は、そのとき嗅いだリビングルームのにおいをもう一度嘆いたときに、そのにおいをより明確に区別することができた。このことは、物語を聞いて場面を想像したり記憶したりすることと、においを認識することに結びつきがあることを示している。この実験により、においは、そのにおいがよくマッチしている、「意味のある場面」を思い出すための「目印」になる、ということが示された15)。(後略)

注:i) 引用中の文献番号「15)」は上記論文です。 ii) 引用中の「においによって記憶や感情が呼び覚まされる」ことに関連する「プルースト現象」については、ここを参照して下さい。 iii) 引用中の「大脳辺縁系」、「情動脳」、「扁桃体」については、トラウマの視点からは共にここここを参照して下さい。 iv) 一方、引用中の「大脳辺縁系」、「海馬」、「扁桃体」については、トラウマの視点からは共にここを参照して下さい。 v) 引用中の「快、不快」については、次のWEBページを参照して下さい。 「快・不快 - 脳科学辞典

[O2] 論文「Effects by inhalation of abundant fragrances in indoor air - An overview.[拙訳]室内空気中の豊富な芳香剤の吸入による影響 - 概要」 ちなみに、全文はここを参照して下さい。

Odorous compounds (odors) like fragrances may cause adverse health effects. To assess their importance by inhalation, we have reviewed how the four major abundant and common airborne fragrances (α-pinene (APN), limonene (LIM), linalool (LIL), and eugenol (EUG)) impact the perceived indoor air quality as odor annoyance, sensory irritation and sensitization in the airways. Breathing and cardiovascular effects, and work performance, and the impact in the airways of ozone-initiated gas- and particle phase reactions products have also been assessed. Measured maximum indoor concentrations for APN, LIM and LIL are close to or above their odor thresholds, but far below their thresholds for sensory irritation in the eyes and upper airways; no information could be traced for EUG. Likewise, reported risk values for long-term effects are far above reported indoor concentrations. Human exposure studies with mixtures of APN and LIM and supported by animal inhalation models do not support sensitization of the airways at indoor levels by inhalation that include other selected fragrances. Human exposure studies, in general, indicate that reported lung function effects are likely due to the perception rather than toxic effects of the fragrances. In general, effects on the breathing rate and mood by exposure to the fragrances are inconclusive. The fragrances may increase the high-frequency heart rate variability, but aerosol exposure during cleaning activities may result in a reduction. Distractive effects influencing the work performance by fragrance/odor exposure are consistently reported, but their persistence over time is unknown. Mice inhalation studies indicate that LIM or its reaction mixture may possess anti-inflammatory properties. There is insufficient information that ozone-initiated reactions with APN or LIM at typical indoor levels cause airway effects in humans. Limited experimental information is available on long-term effects of ozone-initiated reaction products of APN and LIM at typical indoor levels.


[拙訳]
芳香のような臭いのする化合物(odors)は、健康に悪影響を及ぼすかもしれない。吸入によるその重要性を評価するために、4つの主要な豊富で一般的な空気媒介の芳香[α-ピネン(APN)、リモネン(LIM)、リナロール(LYL)、オイゲノール(EUG)]が、気道における臭いの不快さ、感覚刺激及び感作としての知覚された室内空気品質に、いかに影響するかを評価した。呼吸及び心臓血管への影響、作業のパフォーマンス及び気道におけるオゾンにより開始する気相及び粒子反応生成物の影響も評価している。測定された最大の APN、LIM 及び LIL 室内濃度は、臭い閾値に近い又は閾値を超えた。しかし、目及び上気道における感覚刺激閾値をはるかに下回っていた。EUG の情報は調べることができなかった。同様に、報告された長期的影響のリスク値は報告された屋内濃度よりはるかに上回っていた。APN と LIM の混合物の研究及び動物吸入モデルで支持される研究は、他の選択された芳香を含む室内レベルでの吸入による気道の感作を支持しなかった。ヒトへの曝露研究では、一般的に、報告された肺機能効果は芳香の毒性効果よりも知覚によるものらしいことを示した。一般的に、芳香曝露による呼吸数と気分に与える影響は結論がでていない。芳香は高周波心拍変動性を増加させるかもしれないが、清掃活動中のエアロゾルの曝露は減少をもたらすかもしれない。作業のパフォーマンスに影響を与える芳香/臭い曝露による気を散らせる効果は一貫して報告されたが、経時的な持続性は不明である。マウスでの吸入研究は LIM 又はその反応混合物には抗炎症特性があるかもしれないことを示す。典型的な室内レベルでの APN 又は LIM のオゾンによる開始反応はヒトにおいて気道効果を引き起こすという情報は不十分である。典型的な屋内レベルでの APN 及び LIM のオゾン開始反応生成物の長期間の影響に関する、限定された実験情報は利用可能である。

注:引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

[O3] 論文要旨「The Influence of Olfactory Contexts on the Sequential Rating of Odor Pleasantness.[拙訳]連続した臭いの快評価に及ぼす嗅覚文脈の影響」

When we sequentially evaluate the characteristics of sensory stimuli, our evaluation of a current stimulus is influenced by those preceding it. One such effect is called hedonic contrast, whereby stimuli are rated more negatively (negative contrast) or positively (positive contrast) if they are preceded by more or less pleasant stimuli. The present study investigated the characteristics of hedonic contrast for olfaction and compared these characteristics with those of a more oft-studied modality, vision. The results from two experiments indicated that both positive and negative contrasts occurred in the sequential rating of picture pleasantness, whereas only negative contrast occurred for olfactory ratings. Notably, overrating of hedonically negative odors following a positive olfactory context was observed even when participants had already rated these same negative odors beforehand; conversely, this did not occur for positive contrast for either sense. These findings indicate that negative odors are more strongly influenced than positive ones, and the rating of positive stimuli may be adjusted to the preceding rating independent of stimulus context. The findings of this study revealed the unique characteristics of hedonic contrast for the olfactory senses.


[拙訳]
我々が感覚刺激の特徴を連続的に評価するとき、我々の現在の刺激の評価は、それに先立つ評価によって影響される。そのような効果の1つは快・不快対比と呼ばれ、より多くの又は少なくの快刺激が先行した時に、これにより、刺激がよりネガティブ(ネガティブの対比)又はよりポジティブ(ポジティブの対比)と評価された。本研究では、嗅覚に対する快・不快対比の特徴を調査し、これらの特徴をより頻繁に研究されたモダリティ、視覚と比較した。連続的な画像の快・不快度の評価においてポジティブ及びネガティブの対比の両方が生じたのに対し、嗅覚の評価に対しては、ネガティブの対比のみが生じたことを、2つの実験から得られた結果は示した。特に参加者が既にこれらのネガティブな臭いを予め評価していた時も、ポジティブな臭いの文脈に続く、快・不快度的にネガティブな臭いの過剰評価が観察され、逆に言えば、どちらの感覚でのポジティブの対比に対しては生じなかった。ネガティブな臭いがポジティブな臭いよりも強く影響を受け、そしてポジティブな刺激の評価は、刺激文脈に独立した先行する評価に合わせて調節されるかもしれないことを、これらの知見は示す。この知見は嗅覚に対する快・不快度対比の独特な特徴を明らかにした。

注:i) この引用全体に関連して、次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「快不快の対比における嗅覚と視覚の比較」 ii) 本論文の著者である綾部早穂(Ayabe-Kanamura S)氏が代表を務める科学研究費助成事業として実施していた、においのトラウマ記憶に関する研究課題については次のWEBページを参照して下さい。 「においのトラウマ記憶に関する実態調査ならびに実験的検討

[ご参考3]SHS患者の脳科学的アプローチ
次の 資料「シックハウス症候群の診断基準の検証に関する研究(P28)」の P28~P30 に、標題に関する記述があります。その一部(P30)を次に引用します。

・症例群は、匂い(特に自覚的により強い刺激を感じる匂い)による負荷に対して嗅覚中枢が過剰に反応しやすくなっている可能性を示唆した。患者では嗅覚過敏が特徴の一つとしてみられるが、その現象が脳血流変動でも示唆された。[中略]

・また、上記の結果から、シックハウス症状の要因を室内空気汚染のみに求めることには、臨床上大きな問題があると考えられた。

注:i) 標題中の「SHS」はシックハウス症候群のことです。また、引用中の「症例群」は患者である被験者の方々に相当するようです。 ii) この資料の作成者は坂部医師のようです。 iii) シックハウス症候群については、他の拙エントリの(8)項参照。 iv) [ご参考2]と本項の引用における実験の重なりの例として、この pdfファイル P30 のマップは、[ご参考2]で要旨を引用した前者の論文の Figure 4 における JC(7) のマップと一致するようです。 iv) 臭いとシックハウス症候群との関係については、日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行)の Ⅲ.対応 の 3.環境学的対応 の 3-2 環境改善型予防医学の実践-「ケミレスタウン・プロジェクト」 の「3)臭いと SHS」項における一部の記述(P61)を次に引用します。

臭いと SHS とは密接な関係がある.SHS の苦情の際,患者は多くの場合臭いも訴えるからである.

注:上記3項の執筆者は森千里、戸高恵美子です。

(※2の範囲はここまでです)

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[ご参考]日本臨床環境医学会役員名簿
2014年10月1日現在の日本臨床環境医学会役員名簿は、第24回日本臨床環境医学会学術集会 ご案内の P63 に示されています。

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【追記1】
葵東様のブログのエントリ「化学物質過敏症患者を苦しめる有害な気体」を拝見したところ、 i) 有害な気体の曝露濃度をどのようにお考えになっているのか? ii) 少なくとも、一部の有害な気体では、臭い※2に反応しているのではないか? 等が、本エントリ作者には気になります。

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【追記2】
一般的に(極めて微量[下記ホルムアルデヒドの場合にはここを参照]ではなく)「一定以上の濃度の有害物質に曝露すると生じる急性症状」は(化学物質過敏症ではなく)急性の中毒症状と呼ばれると拙ブログ作者は考えます。

例えば、ホルムアルデヒドへの曝露による曝露濃度と刺激や中毒症状の関係例として、WEBページ「室内空気中化学物質についての相談マニュアル作成の手引き」の「<健康影響>」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『0.4ppmあたりに目の刺激閾値、0.5ppmあたりに喉の炎症閾値があるとされ、3ppmでは目や鼻に刺激が起こり、4~5ppmでは流涙し呼吸器に不快感が生じる。31ppmあたりで重篤な症状が起こり、104ppmあたりでは死亡する。』(注:ちなみに 1ppm=1000ppb です)

加えて、一酸化炭素の濃度と毒性の関係例として、資料「一酸化炭素 - 日本中毒情報センター」の「[毒性]」項における記述の一部を次に引用します。

300 ppm 以下では軽度の頭痛程度であるが、400 ppm 以上で数時間曝露されると循環・呼吸系にも影響が出始め、1000 ppm を超えると重篤な症状が現れる。5000 ppm では 5 分で死に至る。(後略)

注:ちなみにこの資料によると、一酸化炭素は無味無臭の気体とのこと。

さらに、硫化水素中毒における曝露濃度については、例えば次の資料を参照して下さい。「なくそう! 酸素欠乏症・硫化水素中毒

一方、標記追記において示された(中毒の)曝露濃度と、上記化学物質過敏症における誘発試験の曝露濃度を比較すると良いかもしれません[特にホルムアルデヒド(ホルマリン)]。ちなみに、化学物質過敏症又は MCS の誘発試験において適用されるホルムアルデヒドの濃度例についてはここを参照して下さい。

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【追記3】
WEBページ「現場にアタック 良い香りには裏がある? 化学物質過敏症の危険」を拝見したところ、タイトルにもあるように、このページには、「主に香りに反応するのが化学物質過敏症である」ともとれる内容が示されていると本エントリ作者は考えます。

本エントリにおいて上記にご説明したように、(臭わない)超微量の化学物質には反応せずに、香り(又は臭い※2参照)のみに反応するのは、臨床環境医が提唱するMCSでも化学物質過敏症でもないと本エントリ作者は考えます。ただし、本エントリ作者がこの臨床環境医に相当しないと考える医師又は医学研究者の方々の一部が、化学物質が刺激となって生じる感覚モデルに注目しています。ここ項を参照して下さい。加えて、香りと記憶の結びつきに関連する「プルースト現象」及び「嗅覚の学習記憶」については共にここを参照して下さい。

ちなみに、a) MCSに対する日本臨床環境医学会を含む世界の医学会等の見解は拙エントリのここを参照して下さい。 b) 一方、「香水の自粛のお願いに化学物質過敏症を持ち出さないほうがいい」ことについてのエントリ「香水の自粛のお願いに化学物質過敏症を持ち出さないほうがいい - NATROMのブログ」もあります。

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【追記4】
【追記3】に関連して、2017年6~7月にかけてミニ情報に記載した香気物質に関連する記事において、表示形式及び文章の追加を含んで改訂したものを以下に示します。さらに、自然界由来の揮発性有機化合物、情動記憶、「プルースト現象」、PTSD と臭気との関連、「ルール支配行動」、感覚の認知、「放逸」等についても以下に記述します。最初に自然界由来の揮発性有機化合物(VOC)については、次の資料を参照して下さい。 「VOCと地球環境 大気中揮発性有機化合物の実態解明を目指して」の「自然界由来のVOCの実態を次々に明らかに」項

(1)柚子ジュースと柔軟剤との関連についての一考察について
日本には柚子ジュースがあります。例えば、果汁の使用割合が 5~10%のものです。加えて、ポン酢にも柚子果汁入りの商品が複数あります。ちなみに、柚子果汁中のリモネン分析結果例はマニュアル「食品中の健康機能性成分の分析法マニュアル」の「5. 食品の分析結果例」を参照して下さい。このマニュアルには、柚子果汁のみならず、温州みかんスダチ等の分析結果例があります。加えて、カンキツ類としてのシークワシャー、ダイダイ、ユズ、ウンシュウミカンの全てから香気成分としてd - リモネン(d-Limonene)が推定又は同定されたことについては次の資料を参照して下さい。 「香酸カンキツ果汁の香気成分について」の「結果および考察」項 一方、一部の柔軟剤において香り成分として、d - リモネンが分析により検出されることがあります(参照)。天然由来のリモネンについては※1も参照して下さい。加えて、リナロール(参照)や、ゲラニオール(天然由来のゲラニオールについては※3も参照)も一部の柔軟剤において香り成分として検出されることがあります(参照)。
仮に、おいしく柚子ジュースを飲めるのに、柔軟剤を用いて洗濯した他人の服から放出されるリモネンに対して、「柔軟剤中のリモネンガー」とおっしゃる方々がいるのならば、能動喫煙は平気なのに、受動禁煙(参照)に対して、「副流煙ガー」とおっしゃる方々と同程度に、不可解なことをおっしゃる方々がいるもんだという感想を拙ブログ作者は持ちます。
なお、 a) 資料の図1において、香辛料に含まれる主な香気成分が紹介されており、リモネンもこの中に含まれます。加えて、渡邉映理著の本、『「香り」の文化と癒やし -いのる、くらす、あそぶ。古代から現代まで-』(2016年発行)の 第5章 食品の「香り」と癒やし の『5.4 香辛料と「香り」』における記述の一部(P073)を次に引用(『 』内)します。 『どこの家庭にもあると思われる黒コショウ(ブラックペッパー)はスパイスの代表であるが、香り成分はリモネン、サビネン、ピネン、ミルセンなどモノテルペン化合物であり(後略)』 さらに、カレー粉からもリモネンが検出されています(参照) b) オレンジジュースをはじめとした、複数のジュースに対するヘッドスペース-GC-MSを用いた香気成分分析結果例はここを参照して下さい。これによると、オレンジジュースからはリモネン(limonene)のみならず、リナロール(linalool)も検出されているようです。加えて、レモン精油成分の組成については例えば資料を参照して下さい。 c) 例えばここの資料(b)の表-1によると、カビからリモネン(limonene)が発生するようです。従って、上記「柔軟剤中のリモネンガー」と主張する人は、柔軟剤由来のリモネンとカビ由来のリモネンとを区別する必要があるかもしれません。加えて、 1) 山椒、薔薇及びチューリップの香気成分としてリモネンが検出されることがあります。次項の⑭、⑮及び⑯をそれぞれ参照して下さい。 2) ヒト(健常者)の呼気からリモネンが検出されることについては次の資料を参照して下さい。 「ヒト疾病に関する呼気中VOCs分析法と検出成分の系統的レビュー」の「表3 健常者,気管支喘息患者,慢性閉塞性肺疾患,癌患者の呼気中に検出された化学物質濃度」(P25)

(2)①かつおだし、②コーヒー、③煎茶、④紅茶、⑤ウーロン茶、⑥ジャスミン茶、⑦発酵乳、⑧味噌、⑨醤油、⑩カレー粉、⑪清酒、⑫ホップ由来(ビール)、⑬甲州種ワイン、⑭海藻、⑮山椒、⑯薔薇、⑰チューリップ、⑱ラベンダー、⑲ユリ の香気成分及び⑳大気中フィトンチッドの成分についてのご紹介*35
例えばそれぞれ、①参照、②参照、③参照、④参照、⑤参照、⑥参照、⑦参照、⑧参照、⑨参照、⑩参照、⑪参照、⑫参照、⑬参照、⑭参照、⑮参照、⑯参照、⑰参照、⑱参照、⑲参照及び⑳資料の「表 2-1」(P24)、「表 2-2」(P26)、「表 2-3」(P27)を参照。(注:一部の柔軟剤から検出されることもあるリナロール[linalool、参照]が、上記資料によると③煎茶、④紅茶、⑤ウーロン茶、⑥ジャスミン茶、⑩カレー粉、⑫ホップ由来(ビール)、⑮山椒、⑯薔薇、⑰チューリップ、⑱ラベンダー、⑲ユリ そしてオレンジジュースからも検出されることがあるようです。加えて、カンキツ類としてのシークワシャー、ダイダイ、ユズ、ウンシュウミカンの全てから香気成分として上記リナロール[linalool]が推定又は同定されたことについては次の資料を参照して下さい。 「香酸カンキツ果汁の香気成分について」の「結果および考察」項 ちなみに、天然由来のリナロールについては※2も参照して下さい。)

一方、一部の柔軟剤において香り成分として検出されるリナロールに関連する報告があります。この報告は細胞株を用いたものですが、この報告が該当するヒトの細胞にも適用できて、かつ柔軟剤を用いて洗濯した他人の服から放出されるリナロールの吸引により、TRPA1チャネル(参照参照)が活性化するのであれば(注:仮定の話です)、リナロールが検出される上記、③煎茶~⑲ユリ、そしてオレンジジュースによりTRPA1チャネルが活性化しても不思議ではないと拙ブログ作者は考えます。

※1:天然由来のリモネンについて、平山令明著の本、『「香り」の科学』(2017年)の 第8章 天然由来の香りの分子 の ●柑橘系の香り(シトラス系の分子) の「(+)-リモネン (+)-limonene」における記述の一部(P152)を次に引用(【 】内)します。 【オレンジ(スイート)、ジュニパーべリー、ティーツリー、ペパーミント、ユーカリ、レモン、ローズマリーベルガモット、フランスキンセンス、ネロリ等に広く含まれるシトラス系の代表的な香りの分子です。柑橘類から採れるアロマ精油の主成分です。】(注:引用中の「(+)-リモネン」は「d-リモネン」とも呼ばれます。これは光学異性体を踏まえた表記です。例えば次の資料を参照して下さい。 「リモネン」) 加えて、塩田清二監修の本、「アロマセラピー学」(2017年発行)の 第Ⅱ章・アロマセラピーを使う の 第2節 精油の種類、芳香の嗅ぎ方、ブレンドオイルの作り方(著者は長島司) の 1.精油の種類 の (1) 精油各種 」の「② 柑橘精油」(P145~P146)で、次に示すリモネンの割合の高い精油が紹介されています。 a) (表13)において、精油【オレンジ】(抽出方法:低温圧搾法、抽出部位:果皮)の成分分析において、リモネンの含有量が 94% とのデータがあります。 b) (表14)において、精油ベルガモット】(抽出方法:低温圧搾法、抽出部位:果皮)の成分分析において、リモネンの含有量が 40% とのデータがあります。 c) (表15)において、精油【レモン】(抽出方法:低温圧搾法、抽出部位:果皮)の成分分析において、リモネンの含有量が 65% とのデータがあります。 さらに、次のWEBページにおいては、ユズ(柚子)及びカボスに、リモネンが含まれていることが示されています。 「ユズ、スダチ、カボス」の「ユズ」項及び「カボス」項 d) 一方、健常者群(healthy volunteers)における皮膚ガス(すなわち皮膚から放散する微量生体ガス)にリモネン(limonene)が含まれることについては次の資料を参照して下さい。 「膵臓癌患者の皮膚から放散する微量生体ガスに関する研究」の「Table 1. Analytical results on the dermal emission flux of skin gases collected at the forearm of patients and healthy volunteers using passive flux sampler-solvent extraction-GC/MS methodology.」(P11)

※2:天然由来のリナロールについて、平山令明著の本、『「香り」の科学』(2017年)の 第8章 天然由来の香りの分子 の ●花の香り(フローラル系の分子) の「リナロール linalool」における記述の一部(P155)を次に引用(【 】内)します。 【リナロールは、イランイラン、ゼラニウムジャスミンネロリ、バラなどの花だけでなく、ラベンダー、ローズマリーベルガモットフランキンセンスなどにも広く存在する香りの分子です。】 加えて、上記以外にも塩田清二監修の本、「アロマセラピー学」(2017年発行)の 第Ⅱ章・アロマセラピーを使う の 第2節 精油の種類、芳香の嗅ぎ方、ブレンドオイルの作り方(著者は長島司) の 1.精油の種類 の「(1) 精油各種」(P141~P153)の、 a) (表2)において、精油コリアンダーシード】(抽出方法:水蒸気蒸留、抽出部位:果実)の成分分析において、リナロールの含有量が 64% とのデータがあります。 b) (表8)において、精油【マジョラム】(抽出方法:水蒸気蒸留、抽出部位:葉)の成分分析において、リナロールの含有量が 27% とのデータがあります。 c) (表28)において、精油【カルダモン】(抽出方法:水蒸気蒸留、抽出部位:草実)の成分分析において、リナロールの含有量が 5% とのデータがあります。 一方、上記と重なりますが、リナロールの含有量が 5% 以上のものとして、 i) (表3)において、精油ゼラニウム】(抽出方法:水蒸気蒸留、抽出部位:葉)の成分分析において、含有量が 7% とのデータがあります。 ii) (表10)において、精油【ラベンダー】(抽出方法:水蒸気蒸留、抽出部位:葉)の成分分析において、含有量が 25% とのデータがあります。 iii) (表14)において、精油ベルガモット】(抽出方法:低温圧搾法、抽出部位:果皮)の成分分析において、含有量が 40% とのデータがあります。 iv) (表16)において、精油【イランイラン】(抽出方法:低温圧搾法、抽出部位:花)の成分分析において、含有量が 9% とのデータがあります。 v) (表19)において、精油ジャスミン】(抽出方法:溶剤抽出、抽出部位:花)の成分分析において、含有量が 5% とのデータがあります。 vi) (表20)において、精油ネロリ】(抽出方法:水蒸気蒸留、抽出部位:花)の成分分析において、含有量が 29% とのデータがあります。

※3:天然由来のゲラニオールについて、 a) 平山令明著の本、『「香り」の科学』(2017年)の 第8章 天然由来の香りの分子 の ●柑橘系の香り(シトラス系の分子) の「ゲラニオール geraniol とネロール nerol」における記述の一部(P157)を次に引用(【 】内)します。 【ゲラニオールとネロールは右上の二重結合に関して幾何異性体の関係にあります。ゲラニオールはトランス体でネロールはシス体です。(中略)ゲラニオールは、甘くバラのようなフローラルで幾分シトラスな香りを持ちます。ネロールも甘いバラの香りですがネロリモクレンを思わせます。ゲラニオールはゼラニウム、バラ、ネロリなどに含まれます。ネロールはバラやネロリなどに含まれます。】(注:引用中の「トランス体」及び「シス体」に関連する「シスとトランス異性体」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「第28章 有機化学の世界」の「シスとトランス異性体とは?」項[P492])。 b) 山椒及びビールの香気成分としてゲラニオール(geraniol)が分析されたことについてはそれぞれ次の資料を参照して下さい。 「ヘッドスペースガス分析法を用いた産地別山椒果実の香気分析」の Table 1(P323)、「ビールに特徴的な香りを付与するホップ由来香気成分」の第2表(P159)

(3)「カビ臭の原因物質」、「香料の化学」及び「人体から発生するにおい物質」のご紹介
標記「カビ臭の原因物質」に関しては、例えば(a)資料、(b)資料、(c)資料、(d)資料及び(e)WEBページを参照して下さい。加えて標記「香料の化学」については次のWEBページを参照して下さい。 「香料の化学 - 日本香料工業会」 ちなみに、後者のWEBページにおいては、ニオイのある化学種について次に引用(『 』内)する記述があります。 『ニオイのある化学種は約40万種以上あるといわれています。さまざまな分子構造の違いがニオイというものを形作っています。』(注:引用中の「ニオイのある化学種は約40万種以上あるといわれています」に関連する「においを発生させる物質は約40万種類以上あり,混合物の複合臭として構成されている」ことについては次の資料を参照して下さい。 「GC-TOFMS を用いた生活に関わるさまざまなにおいの網羅的解析手法会」の「1. はじめに」項[P107]) また、標記「人体から発生するにおい物質」について、斉藤幸子、小早川達編の本、「味嗅覚の科学 人の受容体遺伝子から製品設計まで」(2018年発行)の 第2章 味・におい物質とその受容機構 の 2.1 味物質とにおい物質 の「d. 人体から発生するにおい物質」における記述(P59)を以下に引用します。ただし、引用中の化学構造式における下付き文字は半角文字を代用します。

d. 人体から発生するにおい物質
不快な口臭の原因となるにおい物質は,食べかすなどを細菌が分解することで生成するメチルメルカプタン,硫化水素ジメチルスルフィド(表2.4)などの含硫化合物である.また,40代以降で脂臭いような不快臭(加齢臭とも呼ばれる)が認められるようになるのは trans-2-ノネナール(CH3(CH2)5CH=CHCHO,18829-56-6)が体臭中に増加するためである(Haze et al., 2001).疾病によって人体から発生するにおい物質もある.糖尿病性ケトアシドーシスではアセトン(CH3COCH3,67-64-1)などのケトン類が呼気に検出されるが,疾病により体外へ排出される汗,呼気.尿などに生じる揮発性物質の中でにおいが強いものは 主にトリメチルアミン(表2.4)などの含窒素化合物,ジメチルスルフィドなどの含硫化合物,揮発性のカルボン酸である(Shirasu & Touhara, 2011).

注:i) この引用部の著者は吉井文子です。 ii) 引用中の「表2.4」の引用は省略します。ただし、引用中の「ジメチルスルフィド」の CAS No. は「75-18-3」であり、引用中の「トリメチルアミン」の CAS No. は「75-50-3」です。なお、上記「CAS No.」(CAS 登録番号)については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Q1 CAS 登録番号 (CAS RN®) とは - 化学情報協会 よくあるご質問」 iii) 引用中の「Haze et al., 2001」は次の論文です。 「2-Nonenal newly found in human body odor tends to increase with aging.」 iv) 引用中の「Shirasu & Touhara, 2011」は次の論文です。 「The scent of disease: volatile organic compounds of the human body related to disease and disorder.」 v) 引用中の「糖尿病性ケトアシドーシス」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「糖尿病の急性合併症のはなし」の「糖尿病ケトアシドーシス」項 vi) ちなみに、 a) 悪臭防止法に基づく悪臭物質の規制基準については、例えば次の資料を参照して下さい。 「悪臭防止法に基づく悪臭物質の規制基準」 なお、この資料中にリストアップされている悪臭物質には、引用中の「メチルメルカプタン」、「硫化水素」、「トリメチルアミン」が含まれます。一方、これらの物質の嗅覚閾値濃度の例は共にここを参照して下さい。 b) 上記「硫化水素」の中毒における曝露濃度についてはここを参照して下さい。 c) 引用中の「人体から発生するにおい物質」に関連するかもしれない「ヒト皮膚から放散する微量生体ガス」については次の資料を参照して下さい。 「ヒト皮膚から放散する微量生体ガスと臨床環境」、「膵臓癌患者の皮膚から放散する微量生体ガスに関する研究

(4)「森林浴」及び「森林セラピー」に関連する様々な資料のご紹介
参照参照参照参照参照 ちなみに、大気中フィトンチッドの成分についてはここの⑰を参照して下さい。

(5)メディカル・アロマセラピー及びアロマセラピー精油の成分に関連する様々な資料のご紹介*36
標記前者の資料を次に紹介します。 「アロマセラピーによる医療」、「ベルガモット精油の蒸気が自律神経系および情動に及ぼす効果」 加えて、メディカル・アロマセラピーに関連する論文例はここを参照して下さい。

加えて、後者の資料を次に紹介します。 「アロマテラピーに関する研究第一報 慣用精油10種類の成分と作用に関する知見

(6)「プルースト現象」、「味覚と嗅覚の連合学習」、「ニューロ・ガストロノミー」(NEUROGASTRONOMY、参照)、PTSD と臭気との関連、「ルール支配行動」、感覚の認知、瞑想における問題、「放逸」についての様々なご紹介
ちなみに、「プルースト現象」(又は「プルースト効果」)とは、においとの遭遇を契機として、過去に経験した出来事があたかもそれを追体験しているかのように、ありありと思い出されることを言うようです。この「プルースト効果」について、三品昌美編の本、「分子脳科学 分子から脳機能と心に迫る」(2015年発行)の 7章 嗅覚系:感覚入力から行動に至る分子基盤と神経回路 の「7.7 嗅覚の学習記憶と嗅覚神経回路の可塑性」における記述の一部(P83)を次に引用します。

7.7 嗅覚の学習記憶と嗅覚神経回路の可塑性
匂いの感覚は決して固定されたものではない.たとえば,匂いの感度や弁別能は訓練によって向上する.ワインのソムリエ,化粧品会社や香料会社の調香師などの専門家は,訓練を通じてわずかな匂いを検出でき,匂いの微妙な違いを区別できるようになった人である.また,匂いに対する情動・行動応答も状況によって変化する.ある匂いを報酬(甘い水など)と関連づけると,動物はその匂いが好きになって匂いに対して誘引行動をとるようになる.反対に,同じ匂いを侵害刺激(電気ショックなど)と関連づけると,動物はその匂いを嫌いになって匂いに対して忌避行動をとるようになる.食べ物の好き嫌いも,小さいころの嗅覚味覚体験によって大きく左右されると考えられている.嗅覚行動は生物の生存に直結しているので,匂い環境の変化に応じて適切な嗅覚行動を新たに獲得していくことは生物にとって必須の能力であり,嗅覚神経回路には高い可塑性が求められる.
また,匂いの記憶は強い記憶として残る.言語材料による記憶に比べ,匂いの記憶は長期間持続し,忘れにくいことが知られている.さらに,古い記憶を呼び起こすきっかけとしての匂い記憶の役割も大きい21).有名な例は,フランスの作家プルーストの『失われた時を求めて』の,マドレーヌを紅茶にひたして口の中に入れたときに幼い日々の記憶がまざまざとよみがえったというくだりである.以来,匂いをきっかけとした強力な記憶想起は「プルースト効果」と呼ばれている.視覚,触覚などさまざまな感覚が古い記憶を呼び起こすきっかけとなるが,匂いによる想起は情動的,つまり物事のディテールとともにそのときの感情も一緒に思い起こし,あたかも過去のことを追体験したように感じる,ということが多いようである.匂いによる記憶想起の際には扁桃体-海馬複合体が強く活性化されるという観察がある.
これらのことから,嗅覚系はその学習記憶機構,神経回路の可塑性,情動記憶との結びつきなど,多くの興味深い題材を含んでいる.(後略)

注:(i) この引用部の著者は山口正洋です。 (ii) 引用中の「プルースト効果」については例えば次のWEBページ、資料を参照して下さい。 「においと記憶」、「ニオイの感覚研究の最近の展開 ―ニオイの感覚は経験・学習に依存する―」の「3.2 ニオイにより喚起される自伝的記憶」項 加えて、これと類似した「プルースト現象」については、例えば次のWEBページ、資料を参照して下さい。 「プルースト現象における記憶想起の特徴について」、「においによる自伝的記憶の無意識的想起の特性:プルースト現象の日誌法的検討」、「半構造化面接法によるプルースト現象の特徴の検討」、「嗅覚刺激による自伝的記憶の無意図的想起:匂いの同定率・感情価・接触頻度の影響」、「匂い手がかりによって喚起される自発的記憶特性質問紙(OEAMQ)の開発」、「嗅覚と自伝的記憶に関する研究の展望 ――想起過程の再考を中心として――の「2. 自伝的記憶における匂い手がかりの有効性を検討した研究」項 ちなみに、 a) 酒の匂いに関連するフラッシュバックについては、他の拙エントリのここにおけるリンク先の資料の <症例3> の ③ i. 項(P5)において、「酒の匂いでフラッシュバックしやすい。」との記述があります。 b) 上記プルースト効果とフラッシュ・バックのような症状との関連について、平山令明著の本、『「香り」の科学』(2017年)の 第1章 生活を彩る香り の「1-2 香りの持つ不思議な力」における記述の一部(P18)を次下に引用(『 』内)します。 『よく記憶のフラッシュ・バックということが言われますが、「香り」が引き金になり、フラッシュ・バックを起こすのがプルースト効果です。これまでに筆者が周囲の人達に聞いたところ、皆さん類似した経験を持っているようです。後でも述べますが、他の感覚と嗅覚は大きく異なり、「におい」は大脳新皮質を経ないで、記憶を支配する海馬領域や感情を支配する扁桃体に直接的に伝わるため、いわゆるフラッシュ・バックのような症状を示すと考えられています。』 c) においとトラウマ記憶との関連については、次の資料を参照して下さい。 「においのトラウマ記憶に関する実態調査ならびに実験的検討」 (iii) 引用中の「扁桃体」、「海馬」については、トラウマの視点からは共にここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「ある匂いを報酬(甘い水など)と関連づけると,動物はその匂いが好きになって匂いに対して誘引行動をとるようになる.反対に,同じ匂いを侵害刺激(電気ショックなど)と関連づけると,動物はその匂いを嫌いになって匂いに対して忌避行動をとるようになる.」に関連するかもしれない「ニオイの感覚は経験・学習等に依存する」については次の資料を参照して下さい。 「ニオイの感覚研究の最近の展開 -ニオイの感覚は経験・学習に依存する-」の「2.3 ニオイの感覚」項、「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」の「4. 考察」項 (v) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 (vi) 引用中の「情動記憶が想起」に関連する「記憶想起」については、次のWEBページを参照して下さい。 「記憶想起 - 脳科学辞典」 (vii) 引用中の「情動記憶」に関連する「匂いなどに遭遇することによって,情動記憶が想起される」ことについて、三品昌美編の本、「分子脳科学 分子から脳機能と心に迫る」(2015年発行)の 10章 扁桃体を中心とした前脳領域による恐怖記憶制御 の「10.1 情動記憶とは」における記述の一部(P111)及び「10.2 恐怖記憶モデル系」における記述の一部(P111)を以下に引用します。加えて、これに関連するかもしれない「匂いの知覚は情動により支配される」についてはここここを参照して下さい。さらに、これに相当する「情動的記憶」については、次のWEBページを参照して下さい。 「情動的記憶 - 脳科学辞典」 (viii) 引用中の「嗅覚」について、髙木繁治監修の本、「病気を見きわめる 脳のしくみ事典」(2017年発行)の 第1部 脳のしくみ事典 第5章 五感が伝わるしくみ の「嗅覚のしくみ」における記述の一部(P69)を次に引用(『 』内)します。 『「におい」を感知する嗅覚は、五感の中で唯一、大脳新皮質ではなく、大脳辺縁系と直接つながっています。大脳辺縁系は感情や欲など本能的なことを担当する部位だけに、一度不快と感じたにおいはその後も理屈抜きに嫌いになったり、においで昔の出来事を思い出したりするという現象につながります。』 (ix) 引用中の「嗅覚の学習記憶」に関連するかもしれない、 a) 「育まれるにおいの快不快」については、北岡明佳編著の本、「いちばんはじめに読む心理学の本5 知覚心理学 心の入り口を科学する」(2011年発行)の 10章 嗅覚 の 4 においの快不快 の「(1) 育まれるにおいの快不快」における記述の一部(P170~P171)を以下に引用します。 b) 「においの好み」について、岩崎好陽著の本、「においとかおりと環境」(2010年発行)の 第2章 人間のにおいの感じ方 の「2-7 カナダ、イヌイットの嗅力」における記述の一部(P40)を次に引用(『 』内)します。 『②においの好みについて イヌイットの人びとのにおいの好みについても興味深い結果が得られた。日本人が特に不快と感じている「イソ吉草酸」のにおいについて、イヌイットは意外とそうではない結果が得られている。』(注:1) 同本の P40~P41 によると、日本におけるイソ吉草酸のにおいは「靴下の蒸れたにおい」と表現され、代表的な悪臭物質として扱われているようです。これに対し、イヌイットにおいては、好物であるクジラの皮に近いマクタックという食べ物のにおいに近いことが関係しているようです。 2) 「イソ吉草酸」の嗅覚閾値濃度についてはここを参照して下さい。)

10.1 情動記憶とは(中略)

情動記憶とは,情動の変化を伴った体験の記憶である.情動記憶とは一種の条件づけ記憶であり,情動体験した際の「情動」と体験時に五感で感じた「状況(文脈)」とが関連づけられた記憶である.情動体験した場所を再訪する,あるいは情動体験時の音や匂いなど(cue)に遭遇することによって,情動記憶が想起される.本章では,情動記憶の中でも最も研究が進んでいる「恐怖記憶」にフォーカスして,恐怖記憶制御のメカニズムと,恐怖記憶制御において中心的な役割を果たしている扁桃体,海馬,前頭前野皮質の役割を解説する.

10.2 恐怖記憶モデル系
恐怖記憶制御は昆虫から高等生物に至る生物に備わる本能的行動の一つである.恐怖体験を記憶することで,一種の防御反応として,危険を回避することが可能となる.恐怖記憶は,恐怖体験時の「恐怖」とそのときの「文脈」とが関連づけられた条件づけ記憶である.恐怖体験した文脈や,文脈中の手がかり(音や匂い)に遭遇すると,恐怖記憶が想起され,恐怖反応を表出する.

注:(i) この引用部の著者は喜田聡です。 (ii) 引用中の「扁桃体」、「海馬」については、トラウマの視点からは共にここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「前頭前野皮質」に関連した「前頭皮質」については、PTSD又は複雑性PTSDの視点からここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 (v) 引用中の「情動記憶が想起」に関連する、 a)「情動的記憶」については、次のWEBページを参照して下さい。 「情動的記憶 - 脳科学辞典」 ちなみに、「情動記憶」又は「情動的記憶」は非陳述記憶に分類されることについては、次のWEBページを参照して下さい。 「陳述記憶,非陳述記憶」 b) 加えて、これに関連する「記憶想起」については、次のWEBページを参照して下さい。 「記憶想起 - 脳科学辞典」 (vi) 引用中の「恐怖記憶」及び「条件づけ記憶」に関連する「恐怖条件づけ」については、次のWEBページを参照して下さい。 「恐怖条件づけ - 脳科学辞典

(1) 育まれるにおいの快不快(中略)

においに対する快不快反応に大きな個人差が見られることは,生育環境や食生活の中でにおいの知覚学習が行われている結果と考えられる。新川ら(1988)は,ワカサギと茎ワカメを切って水に浸し濾過して作った溶液のにおいに対して,海辺で育った人は「磯や海苔のにおい」と受けとめ,さほど不快ではないと感じたのに対して,育った環境の近くに海岸がなかった人は「腐敗,下水のにおい」と受け止め,不快と感じるケースが多かったと報告している。日常的なにおいに対する反応を日本人とドイツ人で比較した研究(Ayabe-Kanamura et al., 1998)では,18種類のにおいの強さ,馴染みの程度,快不快度,そのにおいのするものが食べられると思うか,何のにおいか(同定)について回答を求めた。日本人とドイツ人の間で見られた反応の差異は,快不快度と食べられるかの評定において顕著だった。たとえば,かつおぶしのにおいに対して,日本人の68%は「かつおぶし」と同定し,快不快度については,平均的には快でも不快でもない程度と評定し,95%の人が「このにおいのするものは食べられる」と回答した。一方,ドイツ人の60%は「何かが腐ったにおい」と同定し,非常に不快と評定し,41%の人しか「食べられる」と回答しなかった。そのにおいが「何」のにおいかという情報はにおいに対する嗜好判断に影響し,そのにおいが「何」のにおいかという受け止め方や好き嫌いは後天的要因の影響を強く受けることがわかる。
身体に無害という観点から,アメリカで国防省がサポートした「におい爆弾」開発プロジェクトがあり,普遍的に嫌われるにおい物質を探し出す研究が行われた(Science Observer, 2002)。腐敗した有機体のにおいがもっとも嫌われる傾向があったが,文化・地域・人種に共通な絶対的な悪臭の発見には至らなかった。自分にとって利益のあるものはそのにおいまでもがいいにおいであり,不利益をもたらすものであればそのにおいは悪いにおいなのである。自分にとって利益のあるものが他の人にとっても利のあるものとは限らないので,必然的ににおいに対する嗜好もバラエティーに富む。人間以外の動物では,生体に不利益もしくは危害をもたらすものは,人間のように個体によって異なるというケースはほとんどなく,生得的な反応が観察されるであろう。人間にもこのような要素がないと否定はできないが,学習的要因の影響が強く,生得的反応は遮蔽されてしまっていると考えられる。

注:(i) この引用部の著者は綾部早穂です。 (ii) 引用中の「Ayabe-Kanamura et al., 1998」は次の論文です(PubMed では検索できないようです)。 「Ayabe-Kanamura, S., Schicker, I., Laska, M., Hudson, R., Distel, H., Kobayakawa, T., & Saito, S. 1998 Differences in perception of everyday odors: A Japanese-German cross-cultural study. Chemical Senses, 23,31-38.」 (iii) 引用中の「Science Observer, 2002」は次の雑誌のコラムです「Science Observer(雑誌中のコラム)2002 Science that stinks. American Scientist, 90(3), 225.」 (iv) 引用中の「知覚」については、次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 (v) 引用中の「快不快」については、次のWEBページを参照して下さい。「快・不快 - 脳科学辞典」 (vi) 引用中の「学習的要因」に関連して、同章における記述の一部(P176)を次に引用(『 』内)します。 『嗅覚は「原始的な感覚」であると言われ,生得的に決定されている要素が強いと考えられていることが多いが,実際には,経験や学習によって後天的に形成されるトップダウン的要因も大きいことがわかるであろう。』 (vii) 上記綾部早穂が実施したにおいのトラウマ記憶に関する研究課題の報告書については、次の資料を参照して下さい。 「においのトラウマ記憶に関する実態調査ならびに実験的検討」 (viii) 引用中の「においに対する嗜好」に関連するかもしれない、魚のソースを好むか好まないのかについては、ここを参照して下さい。加えて、ヨーロッパ人と日本人の間には、香りに対する快不快度がまったく異なる匂いがあることについて、伏木亨編の本、「食の文化フォーラム36 匂いの時代」(2018年発行)の 第Ⅰ部 匂いの科学 の 第1章 匂いの遺伝子と脳 の「9 匂いの経験と記憶」における記述の一部(P30)を次に引用(『 』内)します。 『また、ヨーロッパ人と日本人の間には、香りに対する快不快度がまったく異なる匂いがある。たとえば、カビ臭い教会の匂いやアニスの匂いは日本人よりヨーロッパ人が好むのに対して、納豆やほうじ茶の匂いは日本人のほうが好む。これは、その匂いを経験して育ったかどうかが影響していることを示している。つまり、ヒトは、匂いの価値を経験依存的に意味記憶として脳に蓄えているのである。』(注:この引用部の著者は東原和成です) (ix) 引用中の「におい爆弾」について、新村芳人著の本、「嗅覚はどう進化してきたのか 生き物たちの匂い世界」(2018年発行)の 第3章 匂いを感じるしくみ の「匂いの快・不快」における記述の一部(P68)を次に引用(『 』内)します。 『米国で匂い爆弾の開発プロジェクトがあり、これに使用するための匂いの探索が行われた。腐敗した有機体の匂いが最も嫌われることが示されたが、絶対的な悪臭の発見には至らなかったという。』 (x) 引用中の「生育環境や食生活の中でにおいの知覚学習が行われている」ことに関連する「嗅覚の学習記憶と嗅覚神経回路の可塑性」についてはここを参照して下さい。 (xi) 引用中の(においに対する嗜好は)「学習的要因の影響が強く」に関連する、 a) 「ニオイの感覚は経験・学習等に依存する」については次の資料を参照して下さい。 「ニオイの感覚研究の最近の展開 -ニオイの感覚は経験・学習に依存する-」の「2.3 ニオイの感覚」項、「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」の「4. 考察」項 b) 加えて、「ウンチの匂いは、赤ちゃんにとっては忌避すべき匂いではない」ことについては上記綾部早穂が第一著者である次の資料を参照して下さい。 「2歳児のニオイの選好 -バラの香りとスカトールのニオイのどちらが好き?-」 なお、この資料に関する短い紹介について、 1) 伏木亨編の本、「食の文化フォーラム36 匂いの時代」(2018年発行)の 総括 「匂いの時代」とは の「6 匂いの好悪や価値判断は学習が重要」における記述の一部(P192~P193)を次に引用(【 】内)します。 【筑波大学などの研究によると、排泄物の匂いとバラの匂いの好悪の判断は後天的な教育や経験に依存しており、二歳児以下では好悪の違いが明らかではないことが示されている。実験は筑波大学産業技術総合研究所のグループによって行われ、「二歳児のニオイの選好」として『感情心理学研究』誌に発表されている[綾部ら 二〇〇三]。二つの箱の中に、一方はバラのニオイの主要成分であるβフェニルエチルアルコールのニオイを充満させ、もう一方にはウンチの主成分であるスカトールのニオイを満たした実験系を設定した。箱の中では子どもにとってとくに好き嫌いがないような何種類もの短いビデオが画面に写されており、両方の箱でのビデオ視聴を経験させた後で、次にどちらの箱でのビデオ鑑賞を選ぶかという設定である。二歳児は二つの場所の選択肢に有意な差がなかった。】(注:この引用部の著者は伏木亨です) 2) 新村芳人著の本、「嗅覚はどう進化してきたのか 生き物たちの匂い世界」(2018年発行)の 第3章 匂いを感じるしくみ の「匂いの快・不快」における記述の一部(P67~P68)を次に引用(【 】内)します。 【ウンチの匂いは誰にとっても悪臭ではないか、と思うかもしれない。しかし、ウンチの匂いは、赤ちゃんにとっては忌避すべき匂いではない。筑波大学の綾部早穂らは、2歳前後の幼児29人を被験者として次のような実験を行った。段ボール箱で二つのビデオ上映ボックスを用意し、一方にはバラの香り(フェネチルアルコール)、他方にはウンチの匂い(スカトール)を充満させておく。幼児がそれぞれのボックスで同じ内容のビデオを見たあと、どちらのボックスでもう一度ビデオを見たいかを選んでもらう。すると、母親の9割近くはウンチのボックスをより不快に感じたにもかかわらず、幼児はどちらのボックスを選択するかは半々で、特定の好みは見られなかった。ウンチの匂いを不快に感じるのは、生まれた後の学習によって身につけたものだと考えられる。ウンチの匂いは、トイレという、汚くて避けるべき場所といつも一緒に現れる。そうすると、いつのまにか脳はウンチの匂いを避けるべきものと感じるようになってしまうのだ。これを「連合学習」という。】 c) さらにこれらに関連するかもしれない、味覚と嗅覚の連合学習について、斉藤幸子、小早川達編の本、「味嗅覚の科学 人の受容体遺伝子から製品設計まで」(2018年発行)の 第1章 味・においの知覚と認知 の「1.4.3 味覚と嗅覚の連合学習」における記述(P48~P49)を次に引用します。

1.4.3 味覚と嗅覚の連合学習
味覚が嗅覚に影響を与える場合にも,嗅覚が味覚に影響を与える場合にも,それらの間に一致(調和)が重要であることはすでに述べたとおりである.この一致(調和)は化学的な要因というよりも,日常の食経験によって学習されるものであると考えられている(Frank & Byram, 1988 など).そこで,Stevenson らは,学習心理学の観点から行った種々の実験から,嗅覚が味覚の特性を獲得するのは古典的条件づけに基づくものであることを明らかにした(レビューとして Stevenson, 2009).簡単に述べると,味覚と嗅覚間の学習は 意識しない対提示によって獲得されること,要素の事前提示によって学習は遅延することなどの古典的条件づけに典型的な特性を備えながら,比較的少ない対提示数で獲得できる,消去抵抗が強いなどの特徴も備えている.後者の特徴は,食物嫌悪学習や PTSD など 生体の生存に重要な学習においてもみられるため,味覚と嗅覚の間の学習は生物学的に重要な学習であることが示唆される(坂井, 2009).また味覚と嗅覚の連合の結果生じる知覚は,感覚モダリティの違いを超越して統合されるため,「学習された共感覚(learned synesthesia)」と名づけられた(Stevenson & Tomiczek, 2007).
最近 Stevenson らはこのような学習を認知心理学の概念を使って,「再統合性の学習(redintegrative learning)」とも呼んでいる(Stevenson, 2009 ; Prescott & Stevenson, 2015).嗅覚の一手がかりから,その食物のもつ風味全体の記憶を再統合し,脳内に再生するという考えである.たとえば嗅覚の場合.鼻孔から吸気に伴って届けられた化学物質によって生起する前鼻腔性嗅覚は外界の認知,口腔から呼気に伴って届けられた化学物質によって生起する後鼻腔性嗅覚は食物の認知にそれぞれ関連すると考えられてきた(たとえば Rozin, 1982)が,前鼻腔性嗅覚も味覚と交互作用を示すことを明らかにする研究も多い(たとえば Sakai et al., 2001 ; 最近のレビューは鈴木, 2016 を参照).このような矛盾こついても,再統合性の学習という概念から解釈できる.つまり,前鼻腔性に喚起されたにおい表象が,そのにおい表象を含む風味の記憶を再統合させることによって,風味表象を活性化し,その結果味覚が増強されて感じられるのである.
さらに.この概念には単に感覚モダリティ間の統合という意味だけでなく.先に述べた注意や食物イメージの喚起という機能も含まれるため.これまでは他の研究とされてきた,風味と栄養間の学習,風味と薬効間の学習,食物嫌悪学習.食物安全学習など広い現象も含有できる.つまり,風味知覚は食物のもつ感覚特徴というよりも,食物そのものを表すものであるともいえるだろう.再統合性の学習という観点からの味覚と嗅覚の連合に関する研究は、この節のはじめの部分に述べたギブソンアフォーダンスにもつながる分野へと発展している.

注:i) 次項を含めてこの引用部の著者は坂井信之です。 ii) 同章の「1.4 味覚・嗅覚の相互作用」において、引用中の「ギブソンアフォーダンス」を説明する次に引用(『 』内)する記述(P44)があります。 『ギブソンは,本節で述べるような味覚・嗅覚の相互作用によって形成される風味知覚は,単に味覚や嗅覚などの化学感覚ではなく,人の味わうという能動的な能力の表れで,それ自体にアフォードされた(あるいは食物をアフォードする)ものであると考えた(Gibson, 1966).』[注:引用中の「Gibson, 1966」は次の本です。 「Gibson, J.J. (1966). The senses considered as perceptual systems. Houghton Mifflin.(ギブソン, J. J. 佐々木 正人・古山 宣洋・三嶋 博之(監訳)(2011). 生態学的知覚システム――感性をとらえなおす―― 東京大学出版会」] 加えて、引用中の「アフォーダンス」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「ギブソン生態心理学の基礎」 iii) 引用中の「Frank & Byram, 1988」は次の論文です。 「Taste-smell interactions are tastant and odorant dependent」 iii) 引用中の「Stevenson, 2009」は次の本です。 「Stevenson, R. J. (2009). The psychology of flavour. Oxford : Oxford University Press.」 iv) 引用中の「坂井, 2009」は次の資料です。 「坂井信之 (2009). 食における学習性の共感覚 日本味と匂学会誌, 16, 171-178.」 v) 引用中の「Stevenson & Tomiczek, 2007」は次の論文です。 「Olfactory-induced synesthesias: a review and model.」 vi) 引用中の「Prescott & Stevenson, 2015」は次の本です。 「Prescott, J., Stevenson, R. (2015). Chemosensory integration and the perception of flavor. In R. L. Doty (Ed.), Handbook of olfaction and gustation (3rd ed., pp. 1007-1026). New Jersey : Wiley blackwell.」 vii) 引用中の「Rozin, 1982」は次の論文です。 「"Taste-smell confusions" and the duality of the olfactory sense.」 viii) 引用中の「Sakai et al., 2001」は次の論文です。 「Enhancement of sweetness ratings of aspartame by a vanilla odor presented either by orthonasal or retronasal routes.」 ix) 引用中の「鈴木, 2016」は次の資料です。 「鈴木 隆 (2016). 嗜好品と香り/嗜好品の香り 嗜好品文化研究, 1, 2-10.」 x) 引用中の「風味」については、次の資料を参照すると良いかもしれません。 「風味の快楽」 xi) 引用中の(味覚と嗅覚の連合学習)における「古典的条件づけ」に関連する、「嗅覚嫌悪条件付け」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。

一方、上記プルースト現象(Proust phenomenon)に関連する、 a) 新しい風味の科学である標記「ニューロ・ガストロノミー」(NEUROGASTRONOMY)における嗅覚路での、想起できる記憶に再フォーマットすることを含む「においイメージの処理」について、ゴードン・M・ジェファード著、小松淳子訳の本、「美味しさの脳科学 NEUROGASTRONOMY においが味わいを決めている」(2014年発行)の 第9章 においのイメージは点描画 の「においのイメージから知覚へ」における記述の一部(P131)を以下に引用します。 b) 臭い想起記憶(odor-evoked memory)についての論文の要旨を以下に紹介します。

においのイメージから知覚へ

嗅覚以外のどの感覚でも、脳は経時的な処理段階によって、刺激を検出・識別し、緊急の要求を満たすために最も重要な情報を抽出する。嗅覚路でも同様に、「においのイメージは」一連の段階を経て処理される。(中略)
第一段階は嗅球におけるにおいの初期イメージの処理だ。糸球体モジュールの層でイメージが形成される。次いで、側方抑制を行う微少回路の強力なシステムがこのイメージを強調する。強調されたイメージは嗅皮質に送られる。嗅皮質では、広範囲にわたる神経結合を持つ微少回路がイメージを内容参照可能記憶、つまり事物の内容そのものを想起できる記憶に再フォーマットする。この記憶表象が新皮質の最高次の中枢に送られ、そこで複雑な皮質微少回路が意識的知覚を生じさせる。これが最終段階だ。
要約して言えば、点描イメージを形成し、局所で処理し、全体的にフォーマットし、記憶に表象し、情動によって強調し、意識的に知覚するわけだ。(後略)

注:i) 引用中の「嗅球」及び「糸球体」については、マウスにおいてですが例えば次の資料を参照して下さい。 「味とにおいの奏でる食のハーモニー(味わいの脳科学)」の「図3 マウスの嗅覚系」 加えて、上記以外にも引用中の「嗅皮質」を含めて例えば次のWEBページを参照して下さい。 「嗅球 - 脳科学」 ii) マウスでのにおいにおける引用中の「イメージ」「記憶」及び「情動」については、共に例えば次の資料を参照して下さい。 「嗅覚の匂い受容メカニズム」の「図4 マウスの嗅覚における脳へのシグナル伝達部位」 iii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

①「The Role of Odor-Evoked Memory in Psychological and Physiological Health.[拙訳]心理的及び生理的な健康における臭い想起記憶の役割」(全文はここを参照して下さい)

This article discusses the special features of odor-evoked memory and the current state-of-the-art in odor-evoked memory research to show how these unique experiences may be able to influence and benefit psychological and physiological health. A review of the literature leads to the conclusion that odors that evoke positive autobiographical memories have the potential to increase positive emotions, decrease negative mood states, disrupt cravings, and reduce physiological indices of stress, including systemic markers of inflammation. Olfactory perception factors and individual difference characteristics that would need to be considered in therapeutic applications of odor-evoked-memory are also discussed. This article illustrates how through the experimentally validated mechanisms of odor-associative learning and the privileged neuroanatomical relationship that exists between olfaction and the neural substrates of emotion, odors can be harnessed to induce emotional and physiological responses that can improve human health and wellbeing.


[拙訳]
この記事では、臭い想起記憶の特別な特徴、そしてこれらのユニークな体験がいかにして心理的及び生理学的健康に影響を及ぼし、恩恵を受ける可能性があるかもしれない臭気想起記憶研究における現在の最高技術について論ずる。ポジティブな自伝的記憶を想起する臭いは、ポジティブな情動を増強し、ネガティブな気分状態を低下させ、渇望を崩壊させ、炎症の全身性マーカーを含むストレスの生理学的指標を低下させる可能性を有する結論を、文献のレビューは導く。治療的適用において考慮する必要があるだろう嗅覚の知覚要因及び個体差特性も論じる。嗅覚連合学習の実験的に確認されたメカニズム及び嗅覚と情動の神経基盤との間に存在する特権を与えられた神経解剖学的な関係を通して、いかにして臭いをヒトの健康及びウェルビーイングを改善しうる情動的及び生理的な応答の誘発に利用することが可能かを、この記事は説明する。

注:i) 引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 iii) 引用中の「ウェルビーイング」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Well-being 研究」 加えて、これに関連する「主観的ウェルビーイング」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「大学病院におけるマインドフルネス認知療法の取り組み 不安障害,ウェルビーイングを中心に」 iv) ちなみに、引用はしませんが、論文の「1. Introduction」において、Proust phenomenon は odor-evoked memory でもあることが示されています。

加えて、PTSD と臭気との関連についての論文の要旨を次に紹介します。
①「Odor-induced recall of emotional memories in PTSD-Review and new paradigm for research.[拙訳]PTSD の評価及び研究の新パラダイムにおける情動的記憶の臭気誘発回想」

It is clinically well known that olfactory intrusions in PTSD can be a disabling phenomena due to the involuntary recall of odor memories. Odorants can trigger involuntary recall of emotional memories as well have the potential to help diminishing emotional arousal as grounding stimuli. Despite major advances in our understanding of the function of olfactory system, the study of the relation of olfaction and emotional memory is still relatively scarce. Odor memory is long thought to be different than other types of memories such as verbal or visual memories, being more strongly engraved and more closely related to strong emotions. Brain areas mediating smell memory including orbitofrontal cortex and other parts of medial prefrontal cortex, hippocampus and amygdala, have been implicated in learning and memory and are part of a neural circuitry that is involved in PTSD. The olfactory cortex itself also plays an important role in emotional processing. Clinical observations support the notion that odor-evoked memories can play a role in the symptomatology of PTSD. This paper reviews a re-emerging body of science linking odor processing to emotional processing in PTSD using the calming and grounding effect of odors as well as the use of odors in augmented exposure therapy. This results in converging evidence that olfaction is an excellent model for studying many questions germane to the field of human emotional memory processing.


[拙訳]
PTSD における嗅覚の侵入は、臭気記憶の非自発的回想による不自由な現象であり得ることは臨床的に周知である。臭気は情動的記憶の非自発的回想を誘発することができ、また、グラウンディング刺激としての情動的覚醒を減少させるのを助ける可能性がある。嗅覚系の機能の理解に大きな進歩があったにもかかわらず、嗅覚と情動記憶との関係の研究は未だ比較的少ない。臭気記憶は、強く刻み込まれ、強い情動に密接に関連しており、言語記憶又は視覚記憶等の他の種類の記憶とは異なると長い間考えられている。眼窩前頭皮質及び内側前頭前皮質、海馬及び扁桃体の他の部分を含むにおいの記憶をメディエイトする脳領域は、学習及び記憶に関与しており、そして PTSD において関与する神経回路の一部である。嗅覚皮質自体も、情動的な処理において重要な役割を果たす。PTSD の症候学において、臭気誘発記憶が役割を果たし得るという考えを、臨床観察は支持する。増強された曝露療法における臭気の使用のみならず、臭気の落ち着き及びグラウンディング効果を利用した PTSD における情動処理と臭気処理とが結びついた科学の再興する主体を、この論文はレビューする。嗅覚がヒトの情動的記憶の処理の分野に密接に関連した多くの疑問の研究にとって優れたモデルであることのエビデンスの収束を、これはもたらす。

注:i) 引用中の「PTSD」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 ii) 引用中の「情動的記憶」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動的記憶 - 脳科学辞典」 加えて、引用中の「情動」については、次のWEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、PTSD又は複雑性PTSDの視点からは、ここここを参照して下さい。 iii) 引用中の「グラウンディング」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については、次のWEBページを参照して下さい。「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」 v) 引用中の「内側前頭前皮質」については、他の拙エントリのここここを参照して下さい。 vi) 引用中の「海馬」及び「扁桃体」については、共にここを参照して下さい。

②「Odour as a determinant of persistent symptoms after a chemical explosion, a longitudinal study.[拙訳]化学爆発後の持続性症状の決定的要因としての臭気、縦断研究」

Foul-smelling environmental pollution was a major concern following a chemical workplace explosion. Malodorous pollution has previously been associated with aggravated physical and psychological health, and in persons affected by a trauma, an incidence-related odour can act as a traumatic reminder. Olfaction may even be of significance in the development and persistence of post-traumatic stress symptoms (PTSS). The present longitudinal study assessed whether perceived smell related to malodorous environmental pollution in the aftermath of the explosion was a determinant of subjective health complaints (SHC) and PTSS among gainfully employed adults, when the malodorous pollution was present, and after pollution clean-up. Questionnaire data from validated instruments were analysed using mixed effects models. Individual odour scores were computed, and the participants (n=486) were divided into high and low odour score groups, respectively. Participants in the high odour score group (n=233) reported more SHC and PTSS than those in the low odour score group (n=253), before and even after the pollution was eliminated. These associations lasted for at least three years after the pollution was removed, and might indicate that prompt clean-up is important to avoid persistent health effects after malodorous chemical spills.


[拙訳]
悪臭のする環境汚染は、化学職場の爆発の後での大きな懸念事項だった。悪臭のする汚染は、以前の身体的及び心理的な健康状態の悪化に関連しており、そして心的外傷の影響を受けた人では、(事故)発生関連の臭いが心的外傷性のリマインダー(訳注:思い出させるもの)として働く可能性がある。嗅覚は、心的外傷後ストレス症状(PTSS)の発症及び持続において本当に重要であるかもしれない。本縦断研究では、爆発後における悪臭のする環境汚染に関連する知覚された匂いが、悪臭のする汚染が存在した時、そして汚染の清掃の後に、有給で雇用された成人の間での主観的健康苦情(SHC)及び PTSS の決定的要因であるかどうかを評価した。検証された機器からのアンケートデータは、混合効果モデルを用いて解析された。個々人の臭気スコアは計算され、そして被験者(n=486)は、高い臭気スコアグループと低いグループにそれぞれ分類された。高い臭気スコアグループの被験者(n=253)は、汚染除去前そして除去後でさえも、低い臭気スコアグループの被験者(n=233)よりも、より多くの SHC 及び PTSS を報告した。これらの関連は、汚染が除去されてから少なくとも3年間持続し、そして悪臭のする化学物質放出後の持続性の健康影響を避けるために迅速な清掃が重要であることをひょっとして示しているかもしれない。

注:i) 引用中の「n=486」、「n=233」及び「n=253」は共に人数を指します。 ii) 「心的外傷後ストレス症状」に関連する「PTSD」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

一方、「ルール支配行動」について、熊野宏昭著の本、「マインドフルネスそしてACTへ」(2011年発行)の 第二章 言葉が自分を作り上げる の「バーチャルな現実によるコントロール」における記述の一部(P40~P42)を次に引用します。

バーチャルな現実によるコントロール(中略)

一方でわれわれは、人から聞いた話や、自分で考えた予想によって行動をコントロールすることができます。例えば、「おばあちゃんが、あの辺りは危ないから近づかないほうがいいと言っていたから、一度も行ったことがない」といった場合です。これは予め見通しを与えるフィードフォワードによるコントロールと言ってもよく、自分で経験したことがない状況にも対応できますので、とても効率のよいものです。このように、「ある状況で特定の行動をすると、それに応じた結果が得られる」という言葉による見通しのことを「ルール」と呼び、これによってコントロールされた行動のことを「ルール支配行動」といいます。
しかし、ちょっと考えてみれば、この方法がいつもうまくいくとは限らないことも分かるでしょう。自分で経験していないから、本当に正しいのかどうか実は分からないからです。この事情を説明したのが「百聞は一見にしかず」という有名な言葉で、実際にやってみるのと考えていたのとはまったく違った結果になることがあるということを意味しています。しかし、このような言葉があること自体、一度思い込むとなかなか修正できないということも意味しているのです。
例えば、高いところはダメだと思い込んでしまった高所恐怖症の患者さんのように、です。言葉を使うことでバーチャルな現実が作り出されるので、行動の制御が可能になるのですが、その同じ理由で、修正することも難しくなるわけです。
その上、先に説明したように、ちょっと違った情報が入ってくるだけで、「ルール」そのものがガラッと変わってしまうということも大きな問題です。例えば、素晴らしい自然が満喫できて、休みの日などによく出かける山があったとしましょう。そこには滝などもあり、マイナスイオンが身体によいということも聞いて知っており、とてもリラックスできる気がしていつも立ち寄るようにしていました。ところが、ある日、その滝の近くにはマムシがいるという情報を得てしまいました。そうなると、それからは怖くて滝に近づくことができなくなり、その山に行くのも嫌になってしまうかもしれません。その山や滝自体は何も変わっていないのに、です。
このように、「ルール支配行動」は、大変効率のよい行動のコントロールの仕方ですが、事実と一致していないことがあったり、間違っている場合でもなかなか修正が難しかったり、逆にちょっとしたことで「ルール」自体が大きく変わってしまうといった問題点があるといえるでしょう。

注:i) 引用中の「言葉を使うことでバーチャルな現実が作り出される」ことによる問題を少なくするための「コンプリヘンシブ・ディスタンシング」(言葉の世界全体から距離を取ること)については、他の拙エントリのここを、 加えて「脱フュ―ジョン」については、他の拙エントリのリンク集を それぞれ参照して下さい。 ii) 引用中の「バーチャルな現実によるコントロール」に関連する「バーチャルな現実をつくり出す」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて「バーチャルな世界と現実の世界の区別がつかない状況に人間を陥れることになった」については、次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスはなぜ効果を持つのか」の「マインドレスになる基盤とは?」項 iii) 引用中の「高いところはダメだと思い込んでしまった高所恐怖症の患者さんのように、です。言葉を使うことでバーチャルな現実が作り出される(後略)」に関連するかもしれない、『「怒り、怒り」「痛み、痛み」と心の中で繰り返せば繰り返すほど、ますます怒りや痛みが増幅する』ことについて、プラユキ・ナラテボー、魚川祐司著の本、「悟らなくたって、いいじゃないか 普通の人のための仏教・瞑想入門」(2016年発行)の 第二章 慈悲の章 の『感覚に言葉でラべルを貼る、「ラべリング技法」の問題点』における記述(P138~P141)を次に引用します。

感覚に言葉でラべルを貼る、「ラべリング技法」の問題点
魚川 なるほど。「現実をありのままに見る(如実知見する)」はずの瞑想が、過度の集中によって、むしろ日常的な現実の否認に繋がってしまうわけですね。この「解離」や「回避」の症状については、ウィパッサナー瞑想においてしばしば推奨される、「言語によるラベリング」という技法の問題点も、プラユキ先生は指摘されていましたね。
プラユキ 痛みを感じたら「痛み、痛み」、怒りを感じたら「怒り、怒り」などと、生じてきた感覚に言葉でぺタぺタとラベルを貼っていく(ラベリングする)瞑想技法のことね。もちろん、この瞑想技法で効果を上げている人もたくさんいるから、それを否定するつもりはありません。ただ、私のところに、このラベリング瞑想をすることで身心の調子を崩してしまった方が、少なからず相談にいらしているのは事実です。
なぜ問題が生じてしまうのかというと、一般に私たちにとって言葉というのが、単なる記号表現である「シニフィアン」(“ネ・コ”という音の連鎖や文字の集まり)としてだけではなくて、記号内容であるところの「シニフィエ」(“ネコ”という音声や文字から浮かぶイメージや概念)と分かち難く結びついた、「シーニュ(記号)」(シニフィアンシニフィエの複合体)として用いられるものだからです。
つまり、多くの人にとって、シニフィアンは発話された時点でシニフィエを巻き込んで認知されるわけですね。例えば、「怒り」というシニフィアンを「ラベル」として心の中でも発話すれば、同時に腹立たしい感情にまつわる記憶イメージといったようなシニフィエが、喚起されることは自然であるわけです。そうすると、怒りに囚われたくないからラベリング瞑想をしているのに、「怒り、怒り」と心の中で繰り返せば繰り返すほど、ますます憎悪の感情や立腹した記憶などが、心に満ちてくることも起こり得る。
魚川 それはよくわかります。この瞑想の前提としては、「怒り」や「痛み」などを言葉で同定して明晰に捉えることで、そこから距離をとって観察すれば、無常なる怒りや痛みといった感覚は、時間が経てば自然に消えることが知られる、ということになっているわけですが、実際には必ずしもそうはいかないことがある。「怒り、怒り」「痛み、痛み」と心の中で繰り返せば繰り返すほど、ますます怒りや痛みが増幅する、という経験をしたことのある瞑想者は、少なからず存在するでしょう。
プラユキ もちろん、シニフィアンをあくまでシニフィアンとしてのみ使うことができて、そこで同時に喚起されるシニフィエに囚われないような人であれば、ラベリング瞑想が前提どおりに上手く機能するでしょう。この対談の文脈で言えば、言葉をあくまで「たかが言葉」として理解・使用することができて、そこに付随する「されど言葉」の側面には囚われずにいられるような人のことですね。ただ、これは非常に難しいと思います。
魚川 私たちが生きている「現実」の物語の世界において、シニフィアン(「たかが言葉」)とシニフィエ(「されど言葉」)は不可分ですからね。ラベリング瞑想で効果を上げられる人というのは、「怒り」というシニフィアンを発しても、それを「たかが言葉」として扱い、同時に喚起される怒りの感情というシニフィエ、即ち、「されど言葉」の作用には囚われずにいられる人、ということになりますから、これはなかなか難しい。
プラユキ はい。そして、そのようなラベリング瞑想の陥葬に落ちてしまった人が、結果として呈することになるのが、解離や回避といった状態なんです。つまり、怒りや痛みをラベリングすればするほど、その認知が際立っていくことになるので、対象を何とか抑圧しようとして、経験を否認したり回避したりしてしまう。あるいは現実に生起するネガティブな感覚をラベリングによって「客観視」しようとするあまり、そこから自己を疎外してしまい、離人症などの病的な解離現象を生ずることもあります。
魚川 ラベリングによって怒りや痛みといったネガティブな感覚を「客観視」しようとして、言語による対象化を進めると、その言わば反作用として、「客観視する自己」の疎外が生じてしまうことがある。「仏教瞑想の本質は『無我性』の直観にある」という話が前章で出ましたけれども、こうなってくると、瞑想がむしろ一種の「我の強化」に貢献してしまうことにもなりますね。
プラユキ そういうことも起こり得ます。

注:(i) この本の著者の一人である魚川祐司氏が表現する引用中の「物語の世界」について、同本の序章における記述の一部(P21)を次に引用(『 』内)します。 『魚川 はい。ミャンマーの瞑想センターでは、ウィパッサナー(観察・気づき)の瞑想を行うことで、欲望(煩悩)によって条件づけられた現象の認知の仕方――私の言葉で表現すれば、「物語の世界」――から身を離して、欲望によって条件づけられることのない、ありのままの現象を認知する(如実知見する)ことを、まずは目指します。』(注:a) 引用中の「物語の世界」に関連する『心の観察とは言うなれば「私」や「物語」の仮想性(虚構性)を看破していく作業』についてのツイートがあります。 b) 引用中の「ありのままの現象を認知する(如実知見する)」に関連するかもしれない(気づきの瞑想により)「心の動きや性質も体感的にわかってくる」ことについてのツイートがあります。 c) 引用中の『「物語の世界」――から身を離して』に関連する「物語を作り出さない」ことについては次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの理解と実践」の「マインドフルネスと生活」項 d) 引用中の「物語」を終わらせることについてのツイートがあります。 e) 引用中の[仏教思想の視点からの]「条件づけ」について、ウ・ジョーティカ著、魚川祐司訳の本、『自由への旅 「マインドフルネス瞑想」実践講義』(2016年発行)の 第五章 第一と第二の洞察智 の【Q&A】における記述の一部(P246~P247)を以下に引用します。 f) 引用中の「欲望(煩悩)によって条件づけられた現象の認知」に関連するかもしれない、アドラー心理学の視点からの『人は誰もが同じ世界に生きているのではなく、自分が「意味づけ」した世界に生きている』ことについて、WEBページ「意味づけを変えれば未来は変えられる」における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『アドラー心理学の特徴として挙げられるのが、人は誰もが同じ世界に生きているのではなく、自分が「意味づけ」した世界に生きていると考えることです。同じ経験をしても、意味づけ次第で世界はまったく違ったものに見え、行動も違ってきます。』 g) 一方、引用中の「欲望」に関連する「欲」の裏返しが「嫌悪」であることについて、ジョン・カバットジン著、貝谷久宜監訳、鈴木孝信訳の本、「マインドフルネスのはじめ方 今この瞬間とあなたの人生を取り戻すために」(2017発行)の P122~P124 に示されています。この中の記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『嫌悪は,物事はこうあったらいいのに,という望みの裏返しです。』) (ii) 引用中の『「怒り」というシニフィアンを発しても、それを「たかが言葉」として扱い、同時に喚起される怒りの感情というシニフィエ、即ち、「されど言葉」の作用には囚われずにいられる』に関連する「コンプリヘンシブ・ディスタンシング」(言葉の世界全体から距離を取ること)については、他の拙エントリのここを、 加えて「脱フュ―ジョン」については、他の拙エントリのリンク集を それぞれ参照して下さい。 (iii) 引用中の「ウィパッサナー瞑想」の別名である「ヴィパッサナー瞑想」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネス認知療法」の「マインドフルネス実践の方法論上の特徴」項 加えて、これに関連する「本来のウィパッサナーのヴィジョン」について、同本の P143 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『即ち、「怒り」や「痛み」という「対象」を「私」が観察するのではなくて、「怒り」や「痛み」のみならず、「私」までも含まれた、現象の流れが生成消滅しているプロセスの全体を、平等に観察する気づき(sati)の目から見るというのが、本来のウィパッサナーのヴィジョンであるということです。』 その上に、上記「ヴィパッサナー瞑想」の別名である「観瞑想」と「止瞑想」の相違点を示すツイートがあります。 (iv) 引用中の「距離をとって観察すれば」、「客観視する自己」及び上記 (iii) 項における引用中の「プロセスの全体を、平等に観察する気づき」に関連するかもしれない、「観察する(観察者としての)自己」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。加えて、上記「観察する(観察者としての)自己」が機能し、マインドフルな状態と密接に関連する「あることモード」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。一方、「あることモード」と対比される「することモード」で(マインドフルネス)瞑想を行うことはいかがなものかと、本エントリ作者は考えます。 (v) 引用中の「現実をありのままに見る」に関連する「あるがままに物事を見る」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (vi) 引用中の「我」及び上記 (iii) 項における引用中の「私」に関連する「経験我」については、魚川祐司著の本、『仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か』(2015年発行)の P90 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『つまり、覚者であれ一般の凡夫衆生であれ、そこで感官からの情報が認知されることによって経験が成立する場としての「個体性」であれば、それぞれが有している。それがここで言う「経験我」だが、ただしそれは、原因・条件によって生成消滅する(縁生の)感官からの情報によって形成されているものであるから、もちろん無常・苦・無我という三相の性質を有しており、時々刻々と変化・流動している。』(注:引用中の「無常・苦・無我」については、次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの理解と実践」の「法則性: 無常・苦・無我ということ」項) 加えて、これらに関連する「プロセスとしての自己」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 (vii) 引用中の『言葉をあくまで「たかが言葉」として理解・使用する』に関連するかもしれない、a) マインドフルネス認知療法の視点からの「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」及び/又は「思考は解釈や価値判断を含むが,解釈や価値判断はそれ自体が事実というわけではない」については、共に次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」の「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」項 b)「全ての感情や自己イメージは、心の中の一過性の出来事にすぎない」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの理解と実践」の「心理臨床への示唆」項 (viii) 引用で示されている「瞑想での問題点」における他の一例について、プラユキ・ナラテボー、魚川祐司著の本、「悟らなくたって、いいじゃないか 普通の人のための仏教・瞑想入門」(2016年発行)の 第三章 自由の章 の「智慧へと上って慈悲に下る、大切なのはこの循環」における記述の一部及び『「状態と意味に対する微細な囚われ」が瞑想の罠』における記述(P194~P200)を以下に引用します。 (ix) 引用中の「されど言葉」に関連するかもしれない「妄想と現実の区別がつかなくなる」ことへの対策例については、次のWEBページを参照して下さい。 「ストレスに負けない! 自分を客観視する方法」 ちなみに「されど言葉」は良くない意味で使用されていますが、良い意味でも使用されます。この例について、プラユキ・ナラテボー著の本、「苦しまなくて、いいんだよ。 心やすらかに生きるためのブッダの知恵」(2011年発行)の 第4章 言葉の力で、苦しみを超える の『言葉の影響力に配慮する「慈悲」』における記述の一部(P148~P149)を以下に引用します。ちなみに、同本の P144 には、言葉は、「凶器」又は「包丁」にもなる「刃物」と同じ二面的な性質を持っているとの主旨の記述があります。

注:次の引用はウ・ジョーティカ著、魚川祐司訳の本、『自由への旅 「マインドフルネス瞑想」実践講義』(2016年発行)の 第五章 第一と第二の洞察智 の【Q&A】における記述の一部(P246~P247)です。

(前略)眼に関しては中立的な感覚、不苦不楽受だけを感じます。それは快でも不快でもありませんが、あなたがそれを快か不快として解釈すると、それは別のプロセス、つまり精神的プロセスになります。自分が見たものを好む時、それはもはや眼の意識(眼識)ではありません。この繋がりは別の意識です。あなたが何かを見る時、純粋に見るのが眼識で、その時には、あなたは自分が何を見ているのかすら知りません。ただ純粋に見ることがあるだけなのです。自分が見ているものを確認するのは別の段階で、それからあなたは、自分がそれを好むかどうかを決定するのです。(中略)

見る時に、私たちはただ色だけを見る。眼識とは色だけなのです。それは男や女や、その他のものを見たりはしない。ただ色だけを見るのです。次の段階は心で起こる。つまりは解釈です。心が解釈をする時、それはもはや見る意識ではなく、心の意識なのです。過去の経験ゆえに、何かを見ると、あなたは自分が何を見ているかわかります。以前にそれを好きだったから、あなたはいまそれが好きなのです。何か全く新しいものを見たら、あなたにはそれが何だかわかりませんし、好きも嫌いもありません。ただ、「これは何だ?」と考えるだけです。ですから、それは過去の条件付けなのです。例えば、ミャンマーでは多くの人たちが、この魚のソース、底魚のペーストを好んでいます。べたべたして、とても臭い。人々はこれが大好きですが、私はこれが大嫌いです。つまりこれが条件付けです。(中略)

あなたが何かを見てそれを好む時、それは過去の条件付けによるものです。何かを見ても、それが何だかわからなければ、あなたはただ「これは何だ?」という意識をもつだけですね。(後略)

注:引用中の「精神的プロセス」、「心が解釈をする」に拙ブログ的に対応するかもしれない「情動」については、リンク集(用語:「情動と理性」、すぐ右の脚注も参照)及び次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えて、メンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。

智慧へと上って慈悲に下る、大切なのはこの循環(中略)

魚川 (中略)「マインドフルネス」に関して申しますと、『グーグルのマインドフルネス革命――グーグル社員5万人の「10人に1人」が実践する最先端のプラクティス』(サンガ)という本に、グーグルでの「マインドフルネス」の実践をリードするビル・ドウェイン氏と、アンディー・ブディコム氏との対談が収録されているのですが、そこでは「マインドフルネス」を仕事のパフォーマンスや認知能力のためだけに実践するのではなくて、慈悲や思いやりといった、他人に対する共感の力も同時に育むことの重要性が語られています。
ブディコム氏は、「ぼくにとって、マインドフルネスは温かい気持ちをもたらすものです。その温かい気持ちは、皆さんの人生において、人と人とのつながりをがらりと変えるものです。ぼくが重要だと思っているのはそのことです」(p163)と言っていますが、彼は瞑想のそうした側面が、現在の西洋における「マインドフルネス」ムーブメントにおいては、ちょっとなおざりにされているのではないかと、懸念も示していますね。
プラユキ そうですね。「仕事に役立つ」ことはもちろん悪くないんだけど、そこだけを考えてしまった時に出てくる弊害というのも、やはり念頭に置いておかなくてはならないと思います。

「状態と意味に対する微細な囚われ」が瞑想の罠
プラユキ それに関連してもう一つ申しますと、この対談で何度も指摘してきた「集中力重視」の問題点が、「気づさの実践」であるはずの「マインドフルネス」にも、同様に見られる場合があります。例えば、二〇一四年十一月六日のNHK「おはよう日本」で「マインドフルネス」が特集されて、そこに第一章でも言及した熊野宏昭先生も登場されたんですが、その番組について熊野先生は、「取材時には何度も、観察すること、注意を分割することの重要性を説明したが、ほとんど触れられず、『集中する』という言葉が目立った。マインドフルネスが集中瞑想よりも観察瞑想との関連が深いことを、紹介してもらえなかったのはとても残念」と、ツィッターで感想を投稿されていたんですね(https://twitter.com/hikumano1/status/530329533778366464)。「マインドフルである」ということは、「集中している」というよりは「覚醒している」ということで、気づきの自覚的な意識を保ち、心を開いてあるがままに see する感じなんだけど、まだまだ心をコントロールして look at する「集中」のニュアンスが強いようですね。
魚川 「マインドフルネス」が単に「集中すること」ではなくで、「現象をありのままに、価値判断を差し挟まずに観察すること」であるというのは、前出のビル・ドウェインさんにせよ、その他の「ブーム」を牽引する英文仏教書の著者たちにせよ、きちんと言っていることだとは思うのですが、それが「集中すること」だけに還元されがちなのは、どうしてなんでしょう?
プラユキ 一つには、日本には元々、観察とか気づさの意識というのは、瞑想技法として、あまり入ってこなかったという可能性はあるかもしれない。もちろん、ないわけではないのだけれども、「集中系」の瞑想というのは、三昧好きな日本人に好まれがちな傾向がある。
ただ、日本だけの問題でもやはりないと私は思っていて、例えば、「マインドフルネス」ブームの一つのきっかけとなった『マインドフルネスストレス低減法』(春木豊訳、北大路書房)の著者である、ジョン・カバットジンさんという方がいらっしゃいますね。彼はマインドフルネスについて、英語で“paying attention in a particular way; on purpose in the present moment, nonjudgementally”と説明しているんです。「現在の瞬間において判断せずに、特定の仕方で意図的に注意を払うこと」というわけだけど、ここで「意図的に(on purpose)」と言うのが、私としては問題だと思うんです。
私だったら、ここで「意図的に」という言葉は使わずに、「自覚的に」と表現します。というのは、「自覚的に」であれば、ただそこで目覚めているというか、ありのままに見るという感じになるけれども、「意図的に」と言ってしまうと、観察に何かしらの方向性というか、まさに「意図」が、不可避的に加わることになってしまう。
もちろん、言っている本人としてはそういうつもりはなく、単に「散漫な意識では駄目だよ」ということに注意を促したいのかもしれないけれども、そこにやはり、状態と意味に対する、すごく微細な囚われがあると思う。つまり、「通常の意識」ではいけなくて、何かしらの瞑想的な意識、意味のある特定の状態をつくらなければならない、という方向づけの「意図」がそこにある。それが、「対象にきちんと集中して心を制御しなきゃ」という態度に帰結するんじゃないかと、私としては思うんですね。
魚川 それはわかります。本来的な瞑想のヴィジョンは「状態に左右されないこと」であるにもかかわらず、ついつい瞑想によって「特定の状態」や「意味のある境地」を目指してしまうんですよね。とはいえ、ならば意識的には何もせずに、ただ生きていればそれでいいのかというと、もちろんそんなことはなくて、やはり「瞑想をする」わけですから、この「状態と意味に対する微細な囚われ」を避けるのは、たいへん難しいことになる。
プラユキ そうですね。オープン・ハートでかつオープン・エンド(open-end)でいるのはなかなか難しい。そこはやはり、瞑想者の様子をきちんと見て、適切なアドバイスを与える指導者の力量が問われるところかと思います。

注:i) 引用中の「オープン・エンド」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「オープンエンド」 ii) 引用中の『「通常の意識」ではいけなくて、何かしらの瞑想的な意識、意味のある特定の状態をつくらなければならない、という方向づけの「意図」がそこにある。』に関連するかもしれない、『「することモード」から「あることモード」へ』については、拙エントリのここを参照して下さい。加えて、これに関連するかもしれない、「「無心(第二の心)のマインドフルネス」及び『「シンキング・マインド」又は「日常の心」や「見聞覚知の主体」を手放したマインドフルネス』については、例えば拙エントリのここを参照して下さい。

言葉の影響力に配慮する「慈悲」(中略)

現実は、「たかが……にすぎない」では実際済まないものです。言葉の世界を共有している私たちは、その一つひとつの言葉に絶えず影響を受け、傷つき、傷つけ、気分はアップ&ダウンを繰り返しています。そうした現実を無視して言葉をおざなりに用いていては、自分も相手も傷つけ、苦しませ、この世を苦しみで満たすことに加担することになるでしょう。(中略)

そうした言葉の威力、強大を影響力をまざまざと感じ、相手への気配りを忘れず、細心の注意と思いやりを持って、一つひとつ適切な言葉を選んで丁寧に発していく。それが「されど言葉」の意味するところであり、慈悲の心で感じ、活用すべきものとした根拠です。(後略)

注:引用中の「慈悲」については、例えばツイートを参照して下さい。

「言葉」の問題についての引用に加えて、「六根六境」(一二処)等によるヒト(衆生)の「認知」の問題について、魚川祐司著の本、『仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か』(2015年発行)の 第五章 「世界」の終わり――現法涅槃とそこへの道 の『執著による苦と「世界」の形成』における記述の一部(P114~P115)及び『我が「世界」像の焦点になる』における記述の一部(P119~P121)をそれぞれ以下に引用します。

執著による苦と「世界」の形成(中略)

そして、「世界」がそうであるように、苦も六根六境への執著を原因として生じていることは、経典の各所で語られている。
例えば相応部の 『プンナ経(中略)』には、次のような記述がある。

プンナよ、眼によって認知される諸々の色で、好ましく、求められていて、意に適う、可愛の諸形態で、欲を伴い貪りに染まったものがある。もし比丘が、それを歓喜して迎え入れ、執著していると、そのように歓喜して迎え入れ、執著している彼に喜悦が生じる。そしてプンナよ、この喜悦が集起することから苦が集起するのだと、私は言う。

同様のことが、眼によって認知される色以外の、耳・鼻・舌・身・意によって認知される声・香・味・触・法についても言われており、つまり六根によって認知される六境に、執著して喜悦することが苦の原因であるという趣旨が説かれている。そして次に、苦を滅する方法はその逆であって、六根によって認知される六境を歓喜して迎え入れ、執著するということをやめれば、喜悦も滅するから、そうすれば苦は滅尽するのだとも説かれる。
このように、六根六境への執著によって苦は生起し、そしてそれと同時に「世界」も生起することになるわけだが(後略)

注:i) 引用中の「世界」の説明例として、「煩悩を伴う認知によって形成される」があるようです(同本の P114 参照)。加えて、これに関連する「物語の世界」についてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「執著」は「固執」や「とらわれ」を意味しているようです。 iii) 引用中の「比丘」は修行者のことのようです。 iv) 引用中の「六根」における「意」(思考)については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 引用中の「苦」(dukkha)についての文章が、同本の P51 にあり、その部分を次に引用(『 』内)します。 『dukkha という言葉を訳す時、現在の英訳では、しばしば unsatisfactoriness という単語が使われる。日本語に訳せば「不満足」ということになるが、これは dukkha のニュアンスを正しく汲み取った適訳だと思う。というのも、[中略]dukkha(苦)はしばしば anicca(無常)と関連付けられながら語られるが、このことは、「苦」という用語が単に苦痛のみを意味しているわけではなくて、むしろ欲望の対象にせよその享受にせよ、因縁によって形成された無常のものである以上、欲望の充足を求める衆生の営みは、常に不満足に終わるしかないという事態をこそ意味することを、示しているからである。例えば空腹の絶頂にある時に、美味しい食事を出されれば、私たちは喜んでそれを享受する。しかし、どんなに美味しい料理であっても、一時間も食べ続ければ見るのも厭になってくるし、にもかかわらず、それで半日もすれば私たちはまた空腹になる。(中略)美人にも三日で飽きてしまう。』(注:引用中の「因縁」については、例えば他の拙エントリのここにおける引用の「第3項 縁起について」を参照して下さい) 加えて、資料「無心(no mind)とマインドフルネス(mindfulness)」の【「四つの課題」の現代的解釈】において、dukkha(ドゥッカ)についての説明があり、次に引用(『 』内)します。 『原語の「ドゥッカ」という言葉は「思いどおりにならないこの人生の現実」と理解するべきだと思います。』 さらに、精神医学的な視点を加味した「苦」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

我が「世界」像の焦点になる[中略]

かつて私が、ミャンマーの瞑想センターでウィパッサナーの実践を行っていた時に、指導する僧侶からしつこく言われたのは、「一つ一つの現象のありのままを見よ、イメージを作るな」ということであった。
例えば、私たちは日常生活でごく自然に「異性」を認識し、それに執著することがあるけれども、その「異性」というのは実際のところ、感覚入力を素材として捏ね上げられたイメージなのであって、比喩的に言い換えれば「物語」に過ぎないものである。
実際、私たちが認識している「美しい顔」は、よく分析してみれば眼に入っている色の組み合わせに過ぎないし、その「美しい声」は、単に鼓膜を震わせている音波によって形成されているものに過ぎない。つまり、私たちが持つ「美しい異性」という認識は、そのような感覚入力を素材として構成された単なるイメージ、もしくは物語に過ぎないわけだ。だから、ちょっと構成の仕方を変えてみれば、第一章で紹介したように、マーガンディヤの美しい娘を「糞尿に満ちたもの」というイメージで捉えることもできてしまう。
では、なぜ私たちは、そのような「ありのまま(如実)」でないイメージを形成し、物語の「世界」を立ち上げてしまうのか。それは、本章で引用した経典に繰り返し語られていたように、私たちが、五蘊・十二処・十八界といった認知を形成する諸要素に欲望を抱き、それに執著して実体視する(「我」だとみなす)からである。
感覚入力によって生じる認知は、それを「ありのまま」にしておくならば、無常の現象がただ継起しているだけのことで、そこに実体や概念は存在せず、したがって「ある」とか「ない」とかいうカテゴリカルな判断も無効になっていて、だから(それ自体が分別である)六根六境も、その風光においては「滅尽」している。つまり、そこでは「世界」が立ち上がっていない。これは既に言語表現の困難なところだが、敢えて短く言い表せば、「ただ現象のみ」というのが、「如実」の指し示すところなのである。
ただ、私たち衆生はその生来の傾向として、対象を希求する渇愛[中略]を有しており、そこから対象を好んだり嫌ったりする「癖」(貪欲[中略]と瞋恚[中略])もついてしまっていて、そして何よりそのことに無自覚(愚痴[中略],あるいは無明[中略])だ。
だから私たちは、ただ継起しているだけの現象に欲望を抱き、それを好んだり嫌ったりする執著(嫌うこともまた、逆方向の執著の形である)をして、それを起点に物語を作る。欲望なしの認知であればただの「色」であるものが、欲望によって、「美しい顔」のイメージに形成しあげられてしまうわけだ。
そして、そのような欲望によって織り上げられた様々なイメージの中にあって、それらが「世界」という像を結ぶ際の焦点として機能するのは、もちろん「我」という仮象である。五蘊も十二処も十八界も、それらが「私の」認知だと捉えられた時に、はじめて統合の中心を得て、「世界」という物語を形成する要素として機能する。六根六境が生成する個々の認知を、「それは私のものであり、それは私であって、それは私の我である」と捉えることがなかったならば、それらは統合の中心を失って、ただ継起していくだけになり、「世界」という像を結ぶことはない。そこに残るのは、「ただ現象のみ」なのである。
このような、渇愛・煩悩・我執に基づいてイメージを形成し、それによって現象を分別して多様化・複雑化させ、「物語」を形成する作用のことを、さきほど紹介した言葉で papañca と言ってもよいだろう。そして、この papañca の滅尽ないし寂滅が、「世界の終わり」であり、また「現法涅槃」の境地であるということも、さきほど述べたとおりである。
実際、パーリ経典に基づいた実践を行っている上座部圏の瞑想センターで、修行者たちの一つの目標になるのもこの境地である。「一つ一つの現象のありのままを見よ、イメージを作るな」と、私がしつこく言われたのも、この papañca という物語形成の作用を止めて、苦なる「世界」に繋縛され続けることを終了させるための、親切な指導だったわけだ。

注:i) 引用中の「脚注番号」の引用は省略します。 ii) 引用中の「単なるイメージ、もしくは物語に過ぎない」ことに関連する、マインドフルネスの視点からの a) 「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」及び/又は「思考は解釈や価値判断を含むが,解釈や価値判断はそれ自体が事実というわけではない」については、共に例えば次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの促進困難への対応方法とは何か」の「思考を一過性の精神的出来事としてとらえる」項 b) 加えて「全ての感情や自己イメージは、心の中の一過性の出来事にすぎない」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの理解と実践」の「心理臨床への示唆」項 iii) 引用中の「papañca」についての説明例として、同本の P118 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『ただ、papañca は原義としては拡大・拡散することであり、そこから分化や多様化といった事態も示す。英語で言えば、expansion, diffuseness, manifoldedness といったニュアンスである。要するに、本来は分別されていないものを分別して境界づげ、そこに多様性を持ち込んで、拡散・複雑化させるはたらきを papañca と呼ぶものだと、とりあえずは考えておいてよい。そして、本来は分別されていないものに分別を与えて複雑化するのであるから、それは妄想、幻想(illusion)、迷執(obsession)といった含みも持つことになる。』 iv) 引用中の「貪欲」、「瞋恚」、「愚痴」(これらは「三毒」と呼ばれます)については、共に例えば次のWEBページを参照して下さい。 『「貪欲」』 v) 引用中の「無明」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 『「癡によりて愛あれば、すなわち我が病生ず。」』 vi) 引用中の「執著」は「固執」や「とらわれ」を意味しているようです。例えば上記 v) 項も参照して下さい。 vii) 引用中の「十二処」は「六根」と「六境」を合せたものです。これらはここを参照して下さい。加えて、引用中の「十八界」は、「十二処」に六識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識)を加えたものを言うようです。 viii) 引用中の「五蘊」については、同本の P220 の脚注(18)に説明があり、次に引用(『 』内)します。 『仏教では、人間(衆生)を「色(物体・身体)、受(感覚・感受)、想(表象作用)、行(意志・欲求)、識(認識・判断)」という五つの要素に分析して述べることがあり、それらをまとめて「五蘊」と呼んでいる。』 すなわち、上記五蘊・十二処・十八界は、人間(衆生)の認知の方法をそれぞれ分類したもののようです。 ix) 引用中の「渇愛」についてはプラユキ・ナラテボー、魚川祐司著の本、「悟らなくたって、いいじゃないか 普通の人のための仏教・瞑想入門」(2016年発行)の 第二章 慈悲の章 の「渇愛は滅尽させるべきものか、させなくていいのか」における記述の一部(P115)を次に引用(『 』内)します。 『プラユキ 渇愛というのは、喉が渇いた人が水を求めるような、欲望の対象を希求する根源的な煩悩のことだよね。』 この「渇愛」は「欲愛」、「有愛」、「無有愛」の3つから構成されます。これに関連する、四聖諦中の集諦における「感覚的快楽への渇愛」、「存在への渇愛」「非存在への渇愛」については、次の資料を参照して下さい。 「仏教瞑想と幸福感」の「涅槃という幸福」項 x) 引用中の「マーガンディヤの美しい娘」については、同本の P27 における記述の一部を次に引用(【 】内)します。 【さて、再び『スッタニパータ』に戻ろう。次は第四章の「マーガンディヤ」である。この経はゴータマ・ブッダの「この糞尿に満ちた(女が)何だというのだ。私はそれに足さえも触れたくない」という過激な言葉を含む偈ではじまる。経の本文には文脈が記されていないので少し戸惑うが、註釈によれば、これはマーガンディヤというバラモンが美人の娘を連れてゴータマ・ブッダに婿になってくれるよう頼んだ際に、彼がそのように語って拒絶したということらしい。】(注:a) 引用中の脚注は省略しています。 b) 引用中の『スッタニパータ』は経典の名称です。) xi) 引用中の「ウィパッサナー瞑想」の別名である「ヴィパッサナー瞑想」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネス認知療法」の「マインドフルネス実践の方法論上の特徴」項 xii) 引用中の「我」に関連する「経験我」については、魚川祐司著の本、『仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か』(2015年発行)の P90 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『つまり、覚者であれ一般の凡夫衆生であれ、そこで感官からの情報が認知されることによって経験が成立する場としての「個体性」であれば、それぞれが有している。それがここで言う「経験我」だが、ただしそれは、原因・条件によって生成消滅する(縁生の)感官からの情報によって形成されているものであるから、もちろん無常・苦・無我という三相の性質を有しており、時々刻々と変化・流動している。』(注:引用中の脚注の引用は省略しています) 加えて、これらに関連する「プロセスとしての自己」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 xiii) 引用中の『その「美しい声」は、単に鼓膜を震わせている音波によって形成されているものに過ぎない』に関連する a) 「言葉は心が作ったもの」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 認知心理学の視点からの聴覚の知覚について、服部雅史、小島治幸、北神慎司著の本、「基礎から学ぶ認知心理学 人間の認識の不思議」(2015年発行)の CHAPTER2 感じる の 3 いろいろな感覚 の「QUICK REVIEW」における記述の一部(P43)を次に引用(『 』内)します。 『聴覚は空気振動による音波の知覚である。音の意味や,雑音か騒音かといった評価,音色や音楽の好みは主観的要因に大きく左右される。』(注:引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」) xiv) 引用中の『私たちが認識している「美しい顔」は、よく分析してみれば眼に入っている色の組み合わせに過ぎない』に関連する「見る時に、私たちはただ色だけを見る。眼識とは色だけなのです。それは男や女や、その他のものを見たりはしない。ただ色だけを見るのです。次の段階は心で起こる。つまりは解釈です。」についてはここを参照して下さい。加えて、引用中の『私たちが認識している「美しい顔」は、よく分析してみれば眼に入っている色の組み合わせに過ぎないし、その「美しい声」は、単に鼓膜を震わせている音波によって形成されているものに過ぎない』に関連して、嗅覚の匂い受容メカニズムとしての「匂い物質は,(中略)嗅覚受容体と結合する」については、次の資料を参照して下さい。 「嗅覚の匂い受容メカニズム」の「2.嗅覚受容体の情報伝達メカニズム」項 (すなわち、「匂いは嗅覚受容体と結合した匂い物質によって形成されているものに過ぎない」[イメージを作るな]と言えるかもしれません) 加えて、匂いに関連するプルースト現象及び嗅覚の学習記憶については、共にここを参照して下さい。さらに、味わいと脳のかかわりにおける、におい分子が脳で空間的なパターンとして「においイメージ」に変換されることについて、ゴードン・M・ジェファード著、小松淳子訳の本、「美味しさの脳科学 NEUROGASTRONOMY においが味わいを決めている」(2014年発行)の「解説」における記述の一部(P351)を次に引用(『 』内)します。 『「第Ⅱ部 においを描く」では、著者の専門分野である、においと味わい、脳とのかかわりが解き明かされる。具体的には、食物のにおい分子→鼻のにおい(嗅覚)受容体→嗅球(糸球体モジュール)→嗅皮質→眼窩前頭皮質という経路である。このプロセスで注目すべきは、におい分子が脳で空間パターンとして「においのイメージ」に変換される仕組みにある。さまざまなにおい分子の組み合わせが、まるで点描画の顔のように、パターンとして知覚される。但し、三原色・一次元の光の波長で表される色とは異なり、においは何百種類の受容体・多次元ときわめて複雑だ。』(注:a) この引用部の著者は、この本の出版プロデューサーの真柴隆弘です。加えてこの引用に関連するここを参照して下さい。 b) 引用中の「一次元の光の波長」の補足説明として、同本の P89 に次に引用(『 』内)する記述があります。『色を知覚させる光の波長は一次元で変化する』 c) 引用中の「眼窩前頭皮質」に関連する「前頭眼窩野」については次のWEBページを参照して下さい。 「前頭眼窩野 - 脳科学辞典」) 一方、引用中の『「美しい声」は、単に鼓膜を震わせている音波によって形成されているものに過ぎない』に対比されるかもしれない、「音を苦痛な邪魔なものとして感知する」についてはここここを参照して下さい。 xv) 引用中の「無常」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスの理解と実践」の「法則性: 無常・苦・無我ということ」項 xv) 引用中の『苦なる「世界」に繋縛され続ける』に関連するかもしれない、『「外的な強制」に隷属』について、プラユキ・ナラテボー、魚川祐司著の本、「悟らなくたって、いいじゃないか 普通の人のための仏教・瞑想入門」(2016年発行)の 第三章 自由の章 の『「思いどおりに振る舞うこと」が自由ではない』における記述の一部(P177~P179)を次に引用します。

「思いどおりに振る舞うこと」が自由ではない(中略)

魚川 そうですね。ただ、この I want to というのは曲物で、「こうしたい」と言う時に、それが本当に「自分がしたい」ことなのかというのは、仏教的に考えると、なかなか判断の難しいところでしょう?
プラユキ それはたしかに。そもそも仏教は無我説だからね。
魚川 ええ。『仏教思想のゼロポイント』では、「カレーが食べたい」とか「あの異性とデートをしたい」とか、そんな例を出しましたけれども、何であれ私たちの心に浮かぶ「こうしたい」という欲望は、少し時間をとって内観してみればわかるように、「私がコントロールして浮かばせた」ものではなくで、「勝手に浮かんでくる」ものであるわけです。そして、それが「勝手に浮かんでくる」からには、それなりの原因や条件(因縁)があるというのが仏教的な考え方ですね。
したがって、私たちが「自分のもの」だと考えて、そのままナイーヴに従ってしまいがちな思いや欲望というのも、それが浮かんでくる背景には、「自分のもの」ではない原因や条件が存在している。例えば「あのバッグが欲しい」とか、「この人と付き合いたい」などと考えた時に、その背景には、テレビなどのメディアによる情報や、過去の家族関係からくるトラウマなどが、原因や条件として、作用していたりするわけです。そうなると、「私がこうしたい」ということの実相は、本当に「内的な欲求」であるのか、あるいはむしろ一種の「外的な強制」に当たるのかは、区別がつけにくくなってくる。
プラユキ 何が I have to であって、何が I want to であるかということは、実は見極めにくいということだよね。そこで大切になるのが、やはり気づきの視点であると思います。
先ほどの仏教的な自由の理解に、「内的な思考パターン、感情や記憶、心のクセ等に支配されていないこと」と書きましたけれども、原因や条件に従って「勝手に浮かんでくる」欲望に対して、気づきの視点を持たないまま「これが私のしたいことだ!」とナイーヴに従ってしまったら、それはたしかに「外的な強制」にむしろ隷属していることになる。つまり、「煩悩(我)に支配されている」状態になるわけですね。仏教用語では、こういうのを「放逸」と言います。
しかし、そこで気づきの力が育っていれば、そこで縁によって生じた煩悩の命ずるところに、そのまま従ってしまうことはない。「あのバッグを買わないと我慢できない」とか、「あの人と付き合えなければ死んでしまう」とか、そういう強烈な衝動の支配力にストップをかけて、「これは本当に私を幸福にしてくれるのか」と、冷静に判断して選択する心のスペースができるわけです。仏教的な意味での自由というのは、基本的にこの「選択できる余地」をつくるものなんだと思いますね。

注:i) 引用中の「I have to」及び「I want to」の前提について、同章の P177 における記述の一部(P177~P179)を次に引用(【 】内)します。 【現代の女性というのは、I have to(こうすべき)と I want to(こうしたい)のあいだで、言わば引き裂かれた状態になっている。『何歳までにこれをしなきゃ』『仕事はこうだ』『結婚はこうだ』と、意識の上では様々な I have to に雁字溺めになって、そこで頑張っているのだけど、心の底にはきちんと I want to も持っていて、それが満たされないことで苦しみも抱えている。】 ii) 引用中の「因縁」については、例えば他の拙エントリのここにおける引用の「第3項 縁起について」を参照して下さい。 iii) 引用中の「放逸」に関連するかもしれない「信念システム」については、他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

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【追記5】
におい物質の嗅覚閾値、日常生活で嗅いでいるにおいは低濃度多成分の混合体であること及び低濃度と高濃度でにおいの質の異なるにおい物質(分子)があること等について以下に記述します。

(1)におい物質の嗅覚閾値濃度の例
岩崎好陽著の本、「においとかおりと環境」(2010年発行)の表2(P25~P26)から標記例の抜粋を次にリストアップします。ちなみに、この表の元となった文献を次に示します。 「永田好男、竹内教文:三点比較式臭袋法による臭気物質の閾値測定、大気汚染学会講演要旨集、p.528, (1988)」 加えて、嗅覚閾値のリストの例は次のWEBページに示します。 「技術資料 嗅覚閾値

ホルムアルデヒド:0.5ppm(500ppb)
トルエン:0.33ppm(330ppb)
・リモネン:0.038ppm(38ppb)
・メチルメルカプタン:0.00007ppm(70ppt)
・トリメチルアミン:0.000032ppm(32ppt)
・ジオスミン(カビ臭):0.0000065ppm(6.5ppt)
スカトール(糞便臭):0.0000056ppm(5.6ppt)
・イソ吉草酸:0.000078ppm(78ppt)
硫化水素:0.00041ppm(410ppt)
・塩素:0.049ppm(49ppb)
アンモニア:1.5ppm
ベンゼン:2.7ppm
・アセトン:42ppm
・酢酸エチル:0.87ppm(870ppb)

注:リナロールの嗅覚閾値濃度例について、塩田清二監修の本、「アロマセラピー学」(2017年発行)の 第Ⅱ章・アロマセラピーを使う の 第2節 精油の種類、芳香の嗅ぎ方、ブレンドオイルの作り方(著者は長島司) の「2.芳香の嗅ぎ方」における記述の一部(P153)を次に引用します。 『精油成分の「香り閾値」は、香りの専門家パネラーによる検定結果から、リナロールでおよそ 6ppb(parts per billion)、ゲラニオールで 40ppb と、香りを知覚できる濃度は極めて低く、極微量の分子が空間を漂っていても、香りを感じることができる。』 加えて、金木犀の香りであるα-ヨノンの嗅覚閾値濃度例について、上記引用の直下の記述の一部(P153)を次に引用します。 『金木犀の香りであるα-ヨノンはリナロールよりも30倍低い 0.2ppb であり、一般の精油に比べて金木犀は、花が咲いている場所からかなり離れていても香りを感じることができることの理由である。』

(2)香りとは何か? に対する答えについて
標記について、藤森嶺編著の本、「香りが見える理由」(2012年発行)の 1. 香りを見るためには の「1. 香りとは」における記述の一部(P8~P9)を次に引用します。

1. 香りとは
香りとは何かと問われてどのような答をすることができますか?という問いかけに対して、以下のような答えが考えられる。
①空気中に漂っている物質であるから揮発性の物質(分子)の筈である。
②揮発性というのはその分子が軽いということであるから、分子量は小さい。実際には分子量300以下、炭素数で見れば15個以下程度である。
③香気物質に含まれている元素は炭素、水素、酸素、窒素、硫黄であり、多くの香気物質は炭素、水素、酸素から構成されている。炭素結合では当然単結合、二重結合、三重結合が存在する。官能基は水酸基、カルボニル基など多種類である。鏡像異性体は匂いが異なることが知られている。
④食品に含まれている香料の量は微量であり、10ppm以下であることが多い。
⑤花の精油、コーヒー、茶などどのような天然の香りも非常に多くの香気成分(500~1000種類)が混合して一つの香気になったものである。
⑥香気物質はそれぞれ匂いの閾値があり、大量にあっても弱い匂いのものから、極微量でも強い匂いを感ずるものまでいろいろである。(後略)

注:i) この引用部の著者は藤森嶺です。 ii) 引用中の「香気物質はそれぞれ匂いの閾値があり、大量にあっても弱い匂いのものから、極微量でも強い匂いを感ずるものまでいろいろである」に関連する、 a) 香気物質の匂いの閾値例についてはここを参照して下さい。 b) 「人間の嗅覚は大昔の人間の生活の影響を現在においてもまだ残していること」についてはここを参照して下さい。 iii) 引用中の「香気物質はそれぞれ匂いの閾値があり、大量にあっても弱い匂いのものから、極微量でも強い匂いを感ずるものまでいろいろである」に関連する、「日常生活で嗅いでいるにおいは低濃度多成分の混合体であること」についてはここを参照して下さい。

(3)におい物質の嗅覚閾値濃度の視点からの、人間の嗅覚は大昔の人間の生活の影響を現在においてもまだ残していること
標記について、岩崎好陽著の本、「においとかおりと環境」(2010年発行)の 第1章 においとは何か の「1-6 化学物質がにおい始める濃度(現代人にも残っている大昔の嗅力」における記述の一部(P23~P24)を次に引用します。

(前略)表2に記載した永田氏の嗅覚閾値のデータをみると、化合物の種類により嗅覚閾値の値が高かったり低かったり、大きく異なっていることがわかる。その中で、嗅覚閾値が比較的低濃度の物質は、薄いにおいでも人間が感じるにおいであり、人間にとって鋭敏なにおい化合物といえる。
表のデータを見ると、非常に面白いことがわかる。表中の嗅覚閾値が低濃度の化合物は、どれも大昔に人間が生きていくために、必要なにおいであったといえる。
例えば、表2の中の嗅覚閾値が低濃度の物質は、アルデヒド類、メルカプタン類、アミン類、ジオスミン、スカトールなどだが、アルデヒド類はいわば焦げ臭の代表といわれるにおいであり、大昔の人びとにとってほ山火事が発生したとき、このにおいに早く気が付き、逃げなくてはならなかったのである。また、メルカプタン類は腐敗した食べ物から発散するにおいであり、消費期限が、記載されていなかった大昔には、食べ物が腐っているかどうかは自分の鼻でくんくん嗅ぎ分けなくてはならなかった。アミン類は魚の腐敗臭であり、ジオスミンはカビ臭である。スカトールは糞便臭であり、狩猟の際には人間はこのにおいを嗅ぎながら、動物を追いかけたのである。このように現代の人間においても、人間が生きていくために必要な嗅覚の能力の余韻を残しているとみることもできる。
これに対し、表2の中のベンゼン(嗅覚閾値 2.7ppm)トルエン(嗅覚閾値 0.33ppm)、アセトン(嗅覚閾値 42ppm)などは比較的嗅覚閾値が高い化学物質である。言い換えれば、人間にとっては濃度が高くなければ感じない物質であり、感度が低い物質である。大昔の人間は、これらの化合物に感度が低くても、生きていくことには支障が少なかったのである。このように、人間の嗅覚は、大昔の人間の生活の影響を現在においてもまだ残しているといえる。(後略)

注:引用中の「表2」についてはここを参照して下さい。

(4)日常生活で嗅いでいるにおいは低濃度多成分の混合体であること
標記について、岩崎好陽著の本、「においとかおりと環境」(2010年発行)の 第1章 においとは何か の「1-1 においは低濃度多成分の混合体」における記述の一部(P14~P15)を次に引用します。

(前略)焼き肉のにおいでも、タバコのにおいでも、花のかおりでも、私たちが日常生活で嗅いでいるにおいは、これらの化合物の混合物といえる。単一の化合物で構成されるにおいは、私たちの身の回りではほとんどない。学校の理科の教室で嗅ぐ試薬のにおいか、工場で使う薬品臭ぐらいのものかもしれない。
このように、においとは多成分の混合体であることが、においの第一の特徴である。

注:i) 標記「日常生活で嗅いでいるにおいは低濃度多成分の混合体であること」に関連する「花の精油、コーヒー、茶などどのような天然の香りも非常に多くの香気成分(500~1000種類)が混合して一つの香気になったものである」についてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「これらの化合物」に相当する、「ニオイのある化学種が約40万種以上ある」ことについてはここを参照して下さい。加えて、同本の P14 にも、次に引用(『 』内)する同様な記述があります。 『約40万種類の化合物はにおいを持っているといわれている』

(5)低濃度と高濃度で匂いの質の異なる香気物質(分子)があること
標記について、平山令明著の本、『「香り」の科学』(2017年)の 第7章 匂いを測る の「7-1 匂い物質の量と匂いの強さ」における記述の一部(P137~P138)を次に引用します。

(前略)私達は複数の嗅覚受容体を持っていますが、それぞれに対して特定の匂い分子が結合する親和性は異なります。すなわち、特定の匂い分子と受容体が相互作用し、その匂いが認識されるためには、最小の濃度(閾値)以上の匂い分子が必要になります。匂い分子の濃度が低い状態では、結合できる受容体の種類が少なくなり、濃度が高くなると結合できる受容体の種類が多くなります。その結果、低濃度では感じなかった質の匂いを高濃度では感じることになります。このように低濃度と高濃度で匂いの質の異なる分子はいくつも知られています(表7-1)。最も有名なものはインドールです。インドールは濃度が高いと糞臭のような嫌な臭いですが、薄くすると一変して白い花を思わせる甘い香りになります。実はジャスミンの花の中にはインドールが含まれ、ジャスミンの個性を出す上で重要な役割を果たしています。

注:引用中の「表7-1」を形式を変えて次に引用します。

表7-1 濃度によって香りの質が大きく変化する分子

ジメチルサルファイド 濃い:磯の香り 薄い:磯の香りを残しながら、ストロベリージャム、コンデンス・ミルクのような香り、野菜を料理している匂い
インドール 濃い:不快な糞臭 薄い:ジャスミンクチナシの花のような香り
フルフリルメルカプタン 濃い:悪臭 薄い:ナッツを焦がした匂い、コーヒー豆を炒った時の匂い
デカナール 濃い:油臭い悪臭 薄い:オレンジの果実の匂い
アルデヒド C-11 濃い:脂肪臭 薄い:バラの花のような香り
α-イオノン 濃い:木の匂い 薄い:スミレの花のような香り
スカトール 濃い:糞臭 薄い:清涼感のある香り
γ-ノナラクトン 濃い:ココナツの匂い 薄い:フルーティ、フローラルそしてムスクのような香り

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【追記6】
悪臭苦情等について本の引用等により以下に紹介します。ちなみに、悪臭苦情の統計データについては次のWEBページを参照して下さい。 「悪臭防止法施行状況調査(悪臭苦情の統計データ)

(1)コーヒーのかおりに対する悪臭苦情について、岩崎好陽著の本、「においとかおりと環境」(2010年発行)の 第3章 悪臭公害の現状 の「3-3 コーヒーのかおりでも悪臭苦情」における記述の一部(P49)を次に引用します。

私たちが生活している中で、一見快いかおりと思われている、コーヒーの焙煎のかおり、ほうじ茶を煎るかおり、パンを焼く香ばしいかおりなども悪臭苦情の対象になっている。私はコーヒーのかおりもほうじ茶のかおりも大好きで、お店の前を歩くのは楽しいと思っているが、それでも悪臭苦情が発生する。ときどき嗅ぐときは快くても、毎日かがされると、不快になることもあるらしい。図14にコーヒー製造工場に対する悪臭苦情件数の経年変化を示した。毎年10件以上の思臭苦情が寄せられる。(後略)

注:引用中の「図14」の引用は省略しますが、1996年~2008年において、10~27件のコーヒー製造工場に対する悪臭苦情があります。

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【追記7】
聴覚過敏及び/又は雑音過敏等について論文要旨等により以下に紹介します。

(1)雑音過敏についての論文要旨「Noise sensitivity, rather than noise level, predicts the non-auditory effects of noise in community samples: a population-based survey.[拙訳]雑音レベルというよりも雑音過敏性が地域サンプルにおける雑音の非聴覚的効果を予測する:集団ベースの調査」(全文はここを参照して下さい)を次に引用します。

BACKGROUND:
Excessive noise affects human health and interferes with daily activities. Although environmental noise may not directly cause mental illness, it may accelerate and intensify the development of latent mental disorders. Noise sensitivity (NS) is considered a moderator of non-auditory noise effects. In the present study, we aimed to assess whether NS is associated with non-auditory effects.

METHODS:
We recruited a community sample of 1836 residents residing in Ulsan and Seoul, South Korea. From July to November 2015, participants were interviewed regarding their demographic characteristics, socioeconomic status, medical history, and NS. The non-auditory effects of noise were assessed using the Center of Epidemiologic Studies Depression, Insomnia Severity index, State Trait Anxiety Inventory state subscale, and Stress Response Inventory-Modified Form. Individual noise levels were recorded from noise maps. A three-model multivariate logistic regression analysis was performed to identify factors that might affect psychiatric illnesses.

RESULTS:
Participants ranged in age from 19 to 91 years (mean: 47.0 ± 16.1 years), and 37.9% (n = 696) were male. Participants with high NS were more likely to have been diagnosed with diabetes and hyperlipidemia and to use psychiatric medication. The multivariable analysis indicated that even after adjusting for noise-related variables, sociodemographic factors, medical illness, and duration of residence, subjects in the high NS group were more than 2 times more likely to experience depression and insomnia and 1.9 times more likely to have anxiety, compared with those in the low NS group. Noise exposure level was not identified as an explanatory value.

CONCLUSIONS:
NS increases the susceptibility and hence moderates there actions of individuals to noise. NS, rather than noise itself, is associated with an elevated susceptibility to non-auditory effects.


[拙訳]
背景:
過度な雑音はヒトの健康に影響を及ぼし、日々の活動を妨害する。環境雑音は精神の病気を直接引き起こさないかもしれないが、潜伏性の精神障害の発症を加速させ、激化させるかもしれない。雑音過敏(NS)は、非聴覚的な雑音効果のモデレータ(調節するもの)であると考えられている。本研究では、NS が非聴覚効果と関連しているかどうかを評価することを我々は目的とした。

方法:
我々は、韓国のソウルおよびウルサンに住む1836人の住民の地域サンプルを募集した。2015年7月から11月にかけて、参加者は、その人口統計学的特徴、社会経済的地位、病歴、及び NS に関するインタビューを受けた。雑音の非聴覚的効果は、 Center of Epidemiologic Studies Depression(CES-D 抑うつ尺度)、Insomnia Severity index(不眠重症度指標)、State Trait Anxiety Inventory(状態-特性不安尺度)の状態サブ尺度及び Stress Response Inventory(ストレス反応尺度)の変更形式を用いて評価した。雑音マップから個々の雑音レベルを記録した。 ひょっとして精神疾患に影響を及ぼすかもしれない因子を同定するために、3モデルの多変量ロジスティック回帰分析を実施した。

結果:
参加者は、19~91歳(平均:47.0±16.1歳)で、そして 37.9%(n = 696)は男性であった。高い NS を伴う参加者は、糖尿病及び高脂血症と診断され、そして向精神薬を使用する可能性がより高かった。

多変量解析では、雑音関連変数、人口統計学的要因、病気、及び在住期間を調整した後でさえ、高 NS グループにおける被験者はうつ病及び不眠症を経験する可能性が 2倍以上であり、そして低 NS グループにおける被験者と比較して不安を有する可能性が 1.9倍であった。雑音曝露レベルは説明的な値として同定されなかった。

結論:
NS は感受性を高め、それゆえに雑音に対する個人の行動をモデレート(調節)する。 NS は雑音そのものというよりも、非聴覚的効果に対する上昇した感受性と関連する。

注:i) 引用中の「CES-D 抑うつ尺度」については、次の資料を参照して下さい。 「CES-D 抑うつ尺度の心理測定法的特性」 ii) 引用中の「不眠重症度指標」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「睡眠障害に対するプロトコールに基づく薬物治療管理」 iii) 引用中の「状態-特性不安尺度」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「自律訓練法の習得と完全主義傾向との関連」 iv) この論文に関して、岡田尊司著の本、「過敏で傷つきやすい人たち HSPの真実と克服への道」(2017年発行)の 第一章 「過敏性」とは何か の「過敏性は心身の不調にどう影響するか」における記述の一部(P28~P29)を以下に引用します。 v) ちなみに、音に対する過敏性の説明例として、同本(上記 iv) 項参照)の 第三章 過敏性のメカニズムと特性を知る の「過敏性のもっとも良い指標は、音に対する敏感さ」における記述の一部(P73~P74)を以下に引用します。

過敏性は心身の不調にどう影響するか(中略)

先ほども少し紹介しましたが、韓国のソウルおよびウルサンの二つの都市の住人二千人(最終回答者数一八三六人)を対象にした大規模な調査によると、音への敏感さを0~10の11段階で評価して6以上だと答えた人は、44%に上っていたのですが、実は、この調査結果には、その先があるのです。
6以上と答えた、過敏な傾向があると感じている人と、5以下と答えた、あまり過敏でないと感じている人を比較すると、驚くべきことが判明したのです。
過敏な傾向があると感じている人はそうでない人に比べて、糖尿病の罹患率が1.54倍、脂質異常症が1.62倍、向精神薬を服用したことがある人の割合が1.78倍、うつ病と診断されている人の割合が2.24倍にも上ったのです。
また、強いストレスを感じていると判定される割合は1.89倍、不眠に悩まされている人は2.05倍、不安に苦しんでいると答えた人は1.93倍でした。これらの結果はすべて、統計学的にも有意差が認められたのです。
さらに、音に過敏な傾向が強いスコア8以上の人では、平均レベルの人に比べて、うつ病のリスクが2.64倍、不安が2.41倍、ストレスが2.61倍であるという結果になりました。(後略)

注:i) 同本のタイトルにおける「HSP」は Highly Sensitive Person(敏感すぎる人)の略語です。

過敏性のもっとも良い指標は、音に対する敏感さ(中略)

音に対して過敏な人は、そうでない人よりも、音に対して過剰なまでに注意を払い、音を苦痛な邪魔なものとして感知する傾向があります。しかも、音に敏感な人は、騒音や雑音に馴れるということが難しく、逆にどんどん過敏になっていきます。音を意識し始めると、騒音とは言えないレベルのかすかな音までも苦痛の種と感じてしまうのです。
ある女性の方が、こんな体験を語ってくれました。その方も長年、過敏な聴覚に苦しんでいるのですが、あるとき、旅行をしてホテルに滞在したのです。
ところが、どこからともなく聞こえてくる音が耳について眠れません。たまりかねて、ホテルの従業員に連絡したのですが、駆けつけてきた従業員は、部屋の中に立ち尽くしたまま、首をかしげ、こう言ったというのです。「お客様、私には何の音も聞こえませんが」と。
確かに、その音は、とても低い音域のものでした。長い時間耳を澄まして、従業員の方は、やっと、「何か振動のようなものが感じられます」と言ってくれたそうです。
この女性は音楽方面で活躍されていて、その意味で聴覚過敏な傾向を生かしているとも言えますが、一般の人には聞こえないような音まで聞こえてしまうのですから、苦労も絶えないのです。(後略)

注:i) 引用中の「音に対して過敏」に関連する「聴覚過敏」の論文例についてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「敏感」及び「馴れる」に関連する『「感作」と「馴化」の対比』についてはここを参照して下さい。ちなみに、馴化についてはリンク集を参照して下さい。 iii) 引用中の「音を苦痛な邪魔なものとして感知する」に対比されるかもしれない、『「美しい声」は、単に鼓膜を震わせている音波によって形成されているものに過ぎない』及びこれに関連するに認知心理学の視点からの聴覚の知覚については、共にここここを参照して下さい。 iv) 引用中の「音に対して過敏な人」に関連する、「音に対して過敏な傾向をもつ人におけるストレス全般に過敏な傾向」について、同章(ここの v) 項参照)の「過敏性のもっとも良い指標は、音に対する敏感さ」における記述の一部(P74)を以下に引用(『 』内)します。 『先にも触れたように、音に過敏な傾向をもつ人では、精神疾患だけではなく身体疾患の罹患リスクも上昇してしまいます。そのことは、音に過敏な人は交感神経が興奮しやすく、ストレスホルモン(副腎皮質ホルモン)であるコーチゾルの分泌が亢進していることとも関係し、ストレス全般に過敏な傾向を表していると言えるでしょう。』(注: a) 引用中の「先にも触れた」についてはここを参照して下さい。 b) 引用中の「交感神経が興奮しやすく」に関連する交感神経系が亢進する時の経路については他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) 引用中の「コーチゾル」(コルチゾール)については次のWEBページを参照して下さい。 「ストレス - 脳科学辞典」の「視床下部-下垂体-副腎系」項)

(2)MCS と雑音過敏及び聴覚過敏との関連についての論文要旨「Noise sensitivity and hyperacusis in patients affected by multiple chemical sensitivity.[拙訳]多種化学物質過敏状態(MCS)により影響を受けた患者における雑音過敏及び聴覚過敏」を次に引用します。

PURPOSE:
The aim of this study was to investigate the presence of noise sensitivity and hyperacusis in patients suffering from multiple chemical sensitivity (MCS), a chronic condition characterized by several symptoms following low-level chemical exposure. Moreover, distortion product otoacoustic emissions (DPOAE) were performed to further study cochlear function.

METHODS:
A questionnaire-based survey was performed. Eighteen MCS patients, selected with strict diagnostic criteria, and 20 healthy age- and gender-matched subjects filled Weinstein's Noise Sensitivity Questionnaire (WNS) and Khalfa's Hyperacusis Questionnaire (HQ). Results were compared with scores from the quick Environmental Exposure Sensitivity Index (qEESI), a routinarily used questionnaire to screen MCS symptoms, and with DPOAE values. An analysis of variance (ANOVA) was performed between MCS and control subjects scores; moreover, Spearman's rank correlation test was performed between questionnaire results.

RESULTS:
ANOVA testing on DPOAE values showed any significant difference between groups, while WNS, HQ and qEESI scores were significantly higher in MCS group compared to controls. Correlation analysis showed strong positive correlation between WNS, HQ and qEESI in MCS subjects.

CONCLUSIONS:
For the first time, auditory-related perceptual disorders were studied in MCS. A strong association between WNS, HQ results and MCS symptoms severity has been highlighted. These findings suggest that decreased sound tolerance and noise sensitivity could be considered as possible new aspects of this syndrome, contributing to its peculiar phenotype. Furthermore, as DPOAE values did not differ from healthy subjects, present findings might suggest a 'central' source for such disorders in this group of patients.


[拙訳]
目的:
この研究の目的は、低レベルの化学物質曝露後のいくつかの症状により特徴づけられる慢性疾患である、多種化学物質過敏状態(MCS)を患う患者における雑音過敏及び聴覚過敏の存在を調査することであった。それに加えて、蝸牛機能をさらに研究するために、歪成分耳音響放射(DPOAE)を実施した。

方法:
アンケートに基づく調査を実施した。厳格な診断基準で選択された18人の MCS 患者、及び20人の年齢と性別がマッチする健康な被験者が、Weinstein's Noise Sensitivity Questionnaire (WNS)及び Khalfa's Hyperacusis Questionnaire(HQ)(訳注:両方アンケートです)に記入した。結果は、MCS 症状をスクリーニングするために通常使用される問診表 quick Environmental Exposure Sensitivity Index(qEESI)と DPOAE 値とのスコアが比較された。分散分析(ANOVA)を、MCS と対照被験者とのスコア間で実施した。さらに、アンケート結果間でスピアマンの順位相関試験を実施した。

結果:
DPOAE 値に関する ANOVA 試験は、グループ間に有意差を示したが、WNS、HQ 及び qEESI スコアは、対照グループと比較した MCS グループにおいて有意に高かった。MCS 被験者における WNS、HQ 及び qEESI 間に強い正の相関を相関分析は示した。

結論:
初めて聴覚関連の知覚障害が MCS において研究された。WNS、HQ の結果と MCS 症状の重症度との間に強い関連性が強調されている。これらの知見は、低下した耐音性及び雑音感受性が、この症候群の潜在的な新しい側面として考えることができ、その特有な表現型に寄与することを示唆している。さらに、DPOAE 値が健康な被験者と異ならないので、本知見は、このグループの患者におけるこのような障害の「中枢性」の原因をひょっとして示唆するかもしれない。

注:i) 引用中の「Weinstein's Noise Sensitivity Questionnaire」については、次の資料を参照して下さい。 「新幹線騒音・振動による主観的健康の低下」 加えて、引用中の「Khalfa's Hyperacusis Questionnaire」については、次の資料を参照して下さい。 「一般大学生における聴覚過敏の実態とリスク要因」 ii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

(3)聴覚過敏について
①標記に関する論文要旨「Characteristics of hyperacusis in the general population.[拙訳]一般集団における聴覚過敏の特徴」(全文はここを参照して下さい)を次に引用します。

There is a need for better understanding of various characteristics in hyperacusis in the general population. The objectives of the present study were to investigate individuals in the general population with hyperacusis regarding demographics, lifestyle, perceived general health and hearing ability, hyperacusis-specific characteristics and behavior, and comorbidity. Using data from a large-scale population-based questionnaire study, we investigated individuals with physician-diagnosed (n = 66) and self-reported (n = 313) hyperacusis in comparison to individuals without hyperacusis (n = 2995). High age, female sex, and high education were associated with hyperacusis, and that trying to avoid sound sources, being able to affect the sound environment, and having sought medical attention were common reactions and behaviors. Posttraumatic stress disorder, chronic fatigue syndrome, generalized anxiety disorder, depression, exhaustion, fibromyalgia, irritable bowel syndrome, migraine, hearing impairment, tinnitus, and back/joint/muscle disorders were comorbid with hyperacusis. The results provide ground for future study of these characteristic features being risk factors for development of hyperacusis and/or consequences of hyperacusis.


[拙訳]
一般集団での聴覚過敏における様々な特徴をより良く理解する必要がある。本研究の目的は、人口統計、生活習慣、知覚された一般的な健康や聴力、聴覚過敏に特異的な特徴及び行動、そして合併症に関する聴覚過敏を伴う一般集団における個々人の調査であった。大規模な集団ベースのアンケート調査からのデータを用いて、聴覚過敏のない人(n = 2995)と比較した、医師診断(n = 66)及び自己報告(n = 313)の聴覚過敏を伴う個々人を調査した。高齢、性別が女性、及び高等教育は聴覚過敏と関連し、そして音源を回避しようとし、音の環境に影響を及ぼすことができ、そして医療を求めていることは共通の反応と行動であった。心的外傷後ストレス障害慢性疲労症候群、全般不安症、うつ病疲労困憊、線維筋痛症過敏性腸症候群片頭痛聴覚障害、耳鳴り、そして背部/関節/筋肉障害には、聴覚過敏が合併していた。聴覚過敏の発症のリスク要因及び/又は聴覚過敏の帰結であるこれらの特徴の主要点の将来研究に対する根拠をこれらの結果は与える。

注:i) 引用中の「n = 2995」、「n = 66」及び「n = 313」は共に人数を示します。 ii) この全文の「Introduction」項における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『Hyperacusis has also shown comorbidity with other medically unexplained symptoms, including fibromyalgia,[23,24,25] chronic fatigue syndrome (CFS),[24,26] as well as other environmental intolerances such as multiple chemical sensitivity, nonspecific building-related symptoms, and symptoms attributed to electromagnetic fields.[27,28,29,30][拙訳]聴覚過敏は、線維筋痛症慢性疲労症候群CFS)はもちろん多種化学物質過敏状態(MCS)、非特異的なシックビルディング関連症状、そして電磁界に帰する症状等の他の環境不耐性を含む他の医学的に説明できない症状との合併も示している。』(注:i) 拙訳では文献番号の記述を省略しました。文献番号の詳細はこの論文を参照して下さい。 ii) 引用中の「医学的に説明できない症状」については次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』) iii) 引用中の「心的外傷後ストレス障害については他の拙エントリのリンク集を(用語:「PTSD」)参照して下さい。 iv) 引用中の「慢性疲労症候群」については例えばWEBページを参照して下さい。 v) 引用中の「全般不安症」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 vi) 引用中の「うつ病」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 vii) 引用中の「線維筋痛症」については他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 viii) 引用中の「過敏性腸症候群」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ここ一番で襲ってくる腹痛 過敏性腸症候群の対処法」 ix) 引用中の「片頭痛」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Ⅱ 片頭痛」 x) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 xi) 引用中の「音の環境に影響を及ぼすこと」の例について、この全文の「Figure 1」において、次に引用する(『 』内)記述があります。 『by closing a door to a noisy environment[拙訳]雑音環境に対しドアを閉めることによる』

②標記における治療法に関する論文要旨「Tinnitus and hyperacusis therapy in a UK National Health Service audiology department: Patients' evaluations of the effectiveness of treatments.[拙訳]英国の国民健康保険サービス聴覚学部門における耳鳴り及び聴覚過敏の治療法:治療法の効果の患者の評価」(全文はここを参照して下さい)を次に引用します。

OBJECTIVE:
To assess patients' judgements of the effectiveness of the tinnitus and hyperacusis therapies offered in a specialist UK National Health Service audiology department.

DESIGN:
Cross-sectional service evaluation questionnaire survey. Patients were asked to rank the effectiveness of the treatment they received on a scale from 1 to 5 (1 = no effect, 5 = very effective).

STUDY SAMPLE:
The questionnaire was sent to all patients who received treatment between January and March 2014 (n = 200) and 92 questionnaires were returned.

RESULTS:
The mean score was greatest for counselling (Mean = 4.7, SD = 0.6), followed by education (Mean = 4.5, SD = 0.8), cognitive behavioural therapy - CBT (Mean = 4.4, SD = 0.7), and hearing tests (Mean = 4.4, SD = 0.9). Only 6% of responders rated counselling as 3 or below. In contrast, bedside sound generators, hearing aids, and wideband noise generators were rated as 3 or below by 25%, 36%, and 47% of participants, respectively.

CONCLUSION:
The most effective components of the tinnitus and hyperacusis therapy interventions were judged by the patients to be counselling, education, and CBT.


[拙訳]
目的:
専門家の英国の国民健康保険サービス聴覚学部門において提供されている耳鳴り及び聴覚過敏の治療法の効果の患者の判断を評価する。

設計:
横断的サービス評価アンケート調査。患者は、受けた治療の効果を 1~5 のスケールでランク付けするよう求められた(1 = 効果なし、5 = 非常に効果的)。

学習サンプル:
このアンケートは、2014年1月から3月にかけて治療を受けたすべての患者(n = 200)に送付され、92のアンケートが返送された。

結果:
平均スコアが最も高かったのはカウンセリング(平均 = 4.5、標準偏差 = 0.6)であり、教育(平均 = 4.5、標準偏差 = 0.8)、認知行動療法[CBT](平均= 4.4、標準偏差 = 0.7)、そして聴力検査(平均= 4.4、標準偏差 = 0.9)と続いた。回答者の 6%のみがカウンセリングを 3以下として評価した。対照的に、ベッドサイドサウンドジェネレータ、補聴器、及び広帯域のノイズジェネレータは、それぞれ参加者の25%、36%及び47%が 3以下として評価した。

結論:
患者により判断された耳鳴り及び聴覚過敏の治療の介入の最も有効な要素はカウンセリング、教育及び CBT であった。

注:i) 引用中の「n = 200」は人数を示します。 ii) 引用中の「サウンドジェネレータ」及び「ノイズジェネレータ」に関連するかもしれない「TRT(tinnitus retraining therapy)療法」[耳鳴り順応療法]については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「TRT(tinnitus retraining therapy)療法」 ちなみに、次の資料もあります。 「耳鳴再訓練療法(Tinnitus Retraining Therapy)で寛解に至らなかった慢性耳鳴患者に対して武術的エクササイズを用いたアクセプタンス&コミットメント・セラピーを施行した 1 例」 iii) 引用中の認知行動療法については他の拙エントリのここを参照すると良いかもしれません。

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注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日や修飾の変更等)を行うことがあります。

*1:注:[ご参考1]~[ご参考3]を参照する前に、特に脳機能の説明を参照した方が良いかもしれません。

*2:前頭前野には眼窩前頭皮質が含まれます

*3:馴化はある刺激を繰り返し与えているうちに、反応が徐々に見られなくなっていくことです。一方、他の拙エントリにおいては、ここここここ及びここを参照して下さい

*4:対象となる疾患・障害例:化学物質過敏症シックハウス症候群、PTSD、複雑性PTSD[含愛着障害]、強迫症強迫性障害)、社交不安症、パニック症(パニック障害)、ADHD 注:これらの疾患・障害と見紛う場合やグレーゾーンを含むことがあります

*5:これら以外の次のキーワードもこのリンクを参照して下さい。「爬虫類脳」、「哺乳類脳」、「情動脳」、「理性脳」、「煙探知機」、「監視塔」、「洞察」

*6:ちなみに、「情動」又は情動関連キーワードについては、ここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここ及びここを参照して下さい

*7:ちなみに、「PTSD」を含む引用はここを参照して下さい

*8:「ニオイのある化学種数」についてはここを参照して下さい

*9:プルースト現象」は「プルースト効果」とも称されます

*10:存在することを仮定した場合の話です

*11:嗅覚や刺激閾値及び室内濃度指針値を含みます

*12:ちなみに、中毒症状が出現するホルムアルデヒドの曝露濃度についてはここを参照して下さい

*13:すなわち、超微量又は極めて微量のことです

*14:すなわち、臭う場合には上記超微量より多い量(濃度)だからです

*15:なお、本エントリ作者の見解として、例えば室内において、「(臭わない超微量である)8ppbのホルムアルデヒドに反応する人がいる」との主張は不思議で、立証が必要と思います。一方、「室内濃度指針値80ppbを大幅に超える、臭う800ppbのホルムアルデヒドに反応する人がいる」との主張は特に不思議とは思いませんが、(臭い※2に反応していないならば)これは化学物質過敏症ではなく、シックハウス症候群の症状とするのが妥当ではないかと思います。ただし、※2[ご参考3]で引用した意見があります。ちなみに、ホルムアルデヒド及びトルエンの曝露濃度のまとめはここを参照して下さい。一方で、上記「臭う」ことと「化学物質過敏症」の間には、①「化学物質過敏症は、一般の人だと症状が出ないような空気中の化学物質に非常に感受性が高く、めまいや頭痛などが出現する状態と定義されている。その中の約8割の人が、においにも非常に過敏に反応してしまうことがあるという。」(WEBページ『体臭気にしすぎ? 「におい」トラブルを考える』の「においとの付き合い方 互いに配慮を」項を参照)、②「化学物質過敏症」(又は MCS、化学物質不耐症、突発性環境不耐症)を訴える患者に対し、複数の嗅覚刺激試験が実施されている(例えば論文[全文]「Chemical intolerance: involvement of brain function and networks after exposure to extrinsic stimuli perceived as hazardous」[論文の要旨はここを参照]の Table 1 を参照すると良いかも。ただし、上記 Table 1 にリストアップされている試験が必ずしも嗅覚刺激試験ではないことに注意が必要。) ので、密接な関連があるかもしれませんが。

*16:この著者が本エントリで定義する臨床環境医に相当するかどうかは、本エントリ作者には不明です

*17:この著者の方々が本エントリで定義する臨床環境医に相当するかどうかは、本エントリ作者には不明です

*18:この著者の方々は臨床環境医ではないようですが、先行研究を参考にして誘発試験を実施したようなので、本エントリで言及します。ちなみに、この負荷試験では、疾患概念である化学物質過敏症の存在に対するエビデンス積み上げに失敗しています。

*19:該当する記述においては、次の資料が参照されています。 「シックハウス症候群・化学物質過敏症の診断に関する合意事項

*20:この資料の著者の方々が本エントリで定義する臨床環境医に相当するかどうかは、本エントリ作者には不明です

*21:加えて、記憶や経験に基づく認知処理を伴う又は個人差を伴う嗅覚を主とした、嗅覚における一般的な説明は次を参照すれば良いかもしれません。 a) 「ニオイの感覚研究の最近の展開 -ニオイの感覚は経験・学習に依存する-」 b) 「におい刺激に対する感覚強度に及ぼす認知的要因の影響:短時間・断続的に提示されるにおい刺激に対して」 c) 「認知的要因が特定悪臭物質の快不快に及ぼす影響:臭気順応計測システムによる計測」 d) 「嗅覚のメカニズム ~ヒトはどのように匂いを感知するのか~」の「3.匂いの感じ方の個人差」項 e) 『CAPSシンポジウム 3/3 「食行動やにおいに関わる感情 -nature-nurture問題の新たな地平を探る」・報告』の「綾部早穂先生からは、においに対する快や不快の形成について、natureおよびnurture両視点からの研究例を多数ご紹介いただいた」

*22:ちなみに、医学分野を特定しないマインドフルネスの背後にある心理神経的メカニズムについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、マインドフルネスによる脳の機能と構造への効果についてのシステマティックレビュー例については、他の拙エントリのここを参照して下さい。

*23:ちなみに、 a) 「自己洞察」の視点から「メタ認知」を紹介しています。 b) WEBページ「メタ認知 - 脳科学辞典」中の「神経基盤」項において、次に引用する(《 》内)記述があります。 《内側前頭前野メタ認知の関連が指摘されている[19]。》(注:引用中の文献番号「[19]」は次の論文です。 「Metacognition: computation, biology and function.」)

*24:特に、リンクされている pdfファイル「低用量の有機溶剤を条件刺激とする嗅覚嫌悪条件づけ手続き」の「1 はじめに」項を参照して下さい

*25:自閉症スペクトラム障害、ASD:Autistic Spectrum Disorder とも称され、アスペルガー症候群とも一部が重なります。他の拙エントリのここを参照して下さい。

*26:一方、化学物質過敏症関連として、科学研究費助成事業に次の研究が採択されています。期間は2016~2018年度、研究代表者は内山巌雄です。この分野の発展も本エントリ作者には楽しみです「化学物質に対する非特異的な過敏状態の解明とその改善方法に関する研究

*27:続報は次の論文のようです。「Disrupted effective connectivity between the amygdala and orbitofrontal cortex in social anxiety disorder during emotion discrimination revealed by dynamic causal modeling for FMRI.

*28:ただし、扁桃体前頭前野の結合性を含みます

*29:一方、論文にはなっていないようですが、「いわゆる化学物質過敏症」患者を対象として、心地よい匂いと不快な臭いを嗅いでいる時の安静時脳活動を測定し、不快な臭いが安静時の脳活動に与える影響について、資料『「化学物質過敏症」を訴える集団における微量化学物質影響のリアルタイムモニタリング』の「4. 研究結果」における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『(3) 心地よい匂いと不快な臭いを嗅いでいる時の安静時脳活動を測定し、不快な臭いが安静時の脳活動に与える影響を調べた結果、不快条件で背外側前頭前野(DLPFC)の活動が有意に高くなっていた。また fMRI 画像の各 voxel に存在する低周波領域(0.01-0.1Hz)の信号を定量化した ALFF を用いて評価した場合、両側の前島皮質(anterior insula)の活動が認められた。前島皮質は、痛みなどの情動反応と関連している領域であり、嫌いな臭いが有訴者の不快な持続的情動反応として生じていることが示唆された。』(注:i) 引用中の「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)については、例えば次の資料を参照して下さい。「機能的磁気共鳴画像法を用いた脳機能計測方法とその応用」 ii) 引用中の「前島皮質」に関連する、 a) 「セイリエンス・ネットワーク」についてはここを参照して下さい。 b)「島」については、次のWEBページを参照して下さい。「島 - 脳科学辞典」)

*30:ちなみに、この論文が発表されたジャーナルのインパクトファクターについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。

*31:ちなみに、次の資料(他の拙エントリのここ参照)の「6.臨床検査」において、この論文についての短い説明があります。この部分を次に引用します(『 』内)。 『Azuma ら14) は、一般的な嗅覚検査キットを用いていわゆる化学物質過敏症患者での嗅素反応時の脳血流量の変動を、近赤外分光法(NIRS: Near-Infrared Spectroscopy)を用いて健常者と比較している。いわゆる化学物質過敏症患者では、嗅素負荷時と回復時における脳血流の活性化部位について、負荷時は前頭前皮質(prefrontal cortex: PFC)、回復時は眼窩前頭皮質orbitofrontal cortex: OFC)の領域が健常人に比して強く活性化していることが証明されている。』 注:a) 文献番号「14)」は、もちろんこの論文です。 b) 論文の「Discussion」の最後に結論が記述されています。参考までに次に引用します(『 』内、拙訳を含む)。『In conclusion, despite the small sample size, this experimental study detected an activation that remained even after olfactory stimulation, specifically in the PFC of patients with MCS. We propose that recovery from such activation is delayed in patients with MCS and that their chemical-sensitive state remains due to the repeated daily exposure, leading them eventually to develop intolerance to these odorants. Our study demonstrates that NIRS imaging objectively reflects the status of patients with MCS.[拙訳]結論として、小さなサンプルサイズ(被験者数)にもかかわらず、この実験的研究は、特に MCS を伴う患者の PFC において、嗅覚刺激後さえも残存する活性化を検出した。MCS を伴う患者におけるこのような活性化からの回復が遅れ、そしてこれらの臭気物質への不耐に最終的に導く日常の繰り返し曝露による化学物質過敏状態の存続を我々は提案する。NIRS イメージングは MCS を伴う患者の状態を客観的に反映することを我々の研究は実証する。』

*32:要旨はここで引用しています

*33:要旨はここで引用しています

*34:この本においては、「感情」は「emotion」(他の拙エントリのここを参照)の訳語です

*35:加えて、様々なフルーツの香気成分の概略については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「水溶性フルーツ香料の開発」の「1.7 各果実について」項(P.5~P.6)

*36:アロマセラピーアロマテラピーとも呼ばれます

ローマ決議 MCSの療法と予防戦略に関する合意に対する一意見について

化学物質問題市民研究会のWEBサイトにローマ決議 MCS の療法と予防戦略に関する合意のWEBページが公開されています*1。これらに対する一意見を以下に述べます。

MCS 批判者の議論において主要なものは、他の拙エントリで示した、(疾患概念)MCS の存在に関するMCSのシステマティック・レビューMCSに対する世界の医学会等の見解であると本エントリ作者は考えます。例えば、ウィキペディア「化学物質過敏症」懐疑的意見においても同様です。これらの批判への反論を一切しなくて、一方的に MCS の療法と予防戦略に関する合意をしても、説得力に欠けると本エントリ作者は考えます。


ちなみに、この合意の署名者に日本人はいないようです。


注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日の変更等)を行うことがあります。

*1:このページ中には一次情報のpdfファイルがリンクされています。さらに、このページを引用するrun様のエントリ「ローマ決議MCS の療法と予防戦略に関する合意」があります。

MCS(多種化学物質過敏状態)リンク集

目次

前書き

twilog を見ると、mortan 様がある著名ネット民に対し、あるWEBサイトの修正を非常に熱心に求めています(ツイート例)。本エントリは、mortan 様の求めに応じるものかどうかは本エントリ作者には不明ですが、本エントリ作者なりの回答例(このWEBサイトの補足例)のような何かとしても、疾患概念であるMCS(Multiple Chemical Sensitivity、多種化学物質過敏状態*1)に興味をお持ちの読者様のために、次の特徴を有するMCSに関するリンク集を本エントリ作者の独断と偏見で作成し、仮公開しました。
(A)対象は日本のみならず海外も含みます。英語の論文、資料、文書等は、可能であれば日本語訳や解説のあるブログ、コメント等にリンクしました。一次情報は必要に応じてリンク先における(一次情報への)リンクを利用してください。リンクは情報が入手容易なものをなるべく選んでいます。一方、本エントリの一部は化学物質過敏症以外の話題となります。
(B)本エントリは本文と余談から構成されます。これの利用法としてMCS又は化学物質過敏症に関する情報収集等を想定しています。さらに、2013年6月頃からの、ネット上のMCS界隈における論争*2についても考慮し、リンク及び引用の内容を設定しています(本エントリ作者の知る範囲内においてですが)。
(C)本エントリ作者はMCS又は化学物質過敏症の患者であることを主張していません。さらに、本エントリ作者は医療従事者ではありません。本エントリの文章、リンク先又は引用の内容・エビデンスレベル等の評価は読者各位でご判断下さい。
(D)本エントリは、予告なく適宜改訂されることが有ります。改訂内容は具体的に示さないことがあります。次の見出し「リンク集」の右側に Ver.を示します。
(E)本エントリの最初の仮公開日は 2015年2月4日 ですが、本公開時には日付を変更する予定です。
(F)超長文に注意して下さい。また『 』部等は短い引用かもしれません(本エントリにおいてこの短い引用は、通常の引用と併存します)。
(G)下記で紹介する「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」は厚生労働省のWEBページ「シックハウス対策のページ」の「参考資料集(パンフレットなど)」項にリンクされています。加えて、このマニュアルを紹介するWEBページや、このマニュアルを概説する資料、2018年2月に実施された厚生労働省の研修会の資料「科学的エビデンスに基づく新シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル改訂新版」(ここの [b] 項を参照)もあります。一方、下記で紹介する「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務 報告書」は環境省WEBページにリンクされています。

ちなみに、MCSはIEI(Idiopathic Environmental Intolerance、特発性環境不耐症、本態性環境不耐症 又は 本態性環境非耐症)とも呼ばれています。

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リンク集 Ver. 0.42

(2022-07-12 改訂・仮公開、改訂の経緯の一部はここを参照)

(1)MCSに対する世界の医学会等の見解(例:存在、診断法)

ちなみに引用はしませんが、同様な標記見解まとめの例は、上記マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.1. 疾病概念」項(P50~P51)にも記述されています。*3 

(a) Multiple chemical sensitivities--public policy.
文中に『It has been rejected as an established organic disease by・・・』[拙訳]確立された器質性疾患として・・・に拒絶されている と記述されています。

(b) 米国内科学会(American College of Physicians)のポジションペーパー
NATROMのブログ 見出し:アメリカ内科学会

(c) 米国医師会(American Medical Association)の公式見解
NATROMのブログ 見出し:アメリカ医師会

(d) 米国職業環境医学会(American College of Occupational and Environmental Medicine)のポジションステートメント
忘却からの帰還(1999年)
NATROMのブログ 見出し:アメリカ職業環境医学会の主張(1990年)

(e) 英国王立医師協会によるアレルギー診療のガイドラインにおける、「もうひとつのアレルギー」≒MCSの記述
NATROMのブログ 見出し:英国王立医師協会

(f) カリフォルニア医学協会としてのコメント
NATROMのブログ 見出し:カリフォルニア医学協会

(g) Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals(1994年報告書)(特に本資料の「Questions That May Be Asked」項[P20~P21]を参照して下さい)
NATROMのブログ

注:この報告書は、American Lung Association[拙訳]米国肺協会、Environmental Protection Agency[拙訳]米国環境保護庁、Consumer Product Safety Commission[拙訳]米国消費者製品安全委員会、American Medical Association (AMA)[拙訳]米国医師会がスポンサーとなって作成されたようです。

(h) AAAAI(American Academy of Allergy Ashthma & Immunology、[拙訳]米国アレルギー・喘息・免疫学学会)のポジションステートメント(1999年)
このポジションステートメントにおける Position Statements 項、及び Summary 項の一部を形式を変えてそれぞれ以下に引用します。加えて、AAAAI のジャーナルから(2)項に示す「MCS」の(誘発試験に対する)システマティック・レビューが発表されており、疾患概念「MCS」の存在は上記システマティック・レビューにより否定されたと考えます。

Position Statements
Several medical societies and organizations have issued position statements pointing out the shortcomings of the IEI diagnosis, the unreliability and misuse of certain diagnostic procedures, and the lack of scientific support for and clinical evidence of the alleged toxic effects from environmental chemicals in these particular patients. In 1986, the AAAI was the first to do so.(5) The American College of Physicians published a position paper in 1989,(84) which was later adopted by the American College of Occupational and Environmental Medicine. The Council on Scientific Affairs of the American Medical Association published a critical review in 1992.(85) The Ministry of Health of the Province of Ontario(86) and the California Medical Association(65) have published results of their investigations of the IEI phenomenon. The US National Academy of Sciences,(87) the World Health Organization,(1) and the International Society of Regulatory Toxicology and Pharmacology(88) have held symposia on the subject. The American Council on Science and Health(89) and the Royal College of Physicians and Royal College of Pathologists in Great Britain(90) have also published reports detailing the unscientific basis for IEI.


[最初の部分(Several medical ・・・ particular patients.)の拙訳]
いくつかの医学会や医学組織は、IEI(突発性環境不耐症)の診断の欠点、いくらかの診断法の信頼性の欠如や誤用、及び特定の患者における環境化学物質からの毒性効果とされる臨床的証拠に対する科学的サポートの欠如を指摘するポジションステートメントを発行しています。

注:文献番号としての上付き文字 5 は、(5)に変換しました。他の()で囲まれた数字は同様に変換した後のものです。

Summary
IEI-also called environmental illness and multiple chemical sensitivities-has been postulated to be a disease unique to modern industrial society in which certain persons are said to acquire exquisite sensitivity to numerous chemically unrelated environmental substances. The patient experiences wide-ranging symptoms, but evidence of pathology or physiologic dysfunction in such patients has been lacking in studies to date. Because of the subjective nature of the illness, an objective case definition is not possible. Allergic, immunotoxic, neurotoxic, cytotoxic, psychologic, sociologic, and iatrogenic theories have been postulated for both etiology and production of symptoms, but there is an absence of scientific evidence to establish any of these mechanisms as definitive.


[拙訳]
要約
IEIは環境病(environmental illness)やMCSとも呼ばれ、多くの化学的に関連しない環境物質に対し、強烈な感受性を得たと言われる特定の方々における現代の産業社会に特有の疾患であることが仮定されている。患者は幅広い症状を経験するが、これら患者において病理学的又は生理学的な機能障害の証拠は、これまでの研究では欠けている。病気の主観的な性質のため、客観的な症例定義は可能ではない。アレルギー、免疫毒性、神経毒性、細胞障害性、心理学、社会学及び医原性の理論は病因と症状の引き起こしの両方のために仮定されているが、これらの決定的なメカニズムのいずれかを確立するための科学的なエビデンスが欠如している。

(i) 日本臨床環境医学会
先ず、日本臨床環境医学会編の本「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)の「IV. Q & A Q03.」(P70~P71)と「IV. Q & A Q13.」(P73)をそれぞれ次に引用します。本医学会のMCS又は化学物質過敏症に対する正式な見解ではありませんが、これらの引用により、上記本の発行時における「日本臨床環境医学会」の(事実上の)見解は、「日本において、化学物質過敏症を診療報酬上の傷病名(ICD-10)にすることと、MCSや化学物質過敏症の医学的な定義が確立されることは別である」こと及び「MCSや化学物質過敏症の医学的な定義はまだ確立されていない」であると本エントリ作者は考えます*4

Q03. MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態),化学物質過敏症(CS)とはどんな病気ですか.

・MCSは,1987年マーク・カレンによって「過去に大量の化学物質に一度曝露された後、または長期間慢性的に化学物質の曝露を受けた後,非常に微量の化学物質に再接触した際にみられる不快な臨床症状」として定義・提唱された.
・定義されたMCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)の考え方を基本に化学物質による健康障害をめぐる議論が行われてきている.ただ,医学的な定義はまだ確立されておらず,社会的な関心が先行し言葉が独り歩きし,混乱が生じている.
・日本においては,北里研究所病院の石川哲らによって独自に化学物質過敏症の診断基準が設けられている.
・原因としては建材や家具等に使用される,揮発性有機化合物に起因する室内空気汚染や大気汚染,食品中の残留農薬などが考えられるが,特定の化学物質との因果関係や発症のメカニズムなど未解明な部分が多く,今後の研究の蓄積や成果が待たれている.
・2009年10月1日,厚生労働省は診療報酬上の傷病名(ICD-10)とした.


Q13.シックハウス症候群化学物質過敏症の診断では,どのような検査を行うのですか.

・既往症のアレルギー疾患など,他の疾患との区別が非常に難しいため,現状では正確に診断できる検査・診断方法はない.
・診察例
(1) 徹底した問診(発症時期・症状,住環境の変化があったか,症状の変化があったかなど)
(2) 問診をふまえた診察:症状・兆候の把握,他疾患の除外
(3) 必要に応じて,血液生化学検査やアレルギー検査,生理機能検査等を行う.瞳孔検査,眼球運動検査,視覚空間周波数特性検査,免疫検査,内分泌検査,誘発試験などを行っている検査機関もある.
(参考)化学物質の曝露情報を得るために,住宅の揮発性有機化合物濃度数値等を求められる場合もある.

注:i) 上記日本臨床環境医学会は日本学術会議協力学術研究団体(WEBページ「日本学術会議協力学術研究団体」を参照)ではありません。 ii) ちなみに、「MCS については、環境中の化学物質濃度と自覚症状が必ずしも関連せず、客観的な診断法が存在しないことが問題である」ことについては次の資料を参照して下さい。 「日本臨床環境医学会30年間の歩み」(2022年発行)の「(1)環境過敏」項

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(2)MCSのシステマティック・レビュー

ひょっとすると、先ず以下に引用した「コラム 化学物質過敏症は存在するか?」に目を通す方が良いかもしれません。

著者は Das-Munshi 等で、彼らは The Journal of Allergy and Clinical Immunology に発表しました。この誘発研究*5により疾患概念MCSの存在の評価が十分可能で、否定されたと本エントリ作者は考えます。
・タイトルと全文:Multiple chemical sensitivities: A systematic review of provocation studies.
要旨の和訳例:9-6 化学物質過敏症:刺激試験結果の総合解析(III-85) ただし、この訳が必ずしも要旨に忠実(正確)でないと本エントリ作者は考えます。
・NATROM先生等は次のはてブPubMed におけるこの論文の要旨に対するコメントを紹介しています。
・これに関する総説的なものとして、斎藤博久著の本「アレルギーはなぜ起こるか ヒトを傷つける過剰な免疫反応のしくみ」(2008年発行)の「コラム 化学物質過敏症は存在するか?」における記述(P25~P26)を次に引用します。

コラム 化学物質過敏症は存在するか?

化学物質過敏症は、米国アレルギー学会雑誌が掲載したもっともエビデンスレベル(疫学研究の信頼度に関する科学的な格付け)が高い研究と位置づけられているシステマティックレビューにおいて、その存在が否定されています。この論文の著者らは、多種類の化学物質に対する過敏症に関する論文のすべてのデータを解析した結果、従来のほとんどの研究は適切なコントロールを欠いていること、および、被験者が反応を示したのは、それが化学物質であると知らされた場合に限るという結論を導きました。
過敏症とは「健常被験者には耐えられる一定量の刺激への曝露により、客観的に再現可能な症状または徴候を引き起こす疾患をいう」と定義されていますので、化学物質過敏症は過敏症の定義からはずれます。今後は、過敏症としてアレルギー学者が扱う研究課題ではなく、心理学者、神経学者が扱う研究課題になるということです。いずれにしても、これらの症状を訴える方々に対する慎重な配慮が必要です。

注:(i) 引用中の「エビデンスレベル」についてはをはじめとして、資料「文献評価のための疫学・EBM基礎知識」の P37 やWEBページ『今日もコロナのデマをラインで…家族が誤情報を信じてしまう「3つの心理」(ページ4)』の『一つの研究だけで「エビデンスがある」とは言えない理由』項も参照して下さい。加えて次のエントリも参照すると良いかもしれません。 「エビデンスレベルとは?【全人類必須のリテラシー】」 (ii) 引用中の「コントロール」は対照のことです。 (iii) また、 a) 著者の斎藤博久医師は他の拙エントリのここにおける一部のリンク先にも登場します。 b) より最近に出版された同著者の本、「Q&Aでよくわかるアレルギーのしくみ」(2015年発行)の P37 にも上記引用と類似した記述があり、この部分を次に引用(『 』内)します。 『たとえば、化学物質過敏症にまつわる論文のすべてのデータを解析した結果がアメリカのアレルギー学会誌に掲載されましたが、そこでは「症状を起こすのはそれが化学物質であると知らされた場合に限る」という結論が導き出されています(注1)。「システマティック・レビュー」と呼ばれる科学的に信頼性の高いレベルの調査において、その存在自体が否定されてしまったのです。』(注:引用中の「注1」はシステマティック・レビューのことです)

ちなみに、このシステマティック・レビュー発表以降の研究*6状況は次のマニュアルを参照すれば良いかもしれません。厚生労働省のWEBページ「シックハウス対策のページ」の「参考資料集(パンフレットなど)」項でリンクされている「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」は「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.2. どのような化学物質のばく露に起因するのか?を調べるために」項(P51~P52) 加えて、 [a] 上記項におけるあまり古くない誘発(負荷)試験に関連した文献番号と実際の資料や論文とのリンク関係(提示可能なものに限る)を次に示します。 20) :「Double-blind placebo-controlled provocation study in patients with subjective Multiple Chemical Sensitivity (MCS) and matched control subjects.」、 21) :「平成16年度 本態性多種化学物質過敏状態の調査研究 研究報告書」(参考として、WEBページ「本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書 - 報道発表資料」もあります)、 23) :「化学物質過敏症の診断 -化学物質負荷試験51症例のまとめ」、 24) :『特発性環境不耐症(いわゆる「化学物質過敏症」)患者に対する単盲検法による化学物質曝露負荷試験』  [b] 一方、厚生労働省のWEBページ「生活衛生関係技術担当者研修会」の「平成29年度生活衛生関係技術担当者研修会」項にリンクされている、2018年2月に実施された厚生労働省の研修会の資料「科学的エビデンスに基づく新シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル改訂新版」の『「化学物質曝露と症状の関係は否定的」シート(P41)』、又はツイートも参照すると良いかもしれません。

一方、2016年に発表された論文「Association of Odor Thresholds and Responses in Cerebral Blood Flow of the Prefrontal Area during Olfactory Stimulation in Patients with Multiple Chemical Sensitivity.[拙訳]MCS を伴う患者における、嗅覚刺激中の前頭葉領域の脳血流量変化での臭気閾値と応答の関連」(全文はここ を参照)*7の「Introduction」項において、上記システマティック・レビューを参照した記述があり、その部分を次に引用します。

Past provocation studies identified no clear dose–response relationship between exposure and reaction in MCS [18].


[拙訳]
MCS における過去の誘発研究では、曝露と反応との明確な用量反応関係を確認できなかった [18]。

注:(i) 引用中の文献番号「[18]」はシステマテック・レビューのことです。 (ii) 引用中の「用量反応関係」については、例えば次のWEBページや資料を参照して下さい。 「3. 化学物質の用量・反応関係(2)」、「化学物質のリスクと環境教育(P30)」、「化学物質のリスクと環境教育」の「化学物質の摂取と人体への影響」シート(P18) (iii) ちなみに、 a) WEBページ「生活衛生関係技術担当者研修会」の「平成29年度生活衛生関係技術担当者研修会」項にリンクされている、2018年2月に実施された厚生労働省の研修会の資料「科学的エビデンスに基づく新シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル改訂新版」の「「化学物質曝露と症状の関係は否定的」シート(P41)」又はツイートには次に引用する(『 』内)上記「用量反応関係」に関連する記述があります。 『科学的には化学物質曝露と身体反応には関連はなく,症状の原因が化学物質とはいえない。』 b) 加えて、資料「Chemical Sensitivity-The Frontier of Diagnosis and Treatment」(参照)の日本語要約においても次に引用する(『 』内)記述があります。 『しかしながら, 化学物質過敏症状を訴える患者が存在することは明らかであるにも関わらず, その病態解明が未だ進展していないために, 取り扱う臨床家・医療機関によって患者への対応は大きく異なっているのが実状である。その最大の理由として, 環境中の大量ではなく, 極めて微量な化学物質との因果関係の証明が非常に困難であることがあげられる。』

≪ご参考≫システマティック・レビューの概略については例えば以下を参照して下さい。
メタ解析の読み方
文献評価のための疫学・EBM基礎知識P49~P54。
システマティック・レビューとメタ解析について① ~イントロ編~(ここにはさらなる記事がリンクされています)

※:上記「エビデンスレベル」については、例えば次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「ガイドラインとは - 国立がん研究センター がん情報サービス」の「3)エビデンス・レベル」項、「科学的根拠 (エビデンス) - Lumedia」 ちなみに、上記「エビデンスレベル」についてのツイートもあります。

ちなみに、上記3)項で示された「エビデンスレベル」を次に引用します。

Ⅰ システマティック・レビュー/RCTのメタアナリシス
Ⅱ 1つ以上のランダム化比較試験による
Ⅲ 非ランダム化比較試験による
Ⅳa 分析疫学的研究(コホート研究)
Ⅳb 分析疫学的研究(症例対照研究、横断研究)
Ⅴ 記述研究(症例報告やケース・シリーズ)
Ⅵ 患者データに基づかない、専門委員会や専門家個人の意見

注:i) 非専門家の体験談はランク外です。 ii) 引用中の「ランダム化比較試験」(RCT)を行うことの意味については次のエントリを参照すると良いかもしれません。 「ランダム化試験って意味あるの?観察研究で良くない?」、「ランダム化試験 vs. 観察研究」 iii) 引用中の「専門家個人の意見」(又はエキスパートオピニオン)に関連する「エキスパートオピニオンとの付き合い方」については次のWEBページを参照して下さい。 「【解説】エキスパートオピニオンとの付き合い方|信頼できない3パターンと有用な3パターン

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(3)MCS=IEIの総説的な資料

ちなみに引用はしませんが、マニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4. シックハウス症候群といわゆる化学物質過敏症の違い」項(P50~P54)及び「第11章 本態性環境不耐症」(P204~P208)の一部に本態性環境不耐症又はいわゆる化学物質過敏症に関する記述があります。

(a) 『化学物質過敏症』とは何か?
ちなみに、この資料中の引用文献24)で示された日本の環境省研究班が実施した二重盲検法による曝露(負荷)試験結果等を紹介するWEBページを次に紹介します。「本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書

(b) 化学物質過敏症に関する情報収集、解析調査(平成20年1月、公害等調整委員会事務局)
ちなみに、この資料中に日本語訳として一部を引用されたデンマークEPAの報告書(英文)は次に紹介します。「Environmental Project no. 988, 2005 Multiple Chemical Sensitivity, MCS

(c) Mark R Cullen, M.D. の講演予稿
The Perplexing Problem of Multiple Chemical Sensitivities: A Perspective for Toxicologists (Invited lecture)日衛誌(Jpn J. Hyg.)第64巻 第2号 2009年3月の拙訳のみを次に引用として示します。ちなみに、Mark R Cullen氏はMCSの名付け親です。

タイトル:「MCSの厄介な問題 毒物学者の展望」


背景
1980年代の間に、産業医及び環境医は、多様な刺激性又は毒性化学物質の非常に低いレベルの曝露後に発生する呼吸器、中枢神経等の症状によって特徴づけられる新しい症候群を報告した。典型的には、回復するように思われる患者から、これは汚染や過曝露等の十分に特徴づけられた環境“イベント”の後に発生した。この現象を説明するために、講演者により、MCSと名付けられ、これを説明するための神経毒性の新しい形態、神経毒性独特の残留形態、又は精神状態の理論が誕生した。なぜならば、患者の多くは非常に障害を負い、しかも、毒物学の単純な説明が欠如したために、議論が拡大し、新たなケースが世界中から報告されるようになったため。このプレゼンテーション(講演)で、典型的なケースを説明し、20年の研究で学んできたことをまとめよう。


ケーススタディ
44歳の熟練機械工のM氏(男性)は、「石油化学製品」のごくわずかな痕跡を嗅ぐことによる毎回の激しい頭痛、混乱及び息切れを訴えるためにクリニックに現れた。3ヶ月前の仕事中における換気装置の故障で彼と他の人が脱脂溶剤(大部分が 1,1,1 トリクロロエタン)に過剰に曝露されたこと以前は、彼はうまくやっていた。(この過剰曝露で)多くの人は頭痛や吐き気が生じたが、2日後に換気装置が修理されると彼以外の全ての人は回復した。しかし、換気装置の改善後も、M氏が仕事に戻った時に症状が続いて、働くことができなかった。さらに妙なことに、彼はバスやトラックの後ろを運転していた時、あるいは店にいる時に同じ事態であることに気づき始めた。家庭用製品は、彼に悪影響を与えるようになり、彼は(防毒)マスクを着用し始めた。しかし、彼がクリニックに来る前の3ヶ月超、彼の妻の香水を含めたより多くの化学物質を彼は苦にした。家庭用製品の全てが彼の家から除去された後の家にいた時にのみ、彼はより良く感じた。クリニックにおいて脳のMRI及び肺機能検査はもちろん、充分な診察と日常的な血液検査を彼は受けた。全ての検査結果は正常であった。彼の職場における検査では、溶剤及び加工液の全てのレベルがTLV(訳注:Threshold Limited Values、許容濃度の域値)の10%未満と、非常に清浄な工場であることが判明した。彼はMCSと診断された。


MCSの定義
臨床的な症候群を定義する多くの試みが有ったが、まだ基本的な所見又は検査所見での異常が存在しないので、すべての定義は、病歴及び他の原因が発見されないことに依存する。鍵となる主な特徴は次の通り。1)環境曝露後の発症 2)多くの状態における、さまざまな臭いや刺激物の超微量での曝露後の予測可能な方法での多様な症状の再発 3)試験、検査が全て正常である。すなわち症状の説明が不可能 4)症状を説明する他の主要な疾患(身体的又は精神的)が存在しないこと


疫学
最初は、これらのケースは非常にまれなものと思われたが、1980年代及び1990年代の臨床報告は、これらはどこにでも発生することを示唆した。さらに、1990年~1991年の湾岸戦争からの退役軍人の健康調査(多くのケースが明らかになった)を含むいくつかの大規模調査が実施された。これらの調査により、2~6%の人々は、症状を引き起こす化学物質を避けるために、彼らが転職や引越しをした事実に基づく軽い又はより重いMCSの変異型(variants)を有することが示された。臨床研究により、いくつかの手がかりが提供されている:女性は男性よりも約3倍発症し、ほとんどの場合は30~50才の間で発症する。多くの患者はまた、慢性疲労線維筋痛症を経験しており(これもよく解っていないが)、さらに、多くの患者は過去に不安や抑うつが有った。少なくとも米国では貧しい人々の間よりも高い社会階級で発症するが、アトピーも家族の背景もどちらも関係しないようである。


病因
もちろん大きな疑問は、傷害の機序です。当初MCSはある種のアレルギーや免疫性の障害と考えられていたが、多くの研究でこれは誤りであることが判明している。さらに、「生化学」経路、すなわち P-450(訳注1)又はグルタチオン還元酵素等の解毒経路のいくつかの表現型の欠損に対し広範囲に調査されたが、これは有りそうもないことが判明している。症状を誘発する臭いや刺激物への反応の中心的役割によって、より最近の注目は第1脳神経(訳注2)及び、CNS(訳注3)における大脳辺縁系(訳注4)の応答のパターンに向いている。これらの神経経路の混乱(disruption)に対するエビデンスは(肯定と否定で)混在しており、説得力が有る動物モデルが存在しないままである。代わりに、多くの人々がMCSを行動又は生化学的にメディエイト(訳注5)された不安障害として解釈されている。DSM-IV(訳注6)ではMCSはこのカテゴリー(訳注7)に分類される[注:MCSに対するICD-10(訳注8)のコードは無い(訳注9)]。この仮説を支持するのは、患者における不安障害の頻繁な履歴と心的外傷後ストレス障害(訳注10)に似た反応のパターンである。

しかし、薬理的及び行動介入(訳注11)は治療においてあまり役立たないので、ほとんどの精神科医はこのように症状を解釈することに抵抗する。

[注1]拙訳を読みやすくするために、このパラグラフでは訳注を次に記述しました。
訳注1:シトクロム P-450 は、日本で発見されたヘムタンパク質であり、一酸化炭素と結合して、波長450nmの青い光の吸収が増加する色素という意味で命名されました。加えて、次のWEBページも参照して下さい。 「シトクロムP450」、「健康食品安全情報ネットの関連用語」の「チトクロームP450酵素」項、「Human P450 data
訳注2:匂いの刺激を中枢に伝える嗅神経のことです。
訳注3:Central Nervous System:中枢神経系。
訳注4:大脳辺縁系については、PTSD又は複雑性PTSDの視点より他の拙エントリのここを参照して下さい。一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項
訳注5:漢字としては「媒介」又は「仲介」と翻訳されるようです。
訳注6:DSMは Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders の略語で、「アメリカ精神医学会が定めた精神障害の診断と統計の手引き」のことです。
訳注7:DSM-IVにおける不安障害のカテゴリーは、DSM診断基準における不安症の変遷の視点から次の資料を参照して下さい。 「DSM診断基準における不安症の変遷―半世紀の流れの中で―
訳注8:死因や疾病の国際的な統計基準として世界保健機関(WHO) によって公表された分類、詳細はここを参照して下さい。
訳注9:日本において化学物質過敏症はICD-10の T65 その他及び詳細不明の物質の毒作用 T65.9 詳細不明の物質の毒作用 に分類されています。*8
訳注10:アルファベットの短縮形で「PTSD」と表記される場合が有ります。PTSDについては、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。
訳注11:「介入」とは医学においては、疾患を予防または治療するため、あるいはその他の方法によって健康状態を改善するために行われる治療や行為のことです。ちなみに、他の拙エントリ「シックハウス症候群(又はMCS) 心身医学の見地からに関する文書について」のここにおいて記述するように、PTSDの治療法は薬物療法のみならず、様々な心理療法又は対処・養生法も開発されつつあると考えます。


自然史
現在、MCSのいくつかの主な特徴を説明するのに十分な症例が存在する: 1)それは自発的に解決するように見えなく、しかもまだ証明された治療法はない 2)最初の受診後、多くの患者は疲労や筋骨格の痛み等のより「慢性の」訴えを除いて、(病状が)進行する又は合併症につながるようには見えない。重要なのは、社会的、経済的に派生するひどい結果にもかかわらず、多くの人が行う極端な孤立を患者が選択するのか、又は彼らが正常に機能し続け、かつ度重なる症状が有るのかにかかわらず、これらの観察が真実である。実際には、全体的に後者のグループが引きこもる人よりも経年的に良い行為のように見える。


予防と治療
多くの異なった臨床的及び心理的な処置が試みられているが、暴露に対する根本的な反応を変える方法は無いようである。ほとんどの努力は、症状そのものの緩和やコントロールよりも、症状に直面している生活機能の向上を目的としている。より実用的には、過度の曝露後のMCSへの進展を防止する努力はより成功するかもしれない。この成功への鍵は、1)自己限定又は良性かもしれないとはいえ、有害な化学物質に曝露される患者へのとても緊密なフォローアップ 2) MCS様な反応の発生に対する早期の探求 3)最初にMCSの症状が生じた時に、ほとんどの個々の患者が信じている、症状は当初の曝露によるより深刻な中毒反応である証拠はないことを強化する早期の教育

[注2]この項における一次情報の記述「however self-limited or benign it my seem;」は、 「however self-limited or benign it may seem;」として翻訳しました。


未来
MCSの有病率と重症度のために、機序に関する研究があり続けるが、この作業は研究主体としてのこれらの患者の非常な困難さと良い動物モデルの欠如により妨げられている。

上記引用におけるその他の注:i) 拙訳中の「動物モデル」に関連する「モデル動物」ついては、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「モデル動物 - 脳科学辞典」 ii) 拙訳中の「ケーススタディ」とは異なる 標記 Cullen による観察結果について、論文(全文)「Multiple Chemical Sensitivity (MCS) - Scientific and Public-Health Aspects」の「1.1 History of MCS」のイタリックの部分について次に引用します。

(前略)"Little more than a few months after the occupational medical clinic began at Yale, in 1979, the staff was confronted with a problem none of us had ever seen before nor heard about. A middle-aged man was referred because of a delayed recovery from an episode of pneumonia that had resulted from a chemical spill on the job. As his x-ray cleared, he had become not better, but worse. Particularly striking was the history that exposure to chemical odors would markedly exacerbate baseline dyspnea and chest pain. Upon return to work he "passed out" on several occasions after a whiff of fume. Disability leave, however, did not resolve the situation. Increasingly, even common household products and environmental contaminants induced debilitating respiratory and constitutional symptoms, reducing his formerly vigorous life to a pitiful existence at home. In response we exhaustively investigated his list of chemical precipitants in search for some way to tie these toxicologically with his prior pneumonia, but without success. Equally unrevealing were results of extensive clinical tests undertaken to define his "lesion" pathophysiologically. Therapeutically, it would be generous to say that we accomplished very little. There were other cases too."(後略)


[拙訳]
『1979年に Yaleで occupational medical clinic(職業診療所)を始めてからわずか数ヶ月後に、スタッフは私たちの誰も見たことも聞いたこともない問題に直面した。仕事中に化学物質をこぼして起きた肺炎のエピソードから回復が遅れたために、中年の男性が紹介された。彼のレントゲン写真がきれいになったとき、彼は良くなったのではなく悪くなった。特に印象的なのは、化学物質の臭いに曝露されるとベースラインの呼吸困難及び胸痛が著しく悪化するという病歴であった。職場に戻ると、煙を嗅いだ後に彼は何度か「気絶した」。しかしながら、一時的労働不能休暇は事態を解決しなかった。次第に、一般的な家庭用品及び環境汚染物質でさえ、呼吸器及び体質の衰弱症状を引き起こし、以前の元気だった生活から家庭での哀れな存在にまで陥らせた。それに応えて、これらを以前の肺炎と毒性学的に結びつける何らかの方法を探すために彼の化学的な引き金を引くもののリスト(list of chemical precipitants)を、我々は徹底的に調査したが成功しなかった。同様に不明だったのは、彼の「病変」を病態生理学的に定義するために行われた広範な臨床試験の結果であった。治療的には、我々はほとんど成し遂げられなかったと言ってもやぶさかではないだろう。他のケースもあった。』

注:(i) 拙訳中の「気絶した」に類似した「気を失う」ことについては他の拙エントリのここここを、「失神」については他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。加えて、化学物質過敏症(CS)は重症化してくると日常的に接するありふれた様々の化学物質に過敏に反応し、拙訳中の「気絶した」に関連する「意識消失」をはじめとした症状を呈することについて、引用はありませんが次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症の難治化要因」の「はじめに」項(P118) その上に、拙訳中の「気絶した」に関連する、 a) 「血管迷走神経反射」については他の拙エントリのここを、 b) 「擬死反射」に類似するかもしれない「解離性昏迷」については他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。 (ii) 拙訳中の「毒性学」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「学会概要/毒性学とは?」 (iii) 拙訳中の「ベースライン」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ベースライン baseline

(d) 環境省の業務における総括責任者:坂部貢による「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務 報告書*9

ちなみに、(i) 他の拙エントリにおいてこの報告書の一部を引用しています。ここここにおける脚注及びここにおける第二の脚注を参照して下さい。 (ii) 引用はしませんが、この報告書の「1.概念」項では「これらを踏まえると、いわゆる化学物質過敏症とは1つの疾患というよりも、化学物質ばく露も含めた、いくつかの要因による身体の反応や精神的なトラウマが重なって表現される概念と考えることが、現在の時点では妥当と考えられる」及び「ライフイベントが患者にとってどれほどストレスフルなのかを客観的に評価し病態を把握する必要性が指摘されている」との主旨が記述されており、これに関連する、すなわち、ライフイベントの評価及びトラウマに言及した資料例は次に示します。 『特発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷*10 注:a) この資料が投稿されたジャーナルを発行している日本職業・災害医学会は日本学術会議協力学術研究団体です。 b) ちなみに、この資料の「考察」中の研究の位置づけに関する記述「本研究は辻内らの提起に応じた研究になる」における辻内らの引用文献12)は次の資料です。 「化学物質過敏症における心身医学的検討」 (iii) 坂部貢氏による化学物質過敏症のご教示についての資料は次を参照して下さい。 「化学物質過敏症

(e) Chemical intolerance[拙訳]化学物質不耐症*11
この論文の要旨を次に引用します。ちなみに、この論文の全文は次を参照して下さい。 「Chemical intolerance

Chemical intolerance (CI) is a term used to describe a condition in which the sufferer experiences a complex array of recurrent unspecific symptoms attributed to low-level chemical exposure that most people regard as unproblematic. Severe CI constitutes the distinguishing feature of multiple chemical sensitivity (MCS). The symptoms reported by CI subjects are manifold, involving symptoms from multiple organs systems. In severe cases of CI, the condition can cause considerable life-style limitations with severe social, occupational and economic consequences. As no diagnostic tools for CI are available, the presence of the condition can only be established in accordance to criteria definitions. Numerous modes of action have been suggested to explain CI, with the most commonly discussed theories involving the immune system, central nervous system, olfactory and respiratory systems as well as altered metabolic capacity, behavioral conditioning and emotional regulation. However, in spite of more than 50 years of research, there is still a great deal of uncertainties regarding the event(s) and underlying mechanism(s) behind symptom elicitation. As a result, patients are often misdiagnosed or offered health care solutions with limited or no effect, and they experience being met with mistrust and doubt by health care professionals, the social care system and by friends and relatives. Evidence-based treatment options are currently unavailable, however, a person-centered care model based on a multidisciplinary treatment approach and individualized care plans have shown promising results. With this in mind, further research studies and health care solutions should be based on a multifactorial and interdisciplinary approach.


[拙訳]
化学物質不耐症(CI)は、ほとんどの人々が問題ないとみなす低レベルの化学物質の曝露に起因する再発性の非特異的症状の複雑な組み合わせを経験した状態を説明するために使用される用語である。重度な CI は、多種化学物質過敏状態(MCS)の際立った特徴を構成する。CI 患者により報告された症状は、複数の器官系からの症状を意味し多種多様である。CI の重症例において、この異常は深刻な社会的、職業的及び経済的な結果を伴う相当なライフスタイルの制限を引き起こしうる。CI の診断ツールは利用できないので、この異常の存在は判定基準の定義に従って確立されることができるだけである。変化した代謝能、行動学的な条件付け及び情動調節はもちろん、免疫系、中枢神経系、嗅覚及び呼吸器系に関係する最も一般的に論議されている理論を伴った CI の説明を、多数の作用様式は示唆する。しかしながら、50年を超える研究にもかかわらず、事象及び症状の誘発の陰に隠れたメカニズムに関するかなり多くの不確実なものが存在する。結果として、患者はしばしば誤診され、効果が限定的な又は効果の無いヘルスケアソリューションを提供され、そして、彼らの体験はヘルスケア専門家、社会養護システム、友人及び親戚による不信と疑惑を受ける。エビデンスに基づいた治療法の選択肢は現在得られないものの、集学的治療アプローチに基づく人中心のケアモデル及び個別化ケアプランは有望な結果を示している。これを念頭に置いて、さらなる調査研究やヘルスケアソリューションは多因子及び学際的アプローチに基づくべきである。

注:i) 拙訳中の「条件付け」については、他の拙エントリ及び他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「情動調節」に関連した論文例は、他の拙エントリのここここ及びここを参照して下さい*12。一方、引用中の「情動」については、WEBページ「情動 - 脳科学辞典」及びメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「免疫」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「免疫学Q&A」 iv) 拙訳中の「人中心のケアモデル」に関連する「患者中心診療モデル」については次の note を参照して下さい。 「日本の病院総合医のこれまでと今後への提言 プライマリケア連合学会学術大会 教育講演」の「今後どのような病院総合医が求められるのか」項

(f) 資料「Chemical Sensitivity-The Frontier of Diagnosis and Treatment[拙訳]化学物質過敏症-診断と治療の最前線」の「Ⅴ Course, treatment and prognosis」における記述の一部及び「Ⅶ Future prospects」における記述を次に引用します。ちなみに、英文中の「(中略)」は本エントリ作者が追記したものです。

Ⅴ Course, treatment and prognosis(中略)

As noted above, since there are many unknown aspects of the pathophysiology, specialized treatments for this disease have not been established. At the moment, the most effective remedy is to avoid the causative agent that is believed to induce symptoms. Since there is a high co-existence rate of allergic disease with CS, it is also necessary to enhance the QOL to fully control the allergic symptoms. In addition, since the co-existence rate of mental illness with CS is as high as 80%, a psychosomatic and psychiatric approach is also effective3).

Ⅶ Future prospects
CS usually presents as a reaction to a small amount of chemicals which would not induce any toxicological effects. It is generally a disease exhibiting the various symptoms, as defined above. In addition to the diversity of developmental factors, and the onset of symptoms and severity, a method for diagnosing the disease is still being established. Since it is the "small amount effect" of chemicals, because of the so-called concept of addiction, it is difficult to describe the conditions (dose-response relationship); additionally, individual differences are considerable at the same time and certain tendencies for the patient are difficult to understand. In this paper, the disease was generally described in the following question-answer form, which is the subject theme of pros and cons: 1) Can CS be considered as a chemical hypersensitivity, a mental illness, or otherwise? 2) Do the chemical exposure and appearance of symptoms match? 3) Can the allergic mechanisms incidentally be explained? 4) Do differences exist in gene analysis? We focused on these questions and others. According to recent research, 1) in groups of patients and healthy people, there is a possibility that differences from the brain physiology point of view may appear, so, for the future, it is very important to deepen the knowledge of the psychosomatic approach if possible, and, 2) when this disease is treated from the immunological aspects, the relationship between some immune responses, mainly pathophysiologically allergic reactions, are strongly suggested to be clarified; 3) individual differences cause chemical sensitivity; it can be mentioned that genetic factors (genomic information) are deeply involved, so, in the future, focused basic research is required with respect to these points, as it would allow for the promotion of interdisciplinary clinical research.


[拙訳]
Ⅴ 経過、治療及び予後(中略)

上述のように、病態生理の多くの未知の側面が存在するため、この疾患に対する特定の治療法は確立されていない。現時点での最も効果的な療法は症状を誘発すると思われる原因物質を回避することである。 アレルギー性疾患と CS(化学物質過敏症)との併病割合が高いので、アレルギー症状を十分にコントロールするための QOL(生活の質)を高める必要もある。加えて、精神疾患と CS との併病割合は80%と高いため、心身医学的及び精神医学的アプローチも有効である3)。

Ⅶ 将来の見通し
CS は通常、毒物学的影響を引き起こさない少量の化学物質に対する反応として現れる。これは、一般的に、以上で示されるような、様々な症状を示す疾患である。発生要因の多様性、症状の徴候及び重症度に加えて、疾患を診断するための方法は未だ確立中である。いわゆる中毒の概念による、それは化学物質の「少量効果」であるので、状態(用量-反応関係)の記述は困難である。加えて、同時に個人差はかなりのものであり、患者に対する一定の傾向の理解は困難である。本論文では、この疾患は一般的な賛否両論(pros and cons)の主題である次の質問-回答形式で記述された: 1)CS は化学物質過敏症、精神的な病気又はその他とみなすことができるか? 2)化学物質への曝露と症状の出現は一致するか? 3)アレルギーのメカニズムを付随的に説明することはできるか? 4)遺伝子解析において違いがあるのか​​? 我々はこれらの質問等に焦点を当てた。最近の研究によると、1)患者及び健常者のグループにおいては、脳生理学の視点からの差異が現れるかもしれない可能性があるので、将来的には、可能であれば心身医学的アプローチの知識を深めることが非常に重要である。そして、2) この疾患が免疫学的側面から治療される場合、主に病態生理学的アレルギー反応であるいくつかの免疫応答間の関係が明確にされることが強く示唆される; 3)個人差が化学物質への感受性を引き起こす;遺伝的要因(ゲノム情報)が深く関与している、それで将来においては、学際的な臨床研究の推進が可能となるであろう、これらの点についての集中的な基礎研究が必要となる。

注:i) 引用中の文献番号「3)」は次の論文です。 「Symptom profile of multiple chemical sensitivity in actual life.」 ii) 引用中の「疾患を診断するための方法はまだ確立中である。」に関連して、この資料の Abstract における記述では「Therefore, establishing and standardizing highly specified objective diagnostic parameters is required.[拙訳]従って、高度に特異化した客観的な診断パラメータの確立と標準化が必要である。」となっています。 iii) 引用中の「CS」は「Chemical Sensitivity、化学物質過敏症」の略です。 iv) 引用中の「アレルギー性疾患と CS(化学物質過敏症)との併病割合が高い」に関連して、この資料の第一著者である坂部貢氏がご教授する他の資料「化学物質過敏症」中の P30 における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『一般の集団でだいたい30~35%ぐらいがアレルギーを持っている方だと思うのですが、この病気の場合は受診される方の70~80%ぐらいが何らかのアレルギーを持っている、あるいはその既往がありますので、アレルギーが何かの成立に関係していると思うのです。ただ、症状をアレルギー機序で科学的にはまだ説明できないところがあります。』(注:引用中の「この病気」とは化学物質過敏症のことです) v) 引用中の「遺伝的要因(ゲノム情報)」に関連するかもしれない、 a)「ゲノムワイド関連解析」については次のWEBページを参照して下さい。「ゲノムワイド関連解析 - 脳科学辞典」 b) ちなみに、日本人多種化学物質過敏症に関連する遺伝要因の臨床試験については、次のWEBページを参照して下さい。 「日本人多種化学物質過敏症に関連する遺伝要因の解明*13 ちなみに、科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する 相談マニュアル(改訂新版)の「3.4.3. 環境化学物質に対する遺伝的感受性(遺伝子多型)との関係」項には次に引用する(『 』内)記述(P53)があります。 『このように現在までの内外の研究では化学物質過敏症を遺伝的な感受性の違いで説明するのは難しい状況です。』 vi) 引用中の「心身医学」に関しては、例えば他の拙エントリのここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「こころとからだ」 vii) 引用中の「脳生理学」と「免疫」に関連するかもしれない、科学研究費助成事業データベースに登録されている化学物質過敏症に関する研究課題については、次のWEBページを参照して下さい。 「化学物質に対する非特異的な過敏状態の解明とその改善方法に関する研究」(注:このページ中の「キーワード」も参照して下さい) viii) 引用中の「免疫」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「免疫学Q&A

(g) 次のマニュアルにおける突発性環境不耐症(又は MCS)の治療についての記述、すなわち、MSD マニュアル(英語のプロフェッショナル版)のWEBページ「Idiopathic Environmental Intolerance - MSD Manual Professional Version」の「Treatment」項における記述を次に引用します。

Treatment

・Sometimes avoiding suspected triggers
・Psychologic treatments

Despite an uncertain cause-and-effect relationship, treatment is sometimes aimed at avoiding the suspected precipitating agents, which may be difficult because many are ubiquitous. However, social isolation and costly and highly disruptive avoidance behaviors should be discouraged. A supportive relationship with a primary care physician who offers reassurance and protects patients from unnecessary tests and procedures is helpful.

Psychologic evaluation and intervention may help, but characteristically many patients resist this approach. However, the point of this approach is not to convince patients that the cause is psychologic but rather to help them cope with their symptoms and improve quality of life (1). Useful techniques include psychologic desensitization (often as part of cognitive-behavioral therapy) (1) and graded exposure (see Specific Phobic Disorders : Treatment). Psychoactive drugs can be helpful if targeted toward coexisting psychiatric disorders (eg, major depression, panic disorder).


[拙訳]
治療

・時には疑わしいトリガーを避ける
心理療法

不確実な原因と結果の関係にもかかわらず、(誘発剤の)多くが遍在しているため困難かもしれない、疑わしい誘発剤を避けることを、治療は時に目的とする、しかしながら、社会的な隔離及び損失が大きく非常に破壊的な回避行動は避けるべきである。プライマリケア医との支持的な関係は、安心感を提供し、不要な検査や処置から患者を保護するのに役立つ。

心理的な評価と介入が助けになるかもしれないが、特色として多くの患者がこのアプローチに抵抗する。しかしながら、このアプローチのポイントは、原因が心理的なものであることを患者に納得させることではなく、むしろ、症状に対処して、そして生活の質を向上させるのを助けることである(1)。有用なテクニックには、心理学的な脱感作(しばしば認知行動療法の一​​部として)(1)及び段階的曝露(Specific Phobic Disorders : Treatment を参照)が含まれる。向精神薬は、併存する精神障害(例えば、うつ病パニック障害)を対象とする場合には有用であり得る。

注:i) この部分の執筆者は Donald W. Black, MD、Roy J. 及び Lucille A. で、そして「Last full review/revision Jul 2020 | Content last modified Jul 2020」です。 ii) 「Specific Phobic Disorders : Treatment」(拙訳:特定の恐怖症:治療)等のこの引用部におけるリンクは外れています。リンクは標記WEBページを利用して下さい。 iii) 引用部における「(1)」は以下に示すマインドフルネス認知療法(MBCT)に関連する論文です。ちなみに、この論文の紹介については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 「Mindfulness-based cognitive therapy (MBCT) for multiple chemical sensitivity (MCS): Results from a randomized controlled trial with 1 year follow-up.」 iv) 引用中の「生活の質を向上させる」については次の資料を参照して下さい。 資料『「研修会資料 科学的エビデンスに基づく新シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル改訂新版」』の ⑤ シックハウス症候群といわゆる「化学物質過敏症」(本態性環境不耐症)[P39~P42] の『「化学物質過敏症」の訴えへの対応』シート(P42)の「3.」 v) 引用中の「うつ病」、「パニック障害」については、共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 vi) ちなみに、MSDマニュアル プロフェッショナル版における「特発性環境不耐症」のWEBページ(日本語)は次を参照して下さい。 「特発性環境不耐症 - MSDマニュアル プロフェッショナル版」 ただし、「最終査読/改訂年月 2017年 1月」と英語版より古いので注意が必要です。

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(4)ウィキペディア化学物質過敏症」の一部解説

削除しました。

(5)米国環境医学アカデミー、William J Rea 医師、石川医師、宮田医師

注:Clinical Ecologists(和訳:臨床環境医)と(日本の)臨床環境医(日本臨床環境医学会に所属する大半の人々)を区別すべきであることについては、他の拙エントリにおける次の余談(及び)を参照して下さい。

(a) William J Rea 医師(米国環境医学アカデミー[AAEM]を含む)
・忘却からの帰還 その1その2その3その4その5その6その7
・NATROMのブログ その1その2
食品安全情報blog p8
特発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷の「考察」項
・以下に紹介する Quackwatch のWEBページによると、William J Rea 医師*14を含む米国環境医学アカデミー(AAEM)のメンバーに対する規制措置が示されています。このWEBページにおける(規制措置されたメンバーのリストアップ部以外の)文章部分の拙訳のみを以下に提示します。「Regulatory Actions against AAEM Members」(revised on November 23, 2016.)

米国環境医学アカデミー(American Academy of Environmental Medicine:AAEM) は、Theron Randolph により1965年に臨床環境医学会(Society for Clinical Ecology)として設立され、主に医師及びオステオパシーの医師で構成されている。ほとんどの AAEM のメンバーは、MCS、毒性カビ、酵母の異常増殖の怪しげな概念を支持する。1996~1997年の AAEM のメンバーリストには429人が各々登録されていた。彼らの約75%が米国内で活動している医師であった。2016年11月には、AAEM のオンラインディレクトリに世界中で244人が登録され、その中の150人が医師又はオステオパシーの医師で、少なくとも28人(以下にリストアップする:訳注 本引用では省略しています。一次情報を参照して下さい)は、ライセンス機関の措置に服従している。アスタリスク(*)は、元 AAEM の会長(president)であることを示す。個々のケースの詳細へのアクセスはリンクをクリックして下さい。

ご参考:i) 本項又は以下の引用にも示すように、William J Rea 医師(参照)は、下記電磁波過敏症及びホメオパシーにも関係しています。なお、William J Rea 医師が上記電磁波過敏症という病名を提起したことについて、資料「電磁波過敏症に関する最新知見と今後の課題」 の Ⅰ.EHSに関する最新情報 の「1. 歴史」における記述の一部を以下に引用します。 ii) William J Rea 医師と石川医師及び宮田医師との関係についてはここを参照して下さい。 iii) ちなみに、MCS に関連する Quackwatch からの引用を紹介するエントリを次に示します。『メモ「MCSにも共通するかもしれないこと」

(前略)1991年、米国の医師 William J Rea 24) は「送電線や携帯基地局などから発生するマイクロ波などにより、主に自律神経系などを中心に影響を受ける健康障害で、化学物質過敏症と密接な関係がある」として、電磁波過敏症(electrical hypersensitivity, ES)という病名を提起した。(後略)

注:引用中の文献番号 24) は、Rea WJ, Pan Y, Fenyves EJ, Sujisawa I, Samadi N, Ross GH.: Electromagnetic field sensitivity. J Bioelectricity. 10: 241-256, 1991 のことです。

(b) 石川医師(日本臨床環境医学会の初代理事長等を歴任)
1) NATROMのブログ等 その1その2その3その4

2) 上記 1) 以外にも次のWEBページがあります。 「多種類化学物質過敏症は公認されたか?

3) 誘発中和法又は中和療法
室内空気質健康影響研究会[編集]の本、「室内空気質と健康影響 解説 シックハウス症候群」(2004年発行)中の、文書 「北里研究所病院における知見-治療を中心として-」 P295~P299(著者は、石川 哲(北里研究所病院臨床環境医学センター))の「Ⅵ 米国における中和療法」項 (P297) における記述を次に引用します。

北里研究所病院では、未だ施行していないが、米国においては、患者の過敏性症状を誘発する原因化学物質に対する中和療法が積極的に行われている13-14)。元来食物アレルギー患者に対して始められた治療法15)を化学物質過敏症に応用したものである。アレルゲンの用量を徐々に上げていく従来の減感作療法と異なり、中和療法では逆に濃度の高いものから低いものを順番に皮内に投与し、生じた膨疹の状態から個人の中和量を決定し、それを投与することにより症状の軽減化を図るというものである。今後本邦においても有効な治療法の一つとして考慮されるものと思われる。

注:引用中の文献番号「13」、「14」、「15」の紹介は省略します。

加えて、 a) 引用はしませんが「中和療法を行う」との記述がある石川医師が著者である資料は次を参照して下さい。 「化学物質過敏症」の「化学物質過敏症の治療」項(P363) b) 中和療法が紹介されている文責が石川医師である化学物質過敏症のパンフレットについては次を参照して下さい。 「化学物質過敏症」(特に P11) 一方、標記誘発中和法に批判的なWEBページは次を参照して下さい。 「誘発中和法 -疑わしい治療法-

4) 「話題騒然!!人ごとと思っていては危ない、『かびんのつま』に描かれた【化学物質過敏症】の衝撃の真実!!!<前編>」 このWEBページの「〝電磁波〟に対しても過敏症があるのだと、知る!」項における記述の一部を次に引用するように、下記電磁波過敏症にまで言及しています。

〝電磁波〟に対しても過敏症があるのだと、知る!

――低用量の物質という以外に、⑤過去に接点のない化学的に無関係な多種類の物質にも反応してしまうともありますが、化学物質以外、たとえばかおりのように家電などから出る「電磁波」に過敏になってしまうという症例もあるのでしょうか。

それは化学物質過敏症とは別の「電磁波過敏症」ですね。ロンドン大学のスミス博士が臨床では最初に言い出しました。
化学物質過敏症の世界的な権威でもあるドイツのルノー先生も、電磁波過敏症については20年前から治療を行っていますね。私や北里大学の宮田幹夫教授、ダラスのレイ教授とも一緒に研究を続けていましたが、彼はバート・エムスタール(Bad Emstal)という地域に温泉付きの治療室をつくったんです。そこの入院室は電磁波を極力防ぐための工事が、アースも含めて厳重に行われていました。(中略)

――電磁波過敏症もやはりなかなか世間一般で理解されているとは思えず、苦しんでいる人が多いと思います。化学物質過敏症と併発しているのなら、なおさらですが。

電磁波過敏症について詳しく研究しているのは、北里大学医学部名誉教授で、現在は東京の荻窪で"そよ風クリニック"を開業している宮田幹夫先生です。彼に診てもらえば、適確に指導してくれると思います。(後略)

注:引用中の「宮田幹夫教授」、「宮田幹夫先生」は共に宮田医師のことです。一方「ダラスのレイ教授」とは、William J Rea 医師のことです。

番外:例えばここにおける引用も考慮して、石川医師が資料「Chemical Sensitivity-The Frontier of Diagnosis and Treatment」(参照)の著者になっているのは、一体全体どうなっているのでしょうか? 賢明な読者の皆様方へ、ご教授下されば幸いです。ちなみに、宮田医師も上記著者になっています。

※:上記資料(参照)中の日本語要約中には次に引用(『 』内)する記述があります。 『しかしながら, 化学物質過敏症状を訴える患者が存在することは明らかであるにも関わらず, その病態解明が未だ進展していないために, 取り扱う臨床家・医療機関によって患者への対応は大きく異なっているのが実状である。その最大の理由として, 環境中の大量ではなく, 極めて微量な化学物質との因果関係の証明が非常に困難であることがあげられる。』

(c) 宮田医師
1) NATROMのブログ等 その1その2その3その4

2) 上記 1) 以外にも特に誘発中和法についての「誘発中和法 -疑わしい治療法-」があります。

3) 「話題騒然!!人ごとと思っていては危ない、『かびんのつま』に描かれた【化学物質過敏症】の衝撃の真実!!!<前編>」 上記(5)(b) 4)項参照して下さい。

4)「電磁波で悪性腫瘍ができる? 現代病“電磁波過敏症”とは 」、「化学物質過敏症、電磁波過敏症(京都大学基礎物理学研究所研究会報告書『電磁波と生体への影響』,研究会報告)*15

番外:例えばここにおける引用、他の拙エントリのここにおける引用も考慮して、宮田医師が資料「Chemical Sensitivity-The Frontier of Diagnosis and Treatment」(参照)の著者になっているのは、一体全体どうなっているのでしょうか? 賢明な読者の皆様方へ、ご教授下されば幸いです。

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(o) その他:化学物質過敏症(Chemical Sensitivity)におけるWilliam J Rea 医師と、石川医師宮田医師との関係を示す例について、室内空気質健康影響研究会[編集]の本、「室内空気質と健康影響 解説 シックハウス症候群」(2004年発行)中の、文書 「心療内科的知見」 P300~P317(著者は、熊野宏昭、齊藤麻里子、辻内優子、吉内一浩、辻内琢也、中尾睦宏、久保木富房、小久保奈緒美、青柳直子、大橋恭子、山本義春、篠原直秀、柳沢幸雄、坂部貢、松井孝子、宮田幹夫、石川哲)の「1 はじめに 2)病態・発症機序」項の P301 における記述の一部を次に引用します。

一方、Rea は、セリエのストレス学説に基づいて、化学物質の刺激に対する体の反応としての仮説を唱えている。最初の化学物質の刺激に対して単純な刺激症状を示す警告期のあと、刺激が持続すると次第に適応・馴化がおこり症状が隠蔽されてしまうマスキング期となる。さらに刺激が持続すると適応能力が疲弊して種々の異常反応を示す器官疾病期となる。発症には物理的・化学的・生物的・心理的ストレッサー全てに対する感受性を含む生化学的な感受性の個人差(individual susceptivity)と、体内に侵入した化学物質の総負荷量(total body load)が関係し、中毒発生量以下の毒性(subtoxic dosis)という問題も関与しているとしている。石川・宮田らは、上記の Rea とほぼ同様の説を主張しており、化学物質過敏症という用語も Rea の唱えるものとほぼ同義であると考えられる。

注:i) 引用中の「Rea」は、 William J Rea 医師(ここを参照)のことです。 ii) この引用中の文献番号の表示は省略しています。 iii) 引用中の「総負荷量」の別名である「トータルボディロード」を示す図、そして上記「トータルボディロード」に対する批判については共にここを参照して下さい。

注目点は、著者「宮田幹夫、石川哲」と引用における最後の文章「石川・宮田らは、上記の Rea とほぼ同様の説を主張しており、化学物質過敏症という用語も Rea の唱えるものとほぼ同義であると考えられる。」です。

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(6)シックハウス症候群

最初にシックハウス症候群については、次のマニュアルを参照して下さい。 「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」 ちなみにこのマニュアルは、次のWEBページにおいてリンクされています。 「厚生労働省 シックハウス対策のページ」の「参考資料集(パンフレットなど)」項

(a) 狭義のシックハウス症候群(又は2型のシックハウス症候群)の定義と診断基準(案)
日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)の Ⅰ.シックハウス症候群の概念 の「3-2 狭義のシックハウス症候群」項における記述(含表I-6)(P6)を次に引用します。

シックハウス症候群の概念は前述したように広範囲の病態を含むため,中毒,アレルギーなどの疾患以外で,微量の化学物質により発生する病態未解明の状態を,狭義のシックハウス症候群として扱うことを,2007年に厚生労働科学研究費補助金による合同研究班(主任研究者:秋山一男および相澤好治)で合意した.化学物質により発生する狭義のシックハウス症候群は,「建物内環境における,化学物質の関与が想定される皮膚・粘膜症状や,頭痛・倦怠感等の多彩な非特異的症状群で,明らかな中毒,アレルギーなど,病因や病態が医学的に解明されているものを除く」と定義された(相澤,2008).
また狭義のシックハウス症候群の診断基準を前述した合同研究班会議で検討し,平成19(2007)年12月に合意し,さらに平成20(2008)年12月の班会議で基準を改定した(表I-6).特定の部屋,建物内で症状が出現し,そこを離れれば症状が改善することがシックハウス症候群の特徴であり,症状発生時点で,室内空気中の化学物質濃度が指針値を超えていれば,強い根拠となるとした.しかしながら測定値が低くても症状が発生する場合もあり,また発生時に測定されていない場合でも,診断を否定する根拠にはならないと考えられる.すなわち,表I-6の1,2,3項目は必須,4番目の項目は参考としてよいと思われる.


表I-6 狭義(化学物質による)シックハウス症候群の定義と診断基準(案)
(2008.12 秋山・相澤合同班会議合意)
--------------------------
定義
建物内環境における,化学物質の関与が想定される皮膚・粘膜症状や,頭痛・倦怠感等の多彩な非特異的症状群で,明らかな中毒,アレルギーなど,病因や病態が解明されているものを除く.
診断基準
1.発症のきっかけが,転居,建物*の新築・増改築・改修,新しい備品,日用品の使用等である.
2.特定の部屋,建物内で症状が出現する.
3.問題になった場所から離れると,症状が改善する.
4.室内空気汚染が認められれば,強い根拠になる.
--------------------------
(*建物とは,個人の住宅のほかに職場や学校等を含む)

注:i) 狭義のシックハウス症候群は2型のシックハウス症候群とも言われています。シックハウス症候群の(型の)分類については、例えば資料「シックハウス症候群の診断基準の検証に関する研究 - 平成23年度生活衛生関係技術担当者研修会 」の「シックハウス症候群の臨床分類」シートを参照して下さい。 ii) この引用では「定義と診断基準(案)」となっていることに注意して下さい。 iii) 一方、「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」においては、用語「狭義のシックハウス症候群」又は「2型のシックハウス症候群」を使用した説明はありません。

(b) MCS(IEI)とシックハウス症候群における症状が明確に異なることを主張する資料
特発性環境不耐症の臨床所見 ―シックハウス症候群との比較―

(c) 化学物質過敏症(本態性環境不耐症)とシックハウス症候群は異なる疾病として考えることが必要であることを主張する資料等
(例えば資料「化学物質過敏症を見落とさないために──各診療科へのお願い」の「図1 シックハウス症候群化学物質過敏症」[P21]に対し)上記主張をする資料等を次に紹介します。

・「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の 内容と相談別回答例(Q&A) の『Q2. 「シックハウス症候群」と「化学物質過敏症」の違いは何でしょうか?』項(P209)を参照して下さい。ちなみに引用はしませんが、同マニュアルの 3.4. シックハウス症候群といわゆる化学物質過敏症の違いについて の「3.4.1. 疾病概念」項(P50~P51)において、両者の違いについての記述があります。加えて、厚生労働省による「平成29年度生活衛生関係技術担当者研修会」(WEBページ「生活衛生関係技術担当者研修会」の「平成29年度生活衛生関係技術担当者研修会」項を参照)における化学物質過敏症を含むシックハウス症候群に関連する研修で使用された資料「科学的エビデンスに基づく新シックハウス症候群に関する相談と対策マニュアル改訂新版」の P40 に次に引用(『 』内)する化学物質過敏症(本態性環境不耐症)とシックハウス症候群との違いについての記述があります。 『「室内環境に由来する健康障害」であるシックビルディング・シックハウス症候群とは異なる疾患』[注:主語を補足するならば、例えば「化学物質過敏症(本態性環境不耐症)は」です]

(d) シックハウス症候群患者の脳科学的アプローチに関する資料
他の拙エントリの「※2 [ご参考3]」項を参照。同項によると、「シックハウス症状の要因を室内空気汚染のみに求めることには、臨床上大きな問題があると考えられる」とのことのようです。

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(7)電磁波過敏症*16

標記英名:idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF)、又は electromagnetic hypersensitivity

(a) システマティック・レビュー、総説、調査資料等*17
① システマティック・レビュー(2010年発行、全文)「Idiopathic Environmental Intolerance Attributed to Electromagnetic Fields (Formerly 'Electromagnetic Hypersensitivity' ):An Updated Systematic Review of Provocation Studies」(注:エントリ『メモ「IEI-EMFに否定的な研究が積みあがっているもよう」 - 忘却からの帰還』、資料「第7回電磁界フォーラム(東京)~電磁過敏症:臨床および実験的研究の現状~の講演資料(配布資料)」のP9~P10[注:このエントリ及び資料にはノセボ効果に関する記述があります。なお、電磁過敏症におけるノセボ効果についての簡単な説明は次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「【数字に惑わされないデータの見方】(3)プラセボ効果とノセボ効果」]も参照すると良いかもしれません。)
② システマティック・レビュー(2005年発行、全文)「Electromagnetic Hypersensitivity: A Systematic Review of Provocation Studies
③「総務省-電波の人体に対する影響
④「身のまわりの電磁界について -概要版-」(注:この資料の「[参考] 電磁過敏症(電磁波過敏症)」[P27~P30]において、電磁波過敏症に関する記述があります)*18
⑤「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」 の「11.4. 電磁過敏症について」項 (P207~P208)
⑥「送電線等の電力設備のまわりに発生する電磁界と健康
⑦「身のまわりの電磁界について
⑧「ジェイクくんのなっとく!電磁波」(加えて「ジェイクくんのなっとく!電磁波 -解説集-」のリンクは次のWEBページを参照して下さい。 「ジェイクくんのなっとく!電磁波」の「ジェイクくんのなっとく!電磁波 -解説集-」項)
⑨「電磁波有害説 - 疑似科学とされるものの科学性評定サイト

注:i) 資料③及び④は総説、資料⑤は相談マニュアル、そして資料⑥は Web セミナーの位置づけでそれぞれ紹介しています。 ii) 「WHO ファクトシート 296」 は資料④の P26 にリンク先が示されています。一方、「ファクトシート EU COST Action BM0704」は「第7回電磁界フォーラム(東京)~電磁過敏症:臨床および実験的研究の現状~の講演資料(配布資料)」の P11~P14 において簡単に紹介されています。

・「「生体電磁環境に関する検討会 第一次報告書(案)」に対する意見募集の結果及び第一次報告書の公表

・「COST(欧州科学技術研究協力機構)からの電磁過敏症に関するファクトシート公表について」 このWEBページ中の 電磁界を原因と考える本態性環境不耐症 または“電磁過敏症”
・「オーストラリア放射線防護・原子力安全庁 ファクトシート「電磁過敏症」発行

(b) 電磁波過敏症とノセボ効果の関係を示すWEBページ、資料、論文例
・「第7回電磁界フォーラム(東京)~電磁過敏症:臨床および実験的研究の現状~のパネルディスカッション資料
・「第7回電磁界フォーラム(東京)~電磁過敏症:臨床および実験的研究の現状~の講演資料(配布資料)
・「第7回電磁界フォーラム(東京)~電磁過敏症:臨床および実験的研究の現状~の記録
第7回電磁界フォーラムに東海大学医学部教授の坂部貢氏(坂部医師)が参加して、発言しています。この記録の 5.パネルディスカッションの内容 (P2~P16) は本エントリ作者にとって興味深いです。ちなみに、このパネルディスカッションの P3~P6 にノセボ効果に関するパネリストの大久保氏の発言があります。ただしこれらの資料からは、ノセボ効果以外の様々な情報も得ることができます。

・電磁過敏症の原因はノセボ効果の疑い、メディア報道により病気の症状を引き起こす。WEBページのリンク:「(日本語文)」、「(英文)」[注:共にリンク切れです]。
上記WEBページの一次情報としての論文要旨「Are media warnings about the adverse health effects of modern life self-fulfilling? An experimental study on idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF).[拙訳]現代生活の反健康効果についてのメディア警告は、自己実現*19ですか? IEI-EMF に関する実験的な研究」を以下に引用します。ちなみに、この論文の全文はここを参照して下さい。

OBJECTIVE:
Medically unsubstantiated 'intolerances' to foods, chemicals and environmental toxins are common and are frequently discussed in the media. Idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF) is one such condition and is characterized by symptoms that are attributed to exposure to electromagnetic fields (EMF). In this experiment, we tested whether media reports promote the development of this condition.

METHODS:
Participants (N=147) were randomly assigned to watch a television report about the adverse health effects of WiFi (n=76) or a control film (n=71). After watching their film, participants received a sham exposure to a WiFi signal (15 min). The principal outcome measure was symptom reports following the sham exposure. Secondary outcomes included worries about the health effects of EMF, attributing symptoms to the sham exposure and increases in perceived sensitivity to EMF.

RESULTS:
82 (54%) of the 147 participants reported symptoms which they attributed to the sham exposure. The experimental film increased: EMF related worries (β=0.19; P=.019); post sham exposure symptoms among participants with high pre-existing anxiety (β=0.22; P=.008); the likelihood of symptoms being attributed to the sham exposure among people with high anxiety (β=.31; P=.001); and the likelihood of people who attributed their symptoms to the sham exposure believing themselves to be sensitive to EMF (β=0.16; P=.049).

CONCLUSION:
Media reports about the adverse effects of supposedly hazardous substances can increase the likelihood of experiencing symptoms following sham exposure and developing an apparent sensitivity to it. Greater engagement between journalists and scientists is required to counter these negative effects.


[拙訳]
目的:
食品、化学物質、環境毒素に対する医学的に根拠のない「不耐」は一般的であり、メディアで頻繁に議論されている。電磁場に起因する特発性環境不耐性(IEI-EMF)はそのような状態の1つであり、電磁場(EMF)への曝露に起因する症状によって特徴付けられる。この実験では、メディア報道がこの状態の進展を促進するかどうかを我々は調査した。

方法:
参加者(n = 147)は、WiFi(n = 76)による健康への悪影響についてのテレビ報道又は[訳注:健康への悪影響とは無関係な]対照映像(n = 71)[訳注:両映像を実験映像とする]を見るためにランダムに割り当てられた。実験映像を見た後、参加者は WiFi 信号による偽の暴露を受けた(15分)。主なアウトカムの尺度は、偽の暴露後の症状の報告であった。副次的アウトカムには、EMF の健康影響についての心配、偽の暴露に起因する症状及び知覚された EMF に対する過敏性における増加が含まれた。

結果:
147人の参加者のうち82人(54%)が偽の暴露に起因する症状を報告した。実験映像を見ることにより次の尺度の増加があった:EMF 関連の心配(β= 0.19; P = .019);高い既存の不安を伴う参加者の間の偽の暴露後の症状(β= 0.22; P = .008)。高い不安を伴う人々の間での偽の暴露に起因する症状の可能性(β= .31; P = .001); EMF に敏感であると信じていて、偽の暴露を症状の起因とした人々の可能性(β= 0.16; P = .049)。

結論:
おそらく危険な物質の有害影響に関するメディア報道は、偽の曝露後の体験する症状及びそれに対する見かけの感受性の発現の可能性を上昇させうる。これらのマイナスの影響に対抗するには、ジャーナリストと科学者との間のより大きな関与が必要である。

注:i) 引用中の「n = 147」、「n = 76」及び「n = 71」は共に人数を示しています。 ii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 iii) ちなみに、 a) 化学物質への応答におけるメディアの警告の影響に関連する論文要旨は他の拙エントリのここを、 b) においにおけるノセボ効果に関連する論文要旨は他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。

さらに、電磁波過敏症とノセボ効果との関連をはじめとする複数の論文要旨(これ以外に次の資料『高周波電磁界の生体影響に関する現在の知見  ─ いわゆる「電磁過敏症」を中心に』も参照)を以下に紹介します。この中にはメディア報道に関する論文やセンセーショナルなメディア報道と現在の健康心配との関連についての論文も含まれます。

① 「Are media reports able to cause somatic symptoms attributed to WiFi radiation? An experimental test of the negative expectation hypothesis.[拙訳]メディア報道は WiFi 放射に起因する身体症状を引き起こしうるのか? ネガティブな予想仮説の実験的検証」

People suffering from idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF) experience numerous non-specific symptoms that they attribute to EMF. The cause of this condition remains vague and evidence shows that psychological rather than bioelectromagnetic mechanisms are at work. We hypothesized a role of media reports in the etiology of IEI-EMF and investigated how somatosensory perception is affected. 65 healthy participants were instructed that EMF exposure can lead to enhanced somatosensory perception. Participants were randomly assigned to watch either a television report on adverse health effects of EMF or a neutral report. During the following experiment, participants rated stimulus intensities of tactile (electric) stimuli while being exposed to a sham WiFi signal in 50% of the trials. Sham WiFi exposure led to increased intensity ratings of tactile stimuli in the WiFi film group, especially in participants with higher levels of somatosensory amplification. Participants of the WiFi group reported more anxiety concerning WiFi exposure than the Control group and tended to perceive themselves as being more sensitive to EMF after the experiment compared to before. Sensational media reports can facilitate enhanced perception of tactile stimuli in healthy participants. People tending to perceive bodily symptoms as intense, disturbing, and noxious seem most vulnerable. Receiving sensational media reports might sensitize people to develop a nocebo effect and thereby contribute to the development of IEI-EMF. By promoting catastrophizing thoughts and increasing symptom-focused attention, perception might more readily be enhanced and misattributed to EMF.


[拙訳]
電磁場に起因する特発性環境不耐症(IEI-EMF)を患う人々は、電磁場(EMF)に起因する多数の非特異的症状を経験する。この状態の原因はあいまいのままである。そして、エビデンスによれば、生体電磁気的メカニズムよりも心理的カニズムが働いていることが示される。我々は、IEI-EMF の病因学におけるメディア報道の役割の仮説を立て、身体感覚の知覚がどのように影響されるかを調査した。 65名の健康な参加者は、EMF 暴露が身体感覚の知覚の増強をもたらしうると指示された。参加者は、EMF の有害な健康影響に関するテレビ報道(訳注:WiFi 群)又は中立的な報道(訳注:対照群)のいずれかを見るためにランダムに割り当てられた。次の実験中に、参加者は試験の50%で偽の WiFi 信号に曝露されながら、触覚(電気)刺激の刺激強度を評価した。 偽の WiFi への曝露は、WiFi 群の特に高レベルの身体感覚増幅を伴う参加者における触覚刺激の強度評価の増加をもたらした。WiFi 群の参加者は、対照群よりも WiFi 曝露に関連するより強い不安を報告し、そして試験前に比較して試験後に EMF への曝露に対しより敏感になったと知覚する傾向があった。センセーショナルなメディアの報告は健康な参加者において触覚刺激の知覚の増強を促進しうる。身体症状を強烈な、不安にさせる、有害なものとして知覚する傾向がある人々は最も脆弱に見えた。センセーショナルなメディアの報告を受信することは、ひょっとして人々にノセボ効果を発現する感作をするかもしれなく、それによって IEI-EMF の発症に寄与するかもしれない。破局的思考の促進及び症状にフォーカスした注意により、知覚はひょっとしてより容易に増強され、そして誤って EMF のせいにするかもしれない。

注:(i) 拙訳中の「身体感覚増幅」については、例えばここ(特発性環境不耐性関連)、加えて他の拙エントリのここを参照して下さい。さらに、「身体感覚増幅」に関連するかもしれない「精神交互作用」については、他の拙エントリの リンク集を参照して下さい。さらに、 上記「身体感覚増幅」のみならず、「失感情症」、「失体感症」、「ストレス反応」、「自律神経機能」、「内受容感覚」及び「気づき」にも関連した資料は次を参照して下さい。 「情動の気づき、身体の気づきと自律神経による恒常性調整プロセスの関係」 一方、化学物質過敏症と身体感覚増幅(尺度)の関連については、WEBページ「半揮発性有機化合物をはじめとした種々の化学物質曝露によるシックハウス症候群への影響に関する検討」の下部のリンクから一括ダウンロード可能なファイル 201625016A0004.pdf 中の資料「1.化学物質に対する感受性変化の要因及び半揮発性有機化合物の健康リスク評価」(P28~P42)の「C1 化学物質に対する感受性変化の要因」項(P30~P31)を参照して下さい。 (ii) 拙訳中の「破局的思考」に関連して、 a) 慢性疼痛における「破局的思考」については、他の拙エントリのここ及び次のWEBページを参照して下さい。 「痛みに対する破局的思考と心理社会的ストレスの関連」 b) 「損害や疾病に対する脆弱性スキーマ」に基づく「破局的思考」については他の拙エントリのここここを参照して下さい。 c) パニック症(パニック障害)における「破局的解釈」については、他の拙エントリのここここを参照して下さい。 (iii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 (iv) ちなみに、 1) 化学物質への応答におけるメディアの警告の影響に関連する論文要旨は他の拙エントリのここを、 2) においにおけるノセボ効果に関連する論文要旨は他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。

②「Dispositional aspects of body focus and idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF).[拙訳]ボディフォーカスの気質的な側面及び電磁界に起因する特発性環境不耐性(IEI-EMF)」

Body focus is often considered an undesirable characteristic from medical point of view as it amplifies symptoms and leads to higher levels of health anxiety. However, it is connected to mindfulness, well-being and the sense of self in psychotherapy. The current study aimed to investigate the contribution of various body focus related constructs to acute and chronic generation and maintenance of medically unexplained symptoms (MUS). Thirty-six individuals with idiopathic environmental intolerance to electromagnetic fields (IEI-EMF) and 36 controls were asked to complete questionnaires assessing negative affect, worries about harmful effects of EMFs, health anxiety (HA), body awareness, and somatosensory amplification (SSA), and to report experienced symptoms evoked by a sham magnetic field. Body awareness, HA, SSA, and EMF-related worries showed good discriminative power between individuals with IEI-EMF and controls. Considering all variables together, SSA was the best predictor of IEI-EMF. In the believed presence of a MF, people with IEI-EMF showed higher levels of anxiety and reported more symptoms than controls. In the IEI-EMF group, actual symptom reports were predicted by HA and state anxiety, while a reverse relationship between symptom reports and HA was found in the control group. Our findings show that SSA is a particularly important contributor to IEI-EMF, probably because it is the most comprehensive factor in its aetiology. IEI-EMF is associated with both a fear-related monitoring of bodily symptoms and a non-evaluative body focus. The identification of dispositional body focus may be relevant for the management of MUS.


[拙訳]
ボディフォーカスは症状を増幅し、そしてより高い健康不安のレベルに導くものとして、医学の観点からしばしば望ましくない特徴と考えられる。しかしながら、心理療法においてマインドフルネス、ウェルビーイング及び自己感覚に結びつけられる。本研究は医学的に説明できない症状(MUS)の急性及び慢性の発症や維持の構成に関連する様々なボディフォーカスの寄与を調査することを目的とする。36 人の電磁界に起因する特発性環境不耐性(IEI-EMF)を伴う人々及び 36 人の対照群は、ネガティブな感情、電磁界(EMF)による有害な影響への心配、健康不安(HA)、ボディへの気づき及び身体感覚増幅(SSA)を評価する質問票への記入が、そして偽の磁界(MF)により誘発され、体験した症状の報告が、それぞれ要求された。ボディへの気づき、HA、SSA 及び EMF に関連した心配は IEI-EMF を伴う人々と対照群との間で良い識別力を示した。全ての変数を考慮すると、SSA は IEI-EMF の最高の予測因子であった。信じられた MF の存在において、IEI-EMF を伴う人々は対照群と比較して高レベルの不安と多くの報告された症状を示した。症状の報告と HA との間で逆の関係が対照群において見られた一方で、IEI-EMF のグループにおいて、実際の症状は、HA 及び状態不安により予測された。SSA は IEI-EMF に対する特に重要な誘因であり、おそらく、その病因学において最も総合的な要因だからであると、我々に知見は示した。IEI-EMF は恐怖にかかわる身体症状のモニタリングと非評価のボディフォーカスの両方に関連する。気質的なボディフォーカスの同定は、MUS の管理に関連するかもしれない。

注:i) 拙訳中の「状態不安」は特定の状況において感じる不安のようです。 ii) 拙訳中の「身体感覚増幅」及び「医学的に説明できない症状」については、例えば共に次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』、「感情制御にかかわる身体感覚研究の概観」 加えて、上記「身体感覚増幅」については、例えばここ(特発性環境不耐性関連)、加えて他の拙エントリのここを参照して下さい。 さらに、「身体感覚増幅」に関連するかもしれない「精神交互作用」については、他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。一方、 a) 引用中の「身体感覚増幅」のみならず、「失感情症」、「失体感症」、「ストレス反応」、「自律神経機能」「内受容感覚」及び「気づき」にも関連した資料は次を参照して下さい。 「情動の気づき、身体の気づきと自律神経による恒常性調整プロセスの関係」 b) 化学物質過敏症と身体感覚増幅(尺度)の関連については、WEBページ「半揮発性有機化合物をはじめとした種々の化学物質曝露によるシックハウス症候群への影響に関する検討」の下部のリンクから一括ダウンロード可能なファイル 201625016A0004.pdf 中の資料「1.化学物質に対する感受性変化の要因及び半揮発性有機化合物の健康リスク評価」(P28~P42)の「C1 化学物質に対する感受性変化の要因」項(P30~P31)及び表1-8(P40)を参照して下さい。加えて、この項中の記述「SSAS(身体感覚増幅尺度)」については例えば次の資料を参照して下さい。 「身体感覚増幅尺度日本語版の信頼性・妥当性の検討」 iii) 拙訳中の「マインドフルネス」については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 iv) 拙訳中の「ウェルビーイング」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Well-being 研究」 加えて、これに関連する「主観的ウェルビーイング」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「大学病院におけるマインドフルネス認知療法の取り組み 不安障害,ウェルビーイングを中心に」(特に資料中の「主観的ウェルビーイング」項を参照)

③ 「On the origin of worries about modern health hazards: Experimental evidence for a conjoint influence of media reports and personality traits.[拙訳]現代的な健康危険要因に関する心配の起源について:メディア報道とパーソナリティ特性の共同の影響に対する実験的エビデンス

OBJECTIVE:
Worries about health threatening effects of potential health hazards of modern life (e.g. electric devices and pollution) represent a growing phenomenon in Western countries. Yet, little is known about the causes of this growing special case of affective risk perceptions termed Modern Health Worries (MHW). The purpose of this study is to examine a possible role of biased media reports in the formation of MHW.

DESIGN:
In two experiments, we investigated whether typical television reports affect MHW. In Study 1, 130 participants were randomly assigned to a film on idiopathic environmental intolerance (IEI) or a control film about cystic fibrosis. In Study 2, 82 participants were randomly assigned to either a film on the dangers of electromagnetic fields or a control condition.

MAIN OUTCOME MEASURES:
Increases in MHW after sensational media reports.

RESULTS:
In Study 1, only participants high on the personality trait of absorption revealed increased MHW after watching the IEI film. In Study 2, specifically worries about radiation were found to be elevated after watching the film on the dangers of electromagnetic fields compared to the control film.

CONCLUSION:
The results of both studies reveal a significant and specific influence of sensational short mass media reports on MHW. The influence of potential moderators such as absorption remains to be clarified.


[拙訳]
目的:
現代生活の潜在的な健康危険要因(例えば、電気装置及び汚染)の健康を脅かす影響についての心配は、西洋諸国においてますます増大する現象を表す。まだ、この増大する現代の健康心配(MHW)と呼ばれる感情的なリスク知覚の特殊なケースの原因についてはほとんど知られていない。本研究の目的は、MHW の形成における偏った報道のありうる役割の可能性を検証することである。

設計:
2つの実験において、典型的なテレビ報道が MHW に影響を及ぼすどうかを調査した。研究 1 において、130人の参加者が、特発性環境不耐性(IEI)に関する映画、又は嚢胞性線維症に関する対照映画にランダムに割り当てられた。研究 2 において、82人の参加者がランダムに電磁場の危険性に関する映画又は対照状態に割り当てられた。

主要なアウトカムの測定:
センセーショナルなメディア報道後の MHW の増加。

結果:
研究 1 において、IEI 映画を見た後に、没入(absorption)のパーソナリティ特性に関して高い参加者だけが MHW を増加させることが明らかになった。研究 2 において、対照映画と比較して電磁波の危険性に関する映画を見た後に、(電磁)放射についての心配が特に増大したことが判明した。

結論:
両研究の結果は、MHW に関するセンセーショナルな短いマスメディア報道の重要かつ具体的な影響を明らかにする。没入のような潜在的なモデレーターの影響はまだ明らかにされていない。

注:i) 拙訳中の「没入(absorption)」については、例えば、論文要旨「Evidence for a specific link between the personality trait of absorption and idiopathic environmental intolerance.」における次に引用する(『 』内)記述の一部を参照して下さい。 『Absorption as a personality trait refers to the predisposition to get deeply immersed in sensory (e.g., smells, sounds, pictures) or mystical experiences, that is, to experience altered states of consciousness.[拙訳]パーソナリティ特性としての没入とは、感覚(例えば、匂い、音、画像)又は神秘的な経験に深く浸り、つまり変容した意識の状態を経験する傾向を指す。』 加えて解離の視点からの拙訳中の「没入」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 ii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典

④ 「Symptom Presentation in Idiopathic Environmental Intolerance with Attribution to Electromagnetic Fields: Evidence for a Nocebo Effect Based on Data Re-Analyzed From Two Previous Provocation Studies.[拙訳]電磁界に起因する特発性環境不耐症における症状提示:以前の2つの誘発研究から再解析されたデータに基づくノセボ効果のエビデンス」(全文はここを参照して下さい)

Individuals with idiopathic environmental illness with attribution to electromagnetic fields (IEI-EMF) claim they experience adverse symptoms when exposed to electromagnetic fields (EMFs) from mobile telecommunication devices. However, research has consistently reported no relationship between exposure to EMFs and symptoms in IEI-EMF individuals. The current study investigated whether presence of symptoms in IEI-EMF individuals were associated with a nocebo effect. Data from two previous double-blind provocation studies were re-analyzed based on participants' judgments as to whether or not they believed a telecommunication base station was "on" or "off." Experiment 1 examined data in which participants were exposed to EMFs from Global System for Mobile Communication, Universal Mobile Telecommunications System, and sham base station signals. In Experiment 2, participants were exposed to EMFs from Terrestrial Trunked Radio Telecommunications System and sham base station signals. Our measures of subjective well-being indicated IEI-EMF participants consistently reported significantly lower levels of well-being, when they believed the base station was "on" compared to "off." Interestingly, control participants also reported experiencing more symptoms and greater symptom severity when they too believed the base station was "on" compared to "off." Thus, a nocebo effect provides a reasonable explanation for the presence of symptoms in IEI-EMF and control participants.


[拙訳]
電磁界に起因する特発性環境病(IEI-EMF)を伴う個々人は、移動通信装置からの電磁界(EMF)に曝露された時に有害な症状を体験すると訴える。しかしながら研究では、EMF への曝露と IEI-EMF 個々人における症状との間には一貫して関係がないことが報告されている。本研究では、IEI-EMF 個々人における症状の存在がノセボ効果と関連しているかどうかを調査した。以前の2件の二重盲検法による誘発試験のデータは、通信基地局が「オン」または「オフ」であると信じているかどうか否かについて、参加者の判断に基づいて再分析された。実験1では、汎欧州デジタル移動電話方式(Global System for Mobile Communication)、ユニバーサル移動通信システム(Universal Mobile Telecommunications System:UMTS)、そして偽の基地局信号からの参加者への曝露データを調査した。実験2においては、TETRA 通信システム(Terrestrial Trunked Radio Telecommunications System)及び偽の基地局信号からの EMF に参加者は曝露された。基地局が「オフ」に比べて「オン」であると信じた時に、IEI-EMF の参加者は有意に低レベルのウェルビーイングを一貫して報告したことを、我々の主観的なウェルビーイング測定は示した。興味深いことには、対照の参加者も基地局が「オフ」に比べて「オン」であると非常に信じた時に、より多くの症状及びより高い症状の重症度を報告した。このようにノセボ効果により、IEI-EMF 及び対照の参加者における症状の存在に対する合理的な説明が提供される。

注:i) 拙訳中の「汎欧州デジタル移動電話方式(Global System for Mobile Communication)」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「汎欧州デジタル移動体通信システム(GSM) : GLOBAL SYSTEM FOR MOBILE COMMUNICATIONS (GSM)」 ii) 引用中の「ユニバーサル移動通信システム」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ユニバーサル移動通信システム」 iii) 引用中の「TETRA」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「資料9 用語解説」の「TETRA規格」項 iv) 拙訳中の「主観的なウェルビーイング」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「大学病院におけるマインドフルネス認知療法の取り組み 不安障害,ウェルビーイングを中心に」(特に資料中の「主観的ウェルビーイング」項を参照) v) 引用中の「IEI-EMF」は通常「idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields」の略ですが、上記要旨では「idiopathic environmental illness with attribution to electromagnetic fields」となっています。 vi) 加えて、上記論文(全文)の「General Discussion」項の最後の部分における将来の研究についての記述を次に引用します。

Future research should continue to identify factors that can lead to nocebo beliefs, how these beliefs are formed and maintained and methods for counteracting these beliefs once they become established in the mind. Very little research has actually focused on treatments for IEI-EMF individuals; however, preliminary findings have suggested that cognitive behavioral therapy (CBT) may be an effective form of treatment (Rubin G.J. et al., 2006). This fits in well with current findings from meta-analyse that have shown CBT as efficacious in treating medically unexplained physical symptoms, such as chronic fatigue syndrome (Malouff et al., 2008), fibromyalgia (Glombiewski et al., 2010), and irritable bowel syndrome (Li et al., 2014). A helpful approach to treating individuals with medically unexplained physical symptoms was outlined by Smith et al. (2003) in which, alongside building patient rapport, CBT plays an important role in helping patients restructure their illness perceptions and beliefs regarding symptom causation. More recently Van den Bergh et al. (2017) have proposed a treatment strategy for IEI illnesses that focuses on modifying symptom perception and expectations. Even so, much more research is needed in this area especially for medically unexplained physical symptoms associated with IEI-EMF, multiple chemical sensitivity, sick building syndrome, and infrasound hypersensitivity in which the vast majority of research has focused on identifying causal factors and very little research has actually examined the effectiveness of various treatments for these illnesses.


[拙訳]
ノセボの信念につながり得る要因、これらの信念がどのように形成され、維持されるのか、そして、それらが一旦マインドに確立された、これらの信念を妨害する方法を、今後の研究では引き続き同定すべきである。研究は実際には IEI-EMF の個々人の治療にはほとんど焦点を合わせていない。しかしながら、予備的な知見は、認知行動療法(CBT)が治療の有効な形態かもしれないことを示唆する(Rubin G.J. et al., 2006)。これは、CBT が慢性疲労症候群(Malouff et al., 2008)、線維筋痛症(Glombiewski et al., 2010)、そして過敏性腸症候群(Li et al., 2014)等の「医学的に説明できない症状」の治療において有効であることを示したメタアナリシスの現在の知見と良く適合する。「医学的に説明できない症状」を伴う個々人を治療するための有益なアプローチは、Smith ら(2003)によって概説され、患者とのラポール(信頼関係)を築くのと共に、患者が症状の原因に関する病気の知覚及び信念を再構成するのを助ける重要な役割を CBT は果たす。より最近では Van den Bergh ら(2017)が症状の知覚及び予期を修正することに焦点を当てた IEI 病の治療戦略を提案している。それでも、特にその大部分の研究は原因因子の同定に集中し、これらの病に対する様々な治療法の有効性が実際にはほとんど調査されていない、IEI-EMF、多種化学物質過敏状態(multiple chemical sensitivity)、シックビルディング症候群(sick building syndrome)、及び超低周波過敏症(infrasound hypersensitivity)に関連する「医学的に説明できない症状」の領域におけるさらに多くの研究が必要である。

注:i) 引用中の「Rubin G.J. et al., 2006」は次の論文です。 「A systematic review of treatments for electromagnetic hypersensitivity.」 ii) 引用中の「Malouff et al., 2008」は次の論文です。 「Efficacy of cognitive behavioral therapy for chronic fatigue syndrome: a meta-analysis.」 iii) 引用中の「Glombiewski et al., 2010」は次の論文です。 「Psychological treatments for fibromyalgia: a meta-analysis.」 iv) 引用中の「Li et al., 2014」は次の論文です。 「Cognitive-behavioral therapy for irritable bowel syndrome: a meta-analysis.」 v) 引用中の「Smith ら(2003)」は次の論文です。 「Treating Patients with Medically Unexplained Symptoms in Primary Care」 vi) 拙訳中の「Van den Bergh ら(2017)」の論文については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 vii) 引用中の「IEI-EMF」は「idiopathic environmental illness with attribution to electromagnetic fields」(電磁界に起因する特発性環境病)の略です。上記における v) 項も参照して下さい。 viii) 拙訳中の「医学的に説明できない症状」については次のWEBページを参照して下さい。 『「医学的に説明できない症状」って?』 一方、「医学的に説明できない症状」の最新名である身体的苦痛症(Bodily distress disorder - ICD-11、参照)に関連する、functional somatic syndromes(拙訳:機能性身体症候群)に引用中の「IEI-EMF」(又は Electricity hypersensitivity)をはじめとして、「慢性疲労症候群」(chronic fatigue syndrome)、「線維筋痛症」(fibromyalgia)、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome)、多種化学物質過敏状態(multiple chemical sensitivity)、超低周波過敏症(infrasound hypersensitivity)が含まれると主張する資料「Somatoform disorders, Functional somatic syndromes and disorders Bodily distress syndrome Concept, consequences and treatment」があります。ただし拙訳はありません。同資料の「Functional somatic syndromes according to specialty」シート( P6 )を参照して下さい。 ix) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 x) 拙訳中の「信念」については、認知行動療法の視点から他の拙エントリのここここを参照して下さい。

⑤ 「Somatosensory illusions elicited by sham electromagnetic field exposure: experimental evidence for a predictive processing account of somatic symptom perception[拙訳]偽の電磁場曝露により誘発される体性感覚の錯覚:身体症状の知覚の予測的処理に関する実験的エビデンス

Objective: According to the predictive processing theory of somatic symptom generation, body sensations are determined by somatosensory input and central nervous predictions about this input. We examined how expectations shape predictions and consequently bodily perceptions in a task eliciting illusory sensations as laboratory analogue of medically unexplained symptoms.

Methods: Using the framework of signal detection theory, the influence of sham Wi-Fi on (i) response bias (c) and (ii) somatosensory sensitivity (d') for tactile stimuli was examined using the somatic signal detection task (SSDT). A healthy student sample (n = 83) completed the SSDT twice (sham Wi-Fi on/off) in a randomized order after watching a film that promoted adverse health effects of electromagnetic fields (EMF).

Results: When expecting a Wi-Fi signal to be present, participants showed a significantly more liberal response bias c (p = .010, ηp = .08) for tactile stimuli in the SSDT as evidence of a higher propensity to experience somatosensory illusions. No significant alteration of somatosensory sensitivity d' (p = .76, ηp < .002) was observed.

Conclusions: Negative expectations about the harmfulness of EMF may foster the occurrence of illusory symptom perceptions via alterations in the somatosensory decision criterion. The findings are in line with central tenets of the predictive processing account of somatic symptom generation. This account proposes a decoupling of percept and somatosensory input so that perception becomes increasingly dependent on predictions. This biased perception is regarded as a risk factor for somatic symptom disorders.


[拙訳]
​目的:身体症状発生の予測的処理の理論に従って、身体の感覚は体性感覚入力及びこの入力についての中枢神経予測によって決定される。医学的に説明できない症状の実験室類似物としての錯覚を誘発する課題において、どのように予測を形成するか、そしてその結果として身体的知覚を形成するかを、我々は調査した。

​方法:信号検出理論のフレームワークを用いて、触覚刺激に対し、 (i) 応答バイアス (c) 及び (ii) 体性感覚の過敏性 (d') に及ぼす偽 Wi-Fi の影響を身体信号検出タスク (SSDT) を用いて、我々は調査した。​健康な学生被験者(n = 83)は、電磁界 (EMF) の健康への悪影響を啓発する映画を見た後、ランダムな順序で SSDT を二回(偽 Wi-Fi のオン/オフ)完了した。

​結果:Wi-Fi 信号が存在すると予期した時に、体性感覚の錯覚を経験するより高い性質のエビデンスとして、SSDT における触覚刺激に対し有意により自由な応答バイアス c(p = .010, ηp = .08)を参加者は示した。体性感覚の過敏性 d'(p = .76, ηp < .002)の有意な変化は観察されなかった。

​結論:EMF の有害性についてのネガティブな予期は、体性感覚決定基準における変化を介して錯覚の症状知覚の発生を促進するかもしれない。​これらの知見は、身体症状発生の予測的処理の中心的な教義と一致する。​この説明では、知覚がますます予測に依存するようになるために、知覚と体性感覚入力を切り離すことが提案される。​この偏った知覚は身体症状症の危険因子と考えられる。

注:i) 引用中の「n = 83」は人数を指します。 ii) 拙訳中の「予測」及び「予測的処理」については共に他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「身体症状症」については次の資料を参照して下さい。 「身体症状症

⑥ 「Modern health worries and idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields are associated with paranoid ideation[拙訳]現代の健康上の心配 (MHWs) 及び電磁場に起因する特発性環境不耐症は妄想様観念と関連する」

Objective: Paranoid ideation is assumed to characterize worries about possible harmful effects of modern technologies (MHWs) and idiopathic environmental intolerances (IEIs), such as IEI attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF). Empirical evidence on these associations is scarce.

Methods: In a cross-sectional on-line survey, participants of a community sample (n = 700; mean age: 28.4 ± 12.0; 434 females) completed the Somatosensory Amplification Scale, the Modern Health Worries Scale, and the Paranoid Ideation scale of the Symptom Checklist 90 Revised. They were considered IEI-EMF if (1) they categorized themselves so, (2) they had experienced symptoms that they attributed to the exposure to electromagnetic fields, and (3) the condition impacted their everyday functioning.

Results: Paranoid ideation was significantly positively associated with MHWs (standardized β = 0.150, p < .001) even after controlling for socio-demographic variables and somatosensory amplification tendency, an indicator of somatic symptom distress. Also, paranoid ideation explained significant variability in IEI-EMF (OR = 1.090, 95% CI: 1.006-1.180, p = .035) even after statistically controlling for socio-demographic variables and somatosensory amplification.

Conclusions: Paranoid ideation was found to be associated with MHWs and IEI-EMF. This association appears independent of general somatic symptom distress in both cases. This might partly explain the temporal stability of these constructs.


[拙訳]
目的:妄想様観念は、現代の技術のありうる有害効果についての心配 (MHWs) 及び電磁場に起因する特発性環境不耐症(IEI-EMF)等の特発性環境不耐性(IEI)を特徴づけると仮定される。これらの関連に関する経験的エビデンスは乏しい。

方法:横断的オンライン調査において、コミュニティーサンプル(n = 700;平均年齢:28.4±12.0歳;434人の女性)の参加者は、身体感覚増幅尺度、Modern Health Worries Scale、及び Symptom Checklist 90 Revised の妄想様観念スケールを記入した。患者が次の場合、 (1) 自分自身で分類した、 (2) 電磁界への曝露に起因する症状を経験した、及び (3) 状態が日常の機能に影響した には、IEI-EMF とみなした。

結果:妄想様観念は、社会人口統計学的変数及び身体症状苦痛の指標である身体感覚増幅傾向を調整した後でも、MHW と有意に正に関連した(標準化 β = 0.150、p < .001)。さらに、妄想様観念は、社会人口統計学的変数及び身体感覚増幅を統計的に調整した後でも、IEI-EMF の有意な変動性を説明した(OR = 1.090、95% 信頼区間: 1.006-1.180、p = .035)。

結論:妄想様観念は、MHWs 及び IEI-EMF と関連することが見出された。この関連は両ケースにおける一般的な身体症状の苦痛と独立しているように思われる。これはひょっとするとこれらの構築物の経時安定性を部分的に説明するかもしれない。

注:i) 引用中の「n = 700」は人数を指します。 ii) 拙訳中の「妄想様観念」についてはこれに類似する「妄想的観念」を含めて次の資料を参照して下さい。 「妄想的観念の主題を測定する尺度の作成」 iii) 拙訳中の「身体感覚増幅尺度」については次の資料を参照して下さい。 「身体感覚増幅尺度日本語版の信頼性・妥当性の検討 -心身症患者への臨床的応用について-」 加えて、拙訳中の「身体感覚増幅」については他の拙エントリのここを、一方、上記「身体感覚増幅」は近頃では「身体脅威増幅」と呼ばれることについては他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。 iv) 引用中の「Modern Health Worries Scale」については拙訳はありませんが次の論文(全文)を参照して下さい。 「Assessing modern health worries: Dimensionality and factorial invariance across age and sex of the Modern Health Worries Scale in a general population sample」 v) 引用中の「Symptom Checklist 90 Revised」については拙訳はありませんが「Paranoid ideation」(妄想様観念)を含めて次のWEBページを参照して下さい。 「Symptom Checklist-90 (SCL90)

⑦ 「Psychological Drivers of Individual Differences in Risk Perception: A Systematic Case Study Focusing on 5G[拙訳]リスクの知覚における個人差の心理的な原動力:5Gに焦点を当てた体系的ケーススタディ」(全文はここを参照して下さい)

What drives people's perceptions of novel risks, and how malleable are such risk perceptions? Psychological research has identified multiple potential drivers of risk perception, but no studies have yet tested within a unified analytic framework how well each of these drivers accounts for individual differences in large population samples. To provide such a framework, I harnessed the deployment of 5G-the latest generation of cellular network technology. Specifically, I conducted a multiverse analysis using a representative population sample in Switzerland (Study 1; N = 2,919 individuals between 15 and 94 years old), finding that interindividual differences in risk perceptions were strongly associated with hazard-related drivers (e.g., trust in the institutions regulating 5G, dread) and person-specific drivers (e.g., electromagnetic hypersensitivity)-and strongly predictive of people's policy-related attitudes (e.g., voting intentions). Further, a field experiment based on a national expert report on 5G (N = 839 individuals in a longitudinal sample between 17 and 79 years old) identified links between intraindividual changes in psychological drivers and perceived risk, thus highlighting potential targets for future policy interventions.


[拙訳]
何が人々の新しいリスクの知覚を駆り立て、そしてそのようなリスクの知覚はどれほど順応性があるのか? 心理学的研究では、リスクの知覚の複数の潜在的な原動力が同定されているが、これらの原動力のそれぞれが、大規模集団のサンプルにおける個人差をどれほど説明しているかについて、統一された分析の枠組み内で検証された研究はまだない。このような枠組みを提供するために、筆者はセルラーネットワーク技術の最新世代である 5G の展開を利用した。具体的には、スイスにおける代表的な母集団のサンプルを用いて多角的分析を行い(試験 1; N = 2,919 の15歳から94歳までの個々人)、リスクの知覚における個人差が、危険と関連した原動力(例えば、5G を規制している機関への信頼、恐れ)及び人特異的な原動力(例えば電磁波過敏症)と強く相関し、人々の政策関連の態度(例えば投票意図)を強く予測することが見出された。さらに、5G に関する国家専門家報告(17歳から79歳までの縦断的サンプルにおける N = 839 の個々人)に基づくフィールド実験は心理的な原動力とリスクの知覚との間における個人内変化の関連を同定し、従って将来の政策介入に対する潜在的目標を強調する。

注:i) 引用中の「N = 2,919」と「N = 839」は共に人数を指します。 ii) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「知覚 - 脳科学辞典

上記、電磁波過敏症に関するメディア報道についての解説等に関連するリンクを以下に紹介します。
読売新聞朝刊「医療ルネサンス増える環境過敏症」に対する見解
朝日新聞朝刊「被曝 見えぬ実態」(補足説明)
河北新報朝刊「<電磁過敏症>日本人の3.0~4.6%に症状」(補足説明)
「電磁過敏症 人口の3.0~5.7%」の新聞報道について(補足説明)

注:上記を含む電磁界情報センターにおける報道解説は次のWEBページを参照して下さい。「報道解説 - 電磁界情報センター

(c) その他関連資料
ヒトの中枢神経への影響:人での携帯電話による電磁波曝露実験より

(d) 一部の参加者にとって症状を低減させる可能性を含むモバイル曝露ユニットを使用した電磁過敏症における二重盲検法によるランダム化比較曝露試験についての論文要旨の紹介
・「Effects of personalised exposure on self-rated electromagnetic hypersensitivity and sensibility - A double-blind randomised controlled trial.[拙訳]自己評価された電磁過敏症及び感受性に及ぼす個別化された曝露の影響 - 二重盲検法によるランダム化比較試験」

BACKGROUND:
Previous provocation experiments with persons reporting electromagnetic hypersensitivity (EHS) have been criticised because EHS persons were obliged to travel to study locations (seen as stressful), and that they were unable to select the type of signal they reported reacting to. In our study we used mobile exposure units that allow double-blind exposure conditions with personalised exposure settings (signal type, strength, duration) at home. Our aim was to evaluate whether subjects were able to identify exposure conditions, and to assess if providing feedback on personal test results altered the level of self-reported EHS.

METHODS:
We used double-blind randomised controlled exposure testing with questionnaires at baseline, immediately before and after testing, and at two and four months post testing. Participants were eligible if they reported sensing either radiofrequency or extremely low frequency fields within minutes of exposure. Participants were visited at home or another location where they felt comfortable to undergo testing. Before double-blind testing, we verified together with participants in an unblinded exposure session that the exposure settings were selected were ones that the participant responded to. Double-blind testing consisted of a series of 10 exposure and sham exposures in random sequence, feedback on test results was provided directly after testing.

RESULTS:
42 persons participated, mean age was 55years (range 29-78), 76% were women. During double-blind testing, no participant was able to correctly identify when they were being exposed better than chance. There were no statistically significant differences in the self-reported level of EHS at follow-up compared to baseline, but during follow-up participants reported reduced certainty in reacting within minutes to exposure and reported significantly fewer symptoms compared to baseline.

CONCLUSION:
Our results suggest that a subgroup of persons exist who profit from participation in a personalised testing procedure.


[拙訳]
背景:
電磁過敏症(EHS)を報告する方々の以前の誘発試験は、EHS の方々が研究している場所への移動を余儀なくされる(ストレスに満ちているように見える)理由により批判されており、そして、彼らが反応を報告する信号の種類を選択できなかった。本研究において、自宅で個別化された曝露設定(信号の種類、強度、持続時間)で二重盲検法による曝露状態を可能にするモバイル曝露ユニットを我々は使用した。我々の目的は、参加者が曝露状態を同定できるかどうかを査定し、そして個人の試験結果に関するフィードバックの提供が、自己報告された EHS のレベルに変化をもたらすかどうかを評価することであった。

方法:
ベースライン、試験直前及び直後、そして試験後の2ヵ月、4ヵ月時のアンケートを伴う二重盲検法によるランダム化比較曝露試験を我々は用いた。曝露から数分以内に、ラジオ波又は極低周波のいずれかを感知したと報告した場合には参加者は適格であった。参加者は自宅又は彼らが試験を経験するために快適と感じる他の場所を訪れた。二重盲検試験の前に、非盲検の曝露セッションにおいて、参加者が応答したもので曝露設定が選択されたことを参加者と一緒に確認した。二重盲検試験は、一連の10回の曝露及び偽の曝露がランダムな順序で構成され、試験結果のフィードバックは試験の直後に提供された。

結果:
42名が参加し、平均年齢は55歳(範囲は29-78歳)で、76%が女性であった。二重盲検試験中に、参加者はいつ曝露されたかを偶然より正確に同定することができなかった。フォローアップ時に、ベースラインと比較して EHS の自己報告レベルにおいて統計学的な有意差はなかったが、フォローアップ中に、曝露への数分以内の反応における低下した確信を、そしてベースラインと比較して有意に少なかった症状を参加者は報告した。

結論:
個別化されたテスト過程における参加から利益を得るサブグループの方々が存在することを、我々の結果は示唆する。

注:i) 拙訳中の「ベースライン」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「ベースライン baseline」 ii) 拙訳中の(真の曝露及び偽の曝露がランダムな順序で構成される)「ランダム化比較曝露試験」に関連するかもしれない「ランダム化比較試験」ついては例えば次の資料を参照して下さい。 「データの取り扱いについて」の「ランダム化比較試験(RCT)」シート(P9)

(e) 健常対照群に対する電磁場曝露の有害性についての論文要旨の紹介
・「Can explicit suggestions about the harmfulness of EMF exposure exacerbate a nocebo response in healthy controls?[拙訳]EMF(電磁場)曝露の有害性に関する明示的な示唆は、健康な対照群におけるノセボ応答を悪化させる可能性があるか?」

While there has been consistent evidence that symptoms reported by individuals who suffer from Idiopathic Environmental Intolerance attributed to Electromagnetic Fields (IEI-EMF) are not caused by EMF and are more closely associated with a nocebo effect, whether this response is specific to IEI-EMF sufferers and what triggers it, remains unclear. The present experiment tested whether perceived EMF exposure could elicit symptoms in healthy participants, and whether viewing an 'alarmist' video could exacerbate a nocebo response. Participants were randomly assigned to watch either an alarmist (N = 22) or control video (N = 22) before completing a series of sham and active radiofrequency (RF) EMF exposure provocation trials (2 open-label, followed by 12 randomized, double-blind, counterbalanced trials). Pre- and post-video state anxiety and risk perception, as well as belief of exposure and symptom ratings during the open-label and double-blind provocation trials, were assessed. Symptoms were higher in the open-label RF-ON than RF-OFF trial (p < .001). No difference in either symptoms (p = .183) or belief of exposure (p = .144) was observed in the double-blind trials. Participants who viewed the alarmist video had a significant increase in symptoms (p = .041), state anxiety (p < .01) and risk perception (p < .001) relative to the control group. These results reveal the crucial role of awareness and belief in the presentation of symptoms during perceived exposure to EMF, showing that healthy participants exhibit a nocebo response, and that alarmist media reports emphasizing adverse effects of EMF also contribute to a nocebo response.


[拙訳]
電磁場に起因する特発性環境不耐症(IEI-EMF)を患う個々人により報告される症状は、EMF によって引き起こされるものではなく、そしてノセボ効果とより密接に関連する一貫した証拠が有る一方で、この応答が IEI-EMF 患者に特異的かどうか、そして何がそれの誘因となるかは不明のままである。健康な参加者における知覚された EMF 曝露が症状を引き起こし得るだろうかどうか、そして「alarmist」のビデオを見ることがノセボ応答を悪化させるかどうかを、本実験では試験した。一連の偽又は本物の無線周波数(RF)の EMF 曝露誘発試験(2つのオープンラベル、その後の12のランダム化、二重盲検、カウンターバランス試験)の完結前に 「alarmist」(N = 22)又は対照(N = 22)のビデオを見るために、参加者はランダムに割り当てられた。オープンラベル及び二重盲検の誘発試験中のビデオを見る前及び見た後の曝露の信念及び症状の評価はもちろん、状態不安並びにリスク知覚も評価された。
オープンラベル試験では RF-OFF よりも RF-ON の方が症状が強かった(p < .001)。二重盲検の試験では症状(p <.183)でも、状態不安(p <.144)でも差は見られなかった。「alarmist」のビデオを見た参加者には、症状(p < .041)でも、状態不安(p <.01)でも、そしてリスク知覚(p < .001)でも対象グループと比較して有意な増加があった。知覚された EMF への曝露中の症状の提示における、健常参加者がノセボ応答を示す認識及び信念の重要な役割を、これらの結果は明らかにし、そして EMF の有害作用を強調する「alarmist」のメディア報道もまたノセボ応答に寄与することを示す。

注:i) 拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「知覚 - 脳科学辞典」 ii) 拙訳中の「オープンラベル」は盲検化されていないことを示します。加えて拙訳中の「二重盲検」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「二重盲検法」 iii) 拙訳中の「alarmist」は「不必要に人に警告を出して心配させる人」のようです。例えば次のWEBページを参照して下さい。 「alarmistとは」の「日本語WordNet(英和)での「alarmist」の意味」項 加えて論文(全文)「Psychological Drivers of Individual Differences in Risk Perception: A Systematic Case Study Focusing on 5G」(ここも参照して下さい)の「Discussion」項において「alarmist」を含む次に引用する記述があります。 『In light of the alarmist statements and persistent fake news in the media (Broad, 2019a), this may not be an easy task, however: The current studies demonstrated that substantial population-level effects are not readily triggered, at least not with the relatively mild interventions implemented here (i.e., the primary purpose of the national expert report was of an informational nature).[拙訳]メディアにおける「alarmist」の声明やしつこいフェイクニュース(Broad, 2019a)に照らして考えると、これは容易な作業ではないかもしれない。しかしながら、少なくともここで実施された比較的穏やかな介入(すなわち、国別専門家報告書の主な目的は情報の性質にあった)では、実質的な集団レベルへの影響は容易に及ぼされないことを現在の研究は実証している。』 iii) 拙訳中の『EMF の有害作用を強調する「alarmist」のメディア報道もまたノセボ応答に寄与することを示す』ことに関連するかもしれない、「強迫状態の成因」としての「細菌感染の映画をみるなどの比較的簡単なきっかけから、中年以降に急におきることもある」ことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。

(f) 電磁波過敏症における症状発現に関する実験的研究での方法論的限界についての論文要旨の紹介
・「Methodological limitations in experimental studies on symptom development in individuals with idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF) - a systematic review.[拙訳]電磁界に起因する特発性環境不耐症(IEI-EMF)を伴う個々人における症状発現に関する実験的研究での方法論的限界 - システマティックレビュー」(全文はここを参照して下さい)

BACKGROUND:
Hypersensitivity to electromagnetic fields (EMF) is a controversial condition. While individuals with idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF) claim to experience health complaints upon EMF exposure, many experimental studies have found no convincing evidence for a physical relation. The aim of this systematic review was to evaluate methodological limitations in experimental studies on symptom development in IEI-EMF individuals that might have fostered false positive or false negative results. Furthermore, we compared the profiles of these limitations between studies with positive and negative results.

METHODS:
The Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses (PRISMA) guided the methodological conduct and reporting. Eligible were blinded experimental studies that exposed individuals with IEI-EMF to different EMF exposure levels and queried the development of symptoms during or after each exposure trial. Strengths and limitations in design, conduct and analysis of individual studies were assessed using a customized rating tool.

RESULTS:
Twenty-eight studies met the eligibility criteria and were included in this review. In many studies, both with positive and negative results, we identified methodological limitations that might have either fostered false or masked real effects of exposure. The most common limitations were related to the selection of study participants, the counterbalancing of the exposure sequence and the effectiveness of blinding. Many studies further lacked statistical power estimates. Methodically sound studies indicated that an effect of exposure is unlikely.

CONCLUSION:
Overall, the evidence points towards no effect of exposure. If physical effects exist, previous findings suggest that they must be very weak or affect only few individuals with IEI-EMF. Given the evidence that the nocebo effect or medical/mental disorders may explain the symptoms in many individuals with IEI-EMF, additional research is required to identify the various factors that may be important for developing IEI-EMF and for provoking the symptoms. We recommend the identification of subgroups and exploring IEI-EMF in the context of other idiopathic environmental intolerances. If further experimental studies are conducted, they should preferably be performed at the individual level. In particular, to increase the likelihood of detecting hypersensitive individuals, if they exist, we encourage researchers to achieve a high credibility of the results by minimizing sources of risk of bias and imprecision.


[拙訳]
背景:
電磁界(EMF)に対する過敏症は論争がある状態である。電磁界に起因する特発性環境不耐症(IEI-EMF)を伴う個々人は、EMF 曝露時に健康上の不調を経験すると主張しているとは言え、多くの実験的研究では、身体的関係の説得力のあるエビデンスは見つからなかった。このシステマティックレビューの目的は、偽陽性又は偽陰性の結果をひょっとして助長したかもしれない IEI-EMF 個々人における症状発現に関する実験的研究の方法論的限界を評価することであった。さらに、肯定的な結果と否定的な結果を伴う研究間のこれらの制限のプロファイルを、我々は比較した。

方法:
ステマティックレビュー及びメタアナリシスの優先報告項目(PRISMA)は、方法論的な実施及び報告の指針となった。適格だったのは、異なる EMF 曝露レベルにIEI-EMF 伴う個々人が曝露した、そして各曝露試験中又は試験後に症状の発現を調査した盲検化された実験の試験であった。個々の研究のデザイン、実施、分析における長所及び限界は、カスタマイズされた評価ツールを使用して評価された。

結果:
28件の研究が適格基準を満たし、そしてこのレビューに含まれた。多くの研究において、肯定的な結果と否定的な結果の両方で、曝露の誤り又は隠された真の影響をひょっとして助長するかもしれない方法論的な限界を、我々は特定した。最も一般的な限界は、被験者の選択、曝露シーケンスの釣り合い、及び盲検化の有効性に関連していた。さらに、多くの研究は統計的検出力の推定値を欠いていた。方法論的に健全な研究は、曝露の影響はありそうもないことを示した。

結論:
全体として、エビデンスは曝露の影響がないことを示している。もし身体的影響が存在する場合、それらが非常に弱い又は IEI-EMF を伴うほんの少数の個々人のみに影響を与えるにちがいないことを、以前の調査結果は示唆する。ノセボ効果又は医学的/精神的障害が IEI-EMF を伴う多くの個々人の症状を説明するかもしれないというエビデンスを考慮すると、IEI-EMF の発症及び症状を誘発するために重要であるかもしれない様々な要因を同定するために追加の研究が必要である。サブグループを特定し、そして他の特発性環境不耐症の文脈において IEI-EMF を探究することを、我々は推奨する。もしさらなる実験的研究が実施される場合、それらは個人レベルで実施されることが望ましい。特に、過敏な個々人を発見する可能性を高めるために、もし過敏症患者が存在する場合、バイアス及び不正確さのリスク源を最小限にすることによって結果の信頼性を高めるように、我々は研究者に奨励する。

(g) 電磁波過敏症における症状に関連するノセボ効果の前向き研究についての論文要旨の紹介
・「Prospective study of nocebo effects related to symptoms of idiopathic environmental intolerance attributed to electromagnetic fields (IEI-EMF)[拙訳]電磁界に起因する特発性環境不耐症(IEI-EMF)の症状に関連するノセボ効果の前向き研究」

The exact causes of Idiopathic Environmental Intolerance Attributed to Electromagnetic Fields (IEI-EMF, i.e., experience of somatic symptoms attributed to low-level electromagnetic fields) are still unknown. Psychological causation such as nocebo effects seem plausible. This study aimed to experimentally induce a nocebo effect for somatic symptom perception and examined whether it was reproducible after one week. We also examined whether these effects were associated with increased sympathetic activity and whether interoceptive accuracy (IAcc) moderated these relationships. Participants were recruited from the general population and instructed that electromagnetic exposure can enhance somatosensory perception. They participated twice in a cued exposure experiment with tactile stimulation and sham WiFi exposure in 50% of trials. The two sessions were scheduled one week apart (session 1: N = 65, session 2: N = 63). Before session 1, participants watched either a 6-minute film on adverse health effects of EMF or a neutral film on trade of mobile phones. IAcc was assessed with the heartbeat detection paradigm. Electrodermal activity served as a measure of sympathetic activation. Evidence for a nocebo effect (i.e., increased self-reported intensity and aversiveness and electrodermal activity) during sham WiFi exposure was observed in both sessions. IAcc moderated the nocebo effect, depending on stimulus intensity. Contrary to previous findings, no difference emerged between the health-related EMF and the neutral films. Based on negative instructions, somatic perception and physiological responding can be altered. This is consistent with the assumption that IEI-EMF could be due to nocebo effects, suggesting an important role for psychological interventions.


[拙訳]
電磁界に起因する特発性環境不耐症(IEI-EMF、すなわち低レベルの電磁波に起因する身体症状の経験)の正確な原因は未だ不詳である。ノセボ効果のような心理的原因はもっともらしいように思われる。本研究は身体症状の知覚に対するノセボ効果を実験的に引き起こし、そして、1週間後に再現性があるかどうかの調査を、本研究の目的とした。我々はまた、これらの効果が交感神経活動の増加と関連するかどうか、及び内受容の精度(IAcc)がこれらの関係を和らげるかどうかについても調査した。参加者を一般集団から募集し、そして電磁曝露が身体感覚の知覚を増強しうることを教示した。彼らは、50%の試験において触覚刺激と偽の WiFi 曝露を伴う手がかり曝露実験に2回参加した。2つのセッションは1週間の間隔をあけてスケジュールされた(セッション1: N = 65、セッション2: N = 63)。セッション1の前に、参加者は EMF(電磁界)が及ぼす健康への悪影響についての6分間の映画か、携帯電話の取引についての中立的な映画のどちらかを見た。IAcc は心拍検出パラダイムで評価した。皮膚電気活動は交感神経活性化の尺度に役立った。偽の WiFi 曝露中のノセボ効果(すなわち、自己申告による強度、嫌悪、皮膚電気活動の増加)のエビデンスが両セッションで観察された。IAcc は刺激強度に依存してノセボ効果を和らげた。以前の所見とは異なり、健康と関係した EMF と中性の映画の間に差は生じなかった。否定的な教示に基づいて、身体的知覚及び生理学的応答を変化させ得る。これは、IEI‐EMF がノセボ効果による可能性があるだろうという仮定と一致しており、心理学的な介入の重要な役割を示唆する。

注:拙訳中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 ii) 拙訳中の「内受容」に関連する「内受容感覚」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 拙訳中の「皮膚電気活動」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 「人狼プレイヤの皮膚電気活動の解析:情動変化を利用したソシオメータの実現へ向けて」の「2. 皮膚電気活動」項 iv) 拙訳中の「心理学的な介入」については次の論文を参照すると良いかもしれません。 論文要旨「Idiopathic Environmental Intolerance: A Treatment Model[拙訳]突発性環境不耐症:治療モデル」(全文はここを参照して下さい)

(n) 論文(全文)「Electromagnetic hypersensitivity: a critical review of explanatory hypotheses[拙訳]電磁波過敏症:説明仮説の批判的レビュー」についての論評(commentary)のご紹介
・「Causal perception is central in electromagnetic hypersensitivity - a commentary on "Electromagnetic hypersensitivity: a critical review of explanatory hypotheses"[拙訳]因果的知覚は電磁波過敏症において中心である - "Electromagnetic hypersensitivity: a critical review of explanatory hypotheses" についての論評」(全文はここを参照して下さい)における記述の一部を次に引用します。

(前略)We agree with the author that the electromagnetic hypothesis (that EHS is caused by exposure to electromagnetic fields) appears scientifically largely unfounded and that other theoretical approaches focussing on psychological processes are more plausible and promising.(後略)


[拙訳]
電磁仮説(EHSは電磁場への曝露によって引き起こされる)は科学的にはほとんど根拠がないように思われ、そして心理学的過程に焦点を当てた他の理論的アプローチの方がより妥当で有望であるという著者(の見解)に同意する。

注:i) 拙訳中の「EHS」は「hypersensitivity towards electromagnetic fields:電磁場に対する過敏症」の略です。 ii) 拙訳中の「著者」とは標記論文(全文)の著者です。

(o) PubMed では検索できませんが、電磁波過敏症についての論文題目を示す次のWEBページがあります。 「論文題目: 電磁波敏感症患者健康狀態追蹤研究」 ただし、このWEBページの拙訳は次を除きありません。なお、このWEBページの「研究結果」における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『62.9%電磁波敏感症患者回報復原,其中86.4%的復原患者回報其為自發性復原,13.6%回報因搬家或職務調動而復原;60%的電磁波敏感症患者願意重新思考其不適症狀可能是由其他來源所導致;[拙訳]62.9%の電磁波過敏症の患者は回復を報告し、その中の86.4%の回復患者は自発的な回復を報告し、13.6%は引越しや転職での回復を報告し、60%の電磁波過敏症の患者は、その体の調子が悪い症状がひょっとすると他の根源に引き起こされているかもしれないと、再考したいと思う。』 ちなみに、 a) 拙訳はありませんが、上記「電磁波敏感症」についての次に紹介する他のWEBページもあります。 ①「電磁波敏感症(IEI-EMF):從全球的流行變化趨勢到個人的電磁場暴露」、②「電磁波敏感症之盛行率及其相關因素之探討」 b) 一方、拙訳はありませんが「MCS」に関連する記述「Recent research suggests that MCS perhaps is not as permanent a condition as previously thought [35,36]; Palmquist reported 44% of subjects with specific environmental intolerance (EI) recovering during a six-year follow-up.[拙訳]MCS はおそらく以前考えられていたほど永続的な状態ではないことを、最近の研究は示唆する[35,36]。Palmquistは特定の環境不耐症 (EI) を伴う被験者の44%が6年間のフォローアップ中に回復したことを報告した。」を有する論文(全文)は次を参照して下さい。 「Multiple Chemical Sensitivity in Patients Exposed to Moisture Damage at Work and in General Working-Age Population—The SAMDAW Study」の「1. Introduction」項 注:1) 上記文献番号「35」は次の論文です。 「Syndrome stability and psychological predictors of symptom severity in idiopathic environmental intolerance and somatoform disorders」 2) 上記文献番号「36」は次の論文です。 「Long-Term Follow-Up in Patients With Airway Chemical Intolerance」 3) 上記「Palmquist」の「報告」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 「Environmental intolerance: psychological risk and health factors」 加えて次のWEBページもあります。 「Coping and social support in environmental intolerance

一方、電磁波過敏症発症者のアンケート調査の結果も紹介する資料「電磁波過敏症発症者の現状:症状、電磁波発生源、経済的・社会的問題と予防原則」によると、以下に引用するように、 a) 回答者75人のうち、45.3%が病院でEHS(電磁波過敏症)と診断された[電磁波過敏症と診断する医者がいるようだ] b) 回答者の76%は、電磁波にも化学物質にも過敏性を持っていると思われる c) 回答者の33.3%がホメオパシーを利用していた となっています。

有効回答は75通で、女性が71人、男性は4人、平均年齢は51.2歳だった(中略)

病院でEHSだと診断されたのは45.3%で、49.3%は自己診断でEHSだと考えていた。また、EHSではないが電磁波には敏感だと思う、と答えた人は5.3%だった(中略)

一方、MCSと診断されたのは49.3%で、自己判断でMCSだと考えている人は26.7%、MCSではないが化学物質に敏感だと答えたのは14.7%、MCSではないと答えたのは9.3%だった。回答者の76%は、電磁波にも化学物質にも過敏性を持っていると思われる。(中略)

回答者のほとんど(72.0%)は、サプリメントの摂取(46.3%)や運動(38.9%)、入浴(35.2%)、食事療法(35.2%)、ホメオパシー(33.3%)など、何らかの補完代替療法(CAM:Complementary and Alternative Medicine)を利用していた。

注:引用中の「ホメオパシー」についてはここを参照して下さい。

さらに、このアンケートでは次に引用するように、経済的な不利益について記述されています。

5.経済的な不利益
回答者75人中、40人(53.3%)は発症前まで何らかの仕事を持っていたが、EHS発症後、その50%が仕事を失い、15%は労働時間が短くなったと答えた。影響を受けた人の業種は、会社員とパートタイマーが各23.1%、教育関係と医療関係が各19.2%だった。
有職者の65%が失業や労働時間短縮で経済的な困難に直面している一方、回答者の85.3%が電磁波を防ぐ対策を取り、経済的負担が発生していた。無線周波数電磁波を遮蔽するシールドクロスの購入が53.3%(対策実施者の合計で約600万円)、電磁波の少ない地域への転居や住宅の購入・新築が24.0%(約1億5100万円)、蛍光灯から白熱灯への買替えが30.7%(約73万円)電磁波の少ない家電への買替えが22.7%(約300万円)だった。対策の総費用は1億6800万円に達した。

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余談

≪余談1≫「トータルボディロード」に対する批判について、その他

[注:標記「トータルボディロード」の説明については最大限に用心してお読み下さい。]William J Rea 医師(参照)が提唱していた、ストレッサー又は化学物質過敏症や MCS を引き起こす原因に関連する「トータルボディロード」[total body load、又は総負荷量、総身体負荷量](例えば資料「化学物質過敏症 -歴史,疫学と機序-」の「5) その他の仮説」項[P6]を参照、参照、その概略図は例えば資料「トピックス4. 皮膚科領域におけるアレルギーと環境因子 -化学物質過敏症への環境医学的アプローチとその皮膚症状について-」の「図1. 風呂桶モデル(トータル・ボディ・ロード)」[P1305]を参照)において、WEBページ「何を否定し、何を否定していないか」の「臨床環境医学とリンクしているさまざまな主張については、きわめて懐疑的です」項の記述に同意して、トータルボディロードについてはきわめて懐疑的であると考えます。以下に示すように科学的な根拠が充分では無い上に、そもそも分子生物学(又は生化学)が普及している中で、トータルボディロードの説明は化学物質を特定していない等、このレベルから程遠いものでもあると考えます。例えば上記図と論文(全文)「Chemical intolerance: involvement of brain function and networks after exposure to extrinsic stimuli perceived as hazardous」(他の拙エントリのここを参照)の「Fig. 2 Sensory and cognition model of the interrelationships among stimulus factors, limbic system, cortices, symptoms, and responses.」[注:他の拙エントリのここにおける記述も考慮して、この図はストレス反応〔例えば参照〕についての説明の概略も含んでいると考えます。] 一方、「曝露や不耐に関する焦点から知覚に移行する」パラダイムシフトの提唱については※※を参照して下さい。

なお、上記科学的な根拠が充分では無いこととは特に矛盾しない標記「トータルボディロード」に対する批判として、マニュアル「相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.1. 疾病概念」項において、上記総身体負荷量についての次に引用(『 』内)する記述(P51)があります。 『いわゆる「化学物質過敏症」に関して、アレルギーぜん息&免疫学会、米国内科学会、米国カリフォルニア医学協会は既存の論文をレビューし、化学物質過敏症を中毒性の身体疾患とする考え、また極微量でも一定の量が体に進入し続けると身体反応を示すようになるいわゆる「総身体負荷量説」や免疫不全によって生じるという説についても、それらを支持する科学的論文はみつからなかった、とする意見表明を学術誌に掲載しています。』(注:文献番号の引用は省略しています) 加えて、資料『特発性環境不耐症患者(いわゆる「化学物質過敏症」)の発症における心理負荷』の「考察」項にも総身体負荷量についての次に引用(『 』内)する記述があります。 『IEI の源である米国においては,IEI を中毒性の身体疾患と考える Rea らの「Clinical ecology 臨床環境医学」に対する明確な批判があり,彼らが言う「総身体負荷量説」にかかわる免疫学の立場からも厳しい批判がある.』(注:a) 文献番号の引用は省略しています。 b) 引用中の「IEI」は上記特発性環境不耐症のことです。 c) 引用中の「Rea」は上記 William J Rea 医師のことです。) 一方引用はしませんが、ストレスの詳細については、丸井総一郎編の本、「ストレス学ハンドブック」(2015年発行)を参照すれば良いかもしれません。ただし、①「ポリヴェーガル理論」(例えば他の拙エントリのここの「最初に」を参照)や[ホメオスタシス〔生体恒常性、例えば資料「体内環境 - 生物基礎」を参照〕には同本の P25 で言及しているものの]②「アロスタシス」〔他の拙エントリのここの (xiii) 項を参照〕には言及していませんが。

一方、アレルギーの原因としての「トータルボディロード」(WEBページ「食物アレルギー(フードアレルギー)」の「アレルギーの原因」項を参照)に類似するかもしれない体に注がれるアレルゲンの量の視点からの「アレルギーコップ説」又は「アレルギーバケツ理論」は間違いである又は完全に否定されていることについて、大塚篤司著の本、「本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。 “患者の気持ちがわからない”お医者さんに当たらないために」(2020年発行)の 4章 自分を守るために必要な病の知識(免疫・アレルギー・がん) の「寄生虫に対する免疫応答の暴走」における記述の一部(P169~P171)を以下に引用します。

(前略)ところで、あなたは、もしかしたら「アレルギーのコップ」や「アレルギーのバケツ」という話を聞いたことがあるかもしれません。
人間の体をコップに見立てて、ダニやホコリなどのアレルゲンが注がれる水とする理論です。コップの水があふれるように、ある程度のアレルゲンが体の中に入ってくるとアレルギーを発症するのではないかとする考えを「アレルギーコップ説」とか「アレルギーバケツ理論」と呼ばれています。
しかし、これは間違いだと知っておきましょう。
体に注がれるアレルゲンの量が問題ではないことがすでにわかっています。
大事なのは、量ではなくどうやって体に入ってきたか。つまり侵入の経路です。
前述のように人間の体には、異物を体内に取り入れても問題が起きないシステムを備えています。
それは、食事です。
野菜や肉など、自分の体にはないものを口から取り込み、消化して栄養となってとりこまれます。
このときに、口から入ってくる物質をすべて敵とみなしてしまうと大変です。栄養失調で死んでしまいます。
そのため、口から入ってくる異物に関しては、毒がない限り免疫が応答しないシステムを持っています。これを難しい言葉で「経口免疫寛容」といいます。
では、皮膚から入ってくる異物はどうでしょうが?
人間は皮膚から入ってくる異物を栄養とすることはできません。皮膚にはバリアがあり、そこを突き破って入ってくるのはすべて敵です。
皮膚から入ってきた異物を敵として覚えることを経皮感作といいます。
本来、食事として口から入ってくるものが、間違って皮膚から入ってきてしまう場合はどうなるでしょうか?
2005年から2010年まで販売された「茶のしずく石鹸」には、小麦の成分である「グルパール19S」が含まれていました。石鹸は界面活性剤でもあり、皮膚の油を分解します。茶のしずく石鹸で皮膚のバリアは分解され、そこから小麦のアレルゲンが侵入した結果、多くの消費者が小麦アレルギーとなりました。
皮膚から小麦成分が入ってきてしまったため人間の免疫は小麦を敵とみなしました。その結果、食事として口から入ってきた小麦に対してアレルギーを起こしてしまったのです。
こういったことから、「アレルギーコップ説」は現在、完全に否定されており、アレルギーの予防のために、皮膚からのアレルゲン侵入を防ごうという啓蒙活動が進んでいます。
たとえば、アトピー素因がある赤ちゃんに生後からしっかり保湿をしてあげればアトピーは予防できるという研究論文も報告されています(J Allergy Clin Immunol. 2014 Oct; 134(4): 824-830.)。

保湿をしっかりすることで、アレルギー全般も予防できるのではないかという考えが広まり、多くの研究が進んでいるところです。

注:i) 引用中の「J Allergy Clin Immunol. 2014 Oct; 134(4): 824-830.」は次の論文です。 「Application of moisturizer to neonates prevents development of atopic dermatitis」 ii) 引用中の「経皮感作」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 iii) 引用中の「グルパール19S」については次の資料を参照して下さい。 『「化粧品中のタンパク加水分解物の安全性に関する特別委員会」最終結果に関するプレスリリース

※:加えて、次のWEBページにおいて宮田幹夫院長による標記「トータルボディロード」の説明もあります。 「めまいや頭痛、香りが原因? 柔軟剤など苦手な人も(ページ2)」 ちなみに、MCS において標記「トータルボディロード」はセリエ(Selye H)のストレス学説をモデルとしていることについては次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症 ―歴史,疫学と機序―」の「5)その他の仮説」項(P6) 一方、『ハンス・セリエが,「ストレス学説」を発表したことから,多くは医学・生理学的な意味でストレスが用いられるようになり,現在では,精神的・肉体的に負担となるあらゆる環境刺激によって引き起こされる生物機能の変化(ストレス反応)を指すようになった』ことについては、次の資料を参照して下さい。 「ストレスコーピング ―自分でできるストレスマネジメント―」の「1. ストレスとは」項 ちなみに、上記「トータルボディロード」と(上記「ストレス学ハンドブック」をはじめとした)「ストレス反応」とは明確に異なると考えます。

※※:一方、論文(全文)『"Symptoms associated with environmental factors" (SAEF) – Towards a paradigm shift regarding "idiopathic environmental intolerance" and related phenomena[拙訳]「環境要因に関連する症状」(SAEF)–「特発性環境不耐性」及び関連する現象に関するパラダイムシフトに向けて』(他の拙エントリのここを参照)の「Highlights」において次に引用(『 』内)する記述があります。 『Evidence points to a shift from focus on exposure and intolerance to perception.[拙訳]曝露や不耐に関する焦点から知覚に移行することをエビデンスは指し示す。』 ちなみに、上記「論文(全文)」(他の拙エントリのここを参照)のタイトルは「Chemical intolerance: involvement of brain function and networks after exposure to extrinsic stimuli perceived as hazardous.[拙訳]化学物質不耐症:危険と知覚される外因性刺激への曝露後の脳機能及びネットワークの関与」であり、上記「知覚」が考慮されていると本エントリ作者は考えます。

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≪余談2≫多種類の化学物質に対する感受性の個人差について

化学物質の違いによって発症機構がすべて異なることを含む標記個人差について、日本臨床環境医学会編の本、「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)の Ⅱ.診断の手順 の 6.化学物質過敏症との相違 の「3)個人差要因に関する考え方」項における記述(P48)を次に引用します。

3)個人差要因に関する考え方
前述したように,化学物質過敏症は,一般的な中毒の概念では説明できないような微量な化学物質曝露によって生じることから,同一環境においてすべての住人に発症することは稀である.あらゆる疾患は,遺伝要因と環境要因の相互作用で発症すると考えられているが,本症も化学物質曝露という環境因子がその発症に大きく関わっていることは間違いないが,その化学物質に対する感受性には,当然個人差が存在する.飲酒に強い弱いがあるのは,アルコールに対する遺伝的感受性が個々で異なるからであり,「感受性の違い」「異物代謝機能の違い」を決定づける要因の1つとして,本症発症に関する「疾患感受性遺伝子の検索」は重要な研究対象である.本邦においてもこれまでに複数の異物代謝酵素系(薬物代謝酵素)の遺伝子多型と本症発症との関連性の有無について調べられているが,グルタチオンーS-トランスフェラーゼ(GST)や神経障害標的エステラーゼ(NTE)の遺伝子多型と本症との関連性について研究がなされている.化学物質過敏症の発症機構の解明に関して,遺伝学的解析が鍵になることを示唆する研究報告であるが,仮に異物代謝酵素系の遺伝子多型が本症と深く関わるとするならば,個々の化合物の違いによってその発症機構がすべて違うということも意味しており,今後の大きな課題である.

注:(i) この引用部の執筆者は坂部貢です。 (ii) ちなみに、a) MCS の potential case と control の genotype(遺伝子型) を比較した論文を次に紹介します。 「Case-control study of genotypes in multiple chemical sensitivity: CYP2D6, NAT1, NAT2, PON1, PON2 and MTHFR.」(全文はここを参照して下さい) b) 日本人の化学過敏集団を対象とした遺伝子型分析についての論文については、エントリ「何かで何かが起きる(つづき) - 忘却からの帰還の最下位部」を参照して下さい。 c) 地球上には2000万種をはるかに超える化学物質があるとの説はここを参照して下さい。 (iii) 加えて、引用はしませんが、日本人におけるシックハウス症候群と NTE の関連についての論文を次に紹介します。 「Association of sick building syndrome with neuropathy target esterase (NTE) activity in Japanese.」  一方、NTE の活性について、次の資料「シックハウス症候群感受性候補遺伝子の機能解明と疾患モデル動物開発」の「1. 研究開始当初の背景」項における記述の一部を次に引用します。

研究代表者らは有機リン等の被爆が主原因とされるシックハウス症候群の患者単球において、Neuropathy Target Esterase(以下NTE)の活性が健常者に比べて高いことを 2013年に報告した。一方、NTEに有機リンが結合し、NTEとの複合体が形成された後に、そのアルキル基が離脱すると遅延性の OPIDN(organphosphate-induced delayed neuropathy)を引き起こすとも言われていたが、まだその詳細は明らかでなかった。(後略)

注:i) 引用中の「Neuropathy Target Esterase」及び「OPIDN」については、それぞれ次の資料を参照して下さい。 「Neuropathy target esterase(神経障害標的エステラーゼ) 遺伝子導入マウスの作製」 ii) ちなみに、資料「有機リン剤」には、一部の有機リン剤中毒の症状として認められている難治性の遅発性末梢神経障害に関する記述があります。その一方で、次の資料もあります。 「成人の有機リンへの低レベル暴露による長期神経学的、神経心理学的、精神医学的影響についての声明(P8)

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≪余談3≫多種化学物質過敏状態(Multiple Chemical Sensitivity:MCS)において、神経生理学の対象でもある心拍変動(Heart Rate Variability:HRV)についても研究した結果を示す論文(全文)のご紹介、その他

標記論文(全文)は「In-situ Real-Time Monitoring of Volatile Organic Compound Exposure and Heart Rate Variability for Patients with Multiple Chemical Sensitivity[拙訳]MCS を伴う患者の揮発性有機化合物曝露及び心拍変動のその場リアルタイムモニタリング」です。加えて拙ブログ作者が興味を持った論文(本文)における二つの事項について以下に紹介します。ちなみに、 a) 標記に関連する研究成果報告例は次を参照して下さい。 『「化学物質過敏症」を訴える集団における微量化学物質影響のリアルタイムモニタリング』 加えて、上記研究に先立つリアルタイムモニタリングの研究成果報告例、この研究についての資料は次を参照して下さい。 「化学物質過敏症患者の日常生活における化学物質曝露と健康影響に関する研究」、「個人被曝量の計測」 b) バイオフィードバックの視点からの上記「心拍変動」については例えば次の資料を参照して下さい。 「バイオフィードバックにおける心拍変動の可能性」の「2.1 HRV の主要な成分」項(P81)、加えて拙訳はありませんが、神経生理学も関連する慢性 PTSD に対する HRV バイオフィードバックについての資料(全文)は次を参照して下さい。 「Healing the Neurophysiological Roots of Trauma: A Controlled Study Examining LORETA Z-Score Neurofeedback and HRV Biofeedback for Chronic PTSD」 ただし、本資料は PubMed では検索できません。 c) 化学物質不耐症(chemical intolerance)において「さらなる神経生理学的な研究が必要」なことについては他の拙エントリのここを参照して下さい。 d) 標記「HRV」はアロスタティックロード(他の拙エントリのここを参照)の評価に導入されるべきであると主張する論文(全文)については他の拙エントリのここを参照して下さい。 e) 標記「HRV」に関する「低HRV」と「不安」、「パニック症」、「てんかん(癲癇)」、「統合失調症」、「パーソナリティ障害」や「ADHD」との関連については拙訳はありませんが次の論文(全文)を参照して下さい。 「Is Low Heart Rate Variability Associated with Emotional Dysregulation, Psychopathological Dimensions, and Prefrontal Dysfunctions? An Integrative View」の「5. Conclusions」項

[A] 上記本文の「2.4. HRV Analysis」項において、心拍変動の分析(HRV Analysis)について文献番号[20]で参照しているガイドラインHeart rate variability[拙訳]心拍変動」があります。このガイドラインの「Physiological correlates of HRV component」項における記述の一部(P365)を次に引用(『 』)します。 『Under resting conditions, vagal tone prevails[71] and variations in heart period are largely dependent on vagal modulation[72]. The vagal and sympathetic activity constantly interact. As the sinus node is rich in acetylcholinesterase, the effect of any vagal impulse is brief because the acetylcholine is rapidly hydrolysed. Parasympathetic influences exceed sympathetic effects probably via two independent mechanisms: a cholinergically induced reduction of norepinephrine released in response to sympathetic activity, and a cholinergic attenuation of the response to a adrenergic stimulus.[拙訳]安静条件下では、迷走神経の緊張が優勢であり[71]、心臓周期における変動は迷走神経の調節に大きく依存する[72]。迷走神経と交感神経の活動は常に相互作用する。洞結節にはアセチルコリンエステラーゼが豊富に存在するため、アセチルコリンは速やかに加水分解されるので、迷走神経刺激の効果は短い。副交感神経系の影響は、おそらく2つの独立したメカニズムを介して、交感神経系の影響を超える。すなわち、交感神経系の活動に応答して放出されるノルエピネフリンの減少のコリン作動性による引き起こし、そしてアドレナリン刺激への応答のコリン作動性の減弱である。』 (注:拙訳中の「迷走神経」は腹側迷走神経複合体の一部であると考えます。ちなみに、拙訳中の「副交感神経系の影響は(中略)交感神経系の影響を超える」ことに関連するかもしれない「迷走神経ブレーキ」については上記「腹側迷走神経複合体」を含めて次の資料を参照して下さい。 「ポリヴェーガル理論からみた精神療法について」の「2.社会的関わりシステムと腹側迷走神経複合体」項 ちなみに、上記ポリヴェーガル理論については他の拙エントリのここの「最初に」を参照して下さい。) 加えて、タイトル以外は拙訳はありませんが上記「heart rate variability」を含む Table 3 を有する論文(全文)「An idiographic approach to Idiopathic Environmental Intolerance attributed to Electromagnetic Fields (IEI-EMF) Part II. Ecological momentary assessment of three individuals with severe IEI-EMF[拙訳]電磁場に起因する特発性環境不耐性(IEI‐EMF)パートII に対する個別的アプローチ。重症 IEI‐EMF を伴う3名それぞれの生態学的瞬間評価」があります。

[B] 上記本文の「4.4. Case Studies」項において、各被験者に対する予防策についての記述があり、これを次に引用(『 』)します。 『Moreover, from this information, preventive measures were proposed for each subject. There is no common MCS treatment protocol accepted across medical disciplines. Gibson et al. surveyed perceived treatment efficacy for conventional and alternative therapies reported by a person with MCS. As a result, participants rated chemical avoidance, creating a chemical-free living space, and prayer as the three most useful interventions [25]. On the other hand, cognitive therapy, such as mindfulness, are being explored as treatment option for MCS [26,27].[拙訳]さらに、この情報から、各被験者に対する予防策が提案された。医療分野を超えて受け入れられる一般的な MCS 治療プロトコルはない。Gibsonらは、MCS を伴う人から報告された従来療法及び代替療法に対する治療効果の認識を調査した。その結果、参加者は化学物質の回避、ケミカルフリーな生活空間の創出、及び祈りの3つを最も有用な介入法として評価した[25]。一方、マインドフルネス等の認知療法は、MCS の治療選択肢として探求されている[26,27]。』(注:i) 引用中の文献番号「[25]」は次の論文です。 「Perceived treatment efficacy for conventional and alternative therapies reported by persons with multiple chemical sensitivity.」 ちなみに、この論文を紹介する日本語のエントリ『メモ「自己申告ベースのMCSに効く治療法」』があります。 ii) 引用中の文献番号「26」は次の論文です。 「A controlled study of the effect of a mindfulness-based stress reduction technique in women with multiple chemical sensitivity, chronic fatigue syndrome, and fibromyalgia.」 ただし、上記「mindfulness-based stress reduction」(マインドフルネスストレス低減法[例えば参照])は認知療法には含まれないと考えます。 iii) 引用中の文献番号「27」は次の論文です。 「Mindfulness-based cognitive therapy for multiple chemical sensitivity: a study protocol for a randomized controlled trial.」 ちなみに、この論文の続きに相当する論文についての簡単な紹介は他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。)

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≪余談4≫受動喫煙と肺がんとの関連との発表について

2016年8月31日に国立がんセンターから次の発表がありました。「受動喫煙による日本人の肺がんリスク約 1.3 倍」 この発表によると、日本人の非喫煙者を対象とした受動喫煙と肺がんとの関連について、複数の論文を統合、解析するメタアナリシス研究*20の結果を公表するもので、受動喫煙のある人はない人に比べて肺がんになるリスクが約 1.3 倍になるとのこと。

この発表に対し、JT が次に示すコメントを出しました。「受動喫煙と肺がんに関わる国立がん研究センター発表に対する JT コメント」 一方、このコメントに対し、国立がんセンターからは次の応答がありました。「受動喫煙と肺がんに関する JT コメントへの見解」 ちなみに、上記発表WEBページから次の資料がリンクされています。「受動喫煙と肺がんとの関連についてのシステマティック・レビューおよびメタアナリシス」 このファイルにおいて、(日本人を対象とした受動喫煙と肺がんの関連の)システマティック・レビューおよびメタアナリシスについて説明されています。この中の、参考1(P15)で、メタアナリシス/システマティック・レビューの証拠(エビデンス)レベルが示されています。

このやりとりはネット上で大炎上、もとい注目を集めました(例:はてブtogetter)。本エントリ作者には、JT のコメントが、メタアナリシスを理解しないまま作成・発表*21され、国立がんセンターに論破されたように見えます。ちなみに、本エントリのこの項の追加・公開時においては、国立がんセンターからの応答(反論)に対する JT の再反論は、本エントリ作者は見つけることができませんでした。

このような経緯について、中室牧子、津川友介著の本、『「原因と結果」の経済学』(2017年発行)の『COLUMN 2 複数の研究をまとめる「メタアナリシス」』における記述の一部(P075~P076)を次に引用します。

(前略)近年メタアナリシスが注目を集めた例に、国立がん研究センター日本たばこ産業(JT)との対立がある。
世界的にはすでに、受動喫煙が肺がんのリスクを上げるのは確実であると証明されている。そのため、欧米諸国では、公共施設やレストランなどの屋内は法律により完全禁煙となっている。しかし、日本人のデータを用いた研究では、受動喫煙と肺がんの因果関係についてまだ結論が出ていなかった。日本人を対象とした研究はすでにいくつか報告されていたものの、研究の対象になった人の数が少なかったせいで、統計的に有意な結果が得られていなかったのである。
そこで、2016年8月に国立がん研究センターの研究者チームが、国内のデータを用いて行われた9つの観察研究をまとめたメタアナリシスを発表した。これによって、日本人でも受動喫煙によって肺がんのリスクが1.3倍上昇するということが示唆された。これを受け、国立がん研究センターは、たばこを吸わない日本人が受動喫煙によって肺がんになるリスクが上昇するのは確実であると証明できたので、屋内での喫煙を全面的に禁止し、海外のように受動喫煙防止策を実施する必要があることを訴えた。
ところが、この結論にかみついたのが日本のたばこ産業を代表するJTである。国立がん研究センターがメタアナリシスの結果を発表したその日に、社長名で反論コメントを発表した。9つの研究は「研究時期や条件も異なり、いずれの研究においても統計学的に有意ではない結果を統合したもの」であり、メタアナリシスの結果に基づいて「受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論づげることは、困難である」と主張した。
しかし、国立がん研究センターの研究者たちは、ただちにこれに再反論し、「受動喫煙の害を軽く考える結論に至っている」とJTのコメントを批判した。そして、9つの研究は結論ありきでえり好みしたのではなく、日本人のデータを用いた論文のうち、因果関係を示唆するすべての論文を、科学的に確立された手続きに従ってまとめたものであると主張した。受動喫煙はJTが述べるような「迷惑」や「気くばり」といった問題ではなく、「科学的根拠に基づく健康被害の問題である」とJTの主張をエビデンスをもとに一刀両断したのである。その結果、受動喫煙が肺がんのリスクを上げるということが広く認知されることとなった。

上記とは別に、このエビデンスレベルの高いメタアナリシス研究を持ち出して、日本人において、受動喫煙により肺がんになるリスクが高くなることを主張する人は、同様にエビデンスレベルの高いシステマティック・レビューにより疾患概念「MCS」の存在が否定されていること[(2)項参照]の主張を受け入れるしかないのでは*22と本エントリ作者は考えます。換言すると、前者を主張する人で、合理的な根拠なしに、後者の主張を頑として受け入れない人はいないことを本エントリ作者は期待しています*23

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≪余談5≫政策の効果とは因果効果でなければならないことについて

標記について、田中隆一著の本、「計量経済学の第一歩 実証分析のススメ」(2015年発行)の CHRPTER1 なぜ計量経済学が必要なのか の『1 政策の「効果」とは』における記述の一部(P2~P4)を次に引用します。

(前略)いま,政策の「効果」という言葉が出てきました。ここで言う政策の効果とは,「この政策によって引き起こされた結果」という因果関係としての効果を意味しています。政策の効果を計測するためには,それぞれの政策が因果の意味で引き起こす結果をできるだけ正確に把握することが必要になってきます。たとえば,習熟度別少人数指導を導入することの効果は,それによって算数のテストの点数が引き上げられたときにはじめて「効果あり」と言えます。逆に政策が直接引き起こした結果ではなく,たまたま起きる変化や,別の原因によって変化が起きている場合には因果関係としての効果とは言えません。(中略)

この因果効果を計測することの重要性について理解するために,別の例として「朝ご飯と成績の関係」について少し考えてみましょう。文部科学省が小学校6年生と中学校3年生を対象に毎年行っている「全国学力・学習状況調査」では算数(数学)と国語のテストとともに,いくつかのアンケート調査を実施しています。そのアンケートの調査項目の1つとして,「朝食を毎日食べてい」るかどうかを問う質問があります。この質問の意図の1つは,朝ご飯をしっかりと摂ることは学力の向上に対して効果があるのかどうかを知りたいというものがあるのではないかと思われます。
実際にこのアンケート調査の結果とテストの点数とをつきあわせてみると,「朝ご飯を毎日食べている生徒はテストの点数が高い」ということがわかります(冒頭の新聞記事参照)。さて,このことから,「朝ご飯を食べると学力を伸ばすことができる」として,「学力向上のための朝給食」という政策を支持することができるでしょうか。
「朝ご飯を毎日食べている生徒はテストの点数が高い」というのは,朝ご飯を毎日食べている生徒のほうが そうでない生徒に比べてテストの点数が高い「傾向」があるということを意味しているにすぎません。たとえば,毎日朝ご飯を食べている生徒の家庭では,親が朝ご飯だけではなく子どもの勉強の面倒を見ていたり,塾に通わせていたりするといった子どもへの関心の高い家庭であり,それが傾向的に高いテストの点数として表れているのかもしれません。もし朝ご飯を毎日食べているということが こういった家庭環境の違いを反映しているにすぎず,この家庭環境の違いこそがテストの点数の違いの本当の原因であったとするのであれば,いままで朝ご飯を食べていなかった子どもに給食で朝ご飯を食べさせたとしても,家庭環境が変わらない限りテストの点数は以前と変わらないことになります。このような「傾向」としての関係は因果関係とは区別して相関関係とよばれるものですが,相関関係は必ずしも政策の効果を表しているとは限りません。政策の効果とは,因果効果でなければならないのです。(後略)

注:i) 引用中の「冒頭の新聞記事」の引用は省略しています。 ii) 上記引用に関連する次に示すWEBページは、計量経済学の視点からはいかがなものかと本エントリ作者は考えます。 『「朝食メニューと成績」の意外に密接な関係』 iii) 一方、「エビデンスに基づく政策形成」とは何かについては次の資料を参照して下さい。 『「エビデンスに基づく政策形成」とは何か』 加えて、『「エビデンス」と「評価」はなぜ政策現場で疎んじられるのか?』については次の資料を参照して下さい。 『「エビデンス」と「評価」はなぜ政策現場で疎んじられるのか?』 その上に、次の資料もあります。 「EBPM(エビデンスに基づく政策立案)に関する有識者との意見交換会報告(議論の整理と課題等)」 iv) また、引用中の「因果関係とは区別して相関関係とよばれる」に関連する『「相関関係」と「因果関係」の違いを理解すれば根拠のない通説にだまされなくなる』ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『「相関関係」と「因果関係」の違いを理解すれば根拠のない通説にだまされなくなる!』 加えて、上記『「相関関係」と「因果関係」』に関連する次のWEBページもあります。 「相関関係と因果関係の違いを知ろう」、「相関関係と因果関係」、『騙されやすい人は「相関と因果」をわかってない 科学的思考を身につけることの重要な意義』 その上に、「因果関係と相関関係は違う」ことについて、村松むつみ著の本、『「エビデンス」の落とし穴』(2021年発行)の 第4章 あやしい健康常識はこうして生まれる の 3 あやしい健康情報のテンプレート 「○○すると△△になる」 の「◆因果関係と相関関係は違う」における記述の一部(P163~P164)を次に引用します。

また、「○○すると△△になる」ようにみえることでも、じつは相関関係(=何らかの関連性)があるだけで、因果関係(=原因と結果の関係)ではないことがあります。
たとえば、「コーヒーをたくさん飲む人は肺がんになりやすい」という調査結果があります(67)。しかし、これだけではコーヒーが原因で肺がんになるのかどうかはわかりません。同時に、「コーヒーをたくさん飲む人は喫煙本数も多い」「喫煙者は、タバコを吸うために、喫煙可の喫茶店に行き、長居する傾向がある」という事実があれば、どうでしょうか。
「タバコは肺がんの原因になるが、コーヒーと肺がんの関係に、タバコが関連している可能性がある」とも考えられると思います。ここで言う「タバコ」にあたるものは、「交絡因子」と呼ばれます。
いずれにしても、明らかに関連がある場合を除いて、推測で関連づけをしてしまうのはお勧めできません。(後略)

注:i) 引用中の文献番号「(67)」は次の論文です。 「Coffee Consumption and Lung Cancer Risk: The Japan Public Health Center-Based Prospective Study」 ii) 引用中の「交絡因子」については例えば次の資料を参照して下さい。 「交絡因子を考える」 iii) 引用中の「○○すると△△になる」に関連する「前後関係」と「因果関係」は同じではない、すなわち「Aの後でBが起きたとしても、AがBの原因であるとは限らない」ことについては「前後即因果の誤謬」を含めて次のWEBページを参照して下さい。 「新型コロナワクチンで死亡例? 誤った情報をうのみにしないで

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≪余談6≫ネットにおけるエコーチェンバー、フィルターバブル、そしてフェイク・ニュースについて、その他

*24
最初に前者のエコーチェンバーについて、Facebook 等のソーシャル・ネットワーキング・サービスを対象とした複数の論文要旨、資料、WEBページ等を以下に紹介します。次に、 i) 標記「エコーチェンバー」については次のWEBページを参照して下さい。 「『ソーシャルメディア時代の科学と社会』(第1部) 2017年度所内セミナー開催報告」の「他者に対する寛容さが失われている」項、「 新型コロナワクチン “不妊デマ”はなぜ拡散し続けるのか?」の特に「2つに分断されたアカウント群 異なる意見入りづらく」項 加えて、標記「エコーチェンバー」はもちろん「フィルターバブル」についても次のWEBページや資料を参照して下さい。 「第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0」、「情報とどう付き合う? ネット社会をよりよくするためのこれからのコミュニケーション講座」、「ウェブの功罪」の「2. ウェブで進化する偽ニュース」項 その上に、ネットにおけるエコーチェンバーに関連する研究レポート例は次を参照して下さい。 「結びつくことの予期せざる罠 -ネットは世論を分断するのか?-」 ii) 一方、ツイッターを対象とした論文要旨の紹介はここを参照して下さい。さらに、「福島第一原子力発電所事故後の半年間における、放射線に関するTwitter利用とインフルエンサーネットワークの可視化についての分析調査」については次の資料を参照して下さい。 「福島第一原子力発電所事故後の半年間における、放射線に関するTwitter利用とインフルエンサーネットワークの可視化についての分析調査報告書、日本語版の御案内」(注:この資料に対応する論文要旨はここを参照して下さい) iii) これら以外にも、『「エコーチェンバー」という、自分の好ましい情報だけに囲まれる情報環境の中で生活する現代人』や(「エコーチェンバー」が)「リスクコミュニケーションを妨げている問題の本質」であることについて、福田充著の本、「リスクコミュニケーション 多様化する危機を乗り越える」(2022年発行)の 第5章 危機におけるインフォデミック の「閉じていくネットワーク」における記述の一部(P141)を次に引用(【 】内)します。 【「エコーチェンバー」という、自分の好ましい情報だけに囲まれる情報環境の中で生活する現代人。その中で集団極性化が発生するのと同時に、「フィルターバブル」が極端化してバブル同士を分断するのが、現代のネットにおける分断社会である。また、マスメディアだけでは、若者、SNSユーザーには伝わらず、さらにSNSで情報発信してもエコーチェンバーで反響するだけでそのチェンバーやバブルの外には拡散しないというジレンマがある。そしてそれはリスクコミュニケーションを妨げている問題の本質となっている。】 iv) 陰謀論と確証バイアスの関連については、次のWEBページを参照して下さい。 「陰謀論を増幅 ネットの共鳴箱効果」 v) 「エコーチェンバー現象の恐ろしさ」についての note「エコーチェンバー現象の恐ろしさ 」や『誤情報が増幅される「エコーチャンバー現象」に注意』についての次のWEBページもあります。 『今日もコロナのデマをラインで…家族が誤情報を信じてしまう「3つの心理」(ページ2)』の『SNSで誤情報が増幅される「エコーチャンバー現象」に注意』項 vi) 標記「エコーチェンバー」にも関連するフェイクニュースについてはここを参照して下さい。

①論文(全文)「The spreading of misinformation online[拙訳]オンラインでの誤報の拡散」(注:PubMed 要旨はここを参照して下さい) この論文(全文)の「Significance」及び「Abstract」における記述を次に引用します。

Significance
The wide availability of user-provided content in online social media facilitates the aggregation of people around common interests, worldviews, and narratives. However, the World Wide Web is a fruitful environment for the massive diffusion of unverified rumors. In this work, using a massive quantitative analysis of Facebook, we show that information related to distinct narratives––conspiracy theories and scientific news––generates homogeneous and polarized communities (i.e., echo chambers) having similar information consumption patterns. Then, we derive a data-driven percolation model of rumor spreading that demonstrates that homogeneity and polarization are the main determinants for predicting cascades' size.

Abstract
The wide availability of user-provided content in online social media facilitates the aggregation of people around common interests, worldviews, and narratives. However, the World Wide Web (WWW) also allows for the rapid dissemination of unsubstantiated rumors and conspiracy theories that often elicit rapid, large, but naive social responses such as the recent case of Jade Helm 15––where a simple military exercise turned out to be perceived as the beginning of a new civil war in the United States. In this work, we address the determinants governing misinformation spreading through a thorough quantitative analysis. In particular, we focus on how Facebook users consume information related to two distinct narratives: scientific and conspiracy news. We find that, although consumers of scientific and conspiracy stories present similar consumption patterns with respect to content, cascade dynamics differ. Selective exposure to content is the primary driver of content diffusion and generates the formation of homogeneous clusters, i.e., "echo chambers." Indeed, homogeneity appears to be the primary driver for the diffusion of contents and each echo chamber has its own cascade dynamics. Finally, we introduce a data-driven percolation model mimicking rumor spreading and we show that homogeneity and polarization are the main determinants for predicting cascades' size.


[拙訳]
意義
オンラインソーシャルメディアにおけるユーザー提供コンテンツの幅広い利用可能性は、共通の関心事、世界観及びナラティブに基づいた人々の集約を促進する。しかしながら、World Wide Web は未確認の噂の大規模な拡散のために有効な環境である。この研究では、Facebook の膨大な量的分析を使用して、別のナラティブ-陰謀説や科学ニュース-に関連する情報が、同様の情報消費パターンを持つ均質で分極化したコミュニティ(エコーチェンバー[共鳴室])を生成することを示す。それから、均質と分極がカスケードサイズを予測するための主要な決定要因であることを実証する噂の広がりのデータ駆動パーコレーションモデルを引き出す。

要旨
オンラインソーシャルメディアにおけるユーザー提供コンテンツの幅広い利用可能性は、共通の関心事、世界観及びナラティブに基づいた人々の集約を促進する。しかしながら、World Wide Web(WWW)はまた、アメリカにおいて最近、単なる軍事的訓練が新しい内戦の開始として知覚されたと判明した Jade Helm 15 のケース等、しばしば急速で大規模であるが、信じやすい社会的反応を誘発する根拠のない噂や陰謀説を急速に普及させる。本研究では、徹底的な定量分析を通して誤情報の拡散を支配する決定要因を我々は取扱う。特に我々は、Facebook のユーザーが科学と陰謀のニュースという2つの異なるナラティブに関する情報をどのように消費するかに焦点をあてる。科学と陰謀の話の消費者はコンテンツに関して類似の消費パターンを示しているが、カスケードダイナミックスは異なることを我々は見出した。コンテンツに対する選択的な曝露は、コンテンツ拡散の主要なドライバー(追い立てるもの)であり、均一なクラスター、すなわち「エコーチェンバー」の形成を生じる。実際、均質性は内容物の拡散の主要な要因であると思えて、各エコーチェンバーはそれ自身のカスケードダイナミックスを有する。最後に、我々は噂の拡散を模倣したデータ駆動パーコレーションモデルを紹介し、カスケードサイズを予測するための均質性と分極が主な決定要因であることを示す。

注:(i) 引用中の「パーコレーションモデル」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「パーコレーション理論を用いた市街地の防災性評価」 (ii) 引用中の「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 (iii) 引用中の「ナラティブ」に該当する「ナラティヴ」については、他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「分極」をもたらす一要因かもしれない行動経済学の視点からの「人の判断は非合理的」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「[第1回]意思決定とは? 合理性を前提とした医療の限界 - 行動経済学×医療」の「人の判断は非合理的」項 加えて、仮説における「確証バイアス」について、三宮真智子著の本、「メタ認知で〈学ぶ力〉を高める 認知心理学が解き明かす効果的学習法」(2018年発行)の 第2部 メタ認知的知識を学習と教育に活かす の Section 3 思考・判断・問題解決編 の「仮説は修正されにくい」における記述(P113)を以下に引用します。この引用のすぐ下のに上記「確証バイアス」についてのWEBページ、資料が紹介されています。その上に、「人は見たいように見る」ことの視点からの「確証バイアス」について、笹原和俊著の本、「フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論プロパガンダのしくみ」(2018年発行)の 第2章 見たいものだけ見る私たち の「見たいように見る」における記述の一部(P54)を以下に引用します。また上記「見たいように見る」ことに関連する「信じたいものだけを受け入れる」については次のWEBページを参照して下さい。 「なぜ急速に拡散する? フェイクニュースの科学」の「信じたいものだけを受け入れる」項 さらに、ニセ科学批判の視点からを含む「確証バイアス」について、 a) (避けなければならない)「確証バイアス × エコーチェンバー効果の泥沼」については次のWEBページを参照して下さい。 『「その情報、ソースはどこから?」医学・健康情報の階層を考える』の「確証バイアスとエコーチェンバー効果」項 b) 上記「確証バイアス」に関連するかもしれないツイートがあります。 c) 菊池聡著の本、「なぜ疑似科学を信じるのか 思い込みが生みだすニセの科学」(2012年発行)の 第4章 科学的という「錯覚」 の『体験が強化する「思い込み」――確証バイアス』及び「自説に都合のよいデータを確証的に集める」における記述の一部(P88~P91)を以下に引用します。 d) 佐巻健男著の本、「暮らしのなかのニセ科学」(2017年発行)の 第1章 ニセ科学をなぜ信じてしまうのか の「確証バイアス」における記述の一部(P31~P32)を以下に引用します。 e) 一方、不協和な状態を低減または除去させるための自分の他の信念を確証できる証拠を集めることを含む認知的不協和及びリフレクティブ思考について、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第1章 はじめに-振動する脳のネットワーク の Key Word の「認知的不協和」における記述(P26)を以下に引用します。また、上記「確証バイアス」以外にも、エビデンスの不確かな情報を信じてしまう原因としての「ウィンザー効果」と「ハロー効果」について、共に村松むつみ著の本、『「エビデンス」の落とし穴』(2021年発行)の 第4章 あやしい健康常識はこうして生まれる の「◆ウインザー効果とハロー効果」における連続する記述の一部(P150~P151)を以下に引用します。

私たちが何か仮説を立てると,その仮説に合う事実にばかり目が向きがちになります。たとえば,「モーツァルトの音楽を聴くと学習意欲が高まる」という仮説を立てたとします。すると,モーツァルトの音楽を聴いて学習意欲が高まった事例が目につきやすくなります。一方で,モーツァルトの音楽を聴いていても学習意欲が高まらなかった事例には目が向きにくくなります。
迷信や言い伝えを信じてしまう背景にも似たようなところがありますが,最もわかりやすいのは,占いではないでしょうか。「乙女座のあなたには,今日よいことが起こるでしょう」という占いを見てから出かけると,「やっぱり当たっていた!」と感じることが多いはずです。それは,「乙女座の私には,今日,何かいいことが起こる」と期待している(仮説をもっている)ために,そのような期待(仮説)がなければ見過ごしてしまうような些細な出来事にも注意を向けるためです。つまり,注意の向け方に偏りが生じるわけです。
このように,私たちは通常,予想・期待に合致する出来事に目が向きやすくなります。仮説や予想を支持する情報(出来事)に目が向きやすく,仮説や予想に反する情報には目が向きにくいという私たちの認知傾向を,確証バイアス(confirmation bias)と呼びます(Wason, 1960)。仮説を検証する場合には,自分の判断に確証バイアスがかかっていないかを問い直すことが必要です。
この現象は,「自分の立てた仮説を支持したい」「自分の仮説に合わないことは無視しよう」といった意志によって起こるわけではありません。そうした作為がなくとも生じるものなのです。

注:i) 引用中の「Wason, 1960」は次の論文です。 「On the failure to eliminate hypotheses in a conceptual task.」 ii) 引用中の「確証バイアス」については例えば次のWEBページや資料を参照して下さい。 「確証バイアス」、『医療に関する情報検索の落とし穴 「確証バイアス」に陥らないために - 教えて!けいゆう先生』、「心の不思議 誤信?思い込み?」、「意思決定での勘や経験の落とし穴」の「確証バイアス」項 加えて、上記「確証バイアス」を心理学的実験から解説したWEBページは次を参照して下さい。 「【確証バイアスとは】意味・例を心理学的実験からわかりやすく解説」 iii) 引用中の「私たちは通常,予想・期待に合致する出来事に目が向きやすくなります」に関連するかもしれない「色眼鏡」(で見ない)については次のWEBページを参照して下さい。 「心の不思議 誤信?思い込み?」、「研究者に必要な資質は何? ノーベル賞の山中・赤﨑両教授が学生の質問に回答」の「色眼鏡を外して、透明な目で真実を見れるかどうか」項

見たいように見る
「人は見たいように見る」というのは、古代ローマの軍人・政治家のユリウス・カエサルの言葉で、これは人間の認知バイアスの特徴を端的に表現しています。自分の意見や価値観に一致する情報ばかりを集め、それらに反する情報を無視する傾向を「確証バイアス(Confirmaton Bias)」と言います。簡単に言うと、「見たいものを見て、信じたいものを信じる」ということです。(後略)

注:(i) 引用中の「認知バイアス」についてはここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「見たいものを見て、信じたいものを信じる」とは逆かもしれない「自分が望むようにではなく、あるがままに物事を見ること」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「見たいものを見て、信じたいものを信じる」に関連する「人はもともと、信じたいものだけを信じる傾向がある」ことについて引用中の「確証バイアス」を含めて、村松むつみ著の本、『「エビデンス」の落とし穴』(2021年発行)の 第4章 あやしい健康常識はこうして生まれる の「◆確証バイアス~人は信じたいものだけを信じる」における連続する記述の一部(P149)を三分割して次に引用(それぞれ【 】内)します。 【人はもともと、信じたいものだけを信じる傾向があります。ある信念を信じると、それを補強するような証拠ばかりを集めてしまいます。】、【自分の考えを支持する情報を集め、相反する情報は、無視してしまう。これを「確証バイアス」と言います。】、【これは、情報を受け取る一般の人々だけではなく、医療の専門家や、研究者でも起こりうる心理的な偏りです。】(注:上記「人は信じたいものだけを信じる」ことに類似する「人は信じたいものを信じる」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『医療に関する情報検索の落とし穴 「確証バイアス」に陥らないために』の「◆人は信じたいものを信じる」項) (iv) 一方、上記「見たいものを見て、信じたいものを信じる」に関連する、 a) 「自分の見たいようにしか情報を見れない」ことについては YouTube第26回慢性痛講座 恐怖回避思考」の 7:34~を参照して下さい。 b) 加えて、「人は信じたいものを信じ、信じたくないものは信じない」ことについてのツイート(その1その2)や、そして「ひとつの観念にとらわれて、それを真実と思いこんだら、真実を知るチャンスを失う」ことについてのツイートが それぞれあります。 c) その上に、「私たちは皆、自分の信念を支持するものごとを好み、それに反するものごとを嫌う」こと、「反証があるにもかかわらず、その人をして何かを信じさせ続ける」ことや「感情的現実主義に歯止めをかけないと、考え方が独善的で柔軟性のないものになる」ことを含む「感情的現実主義」について、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「第13章 脳から心へ――新たなフロンティア」における記述の一部(P466~P467)を次に引用します。

(前略)感情的現実主義――自分が信じているものを実際に経験するという現象――は、脳の配線のゆえ必然的に生じる。内受容ネットワークの身体予算管理領域(メガフォンを持つ、口うるさくて聞く耳を持たない内なる科学者)は、脳内でもっとも強力な予測者と、また一次感覚領域は熱心な聞き手と見なせる。経験と行動の主たる操縦者は、論理や理性ではなく気分に駆り立てられた、身体予算に関する予測なのだ。私たちは皆、あたかも風味が食物のなかに宿っているかのように、「この食べ物はおいしい」と思い込む。実のところ、風味は構築物であり、おいしいという感覚は私たち自身が持つ一種の気分である。戦場で兵士が、非武装の村人の手に銃が握られているのを知覚するとき、彼はほんとうに銃を見ているのかもしれない。それは純粋な知覚であり、見間違いではない。空腹の判事は、囚人の仮釈放を認めるか否かの裁定に否定的な判断を下しやすい。
感情的現実主義の影響を完全に免れることのできる人はいない。知覚は、世界を撮影した写真などではない。フェルメールの絵のような写真と見まがう絵ですらない。それよりも、ヴァン・ゴッホやモネの絵に近い(運が悪ければ、ジャクソン・ポロックの絵かもしれない17)。
しかし感情的現実主義は、その効果に着目することでそれが作用していることを見抜ける。何かが正しいとわかっているという直感を抱いたときはつねに、感情的現実主義の影響を受けている。ニュース報道や物語を聞いて、その内容を頭から信じたとき、そこには感情的現実主義が働いている。特定のメッセージや、それを発した人にただちに反感を覚えたときにも。私たちは皆、自分の信念を支持するものごとを好み、それに反するものごとを嫌う。
感情的現実主義は、反証があるにもかかわらず、その人をして何かを信じさせ続ける。無知や悪意のせいではない。脳の配線や働き方の問題なのであり、見るもの、信じるもののすべてが、脳の身体予算管理の影響を受けているのだ。
感情的現実主義に歯止めをかけないと、考え方が独善的で柔軟性のないものになる。対立する二つのグループのそれぞれが、「自分たちは絶対に正しい」と信じ込んでいると、政争、イデオロギーをめぐる争い、さらには戦争すら起こりうる。(後略)

注:(i) 引用中の原注番号「17」の内容(P574)を次に引用(『 』内)します。 『脳は、ミツバチや車のような表象を構築して、それから自己に対するその意識を評価するのではない。身体予算に対する意義は、そのそも内受容予測を介して構築プロセスに組み込まれている。この見方は、最初に対象物を知覚し、しかるのちに自己との関連性、新奇性などといった基準に照らしてそれを評価すると考える、情動の因果評論理論と呼ばれる古典的理論と対立することに留意されたい。』(注:引用中の「内受容予測」については他の拙エントリのここ及び次の資料を参照すると良いかもしれません。 「予測的符号化・内受容感覚・感情」) (ii) 引用中の「感情的現実主義」において、 [a] これは「見ることは信じること」ではなく「信じることは見ること」だと示唆することについて、引用元の本の「第4章 感情の源泉」における記述の一部(P133)を次に引用(【 】内)します。 【「見ることは信じること」ということわざがある。しかし、感情的現実主義は、「信じることは見ること」だと示唆する。】 [b] これは『我々の「現実」が感情によって形成されるという意味』であることについては次の資料を参照して下さい。 「マインドフルネスにおける身体性」の「2.3.1 感情的現実主義」項 [c] これに関連する「人はそのニュースが事実かどうかではなく、感情的に好きかどうか、信じられるかどうかの判断基準を優先するようになる」ことについて、福田充著の本、「リスクコミュニケーション 多様化する危機を乗り越える」(2022年発行)の 第4章 フェイクニュースがもたらすポスト・トゥルースの分断社会 の「ポスト・トゥルース時代を支えるフィルターバブル」における記述の一部(P119)を次に引用(《 》内)します。 《ネットやSNSの情報環境の中で、人はそのニュースが事実かどうかではなく、感情的に好きかどうか、信じられるかどうかの判断基準を優先するようになり、真偽の判定よりも、感情の動きのほうが重要だと感じている。そしてその社会はもはやフェイクニュースでさえない「オルタナティブ・ファクト」がエコーチェンバーやフィルターバブルの中で反響する社会であり、ポスト・トゥルース社会なのである。》(注:1) 引用中の「オルタナティブ・ファクト」については『陰謀論は「オルタナティブ・ファクト」である』ことを含めて、同本の 第6章 陰謀論と民主主義の危機 の「陰謀論を生み出す心理とネットワーク」における記述の一部(P153)を次に引用[『 』内]します。 『陰謀論は「オルタナティブ・ファクト」である。先述したように信者にとってそれはデマでもフェイクニュースでもなく、「オルタナティブ・ファクト」、嘘や偽りではない、もう一つの真実、隠された真実なのである。』 2) 引用中の「ポスト・トゥルース」に関連する「ニュースとしての真偽の判断よりも、自分がそれを好きかどうかという感情に支配されるのがポスト・トゥルース社会なのである」ことについては、同本の 第4章 フェイクニュースがもたらすポスト・トゥルースの分断社会 の「ポスト・トゥルース時代を支えるフィルターバブル」における記述の一部(P117~P118)を次に引用[【 】内]します。 【そのポスト・トゥルース社会においてフェイクニュースが信用されてしまう理由は、もはやその情報が正しいかどうかではなく、自分にとって好ましいかどうかという基準で判断されるようになってしまうことによるものである。つまり、ニュースとしての真偽の判断よりも、自分がそれを好きかどうかという感情に支配されるのがポスト・トゥルース社会なのだ。』 3) 引用中の「フェイクニュース」についてはここを参照して下さい。 4) 引用中の「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」については共にここを参照して下さい。) [c] 引用中の「感情的現実主義」(affective realism)に関連する「感情と社会的判断」(affect and social judgment)における「生理学的反応性」(physiological reactivity)と「内受容感覚」(interoceptive sensitivity)については次の Preprint(全文)を参照して下さい。 「Affect and social judgment: The roles of physiological reactivity and interoceptive sensitivity[拙訳]感情と社会的判断:生理的反応性と内受容感覚の役割」 なお、上記 Preprint(全文)の「5. Conclusion」項において次に引用(【 】内)する記述があります。 【Additionally, these findings suggest that individuals with greater interoceptive sensitivity maybe less likely to project incidental affect onto others when making social judgments. This may have important implications for groups who tend to have poorer interoceptive ability (e.g., women, the elderly,or certain clinical populations; S. Khalsa, Rudrauf, & Tranel, 2009; S. S. Khalsa et al., 2018; Moeini-Jazani, Knoeferle, de Molière, Gatti, & Warlop, 2017; Murphy, Viding, & Bird, 2019).[拙訳]さらに、より大きな内受容感覚を伴う個々人は、社会的判断を行う際に、他者に付随的な感情を投影する可能性が低いかもしれないことを示唆する。これは、内受容の能力が低い傾向にあるグループにとって重要な含意を、これらの知見は有するかもしれない(例えば、女性、年配、又は特定の臨床集団;S. Khalsa, Rudrauf, & Tranel, 2009; S. S. Khalsa et al., 2018; Moeini-Jazani, Knoeferle, de Molière, Gatti, & Warlop, 2017; Murphy, Viding, & Bird, 2019)。】(注:1) 引用中の「S. Khalsa, Rudrauf, & Tranel, 2009」は次の論文です。 「Interoceptive awareness declines with age」 1) 引用中の「S. Khalsa, Rudrauf, & Tranel, 2009」は次の論文です。 「Interoceptive awareness declines with age」 2) 引用中の「S. S. Khalsa et al., 2018」は次の論文です。 「Interoception and Mental Health: A Roadmap」 加えて他の拙エントリのここを参照して下さい。 3) 引用中の「Moeini-Jazani, Knoeferle, de Molière, Gatti, & Warlop, 2017」は次の論文です。 「Social Power Increases Interoceptive Accuracy」 4) 引用中の「Murphy, Viding, & Bird, 2019」は次の論文です。 「Does atypical interoception following physical change contribute to sex differences in mental illness?」) (iii) 引用中の「内受容ネットワーク」、「身体予算管理領域」については共に他の拙エントリのここを参照して下さい。 (iv) 引用中の「気分」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (v) (構成主義的情動理論の視点からの)引用中の「知覚」については他の拙エントリのここにおける引用を参照して下さい。 (vi) 引用中の「一次感覚領域」に関連するかもしれない「一次体性感覚野」については次のWEBページを参照して下さい。 「一次体性感覚野 - 脳科学辞典

体験が強化する「思い込み」――確証バイアス

認知「バイアス」とは、人が情報を公平に処理せずに、一定の方向へ歪んだ認知情報処理を行う現象である。錯覚や錯誤は、この認知バイアスの結果として発生する。
数ある認知バイアスの中でも、広汎に見られ、かつ強力なことが知られているのか「確証バイアス」である。これは、簡単にいえば、人は現在持っている信念、期待、理論、仮説、予想を支持し、確証する情報を求め、反証となる情報の収集を避けたり、利用を失敗する傾向を持つことである。
たとえば「あの占い師、すごく当たるんだってね」と聞かれれば「へえ、どれくらい当たったの?」と応じるだろう。「へえ、どれくらいハズシているの?」とはなかなかならない。人は「当たる」という期待を確認しようとし、反証例や否定的な例を探そうとしない。
先の例でいえば、「雨乞いをすると雨が降るらしい」と考えている人は、実際の気象記録を観察するときには、たいていは「雨乞いをして、雨が降った実例」を確認しようとするはずだ。雨乞いが有効だと思っていて「雨乞いなしで雨が降る例を探す、もしくは雨乞いをしても雨が降らない例を探して、仮説の誤りを確かめようとする」という考え方は、日常的な思考ではきわめてとりにくいだろう。
人がこうした傾向を持つことは古くから知られており、フランシス・ベーコンがイドラ(正しい思考を妨害するもの)のひとつとして指摘しているものだ。いわく、人の知性は、一度仮説や期待、思い込みを持つと、その仮説に拘束され、仮説が切り取るように世界を認識する。そして、仮説に合致しない例は、無視したり排除するなどして当初の仮説を守り抜こうとするという。
そして、この確証バイアスが、疑似科学の理論形成に非常に重要な役割を果たす。なぜなら、この働きによって、たとえ誤った発見であっても、その正しさを確証する科学的証拠が自動的に探しだされ、その結果、信念がどんどん強化されてしまうからである。

自説に都合のよいデータを確証的に集める

確証バイアスによって起こる情報の歪みは、大きくふたつに分類できる。
まず、多くの情報の中から、自分の考えに適合するもののみを無意識のうちにピックアップするもので、いわば量的な確証バイアスである。もうひとつは、あいまいで多義的に解釈できる情報や、材料不足で解釈できない情報から、仮説に一致する解釈を導きだすもの、これは質的な確証バイアスとしておこう。
これらのバイアスを働かせて、私たちは、自分に都合がいいように世界を切り取っているのである。そして、たとえトンデモない仮説であっても、日々観察する膨大な事実の中から、それを確証する情報を選択的に見つけだし、有利に解釈をすることができるのた。
たとえば、「血液型B型の人はひねくれている」という(デタラメな)仮説を胸に秘めて、身の回りの人の行動を観察してみよう。すると、この仮説に合致する確証データは、驚くほど何人も発見されるはずだ。もちろんA型でもO型でも、ひねくれた行動はあるのだが、なかなか注意をひかない。そもそも仮説ではB型の人に注目しているからだ。もし、そうした反証例に気がついたとしても「たまにはそういう人もいるよね」と例外化されて重要性を低く認識されてしまう。
また、性格という概念は複雑な側面をもち、多様に評価することができるため、誰にでも多少は「ひねくれた」と解釈できる行動はある。それを期待をもって見ることで、B型に限ってそのひねくれ度が強く解釈されることになる。
こうして、B型にまつわる誤信念は、たくさんの「思い当たるフシ」によって強化され、それがまたバイアスがかかった観察を生むのである。これが確証ループによって信念が成長していく過程である(図4-1)。
科学研究では自分の予測にあわせて作為的にデータを選択することは不正行為と見なされる。しかし、人の認知システムは自覚がないうちに、予期に合わせたデータのトリミングや歪曲を行っているのである。

注:(i) 引用中の「図4-1」の引用は省略します。 (ii) 認知行動療法の視点からの引用中の「信念」についてはここを参照して下さい。 (iii) 引用中の「認知バイアス」について、 a) 次の資料や note を参照して下さい。 「認知バイアスとは何か」、「最新刊『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』予約開始のお知らせ!」の「監修者まえがき」項 b) ヘルスリテラシーの視点からは次のWEBページを参照して下さい。 「意思決定での勘や経験の落とし穴」 c) (医師の)診断エラーの視点からは次のWEBページを参照して下さい。 「[第3回]診断エラーの予防:認知バイアス① - ケースでわかる診断エラー学」、「[第4回]診断エラーの予防:認知バイアス② - ケースでわかる診断エラー学」 d) 室内環境汚染のリスクコミュニケーションとしての視点からはマニュアル「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の 9.2.1. リスク認知の特徴  の「認知バイアス」項(P173~P174)を参照して下さい。 e) 錯思の視点からは次のWEBページを参照して下さい。 「錯思コレクション100について」 f) 情動の視点からは他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 g) これら以外にも、「災害における認知バイアス」については次の資料を参照して下さい。 「■災害における認知バイアスをどうとらえるか -認知心理学の知見を防災減災に応用する-

確証バイアス

人間は、自分の信じていることと矛盾する証拠を無視したり、曲解する傾向があるだけではなく、自分の信じていることを裏付ける証拠や議論ばかりに目を向け、認知する心的傾向があります。これを確証バイアスと言います。
確証バイアスとは、一言で言えば「自分に都合のよい事実だけしか見ない、集めない」ということです。自分に都合の悪い事実は無視したり、探す努力を怠ったりします。このため、最初に自分が信じた考えを補強する情報ばかりを集め、「自分の考えは間違っていない」と思い込んでしまうのです。
簡単な例を出すと、一緒に出かけると必ず雨が降る「雨男・雨女」と言われる人たちがいます。雨男や雨女が存在すると信じ、ある人が「雨男」だという考えを持つと、その人がいるときに雨が降っていたという事実のみが強く印象に残り、雨が降らなかったときには注意を引かずに忘れられるのです。
確証バイアスが働いているときにでも人は、自分は合理的にしっかり考えていると思い込んでいます。しかし、私たちの思考は完全ではありません。確証バイアスのような認知バイアスは誰にでもあるのです。科学的に考えるということは、ひとつのことをいろいろな角度から柔軟に考えることができる頭を持つことでもあります。ですから自分の考えへの批判的な意見も意識的に探して、場合によっては自分の考えを修正することも必要です。

注:i) 陰謀論と確証バイアスの関連については、次のWEBページを参照して下さい。 「陰謀論を増幅 ネットの共鳴箱効果」 ii) 引用中の「認知バイアス」についてはここを参照して下さい。

認知的不協和
脳は基本的に関わる対象を予測する特別な組織です.運動も知覚も情動も身体内の変化もすべて脳は予測しています.さらには予測をするために,脳はモデルやスキーマのようなものを構築しています.対象からのフィードバックによりそのモデルを修正したりしながら,予測して行動します.しかし,予測と異なることが起こり,しばしば信念と矛盾した情報を得ることがあります.ヒトは一般的に自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態では不快感を感じ,この状態を認知的不協和とよびます.
Festinger による認知的不協和の仮説によると,ヒトは不協和を認知すると,その不協和を低減させるか除去するためになんらかの行動をします.たとえば 複数(通常は2つ)の可能性があり,互いに矛盾する(タバコを吸いたい,タバコは害がある)間に不協和が存在する場合,一方の要素を変化させることによって不協和な状態を低減または除去させることができます,たとえばタバコが害があるという広告を無視するとか,これは自分には当てはまらないとするなど,不協和を低減させます.さらには交通事故のほうが死ぬ確率が高いから問題ないなど,自分の他の信念を確証できる証拠を集めます.
一方ではリフレクティブ思考とよばれる,一時的に自分のおかれた状況から離れて経験を振り返る思考では,そのきっかけの一つに認知的不協和に伴う違和感があります.その点では認知的不協和がリフレクティブ思考を導き,結果として自分を振り返るより上位のメタ思考のきっかけになるので,とても大切です.

注:引用中の「リフレクティブ思考」に関連するかもしれない、 a) 「批判的思考」についてはここを参照すると良いかもしれません。 b) 「内省的精神」(reflective mind)については次の資料を参照して下さい。 「二重過程理論―進化的に新しいシステムは古いシステムからの出力を修正しているのか?」の「1. はじめに」項

◆ウインザー効果とハロー効果
エビデンスの不確かな情報を信じてしまう原因として、「ウィンザー効果」や「ハロー効果」と言われるものがあります。
ウィンザー効果」とは、「第三者による情報は信頼できると思ってしまう」ことで、エビデンスのない健康食品の広告で、よく使われる手法です。その健康食品で症状が改善したなどという利用者の声を載せたり、有名人が推薦している体を取ったりするのが、まさにこの「ウィンザー効果」を狙ってのものです。
「ハロー効果」の「ハロー」とは聖人の頭上に描かれる光の輪のことで、権威ある人の言葉などに引っ張られて、そのものの評価がゆがめられてしまうことを言います。
たとえば、ノーベル賞で免疫療法が注目を浴びると、受賞したものとは関係ない、まったく別の薬を使った免疫療法でも、「すごくよく効く治療法」のように思ってしまいがちです。その心理効果を狙ったのかが、「ハロー効果」です。

② 論文要旨「Echo Chambers: Emotional Contagion and Group Polarization on Facebook.[拙訳]エコーチェンバー:Facebook 上での情動の伝染とグループの分極化」(注:全文はここを参照して下さい) この論文要旨を次に引用します。

Recent findings showed that users on Facebook tend to select information that adhere to their system of beliefs and to form polarized groups – i.e., echo chambers. Such a tendency dominates information cascades and might affect public debates on social relevant issues. In this work we explore the structural evolution of communities of interest by accounting for users emotions and engagement. Focusing on the Facebook pages reporting on scientific and conspiracy content, we characterize the evolution of the size of the two communities by fitting daily resolution data with three growth models – i.e. the Gompertz model, the Logistic model, and the Log-logistic model. Although all the models appropriately describe the data structure, the Logistic one shows the best fit. Then, we explore the interplay between emotional state and engagement of users in the group dynamics. Our findings show that communities' emotional behavior is affected by the users' involvement inside the echo chamber. Indeed, to an higher involvement corresponds a more negative approach. Moreover, we observe that, on average, more active users show a faster shift towards the negativity than less active ones.


[拙訳]
Facebook 上のユーザーは、彼らの信念のシステムを信奉する情報を選択し、そして分極したグループ、すなわちエコーチェンバーを形成する傾向があることを最近の知見は示した。このような傾向は情報のカスケードを支配し、そして社会関連問題に関する公開討論にひょっとして影響するかもしれない。この研究では、ユーザーの情動や関与(engagement)を説明するコミュニティの利害関係(interest)の構造的進化を、我々は探究する。科学と陰謀のコンテンツを報告している Facebook 上のページに焦点を当て、毎日のソリューションデータを3つの成長モデル、すなわち、Gompertz モデル、Logistic モデル、Log-Logistic モデルに適合させることによって、2つのコミュニティのサイズの進化を我々は特徴づける。全てのモデルは適切にデータ構造を記述しているが、ロジスティックモデルが最も適合している。それから、グループダイナミクスにおけるユーザの情動状態と約束との間の相互作用を我々は探求する。我々の知見は、コミュニティの情動的な行動がエコーチェンバー内のユーザーの関与により影響されることを示す。実際に、より高い関与度がよりネガティブなアプローチに対応する。さらに、平均的には、よりアクティブなユーザーが、アクティブでないユーザーよりも恒常的な懐疑主義(negativity)への速い移行を示すことを我々は観察する。

注:i) 引用中の「エコーチェンバー」についてはここを、「分極」についてはここをそれぞれ参照して下さい。 ii) 引用中の「信念」について確証バイアスの視点からはここを参照して下さい。 iii) 引用中の「情動」については、次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 さらにメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。

③ 論文(全文)「Exposure to opposing views on social media can increase political polarization[拙訳]ソーシャルメディア上の対立する意見への曝露は政治偏向を拡大させ得る」(注:PubMed 要旨はここを参照して下さい) この論文(全文)の意義と要旨を次に引用します。

Significance
Social media sites are often blamed for exacerbating political polarization by creating "echo chambers" that prevent people from being exposed to information that contradicts their preexisting beliefs. We conducted a field experiment that offered a large group of Democrats and Republicans financial compensation to follow bots that retweeted messages by elected officials and opinion leaders with opposing political views. Republican participants expressed substantially more conservative views after following a liberal Twitter bot, whereas Democrats' attitudes became slightly more liberal after following a conservative Twitter bot—although this effect was not statistically significant. Despite several limitations, this study has important implications for the emerging field of computational social science and ongoing efforts to reduce political polarization online.

Abstract
There is mounting concern that social media sites contribute to political polarization by creating "echo chambers" that insulate people from opposing views about current events. We surveyed a large sample of Democrats and Republicans who visit Twitter at least three times each week about a range of social policy issues. One week later, we randomly assigned respondents to a treatment condition in which they were offered financial incentives to follow a Twitter bot for 1 month that exposed them to messages from those with opposing political ideologies (e.g., elected officials, opinion leaders, media organizations, and nonprofit groups). Respondents were resurveyed at the end of the month to measure the effect of this treatment, and at regular intervals throughout the study period to monitor treatment compliance. We find that Republicans who followed a liberal Twitter bot became substantially more conservative posttreatment. Democrats exhibited slight increases in liberal attitudes after following a conservative Twitter bot, although these effects are not statistically significant. Notwithstanding important limitations of our study, these findings have significant implications for the interdisciplinary literature on political polarization and the emerging field of computational social science.


[拙訳]
意義
ソーシャルメディアサイトは、既存の信念と矛盾する情報に人々が曝露されないようにする「エコーチェンバー」を作ることにより、政治的分極を悪化させているとしばしば非難されている。我々は、対立する政治的意見を伴う選ばれた役職者及びオピニオンリーダーによるメッセージをリツイートするボットをフォローするための民主党員と共和党員の大規模なグループの金銭的な報酬を提供するフィールド実験を我々は実施した。この効果は統計的に有意ではないものの、民主党員の参加者の態度は、保守的なツイッターのボットのフォロー後に、わずかによりリベラルになったのに対し、共和党員は、リベラルなツイッターのボットのフォロー後に、大いにより保守的な意見を表した。いくつかの限界にもかかわらず、この研究は、計算社会科学の新興分野及び政治的な分極をオンラインで減らすための継続中の努力に対して重要な含意を有している。

要旨
現在の出来事についての対立する意見から人々を隔離する「エコーチェンバー」を作ることによる政治的分極にソーシャルメディアサイトが寄与するという、増大する懸念がある。様々な社会政策の問題について、毎週少なくとも3回、ツイッターを訪れる民主党員と共和党員の大規模なサンプルを我々は調査した。1週間後に、対立する政治的なイデオロギー(すなわち、選ばれた役職者、オピニオンリーダー、メディア組織及び非営利団体)を伴うこれらのメッセージに彼らを曝露させるツイッターのボットを1ヵ月間フォローさせるための金銭的な報酬を提供するかどうかの取扱い(treatment)条件を対象者に我々はランダムに割り当てた。この取扱いの効果を測定するために月末に、そして取扱いのコンプライアンスをモニターするために研究期間中に定期的に、対象者は再調査された。リベラルなツイッターのボットのフォロー後に、共和党員が実質的により保守的な取扱い後になったことを我々は発見した。保守的なツイッターのボットのフォロー後に、民主党員のリベラルな姿勢がわずかに増加したが、統計的に有意ではない。我々の研究の重要な限界にもかかわらず、これらの知見は、政治的な分極に関する学際的文献及び新興の計算社会科学分野に重要な含意を有している。

注:i) 引用中の「エコーチェンバー」についてはここを、「分極」についてはここをそれぞれ参照して下さい。 ii) 拙訳はありませんが、引用中の「取扱い(treatment)」の割り当ての詳細については論文の「Fig. 1.」を参照して下さい。 iii) 引用中の「信念」について確証バイアスの視点からはここを参照して下さい。 iv) ちなみにこの論文に関連する日本語のWEBページは次を参照して下さい。 「SNSで異なる立場の意見は逆効果 米研究G発表」 加えて、アメリカの公衆における政治の分極については、次のWEBページを参照して下さい。 「Political Polarization in the American Public」(注:英文で拙訳はありません)

④ 論文要旨「The geographic embedding of online echo chambers: Evidence from the Brexit campaign.[拙訳]オンラインエコーチェンバーの地理的埋込み:Brexitキャンペーンからのエビデンス」(注:全文はここを参照して下さい) この論文要旨を次に引用します。

This study explores the geographic dependencies of echo-chamber communication on Twitter during the Brexit campaign. We review the evidence positing that online interactions lead to filter bubbles to test whether echo chambers are restricted to online patterns of interaction or are associated with physical, in-person interaction. We identify the location of users, estimate their partisan affiliation, and finally calculate the distance between sender and receiver of @-mentions and retweets. We show that polarized online echo-chambers map onto geographically situated social networks. More specifically, our results reveal that echo chambers in the Leave campaign are associated with geographic proximity and that the reverse relationship holds true for the Remain campaign. The study concludes with a discussion of primary and secondary effects arising from the interaction between existing physical ties and online interactions and argues that the collapsing of distances brought by internet technologies may foreground the role of geography within one's social network.


[拙訳]
Brexit キャンペーン中のツイッター上のエコーチェンバー・コミュニケーションの地理的依存性を、本研究は探求する。エコーチェンバーがオンラインの相互作用パターンに限定されているのか、又は physical な本人の相互作用に関連しているのかを検査するために、オンライン相互作用がフィルターバブルにつながると仮定されているエビデンスを、我々はレビューする。ユーザーの所在地を同定し、党派関係を推定し、そして最後に送信者と受信者の間の @-メンション及びリツイートの距離を、我々は計算する。分極化したオンラインエコーチェンバーは地理的に位置されたソーシャルネットワークマッピングされることを、我々は示す。より具体的には、Leave(離脱)キャンペーンにおけるエコーチェンバーは地理的な近さに関連していること、そして Remain(残留)キャンペーンには逆の関係が当てはまることが、我々の結果より明らかとなった。既存の physical なつながりとオンラインの相互的な影響との間の相互作用から生じる一次的及び二次的影響、そしてインターネット技術によりもたらされる距離の崩壊は、自分の社会的ネットワーク内の地理的役割の前景かもしれないと主張する議論の討論で、本研究を締めくくる。

注:i) 引用中の「Brexit」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「Brexitの意味・解説」 ii) 引用中の「エコーチェンバー」についてはここを、「分極化」についてはここをそれぞれ参照して下さい。加えて引用中の「フィルターバブル」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「『ソーシャルメディア時代の科学と社会』(第1部) 2017年度所内セミナー開催報告」 iii) 引用中の「physical」に関連するかもしれない、「Cyber-Physicalシステム」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「Cyber-Physicalをつなぐ5G時代の情報通信マネジメント

ちなみに上記に示すように、ネット上の「エコーチェンバー」(参照)からの情報は偏っている(分極している)可能性が有るのでくれぐれもご用心下さい。次に後者の「フェイクニュース」については次のWEBページや資料も参照して下さい。 「“フェイクニュース”に立ち向かう」、『「フェイクニュース」への備え~デマや不確かな情報に惑わされないために~』、「フェイクニュースを生むのは“情報の偏り”? SNS時代のネットに潜む危険を大学教員に聞いた」、「フェイクニュース拡散のしくみと私たちに求められるリテラシー」、「近年の日本における偽情報(フェイクニュース)対策と実務上の論点」、「日本におけるフェイクニュースの実態と対処策」 加えて、上記「フェイクニュース」を見極める方法に関して、 (i) フェイクニュース対策の現状についての概観を笹原和俊著の本、「フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論プロパガンダのしくみ」(2018年発行)の「第5章 フェイクニュースの処方箋」における記述の一部(P148~P161)を以下に引用します。なお、 a) 上記「フェイクニュース」については例えば次のWEBページや資料を参照して下さい。 「フェイクニュースの科学」、「ネットの時代におけるデマやフェイクニュース等の不確かな情報」、「諸外国におけるフェイクニュース及び偽情報への対応」、「フェイクニュース拡散のしくみと私たちに求められるリテラシー」 加えて、WEBページ「フェイクニュースとメディア環境」からダウンロード可能な資料「フェイクニュースとメディア環境」があります。その上に、pdfファイル「JEIC NEWS No.58」中の大久保千代次著の文書「不安とフェイクニュース」もあります。 b) 上記本の「まえがき」において『現象や問題を指し示すときは「フェイクニュース」、コンテンツを指し示すときは「偽ニュース」または「虚偽情報」という表現を主に用いる』と説明(P3)されています。 (ii) [上記「フェイクニュース」の見極めに寄与するかもしれない]ネット情報の例を以下に紹介します。

この章では、フェイクニュース対策の現状について概観します。そこから、巧妙化する偽ニュースに対して私たち一人ひとりが気をつけるべきこと、メディアやジャーナリズムが取り組むべきこと、企業や国が着手すべきことなど、偽ニュースの処方箋が見えてきます。

一 偽ニュースを見抜くスキル

メディアリテラシーとは
フェイクニュースの問題が深刻化するにつれて、これまで以上に重要視されるようになったのがリテラシー教育です。リテラシーはもともと「読み書き能力」を意味する言葉でしたが、現在は「特定分野の知識の活用能力」という意味で使われています。
さまざまなリテラシーの中でも偽ニュースを見抜くために重要なのが「メディアリテラシー」です。メディアリテラシーとは、新聞やテレビやインターネットなどのメディアから得られる情報の読解力のことです。フェイクニュースの文脈でいうと、インターネットの情報を鵜呑みにせず、嘘を見破るための自衛のスキルです。
メディアリテラシーは単独のスキルというよりは、メディアに対する知識、クリティカルシンキング(物事を批判的に分析して最適な判断をする能力)、デジタルリテラシー(デジタルツールを使いこなす能力)などからなる複合的なスキルです。スキルとはトレーニングによって身につくものですから、普段からこれらを意識して訓練する必要があります。
実際に、メディアリテラシーが高い人ほど偽ニュースに騙されにくいという調査結果があります。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究者らは、三九七人の成人を対象に、メディアリテラシーとインターネット上のデマを信じる傾向の関係を調査しました[1]。その結果、メディアに関する知識をもっている人ほど、「ワクチンを打つと自閉症になる」などのデマを信じる割合が低いということがわかりました。
また、現代の若者のメディアリテラシーは高くないという調査結果もあります。スタンフォード大学の研究グループが、全米一二州の中学生から大学生までの七八〇四人を対象に調査を実施しました[2]。その結果によると、中学生の一〇人中八人は、ウェブサイトのニュース記事とスポンサーつきの記事(広告)を判別できないことがわかりました。また、奇形のヒナギクの写真に「福島原発の花(Fukushima Nuclear Flower)」というタイトルがつけられたウェブサイトの記事(https://imgur.com/gallery/BZWWx)を見た高校生の一〇人中四人は、その写真がいつどこで誰が撮影したのか明記されていないにも関わらず、本物だと信じたと報告されています。現代の若者は「デジタルネイティブ」などと呼ばれ、幼い頃からソーシャルメディアに慣れ親しんでいるからといって、メディアリテラシーが高いわけではないのです。
これらの研究結果は、メディアリテラシーが偽ニュースに対する耐性をつけることや、小さい頃からメディアリテラシー教育が必要なことを示唆しています。(中略)

メディアリテラシーの実践
現代人に必要なのは新聞やテレビが主流だった時代のメディアリテラシーではなく、誰もが情報の受信者にも発信者にもなれるソーシャルメディア時代のリテラシーです。
そんなメディアリテラシーを実践するための具体例として、米国ワシントンDCにあるニュースとジャーナリズムの博物館「ニュージアム(Newseum)」が、フェイスブックのサポートを受けて開発した二つの教材をとりあげます。これらには、現代人に求められるメディアリテラシーの要点がまとめられています。
「ESCAPE Junk News(ジャンクニュースから逃げろ)」というポスターにあるESCAPEは、インターネットで目にする情報を評価する際に、疑ってみるべき六つの項目の英語の頭文字をとったものです(図5-1)。

・Evidence(証拠):その事実は確かかな?
・Source(情報源):誰がつくったのかな? つくった人は信頼できるかな?
・Context(文脈):全体像はどうなっている?
・Audience(読者):誰向けに書いてあるの?
・Purpose(目的):なぜこの記事がつくられたの?
・Execution(完成度):情報はどのように提示されている?

日本語に訳してしまうと語呂合わせではなくなってしまいますが、真偽不明の情報と出会ったときに、これらの項目を意識することで、嘘やデマの被害に会う確率を減らすことができます。これらの六つの項目の中でも、特に、情報源を確認する習慣は大事です。インターネットで検索しても点検できないような出所不明の情報であれば、おのずと疑いの目をもって対処することができます。(中略)

二 フェイクに異を唱える社会づくり

ファクトチェックとは
政治的なニュースからヘルスケアのような身近な話題まで、インターネット上には怪しい情報が溢れ、何を信じたらよいのかがわかりづらい状況になっています。情報の正確性や透明性を改善する対策としてジャーナリズムの文脈から生まれてきたのが、「ファクトチェック(Fact Checking)」です。    .
ファクトチェックとは、発信された情報が客観的事実に基づくものなのかを調査して、その情報の正確さを評価し、公表することです[3]。ファクトチェックの対象は、政治家や有識者などの発言やニュースやインターネットの記事などの事実関係を含んだ言説です。意見は真偽判定ができないため、ファクトチェックの対象にはなりません。
例えば、「火星に宇宙人を発見」というニュースがSNSで大量に拡散したとしましょう(この手の都市伝説はしばしばインターネットで見かけます)。このニュースをファクトチェックするということは、「火星に宇宙人がいるかどうか」を検証するということではありません(私たちにはそれを検証しょうがありません)。このニュースの情報源はどこか、いつ誰が伝えたのか、証拠はあるのかなどの事実関係を調べるのです。NASA(米国航空宇宙局)が「火星に生命の源になる有機分子を発見」と発表したニュースが誇張され、一部の人たちによって故意に拡散された可能性だってあります。その場合は、このニュースが虚偽情報であると公表すると同時に、その判断根拠を示すのです。
ファクトチェックならマスメディアもやっているではないか、と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、新聞やテレビなどが行う事実確認の作業とは違い、ファクトチェックではニュースの正確さの度合いを評価し、裏づけとなる根拠を積極的に公表します。これらの点はファクトチェックの大きな特徴です。ただし近年は、新聞でもファクトチェックを取り入れる動きがあります。例えば、朝日新聞は、二〇一七年に選挙期間や国会開会中の政治家の発言をファクトチェックして紙面で公表しています。
現在、ファクトチェックは世界のさまざまなメディアや団体で行われ、盛んになっています。(中略)

日本では二〇一七年に、「ファクトチェック・イニシアティブ(FactCheck Initiative Japan)」が設立され、二〇一七年衆院総選挙では複数のメディアと協力して二二本の検証記事を発表しています。現在は、NPO法人としてファクトチェックの普及活動や、ファクトチェッカー(ファクトチェックができる人材)とメディアを媒介するプラットフォームとなるべく活動をしています。
ファクトチェック・イニシアティブの副理事長でスマートニュース株式会社フェローの藤村厚夫氏にインタビューをした際、日本のファクトチェックの現状を踏まえて、同団体の活動意義を、次のようにコメントして下さいました。

今、アメリカやヨーロッパなどで起きている問題を見ていると、大変にファールス(虚偽)なものといいますか、フェイクな情報をつくり出す側の技術力とか、組織力とか、経験知、知識がすごく高まっていて、ものすごい能力をもってフェイクなものをつくり
出している。それに対抗するのが一人、二人のジャーナリストだったり、問題意識のある方であると、到底それは追いつけないわけで。やはり社会全体に対してさまざまなポイントでフェイクなもの、あるいはファールス(虚偽)なものに対して異を唱えていく
仕組みが埋め込まれてようやくそういうものに対抗していける。(括弧内は著者が補足)

ファクトチェックが真偽検証の行為というだけでなく、虚偽に異を唱えるための社会基盤になるべきであるという指摘は重要です。(後略)

注:(i) 引用中の文献番号「[1]」は次の論文です。 「News media literacy and conspiracy theory endorsement」 (注:a) 上記は医学論文でないためか、PubMed では検索できません。 b) 上記論文に関連するWEBページの例は例えば次を参照して下さい。 「Conspiracy thinking less likely with greater news media literacy, study suggests」) (ii) 引用中の文献番号「[2]」は次のWEBページからダウンロード可能な資料です。 「Wineburg, Sam and McGrew, Sarah and Breakstone, Joel and Ortega, Teresa. (2016).」 (iii) 引用中の文献番号「[3]」は次の本です。 「立石陽一郎,楊井人文『ファクトチェックとは何か』岩波書店(2018).」 加えて、引用中の「ファクトチェック」については例えば次の資料を参照して下さい。 「ファクトチェックをとりまく世界と日本の状況・課題」 (iv) 引用中の「図5-1」の引用は省略します。代わりに次の資料を参照して下さい。 「E.S.C.A.P.E. Junk News」 (v) 引用中の「偽ニュース」の拡散に関連する「認知バイアスのリスト」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 (vi) 引用中の「フェイクニュース」の類型化について、福田充著の本、「リスクコミュニケーション 多様化する危機を乗り越える」(2022年発行)の 第4章 フェイクニュースがもたらすポスト・トゥルースの分断社会 の『「フェイクニュース」の増殖』における記述の一部(P109)を次に引用(『 』内)します。 『また、フェイクニュースをクレア・ウォードルは、風刺・パロディ、偽りの関連づけ、ミスリーディングな内容、間違った内容、なりすまされた内容、操作的な情報、捏造された内容と七つのパターンに類型化している。』 (vii) 一方、 引用中の「メディア・リテラシー」に関して、 1) これに対する教育又は育成のあり方については例えば次の資料を参照すると良いかもしれません。 『「フェイクニュース」時代におけるメディアリテラシー教育のあり方』、「メディア活用とリテラシーの育成」 加えて次の資料もあります。 「メディアのリテラシーを教えることは可能なのか」 2) また、批判的思考の観点から見たメディア・リテラシーについてはここを参照すると良いかもしれません。 (viii) また、フェイクニュースの氾濫が続けば、民主主義やメディアの仕組みそのものにダメージを与える危険性があることについて、平和博著の本、「信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体」(2017年発行)の「第9章 日本で、そしてこれから」における記述の一部(P198)を次に引用します。

米国で大統領選をめぐるフェイクニュースの氾濫が社会問題化したのと同じ時期、日本でも注目を集めた事例がある。
「キュレーションサイト」問題だ。
IT大手の「ディー・エヌ・エー(DeNA)」の医療・健康情報サイト「WELQ(ウェルク)」が、他サイトの記事の無断利用や、肩こりについて「霊が原因のことも」などと、事実に基づかないコンテンツを配信していたことが発覚。
その後、DeNAの他のサイトや、他者の同種サイトにも問題は波及し、日本においてもフェイクニュースの議論が広がるきっかけとなった。
米国のフェイクニュースと共通するのは、正確性よりも収益を優先させ、ネットに大量の疑わしいコンテンツを氾濫させた点だ。
フェイクニュースの氾濫が続けば、特定のネットサービスの品質の問題にとどまらず、民主主義やメディアの仕組みそのものにダメージを与える危険性がある。
誰もが情報の発信者であり受診者でもある今こそ、メディア・リテラシー(情報識別能力)の共有が求められる。

注:i) 引用中の「WELQ(ウェルク)」の問題については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「フェイクニュース特集 あなたは被害者?加害者?」の「真実より“お金” ネット社会で何が」項 ii) 引用中の「情報識別能力」に関連する「情報リテラシー」がないと、誤った情報を信じてしまうことについて、このことへの考えられる対策としての「複数の情報源からの情報を比較検討することも重要」であることを含めて、ASIOS、桑満おさむ、名取宏、峰宗太郎、宮原篤、森戸やすみ、安川康介著の本、『新型コロナとワクチンの「本当のこと」がわかる本 【検証】新型コロナ デマ・陰謀論』(2022年発行)の 【第六章】新型コロナとワクチン陰謀論の検証 の「【コラム】人はなぜデマや陰謀論を信じるのか?」における記述の一部(P246~P248)を次に引用します。

(前略)では、どうしてそうした誤った情報を信じてしまうのでしょうか。まずはなにより情報リテラシーがない、ということが大きいのは間違いありません。
たとえば、発信主体への信用で情報を判断してしまう人。この人は信用できる、ノーベル賞を取っているなど、情報の正誤にはなんの関連もない権威性や好悪で情報の真偽を判断しようとする人は、世の中に非常に多くいます。テレビでやっていた、新聞に書かれていた、医療従事者が言っている、知人が言っている……これらのことは情報の真偽とは一切関係がありません。
人は不安なときには、より多くの情報を求めて、納得したいという気持ちになるものです。そうしたときほど油断が生まれ、ダマされやすくなります。少しでも安心したい、自分の不安に寄り添って欲しい、気持ちが楽になる情報が欲しい。そうした感情はすべて真偽判定を誤らせる要因になり得ます。(中略)

では、怪しい情報、極端な言説に遭遇したときはどうしたらいいのでしょうか。これは結構難しい問題ではあります。これは「怪しい情報です」といって情報を発信するという人はまずおらず、「怪しい」とか「極端だ」ということを判定できるかが難しいからです。
考えられる対策としては、落ち着いて情報に対峙し、公的情報を含む複数の情報源をしっかりと持ち、一つ一つの情報を根拠から精査する、ということになると思います。公的機関こそ信じられないといった陰謀論に染まりきっているとどうしようもないですが、公的情報は複数の専門家の目を通っている場合が多いわけです。もちろん間違いが絶対ないとは言えませんが、妥当な情報が発信されることが多いため、情報源に組み込んでおくのかよいでしょう。そして複数の情報源からの情報を比較検討することも重要です。一つの情報源で安心するのではなく、情報を比べて、妥当と判断できるものを知ることが大切なのです。
情報リテラシーはつねに磨いていく必要があります。初歩的なところでは、特定の個人に依存しない、権威主義を排除することは重要です。実際、ノーベル賞受賞者であっても、医学的・科学的に間違った発言をするケースはあります。「○○先生が言っているから正しい」と盲信するのではなく、本当にそれが信じるに値する情報なのか、落ち着いて対峙することが求められるでしょう。(後略)

注:この引用部の著者は峰宗太郎です。

加えて、上記「フェイクニュース」に関連するすべてのメディアは「偏って」いることについて、荻上チキ著の本、『すべての新聞は「偏って」いる』(2017年発行)の「まえがき」における記述の一部(P3~P4)を次に引用します。

すべてのメディアは「偏って」いる――
これは煽りではをく、ただの事実である。

メディアは「媒体」と訳される。「媒」という字は、「なかだち」とも読む。人と人とのコミュニケーション、その「なかだち」をしてくれる道具がメディアだということだ。
メディア論という分野は、「メディアは透明な道具ではない」という前提に立つ。同じ情報でも、伝達されるメディアによって、伝わり方が異なってくる。同じ「ありがとう」というフレーズであっても、メールで送るか、手紙で伝えるか、口頭で伝えるかによって、相手の受け取り方も変わってくる。メディアの形式が、メッセージの内容にまで影響を与えるのだ。

また、あるメディアが登場する前と後とでは、社会のあり方が大きく変わることもある。その意味でもメディアは、やはり「透明な道具」ではない。だからこそ、そのメディアごとの「不透明さ=特徴」を分析することが必要となる。私たちの社会に、メディアがいかなる影響を与えているか。それを知ったうえで、上手に使いこなすことが重要だからだ。
メディアと一言で表しても、その対象は幅広い。テレビや新聞といったマスメディアも、電話や名刺も、交通標識もお菓子のパッケージもメディアだ。本書ではその中でも、新聞を主な題材として取り扱っている。

昨今、メディアの中立性や偏りが話題となる。例えばネット上で、「どうせ○○新聞だろう」「また○○テレビか」という批判が行われたりする。そうした言及の仕方は、どこかに偏りのないメディアを想定している節があり、メディア論としては中途半端だ。
人と人とのコミュニケーションに、偏りが存在しない状態はない。この世に「真実そのもの」が仮にあったとしでも、それをまっさらに伝えることのできる「なかだち」は存在しない。文字であろうが映像であろうが音であろうが、伝えられる情報量は有限だ。
ニュースは出来事を要約して伝えなければならないし、仮に無限の伝達が技術的に可能であろうと、人の時間は有限である。すべての情報は断片的で、切り取られたものだ。何かの断片的で編集された情報を手にしたうえで、「真実を知った」と思い込むのは誤っている。
何かしらのメディア批判を受けて、「なるほど、メディアはすべて偏るものなのだ、注意しよう」と学ぶのではなく、「それを教えてくれた○○は信用できる」となってしまっては本末転倒だ。占い師に騙されたから、今度は霊媒師を信じようと言っているようなものである。メディア論は、すべてのメディアにバイアスがある=すべてのメディアが「偏って」いるという前提のもと、それがいかなる傾向や度合いに「偏って」いるのかを適切に知ろうと呼びかけるもの。その傾向や度合いを具体的に学ぶために、本書はつくられた。

さらに、フェイクニュースの蔓延にも関連するSNSを活用した啓蒙のあり方に対する、認知を情動の基礎に据える革新的な理論である「構成主義的情動理論」を適用することについて、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「訳者あとがき」における記述の一部(P524~P526)を次に引用します。

(前略)革新的なアイデアを提起する本書については補足したい事項が山ほどあるのだが、紙幅の都合上、最後に一点に絞って指摘しておく。それは本書の持つ実践的な意義が広範囲に及ぶことである。
本書では実践面への応用として、日常生活、法制度、医療、動物の情動が取り上げられているが、訳者の見立てでは、さらに政治、経済、教育、メディア論など多方面の領域に著者の構成主義的情動理論を適用し、それらの分野を新たな視点でとらえ直すことができる。理論面でのその最大の理由は、用語説明の「情動」の項で述べたとおり、著者が情動の基盤の一つに認知作用を据えている点にある。
この見方をとった場合、従来的な知識体系は大きく揺るがざるをえない。それどころか、少しおおげさに言えば、啓蒙のあり方そのものに疑問が呈される結果になろう。それは次のような理由からだ。
啓蒙が善であると絶対視する見方は、皮質下の辺縁系に属する古い脳領域が司る情動作用を、皮質という新しい脳領域が司る理性の働きによって抑え込み、後者が発達すればするほど情動を抑える効率が上がり、それにつれて人間社会の啓蒙の度合いも向上すると考える、三位一体脳的な前提に基づいているように思われる(「三位一体脳」は本書一四〇頁を参照)。
啓蒙の拡大を絶対的な善と見なす考え方は、現代世界では広く行き渡っている。だが、実際に現代という時代を見渡してみれば、民主主義が拡大すればポピュリズム(その定義や是非についてはここでは問わない)の問題が湧き起こり、人権を声高に叫べば移民問題が生じ、情報を瞬時に伝達する能力を持つインターネットやそれに基づくSNSが普及すればフェイクニュースが蔓延するなどといった、数々の問題が噴出する有様となっている。
啓蒙に絶大な価値があることは否定すべくもないが、同時に生じるマイナス面も、しかと認識しておく必要があるだろう。
一九四七年に刊行された『啓蒙の弁証法』(徳永恂訳、岩波文庫、二〇〇七年)を著したアドルノとホルクハイマーから始まり、史上空前とも言えるレベルで啓蒙が拡大した現代に至るまで、そのマイナス面を指摘する識者は多い。メディア研究者・佐藤卓己の著書『流言のメディア史』(岩波新書、二〇一九年)には、「識字率の上昇、教育の発達、選挙権の拡大は、むしろメディア流言が拡大する前提条件にほかならない」(一〇四頁)とある。
なぜ正しい情報を効率的に伝達する手段であるべきインターネット上で、フェイクニュースが蔓延してしまうのか? それは単なるモラルの問題なのか? 冷静な判断を必要とする政治的言説が、なぜ感情に煽られて左と右にわかれるのか? 長い歴史を通じて人類がようやく獲得した「人権」という気高い概念をいざ適用しようとすると、移民問題などの現実的な問題が噴出してしまうのはなぜか?
これらはすぐれて現代的かつ実際的な問いだが、ここで、認知を情動の基礎に据える著者バレットの革新的な理論の出番である。彼女の新たな情動理論は、このような問題が生じる理由を説明してくれるだろう。
啓蒙の拡大を絶対的な善とする見方が想定しているように、情動をコントロールする認知の働きが啓蒙のプラスの側面に寄与することは確かにあるだろう。だが著者が指摘するように、そもそも情動の構築の基盤に認知作用が関与するのであれば、この、情動を生成する働きが、場合によって啓蒙のマイナスの側面に作用することは十分に考えられる。
そしてこの考えは、さまざまな分野に適用できるはずだ。たとえば行動経済学は、経済の領域における情動の影響を見据えた学問と見なせるが、脳科学に強く依拠した著者の情動理論をそこに適用すれば、さらにその知見が理論的に補強されるだろう。
あるいはメディア論への応用はどうか。先に引用した佐藤卓己が指摘するように、インターネットでは流言が拡大している。それどころか情動まみれの罵詈雑言が飛び交っている状況にある。その原因は、理性を欠いたネットユーザーが、負の情動を爆発させるにまかせているからなのか? それは違うはずだ。ネットユーザーはそもそもネットを駆使できることからして、決して理性を欠く無知な輩ではなく、「識字率の上昇、教育の発達、選挙権の拡大」の恩恵を受けた、啓蒙された人々なのである。
ではなぜこのような状況に陥っているのか? 激しい情動を触発する要因の一つに認知作用があるのなら、このような負の側面は、啓蒙時代の最高の手段の一つであるインターネットというメディアに最初から組み込まれている問題なのではないか?
メディア理論家のマーシャル・マクルーハンは、かつて「メディアはメッセージである」と言ったが、まさにインターネットというメディアが、現代人の心のあり方に強い影響を及ぼしているのた。ここにパレットの情動理論を適用すれば、メディア論にも新たな視点が与えられるにちがいない。(後略)

注:(i) この引用部の著者はこの本の訳者でもある高橋洋です。 (ii) 引用中の『「三位一体脳」は本書一四〇頁を参照』の参照は省略しますが、代わりにタイトル以外の拙訳はありませんが、次のWEBページを参照して下さい。 「Triune brain myth[拙訳]脳の三位一体説の神話」 (iii) 引用中の「認知を情動の基礎に据える」に関連するかもしれない、 a) 「情動に関して意識の介在を前提として」いることについては他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 「情動は意識的な経験」であることを含む「恐怖条件づけ」における Dr. Joseph LeDoux の知見について、WEBページ「How We Got Our Conscious Brains: An Interview with Dr. Joseph LeDoux[拙訳]意識のある脳を得る方法:Dr. Joseph LeDoux へのインタビュー」の「BW: What were your main findings?[拙訳]BW:あなたの主な知見は何ですか?」項における記述の一部及び「BW: Any message for the general public that might be suffering from fear and anxiety?[拙訳]BW:ひょっとして恐怖及び不安を患っているかもしれない一般大衆に対するメッセージ」項における記述の一部をそれぞれ以下に引用します。

(前略)I studied rats, and I adopted a simple procedure called "fear conditioning," in which you give the rat a tone paired with a shock. Upon hearing the tone, the rat freezes, blood pressure goes up, hormones are released etc. The same thing happens when a human encounters danger. So this seemed like a good way to study how the brain detects and responds to danger. I studied that for a long time. I showed that the brain area called the amygdala was an important part of the circuit that detects and responds to these kinds of danger stimuli in rats, and with my collaborator Elizabeth Phelps at NYU, we also implicated the human amygdala in these kinds of responses.

But lately I've been clarifying what I think the amygdala does. It is commonly through of as a "fear center." But I think this gives the wrong impression. It implies that the amygdala gives rise to the conscious experience of fear. But I think the amygdala simply detects and responds to danger. The conscious experience of fear is produced by the cortex when you come to understand that it's you who is in danger. My motto, is "no self, no fear." You have to be personally involved in order to experience fear or other emotions, and that requires more complex cortical circuits.


[拙訳]
私はラットを研究し、そしてラットに音とショックを与える「恐怖条件づけ」と呼ばれる簡単な方法を使った。音を聞くとラットが凍りついたり、血圧が上がったり、ホルモンが分泌されたり等する。人間が危険に遭遇した時も同じことが生じる。これは脳がどのように危険を検知し、応答するかを研究する良い方法のように思えていた。私は長い間それを研究した。扁桃体と呼ばれる脳の領域がラットのこのような危険な刺激を検知し、応答する回路の重要な部分であることを私は示した。ニューヨーク大学の共同研究者エリザベス・フェルプスと共に人間の扁桃体もこのような応答に関与していることを明らかにした。

しかし最近、私が考える扁桃体が何をするのかを明らかにしてきた。「恐怖の中心」(fear center)というのが一般的であるが、これは間違った印象を与えると私は考える。これは扁桃体が恐怖の意識的体験を生み出すことを含意する。しかし、扁桃体は単に危険を検知して、応答するだけだと私は考える。恐怖の意識的な体験は、皮質により自分が危険にさらされていることを理解するようになった時に生じる。私のモットーは「自己がなければ恐れもない」である。恐怖及び他の情動を体験するには個人的に関与する必要があり、そしてより複雑な皮質の回路が必要である。

(前略)I think the problem is that we have misunderstood emotions like fear and anxiety. They are conscious experiences. The medications can help, but not because they eliminate fear or anxiety. It's all about what to expect. The psychiatrist might tell the patient, "This drug will reduce your timidity about and avoidance of parties. It won't eliminate your feeling of anxiety but it might help you manage your anxiety and allow you to have more of a social life." Then the patient can be clear about what to expect.


[拙訳]
問題は恐怖や不安等の情動を誤解していることだと私は考える。これらは意識的な経験である。薬物治療は助けになり得るが、これらが恐怖や不安を取り除くからではない。何を予期するかが全てである。ひょっとして精神科医は患者に「この薬を飲めば、臆病になったりパーティーを避けたりすることが少なくなるだろう。この薬は不安の感情を取り除かないが、不安を管理することをひょっとして助け、そしてより社交的な生活を送れるようになるかもしれない。」と言うかもしれない。その時には患者は何を予期するのかを明確にすることができる。

次は上記ネット情報の例です。

患者向け医療情報サイト総まとめ|病気になったらググる前に見てください - 外科医の視点
インターネットの健康情報は落とし穴がいっぱい - apital
ヘルスリテラシーって何?医療情報をうまく活用するには - apital
健康食品だから体にいい? お金や命に関わる民間療法も - apital
レタス2個分の食物繊維? 脳のだまされやすさを知る - apital
口コミで知った健康食品 「効いた」を吟味する根拠とは - apital
「効く」民間療法って? 医療が不確実なのはどんな時か - apital
民間療法は自己責任? 突き放す医師に考えて欲しいこと - apital
どちらの治療法を選ぶ? 民間療法を使う前に考えること - apital
「だしいりたまご」ネット情報を見極める7つのポイント(注:本WEBページがリンクされているWEBページは ここを参照して下さい。 『㉟ネット情報を見極めるポイント 「だしいりたまご」』としてリンクされています。)
新型コロナやがん治療 情報を見極める物差しに “メディアドクター指標”
インターネット上の保健医療情報の見方(注:WEBサイトは ここを参照して下さい)
あやしい科学の見分け方 - warbler's diary
あなたの隣のニセ科学 - warbler's diary
「ダメな科学」を見分けるための大まかな指針」のポスター - うさうさメモ
「それってマジ?」な科学・健康情報を見るときのチェックリスト(科学をあんまり勉強したくない人向け) - うさうさメモ
情報の見極め方 - 「統合医療」情報発信サイト
もう一歩進んだ「情報の見極め方」 - 「統合医療」情報発信サイト
その情報は「確かな情報」ですか? (Ver.210415) - 「健康食品」の安全性・有効性情報
標準医療を否定する“ニセ医学”に注意せよ―内科医・NATROM氏インタビュー
ネットの“ニセ医学”に要注意! 自衛手段を現役の医師に聞いてみた
「ニセ医学」に騙されないために————危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!
なぜ「ニセ医学」に騙されてしまうのか? 『「ニセ医学」に騙されないために』著者・NATROM氏インタビュー
書籍『新装版「ニセ医学」に騙されないために』発売記念! 内科医・名取宏先生 インタビュー
「ニセ医学」に騙されないための心構え
医療デマを信じてしまう人が陥りがちなこと、知っておくべき7つの言葉 - 外科医の視点
週刊誌でよく見る健康情報を正しく解釈するための5つの方法 - 外科医の視点
間違った医療情報にだまされないで! 健康の悩み、ネット上で巧みに利用 - 教えて!けいゆう先生
「Q&Aサイト」の落とし穴 医療情報の閲覧、十分注意を! - 教えて!けいゆう先生
偽医師がデマ発信も 医療情報の見分け方 - 教えて!けいゆう先生
テレビの医療・健康情報で注意してほしいこと ~「科学的根拠を示さない私見」の危険性~ - 教えて!けいゆう先生
正しい医療情報を得るためのスライドについてのツイート
「イカサマがん治療を見抜く方法」の画像付きツイート
イカサマがん治療を見抜く方法 こんな宣伝文句はアウト
怪しいがん治療の見抜き方
不正確な情報はやさしい
こんな週刊誌などの健康情報は鵜呑みにしてはいけない8つのポイント
「トンデモ」な健康情報には見分け方がある
健康食品の正しい利用法
食のフェイクニュースに惑わされるな〜週刊朝日の記事をじっくり検証してみた
栄養疫学者の視点から(注:シリーズになっていますが、最初のWEBページのみのリンクです)
健康情報の落とし穴 「××は体にいい」を疑ってみる (注:データで見る栄養学シリーズになっていますが、最初のWEBページのみのリンクです)
「がん食事療法本」ががん患者を殺す(ご参考:このエントリ中に「合理的に不合理を選んでいる」ことについての説明があります)
がんに関するソーシャルメディア上の誤情報への対応 - 海外がん情報リファレンス
行動経済学×医療(注:行動経済学×医療シリーズになっていますが、最初のWEBページのみのリンクです。ちなみに、このWEBページ中には「人の判断は非合理的」項があります)
「健康食品では病気は治らない、好転反応もない」消費者庁が断言!
「医学的に「健康に良い食べ物」は5つしかない
「統合医療」情報発信サイト
「標準治療」こそ、最善の治療
「患者の経験談」を使った嘘について
「この治療は全てのがんに効きます」の嘘
イカサマがん治療を見抜く方法 こんな宣伝文句はアウト
どんな論文が本当に治療効果を証明しているのか?
嘘の医療情報に騙されないために知るべきこと
がんの標準治療を受けない危険性
<毎日新聞・取材協力記事>補完代替療法に頼る危険性
不正確な情報はやさしい(この note を紹介する ツイート
がんのツイートまとめ
「ちょっと盛られた」臨床試験の気付き方
薬物治療効果の構造的理解(前編)(注:後編もありますが、前編のみのリンクです)
あの日お会いすることができなかった「脱ステ」ママへの手紙

加えて参考として、 a) ネットからの医療・健康情報の入手状況に関する調査例については次のWEBページを参照して下さい。 「ネットの医療情報、4人に1人がうのみ…「だまされないための5項目」確認を - yomiDr.」 b) また、医療従事者と市民を比較した「健康や医療に関する疑似科学はどれほど浸透しているか」については次の資料を参照して下さい。 「健康や医療に関する疑似科学はどれほど浸透しているか。 ~医療従事者と市民を比較して~」 加えて次の資料、そして本当に正しい医療情報の発信のための以下のWEBページもあります。 「健康や医療に関する疑似科学はどれほど浸透しているか:2」、「専門家による正しい情報発信であなたをもっと健康に - Lumedia

一方、リテラシーの向上のために寄与するかもしれない心理学的な「クリティカル・シンキング」(又は批判的思考)を身につけようとしたときに、疑似科学はその入門段階に好適な教材として活用できるはずについては、菊池聡著の本、「なぜ疑似科学を信じるのか 思い込みが生みだすニセの科学」(2012年発行)の 第10章 疑似科学とはなんだったのか の「疑似科学から日常のクリティカル・シンキングへ」における記述の一部(P227~P230)を以下に引用します。加えて、クリティカル・シンキング(又は批判的思考)に関するネット情報の例を以下に紹介します。

疑似科学から日常のクリティカル・シンキングへ(中略)

つまり、疑似科学は、心理学的な「クリティカル・シンキング」を身につけようとしたときに、その入門段階に好適な教材として活用できるはずだ。
クリティカル・シンキングは、通常は「批判的思考」と訳される。この「批判」というネガティブな表現が誤解を生みやすいが、他人を否定したり非難するような意味での批判はない。ある主張を鵜呑みにせず、証拠にのっとって多面的に吟味し、明晰かつ合理的に考える態度と技術で構成される。その中でも無意識のバイアスも適切に評価して最適な意思決定をする技術は重要な役割を果たす。いわば、科学的思考はクリティカル・シンキングの基盤となる要素であり、またその表れともいえるだろう。

注:引用中の『クリティカル・シンキングは、通常は「批判的思考」と訳される。この「批判」というネガティブな表現が誤解を生みやすいが、他人を否定したり非難するような意味での批判はない。ある主張を鵜呑みにせず、証拠にのっとって多面的に吟味し、明晰かつ合理的に考える態度と技術で構成される。その中でも無意識のバイアスも適切に評価して最適な意思決定をする技術は重要な役割を果たす。』に関連するかもしれない「相手を非難するのではなく、自分の思考が正しいのかという振り返り(リフレクション)が重要です。人は証拠を評価するときに、自分の信念にとらわれる『信念バイアス』にかかりやすいもの。そのため、自分の思考過程を意識的に吟味し、異なる立場や意見があると知った上で、次の行動を建設的に考えていくことも批判的思考の大事な要素です」については次のWEBページを参照して下さい。  「批判的思考を育成する良き市民のための3つの学習活動」の「批判的思考とは、人を非難することではない」項

クリティカル・シンキング(又は批判的思考)に関するWEBページや資料を次に紹介します。

良き市民のための批判的思考
批判的思考について -これからの教育の方向性の提言-
メディア・リテラシー育成におけるメタ認知的知識
消費者教育における批判的思考力を育む家庭科授業開発
言語学とクリティカル・シンキング -誤謬論を中心に
クリティカル・シンキングで始める論文読解
どのような授業でクリティカルシンキングを教えられるか
批判的思考の観点から見たメディア・リテラシー
批判的思考力を鍛える「メディアリテラシー教育」とは
批判的思考とメディアリテラシー(前篇)~批判的思考とは何か?:認知心理学の知見から
批判的思考とメディアリテラシー(後篇)~リスク社会に置いて批判的思考とメディアリテラシー
日本の看護実践におけるクリティカルシンキングの動向と今後の課題
看護師のクリティカルシンキングと科学的根拠の利用の関連

加えて、クリティカル・シンキング(又は批判的思考)に関連する「批判的に読む」ことに関するWEBページを次に紹介します。

批判的に読む
クリティカル・リーディングを行う - 名古屋大学生のためのアカデミック・スキルズ・ガイド


さらに、信念体系(belief system)が患者の方々に導入される例について、次に示します。
① MCS における信念体系の導入について、論文「Multiple chemical sensitivity (MCS)--differential diagnosis in clinical neurotoxicology: a German perspective.[拙訳]多種化学物質過敏状態(MCS)- 臨床神経毒性学における鑑別診断:ドイツの視点」の要旨を次に引用します。

The multiple chemical sensitivity syndrome (MCS) is a new cluster of environmental symptoms which have been described and commented on for more than 15 years now in the USA. In the meantime it has also been observed in European countries. The main features of this syndrome are: multiple symptoms in multiple organ systems, precipitated by a variety of chemical substances with relapses and exacerbation under certain conditions when exposed to very low levels which do not affect the population at large. There are no lab markers or specific investigative findings. In our view, MCS is not a separate clinical syndrome but a collective term. A very small part of the patients in question may actually exhibit a somatic or psychosomatic response to low levels of a variety of chemicals in the environment. For another part, even if the MCS symptoms are induced by chemical substances in the environment, the basic hypersensitivity is a psychological stress reaction. In the third and largest group, the patients have been misdiagnosed, i.e. a somatic or psychiatric disease has been overlooked. There is a fourth group of patients in whom there is no evidence of any exposure at all but instead a belief system installed by certain physicians, the media and other groups in society. This paper tries to describe the neurological and neurotoxic aspects of MCS problems and to illustrate it with examples of an alleged outbreak of chronic neurotoxic disease caused by pyrethroids in Germany. Research strategy should establish clearly determined diagnostic criteria, agreement on the use of specific questionnaires as well as clinical and technical diagnostic procedures, prospective clinical studies of MCS patients and comparative groups as well as experimental approaches.


[拙訳]
多種化学物質過敏状態(MCS)は、現在米国において15年以上にわたって記述され、そしてコメントされている新たな環境症状群である。その間、ヨーロッパ諸国でも観察されている。この症候群の主な特徴は、集団全体に影響を与えない非常に低いレベルに曝露された時に、特定の状態で再発及び悪化を伴う様々な化学物質により引き起こされれる、多数の臓器系における多数の症状である。ラボマーカー又は特異的な調査の知見はない。我々のレビューでは、MCS は別々の臨床的症候群ではなく、集合的な用語である。問題における患者の非常に小さな一部は、環境中における低レベルの様々な化学物質への身体的又は心身相関な応答を実際に示すかもしれない。もうひとつの一部に対しては、たとえ、MCS 症状が環境中の化学物質によって誘発されたとしても、基本的な過敏症は心理的ストレス反応である。第 3 の、そして最大のグループにおいては、患者は誤診されている、すなわち身体又は精神疾患が見落とされている。曝露のエビデンスが全くなく、かわりに、特定の医師、メディア、そして社会における他のグループによって導入された信念体系のエビデンスがあることにおける、第 4 のグループの患者が存在する。この論文では、MCS の問題の神経学的及び神経毒性の側面の説明を、そしてドイツにおけるピレスロイドに起因する慢性神経毒性疾患の発生の主張例を伴った説明を試みる。明らかに決定された診断基準、臨床及び技術的な診断手続きはもちろん、特異的なアンケートの使用に関する合意、実験的なアプローチはもちろん、MCS 患者及び比較するグループの前向き臨床研究を、調査戦略として確立するべきである。

注:i) 引用中の「ピレスロイド」については、例えば次のWEBページを参照して下さい。 「(2)家庭用防除剤の種類」の「ピレスロイドとは」項 ii) 引用中の「メディア」と「導入された信念体系」に関連するかもしれない、a) (電磁波過敏症における)「メディア報道」と「ノセボ効果」については、ここここ及びここを、 b) 化学物質への応答におけるメディアの警告の影響については、他の拙エントリのここを それぞれ参照して下さい。 iii) ちなみに、a) 引用はしませんが、上記論文より前に発表された 、MCS をこの4つに分類した論文を次に示します。 「Multiple chemical sensitivity syndrome: a clinical perspective. I. Case definition, theories of pathogenesis, and research needs.」 b) 上記「信念体系」に関連するかもしれない、「様々な医学的な情報も正しく理解されるとは限らず、聞き手の思い込みによるバイアスがかかる」ことについては、他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、「確証バイアス」についてはここを参照して下さい。 iv) 引用中の「導入された信念体系」に関連する、 a) 「刷り込まれた信念体系」については、例えば次の資料を参照して下さい。 「環境因子による病をもつ患者の看護学的考察」の表1の④(P89) b) 認知療法から見たパーソナリティ障害の視点からの「信念」については他の拙エントリのここを参照して下さい。 c) 認知行動療法の視点からの「信念の強化」について、中島美鈴著の本、『悩み・不安・怒りを小さくするレッスン 「認知行動療法」入門』(2016年発行)の 第1章 認知が感情を生み出している――アーロン・ペックの「認知モデル」 の「*信念とは何か」及び「*信念はこうして強化される」における記述の一部(P29~P33)を次に引用します。

*信念とは何か(中略)

信念というのは、言い換えれば、自分や他人、あるいは世の中といったものを解釈するときの基本的な枠組みです。自分はどんな人間か、他人とはどんなものか、世の中はどうなっているのか、自分はどのように生きていけば良いのか……。いずれも、とても難しい哲学的課題ですよね。それをいちいちゼロから考えなければならなかったら、毎日の生活をスムーズに送ることはできないでしょう。
それゆえに、私たちは知らず知らずのうちに信念を形成し、「大まかには、こう考えれば正しいはずだ」という枠組みに基づいて、自分や他人、世の中を解釈しようとするのです。

もう少し詳しく言うと、信念は大まかに「中核信念」と「媒介信念」に分けられます(この点はあまり厳密に考えてくださらなくても大丈夫ですが)。たとえば、
「自分は人よりも劣っている」
「自分には価値がない」
「自分は人から好かれない」
「他人は冷たいものだ」
「世の中は不公平なものだ」
といった、自分や他人、世の中についての根本的な思い込みが中核信念です。これは心の奥底に横たわっているもので、普段はなかなか意識されません。
それに対して、媒介信念はもう少し意識されやすいものです。たとえば、皆さんは、
「価値がある人間であるためには、完璧でなければならない」
「好かれるためには、人の機嫌を損ねてはならない」
「私に起こる人間関係の問題は、すべて私に原因がある」
「世の中は頑張っても報われないものだ」
といった、いつの間にか自分に課しているルール、あるいは信条のようなものをお持ちではないでしょうか。もしお持ちだとしたら、それが媒介信念です。

*信念はこうして強化される

信念は、幼少期から思春期までの時期に、親をはじめとする身近な人との関係の中で身につけ、その後の人生経験によって強化されていくと考えられています。
厄介なのは、信念には「一度身につけると、その正しさを証明するような出来事に注目しやすくなる」という性質があることです。 .
たとえば、幼少期に「自分は人よりも劣っている」といった信念を身につけてしまった子どもがいるとしましょう。その子どもが、学校生活の中で、たまたまみんなができることをできなかったり、先生から「できない子」であるかのように扱われたりすると、
「ほら、やっぱり。私は人よりも劣っているんだ」
というふうに、自分の思い込みの正しさを確認していく。信念はそうやって、大人になるまでの間に強化され、揺るぎないものになっていくのです。
それだけに、一度身につけてしまった信念を変えるのは容易なことではありません。それに比べれば、自動思考を変えることはやさしいとされています。

ちなみに、ここでは悲観的な信念ばかりを挙げましたが、もちろん、信念は悲観的なものであるとは限りません。なかには、
「私は人よりも優れている」
「私はみんなから愛される」
「完壁でなくても、だいたい何とかなる」
「頑張っていれば、必ず報われる」
といった肯定的・楽観的な信念をお持ちの方もいらっしゃるかも知れませんね。
また、信念にはもちろん程度の差もあり、強固に思い込んでいる場合もあれば、「疲れているときは、そういう考えに引きずられやすい」という程度である場合もあります。

そして、こうした信念、推論の誤り、それらの影響を受けて起こる自動思考というプロセス全体を表す言葉が「認知」であり、その結果として生じるのが「感情」です。(後略)

注:i) 引用中の「自分の思い込みの正しさを確認していく」に関連する確証バイアスについてはここを参照して下さい。 ii) 引用中の「自動思考」については、例えば次のWEBページ、資料を参照して下さい。 「認知(行動)療法とは?」の「認知療法認知行動療法とは…」項、「入門!認知行動療法 バランス思考を目指そう」の「とっさの考え(自動思考)」項(P6) iii) 引用中の「信念」について、パーソナリティ障害の視点からは、例えば拙エントリのここ、及びここここを参照して下さい。 iv) 標記「認知行動療法」については例えば次のWEBページ、資料を参照して下さい。 「認知(行動)療法とは?」、「認知行動療法を使ってこころのスキルアップ」、「入門!認知行動療法 バランス思考を目指そう

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≪余談7≫中毒学関連本の読書感想について、その他

過日に拙ブログのミニ情報において記述した、「中毒学関連本の読書感想等」の改訂版を「中毒学関連本の読書感想について」として、再度以下にミニ情報に近い形式で記述します。ちなみに、 a) 用語の説明程度のための引用では、必要に応じてウィキペディアを利用しています。 b) あくまで「読書感想」であり、厳密な引用とは形式が少し異なります。 c) 読書感想のみならず化学物質過敏症関連にまで範囲を広げて記述しています。 d) 中毒学に相当する毒性学については次のWEBページを参照して下さい。 「毒性学(トキシコロジー)について

小城勝相著の本、『体の中の異物「毒」の科学』(2016年発行)の読書感想をはじめとして、化学物質過敏症を理解するために重要な中毒学を含めて幅広い学問分野が全体にまとまりあがることの視点を加味して、拙ブログ作者の意見を以下に箇条書きで記述します。もちろん英文の各種論文を読むための英語力も必要不可欠です。

①地球上には、私たち人間が合成した化合物を含め、2000万種をはるかに超える化学物質が存在します[同本の P60、また、 a) 『2015年、アメリカ化学会が構築しているCASデータベースに登録されている化学物質の数が「一億個」を超えた』ことについて、日本環境化学会編著の本、「地球をめぐる不都合な物質 拡散する化学物質がもたらすもの」(2019年発行)の「まえがき」における記述の一部(P3)を次に引用(【 】内)します。 【そして2015年、アメリカ化学会が構築しているCAS(Chemical Abstracts Service)データベースに登録されている化学物質の数が「一億個」を超えました。この中には天然の化学物質も多く含まれており、すべて人類が生み出した化学物質というわけではありません。しかし、科学技術の進歩に伴い、登録される新たな人工化学物質の数が年々増加の一途をたどっていることは、まぎれもない事実です。】 b) 「平成30年(2018年)1月現在での米国化学会の Chemical Abstracts Service [CAS] の登録物質数は1億3700万種である」ことについては資料「多種多様な化学物質の生態毒性評価における課題と展望」の「化学物質の数は?」シート[P3]を参照して下さい。そして最新の上記登録物質数はWEBページ「CAS 登録番号 (CAS RN®) 全般 - 化学情報協会」の「Q1 CAS 登録番号 (CAS RN®) とは」項を参照すると良いかもしれません。特定の化学物質における毒性を議論するためには、化学物質の同定が必要です。例えば、アルデヒド(悪臭物質としてはここを参照)※1という総称(参照)の表現では、化学物質が同定されておらず、毒性の議論には不向きです。例えば(職場における)許容濃度等の勧告(2016年度)(ここを参照)においては、それぞれの化学物質に対し、許容濃度等※2が勧告されています。加えて、一部の化学物質それぞれに SDS(安全データシート、ここを参照、加えてモデル SDS 情報〔ここを参照〕)が存在します。

②同定された化学物質(毒物)の「用量反応関係」(同本の P61、加えてここの「有害性評価 ~用量・反応関係と無毒性量~」シート[P30]を、MCS においては例えばここを それぞれ参照して下さい)が判明しないと、毒性の把握が充分にできないのでは? これに加えて LD50(半数致死量、同本の P67~P69、ここの「毒性のある物質の半数致死量(LD50)」シート[P25]を参照)の情報も必要であると本エントリ作者は考えます。すなわち、化学物質(毒物)は有るか無いかではなく、どの程度の量(濃度)があり、どの程度の影響がでるのかの量的な議論が重要であると本エントリ作者は考えます(例えば、ここの「はじめに」項[P1]を参照)。例えば、a) 最も毒性が強いのはボツリヌス菌がつくる毒素(同本の P68~P69)です。一方、この毒素は、神経伝達物質であるアセチルコリンの分泌を阻害する強力な中枢神経毒である[LD50=0.00001(mg/kg)]ものの、この性質を利用して筋緊張をきたす脳卒中の後遺症の治療に使われています(同本の P69、ただし、脳卒中の後遺症の治療については、ここ及びここにおける「神経毒素の臨床応用」項を参照) b) 健康な人でも、水を過剰に摂取すれば水中毒(ここを参照)になります。

③化学物質(毒物)等の生体異物は、経口、経皮、吸入などの経路を経て体内に取り込まれ、やがて血液中に入って全身に広がっていきます。そのままの状態で組織に毒性を発現するものもあれば、細胞内の酵素によってさまざまな代謝(例えばここを参照)を受けることで活性化して毒性を発揮するもの、私たちの体が備える解毒システムによって代謝され、ほとんど排泄されるものなど、実に多様にふるまいます(同本の P76)。ただし、アレルギーについては考慮していません。要するに、体内に取り込まれた化学物質は代謝や解毒等、実に多様にふるまいます。例えば、トルエン代謝については同本の P82~P84 に示されています。

④中毒学において、ここに述べた種差はきわめて重要です。哺乳類同士であれば、DNAの大きさやタンパク質の種類、体を成り立たせている機構等がほとんど同じであるため、ラットやマウスが医学研究においてよく用いられます(ここを参照)。
しかし、それでもなお、上記代謝経路が異なることが稀にあります。たとえば、クロフィブレート(ここを参照)のようなペルオキシソーム増殖剤は、マウスでは肝臓がんを引き起こすが、ヒトではそうした作用はなく、脂質異常症の治療に使われています(同本の P63、注:「種差」とはラットとヒトとの種差、マウスとヒトとの種差等を指します)。

⑤中毒発生防止のために、規制値を定める必要があります。このための基礎となるデータは、疫学調査によります。疫学(ちなみに、疫学用語の基礎知識はここを参照)とは、ヒトの集団に対して健康および病気の原因を宿主や病因、環境の面から包括的に考えて予防をはかる学問であり、いわばマクロレベルの科学です(同本の P24)。

⑥繰り返し述べてきたとおり、環境中に存在するものに対して、ゼロリスクということはあり得えません。「完璧な環境」などというものは夢想にすぎないのだから、安全性の科学的評価に基づいて、現実に見合った制度を定量的に考えることが重要です。(同本の P241) これらを考慮して適切に考えるためには、化学物質のリスクコミュニケーション(例えば資料を参照、ちなみに、この資料の P35 には、「化学物質の毒性は、人工物、天然物に関係なく物質により決まる」についての説明があります)も場合によっては必要であると本エントリ作者は考えます。

ここで少し脱線しますが、エピジェネティクスが注目を集めたきっかけは、疫学研究(該当論文要旨については他の拙エントリのここを参照、ただし、この論文要旨では60年後となっています)によってもたらされた結果だった。1944年の冬、オランダはドイツ軍に食糧封鎖されて飢餓状態に陥った。そのとき妊娠していた女性から生まれた赤ちゃんが50年後、高血圧や2型糖尿病、心筋梗塞などになりやすいことがわかった。胎児期の低栄養が50年も経ってから効果を表す理由の探求がエピジェネティックな効果を考える契機となった(同本の P205、他の拙エントリのここを参照)。

注:以下は化学物質過敏症にも大きく関連する記述です。

⑦私たち生物の体は、さまざまな元素からなる分子(ここを参照)によって構成されています。そして、その分子のほとんどは、有機化合物です。私たちの体と相互作用して、好影響や悪影響を及ぼす医薬品や農薬、環境汚染物質などに有機化合物が多いのも、このためです(同本の P32)。

⑧一部のMCS関連資料(ここを参照)等を読むためには、中毒学の基本的な知識が必要です。

⑨下記の o) 項に示す人工的な香気物質による害を含む化学物質過敏症(及び/又はシックハウス症候群)は脳や精神疾患と関連する、 a) 脳の機能異常※3ここを参照) b) ノセボ(ノシーボ)効果(嫌悪臭におけるノセボ効果:ここを参照、及びマニュアルの「3.4.4. 化学物質過敏状態が引き起こされるメカニズム」項[P53]を参照) c) 条件付け(ここここ及びここの P31 を参照) d) 化学物質ばく露などの過去の出来事(マニュアルの「11.3. MCS における臭いに対する脳の反応と症状の出現」項[P205~P206]を参照) e) 記憶及び認知処理に関連する前頭前野の情報処理の問題(ここここここを参照) f) 辺縁系の過剰反応性及び顕著な外部刺激の抑制不能の問題(ここを参照) g) 心理社会的ストレスや精神的なトラウマ(ここを参照) h) パニック障害や身体表現性障害の異型、あるいは軽度の心的外傷後ストレス障害 PTSD で説明が可能(ここを参照) i) MCS(多種化学物質過敏状態)、EHS(電磁波過敏症)等は、functional somatic syndromes(拙訳:機能性身体症候群)に含まれるようです(資料P11 と P12 を参照) j) 突発性環境不耐症(IEI)に予期及びノセボのメカニズムが決定的に関与している(ここを参照) k) MCS はありふれた化学物質への直接的な反応というよりは、むしろ嗅覚的な感知の高まり(嗅覚過敏)を伴う覆い隠されたストレス障害、そして関連する行動学的な条件付け(ここ[英語]を参照) l) 「プルースト現象」及び「嗅覚の学習記憶」(共にここを参照) m) 失感情症及び身体感覚増幅(又は身体脅威増幅)(前者は例えばここを、後者は例えばここ又はここを参照) n) 「匂いは嗅覚受容体と結合した匂い物質によって形成されているものに過ぎない」(ここを参照) o) 嗅覚受容体(参照)は人工的な香気物質と天然の香気物質をどのようにして弁別するのでしょうか? 1) 例えば、香気物質「リモネン」[参照]や「リノナール」[参照]を対象とする 2) 特に人工的な香気物質による害(ただし天然の香気物質による害は無い)は純粋な身体疾患として分類されることを主張する場合 等と関連があります。これらには疑問も含まれます。一方、上記のことをガン無視して全く考慮されない場合には、確証バイアス(ここを参照)にとらわれている又は信念体系が導入されている(ここを参照)かもしれません。なお、上記「信念体系が導入されている」に関連する「信念体系が刷り込まれている」については資料「環境因子による病をもつ患者の看護学的考察」の表1の④(P89)を参照して下さい。

⑩マインドフルネス認知療法ここここ及びここを参照)は MCS 又は化学物質過敏症にも関係があります(ここここ及びここを参照)。加えて、マインドフルネスストレス低減法は MCS にも関係があります(ここを参照)。さらに、上記に関連するマインドフルネストレーニングとアクセプタンス&コミットメント・セラピーは突発性環境不耐症(IEI)にも関係があります。すなわち、突発性環境不耐症における、内受容感覚の弁別に関連する治療又は対処法の候補例としてこれらが挙げられています(ここを参照、ちなみにこの論文要旨の拙訳はここを参照して下さい)。一方、上記確証バイアスにとらわれる又は信念体系が導入されることを防止する、そして「人の判断は非合理的」(ここの「人の判断は非合理的」項を参照)を踏まえた対策をするためには「自分が望むようにではなく、あるがままに物事を見ること」(ここを参照)、「欲望によって条件づけられることのない、ありのままの現象を認知する(如実知見する)」こと(ここを参照)及び/又はクリティカル・シンキングここを参照)が必要かもしれません。

以上を踏まえると、化学物質過敏症に対する何らかの判断を行う際には、様々な学問分野[例えば、a) 化学、 b) 中毒学、免疫学、疫学、環境保健※4、ゲノム、エピゲノムを含む分子生物学ベイズ推論(例えば他の拙エントリのここを参照)をはじめとした計算論的精神医学(計算論的心身医学を含めて※5を参照)を含む精神医学(注:一説によると「精神医学」の本質は「人間学」にあるとのこと※6)、精神生理学※7、対人神経生物学を含む神経生理学(例えば参照参照)、そして社会健康医学(WEBページ「社会健康医学とは」を参照)としての医学コミュニケーション(pdf ファイル「京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 2021」中の文書「医学コミュニケーション分野」[P26~P27]を参照)、健康情報学(pdf ファイル「京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 2021」中の文書「健康情報学分野」[P24~P25]を参照)をはじめとした又は密接する医学、 c) (薬物)代謝や解毒を含む分子生物学(又は生化学)、ゲノム薬理学、薬物動態学や衛生薬学※8を含む薬学、そして栄養疫学(WEBページ「栄養疫学とは」を参照)を含む栄養学、 d) 情動関連を含む脳科学、 e) 臨床心理学、認知心理学、感情心理学※9進化心理学※10行動分析学(他の拙エントリのここを参照)、ソマティック心理学(又は身体心理学[WEBページ「当センターについて - ソマティック心理治療センター」の「SPC共同発起人 田中 伸明 ベスリクリニック(HP) 理事長」項を参照])や仏教心理学(例えばWEBページ『ケネス・タナカの仏教教室Ⅳ「仏教心理学―縁起的主体性で生きるー」』、そして資料「十五分でわかる仏教心理学」、「心理療法としてのマインドフルネスにおける仏教性」や『認知療法,マインドフルネス,原始仏教:「思考」という諸刃の剣を賢く操るために』を参照すると良いかも)をはじめとする心理学、 f) 行動経済学※11計量経済学、計算社会科学※12、 g) 上記「社会健康医学」に関連するかもしれない周囲の理解を得るのに困難な「論争中の病い」(例えば資料「化学物質過敏症の病いの経験と政策に関する社会学的研究」の「(4) CS という病の学問上の位置づけ」項を参照、※13)の視点からの社会学、そして説得コミュニケーション論※14を含む議論学〔例えばWEBページ「組織概要 - 日本ディベート協会」を参照〕]等からの幅広い知識(又は教養)をまとめあげた後に、これらの知識全体を俯瞰(ここ(12)及び(18)項参照)しながら様々な視点から検討を行い、総合的に判断すれば、より適切な判断が可能になると本エントリ作者は考えます。さらにこれにより、 i) 自分が望むようにではなく、あるがままに物事を見る(ここを参照)こと ii) 確証バイアス(ここを参照)にとらわれないこと に近づくことができると拙エントリ作者は考えます。加えて、物事を何でも簡単に信じてしまう(ここ(10)項参照)方々は、これの防止にも寄与できると拙エントリ作者は考えます。

さらに、余談になりますが、世界中に発信している論文は英語で記述されているので、これらを読むためにも英語の勉強は必須であると本エントリ作者は考えます。英語の医学論文は PubMedここを参照)で検索できます。拙ブログにおいてもこれらの医学論文が複数紹介されています。加えて、これらの大量の医学情報のなかから、必要な知識をピンポイントで探し出すスキルが重要であるとの意見があります。この意見に関連する「医学部において求められるのは理系科目よりもむしろ英語、国語」について、井原裕著の本、「精神科医と考える 薬に頼らないこころの健康法」(2017年発行)の Ⅱ こころの健康Q&A の iii 精神科医が答える子供本人からの学習相談 の「医学部志望だが理系科目に興味が持てない」項における記述の一部(P215)を次に引用(『 』内)します。 『医学部の場合、理系の教科を必要順に列挙すると、生物、化学、物理、数学の順。前二者はともかく、後二者の必要性はかなり低いといえます。(中略)その一方で、医学部では英語力は必須です。高校英語のような文学的な文章を読解する必要はありませんが、英語の医学論文を大量に読みこなす力は必要になります。読むだけでなく、書く力、話す力すらいずれは求められます。また、国語力は大いに求められます。それも大量の医学情報のなかから、今、すぐに必要な知識をピンポイントで探し出すスキルが重要で、これは来る日も来る日も教科書や論文を大量に読むことで自然と鍛えられていきます。そうして得られた情報を、論理の明快な文章にまとめる作文力も求められます。』(注:i) この引用に関連するWEBページは次を参照して下さい。「理系科目に興味が持てない… 医学部志望を変更すべきか」 ii) 引用中の「今、すぐに必要な知識をピンポイントで探し出すスキルが重要」に関連する「膨大な情報の中から、本質をつかむ能力が必要」については次の YouTube を参照して下さい。 「医学部説明会-高校生のための東京大学オープンキャンパス2019」の「医学科専門課程の特徴」シート[18:52~] iii) 引用中の「医学部では英語力は必須です」に関連するかもしれない「研究の世界では,英語がわからなくても科学研究はできるが,英語ができないと科学研究者にはなれないと言われている」ことについては、引用はしませんが、小林牧人、藤沼良典著の本、「理系研究者がハッピーな研究生活を送るには 科学とは? 研究室とは? そしてラボメンタルコーチングの必要性」(2021年発行)の 第2章 科学とは何かをおさえよう の「12) 再び科学とは」を参照して下さい。)

注:以下は脚注的な位置付けの文章です。

※1:ちなみに、アルデヒドにはホルムアルデヒドここを参照)やアセトアルデヒド(人体においては、お酒に含まれるエタノールの酸化によって生成し、一般に二日酔いの原因だと見なされている)が含まれます(ここの「命名法」の 4 を参照)。また、上記化学物質、ホルムアルデヒドアセトアルデヒドエタノールは(ここを参照)においてモデルSDS情報が検索できます。加えて、上記本文で示すトルエンも同様に検索できます。これらの SDS 情報を読めば、個々の化学物質の毒性を含む性質は千差万別であることがわかります。

※2:許容濃度等を理解するためには、次のWEBページにおけるその性格および利用上の注意を参照して下さい。 「許容濃度等の勧告について - 日本産業衛生学会

※3:化学物質過敏症において、「脳の一領域である大脳辺縁系を介した作用機序に着目」については他の拙エントリここ及びここを参照して下さい。

※4:例えば次の本を参照して下さい。 『日本医師会編(車谷典男監修)の本、「環境による健康リスク (日本医師会生涯教育シリーズ) 」[2017年発行]』

※5:例えば次の本を参照して下さい。 『国里愛彦、片平健太郎、沖村宰、山下祐一著の本、「計算論的精神医学 情報処理過程から読み解く精神障害」(2019年発行)』 加えて、上記「計算論的精神医学」のみならず「計算論的心身医学」についての簡単な説明は他の拙エントリのここを参照して下さい。その上に、過敏性腸症候群を対象とした「予測的符号化に基づく計算論的心身医学」に関する基礎的な研究の例については次のWEBページを参照して下さい。 「予測的符号化に基づく計算論的心身医学ー過敏性腸症候群を対象とした基礎的検討ー

※6:例えば次の本を参照して下さい。 『井原裕著の本、「精神療法の人間学 生活習慣を処方する」(2020年発行)』の特に、 a) はしがき の「精神医学の本質は人間学にある」項(Piv~Pv) b) 第Ⅲ部 私の考える精神療法 の「第18章 精神療法の人間学

※7:精神生理学又は生理心理学については例えば次のWEBページも参照すると良いかもしれません。 「日本生理心理学会」 加えて他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

※8:例えば次の本を参照して下さい。 『永沼章、姫野誠一郎、平塚明編の本、「第6版 衛生薬学 健康と環境」(2018年発行)』

※9:例えば次の本を参照して下さい。 『日本感情心理学会企画、内山伊知郎監修の本、「感情心理学ハンドブック」(2019年発行)』 ちなみに、 a) 「生理心理学」と「内受容感覚の予測的処理に基づく感情の創発」との関連は、pdfファイル「大会企画シンポジウム 公認心理師時代の生理心理学―心理学教育の視点から―」中の大平英樹著の文書「内受容感覚の予測的処理に基づく感情の創発」(P43~P44)を参照して下さい。 b) 一方、上記本には 第2部 感情の基本要素 の 10章 感情科学の展開:内受容感覚の予測的符号化と感情経験の創発(P195~P221) の 3節 内受容感覚の予測的符号化 の「2. 予測的符号化と自由エネルギー原理」項(P202~P205)があります。同章の著者は大平英樹です。加えて引用はしませんが、上記「自由エネルギー原理」(例えば資料「予測的符号化・内受容感覚・感情」の「2. 予測的符号化」項や「自由エネルギー原理 ―環境との相即不離の主観理論―」を参照)は「認知科学、心理学、物理学、情報学から哲学にいたるまで、さまざまな分野から注目を集めている」ことについては乾敏郎、坂口豊著の本、「脳の大統一理論 自由エネルギー原理とは何か」(2020年発行)の裏表紙を参照して下さい。

※10:例えば次のWEBページを参照して下さい。 「進化心理学

※11:例えば次のWEBページを参照して下さい。 「家でも会社でも使えるノーベル賞理論! 最新経済学の魔法」、「行動経済学×医療

※12:エコーチェンバー、フェイクニュース等を取り扱うかもしれません。例えば次の本を参照して下さい。 『笹原和俊著の本、「フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論プロパガンダのしくみ」(2018年発行)』 ちなみに、同本の記述の一部の引用例はここを参照して下さい。

※13:「論争中の病い」の視点からの社会学の例として次の本があります。 『野島那津子著の本、診断の社会学 「論争中の病」を患うということ(2021年発行)』 加えて、この本における記述の一部の引用例は他の拙エントリのここを参照して下さい。加えて、上記「論争中の病い」にも関連するかもしれない次の研究成果報告書もあります。 「化学物質過敏症患者の生活回復――論争中の病としての環境病」、「化学物質過敏症の病いの経験と政策に関する社会学的研究

※14:上記「説得コミュニケーション論」に関連する『ディベートは「客観的な証拠資料に基づいて論理的に議論をするコミュニケーション形態」である』ことについては次の資料を参照して下さい。 『日本語ディベートにおける証拠資料の「オーソリティー」に関する一考察』の「1. はじめに」項

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≪余談8≫「総合的な探究の時間」、「情報生産者になる」こと、そして医療又は医学における「ヒポクラテスの警句」及び当事者研究について、その他

最初に、標記「情報生産者になる」ことについては大学、そして特に大学院におけることである一方、学習指導要領の改訂により高等学校において二〇二二年度から「総合的な学習の時間」から標記「情報生産者になる」ことにより関連するかもしれない「総合的な探究の時間」に変更されることについて、河野哲也著の本、『問う方法・考える方法 「探究型の学習」のために』(2021年発行)の 第一章 「探究」とは何か の「1 自分の人生の課題を解決する」における記述の一部(P9~P13)を以下に引用します。ちなみに上記「総合的な探究」に関連する又は関連するかもしれない、 (i) 「総合的な探究の時間」については次の資料やWEBページを参照して下さい。 「高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説 総合的な探究の時間編」、「総合的な探究の時間」、「総合的な探究の時間 高校・先生のための探究学習ガイドブック」(注:a) この資料の『■「総合的な探究の時間」は、何を、何のために学ぶ学習なのか?』項(P2)には次に引用[【 】内]する記述があります。 【「自分で考える力・生きる力を身につけ」、「自分で問題を解決できるようになる」ことが目標です。】 b) この資料に関連する次のWEBページもあります。 「第1回 あなたが人とつながることで何が生まれるか? - 総合的な探究の時間 NHK高校講座」)、「今さら聞けない!探究学習ってなに?考え方、目的、メリット」(注:このWEBページの「なぜ、いま探究学習なのか」項には次に引用(《 》内)する記述があります。 《これからの時代は、終身雇用が崩壊したり、AIが台頭したり、デジタル化やグローバル化が進展したりと、様々な変化を迎えます。変化することで、これまで「正解」とされていたものが変わる可能性さえあります。その中で、自分なりに考えて、自分なりに問題を見出して、自分なりの答えを見出すことが大切だと考えられています。》、《日本の産業界の声として、経団連が2018年に発表したレポートを掲載します。文系理系問わず、学生に求める能力として、「主体性」や「実行力」、「課題設定・解決能力」が上位に挙げられています。》[注:引用中の「経団連」や『文系理系問わず、学生に求める能力として、「主体性」や「実行力」、「課題設定・解決能力」が上位に挙げられています』に関連する『産学協議会の「中間とりまとめと共同提言」で整理した通り、Society 5.0 の人材には、最終的な専門分野が文系・理系であることを問わず、リテラシー(数理的推論・データ分析力、論理的文章表現力、外国語コミュニケーション力など)、論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決能力、未来社会の構想・設計力、高度専門職に必要な知識・能力が求められ、これらを身に付けるためには、基盤となるリベラルアーツ教育が重要である』ことについては次の資料を参照して下さい。 『採用と大学教育の未来に関する産学協議会・報告書 「Society 5.0 に向けた大学教育と採用に関する考え方」』の「1. Society 5.0 で求められる人材と大学教育」項〔P6〕] また、 1) 上記「Society 5.0 で求められる人材と大学教育」については次の資料を参照して下さい。 「採用と大学教育の未来に関する産学協議会・報告書 Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方―概要―」の「Society 5.0で求められる人材と大学教育」シート[P4] 2) 引用中の「【図表2】」の引用は省略します。 3) 引用中の「リベラルアーツ」については次の資料を参照すると良いかもしれません。 『育て! 「よりよい世界を創る人材」 ―リベラルアーツのすすめ―』 4) 引用中の「Society 5.0」については次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 『第5期科学技術基本計画』]) (ii) 「高等学校においては、社会で求められる資質・能力を全ての生徒に育み、生涯にわたって探究を深める未来の創り手として送り出していくことがこれまで以上に求められる。」ことについては次の資料を参照して下さい。 「高等学校学習指導要領の改訂のポイント」の「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」項 (iii) 一方、『我が国が成熟社会を迎え、知識量のみを問う「従来型の学力」や、主体的な思考力を伴わない協調性はますます通用性に乏しくなる中、現状の高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜は、知識の暗記・再生に偏りがちで、思考力・判断力・表現力や、主体性を持って多様な人々と協働する態度など、真の「学力」が十分に育成・評価されていない。』ことについては次の資料を参照して下さい。 「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について ~ すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために ~ (答申)」の「(高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜における課題)」項 (iv) また、「働き方も価値観も多様化した現代に求められているのは、自ら課題を見つけ、考え、判断する力。そうした力を伸ばすカギとして注目されているのが、探究型の学びだ。」との記述を有するWEBページは次を参照して下さい。 「変わる!?これからの学校<番組内容>

二〇二二年度から、学習指導要領の改訂によって高等学校の「総合的な学習の時間」は「総合的な探究の時間」に変更されます。
その目標は、文部科学省の指導要領によれば、「探究の見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力」を育成することにあるといいます。
ここには、今後の教育と社会のあり方を考えるためのキーワードがいくつもあらわれています。「横断的・総合的」「自己の在り方生き方」「よりよく課題を発見し解決していく」がそうです。
「横断的・総合的」というのは、複数の科目や専門性を貫いて、それらをまとめて、という意味です。化学でも、美術でもある活動。体育でも、社会でも、文学でもある学び。生物学でもあり、歴史でも、家庭科でもある課題。こうしたものが、横断的・総合的な学習です。
具体例が思いつくでしょうか。たとえば、これまで捕れていた川魚がなぜか捕れなくなって、その魚を使った郷土料理が食べられなくなった。その郷土料理を残したい、食べ続けたい、と考えたとしましょう。こうした探究は、まずその魚についての生物学や生態学を調べて、なぜその魚が減ってしまったのかの原因を知る必要がありますし、郷土料理の歴史や作り方(家庭科)を知り、そして、いつ頃からその魚が捕れにくくなったのか、社会や産業の変化、それをもたらした政策などのさまざまな科目と学問が関係してくるはずです。
「自己の在り方生き方」というのは、学校で習うことを自分の人生と結びつけることの大切さを言ったものです。これまでの勉強は、「将来役に立つから、まず一定の知識や技術を身につけておきましょう」と言われて、さまざまな科目を学ぶようになっていました。でも、今身につけなければならないとされている知識が、自分の将来とどのように結びついているかわからないと、学ぶ意欲があまりわかないでしょう。自分の将来の生き方を思い描きながら、そこでどのような知識や技術が必要となってくるかを想像してみる時間が必要です。
「自分の将来」というと皆さんは、すぐに就業のことばかりを考えるかもしれませんが、それだけではありません。たとえば、あなたは、将来はパティシエになって、自分でお店を開きたいと思うかもしれません。そうした生活でも、家庭と仕事をどう両立させるか、地域での人とのつながりはどうするか、こうしたことが気になりますね。お店を営むには、いろいろな経営の知識や、資格や営業許可など法律の知識も必要です。自分の営んでいる店が属している地域の商店会で、市議会に候補を立てようということになるかもしれません。そうなると、政治にも関係してきます。もしかすると商店会で土地利用の問題が起こって集団で訴訟を起こすことになるかもしれません。そうなると、司法や裁判にも関係してきます。学校で勉強することが、自分の人生のなかでどうつながっているか知ることは、科目の内容を知ることと同じくらいに重要です。
そして、自分の人生で、今何をすべきなのか、どうすれば自分の目標を達成できるのか、どういう人生が幸せな人生なのか。自分にとって何が課題なのかを発見し、それがどうすればよくなるのか、その解答を見つけていく。これが本当の勉強のはずです。

「研究すること」と「生きていくこと」が分けられない社会
ですから、私は、探究型の学習はこれからの小中高校では、最も大切な科目になっていくと考えています。また、探究型の学習は、小中高だけではなく、大学や大学院、さらに社会人になっても求められるものです。なぜなら、これからの社会は、「研究すること」と「生きていくこと」とが分離できない社会になっていくからです。とりわけ、仕事(働くこと)と研究の結びつきは今よりも強くなっていくでしょう。
「ずっと〝学ぶ〟ことが大切というのはわかるけど、〝研究〟というのは大けさじゃないかな」と思うかもしれません。しかし、ここで言う「研究すること」とは、知識を暗記したり、与えられたテスト用紙の問題を解いたりするようなことでは、もちろんありません。科学の実験のように実験器具や装置に囲まれてするものだけを研究と呼んでいるわけではありません(それも含まれますが)。
ここで「研究」と呼んでいるのは、自分の人生の中で出会う実際の課題を、知的な探究の対象として深掘りして、さまざまな知識やスキルを総動員して何とか解決しようとすること、そしてそれを、後の自分のために、他の人のために、整理して再び知識やスキルとして保存していくこと、そういう意味での研究なのです。要するに私たちは、社会のさまざまな場面において、隠れていた問題を見つけ、それを調べて、解決するという過程が求められている時代に生きているのです。(後略)

注:(i) 引用中の『「探究の見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力」を育成することにある』ことについては次の資料を参照して下さい。 「高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説 総合的な探究の時間編」の 第2章 総合的な探究の時間の特質 の「1 探究が高度化し,自律的に行われること」項 加えてこれに関連する、 a) 【『高等学校学習指導要領解説』においても、「総合的な探究の時間」において、やはり「探究の見方・考え方を働かせ」た横断的・総合的な学習を通して、「探究の意義や価値」の理解及び「探究に主体的・協働的に取り組むとともに、互いのよさを生かしながら、新たな価値を創造し、よりよい社会を実現しようとする態度を養うこと等が目標とされている】ことについては次の資料を参照して下さい。 『中学校「総合的な学習の時間」の想定する子ども像の批判的検討 ――「探究的な見方・考え方を働かせる」姿を中心に――』の『(1)中学校・高等学校に共通した「探究的な見方・考え方を働かせる」子ども像』項(P210) b) 《「知識・技能を活用して、自ら課題を発見しその解決に向けて探究し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」を育む》ことについては次の資料を参照して下さい。 「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について ~ すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために ~ (答申)」の「③ 確かな学力」項 (ii) 引用中の(高等学校の)「総合的な探究の時間」が必要な理由について、同の「6 なぜ高校から始めたほうがいいのか」における記述の一部(P44)を次に引用(『 』内)します。 『進学せずに、高校卒業後に就職を選ぶ人も多いでしょう。そうした人は、探求の時間がなかったら、知識の全体像が描けないままに社会に出ることになります。これは非常に心配な状態です。というのは、専門的な知識がどのように自分の人生に関わってくるのか理解しないままに人生を送ることになり、それを活用することもできなくなるからです。これが探求的な学びが高校までしっかり実施されなければならない理由です。』 (iii) 引用中の「横断的・総合的」と「課題を発見し解決していく」ことや「自己の在り方生き方」を考えることとの結びつきについて、同の「複雑で多面的な存在である私たち」における記述(P35~P37)を以下に引用します。 (iv) 引用中の「探究」に関連する「探究型の学習」が進む過程について、同の 第二章 探究的な学びとは何か の「4 探究型の学習をどう進めるか――方針と流れ」における記述(P57~P61)を以下に引用します。

複雑で多面的な存在である私たち
ところで、「横断的・総合的」に「課題を発見し解決する」ことと、「自己の在り方生き方」を考えることとはどう結びついているのでしょうか。
私の解釈では、人間の生は常に全体的です。「全体的」とは、一人の人生は、職業や家庭、地域、趣味などさまざまな仕方で他人や社会と結びついた多面的で多角的な存在だということです。また、人間は知的であると同時に感情的な存在です。
また私たちは、自分で人生を切り開く自発的・自主的な存在であると同時に、自分では変えることのできない運命のようなものに翻弄される受け身の存在でもあります。こうした意味で、私たちは、常に複雑で多面的な存在です。自分の在り方生き方に関係する課題も、つねに複雑で多面的です。それゆえに、そうした自分の課題に役立つ知識も、横断的・総合的でなければならないのです。
横断的・総合的に探究するということは、複数の専門分野(高校で言えば、複数の科目)を結びつけることに他なりません。ですが、それは一つの課題を探究していくうちに、さまざまな分野のことを調べ、まとめていく必要があるとやっとわかってくるものなのです。いわば、探究という活動が軸になって初めて、そこにさまざまな分野が関係してくることが実感できるのです。
探究する態度がなければ、学校で学ぶいろいろな知識は、互いに無関係で、何の役に立つのかわからないものに見えるでしょう。探究の軸は、自分の在り方や生き方を求める中でこそ見つけられるものです。学びの課題は、自分がよく生きていこうとする人生の中で見いだされるべきです。学ぶ事柄が自分自身の人生の関心と関連していなければなりません。そうでなければ探究するためのエネルギーが湧いてきません。
ここで強調しておきたいのは、探究の授業の目的は、社会で探究的な活動をするための準備などではないということです。探究の授業の目的は、実際に探究することにあります。大学で起業活動をすることの目的は、将来、実社会で起業するための準備をすることではなく、実際に今起業することが目的であるように、探究の授業の目的は、将来、実社会で探究的な活動を行うための準備をすることではありません。
高校生であっても、そのできる活動の範囲で、実際に探究するのです。それは、現実の知的貢献を目指し、実際の問題解決を目指し、本当に社会に役に立つものを目指すものでなければならないのです。探究は真正の学びでなければならず、社会から分離された単なる「教室での出来事」であってはなりません。

注:引用中の「学ぶ」に関連するかもしれない『人文知における「学ぶ」とは不動の唯一解を得ることではなく、「考えの行き先を増やすこと」』であることについては「学問を学ばなくとも行き先を増やすことは可能です。しかし学問を使うと、考えの行き先をあーでもない、こーでもないと議論してきた、たくさんの先人の知恵にふれることができます。」を含めて次のエントリを参照して下さい。 「学ぶとは考えの行き先を増やすこと

4 探究型の学習をどう進めるか――方針と流れ(中略)

探究型の学習は、大まかにいうと以下のような過程で進みます。

(1)テーマの発見と問い(リサーチクエスチョン)の設定
(2)仮説の定立
(3)仮説の実証:実験観察、社会調査、文献調査
(4)仮説の検討:実証の検証、仮説の修正、反論や代替案の検討
《(2)~(4)の過程を繰り返す。中間発表を入れる》
(5)成果の発表:レポートとプレゼンテーション

(1)の「テーマ」とは、探究する課題であり、また範囲を指しています。テーマは、たとえば、「町おこし」「就職活動」といったように、ある課題の領域のことです。探究するためには、このテーマについてより具体的な問いを立てます。たとえば、「A商店街に顧客を呼び戻すにはどうすればよいか」とか、「この地域の高校生は、今後どのような就業先が確保できるか」といった問いです。
もちろん、これらはまず漠然としていますが、これらの問いは、研究のための問いなので、「リサーチクエスチョン」とも呼ばれます。結論がきちんとしたものになるかどうかは、問いをしっかり立てたかどうかできまります。漠然として曖昧な問いを立てておいて、優れた結論を得ることなどできません。
(3)の実証とは、信頼できる科学的なデータ(証拠)に基づいて、ある仮説の正しさを示すことです。そのためには、後に述べる「調査」が必要です。(3)の実証が最初からうまく行けばよいのですが、大概はそうではありません。(1)や(2)で立てた問いや仮説が曖昧であったり、大まかすぎたりして、最初は実証がうまく行かないのが普通です。そこで、まずは試行として行った実証の結果を検証して、うまく行かなかったならば、その理由や原因を分析し、仮説を修正したり、場合によっては全面的に作り直したり、場合によっては、問いから考え直したりする必要が出てきます。そうしてまた(2)~(4)の過程を繰り返すのです。

注:(i) 引用中の「問い」、「仮説の定立」に関連する「探究的な学習を進めるうえで、学ぶ側にとって最も難しいことは、問いとそれに対応した仮説を立てること」について、同の 第二章 探究的な学びとは何か の「実証を繰り返す」における記述の一部(P65)を次に引用(『 』内)します。 『探究的な学習を進めるうえで、学ぶ側にとって最も難しいことは、問いとそれに対応した仮説を立てることです。しかし、難しいということは、まさに、そこにこそ学びの核心があるということでもあります。したがって、問いから仮説を立て、それを実証する(2)~(4)の過程には以上のような循環が何回かあると考えてください。最初から、一足飛びに、次のページの⑤のような確定的な問いや仮説を立てることなど不可能です。問いも仮説も何度も手直しして、最後に結論が見えたときに、はじめて明確になるものなのです。』(注: a) 引用中の「次のページの⑤のような確定的な問いや仮説」についての引用は省略します。 b) 引用中の「問いも仮説も何度も手直しして」に関連する「問いを深めて、適切な仮説を立てる」ためにも「(2)~(4)の途中で、中間発表を入れることが効果的」であることについて、同「実証を繰り返す」における記述の一部(P65~P66)を次に引用(【 】内)します。 【後にプレゼンテーションについて説明する章で述べますが、(2)~(4)の途中で、中間発表を入れることが効果的です。自分(たち)の探求の進展を報告すると同時に、問いを深めて、適切な仮説を立てるために、教師やクラスメートから質疑をうけるのです。自分(たち)の探究でまだ不十分なところがわかるでしょうし、外の目から客観的に探究の長所や短所を判断してもらうのです。中間発表をクラスや学年で行い、互いに質疑応答し、評価し合うとよいでしょう。】[注:引用中の「後にプレゼンテーションについて説明する章で述べます」に相当する引用は省略します]) c) 引用中の「仮説」に関連する「仮説を立てられない人には裏ワザがある」ことについて、「仮説は予断と偏見の別名、これなしで海図のない航海にのりだすひとはいない……のは事実です」を含めて上野千鶴子著の本、「情報生産者になる」(2018年発行)の Ⅱ 海図となる計画をつくる の 4 研究計画書を書く の「(3)理論仮説&作業仮説」における記述の一部(P075~P077)を以下に引用します。 (ii) 引用中の「問い」についてはここも参照して下さい。 (iii) 引用中の「文献調査」について、同の 第四章 文献収集と読み解き方 の、 1) 「1 実証の方法」における記述の一部(P123~P126)を以下に引用します。 2) 「2 文献の探し方」における記述の一部(P128~P129)を以下に引用します。

(3)理論仮説&作業仮説(中略)

仮説を立てられない、ですって? そういう人には、実は、裏ワザがあります。仮説は予断と偏見の別名、これなしで海図のない航海にのりだすひとはいない……のは事実ですが、よくわからない対象に、「これは一体何だろう?」「そこで何が起きているんだろう?」という好奇心からアプローチすることもあります。こういう場合には「仮説は何か」と言われても、思いつかないものです。仮説は研究の前にではなく、研究の過程を通じて研究の後に浮かび上がってくることもあります。こういう研究に、「仮説生成型」とうまい名前をつけたのは箕浦康子さんです(2)。ですから「キミの研究の仮説は?」と聞かれてうまく答えられなかったら、「仮説生成型です」と答えればよいのです(笑)。(後略)

注:引用中の脚注「(2)」(P096)の内容を次に引用(【 】内)します。 【(2) 箕浦さんは東京大学教育学部で長くフィールドワークを中心とした研究指導を続け、そのもとからすぐれた研究者をたくさん育ててきた[箕浦1999]。】(注:引用中の「箕浦1999」は次の本です。 「箕浦1999『フィールドワークの技法と実際マイクロ・エスノグラフィー入門』ミネルヴァ書房」)

1 実証の方法

ある仮説を実証するためには、信頼できるデータを揃えなければなりません。そのためには、主に「実験観察」「社会調査」「文献調査」の三つの方法があります。(中略)

三番目は、「文献調査」です。これは自分の仮説あるいは主張の実証を、信頼できる文献資料に求める方法です。実験観察や社会調査は、探究する人が自分で直接に対象を調査し、データを得ようとするものです。これに対して、文献調査とは、すでにだれかが文書やデータの形にして公表したものを利用することです。その意味で、文献調査による実証は、実験観察と社会調査が直接的で一次的であるのに対して、間接的で二次的だといえるでしょう。しかしその分、調査がやりやすく、高校生や大学生には接近しやすい方法です。専門家や研究者であっても自分の専門以外の部分は文献調査に頼ります。(後略)

2 文献の探し方(中略)

探究にとって文献を調査して利用することは、二つの点で重要な意味を持ちます。ひとつは、今述べたように、自分の仮説を支える証拠を見いだすことです。もう一つは、哲学対話のグループで仮説や仮の主張を考えた後に、さらに仮説を見直したり修正したりするアイデアを得ることです。
証拠として利用する場合にも、アイデアのための情報として利用する場合でも、参照する文献は信頼できるものでなければなりません。とりわけインターネット上の情報には、フェイクや誤った情報、特定の政治的立場を擁護するためのプロパガンダ、個人の感想にすぎないものなど、探究としては頼ることのできない情報も多数含まれています。情報がどれくらい信用できるがは、以下のような基準で判断します。

・著者の信頼性 著者・作者がだれであるか。信頼できる人物であるか。その分野の専門知識を持っているか。
・内容の正確性 内容が正確に調べられて書かれているか。
・意図と読者対象 どういう意図で書かれているか。だれに向けて書かれているか。
・公平性・客観性 書いている情報や意見に偏りがないか。
・最新性 かつては信用された学術論文でも古くて使えなくなっていることがある。(後略)

注:(i) 引用中の「フェイク」に関連する「フェイクニュース」についてはここを参照して下さい。 (ii) 引用中の「哲学対話」については、次のWEBページや資料を参照すると良いかもしれません。  【「『考える力』を育てる『哲学対話』」(視点・論点)】、「考える自由のない国―哲学対話を通して見える日本の課題」、「『人は語り続けるとき、考えていない──対話と思考の哲学』」、「永井玲衣さんと考える、哲学対話が叶える学びの未来」、『「哲学対話」先生と生徒が共に考えるアクティブラーニングな授業』、「対話による人間の回復:当事者研究と哲学対話」、『「持続可能な多世代共創社会のデザイン」研究開発領域 研究開発プロジェクト 「多世代哲学対話とプロジェクト学習による地方創生教育」』、WEBページ「哲学対話の可能性」からダウンロード可能な資料「哲学対話の可能性」 (iii) 引用中の「最新性 かつては信用された学術論文でも古くて使えなくなっていることがある」ことに関連する、 a) 「元の情報が古いものだった場合、現在とは状況が異なるかもしれないので、注意しましょう」については次のWEBページを参照して下さい。 「ネットの時代におけるデマやフェイクニュース等の不確かな情報」の「確認方法」項 b) 「健康や医学に関する情報は日進月歩なため、古い情報では、現在は否定されていることかもしれない」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「インターネット上の保健医療情報の見方」の「〇い:いつの情報か」項 c) 上記「かつては信用された学術論文でも古くて使えなくなっていることがある」ことの一例としてのシックハウス症候群においてより新しい厚生労働省のWEBページ「シックハウス対策のページ」の「参考資料集(パンフレットなど)」項にリンクされている「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」があるにも関わらず、古い相澤好治氏を代表研究者とする「シックハウス症候群の診断基準の検証に関する研究」(WEBページ「シックハウス症候群の診断基準の検証に関する研究」を参照)における結果を説明することについては次の資料を参照して下さい。 「化学物質過敏症を見落とさないために──各診療科へのお願い」の「表3 シックハウス症候群の診断基準」を含む「シックハウス症候群との関係」項(P21) 後者では例えば「広義SHS」と「狭義SHS」との区別を有するが、前者では有さないことに注意して下さい。 (iv) 引用中の「探究にとって文献を調査して利用することは、二つの点で重要な意味を持ちます。ひとつは、今述べたように、自分の仮説を支える証拠を見いだすことです。もう一つは、哲学対話のグループで仮説や仮の主張を考えた後に、さらに仮説を見直したり修正したりするアイデアを得ることです。」に関連する「実証的なデータや証拠として使えそうな文献は、批判的に読解する」ことについて、同の 第四章 文献収集と読み解き方 の「2 文献の精読の仕方」における記述の一部(P137)を次に引用します。

(前略)実証的なデータや証拠として使えそうな文献は、もう一度、その情報が信頼できるかどうかを確かめておきます。よりしっかり精読すべきなのは、自分の仮説や主張にアイデアを与えてくれそうな文献と、その逆に、自分の仮説や主張に対する疑問や反論、代替案を出している文献です。
これらの文献は、批判的に読解します。批判的読解とは、そこに書かれていることが正しいか、根拠があるか、理由は何か、証拠があるかと考えながら読むことで、相手の主張を鵜呑みにしないということです。(後略)

注:引用中の「批判的読解」についてはここを参照して下さい。

また、「探究エピステモロジーをもち、ずっと学びつづける探究人を育てるために何をすべきか」について、今井むつみ著の本、「学びとは何か ――〈探究人〉になるために」(2016年発行)の 終章 探究人を育てる の「知識の深さと広さを得るために」項と「誤ったスキーマの修正」項における記述の一部(P219~P220)を以下に引用します。ただし、上記「エピステモロジー」とは同本の P146 によると「知識についての認識」のことであり、 pdfファイル「学びとは何か ―高等教育機関において〈探究人〉になるために― - 立教大学 大学教育開発・支援センター」中の文書「学びとは何か ―高等教育機関において〈探究人〉になるために―」(P15~P67)の P19 によると「知識をどう捉えるか」のことであるようです。

知識の深さと広さを得るために(中略)

探究エピステモロジーをもち、ずっと学びつづける探究人を育てるために何をすべきか。まず第一に、学校は「知識を覚える場」ではなく、知識を使う練習をし、探究をする場となるべきだ。知識を使う練習とは、持っている知識を様々な分野でどんどん使い、それによって、新しい知識を自分で発見し、得ていくということである。それこそがアクティヴ・ラーニングの本質である。

誤ったスキーマの修正
探究人を育てるために大事なことの第二は、誤ったスキーマの修正だ。本書でも何度も述べてきたように、子どもは(大人も)経験に基づいて誤ったスキーマをつくる。スキーマは概念の根幹である。これが誤っていると、それに関して何か新しいことを読んだり聞いたりしても,そのスキーマに合わせる形で理解してしまう。スキーマに合わない情報はそもそも取り込まれない。したがって、誤ったスキーマは学びの障害になるので修正しなければならない。しかし、「間違っている」と指摘して正解を教えても、誤ったスキーマはなかなか修正されない。これまでの自分の理解のしかたが、いま観察している現象と矛盾していることに自分で気がつかなければ、誤ったスキーマは修正されない。(後略)

注:i) 引用中の「アクティヴ・ラーニング」の別名である「アクティブラーニング」については、引用中の「探究人」を含めて pdfファイル「学びとは何か ―高等教育機関において〈探究人〉になるために― - 立教大学 大学教育開発・支援センター」中の文書「学びとは何か ―高等教育機関において〈探究人〉になるために―」(P15~P67)を参照して下さい。 ii) 引用中の「スキーマ」については「スキーマ療法」(他の拙エントリのここ)の視点を含めて次のWEBページを参照すると良いかもしれません。 『根本的な「生きづらさ」と向き合うスキーマ療法|臨床心理士 伊藤絵美

そして標記「情報生産者になる」ことについて、上野千鶴子著の本、「情報生産者になる」(2018年発行)の「はじめに――学問したいあなたへ」における記述(P009~P011)を以下に引用します。ちなみに、 a) 「統合的科学コースは、単なる各分野の簡略版なのではなく、サイエンス教育にとって必要不可欠なものなのである」ことについては、資料「大学生に必要なサイエンス教育とは何か?」の要旨を、 b) 「アメリカで広く行われている統合的科学コースの明確な目的」については同資料の「7.アメリカで広く行われている統合的科学コースの明確な目的」項を それぞれ参照して下さい。

学問をする人を学者とか研究者と呼びますが、研究者には研究と教育、というふたつの現場があります。教育もまたわたしの現場のひとつでした。四〇年以上、高等教育機関で教えてきました。専門学校、短大、大学、大学院、そして社会人教育まで、高等教育経験の幅は広いほうだと思います。
そこで重視してきたのは、「情報生産者になる」ということです。高等教育以上の段階では、もはや勉強(しいてつとめる)ではなく、学問(まなんで問う)ことが必要です。つまり正解のある問いではなく、まだ答えのない問いを立て、みずからその問いに答えなければなりません。それが研究(問いをきわめる)というものです。
研究とは、まだ誰も解いたことのない問いを立て、証拠を集め、論理を組み立てて、答えを示し、相手を説得するプロセスを指します。そのためには、すでにある情報だけに頼っていてはじゅうぶんではなく、自らが新しい情報の生産者にならなければなりません。
わたしの大学での授業の目的は、いつも「情報生産者になる」ことでした。情報には、生産・流通(伝達)・消費の過程があります。メディアは情報伝達の媒体、多くのひとたちはそこから得られた情報を消費します。もちろん学ぶことの基本は、「真似ぶ」こと。ですから他人の生産した情報を適切に消費することは、自らが情報生産者になるための前提です。
世の中にはたくさんの情報が流通しており、たくさんの情報消費者がいます。新聞やTVなどのマスメディアの情報を、聞きっかじりで訳知り顔にくりかえすだけの人もいますし、人の知らない情報源にアクセスして、レアな情報をゲットする情報オタクもいます。そのうえ情報グルメ(美食家)や情報グルマン(大食漢)、情報コノスゥア(食通)までいます。情報の消費者には「通」から「野暮」までの幅があって、情報通で情報のクォリティにうるさい人を、情報ディレッタントと呼びます。もちろん質の高い消費者がいるからこそ、情報のクォリティも上がるのですが、情報も料理も、消費者より生産者のほうがえらい! とわたしは断言します。料理だって、グルメの消費者より、料理をつくるひとのほうが、何倍もえらいんです。なぜかって、生産者はいつでも消費者にまわることができますが、消費者はどれだけ「通」でも生産者にまわることができないからです。
わたしは学生にはつねに、情報の消費者になるより、生産者になることを要求してきました。とりわけ、情報ディレッタントになるより、どんなにつたないものでもよい、他の誰のものでもないオリジナルな情報生産者になることを求めました。
偏差値の高い学生たちは好みのうるさい情報ディレッタントになりがちです。そしてそれはしばしばないものねだりや、揚げ足取りになる傾向があります。他人の生産物のしんらつな批評家になることは誰にでもできますし、ときにはそれは快感でもありますが、ならオマエがやってみろ、と言われて代替物を提示するのは容易ではありません。学部生までならそれでも許されるでしょう。ですが、大学院生のように、学知の再生産制度のなかに入った者は、文句があったらオマエがやってみろ、という批判から逃れることはできません。だから、情報生産者の立場に立つことを覚悟して消費者になると、情報の消費のしかたも変わってきます。この情報はどうやって生産されたのか?……その楽屋裏を考えるようになるからです。
何よりも情報生産者になることは、情報消費者になることよりも、何倍も楽しいし、やりがいも手応えもあります。いちど味わったらやみつきになる……それが研究という極道です。

注:(i) 引用中の「情報生産者」に関連するかもしれない、 a) 「自分の探究が、最終的にだれのためのものなのか、何のためのものなのかをはっきり意識」するための「読んでほしい」方々について、同の 第二章 探究的な学びとは何か の「だれのため、何のための探究なのか」における記述の一部(P56)を次に引用(『 』内)します。 『自分の探究が、最終的にだれのためのものか、何のためのものなのかをはっきりと意識して探究を開始します。たとえば、自分たちの探究の報告は、地方公務員や地方政治家に読んでほしい。学校の生徒、先生、学校長や教育委員会の人に読んでほしい。託児所を運営している人、それに関連する産業や行政に従事している人に読んでほしい、といったようにです。』(注:引用中の「探究」についてはここを参照して下さい) b) 「探究の学習で重要なことは、しっかりとしたアウトプットをすること」について、同の「第五章 プレゼンテーションの仕方」における記述の一部(P145)を次に引用(【 】内)します。 【探究の学習で重要なことは、しっかりとしたアウトプットをすることです。「勉強」は自分のためにやるものかもしれません。しかし「探究」は、みんなのために、自分だけではなく他の人の役に立つために、やるものです。だから、探究の結果をみんなに知ってもらう必要があるのです。】 c) 「重要なのは、発信(=アウトプット)力のトレーニングである」ことについては次の資料を参照して下さい。 資料「経済学部におけるアカデミック・リテラシー教育に関する基礎的研究」中の高松正毅著の文書「学生に考えさせるために ―― 学生の傾向と諸問題 ――」(P1~P15)の「2.3. 重要なのは、発信(=アウトプット)力のトレーニングである」項(P8) (ii) 引用中の「オマエがやってみろ」に類似する「オマエがやってみせろ」について引用中の「グルメ」や「ディレッタント」についてを含めて、同の Ⅴ アウトプットする の 14 コメント力をつける の「代わりにやってみせろ」における記述の一部(P284)を次に引用(《 》内)します。 《批判は読者の特権。情報の消費者である限りは、いかようにもグルメにもディレッタントにもなれます。同じレベルの議論はできなくても、うまいまずい、口に合わない、などと好き勝手が言えます。学部生まではそれでも許されますが、大学院生になると、そうはいきません。先行研究の批判をするなら、批判はしても良い、だがそんなら代わりにオマエがやってみせろ、と言われる立場に立ちます。なぜなら院生とは、情報生産者予備軍だからです。》(注:引用中の「先行研究」についてはここや次の資料を参照すると良いかもしれません。 「3.先行研究に学び,活用する」)

次に、『社会科学における「問いを立てる際の条件」』について、同の Ⅰ 情報生産の前に の 1 情報とは何か? の「問いを立てる」における記述の一部(P017~P018)を次に引用します。

情報を生産するには問いを立てることが、いちばん肝心です。それも、誰も立てたことのない問いを立てることです。適切な問いが立ったとき、研究の成功は半ばまで約束されているといっても過言ではありません。問いを立てるとは、現実をどんなふうに切り取って見せるかという、切り込みの鋭さと切り口の鮮やかさを言います。問いを立てるには、センスとスキルが要ります。スキルは磨いて伸ばすことができますが、センスはそういうわけにいきません、センスには、現実に対しどういう距離や態度を持っているかという生き方があらわれます。(中略)

問いを立てる際、条件がふたつあります。第一に、答えの出る問いを立てること。第二に手に負える問いを立てることです。社会科学は形而上学ではなく形而下の現象を扱う経験科学ですから、「神は存在するか」とか「殺人は許されるか」といった、証明も反証もできない公準命題のような問いは立てません。たとえば上記の問いを、「神は存在すると考える人々はいかなる人々か」「いかなる条件のもとで殺人は許され、いかなる条件のもとでは許されないか」と文脈化すれば、これらの問いに答えることができます。第二に、人間には時間も資源も限られていますから、一日で解ける問い、一ヵ月で解ける問い、一年で解ける問い、あるいは一生かけても解けない問い……があります。問いのスケール感をまちがえず、限られた時間のなかで答えが出る問いを立てることで、問いから答えまでのプロセスを経験して、「問いを解く」とはどういうことかを体感する必要があります。いったんそのプロセスを経験すれば、あとは問いのスケールを拡大したり、問いの対象を変えたりしても、応用が可能になります。

注:(i) 引用中の「手に負える問いを立てる」ことに関連する「興味あるテーマに対して課題を見つけ出し,限られた期間内にてある程度の解決策を出すことのできるリサーチクエスチョンに落とし込むにある」について、廣野喜幸、藤垣裕子、定松淳、内田麻理香編の本、「科学コミュニケーション論の展開」(2023年発行)の 第12章 科学コミュニケーションと初等中等教育 の「12.6 STEAM教育と探究型学習」における記述の一部(P207)を次に引用(『 』内)します。 『探究型学習の1つの課題は,興味あるテーマに対して課題を見つけ出し,限られた期間内にてある程度の解決策を出すことのできるリサーチクエスチョンに落とし込むにある.』(注:この引用部の著者は大島まりです) (ii) 引用中の「研究」を先行研究(ここを参照)の多少で二つに分類した例について、同の Ⅱ 海図となる計画を作る の 3 先行研究を批判的に検討する の「凡庸な問いには先行研究が多い」における記述の一部(P058)を次に引用(【 】内)します。 【先行研究が多ければ、情報量が多いために研究は一面ではやりやすくなりますが、他面ではオリジナリティを発揮するハードルが高くなります。反対に先行研究が少なければ、手がかりになる材料がないために五里霧中で進まなければなりませんが、その分、過去の蓄積に縛られず自由にアプローチすることができます。何より、その分野でのパイオニアになり、第一人者になることもできます。何しろ他に競合相手がいないのですからね。その代わり、「なんでそんな変わったことをやるの?」と不審がられたり、誰にも理解されず、孤独を味わわなければなりません。】[注:[A] 引用中の「その分野でのパイオニア」に対する「自分の研究に指導教官など、この世にいると思うな」についてはここを参照して下さい。 [B] 引用中の「先行研究」の定義かもしれない「自分以外の誰かがすでに立てた問いと答え……の集合」については同「3 先行研究を批判的に検討する」の「先行研究とは何か?」項における記述の一部(P051)を次に引用(《 》内)します。 《自分以外の誰かがすでに立てた問いと答え……の集合を、学問の業界では「先行研究」と呼びます。英語では existing literature、つまりすでに目の前にある、文字で書かれたものの集合のことです。》 加えて、上記「先行研究」の検討が必要なことについて、同項における記述の一部(P051)を次に引用(『 』内)します。 『先行研究の検討が必要なのは、自分の立てた問いのどこまでがすでに解かれており、どこからが解かれていないか、を確認するためです。』[注:引用中の「自分の立てた問いのどこまでがすでに解かれており」に関連する「車輪を2度発明する(invent a wheel twice)」ことについては以下の [C] 1) 項を参照して下さい。] [C] 引用中の「先行研究」に関連するかもしれない、 1) 『論文を全く読まずに研究を始めてしまえば,いわゆる「車輪を2度発明する(invent a wheel twice)」,つまりすでに解明されているテーマを研究しようとして無駄な労力を費やすことになりかねない』ことについて、佐藤雅昭著の本、「なぜあなたの研究は進まないのか? 理由がわかれば見えてくる,研究を生き抜くための処方箋」[2016年発行]の CHAPTER 1 研究テーマを決める なぜ,何をやるのか熟慮する の「Q8 車輪を2度発明しようとしていないか?」における記述の一部[P25~P26]を以下に引用します。 2) 一方「学問するとは既存の知のうえに新たな知をつけ加えることである」ことについて、(社会科学の専攻をはじめとした)「大学生になるためのとりあえずの覚悟」を含めて、井上孝夫著の本、「社会学的思考力 大学の授業で学んでほしいこと」[2021年発行]の 第1章 大学生の始め方――知的創造の世界へ の「■まず、覚悟が必要だ」における記述の一部(P7~P8)を以下に引用します。]

Q8 車輪を2度発明しようとしていないか?

研究には大胆な発想も必要で,そのために論文を読み込みすぎることがかえって邪魔になることすらあると書きました(Q7)。だからといって,逆に論文を全く読まずに研究を始めてしまえば,いわゆる「車輪を2度発明する(invent a wheel twice)」,つまりすでに解明されているテーマを研究しようとして無駄な労力を費やすことになりかねません。だからその分野について勉強し,論文を読むことはとても重要です。
研究に限らず,一見大胆で斬新な発想に見えるものも、その背景にはいろいろな方向(特に違う分野)に張り巡らせたアンテナが活かされているということは多々あります。人より広い範囲で情報収集しているからこそ,誰にもできない大胆な発想ができるという部分もあるのです。
研究を始める際には,偏りのないように適宜文献検索もしつつ,いろいろ発想と夢を膨らませつつ,そして実現可能な研究かどうかも検討しつつ,進めていくのがよいでしょう。(後略)

注:引用中の「論文を読み込みすぎることがかえって邪魔になることすらあると書きました(Q7)」に関連する「研究で一番役に立たないのは,過去の論文はよく知っているけど何一つ建設的なことが出てこない評論家タイプです」について、同 CHAPTER 1 の「Q7 頭でっかちになってはいないか?」における記述の一部(P23)を次に引用(『 』内)します。 『研究で一番役に立たないのは,過去の論文はよく知っているけど何一つ建設的なことが出てこない評論家タイプです。あなたはそうならないように,自由な発想で研究に取り込んでください。』

■まず、覚悟が必要だ
長い受験勉強を経て大学の合格通知を受け取ると、解放感に満たされることだろう。(中略)

これからは小中高校までとは違って、学問の世界にすすんでいくのだと覚悟して、多少の緊張感をもっていたい。
では、まず、その覚悟について先人の言葉から要約しておこう。

「学問の道に王道なし」
ユークリッドがエジプト王・プトレマイオスにいった言葉とされている。王といえども学問することにおいては楽な道はありませんよ、といっているのである。

「わたしが遠くまで見通すことができるのは巨人の肩の上に乗っているからだ」
ニュートンの言葉とされている。学問するとは既存の知のうえに新たな知をつけ加えることである。それゆえ、まずこれまでの知の中身を把握しておく必要がある。先行する学者たちの研究内容を踏まえ、その先を見通すことが学問することの核心である。

「科学の入口には、地獄の入口と同じように、次の要求が掲げられなければならない。ここでいっさいの優柔不断を捨てなければならない。臆病根性は一切ここで入れかえなければならない」
マルクスの言葉だが、後半はダンテの『神曲』からの引用である。マルクス自身、その論説によってプロイセン政府に迫害され、最終的にロンドンに亡命した経験をもつ。社会科学は時の権力に不都合な論点を提示することもある。そのとき、権力を握る側から有形無形の攻撃があるかもしれない。それをあらかじめ覚悟しておけ、というのである。

ということで、以上が大学生になるためのとりあえずの覚悟である。

注:引用はしませんが、引用中の「学問」とは大いに異なると考える「ごまかし勉強」について説明する記述が上記井上孝夫著の本、「社会学的思考力 大学の授業で学んでほしいこと」[2021年発行]の 第4章 記憶力から思考力へ の「4 ごまかし勉強」(P104~P108)にあります。なお、上記「ごまかし勉強」についてはWEBページ『家庭学習の質的低下 : 「ごまかし勉強」の増加とその原因(第2部 学力と学習行動の実態)』からダウンロード可能な藤澤伸介著の資料『家庭学習の質的低下 -「ごまかし勉強」の増加とその原因-』(KJ00004298221.pdf)を参照すると良いかもしれません。ちなみに、上記「ごまかし勉強」に関連するかもしれない「大学にどう入るかがGoalではないとは思う」との記述を有するツイートがあります。

加えて、「問題とはあなたをつかんで離さないもののこと」について、同の Ⅰ 情報生産の前に の 2 情報とは何か? の「わたしの問題をわたしが解く」における記述の一部(P046~P047)を次に引用します。

(前略)あるときゼミ生から、「先生、問題って何ですか?」という問いを受けたことがあります。あまりにシンプルな問いは、その素直さで相手から根源的な答えを引きだすことがあります。わたしはその問いに対して、とっさにこう答えていました、「あなたをつかんで離さないもののことよ」と。そして自分の発した答えに、わたし自身が驚いていました。
わたしが女であることは、子どものころからわたしをつかんで離さない謎でしたから、わたしはそれを問いにすることにしました。とりわけ母が専業主婦でしたから、そのうえ不幸な専業主婦でしたから、「主婦ってなあに、何するひと?」「なぜ女は主婦になるの?」「主婦になるとどんなめにあうの?」……と次々に問いを立てていくと、「主婦」研究は奥の深いテーマであることがわかりました。そして「主婦」をつうじて、近代社会のしくみを暴いたのが、わたしの『家父長制と資本論』[1990/2009]という著作です。しかも女が主婦になることは、その当時は「あたりまえ」と考えられていたために、それまで誰もまともに問いを立てたことがなく、したがって先行研究が少ないこともわかりました。
同じように、自分が障害者であること、在日であること、強姦被害者であること……などが、あなたをつかんで離さない問いになるかもしれません。外国で生まれ育ったある日本女性は、自分が女であることよりも、「日本人」であることのほうが謎だった、と言います。置かれた環境や、経験の違いによって、その人の解きたい問いはさまざまです。ですが、ほんとうに解きたい問いに出会うことは、研究者にとっては仕合わせというべきですし、ほんとうに解きたい問いでない限り、研究には本気になれないものです。

一方、『「日本語は論理的な思考に適さない」は暴論である』ことについて、同の Ⅰ 情報生産の前に の 2 問いを立てる の「作文教育のまちがい」における記述の一部(P029)を次に引用(【 】内)します。 【日本語は論理的な思考に適さない、などと暴論を吐くひとがいますが、そんなことはありません。そのひとは、論理的な文章を読んだり書いたりしたことがないだけでしょう。】

また、「学問の分野はますます領域横断的になってきている」ことについて、同の Ⅱ 海図となる計画をつくる の 3 先行研究を批判的に検討する の「先行研究をフォローする」における記述の一部(P055)を次に引用します。

(前略)学問の分野はますます領域横断的に――学際的 interdisciplinary であるだけでなく超域的 transdisciplinary に――なってきました。たとえば「摂食障害」をテーマに選べば、ただちに心理学や精神医学の分野だと考えるひともいるでしょうが、社会学も文学も、「摂食障害」を取り扱っています。最近では「摂食障害の人類学」[磯野2015]も登場しました。もしかしたら「摂食障害政治学」や「摂食障害の哲学」などもありうるかもしれません。同じ主題を異なる分野や異なる文脈に置いたとき――あなたが予想もしなかった問いと答えが、すでに登場しているかもしれません。(後略)

注:i) 引用中の「磯野2015」は次の本です。 「磯野真穂2015『なぜふつうに食べられないのか――拒食と過食の文化人類学』春秋社」 ii) 引用中の「学際的」な当事者研究かもしれない例はここを参照して下さい。 iii) 引用中の「学問の分野はますます領域横断的に」関連する(大学では)「研究教育も学部や専門の壁を越えた超領域的・分野横断的なものが増えている」こと、そして「文系・理系といった区別が意味をなさない研究テーマが増えてきた」ことについて、共に河野哲也著の本、『問う方法・考える方法 「探究型の学習」のために』(2021年発行)の 第一章 「探究」とは何か の「3 変わりつつある学び」における記述の一部(P27~P30)を以下に引用します。加えて、引用中の「同じ主題を異なる分野や異なる文脈に置いたとき」に関連するかもしれない「一つの事柄をさまざまな視点から検討する力」について、同章の「一つの事柄をさまざまな視点から検討する力」における記述の一部(P27~P30)を以下に引用します。その上に、引用中の「領域横断的」に関連するかもしれない、「英語による情報をキーワード検索するくらいのことはしてほしい」ことについて、同における記述の一部(P055~P056)を以下に引用します。

3 変わりつつある学び(中略)

大学では、研究、教育、産業、地域交流、ボランティアなどが総合された形での活動が増えています。研究教育も学部や専門の壁を越えた超領域的・分野横断的なものが増えています。先に「横断的・総合的」な学習で触れたように、今や、文系・理系といった区別が意味をなさない研究テーマが増えてきたのです。人工知能や環境問題、地域創生などは典型的にそうした事例です。(後略)

一つの事柄をさまざまな視点から検討する力
「教養」の意味もかなり変わってきました。以前の大学では一、二学年に教養課程があり、それを修了して専門の勉強をすると考えられてきました。教養は、一般的な事柄について広く浅く学び、常識を身につけること、あるいは、専門に行くための基礎的な知識を身につけること、そのように考えられてきました。
しかし現代では教養の役割は大きく異なってきています。教養をつけるとは、単に広い分野の物知りになることではありません。教養とは、現代の狭く細分化されすぎている専門性を、より広い視野に立って鳥瞰的・俯瞰的に捉えるための知的態度のことなのです。
現代社会では、職業は専門化しています。私たちは、自分の仕事には専門性があっても、他の分野ではまったくの素人です。そのために、自分が知っている範囲以外では何が行われているかがまるでわからなくなっていますし、視野が狭くなり、どうしても自分の分野や組織のことばかりを意識的・無意識的に優先してしまいがちです。ここから問題が生じてきます。
たとえば、遺伝子組み換え食品の例を考えてみましょう。現在では、植物の遺伝子を組み換えて、害虫に強いジャガイモや病気に強いイネ、腐敗しにくいトマトなどが作られています。遺伝子操作で新しい品種の農産物を作るという場合、それを開発導入しようとする技術者や農業者の利益を推進するだけでは一方的すぎます。多くの人の不満や不安を無視しています。
健康が心配な消費者、新種が受け入れられるかを危惧する農業者、生態系への悪影響を心配する地元の人々、地域産業の発展を期待している人々など、食品をめぐる利害関係者にはさまざまな人がいます。それらの人たちの関心にも十分に配慮して、その食品の開発と導入を行わなければなりません。そのためには、遺伝子工学だけではなく、農業の仕組み、環境問題、健康や子育てなどさまざまな分野について、まずは思いが及ばなければなりません。さまざまな方面に意識が向けられなければなりません。多様な分野と地域の人々を結び合わせるつなぎ役が必要なのです。
現代社会では、専門性が進んでいるからこそ、ひとつの事柄をさまざまな視点から検討し、他の分野や一般社会と関係づけて考える力が必要とされます。それが教養と呼ばれるものです。したがって、教養とは、専門教育への単なる準備ではなく、また、だだ広い範囲の物事に浅い知識をもっていることでもありません。教養とは、専門教育を他の分野や一般社会と結びつけるためのもの、専門家を他の分野や一般社会の人々に結びつけるためのものです。
別の言い方をすれば、人々と結びつけ、互いの知識を結びつけていく人間交流の知が教養と呼ばれるようになったのです。したがって現代の教養は、さまざまな分野の人を話し合わせる対話の術を必要とします。私が本書で対話を重視するのもそのためです。現代社会では、知的活動はますます多様な人と対話することによって進められています。(後略)

(前略)ここからはややハードルが高いですが、言語の壁を超えてください。日本語で検索できるのは日本語圏のみの情報です。何も各国語に通じよとは言いません(2)。少なくとも世界共通語となった英語による――英語圏とはもはやアングロサクソン諸国を指すのではなく世界を含みます――情報を、キーワード検索するくらいのことはしてほしいものです。裏返しにいえば、日本語で発信した情報は言語という非関税障壁があるために、日本語圏から外には出て行きません。世界のグーグル検索でひっかかるのは英語のみ。泣いてもわめいても、この英語帝国主義の現実からは逃れられません。だから英語での情報発信はとても大事なのです。

注:引用中の脚注(2)の記述[P069]を次に引用(『 』内)します。 『(2) 原語で読むことまでは要求していない。日本は翻訳大国で、少数言語を含めて各国語の文献が日本語で読める点では、日本語を習得さえすれば世界の情報が入ってくるコスパのよい言語。英語はたしかに世界語だが、英語に翻訳される前に日本語に翻訳される文献はしばしばある。漢字文化圏の研究者のなかには、日本語習得を通じて世界事情を知る人たちもいるぐらいだ。』 ただし、この記述はあくまで社会科学の分野におけるものかもしれません。ちなみに、医学の分野における英語の重要性についてはここを参照して下さい。

さらに、①「情報のインプットとアウトプット」や論文のアウトプットに関連する②『「研究論文の作法」としての「文章が論理的であること」』を含む③『「社会科学において「かみあう議論をする」』ことにおいて、先ず①の「情報のインプットとアウトプット」について、同の Ⅰ 情報生産の前に の 1 情報とは何か? の「インプットとアウトプット」における記述(P022~P023)を以下に引用します。次に②の「文章が論理的であること」について、同の Ⅰ 情報生産の前に の 2 問いを立てる の「作文教育のまちがい」における記述の一部(P030)を以下に引用します。

情報のインプットとアウトプット

情報を消費したり収集したりすることを、インプット(入力)といいます。インプットした情報を加工して生産物にする過程を情報処理 information process と言います。情報処理の「プロセス」は、「加工」でもあり、「過程」でもあります。情報生産の最終ゴールは情報生産物をアウトプット(出力)することです。どれだけ情報をインプットしていても(これを博識と言います)、あるいはそれから多くの情報処理を経ていても(これを智恵と言います)、アウトプットしない限り、研究にはなりません。
情報生産者になるためには、アウトプットが相手に伝わってなんぼ。なぜなら情報生産とはコミュニケーション行為だからです。情報が相手に伝わらない責任は、もっぱら情報生産者にあります。もし誤解を生むとしたら、その責任ももっぱら情報生産者にあります。その点で研究という情報生産の特徴は、詩や文学のような多義性を許さない、という点にあります。誤解の余地のない明晰な表現で、ゆるぎのない論理構成のもとで、根拠を示して自分の主張で相手を説得する技術……これが論文というアウトプットには求められます。

注:引用中の「情報生産者になるためには、アウトプットが相手に伝わってなんぼ」や「情報が相手に伝わらない責任は、もっぱら情報生産者にあります」に関連するかもしれない、『研究者は「正しい知識」を生み出すべき者なので、信用を失ったらおしまい。コピペ・不正・ねつ造・嘘は絶対にダメ。」なことについては次の資料を参照して下さい。 「研究者って何? どうすれば研究者になれるの?」の「覚えておいてほしい言葉 1」シート(P41)

(前略)文章が論理的であるためには、多義的な解釈を許すような書き方をしてはなりません。どんな用語も一義的に解釈できるように定義し、いちど用語を確定したらたとえ退屈でも最初から最後まで同じ用語で通し、論理をゆるがせにせず、緻密に論証を組み立てなければなりません。なぜなら文章とは相手に正確に伝わってなんぼ、だからです。もし誤読が起きるとしたら、それは書き手の責任。それが研究論文の作法です。(中略)

世の中には読み手のいない「押し入れ詩人」や「ブログ作家」はごまんといますが、研究者にとっては情報が共有されないことには価値がありません。

注:(i) 引用中の「研究」について、同の「はじめに――学問したいあなたへ」における記述の一部(P009)を次に引用(『 』内)します。 『研究とは、まだ誰も解いたことのない問いを立て、証拠を集め、論理を組み立てて、答えを示し、相手を説得するプロセスを指します。そのためには、すでにある情報だけに頼っていてはじゅうぶんではなく、自らが新しい情報の生産者にならなければなりません。』 (ii) 引用中の「文章とは相手に正確に伝わってなんぼ」や「もし誤読が起きるとしたら、それは書き手の責任。それが研究論文の作法」に関連するかもしれない、 a) 「読者を説得することが目的の資料であるなら,誰が読んでも疑う余地なく,論理的で矛盾のない文章を書かなければならない」ことについては次の資料を参照して下さい。 「全体ゼミ資料の書き方」の「7-5. 論理的な文章を書く」項[P5] b) 「我々研究者が書く文章は数式と同じと心得るべきです。全ての単語が厳密で、ロジックでつながるべく、1つ1つの単語について要否を検討しながら書かなければなりません。言語としての誤り、格の誤り、用語の誤りは問題外です。曖昧な用語は定義してから用いるようにし、他意にとられる恐れのある単語や表現は、「一意に」読めるように直すべきです。」については次のWEBページを参照して下さい。 「教授メッセージ - 疾患情報研究分野 (生理学教室)| 今井研究室」の「説得力があること」項 c) 大学に入学してから卒業するまでに挑戦してほしいこととしての、科学的な考え方を身につけることにも寄与する「文章を書く」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「入学式学長告辞 - 長崎大学

またの「かみあう議論をする」ことについて、同 2 問いを立てる の「かみあう議論をする」における記述の一部(P031)を以下に引用します。その後に様々な事項についての脚注があります。

社会科学は経験科学です。信念や信条にもとづいて主張を唱えるのではなく、検証可能な事実にもとづいて、根拠のある発見をしなければなりません。わたしはゼミで学生にしょっちゅう「あんたの信念は聞いてない」と言ってきました。「それは何を根拠に言うの?」とも、しつこいぐらいに聞きました。根拠のない信念はただの思い込み。「偏見」ともいいます。たとえゼミの議論が盛り上がっているように見えても、論証も反証もできないような各人の思い込みがやりとりされているだけでは、「いろいろあるよね」「いろんな考えがあるよね」で終わり。結論に到達することはできません。こういうやりとりを議論 argument とは呼びません。(後略)

注:(i) 引用中の「信念」※1に関連する『議論に個人の信念が混ざると途端に「違う」と叱られる』ことについては、次のWEBページを参照して下さい。 「ゼミは怖いが、この本は優しい」 なお、認知療法の視点からの「信念」については、例えば他の拙エントリのここを参照して下さい。 (ii) また、 a) (「意見は無知を生む」のに対する)「科学は知識を生む」ことについてはここを、 b) 大学において『知を生み出す知「メタ知識」を身につけてほしい』(WEBページ「平成31年度東京大学学部入学式 祝辞」の「東京大学で学ぶ価値」項を参照)ことについては※2を それぞれ参照して下さい。 (iii) 一方、ゼミ資料において「自分が理解していないことすら理解せずに資料を書くということは許されない」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「全体ゼミ資料の書き方」の「8.おわりに」項[P6]

※1:上記「信念」にひょっとして関連するかもしれない、我々「凡夫」(参照)は「欲望(煩悩)によって条件づけられた現象の認知の仕方」(他の拙エントリのここを参照)を有していることも自覚した方が良いと拙ブログ作者は考えます。

※2:上記『知を生み出す知「メタ知識」を身につけてほしい』ことに対し、「当たり前のことを言っただけ」については次のWEBページを参照して下さい。 『東大祝辞・上野千鶴子インタビュー 「当たり前のことを言っただけ」』 ちなみに、 (i) 標記東大祝辞については次のWEBページを参照して下さい。 「平成31年度東京大学学部入学式 祝辞」 (ii) 一方、標記WEBページ(3ページ目)の『──知を生み出す知「メタ知識」を身につけてほしいと祝辞を締めくくりました。』項における記述を次に引用(『 』内)します。 『文系理系問わず全ての研究者にとって、これは普遍的なメッセージだと思います。総長も教養学部長も同じ趣旨のことをおっしゃいました。正解が出てしまったことをやっても研究の意味はありませんから。そう考えれば、正解が一つしかないような問いを出して選抜試験をやるということ自体が矛盾ですよね。東大生に世界に通用する人になってほしい。エリートになっても、難民になっても、世界のどこかでちゃんと生きていける人になってほしいと思います。』(注:引用中の「正解が一つしかないような問いを出して選抜試験をやるということ」に関連する『今の東大生は、「答えは1つしかない」という選抜試験に勝ち抜いてきた学生です』については次のWEBページを参照して下さい。 『上野千鶴子氏が語った2030年の女性:前の世代が勝ち取ったものは「当たり前」でいい』の『「問い」を立てられない東大生』項) (iii) 上記「メタ知識」は大学において極めて大事であることについてのツイートがあります。加えて上記「メタ知識」に関連する、 1) 『一生学び続けられるようになるために、大学時代に「学ぶということを学ぶ」と良い』ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「平成31年度 一橋大学学部入学式 式辞」 加えて、「大学で何を学ぶべきか。それは、考え方であり学び方でしかない。」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「真の教育、オックスフォード大学にあり『教え学ぶ技術 問いをいかに編集するのか』」 その上に「学生にとっての大学とは、学び方、そして、学問する姿勢を身につけるための場であるべき」であることについては次のWEBページを参照して下さい。 【「『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』は、大学生にとってのバイブルだ!」というようになってほしいぞ(著者談)】 さらに、『大学で何を学ぶのか、ということになりますが、私の考えでは「学び方を学ぶ」ということになります。大学では、主体的に学ぶということが大事です。また、私たちは生涯にわたって学び続ける必要があります。』については次の資料を参照して下さい。 「告辞 - 琉球大学 平成28年度 入学式」 2) 「こんな大変容の時代にあっては、既存の知識や技術は瞬く間に使いものにならなくなる可能性があります。個々の知識や技術を学ぶことも大事ですが、何よりも、未知の世界におけるブレイクスルーの創造につながるそれぞれの学問領域における物事の考え方、直面する課題をいかに把握し、理解し、解を導くのか、いわば学問の方法論の習得に力を注いでください。」については次のWEBページを参照して下さい。 「平成29年度長崎大学入学式学長告辞」 そして、上記「メタ知識」を身につけることに関連するかもしれない「教養教育において文理融合の答えのない問題の解を考えさせる」ことについてのツイートもあります。 (iv) 上記「メタ知識」に関連するかもしれない「メタ学習」について、三宮真智子著の本、「メタ認知で〈学ぶ力〉を高める 認知心理学が解き明かす効果的学習法」(2018年発行)の 第1部 メタ認知を理解するための20のトピック の Topic 1 の「認知とは何か,メタとはどういう意味か」における記述の一部(P13)を以下に引用します。『学ぶこと,つまり学習に関しては,メタ学習(metalearning)という概念があり,学習をさらに一段上からとらえた思考や知識を指します。たとえば「どうすればよりよく学べるか」と考えることや,それについての知識などです。』[注:この引用に関連する上記 (iii) 1) 項も参照して下さい]

また、新しい学問分野を切り拓くパイオニアにおいて「自分の研究に指導教官など、この世にいると思うな」について、同の Ⅱ 海図となる計画を作る の「指導教官などいないものと思え」における記述の一部(P067~P068)を次に引用します。

行き場のなかった京大の大学院生時代、研究室の主任教授とうまくいかなかったわたしは、利害関係のない隣接分野の先生方の研究室に、シェルターを求めて出入りしていました。そのなかには教育学の筧田知義先生や、人類学の米山俊直先生がいらっしいました。そのひとり、社会心理学の木下冨雄先生から言われたことばが、いまでも忘れられません。
自分の研究が誰にも理解してもらえず、指導してくれそうな教授も見つからない……とこぼしたときのことです。木下さんはこう言い放ったのです。
「自分の研究に指導教官(当時はまだ国立大学の教師は「教官」でした、「官学」でしたから)など、この世にいると思うな。もしいたら、そんな研究はやる値打ちのないものと思え!」
目が覚めました。ご自身でも、まだ日本には存在しなかった「社会心理学」という新しい分野を開拓して、みずから教授のポストに就いた木下さんらしい発言でした。そうしてわたし自身も「女性学」という、それまで存在しなかった新しい学問分野を切り拓くパイオニアになりました。(後略)

注:引用中の「女性学」が含まれるかもしれない「当事者研究」(わたしの問いをわたしが解くもの)について、同の Ⅰ 情報生産の前に の 2 問いを立てる の「わたしの問題をわたしが解く」における記述(P044)を次に引用(【 】内)します。 【当事者研究とは、北海道浦河の「べてるの家(1)」から発信したものですが、それを見たとたん、それならわたしたちはもっと前からやってきた、と思ったものでした。当事者研究とは、わたしの問いをわたしが解くもの。女性学は、女という謎を女自身が解くもので、今から思えば、当事者研究のパイオニアでした。】[注:i) 引用中の脚注「(1)」〔P048〕を次に引用〔《 》内〕します。 《(1) 北海道浦河にある精神障害者のための自立支援組織。「当事者研究」の発案者でソーシャルワーカー向谷地生良らによって設立された。『べてるの家の「非」援助論』[2002]、『べてるの家の「当事者研究」』[2005]などが有名。》 ii) 同の「Ⅱ 海図となる計画をつくる」には「5 研究計画書を書く(当事者研究版)」項があります。 iii) 上記当事者研究についてのWEBページ、資料、ツイート例は次を参照して下さい。 「当事者研究とは-当事者研究の理念と構成- (向谷地生良)」、「当事者研究から見える社会」(視点・論点)』、「当事者研究への招待-知識と技術のバリアフリーをめざして-」ツイート 加えて、複雑性PTSDを背景に持つ気分障害に罹患している方の「当事者研究」の例は他の拙エントリのここを参照して下さい。その上に、上記「当事者研究」を続けることについては次のWEBページを参照して下さい。 『終わりのない当事者研究、続ける原動力は「苦楽を共にする仲間」ーー研究者・綾屋紗月さんインタビュー・後編【連載】すてきなミドルエイジを目指して』 加えて、上記「綾屋紗月さん」(資料『当事者が拓く「知」の姿:ある自閉スペクトラム者の観点から』を参照すると良いかも)にも関連する博士論文「当事者研究に関する理論構築と自閉症スペクトラム障害研究への適用」は、WEBページ「当事者研究に関する理論構築と自閉症スペクトラム障害研究への適用」から「B17965.pdf (14.1 MB)」としてダウンロード可能です。 iv) 一方、上記「当事者研究」に関連するかもしれない「新たなレールを敷くこと」についてのツイートがあります。 v) また、上記「当事者研究」と「哲学対話」については次の資料を参照して下さい。 「対話による人間の回復:当事者研究と哲学対話

一方、学際的な当事者研究との位置づけが可能かもしれない「ソーシャル・マジョリティ研究」に関連して、 a) 次の資料を参照すると良いかもしれません。 『当事者が拓く「知」の姿:ある自閉スペクトラム者の観点から』 b) 加えて、この研究の必要性について、綾屋紗月編著、澤田唯人、藤野博、古川茂人、坊農真弓、浦野茂、浅田晃佑、荻上チキ、熊谷晋一郎著の本、「ソーシャル・マジョリティ研究 コミュニケーション学の共同創造」(2018年発行)の 序章 ソーシャル・マジョリティ研究とは の『6.「ソーシャル・マジョリティ研究」の誕生』における記述の一部を次に引用(【 】内)します。 【発達障害とされる私たちにとっていま必要なことの二つめは、自分自身について探求する「当事者研究」に加えて、私たちを排除した多数派社会のルールやしくみは、そもそもどのようになっているのか、についての知識を得ることだと感じています。つまり「多数派の身体特性をもった者同士が、無自覚につくりあげている相互作用のパターン」についての研究もおこなう、ということです。これを「ソーシャル・マジョリティ(社会的多数派)研究」と名づけました。】(注:この引用部の著者は綾屋紗月です) c) その上に『少数派が自らの困難を元手に「普通」を解明する』ことについて、同本の 終章 ソーシャル・マジョリティ研究の今後の展望 の『1.少数派が自らの困難を元手に「普通」を解明する』における記述(P288~P289)を以下に引用します。なお、以下に記述されている用語「本書」はこの本のことです。

自転車を自由に乗りこなせる人に、「自転車の乗り方について教えて」と口頭で尋ねても、うまく答えられないでしょう。それと同じように、対人距離のとり方や、会話における発話内容の選び方、順番交代のタイミングなど、他者とのかかわりにおける暗黙のルールを自然に守れている人に対して、そのルールがどのようなものかを尋ねても、答えることは難しいに違いありません。しかし、社会性やコミュニケーションに困難を抱えるとされる、自閉スペクトラム症をはじめとした発達障害をもつ人びとにとっては、こうした暗黙のルールこそが、見えない障壁として立ちはだかっており、社会参加を阻んでいます。おそらくは、自転車という道具が定型発達者向けにデザインされているために、一部の少数派にとっては乗りこなせない代物であるのと同じように、対人関係における暗黙のルールもまた、定型発達者の認知行動レベルの身体特性に合わせてできあがっており、それゆえに、発達障害をもつ人びとにとって障壁になっているのだろうと考えられます。
一般的にこうした問題を解決するには、少数派の身体特性を定型発達者に近づけようとする「医学モデル」的なアプローチと、逆に社会の側を、少数派にとって障壁のないデザインにつくり変えていく「社会モデル」的なアプローチの二種類があります。たとえば、身体障害をもつ人に対して、リハビリによって階段を昇れるように訓練するのは医学モデル的なアプローチであり、建物にエレベーターを設置することで問題を解決するのが社会モデル的なアプローチです。しかし、「階段を昇れない身体特性」や「エレベーターが設置されていない建築物」といったものが誰にとっても見えやすいのに対し、発達障害をもつ人びとの身体特性がどのようなもので、対人領域における暗黙のルールのうち、彼らにとって障壁となっているのがどのような部分なのかは、いずれも見えにくいものです。本書はそのうちの後者の問題、すなわち、その一部が発達障害をもつ人びとにとって障壁となっている、定型発達者向けにつくられた暗黙のルールを特定することを目的としています。
ハロルド・ガーフィンケルという社会学者は、「他者の知覚:社会的秩序の研究1」という博士論文の中で、まさにこの暗黙のルール(社会的秩序)を解明するための方法を提案しました。その方法とは、「違背実験(breaching experiment)」と言い、対人的なやりとりの場面で、あえて望ましくない言動を実験的におこなうことを通じて、暗黙のルールがどのようなものなのかを明らかにしようというものです。本書が採用している研究方法も、この違背実験に似ています。発達障害をもつ人びとは、日々、違背実験を生きていると言えるでしょう。しかもその違背実験は、社会学者があえておこなうものとは異なり、否応なしにおこなわれるものであり、本人にとっては困難として経験されるものです。本書は、当事者が経験している困難を元手にして、「普通」とされる暗黙の社会的ルールを解明しようとする新しい研究プロジェクトと言えます。

注:i) この引用部の著者は熊谷晋一郎です。 ii) 引用中の文献番号「1」は次の博士論文です。 「Garfinkel, H. (1952). The perception of the other: A study in social order. Ph. D. dissertation. Harvard University.」 iii) なお本書が採用する研究方法の特徴の一つとしての、『「発達障害を持つ当事者」と「さまざまな分野の研究者」が共同し、新しい知識を生み出している』ことについて、同「おわりに」の「2.共同創造における新しい学際研究プロジェクト」における記述の一部(P290)を次に引用(【 】内)します。 【本書が採用する研究方法には、もう一つの特徴があります。それは、発達障害をもつ当事者と、さまざまな分野の研究者が、直接あるいは間接的な対話を通じて創造的に共同し、新しい知識を生み出しているという点です。これは近年、教育、医療、福祉といった公的サービスの領域において重要視されつつある「共同創造(co-production)」というコンセプトを、学術の領域に応用したものとみなすことができるでしょう。】(注:この引用部の著者は熊谷晋一郎です)

注:i) この引用部の著者は熊谷晋一郎です。 ii) 引用中の「当事者研究」に関連するかもしれない『当事者も専門家も、自分たちが継承してきた価値・知識・技術を不断に見直し続ける「研究者」になることが、置き去りにされがちな周縁に置かれた人々を包摂する社会の条件として重要だということになる』ことについて、「当事者研究は、皆にひらかれたものなのだ」を含めて熊谷晋一郎著の本、「当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復」(2020年発行)の「終章 当事者研究は常に生まれ続け,皆にひらかれている」における記述の一部(P213~P215)を次に引用します。

(前略)要するに、当事者も専門家も、自分たちが継承してきた価値・知識・技術を不断に見直し続ける「研究者」になることが、置き去りにされがちな周縁に置かれた人々を包摂する社会の条件として重要だということになる。

ベてるの家で生まれた当事者研究は、幻覚や妄想をもちながら生きていく当事者が、支援者にサポートされながら生み出した一つの方法である。「妄想」とは、「多数派とは異なる信念体系」に他ならない。たとえば、Aさん、Bさん、Cさんのそれぞれが以下のような信念をもっているとしよう。

Aさん「UFOに追われている」
Bさん「FBIに追われている」
Cさん「暗殺集団に追われている」

ベてるの家が当事者研究を実践する中で発見されたのは、「他人の妄想は妄想だとわかる」ということだった。当事者研究を重ねるうちにそれぞれが次のように考えるようになる。

Aさん「UFOは真実だけど、FBIや暗殺集団は違うのでは?」
Bさん「FBIは真実だけど、UFOや暗殺集団は違うのでは?」
Cさん「暗殺集団は真実だけど、UFOやFBIは違うのでは?」

この三者で正直な経験や考えを表現し合う公的空間の活動としての当事者研究を行うと、「他の二人には共有されていないということは、私の信じて疑わない感覚も妄想なのではない
か」と考え、自分が妄想をもっていることに気がつくようになる。支援者が密室の中で一対一で説得するよりも、公開の場でそれぞれにとっての現実をただ否定せずに並べたほうが、時に信念の更新を引き起こす。治療戦略の観点から嘘をつくかもしれない専門家よりも、特に利害関係もなく距離のある人が、数名で同じことを言うほうが、信憑性が高くなることも珍しくはない。診察室では奇跡に思えることが、研究の場で起きることもあるのだ。
当事者研究によって、「私の信念は多数決で妄想らしい」という気づきが生まれ、合意してもらえた範囲が現実として浮かび上がってくる。こうしてAさん、Bさん、Cさんの中で、
「妄想」と「(最大公約数的な)現実」の二つのレイヤー(層)が生まれることになる。
しかし、三人は現実のレイヤーでのみつながっているのではない。妄想のレイヤーにおいても、「○○に追われている」という共通点が見つかり、ここに共感が生まれる。この共感は、
レイヤーが二つに分離し、妄想のレイヤーを現実のレイヤーが客観視できるようになるための、重要な前提条件だ。UFO、FBI、暗殺集団、といった○○に代入される中身が違っていても、ストーリーの骨格や経験は共通している。共感されず否定された妄想は固くなるが、骨格のレベルで共感され、同時に現実のレイヤーから客観化された妄想は、柔らかく、対話や変化が可能な何かになるということも、べてるの家が発見した大きな功績である(1)。
このように考えると、専門家や多数派もまた、妄想とは無関係でいられないとわかる。統合失調症の人は妄想を変えられない、という妄想をもっている精神科医や、妄想をもっている人は危ないという妄想をもって過度に恐れる多数派も、当事者研究によってその恐怖心に共感されつつも現実のレイヤーを立ち上げる必要があるだろう。
つまり、当事者研究における当事者は、マイノリティだけを意味するのではない。専門家も多数派も、すぐに妄想にとらわれてしまう脆弱な存在としての当事者なのである。ゆえに当事者研究は、皆にひらかれたものなのだ。

注:i) 引用中の脚注番号「(1)」の記述(P注23)を次に引用(『 』内)します。 『(1) ローティ(2000)は,道徳は歴史的な偶然の中で生み出されたものであり,歴史を超えた普遍的な真理に拠るものではないと主張した.したがって道徳の根拠として,何らかの「普遍性」や「真理」を付そうとする試みは批判され,リベラルな連帯を目指すとき,「われわれ」は「われわれ」の根拠となるものを探してはいけないことになる.代わりにローティは,リベラル・アイロニストになることの倫理的重要性を説いた.ここでいうリベラルとは,「この世で最悪なことは残酷さである」と考える立場であり,アイロニストとは「自分が最も正しいと信じていることや,自分が現在のような状況にあることは,相対化される偶然的なことに過ぎないと自覚している人」のことである.ローティによれば,自分という存在の相対性や偶然性を自覚するアイロニストは,必然的に他者へと関心を向けることになる.そして残酷さこそがこの世で最悪なことだと思うことによって,リベラルな連帯が成立していくという.筆者には,自他の信念体系からは距離を置きながら(アイロニスト),苦悩には共感する(リベラル)というべてるの家メンバーのポジションは,ローティのいうリベラル・アイロニストのそれと重なり合っていると感じられる.』 ii) 引用中の「統合失調症」については他の拙エントリのここを参照して下さい。

一方上記「情報生産者」に必要な「知の体力」に関連するかもしれない、「大学は学生に何も教えない」ことについて、永田和宏著の本、「知の体力」(2018年発行)の Ⅰ部 知の体力とは何か の 1 答えがないことを前提として の「大学を高校から切りはなす」における記述の一部(P12~P13)を次に引用します。

(前略)いまから50年ほど前、私が京都大学に入学したとき、時の総長、奥田東先生の入学式の祝辞には度肝を抜かれた。奥田総長曰く「京都大学は、諸君に何も教えません」。そのあとどう続いたのか、ほとんど忘れてしまった。「諸君が自分で求めようとしなければ、大学では何も得られない」、たぶんそんな風に展開したのではなかろうか。
大学というところは、自分に何も教えてくれない。このひと言は衝撃であった。これまで手取り足取り、先生たちから教えられてきた高校までの教育、それらとはまったく違った世界にいま自分は足を踏み入れようとしている。それはまた、心が震えるような興奮であり、感動でもあった。
文部科学省は高大連携を謳い、また逆に高校の復習ともいうべきリメディアル教育が推奨され、実施されている。いずれも高校と大学のギャップをなくし、高校から大学へスムーズに移行させようというベクトルであろう。
しかし、私は自身の経験から、高校と大学はまったく違った世界なのだとまず宣言するところから大学教育はスタートすべきだと思っている。高校と大学をスムーズにつなげるのではなく、意識の上で断絶させることから、大学教育を始めるべきだと思うのである。

注:(i) 引用中の「京都大学は、諸君に何も教えません」や「諸君が自分で求めようとしなければ、大学では何も得られない」ことに関連する「大学は、学生に何かを教える場所ではなく、学生が何かを見つける場所であってほしい」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「[立命館アジア太平洋大学 学長] 出口 治明 - 創立125周年に寄せて 京都大学」 (ii) 引用中の「京都大学」の学士課程における入学者受入れの方針(アドミッション・ポリシー)については次のWEBページを参照して下さい。 「京都大学入学者受入れの方針(アドミッション・ポリシー)」の「学士課程」項 またこのWEBページ中には引用中の「京都大学は、諸君に何も教えません」や「諸君が自分で求めようとしなければ、大学では何も得られない」ことに関連する『「自学自習」の教育』の記述もあります。ちなみに、 a) 「東京大学」の全学部共通のアドミッション・ポリシーについては次のWEBページを参照して下さい。 「東京大学アドミッション・ポリシー」 b) 「大阪大学」のアドミッション・ポリシーについては次のWEBページを参照して下さい。 「各学部・研究科のアドミッション・ポリシー(入学者受け入れ方針) - 大阪大学」 c) 「横浜国立大学」のアドミッション・ポリシーについては次のWEBページを参照して下さい。 「入学者受入れの方針(アドミッション・ポリシー) - 横浜国立大学」 d) 「東北大学」のアドミッション・ポリシーについては次の資料を参照して下さい。 「Ⅰ 入学者選抜方針(アドミッション・ポリシー) - 東北大学」 (iii) 引用中の「高大連携」については次のWEBページを参照して下さい。 「高大連携 - 京都大学

加えて「答えのない問題」について、同の 1 答えがないことを前提として の「答えのない問題」における記述の一部(P15~P16)を次に引用します。

答えは確かに〈ある〉。それが初等中等教育における「問題」の大前提である。そして先生はその答えを知っている。その正しい答えに、どうしたら自分たちも到達できるだろうか。先生が知っているはずの答えと自分のものが一致すれば正解で、違っていればバツ。それが入学試験も含めて、高校までの試験の問題であった。
考えてみると、これは怖いことではないか。なぜなら、小学校から高校まで、誰もが一貫して、問題には必ず答えがあるということを前提とし、正解は必ず一つであると思い込んできたのだから。教師の側も、答えが二つも三つもある問題は避けてきただろうし、答えのない問題は出しようがなかった。
どこかに正解があって、その正解は自分が知らないだけであって、誰かが(たぶん誰か偉い人が)知っていると、頭から思い込んでいること、その呪縛のまま、大学においても同じスタンスで教育を受け、そして社会に出ていく。そんな社会人ばかりが増えていくと考えることは怖しいことではないか。(中略)

たとえば沖縄に基地が集中している「問題」。日本全土のわずか0.6パーセントの土地しか持たない沖縄県に、全国に存在する米軍基地の70パーセントが集中している。日本人なら、これをそのまま放置しておいていいと考える人はおそらくいないはずである。しかし、これをどうしたらいいのか、その解決法が見つからないままに放置されているのが、放置され続けてきたのが、沖縄問題の本質である。
誰もが申し訳ないと思うけれど、それじゃあ私たちの県で引き受けましょうとは、誰も言わない。米軍基地のない日本が安全保障の面からやっていけるのか、と言ったより本質的な問題を措くとしても、同じ国民である以上、負担は公平であるべきだという、一応の「正解」さえもここでは放置されたままである。
このような問題は、誰かに尋ねれば正解を与えてもらえるという問題では決してないのだ。また単に正解を求めるという作業だけでは決して解決できないものなのである。私たちは、そんな社会に暮らしているし、若者たちは、大学を出れば、そのような社会のなかで生活をしなければならなくなる。

注:引用中の「答えは確かに〈ある〉。それが初等中等教育における「問題」の大前提である。そして先生はその答えを知っている。その正しい答えに、どうしたら自分たちも到達できるだろうか。先生が知っているはずの答えと自分のものが一致すれば正解で、違っていればバツ。それが入学試験も含めて、高校までの試験の問題であった。」に関連するかもしれない「要素還元主義」(複雑な物事でも、それを構成する要素に分解し、それらの個別(一部)の要素だけを理解すれば、元の複雑な物事全体の性質や振る舞いもすべて理解できるはずだ、と想定する考え方)に対し、「学校で習う多くの科目は、かなり要素還元主義に基づいています。」、「「答えがある、わかる」という認識から脱さない限り、要素還元主義に囚われます。」、そして「生物は別。一つの要素では全く全体は見えません。」については次のWEBページを参照して下さい。 『みんな「要素還元主義」的思考に囚われている:科学情報が解釈できない理由 - Riklog』の「要素還元主義は成功した事例もあるが」項

さらに「学習から学問へ」及び「最後の教育機関としての大学」及び「想定外に向き合う知力」について、同の 3 想定外を乗り切る「知の体力」 の「学習から学問へ」における記述、「最後の教育機関としての大学」における記述及び「想定外に向き合う知力」における記述の一部(P42~P48)を次に引用します。

学習から学問へ
先に、大学に入った瞬間から、それまでの学習態度とは完全に切れたほうがいいのではないかと私見を述べておいた。大学においては「学問」をすることが主であり、高校までの「学習」とはおのずから異なると考えるからである。
それでは「学習」と「学問」とは何が違うのか。「学習」を先に考えておいたほうがいいだろう。すでに述べたところとも重なるが、「学習」と言って、まず私が思い浮かべるのは次のような特質である。

①「学習」の問いには答えがあり、しかもその答えは、多くの場合、誰が答えても同じ答えに到達するはずのもの、すなわち客観的な正解があるということを前提としている。この正解は、問いとして与えられる前から問う側には知られているものである。

②先生は教える人であり、生徒は教えてもらう側という、役割分担によって成り立つのが「学習」の基本である。

③先生が教えることは正しいことであり、生徒はその正しい知識を習得するということが、「学習」の基本である。

④生徒の誰もが落ちこぼれないように、そして理想的には、誰もが同じ到達点に到るのか「学習」の目標である。

個々の問題については、必ずしも該当しない側面や例外などは当然あるだろうが、おおよそ、これらを特徴として、初等中等教育の現場は動いていると言っておいてもいいのではないだろうか。
読んで字のごとく、「学習」とは、学び、習うもの。「習う」は「くりかえして修め行うこと」「教えられて自分の身につけること」という意味である。学んで、その学んだことを身につけることが、「学習」である。
それに対して、「学問」とは何か。学習が、学んで修める、習うことであったのに対して、学問は、「学び、かつ問うこと」と私は解釈している。学び、それを受け容れるという一方的な「知」の流れではなく、入ってきた「知」をいったん堰き止めて、それが正しいのか問い直す、どのような意味を、あるいは価値を持っているのか問い直す。そのような「問う」という行為を加えたところに「学問」の意味があるだろう。おのずから「学習」とはその態度、姿勢において異なったものであり、はみ出た、あるいは対立するものであるかもしれない。

最後の教育機関としての大学
高校までの問題にはかならず一つ、正解があったのに対し、これからの社会においては、そもそも正解というものがないのだということを、大学における「学問」の基本要件としてまず学生に知らせたいと思うのである。これも先に述べたとおりであるが、大学は教育機関としては、最後のものであるということにもっと注意をしておいていいのではないか。
中学や高校までに教育を終えて社会で働いている人々が多いことは十分承知のうえで言うのだが、制度的には、大学が最後の教育機関である。大学院というコースが設けられているが、大学院は基本は研究のためのコースであり、社会へ人材を送り出すための教育機関としては、大学の4年間が最後のシステムであると言える。
その最後の4年間の教育が、単なる学習の枠を出ることなく、一方的に教えられたことを受け容れ、吸収し、自分のものとしていくという形でいいのだろうかと思うのである。
一歩社会へ出てしまえば、そこはすべてについて正解というものがない世界であることを先に述べた。ある問題が起こった時、それに対する正解を知っている人は、誰もいないと言っても過言ではない。社会的、政治的な問題から、社内や組織での人間関係を含めた諸問題、あるいは家族の間で湧き起こる問題まで、それらについて答えを持っている人間は、誰もいない。そもそも答えがあるものなのかどうか。答えは一つなのか、複数の答えがあるものなのか。誰の答えを信用すればよいのか。
私がよく学生たちに言うのは、君たちは日本という国において、まちがいなく最高の教育を受けている人間である。なにしろ大学より上の教育機関はないのだから。その君たちが、社会に起こっているさまざまな問題に対して、自分自身の考えを持てないとしたら、自分で考えてみようとしないとしたら、この国においていったい誰がそれを考えられるというのか、と。
社会や政治などというむずかしいことは、もっと偉い人や政治家たちが考えて答えを出してくれるのだろうから、自分はそれに従えばいい、と大部分の学生たちは思っているのだろう。しかし、大学を出た人間は誰もが、日本で最高の教育を受けてきた人間であることはまちがいのないことなのだ。誰もが知識人と言われてしかるべき存在であるはずなのである。その人間が考えなくて、誰が考えるというのか。大学を卒業するということは、それだけの責任を背負うことでもあるはずなのだ。

想定外に向き合う知力
これから自分が生きていくとき、何が起こるのかは、現在の時点でまだ誰にもわからない。東日本大震災のとき、原発事故が起こった。そこでは「想定外」という言葉が頻繁に用いられた。
私たちのこれからの時間、将来の人生に起こることは、すべて想定外のことなのである。想定外の事態を、なんとか自分だけの力で乗り越えていかなければならない。生きるとはそういうことである。
運動をするにはそれなりの基礎体力をつけなければならないのと同様に、これから何が起こるかわからない想定外の問題について自分なりに対処するためには、それなりの体力が要求される。私はそれを「知の体力」と呼んでいる。
それは知識の習得である以上に、どう考えればその場を乗り切れるのかという、考え方の訓練なのである。知識を持っていることは、もちろん大切なことであるが、それは弾力的な知識でなくては、実際の応用には役に立たない。単に教科書に書かれている通りに覚えている知識では、自分が現場で出くわした初めての体験にそれを応用するには、まだ硬すぎるのである。
知識を解きほぐし、応用可能なまでに自由に伸び縮みできるようにするためには、その知識が、どのような多くの人々の試行錯誤のもとにもたらされたものなのか、それが作り出されたプロセスを知り、その知がカバーできる外延をなぞり、かつその知によって自分のすでに得ていた知の体系が再構成されることが必要であろう。
「自分ならどう考えるか」というときに、それまでに先人たちがどのように考えてきたかを学ぶことは、具体的に何かの役に立てるという勉強以上に重要な意味を持っている。「生命」というものについて、どのような見方が交錯し、次第にその真理に近づいていったかについては、のちに少し詳しくみることにするが、われわれが疑うこともない常識としての知も、それが確立するまでには、さまざまな見方からアプローチする人々によって、たゆまぬ議論と反証が重ねられ、揺れながら、ゆっくり醸成されていったものなのである。それをつぶさに知ることは、ものの見方の多様性を知ることになる。そのような視点、視角の多様性を自らのものとして持っていることは、想定外の現実への対応として必須のことなのである。(後略)

注:(i) 引用中の『「生命」というものについて、(中略)のちに少し詳しくみることにする』における「のちに少し詳しくみる」部分の引用は省略します。 (ii) 引用中の「私たちのこれからの時間、将来の人生に起こることは、すべて想定外のことなのである」を踏まえた「想定外に向き合う知力」に関連する「社会課題に目を向け、想像外の事態に迅速に勇敢に対応する京大力」についてはWEBページ「[S&R財団(米国) 理事長兼CEO] 久能 祐子- 創立125周年に寄せて 京都大学」を、加えて上記「想定外に向き合う知力」の一例としての(想定外の)「ポストコロナ社会をどのように築いていくべきか、世界レベルで人間の叡智を結集した検討と取組が必要な状況となっている」ことについては次の資料を それぞれ参照して下さい。 「京都三大学教養教育共同化事業 令和2年度報告書 時代が求める新たな教養教育」の「背景」項(P2) 一方、上記「想定外に向き合う知力」に関連する「未知の状況にも対応できる思考力・判断力・表現力等の育成」と「アクティブ・ラーニング」との関連については次の資料を参照して下さい。 「新しい学習指導要領の考え方 -中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ- - 文部科学省」の『主体的・対話的で深い学びの実現 (「アクティブ・ラーニング」の視点からの授業改善)について(イメージ)』シート また、「受け身の学習は大学3年生くらいで終了します。それ以降は、大学に残って研究を続けていても企業で働いていても、能動的学習しかない」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『「勉強」のねらいと心構え(学部生や修士大学院生向け)』の「・問題点や解決策を独力で発見する」項 (iii) 引用中の「私たちのこれからの時間、将来の人生に起こることは、すべて想定外のことなのである」ことに関連するかもしれない、 a) 「私たちのまわりに起こる現代の問題は、非常に複雑なことが絡んだことばかり」については次のWEBページを参照して下さい。 「2019年度 入学式式辞 - 大阪府立大学」の『学域生へ。「勉強」と「学問」の違い、自主・自立を』項  b) 「現実の社会に目を向けると、正解が幾通りもあるケースや、そもそも正解自体がないような想定外の難題に対処しなければならないことも、決して珍しいことではない」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「学長式辞 令和2年度入学式 (2020.4.3) - 広島大学」 加えて、引用中の「学問」(学び、かつ問うこと)に関連するかもしれない大学入学式の式辞・告辞については上記を含めて次のWEBページ又は資料を参照して下さい。 ①「平成31年度入学宣誓式学長告辞 - 金沢大学」、②「平成31年度千葉大学入学式 学長告辞」、③「入学式学長告辞 - 長崎大学」、④「2019 年度入学式式辞 - 和歌山大学」、⑥「学長告辞 - 琉球大学 平成29年度入学式」 さらに、引用中の「学問」(学び、かつ問うこと)に類似する「学問(まなんで問う)」についてはここを参照して下さい。 (iv) 引用中の『高校までの問題にはかならず一つ、正解があったのに対し、これからの社会においては、そもそも正解というものがないのだということを、大学における「学問」の基本要件としてまず学生に知らせたいと思うのである』こと、そして「想定外に向き合う知力」に関連するかもしれない、 a) 「言い換えると、高校までの教育が、正解のある問題の解き方を学ぶことであったのに対し、大学では、正解の無い問題を自らが設定し、自らの独自の解答を誰にとっても分かりやすい形でまとめていくことにあります。」については次のWEBページを参照して下さい。 「入学式&卒業式式辞 - 横浜国立大学」 b) (新型コロナウイルス感染症に対し)「皆さんがこれから生きていく時代は、このように複雑で予測できない出来事がたくさん出てくると思います。それを乗り切るためには、ますます人類の英知を結集して解決することが必要となります。そんな、時代を生き抜くための知力を養うことが、現代の大学の役目だと私は思っています。」については次のWEBページを参照して下さい。 『学長メッセージ「入学生の皆さんへ」2020年4月 - 新潟大学』の「未来に立ち向かう力」項 c) 「世の中は予測困難なVUCAの時代、すなわち、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の時代と、言われています。これからの学生生活において、社会や環境の、様々な変化を柔軟に、かつ鋭く見極める洞察力と、臨機応変に対応できる適応力を、しっかりと養ってください。そして、自己の専門分野を究めるとともに、多岐にわたる先端研究に触れる機会を持ち、広い視野で物事を俯瞰して、高いレベルで価値を、創造、発想できる力を養ってください。」については次のWEBページを参照して下さい。 「令和3年度 入学式 式辞 (令和3年度入学生) - 神戸大学」 d) 『今回の新型コロナウイルスによるパンデミック地球温暖化がもたらす気候変動のように、予想もできないグローバルな危機が待ち受けています。みなさんには、人生でこうした困難に遭遇した時に立ち向かう力を培うことが求められているのだと思います。言い換えれば、大学での学びの要諦は、与えられた問題の決まった答えを効率良く引き出すことよりも、挑戦し、みずから「問い」を的確に立て、創造的で自由な精神を発揮して、解決する道を探ることにあるといえます。』については次のWEBページを参照して下さい。 『学長式辞 令和2年度入学式 (2020.4.3) - 広島大学』 e) 「大学とは学生に知識や教養を伝授するところではなく、その学び方を教員とともに学ぶ場だということです。現在の学問や科学技術は、あっという間に陳腐化してしまいます。10年前の論文に書かれていることなど、とっくに常識となっていて、誰もそのような論文など振り返らないでしょう。つまり、つねに時代の変化に対応できるような学びを生涯続けられる学生を育てることが肝要なのです。」については次のWEBページを参照して下さい。 「大学は単に知識や教養を伝授するところではなく学生が学び方を学ぶところ」の「質の高い教育のためには質の高い研究が必要」項 f) (新型コロナウィルスとの戦いにおいて)「どのようにするのがベストなのか、処方箋は私たち教員にもありません。大切なことは、教職員、学生がそれぞれ知恵をしぼり、創造的に一つ一つ行動していくことです。」については次のWEBページを参照して下さい。 「令和2年度東京大学入学式総長式辞」 g) 「社会の問題が複雑化多様化する現代において教養が必要なのだ」については次のWEBページを参照して下さい。 「教養教育研究院 - 東京理科大学」の「院長挨拶」項(注:上記「教養」に関連する、1) [ダイナミックに変化する]「このような世界だからこそ、自然科学から人文社会科学にわたる広範な知の基盤が極めて重要となります。答えのない課題に対して解決策を見出すのも、誰も見たことのない新しい価値を生み出すのも、またよりよい未来への社会変革に向けた新しい価値を創造するのも、これらの基盤があって初めて可能になるのです。」については、次のWEBページを参照して下さい。 「東北大学に入学される皆さんへ(2020.4.3) - 総長メッセージ」の【ダイナミックに変化する世界】項 2) 「教養は逆境に追い込まれたときにでも地位や財産のように失われることなく、最後に人間の身を助けてくれるものであることを教えてくれる」ことについては、次の資料を参照して下さい。 「京都三大学教養教育共同化事業 令和2年度報告書 時代が求める新たな教養教育」の(京都工芸繊維大学)「副学長あいさつ」項[P4])

次に標記医療又は医学における「ヒポクラテスの警句」について、サイモン・シン、エツァート・エルンスト著、青木薫訳の本、「代替医療解剖」(2013年発行)の「はじめに」における連続した記述の一部(P10~P11)を以下に引用します。なお、上記本の書評例は次の資料を参照して下さい。 「『代替医療解剖』を読む

本書のすべては、エーゲ海の島コスに生まれたヒポクラテスによって、今から二千年以上前に書かれた一つの警句を指針としている。医学の父として知られるヒポクラテスは、こう述べた。

科学と意見という、二つのものがある。
前者は知識を生み、後者は無知を生む。

誰かが新しい治療法を提案したなら、それが効くかどうかを判断するためには、意見ではなく科学を用いなければならない、とヒポクラテスは述べたのである。科学は、真実について客観的なコンセンサスを得るために、実験や観察を行い、実地に試し、議論を戦わせ、真剣に話し合う。一度結論に達してからでさえ、もしや間違いがありやしないかと、自分が言ったことまでもほじくり返して調べ直す。それとは対照的に、意見は主観的で互いに相容れず、正しいか間違っているかによらず、もっとも宣伝のうまい者の意見が広まることになりがちである。(後略)

注:(i) 引用中の科学について、小林牧人、藤沼良典著の本、「理系研究者がハッピーな研究生活を送るには 科学とは? 研究室とは? そしてラボメンタルコーチングの必要性」(2021年発行)の 第2章 科学とは何かをおさえよう の「2) 科学をみたす基準とは」における記述の一部(P19)を次に引用(『 』内)します。 『自然科学,社会科学,実験心理学であれ,科学というのは,ひとことでいうと「ものごとをよりよく理解するためのものの考え方」ということは前に述べた.また,アメリカの天文学者カール・セーガンは「科学とは,知識の内容それ自体よりは,むしろその知識を導く方法論のことである」と述べている(ゴスリングとノートルダム,2010).さらに戸田山氏は,科学の活動を「新しくて正しいことを言おうとする営み」と著書で述べている(戸田山,2011).』(注:a) 引用中の「ゴスリングとノートルダム,2010」は次の本です。 《パトリシア・ゴスリング、バルト・ノートルダム著、白楽ロックビル監訳、解説.理工系&バイオ系大学院で成功する方法.日本評論社,2011》 b) 引用中の「戸田山,2011」は次の本です。 《戸田山和久.「科学的思考」のレッスン 学校では教えてくれないサイエンス.NHK出版新書,2011》 c) 引用中の「知識を導く方法論」に関連する「メタ知識」についてはここを参照して下さい。) (ii) 引用中の「真実について客観的なコンセンサスを得るために、実験や観察を行い、実地に試し、議論を戦わせ、真剣に話し合う」ことに関連するかもしれない、 1) ツイートがあります。 2) 「客観的に示すデータがあって初めて科学者としての主張ができるのであり、それがない仮説はただの妄想」及び「きちんと証明をして、証拠を出して、納得してもらって初めて科学になる。それをしないと科学ではない。」ことについては、共に次のWEBページを参照して下さい。 「STAP細胞はあるのか ~検証 小保方会見~」 (iii) 加えて、引用中の「一度結論に達してからでさえ、もしや間違いがありやしないかと、自分が言ったことまでもほじくり返して調べ直す」に関連する、「自分のくだした診断でも、何かを間違えてないか常に自分を疑う目を残すべき」についての記述があるツイートがあります。その上に、「もしかしたら自分が間違っているのかもしれない」との振り返りを推奨するようなツイートもあります。 (iv) さらに、「科学者は間違いを犯すが、それでもその間違いを真実に近づけていくことを可能にするのが科学」であることについて、苅部冬紀、高橋晋、藤山文乃著、市川眞澄編の本、「大脳基底核 意思と行動の狭間にある神経路」 4 大脳皮質-大脳基底核視床ループ の「4.1.3 興奮性入力によって線条体はどのように動くのか」における記述に一部(P53~P55)を次に引用(【 】内)します。 【科学者は人間なので当然のように間違いを犯し,それでもその間違いを少しずつ真実に近づけていくことを可能にするのが科学というシステムとその手続きに則った研究です.】 (v) これら以外にも引用はしませんが「科学的な考え方」に関連するかもしれない項目としての、池内了著の本、「なぜ科学を学ぶのか」(2019年発行)の「第3章 科学的な考え方とは」(P98~P122)において次にリストアップされる項目があります。 「個人の感情を交えないこと」、「自分の経験を絶対視しないこと」、『「鵜呑みにしない」こと』、「不愉快でも事実を受け入れること」、「科学の知識量ではないこと」 なお上記以外にも『「科学的」とは――まとめ』項もあります。加えて同本の裏表紙には次に引用(《 》内)する記述があります。 《科学・技術に立脚した文明社会を生きる私たちは、日頃から科学的な見方・考え方を鍛えておくことが大切です。情報を鵜呑みにせず、個人の感情や経験を交えずに、様々な側面から物事を見る、科学的な考え方を身につけよう。》(注:引用中の「情報を鵜呑みにせず」に類似する「情報を鵜呑みにしない」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「[vol.4]情報を鵜呑みにしない」) (vi) ちなみに、 a) 「科学的な思考法」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「科学リテラシー」 b) 加えて、「科学とは」と「科学的な理論とは」については共に次のWEBページを参照して下さい。 「科学とか科学的理論って、そもそも何?【根本を考える】 - Riklog」の「科学、科学的理論って何?」項 (vii) また、引用中の「意見は主観的」にひょっとして関連するかもしれない(信仰に分類されるかもしれない)「自分の持っている知識なんて限られているのに、その範囲のみから語る」ことについて、宮岡等、内山登記夫著の本、「大人の発達障害ってそういうことだったのか その後」(2018年発行)の 第6章 大人の発達障害にまとわるエトセトラ の【コメディカルへの take home message ②】における記述の一部(P293~P294)を次に引用します。

特定の精神科医に心酔しないほうがよい
心理テストへの過度な信頼も禁物

宮岡 先ほどの「鵜呑みにしすぎるな!」という議論とも関係しそうですが、ある特定の精神科医の考え方に心酔している心理職やソーシャルワーカーなどのコメディカルの方に危機感を覚えることがあります。例えば発達障害に関する本も、同じ出版社から出ているものであっても、書く人が違えば内容も全然違う可能性があるのだから。まあこの本もそうかもしれないけれど。幅広く読んでみて、それぞれをしっかり理解してくれるといいですよね。あまり売れすぎる本はかえって気になる。
内山 確かにいろいろな先生の意見を聞くという習慣は大切ですね。
例えば、ダウン症でASDの子についてのカンファレンスをする場合、医学部の学生や研修医は、まずダウン症とASDを合併した子についての文献を検索して、そういう子の特徴は何かなというところから調べ始めます。ところが、心理系の場合、大学院生も教員もそうしたことをするケースは少ない。なぜなら患者との関係性の世界がメインだから、文献に当たるとか複数の人から話を聞くという発想を持ちにくいんだと思うんです。だから特定の流派の先生についたら、その先生が神様になるんです。
宮岡 「特定の先生の著書しか読まないという姿勢は直すべきだ」というのは強調したいですね。
内山 やはり僕は、ケースを診る時には、できるだけ文献検討をしてほしいと思います。例えば、高機能ASDで幻覚妄想がある人がいたら、まずその特徴を文献で読むしかないですよね。
宮岡 精神科医でも、文献を調べて科学的に物事を言おうとしている精神科医と、あまり文献を調べないで、自分の持っている知識なんて限られているのに、その範囲のみから語る精神科医がいる。前者は科学、後者は信仰だと思うんですよ。
内山 宗教ですね(笑)。
富岡 信仰に近い。信仰のほうが心酔はしやすいと思います。別に心酔している先生がいてもいいから、「ぜひ違う人の本も読んでみてください」と言いたいですね。
内山 その通りです。(後略)

注:(i) 引用中の「ASD」は「自閉スペクトラム症」のことです。 (ii) 引用中の「自分の持っている知識なんて限られているのに、その範囲のみから語る精神科医がいる」に関連するかもしれない、 a) 「精神科医に限ったことではないのだが、医療情報をなかなかアップデートできない医師は珍しくない」ことについて、岩波明著の本、「発達障害はなぜ誤診されるのか」(2021年発行)の「まえがき」における記述の一部(P5)を次に引用(【 】内)します。 【実際、これまでの医学教育においては、発達障害、特に成人期の発達障害についてきちんと論じられることがまれであったため、知識不足についてはやむを得ない面もあることは事実だ。これは精神科医に限ったことではないのだが、医療情報をなかなかアップデートできない医師は珍しくない。】(注:i) 引用中の「医療情報をなかなかアップデートできない医師」に関連するかもしれない「知識不足、誤った知識で診療することは極めて危険なこと」についての記述を有するツイートがあります。 ii) 引用中の「医療情報をなかなかアップデートできない医師」よりも悪いだろう「デマやフェイクを正確に丸暗記している医師のなんと多いことか」については(医師は)「自ら学び、自ら批判吟味し、誰におもねるでもなく、スプーンフィーディングされるでもなく、ただの指示待ちになるでもなく、そして自らを誤魔化すのでもなく、自分に、そして患者に誠実にあり続け、学び続け、成長し続けなければならない。」ことを含めて次のエントリを参照して下さい。 『医学部の学びは「習い事」なのか』[注:上記「デマやフェイクを(正確に)丸暗記している医師」に相当するかもしれない例としては次のツイートやWEBページを参照すると良いかもしれません。 〔ツイート〕その1その2その3その4その5その6その7、〔WEBページ〕『ワクチンは人体実験、皆殺し作戦…永田町「反ワクチン集会」彼らの主張とは』]) 一方、「謙虚に学び続けなければ」との記述を有するツイートもあります。 b) 加えて、「発達障害の診断能力がなければ、統合失調症うつ病を診断できない」ことについては次のエントリを参照して下さい。 『「自分は発達障害はわからない」という医師の診療依頼』 そして、「特に大人のASDADHDの場合には、他の精神疾患のことをよほど知っていないと診断するのは難しいだろうと思います。」については次のエントリを参照して下さい。 「大人の発達障害ってそういうことだったのかその後」 c) その上に、『私は精神科医はできるだけ中立的であるべきだと考えています。それは診断・治療方針に関して言えば、「1つの立場に偏らない(Flexible)」と翻訳できるでしょう。』については次のWEBページを参照して下さい。 「"持論"を押し付けてくる精神科医は要注意 信頼できる精神科医の3条件とは」の「ちょっと困った精神科医たち」項 d) さらに、「現在,文系理系の枠を超えて文理融合型の学部ができてきている.現在の複雑化したいろいろな課題に対処するためには狭い専門分野だけではなく幅広い俯瞰的知識と考え方をもつことが必要である.これはまさに心身医学であると思う.」ことについては次の資料を参照して下さい。 「私の歩みと心身医学」の「若い皆さん方へのメッセージ」 3) 項(P286) e) 一方、てんかん専門医は「てんかん以外をちゃんと見つけるのが最大の仕事です」との趣旨のツイートがあります。 (iii) 引用中の「信仰」や「宗教」に関連する「医者が教祖のように振る舞い、患者さんは信者のようにニセ医学に従う」ことについて、次のWEBページを参照して下さい。 『「医者の承認欲求」は、ニセ医学と相性がいい。』の『「医者の承認欲求」を満たすニセ医学』項 (iv) 引用中の「鵜呑みにしすぎるな!」に関連する「たったひとつの情報を鵜呑みにしない」について、岩波明著の本、「医者も親も気づかない女子の発達障害 ――家庭・職場でどう対応すれば良いか――」(2020年発行)の 4章 家庭・職場での「やってはいけない」と対応のポイント の 自分が発達障害である場合 の「◇たったひとつの情報を鵜呑みにしない」における記述(P174~P175)を以下に引用します。 (v) 引用中の「あまり文献を調べないで、自分の持っている知識なんて限られているのに、その範囲のみから語る精神科医」に関連するかもしれない、 1) (期待して精神科にコンサルトした総合診療医などを落胆させる)「自分が見えている部分だけの診察しかしない精神科医」について、國松淳和、尾久守侑著の本、「思春期、内科外来に迷い込む」(2022年発行)の Le détour Ⅰ の「ジェネラルと専門の関係性」における記述の一部(P101~P104)を以下に引用します。 2) 『精神科医がなにがあっても外してはいけない専門性は「身体の病気を見逃さない」だと思う』との記述を有するツイート、そして「現代日本の精神科トレーニングでは、まず身体疾患を除外すべしとしつこく教わります」や「この基本を守らない医師は、どうしても一定数いるのです」との記述を有するツイートがそれぞれあります。 3) 「医学は複雑であるため、どの診療科に進んでも他の診療科とつながっています。自分が進む診療科さえ知っていれば良いというわけではない」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『医学部「産科枠」入試で産科医不足は解消できる? 入学時に診療科を決めるメリット・デメリット(ページ2)』 4) 「専門知識やデータの理解ができていないと、医療者として失格だと思う」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『新型コロナの「反ワクチン問題」 「なあなあ」で済ませてはいけない理由とは(ページ4)

ここ数年で、発達障害を扱った書籍やテレビ、ネットの記事が増えました。しかし、そこで書かれている内容は玉石混交です。信頼していい情報もあれば、ちょっとこれはどうかという情報もありますし、明らかに誤っているものも見られます。
なかにはADHDとASDを区別せず、発達障害として一くくりにしているようなケースもあるほどです。特にテレビ番組はこのようなつくりをしていることがあり、注意が必要です(もちろん正確な番組もあります)。
大切なのは、ひとつの情報に飛びつかないこと、鵜呑みにしないことです。
自分は発達障害なのか、どんな対処が必要なのか、病院にかかるべきなのか。これはいずれも難しい問題を含んでいます。
診察にやってきた患者さんの話を聞く限り、複数の情報を見比べる作業ができた人は、おおむね順調に治療が進んでいる印象があります。
一方で、特定の情報に振り回された人は、高価なサプリや、効果の定まっていない治療法にはまってしまっていることも珍しくありません。

注:(i) 引用中の「ASD」は「自閉スペクトラム症」のことです。 (ii) 引用中の「特定の情報に振り回された」に関連するかもしれない、 a) 「複数の専門家が異口同音に言っていること、多くの論文が言及しており複数のソースでも確認できることを、まずは広く読み理解し、コンセンサスを知りましょう」との記述を有するツイートがあります。 b) 『「物珍しかったり、広く社会に希望を持たせるような説が出てきても、それが科学のプロセスをちゃんとクリアしたものかはすぐに判らないので、取り敢えず放っておく」くらいの姿勢』については次のエントリを参照して下さい。 「《ニセ科学を見抜く方法》はあるのか - Interdisciplinary」 c) 「結論に早く飛びつく人ほど,陰謀論を支持する傾向があり,超常現象や医学神話を信じやすかった」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「拙速な思考は陰謀論に弱い」 加えて上記「複数のソース」に関連する「複数の情報源を使うことの大切さ」については次の note を参照して下さい。 「複数の情報源を使うことの大切さ」 (iii) 引用中の「複数の情報を見比べる作業」に関連するかもしれない、 1) 「医療の"専門家"が多数登場していて、中には?な自論を展開する方も残念ながらいます。注意点は他の専門家との意見の相違です」との記述を有するツイートがあります。 2) 引用はしませんが、狩野光伸著の本、「論理的な考え方伝え方 根拠に基づく正しい議論のために」(2015年発行)の Ⅱ部 正しい議論の構成要素 の 3 前提根拠に用いる情報は確かか の「3.4 情報源は複数調べて内容を比較しよう」項があります。 (iv) 引用中の「大切なのは、ひとつの情報に飛びつかないこと、鵜呑みにしないことです」に関連するかもしれない『「過剰適応」の人は、とっさに笑顔で引き受けてしまい、あとで冷静になって「断るべきだった」「こういう理由を言えばうまく断ることができたのに」と後悔するパターンが非常に多い』ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『今すぐ捨てるべき「即レス=仕事ができる」という呪縛(ページ2)』の『断るのが苦手な人は、「即答しない練習」からはじめる』項 (iv) 引用中の「複数の情報を見比べる作業」に関連する「複数の情報源からの情報を比較検討することも重要です。一つの情報源で安心するのではなく、情報を比べて、妥当と判断できるものを知ることが大切である」ことについてはここを参照して下さい。

ジェネラルと専門の関係性(中略)

國松(中略)それで、精神科医も診療のレベルは不均一なので、極端な例で言うとシゾかどうかだけしか診ない人もいるかもしれません。思い切って言ってしまうと、これは能力の差ではなくて、精神科医自身にも発達特性があるからです。ASD傾向のある精神科医は、最初にシゾかどうかだけの鑑別ツリーしかやらなくて、シゾじゃないほうになった患者は全部一緒にして有事再診という名の終診にしてしまう可能性もあります。
尾久 極端に聞こえますが、実際にそういう感じの精神科医もいます。「他の病院では、あなたは何の病気でもないと精神科の先生に言われました(29)」と話す患者がいることは、けっこうよく聞きます。
國松 あれは、医師のASD傾向だと思いますね。その先の鑑別のツリーをしない。自分が見えている部分だけの診療しかしない。精神科医の特性も言葉にすると面白いですね。
尾久 かなり多いですね。統合失調症うつ病双極性障害パニック障害あたりだけチェックして、それ以外はどれかに収束させてしまう。
國松 そうすると、期待して精神科にコンサルトした総合診療医などは落胆しますね。(後略)

注:i) 引用中の脚注「(29)」の内容を同本の P104 から次に引用(『 』内)します。 『尾 一部の学派の立ち位置として、病気と「そうでないもの」を分け、「そうでないもの」は、自分でなんとかすべき、というスタンスで向き合っている先生たちもいるようです。本人に自立の感覚を育てるという方向性の治療なのだと思いますが、それで失望して受診しなくなる人というのは当然いて、そういう人をどのように支えるか、という視点も重要なのだと思っています。』 ii) 引用中の「ASD」は「自閉スペクトラム症」の別名です。他の拙エントリを参照して下さい。 iii) 引用中の「シゾ」は「統合失調症」を指すと考えます。加えて、引用中の「統合失調症」、「うつ病」、「双極性障害」、「パニック障害」については共に他の拙エントリのリンク集を参照して下さい。 iv) 引用中の「総合診療医」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「医学会概要 - 日本病院総合診療医学会」 v) ちなみに「自閉的思考」の記述を有する画像のあるツイートがあります。

加えて、医療において、効果のあるものとないもの、安全なものと危険なものとを判別するための方法論について、同の「第Ⅰ章 いかにして真実を突き止めるか」における記述の一部(P31)を次に引用します。

本書の目的は、代替医療について確かな真実を明らかにすることである。どの治療法には効果があり、どれには効果がないのだろうか? どの治療法は安全で、どれは危険なのだろう?
医師たちは何千年も昔から、およそ医療といえるものすべてについて、そう自問し続けてきた。しかし、効果のあるものとないもの、安全なものと危険なものとを判別するための方法論ができたのは、比較的最近のことである。《科学的根拠にもとづく医療》として知られるその方法は、医療の現場に革命を起こし、ニセ医者や藪医者の天下だった医療を、腎臓移植や白内障摘出を可能にし、こどもの病気と闘い、天然痘を撲滅し、毎年何百万もの生命を救うという、奇跡のようなことができるものにした。(後略)

さらに、多くの代替療法の基礎となっている三つの中心原理及び代替医療のセラピストの宣伝としての科学に対する攻撃について、同の 第Ⅴ章 ハーブ療法の真実 の「◇思慮ある人たちがなぜ?」における記述の一部(P365~P371)を以下に引用します。なお、引用中の「自然」には「ナチュラル」、「伝統」には「トラディショナル」、そして「全体論的」には「ホーリスティック」のルビが振られています。

(前略)人びとが代替医療に心惹かれるきっかけは、多くの代替療法の基礎となっている三つの中心原理であることが多い。代替医療は、「自然」で、「伝統的」で、「全体論的」な医療へのアプローチだといわれる。代替医療を擁護する人たちは、代替医療を選択する大きな理由としてこれら三つの中心原理を繰り返し挙げるが、実は良くできたマーケティング戦略にすぎないことが容易に示されるのである。代替医療の三つの中心原理は、誰もが陥りやすい罠なのだ。

1「自然」?
自然なものが良いとはかぎらず、自然ではないから悪いともいえない。自然界には、ヒ素コブラの毒、放射性元素地震、エボラ・ウイルスなどが存在しているが、ワクチン、眼鏡、人工股関節などはすべて人間が作ったものである。『メディカル・モニター』誌の言葉を借りれば、「自然は公正で、流行病が広がるときも、健康な赤ん坊が生まれるときも、あざやかに、そして無情に仕事をこなす」

2「伝統」?
伝統的であることは良いことだと考えれば、ひとさじのノスタルジアプラセボ効果を高めてくれるため、多くの代替療法のセラピストにとっては都合がよい。しかし、伝統的な治療法だから良いに決まっていると考えるのは間違いだろう。潟血は何世紀ものあいだ伝統的な治療法だったが、その間一貫して、病気が治った人よりもはるかに多くの人たちに害をなした。二十一世紀に生きる私たちがやるべきは、先人たちの遺産を検証することである。それをやってはじめて、良い伝統は継承し、有望そうな伝統は残し、馬鹿げたものや悪いもの、そして危険な伝統は捨てることができるのだから。

3「全体論的」?
代替療法のセラピストは、自分たちのアプローチが通常医療よりも優れているということを言わんとして「ホーリスティック」という言葉を使うが、代替医療のほうがホーリスティックだと決めつけるのは不当だろう。ホーリスティックとは、心身の健康を全体としてみていくという医療へのアプローチを指し、その意味では、通常医療の医者たちも患者に対してホーリスティックを治療を行っているからだ。医師は患者の生活習慣、食習慣、年齢、家族の病歴、これまでどんな病気にかかったか、遺伝的要因や、さまざまな検査結果を頭に入れて治療にあたる。むしろ通常医療のほうが、代替医療よりもホーリスティックなアプローチをとっているほどだ。第Ⅲ章では、マラリア予防のアドバイスを求めた学生の例を挙げ、ホメオパシーと通常医療とを比較した。通常医療の医院では、時間をかけて相談に応じ、ほかにどんな薬があるか、虫除けが必要であること、どんな服装がいいのかといったアドバイスを行い、その学生がこれまでにかかった病気も考慮した。それに対してほとんどのホメオパスは、ごく手短に話を聞いただけで、虫除けなどの基本的な点については何もアドバイスをしなかったのである。

うわべは魅力的でも、陥りやすい罠である中心原理を広めるのに加え、代替医療業界は、主流の科学者たちを悪者にすることで新たな患者を獲得しようとする。もちろん、セラピストたちは、科学者は概して代替療法に批判的だということを知っているので、科学の信憑性そのものを疑問視することで、科学的批判をくつがえそうとする。科学に対する攻撃は次の三つに分類できるが、代替療法のセラピストの宣伝は、やはり陥りやすい誤解にもとづいていることを理解するのは容易だ。

1「科学は代替医療を検証することができない」?
本書のなかでこれまで見てきたように、科学は代替医療を徹底的に検証することができる。そうだからこそ、科学者は代替医療のさまざまな主張に懐疑的なのである。代替療法は、鎮痛からガンの治療まで幅はあるものの、いずれも正真正銘の生理学的影響を及ぼすことができると豪語するが、医療科学は、さまざまな治療法が及ぼす影響の測定方法を開発してきた。もしも代替医療の効き目が科学によって検出できないのなら、それはその治療法に効果がないか、治療として考慮に値しないほどわずかな効果しかないかのどちらかだろう。

2「科学は代替医療がわかっていない」?
これは事実だが、問題にはならない。ある治療法のメカニズムがわからないからといって、効くかどうかがわからないという話にはならないからである。実際、医療の歴史上には、明らかに効果があるにもかかわらず、当初はなぜ効くのかわからなかった大躍進の例がたくさんある。たとえば十八世紀にジェイムズ・リンドが、レモンで壊血病が予防できることを発見したとき、彼はなぜレモンが効くのかがわからなかった。それでも彼の治療法は世界中に広まった。一九三〇年ごろになってはじめて、科学者がビタミンCを単離し、レモンが壊血病を防いでくれる理由が明らかになったのである。いずれかの代替療法に効果があることが明日にでもきちんと示されれば、科学者はすぐさまそれを受け入れて応用しようとするだろうし、基礎となるメカニズムを解明しようとするだろう。

3「科学は代替医療に偏見をもっている」?
これははじめの二つよりいっそうありえないことだ。代替療法を考えついた人たちは反主流派だったし、現代科学そのものが――ガリレオから最近のノーベル賞受賞者まで――反主流派たちによって築かれてきた。実際、偉大な科学者はすべて、なんらかの意味で反主流派だと論じるのも難しくはないたろう。しかし残念ながら、その逆は真ではない。反主流派だからといって、偉大な科学者だとは限らないのである。抜本的に新しいアイディアを考えついた反主流派は、その考えが正しいことを世界に向かって証明しなければならない。代替医療の開拓者のほとんどは、そこでつまずくのである。

この三つめの点は、もう少し深く掘り下げておきたい。というのは、科学は部外者を受け入れない閉鎖的な世界のように言われることが多いからだ。しかし実際には、科学者の世界は、自分の主張を支持する証拠を見出すことのできた反主流派を暖かく受け入れる。たとえば一九八〇年代には、オーストラリアの二人の研究者、バリー・マーシャルとロビン・ウォレンが、消化性潰瘍の多くは、細菌によって引き起こされているという新説を提唱した。それまで消化性潰瘍は、胃酸過多や、食習慣上の問題、過剰なストレスなどによって引き起こされると考えられていたので、当初はマーシャルとウォレンの革命的アイディアをまじめに受け止めた者はいなかった。しかし、有名な勇気ある実験で、マーシャルは悪さをする細菌を突き止め、それを培養し、自ら飲み込んで潰瘍を生じさせ、潰瘍が細菌に由来することを示したのである。今では、ほかの医療科学者たちも彼の新説は正しいと認め、マーシャルとウォレンは二〇〇五年にノーベル賞を受賞した。いっそう重要なのは、細菌を撃退し、胃潰瘍に苦しむ人たちを治すための併用薬物療法が開発されたことだろう――その併用薬物療法は、従来の治療法よりも効果的で、安価で、効き目も速いため、今では世界中で何百万人もの人たちが、かつては反主流派のアイディアだった学説の恩恵を受けている。
その反主流派が何者なのか、いつ、どこで、どのようにしてそれを発見したかは問題ではない。たまたま運良く見つけただけでも、発見の正しさが証明されれば、主流派はすぐにそれを認める。近年もっとも成功した薬のひとつであるバイアグラは、もともとは狭心症の治療のために開発された薬だったが、臨床試験の段階で、狭心症の改善にはあまり効果がないことがわかった。ところが、研究者がさっさと臨床試験を切り上げて、未使用の錠剤を回収しようとしたところ、ボランティアで臨床試験に参加してくれた人たちが錠剤を返したがらなかった。不思議に思った研究者が聞き取り調査を行ったところ、バイアグラには予想もしなかったありがたい副作用があることが判明した。その後、臨床試験を重ね、安全性のテストが行われた結果、インポテンツの治療薬としてのバイアグラが広く手に入るようになったのである。ホメオパシーカイロプラクティックやハーブ療法や鍼では、勃起不全の治療でこれほど劇的な影響を示すことはできない。(後略)

注:(i) 引用中の「抜本的に新しいアイディアを考えついた反主流派は、その考えが正しいことを世界に向かって証明しなければならない」ことは、Clinical Ecologists(和訳:臨床環境医、他の拙エントリのここを参照)にも適用される(他の拙エントリのここを参照)と本エントリ作者は考えます。 (ii) 引用中の「科学者の世界は、自分の主張を支持する証拠を見出すことのできた反主流派を暖かく受け入れる」ことに関連するかもしれない『「肯定的な意見も、否定的な意見も、両方のフィードバックを受け入れる心のオープンさが必要である」という謙虚さ』について、狩野光伸著の本、「論理的な考え方伝え方 根拠に基づく正しい議論のために」(2015年発行)の Ⅳ部 議論を表現する の 11 謙虚に受け手の反応を活かす の「11.2 謙虚の2つの意味」における記述の一部(P137)を次に引用(【 】内)します。 【議論を行うときに必要な「謙虚さ」のポイントは2つあります。「肯定的な意見も、否定的な意見も、両方のフィードバックを受け入れる心のオープンさが必要である」という謙虚さと、「誇大な表現をせず等身大である」という謙虚さです。】 (iii) 引用中の「潰瘍が細菌に由来」及び「バイアグラ」にある意味で類似するかもしれない「EMDR」(例えば他の拙エントリのここを参照)の開発の経緯については例えば次の資料を参照して下さい。 「眼球運動が自伝的記憶の想起に与える影響」の「第1節 EMDR の概略」項 (iv) 引用中の「ホメオパシー」についてはここを参照して下さい。 (v) 引用中の「自然なものが良いとはかぎらず、自然ではないから悪いともいえない」ことに関連する、 a) 【「天然物質、食品・食物=安全」ということではありません】との記述を有するツイートや「自然は人体には厳しいものです」との記述を有するhttps://twitter.com/S96405539/status/1629323122011942912:title=ツイート]が それぞれあります。 b)「自然のものだから体によい、人工のものだから体に悪いとは、一概には言いがたい」ことについて、村松むつみ著の本、『「エビデンス」の落とし穴』(2021年発行)の 第4章 あやしい健康常識はこうして生まれる の 5 あやしい健康情報のテンプレート 「自然派」を強調 の「◆自然・天然だから体に優しいとは限らない」における記述の一部(P167)を次に引用します。

極端に「自然派」に偏った情報も、エビデンスがなく、注意が必要です。
世間には、「自然のものは体によく、人工のものは体に悪い」という思い込みがあります。もちろん、人工の添加物などで、発がんのリスクがあるものもありますが、「自然」だからといって安全なものとは限りません。
極端な例で言えば、フグやキノコの毒も「自然」のものには違いありませんが、体によいどころか、口にすると命に関わります。また、摂取しにくい鉄分やカルシウムは、加工食品を通してのほうがよく摂取できたりします。
このように、自然のものだから体によい、人工のものだから体に悪いとは、一概には言いがたいのですが、あやしい医療情報は、ときとして「自然」を売りにすることがあります。「生姜をすり下ろして飲むとコロナに効く」「にんじんジュースががんに効く」「シジミのエキスは万能」など、枚挙にいとまがありません。(後略)

一方、『代替医療を使う患者における「実際に経験したのだから疑いようがないという心情」』について同の 第V章 ハーブ療法の真実 の「◇実際に経験したのだから疑いようがないという心情」項における記述の一部(P380)を次に引用します。

多くの患者にとって科学的根拠は、代替療法を使ってみるかどうかを判断する決定的要因にはならない。たとえすべての研究を踏まえて得られた結論は否定的だと知っていても、治療法の効果を目の当たりにすれば、患者はそれを使ってみたくなるだろう。要するに、自分の経験こそは、何にもまさる証拠になるのだ。そういう反応はとても自然だし、その気持ちはよくわかる。しかしそのせいで患者は、効果のない、危険でさえあるかもしれない治療を受けることになってしまう。
ホメオパシーを例にとると、何百万人という人たちが、自分自身の経験から、この治療法には効果があるのはまちがいないと思っている。なんらかの症状が出ているときにホメオパシーのレメディを飲んで具合が良くなれば、当然、具合が良くなったのはホメオパシー・レメディのおかげだと思うだろう。第Ⅲ章で論じたように、科学的根拠によればホメオパシーにはまったく効果がないことが示されているのだが、そういう経験をした人たちにとって、科学的根拠はほとんど重みをもたない。(後略)

注:(i) 引用中の「第Ⅲ章で論じた」におけるその論じた内容についての引用は省略します。同をお読み下さい。一方、一部の代替医療に騙されないための「読むワクチン」[WEBページ【『「ニセ医学」に騙されないために』書評 インチキ予防に「読むワクチン」】を参照]があると拙ブログ作者は考えます。 (ii) 引用中の「なんらかの症状が出ているときにホメオパシーのレメディを飲んで具合が良くなれば、当然、具合が良くなったのはホメオパシー・レメディのおかげだと思うだろう」ことに関連するかもしれない「病気の治療効果ってわかりにくい」ことについてのツイートがあります。 (iii) 引用中の「ホメオパシー」についてのWEBページ例は次を参照して下さい。 『ニセ科学「ホメオパシー」の実践が危険な理由 毒物の「ヒ素」でさえ薬にしてしまう謎理論』、「ホメオパシーが広まる背景にある“不安”と、忘れ去られたいくつもの死亡事件」、「ホメオパシー」、『「ホメオパシー」への対応について』 (iv) 加えて、 a) 上記ホメオパシーにおける「患者は代替医療が効いたからだと思うだろう」に関連する同における記述の一部(P383~P384)を以下に、 b) 「論争にならなかったホメオパシー論争」について、佐藤純一、美馬達哉、中川輝彦、黒田浩一郎編著の本、「病と健康をめぐるせめぎあい コンテステーションの医療社会学」(2022年発行)の 第Ⅳ部 非近代医学・科学をめぐって の 第9章 代替医療における治療者資格をめぐる「論争」 の「論争にならなかったホメオパシー論争」における記述の一部(P242)を以下に それぞれ引用します。また、後者の引用に対し本エントリ作者が抱いた大きな違和感についても後者の引用の次に提示します。

ホメオパシーが効くように見えるもうひとつの理由として、患者の体そのものに起こるさまざまな変化がある。病状が変化するのはごく自然なことで、ホメオパシーの丸薬を飲んだ時期が、患者の症状が改善する時期と重なったとも考えられる。実際、患者がホメオパシーを試してみようと思ったのが、インフルエンザにかかるなどして非常に具合が悪かった時期だったとすると、あとは良くなる一方だ。この現象は、《平均への回帰》と呼ばれている。つまり、具合が悪いと感じるのは症状が一番重い時期にあたっているので、それ以降、普段の(平均的)状態へと戻りはじめる可能性がとても高いということだ。
それに加えて、多くの症状はいずれ自然に治り、身体はそのうち自力で回復する。原因のはっきりしない腰痛の場合、治療を受けていない患者の約九十パーセントは、六週間ほどで大幅に状態が改善する。したがって、ホメオパスが二ヵ月のあいだ患者を引き留めておくことができれば、いずれにせよ回復する見込みは高い。その場合、腰痛は自然に治ったにもかかわらず、患者は代替医療が効いたからだと思うだろう。(後略)

注:(i) 引用中の「ホメオパス」は上記「ホメオパシー」の施療者を指します。同の「第Ⅲ章 ホメオパシーの真実」の P157 より。 (ii) 引用中の「ホメオパシーの丸薬を飲んだ時期が、患者の症状が改善する時期と重なった」ことに関連する「薬を出した時がちょうどよくなる時期だった」ことについて、「こころの科学 216号(2021年3月)」中の宮岡等著の文書「よい心療内科精神科医の見つけ方」(P98~P104)の「常に大切なこと」における記述の一部(P104)を次に引用(『 』内)します。 『四つ目に、すぐに薬の強い効果が出たら、なんとなく患者さんは「あの先生はいい先生だ」「この薬はいい薬だ』というように考えがちなんですけれども、病気には自然経過というのがあって、薬を出した時がちょうどよくなる時期だったということはいくらでもあります。』 (iii) 引用中の「腰痛は自然に治ったにもかかわらず、患者は代替医療が効いたからだと思うだろう。」に関連するかもしれない、「アトピーは自然軽快も見られる病気です。いずれ、良い時期はやってきます。しかしそれは民間療法のおかげではありません。」については「サンクコストバイアス」(WEBページ「意思決定での勘や経験の落とし穴」の「サンクコストバイアス(別名コンコルド効果)」項を参照)や「好転反応」を含めて大塚篤司著の本、「本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。 “患者の気持ちがわからない”お医者さんに当たらないために」(2020年発行)の 4章 自分を守るために必要な病の知識(免疫・アレルギー・がん) の 社会と人間を理解して賢い患者になろう の「医療行動経済学から見たコミュニケーション」における記述の一部(P183~P184)を以下に引用します。 (iv) 引用中の「病状が変化する」ことの例としての、 a) 「自然にがんが消える」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『「がんが消えた」という体験談は本当なのか…きわめてまれに起こる"自然退縮"という奇跡 ただし、がんが自然に治る可能性はあまりにも低いので標準医療は必須』の「おおむね数万人に1人のがんが自然退縮する」項 b) 台湾の電磁波過敏症についての研究(参照)では、「62.9%の電磁波過敏症の患者は回復を報告し、その中の86.4%の回復患者は自発的な回復を報告している」ようです。

(前略)もうひとつ、行動経済学と医療の関係で知っておいた方が良い概念があります。
サンクコストバイアスです。
サンクコストバイアスとは、これまでに使ったお金と時間を考えた結果、やめるにやめられない状況に陥ることです。
このサンクコストバイアスは、民間療法では「好転反応」という説明で悪用されます。

好転反応という言葉は聞いたことがある人の方が多いのではないでしょうか? 民間療法を始めた頃、症状が悪化した状態を「体の中から毒が出た状態」と説明し、その後良くなるために必要なステップとして説明されます。
免疫のシステムを考えてみても、好転反応などは医学的に存在しません。

好転反応は、民間療法が効かない言い訳として使われます。
ぼくが専門としているアトピーでは、よくこの好転反応という言葉を使って患者さんを説得する民間療法施術者を見かけます。
標準治療をせずに放置したアトピーの状態はとてもつらいものです。しかし、我慢すればするほどサンクコストバイアスが発生します。
ここまでがんばってきたんだから。
こんなに苦労したのに諦めるわけにはいかない。
そう思って、効くはずのない民間療法を受け続けることになります。
アトピーは自然軽快も見られる病気です。いずれ、良い時期はやってきます。しかしそれは民間療法のおかげではありません。

一方で、苦しい状態をずっと我慢してきた患者さんにとって、すこしの改善はとても嬉しいこととして感じられます。

標準治療をしていれば、もっと良い状態を保てていたかもしれないのに、です。
このように、冷静に論理的に判断していると思っているものの中に、思考の癖によって歪められていることがあることを知っておきましょう。
とくに医療の分野では、思考の癖によって間違った選択をしてしまうと、健康被害を生み出すことになります。

注:引用中の「行動経済学と医療」と類似する「行動経済学×医療」については次のWEBページを参照して下さい。 「[第1回]意思決定とは? 合理性を前提とした医療の限界 - 行動経済学×医療

論争にならなかったホメオパシー論争
このホメオパシー論争では、「公開討論会」「学会での討論」「雑誌での討論(誌上討論)」「裁判(公判)での討論」などの「議論を闘わせるアリーナ(場)」が設定されることはなかった。論争の口火を切った日本医師会の批判(声明)は、一回だけのもので、その批判に対して質問や反論ができる「公開討論会」のような場の設定には応じないという、ある意味では一方的なものであった。この批判に反応した論者たちも、各自(論者)が自分の利用できるメディアを通して、自由かつ勝手な形式で、批判・反批判の議論を発表するものであったため、「相互に同じ論点について議論を闘わせる」という意味での論争は成立しないで、まさに「言いっ放し」そのものとなった。(後略)

注:i) この引用部の著者は佐藤純一です。 ii) 引用中の「日本医師会の批判(声明)」については次の資料を参照して下さい。 『「ホメオパシー」への対応について』 加えて、引用中の「論者」(例えばWEBページ『日本ディベート協会選出 2021年「ディベーター(ディベート)・オブ・ザ・イヤー」決定のお知らせ』を参照すると良いかも)によるホメオパシー批判の例は次のWEBページを参照して下さい。 『ニセ科学「ホメオパシー」の実践が危険な理由 毒物の「ヒ素」でさえ薬にしてしまう謎理論』 両者共に論文「Are the clinical effects of homoeopathy placebo effects? Comparative study of placebo-controlled trials of homoeopathy and allopathy」が参照されています。(注:上記WEBページにおける論文の参照はページ2の『民間療法というより「加持祈祷」のたぐい』項を参照して下さい) 一方、WEBページ『■日本腫瘍学会編集「統合医療にがんに克つ」2010年11月号より 特別企画 ホメオパシーの“エビデンス” 「ホメオパシー」についての日本学術会議会長談話 「日本学術会議会長談話」に対する日本ホメオパシー医学協会の見解』(注:充分に用心してお読み下さい)の「■はじめに」には次に引用(【 】内)する記述があります。 【たった一つのホメオパシーの有効性を否定する論文、しかもホメオパシーと関係のない権威から欠陥論文と指摘されている論文を持ち出してホメオパシーを全面否定したことは、軽率だったのではないでしょうか。】

加えて、上記本エントリ作者が抱いた大きな違和感について次に提示します。よしんば、上記論文が上記「欠陥論文」であると立証できるのであれば、そもそも2005年に発行された論文は上記「日本医師会の批判(声明)」が出された2010年までに論破され、撤回に追い込むことができたのでは? と考えます。そして、上記論文が2010年以降も時の試練に耐えて生き残っていることをもって、医学的な上記論争の勝敗が既についているのでは? と考えます。ちなみに、上記論文はメタアナリシスですが、2006年に発行された MCS のシステマティック・レビュー(全文)「Multiple chemical sensitivities: A systematic review of provocation studies.」(PubMed 要旨はここを参照、ここも参照)も生き残っていると考えます。

※:なぜならば、「学術論文に異議があったり問題を指摘したり、議論をしたいときには、その雑誌の編集者(Editor)あてにレター(Letter)つまりお手紙を書き、それも刊行して公に議論をやりとりのなかでするというのが慣習になっている」(エントリ「名古屋スタディ関連の八重論文に対する名市大鈴木教授のレター第二弾の和訳 - ぱそろじすと・あっと・ざ・らぼ」を参照)からです。上記エントリの内容にも関連する『ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの有害事象に関する「名古屋スタディ」としての鈴木・細野論文が出版された後に、これと同じデータを使用した八重・椿論文がウイルスとも疫学とも直接関係のない日本看護科学雑誌(JJNS 誌)から出版された。同じデータを使用したにもかかわらず、前者のオッズ比は 0.70 であったのに対し、後者のそれは 4.37 であった。鈴木は上記 4.37 というオッズ比はワクチンのリスクを示すものではなく、バイアスと不適切なプレゼンテーションの結果という考えであったので、JJNS 編集に撤回要求のレターを 2 度にわたって出した』ことについては次の資料を参照して下さい。 「再び動き出した HPV ワクチンと名古屋スタディ」 加えて次の資料もあります。 『「名古屋市HPVワクチン接種後調査データを用いた2つの解析論文の比較」の問題点』 さらに、拙訳はありませんが電磁過敏症(EHS)における科学的根拠をレビュー(Review of the scientific evidence)する論文(全文)「Review of the scientific evidence on the individual sensitivity to electromagnetic fields (EHS)」(注:これに対する当否の検討は本エントリの対象外です)の「Biochemical and physiological approach studies of EHS persons」項において Belpomme 氏と共同研究者のチームによる論文が批判されたことに端を発してか、上記 Belpomme 氏らは Letter to the Editor「Why scientifically unfounded and misleading claim should be dismissed to make true research progress in the acknowledgment of electrohypersensibility as a new worldwide emerging pathology」を送っています。これに対し、上記論文(全文)の著者である Leszczynski 氏は Letter to the Editor「Belpomme and Irigaray should rectify their own data into scientifically acceptable format」を送っています。これに対するさならる上記 Belpomme 氏らの Letter to the Editor は2023年5月7日現在で Pubmed で検索する限り(参照)本エントリ作者は見つけることはできませんでした。ちなみに、上記 Belpomme 氏らの論文(全文)「Why scientifically unfounded and misleading claim should be dismissed to make true research progress in the acknowledgment of electrohypersensibility as a new worldwide emerging pathology」の「1. Introduction」項において次に引用する記述があります。 【while still others contrary to the present WHO statements even question the existence of EHS itself (Leszczynski, 2021).】(注:引用中の「Leszczynski, 2021」は上記論文(全文)です。)

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≪余談9≫「二重過程説」について、その他

最初に標記「二重過程説」について、虫明元著の本、「前頭葉のしくみ からだ・心・社会をつなぐネットワーク」(2019年発行)の 第4章 外側前頭前野-目標設定し企画する執行機能 の 「4.1 前頭前野と執行機能」項における記述の一部(P94~P96)を以下に引用します。ただし拙訳はありませんが、標記「二重過程説」を批判する論文要旨(参照)があります。

(前略)意思決定の研究からも,二重過程説が生まれました.たとえば Wason は合理的な推論過程を調べるテストを考案して,ヒトの意思決定の合理性を調べました.すると実際に合理性を調べる多くのテスト(Wason 選択タスク,基本水準誤謬,2-4-6 カードテストなど)で,合理性はきわめて限定的であると主張されています.経済学者の Simon は限定合理性という概念を提案しました(Simon, 1987).
このような研究から,ヒトの認知機能は次第に限定的な合理性を示す過程と分析的な合理性を示す過程の2つが並列して存在しているという二重過程説が,Wason と Evans らなど多くの学者によりにより提案されました(Wason and Evans, 1975; Evans and Stanovich, 2013).
その後 Kahneman などもこの説を著書で紹介し,広く知られるようになりました(Kahneman, 2011).2つの過程は,暗黙の(自動)無意識過程と明示的(制御された)意識過程からなります.意識的な過程は,明示された態度・行動なので,説得や教育によって早急に変化することが可能です.一方で暗黙の過程や態度は,通常,新しい習慣の形成に伴って徐々に変化するので長い時間を要します.二重過程説は,社会的,人格的,認知的,および臨床的心理学において見出すことができます.それはまた,展望理論と行動経済学を経て経済学と結びつき,文化分析を通じて社会学につながっていることを示すという限定合理性の概念を支持しています.(後略)

注:i) 引用中の「多くの学者によりにより提案されました」は「多くの学者により提案されました」の誤記であると本エントリ作者は考えます。 ii) 引用中の「Simon, 1987」については次のWEBページを参照して下さい。 「Decision Making and Problem Solving」 iii) 引用中の「Wason and Evans, 1975」ははの論文です。 「Dual processes in reasoning?」 iv) 引用中の「Evans and Stanovich, 2013」は次の論文です。 「Dual-Process Theories of Higher Cognition: Advancing the Debate.」(全文はここを参照して下さい) v) 引用中の「Kahneman, 2011」は次の本です。 「"Thinking, Fast and Slow", Farrar, Straus and Giroux.」 vi) 医療の視点からの引用中の「限定合理性」については次のWEBページを参照して下さい。 「[第1回]意思決定とは? 合理性を前提とした医療の限界 - 行動経済学×医療」 vii) 引用中の「情動的」に関連する「情動」については次のWEBページを参照して下さい。「情動 - 脳科学辞典」 加えてメンタライジングの視点から他の拙エントリのここを参照して下さい。さらに上記情動に関して、引用中の「直感的,情動的な側面は,前頭前野が本来の機能を果たさないときに現れる行動調節モードとも言えます」とは異なるかもしれない「認知を情動の基礎に据える革新的な理論」についてはここを参照して下さい。 viii) 引用中の「前頭前野」については次のWEBページを参照して下さい。 「前頭前野 - 脳科学辞典」 ix) 引用中の「二重過程説」(二重過程理論)よりも「PP」(Predictive Processing:階層的予測符号化) の方が、認知の説明理論として適していることについては次の資料を参照して下さい。 「The Systematicity Argument 再考-Predictive Processing の観点から」の「4.2 Predictive Processing」及び「4.3 PP とシステム性」項 加えて、上記「二重過程説」(Dual Process Theories)についての、拙訳中の「行動経済学」や神経経済学の視点からの論文(全文)例を次に紹介します。 「Dual Process Theories in Behavioral Economics and Neuroeconomics: a Critical Review」 加えて、上記「二重過程説」に類似する「二重過程理論」については、資料「婦人科外来における森田療法の応用」における「図2 意思決定における二重過程理論」(P221)があります。その上に、上記「二重過程説」、「行動経済学」、及び「限定的な合理性」にも関連する、pdf ファイル「ウェブ版 国民生活 8 NO.61(2017)」中の友野典男著の文書「暮らしの中の行動経済学」(P1~P4)があります。なお、引用中の「限定的な合理性を示す過程」及び下記拙訳中の「対照的」の対象となる引用中の「分析的な合理性を示す過程」に関連する「より高い」精神的過程及び「より低い」精神的過程について、上記論文(全文)の「1 Introduction」項における記述の一部を次に引用します。

(前略)"Higher" mental processes are depicted as slow, controlled, reflective, serial, rule-based, effortful, and conscious, and are associated with energy-intensive cognitive tasks like deductive reasoning and hypothetical thinking. This category of mental processing is commonly referred to as "System 2" or "Type 2". By contrast, "lower" mental processes are depicted as fast, reactive, automatic, intuitive, heuristic, associative, and unconscious (or preconscious), and are associated with perceptual and affective operations like attentional cueing and motor-response preparation. This category of mental processing is commonly referred to as "System 1" or "Type 1" processing.(後略)


[拙訳]
「より高い」精神的過程は、遅い、制御された、内省的、系列的、ルールベース、努力を要する、及び意識的であり、そして演繹法及び仮説的思考等のエネルギー集約的な認知課題に関連する。このカテゴリの精神的過程は、一般に「システム2」又は「タイプ2」と呼ばれる。対照的に、「より低い」精神的過程は、速い、反応的、自動的、直観的、ヒューリスティック、連想的、及び無意識(又は前意識)として描写され、注意の手がかり及び運動応答準備等の知覚的及び感情的な操作に関連する。このカテゴリの精神的過程は、一般に「システム1」又は「タイプ1」処理と呼ばれる。

注:(i) 拙訳中の「タイプ1」(又は「システム1」、「システム1認知」)と「タイプ2」(又は「システム2」、「システム2認知」)との対比については次の資料やWEBページを参照して下さい。 「二重過程理論―進化的に新しいシステムは古いシステムからの出力を修正しているのか?」の表1(P115)、「社会医学における行動科学の現状と展望」の表1(P3)、「批判的思考とメディアリテラシー(前篇)~批判的思考とは何か?:認知心理学の知見から」の「源流はソクラテス哲学」項、「人はなぜミスをしてしまうのか」の「表 システム1認知とシステム2認知の比較」 (ii) 拙訳中の「より低い」(lower)は、「低位回路」(他の拙エントリのここを参照)と関連するのであろうか? (iii) 拙訳中の「知覚的」に関連する「知覚」については次のWEBページを参照して下さい。 「知覚 - 脳科学辞典」 (iv) 拙訳中の「ヒューリスティック」についてはバイアスの視点を含めて例えば次の資料を参照して下さい。 「体験談から見た津波避難行動におけるヒューリスティックとバイアス」 加えて、上記の「ヒューリスティック」に関連する「代表性ヒューリスティック」については例えば次のWEBページを参照して下さい。 「https://www.jumonji-u.ac.jp/sscs/ikeda/cognitive_bias/cate_d/d_09.htmltitle=代表性ヒューリスティック」 ちなみに、この資料の「(4) バイアスによる分析」項において説明されている「8つのバイアス」中の第一にリストアップされている「確証バイアス」については下記 (vi) b) 項を参照して下さい。 (vi) 一方、拙訳中の「無意識(又は前意識)」に関連するかもしれない、 a) 『「化学物質過敏症」であると刷り込まれる』(資料「環境因子による病をもつ患者の看護学的考察」の表1の④項(P89)を参照)、 b) 「確証バイアス」(他の拙エントリのここを参照)にとらわれる、その例としての「見たいものを見て、信じたいものを信じる」こと(ここここを参照)、 c) 「感情的現実主義」(ここを参照)、 d)「欲望(煩悩)によって条件づけられた現象の認知の仕方」(他の拙エントリのここを参照)、 e) (活性化すると闘争-逃走-麻痺反応〔他の拙エントリのここを参照〕をもたらすかもしれない、活性化した[早期]「不適応的スキーマ」(他の拙エントリのここを参照)、 f) 「神経生理学」的な問題(他の拙エントリのここを参照)、加えてその一例(「ポリヴェーガル理論がもたらしたもっとも大きな貢献は、この理論が、トラウマを体験した人が抱えていた状態について、神経生理学的な説明を行ったことであった」ことについては他の拙エントリのここを参照)かもしれない『「ニューロセプション」のよる検知又は誤検知』(他の拙エントリのここを参照)、 g) 「強いストレス経験がその後の恐怖条件づけを増強させる」(資料「強いストレス経験がその後の恐怖条件づけを増強させる生理学的基盤」を参照)こと、 h) 「強い恐怖記憶により日常生活に支障を来してしまう PTSD心的外傷後ストレス障害)や不安障害の患者は、恐怖記憶を消去するための学習がうまく進まない」(pdf ファイル「RIKEN NEWS No.457」中の資料「恐怖記憶の形成と消去の仕組みを探る」の特に「タイトルより上位の記述部」[P06]を参照)こと がもしかすると挙げられるかもしれません。 (v) 拙訳中の「システム1」、「システム2」を含めた、構成主義的情動理論(他の拙エントリのここを参照)の視点からの本質主義的なものの説明例として、リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳の本、「情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論」(2019年発行)の「第8章 人間の本性についての新たな見方」における記述の一部(P280~P281)を次に引用します。

(前略)古代ギリシャでは、プラトンが人間の心を、理性的思考、情念(現在の用語で言えば情動)、空腹や性衝動などの欲求という三種類の本質に区分した。理性的思考は、情念と欲求をコントロールする役割を担う。プラトンはそれを、羽の生えた二頭のウマを飼いならす御者にたとえた51。(中略)

プラトンが提起する心の本質には、名前が変わったとはいえ(また私たちは羽の生えたウマなどと言わなくなったとはいえ)、現在でも影響力がある。今日では、それは知覚、情動、認知という名で呼ばれている。フロイトは、それらをイド、エゴ、スーパーエゴと呼び、心理学者でノーベル賞受賞者のダニエル・カールマンは、比喩的にシステム1とシステム2と呼んだ(カーネマンはそれがたとえだと非常に慎重に述べているが、多くの人々は彼のその言葉を無視して、システム1とシステム2を脳のかたまりとしてとらえ、本質主義的に解釈しているように思われる57)。(後略)

注:i) 引用中の原注番号「51」の内容の一部(P592)を次に引用(『 』内)します。 『プラトンは、彼のモデルを「魂に三分節」と呼んだ。』 加えて、次のWEBページを参照して下さい。 「Plato's view of the mind」 ii) 引用中の原注番号「57」の連続した内容(P591)を次に二分割して引用(それぞれ【 】内)します。 【「私は心の機能を、システム1とシステム2という2つのエージェントにたとえる。前者はすばやい思考を、後者はゆっくりとした思考を生む。私は直感的な思考と熟慮的な思考の特徴に関して、心のなかに2つの性格を持つ特質や性向が存在するかのように語る。最近の研究の成果によれば、直感的なシステム1は経験から感じられる以上に影響力が強く、人間が行う多くの選択や判断の隠れた構築者になっている」(Kahneman 2011, 13)。】〔注:引用中の「Kahneman 2011, 13」は次の本です。「Kahneman, Daniel. 2011. Thinking, Fast and Slow. New York: Macmillan. [『ファスト & スロー――あなたの意志はどのように決まるのか?』村井章子訳、早川書房、2012年]」〕、【たいていの心理学理論と同様、システム1とシステム2は、人々が合意のもとで用いる社会的リアリティに関するたとえや概念なのであり、プロセスや脳のシステムではなく現象を指す。具体的に言えば、システム1は予測エラーによって予測がそれほど訂正されていない時を、システム2は予測エラーによって多くの予測が訂正されているときを指す。】〔注:a) 引用中の「予測」については他の拙エントリのここ(注:引用中の「予測エラー」についてもであり、不安障害の視点からである)、ここを参照して下さい〕 iii) 引用中の「イド」、「エゴ」、「スーパーエゴ」に関連する「防衛機制」については次のWEBページを参照して下さい。 「防衛機制 - 脳科学辞典」 iv) 引用中の「情動」に関連する『「構成主義的情動理論」における情動の見方』については引用中の「知覚」を含めて他の拙エントリのここを参照して下さい。

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≪余談10≫「チェリーピッキング」について、その他

最初に、 (a) 標記「チェリーピッキング」とは「自らの論証に有利な事例のみを選択すること」であることについては資料『「対立をこえる」力を育成する「社会的な見方・考え方」 -社会科・公民科教師が身につけるべき社会的な見方・考え方についての一考察-』の「2.問題の所在」項を参照して下さい。加えてこれの簡単な紹介は次の資料やWEBページを参照して下さい。 「消費者行動研究における再現性問題と研究実践」の「2-3 チェリーピッキング」項(P4)、『これからの「再現性問題」の話をしよう』の「2. 不適切な研究方法」項、「事前登録のやり方」の「チェリーピッキング」シート、「論理的(形式的)誤謬集」の「12. チェリー・ピッキング(Cherry Picking【英】)」項 (b) 加えて、『「チェリー・ピッキング」は研究では厳に慎むべきだとされている』ことについては次のWEBページを参照して下さい。 『「日本人なら」受動喫煙をしても健康に悪影響はない?』の「研究を発表したその日に反論するJT社長」項 (c) その上に、「世の中はチェリーピッキング(自分の主張に有利な事例のみを持ち出し、それを一般論のように並べて論証する詭弁の一種)の宝庫」なことについては次のWEBページを参照して下さい。 『日本人が意外と知らない「データ分析」の本質 「スマホで学力が下がる」説を信じていますか』の『「因果関係」か、それとも「相関関係」か』項 (d) さらに、「医療デマを信じてしまう人が陥りがちなこと」に対する「知っておくべき7つの言葉」の1つである標記「チェリーピッキング」については次のWEBページを参照して下さい。 「医療デマを信じてしまう人が陥りがちなこと、知っておくべき7つの言葉」の「チェリーピッキング」項 (e) これら以外にも、『誰もがこの誤り(注:「チェリーピッキング」のこと)に陥りやすいからだし、誤りに陥ったと気づいた時いかにすぐ軌道修正できるかの方が大事なのだと思う』ことについてのツイートがあります。 (f) 1) 標記「チェリーピッキング」について言及するツイートがあります。標記「チェリーピッキング」に関連するかもしれない「イベルメクチン」を例とした「自分の願望(欲望)ベースで議論してはダメ。イベルメクチン贔屓になれば、それに都合の良いデータをかき集めるのは容易。逆も然り。自分の願望に意識的になり、願望と無関係に中立的にデータを吟味する。」との記述を有するツイートがあります。 (g) 上記「Cherry Picking」に関連する「たとえfactであってもcherry pickingは断固避けるべし」との記述を有するツイートがあります。 (h) 一方、A] 「出題文は、チェリーピッキングを行っている」項を有するWEBページは「食品添加物協会は、見解を発表」項を含めて次を参照して下さい。 『「緊急告発」大学入学共通テストがニセ科学を前提としていいのか 科学リテラシーある受験生ほど迷う(ページ5)』 B] また、標記「チェリーピッキング」とは大きく異なるかもしれない「学問するとは既存の知のうえに新たな知をつけ加えることである。それゆえ、まずこれまでの知の中身を把握しておく必要がある。先行する学者たちの研究内容を踏まえ、その先を見通すことが学問することの核心である。」についてはここここを参照して下さい。次に、標記「チェリーピッキング」について、村松むつみ著の本、『「エビデンス」の落とし穴』(2021年発行)の 第2章 エビデンス重視の医療になったのは、じつは最近だった の『◆都合よく転用する「チーリーピッキング」』における記述の一部(P67~P68)を以下に引用します。

(前略)テレビなどで、専門家に取材した内容の一部だけを切り取って報道する、「切り取り報道」が問題になることがあります。最近でも、新型コロナウイルス感染症に関して、取材を受けた医師が、そのような発言はしていないのに、「PCR検査をもっと拡大すべきだ」というような発言をしたかのような編集をされたと、民放テレビを告発したケースがありました。
このように、ときとしてマスコミは、自分の主張に都合のいい発言だけを、取材の中から切り取ってきて報道してしまう「切り取り報道」をしてしまうことがありますが(悪意がない場合もあるでしょう)、エビデンスに関しても、自分が主張したい内容に合わせて、「都合のいいデータのみを持ってくる」ということができてしまいます。
研究論文を書いた研究者たち自身が、都合のよいデータのみを出す場合もありますし(これは、かなり見抜くのが難しいです)、営利企業が、出た論文の一部を都合よく解釈していることもあります。
研究の、都合のいい部分だけを抜き出して使用することを、「チェリーピッキング」と言います。
ひとつ例を挙げてみましょう。
「がんは治療しないで、放置しましょう」
世の中には、このような主張をする医療者もいて、本もたくさん出ています。
たしかに、がんの中には非常に低い悪性度の、進行が遅いものがあります。これを、検診などで早く見つけてしまうと、リスクのある手術を行わなければならなくなり、「がんが治る」ことよりも、手術による合併症や後遺症のリスクのほうが大きくなることがあります。乳がんや、前立腺がんの一部でそのようなことが起こりやすく、これは、「過剰診断、過剰治療」と言われます。
しかし、こうしたがんはごく一部の例に限られ、ほとんどのがんはむしろ、放置するとどんどん大きくなり、進行して、転移を起こし、気がついたときには「末期がん」と呼ばれる状態になってしまいます。がんの多くは、たとえ合併症のリスクがあっても、適切な治療を速やかに受けるのが望ましいのです。
しかし、世の中には、一部の「放っておいでもかまわないがん」のエビデンスをもとに、がん全体に広げて「がんは放置してかまわない」と主張するケースもあるので、非常に困ったものだと思います。(後略)

注:i) 引用中の「がんは治療しないで、放置しましょう」に関連する「がん放置療法」に関するWEBページ例は次を参照して下さい。 『抗がん剤は絶対に使いたくありません。「がん放置療法」でいいですか』 ii) 引用中の「研究の、都合のいい部分だけを抜き出して使用すること」に関連するかもしれない、「有利な証拠のみの論証に」ついて、河野哲也著の本、『問う方法・考える方法 「探究型の学習」のために』(2021年発行)の 第三章 探究型の授業と哲学対話 の コラム1 論理と推論 の 誤った推論の例(P95) の「有利な証拠のみの論証」における記述を次に引用(『 』内)します。 『仮説の論証は、肯定する証拠だけではなく、否定的な証拠も探す。「この人も、あの人も、この健康ドリンクが効いたと言っていました。だからこのドリンクは健康にいい。」』(注:引用中の「否定的な証拠も探す」ことに関連するかもしれない、「客観的証拠や対立意見に着目して分析」や「反対の立場で分析」については資料「教養教育における科学リテラシー ―問題発見力と問題解決力の修得を目指して―」中の楠見孝著の文書「科学リテラシーを支える批判的思考の教養教育」の「批判的思考力を高める活動1」シート[P260]を参照して下さい。) iii) 引用中の「切り取り報道」に関連する「元々の内容を大きく変えたり、自らの主張に都合のいいように一部の文言だけを切り出して使用すること」は「当所が誤った内容を発信している印象を与えるだけでなく、科学を踏まえた健全な社会の議論を歪めてしまうことを強く懸念している」ことについては次のWEBページを参照して下さい。 「新型コロナウイルス感染症に関する国立感染症研究所ホームページの不適切な引用について NIID 国立感染症研究所

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エントリ仮公開後の追記

(A)改訂・バージョンアップ関係
(1) 2015-02-04 の初回仮公開
本リンク集を Ver. 0.20 で仮公開しました。[注:下記 Ver. 0.41 の改訂以前である (2)~(11) の細かな改訂履歴の記述は省略します]

(12) 2021-03-15、2021-03-19、2021-04-18、2021-05-10、2021-05-26、2021-07-16、2021-08-13、2022-03-27、2022-03-29、2022-04-21 の改訂
Ver. 0.41:主にここにおいて項目の作成を含めて文章の追加をしました。加えて、ここここここ及びここにおいて文章の追加・削除・修正のマイナーな改訂をしました。

(13) 2022-05-01 の改訂
Ver. 0.42:主にここにおいて文章を削除しました。加えて、ここにおいて文章の追加・削除・修正のマイナーな改訂をしました。

*1:William J Rea 医師の流れを汲む医師の方々は「多種類化学物質過敏症」と称するようです

*2:本エントリ公開の頃には収まっていました

*3:ちなみに、このマニュアルにおける化学物質過敏症に対する見解を示した記述(P51)を「3.4.1. 疾病概念」項から抜き出して次に引用(『 』内)します。 『化学物質過敏症の疾病概念自体が未確定ですので、現時点では客観的な臨床検査法や診断基準も確立されていないところです。』

*4:ちなみに、平成28年(2016年)に作成され、ここで紹介した報告書における記述の一部を以下にリンク又は引用します。 a) 最初に、化学物質過敏症の概念について、同ファイルの「1. 概念」項における記述は他の拙エントリのここを参照して下さい。 b) 加えて、化学物質過敏症の臨床検査について、同ファイルの「6. 臨床検査」項における一部の記述を次に引用(『 』内)します。 『本症の確定診断に繋がる客観的検査は未だ存在しない。しかし、患者の多くが「嗅覚過敏」に伴う不快な症状を訴えることから、嗅覚伝導路・大脳辺縁系に関する脳科学的評価方法が最近注目を浴びている。』 c) なお、「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」の「3.4.1. 疾病概念」項には次に引用(『 』内)する記述(P51)があります。 『化学物質過敏症の疾病概念自体が未確定ですので、現時点では客観的な臨床検査法や診断基準も確立されていないところです。』 加えて引用はしませんが、同マニュアルの「3.4.2. どのような化学物質のばく露に起因するのか?を調べるために」項(P51~P52)において、ごく微量の化学物質の曝露により症状が誘発されることを否定する資料が複数紹介されています。 d) 一方、化学物質過敏症(本態性環境不耐症)又は MCS における脳科学と関連する、化学物質が刺激となって生じる感覚モデルの注目点について、このマニュアルの「11.3. MCS における臭いに対する脳の反応と症状の出現」項における記述の一部(P205~P206)を次に引用します(『 』内)。 『近年、Nordin らのスウェーデン等の北欧と日本の Azuma らは、化学物質が刺激となって生じる感覚モデルに注目しています。このモデルでは、有害と認識された物質に対する大脳辺縁系を介した作用機序に着目しています。』(注: 1) この引用部を含む引用は他の拙エントリのここを参照して下さい)。 2) これらの引用中の「大脳辺縁系」については、例えば他の拙エントリのここや次の資料を参照して下さい。「ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系 - 視床下部の役割」) 一方、情動の視点より例えば次のWEBページを参照して下さい。「恐怖する脳、感動する脳」の「情動と脳」及び「恐怖情動の神経回路」項 さらに、他の拙エントリのここも参照して下さい。

*5:すなわち、誘発試験のシステマティック・レビューのことです

*6:注:本レビュー対象外の研究を含む

*7:上記論文の要旨及び全文の「Discussion」における記述の一部の引用については、共に他の拙エントリのここを参照して下さい。

*8:他の拙エントリを参照して下さい。

*9:この報告書には、2015年度の日本における化学物質過敏症に関する調査研究が含まれるようです。この報告書の公開元はここの(G)項を参照して下さい。

*10:ちなみに、この資料の著者らが作成した以前の関連資料は、本エントリ内で重複するかもしれませんが、次に紹介します。『特発性環境不耐症(いわゆる「化学物質過敏症」)患者に対する単盲検法による化学物質曝露負荷試験』、「特発性環境不耐症の臨床所見 ―シックハウス症候群との比較―

*11:この論文は、2015年前半における化学物質不耐症に関する調査結果をまとめたものとの位置づけが可能かもしれません。ただし、(d) の報告書と比較すると、発表時期の関係上か?、次の論文は考慮されていません。 「Cortical activity during olfactory stimulation in multiple chemical sensitivity: a (18)F-FDG PET/CT study.

*12:ちなみに引用はしないものの、情動調節(emotion regulation)について様々な研究が行われ、精神疾患メンタルヘルス心理療法の一種である認知行動療法、アクセプタンス&コミットメント・セラピー、スキーマ療法及び弁証法的行動療法、マインドフルネス(参照)及びEMDR(眼球運動による脱感作と再処理、ここ及びここを参照)において、「情動調節」に関連した次に要旨を示す複数の論文があります。 「Emotional dysregulation in those with bipolar disorder, borderline personality disorder and their comorbid expression.[拙訳]双極性障害境界性パーソナリティ障害及びこれらの併存症表現における情動調節不全」、「Intersect between self-esteem and emotion regulation in narcissistic personality disorder - implications for alliance building and treatment.[拙訳]自己尊重と自己愛性パーソナリティ障害における情動調節との交差 - 同盟構築と治療への含意」、「Emotion regulation, physiological arousal and PTSD symptoms in trauma-exposed individuals.[拙訳]トラウマにさらされた個々人における情動調節、生理学的な覚醒及び PTSD 症状」、「PTSD, emotion dysregulation, and dissociative symptoms in a highly traumatized sample.[拙訳]非常にトラウマを負った方々(サンプル)における PTSD、情動調節不全、及び解離症状」、「Prefrontal dysfunction during emotion regulation in generalized anxiety and panic disorders.[拙訳]全般不安症及びパニック症における情動調節中の前頭前野機能不全]」、「Emotion dysregulation in hypochondriasis and depression.[拙訳]心気症及びうつ病における情動調節不全」、「Emotion-motion interactions in conversion disorder: an FMRI study.[拙訳]変換症における情動と動作との相互作用:機能的磁気共鳴画像法の研究」(注:この論文要旨の Conclusion には、「suggesting abnormal emotional regulation (failure of habituation / sensitization)」の記述があります)、「Emotion regulation in patients with somatic symptom and related disorders: A systematic review.[拙訳]身体症状症および関連症群を伴う患者における情動調節:システィマティックレビュー」、「Emotional dysregulation, alexithymia, and attachment in psychogenic nonepileptic seizures.[拙訳]心因性てんかん発作における情動調節不全、アレキシサイミア及び愛着」、「Childhood maltreatment, emotional dysregulation, and psychiatric comorbidities.[拙訳]子ども時代のマルトリートメント、情動調節不全及び精神医学的併存疾患」(注:引用中の「マルトリートメント」については、資料「シンポジウム 子どもに対する体罰等の禁止に向けて」中の友田明美氏による基調講演「厳格な体罰や暴言などが子どもの脳の発達に与える影響」(P4~P5)を参照して下さい)、「Relation between emotion regulation and mental health: a meta-analysis review.[拙訳]情動調節とメンタルヘルスとの関係:メタアナリシスレビュー」、「Explicit and implicit emotion regulation: a multi-level framework.[拙訳]明示的及び暗黙的な情動調節:複数レベルのフレームワーク」、Emotion regulation related neural predictors of cognitive behavioral therapy response in social anxiety disorder.[拙訳]社交不安症における認知行動療法の応答の情動調節関連神経予測因子」、「Emotion regulation in acceptance and commitment therapy.[拙訳]アクセプタンス&コミットメント・セラピーにおける情動調節」、「Emotion regulation and substance use frequency in women with substance dependence and borderline personality disorder receiving dialectical behavior therapy.[拙訳]弁証法的行動療法を受ける物質依存及び境界性パーソナリティ障害を伴う女性における情動調節及び物質使用頻度」、「Emotion Regulation in Schema Therapy and Dialectical Behavior Therapy.[拙訳]スキーマ療法及び弁証法的行動療法における情動調節」、「Mindful Emotion Regulation: Exploring the Neurocognitive Mechanisms behind Mindfulness.[拙訳]マインドフルな情動調節:マインドフルネスの背後にある神経認知メカニズムの探求」、「Integrating neurobiology of emotion regulation and trauma therapy: reflections on EMDR therapy.[拙訳]情動調節とトラウマ治療法の神経生物学との統合:EMDR治療法の反映」、「Cerebral bases of emotion regulation toward odours: A first approach.[拙訳]ニオイに対する情動調節の脳基盤:最初のアプローチ」  加えて、情動調節についての記述を含む化学物質不耐症(Chemical intolerance)の論文要旨はここを、ADHD における情動調節不全についての論文要旨はここを それぞれ参照して下さい。なお、上記論文以外に他の拙エントリにおいても、例えば「少しの情動喚起で闘争モードになってしまう」(ここ及びここ参照)について紹介しています。また、用語「情動調節」についての説明は、他の拙エントリのここを参照して下さい。

*13:このWEBページ中の記述【多種化学物質過敏症患者と健常者におけるゲノム全域SNP(single nucleotide polymorphism)の比較により疾患関連遺伝子を明らかにする】に関連して、日本人のゲノムワイド関連分析(GWAS)における重要なポイント例について、服部成介、水島-菅野純子著、菅野純夫監修の本、「よくわかるゲノム医学 ヒトゲノムの基本から個別化医療まで」(2011年発行)の記述の一部(P71)を次に引用します(『 』内)。 『GWASにおける重要なポイントは,疾患群と対照群との間で,集団の均一性が保たれていることである.日本人の起源として,朝鮮半島,南方および北方からの3つのルートで渡来した人々が考えられている.特定の集団に偏って発症する疾患の解析を行った場合に,対照群の選び方は大変困難となる.』

*14:ちなみに彼が the Texas Medical Board による Charges に直面していたことについては、次のWEBページを参照して下さい。 「William Rea, M.D. Facing Charges by the Texas Medical Board - Casewatch」 加えてこれも説明するエントリは次を参照して下さい。 「治療にホメオパシーを用いる化学物質過敏症の権威 - NATROMのブログ

*15:ちなみに、 i) これらと異なる見解については、次のWEBページを参照して下さい。 「子供のがん」、「成人のがん」  ii) これらのWEBページへのリンク集は次のWEBページを参照して下さい。 「ジェイクくんのなっとく!電磁波」の「ジェイクくんのなっとく!電磁波 -解説集-」項

*16:ちなみに、次のWEBページの「ジェイクくんのなっとく!電磁波 -解説集-」項において電磁波の専門的な用語を解説するためのリンクがあります。ここには電磁波過敏症に相当するWEBページ「電磁過敏症」へのリンクが含まれます。また、本項においてしばしば言及される「ノセボ効果」については、(突発性環境不耐症におけるものとして)他の拙エントリのここ及びここを参照して下さい。

*17:これらの誘発研究におけるシステマティック・レビューにより、疾患概念である電磁波過敏症の存在に対する評価が可能と考えます。一方、MCS の誘発研究におけるシステマティック・レビュー及びシステマティック・レビューそのものについてはここを参照して下さい。

*18:このリンクの URL では、資料の最初のページが表示されます

*19:メディア警告により実現すること

*20:論文の要旨はここ参照

*21:このツイート(注:95%信頼区間についてはこのツイート参照)で代表されるように、コメントにおいて、「いずれの研究も統計学的に有意でない結果を統合したもの」、「科学的に説得力のある形で結論づけられていない」等と主張しています

*22:ただし、このシステマティック・レビューが不適切であると証明できる又はシステマティック・レビュー発表後に、この結論をひっくり返すような知見が得られた場合等を除きます。ちなみに、この項の追加・公開時までの本エントリ作者の調査によると、このような知見を見つけることができませんでした。参考までにここを参照して下さい。

*23:このような人の主張には一貫性がなく(すなわち、非合理的にメタアナリシス、システマティック・レビューの可否を判断して)、説得力に欠けると本エントリ作者は考えます。一方、①坂部医師を好意的に紹介する人が、坂部医師を総括責任者とする報告書や坂部医師も著者である化学物質不耐症(Chemical intolerance)についての論文(全文)「Chemical intolerance: involvement of brain function and networks after exposure to extrinsic stimuli perceived as hazardous.」(他の拙エントリのここを参照)をどのように評価するのか ②石川医師、宮田医師を好意的に紹介すると同時に、坂部医師も好意的に紹介する人は、化学物質過敏症をどのように理解しているのか(他の拙エントリのここを参照、加えて②は他の拙エントリのここと同様な構図であると本エントリ作者は考えます) 両方に本エントリ作者は興味をもっています。

*24:本項には「クリティカル・シンキング」、「信念体系」や「確証バイアス」についての記述を含みます

MCSがICD-10に登録されたことについて

ツイッター化学物質過敏症研究家を名乗る run 様のブログで次のエントリ「ドイツ 世界で初めて多種化学物質過敏症(MCS)を身体的疾病として認める」を拝見しました(このエントリ中には二次情報[日本語訳]としてのWEBページがリンクされています)。

これは、ドイツにおいてMCSがICD-10に登録されたことに関する記事のようです。

ここでは、時間の節約と日本における状況を概観するために、次のWEBサイトの引用とその反論を試みましょう

ピコ通信/第135号 やったね!病名登録記念シンポジウム宣言の一部を次に引用します。

ここに来て、多くの方々の長きに渡る働きかけが実り、2009年10月1日より、化学物質過敏症ICD-10コードのT65.9に分類され、「詳細不明の物質の毒作用」によるものとして正式な病名に認められました。精神的な疾病ではなく、身体的な疾病であるとされました。これはドイツ、オーストリアに続くものです。

しかし、これは医学的な決定ではないと本エントリ作者は考えます。最初に、日本臨床環境医学会編の本「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行、日本医師会推薦)の「IV. Q & A Q03.」(P70~P71)を次に引用します。その理由は、この引用により、上記本の発行時における「日本臨床環境医学会」の事実上の見解は、「日本において、化学物質過敏症を診療報酬上の傷病名(ICD-10)にすることと、MCSや化学物質過敏症の医学的な定義が確立されることは別である」こと及び「MCSや化学物質過敏症の医学的な定義はまだ確立されていない」であると考えるからです。

Q03. MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態),化学物質過敏症(CS)とはどんな病気ですか.

・MCSは,1987年マーク・カレンによって「過去に大量の化学物質に一度曝露された後、または長期間慢性的に化学物質の曝露を受けた後,非常に微量の化学物質に再接触した際にみられる不快な臨床症状」として定義・提唱された.
・定義された MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)の考え方を基本に化学物質による健康障害をめぐる議論が行われてきている.ただ,医学的な定義はまだ確立されておらず,社会的な関心が先行し言葉が独り歩きし,混乱が生じている.
・日本においては,北里研究所病院の石川哲らによって独自に化学物質過敏症の診断基準が設けられている.
・原因としては建材や家具等に使用される,揮発性有機化合物に起因する室内空気汚染や大気汚染,食品中の残留農薬などが考えられるが,特定の化学物質との因果関係や発症のメカニズムなど未解明な部分が多く,今後の研究の蓄積や成果が待たれている.
・2009年10月1日,厚生労働省は診療報酬上の傷病名(ICD-10)とした.

ちなみに、同本の 「IV. Q & A Q03.」(P73)も次に引用します。

Q13.シックハウス症候群化学物質過敏症の診断では,どのような検査を行うのですか.

・既往症のアレルギー疾患など,他の疾患との区別が非常に難しいため,現状では正確に診断できる検査・診断方法はない.
・診察例
(1) 徹底した問診(発症時期・症状,住環境の変化があったか,症状の変化があったかなど)
(2) 問診をふまえた診察:症状・兆候の把握,他疾患の除外
(3) 必要に応じて,血液生化学検査やアレルギー検査,生理機能検査等を行う.瞳孔検査,眼球運動検査,視覚空間周波数特性検査,免疫検査,内分泌検査,誘発試験などを行っている検査機関もある.
(参考)化学物質の曝露情報を得るために,住宅の揮発性有機化合物濃度数値等を求められる場合もある.

(2018年10月25日に改訂)※上記紹介ブログの議論は、少なくとも日本においては論破されていると本エントリ作者は考えます。すなわち、以下に示す著名ブログ「NATROMの日記」のコメント欄に以下に示す反論が既にあるのに対し、これらに対する再反論は一年超を経過しても、私の知る限りにおいて有りません*1。すなわち、この議論は既に非常に周回遅れと本エントリ作者は考えます。一体全体、どのような目的で、上記紹介ブログやツイートを公開しているのでしょうか? ちなみに、上記引用中には、「社会的な関心が先行し言葉が独り歩きし,混乱が生じている.」 と記述されています。

2018年10月25日公開の注:はてなダイアリー上の「NATROMの日記」が、はてなブログ上の「NATROMのブログ」に移行したのに伴い、「NATROMの日記」のエントリにおけるコメントの直接的な旧 URL が利用できなくなったようです。ただし上記「NATROMのブログ」におけるコメントの直接的な新 URL が次の手順で発見できるかもしれません。

新 URL のリンクをクリックします。コメントが表示されない場合は、当該エントリ(注:URL は当該エントリのもの)を開いて(コメントを)「もっと読む」をONにした後に、再度新 URL を指定します。ちなみに、新 URL を発見するためには、(コメントを)「もっと読む」をONにした後に、当該エントリを HTML ファイルとして保存します(ソース表示経由の保存操作は不可。本エントリ作者の PC 環境において Google ChromeFirefox で動作確認済み)。その後、このファイルをエディタ等で開き、HTML の知識を利用して、上記 URL を発見する(多分、複数ある「<p class="comment-metadata">」の次に表示される URL が調査対象)。次のリストが新 URL のリンクを含みます。

・NATROM様のコメント(参照) 加えて、本エントリ作者の調査によれば、このコメント中の URL「http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20130907#c1380442592」についてはここを、「http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20130907#c1380461409」についてはここを それぞれ参照して下さい。
・加えて、旧 id による拙コメント(参照

(2018年10月25日の改訂を終了)

2017年6月17日の追記:上記に関するメモとして、拙ブログのミニ情報において、2017年6月14日付けで記述した「資料における記述の一部の引用について」の記述を一種の引用形式で残しておきます(==  ==間)。

==引用開始==
資料における記述の一部の引用について
2017年6月14日
ジャーナル「臨床環境医学」から2016年に発表された資料(レビュー)の日本語要約における記述の一部を次に引用(『 』内)します。 『しかしながら, 化学物質過敏症状を訴える患者が存在することは明らかであるにも関わらず, その病態解明が未だ進展していないために, 取り扱う臨床家・医療機関によって患者への対応は大きく異なっているのが実状である。その最大の理由として, 環境中の大量ではなく, 極めて微量な化学物質との因果関係の証明が非常に困難であることがあげられる。』 ちなみに、このレビューの著者の方々も拙エントリ作者にとっては興味深いです。一方、「極めて微量な化学物質の直接的な作用により症状が引き起こされる」(つまり化学物質過敏症は存在する)と主張する方々は、説得力を持つために、例えば上記引用に対する医学的な反論が必要不可欠であると拙エントリ作者は考えます。
なお、「2009年に厚生労働省化学物質過敏症を診療報酬上の傷病名(ICD-10)とした」ことが、疾患概念である化学物質過敏症の存在の証明にはならないことは、3年以上前に拙ブログ作者は主張しましたが(コメント参照、ただし旧 id 時代のコメントです)、この主張に対する反論は拙ブログ作者は存じ上げません。
==引用終了==

(2017年6月17日の追記の追記終了)

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【余談1】

日本臨床環境医学会の理事を務める内山医師と高野医師のMCSの医学的な定義と診断法に対する考え方を、2013年に発表された次に示す論文(内山医師が第2著者、高野医師が第3著者)から垣間見ましょう。

論文:「Changes in Cerebral Blood Flow during Olfactory Stimulation in Patients with Multiple Chemical Sensitivity: A Multi-Channel Near-Infrared Spectroscopic Study」[拙訳]MCSを伴う患者における嗅覚刺激中の脳血流の変化:多チャンネル近赤外分光法による研究

この論文の Introduction における一部の記述を次に引用します。

Diagnosis of MCS can be difficult because of the inability to assess the causal relation between exposure and symptoms [3], [7]. No standardized objective measures for the identification of MCS and no precise definition of this disorder have been established.


[拙訳]
MCS の診断は、症状と曝露の因果関係の見極めができないことより困難なことがある。MCS の識別のための標準化された客観的手段及びこの障害(disorder)の正確な定義は確立されていない。

ちなみに、i) 引用英文中の文献番号「[3], [7]」は、拙訳中には有りません ii) この論文を発表したジャーナル PLOS ONE には査読があり、インパクトファクター*2は、3.534(2013年)です。 iii) 他の拙エントリの[ご参考2]に同論文の要旨が引用されています。ちなみに、この論文の続報の要旨は他の拙エントリのここに引用されています。この続報の責任著者*3は日本臨床環境医学会の理事を務める坂部医師です。

加えて、i) 上記 NIRS(Near-Infrared Spectroscopy、近赤外分光法、近赤外線スペクトロスコピー)についてのWEBページ「近赤外線スペクトロスコピー - 脳科学辞典」及びこれの応用、意義又は限界に関連する複数のWEBページ又は資料の例は「精神疾患を客観的に評価、NIRSでうつ症状を鑑別」、「うつ診断に光トポ検査は役立つか?(上) - yomiDr.」、「うつ診断に光トポ検査は役立つか?(下) - yomiDr.」、『「抑うつ状態の鑑別診断補助」としての光トポグラフィ―検査 ――精神疾患の臨床検査を保険診療として実用化する意義――』及び「双極性障害およびうつ病の診断における光トポグラフィー検査の意義についての声明 - 日本うつ病学会」です*4。さらに、情動処理における前頭前皮質の役割を調査するためのツールとしての NIRS に関する議論については、他の拙エントリの項を参照して下さい。 ii) 上記論文は、「科学研究費助成事業データベース」に登録されている次の研究の一部の成果として発表されたものと本エントリ作者は考えます。化学物質過敏症の病態解明と疾患概念の確立に関する基礎的研究 ※※


※※ちなみに、この研究に対する次のWEBサイトにおいては、次に引用する記述が一貫して有ります。(WEBサイト)研究実績報告書の研究概要項:その1その2その3

化学物質過敏症は、医学上原因不明の病態と言われており、その疾患概念や診断指針が明確ではない。

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【余談2】(2015年2月18日追記)

yutanpo1984 様のブログで次のエントリ『臨床環境医学に対して繰り返される、NATROM氏の「悪質な印象操作」。』を拝見しました。ここには、現在、日本臨床環境医学会の理事長を務める坂部医師に関する次に引用する記述があります。

しかし、残念なことに坂部貢氏は現在も臨床環境医学会に所属*1(というか理事長です)しており、化学物質過敏症の労災事故*2などの意見書を提出、積極的に「化学物質過敏症」の疾病概念を支持・研究している人です。そんな坂部氏に「抗議する必要がない」のは一体なぜなのでしょうか。不思議でしょうがありません。

仮に、坂部貢氏が『積極的に「化学物質過敏症」の疾病概念を支持(中略)している人』ならば、上記ガイドブック(坂部理事長時の発行)の引用中の記述「医学的な定義はまだ確立されておらず」 とは矛盾があると本エントリ作者は考えます。なぜならば、坂部貢氏は理事長*5なので、上記ガイドブックの内容に対する影響力は小さくないからです。さらに、「科学研究費助成事業データベース」に登録されている坂部貢氏の研究のタイトルは『「化学物質過敏症」を訴える集団における微量化学物質影響のリアルタイムモニタリング』であり、積極的に「化学物質過敏症」の疾病概念を支持している人が名付けたにしては微妙です。

さらに、第7回電磁界フォーラム(東京)~電磁過敏症:臨床および実験的研究の現状~の講演資料(配布資料)(P27~P40)に化学物質過敏症に関する内容を含む坂部貢氏の資料が示されています。この内容も、『積極的に「化学物質過敏症」の疾病概念を支持(中略)している人』とは矛盾があると本エントリ作者は考えます。例えば、以下に引用する P40 の結論シート。ただし、後の遺伝子関係の資料の評価は論文発表を待った方が良いかもしれません(本エントリの範囲外です)。

結論

・化学物質過敏を訴える患者の80%以上は、何らかの精神疾患を合併する
・化学物質過敏を訴える患者において、化学物質曝露と自律神経機能の変動は、比較的相関性が高い
・よって本症には、心身医学的アプローチが必要である

(注:2015年2月18日の追記はここまでです)

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【余談3】(2015年4月13日追記、2016年7月15日改訂)

yutanpo1984 様の次のツイートを拝見しました。https://twitter.com/yutanpo1984/status/587413629206536192又はここ参照。

ここでは、Clinical Ecologist(和訳:臨床環境医)である William J Rea 医師の流れを汲む石川・宮田医師を初めとする医師の方々について言及されています。


これらの方々が日本で(疾患概念「化学物質過敏症」の存在に対する)エビデンスを積み上げ※1ようとしたものの、現状(2013年)は、上記引用(その1及びその2)にあるように、前者より、MCS及び化学物質過敏症の「医学的な定義はまだ確立されておらず,社会的な関心が先行し言葉が独り歩きし,混乱が生じている.」、後者より、化学物質過敏症の診断において、「現状では正確に診断できる検査・診断方法はない.」であると本エントリ作者は考えます*6

一方、現在又は最近の日本においては、日本臨床環境医学会の役員からの視点からは、理事長を務める*7坂部医師や理事を務める内山医師と高野医師(以下役員の3医師)等が、MCS又は化学物質過敏症の研究を熱心に行っているようです。発表論文例は、余談1やyutanpo1984様による次のツイート *8に示されています。余談1で示した引用中の拙訳は「MCSの診断は、症状と曝露の因果関係の見極めができないことより困難なことがある。MCSの識別のための標準化された客観的手段及びこの障害(disorder)の正確な定義は確立されていない。」であり、上記両引用とは矛盾しないと本エントリ作者は考えます。

このように、日本の現状においては、役員の3医師を初めとした医師や医学研究者等が(例えば日本臨床環境医学会における発言力、研究資金[上記科学研究費助成]の獲得の点で)主導的にMCS又は化学物質過敏症に向き合っていると本エントリ作者は考えます。それなのに、石川・宮田医師を初めとする方々の見解(余談4の※2参照)を一方的に主張しようとする人は、上記現状をスルーしているようにも、結果的に混乱を生じさせているようにも本エントリ作者には見えます。

ちなみに、世界における(疾患概念「MCS」の存在に対する)エビデンス積み上げについてのレビュー(誘発試験のシステマティック・レビュー)についてはここを参照して下さい。要するにこのエビデンスも積み上がっていません。


※1:エビデンス積み上げ失敗例は次を参照して下さい。「本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書」(これは、二重盲検法による誘発試験の結果でもあります)

この報告書の「Ⅱ 1. 4) 考察 」項の記述の一部を次に引用します。

これらの結果から、今回の二重盲検法による低濃度曝露研究では、ごく微量(指針値の半分以下)のホルムアルデヒドの曝露と被験者の症状誘発との間に関連は見出せなかった。

(注:2015年4月13日追記、2016年7月15日改訂はここまでです)

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【余談4】参考:医師の方々の区別について(2015年4月14日追記)

大まかに言えば、Clinical Ecologist(和訳:臨床環境医)である William J Rea 医師流れを汲む 石川医師宮田医師と日本臨床環境医学会の役員を務める坂部医師、内山医師、高野医師(余談1及び余談2参照)との間では、言動に大きな違いがある※2ので、両者を区別した方が良いと本エントリ作者は考えます。


※2:例えば、石川医師著の文書「シックハウス症候群・化学物質過敏症の診断に関する合意事項」の「Ⅶ.2003年の米国でのCS研究」項中の記述「彼らの得られた結論は、MCSは病態生理学的な異常疾患であり、精神神経系の疾患ではないと結論している。」、さらに、宮田医師著の文書「化学物質過敏症について」の「Ⅱ.医学的所見」項中の記述「いずれにしろ、患者の訴えが決して精神的なものでないことは明らかである。」対し余談2における坂部医師の講演資料からの引用中の記述が「・化学物質過敏を訴える患者の80%以上は、何らかの精神疾患を合併する」、さらに、余談1最下部の※※における内山医師の研究実績報告書からの引用中の記述が化学物質過敏症は、医学上原因不明の病態と言われており、その疾患概念や診断指針が明確ではない。」であること。

(注:2015年4月14日の追記はここまでで、ここからは2017年6月8日における追記です)

一方、第一著者が坂部医師で、石川医師宮田医師も著者に加わっている2016年の後半に発表された資料「Chemical Sensitivity-The Frontier of Diagnosis and Treatment」[拙訳]化学物質過敏症-診断と治療の最前線」(他の拙エントリのここを参照)の日本語要旨の一部を次に引用します。

しかしながら,化学物質過敏症状を訴える患者が存在することは明らかであるにも関わらず,その病態解明が未だ進展していないために,取り扱う臨床家・医療機関によって患者への対応は大きく異なっているのが実状である。その最大の理由として,環境中の大量ではなく,極めて微量な化学物質との因果関係の証明が非常に困難であることがあげられる。そのため特異度の高い客観的な診断パラメータの抽出とその標準化が不可欠となっている。

この資料における上記引用及び他の拙エントリのここにおける引用と、上記の加わった両著者の主張との整合性が取れている、及び主張が変化したのかどうかは本エントリ作者にとっては共に不明です。一体全体どうなっているのでしょうか?

(注:2017年6月8日の追記はここまでです)

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【余談5】参考:医師の方々の区別について-その2[ダメダメは誰?](2015年4月24日追記)

大まかに言えば、ダメダメなのは、例えば、William J Rea 医師や、その流れを汲む 石川医師宮田医師であり、坂部医師、内山医師、高野医師は該当しないと本エントリ作者は考えます。主要な問題の1つは、上記のように疾患概念である化学物質過敏症の存在の証明に失敗している(エビデンスが積み上がっていない)にもかかわらず、その存在を確信し、化学物質過敏症の診断・治療を行うことであると本エントリ作者は考えます※3。一方、日本臨床環境医学会編の本「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」(2013年発行)は日本医師会推薦であり、このガイドブックが一定程度支持されていることにも留意して、日本臨床環境医学会の役員を務める坂部医師、内山医師、高野医師を評価すると良いかもしれません。


※3:例えば、宮田医師著の文書「化学物質過敏症について」参照。

一方、記述*9「・化学物質過敏を訴える患者の80%以上は、何らかの精神疾患を合併する」※2参照)及び引用中の記述*10化学物質過敏症の診断では,既往症のアレルギー疾患など,他の疾患との区別が非常に難しいため,現状では正確に診断できる検査・診断方法はない.」を踏まえると、例えば、本来精神疾患である患者が、化学物質過敏症と誤診され、誤った治療を施されるリスクがあり、この場合には有害かもしれません。

さらに、参考として、MCSに対する見解例は拙エントリの次の項目に示しています。

(注:2015年4月24日の追記はここまでです)

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読者に質問:ブログ対決では、「道を○る」又は「道を○った」を使って良いのでしょうか?(今後の使用を検討中です)


注:本エントリは仮公開です。予告のない改訂(削除、修正、追加、公開日や修飾の変更等)を行うことがあります。

*1:この記述は本エントリ公開時のものであり、上記改訂時を基準にすると5年近く経過しています

*2:インパクトファクター(文献引用影響率)とは、特定のジャーナル(学術雑誌)に掲載された論文が、特定の年または期間内にどれくらい頻繁に引用されたかを平均値で示す尺度のこと

*3:最後に記されている著者

*4:ちなみに、「光トポグラフィー」については次のWEBページを参照して下さい。「近赤外線スペクトロスコピー - 脳科学辞典」の「定量的Hb濃度計測」項

*5:本エントリ作成当時。ちなみに、2015年6月に日本臨床環境医学会の理事長が交代しました。日本臨床環境医学会 理事長挨拶を参照して下さい。一方、坂部医師は常任理事、財務担当理事を務めるようです。日本臨床環境医学会 組 織を参照して下さい。

*6:ちなみに、坂部医師が総括責任者であるいわゆる化学物質過敏症に関する平成27年度調査研究業務の報告書については他の拙エントリのここを参照して下さい

*7:2015年6月より、常任理事、財務担当理事を務めています(参照

*8:他の拙エントリのここに要旨が引用されています

*9:坂部医師の講演資料からの引用由来のものです

*10:本「シックハウス症候群マニュアル 日常診療のガイドブック」からの引用由来のもので、アレンジしています